昼下がりのふぁんとむがーる 〜ボーリング編〜



 「いらっしゃいま・・・あれェ?」

 カウンター越しに頭を下げかけた受付嬢が、グループ客の正体に気付いて、軽い驚きの声を
あげる。

 「来てくれたんですかァ? なんだか恥ずかしいな」

 「うふふ、桃子の働きぶりを、しっかりチェックしようと思ってね」

 4人の女子高生たちの先頭に立った少女が、春のような優しい微笑を浮かべている。やや茶
色の混ざった長い髪を肩甲骨の付近にまで伸ばした少女は、心臓がドキリと鳴ってしまいそう
な美少女だった。アクセントを付けた白のリボンが可愛らしさを添えている。ピンクのシャツに
赤のミニスカート、というボーリング場の制服を見事に着こなすミス藤村女学園・桜宮桃子と向
き合っても、まるで遜色ない美貌ぶりである。
 彼女には珍しい、白で合わせたインナーにジャケットというカジュアルな格好であっても、聖愛
学院の生徒会長にして、名家の令嬢である五十嵐里美の華やかさには、まるで翳りがなかっ
た。魂の底から高貴な光を放っているような、生まれついての気品が、守護戦士たちをまとめ
るこの少女には備わっているのであろう。

 「エヘヘ、せっかくモモがバイトしてるっていうから、安くしてもらおうと思って。やっぱさ、従業
員だとタダでボーリングできるんじゃない?」

 「そんなわけないでしょ。七菜江はせこいわね」

 ひょこりと太陽のような笑顔を現したショートカットの少女に、後ろに控えた赤髪のツインテー
ルの少女が冷たく言い放つ。

 「ムカ。なによ、その言い方! ちょっと聞いてみただけでしょ!」

 「普通なら聞きそうもないことを聞くから、せこいと言ってるのよ。大体いちバイトに過ぎない桃
子に、料金を割り引きするだけの権利が与えられてるはずないじゃない。過度の期待は桃子
に負担をかけるってわからないの? ホントに自分勝手なんだから」

 「ぬぬぬ・・・まださっきのこと、根にもってんのッ?! 夕子の方がよっぽどせこいじゃんか、
このセコ夕子!」

 「言ってくれるわね、なんなら決着をつけても私は構わないのよ」

 「望むところだ!」

 激しく火花を散らす藤木七菜江と霧澤夕子の間で、一番年下の西条ユリが口に手を当てた
まま、困惑の視線をふたりに交互に飛ばす。一触即発のふたりに挟まれ、いかにも気弱そうな
ロリータフェースの少女はどうしていいか、わからない様子だった。

 「ちょッ、ちょっとォ、ふたりともやめなよォ〜。なんだかいつにも増して仲悪いじゃん。里美さ
ん、なんかあったんですか?」

 「ちょっと、ね。桃子に教えてもらったイタリアンに、ランチを食べに行ったんだけど・・・あ
ら?」

 なにかに気付いた里美が、本当に驚いたように声のトーンを半音あげる。

 「さっきまで桃子と楽しそうに話していたあの男の人は、どうしてコソコソと逃げるようにこの場
から離れていくのかしら?」

 柔らかな、それでいてキッパリとした口調に、デニムのジャンパーで顔を隠した大男がビクリ
と肩を震わせる。
 10mほど離れた場所で彫像のように硬直した逆三角形の男は、顔など見せずともその正体
を雄弁に常人離れした体型で物語っていた。

 「こ、吼介先輩ッ?! なんでこんなとこにいるんですかッ?!!」

 5人の美少女の視線を一身に浴びて、しばしの沈黙のあと工藤吼介は耐え切れなくなったよ
うに顔を晒す。なぜか真っ赤に紅潮した最強と呼ばれる高校生は、ズンズンと美少女グループ
の輪に突っ込んでいく。

 「ていうか里美! 別にオレはコソコソなんてしてねえだろうがッ!」

 「してるじゃない、コソコソ」

 眩しいほどの、笑顔であった。
 美麗の生徒会長の一撃に、格闘獣がぐうの音もでないほど叩きのめされる。

 「コソコソは、してた。それはその、誤解されないように、だな。桃子みたいなカワイコちゃん
が、オレみたいなのとヘンな噂になったら困るだろ?」

 「噂になんか、なるわけないでしょ」

 サイボーグ少女の氷のごときツッコミが、要塞級のガードを誇る男の心をブスブスと突き刺
す。聖愛学院理数科・霧澤夕子の辞書に、遠慮の二文字はない。

 「しかしあんたって男はホントに呆れたヤツね。里美や七菜江だけじゃ飽き足らず、桃子にま
で手を出すなんて」

 「待て待て待て! やっぱり誤解してるじゃないか!」

 「じゃあ桃子とふたりきりで、なにを話していたのよ?」

 「そ、それは・・・」

 闘いの場では絶対に見せたことのない表情で、吼介は口をつぐむ。沈黙の隙を突いて、"こ
れだけは言っておかないと"と言わんばかりに里美が、先の夕子の発言の訂正を求めて、己と
吼介との間に恋愛感情はないことを強く念押ししている。

 「と、とにかくだな、"楽しそうに"ってのは言いがかりだ。楽しそうにしてたわけがない。里美、
いい加減なこと言うんじゃねえよ!」

 「ふ〜ん・・・まるで楽しそうに見えたのは、私に問題があるとでも言いたいみたいね」

 ニコニコと春風のごとき笑顔を振り撒きながら、絶妙な言い回しでくノ一少女は幼馴染の筋肉
男を追い詰める。

 「ちッ、ちがッ・・・そういう意味じゃなくてだな」

 「え〜〜、吼介は楽しくなかったのォ? あたしは楽しかったんだけどなァ」

 「お前はまたどうして事態をややこしくするようなこと言うかな、桃子?! ていうか、お前、楽
しんで聞いてやがったのか?」

 不意に圧倒的な気配を感じて、工藤吼介の言葉が止まる。そういえば、騒がしいことでは一
番のはずの、元気娘の声がない・・・複雑な里美とは違い、ストレートに感情をぶつけてくる藤
木七菜江に、格闘王はチラリと視線を向ける。

 (うわァ〜〜・・・めっちゃ睨んでるぅ〜・・・・・・)

 類稀な運動能力を誇る少女は、ブルブルと小刻みに震えたまま、まばたきひとつせずに一直
線に充血した瞳を向けている。

 「えっと・・・ナナエ・・・さん・・・あなたは多分、大変な勘違いを・・・」

 「いい・・・別にいいよ、先輩が誰と話していようが・・・そりゃモモはカワイイし・・・ふたりが幸せ
なら、あたしはそれでいいと思うし・・・」

 思い込み一直線で妄想の世界に突入した七菜江に、天才少女が追い打ちをかける。

 「桃子、私が許可するわ。マッチョバカを七菜江から奪ってやったら」

 ブチブチブチブチ

 なにかが切れていくアスリート少女を、暴走から食い止めたのは、あっけらかんとしたイマド
キ美少女の笑い声だった。

 「あはははは。あたしが吼介とくっつくわけないじゃ〜ん♪ 嫌いじゃないけどォ、吼介、タイプ
じゃ全然ないしー」

 なにげに筋肉獣を思い切り傷つけながら、猫顔を真っ赤にした元気少女の首に、正面から美
貌のエスパーは両手を回す。

 「吼介よりも・・・あたしはこっちのほうが、全然いいな♪」

 甘い香りを放つ桃子の厚めの唇が、スポーツ少女の桜色の唇に重ねられる。
 自分より少し背の高い七菜江に吸い付いた桃子の接吻は、初々しく、それでいて妖艶であっ
た。予想外の出来事に見開いた七菜江の吊り気味の瞳が、みるみるうちに蕩けていく。
 ただでさえアイドルグループ顔負けの美少女たちの来店に舞い上がっていたボーリング場の
スタッフが、衝撃の光景に仕事を忘れて口々に奇声を発している。

 「あ、あの・・・周りの皆さんの迷惑ですから・・・・・・もう少し、静かにしませんか・・・」

 事態を収拾に向かわせたのは、もっとも大人しく、もっとも年下で、もっとも控えめな武道少女
の一声だった。



 「勝負よ、七菜江。ボーリング場らしく、ボーリングでカタつけようじゃないの」

 「いい度胸じゃん。コテンパンにしてやるんだから」

 腰に手を当てた霧澤夕子と、腕組みをした藤木七菜江がふたつのレーンで激しく睨み合う。
呆れたのか、慣れてるのか、もう他のメンバーは仲裁に入ろうともしていない。

 「普通に争ったのでは、悔しいけど運動バカのあんたの方が有利だわ」

 「誰がバカだ!」

 「そこで。3vs3、チームに分かれて闘うってのはどう? 3人のスコアの合計で勝敗を決める
のよ」

 「3vs3って・・・オレも入るのか?」

 「ちゃっかり合流しといて、今更何言ってんの?」

 垂れがちな瞳から、冷たく光る流し目を天才少女が吼介に送る。

 「でも、吼介はともかくバイト中の桃子は参加できないんじゃないの?」

 黙って成り行きを見守っていた、保護者代わりの生徒会長が自然な疑問を投げかける。

 「え〜、大丈夫だと思いますよォ。あたしもボーリングやりたいしィ」

 「働いている途中でボーリングなんて、許してくれないでしょ? けじめはしっかりとつけるべき
よ、桃子。お金を頂いていることなんだし」

 「じゃあ、ちょっと聞いてきますねェ」

 小柄なエスパー少女が、トコトコと受付に向かって歩いていく。そこには30代と思しき支配人
が、呆けた表情でじっと美少女の一団を見ながらそこに立ちすくんでいた。

 「支配人、あたしもボーリングして、いいですかァ?」

 「え?」

 「ボーリングしても、いいですかァ?」

 可憐と美麗を併せ持つ、華やかなイマドキ美少女のキュート爆発の笑顔が、独身男の脳裏で
スパークした。

 「オッケーだって♪」

 「へェ〜、意外とものわかりのいいバイト先なんだね」

 年頃の少年なら部屋に飾っておきたくなるような笑顔を浮かべて、桃子はメンバーがいるレ
ーンに軽やかに戻ってくる。
 その間に、テキパキと準備を進める夕子はメモ用紙を利用したクジを4つ、作ってしまってい
た。

 「引いて。"夕"の文字が書いてあったら私のチーム、"単"の文字が書いてあったら七菜江の
チームだから」

 「? なんであたしが"単"なのよ?」

 「単細胞だから」

 「さっきから小刻みに挑発するの、やめてよ!」

 チャーミングな猫目をさらに吊り上げて、純粋少女はプンプン怒る。七菜江をカッとさせるの
は、マッチに火をつけるよりも簡単な作業だ。

 「チーム分けする前に確認しとくけど、どんなチームになっても後悔なしよ」

 「当たり前!」

 「負けたチームは全員、罰ゲームってことでいいわね?」

 「もち! 夕子のチームに入ったひとはカワイそうだけどね! たっぷり夜ご飯、おごってもら
うんだから」

 「待って。ご飯おごるくらいじゃつまらないわ。もっとリスキーな罰ゲームにしないと盛り上がら
ない。負けた方のダメージが深い罰ゲームにしないと、真剣にならないわ」

 「じゃあなによ? どんな罰ゲームでもドンと来いっての!」

 「負けた方が好きなひとの名前を叫ぶってのは、どう?」

 勢いこんでいた元気少女が、ピタリと硬直する。

 「あら? なんだか急に静かになっちゃったわね。勝つ自信が無いのかしら?」

 「あ・・・あるよ・・・夕子になんて、負けないんだから」

 「じゃあ罰ゲームはそれで決まりね」

 見事に策略に嵌るサマを、仲間たちに披露してみせた純粋少女であった。



 (ゼ・・・ゼッタイに負けられない闘いになった・・・・・・)

 どんよりとした暗雲に全身を包まれた七菜江を尻目に、運命のクジ引きが始まる。チーム全
体の連帯責任がハッキリと示された以上、他のメンバーも笑ってはいられない。特に何人かに
ついては、七菜江並み、あるいはそれ以上に深刻な事態だ。

 「じゃあ、私から引こうかな」

 遠慮するメンバーを見回して、五十嵐里美がひとつめのクジを引く。
 団体戦となれば、メンバー構成は勝敗の重要なウェートを占める。そしてこのメンバーのなか
で、もっとも成績が期待できそうなのは運動神経抜群、なにをやらせても無難にこなす真のお
嬢様、五十嵐里美であるのは疑いようが無い。
 全員が息をひそめるなか、里美の白い指先が四つ折にしたクジを開く。

 (・・・本当に"単"って書いてある・・・)

 「・・・私はナナちゃんのチームみたいね」

 ガッツポーズの七菜江と、小さく舌打ちする夕子。
 ふたりめの桃子は夕子チームに決まり、ユリとの譲り合いに負けた途中参戦の吼介が、続
いてクジを引こうとする。

 (ったく七菜江のアホめ・・・あっさり罠に嵌りやがって・・・)

 ぶつぶつ呟きながらクジを引こうとする吼介に、サイボーグ少女が追い打ちの言葉をかけ
る。

 「そっちのチームに入ったら、負けたとき、面白そうなことになりそうね」

 七菜江に吼介、そして滅多に動揺を見せることなどない里美までもが、石像のように顔をこ
わばらせる。もはや七菜江の目には、赤髪のツインテールが赤い悪魔の角のように見えてき
た。
 爽快な季節には不釣合いな大量の汗を浮かべ、さんざん迷った筋肉男がようやくふたつのう
ちひとつのクジを選ぶ。
 ゆっくり開いたクジのなかには、"夕"の文字が書いてあった。

 (・・・よかった・・・・・・)

 3名の人物に、同じ想いが去来する。
 残ったユリは自然に七菜江チームに合流し、チーム分けは完成した。

 「じゃあ恨みっこなし、正々堂々の勝負開始よ」

 里美、七菜江、ユリvs夕子、桃子、吼介の真剣ボーリング勝負が、ここに始まるのであった。



 「よーし、まずはあたしからドーンといってやるんだから!」

 七菜江チームの先陣は大将自らが切る。重ね着したTシャツにデニムのショートパンツスタイ
ルの元気少女は、ピチピチとしたボディから健康的な色香を発散している。ボーリング玉を持
って構えると、張り出した胸やお尻、なだらかに反った背中が絶妙な曲線を描き、惚れ惚れと
するスタイルのよさを強調してくる。
 他のレーンの客や従業員が食い入るように向ける視線にまるで気付かず、非凡な運動神経
を誇る少女は勢い良く第一投を投げ込んだ。
 七菜江の性格がもろに現れたように、玉はど真ん中を真っ直ぐ一直線に進んでいく。
 ヘッドピンの中央に当たった青い玉は、そのまま真っ直ぐ突き進んで8本のピンを倒した。

 「あちゃ〜、スプライトか。最初にしてはまずまずかな」

 「スプリット」

 クール少女がわずかな隙も逃さず突っ込む。
 結局七菜江は両端に残ったピンの左側のみを倒し、9本という結果で終わった。女のコにして
は、なかなか大した数字というところか。

 「やるわね。さすがは体育会系女」

 続いて夕子チームも、サイボーグ少女自らがトップバッターに立つ。薄紫のブラウスにベージ
ュのパンツというファッションは、夕子の端整な美貌をよりオトナっぽく見せていた。それでいて
髪型はパンキッシュな赤色のツインテールなのだから、七菜江とは別の意味でイヤでも目立っ
てしまう。
 ボーリング自体ほとんどやったことがなく、スポーツ全般に得意であるとは言えない夕子だ
が、七菜江と勝負するにはそれなりの勝算があった。
 首に光る銀の輪に、そっと手を添える夕子。ピピ・・・とくノ一の里美にしか聞き取れない金属
音がし、現代科学の英知が静かに作動する。
 夕子の天才的頭脳に浮かぶのは、目の前のレーンのわずかな傾斜角、ピンまでの距離、右
手に持った玉の質量、表面の摩擦力、などなど・・・左眼に仕込まれた機械のレンズが解析し
た数々のデータであった。

 「これで・・・ストライクの方程式は解読したわ」

 ひとつの計算式が脳裏で完成したと同時に、夕子の身体が動き出す。やや右端から右の手
首を微妙に返しながら、オレンジ色の玉が投げられる。
 緩やかなカーブの軌道を描き、ヘッドピンを外した玉は左側の3本のピンを倒した。

 「まあ、計算が確かでも実際に身体を動かすのは正確にはいかない、という良い実証例ね」

 「なにひとりで納得してるのォ?」

 ウンウンと表情ひとつ変えずに頷きながら戻る夕子を、他のメンバーは奇妙な顔つきで出迎
えるしかなかった。

 「次はユリちゃんの番だね。柔術みたいにバシーンと決めてきちゃってよ」

 明るい声で送り出そうとする七菜江を、西条ユリは丸く大きな漆黒の瞳でじっと見詰めてく
る。手を口に当てたまま動こうとしないユリの瞳は、心なしか、潤んでいるようにさえ見える。

 「ごめんなさい・・・七菜江さん・・・」

 「え? ええ?! どうしたの、ユリちゃん?!」

 「私、幼いころから想気流の稽古ばかりで・・・ボーリング・・・初めてなんです・・・」

 まさか今時ボーリングの一度や二度、経験したことのない女子高生がいるとは思いもしなか
った七菜江が、衝撃の告白に真っ青になる。里美や夕子ですら経験済みなのに、まさかユリが
ボーリングをしたことがなかったのは計算外であった。

 「だ、大丈夫大丈夫! ただ玉を、えい!って投げればいいだけだから」

 「ひとを投げるのなら・・・得意なんですけど・・・」

 「全然違うし」

 思わぬジョーカーの存在に、心の底で拳を握るクール少女の突っ込みも容赦ない。

 「んっとね、あの真ん中のピン目指して真っ直ぐに投げればあとはなんとかなるから」

 「せめて・・・関節があれば、なんとか・・・なるんですけど・・・」

 「あるわけないでしょ」

 一番軽いライトイエローの玉を両手で持ったユリがふらふらとよろめきながらレーンの真ん中
に立つ。白のパーカーにバーバリーチェックのミニは人形のような少女によく似合ったが、ボー
リングをするにはスカートの丈が短すぎる。なぜにそんなミニを?!というお姉さま連中の心配
をヨソに、生足を躍動させたスレンダーな少女は両手で玉を投げる、というより転がす。
 ゆっくりと転がっていった玉は、徐々に左にずれていき、辛うじて擦った端のピンを倒した。

 「やったァ! ユリちゃん、やったね。1本倒れたよ!」

 優勝したかのように大喜びする七菜江が、夕子にはある意味うらやましい。

 「ユリには悪いけど、勝負とは非情なもの。遠慮なく勝たせてもらうわ。桃子、頼んだわよ」

 一投目、女のコらしい頼りなげなフォームで、なんとか5本を倒していたチームの2人目にエ
ールを送る夕子。暖色系のシャツとミニスカというボーリング場の制服は、どちらかというと野
暮ったい印象のものだが、美少女の多さで有名な藤村女学園の頂点に立つ少女はそれすらも
可愛らしく着こなしてしまう。胸元の赤いリボンが、内側から光り輝くような桃子の華ある雰囲気
をより彩っていた。

 「もっと楽しくボーリングしたかったのにィ。ヘンな争いに巻き込まれてサイアクだよ」

 「でも、誰の名前を言うかは・・・興味あるでしょ?」

 桃子の大きくて睫毛の長いキレイな瞳がチラリとショートカットの少女を見る。そしてその隣に
座るロングヘアーの少女へと。

 「あは・・・それはあるかなァ」

 ポイとピンク色の玉が投げられる。アイドル少女の二投目は、狙った場所よりも右に外れ、ピ
ンの横を通り過ぎてガーターになる。
 ・・・と、思われた瞬間、ピンの手前で急にクンと曲がった玉は、残ったピンを鮮やかに倒して
いた。

 「あは♪ スペアだァ」

 「・・・モモ、なんか急にボール曲がんなかった?」

 「カーブがようやく最後の方でかかったのかなァ。ヤダな、ナナ、なんか目つきが鋭いよ?」

 唇を尖らせ何かを言いかける七菜江に、茶髪の美少女が眩しい笑顔を向ける。相手に有無
を言わさず降参させるその威力はもはや里美と双璧であった。美しき少女は、自分の最大の
武器をよく理解しているものなのかもしれない。

 「よし、桃子、オレが続いてストライクとってやるぜ」

 一番重い黒い玉を持った吼介が、鼻息も荒く早々にレーンに立つ。

 「負けらんねえ! この闘いは絶対に負けらんねえぜ!」

 最強という呼び名には似つかわしくないほど、工藤吼介は普段勝負事にはこだわらない性質
である。実際、空手道場の稽古でも後輩の道場生に不覚を取ることは何度かあった。学校行
事の体育祭などでは、あからさまな手抜きを見せることもしばしばだ。だが今回の勝負では、
事情が事情なだけに本気モードはとっくに全開になっている。

 「里美、お前が一番よく知ってるだろ。本気になったオレが、一度も闘いに敗れたことはない
ってよ」

 ゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 鋼の筋肉に漲る気合が、周囲の空気を震わせる。地面が揺れているような錯覚が、5人の少
女たちを襲う。
 ボーリング玉を思い切り振りかぶる吼介。まるでゴム風船でも持つような軽々しさ。
 熊でも退治しそうな雰囲気で放たれた玉は、空気を切り裂き、轟音を放ちながら、凄まじい勢
いで回転してフローリングの床を転がっていく。
 一直線にガーターに突入した玉は、あまりの回転で溝を乗り越え、鬼気迫る迫力に怯えきっ
た隣客のレーンに突っ込んでいった。

 「・・・ここにもジョーカーがいたか・・・」

 「お、オレたち武道家は玉転がしなんかできなくても、まるで問題ねえんだよ! な、ユリ!」

 「私も・・・そう思います・・・」

 「同調しちゃダメだよ、ユリちゃん!」

 カコーン!

 騒ぐ美少女たちと筋肉男に冷水を浴びせるような、一斉にピンが倒れる清らかな響き。
 美少女4人と野獣一匹があまりに美しい音色と、その音を作り出した月のような少女の美しさ
に呆然となる。ボーリングとは、かくも幻想的な調べが流れるゲームであったのか。スコア表に
ストライクの文字を点滅させた五十嵐里美は、驚愕の表情を張り付かせた仲間たちとは対照
的に、何事もなかったかのような涼しい顔で薫風のように戻ってくる。

 「すごい・・・です・・・里美さん・・・」

 「まるで生き物みたいにボールがすうって曲がったよォ・・・」

 次期御庭番頭領であり、名門五十嵐家の令嬢であり、聖愛学院生徒会長であり・・・新体操
のオリンピック強化選手にも選ばれたことのある少女にとって、玉の扱いはお手のモノであっ
た。芸術的とも言える美しい軌道に魅せられた人々が、しばし時を忘れて呆然とこの世ならぬ
美少女に見惚れる。

 (やっぱり・・・このひとは、タダモノじゃない・・・)

 全員の胸に、異口同音に想いが込み上がってくる。

 (スゴイよ、里美さんは・・・あたしなんかじゃ届きそうもないくらい、遠い)

 同じチームメイトなのに、打ちのめされたような気分になって、七菜江が2回戦の一投目を投
げる。
 ビデオを再生するように、ど真ん中を真っ直ぐ進んだボールは、両端の2本を残して突き切っ
た。

 「あ〜あ、またストリップだよ・・・」

 「スプリット。あんたわざと間違えてない?」

 夕子の突っ込みも届いていないのか、2投目の準備に入るアスリート少女はしきりに手首を
捻っている。ぶつくさと呟くグラマラスな少女は、先程目の前で見た、敬愛する先輩のフォーム
を必死に思い出していた。

 (んと、確かこんな感じで手首を使って・・・肘の使い方は、こんなふうだったかな?)

 無理せず左端のピンだけを狙って、七菜江が2投目を投げる。
 すーっと真っ直ぐに進んだ玉は、途中から機械が描くようなキレイなカーブを切って、ものの
見事にピンの中央に当たる。
 
 「ナナ、すごい・・・里美さんと、同じ軌道だァ・・・」

 (このひともまた・・・タダモノじゃない・・・)

 非凡というより超人的な運動能力を見せつけた猫タイプの元気少女は、他メンバーの驚愕の
視線にも気付かぬまま、不服そうな表情で戻ってくる。
 だが七菜江が思うようにストライクが取れず、己の力不足に溜め息をついたのはそこまでで
あった。凡人では何度説明を聞いても、コツを教授されても、同程度の技術を身につけるには
十年はかかると思われる里美のテクニックを、瞬時に手に入れてしまったアスリート少女は、
その後のゲームではストライクを続出させるのであった。



 「5回戦が終わって、合計で52点差か」

 半分までゲームが進んだ段階で、天才理系少女はざっと両チームの点数を比べてみる。
 ストライクを連発する里美と七菜江の成績は、ほとんどがガーターのユリを補って余りある。
里美がスペア、七菜江がストライクを継続中なので、実際にはそれ以上に差が開いているとい
えた。ボーリングにおいても完璧な技を見せつける里美と、里美の技術を完全に盗み、途中か
ら大爆発している七菜江。このふたりが今後崩れることはまず期待できないだろう。
 一方の夕子チームは計算外がひとりいるのは同じだが、夕子自身が平凡な成績であること
と、頑張っている桃子にしてもスペアが多く、ストライクを連発するほどの爆発力に欠けている
のが差に繋がっていた。機械のレンズによる解析データを有効に利用できるようになってきた
夕子は、確実に8〜9本のピンを倒せるが、スペアやストライクを常に取れるほど安定はしてい
ない。なぜか玉が奇妙な動きを見せて幸運なスペアを取り続ける桃子も、それ以上に「あから
さまな行為」は控えている様子だった。

 「この先の展開を予想すると・・・って、わざわざ考えるまでもないわね」

 常人の数倍の速度で回転する頭脳を使いかけた夕子が、すぐに思考を停止する。誰が考え
ても自軍の敗北濃厚は明らかだ。

 「桃子、あんた本気出してないでしょ。このままだと負けるわよ」

 そっと桃子に近付いた赤髪の少女が、耳元で誰にも聞かれないよう囁く。

 「"チカラ"使えばストライク確実じゃない。なぜ初めから使わないのよ?」

 「ええ〜、だってさすがに気が引けるよォ。今でもすっごく心苦しいのに」

 「だからあなたはアマちゃんだって言うのよ。勝負に遠慮は無用。特に相手は怪物ふたりな
んだから」

 「も〜う・・・負けても夕子は損しないのに、そこまでしてナナに勝ちたいかな? どうせ恋愛感
情ない夕子には、好きなひとなんているはずないのにィ」

 「・・・あなたって、カワイイ顔してなにげにムカつくこと言うのね・・・」

 6回戦。ヒョイと投げた桃子の玉は、まるで見えない手で操作されているように自在に動き、
全てのピンを倒した。
 ヒクヒクと頬を痙攣させる七菜江が、懸命に爆発寸前の感情を抑えながら親友に言う。

 「今、使ったよね・・・モモ、今、確実に"チカラ"使ったよね・・・」

 「ゴメンね〜ナナ。あたしも好きなひとの名前、言いたくないんだもん」

 「反則だよ! いくらなんでもそれは反則じゃないのッ?! それじゃ絶対にストライクになる
じゃんか!」

 「七菜江、聞き捨てならないこと言うわね。あんたはご自慢の運動能力を使ってピンを倒して
いる。桃子も自分が持っている能力を最大限に使って、なにが悪いっていうのよ。それともな
に、あんたは桃子の"チカラ"を否定するつもりなの?」

 完全な詭弁だが、天才少女の"口撃"に真っ直ぐな少女は容易く封鎖される。恐らく言い争い
になっては、七菜江が夕子に勝つことなど、生涯有り得ないのだろう。ピクピクと眉を震わせな
がら、それでも返す言葉の見つからない純粋少女は呆気なく抗議を諦め引き下がる。

 「もう! 完全に怒った! ユリちゃん、どんな手を使っても、ゼッタイあっちのチームに勝とう
ね! ユリちゃんもどんな方法使ってもいいからピン倒してよ!」

 「あの・・・実はひとつ・・・思いついた方法があるんですけど・・・」

 内気なおさげ髪の少女は、おそるおそるといった感じで話し始める。

 「いいじゃん、それやってみようよ!」

 「でも・・・」

 「ダイジョーブ、なにやってもあたしが許すから! ね、どんな方法なの?」

 「・・・じゃあ、七菜江さん、ボール持ってもらえますか?」

 ライトイエローの玉を右手に持たされた七菜江は、不思議そうに玉とユリとを交互に見遣る。
 想気流柔術の達人・ユリが空いた七菜江の左手首を握る。気付いたときには遅かった。
 激痛が七菜江の左腕に走る。
 手首を掴んだユリは七菜江の関節を極め、その激痛によりアスリート少女の動きをまるで人
形のように自在に操る。これぞ想気流柔術の真髄であった。ユリクラスの達人になれば、敵の
指一本掴むだけで、自ら飛んでいるかのごとく宙を舞わせることが可能だ。関節を極められた
痛みで踊るようにユリに操られた七菜江は、おさげの少女の代わりとなって黄色の玉を無意識
のうちに投げる。
 コロコロと転がっていった玉は、ユリにとっては最高記録の5本を静かに倒す。

 「よかった・・・やっぱりひとを操る方が・・・ラクです・・・」

 「ユリちゃん・・・喜んでいるところ悪いんだけれど、その方法は今回限りにしない?」

 「そうですか・・・自分で投げないのはさすがに良くないですよね、里美さん・・・」

 「うーん、というよりも・・・さすがのナナちゃんも壊れちゃうと思うのよね」

 困惑と哀れみの混ざった里美の視線の先に、左腕を押さえてピクピクとレーンの上で痙攣す
る、ショートカットの犠牲者がいた。

 「ああ?! 七菜江さん、ごめんなさい! ついうっかりして・・・」

 (うっかりであの七菜江を悶絶させるとは・・・恐るべし、西条ユリ15歳)

 「あなたといいユリといい、カワイイ顔してやることえげつないわよね」

 「ん? なんか言ったァ、夕子?」

 額から一筋の汗を流すクールな少女に、春の笑顔を浮かべたミス藤村が応える。

 「・・・まあ、ともかく、これで少しは逆転の可能性が出てきたわ。あとはあのマッチョバカをどう
するかだけど・・・桃子、耳貸して」

 「・・・え〜ッ?! ダメだよ、それはァ。さすがにそれはマズイよォ〜」

 「大丈夫よ。少しボールの軌道を変えてやるくらいなら、念動力使ったなんてバレないって。
工藤の玉は速さだけはあるから、あなたが自分のときにやってるようにあからさまにバレること
は・・・」

 「夕子」

 静かに、しかし底知れぬ迫力を含んだ声が、七菜江を介抱している長い髪の令嬢から流れ
る。
 くノ一の耳を警戒して、ごく小さい声で話していたつもりだったが、それでも里美に極秘の作
戦を聞き取られていたのか?

 「許さないわよ」

 振り返った切れ長の瞳が、ツインテールの少女と茶髪の少女を同時に射抜く。その遥か宇宙
を思わせる深い漆黒を見詰めた瞬間、ふたりの少女の汗腺からどっと冷たい汗が噴き出す。

 「桃子が自分の番に"チカラ"を使うのは黙認してあげたけれど・・・それ以上は許さないわ。
そこまでしてこの勝負に勝ちたいと言うのならば、私も容赦はしないわよ」

 天才芸術家が生涯をかけても完成できないであろう美の結晶が、殺気すら漂わせる冷たい
瞳で、哀れな獲物ふたりを見詰める。現代御庭番を束ねる少女の本気は、あまりに強大で底
が知れなかった。

 「うう・・・恐いよォ〜、里美さんが恐いよォ〜」

 「この私としたことが、里美がここまで本気になるとは予想できなかったわ・・・やっぱりあの罰
ゲームは禁じ手だったのかも・・・」

 ガクガクとふたりの後輩が震えるのを見届けて、ようやく守護少女たちのリーダーは、脅迫的
とも言える本気の眼光を解除する。冬の吹雪を猛烈にオーラから放っていたくノ一少女は、一
転して春のような笑顔でニコリと微笑みかける。

 「わかってくれて、嬉しいわ。さあ、正々堂々闘いましょう」

 「夕子ォ、なんかあっちのチーム、いろんな意味でとんでもないひとたちが揃ってるような・・・」

 「・・・く・・・」

 圧倒的窮地に追い込まれた夕子チーム。最後の頼みの綱であった桃子の念動力を封じられ
た今、逆転の可能性は限りなくゼロに近い。
 しかし、勝利の女神はまだどちらを向くか、決めてはいなかった。

 メキョメキョメキョ・・・

 奇妙な虫の鳴き声に似た音が、視線を交わす5人の美少女たちの間に響いてくる。

 「こ、この音はもしかして・・・」

 膨張していた。筋肉をダイヤモンドのように硬直させて。
 工藤吼介全開の姿。筋力を最大限に発揮し、本気になった格闘獣がボーリング場という、あ
まりに似合わない場所に登場していた。

 「・・・なにやってんの、あんた・・・」

 「なにって全力モードに入っただけだ。手こずらせてくれたが、ようやくボーリングってものを見
切ったぜ」

 「あのね、どれだけバカ力なのか知らないけど、腕力だけではピンは倒れないって、もうさん
ざんわかったでしょうが」

 「いいから黙ってみてろよ」

 はち切れそうな筋肉。重厚な肉の鎧を着た逆三角形の男が全身に気合を込める。ボーリン
グをするにはどう考えても無駄としか思えない力みよう。血管をあちこちに浮き上がらせ、黒い
玉を右手に持った吼介が、助走をつけて走り出す。振りかぶる。

 「え? えええッ?!!」

 勢いをつけたまま投球姿勢に入った筋肉獣は、オーバーハンド、つまり野球のような投球フ
ォームで、18ポンドの黒い玉を豪快に投げつける。

 ブオンッッ!!

 一直線に、一度も地面に着くことなく、玉がピンに向かう。
風を巻いたままヘッドピンに直撃した玉は、雷が落ちたような轟音を響かせて、全てのピンを
跳ね飛ばしていた。

 「転がすからわけわかんねえ方向に曲がっちまうんだ。宙に浮いてりゃ真っ直ぐ飛ぶってもん
さ」

 「・・・いいの? こんなことして」

 「もうなんでもアリだよォ〜」

 真っ青な顔で今にも卒倒しそうな支配人に、とびきりのスマイルを見せながら桃子がペコペコ
と頭を下げる。今日のバイト代を内心で諦めながら。あとは吼介がレーンを破壊しないことを祈
るのみだ。

 「よっしゃあ! これで残りは全部ストライクだ! 里美ッ! 七菜江ッ! 吠え面かかせてや
るぜ」

 猛る野獣と美少女たちが、熱い火花を飛び散らす。お互い負ける気は、一切なかった。



 桃子の100%のストライクと、吼介の怪物投法で夕子チームは俄然スコアを盛り返す。
 一方の七菜江チームは、ふたりの天才が驚異的なスコアを叩き出すものの、まるで得点が
のびないユリの存在が足を引っ張っていた。最終10回戦、夕子チームが全て投げ終わった段
階で、ついに合計得点で逆転を許してしまう。

 「よし! これで逆転してフィニッシュだ!」

 「残るはユリと里美のふたり。13点差だから・・・」

 天才理系少女の頭脳が、瞬時に状況を整理する。
 先にすでにストライクを2連続で取っている里美は、あと一回しか投げられない。つまりあと伸
ばせる点は最高でも10だ。常に冷静沈着、動じる姿を見せない里美が、この場面であってもプ
レッシャーに潰れてしまう事態は考えにくい。10点を確実に取ると考えた方がいいだろう。とな
れば、あとは3点。この3を、これから投げるユリが取れるかどうかが運命の分かれ道となる。
 3点、普通ならば決して難しくはない点数。だが柔術の天才ぶりと違い、ボーリングではメロメ
ロのユリならば、この3点は実に高い難題だ。事実、大きな瞳を泣きそうに垂れ下がらせた内
気な少女は、一投目見事に溝に投げ込んでいた。

 (この勝負、もらったわ。七菜江、里美、一向にハッキリしないあんたたちの三角関係、この
私が進展させてあげようじゃない)

 カコーン

 クールな美貌を歪ませようとした夕子に、澄んだ音色が届いたのは、その時であった。

 「ユリちゃん、すっごォ〜い! ストライクじゃんッッ!!」

 「あ、ありがとうございます・・・七菜江さん・・・やっと役に立って・・・嬉しいです・・・」

 涙を浮かべる人形のような少女に、ショートカットの元気娘が勢い良く抱きつく。優勝したよう
な大騒ぎであった。
 ユリのスコアボードに輝く、10点。奇跡のショットは最後の最後で、不慣れなボーリングでもひ
たむきに取り組んできた武道少女のもとに生まれた。続く一投がお約束のガーターになって
も、なにも問題はなかった。残る里美で3点。勝負は事実上、ユリのストライクで決まったのだ。

 「どうよ、夕子! 意地悪するからバチが当たったんだよ! じゃあ好きなひとの名前、おっき
な声で叫んでもら・・・」

 ひまわりのような笑顔ではしゃぐ七菜江が、突然あることに気付いて言葉を失う。
 やや吊り気味の視線が見詰めるのは、硬直した工藤吼介の顔。
 
 (そっか・・・てことは、先輩も好きなひとを・・・ッ!)

 ドキンッ!
 心臓が不意に鼓動を早める。火がついたように顔が赤らむのが自分でもわかる。頭が混乱
し、どうしていいかわからずに指が無意識のうちにモジモジと動く。
 聞きたい。でも聞きたくない。誰の、名前を言うのか。
 こんな場所で、こんな時に、こんなみんながいる前で・・・
 里美さんがいる前で・・・

 ピンの倒れる乾いた音が、レーンから聞こえてくる。
 
 最終投球を終わった里美が、静かな表情で全員が待つ座席に戻ってくる。

 「え?」

 「3・・・本だけ?」

 「てことは・・・同点・・・引き分けだァ」

 それまでヘッドピンを一度たりとも外さなかった里美の玉は、最後の一投では大きく左に外
れ、端の3本のみを倒すに過ぎなかった。
 あらゆる意味で全力を出し切った両チームの勝負は、結局引き分けで決着を見たのだった。

 「じゃあ・・・罰ゲームもなしですね・・・」

 「ホッ・・・よかった・・・もういいよ、引き分けで。夕子とは今度決着つけてやるんだから」

 「命拾いしたわね、七菜江。このメンバーの前で赤っ恥掻かせてやろうとしてたのに、残念だ
わ」

 「なにをー! ホントは自分だってホッとしてるくせに! 夕子が真っ青な顔になってたの、ち
ゃんと見逃してないんだからね!」

 「ぬ、いい加減なこと言わないで欲しいわ。どうして私が・・・」

 「ふたりとも」

 諍いをやめないツインテールとショートカットの間に入り、やや茶の入った黒髪のロングストレ
ートが半ば呆れた声で解決方法を提示する。

 「じゃあ、ふたりだけで一回づつ投げて、決着をつけたらどうかしら?」

 30分後、ボーリング場の玄関で、顔を真っ赤にしながら実験部の部長の名前を叫ぶ、赤髪の
ツインテールの姿があった。



 「いいですよォ、里美さんが弁償なんて気にしなくても」

 「吼介が無茶してから、機械の調子が悪くなったんでしょう? 吼介からはあとでたっぷり請
求するから、気にしなくていいのよ。この先桃子も、バイトしづらいでしょうし・・・」

 数日後、ひとりでバイト中の桃子を訪ねた、黒髪の令嬢のセーラー姿がボーリング場にはあ
った。心配そうな憂いの美少女とは対照的に、イマドキのアイドル少女は華のように笑ってい
る。

 「大丈夫ですってばァ。そのヘンはもう、解決してますから」

 コロコロと笑う桃子の後ろを、不自然なまでに明るい表情の支配人が嬉しそうに通り過ぎて
いく。通り過ぎざま、その目は桃子の後ろ姿に釘付けになっていた。

 「ちょ、ちょっと桃子。あなたなにやったの? まさか支配人と・・・」

 「あははは♪ 里美さんが想像してるようなことはしてませんよォ〜。ご飯連れてってもらった
だけです。支配人、いいひとだからそれでオッケーなの」

 「・・・美人はトクね」

 「里美さんにいわれると嬉しいな♪」

 青いプリーツスカートの裾を翻して、聖愛学院生徒会長は帰り支度を整える。もっとゆっくりし
たいところだが、生憎いくつもの顔を持つ五十嵐家の次期総帥は、やるべき事案がいくつも待
っていた。

 「桃子といると、居心地いいからつい長居しちゃうわね」

 「あたしも里美さんと話せるの、チョー楽しいですよォ。憧れてるもん」

 「吼介が、あなたに恋愛相談しに来るのも、わかる気がするわ」

 数秒の沈黙が、ふたりの飛び抜けて可憐な美少女の間を流れる。

 「気付いてたんですかァ?」

 「半分はカンだったのだけれど、当たっていたみたいね」

 「あたしが友達からよく恋愛相談されるって、ナナから聞いてたみたい。こう見えても、あた
し、けっこう口が堅いんですよォ」

 頬を桃色に染めながら、エスパー少女は笑顔のままで話し続ける。対する神秘的なまでの美
少女も、風のように微笑んでいた。

 「知りたいですかァ? 吼介が、なにを相談しに来たか?」

 「いいわ。私には、関係のないことだから」

 じゃあね、と言って振り向いたセーラーを着た美しき女神は、そのままボーリング場を後にし
た。

 「里美さんには・・・知っておいてもらいたかったんだけどなァ・・・」

 小さくなる青いセーラーの背中に、桃子はそっと呟くのだった。


                         〜完〜



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