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少し冷めたレモンティーを一口
3時8分 約束を破るような人じゃないことは分かってる
大抵のことならそつなく切り抜けるだろうから
多分――
――カラン
「お待たせしてごめんなさい」
少し息を弾ませながら、それでも優雅な仕草で滑り込んでくる一人の少女
ふわりと流れる長い髪 爽やかな香り
「いいのよ きっと出掛けにあの子に捕まっちゃったんだろうなって思ってたから」
向かいの席に座りかけていた少女が、びっくりしたように動きを止める
「あの真っ直ぐな瞳で、『どこに行くんですか? あたしも一緒に行っていい?』って言われたら
私でも困っちゃうもの」
くすくす
二人で微笑み合う
注文したのは――アイスティーとレアチーズケーキ
私もレモンティーのお代わりを頼む
「拗ねてなかった?」
「大丈夫……多分 後でここのケーキをお土産に買って帰るから」
お客は私たち二人だけ
お店のマスターはカウンターの奥
店内に静かに流れるショパンと 紅茶の香り
ちょっと不思議そうに店内を眺める
「……いい雰囲気だけど 私たちの貸切みたいね」
「まあ 一種の穴場みたいなものよ」
ちらっと、メニューに視線を送る
それを目で追った彼女が 少し驚いたみたいに
「それでも来る人は来るわ 本当にいい物が、ここにはあるから」
ニセモノの私が言うと たちの悪い冗談みたいだけど
だからこそ 時々ここに来たくなる
「それで、何かしら? わざわざ内緒で――なんて」
「皆の前では、ちょっと訊き辛いことだったから」
皆が信じて戦っている正義 それを象徴しているのが目の前の少女
今からする話は もしかしたら、それに水を差しかねないから
場所にここを選んだのは、ただの私の我侭
「今までの戦いの記録……見せてもらったわ」
「……そう」
「私には――わざと自分たちを不利な状況に追い込んでいるように見えたわ」
ピクリ と 手が震える
それでも瞳は静かなまま
「戦力というのは、相対的なものよ 力が強ければそれで勝てるというものではないもの」
そのことを、目の前の彼女はよく知っているはずだ
戦う前に、相手に力を使わせない状況を作り出すことの大切さを
「何か……理由があるんだとは思う……だけど、何も知らないまま あなたを一生懸命信じて
傷つくあの子を見てると……」
「……有利な状況 周到な罠……確かにやつらは、戦術の基本を忠実に守ってるわ」
それが分かっているのに、あなたの瞳には迷いはない……どうして?
「逆に訊かせてもらうけど……勝っているのはどちらだと思う?」
「それは……」
「確かに私たちは負け続けているわ でも 最後には勝っているのよ――これだけ不利な状況
にも関わらず」
「つまり……私の そして敵のまだ知らない何かが、エデンにはあるのね?」
「すごく簡単なことなの 簡単すぎて、逆に気がつかないくらい」
頭の中が唸りを上げる……どこ? どこに見落としがあるの?
そして
「……まさか……エデンの、力の増幅率?」
「そうよ 策を弄するということは それに自分からブレーキをかけてしまうことになるの」
……もちろん私やあなたは別よ 私たちにとって、それを考えることも力ですもの
……でもあの子たちは違う
「あなた!……だから……敢えて弱点をそのままにしてると言うの……あの子がどれだけ―
―!」
「それも戦術よ」
「――っ!」
一瞬 怒りを爆発させたいと――でも、自分の中の冷静な部分が それに気がついてしまう
震える 血が滲むくらい握り締められた 彼女の手に
……分かっている……誰よりも彼女を責めているのは、彼女自身だということ
ちょっと不思議そうな瞳でこっちを見てる
ふふっ 頬を叩かれるとでも思ってた?
お生憎さま
私はあの子みたいに単純に騙されたりしないのよ
「やっぱり 私はあなたのことが嫌いよ」
「……そう」
俯いたその手を 両手でそっと包む
――びくっ
「これからは、私がちゃんと 大嫌いなあなたのことを責めてあげる だから――もう自分を責
めなくてもいいのよ」
見開いたその瞳に滲んでくる 綺麗な涙
そんな趣味はないはずなのに 頬がちょっと熱くなる
「……ごめ……ありがとう……さん……」
「泣かないで それに私、あなたのことが嫌いだって言ってるのよ」
「ええ……」
(……私は あの子みたいにあなたを明るく照らすことはできない……)
(……でも あなたの陰は こんなに優しく私を包んでくれる……)
――とくん……
繋いだ手から伝わってくる
彼女と私 ちょっとだけ前よりも強くなった気がした
そんな ある日の午後
fin
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