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……本当は、いつも怖かったのかもしれない
いっしょうけんめい 強い振りをしてた
そうしないと つぶされちゃいそうだったから
だって……もうお母さまいないんだもの
泣いてると だいじょうぶよって、やさしく撫でてくれた お母さまは
だから……もうわたしは泣けないの 泣きやめなっちゃうから
怖くても 痛くても
……こわくなんてない わたしはわたしのしめいをはたすの
……でも やっぱり
こころのなかでは わたし ずっと泣いてたのかもしれない……
……ぅ……ここは……
目を開ける前に 周囲の気配を探る
……一足の間合いに、敵はいない……そして、馴染んだ気配
「お目覚めですか、お嬢様」
「……安藤」
何があったの……訊こうとして、思い出した
ベッドから上体を起して そっと お腹をさする
ほんのりと、熱を帯びた……微かな違和感
……心の奥で 何かがちくんと痛んだ……
「……これで……」
「はい……エデンとの融合は成功しました」
苦渋を押し殺した安藤の声
そんな顔をしないで 私は大丈夫だから
誰かがしなくてはいけないこと……そして、私にはその義務があるんだから
「……お嬢様……」
「自衛隊との通信網を、もう一度確認しておいて 被害を最小限に止めるには、情報の速さが
だけ頼りだから」
エデンについて、殆どと言っていいほど何も分かっていない現状で
……私の力が、どこまで及ぶか
倒壊するビル
猛り狂う黒い魔獣
地響きと凄まじい轟音の中
――ぽんっ
そんな、場違いとも思える可愛らしい音が モニターを食い入るように見つめていた安藤の耳
を打った
「――は?」
きらきらと煌めく光の粒子が、小柄な――魔獣に比べればだが――少女の姿を形作る
華奢な肢体に紫と銀を纏い 光を弾く金の髪
その顔は、安藤がよく知る少女の面影を色濃く宿し……
「……お、おじょうさま?……」
だが……その ささやかな胸の膨らみ あどけない頬……何よりもその雰囲気が
『そんなことしたら、ダメなんだからぁ!』
くらっ
安藤は、激しい目眩に襲われた
人類の救世主たるファントムガール
彼女は間違いなく
……幼女だった
殆ど見上げるような巨体
黒々と光る鋭い角
対峙してるだけで、お腹がすくみ上がるような気がする
だけど、ぜったいにまけないんだからぁっ
――たんっ
地面を蹴って 飛び掛る
魔獣は戸惑ったみたいに立ちすくんでる
……ちゃんす!
ふところに飛び込んで、勢いのまま右拳を叩きつける
――ぺちんっ
いったああぁぁいっ!
ものすごく固かったっ 涙が出そうになる
……ううう いたいよぉ
右手を抑えて 睨み付けたら……あれ?
触覚とか前足とか、ぱたぱた動かして 何だか、慌ててるみたい
……もしかして 今の、効いたの?……きゃっ!
――キシャアアァァッ
慌てて飛び下がる
素手じゃだめだ だったら――ふぁんとむりんぐっ!
えいっ
力いっぱい投げつけた のに……パキィィンッ!
……うそ……そんなに簡単に
――ズシ……ズシン……
……あ
光が遮られる 圧し掛かるみたいに
ぺたん
……あ れ?……どうして わたし……立たないと……
なのに、足に力が入らない
――ぐいっ……ずんっ
あうっ……魔獣のとげだらけの脚が、肩にかかって……押し倒されちゃった……重い よぉっ
……
もがいても 蹴っても びくともしない
……あ……やだ……顔が近付いてく……え? まさか……うそっ――
「……お、お嬢様」
……信じられなかった
あの里美お嬢様の力が、何一つ通用しないなどと
だが、現に少女は黒き魔獣に押し潰され もはや勝負は決したかに見えた
……エデンは、融合者の本能を増幅する……まさか……お嬢様のお心が、闘いを忌避してい
るのか……
それがあの幼い姿になって現れているのだとしたら……我々は、お嬢様のことを何一つ理解し
ていなかったということに
今更 臍を噛んでも遅いっ
「――ああっ!」
じたばたともがいていた幼女が ついに……
目を見開いて 指先が ぴくりと震えて……かくんと力が抜ける
あとはただ くちゃくちゅと 濡れた音が……
相手が離れても 呆然としていた
……ふぁーすときす……だったのに……
じわりと 涙が滲む
頭を撫でてくれる感触 そうっと……あなた、敵なのに どうしてそういうことするの?
――ズズンッ……キシャアアァァッ!
……な、なにっ?
振り向いたら、茶色の大きな影 クワガタムシみたいなギザギザの鋏
……そんな……一匹じゃなかったんだ
手をついて、立ち上がる 脚が……股のところが、ちょっとぬるってした
……勝てない
そう思ったけど、でも、がんばるって決めたから
――ズシッ
え?
わたしの前に まるでわたしのこと庇うみたいに魔獣が
――ビイィィィンッ!!
きゃあっ
いきなり、魔獣の角が赤く光りだした
空気がびりびりと震えてる すごい
――ズバアアァァァァァァッ!!!
きゃああぁぁぁっ!
目の前が真っ白になった
吹き飛ばされそうになって、夢中で黒い背中にしがみ付いてた
――パラッ……パキッ……
ひかりが収まって……恐る恐る顔を覗かせると……
クワガタは、粉々に消し飛んでた
――キシャアアァッ!
どうだって ものすごく自慢そうに角を振りかざしてるのが
なんだか、とっても可愛くて
――ちゅっ
恥ずかしかったけど、今度は自分から、ほっぺにキスしてあげた……
「あ、安藤っ 恥ずかしいからもうやめて!」
「ですが、大変よいシーンだと思いますが」
ふむ……姫の為に勝利した騎士への褒美 といったところですか
……違うわ私そんなことなんてしないものあんなに泣き虫じゃないしキ、キスだって……
真っ赤になって口の中で一生懸命言い訳をして
殻が少しだけ割れた ということなんでしょうな
とても自然に見えます
テーブルの上をのしのしと歩く 大きなカブトムシ――お嬢様にラクレスと名付けられた――
が、自慢げに角を振りかざす
……とは言え、これ以上いじめるのも、可哀想ですね
「お嬢様 紅茶のお代わりは?」
「……頂くわ」
……もうっ……ばか
Fin
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