イリミネーター 鈴堂凛子編



 1

 なぜだかそこは、寒かった。
 細い路地を潜り抜ければ、すぐそこには津波となった人の流れがあるのはわかって
いる。倦怠や欲望や希望や苛立ちや屈折や・・・あらゆる感情が渦巻く、大都会の昼
下がり。春らしい風が吹き始めたこの季節にあって、足元から寒気が沸きあがってく
るその路地裏は、異様な雰囲気に包まれている。ダウンジャケットを着ていて良かっ
た・・・彼女は思う。記者室をでるときには、随分バカにされたけれど。
 少し奥に入っただけというのに、表通りの賑やかさが嘘のように人影がないのが、
より一層寒さを演出しているようだった。あるいは、コンクリートのビルの壁に囲ま
れているのにも一因があるかもしれない。午後の一番暖かい時間帯であるにも関わら
ぬこの冷気が、彼女には単なる気のせいには思えなかった。

 「・・・リンドウ・・・リンコ・・・?」

 「スズドウです」

 差し出した名刺に書かれた名前を口にする女子高生に、彼女はピシャリと正す口調
で言い放つ。毎度慣れた反応ではあったが、自分の名前を間違われるのに、平気でい
られないタイプであることはよく自覚していた。恐る恐るといった感じも露わに、女
子高生は『週刊真実 記者 鈴堂凛子』と書かれた名刺を彼女に返してくる。名刺を
もらうという習慣がわかっていないようだった。

 「で、あなたが見たっていう石像は、確かにこの壁にあったのね?」

 低めのトーンのせいか、凛子の声は見た目の年齢以上に落ち着いて聞こえる。身長
は自分と変わらないくらいの雑誌記者に、女子高生は気圧される感覚と同時に、仄か
な憧れを感じていた。

 「う、うん・・・間違いなくその壁だった」

 「次の日には消えていた?」

 上品さすら感じさせる問いに、女子高生はコクリと頷いた。
 雑誌記者というと、もっとスポーティーというか、元気ハツラツなひとをイメージ
していたが・・・目の前にいる女性は、琴でも弾くのが似合いそうな淑やかな美人で
あることに、女子高生はちょっとした衝撃を覚えていた。
 年齢は23、4といったところだろうか? 沁みひとつない肌は雪のように白い。
切れ長の瞳や大きめの唇がボブカットを肩口にまで伸ばしたような髪型に似合ってい
る。身長は160を少し越えるくらいだろうが、スリーサイズのバランスがいいため
か、スタイルの良さが目立つ。ブラウンのスカートに、同系色のロングブーツ。黒の
セーターの上に着込んだ、白いファーフード付きのダウンジャケットが、やけに印象
的なのは、OLが好んで着ているこのファッションを見事に着こなしているからだろ
う。女子高生にとっては、「キレイなお姉さん」「キレイなOL」を具体的に象徴し
ているのが、この凛子という女性記者だった。
 容姿の美しさに加えて、落ち着いた物腰。理想とするオトナの女性像を具現化して
いる凛子の存在に、少女はしばしば魅入られそうになっていた。

 「トップアイドル、五条麻貴が失踪した日に現れた、彼女そっくりの石像・・・し
かもたった1日で忽然と消失した・・・興味深い話ね」

 「リンリンちゃん、ちょっとこっち来てみて」

 「その呼び方はやめてください」

 彼女が必死で拒否するのも構わず、あっという間に社内に広まったあだ名に、整っ
た顔を強張らせながら、凛子はカメラマンの西沢の元へ歩み寄る。パシャパシャと
シャッターを切り続ける彼が指差したのは、石像があったとされるコンクリの壁面
だった。

 「見てみ、新しく壁を塗った跡がある」

 巧みに誤魔化しているが、じっくりと見てみると壁の色は、途中から変化してい
た。何者かが石像を掘り出し、壁を塗り直したという推論は、ますます否定しづらく
なってきた。

 「ただ、一夜にして石像を掘り出して、また埋めるとなると、とてもひとりの仕業
とは思えませんね」

 「ああ、なんかデッカイ組織とか絡んでそうな・・・たとえば、警察とか?」

 以前、警察から取材規制を受けて、スクープを取り損ねた経験がある凛子を、西沢
は茶化して楽しむ。地味ではあるが美しさでは社内でも1,2を争う凛子を怒らせる
のは、西沢の捻れた楽しみのひとつになっていた。

 「やめてください。あの制服を思い出すだけで嫌な気分になるんですから」

 「あはは、ごめんごめん。でもリンリンちゃんの警察嫌いは筋金入りだね。どうし
てそんなに嫌がるの?」

 「どうしてって・・・偉そうだからですよ。権力にあぐらをかいてる人間が、私は
許せないんです」

 「あんたたちマスコミも、随分権力にモノ言わせてると思うけどォ?」

 不意に背後に沸いた気配に、驚いたふたりが同時に振り返る。
 170cmはありそうな、スタイル抜群の婦人警官。
 モデル顔負けの美貌とプロポーションを持った制服姿が、不敵な笑みを浮かべてふ
たりを見下ろしている。

 「あ、いや、その・・・さっきのは別に・・・・・・」

 慌てふためく西沢を尻目に、凛子は切れ長の瞳に力をこめて婦人警官を見返す。お
となしめの凛子の負けん気の強さに、さらに西沢は慌てた。

 「私たちのどこに権力があるんですか?」

 言い返した。一歩前に進み出る身体からは、完全に対決姿勢が見え隠れしている。

 「あるでしょ。都合のいいように好き勝手書いて、さも自分たちは正しいように情
報操作する・・・私、マスコミ大嫌いなのよね」

 突然現れた婦人警官も、凄まじい負けん気だ。凛子以上の美貌とスタイルの持ち主
なのに、その吐き出す台詞はマグマのように激しい。美しさと勢いに圧倒され、西沢
は完全に尻ごんだ。

 「あら、偶然ですね。私も警察が嫌いなんです」

 「そう、気が合うわね。・・・あんた、なんて名前?」

 「ひとに名前を聞くときは・・・」

 「伊東咲恵よ。先に名乗ればいいんでしょ」

 「・・・鈴堂凛子です」

 「ふーん、そう。よく覚えておくわ、"リンリン"ちゃん」

 長身をすらりと翻し、モデル顔負けの美貌警官はその場を立ち去る。
 ずっと咲恵が観察していたことを知って、凛子はムッとした視線を小さくなる背中
に送り続けた。



 「くくく・・・確かに、ソノヤの言う通りだな」

 雑誌記者と婦人警官、ふたりの美女の諍いを、遠目に眺めていた影は、下卑た笑い
をその口元にこびりつかせた。

 「仲間の惨状に、誘い出されおったか、イリミネーター。すぐに五条麻貴の後を追
わせてやるわ」

 異次元からの刺客は、その欲望に滾った眼光を、赤々と燃え上がらせるのであっ
た。



 2
 
 部屋の明かりをつけると同時に、鈴堂凛子の弾力性ある唇からは、深い吐息が割ってでた。
 1DK、オートロックのアパートは、雑誌記者の凛子の給料でやりくりするには少々値が張っ
たが、安全性を考えれば仕方のない面もあった。広さという点でも、一度この快適な空間に慣
れてしまうと、今更手狭な物件には変えにくい。よく整理された部屋は、落ちついた雰囲気で主
人の帰宅を迎えてくれる。
 
 時計の針は8時に指しかかろうというところ。今日1日に起こった出来事が目蓋の裏にフラッ
シュバックし、凛子の小さな身体に、どっと疲れが押し寄せる。
 謎の失踪を遂げたトップアイドル・・・突如現れ消えた石像・・・暗躍する集団・・・これらがなに
を意味するかはわからない。だが、なにかが、平凡な生活を送りたいならば触れるべきではな
いなにかが、凛子の見えない場所で動いているのは確かなようだ。
 
 (恐らく、五条麻貴は殺されている・・・それもとてつもなく酷い死に方で。首を突っ込むのは、
危険かもしれない)
 
 雑誌記者になってまだ2年。だが、凛子にはそれなりに修羅場をくぐってきた自負があった。
闇世界に接したその嗅覚が、今回の件に隠れた暗黒部分の巨大さを教えてくる。ヤクザや政
治家など比べ物にならない鋭い臭いが、凛子の直感にずんずん突き刺さってくる。
 
 (いいえ、だからこそ、私が真実をつきとめないと。大手マスコミが扱わない闇を、五条麻貴
の無念を、私が晴らしてみせる)
 
 不意に陶然とするほどの美貌が、凛子の脳裏に蘇る。すらりと伸びた長身と、勝気な性格。
ある意味今日一番心に残った、強い意志を秘めた瞳が、勝気さでは自信のある雑誌記者にな
にかを訴えてくる。
 伊東咲恵という名の美人婦警。
 彼女から受け取った、あの感覚は一体なんだったのだろうか?
 
 「なによ、あんな嫌味な女」
 
 落ち着いた美女らしからぬ台詞を凛子が毒づいたとき、白い電話が甲高い機械音を発した。
 RRR、RRR、というコールのパターンがアパートに訪問者が来たことを知らせる。外部から
の来訪者がアパートの玄関に取りつけられたセキュリティードアをくぐるには、訪問先の許可が
必要だ。滅多に客を入れたことがない凛子は、少々緊張した面持ちで受話器をとる。
 
 「西沢だけど」
 
 普段コンビを組む中年カメラマンの声に、凛子は軽い驚きを覚える。プライベートでは全く付
き合いのない西沢が自宅にまでやってくるなんて、なにか緊急事態でも起きたのだろうか?
 
 「どうしたんですか?」
 
 「ちょっと話があって。なか入れてもらっていい?」
 
 陽気な印象のある西沢だが、いつもと違う静かな、というより沈んだ口調が、より凛子の胸に
不安を募らせる。偶然近くを通りかかって、というわけではないらしい。よほどの、それもどちら
かというと歓迎すべきではない事態が起こったことを、美人記者は予感する。
 
 アパートの玄関を開けてから、1分もしないうちに西沢は五階にある凛子の部屋の前までやっ
てきた。
 念のために覗きレンズで訪問者を確認する。口髭を生やした中年は、紛れもなく凛子が知る
西沢の顔だった。
 
 「どうぞ」
 
 扉を開けると、ゆっくりと中年カメラマンは部屋の内部に入ってきた。職業柄か、いつもの西
沢は年齢の割りに俊敏な動きをするが、今の動作はまるで夢遊病者のようだ。ゆらゆらと揺れ
ながら、一歩一歩進んでいく。真っ青になった顔は硬直し、相当ショッキングな出来事が彼を襲
ったことを偲ばせる。
 
 「一体、どうしたんですか? 私の家にまでくるなんて・・・なにがあったんですか?」
 
 「リンリンちゃん・・・」
 
 先を歩いていた西沢がゆっくりと振りかえる。
 
 「五条麻貴の件で、なにかあったんですね?」
 
 「・・・ああ」
 
 「どこかから圧力がかかったんですか?」
 
 「いや・・・犯人が、わかった」
 
 口髭の下から飛び出した言葉は、凛子を驚かせるには十分だった。
 
 「犯人? ということは、やはり彼女は殺されてたんですね。誰なんですか?」
 
 「『淫魔』だよ」
 
 その単語を聞いた瞬間、凛子の切れ長の瞳が大きく見開かれる。
 
 「おや? 知っているのかい? 世間には極秘にされてる存在らしいんだが・・・オレたちのな
かにも、ほとんど知る者はないはずだ」
 
 「え、ええ・・・たまたまこの前、少し耳にしたんです」
 
 「そう・・・じゃあ、どういう存在かも、ちょっとは知ってるんだね?」
 
 「まあ・・・少しは・・・」
 
 「女性を犯し、悦楽の果てに衰弱死させることを楽しむ化け物。異能力を持っていて、人間を
殺すことになんの抵抗もないそうだ。リンリンちゃんは、見たことはあるのかい?」
 
 「ま、まさか」
 
 唇の端を引き攣らせて、凛子は漆黒の瞳を伏せる。慌しくフローリングの床をさ迷う視線から
は、明らかな動揺が見て取れた。
 
 「そうか・・・では」
 
 その瞬間、西沢の口調は変わった。
 
 「見せてやろう、『イリミネーター』鈴堂凛子」
 
 殺気と悪意が爆発する。
 噴霧される瘴気、赤く輝く眼光。瞬時にしてヒトでなくなった中年カメラマンの右手が大きく振
られる。
 渾身の力をこめた大振りのパンチ。殺意を含んだ右拳が、整った美形に殺到する。
 すり抜けた。
 わかっていた。西沢が部屋に入った瞬間から。淫魔特有の、イリミネーターにしか感じ取れな
い悪臭。仕事のパートナーが、倒すべき宿敵に変貌したことを凛子は悟っていた。
 バックステップで強襲を避難した凛子の瞳が光る。淫魔の狩人・イリミネーター、戦闘準備、
完了。
 
 「西沢さん、あなたとの仕事、楽しくないことはなかったわ」
 
 「GWWWWOOOOOOO――ッッッ!!!」
 
 「さよなら」
 
 咆哮する男。奇妙にくねらす妖魔のダンス。
 涎を溢れさせ、野獣のごとく突進する男の先には、名前の通り凛として立つ美狩人。
 その切れ長の瞳が、灼熱に燃える。
 比喩表現ではなく、現実に炎をあげて。
 
 「“紅蓮眼”」
 
 鋭く呼気を吐くように、凛子は技の名を呟いた。
 
 ボンッッッ!!!
 
 鼻先にまで迫った西沢の肉体が、一瞬にして業火に包まれる。
 
 「ウギャアアアアアアアッッッ――――ッッッ!!!」
 
 青白い炎が渦を巻いて中年男の肉体を飲み込む。火が着いた、という表現では生易しい。
肉体そのものが爆発したような燃焼。ブスブスと浅黒い皮膚を溶かしながら、西沢の口から断
末魔の絶叫が轟く。
 「イリミネーター」・・・超常的存在である淫魔を、闇のうちに処理することを使命とする超能力
者。鈴堂凛子は政府から秘密裏に任命された、妖魔の天敵であった。
 炎を生み出すことができる発火現象。その超能力を極限まで高めたのが、凛子の必殺技で
ある"紅蓮眼"である。灼熱の瞳で見詰められたものは、超高温の炎に焼き尽くされる以外に
道はない。
 
 ドロドロと溶解していく西沢が、よろよろと右手をあげて凛子に迫る。
 無駄よ――彼があと数秒で灰になることを知っている女性記者は、憐憫の視線を炎の塊に
向ける。
 と、そのときだった。
 
 ビリビリビリビリ!!!
 
 西沢の肉体が、腹から真っ二つに裂けていく。
 
 「あッ?!!」
 
 凛子が身構えるより早く、真っ黒な塊が燃え盛る西沢の肉体から飛び出す。
 切れ長の瞳は、一瞬の間に己に迫る影の姿を捉えていた。
 身長1mに満たない小さな男。やけに鼻の大きい醜悪な顔が、凛子の脳裏に焼きつく。
 口を尖らす小男。透明な液体が水鉄砲の勢いで切れ長の瞳に直撃する。
 
 「きゃあッ?!! あああッッ?!!」
 
 ベチャリと美貌に絡みついた粘液は、凛子の顔の上半分を覆い尽くし、糊を思わせる粘着力
で綺麗な目蓋を閉じさせる。
 
 「目ッ・・・目があッッ・・・あ・あああッッ!!」
 
 (し、しまった!! 本当の敵は、あいつだったのね・・・)
 
 必殺技を封じられた美狩人が、目を押さえたまま動揺のダンスを踊る。必死で吸いついた唾
液を取り除こうとするも、ベチャベチャの粘液は、手応えなくすり抜けるばかり。
 己の判断の甘さが情けない。
 あの時感じた淫魔の気配は、西沢のものではなかったのだ。今までずっと一緒にいて、感じ
たことなどなかったのだから、その時点で気付くべきだった。西沢は凛子に近付くために利用
されたに過ぎない。そう、言わば彼女のために犠牲になって・・・
 
 仇を。
 悠長なことを考えられる状況ではなかった。仕事のパートナーの無念を晴らすより、身に迫っ
た絶体絶命の危機を回避するのが優先。
 だが、いくら拭おうとも、淫魔の粘液はしつこく瞳に吸いついている。沁み込んでくる鋭痛に、
凛子の肢体は狂ったように舞った。取れない。いくらもがいても取れない。
 
 「ひゃあはっはっはあッ――ッッ!! どうした、リンリンちゃん?! "紅蓮眼"とやらを封じら
れては、イリミネーターさまもただの小娘だなあ、おい?!」
 
 暗黒の意識に、嘲りの台詞が飛び込んでくる。
 恐るべき邪悪がすぐそばにいる恐怖。なにもできない焦り。
 美貌いっぱいに広がった冷たい汗が、フローリングの床に滴り落ちていく。引き攣る唇が、淫
魔の愉悦を膨らませる。
 
 「オレの名はショウゾウ! たっぷり楽しませてもらうぜえ、美しいイリミネーターさまよォ!」
 
 「うううッ!! どッ、どこッ?! どこにいるのッッ?!!」
 
 慌しく周囲を見回す窮地の女戦士。
 ニヤついた笑みを浮かべながら、凛子の正面に立ったショウゾウの口腔いっぱいに、透明な
唾液が溜まっていく。
 ブシャアアアアッッッ・・・!!
 大量の粘液が、膨らんだセーターの胸の部分にかけられる。
 
 「きゃああッッ?!! はくッ・・・くはああッッ・・・!!」
 
 「どうだ、オレ様の唾液は? 最高に気持ちいいだろが?!」
 
 「くううッ、む、胸にッ・・・す、吸いついて・・・ッッ!!」
 
 三角に尖った形のいいバストに、生温かいゲル状物質がセーターごと吸着してくる。
 男性経験の少ない凛子にも、その感触が男に胸を吸われるときと酷似していることはすぐに
わかった。適度な柔らかさを保つ粘液が、白い乳房全体を包み込み搾りこんでくる。ブルブル
とかすかに蠕動するゲルは、そのたびに痺れるようなピンク色の刺激を柔肉の表面に走らせ、
すでに屹立している乳頭に駆け昇っていく。
 
 「ふッ・・・ふくッ・・・こ、これ・・・はァッ・・・?!」
 
 「ひゃあっはっはっはッ――ッッ!! たまんねえだろォ、リンリンちゃんよォ?! このままイ
カしてやるぜェェッッ!!」
 
 これこそ、淫魔ショウゾウの魔技。
 絶妙の質感と温度を誇る粘液の愛撫は、獲物の性に直撃する鋭利な刃物と化す。SEXの絶
頂で味わう、あの倒錯的ですらある快感。その悦楽を間断なく与えてくるのが、ショウゾウの唾
液であった。
 美貌と胸の隆起とに、ベッチャリと淫液を浴びた今の凛子は、顔を執拗に舐められ、両胸を
全力で揉みしだかれ続けているのと同意。複数の、しかも卓越した技術の持ち主たちに嬲られ
ているのと、全く変わらない。勝気な女性記者の吐息の狭間に、潤んだ調子が現れる。
 
 「くああッッ・・・あふッ・・・こ、こんな・・・・・・ことでェェ・・・」
 
 「ひゃはははは! ムダだァ、オレの唾液を拭い取ることは不可能だぜ」
 
 必死に胸に吸いつく粘液を取ろうとする凛子。ショウゾウの言葉通り、凄まじい吸着力で美戦
士の柔肉を搾るゲルは、細長い指にはプリンのような感触しか与えず、ズルズルとすり抜けて
まるで拭い取ることができない。
 己の乳房を掻き乱しながら、止むことのないゲルの愛撫に意識を奪われていく凛子の膝がガ
クリと落ちる。両膝立ちになった排除戦士は、胸を押さえながら切なげな吐息を洩らして閉じた
瞳で宙を仰ぐ。
 そこには妖魔と闘う戦士の姿はなかった。彼女が今闘っているのは、己の体内に渦巻く、爆
発寸前の愉悦の沸騰。
 
 「あふうッ・・・ひゃはあッ・・・ううッ・・・くううッッ・・・」
 
 「ひゃははは! うまいぜ、リンリンちゃん。お前の苦しみと悦びが伝わってくるぜェ。噂通り、
イリミネーターの味は格別だな!」
 
 「くひゅううッッ・・・へべぇッ・・・い、淫魔ッ! お、お前になど・・・」
 
 「ひゃーはっはっはっはッ!! バカだな、リンリン! お前はもう、終わってるんだよ、イリミ
ネーター様よォ!!」
 
 ベチャグチャペチャピチャ・・・
 激しい勢いで、ショウゾウは己の口腔内で真っ赤な舌を動かす。見えない女肉を愛撫するよ
うに。
 その途端、柔らかなバストを嬲っていたゲルが、急激に勢いを増して破壊せんばかりの強さ
で襲う。
 絶え間なく続いていた陵辱の嵐が、ハリケーンと化して凛子の性を穿つ。恒久的に続くと思わ
れた絶頂を、遥かに凌駕する超絶頂が、哀れな美戦士を悦楽地獄へと突き落とす。
 
 「ひいぎゃあああああああッッッ―――――ッッッ!!!!」
 
 バストを抉る悦楽の刺激に、凛子の肢体は折れ曲がらんばかりに反りあがった。
 
 「ひゃあっはっはっはっはあッ―――ッッッ!!! イけ、逝ってしまえ、リンリン! 胸への
愛撫だけで、だらしなくイキまくれッ!!」
 
 ベチャベチャベチャベチャ・・・
 さっきまでとは段違いの激しい刺激に、凛子の胸の突起は飛びださんばかりに尖る。形のい
いバストは、セーターの下でグニャグニャと変形した。子宮にダイレクトで響く快感の津波。狂
いそうな悦楽の波動に、憚ることなく美戦士は絶叫した。
 
 「ふぎゃああああああッッッ―――ッッッ!!!! ひくううッッ――ッッ!!! ひってひまふ
うううッッッ〜〜〜ッッッ!!! やめぇッッ!! ひゃめてえええッッッ―――ッッッ!!!」
 
 「ひゃあっはっはっはッ――ッッ!!! イクのか?! イッちゃうのか?! 胸だけの愛撫
で? そんなに気に入ったなら、もっとやってやるぜぇぇ!!」
 
 淫魔の口のなかで、粘液が淫靡な音をたてて響く。
 絶叫。いや、半分は嬌声といっていい凛子の叫び。
 ムダとわかりつつも、胸を押さえずにいられない美女が、許容を越えた快感に涎を垂らしな
がら、フローリングの床を転がり回る。華奢な脚で床を蹴り、細身の肢体でうつ伏せになり、仰
向けになり、跳ねる。発狂しそうな悦楽の嵐に、6畳の部屋を隅々まで踊り悶える。
 ついに、その小柄な身体は、うつ伏せのままピクピクと震え、ゲルの愛撫に蹂躙されるがま
ま、動かなくなった。
 用心のかけらもなく近付いた小男が、ゴミでも扱うようにうつ伏せの凛子を仰向けに蹴り転が
す。
 
 パクパクと開閉するピンクの唇から、透明な涎が糸を引く。
 茶色のスカートを、ショウゾウは一気に捲りあげた。
 落ち着いた凛子のイメージとは違う、赤いショーツの中央は、広い部分に渡って濡れて変色
していた。
 小男が股間の真ん中、筋の浮んだ部分に指を2本突き入れる。
 ズブズブと潜り込んだショウゾウの指に、生温かく、べっとりと湿った感触が伝わってくる。
 
 「随分感じちゃったみたいだなァ、イリミネーターさまよォ」
 
 ブルブルと震える凛子の右手が、傍らに座るショウゾウの足首を掴む。
 閉ざされた視界のなかで、必死に見せた反抗の意志。だが、"紅蓮眼"を封じられた今の凛
子は、普通の人間と変わることはない。
 
 ベチャベチャピチャ・・・
 
 「ふひゃああははああああッッッ――――ッッッンン!!!」
 
 ゲルの蠕動が、一瞬で美戦士を快楽の魔獄に落とす。
 たまらない刺激に、凛子の身体は胸の膨らみを突き出すようにブリッジをしてしなる。
 
 「あッッッ!!!」
 
 もはや喘ぎ悶えるのみの凛子の肢体を、至福の表情を浮かべた小男が床に張りつけてい
く。
 戦慄の淫液が、手首、足首に順番にかけられていく。同じ粘液のはずなのに、今度のゲルは
ゴムのように弾力性に富み、鋼鉄のように固かった。四肢を床に縫いつけられ、大の字状態で
拘束された凛子に、逆転の可能性は微塵もない。
 
 「ふあッ・・・あああああッッッ!!!」
 
 「てめえの運命を悟ったようだなあ、リンリン! 貴様はここで悦楽の果てに死ぬのだ!」
 
 ベチャベチャビチャグチャピチャ!!
 
 「ふわああああああああああッッッ〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
 
 身動きすることすら封じられ、反撃することも不可能で・・・
 オモチャのように壮絶な愛撫を両胸に受け、敗北の美戦士の内圧が極限にまで高まる。
 糸をひく嬌声。凄惨な喘ぎ。
 失神寸前の凛子の真上から、魂ごと汚すかのごとく、ショウゾウは悦楽の粘液をセーターに
浮んだ美乳に噴射する。
 
 ドボオ・・・ビチャアッ・・・ドボドボドボッ!!
 
 「ひゅぎゅええああああああああッッッ―――――ッッッンンン!!!」
 
 雌の咆哮と同時、深紅のショーツの端から、透明な愛液が暴発して弾け飛ぶ。
 ブッシュウウウウウウウッッッ―――ッッ・・・・・・
 壮烈な噴射音が途切れた瞬間、敗北の女戦士の美貌がカクリと横に垂れる。
 潤んだ唇の間から、ゴボゴボと白泡がこぼれていくのを、醜悪な顔の小男は愉快げに見詰め
ていた。
 
 「ひゃあっはっはっはッ!! まだまだ地獄はこれからだぜぇ、イリミネーターさま! たっぷ
り貪り尽くして殺してやる!」
 
 恐るべき、処刑宣告は、無惨に散った女戦士に届くわけはなかった。
 
 

 3

 革靴がアスファルトを踏みしめるたび、甲高い響きが夜の通りに広がっていく。
 濃紺のスーツに身を包んだ男。私鉄に揺られること10分、帰りのラッシュアワーから解放さ
れ、男はスイートと呼ぶには程遠い独り暮らしのマンションへと足を進める。陽が暮れたばかり
というのに、中心部から離れた街並みには、すでに人通りはまばらであった。闇と静けさに包
まれた歩道を、サラリーマン風の男は急ぐともゆっくりともいえぬペースで歩いていく。
 とっくに、気付いていた。
 己以外にもうひとつ、あとをつけてくる足音がある。
 つかず。離れず。重なって響く靴音は、未熟故と判断すべきか。
 それとも、敢えて、と捉えるべきか。

 「フフ・・・面白い」

 ズレた黒縁眼鏡を指で直し、男はかすかに呟いた。
 曲がり角を、右へ。家がある方向とは別の道へと進んでいく。
 建設途中のマンション。誰もいないその敷地内へと、スーツ姿は入っていく。

 「誘いに乗りましょうか、イリミネーター」

 剥き出しのコンクリートに囲まれた部屋の中央で、生真面目そうな男は振り返った。
 驚愕に値する、美女。
 ルックス、スタイルともに究極の域にまで達した美の結晶が、腰に手を当てた傲岸ともいえる
姿勢で立っている。大きな漆黒の瞳は勝気な光に揺れ、薄桃色の唇には決意の色が浮かぶ。
スラリと伸びた長身をベージュのスーツに包み、モデル顔負けの体型と女優もたじろぐ美貌の
持ち主は、薄闇に濃密な緊迫感を滲み出している。
 過剰な言葉は必要なかった。
 闘いを望んだ美女と、受け取った男。常人を超越したふたりが、コンクリの箱のなかで対峙
する。

 「制服を着ていなければとても婦人警官とは思えない美しさですね、伊東咲恵さん」

 黒縁眼鏡の奥で、男の眼が赤く光る。サラリーマンの格好をしていながら、その存在はとっく
に禍々しき悪魔に変貌している。

 「よく、私の名前を知ってるわね、淫魔ソノヤ。初対面のはずなのに」

 お返しとばかりに咲恵の口から男の正体が告げられた。
 昼間は銀行員の仮面をかぶった淫欲の悪魔。数多くの女性をその劣情の犠牲にし、イリミネ
ーターでありトップアイドルである五条麻貴すら惨殺した人類の脅威は、淫魔の狩人を前に動
揺することなく言葉を返す。

 「君たちイリミネーターが徒党を組んでいるのと同様、我々"淫魔"も少人数ではあるが協力
体制を敷いてましてね・・・仲間のひとりから情報は入手済みというわけです」

 「ああ、麻貴が殺された場所で、見張っていた奴のこと」

 吐き捨てるように言う咲恵の美貌に、苛立ちの影がよぎる。
 
 「あいつも始末するつもりだったのに、いないみたいね」

 「フフ、ショウゾウならば今ごろあなたのお仲間のところですよ。リンリンとかいう、ね」

 「ハッ、残念。あの女記者は同じイリミネーターでも仲間じゃない。淫魔の視線に気付けない
ようなお嬢ちゃんじゃ、私たちの仲間になれないわ」

 「ククク・・・警察内部にイリミネーターを集めた特務組織が結成されたという噂は本当らしい
ですね。五条麻貴くんの死体を処理したのも君たちというわけですか。あれほど芸術的な屍は
是非多くの方に見てもらいたかったのに・・・勿体無いですねえ」

 「おしゃべりは、もういいわ」

 咲恵の身体が始動する。
 ハイキック。170cm近い長身からスラリと伸びた足が繰り出す上段の回し蹴りは、美しい弧
を空間に描く。一目で空手の有段者とわかる、見事なフォーム。だがソノヤとの距離が10m以
上離れた場所で放つそれは、ハイキックの動きであっても、攻撃には成り得ない。
 ―――はずであった。

 ブウウウウウウンンンン・・・!!

 右足が描いた軌道に沿って、光の刃が空中に輝く。
 三日月のごとき白刃。あっと思う間もなく、立ち尽くす悪魔に光る円刃が音速で殺到する。
 ソノヤの脇を通り過ぎた軌道のソードは、灰色の壁を欠片ひとつこぼすことなく裁断した。

 「あらゆる物質を切り裂く“裁きの剣”・・・次はあなたを両断させてもらう」

 淫魔が恐るべき悪魔の技を誇るように、イリミネーターにも超常的な特殊能力がある。
 伊東咲恵のハイキック。それは当てるために放つものではない。大きさも破壊力も、自由自
在に操ることが可能な光の刃。“裁きの剣”と名付けた脅威の足技が発動しさえすれば、どの
ような恐るべき淫魔も死を迎える以外にない。

 「なるほど、確かに今のを当てられていたら、間違いなく私は死んでいましたね。しかし、なぜ
わざと外したんです?」

 「あなたがどんな技を使うのかは大体わかっている。麻貴が教えてくれたから」

 「ふむ。死体回収はそのためですか」

 「この距離がある以上、あなたに勝ち目はない。裁きを受ける前に、手にかけてきた女の子
たちへの・・・麻貴への懺悔をするがいい。淫魔ソノヤ」

 「フフ・・・警察官の思い上がりというわけですかね」

 男の唇が吊り上がる。
 吐き気を催すほどの、下卑た笑いであった。

 「愚かな。唯一の勝機を逃してしまうとは」

 ドンンンンッッッ!!!

 濃紺のスーツ姿が、弾かれたようにダッシュする。
 人の形をしたミサイル。反応した咲恵の右足が動く。迫る淫魔。迎え撃つハイキック。
 だが咲恵の右足が5cmほどあがったところで、鼻先に現れたソノヤの左手によって、浮かぼ
うとする美戦士の太腿は抑えられてしまっていた。

 「なッッ?!!」

 「全ッ然ッッッ・・・遅いですよ!」

 ビキビキビキビキッッ・・・瞬時に咲恵の右太腿が灰色に変色していく。己の足が石と化してい
く恐怖、そして思いもよらぬ激痛に美貌の婦人警官が叫ぶ。

 「キャアアアアアアッッ―――ッッ?!!! そッ、そんなッッ!!」

 「光の刃がいかに速くとも、肝心のあなたの動きがその緩慢さではね! 私に勝つなどとても
とても!」

 苦痛に歪む端整な美貌。すかさず左の足が反撃の回し蹴りを放たんとする。だが咲恵の速
度を遥かに凌駕するソノヤの石化の掌が、一瞬にしてスレンダーな肢体の十箇所以上に触れ
ていた。肩に、肘に、腰に、腹筋に・・・ベージュのスーツごと、咲恵のボディのところどころが灰
色に塗り潰されていく。

 「ぐあああああああッッ〜〜〜〜ッッッ!!!!」

 「フハハハ、石化されるのは凄まじい苦痛でしょう? いわば肉体のあちこちが壊死するのと
同じですから。死んだ肉体の苦しみを味わい続けるのです」

 (く、苦しいッッ!! 痛いッッ!! わ、私の足が・・・肩が・・・お腹がァ・・・壊れる・・・壊され
てしまう・・・)

 身体の半分近くが石になった美貌の戦士が、四つん這いになって這い逃げる。憎き淫欲の
悪魔に背中を向けて。圧倒的な実力差と無惨な己の姿にショックを受け、勝気な女戦士が我
を忘れてズルズルと逃げていく。
 
 (に、逃げなきゃ・・・ここは逃げなきゃ! 私では・・・私ではこの淫魔には敵わない!)

 「惨めですねェ、伊東咲恵さん」

 這いつくばるスレンダーな肢体が背後から抱きすくめられ、綺麗な稜線を描いて膨らんだ胸
の丘陵が握り締められる。

 「石化していない部分は感度が増すんですよ・・・お堅い婦人警官も、少し弄られるだけでもう
堪らないでしょう?」

 形のいい美乳を揉みしだきながら、尖った突起をこね回す。熱を帯びた頂点がスーツ越しに
も浮かびあがり、迸る愉悦に痛いほど硬直する。

 「あくッ?!・・・グハアッ・・・ひゃぶッ!・・・クアアッッ・・・!!」

 「いい悶えですね! それではたっぷりその美しい肉体を愉しませてもらいましょうか」

 反撃不能となった美しき戦士に、陵辱の毒牙が襲い掛かる。
 天をつんざく悶絶の嬌声が、灰色の世界にこだました。

 

 ビチュ・・・グチュ・・・クチャアッ・・・
 聞くだけで頬が紅潮してしまいそうな淫靡な音色が、鈴堂凛子の霞んだ意識の奥底に届いて
くる。
 ねっとりとしたゲル状物質が絡みつく猥褻な響き。正常というにはほど遠い今の状態でも、こ
の音がなにを示すかは理解できる。これは陵辱の音。下卑た生物が、瑞々しい女体を貪る劣
情の咀嚼音。その不快極まりない音色が、確実に己の肉体から発せられていることを悟り、凛
子の心はズタズタに切り裂かれていく。
 私は、犯されている。
 醜悪な男に、魂ごと穢され、食べられている。本来倒すべき相手、"淫魔"に。人類がもっとも
忌み、憎む存在に。
 いまやイリミネーター・鈴堂凛子の肢体は、自在に蠢く愛撫の唾液によって全身を包まれ、室
内灯のもとでヌラヌラと濡れ光っていた。

 「ひゃっはっはっはッアアッ〜〜ッ!! 12回目の絶頂を迎えてもらおうかァァッ!!」

 「ひゅぎゅヒィィィイイイィッッ―――ッッ!!!! ひゃべええッッ!! もうひゃめてエエッッ
――ッッ!!!! 死んじゃうウウゥゥッッ〜〜〜ッッッ!!!!」

 大の字に拘束された肢体を、唾液のオブラートがブルブルと揺さぶる。
 もう、たまらなかった。
 スタイルのいい女戦士の肉体が突っ張ったと思われた刹那、ブシュッ、という噴射音と同時に
大きく開かれた股間から白濁の聖水が噴き出される。
 フローリングの床に広がった愛蜜の水溜りに新たな潮水が加えられる。その膨大な量を見れ
ば、性を搾り尽くされた凛子がいかに枯れかけ、その生命も風前の灯であるかが容易に知れ
た。性を貪り、女性を死に追いやる淫魔。グロテスクな小男ショウゾウの魔の手に落ちた凛子
に、敗北したイリミネーターが辿る過酷な運命がひたひたと近付いていく。

 粘着質な唾液で固定された四肢は、わずかにも動かすことができない。
 度重なる陵辱によって奪い取られた生命のエネルギーは、もはや底をつこうとしている。
 特殊能力を発動する瞳は、淫魔の唾液によって閉ざされてしまっている。
 そして、頼るべき仲間は、鈴堂凛子には存在しない・・・
 どう考えても絶望的な状況で、凛子にできることは、ただ残酷な死を迎え入れるのみ。

 (私はもう・・・ダメ・・・・・・ここで・・・犯されながら・・・死んでいくのね・・・)

 「ひっひっひっひっ・・・どうやら、限界が近付いてきたようだなァ」

 ピクピクと震えるのみで、女記者からの返事はない。もはや満足に喋る気力も体力も奪われ
てしまっていた。

 「そろそろトドメをさしてやるか・・・盛大に昇天するんだな、リンリンちゃんよォ」

 粘液まみれの凛子の胸の膨らみを、グリグリと踏み潰す淫魔。大の字に拘束された肢体が、
苦痛と悦楽で跳ねるように痙攣する。このまま10分ほども踏み続ければ、それだけで狂死して
しまうのではないか。性の奈落に落ちた排除戦士に、絶望だけが積もっていく。

 ピンポーン

 場違いな現実感で突如鳴り響いた音は、来訪者を告げるインターホンであった。
 
 (だ・・・れか・・・助けに・・・・・・??・・・)

 半濁した意識のなかで、仄かな期待が凛子の胸にこみあげる。
 だが、やや緊張した面持ちで玄関に向かったショウゾウが再び戻ったとき、女戦士の希望の
灯は木っ端微塵に吹き飛んだ。
 ショウゾウとともに室内に入ってきたのは、濃紺のスーツをまとった生真面目そうな眼鏡男。
 そして、その男が、無造作に放り捨てた「物体」は・・・

 ドサリと落ちたその「物体」は、あちこちが灰色の石に変わっていた。
 己の噴いた愛蜜で全身を濡らし、虚ろな視線をさ迷わせた美貌の持ち主は、昼間凛子が出
会ったあの婦人警官。
 無慈悲な淫魔の陵辱の果て、ついに心身ともに屈服した伊東咲恵は、首輪を繋がれた無惨
な姿で、鈴堂凛子との再会を果たしたのであった。



 4

 暗く、重く、魂が底なしの沼に沈んでいくかのような錯覚。
 冷たい世界に飲み込まれていくその感覚は、絶望というのだろう。
 淫魔ショウゾウの蠢く唾液により、ぴたりと張り合わされた上下の瞼。懸命にこじ開けた霞む
視界のなかで、鈴堂凛子が見たものはスタイルのいい美女が雌獣となって泣き叫ぶ姿であっ
た。
 モデルのようなすらりと伸びた四肢、作り上げられた肩口までのヘアスタイルに、凛子は見覚
えがあった。今日の昼間に。勝気な態度が鼻につく、あの婦人警官。挑発的な言葉を交わした
あの美貌の持ち主が、今は捨て犬のように悲痛な声で鳴き続けている。

 全ての事情をようやく凛子は理解していた。婦人警官、伊東咲恵が己と同じイリミネーターで
あることを。そして、淫魔との闘いに敗れ、陵辱の果て魔獣の慰み者に堕ちたことまで同じこと
を。
 不明瞭な視界のなかで、咲恵の妬けるほどスレンダーな肢体は半分近くが灰色に変色してし
まっている。蘇る、五条麻貴酷似の石像の噂。倒すべき、どうしても倒さねばならなかった敵に
平伏した排除戦士の無念さが、鉛の重さで女性記者に迫ってくる。
 私も、勝気な婦人警官も。
 淫魔どもの手に落ち、瑞々しい肉体をいいように貪られている。魂ごと。惨めな敗死の瞬間
まで。

 「ひゃぶゥゥうううふうううッッッ!!! きゅはああああアアッッーーッッ!!!」

 「ひゃはははははああッッーーッッ!! こっちのべっぴんさんも絶品だぜェェッ!! さすが
はソノヤ、いい仕事するじゃねえかァァッ」

 「フフフ、一度堕ちてしまえば、尊大な婦人警官さんも実に素直に鳴きますね。さて、よがり狂
い死ぬまであといかほどの体力が残っていることやら」

 膝立ち状態の咲恵の上半身を、首輪で強引に吊り上げながら黒縁眼鏡の淫魔は笑う。反り
返った姿勢のまま、美貌のイリミネーターはあらゆる場所から体液を垂らし流して、奴隷となっ
た我が身を魔に捧げている。光を失った大きな瞳から、半開きになった艶やかな唇から、嬲る
唾液にまみれた乳房の頂点から、ショーツを剥ぎ取られ開放された淡い茂みの奥園から・・・だ
らだらと流れ落ちる体液に光る女戦士からは、もはやプライドの欠片も見えない。

 (こ、これ・・・が・・・敗れたイリミネーターの・・・末路・・・)

 「ゆ、許し・・・て・・・お、お願いィィ・・・もう・・・」

 ビクビクと震えるだけで、人形のように抵抗できなくなった咲恵の胸を、陰部を、ショウゾウの
卑猥な掌が嬲り遊ぶ。柔らかな丘陵を潰され、熱い蜜壷を掻き回され・・・石化した細胞の激痛
と敏感な部位を責められる悦楽の前に、屈服した女戦士はあられもなく哀願していた。

 「イリミネーター、まして現職の警察官ともあろう方が、悪党に救いを求めてしまっていいんで
すか?」

 「許してェェ・・・も、もう・・・助けて・・・ください・・・」

 「ひっひっひっひっ! こいつのカラダ、マシュマロみたいだぜェェッ!! たっぷり味わって
食らいつくしてやるからなァァッッ!!!」

 嵐のような激しさで愛撫の掌が女戦士を這い回る。発狂しそうな絶叫が美女の唇から迸る。

 「うあああああッッ〜〜〜〜ッッッ!!!! もう許してェェェッッ―――ッッ!!! 死ぬうう
うッッッ!!! 私死んじゃうううううッッ―――ッッッ!!!!」

 「ハハハ、負け犬の絶叫は、嬌声とはまた別な妙味がありますねえ。じっくり一晩かけて調理
してあげますよ、咲恵さん。内臓から爪の先、髪の毛一本にいたるまで・・・全て食べつくすこと
にしましょう」

 床に貼り付けられた凛子の耳に、びちゃびちゃという淫靡な音色と咲恵の哀切な悲鳴が届
く。視覚で確認できなくとも、状況は理解できた。恐らく、もう伊東咲恵の運命は決まった。悪に
跪き、生命エネルギーを陵辱とともに奪われた女戦士。無惨に踏み躙られた身も心も、崩壊す
るのは時間の問題だ。

 「ぎゃはははははアアッッ――ッッ! 気持ちいいかァ、婦警さんよォッ?!」

 「ぎひイイッッ・・・きッ、気持ちッ・・・いいィッ・・・」

 「もっとはっきり言いなさい。今のあなたは精液にまみれた雌豚。肉奴隷らしく無様に泣き叫
んでいるのがお似合いですよ」

 ソノヤが触れた咲恵の腹部が、ビキビキとネズミ色に硬直していく。

 「うぎゃあああああッッッ〜〜〜〜ッッッ!!!! やめえェェッッ――ッッ!!!! お願い
イイイィィッッッ〜〜〜ッッ!!!! もうやめてえェェェッッッ〜〜〜ッッ!!!!」

 「ぎゃははははは!! まだまだ、楽しいのはこれからだ。そのマグマのように煮えたぎった
肉壷、オレ様の唾液でいっぱいにしてやるぜえええッッ!!」

 「ぎゃひいいいいいいッッ〜〜〜ッッ!!!! きッ、気持ちいいいイイッッ〜〜ッッ・・・気持
ちいいですゥゥゥッッ〜〜〜ッッッ!!! もうッ・・・もう殺してェェッッ!!!!」

 ボロボロと透明な雫が塞がれた凛子の瞳から流れていく。
 決してウマが合うとは言えない婦人警官の悲愴な姿。
 だが、こみあげる熱い感情が凛子の背中を駆け登る。途切れたはずの使命感に、新たな生
命が宿っていく。

 が――

 「リンリンちゃ〜〜ん♪ まさか忘れられたなんて思ってないだろなあ?」

 「ショウゾウに生命エネルギーのほとんどを食べられてしまったようですね。枯れかけのあな
たから先に始末することにしましょうか」

 両耳から流れてくる二匹の悪魔の囁きに女性記者は戦慄した。
 震える、全細胞。
 意志とは離れた肉体が教えてくれる。これから先の悲劇を。己に降りかかる末路を。未来を
感知した体細胞が、恐怖を伴って語りかけてくる。
 イリミネーター・鈴堂凛子の最期を。

 スーツに身を包んだ眼鏡男が、粘る唾液で固定された凛子の右腕を鷲掴む。
 灰色に変わっていく細い右腕。ビキビキという無機質な響きに、若き乙女の絶叫が重なる。
 つんざく悲鳴が部屋中を揺るがしたとき、石化した女性記者の腕は木っ端微塵に粉砕した。
 壮絶な苦痛に叫び続ける凛子を無視し、淫魔ソノヤは次々に可憐な戦士の残った腕を、両
脚を、掴んでいく。
 破砕の響きがさらに3回こだまして、鈴堂凛子はふたつの腕とふたつの足を失った。

 「ぎゃはははは! ダルマになっちまったな、リンリンちゃんよォ! 今度はオレ様の番だぜ」

 醜悪な笑顔を浮かべた小男が、苦痛とショックで激しく痙攣する女戦士の股間に舌を伸ば
す。舐める、というより食いつく。女性のもっとも大事な秘穴に長い舌が挿入されると同時、魔
悦の唾液は怒涛となって一気に凛子の奥底へと放出された。

 「きゃふうううウウウッッッ――――ッッッ!!!! オオ・アッ・・・ギアッ・・・お゛あ゛あ゛あ゛あ゛
ッッッ〜〜〜ッッッ!!!!」

ブチュブチュと陰惨な響きを残しながら、膣襞を嬲り子宮の奥へと・・・通常の尺度では測れぬ
官能を生み出す魔のゲルが、凛子の下腹部を満たしていく。
 四肢を失い、必殺である眼力までも封印された排除戦士に、いかなる抵抗ができるのか。
 獣のように絶叫する凛子の後ろの穴、狭き門にショウゾウの舌が迫る。
 容赦なくアナルから流し込まれる蠕動の魔液は、肛門を割り、直腸、大腸、小腸へ・・・女性
記者の消化器官を逆流していく。あまりにおぞましいその光景。悦楽のゲルが瀕死の女戦士
の内部を埋め尽くしていく。

 「うるさい口だアアアッ・・・だまらせてやるぜェェ〜〜ッッ」

 生命を放出するかのように咆哮する凛子の唇に、カサカサに乾いたショウゾウの唇が重な
る。
 尽きることない大量の唾液が、一瞬にして若き乙女の口腔に溢れた。
 ゴボゴボと嚥下の音がこだまし、凛子の腹腔いっぱいに嬲りの半濁液が溜まっていく。

 「ごぶべエエッッ!!・・・ゲブゥッッ・・・ガフッッ・・・ゴボボッ・・・」

 「哀れな。もはや残された道は、苦痛と快楽の海に溺れながら発狂死するのみですね」

 「ひゃっはっはっはっはっ!! 身体の内も外も唾液まみれだなァ! もうお前は助からな
い! 極上の快楽に悶えながら死んでいけ、リンリンちゃん♪」

 ビクンッ!! ビクンッ!! ビクンッ!!

 胴体と頭だけになり、五臓六腑いっぱいに陵辱液を満たした敗北の肉人形。輝くような美貌
を死者のごとく翳らせた鈴堂凛子が、断末魔のダンスを踊る。肉塊と成り果てる寸前の女性記
者の柔肉。そのうえに重ねるように、淫魔ソノヤが婦警であった雌犬を投げつける。

 「あなたが数時間後になる姿です、咲恵さん。せいぜい恐怖に怯えることですね」

 闘い敗れ淫魔に屈してしまった女戦士と、陵辱の果て破壊されてしまった女戦士。ふたりの
イリミネーターが重なり合う。絶望のなかで。肉奴と化した伊東咲恵と、確実な死に向かう鈴堂
凛子。ぶつかりあった初対面が楽しい思い出であったかのように、ふたりの脳裏にかすかによ
ぎる。そして瞬時に、思い出は圧倒的な虚無に覆い尽くされた。

 「・・・・・・・・・って・・・・・・」

 耳元で囁く女性記者の言葉を、確かに婦人警官は聞いた。濁った瞳で青白い凛子の顔を見
詰める咲恵。とうに理性の吹き飛んでいる頭に、死に逝く同志の言葉は染み入るように届いて
きた。

 「・・・あ・・・・・・な・・・・・・た・・・?・・・・・・」

 「・・・・・・お゛・・・ねが・・・・・・い゛い゛ィ・・・・・・」

 口からも鼻からも嬲りの唾液を溢れさせた凛子の瞳から、別の液体がこぼれ落ちる。
 それは凛子にとっては、己に残された最後の体液であったかもしれない。

 ガクガクと、伊東咲恵が立ち上がっていく。
 半分石化した肉体が軋む。絡みついた粘液が官能の電撃を走らせる。激痛と快楽のさな
か、咲恵がその身を起こしたのは奇跡のような出来事だった。
 構える。
 二匹の悪魔にではなく、瀕死で横たわる、女性記者に向かって。

 「フフフ、どうやらリンリンさんに"介錯"を求められましたか」

 「リンリンがオレ様の唾液地獄から脱出するには腹かっさばくしかねえからなァァァ! お得
意の光る刃とやらで、楽にしてやろうってか?! 友情だねえ!」

 嘲る笑い声が女戦士の周囲で渦巻く。だが、今の咲恵に不快な悪魔たちの哄笑は届いては
いなかった。圧倒的実力差に敗れ去った無力な己。快楽に溺れて犬のように鳴く惨めな己。身
も心も悪魔に跪いてしまった弱い私に、今できることはただひとつ―――

 虚空に向かって放つ、ハイキック。
 軌道にそって白く輝く光の刃が現れる。全てを切り裂く三日月の光。伊東咲恵必殺の“裁き
の剣”が、フローリングに転がる女性記者の肉塊へと唸り飛ぶ。その端整な顔へと。
 
 ズバシュッッッ!!!

 肉を切り裂く音とともに、深紅の鮮血が飛び散った。

 「ホントに仲間を殺しやがったッ! ひゃははははアアッッ――ッッ!!!」

 ショウゾウの狂気じみた哄笑が部屋を包む。糸が切れたように崩れ落ちる美貌の婦警と、顔
面を真っ赤に染めたダルマ女性。イリミネーターと淫魔、守護者と侵略者の敗北と勝利。残酷
すぎる現実。現世に展開される地獄絵図のなかで、悪魔ふたりだけが倒錯した快感に酔いし
れる。

 「さて、あとは咲恵さんが枯れるまで、じっくり搾り取って・・・」

 残り少ない体力を使い果たし、あとはただ、深く刻み込まれた官能の余韻に震えるだけの美
貌戦士のもとへ、淫魔ソノヤの足が向かう。

 見た、そのとき。
 凍りつく身体。ソノヤの魂に牙を立てる、戦慄という名の魔物。
 倒れ伏した鈴堂凛子の肉塊。死に逝く美女の、血みどろの顔面に光るのは。
 赤く輝く紅蓮の瞳。

 「きッ・・・!!」

 叫びかけた一声が、淫魔ショウゾウの最後の言葉となった。
 ボンッッッ!!という爆発音とともに、瞬時にして小男の全身が青白い炎に包まれる。魔獣の
ごとき絶叫を響かせながら、燃えカスひとつ残さず淫魔は炎の中に消えていった。

 最後まで、闘う気であったのか、鈴堂凛子。

 昼はエリート銀行員の顔を持つ淫魔が、無意識に絶命寸前の女性記者にダッシュする。殺ら
れる前に、殺らねば。伊東咲恵の光の刃は凛子を楽にさせるためのものではなかった。自在
に変化する白刃が切ったのは、唾液で固まった凛子の瞼。美貌の一部を失う代わりに、凛子
が手に入れたのは悪魔を滅ぼす力。

 赤く輝く瞳がスーツ姿を捕える。発動する、炎。疾駆する、淫魔の脚。明晰なソノヤの頭脳が
叩き出す。我が身の勝算。オレの方が、速い。イケる。そう、負けるわけなどないのだ、エリー
トのこのオレが。何人ものイリミネーターを葬ってきた、無敵のオレが。虫の息の女などに、負
けるわけがない!

 ザンクッッッ!!!

 ソノヤの足から、大地を蹴る感触が消えた。
 バランスが崩れる。倒れていく肉体。不可思議な現象に錯乱するソノヤの視界に、切断され
た己の両脚が、キレイな断面図を見せて胴体から離れていくのが映る。

 “裁きの剣”

 正真正銘、最後の力を出し切った伊東咲恵の肢体が、ガクリと床に沈む。
 幾多の女性の魂を貪り食ってきた淫魔が、激痛と恐怖のなかで、四肢を失ったイリミネータ
ーを見る。
 ソノヤがこの世で最後に見たもの。それは美しいまでにたぎった、赤い瞳であった。

 “紅蓮眼”

 青き炎がスーツ姿の男を包み込んだ。



 マンションの一室で起きた火災事件が、朝刊の片隅にひっそりと掲載されている。
 雑誌記者の女性が住む部屋が出火元と見られる火災は、延焼がほとんどないにも関わらず
火の勢いが強い、専門家からすると不思議な火事であった。
 いかなる高温の炎が起きたのだろうか。炭化した黒煤から犠牲者の存在は確認できたが、
その身元を確認するのは困難な作業であった。
 ただ混ざり合った炭を調査してわかったのは、数人の男女がこの部屋で無惨な最期を遂げ
たであろうことのみ。
 いくつかみつかった人間をかたどったらしい石像については、結局なんらの結論も出されるこ
とはなかった。


 <完>



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