Simonさま作 闘姫舞




大きな男が、のしのしと板張りの廊下を歩いていく

ただ歩いているだけなのに、どこか楽しげな気配を漂わせながら


だが、もしかしたら……見る人によっては、それだけではない、何かに気がつくかもしれない


例えば 今

丁度片足を浮かせた瞬間、後ろからタックルを仕掛けたらどうなるだろう

スピード 角度 タイミング――会心の出来のタックルを

それでもこの男なら、平気な顔で受け止めて――お? 何でえ?――そう言って、笑いかけて
きそうだ

片足を上げたまま 少しもバランスを崩さずに



――倒れた姿を想像することができない



『鬼人』――八代目想気流柔術師範――西条剛史とは、そういう漢だった










薄暗い道場の真中に、白い花が一輪

本来なら、未だ安静にしていなければいけないはずの娘の姿を目にしても、剛史の表情は平
然としたままだった

鼻歌交じりに道場に足を踏み入れ、特に娘に声を掛けるでもなく、そのまま上座にどっかりと
胡坐をかく

太い脛をぼりぼりと掻きながら


――チッ チッ チッ


3メートルほどの距離を置いて――こちらは、身に着けているものこそ、寝巻き代わりに使って
いる襦袢だが 父親とは違い、正座姿に毛一筋ほどの乱れも見られない

胸元や袖口から垣間見える包帯が、まるで嘘のような、静かな佇まいだ



伏せていた瞳が上げられたのは 父親の鼻歌が3曲目に入ったときだった


「――お父さん 聞きたいことがあります」

「お なんでぇ」



「骨のない相手に……関節技を極めることはできますか?」



その問いかけの本当の意味を、剛史は知るはずもなく



「馬鹿言っちゃいけねぇよ  関節がない相手に、どうしろって言うんだよ」


かか と笑う


しかし ずっと抱えていたはずの問いが一笑に付されたというのに、ユリの瞳には僅かの乱れ
もなかった

まるで――まだその先がある とでも言うかのように



「お父さん――」


同じ問いかけ だが 先ほどとは、何かが違った

ひやりと うなじの毛が逆立つ


「骨のない相手に――『想気流』は通じますか?」



ぎろり


怖い目だった

覚悟を決めていたはずのユリでさえ、息を呑むほどに



「ユリよぉ……それを、俺に聞くってことは おめぇ……鬼になる覚悟を決めた ってことか
い?」



むしろ、優しげな声だった

そして……これ以上ないほど 恐ろしい声だった


エリが傷つく前だったら そして、死を乗り越える前だったら――ユリには到底耐えられなかっ
たかもしれない


……震えることは、恥ずかしいことじゃない


蛮勇は愚かでしかないことを、ユリは経験で学んだのだ

その上で 前に進むことを選んだのだから


「はい……お願いします お父さん」


……みんなと一緒に 戦うために


「私に――『想鬼流』を 教えてください」



そのときの剛史の顔は ユリが見てきた中で、一番嬉しそうだった


――チョロ……

……少しだけ、漏らしてしまったことは……絶対に、皆に内緒にしよう……


掠れそうになる意識を、必死に繋ぎとめながら


ユリは 父である鬼の手を取った……















「……どうしても、本気になれないみたいね」

 
「……ごめんなさい」


戦うためには、絶対に必要な力だったと思う……だけど……この力は、大きすぎる

覚悟を決めたはずの自分でさえ、こうして逃げたくなってしまうほどに


……もしかして、私……順番を間違えちゃったんでしょうか?

お父さんが楽しそうだったのって、もしかして、このせい?


考えてみれば、父は何よりも冗談が好きだったし――そのセンスは、明らかに普通の斜め前
を行っていた


里美が知ったら、頭を抱えるかもしれない

心理ブロックを何とかして解こうとして、こんなに苦労しているというのに

ユリは(良かれと思って)こっそりと、そのブロックをより強固にしてしまったのだから



「いいわ もう一度 やりましょう」


「はいっ」


同じことを考えながら、どこか微妙にずれている二人



「あーっ ユリさんずるい! 里美さん 次は私とですよーっ!」



がくっと、力が抜ける


(……あ、遊びじゃないんだけど(汗))

(……で、でもほら、七菜江さんもやる気になってますし(汗))





もしかしたら……次の戦いは、更に恐ろしいものになるのかもしれない

いや きっとそうなるだろう


でも、それでも 大丈夫だと信じてるから




「七菜江さん たまには、私とやりませんか?」


「え? いいの? やったぁっ!  ようしっ いっくぞおーーっ!」





――――ダンッ!!!




          Fin


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