ファントムガール特別編


 
「ファントムガール特別編  孤島の三悪党編」
 
 
 
 序
 
 「さすがは日本でも有数の資産家、久慈家ね・・・見てよこの指輪。こんなのが普通にころが
ってるんだから」
 
 膝まで達する草叢に寝転びながら、ジェミーは天高く昇った満月に赤い宝石がついた指輪を
かざす。小豆にも似た大きさの楕円形の宝石が、恐らくルビーであることを彼女はわかってい
た。盗賊稼業に手を染めてから何年経ったかわからないが、ここまでの上物に出会えるのは
滅多なことではない。自然、モデルと間違われる美貌も、沸きあがる愉悦に崩れる。
 
 「フン。女は単純でいいな。あの家なら、もっと高価な品が入って当然だった。たったこれだけ
の成果では、素直に喜べん」
 
 痩せ細った男が、軽蔑しきった口調で吐き捨てる。
 ガイコツのように頬がこけ、落ち窪んだ両目が不気味な男は、闇のなかでさらに濃い瘴気を
全身から漂わせていた。窪田と名乗っている男の本名を、ジェミーも、またもうひとりの巨漢も
知らない。だが、それはお互いさまであった。ジェミーが本名を教えることはないだろうし、また
互いに聞くこともない。本名などどうでもいい関係が、この数年、行動をともにしている三人の
間には築かれていた。
 
 国際的な盗賊集団として、指名手配を受けている三人組。
 互いの特徴を生かし、欠点を補い合っている三人は、ビジネス上でのベストパートナーであっ
た。
 色仕掛けで情報収集を巧みに行うジェミー。
 殺人すら厭わぬ、冷酷無比にして作戦担当の窪田。
 そして元力士で、怪力無双の黒武州。
 綿密な計画をもとに、豪邸ばかりを狙い、確実に成功を収めてきた彼らが今回選んだ標的
は、多くの資産を所有する久慈家であった。学園すら経営する巨大資産の持ち主から、足の
つかないエモノばかりを奪ってきた彼らは、いまその成果を確認中であった。犯行後、準備して
いた小型ボートで、一気に海洋に逃亡した彼らは、計画通り、ひとつの孤島に辿り着いた。太
平洋に浮ぶ、この小さな島にまで、追跡の手が伸びてくることはないだろう。
 
 「まあ、いいじゃあねえか。これでしばらくは、遊んで暮らせるんだ」
 
 低いトーンで、どっかりと腰を降ろした元力士が言う。
 身長188cm、体重160kgを越える巨漢・黒武州は、文字通り山のような巨体の持ち主であ
る。いわゆるあんこ型の体型ではなく、筋肉がバランスよくついているため、お相撲さんという
よりボディビルダーに近い。故障さえなければ、横綱すら期待された怪力は、中型自動車なら
ひっくり返すとすら噂されている。
 
 「お前は能天気だからうらやましい。ほとぼりが冷めるまで、我々はこの静かな孤島で過ごさ
ねばならないのだぞ。身を潜める代償にしては、この成果では少なすぎる」
 
 感情の欠片もない窪田の口調に、やれやれといった様子で黒武州が巨体に似合わぬ呆れ
たポーズを作る。
 この冷酷な男が、盗みよりもむしろ殺人に喜びを感じる人種であることは、長年連れ添った
経験からわかっている。人口30人に満たないこの小さな孤島で、いつ彼が口封じを理由に手
を下しかねないか・・・憂慮する日々が続くことを思うと、少々げんなりせざるを得ない。
 
 「ねえねえ、これ、なんだと思う?」
 
 ボストンバッグいっぱいに詰まった成果を物色していたジェミーが、不意に声を男ふたりにか
ける。
 ハーフであるという彼女の眼は、アイシャドーの影響もあって、妖しげな光を放って見える。水
の底から覗きこんでいるような視線の先には、一見鶏の卵のような、白い楕円形の球体があっ
た。
 
 「金庫の中に大事そうに保管してあったから持ってきたけど・・・」
 
 「金にならないようなら、捨ててしまえ」
 
 「でも、これが一番厳重に隠してあったのよ。絶対になにか、貴重なものなんだわ」
 
 月光に透かしてみると、球体の内部には細かい管のようなものがびっしりと埋まっている。右
手に持ったまま、ジェミーは奇妙な物体を、空高くに掲げあげた。
 
 「なんとなく・・・生きているような気もするんだけど・・・」
 
 不穏に満ちた台詞は、女の口のなかで留まり、男たちに届くことはなかった。
 
 人類と融合することで、超常的な力を与える宇宙生命体『エデン』。
 その存在を知らぬ、三人の凶悪犯罪者たちは、小さな孤島の草原のなか、眠りについた。
 バッグのなかから這い出した白い球体が3つ、もぞもぞと自分たちの肉体に近付いてくるのも
知らずに―――
 
 
 
 1
 
 巨大モニターや、複雑な機器が壁に沿っていくつも並ぶ、壮観な背景。
 作戦室と呼ばれている、五十嵐家の地下室には、5人のタイプの違う美少女が勢揃いしてい
た。
 円卓にぐるりと座った制服姿の女子高生たち。
 アイドル雑誌の表紙を飾ろうと、ミスコンテストの決勝に選ばれようと、決しておかしくはない5
人の美少女たちがずらりと並んでいるのは、年頃の男ならのぼせてしまわざるを得ない光景だ
った。
 
 ひとり立ち上がっている、肩まで届くストレートの美少女が、どこか憂いを含んだ瞳を鋭く切れ
上がらせて言う。
 
 「昨日、太平洋沖合いの島、多羅尾島に現れた三匹のミュータントは、居住区をほぼ全壊さ
せ、島の森林30%を焼き尽くしたわ。島民28名の安否は依然確認が取れていないけれど、
絶望視されている」
 
 この館の主である五十嵐里美の声は、冷静を装いつつも、どうしようもない憤りを隠しきれず
にいた。
 御庭番次期頭領として、この国を影から支える守護者として、今回の悲劇はもっとも忌むべ
き事態といえた。生まれた時から与えられていた使命を、果たせなかった無力感と怒り。灼熱
の炎が燃えあがっているのは、彼女を尊敬する残り4人の少女たちにも、伝わらないわけがな
かった。
 
 「ひ、ひどい・・・」
 
 スポーティーなショートカットの少女から、自然に呟きが洩れる。
 直情的な藤木七菜江は、思わず口に出してしまっていたが、他のメンバーも涌き出る感情は
変わりない。犠牲になった人々への追悼と、突如出現した悪への怒り。人類の敵を一刻もは
やく倒したい純粋な正義感が、蕾のような初々しさに溢れた少女たちに沸きあがっている。
 
 『エデン』の融合者として、人類を守護することを義務づけられた5人の少女戦士たち。
 銀色の巨大な女神に変身する彼女らを、人類は「ファントムガール」と呼んでいた。
 
 「これは未確認情報だけれど、久慈・・・メフェレスの邸宅に3人組の盗賊が侵入したらしい
の。被害届がでていないので、警察は動いていないけれど、もしこの話が本当ならば、多羅尾
島に現れたミュータントとなにか関係があるかもしれない」
 
 「“なぜミュータントが現れたか”の推察は、今は興味ないわ」
 
 やや鼻にかかった甘い調子のトーンとは裏腹に、鋭い口調で言ったのは、理論的な思考を
好む霧澤夕子であった。
 
 「問題なのは、“どうやって奴らを倒すか”よ」
 
 突き放したようにも聞こえる夕子の台詞だが、少女戦士たちの核心を突いていたのも確かだ
った。
 
 「里美の話では、奴らが現れてから、もう12時間以上が経過している。眠りについたミュータ
ントが目覚めて、いつ暴れ始めてもおかしくはないわ。島を破壊し尽くした奴らが、次のターゲ
ットを東京にでも定めたら・・・」
 
 ゴクリ・・・と誰かが唾を嚥下する音が響く。
 メフェレスやシヴァといった、目下の最大の侵略者たちは、迂闊に街を攻撃することがいかに
危険であるかを知っているため、無茶な行動はしない。だが、なにも知らない、単なる破壊欲
に囚われた悪党が『エデン』の能力を身につけたら・・・後先考えない、破壊衝動に従った行動
は、守護者であるファントムガールにとってなによりも危惧することであった。
 
 「そう。夕子の言う通りよ。私たちは、一刻も早く多羅尾島に向わねばならない。ヘリで向った
ところで、ここから多羅尾島までは5時間以上かかってしまう。1分、1秒でも惜しいわ」
 
 「じゃ、じゃあ、早く皆で行かないと!」
 
 「ナナちゃん、それはできないわ」
 
 慌てる七菜江を、落ち着いた口調で里美が制す。
 
 「全員で向うことはできないわ。メフェレスたちには常に監視の目を光らせておく必要がある。
何人かは、ここに待機していないと」
 
 「5人をふたてに分けるんですか?」
 
 美少女揃いのなかでも、もっとも垢抜けた感じの美少女が初めて口を開く。
 
 「そうよ、桃子。多羅尾島にはふたりだけで向うわ」
 
 敵は三匹。だが、あえて里美はふたりと言いきった。
 正体すらわからぬ敵、援軍を期待できない孤島での闘い。失敗すれば、向ったふたりともに
悲惨な末路を辿る可能性が高い状況。それでもなお、2vs3の闘いを選択した、リーダーの決
断は重い。
 島に向う行為が、決死のものになることを感じ取りながら、誰ひとりとして里美に異を唱えるも
のはいない。彼女たちの運命は、とうの昔に月の美神に愛でられた現代くノ一に預けられてい
た。
 
 「まず、ひとりめは、私よ」
 
 三匹の悪魔が待つ孤島へ乗り込む決死隊。
 そのメンバーに、里美は己自身の名を宣告した。
 誰ひとり、反応する者はいない。この任務が過酷かつ危険であることがわかった時点で、里
美が自分自身をメンバーに選ぶことを予想するのは、至極簡単なことだった。
 
 「そして、もうひとりは・・・」
 
 「私に・・・行かせてください・・・」
 
 里美がもうひとりのメンバーを発表するより早く、予想外の声が円卓からあがる。
 透き通るような細い腕を、申し訳なさそうに小さくあげたのは、襟足でふたつに黒髪をしばっ
た、童顔の美少女だった。
 
 「ユ、ユリちゃん・・・」
 
 内気な少女の大胆な行動に、さすがの里美も動揺を示す。
 普段は会議中でも一言も話さないのが珍しくない西条ユリの、あまりに意外な自己主張。一
輪の花のように大人しいこの最年少の少女は、ときに思いがけない行動で周囲を驚かせるこ
とがある。
 
 「気持ちは嬉しいけれど・・・でもね、ユリちゃん・・・」
 
 「ダメよ、ユリ」
 
 言葉を濁す里美に代わり、強い口調で武道少女の申し出を却下したのは、クールな赤髪の
少女だった。
 
 「エリがいないと本気になれないあなたが行っても、里美の力にはなれないわ。それがわかっ
てるからこそ、自ら志願してしまったんだろうけど。現状を受け入れて、素直に待機するべき
よ」
 
 「夕子、言いすぎ」
 
 正確だが容赦のない霧澤夕子に、たしなめるような視線を超能力少女が飛ばす。睫毛の長
い、形のいい瞳は、魅惑的な強い光を放っているため、ムッとすると逆に凄みすら帯びてみえ
る。
 
 「残念だけど、ひとつの島を全滅させるような凶悪な敵3体を一度に相手できるのは、私たち
のなかにはたったひとりしかいないわ」
 
 心を全て見透かしていたかのような台詞を吐いて、夕子は言葉のバトンを里美に継いだ。直
接指名するのはあなたの役目よ、と言わんばかりに。
 溜め息を軽くついた麗しき令嬢は、死を賭した闘いに赴く戦士の名を、琴のごとき声にのせ
る。
 
 「ナナちゃん、もうひとりはあなたよ。これからすぐ、一緒に来てもらうわ」
 
 ビックリして目を丸くする藤木七菜江の耳に、けたたましい警報が鳴り響いたのは、ちょうど
そのときであった。
 5人の少女に一斉に緊張が走る。
 
 「多羅尾島にまた三匹のミュータント出現! ナナちゃん、急ぐわよ!」
 
 「は・・・はいッ!」
 
 わけもわからないまま、非常事態であることだけは理解して、猫顔の美少女がくノ一少女に
連れられていく。
 
 「マズイわね。どう急いでもあと5時間・・・。悪党どもが好き勝手やるのを、指をくわえて祈っ
てるしかないなんて・・・」
 
 ギリリ・・・
 サイボーグ少女の歯噛みが、人数の減った暗い作戦室に響く。
 人工衛星が映す多羅尾島の粗い画像を、食い入るように見詰める夕子とユリ。手の打ちよう
もなく、ただ見守るしかないふたりを尻目に、桜宮桃子がそっと部屋を抜け出したことを、気付
く者はいなかった。
 
 
 
 “偶然・・・か”
 
 広大な建坪を誇る洋館、五十嵐家の廊下を、はっとするような美貌の少女が駆けていく。
 鮮やかな茶髪のセミロングが、きちんとセットされた形のまま揺れる。ファッション雑誌を抜け
出てきたような垢抜けた美少女が、血臭漂う戦地に赴く闘士であるとは、恐らく誰も思うまい。
ある意味で、もっとも戦士らしくない5人目のファントムガール・桜宮桃子は、居候している五十
嵐家の2階にある、己の部屋に向っていた。
 
 “偶然って、恐いな・・・旅行なんて、滅多に行ったことないのに”
 
 自室に飛びこんだ桃子は、本棚に並んだ黒いアルバムのひとつを取り出す。
 キレイに並べられた五冊のアルバム。そのうち、もっとも最新の、記憶に新しい写真が収まっ
た一冊を、綺麗という表現が驚くほど当てはまる少女はペラペラとめくる。
 
 やがて、くっきりとした魅惑的な瞳は、一枚のデジカメ写真に釘付けとなった。
 青い海をバックに、親友ふたりと一緒にピースサインをしているのは、桜宮桃子そのひと。
 ダイバースーツを着た美少女は、並びのいい白い歯を真夏の太陽に光らせている。
 
 「スキューバやったのも、友達と旅行したのも初めてだったもんな・・・おかげでよく覚えてる」
 
 親友の幸子の誘いでスキューバダイビングの講習を受けたのが、一年前の夏のこと。
 そしてその場所こそ・・・紛れもない、あの多羅尾島。
 
 “テレポートを使えば、一瞬で多羅尾島にいける。ミュータントたちを、少しは足止めすること
ができる”
 
 美少女エスパー・桜宮桃子は、自分が訪ねたことがある場所を強く意識することができれ
ば、テレポーテーションを発動することができた。
 想い出深い場所、そして写真の存在。遠く離れた多羅尾島への瞬間移動は、条件的には整
っている。滅多に使ったことのないテレポートを、桃子が成功させる可能性は十分高い。
 
 しかし、問題はその後だ。
 多羅尾島に移動した桃子を待ちうけるのは、凶悪な三匹のミュータント。里美と七菜江が到
着するまでの5時間以上を、桃子はひとりで闘い抜かねばならぬことになる。それは自殺行為
と呼んでいい、あまりに無謀な闘い―――
 
 “島の人を全滅させちゃうアブナイ奴らと、3vs1で闘わなくちゃいけない・・・負けそうになって
も、誰も助けてくれない・・・”
 
 写真をもつ小さな指に、自然に力がはいる。
 これからやろうとしていることが、いかに危険なことか。理解していない桃子ではなかった。己
の命が危うくなるのはもちろん、里美の命令を無視した行動は、仲間に多大な迷惑を掛けるの
もわかっている。
 
 “でも、これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない”
 
 優しき天使の瞳に、強い決意の光が灯る。
 ぷるんと潤んだ唇を強く噛んだとき、桜宮桃子の心は戦闘態勢を整え終えていた。
 破壊欲に餓えた、3体の巨大生物が待つ孤島へと――超能力少女の肉体は異空間を飛翔
していった。
 
 
 
 醜悪な3体の巨大生物が、無人と化した孤島の空に、けたたましい雄叫びを轟かせている。
 融合した者の精神に合わせ、異形の姿を与えるという『エデン』。強盗を生業とし、殺人すら
厭わない3人組の盗賊は、内なる闇を全開放した禍禍しい変身を遂げていた。見る者誰もが
戦慄と恐怖と不快を禁じえない姿。紛れもない人類の敵、ミュータントの出現。
 
 妖艶さを醸したハーフの美女・ジェミーは、全身を銅色に染めて巨大化していた。上半身は
危険な香を漂わせている以外人間体時とほとんど変わることはなかったが、その下半身はア
ナコンダのごとき巨蛇のそれへと変化している。
 ジェミーに取り付いた『エデン』は、片倉響子の手によって、すでに大蛇の遺伝子が組み込ま
れたキメラ・ミュータント用の『エデン』であった。蛇腹をうねらせ、草原を徘徊する怪物の姿は、
半身が美女であるだけに余計に不気味さを増している。
 
 「窪田、これからどうする? ここにいても意味がないよ」
 
 「この姿の時は、その名は呼ぶなといったはずだ。オレのことは『ネクロマンス』と呼べ」
 
 3人組のリーダー格の男が、地獄から届くような重暗い声を発する。
 痩せ細っていた彼の肉体は、まさに巨大な骸骨に変身していた。人を殺すことに愉悦を覚え
る正真正銘の外道は、濃密な負の闇を纏い、悪魔の本性を剥き出しにした姿で立っている。
呪術師のような衣装をつけた、瘴気漂う巨大骸骨。それはまさしく、死神と呼ぶに相応しい。
 
 「前回この姿になった時に、巨大化できる時間に限りがあるらしいことはわかっただろう。人
間時の名前は使うんじゃない。お前もその姿のときは、『アモデス』と名乗れ」
 
 「なによ、そのダサイ名前」
 
 「蛇の尾を持つ悪魔の名だ。そして・・・好色を司る」
 
 ハーフの美貌がニタリと笑う。どうやら、一転してその名前を気に入ったようだ。血の色をした
舌をペロリと出すと、アモデスは艶かしく唇を舐めあげた。
 
 「そしてお前は、クロプスと名乗れ、黒武州」
 
 「どうだっていいさ」
 
 元力士が変身した巨大な怪物が低い声で呟く。
 もともと山のような巨体は、『エデン』の力を得て、本物の小山並の巨大生物になっていた。
 他の2匹より頭ひとつ飛び抜けた体躯。冷蔵庫のような四角い肉体は、全て筋肉に包まれて
おり、怪力無双という単語が自然に思い起こされる。剥げあがった頭に、赤い一つ目。子供の
ころに見た絵本に登場する一つ目入道とは、まさにこんな姿ではなかったか。あるいは西洋の
魔物であるサイクロプスとは、彼のことではないのか。不気味な骸骨がつけた名前は、案外そ
の辺りをきちんと意識しているのかもしれなかった。
 
 「オレとしては、せっかく手に入れたこの力を早く使いたいぜ。窪田、いや、ネクロマンス、とっ
ととこんな辺鄙な場所は引き上げて、ひと暴れしようじゃねえか」
 
 ボキボキと大木のごとき指を一つ目入道が鳴らす。
 巨大生物に変身したときは唐突な事態に動揺したが、沸きあがる破壊欲が理性を簡単に弾
き飛ばしていった。怪物化というあまりに非現実な事態が現実に起きている驚愕。しかし、最近
流行りの巨大生物に、自分たちがなったことに気付くには、時間はさほどかからなかった。原
因などはどうでもいい。大切なのは、悪魔の力を3人が手に入れたということ。そして、それを
いかにうまく使うかということ。正真正銘の悪魔となった3人は、欲望に駆られるままに、まずは
小さな孤島を滅ぼしていった。
 そして今、2度目の巨大化を果たした彼らは、次なる破壊を思案しているところだった。
 
 「まあ慌てるな。我々はまだこの力を使い慣れていない。まずはこの島で、じっくり能力を確
かめるのだ」
 
 骸骨の呪術師が地獄から届く声を震わせる。
 赤い頭巾をすっぽりと被った姿は、不気味なことこのうえなかった。半身の蛇女が妖艶を、一
つ目入道が剛力を連想させるが、この骸骨は死のイメージを直接伝えてくるおぞましさだ。
 
 「この能力を利用すれば、もはや警察どころか軍隊も脅威ではない。世界を我々のものにで
きるのだ。しっかり力を磨いてから、出掛けようではないか」
 
 シャレコウベが、剥き出しの歯を吊り上げる。
 
 「世界征服の旅にでもな」
 
 「フッフッフッ・・・手始めに日本から滅ぼすとするか。この島のように」
 
 死神と入道と蛇女。
 みるからに邪悪な3匹が肩を揺すって笑う。
 
 「そうは・・・させない!」
 
 誰もいなくなったはずの孤島に、凛とした声が澄み渡ったのは、その時だった。
 
 白い光が、爆発する。
 小さな太陽がそこに現れたかのような、痛いまでの白光の奔流。
 緑生い茂る孤島の草原。その上空に、禍禍しき3悪魔と同程度の大きさの光が凝固してい
く。
 
 「むッ!」
 
 緊張を高め、戦闘態勢を取る怪物たちの前で、集結する白光は人間の形をとり始めた。
 
 「キサマは・・・ファントムガールか?!!」
 
 吼える死神の目前に現れたのは、神々しい銀色の皮膚を光らせた巨大な女神。
 知っている。3悪党もテレビで見たことぐらいはある。
 圧倒されるほど美しく、忌々しいまでに眩い姿をした、人類の救世主、ファントムガール。
 そのひとりが、無人になったはずの孤島に、対峙して現れたのだ。
 
 「あたしは・・・ファントムガール・サクラ」
 
 まだ少女らしさを残した可憐な声が、己の名を名乗る。
 美しいとは噂に聞いていたが・・・目の当たりにする守護天使は、想像以上に完成された美貌
の持ち主だった。
 銀色の肌に浮かんでいるのは、桃色の幾何学模様。同じ色のセミロングの髪は、真ん中付
近で分けられている。くっきりとした目元と高い鼻梁、そして厚めの唇が、美人の条件を全て満
たしているようだった。巨大とはいえ、3悪党と比べれば少女らしい小柄な体躯。小さく盛り上
がった胸と張り出したヒップラインは、若若しい蕾を連想させる。スタイルこそ少女の枠に収ま
っているが、美人と呼ぶ他ない容姿は、オトナの色香をほんのりと咲かせている。
 
 エスパ―少女・桜宮桃子がトランスフォームした姿、ファントムガール・サクラ。
 テレポーテーションを成功させた桃子は、凶悪な怪物たちの姿を確認するや、躊躇すること
なく『エデン』の能力を開放していた。これ以上、好き勝手はやらせない。ひとりで3人を相手に
する苦境も省みず、被害を少しでも食い止めるため、桃色の天使は一気に闘いを挑んでいっ
た。
 
 「罪もない島の人達を殺すなんて・・・許せない! お前たちはあたしが相手する!」
 
 「なるほど・・・ファントムガールが出てきたということは、我らを倒そうというのだな」
 
 死神ネクロマンスが腐臭に満ちた声を漏らす。
 巨大生物を次々と倒してきた人類の守護者、ファントムガール。その存在はいまや最大の障
壁として立ちはだかっていることに、闇の眷属は気付いたのだ。
 
 「グオッ、グオッ、グオッ、小賢しい小娘が。我らの邪魔をしようというのか。よかろう、我らの
門出を祝う、惨めな生贄になるがいい」
 
 「お前らになんか・・・負けないわ!」
 
 銀とピンクの可憐な戦士が、怒りを露わにして立ち構える。
 普段は優しさに溢れた少女は、島民を楽しむように惨殺した悪魔たちを前に、激しい怒りに
占め尽くされていた。状況の不利など構わない。悪を倒す、純粋な正義が燃えあがっていた。
 
 「フッフッフッ・・・我らの力を試すのに、ちょうどいい人形が現れてくれたもんだ」
 
 「ウフフ・・・カワイらしい小娘ちゃんだこと・・・たっ〜〜ぷり、楽しませてもらおうかしら・・・」
 
 怪力入道と邪悪な蛇女の薄笑いが、サクラの耳に届くことはなかった。
 
 
 
 2
 
 “うう・・・目が・・・回る・・・・・・早く倒さないと・・・・・・”
 
 銀と桃色の女神と、邪悪な姿をした3体のミュータント。
 太平洋に浮かぶ孤島の草原で始まった闘いは、手を合わせる前から正義に不利に働いてい
た。
 ヘリですら5時間はかかろうかという距離を、瞬間移動の超能力で一足飛びに飛び越えてき
た超能力少女・桜宮桃子。
 超能力という奇跡は、起こす際に代償を強要されるものだった。精神と体力の浪費。テレポ
ートでいうと、100mを飛ぶならば、実際に100m走っただけの疲れが、桃子には押し寄せて
くる。
 つまり、今の桃子には何百キロもの距離をマラソンしただけの疲れが襲ってきているのだ。
 
 傍目には平然と構えているかのようなピンクの戦士。
 しかし、その実は崩れ落ちそうな肉体を支えるだけで精一杯であった。
 
 “く・・・苦しいッ・・・・・・で、でも・・・あたしが・・・がんばんないと・・・”
 
 「どうした、ファントムガール・サクラ? 威勢よくでてきた割りには、随分と大人しいではない
か」
 
 サクラの苦しい胸の内を見抜いたように、死神が挑発的な言い方をする。
 
 「人数の不利がある以上、お前の方から仕掛けた方がいいんじゃないのか? それとも、攻
撃できない理由でもあるのかな」
 
 少女戦士の魅惑的な青い瞳が、わずかばかり吊りあがる。
 桃子を苛立たせたのは、ネクロマンスの他人事のような嘲った口調ではない。己の不甲斐な
さであった。
 サクラが超能力という、最終的な能力を発動しないのは、体力の枯渇故ではない。
 
 攻撃できないのだ。
 
 生まれながらにして尋常ならざる能力を得ていた彼女は、他の誰かのために生きる、優しい
少女として育った。
 幼年期に壮絶な虐めを受けた結果、エスパー少女桜宮桃子は、誰よりもひとの痛みがわか
る少女に成長していた。
 目の前にいる邪悪な姿をした3匹のミュータントが、倒すべき敵であることは十分理解してい
る。無実な島民を全滅させた、許しがたい悪であることも。ひとの痛みを知る桃子は、人一倍
正義感の強い少女でもある。この3匹は、絶対に許すことはできない。
 
 そうわかっているのに。思っているのに。
 思考に反して、肉体は素直に闘おうとはしない。
 たとえ相手がどんな悪党であったとしても・・・自分から傷付けることはできない。
 それが戦士としては、致命的なまでに優しい、ファントムガール・サクラという少女であった。
 
 「こないのなら・・・こちらからいくぞ!」
 
 叫ぶと同時に、不気味な骸骨が両手を前に突き出す。
 闇より深い、暗黒の光線。
 轟音とともに発射された漆黒の帯は、一直線に小柄な桃色の戦士へと凄まじいスピードで伸
びていく。
 
 「ああッッ?!」
 
 間一髪で、銀とピンクの女神は、死神の魔光を飛び避けていた。
 海面に浮ぶ島の地面が、地響きをたてて揺れる。
 まるで尻餅をつくような無様な姿勢で孤島の草原に座り込むサクラ。その左足、ピンクのブー
ツの先は黒く焦げている。超能力を取ったら、普通の女子高生となんら変わらない桃子に、里
美や七菜江のような華麗な身のこなしを求めるのは酷な話だった。命からがら、精一杯後方に
飛んでなんとか直撃を避ける。その危うい逃げ方は、頼りなさに溢れていた。
 
 “か、かすっただけなのに・・・ブーツが・・・・・・あんなの、まともに食らっちゃったら・・・”
 
 ゾっとという、冷たい戦慄が美少女の小さな背中を這う。
 だが、追撃の手が桃子に恐怖する時間すら与えない。
 
 「グワハハハハ! 小娘、ミンチになるがいい!」
 
 大音声が南洋の碧空を揺るがす。
 筋肉の鎧を着た巨大入道。メシメシと全身の細胞を鳴らし、その剛力をサクラの胴より太い
両腕に集めて、クロプスがしゃがみ込んだ桃色の戦士に突き出す。
 圧倒的怪力が生み出す、瀑布のごとき闇の波動。
 膨大なエネルギーは乱流となって渦巻き、漆黒の竜巻となって小柄なエスパー少女に襲いか
かる。
 
 怒号。爆音。激流。
 
 大地を抉り、空気を裂き、莫大な暗黒エネルギーの乱流が、ドリルと化してサクラに迫る。
 
 「うああァッッ・・・!! あああァッッ!!」
 
 優しき戦士が漏らしたのは、明らかな悲鳴。
 まともに食らえば、本当にミンチにされかねない恐怖の暗黒竜巻を、完成された美貌の持ち
主は必死の形相で横飛びによける。
 足がもつれる。奪われた体力が、小さな足をすくわんとする。辛うじて、少女戦士は死の乱流
をかわしていた。
 
 「ああッッ!! ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・」
 
 滑らかな背中を闇の渦巻きが過ぎ去っていく。
 突っ伏して地に這うファントムガール・サクラの、わずかに盛り上がった胸で、青いクリスタル
が点滅を開始していた。丸い肩が上下する。続けざまに襲った猛撃をよけただけで、超能力少
女は己の体力がわずかであることを露呈してしまっていた。
 
 ヴィーン・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・
 
 「ウフフフフ・・・聞いたことがあるわ、その音。確か、ファントムガールがピンチのときに鳴る
んじゃなかったかしら? たったあれだけで、もう疲れちゃったの、サクラ?」
 
 下半身が蛇である女が、見下した口調で草原に伏せたままの天使に言い放つ。ズルズルと
蛇腹を動かしたアモデスは、這っているとは思えぬ速度で、サクラのすぐ傍らにまで近付いた。
 荒い息を吐きながら、全身に貼りついた疲労に必死で抗う銀と桃色の少女。
 大地に横たわったまま、ただ肩を揺らして苦しみに耐えるエスパー戦士を、盗賊稼業に黒く
手を染め抜いた女が冷ややかに見下ろす。
 
 「噂のファントムガールも大したことないわね。それともサクラ、あんた、もしかしてすっごく弱
いんじゃ・・・」
 
 優越感に浸る魔物の口が閉じる。
 エネルギーを切らし、苦しげに吐息を洩らしていたピンクの戦士は、一瞬のうちに旋風を巻い
て立ち上がっていた。
 
 「なッッ・・・?!」
 
 「くらえッ!」
 
 ドンッッッ!!!
 
 両手を胸の前でクロスしたサクラの全身から、黄色の閃光が照射される。
 
 「ぎゃッッ!!」
 
 短く叫んだ蛇女が、正義の放射をまともに浴びて吹き飛ばされる。彫りの深い顔から、血の
糸が数条流れて伸びていく。
 
 「やっと・・・本気だせそう!」
 
 桃色の天使が、残る2体の魔物を鋭い視線でキッと射抜く。
 その銀のマスクに浮ぶのは、雑誌の表紙を飾りそうなカリスマ女子高生の顔ではない。
 超能力戦士ファントムガール・サクラの顔。
 端正な美貌は冷徹な仮面と変わり、魅惑的な瞳は強い意志の光を射す。優しさゆえに闘えな
かった少女ではない、大事なものを守るためにそれを壊すものを排除する覚悟ができた戦士
へと、桃色の天使は変貌を遂げていた。
 
 「ブラスター!!」
 
 サクラの青い瞳が深紅に光る。
 なんの前触れもなく、死神と一つ目入道の巨体が無数の火花に包まれる。バチバチと全身
の皮膚を弾かせ、立ち昇る黒煙に包まれるふたりのミュータント。
 
 生まれて17年間、闘いとは無縁の生活を歩んできた桃子が、五十嵐里美との特訓の末に
会得した技のひとつ。それがこの「ブラスター」であった。
 桃子の超能力は全てイメージから創り出されるものだ。コップを浮かせようとすれば、コップ
を持つ手を想像する。よって敵を倒そうとすれば、実際の光線のイメージを創り出すのが普通
だ。先程、蛇女・アモデスにやったように。
 だが、「ブラスター」は直接敵が爆発するところをイメージする。
 技が発動した瞬間、敵は爆発を甘受せざるを得ない。威力は弱いが、どんなスピードもテク
ニックも通用しない、絶対不可避の攻撃なのだ。しかも複数の対象を相手に可能な。
 
 “今しか・・・ないッッ!!”
 
 不気味な死神と、山のような巨体が突然の爆発に動揺している。
 構えるサクラ。
 そう、彼女に残されたチャンスは少ない。ただでさえ不利な状況に加え、膨大な距離をテレポ
ートした代償として、限界にまで削られた体力。この圧倒的窮地を打開するには、今、ここに訪
れた好機を逃すわけにはいかなかった。
 
 必殺の七色の光線。
 名前すらまだ決まっていない、現在の彼女にできる最大威力の切り札。残されたわずかな体
力を搾りだし、全てのサイコパワーを集中させて、桃色のグローブに輝く虹色の光を生み出
す。
 
 “お願いッ・・・これで決まって!”
 
 「えええッッ――いいッッ!!!」
 
 少女の可愛らしい声が裂帛の気合いを叫ぶ。
 躊躇ない正義の奔流。鮮やかな七色の光線が、光の粒子を撒き散らしながら一つ目入道へ
と虹の橋を架ける。
 
 ドゴオオオオオオオッッッッンンンン・・・!!!
 
 ファントムガール・サクラ入魂の必殺光線は、巨漢モンスターの顔に直撃する。
 
 「やった!」
 
 銀色のマスクに浮ぶ、安堵の表情。
 筋肉に包まれた四角い身体には、恐らくいかなる技も通用しないだろう。だが、顔ならば。一
縷の望みをかけて放った攻撃が、思い描いた通りに成功し、柔らかそうな唇がかすかに綻ぶ。
 
 ぐらり・・・
 
 クロプスの巨体がゆっくり後方に傾いていく。
 イケる。圧倒的不利と思われた闘いも、一瞬のチャンスが魅惑的な天使に勝利をもたらそう
としている。残る敵は、いまだブラスターのダメージを拭えずにいる、骸骨呪術師のみ・・・
 
 「グワハハハハハハ――ッッッ!!!」
 
 天に轟く笑い声が、サクラの小さな胸に芽生えた希望を吹き消したのは、そのときであった。
 
 「そッ・・・そんなァッ・・・!!」
 
 立っている。平然と。
 一つ目入道・クロプスが、仁王立ちで何事もなかったように大笑している。
 倒れ掛けたのは一瞬。脳震盪を起こした巨体は、大地に沈むことなく踏みとどまっていた。
 
 全てのサイコパワーを結集させ、光のエネルギーを最大限に発揮させて放つ、七色の必殺
光線。
 もし、桃子が万全の状態であったなら、さしもの元力士で飛び抜けた耐久力を誇るクロプスで
あろうと、無事では済まなかったに違いない。
 だが、何百キロもの距離をテレポートした桃子に、サイコパワーの残存は悲しいまでにわず
かであった。
 本人も自覚しないまま、エネルギーのほとんどを失っていた桃子=サクラに、すでに必殺足り
得る光線を放つことなど不可能であった。本来の何十分の一かの威力に落ちた光線では、巨
体をぐらつかせるのが精一杯。
 
 いや、もっと言えば。
 この孤島にひとり乗り込んだ時点で、ファントムガール・サクラに勝利の可能性はなかったの
だ。
 
 「ワハハハハハハ! なんだ、この程度か! 痛くも痒くもないわ! これが必殺技というな
ら、キサマに勝ち目は万にひとつもないぞ、ファントムガール・サクラ」
 
 「うぅッ・・・・・・うううぅッ・・・・・・」
 
 強い光を射した青い瞳が、悲しげに垂れる。
 筋肉の小山が、ノシノシと哀れな銀色の小動物に歩み寄る。知らず後退する、正義の美神。
 わずかな希望を託して仕掛けた攻撃が、全く効いていなかった無情な現実が、少女戦士を一
気に奈落に突き落としていく。
 
 「そんなァッ・・・そんなァッ・・・そんなアッッ!!」
 
 華奢な両腕をピンと伸ばし、ピンクのグローブを目一杯広げて再度七色光線を放つサクラ。
 厚い胸板に、凶悪な顔面に、光線の直撃を浴びながら、ズンズンと大入道が歩を詰める。少
女戦士の必死の抗いを、全く意に介さぬ怪物の行進。浮き彫りになった力の差が、敗北の暗
雲と化して銀の美神を覆っていく。
 もはや、サクラが光線を放つことは、己の生命エネルギーを徒に削り取ることに他ならない。
 
 「あッッ?!」
 
 じりじりと迫るクロプスに圧倒され、後退っていたエスパー戦士の肉体が、突然強烈な締め上
げに束縛される。
 
 「ウフフフ・・・サクラ、さっきのはちょっと効いたわよ。私の顔を傷つけた罪、覚悟はできてる
んでしょうね?」
 
 「ああッ・・・・・・う、ウソッ・・・・・・!!」
 
 背後から桃色の女神に絡みついたのは、倒したはずの蛇女・アモデス。
 決して耐久力の高くない女性ミュータントですら、サクラに倒すだけのサイコパワーは残って
いなかったのだ。復活を果たした妖女は、復讐に満ちた邪悪な視線で、拘束を解かんと哀れ
に身悶える桃色の天使を見下ろす。
 蛇の下半身がサクラの腰から下に螺旋に絡み、人間の上半身が羽交い締めで拘束する。必
死で身を捩る銀の女神。だが、普通の女子高生・桜宮桃子の腕力は、盗賊であるジェミーの
筋力に及ばなかった。そしてなにより、桃子の体力も精神力も、何日も砂漠をさ迷ったように枯
渇寸前なのだ。わずかに四肢を動かせても、決して逃れられない束縛に囚われて、サクラはた
だ、無駄な足掻きを健気に続けている。
 
 「ククク・・・ファントムガール・サクラよ、どうやら勝負あったようだな」
 
 暗黒の死神が剥き出しの歯を揺らして笑う。
 超能力による爆発に狼狽したネクロマンスだが、冷静さと冷酷さを取り戻し、囚われの美神
の目前に残酷な笑みを浮かべて立っていた。
 隣りには大木と見紛う棍棒を右手に握ったクロプス。
 蛇に捉えられた桃色の女神を、死神と一つ目入道が嗜虐の愉悦に満ちた視線で見下ろして
いる。
 残酷な処刑ショーが、今始まろうとしていた。
 
 「グワハハハハハ! バカな小娘だ! この程度の力で我々に挑んでくるとは」
 
 「ハアッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・ううッ・・・うううぅッ・・・・・・」
 
 「グオッ、グオッ、グオッ・・・いいではないか、クロプス。おかげでこの力を扱う、いい練習がで
きる。この島の人間どもでは、脆すぎてちゃんと遊べなかったからな」
 
 キッと、怒りに満ちたサクラの視線が、鋭くネクロマンスに突き刺さる。
 美貌なだけに、その青い瞳に燃える炎は激しい。優しい少女ゆえ、弱き者を虐げる悪が、拘
束された美戦士には許せなかった。
 
 「遊びだなんてッ・・!! 許せない・・・絶対に許せない・・・」
 
 「クハハハハハ! いい目をするじゃないか、ファントムガール・サクラ。お前のような勝気な
女を殺すのが、一番愉快なのだ!」
 
 反吐がでそうな死神の言葉。
 カッとしたサクラが、なにかを言いかけた瞬間、ネクロマンスの両手から放たれた漆黒の稲
妻が、銀と桃色の肢体を焼く。
 
 「きゃああああアアアぁぁぁッッッ!!!!・・・・・・アアああァッッ!!」
 
 「グオッ、グオッ、グオッ!! いい声で鳴くな、サクラ! そーら、食らえいッッ!!」
 
 バババババババババババ!!
 
 お椀のように胸に乗った小ぶりな塊をふたつ、無造作に握り締めたネクロマンスが闇の腐敗
エネルギーを直接サクラの体内に流し込む。
 灼熱が突き刺さり、細胞が腐り溶けていく壮絶な苦痛が、発展途上の胸を容赦なく破壊して
いく。バストを喪失するような苦しみに、ピンクの戦士はあられもなく絶叫する。
 
 「んくううッッ!!! んんんああああああアアァァああッッッ〜〜〜〜ッッッ!!!! へぶう
うぅッッ!!! ひいやあああああぁぁぁアアアッッッ―――ッッッ!!!」
 
 「どけ、ネクロマンス。今度はオレの番だ」
 
 小さな胸を焼く地獄の業火がやんだ瞬間、サクラのくびれたウエストに筋肉入道の巨大棍棒
が襲いかかる。
 サクラ自身より、明らかに質量のある茶色の凶器。一発で、ピンクの女神を粉々にしてしまい
そうな棍棒の一撃は、フルスイングで半失神のサクラの、アモデスによって引き伸ばされた左
脇腹に叩きこまれる。
 
 ベキイベキベキゴキイッッ!! グチャベチャアッッ!!
 
 「ごぶうううううッッッ―――ッッッ!!!!」
 
 肋骨の砕け散る音と、内臓の軋む音。
 そして大量の血塊が派手に噴き上がる音とが、ぷるんとした唇を割って、処刑の孤島にこだ
まする。
 
 「グワハハハハ! 肋骨の砕ける、いい手応えがしたな! オラ、もう一発だ」
 
 肉体の半分を噛み千切られたような壮絶な痛みに、意識を支配された桃色の天使。痙攣す
るサクラに、大入道はさらなる棍棒の暴打を振るう。
 真正面から鳩尾目掛けて巨大杭を突き刺す。
 突き刺すという表現は妥当ではない、押し潰す、あるいは圧殺する、とでも言った方が適当な
ほど、棍棒はサクラの胴周りを越えてはるかに巨大であった。
 左の肋骨を数本折られ、内臓も激しく損傷したエスパー戦士は、激痛にほとんど意識を刈り
取られた状態で、まともに棍棒の迫撃砲を肢体の中央で甘受する。
 
 「おぶううううぅぅッッッ!!!!」
 
 赤い粘液が、ビチャリと美少女の口から溢れて地を叩く。
 腹腔の奥底からひねり出された吐血は、異様な粘度を伴ってバケツの水をぶちまけたように
広がっていた。
 棍棒を腹部に食い込ませたまま、くの字に折れ曲がったサクラの肢体は、ただピクピクと痙
攣するのみ。怪力による凶器の一撃は、健気なエスパー戦士を本当に串刺しにしてしまったか
のようだ。苦しげに歪んだ美貌を晒し、胸の青いクリスタルを点滅させた姿は、完全なる敗北
者のそれであった。
 
 「その小さな身体では、オレ様の攻撃を耐えることはできなかったようだなぁ」
 
 ズボリ・・・
 棍棒が銀色の腹から抜かれると同時、ドロリとした血塊がまたもサクラの唇を割って落ちる。
 ファントムガールのなかでも最も小柄で、肉体の耐久力の劣るサクラにとって、クロプスの剛
打は文字通り、致命傷と成り得る一打であった。
 だが、それでも。
 
 「グフフ・・・まだそんな目ができるとは・・・」
 
 心なしか明るさを失った青い瞳が、勝利を確信して哄笑する巨漢を鋭く睨みつけている。
 
 「・・・お前・・・たち・・・・・・ゴホオッッ!!・・・・・・ゴブ・・・グ・・・ゆる・・・さな・・・・・・い・・・・・」
 
 闇の波動を浴び腐敗する細胞と、瓦解しそうな肉体。
 津波のように押し寄せる苦しみに溺れることなく、正体は“普通の”女子高生にすぎないはず
の少女戦士は、いまだ闘志を失ってはいなかった。
 とっくに勝てないことは悟っているのに、反抗はただ苦痛を増やすのみだと知っているのに、
それでもファントムガール・サクラは悪に屈しようとはしない。
 
 「可愛らしい顔をしているが、なかなかどうして大した精神力だ。小娘、キサマ一体何者だ?」
 
 「ゴフッ・・・・・・あたし・・・けっこう・・・ゴハァッ・・・・・・打たれ強いんだから・・・・・・」
 
 クロプスの素直な賛辞に対し、エスパー女神は遠い過去を蘇らせて、ややシニカルな表情を
浮かべた。
 
 「・・・小さいころから、ね」
 
 「ウフフ! じゃあ、泣き喚くまでじっくりいたぶってあげるわ!」
 
 背後から絡みついている蛇女アモデスが、その締め上げを急激にきつくする。
 
 「次は私の番よ。すぐにくたばられたら、この姿での力を確かめられないからね。頑張って少
しでも長く耐えなさい、サクラ」
 
 メシメシメシ・・・
 
 下半身を締める蛇腹と、上半身を羽交い締めした腕とがどんどん力を強めていく。本来なら
ば耐えきれぬほどの緊縛ではないが、衰弱しきったサクラにとっては、生命を削られていくよう
な苦しみ。
 だが、アモデスの攻撃はここからが本番であった。
 
 ハーフの美貌を色濃く残した怪物の顔が、サクラのもちのように柔らかな首筋に噛み付く。
 蛇女の長い牙が、ズブズブと細い首筋に埋まっていく。
 
 「んんくあああッッッ?!!」
 
 「フフフ・・・サクラ、あなたの残り少ないエネルギー・・・吸い尽くしてあげるわ」
 
 ギュオオオオオオオッッッ!!!!
 
 銀色の肌に吸いついた蛇腹が、うなじに突き刺さった牙が、残りカスのようなサクラの生命エ
ネルギーを吸い取っていく。
 
 「きゃああああアアぁぁアアアッッッ〜〜〜〜ッッッ!!!! んんんッッッ!!! くふううぅぅ
ぅウウウッッッ―――ッッッッ!!!!」
 
 「グオッ、グオッ、グオッ!! トドメだッッ!!」
 
 「グワハハハハハ!」
 
 蛇女に命を吸われ、空のタンクの底をストローで吸い取られる苦しみに絶叫するファントムガ
ール・サクラに、ネクロマンスの暗黒光線と、クロプスの漆黒の竜巻とが発射される。
 傷付き、拘束され、さらにエネルギーを搾取される地獄に堕ちたエスパー天使に、二筋の破
壊の奔流を避ける術はなかった。
 
 破壊光線がこんもりと盛り上がった胸を焼き、竜巻が小さな全身を包み込む。
 
 「キャアアアアアアアアアアアッッッッ―――――ッッッッ!!!!」
 
 美少女の悲痛な叫びが迸り、破裂した銀の皮膚と正義の赤い血とが、孤島の上空に舞いあ
がった。
 
 
 
 「桃・・・子・・・・・・」
 
 食い入るようにケータイの液晶画面に映る画像を見ていた藤木七菜江の口から、呆然とした
呟きが静かに洩れる。
 南海に浮ぶ多羅尾島へと向う、航空自衛隊のヘリコプターの機内。
 特殊衛星から流れる画像を見ながら、必死で送った仲間への祈りも虚しく、七菜江と五十嵐
里美が見守るなか、正義のサクラは壮絶に散った。
 
 銀の肌のあちこちを黒く炭化させ、破れた皮膚から流れる鮮血で、血祭りにあげられた桃色
の天使が、ゆっくりと孤島の草原に倒れていく。
 無謀ともいえるテレポートを敢行し、エネルギーを枯れ尽くした状態で、3体のモンスターに挑
んだファントムガール・サクラ。
 
 奇跡は起こらなかった。
 冷酷な現実が用意した結末は、蹂躙の末の正義の敗北。
 必殺光線をまともに浴びた小さな美戦士は、シュウシュウと黒煙をあげる無惨な姿を晒し、ピ
クリとも動くことなく横臥している。
 
 「立って、桃子! お願いッ、立ってよ!」
 
 ケータイに向って叫ぶ七菜江を、高貴の香すら漂う美少女が、そっと制する。
 
 「ナナちゃん、黙って見るのよ」
 
 「だって! だって桃子がッ!」
 
 「桃子は、体を張って私たちが到着するまでの時間を稼いでくれている。だから・・・だから、し
っかり見るの。こいつらの、闘い方を・・・」
 
 浮んだ涙で、七菜江には見えなかったに違いない。
 里美の唇に、うっすらと滲んだ血の痕を。
 
 多羅尾島到着まで、あと4時間半―――
 
 
 
 ヴィ・・・ン・・・・・・・・・ヴィ・・・ン・・・・・・・・・
 
 「ククク・・・全く他愛のないことだ」
 
 胸の中央のクリスタルが、わずかばかり点滅している。
 血塗られた肢体を、仰向けのまま大の字で横たわらせた桃色の女神。
 端正な銀のマスクをネクロマンスに、なだらかに盛り上がったバストをクロプスに、ピンクの模
様が入った股間をアモデスにそれぞれ踏みつけられて、ファントムガール・サクラの小さな身体
は、一層儚げに見える。
 
 戯れるように、3体のミュータントはぐりぐりと敗北の天使を踏み躙る。
 美貌が歪み、発展途上の胸の隆起がひしゃげて潰れる。刺激された股間が疼くのか、蛇女
が蛇腹を捻らせるたびに、電流が走ったようにピクピクとサクラの細い足が痙攣する。
 
 「よし、そろそろよかろう。あまり長い間この姿でいると、この前のように睡魔に襲われるやも
しれん」
 
 ネクロマンスの言葉は単なる推論であったが、実際には正鵠を射ていた。
 初めて巨大化を果たしたとき、3匹の怪物は1時間という変身限界時間をめいっぱい使い、
島の破壊を存分にし尽くした。だが、60分が近付くにつれ、体内に潜む『エデン』は暗黙のうち
に危険を知らせてきた。これ以上巨大化していると死ぬ、と。本能的に危機を察した三人の盗
賊は、咄嗟にもとの姿に戻ったのだが、激しい睡魔に襲われ気絶するように眠りに落ちてい
た。
 その現象を、盗賊たちのリーダーであるネクロマンスは偶然とは片付けなかった。
 一歩間違えば、死を呼び寄せる結果となる禁断の果実。その能力の扱い方を、『エデン』の
本能と、国際的な犯罪者の冷静な判断力が、猛烈な勢いで上達させていく。
 
 「ファントムガールのひとりが現れたということは、他の仲間もでてくるかもしれん。眠ってしま
えばどんな強大な力を持っていようがお終いだ。万が一に備え、休んでおくことにしよう」
 
 血塗られた小さな身体を、ピクリとも動かすことなく横たわる桃色の天使。
 勝利の余韻に酔いしれる3匹の怪物たちは、一瞥もくれることなく、無惨な姿に変わり果てた
少女戦士のもとを立ち去ろうとする。もはや興味はないとばかりに。
 
 「ッッ?!!」
 
 最初に異変に気付いたのは、用心深いネクロマンスであった。
 死の象徴ともいうべき骸骨の顔を、ゆっくりと振り返る。
 ぽっかりと開いた暗いふたつの瞳が見たものは、瀕死の女神が立ち上がった姿であった。
 鮮血を噴き出し、焦げ痕をこびりつかせ、ブルブルと小刻みに震えながらも、確かに美貌の
天使は立っている。
 小柄で、脆弱なエスパー少女の、どこにそんな力が残っているのか。
 目に見えないサクラの執念が、悪党の心に不快な炎を灯させる。
 
 「キサマ・・・まだ生きていたのか・・・」
 
 「あた・・・し・・・はッ・・・・・・ま・・・だ・・・・・・負けて・・・・・・ないッ・・・」
 
 鈴のような声が搾り出され、超美少女は不屈の闘志を秘めた大きな瞳で、真っ直ぐに3体の
敵を見据えた。
 
 嘘だった。
 「負けてない」など、嘘だった。誰よりも、サクラ自身が、己の敗北を自覚していた。いや、もっ
といえば、この死地に赴いた時からすでに、自分が敗れるであろうことはわかっていたのだ。
 それでも心優しき少女は、強大な力を誇る悪党に、反抗の眼差しをあえて向けている。
 
 “ちょっとでも・・・ほんのちょっとでも・・・足止めしないと・・・・・・こいつらを・・・この場所
に・・・・・・”
 
 無謀を承知で単身サクラが闘いを挑んだ理由。
 島の住人を全滅させた怒りもある。だがそれとは別に、この無秩序な悪党たちを、どうしても
この場に留めておかねばならない気持ちが、桃子に無理なテレポートを敢行させたのだ。
 もし、3体の怪物たちが東京にでも上陸したら・・・
 被害を最小限に抑えるには、この多羅尾島にやつらを釘付けにしなければならない。一刻で
も早く闘って。己の命を捨ててでも。
 
 “まだ・・・まだこいつらには力が余ってる・・・・・・もっと・・・疲れさせないと・・・ここから出てか
ないように・・・・・・”
 
 ブルブルと震える両手を突き出すサクラ。
 光のエネルギーは尽きかけているというのに、それでもサイコパワーを掻き集めて、正義の
光線を放とうとする。
 
 「愚かな小娘め! 食らえッ!」
 
 ネクロマンスの掛け声に合わせ、3体のミュータントが一斉に暗黒光線を発射する。
 満足に動くことのできない憐れな少女戦士の全身に、光を食う闇の放射は、存分に浴びせら
れた。
 胸に。腹部に。顔に。ふたつのクリスタルに。
 
 「はあぐううぅぅッッウウッ!!! ふぐうッッ!! ウウウアアアアアぁぁぁッッッ―――ッッ・・・
ッッ!!!」
 
 逼迫した、悶絶の喘ぎ。
 激しく身悶えた桃色の肢体が仰向けに倒れる。黒い煙が、銀の皮膚から立ち昇る。
 壮絶な苦痛に、桃子は硫酸を浴びせられたかのような錯覚を起こしていた。苦しい。身体の
表面が、焼けるように痛い。このまま草原に倒れながら、苦痛に屈して沈んでしまいたかった。
 
 “・・・だ・・・め・・・・・・もっと・・・・・・疲れ・・・させない・・・・・・と・・・”
 
 テレポートで体力のほとんどを削られ、蹂躙で肉体を破壊され、光のエネルギーも吸い尽くさ
れて・・・もはやほとんど何も見えず、身体の自由も利かないなかで、桃色の小柄な身体は、ま
たもや立ち上がってきた。
 
 「あッ?!!」
 
 「どうしても、殺されたいようだな、ファントムガール・サクラ」
 
 ガクガクと揺れる膝をこらえてなんとか立ち上がった美戦士を待っていたのは、破壊の欲望
に駆り立てられた、3体の怪物による包囲網。
 いつのまにか、至近距離に近付いた3悪党が、惨めに震える血染めの天使を、冷たい眼光
で見下ろしている。
 
 「ならば望み通り、オレたちの技の餌食となれ!」
 
 背後に立った山のような巨体が、細く小さな身体に襲いかかる。
 元々の圧倒的力量差に加え、今のサクラに抵抗するだけの力は残っていなかった。
 両腕の手首をまとめて巨大な右手に捕らえられ、高々と空中に揚げられる。ブランと垂れ下
がる、敗北の天使。
 余った壷のごとき左拳が、反撃不能の女神の背中を、へし折れんばかりに殴りつける。
 
 ベキイイイイイッッッッ!!!
 
 「あぐうううううッッッ―――ッッッ!!!!」
 
 脊椎の反り曲がる怪音に、サクラの叫びが重なる。
 
 「グワハハハハ! 脆い身体だな、小娘。これはどうだ?」
 
 ドボオオオオオオッッッ!!!
 
 フック気味に左の脇腹に突き刺さった巨大な拳は、少女の内臓に直接衝撃を与えた。
 
 「ぐふうううううッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 ドビュッと口から吐き出された血が、草原にビチャビチャと落ちていく。
 カクリとうなだれる、サクラの美貌。
 脱力し、胸のクリスタルを弱々しく点滅させるエスパー女神を、羽交い締めにするクロプス。
強烈な二発の打撃は、柔らかな少女の肉体を破壊し、耐える戦士の意識を暗黒の彼方にまで
吹き飛ばしてしまっていた。鼻で笑った大入道は失神したサクラの身体を、蛇女と死神との前
に差し出す。
 
 「地獄の苦しみというものを、味わわせてやろう」
 
 ぐったりとぶらさがったサクラの右乳房をアモデス、左乳房をネクロマンスがむんずと握りし
める。
 
 「ひゃううッッッ?!!」
 
 若い肉体は、己に突き立てられた悪意の牙に思わず蘇生し、恥じらいの声をあげていた。
 
 「ウフフ・・・サクラ、あなたみたいな小娘にはわかんないだろうけど、女の私が情報を掴むた
めに、どれだけの努力をしているか・・・」
 
 盗賊としてのジェミーの役割は、ターゲットとなる家の情報を掻き集めることであった。仕事に
は、彼女の美貌と実地訓練により鍛えた夜の技とが、大いに役立っている。
 
 「私が手に入れたテクニック、この未熟な身体にたっぷりと教えてあげる♪」
 
 数多の男どもを虜にしてきた性の魔技。
 ジェミーがもっとも自信を持つ技が、アモデス最大の必殺技と化して、今、敗北の天使に刷り
込まれる。
 
 掌にすっぽりと収まる円い柔肉。
 お椀型のそれを周囲から掬い取るようにゆっくりと回す。優しく。丁寧に。
 柔らかな球体がグニャグニャと形を変えながら、嘲笑うようにこね回される。蛇女の手の平
が、先端の突起を絶妙な触感で摩擦する。
 
 「・・・んッ・・・んんん・・・・・・うッ・・・・・んッ・・・」
 
 「フフ、どうしたの、サクラ? すっかりおとなしくなっちゃって。感じちゃうにはまだ早いんじゃ
ない?」
 
 頬を染め、悔しさと悦楽の混ざった瞳で睨むサクラの左乳房の先端を、アモデスの尖った指
が遠慮なく摘まむ。ビクンと背を硬直させた少女戦士に構うことなく、すっかり固くなった小豆状
の突起を、色に生きる女はクリクリと2本の指でこねる。
 
 「んはぁッ・・・んッ・・・んくぅッ・・・・・・」
 
 「あらあら、声がいやらしくなってきたんじゃない?・・・フフフ」
 
 銀色の乳房に浮びあがった蕾を、細い指が押す。回す。引っ張る。折り曲げ、肉に押し込
み、優しく撫でる。執拗な嬲りに、官能の疼きが電流となって、囚われの女神の下腹部を突く。
 少女のなだらかな丘陵は、少女からオトナへと変わる途中で、脱皮中の胸は薄皮を露わにし
たように敏感であった。元々触れられるだけでくすぐったい感度良好な箇所を、磨かれた性技
で存分に弄ばれ、サクラの内圧は猛烈な勢いで上昇していく。
 
 柔らかな左のお椀がアモデスの掌に包まれたまま、おもちゃのように掻き回される。
 頂点をさんざん遊ばれ朱に染まった女神のバストが、モノ扱いされて、グチャグチャに揉みし
だかれながら粘土のようにこねられる。
 
 「ひゃくうアアアッッ・・・!! やッ、やめてぇぇッッ・・・!!」
 
 思わず嬌声を洩らした瞬間、ずっと右乳房を握り潰していた死神が、負のエネルギーを容赦
なくエスパー天使に注ぎ込む。
 
 「んんあああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 「グオッ、グオツ、グオッ! 天国と地獄、両方味わいながら果てていくがいい」
 
 アモデスの悦楽地獄と、ネクロマンスの破壊光線。
 右胸と左胸、それぞれ違う刺激が交互にサクラを襲い、苦しみを一層際立たせて刻み込んで
いく。
 快楽に昇天しかかれば、苦痛が与えられ、激痛に失神しようとすれば官能の津波が押し寄
せる・・・一向に慣れることすら許されぬ、女神殺しの悶絶コンボ。未曾有の責め苦に桃色の乙
女は絶叫し、痙攣し、涎を垂れ流し、美貌を狂ったように振り乱して・・・やがてガクンと崩れ落
ちた。
 
 「フハハハハハ! 我らに歯向かった罰だ、ファントムガール・サクラ! 身の程を知らぬ、愚
かな小娘め」
 
 3匹の怪物の哄笑が、孤島の空に消えていく。
 対する少女戦士の声は、もはやなかった。
 代わりに鳴り響くのは、消え入りそうなクリスタルの点滅音。
 
 「よし、とどめだ。2度と立てないようにしてやれ」
 
 ヴィ・・・・・・・ン・・・・・・・・・・ヴィ・・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・
 
 アモデスの蛇腹がたっているだけの銀の女神に絡みつく。
 股間を這い、両胸を縛るように巻きつく。生ぬるい、湿った感触が、サクラの官能を再び燃え
あがらせていく。
 
 べチャクチュピチャア・・・クチュクチュ・・・ビチャアッ・・・クチュピチャ・・・
 
 嵐のごとき愛撫。
 桃色に光った蛇腹が、捕えた女神の全身を暴力的なまでに一斉に嬲る。破壊せん勢いで。
 胸の先端に尖った豆を摩擦し、甘い蜜を溢れさせた股間のクレヴァスを抉る。小ぶりなバスト
を揉み、張り出したヒップを撫で回し、ありとあらゆる場所の性感帯を強引なまでに刺激してい
く。少女の内襞の奥から熱い聖水がじっとりと滲みだし、未熟な果実の甘蜜は、ピチャピチャと
淫靡な曲を奏で始める。
 官能の、拷問。
 サクラの意志などまるで無視した、強制的な昇天。脳髄を焼き尽くす劣情の炎は、超美少女
の体力を根こそぎ刈り取り、精神を崩壊させ、細胞を狂乱に染めていく。
 
 「ふぇッ・・・ふぇぎゅッあああアアアァァァッッッ〜〜〜〜ッッッ!!!!はびゅううううッウウぅ
ぅッッ〜〜〜ッッッ!!!!」
 
 “・・・あ・・・・・・たし・・・・・・・も・・・・・・う・・・・・・”
 
 ぷっしゅううううううッッ・・・・・・・
 
 サクラの股間から夥しい白濁水が噴出する。
 正義が悪の官能に征服された証明。潮吹く無惨な女神を、アモデスがゴミのように空中に放
り投げる。
 
 「グワハハハハハッッ――ッッ!!」
 
 ベキイイイイッッッ・・・!!
 
 待ち構えていたクロプスの右拳が、重力に任せるがまま落下する薄汚れた女神の柔らかな
背中を穿つ。
 背骨の軋む嫌な音を残して、鮮血を振り撒きながらサクラの肉体は天高く再度宙に飛んだ。
 
 ヴィ・・・・・・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・・・・
 
 「ククク・・・さらばだ」
 
 最大のパワーで放たれた死神の暗黒光線が、真下からサクラの股間に直撃する。
 
 ババババババババ!!
 
 「ウアアアアアアアアアッッッ―――ッッッッ!!!!」
 
 惨敗の絶叫が、こだまする。
 パンッ! 破裂音が響き、闇の力に耐えかねたサクラの銀の皮膚が爆ぜる。
 ドシャリと草原の大地に落下する敗北の女神。
 小さな身体がピクピクと震える。泥と火傷に覆われた、痛々しい少女の背中。
 体力を失い、精力を吸い尽くされ、肋骨を砕かれて、細胞を焼き尽くされた無惨な美少女エ
スパー。
 
 ヴィ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・・・
 
 「・・・・・・ぁ・・・・・・・・・・」
 
 それでもまだ闘おうというのか。
 うつ伏せに倒れたまま、上半身を起こし、必死に右手を宙にさ迷わせるサクラ。
 敵を探すというより、救いを求めるような憐れな姿。
 
 「ワーッハッハッハッハッハッ!!!」
 
 取り囲んだ三方から発射された破壊光線が、地に這う瀕死の天使を一斉に焼き尽くす。
 
 「アアああアッッッ――――――ッッッッ!!!!」
 
 ギュンッと反りあがった超能力戦士が絶叫し、数瞬の静止ののち、ゆっくりと大地に倒れこ
む。
 
 ヴィ・・・・・・・・・・・・・・・
 
 瞳と胸のクリスタルが、その青い光を静かに消していく。
 ビクンッ! ビクンッ!!
 2度、大きく背中を震わせるや、ファントムガール・サクラはその動きを止めた。
 
 3匹の怪物の高笑いが、南海の孤島に響き渡る。
 変わり果てた女神がすっと消えていくのと同時に、凶悪な巨大生物たちもまた、忽然とその
姿を消していた。
 天に嘲笑う勝ち鬨を轟かせながら。
 
 
 
 3
 
 航空自衛隊の小型ヘリが多羅尾島に到着してから、すでに3時間が経過している。
 草を刈り取っただけの簡素な野道を、疾風と化したふたつの青い風が駆け抜ける。整備され
てない道を思えば、恐るべし早さといえた。思わず世界記録を確認したくなるような。なびくプリ
ーツスカートが、草で切れてしまいそうな。
 青色のセーラー服に身を包んだ美少女ふたり。
 五十嵐里美と藤木七菜江。守護天使と呼ばれる存在に変身するふたりの少女は、この島に
着いてから休まず走り続けていた。
 
 「桃子、どこにいるの・・・?」
 
 背後に追走してくる少女が時々洩らす弱々しい呟きに、里美は反応することなく走り続けてい
た。
 
 ファントムガール・サクラが己の身を犠牲にして闘ったことで、3匹のミュータントたちは体力
を消耗しているはずだった。
 巨大化を解除したあと、彼らには睡魔が襲ったに違いない。失神するほどの激しさではない
が、横になりたくて仕方がない程度の強さで。サクラにあれほどの攻撃を繰り出したのだ、『エ
デン』が要求する休憩はある程度のものになる。
 
 どこかで3人の敵は眠っているはずだった。
 島に着いたのが、闘いが終わってから約4時間後。すぐに桃子を倒した悪党3人を見つける
ことができれば、闘わずして勝利を収めることができる。身を盾にした桃子に報いることもでき
る。
 
 だが、焦る里美を嘲笑うように、敵の姿はおろか、敗れ去った美少女エスパーの痕跡すら見
つけられないうちに、時間だけが過ぎていく。サクラの仲間がくることを察知した敵が、万一に
備えて身を隠したのは、もはや明白であった。
 
 “恐らく、もう奴らは目覚めているでしょう・・・そして桃子は”
 
 最悪のシナリオが美しき令嬢の脳裏に渦巻く。キッと強く結んだ唇が、憂いを帯びた横顔に
不安の彩りを添える。
 
 紺青のプリーツスカートから生えた4本の足が、急ブレーキをかけて止まったのはそのときだ
った。
 
 「桃子ッ!」
 
 美少女ふたりが叫んだのは、同時。
 視線の先、約20mに十字架に磔にされた桜宮桃子の姿があった。
 藤村女学園の制服である、白の半袖シャツに赤いネクタイ、クリーム色のミニスカートがボロ
ボロに破られた状態で纏わりついている。まるで野犬の群れにでも襲われたような無惨な姿。
白い美貌を更に蒼白にさせ、長い睫毛を縫い合わせて瞳を閉じた美少女は、眠っているように
うなだれたまま動かない。乱れたセミロングの茶髪が、高い鼻梁に、厚めの深紅の唇に、仄か
な色香漂わせる口の右下にある黒子にかかっている。近くの森にでも倒れていたと思われる
潅木で作られた十字架に、草の蔓で両手両足を縛り付けられた守護天使の正体は、敗北の
痕を色濃く残して孤島の草原に晒されている。
 
 「ククク、ようやく現れたな、『ファントムガール』」
 
 十字架の隣りに立った骸骨のように痩せ細った男が、薄い笑いをこびりつかせてふたりの少
女に話し掛けてくる。
 
 理解している。
 私たちの正体を、理解している。
 思わず飛びかかろうとするアスリート少女を制しながら、里美は凶悪な敵の知性の高さに唇
を噛む。桃子がサクラである、という事実から、この骸骨男は必ずファントムガールの仲間がこ
こに救出にくることを確信していたのだ。そうでなければ、放っておいてもやがては死に至るで
あろう桃子を、わざわざ磔にする必要がない。
 
 最悪の予感が的中してしまったことを、里美は痛感せざるを得ないでいた。
 
 「こッのッ・・・桃子を放せッ、ガイコツ男ッ!」
 
 「ククク、勇ましいな。私のことはネクロマンスと呼んでもらおうか。差し支えなければ、お前た
ちの名前も教えてもらえないかな? できれば変身後の名を」
 
 噛みつきそうな顔で睨む七菜江に代わり、ひとつ上の先輩である長い髪の少女が答える。
 
 「私は、ファントムガール。こっちは、ファントムガール・ナナよ」
 
 「里美さん、こんな奴に名乗ることないよ! それにいっつも、簡単に正体をバラすなって言っ
てるのは里美さんじゃないですか」
 
 「構わないわ」
 
 ゾッとするほど澄み切った声で、五十嵐里美は断言した。
 
 「どうせ、こいつらは、この孤島で滅ぶのだから」
 
 「グワハハハ! 大層な自信だな!」
 
 高笑いとともに右手の茂みから、筋肉に覆われた巨漢が現れる。
 左の家屋の物陰からは、妖艶な美女。
 サクラを蹂躙した大入道と蛇女であることは、ひとめでわかる。3悪党が用意した罠の真ん中
に飛び込んだことを、里美はこの瞬間に悟った。
 
 「そっちの大男がクロプス。女の方はアモデスだ。せめてお前たちを殺す相手の名くらい、覚
えておくといい」
 
 骸骨男の口から、「殺す」という単語がいとも容易く放たれる。
 『エデン』は巣食った者の精神を増幅させる力を持つ。正義感の強い者は正義の使者へと。
虐げることを喜ぶ者は殺人狂へと。孤島に現れた3人の凶悪者が、闇の領域に完全に踏み込
んでしまっていることはもはや疑いようがなかった。
 
 歪んだ微笑を浮かべて巨漢と妖女がセーラー服に近付いていく。
 身構えるふたりの美少女。人間の格好をした悪魔を相手にするのは、悲しいことにとっくに慣
れている。
 じりじりと迫る犯罪者が、5m以内に侵入したときだった。
 
 「おっと、まさか闘うつもりではないだろうな、ファントムガール」
 
 痩せ細った男が声を発しつつ、その右手を十字架の少女の右胸に伸ばす。
 ビリビリに破れたシャツから覗く、ピンク色のブラ。
 包まれたお饅頭のような膨らみを、細く尖った指は無造作に握り潰した。
 見ている方が痛くなるほどの激しい圧搾。
 
 「やッ、やめろォッ!!」
 
 たまらず叫ぶ七菜江を無視し、男は桃子の丸い果肉を千切り取らん勢いで揉み回す。
 意識を失った敗北の天使の美貌が、歪む。
 失神して尚苦痛を刻まれる嗜虐に、瀕死の美戦士は声無き悲鳴をあげている。
 
 「歯向かえばファントムガール・サクラがどうなるか・・・わかるな?」
 
 左手に握ったナイフの刃先を、桃子の白い首筋に当てながら、骸骨男が余裕に満ちた笑み
を浮かべる。
 やはり――
 桃子が十字架に架けられていたときから、里美はこうなることを確信していた。人質にするた
めに、瀕死の桃子は彼らに生かされていたのだ。
 
 「さ、里美さん・・・」
 
 先程までの勢いを一瞬で吹き消されたスポーツ少女が、救いを求める瞳を向けてくる。
 バカがつくぐらい真っ直ぐな少女は、この手の揺さぶりに砂のように脆い。彼女の手に負えぬ
難問にどうすることもできず、信頼を寄せるリーダーにただすがることしかできない。
 だが、全てにおいて万能な里美とて、この窮地を脱する妙案など、簡単に生まれるはずもな
かった。
 
 「・・・ナナちゃん・・・」
 
 しばしの沈黙の後、月を思わせる秀麗な美少女は言った。
 
 「ごめんなさい・・・」
 
 すっと構えていた里美の両腕が落ちる。
 悪の脅迫に屈し、闘いを放棄した女神がそこにはいた。
 
 「フハハハハ! よし、そのふたりを血祭りにあげろ!」
 
 巨漢と妖女が殺到し、敗北を受け入れたふたりの少女戦士を飲み込んでいった。
 
 
 
 醒めるほどの美貌を朱色に染めたスレンダーな肢体が、元力士の太い腕に突き飛ばされ
る。
 セーラーの青いスカーフを掴まれ、身動きできない状態で、里美は黒武州ことクロプスの棍
棒のような拳を、半失神に追い込まれるまで顔面に受け続けていた。
 鮮血が口腔から溢れ、さしものくノ一の身体が脱力していく。意識が朦朧としたところで少女
戦士は荷物のように投げ飛ばされた。
 待ち構えていた女が背後から抱きとめるや、セーラーを捲り上げて形のいいDカップを丹念
に揉みしだく。
 このアモデスという女には、先程20分以上も蜜園の秘穴とその上に位置する萌芽とを激しく
愛撫され続け、桃色の衝動を爆発させられていた。果てた瞬間、浴びせられた嘲笑が鼓膜の
奥に渦巻いて離れない。思わず放った視線の先で、もっともこの惨めな姿を見せたくない少女
は、元力士の爆撃のような打撃を嵐のように浴びて、白目を剥いて横たわっていた。
 
 何度、蘇生と失神を繰り返しただろう。
 永遠とも思える時間のなかで、五十嵐里美と藤木七菜江は、凄惨な破壊と陵辱に流され続
けていた。
 里美が腹筋が断裂するかと錯覚し、胃液まで全て吐き出すほど腹部を大男に殴られ続けて
いた間、七菜江はハーフの女に、昇天するまで豊かなバストを性の技の餌食にされていた。
 オモチャのように怪力男と色魔に遊ばれ続けるふたりの天使。
 人質を取られ、手も足も出すことができない正義の少女たちが、奈落の底に落ちていく。
 
 「ナ・・・ナちゃん・・・・・・」
 
 背後から美しい稜線を描いた胸の隆起を揉みしだかれながら、痺れる甘美な刺激に必死で
抵抗する里美が、甘くなろうとする声を懸命に押さえて言う。
 
 「ご・・・めん・・・ごめん・・・ね・・・・・・」
 
 大地に大の字に横臥した七菜江は、山のような巨漢に顔を、腹を、股間を何度も何度も踏み
潰されている。
 吐血と白い泡を、潤んだ唇から垂れ流し、大男の大木のような足を鳩尾に食い込ませたスポ
ーツ少女は、ビクビクと痙攣しながらも、尊敬する先輩の声に反応した。
 
 「だい・・・じょ・・・ぶ・・・」
 
 Vサイン。
 震える小さな指で、無理矢理作った眩しい笑顔とともに、里美に見せた瞬間、七菜江のメロ
ンのようなボリュームあるバストを元力士が踏みつける。
 大量の血を吐きながら、スポーツ少女の奇跡的なボディは海老のように大地で飛び跳ねた。
 ドサリと地に落ちたショートカットの美少女は、壮絶な苦痛に意識を飲まれ、弛緩した憐れな
肉体を野に晒す。
 
 ギリギリと歯噛みする音が、神秘的な美しさを纏った美少女から洩れる。
 いいように壊され、汚されていく守護天使たち。だが、桜宮桃子の命がこの3匹の悪魔に握ら
れている以上、五十嵐里美にはどうすることもできないのだ。
 
 「もう・・・いいでしょう・・・・・・いい加減に、トドメを刺して」
 
 完全な敗北宣言とも取れる発言が、光輝く唇の間から放たれる。
 すでに里美も七菜江も、肉体も精神もボロボロにされていた。
 生死の狭間を行き来する桃子に、反撃はおろか動くことすら期待はできない。
 他の仲間たちがここに駆け付ける可能性はゼロだった。南海の孤島には、仲間どころか人
間すらいない。
 絶望的な状況下で、ふたりのファントムガールは最期の時を迎えてしまうのだろうか。
 
 「ククク・・・いいだろう。ならばファントムガールに変身しろ。サクラ同様、オレたちの技の実験
台になってもらおうか」
 
 骸骨のセリフを合図に、巨漢と妖女が黒い粒子と化して蒸発するように掻き消える。
 次の瞬間、漆黒の稲妻とともに、2体の巨大生物は三度多羅尾島の草原に出現していた。
 
 「ナナ・・・ちゃん・・・しっかり!・・・」
 
 地に伏したショートカットの少女に、胸を包んでいた温かな疼きからようやく解放された里美
が、よろよろと這い寄る。
 セーラーから覗く素肌に、数え切れない青い痣を残した七菜江を抱き起こす。血と泥の混ざ
った濃い茶色が制服のあちこちに沁みを作り、靴底や拳の生々しい跡がこびりついている。ピ
チピチとはちきれそうに肉が詰まった肢体は、里美の腕のなかで、悲しいほどに軽く感じた。
 
 「ごめんなさい・・・」
 
 「へい・・・き・・・あたしまだ・・・闘えるよ・・・・・・」
 
 何度目かの詫びを入れる里美に、頬を腫らした七菜江がニコリと笑いかける。
 こうなることを選択したのは里美だ。その里美に全幅の信頼を寄せて、七菜江は不条理なリ
ンチの餌食となった。覚悟はしていたはずなのに、長い髪の少女の胸には自責の念が渦巻く。
 
 ぐぐ・・・
 妖女の魔悦に弄ばれ、巨漢の殴打に潰された上半身を、スポーツ少女は自力で起こす。
 
 「ナナちゃん・・・わかってるわね? 死ぬときは私が先よ」
 
 畏れすら抱きかねない神秘的な美少女と、屈託無い笑顔が似合う美少女とが真っ直ぐに見
詰め合う。
 死線をともに乗り越えてきたふたりの天使は、同じタイミングで叫んだ。
 
 「トランス・・・フォーム!!」
 
 白光が錯綜し、孤島の空に眩い光が爆発する。
 紫の模様を持つ女神と、青い模様を持つ天使とが、神々しい銀色の肌を輝かせて、死闘の
大地に現れる。
 
 「ファントムガールと・・・ナナか・・・やはり眩暈がするほどに美しい奴らだ」
 
 3つめの黒い稲妻が地を焼いたのはそのときだった。
 死神ネクロマンス、登場。
 その左手に握られているのは、十字架に磔にされたままの桜宮桃子。
 2vs3。蹂躙された肉体。そして、人質を取られた絶体絶命の窮地。
 ファントムガールとファントムガール・ナナの、絶望的な闘いが今、孤島の草原にて始まろうと
していた。
 
 
 
 4
 
 ふたりの銀色の女神を、3匹の醜悪な怪物が取り囲んでいる。
 どちらが正義で悪か、ひとめでわかるほど両者の容姿は美醜がはっきりとわかれていた。
 かたや、銀色の皮膚を輝かせた、ふたりの女神。金色がかった茶色の長い髪を、肩まで伸
ばした紫のファントムガールは、この世のものならぬ麗しさを伴い、もうひとりの模様も髪も青
いショートカットの天使は、天性が生む可憐さに溢れている。何時間みていても飽きない神々し
い姿は、孤島の青空に一際眩しく映えている。
 一方の3体のミュータントは、普通の人間が見たら失禁しかねないおぞましさ。フードをかぶ
った骸骨は暗黒の瘴気を噴き出し、ひとつ目の巨大入道は筋肉に覆われて、文字通り山のよ
うに立ちはだかっている。蛇の下半身を持つ妖艶な妖女は、下卑た笑いをその濁った瞳に浮
かべていた。
 
 可憐な少女戦士ふたりと、醜悪な怪物3匹の闘い。
 いや、闘いとは言えない。人質を取られ、反撃を封じられた守護天使たちの処刑タイムが、
孤島の草原で始まろうとしていた。
 
 「ククク・・・わかっているな? 少しでも妙な動きを見せれば、お友達が内臓をぶちまけてあ
の世にいくぞ」
 
 シャレコウベが左手を突き出し、握った十字架に磔にされている桜宮桃子を見せつける。
 ぐったりと顔を傾けた美貌の少女は何の反応も示さず、己の生命が悪の手の内にあることを
示唆するのみ。
 桃子、つまりファントムガール・サクラがこの3匹の怪物たちに蹂躙される様は、ケータイに届
く衛星画像で里美も七菜江も見届けている。トランスフォームを解いた桃子のダメージは軽減
されているとはいえ、瀕死に追い込まれているのは手に取るようにわかっていた。己を盾にし
たサクラの代償は、決して軽くは無い。
 
 “骸骨・・・ネクロマンスが一瞬でも左手に力をこめたら、桃子は死んでしまう。助ける素振りを
見せることすらできないわ”
 
 多くの“悪”と出会ってきた五十嵐里美には、ネクロマンスの危険度がよく理解できていた。人
を殺すのに、なんらの躊躇もしないタイプ。脅しは嘘でもハッタリでもないだろう、少しでも反抗
の姿勢を見せれば、間違いなく桃子の五体は、巨大生物によって虫のように握り潰されてしま
う。
 
 「フフフ・・・さあ、楽しませてもらいましょうか?」
 
 紫のファントムガールの背後に立った蛇女が、唇を吊り上がらせて長い指を少女天使の肩
にかける。
 無抵抗であることを、十分承知したうえでの動き。これから行う嗜虐の喜びを隠せない、余裕
ある動き。
 肩に触れた指が、するすると身体のラインをつたって胸の丘陵をまさぐる。じっくりと周囲を撫
で回し、丘陵の頂上にと指先を這わせる。
 美しい形をした銀色の乳房が、虫の這いずるおぞましさで覆い尽くされるのを、五十嵐里美
=ファントムガールは無言で受け入れるしかない。
 
 「フ・・・ファントムガール!」
 
 たまらず仲間に駆け寄ろうとする青い戦士ナナの首に、大木の幹のごとき巨腕が絡みつく。
 背後から大入道クロプスに抱きつかれ、守護天使の細い首は強烈な力で締め上げられる。
 
 「ううッッ!!・・・ぐ・・・ぐううッッ!!!」
 
 「お前の相手はこのオレだ。もっとも・・・」
 
 巨大な怪物に首を絞められたナナの肢体は、身長差のせいで絞首刑のように吊り下げられ
る。窒息の苦しみにバタバタと足をもがくナナ。
 片腕で少女戦士を吊り上げたクロプスは、余った右手を拳の形に握って引く。
 
 「すぐに終わるがな」
 
 宙吊りの少女戦士の脇腹に、怪力の豪腕フックが突き刺さる。
 
 「ぐううううううううッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 「グワハハハ、肋骨の折れたいい音がしたぞ!」
 
 容赦ない2発目のフックが、同じ場所に拳ごと埋まる。囚われたナナの肢体が、肉の潰れる
酷い音色を奏でる。
 
 ゴフぅッッ!!・・・・・・
 
 愛らしい唇から割ってでた鮮血が、霧となって苦鳴とともに吐き出される。
 
 「ナ・・・ナナッ・・・!」
 
 「おっと、あなたに他人の心配してる余裕はあるのかしら?」
 
 思わず駆け寄ろうとするファントムガールの肢体は、背後から抱きすくめたアモデスによって
制止された。
 蛇女の下半身が、引き締まったくノ一少女のくびれた胴に絡まってくる。
 ふたつの乳房を下から持ち上げるように絞めつけ、Sの字を描くようにくびれた腰に絡みつ
く。生温かく、湿った蛇腹は、臍の上を通って少女戦士の股間に吸いついてくる。
 
 「ふッ・・・くうッッ・・・・・!」
 
 「生身のときに、あなたの感じる場所は探らせてもらったわ・・・。よがり狂わせてあげる」
 
 じゅるるる・・・ぬちゃあ・・・ぐちゅぶちゅう・・・
 
 湿った蛇腹がファントムガールに吸いついたところどころで蠕動する。
 両の乳房を、右の脇腹を、お臍の周囲を、そして股間にくっきりと浮き出た、秘密のクレヴァ
スを・・・生ぬるい軟体が、絶妙な刺激で貪る。アモデスの台詞通り、それらの場所は全て、五
十嵐里美の感度が良好な性感帯であった。
 
 「んんッッ!!・・・くはッ・・・・・んはアッ!!」
 
 引き攣った銀の美貌が天を仰ぐ。
 悦楽の蛇腹に巻きつかれたファントムガールは、無数の手で愛撫を受けているのと同じであ
った。しかも、最高の粘度と温度を誇るローションを塗りたくられて。決して性への耐久が強い
とは言えぬ里美にとって、色を知り尽くしたアモデスの快楽責めは、理性と自尊心で耐えるに
は過酷に過ぎた。半開きになった唇から、吐息にも似た喘ぎが漏れ出し、ガクガクと膝が揺れ
始める。両胸のトップが硬く尖り、下腹部の秘裂の上に位置する部分に、肉の萌芽が浮き出
始める。
 
 「ファントムガールといえど、所詮は小娘だね。私の技に、もうトロトロじゃあないか。そら、ク
ライマックスはこれからだよ」
 
 胸の双丘と股間、3つの突起を陵辱の蛇腹が包み込む。
 ビクン!とのけぞる守護天使に構わず、破壊するような激しさで蛇の螺旋が一斉に愛撫の嵐
を叩きこむ。
 
 ぐじゅるるるるッ、べちゃあッ、じゅるるるッ、じゅぼオッ、ぐじゅウッ!
 
 「ふぇはああああああッッッ――――ッッッんんんッッ!!! ふわあッッ!!! んんんああ
ああッッッ〜〜〜ッッッ!!!!」
 
 秘裂を割って蛇腹がファントムガールの内部に侵入する。少女にとって最も大事な箇所の襞
を、蛇の襞が激しく摩擦する。壮絶な快感の怒涛に、銀色の女神は震える足を無理につま先
立ちにして、逃れられぬ悦楽の波動から無駄な脱出を試みる。
 
 “あああッッ!!・・・こ、壊れるッ!! お、おかしくなりそうッ!”
 
 「んんんんッッッ―――――ッッッ!!!! ふあああああッッッ〜〜〜〜ッッッ!!!!」
 
 蕩けるような表情が見え隠れする美貌を、ブンブンと横に振るファントムガール。透明な涎が
雨となって、緑の草原に降りかかる。
 
 「まだまだ、これでどう?!」
 
 蛇の尻尾の先端が、魔悦に痙攣する正義の女神の肛門に突き刺さる。
 ビクンッッ!!
 一瞬、ファントムガールの動きが止まる。
 その隙を見計らっていたかのように、蛇の尻尾は一気に、ズブズブと女神のアナルを貫いて
いく。
 
 「キャアアアアアアアアッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 異物の潜入する嫌悪感に、人類の守護者があられもなく絶叫する。
 悦楽の螺旋に絡みつかれた美しき蝶を、色魔は再度、陵辱の渦に飲み込んで貪る。直腸の
内部まで愛撫されるような悪夢に、気丈な天使もただ悲痛な叫びをあげるしかない。
 
 「ひゃああああああああッッッ――――ッッッ!!! くッ、狂うウぅぅッッ〜〜〜ッッッ!!! 
狂ってしまうぅぅッッッ―――ッッッ!!!! ひゃめッ、やめてえええぇェェッッッ―――ッッ
ッ!!!! うあああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 「アッハッハッハッ! サクラと同様、エネルギーを吸い尽くしてあげるよ!」
 
 絶叫するファントムガールの首筋に、アモデスの鋭い牙が突き立てられる。
 蛇の牙は、ズブズブと、女神の首に埋まっていく。
 
 「あ・・・ああ・・・・・・」
 
 「食らいなッ、ファントムガール!」
 
 ギュオオオオオオオオオッッッ!!!!
 
 巻きついた蛇腹と首に埋まった牙とが、一斉に光のエネルギーを吸収していく。
 
 「きゃああああああああああああッッッ―――――ッッッッ!!!!」
 
 正義の女神の憐れな叫びが、孤島の空にこだました。
 
 
 
 「ファントムガールッッ!!」
 
 大入道の岩のような豪腕に抱き締められている青い天使が、敬愛する先輩の窮地にたまら
ず叫ぶ。
 怪力クロプスの打撃を、ただされるがままに受け続けたファントムガール・ナナの肉体はすで
にボロボロであった。変身前からリンチされたのに加え、巨大な拳で殴られ続けた肋骨は、数
本が折れているのは確実だった。ズキズキと突き刺さる痛みと、内臓が軋む痛み。苦しむナナ
を、クロプスはサバ折り=ベア・ハッグに捕え、さらなる圧迫地獄で苦しめ抜いていた。
 
 折れた肋骨をさらに軋ませ、内臓に刺さらせんとするクロプスの嗜虐は、壮絶な苦痛を青い
天使に与えていた。吐血と白泡がゴボゴボとナナの愛らしい唇からこぼれる。死の影がちらつ
く激痛。それでも真っ直ぐな少女戦士は、敢えて反抗を放棄し、されるがままに蹂躙されていた
のだ。
 だが、目の前で繰り広げられるファントムガールの窮地が、再び怒りの炎をナナの胸にたぎ
らせていた。
 蛇女の魔悦でさんざん弄ばれた挙句、光のエナジーをぐんぐんと吸収されていくファントムガ
ール。
 その胸の中央に輝く青いクリスタルは、いまや点滅を開始している。ビクビクと全身を襲う痙
攣が、ファントムガールの苦しみを物語っていた。
 このままでは、殺される。
 ファントムガール、五十嵐里美が殺されてしまう!
 確実な予感が、1度は捨てたはずの反撃の力を、ショートカットのアスリート戦士に蘇らせる。
 
 「ぬ?!」
 
 なんの反抗も示してこなかった青い天使に力が沸くのを、両腕で潰し続ける一つ目の入道は
敏感に察知する。
 
 「仲間の窮地に焦ったか。だが、お前の力では、この戒めを脱出することなどとてもとて
も・・・」
 
 クロプスの両腕は、ナナの腕ごと挟んで胴を締め付けている。
 ナナが敵の戒めから脱出するには、腕の力で締め付けてくる怪力に対抗しなければならな
い。元力士と女子高生・・・体躯の違いを引き合いにだすまでもなく、純粋な腕力には埋めよう
のない大きな溝があるふたりの力比べ。
 
 「くううッッ・・・ぐぐぐ・・・」
 
 「グワハハハ! 無駄だ、無駄だ。いくら足掻こうが、その細い腕でオレの力と張り合うな
ど・・・」
 
 余裕で大笑するクロプスの言葉が途絶えたのは、その時だった。
 奇妙な違和感。
 いや、それは違和感ではなかった。あまりに予想外な事態に、脳がその認識を正しくできな
かっただけのこと。
 対抗している――?
 絞めようとするクロプスの腕が、心なしか、先程より広がっているような。
 取るに足らぬはずの小娘の腕力が、明らかに今、『対抗する力』として少女の胴より太い怪
腕に伝わってくる。
 
 「ぬうおおッッ?!・・・なッ、なんだとッ?!」
 
 「ぐううッッ・・・うおおおおおッッッ―――ッッッ!!!」
 
 青い戦士が吼える。一つ目入道が汗を噴き出す。
 まさか、スポーツ少女が元力士の腕力を凌駕しようというのか――?!
 信じられぬ光景が広がる前に、新たな動きは起こった。
 
 「待て、ナナ! これを見ろ!」
 
 鋭く言い放った骸骨ネクロマンスが、左手に握った十字架の桜宮桃子に漆黒の光線を撃つ。
 それは十分に威力を落とした暗黒光線。だが、瀕死の、それも生身の桃子にとっては強烈す
ぎる一撃。
 一瞬仰け反り、大量の鮮血を吐いた美貌の少女が、ぐったりと弛緩して崩れる。
 十字架に磔にされたままの囚われの美戦士は、苦痛に美貌を歪めたまま、もはやピクリとも
動かない。
 
 「桃子オォォッッッ―――ッッッ!!!」
 
 「忘れたかッ?! お前が歯向かえば、こいつはミンチになるんだぞ」
 
 瞬時にして、ナナの全身に漲っていた奇跡の力は消失した。
 そう、悪魔の手に生命を委ねられているのはファントムガールだけではない。己の身を盾に
して、この地に3匹の悪魔を留めた桃子も、敵のちょっとした気まぐれで絶命しかねない窮地に
立たされているのだ。
 そして今、ナナ自身も悪魔の手に堕ちようとしていた。
 
 「・・・卑怯・・・モノ・・・・・・」
 
 「グオッ、グオッ、グオッ! なんとでも言うがいい。あいにくオレたちは、卑怯という言葉が悪
口に聞こえるほど、ガキじゃないんでな」
 
 脱力したナナの肢体を、クロプスの巨体が羽交い締めに捕える。
 完璧に決まった拘束は、たとえ全力を出そうとも脱出不可能であることを少女戦士に教えてく
る。反射的に身を捩るが、囚われの身の哀れさを過剰に演出するだけだった。
 
 「ネクロマンス、この小娘は少し危険のようだ。万一に備えて、早めに始末した方がいい」
 
 グラマラスな少女の秘めた力を垣間見た巨漢の言葉に、フードの下の髑髏が頷く。一連の攻
防のなか、ナナの持つ身体能力に畏怖を感じたのはクロプスだけではなかった。
 骨だけの右手が、真っ直ぐ囚われの青き天使に向けられる。
 ネクロマンスが操る、暗黒の光線。サクラにトドメを刺した闇の放射が、動けぬナナに放たれ
る。
 
 バババババババ!!
 
 漆黒の潮流は、豊満な右のバストに直撃した。
 
 「きゃあああああああああッッッ――――ッッッッ!!!!」
 
 弩流となった破壊光線が、間断なく若い果実を焼き尽くす。
 凄まじい放射。黒のエネルギー波を浴びる乳房がぐにゃぐにゃと変形する。柔らかな肉球を
弾き飛ばす勢いで、漆黒の光槍はナナの右胸を抉る。
 
 「ああああああッッッ―――ッッッ!!!! むッ、胸がああああッッッ――――ッッ
ッ!!!! いやああああッッッ――――ッッッ!!!」
 
 その苦しみは、まさに胸をドリルで串刺しにされているのと同じ。
 苦痛に顔を歪め、悶絶するナナを嘲笑うように、暗黒光線の照射は一向に止むことはない。
 
 「ククク・・・いい悲鳴だ! 泣け、喚け! 苦しむ声が、オレに最高のエクスタシーを与えてく
れる・・・」
 
 「うああああああああッッッ――――ッッッッ!!!! くッ、苦しいッッッ・・・あああ・あ・あ・
あ・あああッッ〜〜〜ッッ!!!」
 
 ヴィーン・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・・・・
 胸の中央のエナジー・クリスタルが、ナナの命がわずかであることを示して点滅を始める。
 ようやく、ネクロマンスの暗黒光線は止んだ。
 クロプスに羽交い締めにされたまま、ぐったりと脱力するファントムガール・ナナ。愛らしい顔
がガクンと前に倒れる。
 
 「ふッ・・・ふぐう・・・うああ・・・」
 
 ソフトボールでもくっついているかののような見事な右のバストから、黒煙が立ち昇っている。
 黒く焼け焦げた痕と、いまだ熱を帯び赤色に燃えている豊かな丘。重度の火傷だけに留まら
ぬ激痛が、純粋な少女戦士を苛んでいる。執拗な光線責めにより、内部深くまで焼かれた痛
苦に、ナナの青い瞳がさまよっている。
 
 「よし、トドメだ。今度はその胸の水晶体を集中的に撃ってやろう。貴様らの弱点はそこだ
な?」
 
 呻くばかりで正義の少女は答えない。
 だが、その態度が悪魔に真実を教えていた。それでなくても、エナジー・クリスタルの形態は
あまりに弱点としてはわかりやすい。
 
 「ククク・・・砕けるまで焼き尽くしてやる。死ね、ナナ」
 
 ふるふるとかぶりを振る青い天使。
 さんざん光線を浴びた後だからわかる。クリスタルにあの暗黒光線を受け続ければ、確実に
死に向うことが。そして、死に絶えるまでに、凄惨な苦痛に悶えねばならぬことが。
 だが、巨大入道に囚われ、人質を取られたナナに、反撃どころか逃げる手段すらない。
 
 「ま・・・待って」
 
 予想外の声が聞こえてきたのは、その時であった。
 
 「ナナを殺すのなら・・・私を殺して・・・」
 
 息も絶え絶えに言ったのは、アモデスにエナジーを吸い尽くされ続けている、銀色と紫の女神
であった。
 
 「さ・・・とみ・・・・・・さん・・・・・・」
 
 「ナナも・・・桃子も・・・私のために闘ってるだけ・・・・・・ふたりは本来関係ない・・・・・・私さえ
殺せば・・・全ては終わるわ・・・・・・」
 
 怒涛の愛撫と執拗なエネルギー吸収により、ファントムガールの意識は昂ぶりと苦痛とで混
濁しているはずだった。それでも青い瞳を宙にうつろわせながら、麗しき女神は凛とした声で訴
えを続ける。
 
 「あなたたちの目的は・・・技を試すことでしょう?・・・・・・私を使って試せばいいわ・・・・・・そ
の代わり・・・ふたりの命は助けて・・・」
 
 “さ、里美さん・・・・・・”
 
 己の命と引き換えに仲間を助けてくれるよう、懇願するファントムガールの姿に、藤木七菜江
は数時間前ヘリコプターの中で交わされた会話を思い返していた。
 
 
 
 「桃子は・・・生きてるんですか?」
 
 その会話はピンクの女神が3匹の怪物に敗れ去ったあと、ふたりの少女の間で交わされて
いた。
 
 「恐らく・・・ね。敵のなかに頭の回転が早い者がいれば、桃子が人質としての利用価値が高
いことに気付くと思う」
 
 「よかった・・・」
 
 ホッと胸を撫で下ろす七菜江に、敢えて里美は厳しい口調を向ける。
 
 「けれど、それは私たちの窮地を示すことでもある。ナナちゃんは桃子を人質に取られて、ち
ゃんと闘うことができる?」
 
 言葉に詰まるショートカットの少女を見るまでもなく、答えは明らかだった。
 
 「もしかしたら、私たち3人とも殺されるかもしれないわ。ある程度の犠牲を覚悟しないと、こ
の厳しい闘いは生き抜けないでしょう」
 
 「で、でも里美さん・・・」
 
 「よく聞いて、ナナちゃん。もし、桃子を人質に取られ、どうしようもないピンチになったら、そ
の時は私が犠牲になるわ」
 
 淡々と言い切る令嬢の声は、ヘリの轟音のなかでやけに澄みきって七菜江の耳に飛び込ん
だ。
 
 「犠牲になるって・・・――!!」
 
 「私を殺した瞬間、敵には必ず隙が生まれるはずよ。その隙にナナちゃんはソニック・シェイ
キングを放って。今回の闘いで、私たちにとって唯一有利な点は、敵が私たちや『エデン』のこ
とをよくわかっていないことよ。地面に向って撃つあの技なら、隙を突けば十分できるし、一発
で全滅させることもできる」
 
 「そんな! そんなのダメです!」
 
 「大丈夫、ナナちゃんなら、一撃で倒せるわ」
 
 「そうじゃなくて! 里美さんを犠牲になんて、できるわけないッ!」
 
 「言ったでしょう。敵は私たちのことをよく知らないって」
 
 無理に作ったとは思えぬ優雅な微笑みを、五十嵐里美は浮かべてみせた。
 
 「一度死んだ私を『エナジー・チャージ』で蘇らせるのは、あなたの役目よ。だからナナちゃ
ん、どんなに苦しい目にあっても、光のエネルギーだけは確保しといてね」
 
 
 
 “里美さん・・・あのとき言った通り、最後の作戦をやるつもりなんですね・・・”
 
 ファントムガールがいくら復活できるとはいえ、死に面する際の苦痛、そしてリスクの大きさを
思えば、できる限りやりたくはなかった作戦。
 だが、流れるようなロングヘアーを誇る銀色の女神が、己の生命を差し出す発言をしたの
は、作戦実行の密かな合図といえた。
 
 「フン、自分が犠牲になって、仲間を守ろうというのか。小娘らしい発想だな」
 
 すでに勝利を確信というより、既成事実として感じているネクロマンスの声は、嘲りに満ちて
いる。聖なる少女たちが秘めた逆襲の牙に気付くことなく、死神は令嬢戦士の願いを聞き入れ
る。
 
 「いいだろう、ファントムガール。他の者が歯向かってくることがないよう、最高に無惨に殺し
てくれる」
 
 「ナナと桃子は助けてくれるのね?」
 
 「わかった。約束しよう」
 
 嘘つきね―――
 里美にとってはわかりやすい口調と目であった。
 だが、本当の目的が別にある以上、それはどうでもいいことだった。大切なのは、ファントム
ガールが殺されて、そのあと――
 
 「食らえ、ファントムガール」
 
 ナナの乳房を焼き焦がした漆黒の光線が、死神の手から銀の女神に向って放たれる。
 蛇女アモデスに締め上げられたままの守護天使の中央、胸に輝く青色のクリスタルを魔光が
穿つ。
 
 「きゃああああああああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 ファントムガールの生命線、エネルギーの貯蔵庫である水晶体を、闇の光線が直撃する。命
そのものを削り取られる地獄に、高貴な戦士は狂ったように悶絶する。
 
 「グワハハハハハ! どれ、オレも技を試させてもらおうか!」
 
 脱力した青い少女戦士を投げ捨て、大入道クロプスが渦巻く破壊光線を、仰け反る女神の
腹部目掛けて発射する。
 螺旋を描いて突き進む、漆黒の旋風。
 ドリルと化した闇の巨大エネルギー波が、防御できない銀色の腹部を抉り刺す。
 
 「あああああああアアアぁぁああアアッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 悲痛な絶叫が孤島の空を駆ける。
 噴き出す鮮血。破れた腹の皮膚から赤い血潮が飛び散り、銀の唇を割って吐血が天空を舞
う。
 
 ヴィ・・・・・・ン・・・・・・・ヴィ・・・・・・ン・・・・・・・
 
 弱々しいクリスタルの点滅音。アモデスに光の力を吸い取られ、暗黒の破壊光を一身に浴び
るファントムガールの肢体から、命の輝きがみるみる失われていく。
 
 「アアッッ!!・・・・・・アッ・・・ああアッッ・・・!!」
 
 「ククク・・・噂のファントムガールも、実に脆いものだな」
 
 いつの間にか女神の目前に立っていたネクロマンスが形のいい両胸の膨らみを、クロプスが
血に濡れた腹部を鷲掴む。
 渾身の悪の放射が、ボロボロのファントムガールの肢体に直接注入される。
 
 「うぎゃあああああああああああッッッ―――――ッッッ!!!!」
 
 「さ、里美さァ――んッッッ!!!」
 
 バババババババババ!!
 
 闇エネルギーの炎に焼かれ、Dカップのバストと引き締まった腹筋とから黒い煙が立ち昇る。
ブスブスと細胞の焼ける音と腐臭が周囲に立ち込め、火炙り刑の極痛に意識を飲まれた美少
女のマスクは、カクリと脱力して横に垂れた。
 
 「まだ息があるか。サクラといい、弱いくせになかなかしぶとい」
 
 「・・・・・・ァ・・・ゴブッ・・・・・・」
 
 「トドメだ、ファントムガール」
 
 死神と一つ目入道が破壊する間も、休まず女神を陵辱していたアモデスが、ようやく吸着して
いた蛇腹をスレンダーな肢体から離す。
 膝から崩れようとするファントムガールの、金色の混ざった茶髪を掴むや、軽々と上空に放り
投げる。
 長い手足をバラバラに動かして、力なく空を泳ぐ被虐の女神。
 死を覚悟する銀色の少女を待つのは、弓引くクロプスの巨大な拳。
 サクラにトドメを刺した必殺のフルコースが、いま、第二の犠牲を求めてファントムガールを
待ち受ける。
 
 青い瞳と胸のクリスタルを点滅させたスレンダーな女神が、エネルギーを失い暗黒の炎に焼
かれた姿で落下する。
 サクラの背骨を砕いた巨漢の剛打が、反撃不能なファントムガールの背中へ――
 
 「なにッ?!」
 
 青い稲妻が横に走ったのは、その時だった。
 死を迎えんとするファントムガールの身体を、弾き飛ばして危機から救ったのは、その死を了
承していたはずのナナであった。
 
 “やっぱりできないッ! 生き返らせることができるからって、やっぱり里美さんを見殺しには
できないよッ!”
 
 「バカめッ! ならばキサマから殺してやるぜ、ナナッ!」
 
 獲物を奪われた怒りをこめた巨大な拳が、里美の身代わりになった青い少女の横腹に突き
刺さる。
 
 ドボオオオオオオッッッ!!!!
 
 「ぐはアアアッッッ――ッッッ!!! ごぼッ!! ごぼぼ・・・」
 
 折られていた肋骨をさらに打ち抜かれ、発狂しそうな苦痛がアスリート少女を襲う。
 ぶちまけるという表現がピッタリの大量の血を吐き、クロプスのバズーカのような一撃に、グ
ラマラスな少女は再び宙に打ち上げられる。
 
 できなかった。
 作戦とわかっていても、五十嵐里美が殺されていくのを、七菜江は黙って見ていられなかっ
た。死に向う里美を救うため、処刑の生贄に、彼女は自らの肉体を差し出したのだ。
 
 “な・・・ナナ・・・・・・”
 
 大地に横臥し、弱々しく胸の水晶を点滅させるファントムガールの視界に、今度は顔面を打
ち抜かれ、またも宙に舞う青い天使の姿が入る。
 深紅に染まったチャーミングなマスク。
 弛緩した女性らしい曲線を描く肢体。
 最後の望みを託したはずの少女戦士は、いま、里美の身代わりとなって、その瑞々しい命を
散らそうとしている。
 
 「愚かな小娘め。死ね、ナナッ!」
 
 ネクロマンスの暗黒光線が、サクラを倒したときと同様、空中に浮きあがったナナの股間に
直撃する。
 壮絶な苦痛にビクンッ!と硬直する肉感的な肢体。
 追撃の暗黒破壊光線が、蛇女と大入道の手から放射される。
 
 「うわああああああああああッッッッ―――――ッッッッ!!!!」
 
 バシュンッ!! バシュンッッ!! バシュンッッッ!!!
 
 肉感的な身体のあちこちが弾け、銀の皮膚と、桃色の肉片とを撒き散らして、青い戦士は爆
発する。
 フッ・・・瞳の光が消える。クリスタルの点滅が静かになっていく。
 許容外の負のエナジーを注がれ、崩壊させられた体を血に染めて、敗北の天使がスローモ
ーションのようにゆっくりと大地に落下していく。
 
 
 
 ドンッッッ!!!
 
 その鋭利にして鈍重な響きが、なにを意味しているのか、数瞬の間、誰も気付く者はなかっ
た。
 ただ、ひとりを除いて。
 
 「ファントム・・・リング」
 
 光の輪に切断されたネクロマンスの左腕が、孤島の空に飛んでいる。
 停止画像のように動かない風景のなか、バレーの回転レシーブのような華麗な身のこなしで
その腕を奪ったのは、紫の模様が浮んだ銀色の美神。
 
 「確かに、桃子は返してもらったわ」
 
 ファントムガールの台詞が終わると同時、ブシュウウウウ―ッという激しい噴出音を響かせ
て、鉄砲水のように大量の血が、死神の左腕から暴発する。
 
 「なッ、なんだとオオ――ッッ?!!」
 
 悲鳴にも似たクロプスの咆哮を、秀麗なる女神がゾッとするような美貌で受け止める。
 
 「待っていたわ・・・このときを」
 
 肩を激しく上下させ、胸のクリスタルを点滅させながら、毅然とした口調で守護天使は言っ
た。
 
 「必ず、隙が生まれると信じていた。私たちを倒した瞬間に」
 
 「グオオオオオオオオッッッ―――ッッッ!!!」
 
 片腕を失った髑髏呪術師が、空洞の瞳に狂気を宿らせて美麗な女神に突進する。
 激痛が理性を吹き消していた。復讐に彩られた脳を占めるのは、ただファントムガールの抹
殺のみ。残る右手に最大の暗黒光を集中させて、道連れ覚悟でネクロマンスがくノ一戦士に迫
る。
 迎え撃つファントムガールが伸ばした右手には、光の破片も輝いてはいない。度重なる蹂躙
にエネルギーを枯らした女神に、もはや光線を放つだけの聖なる力は残っていなかった。
 
 「死ねええええェェェッッ〜〜〜ッッッ!!! ファントムガあああルぅぅゥゥッッ――ッッ
ッ!!!」
 
 ザングッッッ!!!!
 
 左腕を切断し、彼方空から旋回して戻ってきた光のリングが、骸骨のミュータントを両断す
る。
 真っ二つに分かれていくネクロマンスの屍の向こうで、ファントム・リングは女神が伸ばした右
の掌にすっぽりと納まっていた。
 
 「あなたたちの敗因は・・・私たちファントムガールのことを、よくわかっていなかったことよ」
 
 リーダー的存在であるネクロマンスのまさかの敗死。
 だが、もともと利害関係でくっついていただけの盗賊たちの間に、仲間への追悼などという意
識は薄い。ただあるのは、目の前の美しき刺客をいかに始末するか――
 
 「調子に乗ってるようだけど、あなたが限界を迎えているのはわかっているのよ、ファントムガ
ール!」
 
 「あれだけ責めてなお、立ち向かってくるのは脅威だが、もう動けないだろう? 今度こそトド
メを刺してやる」
 
 筋肉に覆われた巨大な山と、妖艶な半蛇半女が一斉に両手を守護天使に向ける。
 光のエナジーは蛇腹に吸われ、肉体は魔光に焼かれて、激しくクリスタルを点滅させるファン
トムガールは、ただ立ち尽くすしかない。
 残っていた聖なる光を、桃子救出のために全て放出した女神は、いまだ強い光を失わぬ瞳
を、真っ直ぐに見据える。
 
 「ファントムガールを・・・ファントムガール・ナナを」
 
 麗しき美神が見詰める視線の先。
 振り返った2体の怪物が見たのは、死んだと思われていた青い天使の、立ち上がった姿。
 
 「理解していなかったこと・・・これがあなたたちの敗因よ」
 
 「ッッッ!!!」
 
 極限にまで高めた聖なる波動を右の拳に乗せて、ファントムガール・ナナ渾身の一撃が孤島
の大地に打ちこまれる。
 光の炎柱をともなった超震動が、逃げることすら叶わぬ妖女と巨漢を、絶叫の渦とともに飲
み込んでいった―――
 
 
 
 「でね、でね、里美さんアブナイッーって時に、あたしがソニック・シェイキングを打ったの」
 
 ベッドに横になった藤木七菜江が、とても怪我人には思えないはしゃぎっぷりで喋るのを、傍
らの丸イスにちょこんと腰掛けた西条ユリは困惑顔で聞いていた。
 五十嵐家にある七菜江に与えられた個室。
 『エデン』寄生者の復活能力には、毎度感服させられるが、この七菜江に至っては驚嘆のレ
ベルに突入している。大学病院並の設備が整った「治療室」にいたのはわずか1日。肋骨に入
ったヒビや、所々の火傷痕、顔の左側半分にできた腫れは、いまだ治っていないものの、日常
生活なら十分送れるほどの回復ぶりを見せていた。包帯の巻かれた顔は痛々しいが、無事な
右目は爛々と輝いている。桜宮桃子がいまだ安静を必要としているのに比べると、その体力
はあまりにズバ抜けていた。
 
 「七菜江さん・・・あの・・・その話は、もう・・・・・・五回は聞いてますけど・・・・・・」
 
 おずおずと言ってみるユリに構わず、元気一杯にショートカットの太陽少女は喋り続ける。寝
ていることに飽きてきたのか、もう2時間以上も武勇伝は続いていた。相手を務めるユリには
堪らないが、里美と桃子の無事が確認できたことで、単純な少女の気分の高揚には拍車がか
かっているようだった。
 
 「“一応”怪我人なんですから・・・ちゃんと休んだ方がいいんじゃないですか?」
 
 「だって、だってェ! もう、ホンットに危なかったんだよ! 里美さんは犠牲になるって言う
し、桃子は捕まってグテ〜ってなっちゃってるし・・・ホントに大逆転で勝ったんだから! それと
もなに、もしかしてユリちゃん、つまらないの?」
 
 「い、いえ!・・・そ、そういうわけじゃないんですけど・・・・・・」
 
 口を尖らせた猫顔に、くるみのような瞳をさらに大きくして最年少の少女は慌てる。夕子さん
にあとで報告しとこう・・・なんてことは、間違っても勘付かれてはならない。
 
 「でもね、実は里美さん、こうなることを予想してたと思うんだよね」
 
 「・・・どういうことですか?・・・」
 
 「ほら、最初ふたりだけで多羅尾島に行くっていったでしょ? なんで3人敵がいるのにふたり
だけ・・・って不思議だったんだけど、いま思うと里美さんとあたしだけで十分って考えてたんだ
ろね」
 
 「・・・・・・ふーん・・・・・・」
 
 得意になって話す七菜江は、微妙に変わったユリのトーンに気付かない。
 
 「ソニック・シェイキングなら一発で全滅させちゃうもんね。里美さんとの息も、もう絶妙ってい
うか・・・やっぱり里美さんのベスト・パートナーは、あたしってことかな♪」
 
 「・・・・・・七菜江さん・・・」
 
 「ん?」
 
 すっと前触れなしに首筋に手を伸ばしたユリが、両側の頚動脈を2本の指できゅっと押さえ
る。
 脳への血流が途絶えた七菜江は、数秒の後に、なにが起きたかもわからないまま失神して
眠りに落ちた。
 
 「怪我人は・・・大人しく休んでましょうね」
 
 人形のような童顔でニコリと微笑み、西条ユリはスヤスヤと眠る七菜江に、しっかりと毛布を
かぶせてあげた。
 
 
 
 「もう・・・いいの?」
 
 暮れかかった太陽が照らすオレンジ色の世界を窓際で見詰める少女に、室内に入ってきた
赤い髪の少女は問い掛ける。幼くも見えるツインテールとは対照的に、やや色素の薄い瞳は
ひどく大人びて映る。淡いパジャマに、身体に巻かれた包帯を透き通らせた長髪の美少女は、
ゆっくりと振り返った。
 
 「ええ、平気よ」
 
 「あなたは嘘がうまいから、信じられないけどね」
 
 さらりとこんな台詞を、誰もが憧れる生徒会長に向って言えるのは、この少女しかいないだろ
う。
 
 「七菜江から聞いたわ。本当はあなたが身代わりになる作戦だったんだって?」
 
 「・・・ええ」
 
 霧澤夕子の声は何かを推し量るように冷静で、慎重だった。他のコたちとは一風違う天才少
女の疑問を、解きほどいてやる義務が五十嵐里美にはある。答えを教えるかは別にして。
 
 「随分、あなたにしては無謀な作戦よね」
 
 「そう? 奴らが隙を見せる自信はあったけれど」
 
 「そういう意味じゃないわ。七菜江が黙ってあなたを死なせるわけがないってこと。たとえ作戦
でもね」
 
 深海を覗くような瞳で、真っ直ぐに高貴な令嬢は赤髪の少女を見詰める。言葉も動揺も、な
んの変化もなかった。
 
 「七菜江が身代わりになることは予想してたわね? そして彼女なら、敵の攻撃を耐え切るこ
とも。テレポートのダメージが大きい桃子が、あれだけ攻撃に耐えたのだから、タフな七菜江な
ら・・・」
 
 「さあ、どうかしら?」
 
 否定するでも肯定するでもなく、わざと大きな微笑みを里美は作る。仮面の裏に隠された真
実を測るのは、合理的な思考を得意とする夕子の分野ではなかった。
 お手上げとばかりにふぅーっと深い息を吐いたツインテールの少女は、くるりと振り返ると背
中越しに声を掛ける。
 
 「あなたはホントに嘘がうまいわね。・・・でも、ひとつだけ、確実にわかってることがあるのよ」
 
 「・・・なに?」
 
 「あなたが七菜江より先に死にたがったのは、本当だってこと」
 
 微笑んでいた美貌が一瞬俯くのを、背中を向けていた夕子が知ることはない。
 
 「? どうしたの?」
 
 ガチャリと扉を開けて部屋を出た夕子に続いて、まだ本調子ではないはずの里美も部屋を出
てきた。少し背の高い里美を怪訝そうに見上げる夕子に、やや気恥かしそうな表情を浮かべて
御庭番後継者たる少女は言った。
 
 「どこ行くの?」
 
 「桃子のところだけど」
 
 「もう大分体調はいいのよね?」
 
 「まあね。ああ見えても、『エデン』の融合者だから」
 
 「なら、私も一緒にいくわ」
 
 演技ではない薫るような微笑を浮かべて、清廉なる美少女は言った。
 
 「あんな無茶をした桃子に、お灸据えておかないと、ね」
 
 茶目っ気たっぷりにウインクをしたのは、里美には珍しいことだったかもしれない。
 
 
                 《ファントムガール特別編 孤島の3悪党編 了》
 
 
 
 
 

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