ウルトラウーマン 夕闇に死す



 アメリカカリフォルニア州のとある町道場。
 黄金の三つ首竜キングギドラの襲撃を受けてから約二週間、壊滅的ダメージを被った市街
地は、いまだ復興していなかったが、人々は随分落ち着きを取り戻していた。この街が怪獣た
ちに襲われるのは、今回が初めてではない。幾度もの危機が、人々をタフにしていた。
 この道場からも、普段と変わらない、気合の入った掛け声と、豪快にマットに転がされる音と
が響いている。
 
 「よし、カスミ、次はこのボクが相手だ」
 
 同じ道場生であるマイクの声に、かすみは不敵かつ魅力的な微笑を返す。
 好青年、という表現が実に相応しいこの青年は、警官であり、かすみのマーシャルアーツの
ライバルでもある。そして彼女に寄せる恋心は、かすみ以外の全員に知れ渡っていた。
 
 「調子がいいようだが、ボクはそう簡単には参らないぞ」
 
 「あら、マイク? 最近私に3連敗中なのを、忘れたの?」
 
 「今日はそうはいかないさ」
 
 「うふふ。あなたが仕事が忙しいことを言い訳にしてサボっている間に、私は強くなったんだ
から。何度やっても無駄ってことを教えてあげる」
 
 「大した自信だな。そこまでいうなら、賭けてみるかい?」
 
 「もちろん、いいわよ。で、なにを賭けるの?」
 
 「そうだな、もしボクが勝ったら、1日デートに付き合ってもらおうか」
 
 予想外の要求に、かすみの瞳はキョトンと丸くなる。ニンマリ相好を崩すマイクを見て、かす
みも眩しい笑顔を見せた。
 
 「わかったわ。じゃあ私が勝ったら、服でも買ってもらおうかな」
 
 「OK。交渉成立だ」
 
 道場のモットーを明るく楽しくにしている師範は、かすかに苦い顔をしながらも、組手を裁くべ
く、ふたりの間に入る。多少遊びが入ろうと、刺激がある方が技術は身につく。師範のその考
えが、道場全体を活気付けている。
 かすみとマイクの組手が始まった。
 打・投・極全ての要素を兼ね備えたマーシャルアーツの組手。パワーで勝るマイクが打撃を
連打するも、かすみは巧みな受けで捌いていく。一瞬の隙を突き、投げ技を狙うかすみ。マイ
クの攻撃は荒々しかったが、慌てることないかすみには、その軌道はよく見えていた。
 
 "悪いわね、マイク。欲しかったあの赤いジャケット、いただき♪"
 
 動きを見切ったかすみが、反撃に転じようとしたその時だった。
 ヒットしない打撃に焦り、無我夢中で捕まえにきたマイクの両手が、かすみの両手首を掴む。
 その態勢から繰り出す攻撃を、マイクは持たない。ただかすみの動きを止めようと、掴んだ
手首を上方に引っ張りあげる。
 くしくも、かすみの張り出した肉体は、Yの字型に吊るされた格好になった。
 その瞬間、かすみの脳裏に、心の奥深くに封じ込めたはずの、暗黒の記憶が蘇る。
 
 「キャアッ?!」
 
 短い悲鳴が潤んだ唇からこぼれる。明らかに狼狽した大きな隙を、マイクは見逃しはしなか
った。
 大きな弧を描いて宙を舞ったかすみの身体が、背中からマットに鮮やかに叩きつけられる。
 
 「それまでだ」
 
 師範の声は、組手終了の合図だった。
 
 「やった、勝ったぞ! カスミ、ボクの勝ちだ。約束通り、デートしてもらうからね」
 
 「・・・仕方ないわね」
 
 手を取って引っ張り起こしてくれる青年の顔を見つめながら、かすみは照れくさそうに微笑ん
でみせる。だが、彼女の頭の中は、刻み込まれた痛みと恐怖に占め尽くされていた。
 二週間前黄金の三つ首竜キングギドラに、Yの字に拘束されて瀕死に追い込まれた、ウルト
ラウーマンとしての記憶が、かすみの心に暗雲をたちこめさせているのであった。
 
 
 
 こういうのも、いいかもしれない
 組手の賭けに敗れ、半ば強引に連れ出されたマイクとのデートだが、今、かすみは予想外に
楽しんでいる自分を自覚していた。
 ごはんを食べる、映画を見る、おしゃべりをする・・・その全てが楽しい。そういえば、デート自
体久しぶりのことだった。
 思い起こせば、謎の光を浴び、巨大な戦士に変身するようになってから、かすみの心のどこ
かには常に闘いの影が潜んでいたような気がする。
 
 "考えてみれば・・・私が闘わなきゃいけない理由はないのよね・・・"
 
 前回のキングギドラとの闘いで、死の淵にまで追いやられたかすみのどこかに、確かな恐怖
心が芽生えていた。
 普通の女子大生としての楽しい生活。本来彼女が送るはずだった生活を思い出した今、光
の戦士となって人知れず孤独な闘いを続けてきたかすみに、変化が生じようとしていた。
 
 「どうしたんだい、カスミ? 暗い顔をして・・・楽しくなかったかな?」
 
 心配そうに覗き込むマイクに気付き、かすみは慌てて笑顔を作った。
 
 「ううん、楽しいよ。ありがとう、マイク。なんだかこんなに楽しいのは、久しぶりの気がする」
 
 自然に、かすみは自分より背が高い青年の手を、ギュッと繋いだ。
 突然の行動に、ドギマギしたマイクが、赤らめた頬を活発な女子大生に見せる。
 
 "そうよ、別に無理して闘うことなんてない。私だって、普通に楽しんでいいはずよ。それにマ
イクって、こうして一緒にいるとけっこう・・・"
 
 それまで無邪気にはしゃいでいたかすみが、マイクに合わせるように紅潮していく。
 押し黙ったふたりは、じっと視線を絡ませあった。
 
 「カ、カスミ・・・」
 
 漂い始めた甘いムードは、瞬時にして消し飛ばされた。
 遥か天空より舞い降りる轟音。
 黄金に輝く三つ首竜が、その荘厳にして凶悪な姿を再び現したのは、その時だった―――
 
 
 
 悪夢の再来だった。
 眩いばかりの金色を撒き散らし、神と見紛う猛々しい姿を見せた三つ首竜は、人類の造った
脆い建造物を破壊して回った。米軍が誇る最新鋭の戦闘機部隊は、すでに全滅している。前
回の破壊劇を再生するように、キングギドラの3つの首は、それぞれタイプの異なる電撃を放
っては、ビルを倒壊させ、人を黒焦げにしていた。
 
 「ギャハハハハ! 虫ケラどもを殺すのは楽しいぜぇ!」
 
 赤い眼をした右の首が、高らかに笑う。この首が放つ大砲のような電撃は、一直線に大地を
焼き払っていた。
 
 「待て、『暴虐』。そう簡単に殺すな。あの女をおびき出すのが目的であることを忘れたか」
 
 中央の青い眼をした首が、重く低い声で諭す。この中央の首『冷酷』こそが、キングギドラ3つ
の首のうち、司令塔の役割を果たすリーダー的存在であることは前回の襲撃でわかっている。
 
 「ひとりひとり、じっくりと焼き殺すんだ。あの女、ウルトラウーマンが飛び出てくるようにな。
『狡猾』、任せたぞ」
 
 「嬲り殺しはワシの得意とするところじゃ」
 
 左の黄色の眼を持つ首が、細い電撃を発射する。ピンポイントで逃げ惑う人々を狙い、ひとり
づつ真っ黒な炭に変えていく。
 
 「さて、ウルトラウーマンよ、早く現れるんだな。このオレを傷つけた罪・・・死をもって償っても
らおう」
 
 人類の断末魔の悲鳴を涼しい顔で聞き流しながら、青い眼を持つ竜の首は、騒然とするコン
クリートジャングルに銀と赤の女戦士が現れるのを待った。
 
 「こっちだ、カスミ!」
 
 死の象徴ともいうべき黄金竜の出現に、波となって人々は逃げ惑っていた。
 その渦のなかに、青年警官とマーシャルアーツを習う女子大生はいた。この状況下で、彼女
らが身につけた体術・技術は全くの無力であることは明確であった。パニックに陥り、生を求め
て疾走する人の群れの中で、幾分落ち着きながらもふたりは逃げることに集中していた。
 
 "来た! 私を殺すためにアイツは来たんだわ! ・・・逃げなきゃ・・・逃げなきゃ!"
 
 「誰か、助けてくれーッ!」
 
 「ウルトラウーマンはまだ来ないのかッ?!」
 
 阿鼻叫喚の地獄絵図に響く言葉が、かすみの胸に突き刺さる。
 締めつけられる胸の苦しみに、かすみの顔は苦渋に歪んだ。みんなを助けないと・・・だが、
フラッシュバックする死の恐怖と電撃の苦痛が、彼女の足を逃亡へと駆り立てた。
 俯きながら、マイクに引っ張られるように疾走するかすみ。
 
 「助けてーっ!! ウルトラウーマン、助けてーっ!!」
 
 幼き少女の声に、かすみの頭は撥ねあがる。
 『狡猾』が小学生低学年くらいの少女を、口に咥えて高々と差し上げている。手足をバタバタ
ともがいて泣き叫ぶ少女の姿が、はっきりと見上げるかすみの目に映った。
 
 「面倒くせえことするぜ! とっとと皆殺しにすりゃ、女もでてくるだろうによ」
 
 「『暴虐』、相変わらず貴様は単細胞だな。この星に住む生物は、若い同胞に対する保護の
感情が、強い傾向がある。必ずや、ウルトラウーマンは現れるはずだ」
 
 幼い少女に死の刃を突きつけながら、キングギドラの中央の首は淡々と語った。
 人間を完全に道具として扱ったその口調は、思わず立ち止まったかすみの耳にはっきりと聞
こえてきた。
 私がいかなければ、キングギドラは間違いなくあの少女を殺す。
 ただ、私をおびき出すために。それだけのことで、あの少女の命を簡単に吹き消す。なんの
戸惑いも、感情もなく。ゴミを捨てるように。積み上げてきた少女の命をゼロにする。
 そしてまた、他の犠牲者を捕まえては、同じことを繰り返す。
 許せない。許してはならない。
 暗く閉ざされようとしていたかすみの心に、熱い炎が燃えあがる。
 
 「カスミ、どこへ行くんだ?!」
 
 マイクの手を振りほどき、彼女は押し寄せる人波に、ひとり逆走して駆け出した。
 まだ身体の震えは去っていなかった。殺されるかもしれない。恐怖はいまだ、根強く芯に残っ
ている。でも、彼女は闘わなければならなかった。自分を誘い出すために、卑劣の限りを尽くす
宇宙怪獣・・・その蛮勇を食いとめることができるのは、自分しかいないことを少女の声が気付
かせてくれた。
 
 (負けるかもしれない・・・殺されるかもしれない・・・でも、あの女の子を救えるのは、世界で私
だけ!)
 
 かすみの身体が銀と赤に変色し、疾走する肉体は巨大化し始めた。
 そのまま光弾と化したかすみは、一直線に三つ首竜に向かって飛びだっていった。
 
 
 
 スペシウム光線が、黄金の背中に直撃する。
 
 「来たな、ウルトラウーマン!」
 
 衝撃に、キングギドラは思わず口から少女を放す。急降下する小さな身体を、スライディング
キャッチした赤い手が優しく包み込んだ。
 
 「もう大丈夫よ、さあ、逃げて」
 
 巨大な女神の声は、温かな慈愛に満ちて人質となっていた少女に降りかかる。命の恩人を
振りかえりながら、少女は瓦礫の街に駆けていった。
 
 「キングギドラ、お望み通り、出てきたわ。卑怯なマネはやめなさい」
 
 銀色と赤いラインで描かれた流線的なボディを誇る巨大な光の戦士・・・ウルトラウーマンが、
今、再び凶悪な黄金竜と対峙する。胸に秘めた恐怖心はおくびにも出さず、女戦士は凛として
キングギドラを指さした。
 
 「ぶっ殺してやるぜぇ! オレ様を傷つけた罪は重えぞ!」
 
 「今日がお前の命日じゃ、ウルトラウーマン」
 
 「集え、我が同士よ! 憎き光の戦士を、滅殺する日がやってきた!」
 
 『冷酷』が天に向かって咆哮する。
 怨敵の出現に喜び震える黄金竜。だが、破壊の皇帝は、標的の女戦士に恐るべき抹殺の包
囲網を敷いていたのだ。
 竜の叫びに呼応するかのように、ふたつの流星がはるか彼方より猛スピードで飛来するのを
女戦士は見た。
 あっという間に大きくなった流星は、火の玉となってウルトラウーマンを取り巻くように着地し
た。
 
 「あ!」
 
 正義の女神が漏らす、驚愕の声が大地に響く。
 新たな侵略者が2体、銀の戦士を抹殺すべく地球に降りたっていた。
 
 「ガイガン! ガッツ星人!」
 
 世界対外敵戦略センターに登録されている、現在確認されている凶悪宇宙人、宇宙怪獣の
名を、一通りかすみは暗記していた。今、彼女の目前に現れた新たな刺客は、キングギドラと
同じくSランクの危険性と実力を持つ相手であることを、かすみはすぐに悟っていた。
 オウムのような姿をしたガッツ星人と、鎌のような腕と腹のカッターを持つガイガン。
 1vs1でも勝てるかどうかという侵略者3体が、自分を殺すために集まり取り囲んでいる・・・
銀の女神の動揺は誰にでもわかるほど明らかだった。
 
 「うう・・・ううう・・・・・・」
 
 「無駄だ、ウルトラウーマン。逃げることはできない」
 
 (ど・・・どうすればいいの? どうすれば・・・)
 
 凶悪な姿をした3匹の怪物が、じりじりと孤独な女戦士に迫る。
 キングギドラだけでもあれほど苦しめられたというのに、さらに強力な援軍を呼ばれて、どうこ
の苦境を超えればいいのか・・・圧倒的な敗北の臭いが、女戦士の鼻腔をくすぐる。
 
 「死ね、ウルトラウーマン」
 
 『冷酷』の声に反応し、攻撃を開始したのは―――ウルトラウーマンであった。
 
 「スペシウム光線!」
 
 クロスした両腕から放たれた白光が、キングギドラの右の首に直撃する。
 暴君竜は女戦士を侮っていた。この状況で反撃するわけがないと。どう嬲り殺すか、悪逆な
愉悦に浸っていた『暴虐』の顔に、正義の光線が炸裂する。
 
 「ウギャアアッッ!!」
 
 火花を散らしながら、三つ首の竜が大きく仰け反る。芝居などではない、確かな手応えが、絶
叫とうね狂う三つの首の動きから伝わってくる。
 やはりそうなのね――ウルトラウーマンは思う。
 前回全く通じなかった女戦士の攻撃、だがそれは全てキングギドラの黄金の胸に弾き返され
ていたのだ。
 分厚く頑丈なそこ以外・・・局所である首や翼などならば、十分通用するのではないか。
 この二週間の間、ぼんやりとかすみが考えていた読みは、見事に当たったのだ。
 まさかの攻撃に、3匹の凶悪侵略者は反応できていない。棒立ちになったこの好機に、光の
戦士は一気にラッシュをかける。
 苦痛の叫びをあげるキングギドラの懐に、素早く体をいれる。
 左の首を掴むや、二倍の質量はある巨体を一本背負いの要領で投げ飛ばす。
 予想外の女戦士の力と技に、黄金の巨体は宙を舞い、突っ立ったガッツ星人に衝突する。
 雪崩れ込んで倒れる二匹の侵略者。仲間の醜態に我に返ったガイガンが、怒りに燃える赤
い一つ目をウルトラウーマンに向ける。
 
 女戦士の動きは素早かった。
 ひるむことなく突っ込んできたウルトラウーマンの飛び蹴りが、鮮やかにガイガンの頭部をと
らえる。
 衝撃に、凶悪な姿の宇宙怪獣は、卒倒して仰向けに倒れていく。
 
 "いけるッ! いけるわ! 私の技は十分こいつらに効いている。ここで一気に畳みかけれ
ば・・・"
 
 訪れた絶好の勝機に、かすみの身体は素早く反応していた。必殺技で一気に勝利を狙う。
 
 「スペシウム光輪!」
 
 己の最大の必殺技、スペシウム光線を凝縮させ、効率的に回転力を加えた光輪を、もっとも
貧弱に見えるガッツ星人に向かって放つ。
 ひとりでも敵を倒せば、残る凶悪獣たちの動揺は大きいはず。恐れをなして退散することだ
ってあるかもしれない。一番防御力の低そうな相手を攻め、まずは確実に敵を減らそうとした
ウルトラウーマンの作戦は、今の彼女におけるベストといっても良かったかもしれない。
 ただひとつ、ガッツ星人の実力を見誤っていなければ。
 
 全てを切り裂く光のリングは、オウムに似た宇宙人を素通りした。
 いや、正確にはそうではない。分身したガッツ星人の間を通り過ぎたのだ。
 
 ゴオオオオオオ・・・
 
 ガッツ星人の鳴き声、いや笑い声が響き渡る。結果的にウーマンは、敵の数を増やしてしま
っていた。
 
 「そ、そんな!!」
 
 全ての勝機を賭け、自信を持って放った必殺技が、呆気なく破れた女戦士の動揺は大きい。
絶句した彼女の赤い肢体は、完全に固まってしまっていた。
 
 「終わりだ、ウルトラウーマン」
 
 棒立ち状態となった女戦士を、立ち上がった『冷酷』の電磁の網が捕える。
 
 「キャアアアアアアアアツツツ―――ッッッ!!!!」
 
 全身に駆け巡る電撃の苦痛に、絶叫するウルトラウーマン。
 その背後に、音もなく忍び寄るガイガンの赤いひとつ眼。
 
 ドス!
 
 背中を鎌で突き刺され、しなやかな女戦士の肢体が、痛々しげに反り返る。
 思わず振り返るウルトラウーマン。ガイガンのもうひとつの鎌は、その瞬間を狙っていた。
 
 グサ!
 
 凶悪な鎌が、根元まで銀色の脇腹に埋めこまれる。
 ぶッッ・・・銀のマスクの口元から鮮血が溢れ出る。内臓を突き破られ、光の女神の腹腔は己
の血で満杯になった。
 
 「ぐあああッッ・・・くッ・・・うううッッ・・・」
 
 ビクビクと震える赤いグローブが、己を貫く鎌に伸びる。迸る鮮血で薄黒く汚れた正義の女
神。その無防備な肢体に、2匹に増えたガッツ星人は、幾多の光の戦士を滅ぼしてきた破壊
光線を、挟み撃ちにして浴びせ掛ける。
 
 ババババババババ!
 
 「うわあああああああああッッッ〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
 
 仰け反る女戦士が、細胞から死滅していく激痛に絶叫する。惨めなまでの苦しみようを、嘲
笑うようにガッツ星人は白い破壊光線を放射し続ける。
 
 「がんばってーっ、ウルトラウーマン〜〜っ!」
 
 どこからか、先程助けた女の子の声が、かすみの耳に届いてくる。
 
 (く、苦しいッッ・・・・・でも・・・負けるわけにはいかない・・・)
 
 「だ、大丈夫・・・私は・・・負けない・・・・・・」
 
 ただ苦痛に悶えることしかできない女神の、必死の抵抗。
 そんな強がりすらも崇高な悪の黄金竜は許しはしなかった。
 ガイガンに串刺され、ガッツ星人に嬲られるウルトラウーマンを、3種の電撃が一斉に焼き尽
くす。
 
 「ひぎゃああああああああッッッ〜〜〜ッッッ!!!! ふぎゅあああああああッッッ―――ッ
ッッ!!!!」
 
 「ギャハハハハ! 死にやがれ、ウルトラウーマン!」
 
 銀の肌が焼け焦げ、カラータイマーが点滅を始める。さんざん電撃で焼き尽くされた女神の
身体からは、黒煙が立ち昇り、卵型の眼球は光を失って暗くなっていた。
 
 ぷすぷすぷす・・・シュウウウウ・・・・・・
 
 失神した女戦士の黒ずんだ肢体から、もうもうと煙が立ち昇る。ピコン・・・ピコン・・・哀しげに
点滅する胸のタイマーだけが、ウルトラウーマンの生存を教えていた。
 
 「がんばれーっ、ウルトラウーマン! がんばれーっ!」
 
 少女の叫びも、うなだれた敗北者にはもう届かない。
 
 「トドメといくか」
 
 オモチャのように銀色の身体を三つの首で咥えるキングギドラ。脱力した身体が垂れ下が
る。ぐったりと動かない女戦士の両腕を、背後からガイガンは羽交い締めにするような格好で
刺し貫いた。
 
 「うぐッッ?!」
 
 激痛に、意識を取り戻すウルトラウーマン。バンザイするような形で磔られた彼女の姿は、Y
の字状にガイガンに捕らえられている。
 
 「ウルトラウーマン、がんばってーっ! 負けちゃイヤだーっ!」
 
 正義の使者の苦闘を間近で見ながら、応援し続ける少女の声がこだまする。朦朧とする意
識のなかで、かすみは懸命に応えた。
 
 「だ・・・だいじょう・・・ぶ・・・・・・私は・・・・・・負けない・・・・」
 
 誰がどう見ても勝ち目のない勝負・・・蹂躙されているとしか思えぬ姿勢・・・それでも女戦士
は虚勢を張った。
 そんな健気なまでの女神に、恐るべき嗜虐が加えられる。
 ガイガンの腹部のカッターが回転し、動けぬウルトラウーマンの背中を真っ二つに切り裂いて
いく。
 
 ブチッ! ビリビリビリビリッッ!! バリバリバリバリバリッッ!!!
 
 「うぎゃああああああああああッッッ―――――ッッッッ!!!!」
 
 ピコンピコンピコンピコン・・・・・・
 肉片が飛び散り、深紅の血潮がガイガンを真っ赤に染める。切り裂かれていく極痛に、正義
の使者は恥も外聞もなく泣き喚いた。カラータイマーの点滅が、死が近いことを示して早くな
る。
 
 ババババババババ!
 
 絶叫する女戦士に容赦ないガッツ星人の追撃。死に耐えていく光の戦士に、破壊光線は地
獄の苦痛を倍化させていく。
 
 ピコピコピコピコピコピコ・・・・・・
 タイマーの点滅が爆発しそうに速くなる。
 
 「くらえッッッ、ウルトラウーマン!」
 
 キングギドラ3つの電撃が、ひとつの束になり、渦を巻いて光の戦士最大の弱点カラータイマ
ーに直撃する。
 
 ガシャンッッッ!!!・・・・・・
 
 ガラスの砕ける音が、処刑場と化した大地に響き渡る。
 ウルトラウーマンの胸の水晶体は、その光を失い、コナゴナに砕けていた。
 フッッ・・・・・・瞳の色が消える。
 ガクンと落ちる頭。もはやピクリとも動かなくなったウルトラウーマンを、切断する酷い音のみ
が世界を支配している。
 
 「死んだ! ウルトラウーマンは死んだ! 憎き光の戦士を、このキングギドラが処刑したの
だ」
 
 『冷酷』の勝ち誇る雄叫びが、無情の廃墟にいつまでも轟いていた。
 
 
 
 「人類よ、貴様たちの守護者であったウルトラウーマンは、死んだ。これより、ウルトラウーマ
ンを、八つ裂きにして処刑する。その無惨な最期を、とくと目に焼き付けるがいい」
 
 夕闇に包まれた世界を、悪夢のような行列が飛んでいく。
 先頭のキングギドラは、嬲り殺した正義の女神の片足を咥え、黄金の翼を翻して飛んでい
る。逆さま状態のウルトラウーマンは、光の輝きを失い、あちこちを炭化させ、血まみれの屍を
人類に晒されていた。そのあとを、ガッツ星人とガイガンとが凱旋の勝ち鬨をあげて続く。
 鮮やかな朱色の世界を、惨死した女神が運ばれていく。
 あまりに無慈悲な光景に、人々は言葉を失い、絶望にひしがれて、ただ己の生と、侵略の手
に散った女戦士の安らかな死を祈ることしかできなかった。
 
 
 
 ガッツ星人が創り出した透明な十字架に、ウルトラウーマンは逆さまに磔られていた。
 真下には真っ赤に燃えた噴火口。キングギドラのいう処刑は、この地にて行われるようだっ
た。
 
 「しかし解せん。見せしめはわかるが、なにゆえ骸をわざわざ切り刻む必要がある? 『冷
酷』よ、それほどまでにこの女に傷つけられたのが憎いのか?」
 
 黄色の眼を持つ首、『狡猾』の問いに中央の首は、その呼び名の通りの冷たい声で応えた。
 
 「この女はまだ死んではいない」
 
 「なんじゃと?」
 
 「光の戦士というものは厄介でな。タイマーを破壊しただけでは、光のエネルギーを浴びるこ
とで簡単に蘇ってくる。いまでも見よ、夕陽を浴びて、こいつの身体にわずかながら力が戻って
きている」
 
 言うなり『冷酷』は、電磁の網を磔の女神に放射する。
 
 「・・・・・・・う・・・・あ・・・・・・」
 
 タイマーを砕かれ、積み重なる被虐の数々に死滅したはずのウルトラウーマンの口から、か
すかな苦鳴が洩れてくるのを、『狡猾』は聞き逃さなかった。
 
 「なんと! 恐るべきしぶといヤツじゃ」
 
 「そういうことだ。光の戦士を殺すには、未来永劫復活できぬよう、全ての肉片を滅ぼさねば
ならない。いくぞ」
 
 3匹の怪物による、女戦士の解体作業が開始される。
 電撃が銀色の肌を剥ぎ破る。
 竜の首が脇腹に噛み付き、肉と皮膚を千切りとる。
 ガイガンの爪が胸を刺す。股間を貫く。腹部を刺し通す。
 ガッツ星人の光線が、壊れたタイマーにさらに浴びせられる。
 
 「・・・・・・・ぐえ・・・・・・・あぐ・・・・・・あ・・・・・・・」
 
 ウルトラウーマンの断末魔が、かすかに処刑の空に流れていく。
 
 ギュイーーーンンンン!!!
 ガイガンのカッターが、ウルトラウーマンの左足を切断する。
 ピクピクと痙攣する女戦士。
 やがて根元から切り落とされた、引き締まった赤と銀の左足は、噴火口の溶岩へと投げ捨て
られた。
 
 ジュウウウウウウウウウ・・・・・・
 
 正義の肉片が焼け溶けていく悪臭と、音とが、夕焼けの世界に漂っていく。
 
 「いい姿だな、ウルトラウーマン。左足を失った気分はどうだ?」
 
 「・・・・・・ギ・・・・・・・アガ・・・・・・・・・・ガッ・・・・・・・」
 
 「そうか、痛いか。では、次は右腕を引き抜いてくれる」
 
 ガッツ星人の十字架は、ウルトラウーマンの動きを完全に封じる一方で、悪魔たちの攻撃は
素通りさせる恐ろしいものだった。
 三つの首が銀色の細い腕に噛みつく。力づくでキングギドラは、女神の右腕を肩関節から引
き抜いて、溶岩に落とした。
 
 「ウガアアッッ・・・・・アアアッッ・・・・・・」
 
 「よし、『狡猾』よ、自慢の電撃でこやつの眼を撃ち抜いてやれ」
 
 「なるほど、それは面白い」
 
 左の首から放たれた細い電撃が、卵型の瞳を射抜く。
 パリン・・・という乾いた音。
 ウルトラウーマンの左眼は空洞と化し、真っ黒な穴が覗いている。
 
 「ひぎゅあッッ・・・・・・ガアアッッ・・・・・グアアアアッッッ・・・・」
 
 ああ、人類を守ってきた光の女神が、なんという哀れな姿であろうか。
 逆さまで磔られた肢体は、そこらじゅうが皮膚を千切り取られ、赤い内肉が覗いている。右腕
と左足は根元から切り取られ、左眼は潰されて空洞になっている。豊満な胸にも、締まった脇
腹にも巨大な穴が空けられ、鮮血が女性らしいスタイルを深紅に染め上げている。
 キングギドラのいった台詞は嘘ではなかった。
 まさしく八つ裂きの処刑が、麗しき女戦士には施されているのだ。
 
 胸と下腹部のふたつのタイマーに、キングギドラの首がふたつ、噛みつく。
 電撃を放ちながら、光をなくしたタイマーに牙を立てる竜の顎。
 
 ブチッッ・・・ブチブチブチブチブチッッッ!!!!
 
 ふたつのタイマーは、ついにキングギドラによって、引き千切られてしまった。
 
 ビクビクビクビクビクビクビクビクビクビクビク・・・・・・
 痙攣するウルトラウーマン。
 その空洞と化した胸の孔に、『暴虐』の破壊電撃砲が発射される。
 
 「ギャハハハハハハッッ―――ッッッ!!!」
 
 ドン!!!
 
 哀れな敗北の戦士の胸に、巨大な空洞が完成する。
 
 「ッッッ!!! ・・・・―――――!!」
 
 「処刑終了だ」
 
 透明な十字架が消える。
 まっ逆さまにウルトラウーマンの肉体は、燃え滾る溶岩のなかへと落下していく。
 命の象徴カラータイマーをもぎ取られ、全ての細胞を死滅させられたウルトラウーマン、西野
かすみは完全に死んだ肉体を、高温の溶岩のなかに突き落とされた。
 
 ジュウウウウウウウウウウウ・・・・・・・
 
 燃えていく。
 溶けていく、ウルトラウーマンの銀色の肢体が。
 
 「よかろう。ウルトラウーマンは、完全に死んだ」
 
 光の女戦士を計画通りに処刑した、3匹の宇宙怪獣たちは、勝利の余韻にひたるべく、すっ
かり陽の沈んだ地球を飛び立った。
 
 噴火口の中で、マグマはゆっくりと惨死した正義の女神の細胞を、永久に消滅させていった
――――




トップへ
トップへ
戻る
戻る