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霧澤夕子は自分の身体を嫌悪している。
半端な、人とも機械ともつかない出来損ない。
そうせねば生きられなかったことは彼女自身分かっている。今更後悔もしていない。
ただ、生理的嫌悪感からどうしても逃れられないのだ。
こうして寝苦しい夜を幾度迎えたことだろう。
エデンとの融合を果たしてから、益々酷くなった気がする。
弱みを他人に見せられない性分だから、余計に内に篭ってしまうのだろうけど。
「……はぁ……」
今日は、朝から里美たちと会う約束をしている。せめてシャワーでも浴びて頭の中をすっきりさ
せよう。
立ち上がって、その場でパジャマから下着まで全部脱ぎ捨てる。作られたプロポーション。大き
くそれでいて張りのある乳房も、日本人離れした腰の高さも。
あの男は試作品である自分の身体で試したのだろう。
そんなことはないと言っていたが、夕子は欠片も信じていなかった。
……偽物で継ぎ接ぎされた私に、また継ぎ接ぎが増えた。
エデンは、夕子にとって、彼女を内側から蝕む蟲であった。
ミュータントらの異形がそれを助長していることは想像がつく。限界は近いのかもしれない。
冷たい水を頭から浴びながら、夕子は疲れた弱々しい笑みを浮かべた。そんな本当の彼女の
素顔を知るものは誰もいなかった。
マンションに帰ってきた夕子は、ぐったりとその身をソファに投げ出した。
今日も彼女たち――特に七菜江と桃子のテンションに当てられて、ポーカーフェイスを取り繕う
のに疲れきってしまった。
いっそ開き直ってしまえば楽になれるだろうに。そう里美の目が言っていたような気がするが、
それができないのが夕子なのだ。
精神的にこれだけ疲れているというのに、身体スペックは好調だ。全ての数値が右肩上がりで
上昇し続けている。
……だから、エデンは蟲なんだ……私の気持ちなんてどうでもよくて、ただ宿主を自分の都合
のいいように造り替えていく。
ワインが飲みたかった。けど、先週飲んだとき、酔えなくなりつつある自分に気がついて愕然と
したことも思い出した。
「……私の主人は私よ……あんたじゃないわ……」
空しい独り言が宙に溶けていく。
いつか、頭の中まで弄られるのかもしれない。その恐怖を、だけど夕子は自分ひとりの胸に収
めていた。
他の皆は、苦しみ悩みながらも、それぞれに折り合いをつけていることを知っているから。
もっと頼ればいいのにと言われていることを夕子は頭を振って打ち消した。
……ん……だれ?……
暖かくてぽわぽわした、毛玉
そんなイメージが頭に浮かぶ
そいつが、こっそりとこちらを伺っているのだ
……戸惑いと不安と、罪悪感と……愛情? 何なのあいつ
自分と違って、己を隠すなんてスキルは欠片もないらしい
丁度子猫くらいの大きさだろうか?
少なくとも、夕子の敵ではない。敵にするには、あまりにも弱っちい。
「それで隠れてるつもり?」
声を飛ばすと、びくんと跳ねて、それからわたわたと隠れ場所を探す。
この妙な空間にそんなものないというのに。
「いいから、出てらっしゃいよ そんな暗い隅っこにいなくてもいいから」
夕子が怒っていないことを感じたのだろうか。おずおずと、影から姿を見せたのは
……やっぱり、毛玉ね
たんぽぽのような淡い優しい色 どこが手足だかも分からないけれど、不思議と異形という感
じはしなかった。
「あんたも、逸れたの? それよりここってどこよ」
返事は最初から期待していない。
見渡せば、広さも果てもよく分からないがらんとした空間。足元も妙に頼りないが……夕子は
どこか懐かしさに似たものを覚えていた。
ふと、足元に暖かいものが触れた。
転がってきた毛玉が、人なつっこそうにその身を摺り寄せていたのだ。
いつもぴりぴりとした空気を纏っている夕子に、近付いてくる動物は滅多にいない。
「あんたには警戒心とかいうのがないの?」
軽く蹴飛ばしてやると、遊んでもらったと勘違いでもしているのか、嬉しそうにもっと擦り寄ってく
る。
「はぁ」
喧嘩をするにこれほど向かない相手もいないだろう。
「いいわ。とりあえず私は向うに行ってみる。付いてきたかったら、勝手にしなさい」
だからって、足を緩めてなんてやらない。
ころころと一生懸命付いてくる気配。どうやら移動速度は限りなく遅いらしい。
必死についてくるけど、彼我の距離はどんどん離れていって
ミィ
小さな小さな鳴き声が、夕子の足を止めた。
ずきんと、胸の奥が痛む。
……あいつは、誰かを呼ぶことができるんだ……
誰かを頼る。それは夕子にはできないこと
やっと足元に辿りついた毛玉を
ミ?
夕子の手が抱き上げた。
「……私なんて頼って……馬鹿じゃないの?……」
自分は冷たい人形なのだ。
優しさを期待する方がどうかしてる。そうでしょう?
なのに
ミゥ
伸び上がって、頬擦りをしてくる
その初めての暖かさに、からっぽのはずの胸に何かが湧き上がってくる。
「よして、よ……そんな風にされたら、私……弱くなっちゃうじゃない……」
強くなければだめなのだ。
ミィ ミゥ
なのに、何だこれは。ずうっと昔……泣きじゃくっていたときに誰かの大きな手がそっと頭を撫
でてくれた……
それを何で今更思い出さなきゃいけないの。
いつの間にか、夕子の頬を涙が流れていた。
「甘やかさないでよっ!……こんな、の……私には必要ないんだからっ……」
夕子の身体が、どんどん縮んでいく
人前でも涙を流せたあの頃と同じ姿に。
今は幼女の夕子の両腕で抱えるくらいになった毛玉を、ぎゅうっと抱きしめて、泣き顔を隠す。
また一つ、思い出した。夕子は、恥ずかしがり屋だったのだ。
笑うのも、泣くのも、見られるのが恥ずかしくて、でもその度に頭を撫でてもらうのが、とても嬉
しかったのだ。
こんな風に
「……あなた……誰?」
もう、分かっていたけれど、それでも聞いてみる。
困ったように毛玉が震えて、夕子はくすりと唇を緩めた。
「ずっと泣いてる私のこと見てたわけ? 趣味が悪いわよ」
本当は、ずうっと夕子のことを呼んでいたのだろう。
意地っ張りな夕子が傷つくたびに、さっきみたいにおろおろと心配しながら。
「ん……もう、行かなきゃね」
ここはとても優しくて居心地がいいけれど、
「また、いつか……本当に疲れたら……また、泣きに来るから」
そしたら、今日みたいに慰めてね
ぎこちない微笑みは、それでもとても美しかった……
「……ん……んんんんっ!」
思い切り伸びをする。
憑き物が落ちたように、清清しい朝だ。
逆に何だか騙されたような気になってくる。
ビシュッ!
目覚ましに、手刀で空を切り裂いてみる。次の瞬間、パシッと正面の壁に空気の塊がぶつかっ
て軽快な音を立てた。
夕子は首をかしげる。
自分のスペックは知り尽くしているはずなのに、どうしてこんなに……調子がよすぎるんだろ
う?
それでも、調子が悪いよりはいいだろうと、無理やり自分を納得させて、
夕子は、ほんの少しだけだけど、自分の唇が笑みを浮かべていることにまだ気がついていな
かったけど、
……ミィ……
きっと、自分は最後まで頑張れると、そう感じた。
Fin
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