オメガガール






 終電から降りてきた女は、立ち並ぶ雑居ビルから洩れる灯りに照らされた道を、ヒールを鳴
らして進んでいた。颯爽とした歩き方を演出するように、リズムよく音が響く。

 モデルと間違うような美女であった。
 ストレートの栗色の髪、整った目鼻立ちもさることながら、洗練されたイメージを受けるのは
身につけた装いによるところが大きい。白のインナーに黒のラバー地ジャケット。艶かしい太腿
をより際立たせているタイトなミニスカは黒色で、白のベルトが締まったウエストによく似合う。
そして膝までのロングブーツも鮮やかな白・・・ちょっぴりセクシーさを強調した彼女が、通って
いる大学内では「白黒コーデの姫」などとあだ名されているのも納得のファッションであった。胸
元を飾る金のロザリオも、右腕に輝く銀のリングも、浮き上がることなくよく溶け込み、美しき乙
女をより華やかに演出している。

 肩までのストレートが頼りない街灯のもとでシルクのように輝いている。中央やや右からわけ
られた髪は清流のように毛先まで流れていた。漆黒の大きな瞳に窺える強い意志。長い睫毛
が愛らしい。高く通った鼻は理想的な形で、やや厚めの唇は朱色に濡れて光っている。雑誌モ
デルでもこれほどの美貌はなかなかお目にかかれまい、そう思わせるほどの美しさ。すれ違う
男どもの視線を独り占めしながら、彼女は夜道を堂々と歩いていく。

 中心都市部から電車で20分ほど離れたその街は、夜も日付が変わると随分と人通りが途絶
える。気がつけば彼女とともに駅から吐き出されたサラリーマンやほろ酔い加減の学生たち
は、周囲には見えなくなっていた。静まりかえった歩道に、ブーツを鳴らす音だけが響く。
 ただでさえ人気の少ない時間帯。加えて、数日前にこの場所を襲った事件が、夜の街から
人々の影を失わせているようだった。

「女、ひとりでここを通るとはいい度胸だな」

 背後から突如湧き上がった声に、白黒コーデの乙女はビクリと肩を揺らす。
 振り向いた美女の瞳がそこにいる者を映した瞬間、細い柳眉は大きく跳ね上がった。

 巨大な男がいた。2m近い。顎髭をたくわえた顔は、まるで山賊のような骨太さ。
 だが美麗な女子大生を驚かせたのはその体躯の良さではなかった。
 顔から下、全身が青く輝いている。結晶のように。
 岩のような巨体を持つ男は、岩石よりも遥かに硬い、ダイヤモンドのような結晶体の肉体を
誇る怪物であったのだ。

「な、なによ、あなた・・・」

 後ずさりながらも、美女は気丈な台詞を吐く。漆黒の瞳には怖れではなく、凛とした光が浮か
んでいる。

「『ジャッカル』のダイアマン。今日の獲物はお前にキ・マ・リだ♪」

 『ジャッカル』・・・異様な姿を目にした時からわかってはいたが、やっぱり・・・
 ここ数年世界を脅かす犯罪組織の名を聞き、額から汗を流す乙女に向かって風が吹いたの
はその時であった。
 いや、風ではない。それは悪意。
 予告もなしに突進した結晶体の巨漢が、美女の鼻先に暴風を巻いて現れる。

「はッ?!」

 なにかが破裂する音が夜の街にこだまする。
 ミサイルのような・・・いや実際に速度や威力は弾道ミサイルが放たれたものと変わらないか
もしれない、右腕のボディブローが、白黒姫の鳩尾に突き刺さっている。

「ぐはあああアアアッッ!!!」

 艶やかな唇を割って出る、紅に染まった胃液と獣のような悲鳴。
 モデル顔負けの美女がくの字に肢体を折り曲げてビクビクと痙攣する。爪先立ちで震える身
体は、腹部に刺さったダイヤの腕にようやく支えられているかのようだ。青い結晶の拳は完全
に女の腹の内部に埋まってしまっている。バズーカのような衝撃によって、パンチがそのまま
めり込んでしまっているのだ。

「くぶばああアアアッッ!!! ふぇぐッ・・・くあああッッ・・・!!」

「いやいや、これはなんとも素晴らしい獲物だ。今日はツイてる。類を見ない美しさ。そして、予
想外に頑丈」

「うあッ、うあああッ・・・・・・きゃああああッッ―――ッッ?!!!」

 拳を鳩尾に埋めたまま、ダイアマンは右腕一本で美女の肢体を高々と頭上に差し上げた。
己の体重負荷を全て抉られた腹部で支えねばならなくなり、女子大生の可憐な絶叫が迸る。
ズブズブと鳩尾を、ダイヤの槍に沈ませていくスレンダーな肢体。焼けるような腹筋の激痛と内
臓が裏返りそうな圧迫感・・・哀れな女子大生の痙攣が、結晶の怪物の嗜虐心をゆっくりと満た
していく。

「いいねえ、その苦痛に歪む顔。なんとも美しいではないか。女、名前は?」

 手に掛けた人間の数が勲章といわれる『ジャッカル』のメンバーが、コレクションとして葬った
者の名を専用のノートに記すのは有名な逸話だ。苦悶に歪む顔に明らかな怒りの炎を灯して、
乙女は白い歯をぐっと噛み締める。

「フハハ、気の強い女は好みだぞ。だがこれでも意地を張れるかな?」

 ぐりぐりと、ダイヤの拳を柔らかな腹部のなかでこね回す。腹筋が、内臓が、圧搾と捻れで切
迫した悲鳴をあげる。

「ふバああッッ!! アアあああああッッ―――ッッッ!!!」

「そら! そら! 名前を言って、早くラクになるがいい」

「ふぐッッ・・・くうゥッ・・・・・・し、四之宮・・・天音・・・・・・」

 話すたびにボトボトと、深紅の血潮が潤んだ唇から垂れ落ちる。ダイアマンの肩付近は、いま
や天音の吐血で描かれた点によって、真っ赤に染められつつあった。

「四之宮天音・・・グフフ、可愛らしい名前じゃないか。先日の獲物どもとは比べ物にならん上玉
だ。お前にはオレのノートに名を刻む栄誉を与えよう」

「ぐッ・・・ううッ・・・やッ・・・やっぱり・・・3日前の大量殺人は、あなたの・・・」

「もちろん。このダイアマンの仕業だ。どうやら思った通り、『ジャッカル』の存在を嗅ぎ付けて調
査に来たらしいな」

 結晶の男と美貌の乙女。互いの視線に鋭さが混じったのは同時であった。

「四之宮天音。いや、オメガガール」
 
 バッという、肉と肉が擦れる音がした。
 吐血の糸を引きながら、串刺し状態の白黒姫が一気に距離を開けて飛び退る。自力で埋ま
った拳から脱したのか、ダイアマンが放り投げたのか。宙を舞う白黒姫の体勢が、それまでの
衰弱が嘘のように闘うそれに変わっていく。
 だが、天音の左手が右腕のリングに届くより早く、輝きを増した結晶の男から、光の奔流が
炸裂した。

「キャアアアアアッッ―――ッッッ!!!」

 黒ジャケットのセクシーな肢体が、一直線に発射された青い光に飲み込まれる。そのまま大
の字で吹き飛んだ麗しき乙女は、閉店中のブティックの壁に激突し、崩壊したコンクリの塊とと
もに店内にまで雪崩込んだ。
 大爆発が、起こる。
 ブティックの内部で黒煙と炎柱が巻き起こる。うねり乱れる漆黒と紅蓮の龍。あらゆる窓と出
入り口から、熱気と炎がガラスの破片を撒き散らして噴き出す。

「グワハハハ! 呆気ない、なにがオメガガールだ! オレたち『ジャッカル』の邪魔をする小
娘め、所詮このダイアマンの敵ではなかったな」

 無人の街に男の高笑いが駆け巡る。正確には人々はいた。沈黙した建物の内部に。しか
し、彼らはよくわかっていた。この闘いに顔を出してはならないと。許されざる人体実験を積み
重ね人外の能力を手に入れた『ジャッカル』の怪人たちを倒せるのは、オメガガールただひと
り。警察や軍隊など相手にならないとわかっている今、人々の希望は美しき守りの女神に託さ
れているのだ。

「見せしめに何人か殺せば必ずやってくると思っていたぞ。オメガガールが二十歳そこらの美
しい小娘であることは調査済みだ。オレらの仲間を倒してきた報い、今こそ受けるがいい」

 嬉々として巨漢が言い放つ。オメガガールを倒した者には『ジャッカル』の総帥であるドクタ
ー・ノウから莫大な報酬と幹部の椅子が約束されている。あとはノートにオメガガール自身の血
で名前を綴り、焼け跡から死者の首を持ち帰ればダイアマンにはバラ色の未来が・・・

 ビル壁に跳ね返る男の笑い声が、凍りついた。
 髭面の丸い眼がさらに丸く見開かれる。残酷な破壊者の視線は、ある一点に固定されたまま
動かない。

 荒れ狂う炎の渦のなか、美しき女が立っている。平然と。優雅なまでの足取りで歩を進めて。
 四之宮天音。いや違った。
 愛らしい美貌も勝ち気な瞳もそのままに、そこに立っているのは天音であって、天音ではない
乙女。

「オ、オメガガール・・・貴様ァ・・・」

 栗色の髪は、鮮やかな金髪に変わっていた。
 瞳に染み入るような爽快な紺青のボディスーツに、深紅のケープ。胸に描かれた黄色のマー
クは、ギリシャ数字のオメガ=Ωを象ったように見える。膝上までのミニのフレアスカートはケ
ープと同じ色で、黄色のベルトとの組み合わせが絶妙なキュートさを生み出している。エナメル
調のロングブーツも情熱的なクレムゾンレッド。ここだけは同じの金のロザリオと銀のブレスレ
ットが、眩い少女に更なる輝きを付け足している。
 スレンダーな天音のスタイルも決して悪くはないが、今の彼女には気品とも言い換えられそう
な色香が備わっていた。ボリュームをアップしたバストと張り出したヒップが、芸術的なプロポー
ションラインを描いている。

 綺麗という単語を独り占めしそうな美貌。男なら垂涎を抑えられぬ抜群のスタイル。そして業
火の海を、涼しげな表情で渡る圧倒的な戦闘能力・・・
 紛れもない、これがオメガガール。
 人類が希望を託す究極の女戦士が今、深夜の街通りに降臨したのだ。

「さっきのがあなたの必殺技? たいしたことないわね」

 青い乙女が吐き捨てる。わざと侮辱するように。

「私を誘き寄せたかったんでしょ? いいわ、思う存分闘ってあげる。あなたが泣き喚いて、二
度と闘いたくないって思うまで」

「ぐうッ?! ・・・このッ・・・調子に乗るなッ、小娘!」

 アスファルトを踏み潰す音。
 ドンッッという爆発に似た音を残し、ダイアマンの巨体が一気に青い戦士へと殺到する。
 弾丸など、比較にならない超スピード。
 美貌の鼻先に現れた結晶の怪物が、勢いを加速させたブローを乙女の鳩尾に突き刺す。

 ボギイッッ

 乾いた音は、一度だけ、やけに大きく響いた。
 先程までさんざん天音を苦しめ抜いたダイアの拳は、手首から有り得ない方向に捻じ曲がっ
て潰れ折れていた。

「ぐおッ?!! グオオオオオッッ―――ッッ!!!」

「オメガガールに、そんなものは効かないわ」

 冷たく言い放った美戦士の右手が唸る。
 平手打ち。くだけて言えば、ビンタ。
 渾身の一撃を食らった山賊の顔がひしゃげ、超パワーに吹き飛ばされた巨体が風車のごとく
回転してオフィスビルへと突っ込んでいく。
 コンクリの壁が崩れる音が5度、続いた。
 一直線に吹っ飛んだダイアマンの巨体は無人のオフィスの部屋を全てぶち抜き、ビル1階の
壁全ての風通しをよくして、路地中央に沈んだ。
 大の字で倒れる男の眼が、ぐるぐると回っている。
 戦車の砲弾すら怖れぬ頑強な肉体を持つ怪物は、オメガガールのたった一発の張り手によ
って、ほとんど戦意を喪失していた。
 
「どうしたの? 私を倒したいんでしょ。この程度で終わりなの?」

「ま、待てよ、オメガガール。ちょ、ちょっと話しあおうぜ・・・」

 両腕を腰にあてた麗戦士が地に這う怪人を見下ろす。頑強さでも、攻撃力でも、圧倒的な差
異を悟ったダイアマンは、目の前の乙女が四之宮天音とは別次元の能力を持つ超人であるこ
とを認識して、必死で言葉を紡ぎ出す。

「考えたこと、ある?」

 結晶のとっかかり、胸倉を掴んだオメガガールは、転がる巨体を右腕一本で一気に頭上まで
持ち上げた。乙女の持つスーパーパワーに、山賊顔が無様に強張る。

「な、なんだ?! なんのことだ?」

「あなたが見せしめのために殺した人々・・・そのひとたちがどうやって毎日を暮らしていたの
か、考えたことがあるのかって聞いてるのよ!」

 腕一本で持ち上げた巨漢を鋭く睨みつけるスーパーヒロイン・・・魅惑的な瞳が、心なしか潤
んで見える。

「家族がいて、恋人がいて、守るべきものをいっぱい背負って、夢や希望を胸に抱いて・・・必
死に、でもきっとどこかで幸せを感じながら生きていたひとたちを、あなたは殺したのよ! 見
せしめだなんて、くだらない理由で! 許せないわ。私はあなたを許すことができない!」

 ギュッと握られた左の拳に、力がこもる。

「ま、待て! わかった、お前の勝ちだ、オメガガール。あんたには敵わねえ、負けを認める
よ。だ、だから許してくれよ」

「あなたに殺された人々も、きっと助けて欲しいと願ったわ。でも、あなたは助けなかった」

「ちょッ・・・わ、わかった。じゃあドクター・ノオの居場所を教えよう! それならいいだろう、あん
たが一番倒したがってる、悪党の親玉なんだからな」

「ノオは確かに許せないわ。でも、この場所で犠牲になったひとたちは、あなたが倒れるのを願
っているはず」

 漆黒の瞳に一切の迷いはない。

「な、なら・・・いいのか?! 人質の子供たちが死ぬことになるぜ!」

 苦し紛れにダイアマンの口かれ出た台詞は、全くのデタラメであった。
 なにを言っても、どんな取引を持ちかけても、オメガガールの心が揺らぐことはない。麗しき
乙女戦士に燃え上がった炎は、ダイアマンを沈めるまで消えることはないだろう。そう感じ取っ
た怪人の、無様な足掻きに過ぎなかった。
 だが、冷静になればすぐに見破れるはずの浅はかな騙しに、胸倉を掴むオメガガールの右
手の力が一瞬、抜ける。

 ゴオオオオオオッッ!!!

 光り輝いたダイアマンの破壊光線が、至近距離から青いボディスーツの全身に叩き込まれ
る。
 アスファルトの大地が一瞬で融解し、空気に潜む塵芥が燃え尽きる。ダイアマン最大最強の
必殺光線を、フェイクに掛かったオメガガールはもろに浴びてしまっていた。

「ギャハハハ! 甘いねえ、お嬢ちゃん。こんなバレバレの嘘に簡単に・・・ッッ?!」

 髭面の高笑いが、引き攣った呻きへと変化する。
 ダイアマンの胸倉を掴む右手は、離れてはいなかった。
 紺青のボディスーツから、深紅のケープからブスブスと紫煙が昇っている。白雪のような肌の
ところどころには、黒煤と火傷を示す赤い染み。無敵を誇る超少女といえど、鉄すら融解させ
る熱線を浴びて無事では済まされない。大理石のごとく滑らかな肌を高温で焼かれ、美乙女の
脳髄には津波となって痛みの信号が押し寄せているはずだ。それなのに、オメガガールの凛と
した姿勢は一切崩れることはなく、怒りを湛えた瞳は静かに結晶の男を見詰めている。

「ぐううッッ・・・ウオオオオッッ――ッッ!!」

 冷たい汗で四角い顔を光らせた男が、無事な左腕を振る。
 反撃、と呼べるほど上等なものではなかった。必殺の光線を真っ向から受け止められ、美し
き戦士の瞳に怯えた愚者の、無様な悪あがき。
 美貌に迫るダイヤの拳は、華奢な乙女の片手に容易く受け止められていた。

「嘘でよかったわね。もしあなたが本当に子供たちを人質にしていたら・・・この腕を粉々にする
ところだった」

「ひッ・・・ヒイッ!」

 漆黒の瞳の奥、灯る清廉な光。
 深く、強く、真剣な光を覗いた結晶の怪人に、もはや正義の戦士に抗う気力は残されていな
かった。

「ゆ、許してくれ・・・オレはただ、そのッ・・・ドクター・ノオに指示されただけなんだ。オレをこんな
身体にしたのもヤツの仕業さ!」

「『ジャッカル』がドクター・ノオによって異能力を授けられた集団であることは知っているわ。で
も、『ジャッカル』は基本的な行動は自由。ノオはマッド・サイエンティストだけど、それぞれの犯
罪を指示したりなんかしない。今回もあなた自身の判断でやったことでしょ?」

「く、ククク・・・」

 無精髭に汗を滴らせ、男は引き攣った笑いを浮かべた。

「そう、確かに『ジャッカル』は徒党を組んだりなどしない。勝手に暴れるのがオレたちの流儀
だ。だが・・・お前はやりすぎたんだ、オメガガール」

「・・・」

 無言で美戦士は、濡れ光った山賊顔を見詰め続ける。

「何人もの『ジャッカル』のメンバーを倒してきたお前に、ノオは怒っている。お前を倒すことが、
いまや『ジャッカル』の最優先事項なのだ」

「・・・そう。あなたたちの方から来てくれるのなら、こっちも好都合だわ」

 揺るぎない口調で台詞を終えた瞬間、オメガガールの背後に濃密な悪意と摩擦音が沸く。
 残像の帯を引いて、青い乙女の肢体は横跳びに移動していた。
 元いた場所に取り残されたダイアマンの巨体に、漆黒の螺旋が絡みつく。

「喋りすぎよ、ダイアマン」

 シュパアアッッ・・・

 爽快ですらある擦過音が、夜の公道に染み渡った。

「あんたがオメガガールね。はじめまして」

 振り返る麗乙女の視線の先に、女が立っている。
 年の項、30後半といったところ。青い瞳と高い鼻が印象的な顔は、欧米の血が繋がっている
ことを教えた。赤色の長い巻き髪と純銀のドレスは、セレブの装いを思わせる。一見上品な容
姿ではあるが、残酷な光を湛えた視線と、両手に持った黒革の鞭が全てを台無しにしていた。

「私の名はバーバラ。『ジャッカル』最高幹部のひとりよ」

 ゴト、ゴト・・・滑らかな断面を見せて、輪切りにされたダイアマンの身体が切り離れていく。
 最強の硬度を誇っていた肉体は、いまや鮮血まみれのダイヤの塊と化して、ガラガラと崩れ
落ちていった。

「なッ?!」

「噂以上に強いようね、オメガガール。そしてそれ以上に、美しいわ」

 突如現れた女の躊躇ない手際と、数瞬前まで拳を合わせていた敵の突然の死。スーパーパ
ワーを誇るといえど若い乙女の脳を、わずかな間空白が訪れる。
 穢れない大きな瞳が次に映したのは、鼻先に現れた西洋妖女の笑顔であった。

「お前のように美しい小娘は・・・殺さなきゃ、ね」

 漆黒の鞭が超少女の雪肌を叩いた。
 
 空気を切り裂く裂帛の打撃音が響き渡る。音速を超えるものが物質に当たった折りに奏でる
高音。肉眼では影すらも捉えられぬ神速の鞭は、無防備に佇んだ美麗乙女の張り出したバス
ト、Ωマークを膨らませた胸の丸みに容赦なく吸い込まれていた。
 一瞬柳眉をビクリと跳ね上がらせた美戦士の動きが、凍えたように止まる。

「オホホホ! 痛いだろう? このバーバラの鞭は。なまじ頑丈なだけに地獄の苦しみだろ
う?」

 スペースシャトルの外壁すら豆腐のごとく裁断できるバーバラの鞭。普通の人間、いやダイア
マンのように頑強な肉体を誇示する怪物ですら一撃で真っ二つになる鞭を浴びて生きているの
は、究極の戦士であるオメガガールだからこそだ。しかし、本来なら一発でラクになれる斬撃
を、その超人的な耐久力ゆえに美乙女は無数に食らわねばならなかった。
 唸りをあげる鞭の嵐が、棒立ちになった青い戦士に殺到する。

 パパパパパパンンンッッッ・・・!!!

 炸裂音が優雅なスタイルの全身から放たれる。
 時間にしてわずか数十秒。その間にオメガガールの瑞々しい肢体を、三桁を越える鞭打が
抉っていた。

「ホホホホ! ムダよ、お前には私の鞭を見切ることなど不可能。痛みでしか鞭を感じれま
い?」

 バーバラの嘲りは正解であった。超常パワーを持つオメガガールにも鞭の攻撃を逃れること
はできない。
 柔らかな白い頬を、赤いミニスカから生えた締まった太腿を、オメガマークを揺らす胸の果実
を、ツンと上がったヒップラインを、漆黒の鞭の嵐が叩く。
 掴み掛かる細い指を嘲笑うようにすり抜けた鞭は、ボディスーツの戦士を螺旋状に絡め取っ
ていた。
 ダイアマンを切断したのと同じように。

「フン・・・他愛ない。所詮小娘ではこの程度ね。まるで相手にならなかったわ」

 心底つまらなそうな口調で、赤毛の女が聞こえよがしに言う。伸ばした両腕の先では、2本の
鞭に首から下を巻きつかれた金髪の美乙女。

「人間を超人に変えるというオメガ粒子をまとった戦士オメガガール・・・どれほどのものかと思
ったけど、このバーバラの敵ではなかったようね」

「あなたでは・・・私には勝てないわ」

 凛と光る漆黒の瞳で、青い女神は真っ直ぐに妖女を睨みつけていた。
 諦めを知らぬどころか、反抗心を剥きだした美しい瞳に、ピクリと眉を動かしたバーバラは締
め付けを一層厳しくする。

「ッ・・・ぐ・・・」

「その生意気な顔がもっと苦痛に歪むのを見せてもらおうかしら?」

 ミシミシと骨の軋む音色が夜風に混じる。直径2cmほどの2本の鞭は、大蛇と化してスレンダ
ーなボディスーツを意志を持ったように圧迫していく。

「いい表情だねえ、オメガガール。小憎たらしい小娘め、そうして苦しんでいるのがお似合いだ
よ」

「このくらいで・・・私に効いていると思っているの?」

「フン、口の減らないガキだね! ほら、もっと醜く顔を歪めるんだよ!」

 鞭を振るい、締め付けの力をさらにあげるバーバラ。
 だが、わずかに歪んでいた美戦士の表情は抵抗するように引き締まり、毅然として赤毛の魔
女を睨みつける。モデルのような端整な顔立ちに凛とした気配が注ぎ込まれ、正義の戦士の
美貌はもはや天の領域を思わせた。

「このッ・・・バラバラになるがいいッ!」

 叫ぶと同時に妖女が両手の鞭を一気に引く。躊躇なく。
 ダイヤモンドの肉体を一瞬で切り落とした残酷技、発動。
 スパアアアッッ・・・という肉を裁断する音は、しなかった。

「言ったでしょう? 私には勝てないって」

 勝利宣告を思わす乙女の声。
 バラバラになるはずの青いスーツの戦士は、魔女の必殺技など発動されなかったように、鞭
を巻きつけた姿のまま立っている。
 ただ、ポトポトと落ちる数滴の赤い血のみが、バーバラ最大の必殺技が実行された証。

「なアッッ?!! そ、そんなッ・・・?!」

「あなたでは、まるで私の相手にはならないわ」

 オメガガールが力を込めた瞬間、漆黒の鞭は凄まじい内側からの圧力によってブチブチと弾
け飛ぶ。
 呆然と佇むバーバラの目の前に、千切れ飛んだ鞭の残骸の雨が、ボトボトと降り落ちた。

「『ジャッカル』の幹部だろうと、ノオがどんな肉体改造をしようと、オメガ粒子を持つ私には勝て
ないわ。なにより皆を苦しめるあなたたちが、いつまでも許されるわけがない」

「調子に乗るんじゃないよ、ガキが!」

 突き出した魔女の腕から新たな鞭が唸りをあげて放たれる。スペアの鞭など、いくらでも白銀
のドレスの内に準備済み。
 必殺技を破られたショックを微塵も感じさせぬバーバラの追撃は速く、正確であった。
 迫る、マッハを越える鞭の嵐。オメガガールの桃色の唇がついと尖る。
 口笛を吹く要領で吹いたオメガガールの息は突風となって、見えぬ鞭を本体の魔女もろとも
吹き飛ばした。
 情けない悲鳴が、塗りたくったルージュの狭間から迸る。

「降参して法の裁きを受けなさい。このオメガガールがいる限り、あなたたちの好き勝手はさせ
ないわ」

 壁に激突し、痛む全身をさすりながらバーバラが見上げたのは、腰に手をあてて毅然と立
つ、オメガガールの雄姿であった。
 
「くうッ・・・お、おのッ・・・れエエッ・・・」

 呪詛の言葉を吐き出しつつ、白銀のドレスを着た魔女がガクリと崩れ落ちる。
 憤怒の業火が胸を焼き尽くしそうだった。これ以上ない、屈辱。悪魔の力を得た自分が、『ジ
ャッカル』の幹部である自分が、こんな小娘、それももっとも忌み嫌う若く美しい年下の女に負
けるなんて―――。
 オメガガールの青いコスチュームを引き裂いて、脈打つ心臓を取り出したい気分は数分前よ
り遥か巨大になっている。それでも目前の怨敵に飛び掛ることはできない。自分では敵わない
現実―――圧倒的な実力の差を思い知った彼女に、無謀な挑戦は望むべくもない。
 全世界が恐怖する犯罪組織『ジャッカル』の幹部と正義のヒロイン・オメガガールの対決。そ
の初戦が今、決着を迎えんとする・・・

「ちょ〜っと待ってもらおうか、オメガガールちゃん」

 死闘の場には相応しくない明るい男の声が、静まった夜の街に流れる。

「ロ、ロウガ! あんた、なにしに来たんだいッ?!」

 明らかな動揺を見せるバーバラの口調は、仲間の登場に喜ぶというより当惑の響きが強か
った。

「決まってるだろ? あんたと同じ、ノオの爺さんに言われて厄介なオネエサンを始末しに来た
のさ」

 ビルの屋上、月をバックに男がひとり、30mほど眼下の美女と悪女を、ニヤニヤ笑いを浮か
べて見下ろしている。
 恐らく身長はそれほど高くない。161cmの天音=オメガガールとほぼ同じくらい。男性として
は低い部類に入る。だが異様に広い肩幅と、筋肉のラインがはっきり浮き出るほど引き締まっ
た肉体は、野生的な力強さを感じさせる。
 なにより男の獣性を開示するのは、下半身から背中にかけて埋め尽くした、茶色の長い体毛
であった。猿人。紛れもなくドクター・ノオの手が入った改造魔人。だが赤く光る両の眼と、剥き
だした歯に並ぶ鋭い牙が、猿よりももっと凶悪な獣を男が体に宿していることを示唆する。

「噂以上のカワイコちゃんだね〜♪ こりゃあ殺すのが勿体無くなってきた」

「あなた、何者? 『ジャッカル』のメンバーね」

 更なる乱入者の登場にも慌てる様子のない美乙女が、頭上を見上げながら落ち着いた声で
訊く。

「最高幹部のひとり、ロウガだ。もうろくジジイがうるさくてよォ、わざわざ出向いてきたってわけ
だ」

「このひとを・・・バーバラを助けに来たのね」

「ケケ、んなオバさん、どうなろうが知ったこっちゃねえな」

 ギリという歯軋りが、超少女のそばで尻餅をついたままの女から聞こえてくる。

「仲間想いじゃ・・・ないのね」

「オレら『ジャッカル』が仲良しこよしじゃねえのは知ってるだろ? 好きにやるのがオレたち
だ。だが・・・今回は特別コースってやつさ」

 路地の隅でざわりと闇が蠢く。オメガガールのサイド、両側で。

「『ジャッカル』幹部、ゴールド」

「同じくシルバー」

 右側から丸い身体を金のボディスーツで包んだスキンヘッドが。
 左側から細長い肉体を銀のスーツで纏ったオールバックが。
 対照的な容姿を持つ新たな刺客ふたりが、佇む美戦士を挟み込む形で現れる。

「初めからジイさんはSM女王さまひとりであんたに勝てるとは思ってなかったってわけさ。最高
幹部4人と闘えるなんてツイてるねえ、正義のヒロインさん♪」

「ふ・・・フフフ、そう、あんたたち兄弟も来てたの・・・ホホ、オホホホ、オメガガール、さすがのあ
んたも今度こそオシマイだねえ!」

 『ジャッカル』の最高幹部が勢揃いする・・・それは奇跡的とも言える瞬間であった。
 人体実験を繰り返すドクター・ノオが生み出した超人たちのなかで、成功例と呼ばれているの
が彼ら幹部の4人であった。発明狂であるノオは怪人を作り出した後は、ほとんど拘束をしな
い。怪人たちが自由に、それぞれの欲望の趣くがままに好き放題やっているのが、犯罪組織
『ジャッカル』の正体。稀少な幹部に遭遇するだけで奇跡的というのに、徒党を組まない彼らが
全員集合するのは、彼らを知る者からすれば有り得ない事態であった。
 そしてその事態を引き起こしたのが、ひとりの美乙女であるという事実に、オメガガールの実
力の片鱗が窺い知れた。
 と同時にもうひとつ、ドクター・ノオがいかに本気でオメガガール抹殺を願っているのかも。

 座り込んでいた妖女が嬉々として立ち上がる。左右に立ち塞がる金と銀の男たち。遥か頭上
には、牙を剥きだした獣男。突然に陥った窮地のさなか、金髪の美戦士は揺るぎない口調で
言い放った。

「あなたたち4人で、私に勝てると思うの?」

「いや、思わないねえ」

 ハッキリとした声は遥か頭上より降ってきた。

「オレたち4人が一斉に飛び掛ってもあんたには勝てないだろうねえ。ダイアマンを子供扱い
し、バーバラの鞭を耐え切ってしまう強さ。まさしくバケモノだ」

 その名が余程ふさわしい猿人にバケモノ呼ばわりされ、年頃の美乙女は複雑な表情を浮か
べる。

「そこでだ。このスイッチが見えるか? 付近のマンションに爆弾を仕掛けさせてもらった。ボタ
ンひとつでお寝んね中の人間どもが、ドカーンってわけさ」

「卑怯な手を使ってもムダよ」

「ムダじゃねえさ。心優しいお嬢ちゃんは他人を犠牲になんてできない。だろ?」

 美乙女の白い歯が桜色の唇の端を噛む。オメガガールの動きが思わず固くなったのを、ロ
ウガの赤い眼は見逃さなかった。

「後悔するわよ。私に本気を出させることを」

「クク、そうしてほざけばほざくほど焦りが伝わってくるぜェ〜、正義のヒロインちゃん♪ 言葉
で脅すのは手を出せないってなによりの証拠だ。やれ、ゴールド、シルバー」

 左右から歩み寄った金と銀の兄弟が、オメガガールの手を片方づつ握る。両手首にかかる
圧迫を感じながら、金髪の戦士はなんらの抵抗も示さない。
 バリバリバリッッ!!
 青のボディスーツに包まれたスレンダーな肢体を、高圧電流が駆け巡る。

「ふッ・・・グ・・・うゥ・・・」

「どうだ、オメガガール。我らの百万ボルトの電流は?」

「無敵の究極戦士もさすがに応えるだろう?」

 整った美貌がわずかに歪む。肩や足が引き攣ったようにピクピクと動く。肥満のゴールドと長
身のシルバー、このふたりはプラスとマイナスの電極のようなもの。ふたりが触れたモノの間に
強烈な電撃を流すのだ。並の人間なら一瞬で黒焦げとなる電流は、オメガガールの超人的な
肉体をもってしても無事では済まない。

「どんどんと電圧を上げてやろう。まだまだこんなものではないぞ」

「愚かな小娘め。無抵抗の女が苦しむ様、たっぷりと楽しませてもらう」

 バリバリバリッッ!! バチバチィッ!!
 反撃してこないのをいいことに、煌びやかなボディスーツの男たちが電流を流し続ける。電磁
の弾ける音が、オメガガールのスタイルいい肢体から流れ始めた。

「くゥッ・・・うッ・・・ぐくッ!・・・」

「洩れ出る苦鳴がだんだん大きくなってきたな。痙攣も激しくなってきた」

「苦しいか? 辛いか、オメガガール。だが反抗すれば何百人という人間が犠牲になるぞ」

 10分以上に渡る電流刑は、怪人たちの能力が限界になるまで続けられた。
 両腕を解放された瞬間、珠の汗を浮かばせたオメガガールの全身が、思わず前のめりにな
る。

「はァッ・・・はァッ・・・はァッ・・・」

「おっと、休んでるヒマはないよ!」

 バーバラの両手の鞭が、再び全身を叩く。
 挟み込む形で超少女の傍らに立ったゴールドとシルバーが容赦ない拳の嵐を、見事な曲線
を描くボディに叩き込む。ドス、ドボという肉を打つ鈍い音は、屋上から睥睨するロウガの耳に
まで届いてきた。

「オメガ粒子を浴びた超人オメガガール。ミサイルすら跳ね返す頑強な肉体だが、決して不死
身というわけじゃねえ」

 バーバラの鞭を浴び、血を流す美戦士の姿を獣人は目撃していた。
 確かにそのタフネスぶりは「ジャッカル」の改造魔人と比べても遥か飛び抜けているが、破壊
力ある攻撃を執拗に受け続ければ、必ず効く。ましてそれが「ジャッカル」最高幹部の必殺技な
らば。
 ドサリ
 脱力した赤いケープの美戦士が、無惨に投げ飛ばされる。背中から受身も取れずアスファル
トに落ちたオメガガールは、そのまま大の字で地面に横たわった。

「肉体が超人でも、心がお嬢ちゃんのままってのがあんたの敗因だねェ、オメガガール」

 嘲るロウガが持ち出したのは、ロケットランチャーであった。上空から標的を横たわる乙女の
胸のオメガマークにロックする。
 深夜の街をミサイル発射の轟音と炎が彩る。
 ドゴオオオオオオッッ・・・!!
 灰色のミサイルが横臥しても崩れぬ形の良いバストに直撃し、周囲を爆音と業火で包む。

「オーッホッホッ! いいザマだわ、オメガガール!」

 白煙と焦げた悪臭が漂う公道に、バーバラの高らかな笑い声が響く。
 青いスーツの美戦士がいた地面は大きく抉れ、巨大な魔獣が噛み千切ったようなクレーター
が現出していた。
 その中心、穴の窪みの最深部にピクリとも動かぬ美乙女の姿。
 青のスーツと赤のフレアミニのところどころを焼け溶かせ、黒煤で汚れたオメガガールが、白
目を剥いて半ば地面に埋もれている。

「まだまだ、もう一発いくぜェ〜♪」

 獣人が肩に背負ったランチャーが再び火を噴く。
 追撃のミサイルが再度オメガマークを直撃して爆発する。
 噴き上がる煙と炎が納まるころ、青と赤の究極戦士の姿は、跡形もなく消え去っていた。
 
 ケタケタと響く甲高い笑い声が4種類、夜の街にこだまする。
 恐らく震えながら住居やマンションの内から犯罪集団と正義の女戦士の闘いを覗き見してい
る住民たちは、その哄笑を絶望と戦慄のなかで聞いているはずだった。

「ケケケ! 肉片残さずぶっ飛んじまったか。ノオのジジイに生け捕りにするよう言われてたん
だが、ちょっと加減をマズったぜ」

 己のミスをまるで反省しない口調で獣人が笑う。月灯りをバックにした影絵のなかで、大きく
開いた口に鋭い牙が並んだ。

「オレ様のノートに有難く名前を書かせてもらうぜェ、オメガガールちゃん。血で書けねえっての
が残念だけどなァ!」

人であることを捨て、己の欲望は全て暴力で叶える道を選んだ『ジャッカル』のメンバーにとっ
て、殺戮した人間の質と量は勲章であった。かつてない最高レベルの名を書き込まんと、ロウ
ガが喜びを隠しもせず専用ノートを取り出そうとする。

 ドゴオオオオッッ!!

 ビル屋上の床を突き抜け、赤と青の塊が飛び出してきたのはその時であった。

「ヌオッ?!・・・オメガガールッ?!」

 ひらめく深紅のケープ。なびく金色の髪。破れた衣装のあちこちから雪の肌と腫れあがったミ
ミズ跡を覗かせた美戦士が、夜の空に鮮やかに浮かび上がる。
 大地に埋まったと見せかけ、地中を通ってここまで来たのか――ロウガの脳裏で瞬時にマジ
ックのネタが解き明かされる。だが脳が高速で回転する反面、虚を突かれた獣人の動きは完
全に止まっていた。
 超少女の漆黒の瞳から青いレーザーが発射される。二条の光線は長い毛に覆われた手の
中、爆弾のスイッチを的確に射抜いていた。

「やったわ!」

 引き締まった美貌にわずかに挿す微笑み。ひとりの女子大生・四之宮天音に一瞬戻った超
戦士は、屋上に着地すると同時に厳しい表情を取り戻していた。
 ガクン

「うッ・・・」

 オメガガールの意識とは無関係に、白い膝が折れて地に着く。
 変身前のダイアマンの責めから始まって、バーバラ、ゴールド&シルバー兄弟とたて続けに
『ジャッカル』最高幹部の攻撃を受け続けてきたのだ。天音がオメガガールになって以来、初め
てとも言える深刻なダメージが体内に疼いている。オメガガールの超人ぶり、無敵の強さを誰
よりも知るのは天音自身なだけに、足腰が震えるほど追い詰められた事実は驚きであった。

「そりゃそうだ。あれだけ痛めつけられたんだからなァ・・・」

 牙の並んだ口が、耳まで裂けそうな勢いで吊り上がる。切り札である爆弾スイッチを失って、
本来なら退却すべき場面だ。無理はせず、確実に勝てる獲物で楽しく遊ぶ。それがロウガのモ
ットーである。幾人もの改造怪人を葬ってきた『ジャッカル』最大の宿敵オメガガール・・・罠もな
くたった独りで闘うにはあまりに危険な相手だ。
 だが、どうだ。
 近くで見れば見るほど涎が出そうないい女。凛と光る大きな瞳には、絶大な自信と闘志が溢
れている。まるで自分の勝利を疑っていない瞳。しかしその気持ちを裏切るように、肉体の疲
弊は進み、深いダメージに侵されているはずだ。こいつは気付いていない。己がいかに傷つ
き、本来には遠く及ばぬ力しか出せなくなっていることを。大した苦戦もせず、圧倒的な力で勝
ち続けたツケが、こんなところで回ってきたのだ・・・

 結論。
 このオレ様なら、今のオメガガールに勝てる。わけもなく。

 ワオオオオオ――ンンン・・・

 首を高く揚げ、月に向かってロウガは吼えた。戦闘への狼煙。その姿は、まさしく狼。
 ドンンンッッという爆発音。ロウガが大地を踏みしめる音。ダッシュをかけた獣人の身体が、
一直線に金髪の美乙女へと襲い掛かる。十本の爪が一気に伸び、凶悪なナイフが月の光を
反射する。ロウガ最強の武器、この爪で超乙女の柔肌を刻み、コスチュームを切り裂いてや
る。

「本気でいくって言ったわよね」

 暴風のような圧力を迫る獣人から受けながら、オメガガールの右手が素早く左手首の銀のブ
レスレットに伸びる。ボタンを思わせる突起。摘んだ指が捻る。
 わかっていた。己の体力が消耗し切っていることは。無敵と思っていた肉体は傷つき、力の
源であるオメガ粒子は改造怪人最高幹部と闘うには足りなさ過ぎる。まさかこの機能を使う日
が来るとは思ってもみなかったが・・・美しき超戦士は躊躇なく奥の手を発動させる。

 グラマラスなボディラインが黄金に輝くのと、狼男の爪が胸のオメガマークに食い込むのと
は、同時であった。
 一気に爪が振られる。青いコスチュームを乳房の肉ごと引き裂かんと。

 パキィィイイッ・・・ンンンッ

 ロウガの指に生えた十本の鋭利な凶器は、根元から粉々に砕け散った。

「なッ、なぜだァァ〜〜ッッ?!」

 赤い眼光が目前の超乙女を見る。眩いばかりの神々しい姿。愛らしい美貌とスタイル抜群の
肢体。腰に両手を当てて仁王立つオメガガールの白肌には痣も腫れも、血の跡や汚れさえも
全て掻き消え、ところどころ破れていたコスチュームは嘘のように元に戻っている。
 美戦士の平手打ちがロウガの左頬を叩く。
 牙のカケラと鮮血を吐き散らしながら、弾丸となって吹き飛んだ獣人は屋上の壁に轟音ととも
に激突した。

「言ったはずよ。あなたたちではオメガガールには勝てないって」

 勝利の宣告は静かに、だが力強く乙女の唇を割って出た。
 冷静に戦力を分析し、己の勝利を確信したロウガ。だがオメガガールは獣人の知らぬ能力
を隠し持ちながら、窮地の最中にも正義の勝利を微塵も疑わず信じていたのだ。
 ピクピクと痙攣する獣人に向かって、オメガガールが一歩足を踏み出す。トドメを刺すつもり
などないが、最高幹部の身柄を拘束せねば、人類に安息の日々は訪れない。失神状態の狼
男に近付いた、その時であった。

 足元のビルが揺れたと思うや、ガラガラと崩れ落ちていく。
 咄嗟に宙に浮かんだオメガガールが見下ろす先で、ロウガともども高層ビルは一気に崩れて
噴煙に呑まれていく。視界が閉ざされる寸前、美乙女はビルに向かって鞭を振るう妖女の姿を
目撃した。
 崩落の轟音と土煙が収まるころ、4つの『ジャッカル』最高幹部の影はすでに跡形もなく、超
人同士の戦闘で壊れた街並みを、ただ月光が照らすだけであった。
 
 
 
 2

 首都圏のやや外れ、10〜20階建てクラスのビルが連立する一角で、頭ひとつ飛び抜けたそ
の高層ビルは異彩を放っていた。
 際立つのはその高さではない。壁も窓も、全て黒で統一された色調。通称ブラックボックスと
呼ばれるそのビルが以前は生命保険会社の自社物件であったことは有名だが、現在の所有
者が誰であるか、知る者はいない。出入りする者すらなく、静かに佇む黒い箱。不穏な噂が流
れるなか、人々はいつしかそのビルを、近寄ってはならない場所と認識するようになった。
 犯罪組織『ジャッカル』の総帥ドクター・ノオ。全世界に数あるアジトのうちのひとつ、このブラ
ックボックスに、改造怪人の生みの親は数ヶ月前から拠点を移していた。

「最高幹部が揃いも揃っておめおめ逃げ帰ってくるとはのう」

 眼下に居並ぶ4人の男女の顔を順番に見詰めながら、皺だらけの老人が愉快そうに声をあ
げる。ブラックボックスの最上階。黒タイルが敷き詰められた床に、白銀のドレスの女と背の低
い毛むくじゃらの男、金と銀のボディスーツに身を包んだ肥満体と長身が立っている。そこから
階段を昇った高台の豪華なソファに、ドクター・ノオは腰掛けていた。

「我が頭脳が生み出した超人たちを、次々と葬り去ったオメガガール・・・私の作品を倒すの
は、このドクター・ノオに挑戦しているも同じじゃ。憎き小娘は、なんとしても地獄に落さねばなら
ん。世界の支配者が本当は誰なのか、知らしめるためにものう」

 傍らの皿から摘んだ鶏の生肉を、骨ごとムチャムチャと頬張る。すでに食べ終えた骨のカス
が、山になって積もっていた。
 もしかしたら齢百を越えているのではと思わせる老人であった。
 紫のガウンから覗く皮膚は、どの箇所も皺とシミとで覆われている。落ち窪んだ眼と鷲鼻が印
象的な顔は、ひどく痩せこけてハゲタカのようだ。骨と皮しか残っていないような貧相な身体な
のに、止まらない食欲と眼光の鋭さからは力強い生命力が伝わってくる。
 全世界を恐怖に引き落とす集団の首領には相応しい、不気味さと醜さを持った男であった。

「怖れながらノオ様、オメガガールは想像以上に手強い相手でした」

 下を向いたままバーバラが素直な感想を話す。必殺の鞭を何度も食らわせたが故に、妖女
は青い戦士の底知れぬ強さを感じ取っていた。

「ここにいる者、全ての攻撃はヤツに致命傷を与えられませんでした。パワー、スピードだけで
はない、恐るべき耐久力です。小娘を葬るのは実に困難かと・・・」

「ホッホッ、そんなことはとうにわかっておるわい」

 血塗れた鶏骨の残骸を、老人はプッと噴き捨てた。

「ケッ! ジジイめ、どうやらオレたちを利用して、お嬢ちゃんの力を試しやがったな」

 前歯の欠けた口を、ロウガがニヤリと歪ませる。

「お前たちはよくやってくれた。オメガガールの戦闘力、耐久力だけではない。人質を取られる
と反撃できない愚かさから、銀のブレスレットの秘密まで暴いてくれおった。そしてやはり、オメ
ガ粒子こそが力の源であることものう」

「ククク、ジイさんよ。オレらにここまで恥掻かせたんだ。それなりの見返りはあるんだろうな?」

「私がオメガガールの対策を研究し始めてから、いくらの月日が掛かったと思っておるんじゃ」

 ノオの落ち窪んだ眼が、部屋の後方、ロウガたちがいる場所より遥か奥を見詰める。
 大学や企業の実験室など比べ物にならない数の実験器具。
 世界中のあらゆる薬品と工学機械が所狭しと並んでいる。ブラックボックス、そこはドクター・
ノオの実験研究室。高層ビルの全てがノオの頭脳が生かせるための道具と材料と実験現場と
で埋められているのだ。

「お前たちには憎き女戦士を処刑する大役を授けよう。究極の強さを誇る美しき乙女を、骨の
髄まで蹂躙する悦び・・・これに勝る快楽はないわ!」

 バリバリと骨を噛み砕く音が響く。口腔いっぱいに生肉を含みながら、血走った眼でノオは叫
んだ。

「憎き小娘め、これまでの恨み、まとめて晴らしてくれるわ! オメガガール抹殺計画を開始す
る!」

 ゴボゴボと水流が渦巻く音が遠のいていく。
 静かに瞳を開けた四之宮天音の視界に、医療ポッドの内部が映る。世間ではいまだ実用化
されていない短期集中回復システム。いろいろ試した結果、蘇生液に全身を浸すこの方法が
もっとも効率良く能力を回復できると判明して以来、闘いのたびに天音はこのポッドにお世話
になっていた。
 今回ほど長期間に渡って利用したことは、かつて一度もなかった。
 『ジャッカル』最高幹部との闘いから約一週間、肉体的ダメージはさほどでもなかったにも関
わらず、天音は毎日連続してポッドに入っている。このシステムの開発者でもある、九宝博士
の提案であり、命令であった。天音=オメガガールがコスチュームが損傷するほど苦戦したこ
となど、これまでに経験がない。超戦士の力の根源であるオメガ粒子がハッキリと減少してい
るのを確認した博士は、念には念を入れて一週間連続の治療回復を命じたのだ。

「あのままあいつら4人と闘っても、負けそうにないんだけどナ・・・」

 ポッドから出た女子大生は乾いたタオルで丁寧に全身を拭き取っていく。ボディスーツの影響
か、オメガガールに変身したときは随分とグラマラスになるが、今の天音はそこまで強調したラ
インではない。カップでいえばCのバストは大きさこそ並よりやや目立つ程度だが、形の美しさ
においては眼を見張るものがあった。ツンと上を向いた双房とキュッと締まったヒップラインは
躍動感に溢れている。透き通るような肌と柔らかな印象を与える適度な肉付きで、女性の身体
としてはこれ以上はない理想に近い。雑誌モデルも顔負けの美貌と相まって、大学内で隠れフ
ァンが後を絶たないのも無理からぬ話であった。
 純白の下着を着けただけで、異性からは憧れの、同性からは羨望の眼差しを浴びる女子大
生は平然と脱衣所を出てくる。

「あら? 早かったのね、天音ちゃん」

白衣を着た女性が、データをチェックしていたパソコン画面から視線を天音に移す。
 九宝明日香。天音とは違った意味で魅力的な女性は、この京応大学医学部第3研究棟の主
であり、オメガガール唯一のパートナーであった。
 28歳にしてまるまるひとつの研究棟を与えられる特権を得ているのは、彼女自身の才能はも
ちろんのこと、2年前に他界した彼女の父親がこの国を代表する高名な学者であったことも影
響していると言われている。当時台頭してきた犯罪集団『ジャッカル』対策のため、研究を重ね
ていた父親は、志半ばでノオ率いる改造怪人に襲われこの世を去っていた。
 当時の新聞は父親の無念を書きたてたものだが、その遺作が今、人々の希望の女神となっ
て闘いを続けているとは、誰も思いはしないだろう。

「身体自体はもうすっかり良くなってますから」

 衣服を身に着けながら天音が応える。ここは言わばオメガガールの基地ということになるが、
天音が住んでいるのはひとり暮らしのマンションだ。医学部でもない学生が研究棟に居つくこと
になれば、さすがにその不自然さは際立つ。用事が終われば、キャンパス内を通って家路に
着かねばならなかった。

「オメガ粒子も、十分元通りになったと思います。大丈夫ですよ」

「そうは言ってもオメガ粒子は浴びすぎて困ることはないから。しっかり保養しないとね」

 京都出身のせいか明日香の声はどことなくおっとりした調子が含まれる。やや明るく染めた
長い髪を巻いているところなど、どこぞのお嬢様といった趣だが、父親である学者・九宝利一
の血を継ぐ天才であることは、その恩恵を授かる天音も断言できる。
 くりっとした丸い瞳と笑ったときに垣間見える八重歯が可愛らしい。まるでリスさんみたい、胸
の内で天音は年齢と肩書きとは不釣合いな明日香の愛らしさに脱帽する。大学生といっても十
分通用する童顔とは裏腹に、肉付きのいい肢体は妙に色香があり、白衣の上からでも豊満な
バストの形がわかる。20代で博士号を取得する才能に恵まれつつ、女性らしさと包み込むよう
な柔らかな雰囲気を併せ持った明日香は、天音にとって身近な尊敬すべき存在であった。

「でも、いくら浴びても限界量に達したら、それ以上はオメガ粒子を吸収できないんですよね?
 私が何千万人にひとりの特異体質だっていっても、さすがにもう満タンですよ」

「ん〜、そうはわかってるんだけど・・・幹部全員がまとめて襲ってくるなんて、明らかに『ジャッカ
ル』は天音ちゃんを狙ってきてるから・・・心配で仕方ないのよ」

 おどけるようにウインクするチャーミングな美乙女に、リスのような医学博士は整った眉を曇
らせる。オメガガールと『ジャッカル』、正義の戦乙女と異能を持つ犯罪集団との闘いは、いよ
いよ最終局面に差し掛かったことを明日香も感じ取っていた。

 明日香の父・利一が発見したオメガ粒子は、人間を超人たらしめる可能性を秘めていたが、
実験のほとんどは失敗に終わっていた。オメガ粒子を蓄積することができれば、人間はドクタ
ー・ノオが作る改造怪人を上回る能力を手に入れられるはずなのに、コンマ数%ですら吸収す
る人間はわずかだったのだ。
 吸収率に個人差があることを発見した利一は、極秘のうちに人体実験を繰り返した。明らか
な違法。希望者を見つけては、オメガ粒子を浴びせ、失敗する日々が続く。
 そして出会ったのが、四之宮天音。

「あのとき、京応病院に運ばれなかったら、とっくに私は死んでたんだから・・・今更恐いものな
んてないですよ」

 『ジャッカル』のメンバーに襲撃された4人家族、ただひとりの生存者。
 瀕死の少女に浴びせられたオメガ粒子は100%の吸収率を見せ、手の施しようがなかった重
傷の肉体は見る見るうちに回復を遂げた。
 奇跡的な、特別なひとり――
 そしてその瞬間、人類を守る最後の希望、オメガガールは誕生した。

「恐いものはなくても、失いたくないものはあるでしょ?」

 淹れたてのコーヒーを二杯、テーブルに運んできた九宝明日香は、白のマグカップを着替え
終わった対面の女子学生に渡す。ピンクの方は自分専用だ。

「失いたくないものも・・・特にないですよ」

「あら、悲しいこと言うのね。私は天音ちゃんがいなくなったら辛くて辛くて仕方ないけどな」

「あ、そうか。明日香さんのことを忘れてました」

 赤い舌をチラリと出して、栗色髪の乙女がクスリと笑う。

「お互い・・・いろんなものを失っちゃったもんね。今、私の家族は天音ちゃんだけよ」

 実験が成功してからわずか2ヶ月後、オメガガールが本格的に始動しようとした矢先に、九宝
利一教授は帰らぬ人となった。『ジャッカル』に敵対する可能性がある人物として、利一の名は
すでにリストアップされていたらしい。以来、天音=オメガガールの能力開発とバックアップは
明日香ただひとりの手によって成されてきた。そういう意味ではオメガガールの生みの親は利
一、育ての親は明日香ということができるのかもしれない。

「天音ちゃんがいなくなったら、私、泣いて泣いて泣き尽くしてやるんだから。お願いだから命を
粗末にするような言い方はやめて」

 くりくりとした瞳に水の結晶が浮かんでくるのを見て、思わず天音の心もジンとなる。博士とい
う肩書きが不釣合いに思えるほど、時に明日香は理性よりも感情を優先した。

「ごめんなさい。でも私、命を捨てるつもりなんてありませんから、安心してください。ただ」

「ただ?」

「いざって時の覚悟は決めてるんです。失いたくないものがあったら、きっと生きることにしがみ
ついちゃうから・・・いざって時に前を向いて闘いたいから、失うものは何もないって自分に言い
聞かせたいんです」

 コーヒーを口に運びながら、モデル並みの容姿を誇る女子大生はさらりと決意を言ってのけ
る。
 そんな悲壮なこと、考えなくていいのよ。
 言いかけて、開こうとした明日香の唇が止まる。いや。こういうことを何気なく考えられるから
こそ、オメガ粒子は彼女を選んだのではないか。血まみれの天音に初めてオメガ粒子を浴び
せた日のことを思い出す。父の傍らで実験を見詰める明日香の前で、突然光に包まれた少女
は青いボディスーツと赤のフレアミニを纏った姿に変身した。予想もしなかった、突拍子もない
事態。胸に現れたギリシャ数字のΩそっくりの紋章から正式に「オメガ粒子」と名付けられた因
子が、その変身を成し遂げた要因だとわかるまで一週間を必要とした。
 時に明日香は思う。いまだ謎の解けないオメガ粒子は、どこかの超文明が開発した鎧なので
はないかと。本当の戦士のみが纏うことができる、スーパースーツの鍵ではないかと。
 もちろん真実は、今の科学ではわからない。確かなのは、天音がオメガ粒子によって超人と
なり、犯罪組織に立ち向かえる、唯一の希望となっていることだけだ。

「そんな深刻な顔しないでください。私だってまだまだ死にたくなんてありませんから。それにオ
メガガールは『ジャッカル』がどんな卑怯な手を使おうと負けませんから」

 褐色の飲料を飲み干した美乙女がすっと立ち上がる。椅子の背もたれに掛けてあった白の
ジャケットを羽織ると、「白黒コーデの姫」の麗しき姿は完成した。

「じゃあ、行きますね。明日香さんの研究の邪魔しちゃ悪いから」

「ちょ、ちょっと待って。大事なもの忘れてるわよ」

駆け寄った明日香が銀のブレスレットを天音の左手首に着ける。

「正直、これが役に立つ日が来るなんて、思っていませんでした」

「備えあれば憂いなしってね。長生きしてるだけあって、お姉さんの言うことも聞いてみるもんで
しょ?」

 顔を見合わせたふたりがクスリと笑う。
 九宝明日香が研究開発したブレスレット。見た目、普通のアクセサリーと変わらないそれは、
装着時に天音が発揮できるオメガ粒子のパワーを10%に制限する。制限を解除したければ突
起状のスイッチを捻ればいい。それだけで本来の力は解放され、オメガガールへの変身は意
志ひとつで容易に可能になる。つまり天音はオメガガールへの変身を必要としない、例えば日
常生活の場面では、ブレスレットの力で本来の十分の一の能力に抑えていることになる。
 一見すると無意味な効力。だが、このブレスレットは10%に制限していた時の残り、つまり
90%のオメガ粒子を貯蓄することができるのだ。普段使えるオメガ粒子を抑える代わりに、い
ざという時のために予備のオメガ粒子を確保しておく・・・それがブレスレットの本当の目的なの
だ。
 貯蓄したオメガ粒子もまた、スイッチひとつで天音の体内に還元できる。ロウガとの闘いの
際、ダメージを負ったオメガガールが完全復活を遂げたのはこのブレスレットのおかげであっ
た。
 もちろんブレスレットに貯蓄できるオメガ粒子には限界がある。また、ブレスレットから少しづ
つオメガ粒子は発散してしまうため、なるべく多くの時間供給し続けることが重要だ。それでも
日常生活でムダなパワーを発揮しているよりは、危うい場面に備えて緊急エネルギー庫を準
備したほうがいいのは、ロウガの件を持ち出すまでもなく明らかだ。

「これが必要になるくらい、敵さんも本気になってきてるってことよね」

「逆に言えば、本気になってもオメガガールには敵わなかったってことですよ」

 自信を潜ませた瞳に強い光を宿して、四之宮天音は年上の医学博士が思わず惚れてしまい
そうなキュートな笑顔を浮かべた。
 白と黒を鮮やかに身に纏った肢体は、陽光のもとへ躍り出て行った。

 通り過ぎる男たちの視線が、否応なしに吸いつけられる。
 白と黒、二色を巧みに配置させた鮮やかにしてシックなファッション。可憐さと同時に大人び
た雰囲気を醸し出すコーディネートは、少女のような愛らしさと芳醇な色香を併せ持った美貌に
ピッタリとはまっていた。服の着用者は己の魅力を最大限に引き出す方法を自覚しているのか
もしれない。お手本にしたファッション雑誌モデルの誰よりも、軽やかに街を闊歩する美乙女は
白黒コーデを着こなしていた。
 九宝明日香と別れてから30分後、無自覚に華やかなオーラを振り撒きながら、四之宮天音
は午後の街並みを家路に向かって歩いていた。
 黒のインナーに白のジャケットとハーフパンツ。ミュールとベルトはゴールドのアクセントをつ
けた黒。七分丈のジャケットは全体に小さめで、少し伸びをするとおへそ回りが簡単に露わに
なってしまいそうだ。キビキビとした動作とも相まって、活動的な印象を見る者に与えるファッシ
ョンだった。

 栗色のストレートが歩を進めるたびに柔らかに揺れる。宝石を宿したような大きな瞳と、形の
よい高い鼻。桜色に濡れた扇情的ですらある唇が完璧なバランスで配置されている。整いすぎ
た美貌は時に冷淡と誤解されるが、真正面から瞳を見合わせれば、男として生まれた者なら
ば一瞬で魅入られてしまいそうだった。あどけない天使のような本性と、男心を虜にする魔性
の外見。天音に近付く異性は、油断すればあっという間に魅惑の沼に溺れてしまうだろう。マン
ションのオートロックの出入り口で振り返ると、見知らぬ男性が呆けた表情で後をつけていた、
なんてことは一度や二度の話ではなかった。
 年頃の女のコならばゾッとする体験も、天音が抱えた特殊事情が危機感を弱まらせていたの
は、否定できないところだろう。実際、羨望を集める白黒コーデの姫は、「普通の男性」に襲わ
れることへの恐怖など、微塵も持ってはいなかった。

いつの間にか隣に並んで歩いている男の存在に天音が気付いたのも、随分と時間が経っての
ことだった。
 目深にキャップを被っているため顔はわからないが、身長は天音とほとんど変わらない。派
手なスタジャンの肩幅は広く、男としては低い背に不釣合いなガッチリとした体型をしている。
顎鬚と繋がった長いモミアゲをチラ見しながら、天音はどこかで会ったような男の記憶を掘り返
そうとしていた。

「ククク・・・まだ気付いていないらしいな。まったく、スーパーパワーがなけりゃあ、その辺の小
娘と変わりゃしねえなァ、天音ちゃんよォ」

 己の名前を呼ばれたことよりも、突然話し掛けてきた男の声と、なによりどこか小馬鹿にした
口調が天音の記憶を呼び覚ます。キッと睨んだ視線の先で、前歯の欠けた口がニヤリと吊り
上がった。

「ロウガ! なんのつもり?!」

「おいおい、そういきりたつなよ。見かけによらず気の強いお嬢ちゃんだぜ」

 足を止め思わず大きな声をあげる美乙女を、顎鬚の男がなだめる。
 周囲の注目が自分ひとりに集中しているのに気付いて、天音の頬が桜色に染まる。下卑た
笑いを刻んだままの男は、顎をしゃくって前に進むよう促した。どうやらこの場で襲うつもりはな
いらしい。黙り込んだ白黒コーデの女子大生は『ジャッカル』最高幹部のひとりと並び歩き始め
た。

「どういうこと? 白昼堂々闘いに来たの?」

真っ直ぐに前方を見詰めながら、小さな声で天音は囁く。つい先日、オメガガールに完敗した
屈辱を、傲岸不遜な獣人が忘れているはずがない。人間体に化けてはいても、ロウガの尖っ
た眼には復讐の炎が隠しきれずに燃えている。改造怪人が正義のヒロインに会う理由など、
闘い以外にあるとは思えなかった。

「まあ待てよ。今ここでヤリ始めても、面白くもなんともねえってハナシさ」

 こちらも前方を向いたまま、肩幅の広い男は美乙女にだけ届く声で呟く。

「オレたち『ジャッカル』にとって、今一番重要なのは邪魔者オメガガールを倒すことだ。で、お
嬢ちゃんの目的は『ジャッカル』の壊滅、だろ? なら話は早いじゃねえか。互いの望むものは
一致しているってもんさ」

「・・・決闘、てこと?」

「察しがいいねえ。白黒ハッキリつけようじゃねえか。ドクター・ノオとオメガガール、生き残るの
はどっちなのか、な」

 天音の細長い指が、自然ギュッと固く握られる。
 願ってもない申し出であった。超常的な能力だけ与えられ、我欲のみに従って行動する『ジャ
ッカル』のメンバーは、こうしている間にも世界のどこかで悪事を働き、人々を泣かせているに
違いないのだ。犠牲者をひとりでも少なくするために、首領であり改造怪人の生みの親である
ノオと直接決着をつけるのは天音にとって最も望むところ。ノオさえ倒せば『ジャッカル』が勢力
を伸ばすことはなくなり、残った怪人たちをひとりづつ倒していけばいい。元々が統率されてい
ない犯罪組織だけに、その壊滅は砂の城のごとく早いだろう。

 無論、わざわざこんな申し出をしてくる以上、ドクター・ノオにもそれなりの勝算があるのは間
違いない。幾多の配下を抱えるノオが直接オメガガールと闘うメリットなど、ほとんど考えられ
ないからだ。ロウガを初めとする幹部が勢揃いしているのはもちろん、様々な罠が待ち受けて
いるのは確実だった。だがそれでも、この千載一遇のチャンスを逃す手はない。

「どんな罠を仕掛けたのか知らないけど、随分自信があるみたいね」

「ク、ククク・・・恐いのか、オメガガール?」

「別に。気が済むまで罠を用意すればいいし、ありったけの戦力で待ち受けてればいいわ。ドク
ター・ノオにできる全てを、オメガガールは打ち砕いてみせる」

 確固たる自信と強い意志を秘めて、四之宮天音は戦天使の表情で言い放った。

「いいわ。あなたたち『ジャッカル』が仕掛けた最大の罠のなかに、オメガガールは飛び込んで
あげる。ノオに伝えるといいわ。オメガガールは悪には負けない、と」

 ニヤリと笑ったスタジャンの男が丸めた紙切れを女子大生に渡すや、くるりと踵を返す。
 一時間後。都心部のやや外れに建った黒い高層ビル、通称ブラックボックス。
 家へと向かうはずだった四之宮天音の足は、黙って別方向へと向きを変えた――
 
 
 
 3

 床を踏むブーツの音が、静まり返った廊下に響き渡る。
 白い壁と部屋の扉がずっと両側に続いている。窓がなく照明も落とされた廊下は、まだ午後
の早い時間帯とは思えないほど暗く沈んでいる。夜の学校や病院のイメージを脳裏に浮かべ
つつ、四之宮天音は人の気配がまるでないビルの内部を進んでいた。
 地上32階、壁も窓も全てが黒で統一されたビル、ブラックボックス。
 指定された時間ちょうどに足を踏み入れた白黒コーデの女子大生を迎えたのは、静寂と温
度をまるで感じられない無機質な景色であった。

 もしや、あの狼男にいっぱい食わされたのかしら?
 一瞬浮かんだ疑念はすぐに消失した。いる。必ずドクター・ノオはこのビルのどこかで私を待
ち受けている。異様に沈黙する雰囲気に、逆に手ぐすねする悪魔の舌なめずりを聞いた気が
して、天音の足は自然最上階へと向かった。

(この先はなにがあるかわからないわ)

 左手のブレスレットに伸びた指が摘みを捻る。
 白と黒の艶やかなファッションに身を包んだ肢体は、一瞬にして青と赤のコスチュームに変身
を完了していた。
 肩まである栗色のストレートが発光するようなプラチナゴールドに変わる。空よりも青いボディ
スーツの胸には金色のオメガマークが輝き、深紅のミニスカにアクセントをつけるベルトも同じ
ゴールドでできている。鮮やかなレッドはケープとロングブーツにも配色され、端整な美貌をよ
り華々しく飾る。全体にハッキリとした色調はややもすると幼さを主張しがちになるが、胸元の
ロザリオと左手のブレスレットが仄かな落ち着きを微妙なブレンドで醸し出している。
 犯罪集団『ジャッカル』に敢然と立ち向かう究極の戦乙女、オメガガール。
 その麗しくも華やかな雄姿が、白黒コーデの姫と引き換えに陰鬱な高層ビル内に現れたので
あった。

(マシンガンでも、火炎放射でも、硫酸の雨でも、落とし穴でも・・・なんでも仕掛けてくるがいい
わ。オメガガールにはどんな罠も通用しないってことを思い知らせてあげる)

 ノオの本拠地のひとつであるこのブラックボックスには、様々な罠が仕掛けられているはずだ
った。警察や軍隊の侵攻を容易に防ぎきるほどの。だからこそ不意を突かれても100%の力が
だせるよう、オメガガールへの変身を済ませたのだが・・・不気味なまでにドクター・ノオはなん
のアクションも起こしてこない。
 ついに階段を昇りきった超戦士は、闘いどころかなんの攻撃も受けないまま、無人の最上階
へと辿り着いた。

「どういうこと? ノオ、聞こえてるんでしょ?!」

 バレーコート四面分くらいはあるワンフロア。一切の仕切りが取り払われた最上階は、ただ
白い壁が四方を囲むだけの殺風景な広間であった。

「まさか女のコ誘っておいてすっぽかしたわけじゃないでしょうね?」

『ホッホッ、お前のように美しい女とのデート、逃すバカはおるまい』

 壁に仕込まれたスピーカーから、掠れた声が流れる。どこぞで光っている監視カメラのレンズ
を探し、オメガガールの漆黒の瞳がキョロキョロと周囲を見回す。

『聞きしに勝る美女じゃな、オメガガール。これから始まるパーティーが楽しみになってきたわ
い』

「その割りには随分主役の登場が遅れているようだけど?」

 スピーカー越しにもニヤリと顔を歪ませた気配が伝わってくる。単身敵アジトに乗り込みなが
ら、臆するどころか余裕すら感じさせる美戦士の応答に、心底愉快で堪らないといった様子で
あった。

『部屋の中央にゆくがいい。パーティー会場に案内しよう』

 促されるまま、深紅のケープがだだっ広い部屋の真ん中に移動する。90cm四方ほどの床の
パネルが、そこだけ他よりもやや明るい色調で区切られている。
 ロングブーツが乗ると同時に、ゆっくりとパネルは簡易式のエレベータのように上昇を開始し
た。なんの支えもなく床だけが浮いていく不可思議な光景。ドクター・ノオの科学力を垣間見つ
つ、オメガガールの意識は最上階のさらに上に隠された秘密の階に集中していく。

 そこは暗闇が支配する部屋であった。
 構造上は下階と同じ、つまり広いワンフロアであるらしかった。だが壁も床も、パルテノン神
殿を彷彿とさせる数本の柱も黒で統一され、闇に閉ざされた奥行きや天井の高さは眼を凝らし
てもよくわからない。全ての光源は柱に設置された松明のみが頼りで、チラチラと不気味な陰
影を床に投げ落としている。

「趣味の悪い、パーティー会場ね」

 押し迫る暗闇のなかで一際輝く金髪とコスチュームの超乙女が、畏怖の欠片も見せずに言
い放つ。
 ブウゥゥ・・・ンン、とかすかな機械音が唸るとともに、オメガガールより30mほど離れた高台
に紫のガウンを着た老人の姿が浮かび上がった。身長150cmほどの小さな身体。落ち窪んだ
眼と鷲鼻が印象的な顔は、数え切れない皺とシミで埋め尽くされている。一切の贅肉を感じら
れない、骨と皮だけの枯れこけた肉体なのに、眼光だけが肉食獣のごとく鋭い。一目見ただけ
で、オメガガールは怪老の正体を的確に見抜いていた。

「ようやく会えたわね、ドクター・ノオ」

『私もお前に会えるのを楽しみにしていたぞ、オメガガール』

「できればホロスコープ・・・立体映像じゃない、生身のあなたに会いたいんだけど」

 映写機が空間に作り出した虚像の老人が、乾いた唇を吊り上げる。

『小娘のくせによく見抜いたのう。安心せい、もうすぐにでも直々に会ってやるわ』

「決闘を申し込んできたのは、あなたの方じゃなかったかしら?」

『ホッホッ、お前の相手は私ではない。こいつらじゃ』

 炎が生み出す光のなかに、四つの影が浮かび上がる。
 オメガガールの四方、前後左右を囲んで現れたのは『ジャッカル』最高幹部の4人。
 鞭使いの女王と狼男、電流を操る金銀兄弟が、それぞれに笑みを刻みながら再度超戦士の
前に立ちはだかる。

「この4人じゃ、私を倒すことはできないわ。まだわからないの?」

 自信の翳りを見せぬオメガガールの言葉に、皺だらけの怪老の顔は破れそうな勢いで吊り
上がった。

『ヒョッヒョッヒョッ! ならばハンデをつけさせてもらおうかのう! 見よ、オメガガール!』

 ドクター・ノオの声を合図に、備えられたライトが一斉に四方の壁際を照らす。
 闇を切り取る白い円。そこに浮かび上がったのは、壁に埋められた鉄の檻と、そのなかで連
なった無数の子供たちであった。
 小学校にあがる前と思われる幼児から、高学年の児童まで。男女を問わぬ何人もの子供た
ちが、四方の壁、鉄柵の向こうにそれぞれ30人ほど囚われている。どの瞳にも宿るのは不安
と恐怖の光。そのなかで唯一の希望を託した熱い眼差しは、青と赤の可憐なヒロインに注がれ
ていた。

『子供たちに架せられた首輪が見えるな? 私がスイッチを押した瞬間、全員の首が爆発して
跳ね飛ぶ仕掛けじゃ。爆薬が少ない割りには効果的な仕掛けじゃろう』

 右手にした起爆スイッチを見せつけながら、左手にとった生の鶏もも肉に貪りつくノオ。子供
たち全員に嵌められた鋼鉄製の首輪をオメガガールは素早く確認する。白桃の頬は見る見る
うちに紅く染め上がっていった。

「なん・・・て・・・なんて、汚い手を・・・」

『ホッホッ、怒ったか? 私のことが憎いか、オメガガール? 人質を取ることも含めてこのドク
ター・ノオの力なのじゃ。悔しければ見も知らぬガキどもの命など、見捨てればよいではない
か』

 深紅のケープの超戦士が他者を犠牲にすることなど有り得ないと知り抜いたうえで、ドクタ
ー・ノオが挑発する。
 いくらオメガガールが驚異のパワーとスピードを誇るといえども、100人以上の子供たちを一
度に救うことなどできない。前回ロウガとの闘いで見せたように、起爆装置を破壊するのが唯
一の打開策だが、ノオの本体がどこにいるかわからない現状では不用意な動作すら子供たち
の危険に繋がる。
 巧妙な作戦であった。
 子供たちを見捨てられない以上、今のオメガガールにできることはひとつしかない。

「なにが望み? 一体私にどうしろって言うの?」

 人質の命と交換条件に、悪の要望に従うことを正義のヒロインが告げる。
 敗北宣言とも取れる言葉、だがプラチナブロンドの美乙女に恐怖はおろか、失意の翳りすら
見当たらない。むしろ闘志と怒りの炎はより盛んに瞳の奥で燃え上がっている。

『さすがは究極の女戦士。これぐらいでは動じもせんか』

「お前たちの卑怯なやり方に、屈するようなオメガガールじゃないわ」

『ホッホッ、ならばその力、存分に試させてもらおうかのう』

 4人の最高幹部が立ち尽くす美戦士に一斉に近寄る。その手に一様に握られているのは、
鎖に繋がれた金属製の枷であった。

『私の開発した世界でもっとも固く、もっとも柔軟性に優れた特殊金属じゃ。これでお前の身体
の自由を奪わせてもらおうかのう』

「・・・好きにすればいいわ」

 凄惨な笑みを浮かべたバーバラが、美乙女の細い首に金属の枷を嵌める。
 ガチャリ、という甲高い音。続けて後ろ手に回した両手の手首にガチャガチャと手枷が嵌めら
れる。
 ガチャン! 揃えられた足首に嵌められる金属。
 ガチャ! カシャン! さらに二の腕に。太腿に。幅広の枷が容赦なく嵌められていく。
 ガシャーン! トドメとばかりにもっとも幅広い枷が、盛り上がったバストの下、胴の部分を締
め付けるように嵌められる。

「ウフフ・・・いい姿になったわね、オメガガール」

 合計10個の枷に拘束され、鎖に繋がれた青いスーツのスーパーヒロインは、誰が見ても虜囚
と呼ぶに相応しい惨めな姿を晒していた。単身乗り込んだ敵アジトで、囚われの身に堕ちた正
義の美乙女。紅いルージュを割って出たバーバラの舌が、拘束戦士の柔らかな頬をベロリと
舐めあげる。
 だが、絶体絶命と思える状況に陥ってなお、可憐な乙女の魅惑的な瞳は、凛とした強い光を
放ち続けている。

「クク、大したもんだな、お嬢ちゃん。この状況でもまるで自分が負けるとは思ってもいないよう
だぜ」

「こッ・・・のッ・・・つくづく生意気な小娘だこと!」

 愉快そうなロウガと対照的に、頭に血の昇ったバーバラがメチャメチャに両手の鞭を振るう。
 金属枷に囚われた美戦士の雪肌を、執拗に叩く鞭の嵐。あわせるようにゴールドとシルバー
が、オメガガールの全身に電撃を流し込む。

「くああッ・・・グッ・・・はうあァアッ・・・!」

 眉を歪ませた美戦士の口から、途切れ途切れに苦悶が洩れる。自分たちを助けにきた美し
い女性戦士のピンチに、息を飲んで見守る子供たちの間から自然な声援が沸き起こる。

「が、がんばって、オメガガール」

「負けないで! お姉ちゃん、がんばって!」

 噂の正義のヒロインを実際に見るのは初めてでも、オメガガールがどんな存在であるかは幼
い子供たちにもわかっていた。

「だ、大丈夫よ。こんな攻撃、オメガガールにはなんでもないんだから」

 汗の浮かんだ美貌でニコリと微笑む超少女に、バーバラの表情が鬼の形相へと変わる。激
しさを増した鞭の乱打が、オメガガールの胸を顔を、全身を打ちのめす。

「憎たらしい小娘め! これでもまだ効かないと言うのかい! さあッ! さあッ!」

「うくッ・・・うッ!・・・んあッ!」

 鉄筋ビルを裁断するバーバラの鞭打を何百と浴びる青い戦士。オメガ粒子を浴びた超戦士
が、ぐらぐらと緩慢に揺れ動く。

(・・・チャンスは・・・必ず来るわ・・・)

 絶体絶命のピンチ・・・だが、その実オメガガールの心はまるで慌てることなく、冷静に逆転の
きっかけを窺っていた。
 一見攻勢に見える、『ジャッカル』幹部の波状攻撃。しかし、究極の美戦士にはそれらのほと
んどが通用していなかったのだ。

(私の動きを封じたところで、こいつらに私を倒す力はないわ・・・でも、こうして苦しむ姿を見せ
れば、必ず油断したノオが姿を目の前に現すはず・・・)

 オメガガールが逆襲するには、起爆スイッチを持ったドクター・ノオを誘き出さねばならない。
そのために言いなり通り、拘束を受け、リンチを食らっているのだ。全てはオメガガールの覚
悟の上の作戦であった。
 幹部4人の力では致命傷は受けないことを、前回の闘いで超少女は把握していた。だからこ
そ抵抗もなくあっさりと特殊金属の枷に囚われてみせた。自由を奪われ、リンチにより衰弱した
姿になれば、ドクター・ノオは安心してオメガガールの前に現れるに違いない。
子供たちを人質に取ったのは、オメガガールの優しさを突いた巧妙な作戦であった。だが。

(オメガガールの能力を甘くみたわね、ドクター・ノオ。ご自慢の特殊金属だけど、私を拘束す
ることはできないわ)

 グラマラスな肢体を拘束する10個の金属の枷。最強の硬さを誇るそれらですら、本気を出せ
ば簡単に破壊できることがオメガガールにはわかっていた。
 『ジャッカル』の改造怪人の力では超乙女を倒せないことは、恐らくノオも気付いていよう。し
かし、自ら開発した特殊金属が容易く破壊されるなどとは、思ってもいないに違いない。枷で拘
束した時点で、狂老人は油断しきっているはずだ。
 勝利を確信したノオが、オメガガールの前に姿を現した時・・・その時こそ、可憐なヒロインの
鮮やかな逆襲は始まる――
 
「くッ・・・相変わらず頑丈な小娘ねッ・・・」

 呪詛の台詞を吐き捨て、白銀のドレスに身を包んだ熟女は両手の鞭の動きを止める。
 何百という単位でオメガガールの胸を中心に鞭打は叩き込まれていた。鋼鉄を豆腐のごとく
切断する改造妖女の鞭。それでも鮮やかな青のコスチュームには破れた箇所どころか綻びひ
とつ見当たらない。ただ金属枷に囚われた肢体が荒く息をついていることだけが、美麗戦士の
ダメージを教える。

「もうお前に勝ち目はないのよ! いい加減、命乞いでもしたらどうだいッ?!」

 バーバラの平手が美乙女の白い頬をめちゃめちゃに打つ。
 バチン! バチン! 乾いた音が連続して響く。悪魔に魂を売った妖女の腕力がいかに凄ま
じくとも、鞭の破壊力とは比べ物にならない。それでも憤怒に駆られたバーバラは、愛らしさに
溢れた美貌を潰したい一心でオメガガールを殴り続ける。

『ホッホッ、バーバラよ。少々趣向を変えてみてはいかがかな?』

「はあッ、はあッ、・・・ノオ様・・・」

『オメガ粒子を纏った人間の強固さは相当なものがあるようじゃ。しかし全ての感覚が鈍感に
なるというわけでもあるまい』

 怪老の立体映像がニヤリと唇を歪ませるのを見て、悪女は言葉の意味を理解する。
 直立不動の姿勢で枷に拘束された青い戦士に歩み寄るや、バーバラの手は見事な稜線を
描いた胸の果実を鷲掴む。

「くッ!・・・」

「フン、小娘のくせにいいカラダしてるじゃない・・・なに、その反抗的な眼は?! 子供たちが
人質に取られてることを忘れたわけじゃないでしょうねェッ、オメガガール!」

 柔らかな左の肉房が、グニャリと変形するほど握り潰される。今までとは別種の痛みにビクリ
と美戦士の柳眉が跳ねた。

「ほらほら、ガキどもの前でおっぱいを揉まれる気分はどうだい? 正義のヒロインが随分みっ
ともない姿だねェ!」

 形のいいバストを両掌に収めた悪女がおもちゃのように超戦士の双球をこね回す。屈辱的
な、姿であった。超絶的な容姿を持ち、行く先々で男たちの羨望を浴びる四之宮天音だが、守
護女神としての道を選んだ彼女の男性経験はごくわずかしかない。女性のシンボルである胸
を触られることには、ただでさえ嫌悪感があった。それがよりによって倒すべき宿敵の手で辱
められるなんて・・・怒りと羞恥でオメガガールの顔はケープよりも濃い朱色に染まる。

「や・・・やめろ・・・」

「はあ? なんだってェ?」

「手を・・・離せ・・・許さないわよ・・・・・・」

「てめえの立場がわかってんのかい?! ほら、許せないなら反撃してみなよ。ほら、ほゥらァ
ッ!」

 乳房の周囲をじっくりと撫で回してから、悪女の指が美乙女の敏感な山稜の頂へと登ってい
く。青のコスチューム越しに的確に突起を摘んだ指は、見る見るうちに固くなる蕾をくりくりとこ
ね回し続ける。乱暴な言葉とは裏腹なソフトタッチは、経験の乏しい乙女の双房を桃色の電撃
で痺れさせた。

「はくッ?!・・・はァッ!・・・」

「フフ、どうやらこっちの刺激にはオメガ粒子もとんと効かないみたいだねェ。こんなコチコチに
しちゃって・・・そら、ガキどもに正義のヒロインの乳首を拝んでもらいな」

 青のボディスーツをぐいと引っ張るバーバラ。オメガマークを挟むように、小豆のような突起
がコスチューム越しにはっきりと浮かび上がる。
 火がついたように赤くなる美貌。恥らう乙女が混乱している間に、金と銀の兄弟が胸の頂点
をそれぞれ摘む。
 官能ではない、今度は本当の電撃が容赦なくDカップはあるバストを這い回る。

「ああッ・・・あああッ――ッッ!!」

「オホホホ、いいザマだこと! 小娘にはオトナの味はキツすぎるのかい?!」

(ゆ、許せない・・・絶対に許せない・・・でも、ここで怒りに任せて枷を壊しては・・・)

 弄ばれる屈辱でオメガガールの怒りは沸騰寸前であった。手足から胴体まで拘束する金属
枷を引き千切り、雁首並べた『ジャッカル』最高幹部4人をここで倒すのは簡単なことだ。しか
し、それでは肝心のドクター・ノオは倒せない。そしてなにより100人の子供たちの命が奪われ
てしまう・・・チャンスの、その時が来るまで、今はこの耐え難い屈辱を我慢しなければならな
い・・・

「シルバー、こいつの乳首、ひとつ貸してもらうよ」

 長髪の細長い男の指がオメガガールの右胸から離れる。消失した電撃の感覚にホッとした
のも束の間、今度は熟女の赤いルージュがボディスーツに浮かんだ突起に吸い付いた。

「ふぇあッ?!」

 生温かな粘液の刺激。明らかにこれまでとは異なる叫びを口にし、究極戦士の肢体がビクリ
と仰け反る。

「おいひいわァ、オメハハールのひくび・・・ほれ、ヘロレロレロ・・・」

「んくうッ!! んはァッ、んんんッ〜〜ッ!!」

(耐えて! 耐えるのよ! 我慢しないと・・・ここを堪えないと!)

 ミシ・・・手首の枷が思わず軋んだのを、無理矢理留めるオメガガール。キレてはダメだ。ここ
で闘っては・・・ノオが姿を現すまで、闘ってはいけない。

「ホホ、随分と楽しそうじゃのう、バーバラ」

 しわがれた老人の声が快感の津波を割って届く。

(・・・来たわ!)

 天は悦楽の仕打ちに苦しむ正義の女神に、味方をしようというのか。
 ホロスコープではない、紛れもない本物のドクター・ノオ。
 まるでオメガガールの願いを聞き届けたかのように、生肉と起爆スイッチを手にした皺だらけ
の老人が、囚われの戦乙女の数m先にその姿を現していた。
 
「間近で見るとまた、いちだんと美しい女じゃな、オメガガール。枷に封じられ虜囚と変わり果て
た惨めな姿、よ〜く拝ませてもらおうかのう」

 クチャクチャと赤色のレア肉を頬張りながら、皺だらけの老人が鎖に繋がれた女戦士を窪ん
だ眼で見詰める。距離にしてざっと6m。実際に目の当たりにする狂科学者ドクター・ノオは、
予想以上に小さく、不気味で、活力に溢れていた。乾き切った皮膚は皺と染みで覆い尽くさ
れ、どう見ても90歳は越えていると思われる。いや、100歳以上と言われても特に驚きもしない
だろう。140cmほどの小さな身体には筋肉も贅肉もついておらず、骨と皮だけでできた肉体の
どこに口にした生肉がいくのか不思議なほどだ。それでも窪んだ奥に光る双眸は、世界中のど
んな野心家よりもギラギラと血走っている。
 醜い、男だわ。
 胸中に潜めた悪意と野心が外見に滲み出てきているような想いがして、美麗戦女は口裏でノ
オの印象を呟く。

「オメガ粒子が強靭な肉体を与えるといっても、女の愉悦はまるで抑えられぬようじゃのう。悪
者にいいように喘がされる気分はいかがかな、正義のヒロインどの?」

「こ、こんなことで・・・オメガガールが負けると思っているの?」

 侮蔑だけが目的のノオの台詞に、美乙女は毅然とした口調で言い返す。聞く側からすれば負
け惜しみにしか取れぬ態度。しかし、青と赤の聖戦士の胸には、逆転への絶大な自信が渦巻
いていた。

(アイ・レーザーでスイッチを破壊すれば・・・いいえ、それでは爆破は阻止できても幹部4人の
動きを止められないわ。ノオが近付いた時に一気に飛び掛かり逆に人質にする・・・倒すのは、
子供たちの安全を確保してからでいい)

 鋭い視線でドクター・ノオを見詰める漆黒の瞳は、その左手に間違いなく起爆スイッチが握ら
れているのを確認していた。100人の子供たちに仕掛けられた爆薬。スイッチを破壊すればそ
の起動は防げるが、人質の近くには4人の最高幹部がいることを忘れてはならない。いくらオメ
ガガールのスピードを持ってしても、スイッチの爆破、拘束からの脱出、幹部4人の一斉撃破を
一度に行なうのは困難だ。それよりも敵の首領である怪老を人質にしてしまうほうが、余程合
理的かつ確実性が高いと思えた。
 無論、ノオを人質にしたところで敵が従う保証はない。子供たちを守る使命に衝き動かされて
いるオメガガールと違って、『ジャッカル』のメンバーがカワイイのは己の身だけというのが基本
だ。それは超人としての自分の生みの親であるノオといえども変わりはない。それでも身動き
を完全に封じていたはずの女戦士にボスである狂博士を人質に取られれば、予想外の出来
事に必ず数瞬動きを止めるはずだ。その数瞬はオメガガールの華麗な逆転に欠かせないも
のであった。
 また、ロウガ戦で見せたアイ・レーザーの存在をノオが知らないわけはない。それでもこうして
のこのこ目前に現れたのは、対策が万全であることを仄かに感じさせる。敵の思惑を上回るた
めにも、一気にノオの生殺与奪を掌中に収めるのはベストの戦略と思われた。

(もう少し・・・もう数歩・・・近付いて・・・)

「私のことが怖くて現れないかと思っていたけど・・・よく姿を現したわね、ノオ」

 整った美貌を歪ませ、小生意気さを意識的に強調する乙女戦士。男でも嫉妬しそうなほど美
しい乙女の挑発は、憎憎しいまでに不敵に映った。生肉を投げ捨てた怪老の足が二歩、前へ
と進む。

「ホッ・・・これから処刑されるというのに、口だけは達者なようじゃの」

「自分ではなにもできないから部下に任せているんでしょ? あなたには私を殺すことも、喘が
せることもできやしないわ」

「・・・ホホッ、余程地獄へ逝きたいらしいのう」

 皺だらけの顔をさらにクシャクシャにした怪老がさらに進み出る。オメガガールの思惑通り
に。

(・・・・・・今ッ!)

 美乙女が引いた見えない境界線。テリトリーゾーンに紫のガウンがわずかに触れる。次の一
歩と同時に、拘束する十個の枷を破壊しようと力んだ瞬間――
 ピタリ
 ドクター・ノオの足が止まる。
 大きな漆黒の瞳が視線を上げる。顔へと。ドクター・ノオの顔を見る。
 皺だらけの不気味な顔は、破れんばかりの勢いで吊り上がって笑っていた。

「バカめが。全ては私の思い通りじゃ」

 いつの間にか、離れた位置でレバーを握っていたロウガが巨大な機械を作動させる。
 バリッ
 音をたてたのは、わずかな瞬間。
 十本の鎖を伝わる黄色の電流が、オメガガールの全身に一斉に流し込まれる。

「はくあッ?! くあああアアああッッ―――ッッッ!!!!」

 それまでとは比べ物にならない苦悶の絶叫が、拘束戦女の朱色の唇を割って轟いた。
 
「ふあアッ・・・アッ・・・あああああッッ〜〜ッッ!!!」

 首。両手首と二の腕。太腿と足首。腰。十個の金属枷を嵌められ、後ろ手に回した状態で直
立する青いボディスーツの美乙女が、可憐な声を枯らして絶叫を続ける。永遠に続くような苦
悶の呻き。緩慢にプラチナブランドを揺らすオメガガールの表情は、明らかにこれまでとは違
い、激しく襲い掛かる苦痛の波に飲まれ歪んでいる。

「ヒョッヒョッヒョッ! どうした、随分苦しそうではないか、オメガガール?! 我らの攻撃は無
敵のスーパーヒロイン様には通用しないのではなかったのかの?」

「はァッ、はァッ、はァッ・・・」

 裂けた唇を耳元まで吊り上がらせたロウガが手にしたレバーを下げる。鮮やかなコスチュー
ムを包んでいた黄色の電流が同時に消える。ガクリと首を垂らす女戦士。輝く金色の髪が流
れて、荒い息を吐く美貌を隠す。身動きできぬグラマラスな肢体のなかで丸い両肩だけが激し
く上下する。深紅のミニスカから生えたむっちりとした太腿の表面を、大量の冷たい汗が垂れ
流れていく。

「くはァッ・・・はァッ・・・こ、こんな・・・」

「ヒョホホホホ! オメガ粒子を持つ女超人さまが苦しむとは信じられぬかな? じゃがこれが
現実じゃ。このドクター・ノオが開発した反オメガ粒子、その名も『アルファ電磁波』はよ〜く効く
じゃろう!」

「ア、 アルファ・・・電磁波・・・?」

「おっとロウガよ、電撃を緩めるのはまだ早いぞ。オメガガールはまだピンピンしておる。間違
いがないよう、徹底的に体力を奪うのじゃ」

 待ってましたとばかりに勢い込んで狼男がレバーを再び上げる。十本の鎖から押し寄せた黄
色の電流は、あっという間に丸みを帯びた女性らしい肢体に流れ込む。

「ふああッッ?! うああああああッッ―――ッッッ!!!」

「ケケケ! 苦しめ苦しめ。オメガ粒子の戦士さまにとっちゃあ、こいつは地獄の炎よりこたえ
るらしいからなあ」

 あられもない絶叫を迸らせる乙女戦士。漆黒の瞳は見開かれ、潤んだ唇からは透き通った
涎がトロトロと溢れ出す。少し力を込めれば簡単に壊せそうだった金属枷が、今では柔らかさ
とハリを伴った若い肢体を頑強に固定してしまいビクとも動かない。いや、正確に言えば、筋肉
に力をいれることすら今のオメガガールには出来なかった。カチャカチャと鎖が鳴るのは、壮
絶な苦痛に身体が無意識に震えるからに過ぎない。身体中の体力をまるで巨大な吸引機で吸
い取られているような感覚・・・いつもなら奥底から湧き上がってくる無尽蔵のエネルギーが凄
まじい勢いで奪われていくのを、プラチナの美戦士はハッキリと自覚していた。

「これまでにお前が倒してきた我が作品たち・・・そこに残ったわずかなオメガ粒子を研究し、よ
うやく完成させたのがアルファ電磁波じゃ。苦労したぞ、この私の天才的頭脳をもってしてもの
う。しかしそのぶん、最高のオメガガール抹殺用兵器を創り出せたわい。どうじゃな、オメガ粒
子を消滅させられる気分は?」

「オ、メガ・・・粒子・・・を・・・消滅・・・ですって・・・?」

「ホッホッ、自分でもわかっておるじゃろう、無敵の力を奪われていくのが。じゃがアルファ電磁
波の恐ろしさはこの程度ではないぞ。その名の通り、電撃としての性質も持ち合わせておる
が、常人なら痺れる程度で済むものがオメガ粒子を纏ったお前には猛毒以上の苦痛を引き起
こしていよう。まさしくオメガガールにとっては最強最悪の殺戮粒子というわけじゃ」

 ノオの言葉は間違いではなかった。
 ただエネルギーを消耗するだけではない。普通の電撃なら100万ボルトであろうと平気な青と
赤の天使が、黄色の電流を浴びると細胞が沸騰し全身から皮膚が剥がれていくのではないか
と思うほど苦しい。さらにあらゆる血管が締めつけられたような圧迫、痺れ、疼痛。心臓は見え
ない手で鷲掴みにされ、呼吸は満足にできなくなり、全ての筋肉は腐食していくかのように重
く、だるく、鈍痛を送り続ける。一方で体表組織を這い回る破裂寸前の激痛。朽ち溶けていく内
臓の苦しみ。アルファ電磁波が体内を巡るたびに、死という怪物がオメガガールの全身を巨大
な腕で掻き乱していく。

(はくあッッ!・・・ぐぶッ!・・・く、苦し・・・いィ・・・カラダ・・・破裂し・・・・・・心臓・・・潰・・・
れ・・・・・・あぎィ・・・こ、壊され・・・る・・・・・・)

「オメガガール、どうしたの?! がんばって!」

 悲鳴にも似た子供たちの声援が遥か彼方で聞こえる。助けねば。私がやらなきゃ。脳裏の
片隅に浮かぶ使命感が、雪崩のような壮大な苦痛に飲み込まれていく。

「最初に私が姿を見せねば、お前はわざと枷に囚われてみせると思っておったわ。私を誘い出
すためにの。効かぬと承知でこやつらに拷問させたり、本来なら簡単に壊せるはずの金属枷
で拘束したのも全ては計算通りじゃて。余裕をもって枷に囚われたつもりじゃろうが、私からす
ればお前を鎖に繋いだ時点でオメガガールはオシマイじゃ」

 途切れることなく流し込まれる黄色の電流にヒクヒクと痙攣する青と赤のコスチューム。半開
きの瞳で視線をさまよわせ、桜色の唇から苦悶の呻きを洩らし続ける美麗戦士に、四方から
悪魔どもの哄笑が浴びせられる。幼き支援者たちの泣き声と悲鳴。悪党どもの嘲り。その全て
に応えることもないまま、オメガガールの瑞々しい肉体はただ震え続けた。

「オーッホッホッ、どうやら勝負あったようね!」

 バーバラの愉悦に満ちた叫び。十個の枷に囚われ直立したまま悶絶するプラチナ天使がパ
クパクと愛らしい口を開閉する。そこには圧倒的強さを誇ったこれまでの姿はない。

「さんざん我々をコケにしてきた怒り・・・」

「そして幾多の同士を葬ってきた恨み、ようやく晴らす時が来たようだな」

 低い声で呟く金と銀の兄弟を押しとどめ、皺だらけの怪老は高らかに声を張り上げて宣告し
た。

「さて、パーティーはこれからが本番じゃ。愚かで、身の程知らずな憎き小娘・オメガガール処
刑の宴を開催する!」



 4

 松明の炎がチラチラと漆黒の空間を照らし出す。儚げな光のなかに青のボディスーツに深紅
のミニスカとケープ、そして金色の髪が揺れ動く。
 犯罪集団『ジャッカル』のアジトのひとつ、通称「ブラックボックス」の最上階。総帥ドクター・ノ
オと4人の最高幹部に囲まれ、オメガガールの美しい肢体が枷と鎖で拘束されている。
 超人的能力を誇る改造怪人にただ一人対抗し、人々を恐怖から救ってきた希望の戦女神が
虜囚に堕ちていようとは・・・信じられぬ光景を眺めるのは、人質となった100人の子供たちだけ
であった。

「オメガガール、がんばってー!」

「ど、どうしたの? オメガガールは悪には負けないんじゃなかったの・・・?」

「早く逃げてー! そんな鎖、とっとと引き千切ってェー!」

 超少女がその鮮やかな姿を見せた時に浮かべた希望の色。オメガガールなら、正義のスー
パーヒロインならこいつらをきっとやっつけてくれる・・・密かに、だがハッキリと抱いていた確信
が、彼らの瞳の奥で崩れかけている。テレビなどで見知った究極の女戦士とは明らかに違った
姿を、今のオメガガールは露呈していた。

(ち、力が・・・入らない・・・・・・アルファ電磁波・・・オメガ粒子を・・・消滅させる・・・粒子・・・・・・
そ、んな・・・バカ・・・な・・・・・・)

 美戦士の視界に入った悪党どもの歪んだ笑顔がぐるぐると回転する。肉体的なものだけでは
ない、深いダメージ。四之宮天音が超戦士として生まれ変わって以来、こんな苦しみを味わっ
たことなどかつて一度もなかった。湧きあがる暗い感情が、光り輝く肢体の内部を黒く塗り潰し
ていく。

(オ、オメガガールは・・・最強の戦士ではなかったの?!・・・・・・オメガ粒子は・・・暗黒の科学
などに負けないはずじゃ・・・)

 言葉とは裏腹に、美乙女は文字通り、身をもってアルファ電磁波の効力を知ってしまってい
た。電磁波を流されていない今でも、超人的なあのパワーがまるで湧いてこない。ただジュクジ
ュクと溶かされていくような疼痛が全身で騒いでいる。アルファ電磁波によって体内のオメガ粒
子が大量に消滅させられたのは間違いなかった。

「どうしたオメガガールよ、威勢のいい言葉が出てこなくなったな」

 ゴールドが丸い指でストレートの金髪を鷲掴む。グイと上げられた美貌は、冷たい汗を流し、
血の気を失って青白く染まっている。

「ホッホッホッ、なかなか聡明なようじゃのう! 己の運命を悟ったようじゃわい。見よ、子供た
ちよ。手も足も出ずに囚われた、無様なスーパーヒロイン様の姿を焼き付けるのじゃ」

「わ、私は・・・オメガガールは悪に負けなどしないわ・・・」

 揺らぐ声で、それでも凛とした姿勢を崩さずにオメガガールは言い切った。
 その瞬間、黄色の電流が全身を包み、再び絶叫が迸った。

「ヒョッヒョッヒョッ! バカめが。もはや脱出は不可能! お前は守るべき子供たちの前で死ん
でいくのじゃ! じゃがそう簡単にはラクにはさせんぞ。これまでの恨みを晴らさねば」

 拘束女神の傍らにまで寄った怪老が、懐から取り出したのは拳ほどの大きさの水晶であっ
た。
 いや正確には水晶のような透明な鉱石、というべきか。カッティングされた結晶体は、巨大な
ダイヤにも見える。だがその色は・・・目にも鮮やかな黄色であった。

「ッッ?! ま、まさかッ・・・?!」

「察しがいいのう! アルファ電磁波の元である『アルファ粒子』・・・オメガガール最大にして唯
一の弱点を、鉱石に宿らせてみたぞ」

 皺だらけの手が握った黄色の結晶が、盛り上がったオメガマークの頂点、乙女の右胸に押し
付けられる。

「あがッ?! あああああアアアアアッッ―――ッッ!!! あ、熱いィィッ!!」

 高熱と錯覚するほどの激痛が美戦士の乳房を刺し貫く。焼きゴテをあてられたような壮絶な
痛みと引き換えに生命のエネルギーがまたも奪われていく。苦痛と脱力感のなかで、オメガガ
ールは叫ぶことしかできない。

「ヒヒヒ! これは楽しいわい。お前らもやったらどうじゃ?」

 激痛地獄のなかで、さらにオメガガールを打ちのめす衝撃の光景。
 周りを囲んだ4人の最高幹部が一斉に取り出したものは、見るだけで慄然とする黄色の結晶
体だった。

「あがッ! ぐうッ! や、やめッ・・・」

 嘆願を口にしかけた美乙女の頬に、バーバラが最悪の結晶を押し付ける。

「いぎゃあああああああッッ―――ッッッ!!!」

「シルバーよ、こいつの衣装を焼け溶かすぞ。ボロボロに剥いてくれる」

「おーおー、可哀想に。カラダ、ビクビクしちまってるじゃねえか。ほれ、もっと苦しみな♪」

 ジュウ・・・というかすかな音が柔らかな肢体のあちこちから響く。焼かれていく、愛らしい美戦
士が。カチャカチャとなる鎖の音が、正義の女神の無力さを子供たちに教える。

(あ、遊んで・・・いる・・・こいつらは・・・私を壊して・・・楽しんで・・・る・・・)

 苦痛を与え、オメガガールが悶える姿を見たいがための責め・・・ジリジリと嬲るように、魔の
鉱石を付けては離し、離しては付けを繰り返す怪人たち。愉悦に歪んだ5つの顔が、細胞の焼
かれる痛みに引き攣る美貌を見詰めている。
 後ろ手に回されたふたつの拳が固く握り締められる。こんな、こんな奴らに負けるなんて・・・
人類の脅威であり、親族の仇である『ジャッカル』。こいつらを倒すために、私はオメガガール
になったんじゃなかったの? 絶望的な状況も、敵の新兵器の恐ろしさもイヤというほどわかっ
ている。でも、それでも・・・とうに奪われたと思われたスーパーパワーが、美乙女のどこかでほ
んのわずか湧きあがる。

 だが、そんな女戦士の内情を察したかのように、悪魔の科学者は掠れた声で言い放った。

「おっと、遊びはそろそろにするかの。究極戦士さまの能力を侮ってはいかんからのう。二度と
立ち上がってこれぬよう、徹底的にオメガ粒子を奪ってくれるわ」

 ドクター・ノオの合図とともに、魔結晶をしまった配下どもが新たな機械を暗闇から登場させ
る。直方体の金属製の箱からは、いくつもの電極とコードが吐き出されている。

「ホッホッ、案ずることはない。これもまたアルファ電磁波の発生装置じゃ。お前の大好きなの
う」

 ふたつの電磁波発生装置のレバーを握ったロウガ以外の4人が、それぞれの手に電極を持
つ。次に繰り広がる光景を、オメガガールは容易く想像できた。

「カラダのすみからすみまでアルファ電磁波を流してくれよう。万に一つも復活などできぬように
の」

 唇を吊り上がらせた4人の悪魔たちが手に手に電極のシールを持ちながら、首をうなだれた
蒼白の女戦士に迫った・・・。
 
(に、逃げ・・・なきゃ・・・でも・・・・・・力が・・・まるで・・・)

 皺だらけの怪老とメイクの濃さが闇にもわかるS女。そして金色の肥満体と銀色の痩身。一
様に電極の先を両手にした悪魔たちが囚われの美戦士を囲む。醜い、笑いであった。ヒトはこ
んな醜い表情ができるかと思われるほどの笑顔を、4人が4人とも刻んでいる。圧し掛かる脱
力感のなかに、怒りの感情を灯すオメガガール。しかし迫る恐怖と確実な敗北を前にしなが
ら、鎖で拘束された肉体は無様なまでに動かない。

 力を奪い、灼熱を与え、毒素と麻痺を深く身体に染み込ませていくアルファ電磁波。
 守護戦士の命の源ともいうべきオメガ粒子を朽ち滅ぼす最悪の電撃を、これ以上、しかも全
身くまなく流されればオメガガールの運命は・・・

「まずこのよく発達したおっぱいには、たっぷりと流してやらねばの」

 脂ぎったドクター・ノオの指がオメガマークの描かれた豊かな盛り上がりを撫でる。睨みつけ
る美しき瞳の前で、青いボディスーツに小豆ほどの膨らみがぷっくりと浮き上がる。わざとらし
いほど丁寧に白い電極パッドが胸の頂点を包む。

「くァ・・・や、やめろ・・・」

「オホホホ、その生意気な顔を思いっきり崩してもらわないとね」

「皮膚の薄い部分はよりツライだろうな」

「ヒョッヒョッ、内部にも流してやるわい。ここは湿り気があって通電しやすかろう」

 こめかみに、首筋に、臍の穴に、次々と電極パッドが貼られていく。さらにドクター・ノオは閉じ
られた太腿に指を滑り込ませ、強引に乙女のクレヴァスから菊座にまで4つもの電極をズブズ
ブと挿し入れた。

「くうッ・・・グッ・・・ううアッッ・・・」

 言葉が出ない。
 復讐の対象でもある宿敵、その身の毛もよだつ不気味な老人に女性としてもっとも大切な部
分を触れられる屈辱と怒り、戦慄。これから襲う苦痛への恐怖。究極の戦士である自分が壊さ
れていくショック。あらゆる負の感情が、美しき戦乙女のなかで湧きあがる。漆黒の怒涛はいま
や普通の女子大生四之宮天音に戻りつつある少女を飲み込もうとしていた。

 全身を金属枷と電極パッドとに埋め尽くされた青と赤の天使。
 3桁に届く子供たちの目の前に現れたのは、希望の星であるスーパーヒロインではなく、姦計
の餌食となった虜囚の乙女であった。

「きゃああ〜、お姉ちゃん、逃げてェェ〜〜ッ!」

「がんばってーーッ、オメガガール〜ッ!」

「ウフフ、かわいい子供たちに言い残すことはないかしら、正義の味方さん?」

 嘲るバーバラの言葉が遠くで聞こえる。必死で身を捩る見事なプロポーションからは、一枚の
パッドですら剥がれはしない。逃れようのない運命を悟ったオメガガールを、今、巨大な暗黒が
包み込んでいく。

 私は罠に嵌められた。
 ここに誘い出された時点で、私の・・・オメガガールの敗北は決まっていたのね・・・

「・・・みんな・・・ごめんな・・・さい・・・」

ズババババババババ!!!

 狂博士の合図と同時に狼男がふたつのレバーを最大限に引き降ろす。膨大な数の黄色の
電撃が、青いボディスーツに包まれた肢体全体を疾走する。

「きゃああああああああああッッッ―――ッッッ!!!!」

 壮絶な苦痛の嵐に、美乙女の意識は吹き飛んだ。
 ビクッ! ビクビクッッ!! ビクンッ! ビク、ビクンッ!!
 悶え震えるしかない身体のなかで、唯一自由な頭がガクガクと前後に揺れる。金髪を振り乱
し、透明な涎を撒き散らしながら。見開いた大きな瞳から、涙の結晶が宙を舞う。壮絶な苦悶
のダンスの凄まじさに、思わず子供たち全員の足が後ずさる。
 やがてガクリと仰け反ったプラチナ天使の瞳が、上空を向いたままぐるりと白目を剥いた。半
開きの口からは泡まじりの涎がトロトロと溢れこぼれる。

「ヒッヒッヒッ! 失神しおったか! じゃがまだじゃ。アルファ電磁波を流し続けよ」

 それから10分以上の間、昇天した正義のヒロインに弱点の粒子は流し込まれた。
 ゴボゴボと不快な音とともに溢れ出した白泡は卵型の顎を伝い、細い首筋を垂れ落ち、いま
やゴールドで描かれたオメガマークから腹筋にかけてを塗り潰している。

 ガチャン、という金属枷を外す音が、漆黒の部屋に響く。
 ゆっくりと前のめりに倒れていったグラマラスな若き肢体は、ドサリという重い響きをたててう
つ伏せに冷たい床に沈んだ。広がる赤いケープの中央に、胸と同じオメガの紋章。ゴキブリを
踏み潰す勢いで、シルバーのドレスを着込んだ妖女が背中のマークを足蹴にする。

「いいザマ・・・けどこんなんじゃあ、あんたに味わった屈辱は晴れないねえ」

「当然じゃ。なにしろ我ら『ジャッカル』に歯向ったのじゃからのう。宴はまだ序の口じゃ」

 踏みつけたノオの足元で白目を剥いたままのオメガガール。その女性らしいフォルムを金と
銀の兄弟が両脇で抱える。

「アルファ粒子を使った数々の我が作品・・・存分にスーパーヒロイン様に堪能して頂こう」

 意識を失った乙女戦士の前に現れたのは、高さ2mは越える巨大な水晶の円柱。
 鮮やかな萌黄色を暗い部屋で輝かせるそれが先にオメガガールに押し付けられた黄色の鉱
石と同じ類のものであることは、もはや説明するまでもなかった。
 ゴールドとシルバー、ふたりの怪人が失神した赤いミニスカの乙女を無造作に円柱に押し付
ける。オメガマークの胸の部分を。

 ジュウウウウウ・・・・・・

「はくッッ?!! うぎゃああああああッッ〜〜〜ッッ!!!」

 立ち昇る白煙とともに、蘇生した美戦士の口から絶叫が迸った。

「熱いか、愚かな小娘よ」

「いい声だ。このまま乳房を焼ききってくれようか」

「がああッッーーッ!! や、やめてェェッッ〜〜ッッ!!」

 青地に描かれた金のマークが黒く焦げるころ、ようやく豊かなバストが黄色の水晶から引き
離される。
 が、オメガガールが安堵したのも束の間、すぐに今度は背中から弱点の円柱に押し付けられ
る。引き攣る苦鳴を轟かすオメガガールの肢体を、輝くスーツに身を包んだ怪人ふたりはこれ
も黄色の鎖でぐるぐると円柱に縛り付けていく。

「いぎゃああああああッッッーーーッッ!!! 熱いィィッッーーッッ!!! かッ、身体が溶け
ちゃうゥゥッッ〜〜〜ッッ!!!」

 子供たちの前であることなど忘れ、爛れる激痛に叫ぶオメガガール。アルファ粒子で作られ
た柱に、アルファ粒子の鎖で縛り付けられる・・・プラチナ天使にとって最悪と言える地獄の拘
束をこのまま続けられれば、恐らく放置されていても確実な死が美貌の乙女に訪れるだろう。
 しかし、最高のオモチャを手に入れた悪の組織は、そんな安らかな最期をヒロインに用意は
しなかった。
 ぐるぐるに束縛された美戦士の正面に立ったドクター・ノオが手にしたものは、バズーカのよ
うな巨大な砲身。

「さて、『アルファ粒子ビーム砲』の威力、試させてもらおうかの。ヒョッヒョッヒョッ!」

「うああア・・・ああッ・・・ううゥ・・・」

 ヒクヒクと白い手足を引き攣らせながら、美乙女の口から苦悶とも悲鳴とも聞こえる呻きが洩
れる。反オメガ粒子でできた結晶の柱に縛り付けられた哀れな美麗天使。焼け爛れていく皮膚
の痛みを上回るような、恐怖の感情がオメガガールに迫っている。
 チカチカと機械的な光を明滅させたバズーカ砲。
 ドクター・ノオに握られ、真っ黒な砲身をこちらに向けたそれが、名前通りアルファ粒子をビー
ムとして発射するのであるならば・・・弱点を握られいいように弄ばれているオメガガールに、決
定的な敗北が訪れるのは確実だった。

(そ、そんなものを食らってしまったら・・・わ、私は・・・オメガガールは・・・)

「ヒョッヒョッヒョッ! 己の運命を悟ったか、オメガガール。いい絶望の表情じゃ」

 冷たい鉄の砲身が青いスーツを盛り上げた胸にピタリとあてられる。
 その瞬間、思わず顔を背けたオメガガールの美貌は、怒りと苦汁と、残酷に迫り来る仕打ち
への恐怖とで歪んでいた。

「フフフ、ガキども、よく見ておきなさい。大好きなオメガガールが、私たち『ジャッカル』にひれ
伏す瞬間をね!」

 距離を置いたノオが射撃の構えを取る。標的は、刻一刻とエネルギーを奪われ毒素に侵さ
れていく哀れな美戦士。黄色の鎖で同色の水晶にグルグル巻きにされた乙女からは白い煙が
あがっている。青のボディスーツでグラマラスな肢体を包み、深紅のケープを翻して無敵を誇っ
たプラチナブロンドの天使はいまや、その美しい肉体をブルブルと痙攣させるしかない。

「憎き小娘オメガガール・・・いや、四之宮天音よ。100人の子供らの前で敗北を晒すがよい」

 単身敵アジトに乗り込み、罠に嵌ったオメガガールに、最悪の光線を逃れる術などなかっ
た。

「ヒョーッヒョッヒョッ!! 食らえィッ、オメガガールッ!!」

 太い弩流となった黄色の光線が、美麗戦士の胸、オメガマークに直撃する。

「ッッ!!! はアうッッッ!!!」

 ドンッ!!という破裂音とともに、金字のマークが描かれた青いスーツの破片が、暗黒の処
刑部屋の宙を舞う。

「きゃああ〜〜ッ、オメガガールゥゥ〜〜ッ!!」

 幼い悲鳴に重なる美乙女の呻き。ゴボオッと吐き出された血塊が、桜色の唇を朱色に染め
る。
 アルファ粒子ビーム砲の一撃によって、右胸のスーツは弾け飛ばされ、焦げのついた美乳が
松明の灯りの下に晒される。途絶えかけるオメガガールの意識に流れ込む、苦痛。灼熱。虚
脱。敗北の実感。乳房を悪党に見られる恥辱。子供たちの青く凍りついた顔・・・
 そして、4つのアルファ粒子砲を己に向けて構えた、『ジャッカル』首領と幹部たちの姿。

「アアッッ・・・ふぇぐッッ・・・ぐぶッ、ウアアッッ・・・」

「ホーッホッホッ!! これでオシマイよッ、悶え踊るがいいわ!」

 ズババババババッッ!!! グワッシャアアアンンン・・・・・・

 顔、乳房、腹部、股間・・・あらゆる場所に黄色の弩流が叩き込まれ、ついにボディスーツとと
もに黄色の鎖までもが千切れ飛ぶ。

「きゃああああああああああッッッ〜〜〜ッッッ!!!!」

 オメガガール断末魔の叫びが空間を轟く。
 形のいいバストも、締まった腹部も、ミニスカの奥から覗く淡い茂みも・・・ビリビリに破れ溶け
たコスチュームから白い素肌を露出させ、あの凛々しく麗しかった究極のスーパーヒロインは、
無惨な姿に変わり果てていた。散乱するスーツの破片。ズタボロの衣装と肉体。拘束から解き
放たれた美乙女が、瞳を虚空にさ迷わせ、パクパクと厚めの唇を開閉させる。
 崩れかかる、肢体。だがその前に、一歩、二歩と差し出された足が、辛うじて昏倒しかかる肉
体を支える。

(・・・・・・ブレス・・・・・・レット・・・を・・・・・・)

 この時、誰が予測し得ただろうか。
 反撃不能としか思えぬプラチナ天使の指が、そっと銀の腕輪に近付いていくのを。オメガガ
ール自身でさえ、半分無意識の内の行為。壮絶な苦痛と絶望に飲まれかかった意識のなか
で、美しき女子大生戦士はそれでもまだ全てを諦めてはいなかったのだ。

(オメガ・・・粒子・・・・・・補填・・・すれば・・・・・・ま・・・だ・・・・・・)

 だが、執拗に美戦士への復讐に燃える悪党どもは、いまだ動きを止めぬボロボロの天使に
対して、更なる破滅の陣形を完成させていた。
 グラグラと揺れ動くオメガガールを、四方から囲んだ悪の軍団が再度抹殺粒子砲を構える。

「トドメだ、オメガガール」

 一斉に発射されたアルファ粒子の奔流が、ブレスレットに指を触れかけた美貌の乙女を照射
する。

「うぎゃあああああああああッッッ―――ッッッ!!!!」

 ビリビリに破れたコスチュームから乙女の素肌を剥き出しにした哀れな美戦士は、苦しみに
悶え踊りながら、敗北の絶叫を迸らせた。
 焼き尽くされ、破壊される地獄にのたうつオメガガールは倒れることすら許されず、そのまま
気絶して尚10分以上に渡って最悪の光線を浴び続けた。
 やがて、もはやスーツとは呼べない、切れ端と化したコスチュームの残骸を纏わりつかせ、
意識を失ったオメガガールの肢体は、ドサリと硬い床に転がった。

「ヒョヒョヒョヒョッ!! 勝った! ついに憎き小娘を倒したぞ。オメガガールは我らが軍門に下
ったのじゃ!」

 渦巻く哄笑の嵐も、瞳の光を失ったオメガガールに届くことはなかった。



 5

 美しき戦乙女の肢体は、両手首を黄色の鎖に縛られ、宙空より吊り下げられていた。
 均整の取れたプロポーションはY字型で浮かんでいる。半分ほども引き裂かれた青のコスチ
ューム。白い太腿とショーツがビリビリに破れた深紅のミニスカから見え隠れしている。プラチ
ナのストレートを垂らし、ガクリと美貌を落としたオメガガールは、ただ虚ろな瞳で黒色の床を
見詰めていた。

 敗北した女戦士を待ち受けていた、無惨な姿。
 改造怪人たちを相手取り、孤軍奮闘してきた美しき女神は、敵の総帥ドクター・ノウの開発し
た「アルファ電磁波」に破れ、ついに悪の手に堕ちてしまっていた。
 悪魔のごとき能力を身につけた怪物どもを圧倒的な力で葬ってきた無敵の乙女・・・虜囚とな
ったその姿からは見る影もない。人類にとって唯一の、しかし絶対の守護者であったオメガガ
ールが、成す術なく惨敗を喫し、このような姿で嘲笑を浴びることになろうとは、誰が想像し得
たであろうか。

「お目覚めかい? 究極の女神さまよ」

 ケラケラと笑う獣人ロウガの声が、暗黒の部屋に高くこだまする。四方の壁には囚われた
100人の子供たち。瀕死状態で宙吊りにされた正義のヒロインを何時間も見せつけられた幼児
たちは、すすり泣くことすらやめてしまい、ただ絶望に呑み込まれて黙り込んでしまっていた。

「オメガガールは絶対に負けないとか、ほざいてたっけェ? ケケケ、このザマはどういうことな
んだァ、おい。今の感想を聞かせてもらおうか?」

 輝きを失わずにいる金髪を掴むや、狼男が乙女の美貌を上向かせる。瞬間、整った眉毛を
寄せた麗しき女神は、魅惑的な瞳をロウガに向けることすらできず、ただ桃色の唇をぐっと噛
み締めるのみであった。

「ウケケ! オラオラ、なんとか言ってみろよ、オメガガール! いつもの憎たらしい生意気な
態度はどうしたんだッ、ええ?!」

「・・・殺せば・・・いいわ・・・」

 オメガガール・四之宮天音の唇から、ようやくそれだけが聞こえた。

「もう・・・私のオメガ粒子は・・・残りわずか・・・・・・早く・・・殺せばいい・・・」

 荒い息を吐きながら、それでも毅然とした口調で超少女は言い切った。
 超人的能力を四之宮天音に与えるオメガ粒子・・・その奇跡の力が「アルファ電磁波」によっ
てほとんど消滅してしまったことを、天音自身が悟っていた。オメガ粒子の消滅、それはオメガ
ガールの死を意味する。無敵を誇った金髪の美戦士は、己の死が近いことをすでに覚悟して
いた。
 無論、生存の可能性はゼロではない。銀の腕輪に貯蔵されたオメガ粒子。それすら解放でき
れば、天音の全身には力が蘇る。オメガガールは復活できる。
 しかし、両手首を拘束され、体力の枯渇した今の状態でブレスレットに触れることは事実上不
可能と言えた。『ジャッカル』の気持ちひとつで、オメガガールはすぐ次の瞬間にも終末を迎え
る身。最後の希望を託した腕輪を、利用するチャンスはないだろう。

 私は・・・オメガガールは・・・もう助からない。
 ならば、せめて凛々しく死の瞬間を迎えよう。子供たちに勇気を、正義の姿を見せるために。

 運命の導きで戦士となることを選び、ひとり犯罪集団と闘い抜いてきた四之宮天音。卑劣な
罠の餌食となり、ついに悪の手に堕ちた哀れな美乙女は、悲壮な決意を固め、正義のヒロイン
としての最期を受け入れようとしていた。

「ヒョッヒョッヒョッ!! 騙されぬぞ、オメガガール!」

 深紅のワインを飲みながら、愉快げに様子を眺めていた怪老が、突如として割って入る。

「わかっておるぞ、貴様が本心では我らに屈していないことはのう! 銀のブレスレットに触れ
れば逆転できる、たとえ死してもオメガガールが負けたのは偶々だった、そう思っておるじゃろ
う?!」

 ドクター・ノウの言葉にオメガガールの美貌が一瞬で青くなる。
 心を読まれたこと、それ以上にブレスレットの秘密に気付かれていたことが、敗北女神に衝
撃を与えていた。
 全て、オメガガールの力の全てを、ノウは研究し尽くしていたのだ。だが、それならばなぜ、ブ
レスレットを取り外そうとしないのか? 付けたままにしておくのか?
 恐ろしい天音の予感は、次の瞬間現実となった。

「ヒヒヒヒッ!! お望み通り、ブレスレットを利用させてくれよう。このようにのう!」

 ノウの合図に合わせて、シルバーが銀の腕輪をガシリと掴む。
 腕輪の摘みを慎重に回していく銀色の怪人。秘蔵された聖なる粒子が解放される。オメガ粒
子が天音の全身を流れていくのを示して、ボロボロのコスチュームが見る見るうちに元の姿に
戻っていく。

「なッ?! なぜ??」

 瀕死の肉体に力が漲ってくるのを、確かに天音は感じた。敵であるはずのシルバーが、まさ
かオメガ粒子を解放してくれるなんて・・・わずかに芽生えた喜びは、しかしすぐに落胆と恐怖
へと変化する。
 オメガガールが本来の能力を取り戻す遥か手前で、腕輪の摘みは元に戻された。
 外見上は無敵のヒロインに戻ったオメガガールだが、その力はアルファ粒子製の鎖を千切る
にはほど遠く、衰弱しきった体力のままだ。

「こ、これはッ・・・ま、まさかッ?!!」

「そうじゃあああ、お前を永遠に拷問するために、体力をちいっとばかし戻してやったわい! 
簡単に殺しなどせぬぞ、幾度も幾度も地獄を見るがよいわ。やれ、バーバラ!」

 舌なめずりをしたドレス姿の妖女が、得意の鞭を両手に握る。
 だがその鞭はこれまでのものとは違うものであった。黄色のムチ。そう、今やオメガガールに
とって、戦慄の対象となったその色・・・

「これがどういうものか、わかってるねえ?」

 魅惑的な瞳が見開かれ、迫るムチを凝視する。美人女子大生の顔に浮かぶ大粒の汗。無
意識のうちに、オメガガールは小刻みに首を振っていた。

「うッ・・・うう・・・ああァ・・・」

「『アルファ粒子』製のムチの味、骨の髄まで味わいなッ!」

 炸裂音が響くとともに、復元したばかりの青いボディスーツの腹部が爆発したように弾け飛
ぶ。
 かつてバーバラ必殺の鞭を、何百と浴びようと平然と受け流したオメガガール。
 今回の鞭は、たったの一撃にして超少女を切り裂いていた。

「ひぎィッッ!!・・・くうッ・・・が・あッ!!・・・」

 悲鳴をあげまいとした天音の努力も虚しく、痛苦の叫びが洩れ出る。

「アーッハッハッ!! 痛いかッ?! 苦しいか、オメガガール!!」

 無数の鞭の乱撃が、宙吊り女神の全身を打ち破る。
 砲弾を跳ね返す青と赤のコスチュームは破れ飛び、雪のごとき皮膚は裂け、霧となった乙女
の鮮血が飛び散る。

「いやああああッッ―――ッッ!!! やめええェェッッ―――ッッッ!!! やめへええッッ―
――ッッ!!!!」

 失神など許されるはずもなかった。肉を抉られ、皮膚を削り取られる壮絶な激痛に、オメガガ
ールは泣き叫んでいた。そうでもしなければ、発狂してしまいそうだった。正義の象徴であった
青と赤のコスチュームはビリビリに引き裂かれ、オメガガールの美しい肢体はほとんど全裸に
晒されていた。深紅に濡れる鮮血が、艶やかな肌を塗りつくしている。
 ほとんどオメガ粒子を失っている今の天音は、普通の女子大生となんら変わることはない。
ましてアルファ粒子を含んだ鞭の打撃は、一撃一撃が猛毒を打ち込まれるような苦痛を生ん
だ。完璧な処刑計画に嵌ったオメガガールに、もはやバーバラの鞭を耐える力などあるわけも
なかった。
 
(・・・い、痛・・・い・・・・・・身体が・・・燃えるよ・・・う・・・あつ・・・い・・・・・・)

 激痛のショックと失血で、天音の意識が死に向かう。許容以上の苦痛に耐えかね、超少女の
脳は安楽への道を進みかけた。

 だが、再び捻られた腕輪の摘みが、悶死寸前であったオメガガールに生命エネルギーを送り
こみ、強引に復活させる。
 ダメージも苦痛も復活と呼ぶには程遠く残っているのに、オメガガールのコスチュームだけが
何もなかったように復元していた。

「アッ! ハアッ! あ・アアッッ・・・あああァ〜〜ッ・・・」

「フヘヘ! いい表情だぜェ、オメガガールちゃんよォ! 楽に死ねねえのは辛いだろ?!」

 プラチナに輝く髪の下で、端整な美貌が泣き出しそうに歪んでいる。
 死の寸前まで嬲られながら、再度蘇らされる・・・ブレスレットの機能を逆用した『ジャッカル』
の悪魔の拷問に、絶望の美乙女の精神は崩壊しかかっていた。
 追い打ちをかけるべくロウガが己の十本の爪を見せる。ナイフのごとく長く尖った爪。黄色に
輝くそれらを見て、オメガガールは切なる悲鳴をあげた。

「や、やめてえェェッッ!!! もうやめてェェッッ!! そ、そんなのッ・・・わ、私、私はもう
ッ・・・」

「じゃあ、『ジャッカル』に忠誠を誓いな。私は『ジャッカル』の奴隷です、と子供たちの前で言う
んなら、助けてやってもいいぜェ?」

 ニヤニヤと笑いながら、狼男が臭い息を青白い美貌に吹きかける。
 もし、オメガガールがただひとりで、子供たちというギャラリーがいなければ、この時点で悪に
屈していたであろう。
 しかし、戦乙女に残された使命感が、子供たちの前での完全敗北を阻止する。また、そうわ
かっていたからこそのロウガの敗北勧告であった。

「そ、それは・・・できない・・・・・・」

「ケケケケケ! だったら地獄に堕ちなッ、オメガガールちゃん♪」

 ロウガの黄色の爪が、青いスーツの胸部分を切り裂く。紙のように、ヒロインのコスチューム
は容易く破れた。
 天音の形のいいバストが、切り取られたスーツの間から露出する。宙吊りのまま、乳房だけ
を剥かれて晒される美戦士の姿は、正義の敗北を象徴するにも、あまりに無惨で卑猥であっ
た。

「よーく見ろよ、ガキども! これがオメガガールのおっぱいだぜェェ」

 柔らかなオメガガールの右乳房を鷲掴むや、激しく揉み潰しながらロウガは四方の子供たち
にその光景を見せびらかす。
 静まり返った暗黒の部屋に、ゴクリと生唾を飲む音がいくつか響く。

「見ろ、乳首がコリコリになってきやがった! オメガガールは気持ちいいってよォ! おっぱい
揉まれて感じまくってやがるぜェェ!」

 固く尖った桃色の頂点を、ロウガの指がぐりぐりとこね回す。頬をピンクに染めた超少女の美
貌が、悪党の言葉を証明するように乳首をいじられるたびビクビクと痙攣する。
 度重なる拷問で死の危機にあるオメガガールの肉体は、本能的に生を求めるあまり生殖能
力が敏感に高まってしまっていた。
 バストの頂点から浴びせられる官能の刺激は、凄まじい鋭さで天音の脳髄と下腹部を突き刺
してくる。ロウガの言葉が正しいことを自覚した戦乙女は、かつてない屈辱と羞恥に血が滲む
ほど唇を噛み締めた。

「気持ちいいかい、オメガガールぅぅ!! おらァッ、おっぱいめちゃめちゃにされる気分はどう
だッ? 悔しいかァ? 気持ちよすぎて昇天しちまうかァ? もう乳首ガッチガチだぜェ、ヒャハ
ハハハ!」

 全身を突っ張らせるオメガガール。思わず上空を仰いで晒した白い咽喉が、劣情の波動にヒ
クヒクと揺れている。激しく執拗なロウガの魔悦に、若く経験の乏しい乙女の肉体は痺れ切って
いた。
 背後に回ったロウガは抱きかかえるようにしてオメガガールの乳房を弄び続ける。弾力のあ
る見事なボリュームのバスト。柔らかな白い肉の饅頭を周辺から丁寧に撫であげる。時に揉
み、時に擦りながら。沸き起こる快感のさざ波はやがて胸の頂点へと掻き集められ、尖りきっ
たピンク色の突起をトドメとばかりにこねられる。突き、回し、摘み、擦る。乳首への責めは粘
着質で、丹念であった。痛いほど激しいかと思えば、羽毛のごとき繊細さで蕩けさせる。狼男の
卓越した技術の前には、乙女の肢体は脆すぎた。下腹部を直撃する官能の電流を絶え間なく
浴び続け、オメガガールの脳裏は思考すら覚束ないほど麻痺していた。

 露出したバストをオモチャのように悪党に蹂躙され、呆けた表情で桃色に染まっていく美乙
女。正義のヒロインがあまりに無力であることを象徴するシーンは、100人の子供たちにこれみ
よがしに見せ付けられている。
 あってはならない事態、見せてはならない醜態だと、天音の心はよくわかっているというのに
―――ロウガの愛撫に抗うことすらできず溺れていく守護天使は、蕩けた視線を虚空にさ迷わ
せながら、ただ喘ぎ声を噛み締めることしかできない。
 そこにいるのは究極の女神ではなく、オメガガールのコスプレをした、美しき女子大生・四之
宮天音に過ぎなかった。

「い〜い感度だぜェェ、オメガガールちゃ〜〜んん♪ たまんねえだろォ? 気持ちよくって、感
じちゃって、たまんねえんだろォォ??」

 ピンクに染まった美貌がフルフルと横に振られる。一瞬たりとて休むことない快楽の津波に
呑み込まれたオメガガールには、もはやその程度の反抗しかできない。

「ケヒケヒケヒ! 口は嘘ついても下のお口は正直だぜェェ〜〜。もっと虐めてって、涎ダラダラ
垂らしてやがらァ」

 ロウガの手が股間に伸びるや、クチュクチュと卑猥な音が天音の耳朶を打った。赤のミニス
カと下着代わりの青いコスチュームが乙女のクレヴァスに吸着してくる。じっとりと湿った嫌な感
触に、柳眉が八の字を描く。
 オメガガールの股間から溢れ出した愛蜜は、ミニスカにまで黒い沁みを描き、その雫は丸い
膝にまで垂れ流れていた。
 コスチューム越しにオメガガールの秘部を擦りだしたロウガの淫手は激しさを増す。ズブズブ
と聖穴に抉り入る獣の爪。股間を摩擦し、洞窟内の敏感なスポットを抉る。イマドキの女子大
生には珍しいくらい、固く操を守り男の手に身体すら満足に触れさせたことのない天音にとっ
て、秘園の奥に隠された聖窟に指を突き入れられるのは、かつてない屈辱と衝撃であった。だ
が、その尖った指が内部の襞を摩擦するたび脳天に響くのは、稲妻のような魔悦の波動・・・
極大の悔しさと快楽を同時に撃ち込まれ、オメガガールの意識はもはや粉砕寸前であった。

(やめてッ・・・ヤメテッ! ゆ、指を・・・指を抜いてェェ・・・な、なに、この感覚?・・・痺れ・・・蕩
けちゃい・・・アッ?! アアッッ!! ・・・お、おかしく・・・な・・・る・・・私・・・こんなバケモノ
に・・・・・・遊ばれ・・・て・・・)

「うくッ?! ひぐぅッ!! あッ・・・あふうッ・・・」

「犯されてる姿なんて、ガキどもには見せられねえってか。健気だねェェ、ケケケ! けど喘ぎ
声が、耐え切れずに洩れちまってるぜェェェ〜〜」

「わ、私・・・私はァ・・・」

「よく聞きなァ、オメガガールちゃああ〜〜んん・・・正義のヒロインの恥ずかしい音をなァァ」

 グチュ・・・グチュクチュ・・・
 ヌプ・・・グチュアア・・・ヌチャ・・・

 乳房への責めだけで、若き乙女はもう前戯は十二分というほどに濡れ切っていた。
 更なる股間への愛撫。グツグツと沸騰した女壷からは甘い愛蜜が溢れ出し、オメガガールの
ミニスカに色が変色するほど沁み込んでいた。狼男の指が抜き差しされるたび、淫靡な粘着音
が異様に大きく響き渡る。
 美戦士の敗北を、象徴するシーンであった。
 無敵の女神と呼ばれ、不死身の肉体を誇ったオメガガール。その女性らしいグラマラスな肢
体は今、宙吊りに囚われ、屹立した乳首を露出させ、怪人の快楽責めにあえなく溺れて濡れ
滴っている。
 もはや美乙女の肉体は究極などではなかった。
 赤と青のコスチュームに身を包んだ正義のヒロインは、犯罪集団『ジャッカル』の手に落ち、
いいように遊ばれる肉人形と化した。

「このままイケ♪ ガキどもの前でイって、壮絶に散るんだなァァ〜〜、オメガガール♪」

「い、いやァッ・・・いや、イヤ、いやアッッ!!」

「じゃあこうだ!!」

 愛撫の手を急に休めるや、ロウガの黄色に光る爪が十本、一斉にオメガガールの腹部を抉
り刺す。

 ドスドスドスドスドシュッッ!!!!

「はぐううッッッ?!! いやあああああああッッッ〜〜〜ッッッ!!!!」

 悦楽に耐えるのに必死であった美乙女は、苦痛への耐久を完全に怠ってしまっていた。
 無防備なオメガガールを、不意に壮絶な激痛に落す悪魔の刃。
 ギリギリのラインで魔悦地獄への転落を踏みとどまっていた究極女神に、予想外の方向から
飛んで来た爆撃を避けられるわけもない。
 四之宮天音のなかでなんかがプツリと途絶え、そして・・・オメガガールは、奈落へと転落して
いった。

「ギャハハハハ! 食らえッ、オメガガールぅぅッッ!!! ゲラゲラゲラゲラ!!」

 青のボディスーツを切り裂き、根元まで深々とオメガガールの腹部に突き刺さったロウガの
爪。
 合計十本、アルファ粒子で作成された鋭利な刃が、ギュルギュルと引き締まった女神の腹部
の内部で回転する。

「うあああああああッッッーーーーッッッ!!!! わああああああああッッッーーーッッッ
ッ!!!!」

「泣き叫んでるぅッッ!! 泣いて苦しんでやがるぜェェ、あのオメガガールがよォォ!! どう
だアッッ、苦しいかッ?!! ハラワタ掻き混ぜられるのは痛てえだろォッ?!!」

「やめてやめてやめてェェェッッーーーッッッ!!! もう許してェェッッ!!! お願いィィッッー
ーーッッッ!!!! 許してええェェェッッーーーッッ!!!」

 噴水となった血がうねりながら乱れ飛ぶ。大きく見開かれた美乙女の瞳が、白黒しながら天
空をさ迷う。
 ビクッ、ビクビクビクッッ、ビクンッッ!!
 オメガガールの肉体が凄まじすぎる激痛に痙攣を繰り返す。

「お前の負けだなあ、オメガガールちゃん〜〜♪」

「わ、わたしの負けですうッッーーーッッ!!! 服従でもォォッッ!! なんでもしますッッ〜〜
ッッッ!!! お、お願いイィィッッーーッッ、もう許してェェッッ〜〜ッッ!!! もうやめてェェェ
ェ〜〜ッッッ!!!・・・」

「てめえに倒されていった、『ジャッカル』の恨みはこんなもんじゃ済まねえぞォォ、ええッ?!」

 哀れに命乞いするプラチナの女神を無視し、さらにロウガはオメガガールにとっては猛毒に
値する爪で腹筋を抉る。

「ひぎィッッ・・・ぶッッ・・・あがァ・・・死・・・わたし・・・死・・・ヌ・・・・・・」

 美乙女の痙攣が一段と激しさを増してゆく。
 無敵と思われた正義のヒロイン、オメガガール。だが、ドクター・ノウの完璧なる抹殺計画の
前では、彼女はあまりに無力であった。反撃の可能性を奪われ、最悪のアルファ粒子で拷問
の限りを尽くされた女神に、最期のときが近付く。
 腹部を抉り刺される非業な責めを、今のオメガガールに耐え切れるわけがなかった。

(ダ・・・メ・・・わたしは・・・ここで・・・殺され・・・・・・る・・・)

 灼熱に燃える苦痛のさなか、己の運命を悟る天音。
 だが、ここで安息を与えるほど『ジャッカル』は優しくはなかった。

「シルバーよォォ、オメガ粒子を流してやりなァァァ〜〜」

「ッッッ!!! いやああああああああッッッ〜〜〜〜ッッッ!!!!」

 絶妙な量のオメガ粒子が再度天音の肉体を駆け巡り、死という安楽に向かうのを阻止する。
 なんという、地獄。
 腹部を抉り回されながら、オメガガールは死ぬことすらできず、発狂寸前の苦痛を浴び続け
ねばならないのだ。
 十本のドリルで腹部に穴を開けられながら、強引に蘇生を繰り返されるオメガガール・・・
 途絶えることのない悲痛な絶叫は20分以上続けられ、責め手のロウガが飽きるころ、ようや
く悪夢は終わりを迎えた。
 子供たちの何割かは、ショックに耐え切れず失神してしまっていた。
 そして、とうのオメガガールは・・・
 ピクリとも動かなくなった肢体を無様にYの字型に宙に吊られながら、そのコスチュームは何
事もなかったかのように元に戻っていた。
 穴だらけにされた腹部にも、傷ひとつない。だが。
 正義のヒロインの心は、悪魔の嗜虐の果てに、グチャグチャに破壊されてしまっていた。

「フフフ、生意気な小娘も、ついに壊れちまったようだねェ」

 バーバラの笑いは愉悦に満ちていた。宙吊りの敗北天使を囲む、犯罪集団の幹部4人。さん
ざん煮え湯を飲まされてきた憎き小娘が、心身ともにボロボロにされて惨めに目の前にぶらさ
がっている・・・かつてない快感に、悪党たちの頬は歪みっぱなしであった。

「どうした? 手も足もでないのか、正義のヒロインさんよォォ」

「ヒイヒイ喘ぎおって、小娘が・・・いいザマだ」

「なにがオメガガールよ! 『ジャッカル』に歯向かうとどんな末路を辿るか、よくわかったかし
ら、このメスブタ!」

 怒りに任せたバーバラの鞭が、脱力したオメガガールの背を深紅のケープ越しに打ち叩く。
 切り裂くような熱と痛みに四之宮天音の柳眉は八の字に歪んだ。美乙女を究極の戦士たらし
めているオメガ粒子は、敵である『ジャッカル』に生存ギリギリ分だけ与えられているに過ぎな
い。かつては幾度打たれても耐え切った魔女の鞭も、今では一度の打撃で天音の精神を根こ
そぎ引き抜くほどに効いてしまう。オメガマークが描かれたケープはビリビリと切り裂かれてい
き、ブルーのコスチュームから覗いた乙女の白肌が鮮血を滲ませていく。噛み締めた白い歯
から泡が、虚空を見詰めた瞳から涙がこぼれ、人類最後の希望であったスーパーヒロインが、
もはや身も心も悪に抵抗する力を持たぬことを教えた。

「アハハ! 痛いかい? 苦しいかい、オメガガール?!」

「・・・は、はい・・・ひぐうッッ?!・・・がッ、あがァッ!!・・・い、痛い、です・・・」

「さんざんバカにしやがって! 覚悟はできてるだろうねェ?」

「ゆ・・・許して・・・もう・・・殺して・・・・・・ください・・・」

「それがひとにモノを頼む態度かいッ?! ええッッ?」

「はあうッッ?!! うあッ! きゃああッッ!! や、やめェェ・・・やめてェェッ・・・お、お願
い・・・お願いです・・・ゆ、許して・・・許してください・・・・・・バーバラ・・・様ァァ・・・・・・」

 愉悦を隠しもしないSM女王の嗜虐の鞭を浴び、大粒の涙をこぼしながら懇願の台詞を搾り
出すオメガガール。
 囲んだ4人の幹部が高らかに哄笑する。正義の象徴であった、究極少女が纏った青と赤のコ
スチュームは、いまや悪党の征服欲を満たす玩具の象徴に変わり果てていた。
 鉄格子の奥から注がれる子供たちの視線に、希望の光は欠片もない。
 幼き彼らが見詰めるのは、踏み躙られた正義の少女が辿る、無惨な末路。無敵のスーパー
ヒロインが迎える哀れな最期を、冷ややかな瞳がじっと見続ける。

「どうやら、オメガ粒子も使いきっちまったようだ」

 銀の腕輪をいじっていたシルバーが、摘みを捻りながら言う。いくら摘みを捻ろうとも、もはや
オメガ粒子は流れてこない。ブレスレットに貯蔵されたオメガガールの生命の源も、ついに全て
を出し切ってしまっていた。ボロボロに破れた深紅のケープもボディスーツの背中部分も、もう
二度と戻ることはない。

「ヒョッヒョッヒョッ!! 遊びもこれまでのようじゃのう」

 一段高い壇上から、オメガガールの制裁をつまみにしてワインを楽しんでいたドクター・ノウ
から声がかかる。復活が出来なくなったのなら、オメガガール蹂躙ゲームは終了せねばならな
い。あとは・・・処刑の仕上げに取り掛かるのみだ。

「ケケケ! 八つ裂きにする前に、ヒロイン様のアソコを味合わせてもらうとするか」

 赤のミニスカを無造作に捲り上げた狼男が、舌なめずりをする。黒々と毛深い下半身から突
き出した男性器は形こそ人間と同じだが、30cmを越えた長さといい太さといい、天を向いて硬
直したそれは怪物のような禍々しさでそびえていた。
 赤と青の美しき戦乙女は、絶望の瞳で獣欲に満ちたペニスをただ見詰める。
 バーバラとロウガ、囚われ天使の前後に立ったふたりは、アルファ粒子製の鞭をオメガガー
ルの股間に通して、激しく摩擦し始めた。股間から切り裂かれていくような激痛の一方で、先程
さんざん昂ぶらされた乙女の肢体に官能の熱が帯びていく。魂切る絶叫をあげていたオメガガ
ールの声に、色気というべき揺らぎが含まれるまで、時間はかからなかった。

「ああああッッッ〜〜〜ッッ!!! あふうッ、うふううッッ〜〜ッッ!!!」

「ギャハハハハ! 前戯はこれで十分のようだなァ、オメガガールちゃああんん♪ イキ顔も可
愛らしいぜェェェ!!」

「私の鞭が汚い小娘の蜜でベトベトだわ! 鞭でイッちゃう変態オメガガール、いい気味ねェ
ェ!!」

(ダメ、ダメェ、耐えられなッ・・・こ、こんな・・・私・・・・・・こんな、惨めな・・・)

 美麗天使がしっかりと濡れ切ったのを見計らって、ロウガがオメガガールの真下、床に寝転
がろうとする。

「ええい、どけィッ、ロウガ! オメガガールを初めに食い散らすのは、このドクター・ノウじゃ!
 控えておれいッ!!」

 老人とは思えぬ速度で駆け寄った『ジャッカル』の総帥は、その勢いのまま狼男を蹴り飛ばし
た。
 床に仰向けで寝転がったノウの下半身には、100歳を越える怪老のイチモツが猛々しく屹立
していた。いかなる処置を己の身に施したのか、ロウガまでとは言わぬものの巨大なその男根
は、紫に変色し、ブツブツと膿のようなイボがビッシリとひしめいている。吐き気を催す醜悪な
姿に、痛みと悦楽で半失神状態に陥ったオメガガールの美貌が、ブンブンと涙の破片を撒き
散らして首を振る。

「いやあああッッ〜〜〜ッッ!!! ヤメッ、やめてェェェ〜〜〜ッッッ!!!」

「ヒョッーッヒョッヒョッヒョォッ!! 天国に送ってやるぞい、オメガガールぅぅ!!」

 抵抗は無駄であった。いや、もうその力は四之宮天音にはない。
 聖乙女のクレヴァスが紫の亀頭に当てられた次の瞬間、スーパーヒロインの細い両肩を掴ん
だゴールドが、一気に美戦士の肢体を押し下げた。

 ズボオオオオッッッ!!! メリメリメリィッッ!!

「ぎぃゃあああああああああッッッーーーーッッッ!!!!」

 ペットボトルのごとき肉棒に根元まで貫かれたオメガガールの絶叫が、暗黒の処刑室にこだ
ました。
 美乙女の股間から、ツ・・・と真紅の糸が垂れ流れていく。白目を剥いた魅惑的な瞳からボロ
ボロと涙が溢れ、顎が外れそうに開いた口からは、涎と泡とがゴボゴボと大量に吹きこぼれ
る。
 残酷な、シーン。オメガガールはもう絶命したのではないかと思われるほどの。
 だが、終わらない。『ジャッカル』の怨嗟と天使処刑の儀式はまだ続く。
 ピクピクと痙攣し、破邪の力などもはや一分も感じさせぬグラマラスな肢体を、ゴールドが脇
を支えて持ち上げる。
 30cmほど浮かしたオメガガールの身体を、黄金のボディスーツに身を包んだ肥満体は、不
気味極まりない紫の魔羅に突き刺す。引き抜いては突き刺し、突き刺しては引き抜いて・・・そ
うしてふたりがかりのピストン運動で、瀕死のスーパーヒロインを犯し、破壊する。

「・・・ケッ! 老いぼれのくせに盛んなことだぜッ!」

 悪態をつきつつプラチナの髪を掴んだロウガは、串刺し陵辱に喘ぐ究極天使の顔を引き上
げる。
 オメガガールの、四之宮天音の端整な美貌は、汗と涙と涎で濡れ光り、苦痛と屈辱と魔悦と
でグシャグシャに歪んでいた。

「どうやら・・・オ・ワ・リのようだなァ、オメガガールちゃあああんん・・・」

 桜色の唇を割って、狼の巨魔羅が勢いよく正義のヒロインの咽喉に捻りこまれる。
 ガコンッ、と顎の外れる音。反撃の意志すら失い汚辱に沈んでいくオメガガールの咽喉奥
を、強制イラマチオが突き貫く。

 ごぼおッ・・・ゴブ・・・おええッ・・・グプ、ブクブクブク・・・

「締め付けが緩くなってきおったわい。バーバラよ、この肉壷人形に気合を注入してくれんか」

 ロウガのペニスが動くたびにゴボゴボと鳴る白い首に、黄色の鞭が蛇のように巻きつく。
 魔女は美しき乙女の首をもぎとらん勢いで、一気に真上に吊り上げた。
 バーバラの鞭に、絞首刑にされるオメガガール。肉棒に咽喉を塞がれながらの仕打ちに、呼
吸はほとんど不能であった。しかもその肢体は、ゴールドの腕力によって強引に下方に沈めら
れている。細い首に食い込む鞭・・・沈めば股間を抉る怪老の魔羅・・・昇れば咽喉を突く狼の
怒張・・・上がるも下がるも留まるも、地獄の責め苦に、孤独な戦乙女の心が崩れ壊れてい
く・・・。
 だが、わずかしか残っていないオメガ粒子が、四之宮天音に死の安楽を許さない。本来なら
とっくに死ねる苛烈な責めにも、オメガガールの命を無駄に長らしめる。煉獄の苦痛を耐えさ
せ続ける。いまや天音にとっては、死なないということが最大の拷問であった。

 背後に回ったシルバーが、オメガのマークが描かれた胸のスーツを引き千切る。極上の形と
質を伴ったバストが、ボロリと外気に晒される。
 アルファ電磁波そのものに改良された電撃を纏ったシルバーの両手が、焼きながらオメガガ
ールの乳房を存分に揉みしだく。
 上下の口を醜悪な肉棒によって貫かれ、ジュースのごとく搾り出される体液。
 絞首刑によって上に、怪力によって下に、引き伸ばされるグラマラスな肢体。
 敗北を象徴するように、陵辱と蹂躙を同時に刷り込まれていく剥き出しのバスト。
 悪の幹部5人に、一斉に責め嬲られる孤独な正義のヒロイン。
 それはまさに今回の闘い=『ジャッカル』の抹殺計画に嵌り食い散らされていくオメガガール
の姿を、凝縮したかのような地獄絵図であった。

 5匹の悪魔に貪り食われる敗北天使の煉獄は、一時間以上に渡って続けられた。
 ブラック・ボックスの最上階。処刑場と化した暗黒の部屋の中央で、大の字になって仰向けで
転がるスーパー・ヒロインだった者。
 取り囲んだ男たちの怒張したペニスから放出される白濁の粘液。何度浴びたかわからぬ発
射を受けて、青と赤のコスチュームは原色が見えぬほど汚濁に塗り潰されていた。

「ホーッホッホッホッ!! これのどこがオメガガール?! 単なる無様な肉便器じゃないのッ
ッ!!」

 狂ったように笑うバーバラの高いヒールが、ザーメンまみれのプラチナの髪をゴツと踏み躙
る。ガクリと美貌を横向ける乙女戦士。ピクリとも動かない四之宮天音の頬を、スッと一筋の涙
が流れる。

「どうだァ、ガキども。オメガガールの処刑ショーは楽しかったかい?」

 ケラケラと笑うロウガの問いに、答える者はいない。涙すら乾いた子供たちに、発する言葉は
なかった。

「ふむ。では、用済みのお前たちをそろそろ解放してやろうかの。ちょっとしたゲームをクリアす
る条件で」

 鷲鼻をヒクつかせた醜悪な老人は、陰惨極まりない邪笑を浮かべて宣告した。

「この愚かな雌犬が、我らの責めの前に、勢いよく聖水を放射する様子は見ていたじゃろう? 
あれは『潮を吹く』と言ってな、正義を気取った生意気な小娘が、大いなる力の前に心底から屈
服した証明なのじゃ。今から10名一組となり、オメガガールを舐めつくせ。突き刺し、摩擦し、
我らがやったように犯し嬲れ。見事、潮を吹かせられたら、ここから逃がしてやろう」

 正義の味方は敗れた。助かりたければ、己の手で切り開くしかない。
 幼くして、生き残るためになにをすればいいのか、強制的に学ばされた子供たち。
 大の字で横臥した被虐の戦乙女に、10名一組となった最初の少年少女たちは、一斉に飛び
掛っていった。

 合計100名、十組の幼児による、オメガガール陵辱の宴。
 無惨に十度の絶頂を迎え、己の愛液の水溜まりに青と赤のコスチュームが沈んだとき・・・オ
メガガールは、100人の子供たちを、『ジャッカル』の手から解放できたのであった。



 6

 十字架に磔にされたオメガガールが、絶望に沈む人々の衆目に晒される。
 正義のヒロインが悪の処刑計画に敗れ去ったその日、犯罪組織『ジャッカル』による凱旋の
パレードは、大都会を一周して続けられた。
 ドクター・ノウの操る戦車のような乗り物、その頂上に備え付けられた台座。
 黄色に光る結晶で作られた十字架に、青のボディスーツと真紅のミニスカ、そして同じ色のケ
ープを纏ったお馴染みの聖天使の肢体が拘束されている。
 人類の希望、そしてたったひとりで恐るべき改造怪人の集団を倒してきた、究極戦士オメガ
ガール。
 だが、いまその姿は、見るも無惨に変わり果てていた。

 破れたことすら見たことのないブルーのスーツはところどころ白肌を露出させ、胸の部分は
惨めさを強調するように千切り取られてしまっている。
 見事な丸みを帯びた豊満なバストは、火傷と切り傷で赤黒く変色し、頂点の桃色の突起に
は、黄色の爪がズブズブと突き埋められていた。
 元々短い真紅のミニスカは、獰猛な牙に噛み付かれたように引き裂かれ、半分以上がなくな
っている。眩しいほどの白い太腿には、鞭の痕と思われる無数のミミズ腫れ。分厚く丈夫な真
紅のブーツにさえ、ダメージの跡が窺える。
 ボロ雑巾と化したオメガマーク入りのケープは、超少女が悪に堕ちたことを示すように十字架
の端にくくりつけられていた。バサバサと風になびくたび、囚われたヒロインの悲痛がただ嘆く
ことしかできない人々の胸を打つ。
 四肢や腰、首に巻きつけられた黄色の鎖には、時折電磁が流れていることを表す火花がバ
チバチと鳴る。もう最大の弱点アルファ粒子を流さずとも、オメガガールは抵抗不能だというの
に・・・途切れることない苦痛を『ジャッカル』は浴びせ続けていた。
 そして、肉感的で若々しい美乙女の全身を濡れ光らす、白濁の汚物・・・
 誰の目にも明らかに、オメガガールが完膚なき敗北を喫したことを、その惨状は語っていた。

「見よ、虫けらのごとき人類よ。お前たちが希望とするオメガガールは、我らが『ジャッカル』の
軍門に下った! オメガガールなど、このドクター・ノウの敵ではないわ!」

 しわがれた声が大音量で勝利の宣告を賜う。その背後でBGM代わりに流れているのは、拷
問の最中、オメガガール自身が発した弱々しい懇願の台詞であった。

『わ、わたしの・・・負けですぅぅッッーーーッッッ!!! 服従でもォッ・・・なんでもッ・・・しま・・・
す・・・ゆ、許してェェッ〜〜ッッ!!・・・お、お願いィィ・・・もうッ・・・許して・・・くだ・・・さ
い・・・・・・』

 圧倒的な力で常に余裕を誇った、無敵のスーパー・ヒロイン、オメガガール。
 究極であったはずの乙女戦士の、残酷極まりない敗北の事実は、『ジャッカル』による市中引
き回しの刑により、広く知らしめられた。

 オメガガールは、負けた。
 『ジャッカル』の、ドクター・ノウの奸計に成す術もなく敗れてしまった。

 打ちひしがれる人々に、更なる無情の宣言がノウによって伝えられる。

「これよりオメガガールの処刑を、スクエア・ガーデンにおいて執行する! 戦女神の死滅する
姿なぞ、滅多に拝めるものではないぞ! さあ、虫けらどもよ、その眼に焼き付けるがいい。愚
かな小娘の最期を! オメガガールの死に様を!」

 スクエア・ガーデン・・・地上60mの空中に浮かぶ、広大な正方形の敷地は、高層ビルの屋上
に作られた新名所であった。
 天に近い、だだっ広いその場所こそ、ノウが選んだプラチナ天使・処刑の地。
 予め用意されていた数台のカメラが、屋上の様子をリアルタイムでビルの壁面、巨大な液晶
モニターに映し出す。オメガガールの死の瞬間を、多くの観衆たちに見せつけようというのだ。

 大都会を一周し、若き乙女の恥辱に満ちた半裸体を見せしめたパレードが終わる。
 やがて最後の奇跡を信じて集まった人々の目に、液晶モニターに映された、十字架の女神
の姿が飛び込んできた。

「ヒヒヒ・・・よく集まったのう。残酷な場面を見たいという欲求は、人間の隠しきれない一面じゃ
て」

 スクエア・ガーデンの遥か足元、数万人と思われる波打つ人影を見下ろして、醜悪な老人は
喜悦に咽んだ。
 広い敷地、高層ビルの屋上に立つのは、『ジャッカル』幹部と囚われの美乙女のみ。自動操
縦のカメラが、オメガガールの傷だらけの肉体を、苦悶に歪んだ表情を、余すことなくレンズに
捉えて放映し続けている。

「肉体を破壊し、精神を屈服させ、陵辱し尽くし、敗北の事実を満天下に知らせた。我が『オメ
ガガール抹殺計画』は完成を迎えた。これ以上、この憎き小娘を生かす必要はない」

「フフフ・・・ざまァないねェ、オメガガール・・・いよいよオシマイの時だよ」

「トドメだ、オメガガール。『ジャッカル』の積み重なる恨み、その身に背負って逝け」

「ケケケ・・・正義の味方も、哀れなもんだねェ」

 ドクター・ノウ、バーバラ、ゴールド&シルバー兄弟、ロウガ・・・憎悪と侮蔑のこもった視線
が、磔の美戦士に一斉に注がれる。長い睫毛を縫い合わせたように閉じられた瞳は、無念の
相を示してフルフルと震えた。

「解放せい」

 ノウの合図とともに、アルファ粒子製の十字架から、青と赤の天使が引き剥がされる。
 グラリと揺れた肢体は、うつ伏せで屋上のコンクリートにドシャリと落ちた。ピクン、ピクンと小
刻みに揺れる乙女を、取り囲んで見下ろす悪の幹部。破れたフレアミニから覗く白いヒップの
丸みが、やけに生々しい。太腿から背中にかけて、鞭の赤黒い痕が、ビッシリと刻まれてい
る。

(私・・・は・・・ここ・・・で・・・・・・死ぬ・・・の?!・・・)

 着実に迫る死の予感を前に、オメガガール=四之宮天音の脳裏は、しかし、まだ、最後の抵
抗を試みようとしていた。
 完全な敗北を遂げたのも、醜態を全人類に晒したのも、残されたオメガ粒子がほんの微かで
あることもわかっている。逆転の手段がないことも。だが・・・天音に残された、守護天使として
の想いが、肉親を殺された『ジャッカル』への憎しみが、不確定ながら最後の望みを美麗乙女
に与えていた。

 胸元に輝く、金のロザリオ。
 オメガガールの生みの親である、科学者・九宝明日香が持たせたアクセサリー。明日香から
なにも説明を受けてはいないが、敢えて、そして必ずこのロザリオを持たせているのは、なんら
かの理由があるはずだ。
 ブレスレットを失った以上、オメガガールが頼りにするのはこのロザリオしかない。
 どんな秘密があるのか、まるでわからなくとも・・・もう瀕死のヒロイン戦士には、胸のアクセサ
リーに賭けてみるしか、生存の可能性はなかった。

 ズルッ・・・ズルッ・・・

 ほんのわずか、ほんの少しづつ、這いずるように右手を胸元へと近付けていくオメガガール。
 処刑の瞬間は、刻々とその身に迫っている。今、ここでしか、奇跡的な逆転のチャンスは掴
めはしない。

「やはり、まだ秘密が隠されておるようじゃのう」

 グシャリッ・・・
 あと数cmでロザリオに届くというところで、オメガガールの右手はドクター・ノウに踏みつけら
れていた。

「あ、あうッ・・・うぐ・・・ア・アアッ・・・・・・」

「きっとこのロザリオにも秘めた能力があると睨んでおったわ。油断のならぬ小娘め。死に掛け
のくせに、まだ反撃を狙っておるとは・・・」

 オメガガールが託した最後の望みは、ドクター・ノウの前では全て看破されていた。
 金のロザリオが怪老の手に握られる。悪によってアクセサリーが調べられるのを、哀れな天
使はどうすることもできなかった。
 もはや全ては・・・終わったのだ。

「ヒョッヒョッヒョッ! くだらん。実にくだらんのう!」

 狂科学者に投げ捨てられた十字架のアクセサリーは、パカリと真ん中から開いていた。
 ロザリオの中にあったのは、笑顔で映った4人の家族の集合写真。
 オメガガールになる以前の四之宮天音が手に入れていた、平凡な幸福に包まれていた頃の
写真。
 九宝明日香が密かにオメガガールに渡していたのは、闘うためのアイテムではなかった。
 孤独な闘いを続ける天音の幸せを願った、祈り。
 そして、その願いはいま・・・叶うことなく終焉のときを迎える。

「オメガガール!! 四之宮天音の処刑を執行する!!」

 ドクター・ノウが高らかに宣告するや、ゴールドとシルバーの兄弟がオメガガールの脇を抱え
て強引に立ち上がらせる。
 そのふたつの乳房と股間に、ピタリと当てられたのは、バズーカ砲を彷彿とさせる、『アルファ
粒子ビーム砲』。
 ノウ、ロウガ、バーバラの構えたオメガガール抹殺兵器が、ゼロ距離からMAXパワーで乙女
の急所に一斉に放射される。

 ズババババババババババッッッーーーーッッッ!!!!

「ゴボオウウッッ!!!」

 美麗乙女の潤んだ唇から、大量の血塊が噴き出す。
 青のボディスーツが、深紅のフレアミニが衝撃で弾け飛ぶ。
 パラパラとヒロインのコスチュームが飛散するなか、金色のストレートヘアーを振り乱したオメ
ガガールは、幻想的なまでに舞い踊った。

(父・・・さん・・・・・・母・・・さん・・・・・・明日香・・・さん・・・・・・わ、私・・・・・・私は・・・・・・も
う・・・・・・)

 魅惑的な瞳で虚空を見詰めたその表情は・・・美しかった。
 救いを求めるように、オメガガールの右腕が、天に向かって差し延べられる。

「今じゃ! オメガガールを、『アルファプリズン』に閉じ込めよ!!」

 ドクター・ノウの合図とともに、究極少女の左右から、ふたつに割れた半透明の巨大なカプセ
ルが迫る。

 ガシャアアアアンンンンンッッッ・・・!!!

 合体すると円柱となる黄色がかった透明カプセルは、その内部に直立する青と赤と金色の天
使を閉じ込めていた。

「ヒョッヒョッヒョッ!! 死ねィィィッッ、オメガガールぅぅッッ!!!」

 アルファ粒子のカプセルに捕獲されたオメガガールの全身に、黄色の殺戮光線が最大量で
放射される!

「アアアアアアアアアアアッッッーーーーーッッッッ!!!!」

 絶叫する美乙女に構うことなく、反オメガ粒子は照射を続ける。
 オメガガールに残存するオメガ粒子――ゼロ。
 悲鳴が途絶え、ヒロインの肢体がピクリとも動かなくなっても、破壊光線は絶命したオメガガ
ールを焼き続けた。
 狭いカプセル内で、気をつけの姿勢のまま、天空を見上げたオメガガール。
 苦悶に美貌を歪め、叫ぶ口を大きく開き、見開いた瞳から涙を流し続ける無惨な表情・・・彫
像のように硬直したオメガガールの惨死体が、巨大モニターに映し出される。

「『オメガガール抹殺計画』・・・完了じゃ」

 オメガガール=四之宮天音の生命活動は、その全てを停止していた。
 無敵のスーパー・ヒロインは悪の罠に嵌り、コスチュームを引き裂かれ、バストも秘部も露わ
にした惨めな姿で、悶絶の表情を刻んだまま、その屍を地上60mに晒す最期を遂げた。
 犯罪組織と孤独な闘いを続けてきた、青と赤の天使オメガガールの公開処刑はついに執行
され、その哀れな死体は全世界のテレビ画面に放映され続けた。

 血と傷と精液にまみれたオメガガールの死体を、『ジャッカル』の幹部はスクエア・ガーデンに
設置したアルファ粒子製の十字架に磔にした。
 惨死を遂げた美乙女の肢体は、滅びて尚、犯罪組織の勝利の象徴として晒されることとなっ
た。
 絶命したオメガガールの姿は、未来永劫、地上60mの地に見せしめとして放置されるのだ。
 磔にされた究極少女を囲んで、怪人たちが笑う。嘲笑する。哄笑する。
 だが・・・十字架処刑されたオメガガール、四之宮天音には甘んじてそれを受けるしかなかっ
た。

 オメガガールは、死んだ。



 7

「チッ・・・つまらねえ役目だぜ」

 銀色のボディスーツに細長い身体を包んだオールバックの男は、吐き捨てるように呟いた。
 犯罪組織『ジャッカル』の最高幹部のひとり、シルバー。
 数時間前、彼ら改造怪人に抵抗する唯一の存在であったオメガガールを処刑した地に、長
身の男はいまだ留まっていた。
 天空に昇っているのは、真ん丸の満月。銀のスーツが闇夜に青い光を跳ね返している。地上
60mの高さに作られた正方形の屋上=スクエア・ガーデンに銀色の男が佇む姿は、幻想的な
趣もないではなかった。

 全世界のテレビと高層ビルの壁画モニターにライブ中継された、正義のヒロインの処刑ショー
は、人々の悲鳴と絶叫を津波のように巻き起こした。
 シルバーにとっては陶酔するほどの甘美な響き。やがてその切なる声の連なりは、モノ扱い
されて引き摺られる美乙女が、完全に息絶えていることを悟るにつれて静まっていく。
 スーパーヒロインの死体を十字磔にして掲げたときには、数十万という人の群れからはただ
の一言も洩れては来なかった。

 正義の守護女神・オメガガール・・・完全敗北の日。
 『ジャッカル』にとって、至福の瞬間であった。

 いま、シルバーの眼下には、人影ひとつ見えない。廃墟のような灰色の街が月光に照らされ
ている。
 希望を失った人類が突入した、暗黒時代の幕開け――
 その象徴であるオメガガールの亡骸は、今、シルバーの目の前にある。数時間前と同じ、ア
ルファ粒子製の十字架に掛けられた姿で・・・美しき乙女の瞳は、もはやなんらの光も映さず、
コスチュームが強調する肉感的なボディは、一切の活動を停止して冷たくなっている。全身に
鞭の痕、乳首には爪、素肌を埋め尽くす赤黒い火傷、こびりついた精液・・・これでもか、という
ほどに蹂躙され、陵辱され抜いた惨死体は、今宵から王として君臨する『ジャッカル』の恐ろし
さを如実に物語っている。
 忌々しいオメガガールが迎えた哀れな末路を見るたびに、シルバーの顔には笑みが広がっ
た。今、一番の楽しみは、正義を気取った小娘の、破滅の姿を眺めることだと言っていい。
 だが、己に下された現状を見るたびに、電流を操る怪人の心は苛立ちに似た思いを覚えて
いた。

「今頃、ノウ様やバーバラは祝賀パーティーの真っ最中というところか。よりによって、なんでオ
レたちがこんな役目を」

「仕方あるまい。我らの恐ろしさを知り抜いてはいても、オメガガールの亡骸を晒すのは忍びな
いという連中が現れるかもしれないからな。誰かが見張り番をしないと」

 どっかとコンクリの屋上に腰を下ろした、金色のボディスーツを着た肥満体は、兄の威厳を示
すように落ち着いた声で言った。
 ゴールドとシルバー、ふたりの兄弟に、オメガガールの死体を見張っておくよう命令したの
は、総帥ドクター・ノウであった。
 これまで人類のために身を張って、ひとり闘い抜いてきたプラチナ天使。死闘の果てに散っ
た乙女戦士を、せめて安らかに葬りたいという思いが勇気ある人々に芽生えても不思議では
ない。『ジャッカル』に歯向かう者を死して尚嬲りたいノウが、十字磔の姿を永遠に晒したいと思
っているのは確かだが、それ以上にオメガガールの遺体を奪回されることをマッド・サイエンテ
ィストは怖れていた。
 アルファ粒子という、オメガガール最大の弱点を発見して破滅に導いた天才科学者といえ
ど、いまだ究極少女の能力を全て見抜いたわけではない。不明な部分も多く残されているの
だ。
 オメガガール=四之宮天音の脳波も心臓も、止まっていることはわかっている。間違いなく美
乙女は絶命していた。だがそれでも・・・青と赤の天使は二度と復活しないと言い切れなかっ
た。そのわずかな不安があるからこそ、最高幹部のゴールド&シルバーを天使処刑の地に残
したのだ。

「フン。ノウ様もお年を召したようだな。ビビリすぎじゃないのか?」

「おい、口が過ぎるぞ、シルバー」

「だって考えてもみろよ。オメガガールの奪回だと? 誰が、この場所に来られるっていうんだ」

 スクエア・ガーデンのある高層ビルは、いまやドクター・ノウの手により鉄壁の要塞と化してい
た。
 あらゆる罠と科学技術の粋が集められたビルには、核ミサイルすら通じぬ防御力とアリ一匹
逃さぬ精密さが備えられている。ビルに侵入しこの屋上までやってくるのは、あらゆる国の特
殊部隊が束になってかかっても不可能だ。

「オレがムカつくのは、パーティーに参加できないなんてくだらない理由じゃない。無意味な仕事
をやらされることさ。来るはずのない敵を待つことになんの意味がある?」

「敵が来ないとは言い切れんぞ」

「本当にそう思うのか、ゴールド? もし、この場に現れるヤツがいるとすれば・・・」

 銀色の男の細い目が、動くことのない磔の美乙女を見詰める。

「オメガガール、本人くらいなもんだろうさ」

 ドガガガガッッッーーーッッッ!!!

 轟音は突如、足元のコンクリートから沸き起こった。
 なにが起きたのか?! 悟る間も与えられず混乱するシルバーの目の前で、爆発するように
床を吹き飛ばしながら、赤と白の物体が空中に飛び出す。
 人間?! 敵か?! まさか、このビルを突破してくる者などッ?!
 急速に展開した有り得ない事態に、処理の追いつけない改造怪人の脳は、ただ満月をバッ
クに宙を舞う、ヒトの形をしたその鮮やかな姿を認識する。

 風を受ける深紅のケープ。同じクレムゾンレッドのフレアミニ。
 見事なプロポーションを際立たせる、ぴっちりとした純白のボディスーツ。淑やかさすら感じさ
せる巻いた髪は、眩いばかりの黄金色。黒目がちなくりっとした瞳と八重歯が愛らしい、整った
顔立ちの美女。
 そして、胸にゴールドに輝くのは、忘れもしないオメガのマーク。

 オメガガール。
 スーツの色こそ青から白へと変わっているものの、その可憐ながら凛々しいコスチューム
は、紛れもなく究極の力を誇るスーパーヒロインのもの。だが、オメガガールは死んだ、いや、
この手で処刑したはずだ。現実にすぐ近くの黄色の十字架には、息絶えた乙女の肢体が磔に
されてぶらさがったまま・・・

 ブンッッ!!!

 ケープを翻し、弾丸と化した白い女神が、驚愕で固まった銀色の長身に特攻する。
 地上60mまでを一気に上昇し、自在に空中を飛ぶ飛翔能力。間違いない、こんな芸当ができ
るのは、『ジャッカル』の怪人以外にはオメガの戦士しか存在しない。オメガガール。もうひとり
のオメガガール。無念の死を遂げた仲間のために、かつて見たことのない新たな究極天使が
参上したのだ。

 混乱する脳内にあって尚、シルバーが逆襲に転じることができたのは、さすがは『ジャッカル』
最高幹部というべきか。

 電撃を宿した拳がカウンターで、飛翔する白き女神に襲いかかる。
 アフリカ象すら一撃にして黒焦げにする電流拳は、巻き髪の乙女の片手に、容易く受け止め
られていた。

 突撃の勢いが加速された美戦士のストレートパンチは、シルバーに直撃した瞬間、爆発にも
似た衝撃音を奏でていた。

 銀の怪人が吹っ飛ぶ。屋上の床と水平に。マッハを越えるスピードで、広大なスクエア・ガー
デンを一直線に横切ってコンクリの壁に激突する。

「こッ・・・このアマッッ!!」

 白きオメガガールの背後に殺到したのは、弟を倒され激昂するゴールドであった。
 鞠のごとき肉体に似合わぬ超スピード。シルバーを倒し安心したのか、戦士としては無防備
すぎる格好で佇んだ究極乙女の後頭部に、両拳で作った手斧を打ち下ろす。
 ガコンッッッ!!!
 鉄骨をへし折るような重い響き。
 だが脳挫傷は免れぬはずの打撃を確実に食らったというのに、白きオメガガールは肩でも
叩かれたのごとく平然と振り返る。

 乙女のアッパーブローは、いかにも女のコらしい、弱々しく微笑ましくさえあるものだった。
 しかし、オメガ粒子を浴びた戦士のパワーは、『ジャッカル』の改造怪人を遥かに凌駕するも
のだった。
 顎を砕かれたゴールドの巨体が、天高く打ち上げられる。満月を背景に。
 グシャリという音とともに、加速のついた肥満体はスキンヘッドからスクエア・ガーデンの屋上
に打ち付けられていた。

「・・・天音ちゃん・・・・・・」

 静まり返ったスクエア・ガーデンに、悲痛に満ちた白きオメガガールの言葉が流れていく。
 リスのような瞳に悲哀と後悔の色を濃くしながらも、新たな美戦士の表情には、いまだ強い意
志が刻まれていた。ケープをなびかせ、無惨な姿を晒した少女戦士の元へと駆け寄る。十字
架の拘束を破壊するや、ボロボロのコスチュームを纏ったまま冷たくなった四之宮天音の肉体
がドサリと落ちた。

「酷い・・・こんな・・・こんな姿に・・・・・・私のせいで・・・私が、あなたをオメガガールにしなけれ
ばッ・・・!!」

 ぐっと唇を噛む白き乙女の正体は、オメガガールの生みの親であり、天音にオメガ粒子を与
えた天才科学者・九宝明日香であった。

「けれど・・・あなたをこのまま、死なせなどしないわ」

 明日香・・・白きオメガガールが取り出したのは、小型のグレネード・ランチャーというべき手
筒の銃器。
 白い乳房を剥き出しにした胸の中央、オメガマークがあるべきその場所に小型砲を当てた明
日香が、躊躇いなく引き金を引く。

「普通の少女である天音ちゃんに、鋼鉄の皮膚を与え、空翔る能力を授け、大地を割る怪力を
もたらすオメガ粒子・・・その莫大なエネルギーならば、数時間前に機能停止した人間の身体を
蘇生させるのも、決して不可能ではないはず! ましてや天音ちゃんは、オメガ粒子に愛され
た、数千万分の1の奇跡なのだから」

 これまでに作成・収集した全てのオメガ粒子。
 九宝明日香とその父・利一、天才親子が何年もかけて作り上げた集大成を、小型砲に込め
天音の死体に注入する。それはオメガガール復活の唯一の方法であり、人類の運命を左右す
る巨大な賭けであった。
 オメガ粒子で死者を蘇生させるなど、もちろん実験したことはない。だが明日香の考えによれ
ば、その確率は決して低いものではなかった。オメガ粒子の凄まじい能力を思えば、崩壊した
肉体を蘇らせるのも、有り得ないことではない。

 しかし、そのために現存する全てのオメガ粒子を捧げることは、戦略の面から考えれば、よ
い選択肢とは到底思われなかった。
 仮に失敗すれば、オメガ粒子という人類の希望は完全に世界から潰えてしまう。『ジャッカル』
の支配という暗黒時代から解放されるチャンスを、人類は半永久的に失うことになるのだ。
 慎重で、確実で、もっとも有効的な作戦を取るならば、天音に代わる新たなオメガガールを探
すため、オメガ粒子は秘匿しておくべきであった。密かに実験を繰り返していけば、きっと天音
に代わる新たな戦士は現れる。それは明日香にしても、よく理解していることだった。四之宮天
音を見殺しにさえすれば、何年か後、人類は再び『ジャッカル』と対抗する戦士を得られるはず
なのだ。

 全てを理解したうえで、九宝明日香は、天音を救出する道を選んだ。
 失敗すれば、人類の完全なる敗北が訪れるとわかっていても。

「人類よりも・・・今の私は、苦しみのなか、ひとり孤独に闘ってきたあなたを助けたい! 人類
の希望・オメガガールは、天音ちゃん以外に考えられないの!」

 小型ランチャーに込められた全てのオメガ粒子が、天音の肉体に打ち込まれる。そのエネル
ギー量は、恐らく核すら遠く及ばないであろう。
 だが。それでも。
 ぐったりとしたオメガガールの屍からは、生命の息吹すら感じない。

「くッ・・・」

「無駄だ。死んだ人間が生き返ることなどない」

 苦渋に歪む明日香の耳に飛び込む、追い打ちの悪夢。
 ゴールドとシルバー、ふたりの最高幹部が立っていた。
 血にまみれた顔面を、憤怒で燃やしながら。急造オメガガールである明日香の打撃では、
『ジャッカル』幹部を撃退するまでには至らなかったのだ。不意の急襲にひるんだ先程とは違
い、絶対の自信が表情に漂っている。怪人たちは気付いていた。この白きオメガガールが、本
物のオメガガールほどの実力を持たぬことを。そしてアルファ粒子を操れる今の自分たちなら
ば、もはやオメガガールなど、怖れる相手ではないことを。

「だったら!」

 明日香が己の胸に輝くオメガマークを、横臥する天音の胸へと押し付ける。
 白銀の光の奔流が、ふたりの美乙女の肢体を包んだ。
 明日香もわかっている。初めてオメガ粒子を纏った自分では、『ジャッカル』幹部ふたりを敵
に回し、勝利するのは難しいことを。仮にオメガ粒子を手に入れた己では、完全に戦闘態勢に
入ったゴールド・シルバー兄弟には勝てないことを。

 オメガ粒子を纏えないはずの明日香が、オメガガールへと変身できた理由。それはその、白
いスーツに秘密があった。
 天音が自らの力でブルーのスーツや深紅のフレアミニを作り出しているのとは違い、明日香
のコスチュームは、初めから科学技術の粋を集めて製作されたものなのだ。
 熱や電流、衝撃に強いというだけではない。最大の特徴は、オメガ粒子をそのスーツ自体に
貯蔵できること。長年の研究の果て、ついに明日香は繊維にすらオメガ粒子を保存させること
に成功したのだ。

 つまり、白いスーツは誰をもオメガガールに変身可能にするアイテム。
 その能力は、本物のオメガガールに比べれば何十分の1というものだ。しかし試作品段階の
それを明日香自ら使わねば、オメガガール=四之宮天音の救出は有り得ない。半ば死を覚悟
せねば、明日香がこの場に現れることはなかった。

 そして今、スーツに残存した全てのオメガ粒子を、明日香は己が闘う力にではなく、オメガガ
ール復活の最後の望みを託して捧げたのだ。

 金色に輝いていた明日香のカールした髪が、見る見るうちに茶色に変わっていく。
 白きオメガガールを纏っていた、発光するような輝き。光の奔流が横たわる敗北天使に吸い
込まれたと同時、光のオーラは消え去り、九宝明日香はオメガガールのコスプレをした、無力
な美女へと戻っていた。

「愚かなメスめ。見苦しい悪足掻きは終わったか?」

 放心したように動かぬ天音を見詰め続ける明日香の両腕が、左右から挟み撃ちにしたゴー
ルドとシルバーによって握られる。
 28歳のキュートな美女科学者の全身を、人間が耐えるには辛すぎる電流が駆け抜けていく。

「キャアアアアアアアアッッーーーッッッ!!!」

「フハハ! 見張りとなったことを感謝せねばな。オメガガールをふたりも処刑できるとは!」

「グフフ・・・まあ待て、シルバー。すぐに殺すのは勿体無い。せっかくのエモノ、我ら兄弟でたっ
ぷり堪能しようではないか」

 白きオメガガールの姿はしていても、もはや明日香にはオメガ粒子は残っていない。柔らか
で女性らしい丸みを帯びた肢体は、壮絶な、しかし十分な計算をもって手加減された電流刑に
ヒクヒクと痙攣を繰り返す。
 ボリュームある、熟れきった胸の果実。
 片方づつを握り潰しながら、ゴールドとシルバーは、哀れな女体を再び高圧電流で焼いた。

「ヒギャアアアアアアッッーーーッッッ!!! アアアアッッ〜〜〜ッッッ!!!」

 『ジャッカル』に歯向かった無力な乙女がどうなるのか。
 涎と泡を吐き散らしながら、悶絶のダンスを踊り続ける明日香の姿は、絶望に沈む人々を、
更なる暗黒へ突き落としていく。

 叫びながら、哀れに失神してしまった白い女神の両腕を、高々と兄弟怪人は差し上げる。
 それぞれの肩に、一気に細腕を振り下ろす。ボキンッッ!! やけに澄んだ音色。明日香の
ふたつの腕は、有り得ない方向に曲がってへし折られていた。

「ハハハハ! 次は足だ」

 ドサリと放り投げられる、白と赤のコスチューム。
 背中を反り返し、仰向けの態勢でピクピクと震える白きオメガガール。
 そのスラリと細い足の膝部分を、ゴールドとシルバーは容赦なく踏み潰した。
 膝の粉砕される凄惨な音に、明日香の痛々しい絶叫が重なる。

 四肢を破壊され、電流で焼かれた肢体から煙を立ち昇らせる九宝明日香。
 オメガガール救出のため、決死の覚悟で立ち向かった白いオメガガールを迎えたのは、無
惨なまでの敗北の末路であった。

「トドメだ。お前は・・・心臓と腸を抉り出してやる」

 これ以上ない残酷処刑を執行するため、ゴールドの手がパクパクと唇を震わせるだけの明
日香の豊満な肢体に伸びる。

「待て」

 有り得るはずのない声に、ふたりの兄弟怪人は、一斉に背後を振り返っていた。

「明日香・・・さんに・・・は・・・・・・手を・・・出す・・・な・・・・・・」

 絶え絶えの息。苦痛に歪む美貌。ガクガクと震える白い脚。
 それでも、腰に両手を当てた強気のポーズで構えたまま、蘇ったオメガガール=四之宮天音
は、悪の怪人の前に再び、ヒロインらしき雄姿で立ち塞がっていた。
 オメガガール、最後の闘いが始まる――

「バ、バカなッ?! お前は確かに死んだはずだ! 一度死んだ人間が生き返るなんて・・・」

「騒ぐな、シルバー! 冷静になってヤツを見てみろ!」

 短絡そうな見た目とは裏腹に、ゴールドは叫ぶ声にも落ち着きを含ませる。

「確かにオメガガールは蘇った。だがその姿は、処刑前の瀕死の姿と変わることはない。もう
一度地獄に送ってやれば済む話だ」

「し、しかしゴールド! いくらオメガ粒子といえど、人間を蘇らせるなんてことが・・・」

「我らが処刑したのはオメガガールだ。人間の小娘、四之宮天音などではない。ノウ様が怖れ
た究極戦士の隠された能力とやらが、この期に及んで発揮されたということだろう」

 動揺するシルバーとは対照的に、スキンヘッドの肥満体はあくまで冷静であった。
 オメガガール、復活――
 犯罪組織『ジャッカル』にとって、憂慮すべき事態であるのは間違いない。だが、ゴールドの
眼には、青と赤の天使はすでに恐れるほどの相手としては映っていなかったのだ。

(あ、明日香・・・さん・・・・・・ありが・・・とう・・・でも・・・・・・私には・・・力が・・・・・・)

 全てのオメガ粒子を浴びせることで、死の淵から舞い戻ったオメガガール。
 しかし、さんざん奪われたオメガの力を、その身に十分回復することは叶わなかったのだ。九
宝明日香が決死の想いで行なったオメガガール救出作戦は、天音の命を取り戻すまで。究極
戦士本来の能力を失ったまま、辛うじて生きている今のオメガガールでは、『ジャッカル』最高
幹部ふたりを敵に、勝てるわけがない。

「いくぞ、シルバー! オメガガールを再び処刑する!」

 破壊された肉体を蠢かせるしかない明日香には眼もくれず、金と銀の兄弟が、ボロボロのコ
スチュームで佇むオメガガールに殺到する。

(ダ・・・メ・・・・・・動け・・・ない・・・・・・)

 弩流と化した二条の電流光線が、ブルブルと震えるだけで精一杯の乙女戦士の美貌と剥き
出しの胸とを直撃する。

「ウアアッッ・・・アアッ・・・あああッッッ〜〜〜ッッッ!!!・・・」

 美戦士の悲鳴は、叫ぶというより無情の神に嘆き祈るようであった。
 高圧電流砲の衝撃に軽々と吹き飛ぶ青と赤の天使。
 ズザザザーッッと20mほどもスクエア・ガーデンの屋上を滑り転がった乙女の肢体は、うつ伏
せで倒れたままヒクヒクと痙攣する。

(・・・力が・・・出ない・・・・・・ダメ・・・勝てっこ・・・ない・・・・・・私は・・・また、こいつらに・・・・・・殺
されて・・・)

「希望を失ってはダメよッ!! 天音ちゃんッ!!」

 絶望の底に沈みかけたヒロインの心を、唯一のパートナーである明日香の声が呼び戻す。

「ロザリオをッ!! オメガガールにはまだ、最後の力が残されている!!」

 胸元に輝く、黄金のロザリオ。
 明日香が必需品として持たせた、オメガガールのアクセサリー。だがそれがなんの役にも立
たないことは、先刻ドクター・ノウの手によって明らかにされたはずだ。

「死に損ないのメズブタが。余程切羽詰ったようだ、訳のわからぬことをほざきおって」

「オメガガールを地獄に送ったあとで、貴様もじっくり始末してやるから楽しみにしておくんだな」

 クックッと肩を揺らして笑いあう、肥満体のゴールドと細身のシルバー。
 正義のヒロインを再び嬲り殺せる快感に咽び悦びながら、獲物となる若き乙女戦士に視線を
向き直す。

 いなかった。
 瀕死状態で地に転がっていたはずの、ボロボロのプラチナ天使がいない。
 夢でも見ているかのような不思議な光景に、思わず怪人兄弟は互いを見詰め合う。

「私なら・・・ここよ」

 鈴が鳴るような可憐な声は、ふたりの背後で起こった。
 振り返る、『ジャッカル』最高幹部。そこに立っていたのは――

 ブルーのスーツとクレムゾンレッドのフレアミニに肢体を包んだ、美しき戦士。
 ボロボロのコスチュームは嘘のように完全な復元を遂げている。傷ひとつない瑞々しい肉
体。仄かに纏った白銀色のオーラ。絶望と苦渋に歪んでいたはずの美貌は、自信と凛々しさに
溢れている。
 紛れもない、究極の乙女戦士オメガガール、参上。
 犯罪組織に破れ、嬲られつくした挙句に処刑された無惨な天使はもういない。そこにいるの
は『ジャッカル』の前に立ち塞ぎ続けた、あの正義のヒロイン。ゴールドとシルバー、ふたりの身
体から血が音をたてて引いていく。

「わッ、我々にはアルファ粒子がある!!」

 ゴールドがオメガガールの右腕を、シルバーが左腕を掴んでいた。従来の電撃が通用しない
のはわかっているが、アルファ電磁波そのものである黄色の電流を浴びせれば、究極天使と
いえど苦痛に悶えるしかない。そうだ、『ジャッカル』は以前の『ジャッカル』ではないのだ。アル
ファ粒子を手に入れた今、完全復活したオメガガールであっても、恐れることなどない――

 グシャアアッッッ!!!

 プラチナ天使が両腕を振った瞬間、電流兄弟は互いにぶつかりあっていた。
 脳震盪を起こした兄弟が、揃ってオメガガールの腕を離れ、大地に激突する。
 たったその一撃で、『ジャッカル』最高幹部は、究極少女の前に平伏していた。

「油断さえしなければ・・・アルファ粒子が流れる前に、あなたたちなど倒してみせる」

 冷たく言い放つ美乙女の顔は、ゾッとするほど美しかった。

「明日香さんッッ!! しっかり・・・しっかりしてください!」

 ふたりの敵が二度と立ち上がってこないことを確認するや、オメガガールは四肢を破壊され
た愛するパートナーの元へと駆け寄った。

「私なら・・・大丈夫よ・・・それより、早く・・・」

 明日香の無事を確認するや、強く頷く究極戦士。
 天音にもわかっていた。残された時間は限られていることを。
 すぐに飛び立ち、ドクター・ノウと最後の決着をつけねばならない。

「ロザリオを飲めばいいって、よくわかったわね・・・」

「オメガ粒子の波動を・・・感じたんです。多分、私だけにしか、わからない波動を」

 金のロザリオは、その内部に力を隠していたのではない。
 それ自体が、オメガ粒子の塊。
 全ての力を失ったときの、最後の切り札。瀕死であっても一気に力を回復できる、使用1回き
りの隠れエネルギー。
 ありったけのオメガ粒子で天音を蘇生させたため、今地球上に残されたオメガ粒子は、この
ロザリオの分しかなかった。やるしかない。この残された最後の力を使って、ドクター・ノウを倒
すしかないのだ。

「さあ、私に構わず行って! オメガガール。ドクター・ノウをその手で倒して!」

 コクリと頷いた正義のヒロインは、深紅のケープをなびかせて立ち上がる。
 光と化したオメガガールは、悪の本拠地へ一気に飛び立って行った。



 ドクター・ノウの本拠地のひとつ、通称ブラック・ボックス。
 最上階の暗黒の部屋に、残された『ジャッカル』幹部のロウガとバーバラ、そして総帥ノウは
陣取っていた。
 時間にすれば半日ほど前。マッド・サイエンティストを包んでいたのは、歓喜と至福の悦楽で
あった。憎きオメガガールを罠に陥れ、蹂躙と陵辱を尽くした狂乱の宴。これほどの快感があ
ろうかという衝撃が、醜い老人の全身を酔わせていた。

 今、ドクター・ノウの皺だらけの顔は、恐怖と憎悪で歪んでいる。
 足元に感じる、衝撃。
 迫ってきている、オメガガールが。
 処刑したはずの正義の戦士が、まさかの復活を果たしてこの身に迫ってきている。
 科学技術の粋を集めた防御設備も、掻き集めた『ジャッカル』の怪人どもも、なんの役にも立
ちはしない。罠を刺客を、次々に突破する青と赤の天使。ノウの耳に飛び込んでくるのは、我
が軍の敗残の知らせばかりであった。

「ええいッ、なにをしておる! 死に掛けの小娘ひとり相手に・・・アルファ粒子を使えば、無敵
のオメガガールとてイチコロではないかッ!」

「ケケケ・・・アルファ粒子の恐ろしさを知った以上、オメガガールちゃんも、簡単には食らってく
れないだろうねえ。あの超人的スピードとパワーの前じゃ・・・よほどのヤツじゃないと、お嬢ち
ゃんには敵わねえだろうぜェ」

「なにを呑気なことを言っておる、ロウガッ! ならば貴様が小娘にトドメを刺してこい!」

「言われなくても、いい方法は思いついてるぜェ、ノウの爺さんよォ」

 汗まみれの顔で叫ぶノウを茶化すように、狼男はヘラヘラと笑っていた。

「じゃあ、まずはバーバラ、あんたが行ってきな。下の階で、オメガガールを食い止めてみせる
んだな」

 外観的にはブラック・ボックスの最上階に当たる部屋。なにもない殺風景な広間に、オメガガ
ールは突入していた。
 この上に隠された暗黒の部屋こそ、ノウの居場所であることはわかっていた。痛々しい記憶
が、天音の胸に蘇ってくる。アルファ粒子による、壮絶な拷問。プライドを粉々にされた恥辱の
嵐。無惨な敗北を喫した、屈辱の場所・・・だが同じ場所で、今度はドクター・ノウに敗北を味あ
わせる番であった。人類の希望を戻し、殺害された家族の無念を晴らし、己が受けた惨敗を倍
返しにする。決着のときは、もう間もなくだ。

「忌々しい小娘めッ! おとなしく地獄に沈んでいればいいものをッ!!」

 唸りをあげて飛んだバーバラの鞭を、間一髪のところでオメガガールは避けた。

「バーバラ! あなたとも決着をつけるときが来たようね!」

「決着ぅ? ハン、忘れたのかい?! 私に泣き叫んで命乞いしたことを! お前は自分の口
で、私に負けましたと言ったんだよ!」

 アルファ粒子製の黄色の鞭が唸り飛ぶ。
 超速度の鞭の前に、さすがのオメガガールも眼で捉えることはできないようだった。以前闘っ
たときのような余裕は、美しき戦乙女にはない。究極の少女戦士といえど、アルファ粒子の武
器を持った『ジャッカル』幹部の相手を務めるのは、決して楽な作業ではなかった。

「チッ・・・やれいッ、バーバラ! なにをモタモタしとる・・・オメガガールを刻み殺すのじゃ!」

 下の階の様子をモニターで眺めるノウが唾を飛ばして叫ぶ。我が春を謳った犯罪組織『ジャ
ッカル』の総帥が頼れるものは、いまやバーバラと傍らにいるロウガとのみ。もしバーバラが敗
れれば、この窮地にもどこか楽しんでいるような、狼男しか駒はないのだ。

「ロウガッ、お前もバーバラと一緒に闘え! ふたりでなら、オメガガールを倒すこともできるじ
ゃろう?!」

「ククク・・・それはどうかねえ。バーバラ程度じゃあ、お嬢ちゃんには勝てねえと思うぜェ」

「なんじゃと?! ではお前のいう、良い方法とは一体・・・」

 パパパパパンンンッッ!!!

 甲高い炸裂音が、モニターの向こうから響き渡る。
 ロウガの台詞を裏切るように、バーバラの魔鞭が、オメガガールのコスチュームを引き裂くと
ころであった。スーツの切れ端が舞い、乙女の鮮血が飛び散る。柔肌を裂かれる激痛に、美
戦士は悲痛な絶叫を奏でていた。

「よしッ!! やれいッ、バーバラ!!」

 食い入るようにモニターにしがみつくドクター・ノウ。
 その液晶画面の向こうで、血に濡れたオメガガールの右手は、バーバラの鞭をしっかりと握
りしめる。
 鞭ごと引っ張られ、宙を飛ぶSM女王の身体。
 そのたるんだ腹部に、オメガガール渾身のボディブローが突き刺さる。

「殺しはしないわ・・・あなたたちには、法律の裁きが待っているから」

 裂けたコスチュームの間から覗く、血の滲む皮膚を左手で押さえながら、床に落ちるバーバ
ラにオメガガールは言い放った。

「お、おのれェェ〜〜ッッ、オメガガールめェェ〜〜ッッ!!」

「どうやら、終わりみたいだなァ」

 呪詛の言葉をモニターに吐きかけるノウに、ロウガはのんびりとした口調で語りかけた。

 ドボオオオオオオッッ!!!

「え?!」

 ロウガの右腕が、己の心臓を貫いて飛び出すのを、ドクター・ノウは見た。
 狂気の天才科学者、怪異な老人の最期。
 世界を支配するかと思われた『ジャッカル』の総帥は、呆気ないほど容易く、その長き生命に
終止符を打ったのであった。

 ガッシャアアアンンンッッ・・・!!

 ブラック・ボックスの最上階、窓ガラスを割って投げ捨てられる紫の物体。

「ノ・・・ノウ?!」

 それがガウンを着たドクター・ノウの肉体であると知って、反射的にオメガガールの肢体もま
た、窓の外へと飛び出していた。落下する物体を追って、深紅のケープが急降下する。
 地面に激突する寸前、仇敵と知りつつその身体を救い上げたのは、正義のヒロインのどうし
ようもない条件反射だったのかもしれない。
 すでに、胸のなかのノウは息絶えていた。心臓を抉り抜かれて。

「こ、これは・・・一体?!」

 ケラケラと甲高い笑い声が、漆黒の高層ビルの屋上から降ってくる。
 満月を背景に笑うのは、狼男ロウガ。
 ノウにトドメを刺した張本人は、悪びれることなくケタケタと笑い続ける。

「ロウガッ?! どういうつもりなのッ!!」

「爺さんの時代は、もう終わりってことさァ!」

 真っ赤な舌を出して、狼男は唇を吊り上げる。

「あんたの勝ちだァ、オメガガールちゃん♪ ドクター・ノウは死に、『ジャッカル』は壊滅した。こ
れからは、このオレ、ロウガ様の時代だぜェッ!!」

「あなたの思い通りになんて、このオメガガールが許さないわ」

 凛々しき乙女戦士と、狡猾な狼男とが視線を交わす。
 地上と遥か空中とで、最後の改造怪人と正義のヒロインは見詰め続けた。

「あんたは強い。だが、ノウの爺さんはオレ様にいいプレゼントをして逝ったぜェェ!!」

 ロウガの指に光る、十本の黄色の爪。
 『ジャッカル』は倒した。死闘の末、オメガガールは勝利を得たのだ。しかし、無敵のヒロイン
を苦悶の海に沈める、最大の弱点アルファ粒子は、ノウの手を経てロウガの手にと渡ったの
だ。

「今は逃げさせてもらうぜ。だが、次に会うときは、そのキレイな肌をアルファ粒子で切り裂くと
きだァァッ!」

「・・・私は逃げも隠れもしない。いつでも来るといいわ、ロウガ。オメガガールは、決して負けな
い」

 笑い声を残して、剛毛に包まれた狼の姿は、消え去っていた。
 東の空から、太陽の光が昇ってくる。
 長い、長い夜は明けた。そして新たな一日を告げる柔らかな光が、死線を乗り越えた、美し
き乙女の頬を照らす。

「父さん・・・母さん・・・」

 ひとつの物語が終わり、新たな物語が始まることを知らせる鳥たちのさえずりが、光を取り戻
した街に染み渡っていった。


                  <完>


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