Satoさま作 夕陽の夕子



 放課後、いつものように「物理実験室」に一人籠もる霧澤夕子。
茜色の夕陽が、赤く染めたツインテールをさらに鮮やかに輝かせる。
 セーラー服の上に白衣をまとい、実験に没頭し続ける夕子が、ふ
とその手を止めた。実験室の戸が開き、制服姿の少年が顔をのぞか
せていた。
「霧澤、まだ実験終わらないのか?」
 ひょろりと伸びた身長に、大きなメガネと頬に浮かぶニキビが、
いかにも真面目な高校生らしい。ネクタイの色が夕子と同じ理系の
学生であることを示している。
「まだ、今日中にあと三つはサンプルを作りたいから」
 先輩に対しても夕子はめったに敬語を使わない。ぶっきらぼうに
答えた。
「…なにか手伝おうか」
「いい」
 そっけなく断った天才少女の横顔は黄金色に縁取られていて、先
輩の胸に甘い痛みとなって差し込む。
「じゃあ、今度実験が忙しくないときにさ…」
 顔の赤さが気取られにくい光の中であることに少年は幸運を感じ
ている。
「なに?」
 やっと振り向いた夕子の表情は、実験を邪魔された苛立ちしか見
て取れない。
「あ、いや何でもない。ガンバレヨ…」
 精神年齢では夕子より遙かにウブな少年は、すごすごと引き下が
って扉を閉めた。結局、映画のチケットはポケットの中でしおれて
しまう。
「あいつ、天才かも知れないけど、人の気持ちには疎いのな…」
 ため息をついて先輩は「物理実験室」を後にした。
 実験室では夕子が完成したサンプルを器具に納めている。
「バッカ、今日は言うつもりだったんじゃなかったの?」
 少女の唇がかすかにとがる。金属の首輪が忙しく明滅し、リアル
タイムで周囲のデータを夕子に送っている。その中には先輩の心拍
数、呼吸、発汗量さえも含まれていた。
「気付かないフリだって難しいんだから」
 孤高の天才少女の嘆きは、銀の首輪だけが知っている。



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