第四話


 
 「第四話  邪悪哄笑 〜魔呪の虜囚〜 」
 
 
 
 序
 
 できるならば、ヤツらの手は借りたくなかった。
 聖愛学院、真夜中の廊下――
 ひとりの男が歩いている。痩せ型といっていい体格だが、その歩き方にはしなやかさと優雅さ
がある。細い身体の内に充満した筋肉は、孤高のジャガーといった趣を、彼に与えていた。
 
 ただでさえ、夜の学校というものは、不気味で近寄りがたいものだが、広大な敷地を誇るマン
モス校では尚更のこと、言い表しがたい寒々しさがある。
 ニヒルな感じのハンサム、という表現が最も当てはまる男、そして、人類を恐怖に陥れた青
銅の魔人・メフェレスの正体でもある、久慈仁紀をしてすら、生理的な嫌悪感から、免れずには
いられなかった。
 長く、スマートな彼の足が進むたび、乾いた靴音が、漆黒の世界に響き渡る。地獄の底から
聞こえるような、その暗い音色は、やがて、廊下から階段へと移動していき、昼でも滅多に人
が立ち入らないような、地下へと降りていく。
 
 旧校舎と呼ばれるそこは、今では利用する者は、ほとんどいなくなっていた。文化部系の同
好会などが、部室として使うこともあったが、薄気味悪い学校の七不思議の舞台でもある場所
で、悪寒と戦慄に耐えられるだけの度胸を持ち合わせる者は、まずいなかった。
 カビ臭い廊下を進んでいくと、壁の隙間から光が射している。建て付けのドアが閉まりきら
ず、室内の灯りが洩れ出ているのだ。久慈の足は躊躇することなく、その中へと入っていく。ド
アは真っ黒に塗りつぶされていた。
 
 赤い世界。
 洩れていた光は、電灯のそれではなかった。等間隔で円を描くように配置された、12本のろう
そくが、その発生源だった。微かに揺らぐ空気が、部屋の壁に照らし出された影法師の形を変
える。ジジ…という炭素の燃える音が、静寂が支配した空間内に蠢く。
 
 ろうそくが描く円の中心に、女がいた。
 西洋の僧侶がかぶるようなフードで、全身をすっぽりと覆った女の姿は、魔界の使徒とでも呼
びたくなるような妖気に溢れている。それは部屋の雰囲気にばかり、原因があるわけでもなさ
そうだった。フードから覗く顔は、か細い灯りのもとでも青白さが目立ち、感情の起伏が、乏し
い、というより、ない表情は、日本の能面を思わせる。ただ、その薄い唇が、ぼそぼそと何事か
呟いて動いている。硬直したように突っ立った体は、静止画像のように微塵も動かなかった。
 
 「いつ会っても、気味の悪い女だ」
 
 生まれた時から権力を与えられてきた久慈仁紀は、遠慮なく思うがままの言葉を口にする。
それは久慈に限らず、ほとんどの者が持つであろう、感想には違いなかったが。
 女は、なんの反応をすることもなく口を細かく動かし続けている。約20秒後、ようやく詠唱が終
了してから、初めて細い視線を、整った顔立ちに飛ばす。
 
 「マリー。お前のその力を、世間のヤツらに思い知らせる日が、いよいよやってくるぞ」
 
 「・・・思い・・・知らせる・・・・・・」
 
 「そうだ。今まで虐げられ、嘲られてきたお前の屈辱を、最高の獲物を相手に晴らして見せる
がいい」
 
 「・・・そう・・・知らせねば・・・ならない・・・・・・・私の・・・力を・・・・・無知で下等な存在ども
に・・・・・・・私を笑ってきた・・・クズどもに・・・」
 
 低く、小さな声。そこに含まれた圧倒的な負の感情が、魔人をもゾクリとさせる。
 オカルト研究会唯一の会員にして、自称「魔女」。
 暗黒と憎悪渦巻く部屋の主は、2体の人形を取り出す。布で作られたと思われるその人形
は、モデルが誰であるか、異様なまでにハッキリとわかるほど、精巧に作られていた。素直な
感想を口にする男は呟く。
 
 「素晴らしいな・・・。これがある限り、ヤツらの命は我らが手にあるも同然」
 
 2体の人形。ファントムガールと、ファントムガール・ナナ。
 青い方の人形を、マリーとあだ名される魔女は持つ。もう一方の手には、長く太い釘。
 
 「黒魔術の力、オレと世間に見せつけてくれ、マリー」
 
 ろうそくが、風もないのに揺れる。
 床に描かれた黒い奇妙な文字と記号。魔法陣が浮びあがる。
 ナナの人形に、深深と突き刺さる鈍い光。
 どこか遠くで、可憐な悲鳴がこだました―――
 
 
 
 「メフェレスが言う切り札が、あなただったとはね」
 
 深紅のルージュが、艶かしく動く。吐く息すらもピンク色に感じられる、妖艶の塊に見つめら
れ、好々爺といった風情の中年男性は、穏やかな笑みを浮かべている。
 腰まで伸びるシルクの黒髪が、生き物のようにうねる絶世の美女と、白髪交じりの頭髪を、オ
ールバックに固めた50代の男。男なら誰もが全財産を投げ打ってでも、一晩のお相手を願い
たくなるレベルの、完璧な美の結晶と、日向ぼっこでも似合いそうな、彼女よりも10cmは低い
小太りのオジさんとでは、あまりにも対照的すぎた。この組み合わせをプロデュースした者がい
るならば、そのセンスには疑問符をつけざるを得ない、と言いたいところだが、驚いたことに、
どこから見ても小市民といった感じの中年は、美と妖気を兼ね備えたクレオパトラに対して、全
く臆するところを、少なくとも表面上では見せていなかった。
 
 「驚いたのは、私も同じですよ、片倉先生。だが、あなたと久慈くんが何をしようとしているの
か、全く興味はありません。大切なのは、私とあなたたちの利害が一致している、という点で
す」
 
 シワだけになった眼で、にこやかに話す中年の声は、眠気を催すほどに落ち着いていた。人
の良いオジさんを、地でいくような笑顔。だが、多くの“壊れた”人間を見てきた片倉響子には、
えびす顔の裏に隠れた狂気を見抜くのは、さして困難な作業ではなかった。
 
 「国語担当らしい言い方ね、田所先生」
 
 「誉め言葉として、取っておきましょう」
 
 福笑いのような、作り上げた笑顔で、聖愛学院教師・田所は応える。普段はあまり目立つタイ
プではない、年の割りにはちょっと面白いと評判の聖職者は、隠し通してきた野望を、本性を、
表にできるXデーが近付いてきたことで、やや饒舌になっていた。
 
 「片倉先生。最も強く、恐ろしい感情はなにか、わかりますかな?」
 
 「あいにく生物学者は、感情よりも“人間という物体”の方が、興味があるので」
 
 「愛、ですよ」
 
 ぷっくりと丸まった指を広げ、両手を差し上げる中年教師。まるで、神からの光を浴びるかの
ように。
 そこは彼の私邸の自室だった。妻にも、息子にも、娘にも、誰にも入室させない部屋。その
壁を、同僚の女教師に誇示する。
 
 写真、写真、写真。
 聖愛学院はもちろんのこと、近隣中の高校の制服写真が、壁いっぱいに貼り付けられてい
る。セーラー服からブレザー、体育用のブルマ姿まで。ある一定レベルを越えた「美少女」の写
真ばかりが、国立博物館並の勢いで展示されている。
 その中には、同じ少女が、何枚も登場しているケースもあった。教師・田所の好みに比例し
て。
 
 五十嵐里美。藤木七菜江。西条ユリ。
 それぞれひとつのコーナーが出来そうなほど、飛び抜けて多く登場している、3人の美少女た
ち。
 
 「今回ばかりは、少し同情してしまいそうね。幼い天使ちゃんたち」
 
 魔女の含み笑いが、閑静な一軒家にこだました。
 
 
 
 1
 
 「驚いた・・・というより、呆れたわ」
 
 どちらかといえば低いトーンだが、少し鼻にかかったような甘ったるさと、滑舌が悪いことによ
る幼さが、少女の声を可愛らしいものにしていた。
 この地方の制服マニアが、泣いて悦ぶという、聖愛学院のセーラー服。紺碧、といっていい、
鮮やかな青のカラーには、深紅のラインが走っている。理数科であることを示すその制服を着
られるのは、ごくわずかな名誉ある者たちだけだ。
 
 声の主・霧澤夕子が、研究中に部屋に人を入れたのは、これが初めてのことだった。
 生徒たちの自主性を尊ぶ、というお題目を掲げているこの高校では、放課後に教室を開放
し、自由に実験など行うことを許可していた(無論、劇薬などの使用は禁じられているが)。音
楽室などが人気がある一方で、理科系の実験室は、あまり利用者がいないというのが通説だ
ったが、それを打ち破ったのが、誰あろう、この霧澤夕子であった。彼女が何をしているのか、
知る者はいなかったが、その活動は実験の範疇を越えて、“研究”レベルに達しているとの噂
だった。
 
 その“研究”の成果を知られるのも厭わず、夕子は生徒会長・五十嵐里美を、放課後の第2
物理実験室に呼んでいた。
 ふたりだけで、話がしたいためだった。
 里美の視界に入る、夕子の研究成果は、機械に詳しいとはいえない里美が見ても、明らかに
高校レベルを越えていた。赤や青のコードが伸び、かすかなモーター音を響かせているそれ
は、巨大なマシンの一部といった趣であった。これほどの精巧なマシンを、たかが生まれて17
年の少女が造ったというのか。それが本当ならば、霧澤夕子は確かに天才だった。
 
 「あまり休みが多いと、怪しまれるかもしれないから・・・」
 
 夕子の言葉に応える里美の口調は、やや澱んで聞こえた。
 伏し目がちの美少女は、思わず締まった脇腹に手を当てていた。軽く触れるだけで、ズキズ
キと内臓から痛む。折れていた肋骨は、『エデン』の回復力により、すでにくっつきかけていた
が、圧迫された内臓のダメージの方が深刻だった。本来ならば、ベッドの上で呻いていたいと
ころだが、ファントムガールと魔獣・サーペントの闘いの翌日、里美は表面上、平然とした顔で
登校してきた。
 
 「あれだけの傷を負って、もう学校に出てくるなんて・・・」
 
 「ファントムガールでのダメージは、人間体には数十分の一に軽減されるのよ。だから、私自
身には大した傷にはならないわ」
 
 「あれだけやられて、もう平気なの?」
 
 「う、うん、平気よ」
 
 「嘘ばっかり」
 
 やや垂れ気味の二重の瞼が、小刻みに震えていた。パチリとした、黒い瞳が、哀しげに五十
嵐里美を映し出す。初めてあった日、苛立ちを秘めていた瞳は、いまや同情の光に変化してい
た。裕福な令嬢を見るのではなく、悲痛な運命を背負った少女を見る目へと。
 
 「あなた、あの闘いの途中で泣いていたわ。今だって、平気そうにしてるけど、それだけ汗か
いてりゃ、我慢してるのがわかる。なんで、すぐそうやって、自分の身を犠牲にするの? あん
なに辛い想いをしてまで、あなたが闘う必要ないじゃない!」
 
 柔らかな髪の向こうで、里美は視線を落したままだった。
 夕子のキツイ口調に、気圧されているように見えるかもしれない。だが、実際は逆だった。里
美は嬉しかった。夕子が真剣に自分の身を案じてくれているのが、わかったから。
 
 「ありがとう。でも、私が闘うのは、私の意志なの。確かに私は弱いけど、皆のために役立て
るなら、それでいいと思ってる」
 
 死を賭して闘う、里美の言葉は重い。
 返す言葉を無くし、夕子は悲しげに眉を寄せた。里美のいう、『役立つ』という意味に、『死』が
含まれていることを、少女は悟っていた。
 
 「・・・正直に、言うわ」
 
 ツインテールの美少女が、桃色に潤う唇を動かす。カワイイとも、キレイとも言える、絶妙なバ
ランスの美少女。冷徹などと噂される少女は、可憐で情深い素顔を覗かせ、心に秘めていた
台詞を吐いた。
 
 「私はあなたを助けたい。できるならば、ファントムガールになって、あなたと一緒に闘いた
い。でも、それはできない。私にはやりたいことがある。それをやらなければ、私に未来はな
い。本当は、誰にも言わないでおくつもりだったんだけど・・・あなたには全てを話すわ。私の、
秘密を全て」
 
 
 
 「・・・どうやら、ちゆりの言っていたことは、本当だったようだな」
 
 痩せた体躯からは、想像できぬ迫力を秘めた口調で、久慈仁紀は言葉を吐いた。やや垂れ
気味の視線が見つめるのは、「第2物理実験室」の看板が付けられた、部屋の扉。
 ここ、聖愛学院の理事長を祖父に持つ彼にとって、学園内の出来事は、ほぼ全てを掌握して
いるといって過言ではない。こと敷地内に限っては、さすがのくノ一里美も、情報戦で久慈に一
歩譲らざるを得ないというのが現実だった。
 五十嵐里美が、蛇のキメラ・ミュータントと闘った翌日に登校してきたのも、天才と呼ばれる
霧澤夕子との距離が近付いているのも、久慈には全てがお見通しであった。
 
 「ファントムガールのお友達にして、ちゆりの爪を素手で弾く女か・・・ククク、響子よ、これは
どう考えるべきだろう?」
 
 影のように付き添う、ハーフを思わせる美女は、冷静な口調で言った。
 
 「霧澤夕子がファントムガールと決めつけるのは、どうかしら? 確かに、五十嵐里美と単な
る仲良しってわけじゃなさそうだけど」
 
 嘲るように、鼻をフフンと鳴らす久慈。
 
 「危険分子は、ないに越したことはない。ファントムガールどもを処分したら、こいつも始末し
てやるか」
 
 「自信たっぷりなのね。今に始まったことじゃないけど」
 
 「今度の闘いで、ファントムガールどもとの遊びは終わりだ。奴らは、ひとり残さず嬲り殺しに
してくれる。黒魔術のマリー、偏執的な愛を持つ変態教師、そしてもうひとり、オレには切り札
があるからな」
 
 ククク・・・楽しげに軽薄そうな男は笑う。今までさんざん計画を邪魔されてきた怒りは、そこに
はない。あるのは、完全なる勝利への確信のみ。
 
 「ファントムガールよ、お前たちに勝ち目は無い。一気に片をつけてやろう。これまでの恨み、
まとめて体で払わせてやるからな・・・フハハハハ!」
 
 高らかな笑い声は、いつまでも響いていた。
 これまで、どこか余裕を漂わせていた悪の化身は、地球を守り、彼の世界征服を邪魔する守
護天使たちを、全力で葬る決意をしていた。何度も窮地に陥りながら、その度にしぶとく生き残
る、銀色の小娘たち。それどころか、闘うたびに強くなっていくような彼女たちに、久慈は漠然と
した不安を感じるようになってきていた。
 もはや、遊んでいる余裕はない。
 抹殺せねばばらない。ファントムガールを。どんな汚い手を使っても、恥辱にまみれさせ、人
類の目前で公開処刑せねば。
 久慈仁紀が描く、ファントムガール抹殺のシナリオ。
 その実現は、目前に迫っていた。
 
 
 
 「ぐあああッッッ?!!」
 
 突然、悲鳴をあげた藤木七菜江は、愛しそうに両手で締まった腹部を抱き締める。灼熱の痛
みは、少女の膝を崩れさせ、内股の姿勢で土の大地に座りこませる。白い道着に、茶色が付
着する。
 
 「どうなさいました? 藤木様、大丈夫ですか?」
 
 もしやずっと見ていたのか、どこからともなくすかさず現れた、五十嵐家の執事・安藤が、そっ
と寄り添う。上気して桃色に染まった頬に、大量の冷たい汗が浮んでいる。チャーミングな美少
女は、艶やかなまでに、濡れ光っていた。
 
 「・・・あれ?」
 
 「腹痛ですか?」
 
 「・・・そうだったんだけど・・・もう、痛くないや・・・なんだったんだろ?」
 
 「少し、ハードすぎたのではないですか?」
 
 白髪交じりのオールバックを振り返り、老紳士は道着姿の女子高生が行った、練習の成果を
見遣る。
 七菜江が居候している五十嵐家の敷地は、彼女の拳によって造られた穴で、ボコボコになっ
ていた。もぐら叩きのゲームのように。その穴は、どう少なくみても、三ケタはあった。
 
 「でも、しっかり練習しないと、自信もてないもん。せめて、吼介先輩と同じぐらいには打てるよ
うにならないと」
 
 ゲームをヒントに必殺技を思いついた七菜江であったが、ただ形だけできても、その技に威
力がないことは悟っていた。ファントムガール・ナナの「スラム・ショット」が超必殺技たりえるの
は、七菜江がハンドボールで培った自信と技術が、その裏にあるからだ。七菜江だけではな
い、里美も、西条ユリも、彼女たちが養ってきたモノがあるからこそ、ファントムガールとして生
かせているのだ。新必殺技を完成させるには、それこそ血の滲む努力が必要だった。
 実際に少女の柔らかい拳は、皮が摺り剥けて、血だらけになっていた。孤独な練習の途中、
七菜江のつり気味の眼からは、透明な雫がポロポロと零れた。それでも少女は止めなかった。
 
 「体内で創った波を伝える、って吼介先輩は言うんだけど・・・イマイチ実感湧かないんだよ
ね。数打ちゃわかるって、コツを教えてくれないし」
 
 「しかし、そこまで頑張っている藤木様の姿を見れば、工藤様も考えを変えるのでは?」
 
 「ううん、“ぬるい練習してるな”って言われちゃったよ」
 
 返す言葉をなくし、黒スーツの紳士は押し黙る。血と泥で汚れた少女の背中は、やけに小さく
見える。地球の運命を背負わせるには、過酷なほどに。
 その時だった。
 
 ゴオオオオオオッッッッ!!!
 天から舞い降りる大音響とともに、彼方の空に、黒い雷が迸る。まるで暗黒の隕石が落下し
たようなこの現象は、七菜江にとって無視できないものだった。
 
 「ミュータントの出現!! 安藤さん、私、行かなきゃッ!!」
 
 「お待ちなさい。せっかくここまで我慢したのです。あとわずかばかり、辛抱なさいませ」
 
 体内に蓄積されたダメージを取るため、里美により、ファントムガールになることを禁止され
た七菜江であったが、その期限までのこり1週間を切るところまでこぎつけていた。元気いっぱ
いな当事者からすれば、すでに万全な状態なのだが、先輩であり、今は保護者の立場でもあ
る生徒会長は、断固として変身を許さなかった。
 
 「ここは、お嬢様に任せましょう」
 
 執事の台詞に追随するように、眩い光が、暗黒流星が落ちた方向で輝く。
 銀の皮膚に紫のライン、そして金がかった茶色の髪。美の女神に愛された戦士が、部分とし
ても、全体としても完璧な姿を現世に披露する。
 五十嵐里美の変身体・ファントムガールが、突如現れた邪悪と闘うため、冷酷な戦地に降臨
したのだった。
 
 
 
 里美たちが住むこの地方の北東には、まだ未開発な茶色の大地が多く残っていた。山岳地
帯ばかりの日本には珍しい、広大な平野があるのが、この地方の自慢のひとつだ。
 自然動物と合体したミュータントが現れていた頃は、山間部や海など、生息場所に近いところ
に巨大生物は出現していたが、あのメフェレス以降、人口比率が高い地域に怪獣は出るよう
になっていた。理由はもちろん、人間との融合体であるからだ。
 
 そういう意味で、今回のケースは異例といえた。
 民家もまばらな山裾に、ミュータントは現れた。土の大地が広がる舞台は、邪魔するものが
ない、という意味では決戦場に相応しい。
 
 だが、現れたミュータントは明らかな人型だった。
 西洋の僧侶がかぶるようなフードを、頭からすっぽりと被ったような姿。全身が、黒いフードに
覆われている。「怪獣」という言葉が、凶暴な恐竜を意味するのなら、今回のミュータントは怪
獣ではない。巨人と呼ぶのが、妥当といえよう。それほどまでに、ハッキリとした人間型であっ
た。ただ、不気味なのは、その顔が、青く光る眼を持った、白いデスマスクのようなものであ
る、という点だ。
 
 “人間のミュータントが、なぜ、わざわざこんなところに現れたの?”
 
 里美の脳裏を、漠然とした不安がよぎる。
 住民がいない場所での戦闘は、むしろ光の戦士たちにとって、望むべきものだった。破壊せ
んとする者と、守ろうとする者の差だ。純粋に敵との闘いに集中できる、土の平野での闘い
は、人類の守護者であるファントムガールにとって、願ってもない状況といえた。そういう場を、
あえて選んだ、この敵の真意。黒いフードの中が見えない里美は、鼓動が早まるのを覚える。
 
 “私を倒す・・・自信があるとでも言うの?”
 
 右半身の姿勢で構えるファントムガール。スレンダーな肢体が、より魅力的に映える。ただな
らぬ雰囲気を持つこの敵に対し、いつも以上の警戒を持って、立ち向かう。
 
 「出たわね・・・・・・・ファントム・・・ガール・・・・・・・・」
 
 それまで立ったまま、微動だにしなかった黒フードのミュータントが喋った。女。低く、地獄か
ら響いてくるような声ではあるが、確かにそれは女の声。
 
 「待ってたわ・・・・・ここがあなたの・・・・・・墓場・・・」
 
 陽炎のように立つ黒い影は、テレパシーのように語りかけてくる。動きがない分、声だけ聞こ
えてくるのは不気味だった。かつて、多くのミュータントと闘ってきたファントムガールだが、今
度の敵は何か、感じが違う。その違和感は、里美の心に警鐘を鳴らす。
 
 「私を倒すために現れた、と言うの」
 
 「その・・・通り・・・お前は・・・・・・・・生贄となる・・・」
 
 生贄、という言葉が、ファントムガールの細い肩を、ピクリと動かす。
 
 「お前は・・・私の“力”の・・・生贄だ・・・・・・この私・・・マリーの・・・黒魔術・・・・・・お前の身体
を使って・・・・・思い知らせる・・・・・」
 
 マリー、という名前を聞いて、里美の記憶が扉を開ける。
 聖愛学院のオカルト研究会、ただひとりの会員・黒田真理子。「魔女」を名乗る彼女は、黒魔
術の存在を信じ、ひたすら呪文などの研究をしているという。誰一人友達を作らず、妖しげな
実験を繰り返しているという彼女は、魔術の存在を信じない世間に対し、怒りを抱いていると噂
で聞いたが・・・
 もし、彼女がミュータントになったのなら。
 地球外寄生体『エデン』は、飛躍的に身体能力を高める一方で、光や闇の力を操る術も授け
る。その際、ポイントになるのは、思い込む力、信じる力。己の力に自信がある者は、絶大な
威力を引き出すことができるのだ。
 黒魔術が本当にあるのか、どうか、もはやそれはどうでもいいことだった。
 重要なのは、黒田真理子が、心底からその力を信じている、ということ。
 つまり、マリーの黒魔術は―――実在する。
 
 黒フードの中から、枯れ木のような腕が出る。両手に握られているのは、白色に紫のライン
が入った物体。
 
 「そッ・・・それはッッ!!」
 
 マリーに握られた、己の形をした人形。
 黒魔術、人形。予測される次なる事態に気付いた銀色の天使が、目前の呪術士に殺到す
る。
 だが、全ては終わっていた。
 
 黒く光る長い針が、ファントムガールの人形を、深深と刺し貫く。
 
 「ぐッッ?!! きゃああああああ―――ッッッ??!」
 
 絶叫とともに、ダッシュしていた流線型のボディが、ビクンッッと仰け反り、大の字になって立
ち往生する。まるで電磁波の網にでも、捕らわれたかのように。
 小刻みに揺れる可憐な指が、ゆっくりと胸の水晶体に伸びる。外見上、なんのトラブルもない
最大の弱点箇所を、両手で守るように掻き毟る。
 
 “うぅぅッッ・・・・・・こッ・・・この痛みは・・・・・・まるで、エナジー・クリスタルを・・・・・・・ドリルで貫
かれているよう・・な・・・・・・・”
 
 生命の源であるエナジー・クリスタルを攻撃されることは、単に死が近づくだけでなく、激しい
苦痛をファントムガールに与える。
 本物そっくりに造られた銀色の戦士の人形。その中央部、クリスタルが埋めこまれた箇所
に、魔女の針は突き刺さっていた。どういう原理か、金属に貫かれているガラス体は、割れて
いなかった。
 
 「効くでしょう・・・ファントムガール・・・・・・呪の痛みは・・・本物の苦痛を遥かに上回
る・・・・・・・・」
 
 死神の使いに似た、マリーの言葉は嘘ではない。それは我慢強い里美が、一撃にして絶叫
を漏らした事実が、雄弁に物語っている。
 ブルブルと震える紫のグローブに包まれた右手が、魔女に向かって差し向けられる。この苦
境を脱出するため、なんとか反撃の一矢を報いようとする里美の思いが、くノ一の気力を振り
絞らせる。
 
 「うあああああああ―――――ッッッッ!!!!」
 
 銀の天使の反撃は、魔女のひと動きで、容易く阻止されてしまった。
 人形に刺さった長い針を、グルっとひねっただけ。それだけで、ファントムガールはあられも
なく叫び、あまりの苦痛に全身を突っ張らせて硬直させる。
 
 “ううぅぅ・・・・な、なんて痛み・・・なの・・・・・・おかしくなってしまいそう・・・・・”
 
 「ぅぁあああ・・・・・・・あぐぅぅぅ・・・・・・・・はあぁぁぁ・・・・・・」
 
 「無駄よ・・・あなたの血・・・髪・・・そして愛液・・・呪人形に必要な要素は・・・全て手に入れ
た・・・・・・あなたは私には・・・・・絶対に・・・・勝てない・・・・・・」
 
 再びグルリと針を捻るマリー。
 
 「うわあああああああ―――――ッッッッ!!!! ぐあああああ―――ッッッッ!!!!」
 
 両腕で可憐なプロポーションを抱えこみ、身が裂けんばかりの激痛に大地をのたうち回るフ
ァントムガール。銀色の鮮やかな皮膚は、瞬く間に茶色に汚れ、シルクに輝く長い髪は、泥に
まみれてボサボサになっていく。
 
 「かッ・・・体がァッッ・・・バ、バラバラになりそうぅぅ・・・・・・ぐぐううぅッ!!」
 
 想像を絶する痛み。くノ一として痛みに耐性をつける修行もしてきた里美だが、こんな苦しみ
は受けたことがない。全身の皮膚を、筋肉を、神経繊維を、血管を、骨を、錆びたギザギザの
刃物で剥がされていく。そんな苦痛が一度に襲ってきているのだ。
 うつ伏せに倒れた女神が、土を掻き毟り、大地に爪跡を残していく。地に平伏したまま、ファ
ントムガールは悶え続ける。
 
 “こッ・・・このままでは・・・・狂ってしまう・・・・・私、狂ってしまう・・・・”
 
 「く、苦しい・・・・・・・あああぁあァァ・・・・・・・・」
 
 極限の痛みは、里美の口から真実を洩れさせる。激痛に翻弄される守護天使の声は、哀れ
みを感じさせずにはいられない。
 だが、とっくの昔に悪魔に魂を売った魔女が取り出したのは――
 もう一本の、針。
 
 「!!!」
 
 もうひとつのクリスタル、下腹部へのそれへと、なんの躊躇もなく打ちこまれる長い黒の針。
 
 「!!!!! ふあああああああ―――――ッッッッッ!!!!!」
 
 鈴のような里美の声が、大絶叫となって空を駆ける。
 崩れたブリッジの姿勢で、銀色の天使は肉の橋を造っていた。肩とつま先だけをつけ、折り
曲がらんばかりに背を反らし、ファントムガールが断末魔に揺らぐ。
 壊れた、ファントムガール。
 極度の激痛に、肉体は硬直し切り、悶絶のオブジェを完成させていた。奇妙なポーズは、精
神はともかく、肉体は、激痛の前に崩壊したことを、誰の目にも明らかにしている。
 
 ビク・・・ビク・・・ビク・・・ビクビクッ・・・ビクン・・・ビクン・・・
 
 痙攣続ける紫の右手が、ゆっくりと天に向かって差し上る。
 戦士としての本能が、わずかな反抗を試みようとしているのか? 敗北した少女の心が、助
けを呼んでいるのか?
 不意にその手が握り締められ、スレンダーな銀色の肢体は、グイっと強引に立たせられる。
 
 仲間が救出に来てくれた??
 痛みに麻痺した里美の脳裏に浮ぶ、かすかな希望。
 しかし、残酷な現実が、少女戦士を絶望に突き落とす。
 
 「メ、メフェレス・・・・・・・・・」
 
 天使の腕を掴み、無理矢理に立たせたのは、青銅の鎧に身を包んだ悪魔だった。
 油圧式の機械のように、太いチューブが出たり入ったりしている、禍禍しい姿。全体のバラン
スは、西洋の鎧に似ていた。頭頂と肘・膝には、鋭い角がついている。三日月が3つ貼りつい
た、黄金のマスク。周囲の空気すら凍らせる、圧倒的な負の臭い。
 最大にして、最凶の魔人・メフェレスが、ついに再び、その悪魔に魅入られた姿を、聖天使に
とっては最悪のタイミングで現したのだ。
 
 「ワハハハハ! ファントムガールよ、いいザマだなあ!」
 
 久しぶりに宿敵の前に立った、青銅の悪魔だが、闘うというには、あまりに正義の代表者は、
傷つきすぎていた。右手一本で吊り下げられ、すでに虫の息のファントムガールは、ダラリと垂
れ下がっているのみ。
 
 「マリーの黒魔術はいかがかな? これまでの闘いで集めてきた血や愛液が、ようやく役に
立ったというわけだ。もはや、貴様は、我々の敵ではない。奴隷だ!」
 
 背後から華奢な身体を抱きすくめ、メフェレスの両手が少女戦士の豊かな膨らみを包み込
む。柔らかな肉球が、強力に握りつぶされ変形する。
 
 「あくぅッ!・・・・・くはァッ・・・・・・・・」
 
 機械のようなゴツイ掌が、ボウ・・・とピンク色に光り出す。桃色の靄に包まれた手が、形のい
い少女の果実を、舐めるように揉みまわす。脳天を衝き抜けた痛みに自失していた正義の少
女が、下半身から湧きあがってくる熱に、思わず声をあげる。銀色の艶やかな唇が、妙な色気
を醸し出す。
 
 「ククク・・・三ケタは女を抱いてきたオレの技・・・工藤吼介とままごとしているような幼い貴様
が、耐えられるわけがなかろう?」
 
 ピンク色のジェルに包まれたような、生暖かい感触が、美少女の双房を過敏にしていく。柔ら
かく、うねっている。温かいヒルが、性感帯をなぞるように、ジリジリと蠢く。青銅の掌が銀の隆
起を這いずると、みるみるうちに官能の電撃が、超美少女の背中を貫く。先程まで激痛にのた
うっていた女神の細胞が、新たな刺激によって、桜色に染まっていく。
 
 「ううぅぅ・・・・・メ、メフェレス・・・・・・こ、こんなことをしても・・・・ムダよ・・・」
 
 「ククク、負け惜しみにしては無理があるのではないか、ファントムガール? 以前、オレの技
で、何度もイカされたことを忘れたわけではあるまい」
 
 メフェレスのピンクに光る手。官能の魔界に引き摺りこむ、その淫靡な技は、久慈仁紀が経
験してきた性の体験の賜物であった。彼が多くの女性を悦ばせてきた、自信と技。それがその
まま、ミュータントとなった今でも役立っているのだ。
 
 くノ一である里美だが、性的な訓練というものはほとんど行っていなかった。父親が、女を武
器にすることをよしとしなかったためだ。おかげで、男顔負けの身体能力を有する里美だが、
一方で、性的な攻撃への耐性は、ほぼついていないという弱点があった。
 こと性的な攻撃に関しては、メフェレスの指摘通り、まさしく大人と子供ほどの差が、両者に
はあったのだ。
 
 ファントムガールの芸術的な曲線を、青銅の指がゆるく、じっくりと嬲るうちに、変化が現れて
くる。小豆のような突起が、隆起の頭頂に出現し始めていた。里美が久慈に弄ばれるのは、こ
れが初めてではないが、常にいいように遊ばれてしまう少女戦士であった。
 
 「あうぅッ・・・・くうッッ・・・・・・・・はあうッッ・・・・・・」
 
 「何度抱いてもい〜〜いカラダだ・・・ほれ、喘ぐがいい」
 
 頂きに現れた突起を、指の腹でクリクリとこねまわす。指が動くたびに、聖なる戦士の可愛ら
しい突起は、上に下に折れ曲がる。優しいながらも急激な刺激は、稲妻となって美少女の先端
を灼く。
 
 「あくうッッ!!・・・・・・・くあああ・・・・・・・ああぅぅ・・・・・・」
 
 “ダ、ダメとわかっているのに・・・こ、声が出てしまう・・・・・あうぅぅ・・・・む、胸が・・・・・わ、私
の胸が・・・こ、壊されて・・・・・・しまう・・・・・”
 
 尖った指が先端を軽くつつく。それだけで、股間に熱い電撃が走る。マグマのようにたぎる下
腹部を、里美は自覚せずにはいられなかった。
 
 「ワハハ! だいぶ発情してきたようだな。そーれ、踊り狂え」
 
 果実を包む手の発光が増す。
 掌にすっぽり収まるサイズの、形のよいバストがピンク色に覆われる。両乳首は人差し指と
中指で挟みこまれ、性感のツボを確実に刺激するよう、こねられる。里美の胸の突起は、もは
や狂わんばかりの悦楽を送り続ける、故障部品と化してしまっていた。
 
 「ぎゃひいいィィッッ??! うはああッッ!! うあああああ――――ッッッッ!!!!」
 
 銀色の少女が叫ぶ。
 ファントムガールが踊り舞う。
 18歳の少女の限界を超えた刺激が、五十嵐里美の脳細胞を破壊していく。そよぐ風にす
ら、反応してしまう全身。たまらない愛撫にさらされ、溺れたように、手足をジタバタともがく。助
けを求めて、折れ曲がった指で空中を掻き毟る。地球を守る戦士が、ただ胸を揉まれているだ
けで、何もできずに、悪に翻弄されている。
 
 紫のグローブが、青銅の手を掴む。無駄だった。単純な力の差が、女と男の間にはあった。
吸いついたように離れない掌は、必死で抵抗すればするほど、ますます強い刺激を送ってく
る。
 
 「??!」
 
 里美に襲いかかる官能の魔獣は、一匹だけではなかった。
 メフェレスに支配されているはずの乳房に、さらなる愛撫が重ねられていることに、聖少女は
気付いた。同時にふたりに胸を弄られるような、不可思議な感覚。メフェレスひとりの愛撫にさ
え、燃えるように火照らされてしまっているというのに、乳首を押しこまれるのと、引っ張られる
のとを、一度に味わせらて、里美に残る理性は消し去る寸前となる。
 
 「はふひゃあッッッ!!! ふはあああッッ・あッ・あ・ああ・・・・・・マ、マリー・・・・・」
 
 ファントムガールの人形が、魔女によって遊ばれている。
 胸の膨らみを、親指でクリクリとこね回している。その度に、守護天使に切ない劣情が襲いか
かる。黒魔術が与えるものは、痛みだけでなかったのだ。官能の怒涛に引き攣る少女を楽し
んで、クリクリクリクリ、人形の胸の果実は撫で回され続ける。
 
 “こ、こんなの・・・・・・・もう・・・・・耐えられな・・・・・・い・・・・・・”
 
 「わ、私・・・・・・・もう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 ガク―――ン
 全身を脱力させる銀の天使。
 金色の髪が、サラサラと地面に向かって流れていく。細いうなじが、艶やかに光る。
 胸を鷲掴みにされて支えられた身体が、つま先立ちになっている。全体重が豊かな隆起にか
かることで、襲いくる刺激は加速されたが、全身を官能に絡め取られた少女には、もうどうする
こともできなかった。
 
 ボトボトと、なにかが垂れる音。
 失神すら許されず、弄られ続ける聖戦士の口から、大量の白い泡が零れ続けていた。
 そして、股間からは、透明な粘着質な液体が、トロトロと落ちていく。
 
 「ウワハハハハ! 惨めだな、ファントムガール! このままお前は、あと60分、嬲り尽くして
やろう」
 
 ファントムガールにせよ、ミュータントにせよ、その変身時間は60分程度が限界である。それ
以上は、機能停止を意味した。
 それまでに変身を解かねばならないが、何らかの拘束下においては、寄生体『エデン』が拒
否をするため、できない。
 つまり、今の里美は、変身解除すらできず、1時間たっぷりと精を尽くされた挙句、死を迎え
ねばならない状況にあった。
 そして、そこからの脱出が不可能であることを、誰よりも悟っているのは、里美自身であっ
た。
 
 「ククク・・・抵抗することすら、できなくなったか。呆気ないものだ」
 
 青銅の魔人の蔑みに、液体の零れる音と、銀の痙攣だけが応える。
 
 その時だった。
 
 白光が爆発する。
 処刑場と化した土の大地に、新たな銀色の戦士が現れる。
 
 「来たか! ファントムガール・ユリア!!」
 
 「気砲ッッ!!」
 
 魔人メフェレスと、銀と黄色の肌に、緑の髪を持つ戦士が叫ぶのは、同時だった。
 ドンッッッ!! 肉が弾かれる音。
 ユリアが放った掌底突きで、角付きの鎧が、派手に空を舞う。細身の少女戦士の、どこにそ
んな力があるのか? 『想気流柔術』の使い手、西条ユリが正体だからこその技である。
 
 やや背は高いが、華奢な少女らしい身体つき。愛らしいマスクと、襟足で左右ふたつにまとめ
た髪型が、「カワイイ」という表現を似合わせた。ファントムガール・ナナの模様が、セーラー服
を思わせるものなのに対し、ファントムガールやユリアのデザインは、競技用水着やレオタード
を連想させる。
 一瞬にして参上した新たな光の戦士により、正義の処刑場であった大地は、状況を一変させ
た。
 
 颯爽と仲間の窮地に現れた新戦士は、グッタリとした紫の天使を抱え、開手で構える。
 
 「ユリ・・・ア・・・・・・また、助けてもらっちゃった・・・ね・・・・」
 
 「水臭いこと・・・言わないでください・・・」
 
 生来が大人しい少女は、鈴のような黄色い声で、可愛らしく呟く。正体からして人形のように
整った造りのマスクの持ち主であるため、ファントムガールとなった今は、うっとりするほどの可
憐さがユリアにはある。
 
 「ククク・・・待っていたぞ、ファントムガール・ユリア。貴様の相手もちゃ〜〜んと用意してい
る」
 
 紙くずみたいに吹き飛ばされた魔人は、まるでダメージを受けていないかのように立ってい
た。事実、メフェレスがユリアの「気砲」から受けた威力は、大したものではなかった。
 まともに決めた技を、平然と受け流されるのは、闘う者の心にダメージを与えるのが普通だ。
なにしろ、己の血と汗を否定されるのだから。しかし、まだ年端もいかぬ少女戦士の表情に
は、動揺は見られない。むしろ、その左腕に抱かれた紫の少女の方が、年下の仲間を気遣
い、焦っているように見える。
 
 「処刑の前に・・・まずは、噂の武道少女の技、試させてもらおうか?」
 
 ズブズブという粘着質な音が響く。青銅の右手から、同じ色の刀が生えてくる。
 メフェレスの本気。
 柳生新陰流の血統を引き継ぐ久慈仁紀が、その本領を発揮する証。
 剣を携えた時の久慈の強さを、身をもって知る里美の顔から、色が失われていく。
 
 「ユリア・・・気をつけて・・・・・奴の剣術は・・・」
 
 ゴウウゥゥッッッ!!!
 
 十分に開いていたはずの間が、一気に縮む。彼方にいた青銅の鎧は、瞬間、黄色の戦士の
目前にいた。
 驚異的な足捌き。
 一切の無駄なく、神速で迫る武の結晶。メフェレスの技が、あっという間にユリアを窮地に追
い込む。
 
 袈裟切り。
 風が裂ける悲鳴。
 天才レベルの武道少女は、敵に負けない身のこなしで、斬戟をかわす。
 緑の髪が、ハラリと落ちる。
 続けざまに襲う、横薙ぎの一閃。
 バック宙で可憐な少女が舞う。
 突き。突き。突き。
 捻る。沈む。退く。
 光速の魔剣が、紙一重でかわされていく。
 
 「・・・やるな。気の流れを掴む、という話は本当のようだ」
 
 単純な運動神経では、遥かに後れをとっているはずの少女戦士が、オリンピック選手も真っ
青なアスリートの攻撃を、軽やかにさえ映る足取りで捌いている。片腕に、仲間を抱えたまま
で。
 齢十五にして、達人の域に達している西条ユリならではの攻防だった。
 気の流れを重んじる『想気流柔術』のマスターであるユリは、敵の攻撃の流れを感じとること
で、パワーとスピードの差を凌駕することを可能にしていた。
 
 “す、すごい・・・ユリちゃんって、こんなに凄かったの?! で、でも、何故・・・”
 
 何故、攻撃しないの?
 里美の脳裏に、疑問が浮ぶ。
 確かにメフェレスの剣技には、隙がなかったが、ユリならカウンターを取ることができるはず
だ。
 初めの「気砲」にしても、いつもよりキレがなかったように感じられた。
 
 もしや、怪我・・・?
 いや、確かに前回、蛇のキメラ・ミュータントとの闘いで負った怪我は、まだ完治していない。
特に右腕の損傷はひどく、人間体となったユリの右腕は折れていた。
 だが、技術の真髄を極めたといっていいユリの攻撃は、怪我の有る無しによって威力が変わ
るタイプのものではない。例えば、力任せに殴りかかるナナとは違う。もちろん、痛みを恐れ、
多少の手加減はしてしまうかもしれないが、攻撃に転じないという理由にはならない。
 となると、答えはひとつ―――
 
 「これはどうだッ?! 小娘ッッ!」
 
 ピンクに輝く魔人の掌が、刀をかわし無防備になった、黄色の天使の小ぶりな膨らみに伸び
る。
 次の瞬間、独楽のように宙空を一回転し、投げ飛ばされる悪魔の姿があった。
 
 「ファントムガール! 今のうちに・・・逃げてください!」
 
 やはり。
 突き飛ばされるようにユリアの腕から解き放たれた里美は、ユリアが攻撃しない理由を悟
る。
 
 “許可”を得ていないのだ。
 闘いにトラウマを持っているユリは、双子の姉エリの許しを得なければ、本来の実力を発揮
できないのだ。
 『エデン』の寄生者でないエリは、魔獣に襲われた怪我のせいで、いまだに入院を続けてい
た。
 ファントムガールのピンチに、矢も盾もたまらず駆けつけたユリアであったが、今の彼女は全
力で敵を倒すことのできない、ひ弱な戦士といえた。
 
 「ユッ・・・ユリアッッ、危ないッッ!!」
 
 ファントムガールが叫ぶのと、黄色の少女が振り向くのは、ほぼ同時。
 背後から、突如飛来してきたものを、若き達人が掴み取る。
 メフェレスが斬りかかってきたのは、ユリアを倒そうとしてのことではない。全ては注意を向け
させ、隙を造らせるためだったのだ。
 たとえ背後からの不意を突いた攻撃でも、十分な殺気の篭ったものなら、ユリアは感知でき
る。
 だが、余力を持ってかわすのと、かろうじてかわすのとでは、違う。
 そして、この場合は、それだけの差があれば、十分であった。
 
 ユリアの両手が掴んだ飛来物は、少女の掌に冷たい感覚を残した。
 それは触手だった。
 ヘドロのような粘液で濡れ光る触手が、無数の吸盤を蠢かせて、少女の手に絡みついてい
る。
 ゾッッ・・・という冷気が、可憐な少女の背を走る。
 
 「フハハハ! ユリアよ、彼が貴様を地獄に落す死神だ。『クトル』、存分に楽しんでくれ」
 
 いつの間に現れたのか、ユリアの背後に新たなミュータントが佇む。一目で、その正体は知
れた。
 
 タコのキメラ・ミュータント。
 8本の吸盤付きの触手、スライム状の軟体。その姿形は、明らかに海に棲む軟体動物を思
わせる。
 だが、ヘドロのような濃緑の粘液に覆われた身体は、不気味を通り越しておぞましい。ボトボ
トと体表から粘着物が落ちるたび、ユリアは己の眉根が寄るのを自覚した。むせるような腐敗
臭が、無垢な少女戦士の鼻腔を突く。赤く光るふたつの眼が、この怪物の危険性を物語ってい
るようだ。
 
 「うッッ・・・」
 “こ、この気は・・・なんて邪悪な・・・・・・”
 
 若き戦士の口からは、自然吐息が洩れていた。怪物が内包する異常性を、ユリアは十分に
察していた。
 
 「美しい」
 
 醜悪な化け物が、喋った。あまりにも不釣合いで、意外な一言。
 
 「とても美しいですな・・・西条ユリくん。いや、今は、ファントムガール・ユリアか。君を我が手
に入れることを、どれほど夢想したことか・・・その可愛らしい顔を歪ませられる幸運に、感謝し
たい気持ちで一杯です」
 
 名前を、知っている。
 単なる敵ではない、黒い不安が美少女の頭上にトグロを巻く。用意周到な罠の臭いが、アイ
ドル顔負けのマスクを翳らせる。
 
 「その全身、味わい尽くし、しゃぶり尽くしてあげましょう。私のモノである証拠としてね」
 
 新たな触手が二本、両手を封じられた聖戦士に撃たれる。
 それを合図に発動される、ユリアの柔術。本来は動きを封じるための、手首を掴むという行
為は、柔術家に対しては、関節を極めてくれ、と言ってるようなものだ。
 普通の敵なら、ここで派手に宙を舞っていただろう。
 だが、このクトルという、キメラ・ミュータントは。
 
 「えッッ??!」
 
 「無駄です、ユリアくん。私には、関節も骨も、ないからね」
 
 ズルリ・・・という、滑る感覚が、ショックとなって少女戦士を直撃する。次の瞬間、触手はスラ
リと伸びた綺麗な両足首に絡まっていた。
 
 「ユ、ユリア・・・きゃああああッッッ―――ッッッ!!!」
 
 仲間を助けようとしたファントムガールの銀の肢体が、巨大な手に握り潰されたように硬直す
る。全身を、火箸で貫かれる痛苦。壮絶な痛みに痙攣する守護天使の向こうで、黒い僧侶姿
の魔女が、人形に針を突き刺している。
 
 全力を出せない状況。
 技が効かない相手。
 ユリアの脳裏を、暗雲が湧き立っていく。
 
 ギュウウウウウウ・・・・・
 
 四本の触手が、非力な少女戦士をX字に磔にする。抵抗虚しく、土の大地に正義が無力な姿
を晒す。長い足は開けられ、無駄な肉のない腕は、天に差し向けられる。モデル体型であるだ
けに、X字に引っ張られた姿は、異様な美しさを伴っていた。
 
 「うぅぅ・・・くぅぅッ・・・・・・」
 
 「君では私には勝てませんよ。さあ、敗北と服従の味に浸りなさい」
 
 残りの触手が、身動きの取れぬ黄色い天使に殺到する。
 ブチュウッッ・・・グチュル・・・ベチャアッ・・・
 黄色と銀の美しい肌が、濃緑の粘液に覆われ、汚されていく。
 粘液はただのゲル状物質ではなかった。微かに蠕動するそれは、適度な刺激を女体に送
り、確実に性感帯を狙い撃つ。幼いユリアは、くすぐったい中に、確かな甘美を感じて、知らず
肢体をくねらせる。
 
 「あッッ?!・・・ふくぅうッ・・・・・・あはァッッ!・・・・・な、なに・・・??」
 
 「男を知らぬウブな反応・・・素晴らしいです。それでこそ、我がコレクションに相応しい。ユリ
アくんには、きつすぎるかもしれませんが、たっぷりと官能の世界を味わってもらいますよ」
 
 小さいが形の良い胸の膨らみが、触手に巻きつかれる。その頂上を、触手に付いたピンクの
吸盤が吸いつく。
 
 キュウウウ・・・キュウウウ・・・・
 
 生温かい感触がユリアの乳首を包む。タコの化身が持つ吸盤は、人肌並の温かさを保って
いた。くらげのようなズブズブとした、柔らかい肉が、豆粒みたいに小さく萌えている少女の頂
点を、蠕動しながら吸う。ピンクの電流が、先端を灼くようだ。下腹部がたぎるのを、少女は自
覚した。みるみるうちに、銀の胸に突起が屹立し、吸盤に面白いように弄ばれる。
 残りの触手は、滑らかな肌を這いずることに執着した。ヌメル感覚は、少女に悦楽を与えた。
腹、太股、臀部、腋の下・・・生まれて初めての経験は、少女戦士の理性をバラバラに崩壊さ
せていく。敵に嬲られる不快感と屈辱、そして快感・・・それが気持ちいい、という反応だともわ
からずに、少女はいいように火照らされていく。
 コリコリに固まった突起を吸われ、膨らみが揉みしだかれる。触手が耳の穴を犯し始めたと
き、思わず正義の天使は声をあげていた。
 
 「あひィィッッ?!!・・・ふああ・・・・ああ・・・・・・あふううぅッッ!!」
 
 “あ、熱いィィ・・・身体が・・・燃えちゃいそう・・・む、胸が・・・・・おかしくなるぅ・・・・・こ、この触
手を・・・は、外して欲しい・・・”
 
 「まだまだ序の口ですよ? そのザマでは狂い死んでしまうかもしれませんね」
 
 急激に触手の勢いが早まる。
 じっくりと緩やかに、感度を高めたあとは、クライマックスに向けて、一気に屠る算段だった。
 グチュル・・・グチャアッッ・・・ブチョブチョッッ・・・・
 
 「はああッッ?!!・・・はひィッッ!!・・・うはああッッ――ッッ!!」
 
 四本の触手が、メチャメチャに黄色の少女を嬲る。濃緑の粘液に染まっていく天使。確実に
性感帯を刺激され、ユリアの内圧が強引に高められていく。くるみのような瞳が哀しげに垂れ、
整った眉が寄る。人形の美貌は、かつてない怒涛の波に、切なく歪む。
 
 触手が細い胴体に巻かれる。もう一本が首へ。
 磔にされ、快感に踊らされる天使は、なにもできない。
 蛇との闘いで、いまだダメージの残る腹部を、触手が一気に絞り上げる。
 メキイッッ・・・メチメチメチッッ・・・ブチイッ! ゴキゴキイッッ!!
 
 「ぐぎゃああああああ――――ッッッッ!!!!」
 
 絶叫とともに、大量の血が、ユリアの薄めの唇を割って噴射される。
 ビクビクッッ・・・圧痛に悶絶する聖少女。
 すかさず、首の触手が締まる。
 メシイッ!・・・ぎゅううううう・・・・
 ビクッ! ビクビク・・・ビクンビクンビクン・・・
 パクパクと形のいい唇を開閉させるユリア。瞳に灯った青い光が、消える。
 鮮血を吹いた口腔からは、今度は大量の泡が噴き出される。
 
 落ちた。
 武道の達人であるユリアが、無様に失神させられた。磔に固定され、いいように弄ばれた挙
句。
 
 「脆いですねぇ。でも、これからがお楽しみなのですが」
 
 胸に絡まっていた触手が、弛緩したユリアの秘所とアナルとを貫く。首絞めによる失神は、こ
れが目的だった。
 処女の固い門は、失神による脱力でやすやすと侵入を許す。
 十五年の生涯で、初めての異質物の挿入は、聖少女を目覚めさせるには十分な衝撃だっ
た。
 
 「うあ・・・・・あ・・・・・・・な、なに・・・・・・・??・・・」
 
 覚醒した少女を待っていたのは、下腹部を襲う、強烈な圧迫感と、違和感。
 事態を把握しきっていないものの、確信にも似た恐怖が、少女戦士を絶望に彩っていく。
 
 「ファントムガール・ユリアくん。君はもう、おしまいです。そして、これからは、私のモノだ」
 
 宣告が終わると同時、凄まじい勢いで触手が回転する。
 ドリルとなって、心身ともにボロボロの少女の膣を、肛門を、抉り貫いていく。
 
 「かッ・・・ふああッッ・・・ふぎゃああああああッッッ―――――ッッッッ!!!!」
 
 可愛らしさでは、ファントムガール内でも随一のユリアが、獣のように吠える。
 少女を支えていた、戦士としての自負は、木っ端微塵に砕かれていた。
 秘所とアナルからは、ドブのごとき粘液が、失禁したかのようにドボドボととめどなく溢れ出
る。
 触手はユリアを貫きつつ、腐敗した体液をその体内に送りこんでいたのだ。放水シャワーの
ように、凄まじい勢いで魔物の粘液が、ユリアの奥深くに噴射される。
 ドボドボオッ・・・ゴボオッ・・・ドボドボドボ・・・
 
 「ぎゃあああッッッ―――ッッッ!!! へ、変になるぅぅッッ―――ッッッ!!! た、助けて
ぇぇッッ!!! 抜いて抜いて抜いてェェッッ―――ッッッ!!!!」
 
 あられもなく叫ぶ守護天使。
 クトルの粘液は、メフェレスのピンクに光る掌と、同等の効果を持っていた。中年男性が歪ん
だ欲望のままに、磨きをかけてきた性技の結晶。加えて、人道に外れた狂気も含み、悪の波
長も潜ませた粘液は、光の戦士にとっては最も厄介な攻撃といえた。
 狂わんばかりにヨガらされ、同時に光を蝕まれる。
 その最悪な技を、まだ発展途上のユリアが、文字通り滝のように浴びている。
 予想される悲劇は、誰の目にも明らかだった。
 
 「こ、壊れるぅぅッッ〜〜〜ッッッ!!! 私、壊されるうぅぅッッ〜〜〜ッッッ!!! ダメ、ダメ
ェ、ダメェェェ〜〜〜〜ッッッ!!!」
 
 必死で悪夢から逃れようと、くびれた腰をくねらせる少女戦士。ダラダラと涎を垂れ流し、哀
れなまでにかぶりを振る。無駄な抵抗だった。ただ、魔物の嗜虐心を高めるだけの。
 
 喘ぎ続ける、透明に濡れ光る口を、触手が塞ぐ。
 胃まで達したのではないかと思われるほど、触手を突っ込まれ、計3本の槍に貫かれたユリ
ア。
 可憐な唇を割って、ゴボゴボと大量の濃緑の液体が溢れ出る。
 魔の淫液は、ついに聖少女の口腔をも犯し切ったのだ。
 
 「ごふうッッ!! ・・・・・・ごぼッ・・・・ごぼぼ・・・・んああッッ・・・・・・ひッ、ひぬッッ・・・・・・・・・ひ
んひゃうッッ・・・・・・」
 
 もはや、ユリアに意識はなかった。
 全身の穴を塞がれ、粘液に汚されて、無自覚のうちに呻きながら、敗北宣言を正義の使者
はしていた。
 
 「はふッ・・・へてッッ・・・・・・ゆるッ・・・・ひてェェッ〜ッ・・・・・・・」
 
 濃緑に染まった聖戦士を、タコと人間のキメラ・ミュータントは嬲り続ける。勝敗は関係なかっ
た。初めから、結末はわかっていたのだ。
 
 「んん〜〜〜美味しい。美味しいですよォ、ユリアくん。やはり美少女は最高の味だ。・・・しか
し、どうやら幼いユリアくんには、耐えきれない刺激だったようです。もっともどんな人間でも、耐
えられませんがね」
 
 ピクピクピク・・・・・・・
 痙攣だけが、少女の返答。
 許容量を遥かに越える悦楽を浴びつづけ、とっくの昔に少女の肉体は崩壊していた。壊れた
身体を、さらに陵辱され続け、ユリアの精神も崩れ去ろうとしていた。
 
 「狂い死になさい、ファントムガール・ユリア」
 
 ゴボゴボゴボゴボ・・・・・・
 涎と愛液と泡とが、惜しげも無く少女の華奢なラインをつたい、零れ落ちていく。
 
 バチイィィィッッッ!!!
 
 光の奔流が、突如としてヘドロまみれのタコを撃つ。
 耳を塞ぎたくなるような悲鳴をあげ、吹っ飛ぶクトル。光に焼かれた跡が、白煙をあげる。
 予想外の出来事に、ニヤつきながら、ユリアが処刑される様を眺めていた青銅の魔人が、驚
愕に慄く。
 その目前を疾風となって駆け抜けたのは。
 美しき銀の戦士・ファントムガール。
 触手の戒めから逃れ、グラリとうつ伏せに倒れていくユリアを、紫のグローブが抱きかかえ
る。
 
 「き、貴様ッ!! なぜッ?!」
 
 「トランス、解除ッ!」
 
 メフェレスの怒号を無視する形で、逃げるように巨大化を解くファントムガール。
 呼応したユリアとともに、光の粒子と化した少女たちは、大地の戦場から姿を消した。それ
は、敗走と呼ぶに相応しい逃げ方だった。
 一瞬のうちに正義が姿を消した大地に残ったのは、禍禍しい姿の三体の魔物のみ。
 
 「チッ・・・逃がしたか・・・まあ、いい。それにしても・・・」
 
 責任を問うように、チラリと黒魔術師の視線を飛ばすメフェレス。瘴気を漂わせ佇むマリー
は、無言で人形を見せる。
 ファントムガールに似せた人形のふたつのガラス体には、二本の針が深深と突き刺さってい
た。
 
 「フン・・・あの痛みに耐え、動けたというのか。つくづく楽しませてくれる雌だ」
 
 「楽しみが続くのは、良いことです」
 
 白煙をあげつつ、さしたるダメージも感じさせない口調で、タコの魔物が話す。若い肉体を弄
んだ感覚を、歪んだ欲望の持ち主は楽しんでいるようだった。
 
 「あんな美味しい獲物を、まだまだ味わえる・・・長生きは、するものです。今まで、どれだけの
教え子をモノにしてきたかわからないが、これほどの上玉を3人も食えるとは・・・教師冥利に尽
きます」
 
 「ククク・・・先生、あんたホントに悪党だね。実にオレ好みだ」
 
 黄金のマスクが三日月に笑う。勝利の余韻は、魔人を上機嫌にしていた。
 
 「力の差は歴然だ。本気になったオレに、敵う者などいるはずがないのだ! 次に会うときが
貴様らの命日だ、うっとおしいファントムガールども! ワハハハハハ!」
 
 民家もまばらな山間の大地に、魔人の雄叫びがこだました。
 
 
 
 2
 
 気を失った西条ユリとともに、里美が五十嵐家に運び込まれてから、3日が経っていた。
 幸いというべきか、性的な攻撃が主だったため、ふたりの戦士の肉体ダメージはすぐに回復
することができた。だが、惨めなまで逃げかえった記憶は、少なからぬショックをふたりの少女
に与えていた。
 
 「残念だけど・・・とても勝てないわ・・・」
 
 イタリア製の木造ベッドの上、淡いブルーのパジャマ姿が似合う五十嵐里美は、沈痛な面持
ちで、傍らの椅子に腰掛けた藤木七菜江に語りかける。
 休日の朝。
 正体を知られぬよう、無理を押して学校に行っていた里美にとって、久々にゆっくりと身体を
休められる時。
 魔術師マリーに、いいところなく敗れ、目の前でユリアを処刑されかけた里美が、あの闘いに
ついて、初めて語る。それまで語ろうとしなかった(七菜江もそれゆえ聞こうとしなかった)想い
を、熟慮の末、話す決心をつけたようだった。
 
 「あの呪術人形がある限り・・・私はマリーに勝てない。そして、あのクトルというタコのキメラ・
ミュータントは、関節がないため、ユリちゃんにとって、最悪の敵・・・。たとえ“許可”を得ていて
も、勝てる可能性は・・・」
 
 「そんな弱気になるなんて、里美さんらしくないよ! まだ、私がいるじゃん」
 
 「ナナちゃんも、勝てないわ」
 
 断言する口調に、さすがの元気娘も絶句する。
 
 「マリーは、血と髪と愛液があれば、呪術人形はできるといっていたわ。そして、それらは今ま
での闘いで集めていると」
 
 七菜江の記憶がフラッシュバックする。壮絶な闘いの記憶。血も愛液も・・・いやというほど垂
れ流してきた。里美の分が採取されて、自分のは集められてはいないとは、どうしても思えない
ほどに。
 
 「あのマリーの前では、私もナナちゃんも、まさしくオモチャよ。メフェレスは・・・本気で私達を
抹殺しにきているわ」
 
 重い沈黙が、豪華な調度品が飾られた部屋内を包む。
 ギリ・・・という艶やかな下唇を噛む音だけが、七菜江の口元から聞こえてくる。
 
 「あいつらを倒すには、闘う相手を交換するしかない。当然敵もわかっているだろうから、簡
単にはいかないでしょうけど、マリーを倒せるのは、ユリちゃんしかいないもの」
 
 話を聞いていた七菜江に、天啓のようにひとつの考えが湧く。ある意味、都合のいい考えで
はあったが、この苦境を脱するには、効果的なものであることは確かだった。
 
 「新しい戦士なら、マリーに勝てるよ! 前に言ってたじゃないですか、心当たりがあるって!
 そのひとにお願いしましょうよ!」
 
 「・・・そのひとには、正式に断られちゃったの・・・」
 
 再び沈黙が、空気を支配する。
 七菜江の頭に射しこんだ光は、急速にその輝きを失っていった。
 
 「そう・・・ですか・・・」
 
 「どんなに厳しい状況でも、私達でなんとかするしかないわ」
 
 「・・・吼介先輩は、やっぱりダメなんですか?」
 
 以前確認したことを、再度聞いてしまう七菜江がいた。
 彼女が知る、最も強く、頼りがいがある男。たとえ、ミュータントになる危険性があるとはい
え、信じてみたい気持ちを、少女はどうしても捨てきれなかった。
 
 「ナナちゃんの気持ちは、よくわかるわ・・・でも・・・」
 
 七菜江以上に、工藤吼介を知る里美は、少し言葉をとぎらせた後、句を繋いだ。
 
 「恐いのよ、私。・・・もし、彼がミュータントになったらと思うと・・・」
 
 憂いを帯びた視線を、超のつく美少女は見せる。
 哀しげに揺れる瞳は、なぜ里美が吼介に『エデン』を寄生させないか、その真意を七菜江に
教えた。
 確かに吼介のような圧倒的力の持ち主が、敵となるのは脅威だ。
 だが、それ以上に・・・
 吼介がミュータントとなったら、倒さねばならないのだ。里美が。七菜江が。
 里美が本当に恐れていることが、ようやく七菜江は理解できた。
 
 「あ、あの・・・先輩と里美さんが姉弟だっていうのは、本当なんですか?」
 
 心の奥深くにしまってある疑問を、七菜江は勇気を絞って聞いた。聞かねば、先に進めない
ことは、少女自身が理解していたから。
 
 「本当よ」
 
 視線を布団に落したまま、凛とした口調で里美ははっきりと応える。
 
 「恥ずかしい話だけど・・・吼介は、お父様が私の母親以外の女性に生ませた子供なの。その
女性には、五十嵐の名を守るため、慰謝料を渡すことで身を引いてもらったわ」
 
 本来なら隠すべき秘事を、里美は語る。相手が、話すべき人間だと考えているからだった。
 
 「本当なら、それでこの話は永遠に秘密にされるはずだったのだけれど、幼馴染として暮らし
た私と吼介は、小学校を卒業するころには互いを好きになっていたの」
 
 ドキリッ!
 「好き」という単語が、七菜江の動揺を呼ぶ。
 
 「そのために、真実が私達に語られ、ふたりは幼馴染としての存在に戻ったのよ。吼介は気
を使って、この屋敷に近寄らなくなったけどね。戸籍上はともかく、間違いなく、吼介は母親違
いの私の弟よ」
 
 知らない間に、七菜江の頬は紅潮していた。
 語られる真実は、予想はしていてもやはり衝撃的だった。
 次々に湧く疑問を、少女はひとつ年上の先輩にぶつけていく。
 
 「それって・・・結婚とかできないんですか?」
 
 「法律のうえではどうなってるのか、わからないけれど、私達が血を分け合っているのは事実
よ。誰がなんと言っても、私達が姉弟であるのは確かなの」
 
 「じゃあッ!・・・里美さんは、吼介先輩のこと、好きじゃないんですか?」
 
 「・・・・・・好きよ、今でも。そして、恐らく、彼も・・・」
 
 ズキンッ! ズキンッ!
 続けざまに、2度の痛みが胸を刺す。
 本音を受け入れる作業は、17の少女にとっては辛いことではあったが、七菜江を信じている
からこその、里美の言葉を受け入れる義務があった。
 
 「けれども、それは間違った感情なのよ」
 
 「・・・・・・間違ったとか、私、よくわかんないよ・・・好きならそれでいいじゃないですか」
 
 ナナちゃんらしい台詞ね、里美は思う。一直線で、なにより感情を大事にする七菜江らしい発
言だと。
 
 「そうかもしれないわね。・・・でも、彼はね」
 
 落していた視線を、真っ直ぐに七菜江に向ける里美。あまりの美しさに、圧倒されるのを堪え
て、懸命に視線を合わせるショートカットの少女。
 
 「吼介はね、あなたのことを、本気で愛し始めている。私以外のひとを。私達の間にある呪縛
を、ナナちゃんが解こうとしているの」
 
 離れなければならない運命のふたりを、ようやく七菜江があるべき姿にしようとしている。
 里美の言葉は、そのように受け取れた。
 それは、七菜江がただふたりの関係に利用されていると捉えることもできたのだが、少女は
そうは取らなかった。
 
 「ありがとう、里美さん。言いにくいことを、きちんと話してくれて。でも、先輩を好きという気持
ちを、無理に抑える必要はないですよ」
 
 ニコリと弾けんばかりの笑顔を、少女は見せた。美少女で鳴らす里美が、この表情の七菜江
には敵わないと思う、あまりに魅力的な笑顔。
 
 「私、先輩のこと好きだから、この気持ちを思いっきりぶつけます。里美さんもそうしてくださ
い。それでダメなら、諦めつくもん」
 
 爽やかに言い放つ少女を前にして、里美は己を気恥ずかしく思う。このコの純粋さには、憧
れちゃうな。年下の少女が眩しく映るのは、決して気のせいではあるまい。
 
 「だから、そんな譲るみたいなこと、言わないでください。私、譲られて愛されるより、フラれて
もいいから愛していたい」
 
 「・・・そうね、ナナちゃんの言う通りね。今回は私の完敗みたい」
 
 「えへへ・・・これで思い残すことなく、闘えそうだよ」
 
 溜まっていたわだかまりを吐き出して、すっきりとした表情を少女は見せた。
 死を賭した闘いが迫る前にしては、一見そぐわない会話の内容。だが、これこそが、少女に
とっては、今もっとも大切な話だったのだろう。
 なにしろ、地球の運命を握る少女たちは、まだ青春真っ只中の高校生なのだから。
 
 「ところで、ユリちゃんの方は・・・その、大丈夫なの?」
 
 おずおずといった様子で訊くのは、里美にしては珍しい。
 今回、より深いダメージを受けたのは、里美よりも西条ユリである。無論、それは肉体的なも
のではなく、精神的なものだ。トランスフォーム解除後、発見されたユリは、涎を垂れ流し、背を
突っ張らせたまま痙攣し続けていた。
 
 その後、驚くほどの早さで立ち直り、いつも通りの内気な少女に戻ったユリは、平然と家に帰
っていったが(ユリは今でも、正体を知らせていない両親と一緒に住んでいる)、里美は後遺症
が心配だった。いくら、武道で鍛えているとはいえ、ユリはふたつも年下の、妹のような少女
だ。この時期の2歳は、結構な差がある。
 
 「検査受けに来てたけど、いつも通りでしたよ。怪我も順調に回復してるみたいだし。だ〜い
ジョウブですよォ、ユリちゃん、ああ見えてしっかりしてるもん」
 
 「そう、ならいいのだけれど」
 
 楽天的な猫顔の美少女を見ながら、秋の月のような美少女は、どこか胸につかえるものがあ
るのを感じていた。
 それが、なんであるかなど、この時わかるはずはなかったが。
 
 
 
 「♪あ〜〜なたにあーえたそれだけで良かった、せーかいがーひかりーに満ちた・・・」
 
 夏本番間近の、強い日差しが照りつける日曜の午後。
 若者の街、と呼ばれる「谷宿」は、以前蜘蛛の化身と、ネズミの巨獣とに壊滅されたダメージ
から、見事に復興していた。ミュータントとファントムガールが闘う前の活況が、元通りに蘇って
いる。巨大生物の度重なる出現は、人類達の心を、多少タフにしたようだ。
 
 ゲームセンターやカラオケ店がひしめく往来、雑居ビルの入り口にあたるコンクリートの階段
に、男は腰掛けて、鼻歌を口ずさんでいた。巨大な体躯に合わぬ、なかなかの美声。男はそう
して、1時間ばかりもずっとここにいる。隙間もないほど、覆い尽くした雑踏のなかで、その圧倒
的な肉感は、少しばかり異彩を放っていた。
 白のティーシャツに、デニムというラフな格好。大きめのシャツをわざと着ているのだが、それ
でも極厚な筋肉の量がわかる。腕まくりした袖から、バスケットボールのような上腕二頭筋が飛
び出ている。野球帽の下から覗く顔は、日に焼けて精悍さを増していた。
 その鎧のような肉体を見れば、こんな暑い日には会いたくない、と思われそうだが、その実や
けに爽やかな印象がある。不思議な雰囲気を持つ男であった。
 
 「さっきから、ずっと、おんなじトコ歌ってるね」
 
 2mほど離れた場所で、10分くらい前から立っていた女子高生が、工藤吼介に話しかける。
その存在に初めて気付いた吼介は、帽子の奥から視線を投げる。
 
 「この歌、サビしか知らないからな」
 
 「ねえ、ここで何してるの? ずっと動かないけどさァ」
 
 近寄ってきた女子高生は、ミニスカートの中身を見られぬよう気遣いながら、内股で吼介の
隣に腰掛ける。どうやら、機関車のような熱量を備えた男に、興味があるようだった。
 
 七菜江と同じくらいの身長だな、と吼介は思う。
 白の半袖シャツにチェック柄のクリーム色のスカート。金の刺繍が入った赤いネクタイが、よく
似合っている。夏服なので単調なデザインだが、冬になれば、この上からスカートと同色のブレ
ザーを着こみ、この地方ではよく知られた制服になるはずだった。
 藤村女学園の生徒だな。
 ファッションには疎い吼介でも、美少女の宝庫と位置付けられる高校の制服は知っていた。
 決して偏差値は高くはないが、その分洗練されている彼女たちは、この地方では、文化祭人
気ナンバーワンを誇る。たとえば、この谷宿でも主役というべき存在で、男にとっては一緒に連
れていることが、ちょっとしたステータスにもなる。聖愛学院や白鳳女子とは、違った意味で羨
望を集める学校であった。
 
 藤村女学園の生徒にとっては、化粧やオシャレが学業といってもよい。彼女らの意識の大部
分は、遊びとファッションと男で埋め尽くされる。素質は決して変わらないのに、彼女たちが美
少女校として知れ渡っているのは、そのためだ。
 だが、今、吼介の隣に座る少女の完成度は、明らかにレベルが違った。
 薄く化粧をしているものの、そんなものが無用なのは、誰の目にもハッキリしている。100人
が100人とも、「カワイイ」と言わざるを得ない美少女ぶり。いくら工藤吼介が最強を自認しよう
と、男である以上、これほどの美女に隣に寄られるのは、悪い気はしない。
 そんな吼介の耳に、女子高生の正体が、何気に告げられる。
 
 「おい、あれ、桜宮桃子じゃねえか?」
 
 「ミス藤村のか?」
 
 「間違いねえよ、オレ、文化祭でグランプリ取るの、見たもん」
 
 悪気があるのか、ないのか、これみよがしに話すブカブカズボンの二人組の大声が、筋肉武
者と制服姿の少女に届く。雪のように白い少女の肌は、耳たぶまで、瞬く間に真っ赤になった。
 
 「へ〜〜、藤村のナンバーワン美少女か。どうりでカワイイと思ったぜ」
 
 「カワイイ」という単語が、すんなり出てくる。
 言われた少女は、やや困ったように笑っていた。長い睫毛の下で、星を散りばめた瞳が、恥
ずかしげに大男を見る。容姿を誉められるのは一度や二度ではないはずなのに、少女・桜宮
桃子は、一向に慣れない様子だった。なんと返答すればいいか、言葉が見つからずに、ただ
照れている。
 
 シミひとつない肌が、粉雪のように美しい。大きくつぶらな瞳だが、やや吊りあがった感じで、
意志の強さを感じさせる力がある。長い睫毛に、整った眉。ツンと鼻は高く、厚めの唇は湖の
表面に似て光っている。柔らかそうな唇と、その右下にある黒子とが、少女の年齢を忘れさせ
るまでに扇情的だ。明るい茶色の髪は、真ん中近くで分けられ、鎖骨にまで伸びている。歌舞
伎役者の娘である、お嬢様タレントの髪型に似ていた。
 どの部分も完璧だが、特に瞳と唇の美しさは抜きん出ていた。確実にカワイイのだが、どこ
かにエロティシズムも感じさせる。美貌と呼ぶに相応しい顔は、藤木七菜江と同い年の少女が
持っているとは思えない。それは単なる化粧のせいなどでは、絶対になかった。
 
 「美しい」といえば、里美かあるいは・・・あの妖艶な女教師だろうな。「可愛い」といえば、七菜
江みたいなタイプだ。あとは西条の姉妹。この桃子ってコは・・・「綺麗」と呼ぶのがピッタリだ。
 知らず、肉体派の男は、己の知る美女たちと、目前の少女とを比較していた。
 
 「そんな照れるなよ。カワイイってのも、立派な才能だぜ? まして藤村の学園祭女王となれ
ば、ちょっと自慢していいんじゃないか」
 
 「あれは友達が勝手に応募して・・・いや、もういいの!」
 
 「いいの」という言い方に、この話はここまでで終わらせる、という強い意志を、桃子は含ませ
た。キツイ言い方をしているわけではないのに、つい従わせてしまう、不思議な魔力のある口
調だ。
 
 「そんなことより、なんでここにずっといるのか、教えてよ。そんなデカイ図体だから、目立って
るよ」
 
 吸いこまれそうな瞳で、吼介を射る。改めて、こりゃ、確かに美貌だ。吼介の心に感嘆の気持
ちが芽生える。
 
 「ん〜〜、ひとを探してんだ」
 
 「そうなんだ。じゃあ、あたしと同じだ。彼女?」
 
 谷宿で待ち合わせるのなら、一番可能性の高い相手を、桃子は口にする。見知らぬ男と話
せるのが、やけに楽しそうだ。
 
 「いや・・・そんないいものじゃないんだ」
 
 ふたりの少女の顔が、岩の身体を持った男にちらつく。影を振り払うように、吼介は苦笑を浮
かべた。
 
 「じゃあ、友達?」
 
 「えっとな、2mくらい背があって、ひょろ長くて、髪で顔が隠れてて、暗くて、陰湿で、殺気だっ
てる奴なんだ」
 
 「ええ〜〜?! なんか、やな感じじゃん」
 
 「ちょっとそいつに借りがあるというか・・・大事なものに手を出されたケジメを、ね」
 
 冷静に考えれば、吼介がやろうとしていることの危なさがわかりそうなものだが、ニッコリと屈
託無く笑う顔に、桃子はころりと誤魔化された。
 
 「へぇ〜〜、そうなんだ」
 
 「そっちは? 彼氏待ちか?」
 
 白い歯を見せて、桃子はまた頬を染めて笑う。返事はなくとも、その嬉しそうな表情だけで、
答えは十分だった。
 
 「ま、その顔で、いない方がオカシイわな」
 
 「けど、えっと・・・・・・・」
 
 「コースケ。工藤吼介」
 
 「・・・吼介だって、彼女いないの、けっこう意外だよ。好きな人とかいないの?」
 
 男は苦い顔をする。笑顔にまぶしながら。
 遠い目をしながら、再び先程の歌を口ずさむ。
 
 「♪愛されたいと願ってしまった、せーかいがー表情をかーえた・・・」
 
 「・・・?? なにそれ? 誤魔化してるの?」
 
 「ま、そういうことで。しかし、これほどの美人を射止めた男には、嫉妬するね。意外とカッコ
悪かったりして」
 
 「あは・・・いやあ〜、どうかなぁ〜〜? 私はカッコイイと思ってるけど」
 
 「フフン、言うね」
 
 「けっこうハマってるんで♪」
 
 どうやら、自分の幸せを、皆に分けたくて仕方ないらしい。
 桃子が自分に声を掛けてきた理由と、少女の無邪気さを、同時に吼介は知る。好きなものを
ためらいなく好きといえることが、うらやましい。
 
 「あ、でもねー、もうひとり、『谷宿の歌姫』にも会うんだぁ」
 
 「『谷宿の歌姫』?」
 
 初めて聞くフレーズに、思わず日焼けした男は反応する。
 
 「あれ、知らない? メチャメチャ有名だよ?」
 
 太い首を、男は横に振る。
 この土地に出入りはしているが、元々浮ついた場所は好まない男だ。今時の高校生なら知っ
ていて当然、という知識でも、知らないことなどザラであった。
 
 「ホントに知らないんだ? じゃあ、ちょっと会わせてあげるよ! あたし、友達なんだ」
 
 興味ない、と断ろうとする吼介の口を、水仙のような桃子の笑顔が封じる。女子高生の無邪
気さと、夜の薫りがかすかに漂う色っぽさ。黒く大きな瞳と、並びのいい白い歯が造る笑顔は、
男ならときめかずにはいられぬ可愛らしさだ。どんな雑誌の表紙を飾る美人にも、劣ることは
ない。極上のワインを思わせる美貌を、曇らせる勇気は吼介にはなかった。
 
 「ちょっと待ってて」
 
 立ちあがった桃子は、ゆっくりと周囲を見回す。
 急に、楽しげな空気が消え、桃子を纏う雰囲気が変化する。その表情は真剣そのもの、とい
った感じだ。透き通った瞳は厳しさを増したように見え、光っているような錯覚すら覚える。
 
 奇妙な感覚が、プロ顔負けの格闘士を捕える。
 どう見ても、普通の女子高生の体格なのに、じっと集中して活気溢れる街中に視線を飛ばす
少女から、一流の格闘家の匂いがするのだ。
 
 “?? なんだ、この感じ・・・? なにか武術を? いや、そんなわけはない、この体つきは、
間違いなく普通の女のコのもの。だが、なぜだ? 凄まじいエネルギーのようなものを、このコ
からは感じる。自分は強い、というような自負、自尊心みたいなもの。単なるオレの気のせい
か?”
 
 「いた」
 
 耳の奥でころころと毛糸が転がるように呟く声で、吼介の思案は中断される。
 次の瞬間には、45kgほどの小柄な少女に引っ張られる、180以上の大男の姿があった。
 
 「ただ待ってるのも、暇でしょ?! 時間潰しに聞いていこうよ、『歌姫』の唄を!」
 
 百合の笑顔を崩さぬまま、ミス藤村は最強の呼び名高い格闘士を、グイグイとエスコートして
いく。その弾ける美貌は、もはや芸術品といっていいほどに、輝きを放っていた。100人並の
モデルを圧倒する完成度を、桜宮桃子の造形は誇っている。
 
 まさに美女と野獣の、人目を集めるコンビは、休日で賑わう若者の街を、網目を縫って突き
進む。狭い路地に入る。吼介が足を踏み入れたこともない裏道を、桃子はするすると、右へ左
へ折れ曲がっていく。
 
 「お、おい! ここ、どこだよ?!」
 
 「いいから! ホラ、聞こえてきたでしょ?!」
 
 スニーカーがアスファルトを踏む音に混じって、確かに聞こえる。
 何者かの歌声が。
 甘いような、切ないような、哀しいような・・・ビブラートのかかった、伸びのある声が、今まで
耳にしたことのない旋律を奏でている。
 
 「これが、『谷宿の歌姫』の声・・・」
 
 吼介は強さを追ってきた男だ。音楽のことなど、まるでわからない。
 わからないが、コンクリートの密林に木霊する声は、壮大なスケールのドラマとなって響いてく
る。悲劇のドラマの。悲しみに満ちたその声は、硬派な男の心を惹きつける何かを持ってい
た。
 
 パッと視界が広がる。
 土地所有者の気まぐれや、建築計画のミスなどにより、偶然に生まれる裏通りの広場。狭い
路地の先に広がる、コンクリートに囲まれた空き地。そこは、いわゆる不良たちの溜まり場とな
る。
 そのひとつに、今、行き着いたのだ。
 5m四方ほどの空き地は、ステージとなっていた。中央に、歌手が、ひとり。『谷宿の歌姫』
と、一部の人間から畏敬を抱かれている対象は、観客のいないリサイタルを、たったひとりで
行っていたのだ。
 
 「・・・お前が、『谷宿の歌姫』か・・・」
 
 「ちりィ〜〜、久しぶりだね!」
 
 あどけなく手を振る桃子の横で、苦い顔へと変貌していく逆三角形の男。
 『闇豹』神崎ちゆり。
 豹柄のチューブトップにミニスカといういでたちの悪女が、対照的なふたりの男女を迎えてい
た。歌うことに熱中し、普段の悪行からは想像できない穏やかな表情を浮かべていた不良の
女王が、突然の訪問者に気付いて、慌てて歌うことを止める。
 
 「・・・工藤吼介ぇ?! あらぁ〜〜、こんなとこであんたに会えるとは、ちり、思わなかったぁ〜
〜」
 
 先程までの透き通った美声が、嘘のように鼻にかかったダミ声で話すちゆり。甘えた物言い
にも聞こえるが、その節々に隠された棘を見逃すほど、吼介も鈍感ではない。
 
 「お前にこんな特技があるとはな! 豹が猫のように鳴けるとは、知らなかったぜ」
 
 少しでもいいと思った自分が、腹立たしい。
 美人と会話する楽しさで、いい気分に浸っていた筋肉マシンのエンジンに火が着く。元々吼介
は、不良という人種が好きではない。甘えた精神構造が見えるからだ。積年の嫌悪感に加え、
騙されたような感覚が、完成した肉体の持ち主を、戦闘バージョンへと変化させていく。
 
 「筋肉しか興味ないよーな奴がさぁ〜〜、ここにいるほーが不思議だよね・・・なにしに来たの
ォ〜〜?」
 
 言い方は平然としているものの、サングラスの奥に光る眼は、鋭さを増している。
 ちゆりとしても、あまり他人に知られたくはなかった姿を、見られてしまった怒りは、抑えきれ
ないようだった。
 なにしろ、相手が工藤吼介なのだから。
 五十嵐里美や藤木七菜江と仲の良い吼介は、闇豹にしてみれば、敵同然の相手であった。
その男に、いつもと違う一面を見られたのは、プライドの高い彼女にとって、耐えられない恥辱
である。
 
 「あ、あれ? ふたりとも、知り合いなの?」
 
 両者に流れる不穏な空気を察して、チェックのスカートの美少女が、間に入ろうとする。無駄
だった。1度着いた炎は、凄まじい勢いで燃え広がらんとする。
 
 「七菜江に手を出した、ひょろ長い男に、シメシをつけてやろうとしたんだがな。まさか、こんな
ところでもっとオイシイ相手に会えるとは思わなかった」
 
 「ふぅ〜〜ん、どうやらやる気まんまんみた〜い。ちりは構わないけどねぇ〜〜」
 
 「あの時、あいつを泣かせたこと、忘れてねえだろうな、クソ豹」
 
 「里美といい、七菜江といい、あんたってホントに女のセンスないねぇ〜? いつかふたりと
も、顔をグチャグチャ〜にしてやるからねぇ〜〜」
 
 殺気が狭い空間でどんどんと溢れていく。不意に起ころうとしている戦争。それはあまりに突
然といえばそうだが、なるべくしてなる状況ともいえた。
 吼介は、ちゆりが七菜江にしたリンチを忘れていなかった。
 ちゆりは、里美や七菜江の周りのものを、全て壊したかった。
 両者の意図が一致している以上、潰し会いは必定――
 
 膨らみ続ける風船が、爆発する瞬間――
 
 「危ないッッ!!」
 
 可憐な声が、今まさに飛びかかろうとしていた筋肉獣に掛けられる。
 反射的に頭上を仰ぐ吼介。そこに降ってきたのは、コンクリートの塊。
 
 ボゴオオッッッ・・・・・・!!
 
 固いものが粉砕される破壊音が響く。
 測ったように吼介の真上から落ちてきた、ボウリングの玉ほどの塊は、ダイナマイトが仕掛け
られていたかのように破裂した。
 砂煙と化した粉塵が、雨となって呆然とする男に降りかかる。
 
 「こりゃあ、一体・・・?」
 
 横を向く。危険を教えてくれた少女は、肩を上下させながら、微かに呼吸を荒くしてた。真っ
直ぐに見つめる瞳が熱っぽい。アクシデントにただ戸惑った顔、にしては、桃子は興奮気味で
あった。
 
 「はぁ・・・はぁ・・・だ、大丈夫? コンクリートが落ちてくるなんて・・・ちょっと間違えば死んでた
よ?」
 
 「オレは平気だが・・・お前こそ、なんか様子がおかしいぞ? 大丈夫なのか」
 
 ニッコリ微笑む桃子。それは心配しないで、という意味らしい。
 突然の出来事に、戦闘意欲を殺がれた吼介は、抜きかけた刀を納めることにした。機先を
逸らされたのはちゆりも同じようで、腕組をしながらこの様子を覗いている。
 
 「それよりふたりとも、何があったか知らないけど、いがみ合うの、止めようよ・・・・・・きゃ
ッ?!!」
 
 背後から小さな身体を抱き締められ、思わず輝く皮膚を持つ少女は叫んでいた。
 
 「あッ!!」
 
 「待ったか、桃子。悪かったな」
 
 待ち人の登場に、白い頬がパアッと名前と同じ、桃色に染まっていく。その恥じらいぶりだけ
で、いかにこの美貌の少女が、現れた男に惚れているかがわかった。
 
 「なんだ、うらやましい男は、お前だったのか。副会長さんよ」
 
 登場した桃子のパートナーに、吼介は冷ややかともいえる声で言う。
 両腕で桃子を抱きすくめたまま、聖愛学院生徒会副会長、久慈仁紀は色白の顔に薄い笑い
を貼り付けていた。
 ニヒルな様子は、好きな女性には堪らない魅力となるに違いない。事実、目の前で嬉しそうに
微笑み続けている少女は、このプレイボーイで有名な男の虜であるようだった。
 
 「やあ、工藤くん。珍しいところで会うもんだね。君はひとりぼっちかい?」
 
 カチンとくる台詞使いに、吼介の眉がピクリと動く。だが、その後の感情を抑えることには成
功した。
 
 「まあ、な」
 
 「まさか、桃子に手を出そうとしてないだろうね?」
 
 「しねーよ、アホ」
 
 「それは良かった」
 
 フフフ・・・口を歪めて笑う久慈。ひとによって、魅力的にも、醜くにも映る笑顔だ。
 
 「桃子はボクの“切り札”なんでね・・・では、失礼」
 
 
 
 3
 
 「お願い、私たちの仲間になって!」
 
 咽るような湿気を帯びた熱風が、夜の校舎を駆ける。
 じっとしているだけでも汗が滲むようだ。本格的な夏の到来を控え、虫たちがそこかしこで鳴
いている。季節は七月を迎えていた。
 
 広大な敷地を誇る聖愛学院では、夜間は侵入禁止といっているものの、実際は忍び入ること
は容易い。デートスポットとして利用する不埒者も中にはいたが、今ここにいるセーラー姿のふ
たりは、真剣な会話の真っ最中だった。
 
 藤木七菜江は、霧澤夕子の前で土下座していた。
 誰にも聞かれたくない話をするために、ふたりは木々の生い茂る林の中に来ていた。ほぼ初
対面といっていいふたりだが、五十嵐里美を通じて、互いの素性は知れている。七菜江に呼び
出された夕子が、ショートカットに従い歩いていくと、急に七菜江は地に四肢を這わせて、乞い
たのだった。
 
 「やめてよ、そんなことするの・・・」
 
 ツインテールの少女が冷たく言い放つ。だが、その口調の裏には、戸惑いと共に、辛い決断
をしなければならない己への悔しさが隠れている。
 
 「五十嵐里美にも言ったはずよ。私はあんたたちの仲間にはなれない。やらなければならな
いことがあるの」
 
 「それは知ってる、けど・・・どうしてもあなたの力が必要なんだよ!」
 
 顔をあげた七菜江の柳眉の下で、少しつり目がちな澄んだ瞳は、泣きそうに歪んでいた。ま
るっこい小さな指が、震えながら柔らかな土を掻き抉っていく。
 
 「あなたも・・・夕子も見てたでしょ?! あのマリーって女には、あたしや里美さんでは勝てな
い。今までにデータを取られていない、新戦士じゃないと・・・今、ふたつある『エデン』のうち、1
個は夕子に使って欲しいの」
 
 猫顔の少女の台詞は、どこかが知的な少女の癇に触れたらしい。
 七菜江とは逆に、やや垂れ気味の瞳をもつ美少女は、ムッとした様子を隠さずに言う。
 
 「あんたね・・・七菜江っていったっけ? 簡単に言うけど、ファントムガールになるってことが、
どういうことか、わかってるの?! 死ぬかもしれないのよ! なんの見返りもないのに。皆の
ために犠牲になるって、どんなに辛いことかちゃんとわかってるの?!」
 
 「だって、誰かがやらないと、メフェレスに支配されちゃうんだよ!」
 
 夕子にキツイ言い方をされ、単純な少女もカッとしたようだ。立ち上がって、興奮した口調で
話す。
 
 「あたしだって、ホントは嫌だよ! 逃げたいよ! 里美さんだって、きっとそうだと思う・・・で
も、誰かがなんとかしないと! 皆の笑顔を守りたいし、少なくても大切な仲間がいるから、ガ
ンバレるんだよ! 夕子にだって、守りたい人がいるでしょ?!」
 
 純粋な少女は、正直な気持ちを包み隠さずに伝えた。
 対して、冷酷と噂される少女の反応は、あまりに冷ややかだった。
 
 「七菜江は・・・いいわね、単純で。そんな恥ずかしい台詞が、よく言えるわね」
 
 「恥ずかしくなんか・・・ない!」
 
 「私にはいないわ。守りたい人なんて」
 
 思わず七菜江が言葉に詰まる。
 それほど夕子の口調は、冷淡だった。悲しいまでに。
 
 「嘘だ、そんなの」
 
 「本当よ。いかにも幸せに生きてきましたって顔してるあんたには、わからないだろうけど」
 
 「だって、お母さんとか、お父さんとか・・・」
 
 くっきりとした二重の瞳が鋭くなる。銀色の首輪が光ったように見えたのは、気のせいか。
 
 「最低よ!! あんな男ッ!!」
 
 烈火のごとき咆哮に、類まれな運動神経を誇る少女の足は、一歩後退していた。ピクリと丸
い肩が跳ね上がる。わけもわからないまま、それでも己の言葉が相手を傷つけたことを悟り、
七菜江は眉を曇らせて謝る。
 
 「ご、ごめん。なんか悪いこと、言っちゃったみたい・・・」
 
 冷静に考えれば、七菜江は別段悪意のある台詞を吐いたわけではない。にもかかわらず、
聖戦士の正体である少女は、夕子を傷つけたことを、心底から詫びていた。
 自分と同じくらいの身長の少女が、夕子にはやけに小さく見えた。多分、悪いのはこちらなの
に・・・急に怒鳴った己の矮小さを思い知らされるようで、夕子は途端に恥ずかしくなる。
 
 「いえ、悪いのは私の方ね、ごめんなさい・・・。あんたが純粋な人だってことは、よくわかった
わ。ちょっと私が大人げなかったみたい。でも、これだけは言わせて。私には、他人を心配して
る余裕なんてないの」
 
 クールに澄んでいた夕子の視線に、心なしか、温かみが灯ったように思われた。直情的な七
菜江だが、本心が汚れていないだけに、対する者の心を洗う。少し距離があったふたりの美少
女の間に、わずかな交流が通い始める。
 しかし、それでも夕子は、冷たい反応を送り続ける。いや、そうすることしかできなかった。彼
女の置かれた状況が、希望的な観測を許さなかった。
 
 「七菜江が皆のために闘ってるのは、素直に凄いと思う。でも、あなたもわかってる通り、人
間たちは、“異能な”存在を許しはしないわよ。ファントムガールがもてはやされるのは、侵略
者を倒している時だけ。そんな報われない闘いの辛さを、七菜江は本当にわかっているの?」
 
 「報われないのは、わかってる。でもさ、誉められたくて闘うわけじゃないもん」
 
 「そう言えるのは、失ったものがないからよ」
 
 赤いラインが入った青のカラーが、蒸し暑さの中で鮮やかに映える。夕子の言葉は、冷淡と
いうより、毅然として聞こえた。彼女がそう言いきれるだけの根拠が、口調に力を与えている。
 
 「・・・里美から、私の秘密を聞いてる?」
 
 柔らかなショートカットを、横に揺らす七菜江。
 
 「そう・・・・・・私はね・・・普通の人間ではないわ。いろんなものを失った。いくらファントムガー
ルといっても、今のあんたは普通の女のコじゃない。『報われない』意味が、わかるわけない
わ。私のように“失った”者じゃなきゃ、『報われない』辛さがわかるわけがない!」
 
 太陽のような少女が押し黙る。夕子の言う重みが、前向きに闘ってきた純粋な少女を圧倒し
ているように見えた。
 だが、そうではなかった。
 七菜江は、己の、ファントムガールの決定的な秘密を、仲間になって欲しい少女に告白する
決心を、必死でつけていたのだ。
 
 「・・・わかる、よ・・・」
 
 「いいえ、わからない。大事なものを失ってない、あんたたちでは・・・」
 
 「失ってるよ、大事なもの・・・」
 
 心を定めた少女の行動は、あまりに意外なものだった。
 俯いていた七菜江が、突如として、折り目がきれいに刻まれたスカートをずり降ろす。薄いグ
リーンのショーツが、夜目にも鮮やかに浮かび上がる。
 
 「ちょッ!! ・・・な、なにやってんのッ?!!」
 
 慌てる夕子の、やや鼻にかかった声を無視し、勢い良く、下半身を守る最後の一枚をも、脱
ぎ捨てる七菜江。
 
 「うッッ!!」
 
 白い喉の奥で、夕子の驚愕がくぐもる。
 夏の夜、下半身を曝け出した美少女。そんなエロティックな情景を吹き飛ばす衝撃が、冷静
な少女を激しく揺さぶる。
 
 「見える、でしょ・・・あたしの中の、『エデン』が・・・」
 
 羞恥と振り絞った勇気で、真っ赤に染まった少女の股間。やや股を広げたその中央部、淡い
密林の奥の、秘密の洞窟。
 そこから・・・光が漏れている。
 うねうねと蠢く白い光が、七菜江の膣の中で、胎動している。
 
 「うぅぅッッ!! ・・・・・こ、これはッ!! ・・・・・」
 
 「『エデン』はね、あたしたちの、子宮の中に巣食うのよ・・・」
 
 宇宙寄生体『エデン』、それは女性と融合する場合、子宮の奥深く、卵子と合体を果たすの
だ。
 ファントムガールの下腹部に輝くクリスタル、それは『エデン』と融合した卵子が実体化して現
れたものである。胸の中央のものは、エナジークリスタルとして、聖戦士のエネルギー貯蓄庫と
しての役割を果たすが、下のものは、ファントムガールの体組織そのものを司る、重要な役目
を持っていた。加えて、当然のように、そこは性的攻撃にも過敏に反応する、弱点でもある。
 
 クリスタルというものは、正のエネルギーに満ちた変態形、つまりファントムガールにしか現
れない特徴だから、ミュータントには存在しない。よって、メフェレスは、どうやらまだこの弱点
に、気付いていないようだった。クリスタルが正義側にしかついてないのは、不公平にも感じる
が、その分、ファントムガールの生命力がミュータントより大幅に高く設定されているらしいこと
は、今までの激闘からわかる。
 弱点があるだけ、通常の耐久力は、ファントムガールの方が、上なのだ。
 
 しかし、裏を返せば、弱点であるクリスタルを責められれば、実に脆い存在になる、ということ
でもある。よって、正と負、どちらの戦士が有利か不利かは、一概には言いにくい。
 今、言えることは、己の弱点を晒す七菜江が、いかに夕子のことを信頼しているか、というこ
とだけだ。
 そして、もうひとつ。
 
 「・・・『エデン』は完全にあたしの卵子と合体しちゃってるから・・・もう人間の卵子じゃないの」
 
 「う、嘘・・・・・・・嘘・・・・・・・それって・・・・・・・・・」
 
 「あたしはもう、人間じゃない。それだけじゃない。赤ちゃんも、一生産めない身体なの」
 
 漆黒の隕石が、夕子の脳天を打ち砕く。
 血液が濁流となって暴れ、全身が爆ぜた音がした。
 夕子は自分が立っていることがわからなくなった。天と地が入れ替わる。フェードアウトしてい
く視界の中で、ショーツとスカートを素早く履く七菜江がいる。顔を赤らめてる以外、普段と変わ
らぬ様子で少女はいる。
 
 泣けた。
 泣けてきた。
 衝撃的な告白をして、尚且つそれを克服しようとしている小さな同級生の、強い心が、氷に閉
ざされかけた夕子の胸に響いてくる。
 未来永劫、自分の遺伝子すらも、人間に戻ることを否定された少女。
 そのあまりの悲しみ、切なさ、絶望、無情感を乗り越え、いつか自分を敵として見なす可能性
のある人類のために、命を賭けて闘うというのか。
 それだけの覚悟を、すでにしているというのか、この藤木七菜江という少女は。
 いや、七菜江だけではない。里美も、ファントムガール・ユリアの正体である少女も同じ。
 だとするならば。
 なんと、強く、哀しく、美しい存在なのだ、ファントムガール。
 
 「あたし、今、好きなひとがいるんだ」
 
 頬を紅潮させたまま、七菜江は話す。
 
 「そのひとと、結ばれることができないのはわかってる。でもね、だからこそ、今を一生懸命生
きていきたい。めいっぱい、遊んで、恋して、ハンドやって、ちょっと勉強もして。そういう時間を
大事にしたいし、皆にも、大事にしてもらいたいから、闘う。あたし、闘うって決めたんだ」
 
 ボロボロと零れる瞳の泉を、止める術が夕子にはなかった。
 私と同じ、いや、もっと辛い境遇にありながら、七菜江は前向きに生きようとしている。『報わ
れない』闘いに、命を張っている。
 一方、私は運命から逃げようとし、周囲を一方的に遠ざけ、勝手に孤独に陥っていた。己の
悲運を恨み、呪っていた。自分のことだけ考え、自分のための研究に没頭し、それでいいのだ
などと、自分を正当化していた。
 
 恥ずかしい。
 いや、そんな小さな気持ちでは済まない。
 負けた。
 完全に、負けた。
 
 ボタボタと地面を濡らす涙を、ふたりの美少女は無言で眺めていた。
 その涙が、夕子の心が氷解していく雫だと、信じているかのように。
 なにも言葉はない。ただ、夏の虫だけが、喧騒を奏でている。それなのに、ふたりはわかって
いた。季節のせいではない、熱い上気が、互いの隙間を埋めるのを。
 ピンク色の唇を、夕子が開きかける。何か、言葉を発しようとした、その時。
 
 「おやおや、いけないなぁ。夜間侵入禁止だというのに、守れないメスネズミが2匹、いるよう
だ」
 
 不意に湧いた気配に、声の方向を見るふたりの美少女。
 林海のなか、颯爽たる風情で立つ細身の影が、悪意に満ちた眼で迎える。
 最も会いたくない存在が、最も会いたくないタイミングで、現れた。
 
 「メフェレスッッ!! ・・・いや、久慈仁紀!! 一体いつの間に・・・」
 
 「この学校が、オレの私有地同然であることを、忘れたのか? ファントムガール・ナナ」
 
 つい先日、ファントムガールとユリア、ふたりの天使が苦悶する様を、愉快げに眺めていた、
悪鬼の総元締めは、薄い笑いを張りつかせたまま言う。その笑いの意味を、七菜江はよく理
解していた。
 勝利の、いや、暴虐の確信。
 
 「こ、こいつら・・・・・・」
 
 クールが売りの知的少女の声が、震えている。
 ふたりは、四方を囲まれていた。
 北の位置に、久慈仁紀。
 東の方角には、黒髪を腰まで伸ばした妖艶な美女が、深紅のルージュを吊り上げて余裕を
漂わせている。生物教師としての仮面を脱ぎ捨てた、片倉響子がいた。
 西には、豹柄のチューブトップとミニスカ姿の、「闇豹」神崎ちゆり。
 そして、南への退路を塞ぐのは、黒衣のフードに包まれた、僧侶姿の女・黒田真理子。いや、
黒魔術師・マリー。
 
 ギリギリと歯を軋ませる七菜江が、庇うように夕子の前に立つ。夕子の不思議な能力につい
ては、里美から聞いていた。眼が光ったように感じたことや、道具も見当たらないのに、電流を
放ったことなど。だが、いくら夕子が強くても、一般人である以上、身体を張って彼女を守るの
が、七菜江のすべきことだった。しかし、この状況は、最悪といっていい。のこのこ学校に来て
しまった、迂闊な自分に腹が立つ。
 常に自信に溢れた夕子の瞳にも、翳りが覗く。ファントムガールが闘っている相手を、里美か
ら聞いていたため、この危険な状態を理解していたのだ。
 
 “こんな時こそ、新必殺技のチャンスなのに・・・生身の身体じゃできないよ!”
 
 ゲームセンターで偶然見つけた、ファントムガール・ナナの新必殺技。拳を潰して練習してい
る七菜江だが、それは光を操るファントムガールならではの技だ。大幅に運動能力・生命力を
高められたとはいえ、所詮人間の域をでない今では、できる代物ではない。
 
 “くッッ・・・ど、どうすれば・・・どうすればいいの??”
 
 「うふふ・・・慌ててるわね、七菜江。安心しなさい、今日の獲物はあなたではないわ」
 
 「なッッ・・・も、もしや、あんたたちッッ!!」
 
 「ナナ、貴様には恥を掻かされたお礼がある。人類が見ている前で、破壊し尽くし、犯し尽くさ
ねばオレの屈辱は晴れん。今日の標的は・・・」
 
 ピアニスト然とした細い指が、真っ直ぐに七菜江の後ろを差す。
 
 「霧澤夕子。貴様を処刑する。この愚かなメスどもと、知り合ってしまった不幸を呪え」
 
 やや薄い色素の、茶色の瞳が大きくなる。処刑宣言を受けた衝撃と、この悪魔たちに負けた
くないというたぎりが、夕子の中で肥大していく。
 
 「夕子には指一本触れさせないッッ!!」
 
 「ワハハハハ! バカがッッ! 藤木七菜江、貴様はすでに敵ではないわ! 地獄を見せてく
れる」
 
 ズブリ・・・
 何かが生地を貫く音が、孤立した陸の無人島に木霊する。
 
 「きゃああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 絶叫。急激に高圧電流を流されたように、ビクリと仰け反った七菜江が、天を仰いで悶絶す
る。
 
 「な、七菜江ッッ!!」
 
 特に攻撃を受けたふうでもないのに、突然苦しむ少女戦士を、夕子が覗き込む。焦点が定ま
っていない。全身を硬直させ、抜群のスタイルを誇張して反りあがっている。メロンの双房と、
鋭角的な角度を誇るくびれとが、反りきった姿勢のせいで、より強調される。壮絶な痛苦が、少
女を食い荒らしているのは、明らかだ。
 
 「・・・偉大な黒魔術の力・・・・・・・・・・思い知れ・・・・・・無知な者ども・・・・・・」
 
 背後を振り返る夕子の眼に、魔女が手にした人形が飛びこんでくる。青いセーラーに、ショー
トカット。芸術的な曲線を描く、豊満な肉体まで再現されたそれは、間違いなく藤木七菜江の人
形だった。
 
 「ハッハッハッハッ! 今までに多くの血と愛液を垂らしてきた貴様の人形は、随分作りやす
かったらしいぞ。変身しようがしまいが、ナナ、貴様はマリーのオモチャだ」
 
 「あ・・・・・・が・・・・・・・はぁぁッ・・・・・・・・」
 
 想像をはるかに凌駕する激痛は、一度に少女戦士の戦闘力を奪い取っていた。根性とか、
気力とか、そんなものの通じる世界ではない、悪魔の絶苦。七菜江にできるのは、ただこの呪
縛から解放されるのを祈ること。悶えすらできぬ。
 
 “な、なんて・・・・・・苦し・・・さ・・・・・・・・・と、とても・・・・・・とても・・・・・・”
 
 「やれ、マリー。この生意気な娘を、跪かせろ」
 
 ブスッブスッブスッ
 無造作に針を人形に突き刺す黒衣の魔女。
 
 「うぎゃあああああッッッ―――ッッッ!!!! ぐぎゃあああッッッ・・・わああああああッッッ
――――ッッッ!!!!」
 
 「よく見ておけ、霧澤夕子。我らの邪魔をする者が、いかに悲惨な末路を辿るか・・・後悔とと
もにな」
 
 内臓をカンナで削られているかのごとき烈痛。燃え盛る鉄の串で、焼かれながら蜂の巣にさ
れるイメージの中、七菜江は悶絶して転げ回る。避けられない激痛から、必死で逃げようとす
るかのように。四人の敵に囲まれている状況を忘れ、無防備に横転し続ける。鮮やかなセーラ
ーの青は、瞬く間に黄土色に覆われ、小麦色の肌が、土に汚されていく。
 
 「あぐぐ・・・・ぐぅあああッッッ〜〜ッッ・・・・・・・・はあがッッ!! ・・・・・・あうああッッ・・・・・・あ
あああ〜〜〜ッッッ!!!」
 
 安住の地を求めて、悶え跳ねるアイドル顔の少女。それは、灼熱の鉄板上で跳ねまくる、釣
りたての魚の断末魔を思わせる動きだった。豊かな胸と、引き締まった腹部を、潰れんばかり
に自らの細腕で抱き締めながら、見えない槍に刺し抜かれる痛撃に、七菜江は蹂躙され続け
る。
 
 「あはははは♪ ナナエ〜〜、い〜〜いカッコじゃ〜〜ん♪ あんたって、ホントにイジメ甲斐
があるメスネコよねぇ〜〜」
 
 サングラスの奥で、マスカラの濃い眼が皺を寄せる。ハンドで鍛えた足は、つま先までピンと
伸びて硬直し、背骨は折れそうに反りきっている。そんな天使の苦しむ様子は、マイナスエネ
ルギーに満ちた魔人たちには、最高のショーとなって、暴虐心を潤す。
 
 「マリー、この娘は小さな身体に似合わず、相当シブトイわ。もっと、あなたの力を見せつけた
方が、いいんじゃないかしら? 今も苦しそうに見せて、心の内で笑ってるわよ」
 
 七菜江がそんな駆け引きなど出来ぬことは、よく知り抜いている片倉響子のアドバイス。黒フ
ードの下で、瘴気に包まれた女の眼が光る。
 
 「・・・魔術をバカにする者には・・・・・・罰を下す・・・・・・・」
 
 左手で掴んだショートカットの人形に、魔女は五寸釘を刺す。
 左胸と、下腹部に。
 さらに、背中から突き出た二本の釘を、グゥリグゥリと大きく円を描いてねじり回す。
 
 「はアふうぅッッ!!! ふげええェェッッッ!!! うぎぃやあああああッッッッ――――ッッ
ッ!!!! ぎゃあああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 桜色の唇から洩れる、耳を覆いたくなる悲鳴。
 壊れそうに自らを抱き、頭頂と、ふたつのつま先だけで、弓なりにブリッジする藤木七菜江の
肢体。
 肉食獣に食い破られる絶痛に、可憐な女子高生は喉も千切れんばかりに叫び続ける。
 
 「七菜江ッッ!! しっかりしてッ!!」
 
 駆け寄ろうとする夕子。だが、その動作は、すぐに封じられる。
 
 カキ―――ンンン・・・・・・
 
 乾いた音色が、哀れな絶叫に混じる。
 
 「・・・なるほど、やはり情報は、正しかったようだ」
 
 背後から襲ってきた久慈の攻撃を、夕子はしっかりと受けとめていた。
 不意打ちを防いだ、そのカンも確かに驚嘆すべきことではある。だが、久慈が真に驚き、そし
て同時に確認したかったことは他にあった。
 久慈が仕掛けたのは、紛れもなき真剣での一閃。
 そして、それを受けたのは、見た目はなんの変哲もない、白い少女の右腕。
 
 「いくら手を抜いたとはいえ、切れ味で世界一を誇る日本刀を、素手で受ける女など・・・クク、
普通であるわけがない」
 
 冷静と呼ばれる少女の瞳が、カッと赤く燃える。聖域に近寄られた動揺が、霧澤夕子から平
常心を奪っていく。
 
 「だまれッッ!!」
 
 怒りに任せたハイキックが、中性的な魅力を醸す男の顔面を狙う。余程の実力差がない限
り、当たることのない大技は、そよ風のように避けられる。
 
 「周囲からはクールだ、天才だなどと言われているようだが、とんでもない。実に短気で短絡
な女のようだな、霧澤夕子。いや、有栖川夕子」
 
 柳眉が吊り上がる。
 NGワードに触れられた夕子のアドレナリンが、瞬時に沸騰する。潤んだ唇から白い歯が剥
き出され、垂れがちな瞳が憤怒に炎上する。銀の首輪が、心なしかその輝きを増す。
 
 「ウオオオオッッッ!!!」
 
 鈴のような夕子の声に、おおよそ似合わない咆哮。
 繰り出される連打、連打、連打。
 一発当たればそれで決まる、大きなアクションのパンチとキックが、嵐となってヤサ男を襲う。
だが、ダイナミックであるがゆえにわかりやすい攻撃は、剣の達人にとって脅威ではない。
 
 「ハハハ、そんなパンチがオレに当たるわけなかろう、有栖川夕子」
 
 「言うなッッ!!!」
 
 叫ぶ少女の瞳が、文字通り、光る。
 錯覚などではない、予想だにせぬ正真正銘の物理現象に、眩い放射を至近距離で浴びた久
慈の目がくらむ。
 
 「ぐおォォッ!!」
 
 動きの止まった男の整った顔に、渾身の一撃が飛ぶ。
 ビチイイッッッ・・・・鞭が鳴ったような音。
 握り締めた夕子の右の拳は、久慈に当たる30cmほど手前で止まっていた。
 
 「惜しかったわね。恨むなら、とっとと失神しちゃったオトモダチを恨みなさい」
 
 嘲る言葉にすら、色香が込められている。
 美の化身が造形した完璧な美女が、そのたおやかな右手をこちらに向けている。その指先
から妖糸が放たれ、夕子の右手首に絡まっていることなど、少女にわかるわけがなかった。
 
 「あん時はさぁ〜〜、あんたを逃がしてやったけど、今日はそうはいかないよォ〜〜。まぁ、こ
いつを見殺しにするなら、いいんだけどさぁ〜♪」
 
 コロコロと笑う「闇豹」が、隣でコウベを垂れるショートカットを、無造作に掴んで上げる。実際
に杭を打たれる以上の激痛を食らい続け、ついに気絶してしまった、無惨な天使がそこにい
た。
 首をあげる反動で、半開きになった藤木七菜江の口から、透明な雫が、尖った顎を伝って土
に落ちていく。大量の涎が、明るい少女が苦しみ抜いた時間と、叫んだ悲鳴の量を教える。
 なにも支えるものはないのに、七菜江の丸みを帯びた肢体は、上方から引っ張られるよう
に、Yの字に張りつけられていた。黒衣の魔女に握られた人形が、同じ姿勢を取らされている
のを見ずとも、夕子はその理由を悟っていた。
 
 壮絶な痛みの海に溺れた少女が、髪を引っ張られる刺激で、薄く目蓋を開ける。汗にまみれ
た頬に土がつき、白桃に泥がこびりついている。神崎ちゆりが10cmもあろうかという高いヒー
ルを履き、片倉響子が170cmを超える長身だけに、間に挟まれた158cmの囚われの少女
の哀れさが際立つ。
 
 「・・・・・・・・・ゆ・・・・・・う・・・・・こ・・・・・・・逃げ・・・・・・て・・・・・・・」
 
 魔術による苦痛は、17歳の少女の神経をボロボロにすり減らしていた。精神だけではない。
激痛に耐えようと緊張した肉体は、とっくに筋力の限界を超えていた。100キロの荷物を背負
わされ、無理矢理にフルマラソンさせられたようなものだ。驚異的な運動能力の持ち主・七菜
江でも、もはや指一本動けない。
 
 「・・・・・あたしは・・・・・どうなっても・・・いい・・・から・・・・・・・早く・・・・・逃げ・・・て・・・・・・・・」
 
 「フフフ・・・殊勝なこと言うじゃない。カワイイわね、七菜江」
 
 赤い舌で片倉響子が、磔少女の小さめの鼻をペロペロと舐める。髪を鷲掴まれ、顔を逸らす
ことすらできぬ七菜江の眼から、一筋の雫がこぼれる。
 悔しかった。夕子を守らねばならないのに、逆に足手まといになっている自分の非力が。
 
 「ちりはねぇ〜〜、こ〜ゆ〜いい人ぶったヤツ、だいッキライ! ちょっとお仕置きが必要み
た〜〜い」
 
 Y字磔の前に、跪く「闇豹」。濃い化粧を施した顔の前に、短めのセーラーから剥き出された、
締まったウエストがある。凶悪な青い爪を見せびらかすや、プリーツスカートを一気に引き裂
き、グリーンのショーツと白い太股とを白日のもとに晒す。
 呼応するかのように、背後に回った響子が、抱きすくめるように腕を腋の下から伸ばす。両
手に握られたのは、液体にぬれる長い針。その鋭い切っ先は、正確に胸の隆起の先端に当て
られている。
 
 「うッ・・・ううぅぅッ・・・・・・あうぅぅッッ・・・・・・・・」
 
 哀しげに垂れる、七菜江の眉。真っ青になった顔が、小刻みにフルフルと震える。これから
起こる煉獄の予感が、囚われの少女を恐怖の泥沼に引き摺りこんでいる。
 
 「あはは。賢いあんたなら、これからどうなるか、わかるよねぇ〜〜、ナナエぇ〜〜?」
 
 「な、なにするつもりッッ?!!」
 
 ただならぬ雰囲気に、叫んだのは、夕子。
 正義のヒロインに変身する少女は、ただダダをこねるように、首を横に振り続ける。
 以前、藤木七菜江は、神崎ちゆりによって、太股の筋肉を切り裂かれる地獄を味わってい
た。
 ファントムガール・ナナは、蜘蛛の化身シヴァによって、毒針を乳首に埋められる拷問に敗北
していた。
 そのふたつが、一度に襲いかかってこようとしている。
 
 「・・・や、やめ・・・・・・・・やめて・・・・・・・・・・やめて・・・・・・・・・・」
 
 戦士といえど、普通の女子高生でもある少女を、誰が責められよう。あふれるトラウマに、ガ
チガチと震えながら、七菜江は無意識に懇願していた。
 
 「うふふ、いいコね、七菜江。さあ、夕子にお願いするのよ、『助けて』って」
 
 「ほぅらぁ〜〜、早くやんなよォ〜〜。もう痛い目に遭いたくないでしょォ?」
 
 ズブリ・・・両の内股に、青い爪が五本づつ埋まっていく。
 恐怖の魔獣に背を舐められたかのように、ビクンと反応する七菜江。
 
 「た・・・たす・・・・・・・・」
 
 ツインテールの少女の足に力が篭る。底知れぬ能力を持つ敵、圧倒的不利な状況。それで
も、七菜江を救えるのは、自分しかいない。ファントムガールとはいっても、同い年の純粋な少
女は、あまりに傷付きすぎている。四人の敵を倒し、なんとか七菜江を助けねば・・・
 
 「夕子ォォッッ―――ッッ!! 早く逃げてェェッッ―――ッッ!!! あたしに構わず、早くぅ
ぅッッ!!!」
 
 磔少女が絶叫する。
 記憶の底から湧きあがる、発狂しそうな激痛と恐怖に屈服しそうなはずなのに、ただ夕子を
助けたい一心で、七菜江はその身を犠牲にしようとしている。
 魂の叫びに、夕子の心を熱いマグマが覆い尽くす。
 
 「こッのオッッ!! ふざけたメスネコめェッッ!!! 地獄にいきなッッッ!!!」
 
 「闇豹」の鋭利な爪が、柔らかな少女の内股の肉を裂いていく。
 通常とは比べ物にならない痛みを与える毒針が、豊丘の先端から埋まっていく。
 
 「ふぐぐぐああああッッッ――――ッッッ!!!!! あがががああああッッッ――――ッッ
ッ!!!!!」
 
 涙が飛沫となって宙を舞う。大きく開かれた指が、奇妙に折れ曲がる。噴き出した鮮血が、
青いセーラーを汚していく。
 凄惨な天使の、あまりに美しい叫び。
 
 「うああああッッッ――――ッッッ!!! あたしはいいィィッッッ―――ッッ!!! どうなっ
てもいいィィィッッッ――――ッッッ!!! 逃げてェェッッ!!! 夕子ォォッッッ、逃げてェェェ
ッッ――――ッッッ!!!!」
 
 「なッッ、七菜江ェェッッ―――ッッッ!!!!」
 
 夕子の中で、なにかが爆発する。
 かけられた言葉とは逆に、悪魔の蹂躙に晒され続ける、被虐の少女戦士に駆け寄ろうとす
る。
 
 灼熱の電撃。
 背中を袈裟斬りにされ、夕子の赤い血潮が宙空を染める。
 
 「逃げることも、助けることも、お前にはできない。何故なら、ここで処刑されるのだから」
 
 「あッッ・・・き、貴様ぁぁッッ・・・・・・」
 
 刺すような光の直撃から、ようやくダメージの癒えた久慈仁紀の魔剣は、柔らかな女子高生
の背中を深く切り裂いていた。見る見るうちに、夕子のシャツに朱色が滲む。
 振り返る夕子。悪の首謀者と対峙せんとする。
 
 ズブウウウウッッッ!!
 
 久慈が手にした日本刀は、少女の腹部から背中へと突き抜けていた。
 ビシャビシャビシャッ、と赤黒い液体が、校庭の土を汚す。
 端正な二重の瞼が、網の目状に下半身を濡らした己の血を、幻でも見るように、不思議そう
に眺める。
 
 「あ・・・??・・・・・あぐぁぁ・・・・・あああ・・・・・・がふッッ!・・・・ぐぐ・・・・・・・」
 
 「ククク、安心しろ、急所は外しておいた。じっくり嬲り殺してやるからな」
 
 無造作に真剣を、少女の身体から引き抜く久慈。反動で、夕子の小柄な体躯が、ガクンと揺
れる。樽から酒が零れるように、緋色の体液が、腹部に開いた穴から噴き出す。
 
 ズブズブズブズブッッ!!!
 
 膝から崩れ落ちようとした体を、いつの間にか近寄った神崎ちゆりが支える。
 その10本の指は、鋭いナイフと化して、少女の形のいいバストに突き刺さっている。
 「闇豹」が、縦に両手を振るう。
 10本の朱線が少女に引かれ、ビリビリと破られたセーラー服の破片が、赤い血溜まりに落
ちていく。
 錆び臭い血風のなか、肉体を切り刻まれた少女が、踊るように仰け反り、回転する。
 待っていた、魔剣の一閃。
 右の肩口から、左の脇腹まで、一文字に斬られ、小さな身体のどこにこれだけの血があった
かと思うほどの鮮血が噴き出る。返り血を浴び、男の薄笑いが広がる。
 自ら作った血の海に、沈もうとする夕子。しかし、安息はまだ訪れない。
 
 片倉響子の魔糸が、瀕死の少女をがんじがらめに捕える。
 夏の夜の林に、血に染まった美少女の姿が浮かび上がる。刀とナイフに全身を刻まれた少
女が、大の字に磔られて、宙に固定される。その美しいとも、可愛いともいえる端正なマスク
は、血の気を失い真っ白になって、無表情に凍りついていた。血飛沫が、点描のように白い顔
にアクセントをつけ、ゾッとするほど妖しい美しさを造っている。
 
 「ハハハハハ、どうした、天才科学者さん? さっきまでの威勢はどこへ行った?」
 
 宙に浮いた夕子を、ニヒルな男と、美人女教師と、不良の女王が取り囲む。糸に絡まれた生
贄は、地上から50cmほど浮き、ちょうど捧げられているかのような高さに固定されていた。
 運命を受け入れるかのように、無表情な瞳を漂わせる生贄の少女。
 
 「マリーよ、これから行う霧澤夕子の処刑、ファントムガール・ナナにしっかり焼きつけさせろ」
 
 5m離れたもうひとりの磔を、久慈仁紀は見る。それが合図であるかのように、黒フードに包
まれた女が、手中の人形の首を上向かせる。
 ぐったりと俯いていたショートカットが、見えない手により上向く。
 白濁した、虚ろな瞳が、血染めの仲間を映す。
 
 「ナナ、霧澤夕子の正体、よ〜〜く見るがいい」
 
 それまで脱力を示していたツインテールの少女が、ピクリと反応する。形のいい口で荒い息
をつきながら、美しい瞳で生徒会副会長を睨みつける。
 
 「ハア・・・・・ハア・・・・・・こ、殺せッッ・・・・・・・ひとおもいに・・・・ハア・・・・・・ハア・・・・・・・・殺せ
ェェッッッ・・・!!」
 
 「ククク・・・死を覚悟したはずが、この慌て様・・・余程秘密を知られたくないらしいな」
 
 「ハア、ハア、ハア・・・・・・だ、黙れ・・・・・・・・・」
 
 「貴様のことは調べつくした。ファントムガールであるかどうかは知らないが、危険分子である
ことは確かだ。危険な芽は、早めに・・・消す」
 
 ザンッッッッッ!!!
 
 光が円を描く。
 大上段から振り下ろされた、久慈の真剣が、身動きの取れない夕子の右腕を、切断する。
 キレイな切り口を見せ、夜の闇を舞う細い右腕。
 
 「ウアアアアアアアッッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 鈴の声が、烈痛とショックとで、大音響を奏でる。
 クルクルと回転して飛んだ腕が、「ドスン」と地に落ちる。
 上腕部で一刀両断された、夕子の右腕。
 その切り口から、覗いているのは。
 
 バチバチとショートする、電気回路。
 銀色のねじやビス。伸縮運動に使用される、強力なバネ。
 骨の代わりである、太い金属。
 筋肉の代わりらしい、合金の針金が、腕とともに切断され、丸い断面を見せている。
 
 「ワハハハハ! サイボーグでも、痛みがわかるのか、夕子? 半分機械のくせに、妙なとこ
ろが人間なんだな。ハッハッハッハッ!」
 
 斬られた夕子の右腕は、明らかに高度な機械工学が駆使された、人工の腕だった。
 それは義手などというレベルではない。
 夕子の右腕が、機械と同化している。そう言って差し支えないほどの緊密さであった。
 
 「霧澤夕子。2年前に離婚した父は、三星グループの研究所で極秘研究に携わっているとい
う、有栖川邦彦教授。表世界ならば、ノーベル賞確実と言われるほどの実績を残しているらし
いな。両親が離婚する一ヶ月前、交通事故に遭い、死の淵をさ迷った貴様は、父自らの手によ
って、機械人間へと“改造”されたわけだ」
 
 汗にまみれたバランスのよい顔が、己の秘密を晒される怒り・悔しさ・悲しみに歪む。だが、
それまでだった。夕子の精一杯の反撃を嘲笑い、久慈の高らかな笑いが続く。
 
 「つまり、貴様は父親の研究道具なのだ。どんな大層な研究か知らんが、所詮貴様は実験ネ
ズミと同じ。いや、実の父親にモルモット扱いされるのだから、ネズミより身分は低いか。その
銀の首輪が、貴様がモルモットである証拠だ。そこから常にデータを研究所に送っているのだ
ろう? その首輪がある限り、貴様は実験動物なのだ、ハハハハハ!」
 
 血まみれのセーラー服の少女から、一筋の涙が零れる。
 冷酷と言われ、冷淡と嫌われ、孤独に生きてきた少女の、大きな瞳から、悲しい過去を背負
った雫が溢れる。
 
 「なんとか父の支配から逃れるため、独学で研究したり、そのための資金作りに奔走したり
と、ごくろうなことだ。だが、そんな苦労も今日で終わりだ」
 
 台詞を言い終わると同時、刀は左の膝上に突き刺さる。
 小さな爆発。火花が飛び散り、弾けた皮膚が四方に散らばる。
 殺戮者が剣を引き抜く。人間であることを示す、赤い血潮とともに、本来有り得ないものが一
緒に傷口から飛び出る。赤と黒の電気コード。
 
 「あがッッ・・・・がッッ・・・・がぐぐぐぐぐぐぐぐッッ!!!」
 
 「響子、この左足、毟り取ってやれ」
 
 目に見える太さの妖糸ががんじがらめに赤に染まった足に巻きつく。刀の傷跡から糸がまと
まって入り、裏から出てくる。針穴に糸を通すように。血を付着させた糸は、細い足に螺旋状に
巻きつき、絡めとる。
 左足が30度ほど、上げられる。操り人形と化した機械少女は、これから襲う悲劇を予感しつ
つも、抵抗できない。
 
 スレンダーな女教師が手繰っているとは思えぬ力で、糸が夕子の左足の、膝から下部分を
強烈に引っ張る。
 
 「ぐががががッッッ・・・ぐああああああああッッッ―――ッッッ!!!!」
 
 ベキベキゴキ・・・ブチイッバシュンッバチバチバチッ、バキバキバキゴキッッ!!!
 
 幼児がバッタの足をもぐように、夕子の左足は千切りとられた。
 用を足した糸が、機械の足を捨てる。赤や黒のコードを蛇のように垂らし、小爆発を起こして
火花を散らす、白い足。シュウシュウという音とともに、白煙が垂れ流れる。
 
 「ああうううッッッ・・・がががが・・・ぐがががあああッッッ・・・」
 
 痛みを感じられることが、機械少女にとっては不幸となった。
 右腕を切断され、左足をもぎ取られた無惨な姿で、大の字に晒される少女は、襲い来る激痛
の海に沈み、ただ悶え続ける。鮮やかに斬られた腕の中では、なんとか逃げようとしているの
だろう、ウイーンウイーンと銀色の部品がせわしなく動き、ドレスを引き裂かれたような形で、ビ
リビリになった左足の太股からは、赤や黒の回路が、無数に垂れ下がっている。
 天を見上げ、呻き続ける端正な顔の下で、銀の首輪だけが異様に明るく輝く。“実験体”の死
にゆく様を、報告するのが忙しいかのように。
 
 買い物中のごとき、気軽な足取りで、「闇豹」が破壊された生贄に近付く。ちゆりのやりたいこ
とを悟っているのか、瀕死の磔者の身体が、低い位置に下げられる。
 虚ろな瞳を覗き込む、悪逆の魔女。わずかな反応を、夕子は見せた。血に染まり、片手片足
を失った少女を、豹柄のチューブトップとミニスカ姿がニヤニヤと見下す。
 
 「きっもちわる〜〜い女! 身体からコードとか、ねじが出てるなんて、信じらんなぁ〜〜い!
 あんた、サイコー醜いよォ〜〜?」
 
 ちゆりの爪が、夕子の左眼にかかる。
 少女の眼の周りの皮膚が破れ、爪がその中に潜っている。豹女がしようとしている蔑みを察
し、瀕死の少女が残りわずかな力を振り絞って、必死になって懇願する。
 
 「ああ・・・があああ・・・・・・や・・・やめ・・・て・・・・・・・それだけは・・・・・・・・・やめ・・・・」
 
 「あはははは♪ イヤよ。無様に死んでねぇ〜」
 
 額から頬にかけて、顔の左半面の皮膚を、剥ぎ取られていく夕子。
 もっとも見られたくなかった、機械の素顔を暴かれたとき、屈辱と敗北の渦に飲み混まれた
少女は、事実上、終わった。
 
 「ふうああッッ!!・・・・・ぐうああああッッッ!!!・・・アアア・・アア・・アッッ!!」
 
 「ほォ〜〜ら。その醜い素顔を晒せよォ〜〜! きゃははははは♪」
 
 豹が、剥ぎ取った人工皮膚を投げ捨てる。
 夕子の本当の眼、赤く光るレンズの球体が、鋼鉄の機械に守られた姿を、白日のもとに晒
す。
 虚ろに悶える少女。その美麗なマスクとは不釣合いな、機械仕掛けの瞳。可愛らしい顔をし
ているだけに、無表情な機械の素顔を暴かれた姿は、あまりに哀れすぎた。
 
 「とどめッ♪」
 
 深深と左胸に突き刺さる、豹の爪。
 ビクンッッ!!
 激しく痙攣した夕子の口から、鮮血が噴き出る。
 虚しい抵抗を示していた機械音が止み、赤い瞳が消える。
 そしてそのまま、霧澤夕子の身体は、動かなくなった――
 
 
 
 「あはははは♪ 明日の朝が楽しみィィ〜〜! こいつの姿見たらぁ、みんなぁ、どう思うかな
ぁ〜〜?」
 
 夜の校舎に、甲高い少女の哄笑が響き渡る。
 その足元には、二体の敗北者。
 右手左足を失い、切り刻まれて、スクラップにされた少女と。
 魔人形の呪縛にいいように弄ばれ、夕子の処刑を眺めるしかなかった少女。
 青いセーラー服を、血で汚した凄惨な姿で、ふたりの少女はピクリとも動かず土に倒れてい
る。
 
 「ナナ、貴様の処刑はもっとギャラリーのいる場所で、だ。マリーがいる限り、貴様はなにもで
きないことがよくわかったろう」
 
 唾を吐く久慈。ビチャリと頬に当たっても、藤木七菜江は、動かなかった。
 
 「ファントムガール・ナナは終わったも同然。残るふたり、今夜決着をつけてやろう。バカな人
間どもを絶望させ、進んで降伏したくなるほどの悲惨さで、な」
 
 高らかな笑い声を残し、四人の魔人は闇に溶けていった。
 夏の虫の音色だけが、動かぬふたつの制服を、包んでいた。
 
 
 
 4
 
 古風な趣を残した一軒家、アルミ製の格子がついた窓から、明かりが洩れている。
 洩れてくるのは、光だけではなく、跳ねるような水音も一緒だった。かすかに香るシャボンの
臭いを嗅ぐまでもなく、そこが浴室であることがわかる。
 タイルにあたる水滴の音は、勢いがよかった。もし、ストーカーがいれば、その時間が異常に
長いこともわかっただろう。
 
 流れるような曲線を描いた肢体を、温かな雨に濡らしているのは、この家の次女・西条ユリだ
った。
 
 トレードマークでもあるおさげを解いた少女は、姉のエリそっくりになっていた。無駄な肉がな
く、手足もすらりと長いため、そのたたずまいにはモデルのような美しさがある。弾力に富んだ
若い肌は、透けるほどに白く、木目細かい。未発達な胸の膨らみは、やっとBカップに届くかど
うかという大きさだが、乳首が上を向いた形は少女らしい萌芽を思わせる。水流を滴らせる姿
には、それなりの色香が十分に感じられた。
 
 タコのミュータント・クトルの前に、いいところなく逃げ帰った少女は、傍目から見る限り、なん
の変哲もない毎日を送っていた。少なくとも、両親は娘の変化に気付かなかった。今入院中の
双子の姉ならば、あるいは気付いたかもしれないが。
 普段から大人しいユリは、いつも通りに学校にいき、友達と談笑し、家での団欒を過ごしてい
るように見えた。違いといえば、右腕の骨折が完治していないため、柔術の稽古を満足にでき
ず、いつもより軽いトレーニングで済ませているくらいか。
 事実、ユリ自身、己の変化に自覚することはなかった。
 この、入浴の時間を除いては。
 
 “だ、だんだん・・・・・・ひどくなっていく・・・・・・・”
 
 勢いよく噴射しているシャワーを、ユリはゆっくりと下方に持っていく。温かい奔流を、ユリは
自分の股下、大事な箇所へと押し当てる。
 
 「ひゃあううッッ!!」
 
 思わず高い声をあげる武道少女。それは悲鳴というより、嬌声に近かった。
 
 “あれ以来・・・クトルにあそこを弄ばれてから・・・・・・私、変になってる・・・・”
 
 不快感がユリの細い眉を曇らせる。普段では有り得ない声を出した、自分に対する苛立ちが
あった。はしたない行為であると、自覚があった。なぜ、シャワーを当てたのか。そんな自分が
嫌になる。
 だが。
 
 “くすぐったいような・・・熱いような・・・なに、この感じ?・・・・・・止めたほうがいいってわかって
るのに・・・・・・・なぜか・・・やめられない・・・・・”
 
 再び、シャワーを股間に押し当てる少女。
 断続的な感覚が、下腹部を痺れさせる。水分を吸って、ゼリーが膣内で暴れ回るような痛痒
感が沸き起こる。
 
 「あくッ、あ、や・・・・・んん・・・くうッ・・・あああ・・・・」
 
 ユリの可愛らしい声が、次々と洩れ出てくる。
 シャワーの温度のせいではなく、ユリの白磁器の肌は、桃色に上気し始めていた。
 
 “だ、だめ・・・こんなの、だめってわかってるのに・・・・・・・や、やめられない・・・たまらな
い・・・・・・すごく・・・・・気持ち・・・いい・・・・・”
 
 左手にシャワーを持ち、空いた右手を下腹部に持っていく。繁みの中を割っていく指を、ユリ
は止めることができなかった。
 
 “だめ、だめ・・・・・・で、でも・・・・・・・・・・”
 
 葛藤する少女の闘いは、呆気なく結末を迎える。
 秘所に滑りこんだ二本の指は、穴の奥深くに侵入し、熱い疼きに痙攣している襞を、少し乱
暴にこする。
 
 「あひゃああああッッッ!!!」
 
 あられもない叫びを漏らすユリ。外に聞こえていないか、案ずる心が、ますます少女を興奮さ
せる。下腹部を襲う、電撃のような快感に、ユリは腰を抜かして、膝からタイルの上にしゃがみ
こんでしまっていた。左手を離れたシャワーの噴水口が、派手な音をたててタイルにぶつかる。
 
 “あく・・・はあッ・・・た、たまらない・・・・・・切ないような・・・痺れるような・・・この感
じ・・・・・・・・・”
 
 続けて、右の指を動かし、肉壷の中を抉ってみる。
 かつて味わったことのない快感の怒涛が、幼い少女を包み、全身を仰け反らせる。あるい
は、屈ませる。大きく反応するたびに、ユリの薄い唇からは、甘い吐息がまろびでる。
 
 「はひ、ふあ・・・く、や・・・ふああッッ・・・・・・・はひィッ、あッ、くあああ・・・」
 
 仰け反った瞬間、尖りきったユリの乳首が、シャワーのコードに当たる。凄まじい電流が、少
女のスレンダーな肉体に流れる。
 
 「ふひゃああああああッッッ!!!・・・・・・・あひ・・・う、あ、あ・・・」
 
 “ち、乳首・・・・・・触ると・・・・すごく・・・・・・・・いい・・・・・”
 
 恐る恐るピンク色の突起に左手を伸ばす。軽くつついてみると、それだけで電流が先端を灼
く。ゆっくりとこね回してみると、ジュンとした劣情が、下腹部に沁み広がっていく。少女の秘密
の園からは、いつのまにか水滴以外の液体が垂れ流れていた。
 胸の突起と、下半身の穴とを同時にこねてみる。
 火照った身体を津波のような快感が走る。自らの指が作る刺激の渦に、ユリは翻弄され続け
る。
 
 「あふうッッ・・・だ、だめぇ、だめぇ・・・・・こんなの・・・・や、あ、あはあッッ・・・・・・やああああッ
ッッ!!」
 
 抗いつつも、指は少女の本当の願いを叶えるべく、震動し続ける。
 悦楽の奔流に飲みこまれた武道少女は、浴室の中でひとり踊り続けた。溢れる欲情を抑え
る術も知らず、西条ユリは官能の虜となりかけていた。
 
 
 
 「待たせたな、桃子」
 
 校庭の外れ、つい最近新築されたばかりの、3階建ての校舎に、久慈仁紀は戻ってきてい
た。そこは生物学の権威でもある、片倉響子を学園に迎える際、彼女のために用意した研究
室兼個室。校舎とはいえ、半ば響子の私物といっていい建物だった。
 言い換えれば、そこはミュータントたちの基地ともいえる。
 
 いかにも研究所といった雰囲気を醸す、顕微鏡やビーカー、冷凍庫などの器材が、部屋の半
分を占めている。残り半分は、一転変わって私室といった趣。ふたりは余裕で寝れるベッドの
枕もとには、木造の酒棚まであった。横文字が並ぶラベルからは、普通の酒屋ではお目にか
かれない、高級そうな風格が窺える。
 
 そのベッドの上で、急に飛び出ていった“仲間”たちを見送り、ひとり何することなく茫然と過ご
していた、藤村女学園2年生・桜宮桃子は、満面に満開の花を咲かせて、カレ氏である久慈仁
紀を迎えた。
 
 「待ったよ、ヒトキ〜。みんな、急に出てくんだもん、ビックリしたよ」
 
 ウサギのような白い歯を見せ、頭ひとつ高い少年に、抱きつく少女。その頬は、名前通りにピ
ンクに染まっている。ミス藤村の名に恥じない美貌ぶりが、磨きをかけて輝きを放つ。
 
 「悪かったな。校内に不審者が入りこんだみたいだったから・・・だが、もう安心だ」
 
 ピアニストみたいな細い指が、肩まで届く少女の茶色い髪をかきあげ、そっと顔を正面に持っ
ていく。目鼻立ちがくっきりとして、色香も供わった桃子は、女子高生というより大学生、OLと
いったお嬢様系の美人を思わせる。
 薄い唇が、厚めの潤いある唇に迫る。
 吐息がかかる距離にまで近付くと、それまで幸せそうに笑っていた少女は、夢から覚めたよ
うに、完成した造形の顔を、横に逸らせた。
 
 「桃子・・・」
 
 「ご、ごめん・・・でも、まだそんな気分になれないんだ・・・」
 
 優しく、しかしながら確かに力をいれて、桃子は恋人の腕の中から離れた。パートナーの願い
を叶えられない自分に苛立つ反面、どうしてもそこだけは譲れないという、意地のような強さ
も、美しい表情には浮かんでいた。
 
 “チッ・・・軽そうなくせに、キスすらさせてくれねえ・・・予想外に固い女だぜ。・・・まあ、いい。
結局は、お前はオレの言いなりになるしかないんだ”
 
 久慈が今までに遊んだ女子高生など、数え切れないほどいる。貞操観念など、とうの昔に失
った言葉だ。SEXはスポーツと同じというのが、久慈の感覚だった。コンビニに買い物に行く気
軽さで、パンツを脱ぐ女など、半日常的にザラに見てきた。
 藤村という学校のイメージのせいもあるが、桜宮桃子が男性経験はおろか、キスさえしたこと
がないというのは、あまりにも信じられない事実だった。高3の夏までに、処女を守り通す生徒
がいるのかが怪しいモテモテの女子高において、そのナンバーワンが純潔をいまだ守っている
など・・・。確かに桃子は、その美貌の代償で、「冷たそう」という、どうしても避けられない勝手
な批評を一部浴びたりもしているが、それでも今時の風潮から考えれば、この身の固さは奇跡
的ですらある。
 処女ということに関していえば、里美や七菜江、ユリのファントムガールたちも同じなのだが、
桃子とは周囲の状況が違う。遊ぶのが仕事のような同級生たちに混ざってのことだけに、桃子
の特異ぶりは目立つ。
 
 「オレのことが、好きじゃないのか?」
 
 問い質すでもなく、寧ろ優しげな声で、久慈は尋ねる。視線を逸らしたままの少女は、長い睫
毛を伏せて言った。
 
 「・・・好きよ。でも、こういうのは、ちょっと・・・」
 
 決して大きくはないが、かすかに膨らんだ胸の丘に、久慈の長い指が伸びる。反射的に、桃
子はその手を押さえていた。
 
 「ヒトキのことは好きだけど、こういうのを求めてるんじゃないんだ・・・」
 
 「オレのことを受け入れてくれないのか?」
 
 「・・・もうちょっと、もうちょっとだけ、待って・・・」
 
 顔を赤らめる制服姿の少女を、遠巻きにふたりの女が見つめる。片倉響子は醒めた視線
で。神崎ちゆりは軽蔑の眼差しで。
 
 「わかったよ、桃子がそう望むなら、オレも無茶は言わないさ」
 
 とろけるような口ぶりで語る、優しい言葉に、桃子は肩の緊張を解いて撫で下ろす。大きな瞳
と、桜色の口には、再び笑顔が萌え始める。
 
 「ありがとう」
 
 「その代わり、例の“力”を見せてくれよ」
 
 優しさの中に、拒絶を許さぬ力強さを込めて、久慈は言う。
 戻りかけた笑顔が消え、桃子の美貌は凍りついた。
 
 「そ、それは・・・」
 
 「オレはお前の身体が目当てなんかじゃない。ただ、愛してくれてる、証が欲しいんだ。桃子
が“力”を見せるのが嫌なことは知ってるが、それだからこそ、オレのためだけに“力”を見せて
欲しい。オレを好きなら、できるよな?」
 
 恋人にそう言われて、断れる人間が何人いるだろうか?
 先程の拒否が、桃子に重荷となってのしかかる。2度も続けて、相手の願いを断るのは、いく
ら大人びて見えるとはいえ、所詮少女の桃子には、難しい注文であった。
 
 「わ、わかったよ」
 
 久慈の心の内で、黄金のマスクが三日月に笑う。
 
 (ククク・・・バカな女だ。簡単に思い通りに動いてくれる。オレの忠実な僕となるよう、じっくり
教育してやるからな)
 
 カレ氏であるはずの男の真意など知らず、桃子は睫毛の長い、魅力的な瞳を閉じる。ひと呼
吸して集中すると、テレビなどで見る、大袈裟なアクションや長い集中時間などなしで、その
“力”は発揮された。
 
 木製の椅子がフワリと宙に浮き、2mほどの高さで静止した。
 
 あり得ない。あるはずがない事実。夢のように、嘘のように、なにものにも支えられていない
椅子が、海中で漂うがごとくに浮遊している。
 
 その“なにげなさ”は、映画でも見ているかのような錯覚を催す。
 
 「エスパー、か。それも本物の、ね」
 
 その能力を見るのが、初めてではない片倉響子が、桃子の正体を真っ赤なルージュを割っ
て呟く。
 超能力者。それが桜宮桃子の正体。
 自称エスパーのインチキとは違い、桃子の念動力(サイコキネシス)は、いとも容易く発動し
た。しかも、その威力も凄まじい。
 工藤吼介の頭上に降ってきたコンクリの塊は、偶然に割れたのではない。桃子の能力がな
ければ、最強を誇る高校生も、頭蓋骨を粉砕されていただろう。
 
 これだけの異能力を持つことは、他人には絶対に秘密にしなければならないことだった。人
間は己とは違うもの、異なるものを、本能的に排除する。ましてそれが、自分たちより優れてい
るとなれば、尚更だ。他人ができないことができる、という才能は、桃子に優越感よりも慎重さ
を与えた。
 幼いときから、娘の異端ぶりに気付いた両親とともに、人より目立たない生活を強いられた
桃子は、努力の甲斐あって、女のコらしい女のコに育っていった。明るく、恥じらいもあり、普通
に友達と接することができる女のコ。時に怒り、いじけ、喧嘩することもある、普通の女のコ。
 
 だが、秘密を宿命として背負った少女には、心の底から打ち解けられる仲間がいなかった。
 念動力の発動を偶然に見られ、それ以来、“本当の仲間”となった久慈たちが、桃子にとって
かけがえのないものになるのは、当たり前の帰結といえただろう。そして、久慈と結ばれていく
のも。
 
 「初め見た時は、信じられなかったけど・・・フフフ、どの世界にも天才はいるものだわ。まさし
く突然変異体“ミュータント”・・・」
 
 ギリシャ彫刻の美神を彷彿させる女教師が、赤い唇を歪ませる。同じ悪の仲間であろうが、
時に厳しい表情を見せることの多い響子にとって、この新たな「ミュータント」候補は、興味を惹
く対象であるらしい。爛々と光る赤い視線が、その好奇のほどを物語る。
 
 「きゃああッッ?!!」
 
 突然の悲鳴とともに、木椅子は重量感溢れる落下音を轟かせ、床に落ちた。
 集中力を乱した桃子は、腰をひき、身をすくめるようにして、己の胸を揉んでいる。
 いや、そうではなかった。
 胸を揉んでくる他者の手を、必死で外そうともがいているのだ。
 
 「素晴らしい。素晴らしいですよ、ミス藤村女学園、桜宮桃子さん。このボリュームはAカップと
いったところだが、弾力がある。あなたのような美貌の持ち主は、これぐらいのサイズの方が
似合います。なにより、感度がいい。もう乳首がコリコリに尖っているじゃないですか。そして、
このお尻。丸く、なだらかな曲線を描いて、実に魅力的だ。誰にも触らせていないのは、惜しい
ことです」
 
 「や、やめッッ・・・やめてッッ・・・放してッッ」
 
 いつの間に現れたのか、ハゲた小太りの中年男性が、背後から少女を抱き締め、貪るよう
に全身を撫でまわしている。恋人にさえ許したことのない行為を、無遠慮にやりたい放題され
て、桃子は怒りと恥辱で叫ぶ。
 
 「なにすんのよッッ! 放してッッ・・・ヒトキ、助けてよッ!」
 
 「田所先生、桃子はオレのカノジョなんだ。その辺で勘弁してもらえませんかね」
 
 ニヤニヤと笑いながら頼む久慈に、「それは仕方ないね」といった表情で答える国語教師。
脂ぎった両腕から力が抜けると、突き飛ばすようにして、真っ赤に上気した少女は、久慈のもと
に駆け寄る。制服の上ふたつのボタンは千切れ、揉みしだかれた白シャツと、クリーム色のス
カートには皺が寄っている。
 
 「まったく、人生は楽しいものです。こんな美しい少女を愛せるとは。依頼された3人の美少女
の他にも、まだまだお楽しみは尽きませんね」
 
 飄々と語るハゲ中年を、桃子の鋭い視線が射る。効果はまるでないようだった。
 キレイな顔をしているだけに、睨む桃子は、迫ってくるものがあった。そんな雑誌の表紙を飾
りそうな美少女を、久慈は温かく抱き締める。
 
 「桃子、お前は最高の女だ。一生、放さないからな」
 
 耳たぶまで、真っ赤に染まるウブな少女。
 さきほどまでの恥辱を嘘のように忘れ、桃子は細いが力強い腕の中に、うっとりするような瞳
で沈んでいった。
 それから5分後、夢見心地のまま、藤村女学園の生徒は、夜の聖愛学院の敷地を抜け、ひ
とり帰路に着いたのだった。
 
 
 
 「桜宮桃子・・・いいオモチャを手に入れたわね、メフェレス」
 
 桃子がいなくなったあと、片倉響子の研究室は、本来持つ裏の顔へと変貌していた。世界侵
略を目指す、悪の巣窟へと。
 
 「黒魔術、そして異常な愛情の次は、超能力。この波状攻撃なら、ファントムガールの小娘た
ちも、太刀打ちできないでしょうね」
 
 響子の澄みきった声は、やけに淡々と響いた。
 
 「ククク・・・いくら可愛い顔をしてようが、あんなイモ女に、このオレが惚れるわけなかろう
に・・・アイツはオレの“切り札”だ。一生、こき使ってやるさ」
 
 「でもさぁ〜〜、あのコって、なんかぁ〜、同じ臭いがしないんだよねぇ〜〜。負のエネルギ
ー、ってヤツ? あんなんで、ちゃんとミュータントになんのォ〜〜?」
 
 「なに、その辺は手を打ってある。オレに屈服させればいい。今の桃子は、オレにベタボレ
だ。なんでも言うことを聞いてくれるさ」
 
 自信に満ちた久慈の答えが返る。
 『エデン』を寄生した人物が、ファントムガールになるか、ミュータントになるかは、その人物が
持つ、正と負のエネルギーのバランスによる。それは基本的な大前提だが、寄生時の精神
が、大きくその後の考えに影響を与えることを、久慈は壊し屋・葛原修司の件を踏まえて学ん
でいた。
 
 葛原は、悪のエネルギーに満ちていたものの、一方で自尊心があまりにも強かった。もし、そ
のまま『エデン』と融合すれば、メフェレスの命令など聞かない、暴れ者になっていただろう。
 だが、寄生直前、久慈に身も心も、完膚なきまでに叩きのめされた葛原は、敗北を認め、命
乞いをしながら、忠誠を誓ったのだった。その気持ちは、ミュータントになってからも引き継が
れ、壊し屋は久慈の道具と成り下がった。
 
 それを応用すれば、久慈に惚れている桃子は、メフェレスの命令通りに動く、操り人形となる
はずであった。
 
 「さあ、それよりも、今夜の宴を楽しもうじゃないか。ファントムガール抹殺の宴、第一弾だ」
 
 両手を広げ、天に差し向ける痩身の男。その表情には、自信が笑みとなってこびりついてい
る。
 
 「ナナはマリーの呪術によって、もう闘えなくなったし」
 
 妖艶な蜘蛛の化身が、美しい顔を歪ませる。
 
 「ファントムガールになりそうなぁ、機械女もぶっ壊れちゃったぁ〜〜♪」
 
 自慢のネイルにマニキュアを施していた「闇豹」が、派手に騒いでみせる。
 
 「ユリア、西条ユリくんも、今ごろ私の媚毒たっぷりの精液の影響で、色情狂に堕ちているは
ずです」
 
 小太りのエロ中年が、福笑いに似たえびす顔を、より一層ほころばせる。
 
 「残るは、ファントムガール! 五十嵐里美、一匹のみ! マリーよ、100%、確実に当たる
と言われるお前の占いで、奴の運命を見るのだ」
 
 ひとり片隅で、タロットカードをシャッフルしていた黒衣の魔女が、やがて一枚のカードを取り
出す。高々と差し上げられたカードは、やがて勢い良く裏返された。
 カードには、不気味な死神が、笑っていた。
 
 「ワハハハハ! ファントムガールよ、お前の運命は決まった! 今宵、貴様は死ぬ! ワハ
ハハハハ!」
 
 久慈仁紀の哄笑は、いつまでも夏の夜の校舎に鳴り響いた。
 
 その一時間後―――
 南区同様、ベッドタウンとしての役割を果たす中央区に、巨大な破壊者は現れた。
 そして、天使処刑の儀式が、始まった。
 
 
 
 夏の夜の悪夢。
 仕事帰りのサラリーマンが、家庭で一杯晩酌を注ごうかという時間帯に、怒号とともに二体の
巨大生物は出現した。
 20〜30階建てのマンションが、多く立ち並ぶ地域に、警戒警報が甲高く鳴り響く。パジャマ
姿の者も多い避難者たちは、逃げ惑いながらも、災難を持ちこんだ元凶の正体を見る。
 
 座りこんでひたすら何事かを呟いている、黒衣の魔女については、その恐ろしさを知ってい
た。黒魔術の使い手、マリー。デスマスクを思わせる白い仮面に浮ぶ、青い瞳が背筋を凍らせ
る。
 もうひとり、腰に手を当てて立つ、しなやかな影。それを見るのは、誰もが初めてであった
が・・・見る者がみれば、その正体は火を見るより明らかだった。
 
 黄色に黒の斑点がついた体皮。銀色のフサフサとした毛が、肩・肘から先・膝から先・腰・胸
に付いている。猛獣の地肌に銀毛のビキニを着たように見える。髪も同様、銀色で、ちぢれた
感じはパーマをあてたようだ。大きな歯は肉食獣の特徴を示して尖り、サングラスでもかけたよ
うに見える、大きな瞳は青い結晶でできている。
 柔軟にして強靭な、しなやかな肢体を見るまでもない。その姿はまさしく、女豹。豹のミュータ
ント。となれば、その正体は・・・
 
 「あはは♪ 逃げてる逃げてるぅ! でもそうはさせないよォ〜〜、マヴェルはあんたたちを餌
にしてぇ、ファントムガールちゃんをおびきだすんだからねぇ〜〜♪」
 
 マヴェルと名乗った、「闇豹」神崎ちゆりの変身体は、独特の甘ったるい口調で、自らの目的
を語る。次の瞬間には、それは実行に移されていた。
 本能的に危険を察し、津波と化して駆け逃げる人々に、猛獣の青い爪が伸びる。人類が必
死で走る距離を、巨大生物はわずかに腕の角度を変えるだけで克服する。この日、最も運命
に嫌われた人間は、女豹の人差し指と親指とにつままれ、50mの高さに吊り上げられる。
 ただ運がない、という理由だけで選ばれた犠牲者は、中学生くらいと思われる女のコだった。
ゾッとするほど甲高い声で、キャアキャアと悲鳴の雨を降らせる。
 
 「マヴェルはさぁ〜〜、ネズミみたく食べたりしないよォ〜〜。けど、ファントムガールを呼ぶに
は、生贄がいるからぁ〜〜・・・」
 
 真っ青な顔で、狂わんばかりに喚き続ける少女を、青い瞳がニヤリと笑う。
 
 「死んじゃえ♪」
 
 少女を挟んでいた二本の指が、なんの躊躇もなく離された。
 スローモーションとなって、人影が虚空を踊る。
 「パン」と地面が鳴って、儚い命が終わりを告げたことを知らせる。
 
 「あははは♪ これ、オモシロ〜〜イ! さぁ〜〜、早く来ないと、ドンドンあんたが守るべき
人間たちが、いなくなっちゃうよォ〜〜ファントムガールちゃん? あんたが現れるまでぇ、ひと
りづつ落っこちてもらうからねぇ〜♪」
 
 錯乱する人の群れに、悪魔の青い爪が突っ込んでいく――
 
 「ち、ちゆりッッ・・・あなたってひとはァァッッッ!!!」
 
 五十嵐の屋敷でモニターを見ていた里美の口から、抑えきれない怒りが吹き出る。
 神崎ちゆりが、ほとんどの悪事に手を染めてきたことは知っている。里美自身、その毒牙の
餌食になったこともある。それでも、心のどこかで、なんとか更正させられないか、期待する部
分が無意識にあった。なぜなら、たとえ仲が良くなかったとはいえ、クラスメートだったのだか
ら。だが、“殺人”という、決定的な悪を目の当たりにして、里美の中でなにかが音をたてて切
れる。
 
 「神崎ちゆりッッ!! いいえ、マヴェル!! あなたは私の手で、必ず倒すわ!! たとえ、
どんな危険が待っていようとも・・・」
 
 ブチンッッ・・・
 強く噛んだ下唇から、赤い朱線が二本、顎を滴って流れ落ちる。
 里美の顔を濡らす液体はもうひとつ。
 切れ長の美しい瞳から、虹色に輝く水晶が、スゥッ・・・と白い頬を濡らしていった。
 
 
 
 白い光が、氾濫する。
 悲鳴と血臭と瘴気とが漂うベッドタウンに、待望の光の戦士が参上する。
 銀色のボディーにレオタードを思わす紫の模様。金色の肩甲骨にまでかかる髪が、シルクと
なって輝く。女神と呼ぶに相応しい神々しさを纏った、美しき正義の戦士は、登場と同時に構え
を取った。
 誰よりも、五十嵐里美=ファントムガールの出現を渇望していた豹のミュータント・マヴェル
が、余裕たっぷりに破顔する。
 
 「やっと出たわねぇ〜〜、ファントムガール! 今日こそあんたをボロボロにできると思うと、
マヴェル、ゾクゾクしちゃ〜〜う♪」
 
 銀の羽毛で覆われた、豹の足元をファントムガールは見る。
 真っ赤だった。
 50mの高度から落とされ、恐怖の中で命を散らせていった人々が、アスファルトの地面に描
いた深紅の華の絵。花畑となって咲き誇った、一面の赤。
 その中のひとつに、赤ん坊のものらしきおしゃぶりを見つけた時、慈愛の中にも冷静さを失
わない里美が、キレた。
 
 「マヴェルッッ!!! あなたはァァッッ・・・絶ッッ対にッッ・・・許せないッッ!!!」
 
 銀色の天使VS女豹と魔女の闘いは、激昂した天使の先制から始まった。
 
 「ファントム・リボンッッ!」
 
 琴の音に似た声が叫ぶと、白銀の帯が、ファントムガールの右手から豹の悪魔へと伸びる。
マヴェルの左手首に絡まる光のリボン。豹の自由な右手が振られ、瞬時に絡まる縛帯を切り
裂く。天使のリボンは、いとも容易く悪女の爪によって、破られた。
 
 「あはは♪ 今度はこっちから行くよォ〜〜!」
 
 青い爪が、三日月の軌道を描いて閃く。
 ファントムガールの抜群のプロポーションが空中を彩る。二回バク宙をし、さらに月面宙返
り。新体操で鍛えた運動神経が、唸りをあげて迫る豹の爪をかわしきる。
 
 「あなたでは、私には勝てないわ!」
 
 微動だにせず、吸い付くように着地を決めた銀の女神が断言する。
 挑発、だった。
 
 「どうせ、大勢でないと何もできないんでしょう? さっさと仲間を呼んだらどう?」
 
 女豹の結晶体化した瞳が、ピクリと動く。
 
 「フン、マリーの人形にヒイヒイ言ってたあんたを殺すのにィ〜、仲間なんているわけないでし
ょォ〜〜!」
 
 やはり、とファントムガールは思う。
 我侭放題に生き、自尊心を伸ばし放題にしてきたちゆりが、カッとしつつも仲間を呼ばなかっ
たのには理由がある。ちゆりの性格からすれば、反抗的な態度を取った者には、多数で徹底
的にいたぶりリンチするはずなのをしなかった・・・それは仲間を呼ばないのではなく、呼べな
かったのだ。
 
 メフェレスは、ファントムガールが何人いるか、正確に把握していないはずだった。ナナやユ
リアが出現するたびに、邪魔をされた怒りとともに、正義側の底知れぬ戦力に恐れを抱くのは
そのためだ。どれだけの光の戦士がいるかわからない以上、今、ここでファントムガール=里
美を殺すために全戦力を使うことはできないのだ。
 逆に言えば、マリーという魔術師がいれば、十分ファントムガールを抹殺できる自信がある、
とも言える。マヴェルはいわば、保険のようなものだ。1vs2でファントムガールを血祭りにあ
げ、待機しているメフェレスたちが、助けに来る戦士たちを仕留める作戦なのだろう。
 
 里美は現実が甘くないことを思い知る。
 もし、メフェレスが全戦力を差し向けてきたら、自分の死と引き換えに粘るだけ粘り、時間を
稼いであとをナナとユリアに託すつもりだった。ミュータントの変身時間は60分。変身が解けた
ところを叩くこともできる。
 久慈仁紀が、そんなミスを犯すわけはなかった。
 確実にファントムガールを抹殺する方法を、冷静に考えている。呪い人形という、強力な切り
札を手に入れても、それに浮かれることなく。
 その冷静さこそが、メフェレスの真剣度を表していた。間違いなく、ここでファントムガールを
根絶やしにする、という意志。
 
 「そう、ね。確かに私は、マリーに苦しめられたわ。さっさと人形を使ったら? 無理しないで、
マリーの力を借りればいいわ」
 
 天使の銀色の口から、挑発のことばが紡げられる。正体が里美であるファントムガールの挑
発は、憎憎しげなものではなく、むしろ、同情しているようにさえ聞こえる。まるでその方が、よ
り腹立たしく聞こえることを、知っているかのように。
 
 「・・・あったま来たァ〜〜! マリー、手ぇ、出さないで、いいからねぇ!」
 
 豹の全身の毛が逆立つ。
 爪が三倍に伸び、ただでさえ長い悪魔の爪は、短剣のようになった。10本の鋭利な刃物。青
い火花を散らして、縦横無尽に銀の女神に襲いかかる。
 
 「クッッ!」
 
 光の防御膜を張った皮膚を、青の刃が掠める。キレイな稜線を描いた胸の上部、乳房の盛
り上がり始めに二本の赤い線。後方回転して、豹の左からの一閃を、聖戦士は避ける。
 
 “マリーの呪いを覚悟していたけど・・・こうなるとは思わなかったわ。でもッ!!”
 
 いくらプライドが高いとはいえ、マヴェル=ちゆりが、ここまで挑発に乗ってくるのは、里美の
予想外だった。恐らく、本人が思っている以上にちゆりは里美を憎んでいるらしい。
 マヴェルに命じられたためか、登場して以来、マリーはずっと地面に座ったままで、動こうとし
ない。その静寂は不気味であったが、人形を取り出す気配がないのも事実だった。
 
 “これは・・・・・・チャンスッッ!!”
 
 「ほらアアアァァッッ―――ッッッ!!!」
 
 女豹が一気に距離を縮める。速い。巻く風で、マンションのガラスが結晶となって砕けていく。
 美しき戦士の顔を、冴えた瑠璃色の稲妻が疾走する。
 
 「ッッ?!!」
 
 あるはずの、女神の美貌は霞みと消えた。
 羽毛が舞うように、軽やかに、しかし無駄のない動きで、ファントムガールは女豹の背後へ回
った。
 
 「こッッ・・・」
 
 冷や汗を振り飛ばし、向きかえる魔豹。
 その動きを十分に待った、銀の戦士の平手打ちが飛ぶ。
 
 バッチチィィィッッッンンンン!!!
 
 顔を張り飛ばされ、一回転して13階建てのビルに突っ込んでいくマヴェル。歪んだ口から、
唾液が雨となって降る。
 豹の姿が、轟音とともに瓦礫の中に消えていく。
 
 「これが最後の忠告よ! 無実のひとたちを殺した罪を、悔い改めなさい! さもなけれ
ば・・・私はあなたを倒す!」
 
 『エデン』により、ちゆりが大幅に戦闘力をあげたといっても、同じ融合者ならば、元々の能力
差がモノを言う。平和を守るために修行を重ねた里美と、好きなことだけをし、自由に遊び呆け
てきたちゆり。その力の差は歴然だった。
 土砂崩れが、爆発する。瓦解したビルの中から、豹は何事もなかったように立ち上がってき
た。
 
 「・・・顔を・・・“ちり”の顔を殴ったなアアアアッッッ!!! 許さねえぞオオオッッッ!!! ブ
ッ殺して、内臓引きずり出してやらアッッ――ッッ!!!」
 
 あまりの怒りに、思わずマヴェルは正体の名を叫ぶ。
 どこか鼻にかかった甘ったるい声が、ダミ声に変わり絶叫する。憤怒に瞳を燃やした豹が、
両手を憎き銀の戦士に差し向ける。
 10の紺碧の弾丸が、レーザーの速さで発射される。豹の凶悪な爪は手から離れ、マッハを
越えるスピードで凛と立つ聖戦士に殺到する。
 
 「フォース・シールド!」
 
 光の粒子で構成された、長方形の盾が、飛んできたナイフを跳ね返す。キン、キン、というガ
ラスが弾くような澄んだ音が響く。
 マヴェルの口が、尖った牙を煌かせて大きく開く。
 
 「カ――――ッッッ!!!」
 
 ドクン。
 里美の心臓が、理由なく高鳴る。
 女豹の口の近くが、陽炎のごとく一瞬揺らめく。
 確信に近い悪寒に、聖戦士の身体は横っ飛びして、元いた場所から避難した。
 
 ドゴゴゴゴゴゴゴッッッッンンンンン・・・・・・
 
 透明な竜が全てを食らい尽くしていくかのように、建物が、道が、粉塵が、消滅していく!
 壊れるのではない、一瞬にして、消えていく。目に見えない、口からの一撃が通った跡には、
抉り取られた地面に、一筋の道が一直線に彼方まで伸びている。
 
 「なッ・・・なんて威力ッ・・・・・・これは・・・超音波ね!」
 
 ファントムガールに必殺技の正体を見破られた豹は、動じることなく二撃めの準備にはいる。
カパリと、凶悪な口が開く。
 
 「カ――――ッッッ!!!」
 
 吼える魔豹。透明な竜が、再び空中を一直線に駆ける。
 マヴェルが放つ奇怪な叫びは、魔の力により作り上げた、超音波発射の合図だった。
 震動により、あらゆる物質を崩壊させる、死の咆哮。音が透明なビームとなって、美しき少女
戦士に殺到する。聖なる力に守られ、強靭な肉体を持つファントムガールでも、直撃されれば
命の保証はない。
 
 「確かに威力は凄いけど・・・軌道が単純だわッ!」
 
 真っ直ぐに迫る破壊の奔流を、ジャンプしてかわす守護天使。
 クルクルと宙返りしながら、女豹を飛び越えその背後を狙う。
 
 「クソがァッッ!! かかったなァッッ!!」
 
 吐き捨てるマヴェルが空中の聖少女を見る。
 そして、歌った。
 透き通るような、天使の声で、悪の魔豹が高音でバラードを歌い上げる。
 
 「うぐッッ?! うあッ・・・うあああああああッッッ!!!」
 
 バランスの取れた銀の肢体が、突如として失速する。
 頭を抱え、空中姿勢を崩した可憐な女神は、撃たれた鳥のように落下し、人のいなくなったマ
ンションのひとつに激突する。茶色の建物が、巨体に押し潰されて崩れていく。
 マヴェルの歌は止まない。ファントムガールが落ちた瓦礫の山に、浴びせるように歌い続け
る。
 
 「はああッッ?!! あがが・・・・・・こ、この歌・・・はァッッ・・・・・・い、一体ッッ・・・・・・??!」
 
 崩れたビルから、両耳を押さえてふらつくファントムガールが這い出る。切れ長の瞳が細ま
り、整ったマスクが、苦痛に歪む。ファントムガールにせよ、ミュータントにせよ、光や闇の力の
結集体である彼らには、通常の物理攻撃はさしたるダメージにならない。現在のファントムガー
ルの苦しみを生んでいるのは、マンションとの直撃ではなく、マヴェルの歌にあるのは明白だっ
た。
 両膝をついた銀と紫の戦士が、頭を押さえたまま上半身を仰け反らせる。周囲のビルの欠
片が、わずかに震えながらボロボロと砂塵と化していく。
 
 「あはははは! マヴェルの歌は素敵でしょオがァッッ!! ムカツク女め、悶え死ねッ
ッ!!!」
 
 喋る間、わずかに訪れる休息に、ドッと前のめりに倒れるファントムガール。四つん這いにな
った全身に、汗が噴き出る。
 
 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・超音波の・・・・・・応用・・・ね・・・・・・」
 
 先程は超音波を塊として放ってきたのを、歌として分散させたのだ。威力としては下がるが、
広範囲に効果があるため、実用度としてはこちらの方が遥かに高い。「谷宿の歌姫」の別名を
持つ、神崎ちゆりならではの必殺技といえた。
 歌が止んでいる今は、反撃のチャンスであることは十分承知しているが、肝心の身体がつい
てこない。焦る聖戦士に、追撃のレクイエムが放たれる。
 
 「うああああああッッッ――――ッッッ!!! あッ・・・頭がァァッッ・・・わ、割れるぅぅぅッッ
ッ・・・・・・・ぐあああああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 再び両耳を押さえて、破壊の震動に苦悶するファントムガール・里美。胸を突き出し、剛力で
背骨を折られているかのように反りあがる。銀の皮膚が、ところどころ泡立って弾けていく。
 
 “こ、このままではッ・・・・・・身体が崩れてしまう・・・・・”
 
 破壊の陵辱の海に、正義の戦士が溺れていく。黒板を爪で掻く不快音を、大音響で永遠に
耳元で奏でられる辛苦。楽しげに歌う魔豹とは対照的に、苦しげに震える光の少女。
 普通の精神の持ち主ならば、反撃の糸口すら見つけられずに、そのまま悶死していただろ
う。だが、幸いというべきか、里美はこれ以上の壮絶な苦痛を、嫌というほどその身に体験して
きた少女だった。
 
 “この相手に・・・負けるわけにはいかないッッ!!”
 
 右手を耳から離す。
 物理的にはさしたる差はないが、精神的には、地獄の子守唄を浴びる拷問の中で、この行
為はとてつもない力が必要となる。それを里美はやり遂げた。
 ブルブルと震える右手に、光の帯が出現する。
 ファントム・リボン。再生した白い帯を、高速で回転させる聖少女。
 
 以前、ファントムガールがコウモリのミュータントと闘った時に見せた防御法と、同じ方法。
 そのときは、傷つき、力を失っていた守護天使は、高速回転を保てず、超音波を弾くことがで
きなかった。
 だが、今のファントムガールは――
 
 「なッ、なにィッッ?!! このアマぁッ、マヴェルの歌を吹き飛ばすってぇのォッッ??!」
 
 リボンの凄まじい風圧が、空気の震動である音を、吹き消していく。
 驚愕する女豹。その隙を、怒りと使命感に燃える正義の戦士が、逃すわけはなかった。
 新体操でよく見るような、螺旋状に回転させたリボンを、その勢いのまま豹に伸ばす。しなや
かな猛獣の肉体を、白い帯が絡め取る。
 
 「げぇッッ!!」
 
 「はぁッ、はぁッ、マヴェルッ!! まずはあなたを倒すッ!!」
 
 リボンを握った右手から、聖なるエネルギーを送りこめば、必殺の「キャプチャー・エンド」は
完成する。光と闇は対のエネルギー。悪の生物にとって、光の奔流は最も忌むべき力だった。
 全身を束縛されたマヴェルに、反撃の方法はない。悪の限りを尽くした魔豹に、天罰が下さ
れんとする。
 しかし―――
 
 「うッッ!」
 
 「・・・・・・ファントムガール・・・・・・・・お前は・・・私の獲物・・・・・・」
 
 それまで微動だにしなかった黒魔術師・マリーが、枷が外れたかのように立ち上がっていた。
その左手には、銀と紫の人形。そして、右手には、長く鋭い銀の針。
 前回、いいようにファントムガールを嬲った魔女が、勝利を目前にした聖天使に立ちはだか
る。
 
 「“待ってた”わよ、マリー!! 早くこのメスブタを殺してぇ!」
 
 手を出すな、といったはずのマヴェルの台詞に、違和感を覚えるファントムガール。だが、そ
んなことに構っている余裕はなかった。鋭い針が、呪い人形に突き刺さらんとしている。
 銀色の戦士の左手が、思いきり振られる。
 
 バキイイイィィィッッッッ・・・・・・
 
 信じられない光景が広がった。
 人形が、マリーを殴った。ファントムガールの動きに合わせるように。
 恐ろしい魔力を持つが、耐久力はない魔女は、小さな人形の一発で倒れていく。
 
 「秘術・呪い返し!!」
 
 御庭番宗家の跡取りである五十嵐里美は、幼少の頃より忍術の修行に明け暮れてきた。そ
れはただ単に、肉体の鍛錬に留まらない。日本という国を守ることを義務付けられている里美
は、古今東西の格闘技・武器・科学など、数多くの闘いに役立ちそうな知識を修めてきたの
だ。そのひとつに、黒魔術もあった。
 資料と知識を頼りに、不安ながらも試してみた呪い返し。マリーに比べれば、実に拙い術で
はあるが、それは今、確かな効果となって里美に報いたのだ。
 
 「どんなに苦しい情況でも、どこかに突破口はあるわ! 正義は必ず勝つのよ!」
 
 マリーを相手に、勝算を見出す可能性のある唯一の策を成功させ、ファントムガールが叫
ぶ。唖然とする魔豹を尻目に、その右手に眩い光が集中する。
 
 「キャプチャー・エンド!!」
 
 聖なる瀑布が、リボンを伝って捕獲した女豹に注がれる。全ての魔を消滅させる、正義の濁
流が、マヴェルの身体を包み込む。
 
 「ふげえええええッッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 絶叫する魔豹。多くの人々を泣かせ、人道を外れた悪魔に最後の瞬間が迫る。黒い斑点の
ついた体毛が、光によって溶けていく。
 更に大きな光が、天に向かって爆発する。
 
 「うわああああああああああああああああッッッッ――――ッッッ!!!!!」
 
 大絶叫。
 だが、それは、マヴェルのものではない。
 ファントムガール・里美の、壮絶苦に悶える絶叫。
 つい先程まで攻勢だったはずの守護天使は、全身から黒い煙を昇らせて、立ち尽くしてい
た。崩れそうな肢体を、内股で、つま先立ちしてなんとか支える。ダラリと垂れた両腕は、ピクピ
クと痙攣していた。その右手が持っていたリボンは、跡形もなく消滅している。
 
 「ッとにこのクソ女は・・・最後までムカツカせてくれる・・・」
 
 戒めから逃れた魔豹が、言葉に怒気をはらませて言う。あちこちが焼け爛れているが、悪女
は無事だった。代わりに瀕死となった銀の女神に、憤怒と残虐の視線を向ける。
 
 「あ・・・・・・あが・・・・・・・・・・な・・・な・・・ぜ・・・・・・・・??」
 
 突然襲った悲劇を、理解できない女神が、虚ろな声で尋ねる。
 
 「下を見な」
 
 ゆっくりと、ファントムガールの整った美貌が、足元の大地を見る。
 
 「!!!」
 
 魔法陣。
 黒魔術のものと思しき魔法陣が、ファントムガールを中心に描かれている。
 
 「こ・・・・・れ・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・!!・・・・・・・・」
 
 「マリーが最初、動かなかったのは、これを完成させるため。暗黒のパワーが集中する魔法
陣に、光の存在のあんたを置いたら、どうなっちゃうんだろうねぇ〜?」
 
 恐るべき、敵の作戦に正義の少女は戦慄する。
 それはマグマの海に、突き落とされるようなもの。
 激しい痛苦の予感に、先程の強烈な猛火の痛み、一瞬にしてリボンが消えてしまった恐怖
が、束になってスレンダーな肢体の少女にのしかかる。
 
 「うぅぅ・・・・・うう・・・・うううぅぅ・・・・・・・・」
 
 「マリー、このクソメスを、地獄に堕してやって」
 
 魔法陣から、暗黒の光が柱となって噴出する!
 
 「うあああああああああああああああッッッ――――ッッッ!!!! もッッ燃えるぅぅぅぅッッッ
―――ッッッ!!!! 熱いイイイィィッッッ―――ッッ!!!」
 
 闇のパワーを全身に浴び、聖少女が悶絶する。
 銀色の皮膚から、光の膜が次々に削ぎ落とされていく。ファントムガールの力の源、聖なる光
のエネルギーが、球体となって、ボコボコと女神の体内から抜け出ていく。
 
 「うああああああああッッ―――ッッッ!!! ちッッッ力があああッッ―――ッッ・・・ぬ、抜け
ていくうううぅぅッッッ―――ッッッ!!!! し、死ぬううッッッ!!! 死んでしまううううぅぅぅッ
ッ――――ッッッ!!!」
 
 琴の声が泣き叫ぶ。
 あまりにも壮絶な痛みに、ファントムガール・五十嵐里美は発狂寸前になっていた。針の山に
全身を貫かれる激痛と、紅蓮の炎に焼き尽くされる熱さ。それが同時に襲い、尚且つ命の源で
ある光のエネルギーを、抜き取られているのだ。
 
 「くッッ苦しいィィィッッッ―――ッッッ!!!! あッ・ア・ア・ア・ア・ア・ア・・・・・・・かッッ・・・体
がッッ・・・・・・・と、とけ・・・溶けるぅぅぅッッ〜〜〜ッッッ!!!!」
 
 正義の使者であることも、己の使命も忘れて、ただ地獄の苦痛に里美は悶絶した。無理はな
かった。その壮絶な苦痛は、本当の地獄よりも激しいのではと思わせた。
 火が水に消えるように、アルカリが酸性に溶けるように、正のパワーは、負のエネルギーに
消されていく。今、ファントムガールを襲っているのは、“消滅する”という苦痛だった。それは、
あらゆる拷問に耐えられるよう、修行してきた里美を泣き叫ばせるのに、十分な地獄の苦し
み。
 バシュン! バシュン! という音を残し、光球がファントムガールから突き出ていく。銀の女
神の命は、確実に削り取られていく。
 悲鳴の中で、守護天使は膝をつき、やがて、ゆっくりと仰向けに倒れていった。魔法陣の中
心。闇が集中するその場所で、光の戦士は黒い煙を身体中から昇らせて、失神していた。動
かなくなったファントムガールを確認して、ようやく魔力の放出が止む。
 
 ガクリ・・・と首が横に垂れる。失神を示す泡が、ゴボゴボと大量に銀の唇を割って出る。銀の
皮膚は、もう輝いてはいなかった。自然に曲がった指が、全身の弛緩を教える。青い瞳の光も
消え、胸の中央のエナジークリスタルが、ヴィーンヴィーンと、哀しげなメロディーを奏でる。
 
 「あははははは♪ 終わったわねェ、ファントムガール! でも、楽しいのはこれから♪ 嬲り
殺しの時間よォ〜!」
 
 マヴェルの喋り方は、いつもの人を食ったようなものに戻っていた。ファントムガールの壮烈
な苦しみぶりが、魔豹の溜飲を下げていた。
 
 無警戒に気を失った正義のヒロインに近付く女豹。仰向けに寝るファントムガールの右手を
掴み、無理矢理横に広げる。
 ズブリ・・・
 マヴェルの青い爪が五本、紫のグローブをはめた掌を、地面に突き刺して固定する。
 痛みによって、覚醒する聖少女。だが、なにが行われているかなど、理解できずに、ただい
いように操られる。
 青の爪が小さな掌を串刺したまま、根元から取れる。少し力をこめると、肉だけになった豹の
指先から、新たな鋭い爪が飛び出す。
 魔豹の爪は、脱着が自在なうえに、次々に生えてくる特質を持っていた。左腕も広げられ、同
じく掌を固定される、無抵抗な少女戦士。
 とどめは足だった。両足を揃えられ、一直線に伸ばされる。足首に爪が刺さり、自由が奪わ
れた。
 
 「いいザマねェェ〜〜、ファントムガール! まさしく天使って感じィ〜」
 
 魔法陣に十字架に磔られた聖なる女神。
 切れ長の美しい瞳は、悲哀に満ちて垂れ、濡れたような唇は、これからの煉獄に恐怖するか
のように震えている。
 
 「うううぅぅ・・・・ああ・・・・・・・あ・・・・・・・」
 
 「まだまだぁ〜、あんたの悲鳴、聞き足りないなぁ〜〜。やって、マリー♪」
 
 十字架に固定された聖天使を、暗黒の魔法陣が焼き尽くす。
 
 「ふぎゃあああああああああッッッッ――――ッッッ!!!! あがああああッッッ――――ッ
ッッ!!! やめてええええええッッッッ―――ッッッ!!!!」
 
 天使が放つ獣のような絶叫に、人類は思わず耳を塞いだ。不屈の少女戦士が、身が溶けて
いく激痛から逃れるため、悪に対して泣き叫ぶ。懇願を聞き入れたかのように、不意に闇の放
出が止む。
 
 「ハアッッ! ハアッ! ハアッ! ・・・あああ・・・・うああああ・・・・・」
 
 美しい顔が歪み、泣き顔になっている。身動きできぬ身体には、汗がビッショリと濡れ光り、
あまりの苦痛に涎があぶくとなって銀の唇から溢れている。
 訪れた休息に、緊張の糸を切らすファントムガール。計算づくでその瞬間を待っていた魔女
が、油断した囚われの女神に暗黒の猛火を浴びせる。
 
 「うぎゃあああああああああああッッッ――――ッッッ!!!! もうダメえええええええッッッ
――――ッッッ!!! 私もうダメえええええッッッ――――ッッッ!!!! いやあああああ
ああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 手も足も動かせず、ただ絶叫するファントムガール。囚われた肉体が、闇の業火により溶け
ていく。銀色の肌が破れ、ブスブスと沸騰する。引き千切られたセロハンみたいな焼け跡が、
染みになって広がっていく。右肩が、左の乳房が、両脇腹が、左太股が・・・ケロイド状に溶け
だし、オレンジ色の肉汁が染みだす。満身に魔の放出を浴び、正義の味方に許されたのは、
泣き喚くことだけだった。身も心も崩壊寸前の宿敵を、魔豹がニヤニヤと眺める。大地に十字
架磔された光の戦士は、凄惨な極痛の前に、完全敗北を喫しようとしていた。
 
 “私・・・ホントにもう・・・だめ・・・こんなの・・・耐えられない・・・・”
 
 ボシュン! ボシュン! バシュン!
 聖なるエネルギーが、光の球体となって抜けでるたびに、死への階段をファントムガールは
昇っていった。
 
 “光・・・・・・どんどん抜けて・・・・・・・・・私・・・・・・・・・死・・・・・・・・・”
 
 ヴィーンヴィーンヴィーン・・・
 胸のクリスタルが、その点滅を早めていき、少女の泣き声にも似た響きが、夏の夜にこだま
した。
 
 
 
 オレンジの照明灯が、ハイテク装備が完備された、長方形の高層ビルを照らし出している。
 近くにも高いビルはいくらでもあったが、この建造物には他とは一線を画した美と洗練さがあ
った。全面が青みがかったガラス張りになっている。入り口付近に配備された、数々の防犯設
備。ビル内にはいれば、そうした技術の粋は、外面以上に感じることができるだろう。
 
 国内でも有数の巨大企業、三星グループが誇る「三星重工」の支社ビルは、その技術力の
高さを誇示するかのように、あらゆる最新の機械工学を生かして、北区栄が丘の一角に建て
られていた。
 ネズミのキメラ・ミュータント「アルジャ」が、この地方最大の繁華街にして中心地である栄が
丘を襲撃した際、誰もがこちらに来ないことを祈っていた中で、唯一悠然と構えていたのがこ
のビルである。マグニチュード8の大地震であろうが、50mを越える巨大生物であろうが、この
現代の要塞を破壊することはできない。設計者たちには、それだけの自信とプライドと計算が
あった。
 
 中央区に巨大生物が現れたとの報を受けても、建物内は平然を装っていた。一説には、核
を直撃されても壊れない、との噂まであるビルだ。慌しい周囲の中で、そこだけが神の領域の
ように浮いていた。
 
 「君、なんの用だ?」
 
 噂では、国家予算級の利益をあげられる、といわれるほどの極秘研究が進んでいるビルで
ある。入り口に立っている人間こそふたりしかいないが、警備は皇居並といって差し支えない。
超S級の厳重態勢のなか、フラフラと内部に入ろうとした少女は、至極当然に2m近い巨体の
警備員に呼びとめられる。
 
 最初、ふたりの警備員は、避難を求めて少女がやってきたのだと思った。過去の巨大生物
の襲来時に、そういったケースは多く見られたのだ。この建物が安全であることは、近辺に住
む者なら誰もが知っていることだ。
 だとすれば、追い払わなければならない。助けを求める者を拒絶するのは決していい気分で
はなかったが、それが彼らの仕事であった。
 だが、闇の中から近付いた少女の姿を一目見たとき、警備員たちは己の予想が違っていた
ことを、すぐに理解した。
 
 「・・・お願い・・・・・・・有栖川博士に・・・・・会わせて・・・・・・・・」
 
 青いセーラー服姿の美少女は、夏のせいだけではない汗を全身に浮かべて、息も絶え絶え
に呟いた。短めのスカートはビリビリに破れ、内股からは血が滲んでいる。本来白のシャツは、
土に汚れて茶色に変色していた。一歩進めるごとに、倒れそうになる足取りからは、このショー
トカットの少女がいかに疲弊しているかがわかる。
 少女の姿は確かに尋常なものではなかったが、それ以上に異常を知らせるのは、彼女が背
負っているものだった。
 
 茶色の髪をツインテールにまとめた女子高生。少女と同じ制服だが、背負われた女子高生
の方は、ピクリとも動かない。
 そして、その右腕と左足はなかった。
 切断された右腕からは、銀色の金属部品が覗き、引き千切られたと思われる左足からは、
黒いコードが数本、ぶら下がっている。
 部品と化した右腕と左足は、ショートカットの少女の手にあった。霧澤夕子のものだった腕と
足は、いまや最高の技術を駆使して造られた、精密な機械へと戻っていた。
 
 「有栖川・・・博士・・・・・・あなたの・・・娘さんが・・・・・・・夕子・・・が・・・・死にそう・・・・・・・・で
す・・・・・・・・たすけ・・・て・・・・・・」
 
 うなされるようにそれだけを言うと、藤木七菜江は脱力感に飲みこまれ、倒れこんでそのまま
意識を失った。
 
 
 
 地獄は、20分も続いたろうか。
 魔法陣による暗黒パワーの集中砲火に晒され続け、根こそぎ光のエネルギーを奪い取られ
たファントムガールが、5度目の失神を迎えたとき、ようやく悪魔の魔術はとめられた。
 残ったのは、表面の皮膚を焼け溶かされ、くすんだ銀色の内肉に、オレンジの体液を滲ませ
た、十字架の聖天使。そこら中が焼け爛れた姿は、爆撃で全身を焼かれた、悲惨な姿に似て
いた。
 青い瞳は光を失い、弱々しく点滅する胸のエナジークリスタルが、ファントムガールに残され
た光が、わずかであることを教える。
 
 「おっとォ、まだまだ楽にさせないよォ〜。60分になるまで、痛ぶりつづけてやるんだからぁ
♪」
 
 金色の長い髪を、無造作に掴むと、マヴェルは一気に引き上げ、守護天使を無理に立たせ
る。ブチイッッ! という音を残し、掌と足首が突き刺さっていた爪によって、切り裂かれる。
 芸術的な曲線を誇るファントムガールの肢体は、片腕で魔豹に吊り下げられた。身長が同程
度なため、弛緩した足は膝から下が折れ曲がる。
 
 「ど〜〜う? 闇の魔力の味はぁ? 酸に溶かされてるみたいだったぁ? でもねぇ、あんた
の身体には、教えてあげたい味が、もっとも〜〜っとあるのよォ」
 
 山のように盛り上がったファントムガールの右胸を、豹の自由な右手が包み込む。銀の毛に
覆われたそれは、少女戦士の隆起を揉みしだくうちに、ピンク色に発光し始めた。
 
 「あうッ・・・・うはあああ・・・・・・・・・へあッッ・・・・・・」
 
 右胸から押し寄せる熱い刺激に、蘇生する女神。宿敵メフェレスが発する妖しい光と、同じも
のを己の右胸に見る。
 
 「あふうッッ・・・・・こ、これはぁ・・・・・・・な、なんで・・・・・・・・」
 
 “こ・・・この光は・・・・・・・あ・・・ああ・・・・・・・”
 
 「ふふふ、感じちゃってるんだぁ〜、やっぱりあんた、こういうのに弱いみたいねぇ。マヴェルも
メフェレスも、さんざん遊んでるからねぇ。そうすると、こういう技も使えるようになるのォ。ほら、
パワーを上げると・・・」
 
 発光が激しくなる。形のいい果実を、掌全体で包んで、揉みながらこね回す。
 
 「あひいイイッッッ!!! ひゃああああッッ〜〜!!! あッッ・・・あああッッ・・・・・・は、離し
てぇぇッッ〜〜ッッ!!!」
 
 さざなみだった刺激が、津波になって天使を襲う。熱いたぎりが、里美の脳髄から秘所まで、
一本の杭を打ち込み、官能を呼び覚ましていく。ただでさえ魔豹のテクニックは、確実に性感
帯を捕えてくるというのに、そこに刺激を倍加させる魔の光が加わるのだ。ウブな少女を狂わ
せるには、十分だった。
 
 “こッ・・・このままッ・・・じゃあ・・・・・狂っちゃ・・・うううぅぅッ〜〜!”
 
 「あははは! みっともない声、出しちゃってぇ〜〜! あらら、乳首立ってきちゃったねぇ?
 これ、こするとどうなるのォ?」
 
 「はびゃああッッ!! ふひゃああああッッ〜〜〜ッッ!!! 」
 
 普段は存在しないファントムガールの胸の先端が、桃色の扇情によって、誰の目にも明らか
になっていた。ボタンのように屹立したそれを、マヴェルは優しく回転させる。その絶妙な角度・
速度に、聖天使は我慢できずに嬌声をあげてしまう。誇り高き五十嵐の嫡子として、それは敗
北並の屈辱であった。
 血に濡れた紫のグローブが、豹の右手を掴む。だが、力を奪い取られた正義の女神には、
それが精一杯の抵抗だった。掴んだだけで、攻撃を止めさせることはできず、いいように悦楽
の光線を浴び続ける。
 
 「ふあああッッ・・・・・・・あくああッッ・・・・・うくくくく・・・・・」
 
 「我慢してもダメダメぇ〜〜、ホラ、コリコリだよ、あんたの乳首ィ」
 
 マヴェルの指が、鉄みたいに固くなった、守護天使の胸の突起を弾く。途端、電流を流された
ようにビクンと銀の肢体が仰け反り、「あくぅぅッッ!!」と、苦しみによるものではない声があが
る。
 豹の指は、銀色の肌を伝いながら下降していく。目的地を察した里美が、必死で股を閉じる
が、魔法のように滑りこんでくる淫虐の爪の前にはまるで無力だった。桃色に発光する指が、
肛門から秘裂、その先の淫核までを一気になぞる。巨大少女の性器は、いままでの愛撫によ
り、とっくに完全に実体化していた。力を込めて股間を閉じているため、その刺激は却って強烈
に天使を襲う。
 
 「あぁぁッッ?! ・・・・・・あふうんんッッ!! ・・・・・・・・ふへあぁぁッッ・・・・・・・や、やめぇ
ぇ・・・・・うはああぁぁッッ!!」
 
 腰が砕け、崩れそうになる銀の女神を、金髪を掴んだ手が無理に立たせる。苦痛と悦楽の
両方で歪んだ美貌は、声をあげるたびに、その配分を変える。ますます被虐心を昂ぶらせた
魔豹が、肛門から淫核までの往復を速くする。スパークする官能の波に、ファントムガールの
芸術的なボディラインはカクカクと揺れた。
 
 “わた・・・し・・・・私・・・・・・・・・この・・・まま・・・・・・じゃ・・・・・・・”
 
 「なぁにィ〜? たまんないのォ〜? そんなに感じてないで、反撃してみたらぁ〜? あはは
はは!」
 
 激しく摩擦する指から、ピチャピチャとはしたない音が、聖少女の耳にもハッキリと届いてく
る。己の無様さに、羞恥の熱が里美を焼くが、溢れる愛蜜をとめる術はない。
 自由な手を使い、光線を放とうとするが、無理だった。とても集中できない。一瞬マヴェルに
向けられた掌は、すぐに股間を擦る腕へと向かう。その嫌がりようは、陰惨な女豹を悦ばせる
だけだった。
 
 「あ、あひいィィッッ・・・・・・マ、マヴェ・・・・・・ふひゃああぁぁッッ! ・・・・・こ、こんなぁ・・・・も
のッ・・・じゃあぁぁッッ・・・・・はああッッ?! ・・・かッッ・・・ううぅ・・・・・・わたしッ・・・は・・・・負け
ない・・・・わ・・・・・あああッッ!!」
 
 「フン、よがりながら言うセリフじゃあ、ないわねぇ〜〜。よし、スペシャルよォ♪」
 
 ビチャビチャと粘液まみれになった豹の右手が、止まる。
 次の瞬間、中指が肛門を、親指がクリトリスを、残りの指が生温かい肉襞の中を、一斉に刺
激する。
 自在に伸びる爪はアナルを抉りながらどこまでも深く侵入し、尖った親指の先は肉芽を刺し
ながらこねくり回す。膣内は口から指が出てくるのではないかと錯覚するほど貫かれ、痺れる
までに摩擦される。
 3つの異なる快感を同時にフルパワーで叩きこまれる荒業。直腸は筋肉が収縮し、痙攣を始
め、膣内はとろけるような愛汁を分泌させ、剥き出しにされた淫核は、熱い電流を脳髄に直撃
させる。ひとつの責めでも、昇天するには十分なのに、3つまとめて、しかも魔力による推淫を
施されれば・・・
 
 「うううああああああああああ――――ッッッ!!!! ひいいやああああああッッッ〜〜〜
〜〜ッッッ!!!!!」
 
 狂ったように踊りよがるファントムガール。
 あまりに激しい悶えぶりに、掴まれた長い髪が引き千切れそうになる。それでも構わず、少
女戦士は悦楽のダンスを踊り続ける。
 
 ブッシュウウウウウ・・・・
 
 白い液体が股間より噴射し、ボトボトと無情な大地に垂れ落ちていく。
 下腹部のクリスタルが点滅を始める。それは性的興奮がピークに達したと同時に、子宮に棲
みついた『エデン』が異常を感知していることも示した。『エデン』そのものが攻撃されれば、当
然ファントムガールはファントムガールでいられない。つまり、過度の性的刺激は、『エデン』が
子宮と一体化しているため、ファントムガールにとっては、肉体の崩壊にも繋がっていくのだ。
 『エデン』の研究を続けている片倉響子でも、その事実には気付いていなかったが・・・今、初
めて下腹部のクリスタルが点滅したことで、悪魔たちはあるひとつの、発情とこのクリスタルと
の関連について気付き始めていた。
 
 「・・・もしかして、これ・・・」
 
 敵を嬲ることに関しては、本能的に鋭いマヴェルが右手を女神から引き抜く。ぐったりと全身
を脱力させる銀の天使の下腹部、青いクリスタルに、桃色の発情光線を放つ魔性の手が吸い
つく。
 
 「ふうぎゃああああああッッッ――――ッッッ!!!! いひひゃああああああッッッ〜〜〜〜
ッッッ!!!!! やめてえええぇぇぇッッ〜〜〜ッッッ!!!!」
 
 バシュウウッッ!!! ブシャアアアアアッッ・・・・
 
 枯れたはずの噴水が、勢い良く発射され、悪魔によって潮を吹かされる聖少女の惨めな姿
が、パノラマで人類の前に広がる。
 哀しげに顔を歪め、悦楽の怒涛に身を粉砕された女神が、ビクビクと全身を震わせる。眉根
を寄せ、だらしなく口を開いたその顔は、戦士のものではなく、レイプされる女子高生そのもの
だった。
 
 下腹部のクリスタル。それは具現化された『エデン』であり、剥き出しになった子宮であり、フ
ァントムガール最大の性感帯であるとともに弱点なのだ。
 肉体組織の構成を司る器官でもあるため、今の里美を襲うのは、圧倒的な劣情だけでなく、
凄まじい苦痛も含まれているのだが、女豹にとってはそんなことはどうでもよかった。
 
 「あははははは! さとみィ、あんた、こんなとこが感じんのォ?! あははははは! 悶えろ
ッ、泣けッ、喚けッ!」
 
 怨敵を嬲る快感が、マヴェルの口からファントムガールの正体を洩らさせる。無論、正義のこ
んな醜態をテレビが流すわけはないので、その点の心配はないが、マヴェルの昂ぶりは、ファ
ントムガールの完全敗北が近いことを意味している。
 魔豹の言葉通り、泣き喚く少女戦士。
 泡を吹き、折れ曲がりそうに反りながら痙攣する肢体からは、果てることない愛蜜が、いつま
でも垂れ零れ続けた。
 
 “ユ・・・・・・・リ・・・・・・・・ア・・・・・・・・たす・・・・・け・・・・・・て・・・・・・・”
 
 
 
 地上から見る女神の陵辱劇は、凄惨を極めた。
 巨大な豹のキメラ・ミュータントは、ただ髪を掴み、下腹部のクリスタルにピンクの光を浴びせ
ているだけだが、ファントムガールの悶絶ぶりは断末魔を思わせるほどに凄まじかった。
 視界を塞ぐほどの巨大な陵辱絵図と、天から降る大音響の悲鳴。逃げ去る人々の背を追い
かける、正義が果てていく様に、絶望という名の黒い翳が人類の心を覆う。侵略者の圧倒的戦
力は、傍観者にも明確に伝わっていた。
 
 必死の形相で逃げる人波に抵抗するように、西条ユリは電柱に凭れて立ちすくんでいた。
 普段着ではラフな格好を好む少女は、灰色のパーカーにチェックのミニスカートといういでた
ち。パンティが見えそうに短いスカートのせいで、元々カモシカのように長い足が、さらにスラリ
と伸びて見える。長いシャワーで濡れそぼった髪は、ユリの代名詞ともいえる、ふたつにまとめ
たおさげになっている。
 
 電柱に体重を預けたまま、ハア、ハアと荒い息をつくユリの顔は、発熱しているかのように赤
い。二重のつぶらな瞳は、悲哀感たっぷりに潤んでいる。
 
 「さ・・・里美さん・・・・・・私が・・・助けなきゃ・・・・いけない・・・・・・・のに・・・・・・・」
 
 電柱から離れ、意識を集中させて、トランスフォーム=変身しようとするユリ。だが、巻き起こ
る風により、服が乳首にかすかにこすれると、それだけの刺激で、ジュンとした熱い波動が、下
腹部を直撃する。たちまちトランスフォームを中断させたユリは、助けを求めるように、再び電
柱にしがみついていた。
 
 「ダ・・・ダメ・・・・・・こんなちょっとしたことで・・・か、感じちゃうなんて・・・・」
 
 前回の闘いで、黄色の戦士ファントムガール・ユリアは、クトルの触手に貫かれ、媚毒の混じ
った精液を膣内にたっぷりと注ぎこまれてしまっていた。
 女として大切なものを奪われただけでなく、細胞にまで浸透した媚薬の影響で、未開発だっ
た少女の肉体は、強引に、一気に開拓されていた。普段は問題ないが、一度「疼き」だすと、あ
とはもう止まらない。坂道を転げ落ちるように、色情界に堕落していくのを、ユリは自覚しながら
止めることができなかった。
 
 「せっかく・・・・・・里美さんが・・・作戦を考えて・・・くれたのに・・・・・・ここで私が・・・やらない・・
と・・・・・」
 
 人形のように可愛らしい素顔の少女が、政府開発の特殊な携帯電話を取り出す。ミュータン
トがこの北区に現れてすぐに送られてきたメールを、ユリはすでに何度も読み返していた。内
容は理解しているが、実行しないことには意味がない。
 
 “やっぱりダメ・・・・・こんな私がトランスしても・・・・・足手まといになるだけ・・・・・エリがいない
から闘えないし・・・こんな身体だし・・・”
 
 「里美さん・・・・・ごめんなさい・・・・・・私、どうすれば・・・・・」
 
 ピンクの下唇を、強く噛むおさげの少女。
 里美は助けたい。だが、今変身しても、役にたてないことは、自分が一番よく知っている。西
条ユリの小さな胸は、迷いと悲しみで、張り裂けそうになる。内気な少女は、ただ己の無力に
途方にくれるばかり。
 
 「ユリィいィッッッ――――ッッッ!!!」
 
 自分の名を叫ばれ、可憐を絵に描いたような美少女は、ハッとして空を見上げる。夏の夜
の、満天の星空。波間に浮ぶ、一隻の白い帆船。アニメキャラのような、高く、可愛らしいその
声は、いつの間にか現れた、その白いヘリコプターから聞こえてきた。忘れるわけがない、そ
の声。自分と同じ、その声。
 
 「エ、エリッッ!!」
 
 メフェレスの手下に、残虐極まりないリンチを受けて、施設で療養中の双子の姉・エリ。絶対
安静中の彼女が、なぜこんな、危険地帯にいるのか。理由は明らかだった。
 
 「どうしてこんなとこへッ?! あんな酷い怪我をしてるのに・・・」
 
 「いいからッ! よく聞きなさい、ユリッッ!!」
 
 ヘリに搭載されたスピーカーが、拡大された少女の声を地上に降らせる。逃げるのに精一杯
な人々には、この非常事態に不自然な情景を、気にする余裕はなかった。
 
 「あの豹と魔術師を・・・倒しなさいッ、ユリッッ!! 私が許可するわッッ!!!」
 
 ドクンッッ!!!
 
 スレンダーな少女の全身に、熱い血潮が駆け巡る。
 先程まで芯を溶かしそうにたぎっていた官能の疼きは、武道少女が本来持っている闘争の
炎によって、嘘のように霧散していた。
 
 「トランスフォームッ!」
 
 モデル体型の美少女が、白い光に包まれ、粒子と化して消えていく。
 迷いが去り、闘う戦士としての顔を取り戻した、ファントムガール・ユリアが、その麗しい姿を
現そうとしていた―――
 
 
 
 「さて、あとは頼みましたぞ、西条様。これが唯一残された勝算なのですから」
 
 使命を終えて帰途に就くヘリコプターの中。操縦桿を握る老紳士・安藤が低いトーンで、語
る。五十嵐家の執事にして、ファントムガールの世話役ともいえる彼は、祈りにも似た気持ちで
ユリへのエールを心の内で送る。先程から七菜江と連絡がつかなくなってしまった以上、頼れ
るのは、もはやユリしかいないのだ。そして、黒魔術による人形の呪縛から逃れ、マリーを倒
せる可能性があるのも―――
 
 「ユリ、頼んだよ」
 
 安藤の口から、甲高く、少し鼻にかかったようなアニメ声が洩れる。
 
 老執事ひとりだけを乗せたヘリは、そのまま夏の星座に溶け込んでいった。
 
 
 
 5
 
 まとわりつくような熱風の中、夜の闇に、眩い光が錯綜する。
 膨大な質量の白光が、結晶化し、物体化していく。周囲を昼のように照らし出した温かい光
は、やがて流れるようなボディを持つ、少女の身体へと形を整えていく。
 
 ファントムガール・ユリア見参。
 
 細身だが、スラリと伸びたバランスのいいフォルム。輝く銀の肌に、黄色の文様が浮んでい
る。後ろの襟足で、ふたつにまとめたライトグリーンの髪。青い瞳が灯った顔は、精巧な人形を
思わせるほどに端正である。
 前回の敗走を、つゆとも感じさせぬ凛々しい姿は、まさしく天使の呼び名に相応しい。
 ファントムガール・里美の窮地に駆けつけた武道少女の狙いは、誰の目にも明白だ。
 そのはずだが―――
 
 「??! あんたぁ〜〜、どういうつもりよォ〜〜??」
 
 「ッッ?!! ・・・あ、あの小娘めぇ・・・・・・小癪なマネをッ!!」
 
 怪訝そうに首をかしげる女豹に代わり、呪詛のことばを吐いたのは、巨大な戦闘現場の近く
に潜んでいた、久慈仁紀であった。
 里美の読み通り、久慈は敢えて変身せず、救出にくるかもしれないファントムガールの仲間
に備えて、じっと待機をしていた。
 いや、もっと厳密にいえば、ファントムガールを餌にして、ユリアをおびきよせるつもりだった
のだ。
 
 藤木七菜江が闘えないことを知っている久慈は、この闘いで残るふたりを始末するつもりで
いた。今までのように、また新たな戦士なる者が、出現するかもしれないが・・・それにしても、
今回は圧倒的に有利なのだ。ファントムガールはマリーひとりで十分だし、ユリアは変態教師
の成れの果て、クトルに勝てないはずだった。警戒しなければならないのは、ファントムガール
がクトルを、ユリアがマリーを、闘いの相手に選ぶ場合だが、そうはさせないようにユリアが登
場次第、クトルとメフェレスとで存分に嬲って殺す計画だった。
 だから、ファントムガールが現れても、久慈はメフェレスにはならなかった。ちゆりとマリーと
に任せ、中年教師田所とともに、戦闘の現場で罠を張って、ユリアの出現をてぐすね引いて待
っていたのだ。
 が、しかし、ようやく現れた少女戦士は・・・
 
 「あんなに遠くでは、今からではとても間に合いませんね。どうします、久慈くん?」
 
 「すぐに移動だ! その辺で死んでる奴の車を使えば、五分たらずで行けるッ!」
 
 ファントムガールが魔豹の悦技に昇天しかかっている処刑場から、5kmほども離れた地点
に、黄色の戦士は現れていた。
 マヴェルやマリーから見える、髪をふたつにまとめた聖少女は、豆粒ほどの大きさだった。大
小さまざまな高さのビルの間から、こちらを見据える華奢な巨大少女は、白く輝く光の弓矢を、
真っ直ぐに構えている。
 破邪嚆矢。
 真の力を解放した武道少女は、容赦ない必殺の一撃を、黒衣の魔女に狙い定めていた。ユ
リアの正体である西条ユリは、30m離れた距離にある10cm四方の的に当てるほどの、弓道
の腕前を誇る。
 
 「これが私たちの・・・唯一の作戦です」
 
 ギリギリと光の矢を引き絞るユリア。凛とした姿勢からは、清廉な闘気が漂ってくる。
 
 “ユリア・・・・・・頼んだ・・・わ・・・・・・・”
 
 五十嵐里美がメールでユリに託した作戦、それが遠い場所から破邪嚆矢でマリーを射る、と
いうものだった。
 恐らくユリアの登場を、クトルが待ち構えているであろうことは、里美は十分に承知していた。
ファントムガールを助けるため、ユリアが現れれば、まさしく飛んで火に入る、だ。
 クトルの攻撃が届かない、離れた位置から矢を放つ。
 マリーを倒しさえすれば、数的不利があろうと、少しは勝利の可能性も出てくる。今ごろクトル
は急いでユリアに向かっているだろうが、5kmの距離は巨大化したとしても、遠い。それだけ
の時間があれば、弓矢は十分に射てる。
 危険であると知りつつ、里美がたったひとりで立ち向かったのは、このためだった。この作戦
を成功させるには、クトルを近くに待機させるよう、囮にならなければならない。代償は決して
小さくはなかったが、里美の決死の作戦に、勝利の女神は微笑んでくれているようだった。
 
 「あはははは♪ 小鳥ちゃん、勝手なマネはさせないよォ〜〜! こっちにはねぇ、い〜〜い
盾があるんだからぁ〜」
 
 ユリアと黒衣の魔女とを結ぶ直線上に、銀の毛皮が付いた魔豹が立ち塞がる。高々とあげ
た右手に掴むのは、長く艶やかな金色の髪。ぐったりと脱力したファントムガールが、矢の標
的の前に現れる。
 
 「ど〜〜う? 自分の手で、お仲間をヤルなんてぇ〜、あんたのような甘ちゃんにはできない
でしょォ〜〜?」
 
 嘲る女豹の声は、距離があるため、聞こえなかったのか。
 欠片ほども動揺をみせず、ユリアの右手は遠目にもハッキリと、さらに光の矢を引いていく。
 
 「なッッ??! ちょ、ちょっとッ〜! あんた、ホントに射つ気ィィ〜?! こいつが死んでも
いいのォッ?!!」
 
 「ムダ・・・・・よ・・・・・・・・」
 
 息も絶え絶えな囚われの戦士が、焦る魔豹に言い放つ。
 
 「ユリアは・・・・・・射つ、わ・・・・・・矢は私を貫き・・・・あなたを射す・・・でも・・・・・・光の技
は・・・私には致命傷に・・・ならない・・・・・・」
 
 ゾクリ。
 冷たい刃が、マヴェルの背中を斬りつける。
 
 光の技は、同じ光の戦士には、大きなダメージにはならない。逆に闇の魔性には、聖なる力
は恐るべき脅威になる。
 
 「こッのッ! ハッタリをォ〜〜!」
 
 「普段の・・・彼女なら・・・・・それでも私を傷付けられないでしょう・・・・でも・・・今なら・・・・・・」
 
 光の矢が、最高潮に引き絞られる。あとは放たれるのみ。
 青の結晶でできた豹の眼が、恐怖と焦燥に歪む。
 
 “私が知る、神崎ちゆりという人間なら、この後の行動は・・・”
 
 ユリアの右手の指が、矢をまさに放そうとする瞬間。
 魔豹は銀の女神を掴んだまま、脱兎のごとく飛び逃げた。
 いくらマリーが、ファントムガール攻略を握る力を持っていようが、己の身の可愛さとは、比べ
ようもない。元より、己を犠牲にして仲間を守る、などという概念自体がマヴェルにはない。
 里美の予想通り、自らの安全を選んだ魔豹がいなくなった今、マリーを守るものは、なにもな
い。
 
 “やって!! ユリアッッ!!!”
 
 「破邪嚆矢ッッ!! ・・・・・・・ッッ!!」
 
 ドバシュウウウウウッッッ!!!
 
 残像を跡にして、聖なる嚆矢が一直線に黒衣に迫る。
 まるでレーザービーム。なにものにも障害されず、ファントムガール逆転の一矢が、宙空を駆
け、一気に距離を縮めて魔女に殺到する。
 魔力は飛び抜けているが、その分反射神経はない黒魔女は、立ち尽くして正義の矢尻を受
ける。
 
 ズバアアアアアッッッ!!!
 
 漆黒のフードの左側頭部が裂け、内側から黒い髪が覗く。
 光の矢は、わずかに上方に外れ、魔女のフードを破っただけで、はるか虚空に消えていっ
た。
 
 「あッッ!!・・・・・・・・」
 
 「うくッ・・・・くあ・・・あ・・・・・・・・」
 
 ファントムガールが驚愕と絶望の混じった声を出すのと、ユリアが呻くのとはほぼ同じだっ
た。
 黄色の戦士は、ぶるぶると震えながら、己の細腕を抱いている。
 
 “そん・・・な・・・・・まさか、ユリちゃんが・・・狙いを外すなんて・・・・・・ハッ?!!”
 
 暗澹たる漆黒の翳に、希望の灯火を飲み込まれていく中、五十嵐里美はトドメともいうべき
光景を、衝撃とともに見る。
 
 ポタ・・・ポタ・・・ポタ・・・
 
 魔女の白磁のデスマスク。その額の左側から、鮮やかな朱線が一筋、ツツ・・・と垂れて地面
に落ちる。
 その真っ白な右手に握られているのは、銀の地肌に黄色の模様がついた、細型の人形。後
ろでふたつにまとめた緑の髪を持つその人形の右腕は、マリーの左手によって、垂直に折り曲
げられていた。
 
 「少し血が・・・足りなかったか・・・だが・・・・・・効果は・・・充分・・・・」
 
 人形の腕を、逆に折り曲げる魔術師。「ぐああッッ?!!」と叫んだユリアが、右肘に走る激
痛に整った顔を歪ませる。
 
 ファントムガール・ユリアの呪い人形は、完成してしまっていたのだ。
 
 破邪嚆矢が外れたのは、ユリアのミスではない。呪いによる激痛で、照準を狂わされたため
だった。
 
 「そ・・・んな・・・・・・・・・そ・・・ん・・・な・・・・・・・・」
 
 髪をマヴェルに掴まれたままのファントムガールが、ガクリと両膝を大地につく。ズズ――ン、
という地響きが、守護天使の哀しげな歌となって、人類が避難したあとの街に木霊する。
 
 唯一、マリーの黒魔術に呪縛されていないと思われたユリアは、すでにマリーの虜と堕してい
たのだ。
 
 冷静に考えてみれば、当たり前の話だった。前回の闘いで、ユリアはイヤというほど、愛液を
噴出させられてしまっている。その前の魔獣「サーペント」戦では、出血も多かった。ファントム
ガールやナナのサンプルを集めている敵が、どうしてユリアの血や愛液を集めていないと言え
るのか。寧ろ、前回ユリアが陵辱されたのは、このためだと考える方が妥当ではないのか。
 
 “・・・いや・・・・私は・・・わかっていた・・・・・・ユリアの人形が造られているであろうこと
を・・・・・・でも・・・それが恐くて・・・・・・・絶望するのが・・・恐くて・・・・・・・・逃げた・・・・・・・逃げて
しまった・・・・・・”
 
 ヴィーンヴィーンヴィーン・・・
 膝立ち状態の銀色の天使に輝くクリスタルが、その点滅を早めていく。
 罠に敢然と飛びこみ、囮となるため挑発し、地獄の苦しみを必死で耐え・・・そこまでして逆転
に賭けた唯一の策は、いとも簡単に破られた。里美の弱い心が生んだ、希望的な観測のせい
で。
 残された現実は、光のエネルギーを魔法陣により根こそぎ奪われた身体と、発覚した下腹部
のクリスタルという弱点、そしてユリアでさえも魔人形の虜囚であるという事実。
 さらに・・・・・・
 
 「ファントムガール! 諦めてはダメです!」
 
 遠い距離から、ユリアの高い声が叫ぶ。
 その手に光るのは、二撃めの破邪嚆矢。
 呪い人形の作製には、髪の毛と血と愛液とが必要ということだが、その量によって効果が変
わるらしい。確かにユリアも黒魔術にかかってはいるが、襲いくる激痛は、里美やナナほどで
はなかった。
 
 “これぐらい・・・我慢できますッ!!”
 
 普通の少女なら泣き喚かずにはいられない痛撃を、生まれながらの武道少女は汗を垂らし
ながら食いしばる。右肘を襲う電撃にさらされつつも、惚れ惚れする姿勢で弓を引く。
 
 だが。
 
 「タイム・オーバーだ。ファントムガール・ユリア」
 
 黒い隕石がユリアの両サイドに落ちる。轟音とともに、暗黒の渦が、凶悪な2体の巨大生物
に形を変えていく。
 
 「ハッッ!!」
 
 すかさず光の矢を放つ、武道少女。なんとかひとりでも倒そうという、願いを込めて・・・
 嘲笑う現実。信じられない光景。
 マッハをはるかに凌駕する速度で飛ぶ光矢は、放って1mの距離で、青銅の掌に掴まれてい
た。
 
 「メ・・・メフェレッッ!!!」
 
 驚愕に叫ぶ銀色の唇が、途中で動くことを止められる。
 魔人メフェレスに掴まれた嚆矢は、次の瞬間、少女戦士の脇腹を、右から左へ串刺してい
た。
 
 「あッ!!・・・ぐあ・あ・あ・・・・」
 
 「どうだ、自分の武器に貫かれる気分は?」
 
 右側で悪態をつく黄金のマスクに、ユリアが愛くるしい顔を向ける。その瞬間。
 
 ドシュドシュドシュドシュッッ!!!!
 
 大の字になったユリアの肢体が、血風を撒き散らす。天を仰ぐ柔らかな唇から、血の水鉄砲
が噴き出される。
 華奢な身体の両肩、そして太股の根元が、ヘドロにまみれた濃緑の触手に背後から貫かれ
ていた。
 
 「はあぐうぅぅッッ!!! あッッ・・・ぐああああああ・・・」
 
 「ユリアくん、君はここで死ぬのです。前回は逃がしましたが、今日こそ地獄に落ちてもらいま
すよ」
 
 醜悪なヘドロ状の皮膚に包まれた、タコの怪物が愉快げに宣言する。腐敗臭漂う吸盤つきの
触手は、ユリアの四肢を刺し貫き、少女戦士の戦闘力を完全に奪い取っていた。さらに残る四
本の触手が、幼い戦士を葬るべく、その華奢な肢体に迫ろうとしている。
 
 「ユ・・・ユリアッッ―――ッッッ!!!」
 
 絶望に打ちひしがれていた紫の戦士が、仲間の窮地に奮い立つ。崩れ折れた膝に力を込
め、再びファントムガールは立ちあがろうとする。だが、その耳元にピタリとくっつく魔豹の牙だ
らけの口。
 
 「さとみィィ〜〜、あんたは喚いてな♪」
 
 マヴェル必殺の破壊の調べが、脳にダイレクトに叩きこまれる。
 
 「うあああああああああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 超音波による震動で、肉体を構成する細胞が、原子レベルで崩壊していく。狂ったようにもが
き苦しむ守護天使。その銀色の皮膚に亀裂が入る。ただ表面上に切れているのではない、肉
体そのものが破壊されているのだ。身体中に入ったヒビからは、やがて鮮血とともに、聖少女
にわずかに残された光が噴き出ていく。
 
 “ああああッッッ・・・・・・がああああッッ・・・・・・か、勝て・・・・ない・・・・も、もう・・・・・・・・力
が・・・・・・・でな・・・・い・・・・・・・・”
 
 傷付いた聖天使二人に対して、悪鬼は四匹。
 しかも、里美の距離を取ろうとした作戦は、結果として最悪の状況を生んでいた。ファントム
ガールとユリアは離れ離れになり、それぞれの天敵が相手。加えて、1対2という数的不利。
 
 “・・・も・・・う・・・・・・・・勝ち目は・・・・・・・・・・”
 
 瞳から青い光が消える。
 耳元から破壊の歌を存分に聞かされ、肉体を破壊された紫の戦士は、度重なる責め苦の前
に、ついに失神してしまった。
 
 「あーっはっはっはっ! 正義の味方さ〜ん、これぐらいで寝れると思ったらぁ〜〜、あ・ま・
い・わよォ〜!」
 
 「ファントムガールは・・・・・・・・破壊する・・・・・・・」
 
 不気味な黒衣の魔女が、懐から紫の模様がついた人形を取り出す。一旦は呪い返しによ
り、逆襲を成功させたファントムガールだが、エネルギーを奪われ尽くした今は、そんな力はど
こにもない。文字通り、操り人形として魔女の思うがままになるしか、美しき少女には選択肢は
なかった。
 
 地面と平行に身体を傾け、そのままの姿勢で高く持ち上げられる人形。
 同じように、気絶した聖少女の肢体が、仰向けの体勢で天高くふわふわと舞いあがっていく。
脱力した長い手足と、金色のボサボサになった髪が、ダラリと重力に引っ張られ、垂れ下が
る。死んだように動かない銀の天使は、そのまま遥か上空、雲に届くのではないかと思われる
ほど、吊り上げられていく。
 
 「さぁ〜〜て、面白いこと、しちゃおっかなぁ〜〜♪」
 
 ある建造物に、悪の塊である女豹は視線を飛ばす。それはマンションであった。高さは巨大
化した自分の胸あたりまで、面積はベッドとして使うには、手足が収まらず、やや狭いぐらい
か。少し大きめの洗濯機、といった感じの直方体のビル。
 
 熊手と見紛うほどに凶悪に長い爪を持った両手を、マンションに向けて差し出すや、暗黒の
光線を発射する。爆発は、しなかった。代わりに黒い靄に包まれていく、直方体のマンション。
鮮やかなレンガ色が、腐敗したかのように黒く変色していく。
 優雅なラインを描くヒップを見せる女神が、上空で黒いビルの真上に移動させられる。痙攣す
らしない身体は、侵略者による処刑のプログラムが、着々と進んでいることを教えるようだ。
 
 魔女が人形を、真下に振り下ろす。
 芸術的なラインを誇る美少女戦士の肉体が、重力をはるかに凌駕するスピードで落下する。
 直方体のマンションに向かって。
 
 ベッッキイイイイイイッッッッッッ・・・!!!!
 
 「ッッッ!!!! ゴボボアアアアアッッッッ――――ッッッッッ!!!!」
 
 背骨を砕けんばかりに強打し、形のいい唇から粘着質な血塊が、大量に吐き出される。
 黒いビルは、ちょうどファントムガールの肩甲骨からお尻までを支え、そこより先は凄まじい
勢いで叩きつけられたために、逆方向に折り曲がってしまっていた。
 あまりに酷い、バックブリーカー。背骨折り。
 コの字を縦にしたような形で肢体を反らされた女神は、ビクビクと痙攣しながら血を吐き続け
る。
 
 「あははははは! おなかいたーーい、オモシロすぎるぅ〜〜! なんて惨めなのォ〜〜、こ
の女はぁ〜〜! ど〜〜う、さとみィィ〜? まいった、するぅ〜〜?」
 
 ガクリと逆さまに垂れ下がった美しいマスクを蹴り、憎き宿敵を嬲る魔豹。背骨の折れる強烈
な痛みに覚醒したファントムガールの口からは、溢れ出た血が顔全体を網の目状に汚してい
る。処刑台にさらされ、グッタリと脱力しきった身体で震えつつも、まだ銀の少女からは矜持は
失われていなかった。
 
 「はぐッッ・・・・・・はッ・・・・・・・あ・・・・あなたたち・・・・・に・・・は・・・・・負け・・・・・・ない・・・・・・・
わ・・・・・・・・・」
 
 「はい、二発めぇ〜〜!」
 
 ズボリ、という音を残し、折れ曲がった銀の肉体が、黒いビルから引き抜かれる。魔女は再
び人形を使い、ファントムガールを同じ高さに運んでいく。
 
 「今度はお腹がいいなぁ〜〜」
 
 マヴェルの楽しそうなリクエストに応えて、聖少女の肉体は、グルリと反転するや、下を向く格
好にさせられる。
 
 「あ・・・・・ああ・・・・・・うううぅぅ・・・・・・・・・」
 
 「あはは! なに、辛そうな顔してんのよォ〜〜! 正義の味方が敵にそんな顔みせちゃダメ
でしょォ〜〜! マリー、お仕置き♪」
 
 人形が急降下する。
 悪魔の力に囚われた銀の天使が、なすすべなく漆黒の巨大な杭に打ち込まれる。
 
 ドボオオオオオオッッッッッ・・・!!!!
 
 「ぐぶうううううううッッッッ―――ッッッ!!!!」
 
 先程とは逆に、海老のように丸まる守護天使。
 ブチブチッッミチミチィィッッ・・・という腹筋が裂ける悲鳴が響き、スレンダーな肢体の、どこに
これだけの血が、と思うほどの吐血が滝になって口を割って出る。積み重なったダメージで吹
っ飛びそうな意識と、失神すら許されぬ激痛のせいで、青い瞳が点滅を繰り返す。
 
 “あ・・・あああ・・・・な、内臓が・・・・潰れた・・・・・・・背骨が・・・・折れて・・・・・しま
う・・・・・・・・・・”
 
 黒いビルの上で、無様なまでに震えてしまう聖戦士。その姿は串刺された贄を彷彿とさせる。
 
 「このビルには闇のエネルギーを、た〜〜っぷりと注いだからねぇ〜。光の戦士さんにとって
は、凶器みたいなもんでしょォ〜〜? さ、まいった、するぅ〜〜?」
 
 美貌の戦士が悶絶する様を、ケラケラと笑って眺める豹の悪女。黒いビルが、何故巨大少
女の重みで崩れないのか、激しいダメージを与えるのか、種明かしをする。この世で一番憎い
女が、苦しみ悶えるのは、なににも勝る快感だった。
 すでに相当のダメージがある肉体を、さらに叩き潰される拷問にあっても、ファントムガール・
五十嵐里美は戦士であることを辞めようとはしなかった。
 
 「・・・・・わ・・・・私・・・・・・・は・・・・・・・・・ま、負け・・・・・・・な・・・・・・い・・・・・・・」
 
 「はい、3発目ぇ〜〜」
 
 腹部を突き刺す漆黒のマンションから引き抜かれた身体が、またも宙に浮んでいく。
 絶望感に満ちた哀しげな顔がゆっくり上がっていくのを、魔豹は涎が垂れそうに興奮した面
持ちで、ずっと見つめ続けた・・・・・・
 
 「どうだ、ユリア。いくら貴様が柔術を極めようと、この体勢からはどうにもできまい」
 
 「ハァッ、ハァッ、ああッッ・・・・うううッッッ・・・・」
 
 タコと異常な偏愛者のキメラ・ミュータント「クトル」の触手に四肢の根元を貫かれ、鮮血に染
まった黄色の戦士、ファントムガール・ユリアの小ぶりな乳房を、青銅の魔人メフェレスは、丹
念に撫で回していた。若い肉体は、弾力に富み、小さくても確かな手応えを掌に伝える。官能
のエネルギーの象徴ともいうべきピンク色の光で包んでやると、ウブな少女とは思えない激しさ
で、ユリアは感じまくった。
 
 クトルによる媚薬入りの精液を、膣内に濁流のごとく浴びてしまった少女は、その感度を強制
的にクライマックスにまで開発されてしまったのだ。反面、ろくな知識ももたない真面目な少女
は、そのかつてない感覚に翻弄され、屈辱と羞恥と罪悪感と、それら全てを上回る悦楽の海
に、精神を崩壊されかけていた。
 
 なだらかな丘陵の真ん中に、小豆のような突起が浮き出ている。悪虐の魔人は、時々この先
端をこねて、磔の少女が鳴くのを楽しんでいた。
 
 「ひゃぐううッッ!! ・・・・・ふひゃああッッ!! ・・・・や、やめて・・・・手を・・・手を離してくだ
さい・・・・・・・」
 
 ユリアの懇願を無視し、桃色の手が激しく突起をこねまわす。
 
 「うふへぇぇあああッッ!! ・・・・・・へぶッッ・・・・ふひゃあああッッ!! やめ、やめてぇぇ〜
〜〜ッッ!!! く、狂っちゃうぅぅ〜〜ッッ!!」
 
 ブンブンと、首が飛びそうにかぶりを振る黄色の天使。暴れるたびに傷口が開き、滴る血の
量が増す。
 
 「なにを言ってるんですか、これからが本番ですよ、ユリアくん」
 
 すっかり疼いてしまったユリアの股間から、ハチミツのような粘度を持った愛液がトロ〜〜リと
垂れ落ちる。それはメフェレスの愛撫が始まって以来、ずっと続いていた。さんざん濡れそぼっ
た少女の秘園に、残る四本の触手のうちのひとつが突き入れられる。
 
 ドシュウウウウッッッ!!! ブチュルッ、ブチュブチュブチュッ・・・
 
 熱い粘液を掻き乱す、淫靡な音楽。貫かれる衝撃に仰け反る聖なる少女が、銀色の首を見
せる。
 
 「うひゃあああッッ?!! ぐああああああああッッッ――――ッッッ!!! やめてッやめて
ッやめてッ!!! やめてくださいィィィッッ―――ッッッ!!!」
 
 クトルの触手、それは闇と官能のエネルギーにどっぷりと浸かった、ファントムガールにとっ
ては最悪の物質であった。8本の触手は、手であり、足であり、生殖器でもある。ある時は槍と
なって鋼鉄を貫き、ある時は吸盤からエネルギーを吸い取り、ある時は怪物の陰茎と化して媚
薬と毒の混じった精液を噴射する。硬軟自在、伸縮自由、腐敗臭漂う粘液は、人間が浴びれ
ば骨まで腐って溶解するか、常軌を逸した快楽に発狂死するかだ。
 そんな恐るべき悪魔の触手を、今、黄色の聖少女は、その幼い肉体で満身に受けようとして
いるのだ。
 
 「あたたかい・・・穢れを知らぬ美少女の膣内は、なんと温かいんでしょう・・・よく濡れているの
で、どこまでも入っていきそうです」
 
 ズブリュウッッ!! ブチャアッブジュルルルルッッズブブブ・・・・
 
 回転しながら襞の奥底へと進んでいく触手が、ユリアの排出した透明な液体を泡立てて、艶
かしい調べを奏でる。メフェレスによる嬲りで感度を全開にさせられた少女には、たまらない快
楽が、下腹部から全身に向かって駆け巡る。
 
 「あああああッッ――――ッッ!!! ・・・・・・なかにィッッ!! 中にいいィィッッ―――ッ
ッ!!! これ以上はやめてえええェェェ〜〜〜〜ッッッ!!!!」
 
 黄色の少女の嘆願を無視し、どんどんと秘裂の中へと触手は侵入していく。
 程なくして触手は、最深地へと到達し、そこで新たな動きを見せる。
 触手についた肌色の吸盤。無数についたそれらが、少女の聖なる洞窟の内部にピタリと吸
いついたのだ。
 次の瞬間、劣情に燃える下腹部の芯から、聖少女のエネルギーが容赦なく吸収される。
 
 ズギュリュリュリュリュッッ!! ズボボボボボッッッ!!!
 
 「ふへああああッッッ――――ッッッ!!! エ、エナジーがああああッッッ――――ッッ
ッ!!! こッ、こんなああッッ〜〜ッッ、こんなあああッッッ―――ッッッ!!!!」
 
 ビカビカッッと、銀の皮膚が数度発光したかと思うと、ユリアの胸の中央に輝くクリスタルが、
ゆっくりと点滅を開始する。
 しかし、クトルの責めは、まだ序盤に過ぎなかった。
 
 ユリアの膣内全てに埋まった醜悪な触手が、恐るべき速度で、ドリルのように回転する。
 
 ドギュッルルルルルリュリュリュッッッ!!!
 
 「うひいやあああああああッッッ――――ッッッ!!!! 狂っちゃうぅぅぅ〜〜〜ッッッ!!!
 狂っちゃいますううぅぅぅッッッ〜〜〜ッッッ!!!! もう許してえええぇぇぇッッ〜〜〜ッッ
ッ!!! 許してくださいいいィィィッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 壮絶な陵辱地獄に、戦士としての誇りを奪われたユリアが泣き叫ぶ。もはや正義と悪の闘い
ではない。高校一年の女子高生を、百戦錬磨の変態教師が、思うがままに貪っているだけだ。
 大の字の姿勢でよがり狂う黄色の少女に、仕上げの一撃が踊りかかる。
 
 「ユリアくん、最高の絞めつけ具合、そして悶えぶりです。こんなにもよがり、苦しんでくれて、
先生は幸せですよ! さあ、たっぷりと先生の放出を食らいなさい。君が私の奴隷である証拠
としてね」
 
 収縮運動と回転運動で、たっぷりと刺激された男根を兼ねる触手が、媚薬と毒液の混ざった
迸りを、ジェット噴射の勢いでユリアの奥深くにたたき込む。
 
 「いやあッッ、いやあッッ、いやあああああッッッ―――ッッッ!!! ふうぎゃああああああ
あッッッ―――――ッッッッ!!!!」
 
 ブバッシュウウウウウッッッ―――ッッッ!!!!
 
 聖少女のクレヴァスから、ロケットの噴射口並の激しさで、濃緑の液体が吐き出される。
 固定された少女の身体が弓なりに仰け反り、官能の怒竜に貫かれる間、哀れに痙攣し続け
る。
 やがてクトルの肉欲の放射を、一滴残らず注ぎ込まれた黄色の少女は、瞳の光を失って、ガ
クリと身を、貫く触手に預けた。
 開きっぱなしの口から溢れる涎と、開いた傷口から滴る血と、延々と涌き出る愛液と・・・様々
な体液を垂れ流して、ボチャボチャと生臭い音を、テレビの向こうの視聴者に伝える。
 
 全身を貫かれ、二匹の魔人に弄ばれた挙句、辱められて昇天した姿は、希望を託す人類
に、正邪の勝敗をわかりやすく教える。
 だが、淫欲の塊であるタコの怪物は、まだ満足していなかった。
 
 秘所に触手を突き入れたまま、6本目の触手をユリアの後ろの穴に突き刺す。
 太い触手の侵入に、ミチミチミチ・・・と狭穴が裂けていく。その壮烈な激痛は、白い世界に飛
んでしまった磔戦士の意識を戻すには、充分だった。
 
 「今度はこちらを楽しみますか」
 
 肉襞を荒したのと、同じ順番で少女のアナルが汚される。
 体内深くまで突き入れられ、エナジーを吸収され、回転によりたっぷり刺激を受けた末に、腐
敗した精液を腹が膨らむまで浴びる。メフェレスに双房を遊ばれ、前の穴も責められつつ、だ。
 ユリアは泣き叫んだ。懇願した。許しを乞うた。
 青銅の魔人とタコの怪物に嘲笑され、悶える様子を存分に楽しまれたうえで、先の失神を再
生するように、果てた。
 濃緑の粘液と、己の体液で濡れ光った少女に向かい、クトルは困ったように語りかける。
 
 「う〜〜ん、ユリアくん。もう限界なんですか? まだ私の触手は二本あるというのに」
 
 「起きろ、小娘」
 
 メフェレスが悦楽世界に溺死したユリアに、黒い破壊光線を浴びせる。突然の死滅の痛み
に、黄色い天使は無様な鳴き声をあげて蘇生する。
 
 「ふへあ・・・・あ・ああ・・・・・・も・・もう・・・・もう・・・・・・・」
 
 「いい顔ですねえ、その絶望の相は、可愛らしいあなたにピッタリですよ。あと二本の触手、ど
こに入れて欲しいですか?」
 
 「!! やめッ・・・やめてぇぇ・・・・・・・・もう・・・・・・許してくださいィィ・・・死んじゃいますうぅ
ぅ・・・・・・」
 
 「一本は口で決まりですね。もうひとつは・・・そうだ、その下腹部のクリスタル、どうやらあなた
たちファントムガールは、ひどく感じてしまうようで」
 
 「!!! いやッ、いやあああッッ!!!」
 
 「ユリア、貴様の胸は少々ボリュームが足りないようだな。すでに飽きたわ。こんな半端なも
のはいるまい、オレが破壊してやろう」
 
 「そんなッッ!! やめてぇッ、お願い、やめてくださいィィッッ!!!」
 
 「クトル、3つ数えたら一斉に全力で嬲るぞ。小娘がどんな狂態を見せるか、楽しみだ」
 
 「それは面白そうですね、メフェレスくん。発狂するか、悶死するか・・・そんなユリアくんの姿も
是非見てみたい」
 
 メフェレスの両手が、なだらかな少女の隆起を包む。触手のひとつが口に迫り、もうひとつが
下腹部のクリスタルに吸いつく。
 クライマックスに向けての準備が完了する。
 
 「や、やめ、やめてぇぇぇえッッ・・・・・・お願いですうぅぅッッ・・・・・・これ以上はやめてぇぇぇッ
ッ!!!」
 
 必死の形相で救いを乞うユリア。ファントムガールは涙を流せないが、それが泣き顔であるこ
とは明らかだった。今、変身を解けば、涙でグショグショになった西条ユリの顔が現れるだろ
う。
 ユリアの悲痛な叫びに至福を感じながら、青銅の悪鬼は天使昇天へのカウントダウンを始め
る。
 
 「3・・・2・・・・・・」
 
 「!!! 助けてえええッッッ―――ッッ!!! 里美さんッッ、助けてえええぇぇッッ―――ッ
ッッ!!! お姉ちゃああ――――んんッッッ!!!」
 
 「1・・・・・・・・・・・・・・0!」
 
 ピンク色の発光が闇夜を裂く。
 胃に到達する勢いで触手が口腔を貫き、子宮でもあるクリスタルに毒液が噴射される。前後
の穴を埋めた触手が、腹も裂けよと回転する。
 
 「!!!!ッッッ・・・んんんッッッッ―――――ッッッッッ!!!!!」
 
 淫辱にまみれた天使の、悲痛な絶叫が、灰色の大地に響き渡った。
 
 
 
 「ようやく目が覚めたかね」
 
 ズキズキと絞めつけるような痛みに頭を抱えた藤木七菜江は、傍らに立つ白衣の男性に視
線を飛ばす。
 ベッドから跳ね起きたとき、七菜江はそこがどこだか、理解できなかった。
 4つの簡易ベッドがあるだけで、無機質な灰色の壁にはなにも装飾品はない。記憶を遡っ
て、三星重工の支社ビルを訪れたことを思い出した少女は、ようやくそこが仮眠室であるらし
いという結論を導き出した。
 
 どれだけ眠っていたか、わからないが、身体がとても重い。恐らくマリーの呪術の後遺症だろ
う。表面的なダメージは、神崎ちゆりにつけられた太股の傷くらいだが、肉体に刻まれた疲れ
は、予想以上に積み重なっているらしい。
 
 立ちあがろうとして眩暈を覚えた少女は、弾力のあるベッドにそのまま腰掛ける。見上げる形
で白衣の中年男性に言う。
 
 「あの・・・あなたは・・・?」
 
 「有栖川邦彦だ」
 
 霧澤夕子の、父親。
 三星重工の研究室で、密かな実験を担当していると言われる機械工学の天才は、落ちつい
た口調で応えた。
 七三分けの、眼鏡をした真面目タイプを予想していた七菜江は、本物の意外な姿に多少驚
いていた。オールバックの髪型に、鋭い視線。痩せているが、その骨格からは強靭さが窺え
る。肌は褐色に焼け、男のダンディズムの臭いが、プンプンと薫ってくるようだ。機械は機械で
も、ハーレー・ダビッドソンをいじるのが似合いそうな感じ。
 夕子の顔立ちを思えば、父親の格好良さは寧ろ当然かもしれない。クールな雰囲気も、どう
やら父親譲りらしかった。
 
 「夕子を連れてきてくれたことには、礼をいわねばならんな。しかし、あの姿を公衆に晒したこ
とには、苦言を呈さねばなるまい」
 
 「ご、ごめんなさい」
 
 己の身体の半分が機械であることに、誰よりも不快感を持っていたのは夕子自身だ。彼女
のことを思えば、あの姿を混乱のなかといえ人目に晒したことは、反省すべきであるのは確か
だった。
 
 「もし、我々の研究が世間に知れたら大変なことになる。巨大生物が現れてくれたおかげで、
注目されなかったのは幸いだったが」
 
 淡々とした言い方に、ムッとすると同時に七菜江は悲しくなる。やはり、この人は研究第一の
ひとなんだ・・・。実験体として扱われた夕子を思うと、やりきれない気持ちが少女の心を重くす
る。
 七菜江の気持ちを暗くするのは、それだけではない。ミュータントが出現したことを、戦士でも
ある少女は知っていた。しかし、いくら人類を守るのがファントムガールの使命とはいえ、目の
前で死にかけている友達を放っておくことなどできない。薄れゆく意識の中で、なんとかここま
でやってきたが、夕子を届けてから、闘いに赴くまでの体力は残されていなかった。
 
 戦況はどうなっているのか、里美は、ユリは、闘っているのだろうか。気にならないわけはな
いが、今は夕子のことが先決だ。
 
 「あ、あの・・・夕子は大丈夫なんですか?」
 
 「君には関係ないことだ。いいか、今日のことは全て忘れるんだ。夕子という存在自体、忘れ
てしまいなさい。それなりの報酬は約束しよう」
 
 冷淡を通り越して、有栖川の言葉は冷酷に聞こえた。
 いまや夕子は、七菜江にとってかけがえのない存在のひとりになりつつある。二人はともに
死線をくぐっているのだ。有栖川は夕子を自分の“モノ”として見ているようだが、それを許すほ
ど七菜江は大人しくなかった。
 
 「関係ないって・・・あたしたち、友達ですよ! 忘れるなんて、絶対しません!」
 
 「夕子に友達など不要だ。帰りなさい。部外者をいつまでもここに置くわけにはいかん。すぐ
に出ていくんだ」
 
 「イヤです! 夕子がどうなったか、教えてくれるまでは帰りません! どうしても出てけって
言うなら・・・夕子の秘密を皆にバラしますよ!」
 
 必死の少女は、実際にはやるわけがない行動を、有栖川への脅しとして使った。
 こういう駆け引きは、純朴に育った七菜江としては最も苦手としていたが、白衣の研究者の
一向に引きそうにない態度の前に、やらざるを得なかったのだ。七菜江の言った言葉は、冷静
を装う男に、相当な威力を発揮しているはずだった。
 
 しばしの沈黙。その後の有栖川の行動は早かった。
 右手を懐にしのばせるや、次の瞬間には黒く光る鋼鉄の塊を、ベッドに座る少女の額に押し
当てていた。
 装填式の小型拳銃。
 その口径がピタリと己の額につけられるのを、上目遣いで七菜江は見ていた。
 
 「身元不明の死体がひとつ、ふたつ増えたところで、いまや大した騒ぎにもならん。巨大生物
のおかげでな」
 
 「・・・殺すんですか、あたしを」
 
 「学生の君にはわからんだろうが、大人になると、ひとの命よりも重要な秘密というのにでくわ
すようになる。大義のために地獄に落ちる覚悟はしているつもりだ」
 
 ゴリ・・・と冷たい鋼が少女の額をこする。
 汗ひとつ浮べずに、ショートカットの少女は、鷹を思わす鋭い視線を見つめている。
 
 「もう一度だけ、チャンスをやろう。夕子のことを忘れるか?」
 
 「・・・あたしは夕子の友達です」
 
 「そうか・・・」
 
 ググッッとトリガーにかける人差し指に、力が入っていく。
 ベッドに腰掛けたままの少女は、澄んだ視線を真っ直ぐに見据え、男を視界にとらえている。
 
 「・・・・・・・・・君、年はいくつだ?」
 
 「??・・・・・・・・・・17・・・・・」
 
 「・・・どういう人生を送ってきたのか、知らないが、死の覚悟はできているようだな」
 
 カチャリという音を残して、有栖川は黒い鉄の塊を再び懐にしまった。
 
 「殺さないんですか?」
 
 「君が夕子の友達というなら、あの子の秘密を漏らすわけがない」
 
 くるりと背中を向けた白衣の男性は、2,3歩進んで、少女から距離を取った。痩せているの
に広い背中を見せたまま、父であり、研究者である男は言った。
 
 「それは、あの子がいなくなったとしても、同じことだろう」
 
 「?!!!」
 
 淡々とした口調はそのままに、有栖川のセリフは、七菜江の心を激しく動揺させた。
 
 「そッッ・・・それはどういう・・・・・・」
 
 「夕子は、もう、助からない」
 
 再び向き直ったオールバックは、極力感情を押し殺した声で語る。
 
 「機械部分の修復は成功だ。切断された腕も、もぎ取られた足も、時間さえあれば元通りに
できる。だが、夕子の生身部分、つまり夕子自身の生命力が尽きようとしている。それはもは
や、外科手術などではどうしようもないほどに、だ」
 
 重い鈍器で殴られた衝撃が、したたかに七菜江の脳を揺らした。心臓が鷲掴まれたように痛
み、視界が暗闇に覆われていく。
 夕子が・・・死ぬ。
 まだ知り合って間がないのに、旧知の間柄であるように思っていた少女が、死んでしまう。間
もなく。
 クールで、冷静で、どこか突き放したようで、でも、ホントは情熱的な少女。孤独をふるまい、
その孤独から解放されたがっている少女。研究のために身体を失い、それを憎んでいるの
に、誰かのためになることをどこかで望んでいる少女。
 運命に翻弄される少女に、運命はまた、過酷な決断を下そうとしている。
 
 「そんな・・・ひどいよ・・・そんな・・・・・・・なんとかならないのッ?!」
 
 「どうしようもない。これが天罰というものだろう・・・・・・娘を道具にした、愚かな男へのね」
 
 再び有栖川の右手に収まった拳銃は、彼自身のこめかみへと照準を合わせていた。日に焼
けた精悍な顔は、神仏のように穏やかだった。
 
 「な、なにをッッ?!!」
 
 有栖川の瞳に浮んだ、先程とは比べ物にならないほどの真剣な光に、七菜江はうろたえる。
 
 「止めないで欲しい。あの子が死んだら、私も後を追う」
 
 「なんでッ?! そんなことしても、意味ないじゃんッ!!」
 
 「私は、あの子を生かせるために、生きている。夕子が死ねば、私が生きる意味はない」
 
 相変わらず淡々とした男の声。しかし、そこに娘と似たような、熱い感情を七菜江は感じずに
はいられない。
 
 「少し、想い出話を聞いてくれるか」
 
 ダンディズムを絵に描いたような男は、こめかみに銃をつきつけたまま、静かに語る。
 
 「あの子があの事故にあった時・・・私は核が使えないこの国の、軍事的な切り札として、期
待されている機械兵士の研究に毎日追われていた。大学病院の集中治療室の中で、あの子
に会ったのは2ヵ月ぶりだ。トラックに跳ねられた彼女は、皮膚の大部分が剥がれ、右腕と左
足を完全に失っていた。医師からは見捨てられ、あとは静かな死を待つばかりの状態だった。
この年で・・・泣いたよ。君らぐらいの年代の子には、信じられないかもしれないが、父親という
のはいくつになっても娘がカワイイものだ。たとえ、毎日会えなくてもね」
 
 七菜江は横に首を振る。そのたびに、ショートカットが柔らかく揺れた。その動きは「信じられ
るよ」という意味だ。
 
 「あの子の手を握ったとき、彼女は握り返してきた。死の淵をさ迷う身体で。私はそれを、彼
女の生きる意志だと解釈した。半分機械になった肉体を悲しみ、実験体として利用した私を恨
むことはわかっていた。それでも私は彼女に生きて欲しかった。研究中だった機械の身体を彼
女に与えることで、夕子は生き返った。思った通り、あの子は私を恨んでいたが、それでも良
かった。たとえ、実験体としてでも、あの子が生きてくれるなら、私は悪魔と蔑まれても構わな
い。・・・そして、あの子が苦しみながら生き続ける限り、私も生きることを決意したのだ」
 
 ひとりの父親の独白は、七菜江の心を強く捕えた。
 夕子を生かすためには、父は恨まれるしかなかったのだ。
 一方で、父を恨む夕子の気持ちを、責めることはできない。夕子にすれば、それは当たり前
の感情かもしれない。
 夕子を機械人間として蘇らせる、その決断が正しかったかどうかは誰にもわからない。ただ、
その運命が襲った父と娘に、今、ひとつの終末が迫ろうとしている。
 
 「有栖川博士・・・・・・」
 
 青い制服の少女が立ち上がる。ある決意に燃えた揺らめきが、その純粋な瞳に立ち昇る。
 
 「夕子に恨まれるのは、辛かったですか?」
 
 突然の質問は、白衣の男には予想外のものだった。
 少女の意図がなにかわからぬまま、男は正直な気持ちを打ち明ける。
 
 「辛かった。しかし、覚悟はできていたので、耐えられたよ」
 
 「・・・今度はその辛さ、あたしが半分、背負います」
 
 言うなり少女は、青いプリーツスカートの中に自分の右手を突っ込んだ。
 呆気に取られる男の前で、七菜江は顔を歪めながら、スカートの内部で手を動かす。やがて
届いてくるゴボゴボという音。あるモノを、少女が体内から抜き出そうとしていることに、有栖川
は気付いた。
 里美の眼を盗んで持ってきたそのモノは、ひとつの生命体にひとつしか合体しない。その特
性を生かして、七菜江は己の子宮内に、もうひとつのそのモノを、隠し持ってきたのだ。
 
 ズボリ・・・・・・・
 粘着質な音が響き、真っ赤な顔をした少女が、スカートの中からあるモノを取り出す。それは
白く、卵大の大きさで、表面にはびっしりと襞のようなものが蠢いている。
 
 「――!! こ、これはッッ?!!」
 
 「『エデン』・・・これを使って、夕子を生き返らせてください――」
 
 
 
 ボギイイイイイィィィィッッッッ・・・・・・・
 
 “せ・・・背骨がッッ・・・・・・お、折れた・・・・・・”
 
 ゴフッという重い咳とともに、黒い血塊がファントムガールの口から転がり出る。聡明さ漂う少
女の美貌は、幾度となく吐き出された血により、紅色に塗られていた。
 
 凶器と化したビルへの叩きつけは、繰り返し繰り返し、輪廻のごとく続けられていた。空中高
く上げられては、叩きつけられ、また上げられては叩きつけられ・・・・・・そのたびに里美の呻き
と魔豹の嘲笑が轟く。
 ファントムガールの肋骨は、その全てが粉砕されてしまっていた。構わず続く落下に、折れた
骨が肺にいくつか突き刺さっている。胃や腎臓は破裂しているかもしれない。修行で鍛えた筋
肉はあちこち断裂し、最後まで頑張っていた背骨も、ついに折られてしまった。
 トランスフォームを解けば、五十嵐里美の負傷は肋骨のヒビくらいで済んでるかもしれない。
ファントムガールでのダメージは何十分の一かに軽減されるからだ。だが、この姿でいる以
上、そのダメージはそのまま少女戦士に伝わる。
 
 “私のダメージ・・・敵の戦力・・・相性・・・どこをどうとっても・・・・・・勝てない・・・・・・”
 
 蛇の魔獣「サーペント」との闘いで、弱い部分を露呈してしまった里美は、もう二度と、弱音は
吐かないと誓っていた。ファントムガールの事実上のリーダーである里美の影響は大きい。里
美の動揺は、ナナやユリアにも伝わってしまうからだ。
 だが、いくら強気にあろうとしても、圧倒的な戦力差の前に、美しきくノ一の心は挫けそうにな
っていた。冷静に戦況を判断できる女神のコンピューターは、この闘いでの勝率が1%に満た
ないことを悟ってしまっていた。
 
 「そろそろ時間が迫ってきたねぇ〜〜。ファントムガールちゃん、処刑ターイムよォ〜♪」
 
 長方形のビルの上で、仰向けに震える守護天使に、豹の悪女マヴェルが声をかける。手足
と首をダラリとさげ、粉砕された全身の痛みに翻弄される銀の少女からは、返答はない。魔法
陣により皮膚は焼け爛れ、漆黒のビルへの落下であちこちが血で滲んでいる。正義を象徴す
る銀の肌も、鮮やかな金の混ざった茶髪も、輝きを失って汚れている。
 肉が杭から抜かれる音がして、ボロボロの天使が無理矢理立たされる。
 呪い人形と同じように動く少女戦士を、魔術師マリーは十字架刑に処したように、両手をピン
と伸ばして広げた。
 胸のエナジー・クリスタルがヴィーン・・・ヴィーン・・・と弱々しく鳴り続ける。鳴りっぱなしのエ
ネルギー貯蓄庫は、その残量がごくわずかであることを教えてくれていた。
 虚ろな意識の中で、ファントムガールの視界にユリアの姿が映る。
 2体の魔人に後ろでまとめた髪をひとつづつ握られ、5km先から引き摺られてきた細身の戦
士は、うつ伏せのままピクリとも動かない。彼方から伸びている引き摺った跡は、濃緑の粘液
と、噴き出る鮮血と、股間から溢れる少女の愛液とで、毒々しいマーブル模様を描いている。
いかなる陵辱と惨劇が繰り広げられたかは、その跡を見れば窺い知れた。
 
 「ユ・・・・・・リ・・・・・・・ア・・・・・・・・・・・・」
 
 “ごめんなさい・・・・・・・・私の・・・私のせいで・・・・・・・・こんな闘いに私が誘わなけれ
ば・・・・・・・・・許して・・・・・・・・”
 
 「ワハハハハハ! これが我らの実力だ! 無能な人類よ、現実をちゃんと見ているか?!
 貴様らの希望とやらは、このメフェレスが本気になれば、所詮敵ではない! この哀れな姿
をよーーく焼きつけておくんだな!」
 
 高らかに哄笑する黄金のマスク。三日月に笑う仮面から溢れる笑い声は、いつまでも夜のベ
ッドタウンに鳴り響く。
 十字架で血に染まったファントムガールも、濃緑の粘液の海に沈んだユリアも、ピクリとも動
かずに悪魔の嘲笑を浴びるのみ。
 
 “こ・・・こんな時に・・・・・・・・・・何故あの時のことが・・・・・・・?”
 
 人は死を迎える時に、走馬灯のように過去を思い出すというが・・・これがそうなのだろうか?
 過去の中で、里美は道場にいた。目の前には、道着を着ても厚い胸板を隠しきれない、圧倒
的な質量を持つ男。
 あの当時、姉弟であることを隠しながら、幼馴染としての関係を続けていた二人は、誰にも内
緒で、時々組み手をやることがあった。幼いころは里美の方が強かったのに、いつのまにか立
場は逆転し、今では男は右手右足を使わないというハンデをつけての組み手であった。
 
 「惜しかったな」
 
 足を掬われて転倒したところに、工藤吼介の左拳が飛んできた。ヒット寸前で止められた巨
大な拳を、里美はじっと見つめる。
 
 「そう・・・かな。最近はハンデつきでも、全然勝てなくなったわ」
 
 ふうッ・・・と息をつき、開いた拳に掴まって、身体を起こす。目の前には良く見知った、男臭い
顔が苦笑を浮かべていた。
 
 「里美のいいところは、冷静に戦力分析できるとこなんだが・・・それって欠点でもあるよな」
 
 「どういうこと?」
 
 「う〜〜ん、諦めが早いっていうか・・・オレとやるときでも、最初から負けるって思ってるだ
ろ。そりゃ確かに差はあると思うけどさ、ほんのちょっぴりでも勝つ可能性があったら、全力を
ぶつけるべきだぜ。それは試合でも・・・恋愛でも一緒だと思う」
 
 じっと真っ直ぐに見つめる男の視線に、緊張した色が走る。ごくりと鳴る喉。握り合った手が、
やけに熱い。
 運動したせいではない、芯から湧きあがる熱に、里美の白桃の頬も上気していく。
 
 「オレは勝てそうにないと思った恋でも・・・・・・全力をぶつけてるぜ」
 
 その日、幼馴染のふたりは、初めて唇を重ねた。
 
 “わかってるよ、吼介・・・・・・・・・・でも・・・もう身体が動かないの・・・”
 
 甘酸っぱい過去に遡っていた里美を、冷酷な現実が呼び戻す。
 四体の悪鬼が待ち受ける、処刑の時間。
 迫りくる死の予感に、悲痛な天使は足掻くことをやめ、じっとその瞬間を待ち受ける。
 
 「順番からいけば、ファントムガールが先か。時間切れのような、楽な死に方はさせんぞ、五
十嵐里美」
 
 十字架の周囲を悪鬼四体が囲む。四つの方向に分かれ、トドメを刺すための陣形が確実に
整えられていく。正面にメフェレス、背後にマヴェル、右にマリー、左にクトル。天使抹殺の包囲
網が完成し、トドメに備えて闇の魔力が高まっていく。
 
 「ククク・・・さらばだ、ファントムガール。人類の絶望とともに、死ね」
 
 ゴオオオオオオッッッッ!!!
 
 突風が渦巻く。
 それは悪魔たちには予想もしなかった出来事。なにが起きたか、理解できない青銅の魔人
の前に、粘液まみれの黄色の少女が現れる。
 
 「なッッ?!! ユリア、なぜ貴様がッッ?!!」
 
 驚愕するメフェレスの、無防備な手首を武道少女は掴む。電流が走ったかと思うと、三日月
に笑う悪の根源は、一回転して頭頂の角から地面に激突していた。
 
 「ぶげえええええええッッッ!!!」
 
 「ファントムガール、まだ・・・まだですッッ!! まだ終わっていませんッッ!! いま、助けま
すからッッ!!」
 
 「ユリア、後ろォォッッ――ッッ!!」
 
 言われずとも、達人レベルの少女は、背後から迫る醜悪な気配を感じ取っていた。
 
 「気砲ッッ!!!」
 
 8本の触手を踊らせて殺到したタコの魔獣を、気の力で吹き飛ばすユリア。関節はなくとも、
気に対抗する手段を持たないクトルは、巨体に合わぬ軽々しさで宙を舞い、高層マンションの
ひとつに激突して瓦礫に埋まっていく。
 凄惨な陵辱に晒され、精神の崩壊寸前まで嬲られたユリアではあったが、そのエネルギーは
尽きたわけではなかった。一瞬の逆転のチャンスを待ち、ファントムガールを救出するタイミン
グを見計らっていたのだ。
 
 「小鳥ちゃんッッ、生意気なことするんじゃないよッッ!!」
 
 豹の敏捷性を持ったマヴェルが、一気に距離を縮めて黄色の天使を襲う。頭に血が昇った
悪女は、作戦ミスを犯していた。
 
 「想気流柔術奥義・・・・・・・・青嵐ッッ!!」
 
 至近距離での格闘なら、いかに凶悪な爪をマヴェルが持とうと、天才柔術家・ユリアの敵では
ない。
 飛びかかった豹柄の肉体が、そのまま空中でユリアに回される。曲芸師がお手玉をしている
かのような、鮮やかな手捌き。空中で前宙返りをイヤというほどされ、充分に加速をつけた豹
の頭を、そのままスレンダーな少女はコンクリートの大地に叩きつける。
 
 「ぶぎゃあああああッッッ!!!」
 
 アスファルトの破片が舞う。脳を揺らす衝撃に、牙の揃った豹の口から、涎と血が吐き出され
る。
 デスマスクをつけた黒衣の魔女が、懐から新たな人形を取り出す。黄色の模様が入った、細
身の人形。
 その作業をしようとするには、遅かった。
 
 「スペシウム光線!!」
 
 十字に組んだ、ユリアの腕。白光が迸り、聖なる光線が黄色の人形を爆発させる。
 
 「・・・・・・!!」
 
 光線の威力で、魔女が手にしていたもうひとつの人形が、弾き飛ばされる。空に投げ出され
る、紫模様の人形。続けざまに放った白い光線は、呪いの人形を、光の力で消滅させる。
 
 十字架に架けられていた美しき戦士の肢体が、拘束を失って、前のめりに崩れる。
 
 「ファントムガール!!」
 
 戒めの解かれた仲間の元へ、黄色の聖少女が駆け寄る。
 
 ドボオオオオオオオオッッッッ!!!!
 
 「・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・・」
 
 「小娘がッッ!! ・・・・・・・調子に乗りやがって・・・」
 
 細身の胴の中央。そこに生えた、太く長い刀身を、ユリアは哀しげな瞳で見つめた。
 次の瞬間、大量の血が噴火する。
 悪鬼メフェレスの魔剣は、華奢な少女戦士の肉体を中央で刺し貫いていた。
 
 「吸いとってやろう、その血を!!」
 
 ゴキュル・・・ゴキュル・・・ゴキュル・・・
 青銅の魔剣が残酷な音を立てる。ユリアの聖なる血が、悪魔の刀に吸われているのだ。
 
 「ア・・・アア・・・アアア・・・・・・・・ア・・・ア・・・ア・・・・・・」
 
 夢遊病者のように、虚空を睨んだ哀れな少女が、喘ぎをもらす。
 
 「クソがあッッッ!! マヴェルを傷付けて、無事で済むと思うなよッッ!!」
 
 這いつくばっていた魔豹が、憤怒に燃えて蘇生する。
 凶悪な青い爪が光るや、刀に貫かれ動けぬ黄色の少女を、メチャクチャに切り刻む。
 
 グサッブシュッビリイッッザクザクザクッバシュウッッビリビリビリッッ・・・
 
 ユリアの身体の前面が、緋色に染まっていく。朱色が二本、ユリアの可愛らしい唇の端を垂
れる。
 
 「マリー、やれ」
 
 片手で魔剣を振るう魔人。その勢いで、高々と血と粘液にまみれた少女戦士の身体が放り
出される。
 
 己の魔術を邪魔された黒魔術師は、苛立ちを覚えていた。
 呪文を詠唱する。黒い靄がたちこめるや、みるみるうちにそれは巨大な手になった。
 落下するユリアの肉体を、悪魔の巨大なふたつの手が、握り締める。
 両腕と首だけを外に出し、華奢な肢体を自分の身体以上の大きさの両手に掴まれたユリア。
 マリーが念を込める。
 ユリアを掴んだ悪魔の手が、無遠慮にその中身を握り潰す。
 
 ベキベキベキイイッッッ!!! ブチイッ、グチャアッ、ブシャアアッッ!!
 
 「うぎゃあああああああああッッッ―――――ッッッ!!!!!」
 
 聞くに耐えない、破壊音と絶叫。
 それでも圧搾し続ける巨大な手から、ボトボトとユリアの血が零れ落ちていく。
 
 「ユリアッッ――ッッ!!! ユリアッッ、ユリアッッ―――ッッッ!!!」
 
 仲間を襲うあまりの仕打ちに、ファントムガールは咆哮する。
 しかし、長い拷問を受けた肉体は、ブルブルと震えるばかりで動いてくれない。
 
 ゆっくりと悪魔の両手が開いていく。
 中には、胸から下を血で染め、優雅な曲線を崩した、武道少女の肉体。
 もう、充分にユリアは仕打ちを受けた。誰もがそう思う。しかし、魔術に魅入られた、魔女だけ
はそう思わなかった。
 巨大な両手で包み込み、ふたつの親指を、胸の丘陵につける。
 壮絶な激痛にピクピクと悶絶する黄色の少女の、幼い胸を、グウリグウリとこね回しながら、
強烈に押し潰していく。
 
 ベキッ、バキバキバキバキッッ!!! ゴキイッ、ボキボキッッ!!
 
 「いやあああああああッッッ――――ッッッ!!!! ぐああああああッッッ―――――ッッ
ッ!!!!」
 
 巨大な手から逃れようとするユリア。ムダだった。肋骨を粉砕され、内臓に叩きこまれていく
拷問に、少女は血を撒き散らして泣き叫んだ。苦悶に救いを求める腕が天に差し向けられて
も、誰も助ける者などいない。
 
 「ユリアッッ―――ッッ!!! もうやめてぇぇッッ―――ッッ!!! ユリアが死んでしまうッ
ッッ!!!」
 
 ガクガクと震える膝を伸ばし、必死で立ち上がるファントムガール。彼女の切ない願いは、悪
魔どもにとっては、心地良いBGMだ。
 
 「マリーよ、ユリアくんは私の獲物です。トドメは任せてもらいましょう」
 
 血祭りにあげられた少女戦士を、無造作に巨大な手は投げ捨てる。
 待っていたクトルの触手が、両手足を捕らえるや、大の字に固定し、天高く掲げる。残った触
手は、口腔へ、秘裂へ、肛門へ・・・そして最後の一本は、あろうことかメフェレスが貫いた、傷
口へと入っていく。
 
 ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!
 
 ピクン・・・ピクン・・・ピクン・・・・・・
 断末魔に震える黄色の天使。瞳の青も、水晶体の青も、消え入りそうに薄く、エナジー・クリ
スタルの点滅音は、鳴っているかどうか、微妙なほどにか細い。
 
 「快楽と激痛の海に・・・溺れなさい」
 
 体内に潜入した四本の触手から、大量の濃緑の粘液が発射される。
 
 「!!! んああああああああああッッッ――――ッッッ!!!!!」
 
 ゴボゴボゴボゴボ・・・・・
 穴という穴に、媚薬と毒液の作用を持つ腐敗液が注入される。
 一声高く絶叫したユリアの身体は、叫び終わると同時に弛緩し、ズルリと触手から抜け落ち
て、地面に激突する。
 ベチャッ・・・という落下音。
 目から、耳から、鼻から、口から、秘所から、菊門から、傷口から・・・ありとあらゆる穴から、
濃緑の魔液を垂れ流した武道少女は、もはや、ピクリとも動かなくなっていた。
 
 「いやああああッッッ―――ッッッ!!!!! ユリアああああッッッ―――ッッ
ッ!!!!!」
 
 ファントムガールの無情な叫びがこだまする。
 目の前で、仲間を・・・ユリアを惨殺されてしまった。
 己の無力が、弱い心が、憎い。決死の思いでユリアは戒めを解いてくれたのに、その気持ち
に応えることができなかったのだ。
 
 “ユリアは・・・・・ユリちゃんは、わずかな可能性に賭けて、闘ったのよ・・・・・それなのに、私
は・・・・・・私は・・・・・・・・・・・・”
 
 恐らく里美を責めるものなど、誰ひとりとしていないだろう。
 気力だとか、根性だとか、そんなものが通用するレベルではないまでに、里美は傷付いてい
た。ユリアを助けることなど、最初からできるわけはなかった。
 それでも里美は自分自身を叱責した。許せなかった。
 諦めていた自分が、悔しかった。
 
 「ウオオオオオオオオッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 琴の声が、吼える。里美らしからぬ、野獣の咆哮。
 勝利の可能性など、1%も見えなかった。だが、里美は闘う。自分より幼い少女が見せてくれ
た、ガムシャラな姿に応えるために。
 
 「ファントム・クラブ!!」
 
 全エネルギーを両手に集中させる。枯れ尽くしたと思われた聖なる力は、まだ美しき戦士に
奇跡を与えた。白銀の棍棒が、しなやかな指先に出現する。
 
 「なにイッッ?!! こいつ、まだこんな力がッ?!!」
 
 もつれる足で駆けつける。狙いは、青銅の悪魔、ただひとり。
 
 “メフェレスッッ!!・・・・・あなただけは・・・・・私が刺し違えても、倒すッッ!!”
 
 残された最後のエネルギーを振り絞り、渾身の力でクラブを振るファントムガール。
 
 「ククク・・・・アハハ、ワハハハハハハ!」
 
 三日月の哄笑が、夏の夜に響き渡る。
 白銀の棍棒は、止まっていた。
 
 「・・・メフェレ・・・ス・・・・・・あなたって・・・・・ひと・・・は・・・・・・」
 
 「フワハハハハ! どうした、ファントムガール? オレを倒す最後のチャンス、みすみす逃し
ていいのか?!」
 
 ファントムガール・里美に、棍棒を振ることができるはずはなかった。
 青銅の悪魔が差し出した盾。それは粘液まみれの、ファントムガール・ユリアだった。ボロボ
ロになった黄色の少女を盾にすいることで、青銅の悪魔は銀の女神の攻撃を止めていた。
 
 「ほら、ユリアもろとも、オレを砕くがいい。ほれ、どうした?」
 
 「・・・・・ひきょう・・・もの・・・・・・・・・卑怯者ッッ―――ッッ!!」
 
 ドシュウウウウウウウッッッ!!!
 
 ビデオを見るように、ユリアと同じく、魔剣に貫かれる、ファントムガール。
 
 「ガフウッッ!! ・・・・・・ゴボ・・・ゴホッ・・・ゴホッ・・・・ア・・・アア・・・」
 
 ガラン・・・とクラブが地に落ちるや、掻き消すように消滅する。ドクドクと流れ落ちる、鮮血。
剣を引きぬかれた守護天使は、もはや、一歩たりとも動くことはできなかった。
 
 「ワハハハハハハ! 順番こそユリアの後になったが、今度こそ最後だ、ファントムガー
ル!」
 
 ヴィーン・・・・・・・・・ヴィーン・・・・・・・・・・・
 ダラリと両手を垂らし、たち尽くす美しき女神。胸の水晶体が、ゆっくりと、鳴る。
 
 正面にメフェレス、背後にマヴェル、右にマリー、左にクトル。先と同じフォーメーション。どう
やらメフェレスは、ファントムガール処刑専用の隊形を考えてきたようだった。
 
 「ウワハハハハ! 貴様の負けだッ――ッ、ファントムガールッ!!」
 
 メフェレスが黒い破壊光線を、エナジー・クリスタルに照射する。
 マヴェルが破壊の超音波を、背中に直撃する。
 マリーが魔法陣から放った地獄の業火で、銀の皮膚を焼く。
 クトルが8本の触手から、濃緑の魔液を噴射する。
 四体の悪魔、それぞれの必殺技が、中央の瀕死の女神に食らわせる。四方向からの破壊
に、ファントムガールは倒れることすら許されず、煉獄の苦痛に悶絶する。
 
 「きゃあああああああああああッッッッ―――――ッッッッ!!!!」
 
 背中が破裂し、皮膚が焼け溶ける。毒により、煙があがり、美しき肢体が破壊されていく。そ
して、ついに胸の水晶体に、亀裂が入る・・・
 
 ピシイッッ・・・
 
 ヴィ・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・・・ヴィ・・・・・・・・・・・・・
 
 “・・・・・・・も・・・・・・・う・・・・・・・ダ・・・・・・・メ・・・・・・・・・・・”
 
 里美の意識が闇に飲み込まれていく。
 正義の戦士、ファントムガールの最後。悪鬼にいいように蹂躙され、無惨な最後を遂げようと
する、守護天使。
 だが―――
 
 ドズウウウウンンン・・・・・
 
 何者かが体当たりをかまし、十字の中央で死滅しかけた銀の戦士を弾き飛ばす。
 皮膚は爛れビリビリに裂け、濃緑の液体にまみれて、血に染まった少女戦士が大地に倒れ
る。その瞬間、光の粒子と化した正義の使者は、巨大な姿を処刑の大地から消していた。
 
 「・・・まったく・・・・・・貴様ら、光の戦士とやらは・・・・・・・どこまでしぶといのだッッッ!!!」
 
 奇怪な笑みを浮かべた黄金のマスクの下で、驚愕していた瞳は、やがて憤怒に燃える。メフ
ェレスの怒号は、達成しかけた計画を邪魔した、眼前の巨大な影に向けられた。
 ガクガクと震える細身の身体。陵辱を示す濃緑と、圧搾を示す深紅とで、元の銀と黄色がわ
からぬほど、汚れきった皮膚。あちこちがほつれ、水分を失ったかのような、緑の髪。
 
 悪鬼どもの猛攻に散ったはずの、ファントムガール・ユリアが、蹂躙され尽くしたその肉体を
支え、紫の女神の代わりにミュータントたちの中央に立っている。
 それは奇跡であった。ユリアの肉体はとうに崩壊し、精神も敗北している。それでも少女は、
里美を助けたい、ただその一心で、立ち上がってきたのだ。
 しかし、奇跡はそこまでだった。
 
 「とっくに力は尽きているはずなのに・・・・・・どうやら、貴様らには、不思議な底力のようなも
のがあるようだ。だが」
 
 魔豹と黒衣の魔女の姿が霞みとなって消えていく。すでに彼女たちが登場して、1時間ほど
が経っていた。取り返しのつかない事態に陥る前に、自らの変身を解いたのだ。そして、もうひ
とつ、変身している意味も、もはやなかった。
 
 「このオレ様の計画を邪魔した罪、償ってもらうぞ、ファントムガール・ユリア」
 
 淡々とした口調とは裏腹に、凄まじい勢いと量で発射された闇の暗黒光線が、ユリアの全身
を撃つ。
 光にとって対極の闇の光線は、ファントムガールを死滅させる最悪の技。悪の権化・メフェレ
スが放つ光線は、高密度の闇で、瀕死のユリアを朽ち滅ぼしていく。
 
 「うわあああああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 皮膚がズブズブと溶解していく。黒い炎に包まれ、全身から真っ黒な煙を立ち昇らせるユリ
ア。骨が崩れ、細胞が腐り、内臓器官が滅んでいく。
 かすかに鳴っているエナジー・クリスタルの点滅音が、死が近付くたびに遅くなっていく。
 
 ヴィ・・・・・・・ン・・・・・・・ヴィ・・・・・・・・ン・・・・・・・・・・・
 
 グラアアアア・・・・・・・
 
 死滅していく肉体を硬直させたユリアが、そのままの姿勢で前方に倒れていく。
 大地には、激突しなかった。
 クトルの触手が華奢な肢体に絡まり、少女を楽にはさせなかった。
 
 「ユリアくん、君には存分に楽しませてもらいました。さあ、死の瞬間に・・・・・・・震えなさい」
 
 一本の触手が、がんじがらめに捕らわれた聖戦士の胸の中央、エナジー・クリスタルに吸い
つく。
 蛍の灯火のようにかすかに揺れる命の炎を、タコの怪物は思いきり吸い上げた。
 
 ゴキュウウウッッッ!!!
 
 「はひゅううううッッッ―――ッッッ?!!」
 
 満足に残っているわけがないユリアのエナジーを、容赦なくクトルは吸収する。触手の内部を
大きな玉が通るように、膨らんでいく。蛇がネズミを飲み込むように、巨大なエネルギーを、嚥
下していく魔の触手。
 
 ゴキュウウッッッ!!! ゴキュウウッッ!!! ゴキュウウッッ!!!
 
 「ふへあッッ・・・・・・・あッッ・・・・・・・・・ああ・・・・・・・・・ぁぁぁ・・・・・」
 
 ヴィ・・・・・・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・・・ヴィ・・・・・・・・・・・・・
 
 大きくふくらんでいた触手が、やがて膨らみが小さくなっていく。そしてついに、ジュースを飲
むように、エナジーを吸収する音はジュルジュルという響きに変わっていった。
 
 「あ・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・」
 
 ヴィ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 「クトル、残りのエネルギー、全て吸い取ってやれ」
 
 ゴキュウウウッッッ!!!!
 
 「あッ!!!」
 
 身体の隅々から集められた光のエナジーを、一気に吸い尽くされ、ビクンッッと大きく仰け反
るユリア。
 
 ヴィンッッ!!!
 胸の水晶体が、消える。
 
 「とどめだッ、死ねイッッ、ファントムガール・ユリアッッッ!!!」
 
 全ての力を失い、触手に絡め取られた少女戦士に、青銅の魔人が突進する。
 青銅の刀が鳩尾から背中へ抜け、それと同時に闇のエネルギーが、爆流となって天使の骸
に叩き込まれる。
 
 「きゃああああああああ―――ッッッ・・・・・・・・・・・」
 
 死に絶えたはずの少女が、闇に食われる極限の苦痛に、糸引く絶叫をあげる。
 そして、あとには、全ての光を失い、悲しみと苦痛に可愛らしい顔をゆがませ、脱力した肢体
を刀にぶら下げた、黄色の少女の亡骸だけが残った。
 
 「ワハハハハハ! まずは一匹! 見よ、これがファントムガールどもの末路だ!」
 
 高々と刀が掲げられ、ボロ雑巾と化したユリアの死体が満天下に晒される。
 哀れな少女に浴びせられるのは、心底愉快そうな、悪鬼の笑い声だけであった。
 
 
 
 その後、抹殺の余韻に酔ったメフェレスが消えたあと、変身時間が残ったクトルによって、冷
たくなったユリアはオモチャとなって死姦された。最も大事な秘所で、アナルで、口で、それぞれ
2回づつ。敗北者の証明として、タコの熱い迸りを満身に浴び、汚された被虐の天使は、ファン
トムガール・五十嵐里美が叩きつけられていた、漆黒のビルに仰向けに放置された。
 黒ずみ、穴だらけにされ、濃緑の汚液に埋め尽くされたユリアの骸は、正義敗北の象徴とな
った。
 
 
 
 「いたぞ、あそこだ」
 
 「よし、早く、保護するんだ」
 
 ファントムガールの正体はバックについている政府にも、秘密にされていたが、激闘後の彼
女たちを保護するための特殊部隊に対しては、最低限必要な情報だけが与えられていた。
 五十嵐里美という名こそ教えてもらっていないが、その憂いを帯びた美しい少女が、ファント
ムガールの正体であることは知っていた。
 
 トランスフォームを解いたあとの肉体は、ダメージがなければある程度思う場所に移動するこ
とができた。距離も比較的遠くまでいける。逆に、激しいダメージを受けたあとは、距離も短く、
どこに現れるかのコントロールはできない。
 ユリアに助けられた里美の身体は、ファントムガールが消えた位置から、ほとんど変わらない
場所にあった。そのことが、彼女に刻まれた負傷の深さを雄弁に語る。
 
 自衛隊の特殊部隊にあってもエリート中のエリートたちは、五人で行動し、ビリビリに破れた
青いセーラー服に身を包んだ美少女を回収しようとする。
 
 風が唸る。
 
 5人の保護部隊員は、己の動きにどこか違和感があることに気付いた。
 その原因を悟ったとき、彼らの意識は暗い闇へと飲み込まれ、二度と戻ることはなかった。
 キレイに切断された5つの首は、バランスを崩して胴体が転倒すると、赤い切断面を見せて、
コロコロとアスファルトを転がった。
 
 「これが私の役目なの、悪く思わないでね」
 
 うっすらと笑いをたたえた美貌が、倒壊したビルの影から現れる。
 死の大地にはあまりにも不釣合いな、赤のスーツ。それに合わせたような紅色のマニキュア
を塗った指が、目には見えない極細の妖糸を巻き戻す。
 
 戦地に妖艶なフェロモンを振り撒く美貌の女、片倉響子は、赤いハイヒールを踏み鳴らして、
うつ伏せで深い眠りにつく、少女くノ一に近付いていく。
 
 「逃がしはしないわ、五十嵐里美」
 
 鋭利なヒールが、茶色の混ざった長い髪を踏みつける。
 ゴツ、という鈍い音が響く。ボロボロの制服を着た美少女は、目を覚ますことなく、正義が敗
北した大地に眠り続けていた―――
 
 
         《ファントムガール 第四話  ー完ー 》
 
 
 
 

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