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最終話 東京終末戦 〜幻影の聖少女〜
序
沈みゆく夕陽が、残酷な光景を照らし出していた。
人影の絶えた、首都・東京。
都庁舎のふたつの塔の間に、守護女神として崇められてきた、巨大な少女の亡骸が吊り下
げられている。
元々は輝く銀色に、青い模様が浮かんでいた肢体は、血と泥とで赤黒く汚れていた。
冷たい秋風に揺られて、青髪のショートカットが時折なびく。
胸と下腹部、ふたつのクリスタルを抉り抜かれたファントムガール・ナナの遺体を、3体の悪
魔は満足そうに眺めていた。
「終わったな」
握り潰したばかりの水晶体・・・下腹部のクリスタルが、ズルリとゲドゥーの右手から落ちる。
「ファントムガール全員の抹殺・・・お前の依頼は果たしたぞ、メフェレス」
白き凶魔の口調は、風と同じく冷ややかなものだった。
これまでに存在が確認されている5人のファントムガール・・・巨大生物の脅威から、身を張っ
て人類を守ってきた銀の女神たちは、全員が首都の地に亡骸を晒している。
ファントムガール・サトミは東京タワーに串刺しにされ。
ユリアは日本武道館の傍らで、白濁まみれで転がり。
アリスは四肢を切断されて、お台場フジテレビ社屋に放置され。
サクラはシブヤ109に磔にされていたのを、芝公園に捨てられて。
そして今、最後のひとりナナが、都庁に吊られて処刑された・・・
5人の少女戦士たちは、全員が敗れ去り、死を迎えていた。
勝ったのは、東京都庁の前に立つ、3体の悪魔。魔人メフェレスに、ゲドゥーとギャンジョー。
鮮やかな日没の太陽をバックに、人々が画面越しに見詰める光景は、残酷すぎる現実であ
った。
「忌々しい雌ども・・・我が憎悪が、ようやく晴れるときがきたか」
「これで、お前とオレたちの契約も終了、というわけだ」
般若面となった黄金のマスクが、ひとつ眼の凶魔と視線を交わす。
「・・・そうだな。貴様らは・・・よくやってくれた」
メフェレスが低く、呟く。
その瞬間だった。
「オオオッッ・・・オオオオオッッ―――ンンンンッッッ!!!!」
夕闇を、咆哮が引き裂いた。
全身が粟立つ。雄叫びと同時に、3体は構えていた。地だけでなく、天すらも割れてしまった
のかと錯覚する。
本能が教えていた。災害が、来ると。
それも、とてつもなく巨大な災害が・・・この場に来ると。
「出やがったかアアァッッ〜〜〜ッッ!!! クソ鬼がああアアァァッ―――ッッ!!!」
ギャンジョーが絶叫を放つのは、怒りゆえか、緊張ゆえか。
赤銅の鬼が、高層ビル群の狭間に出現していた。
黄金に光る髪と眼。カーブを描いた二本の角。
巨岩を思わす体躯は、研ぎ澄まされた筋肉の集合体であった。
シュラ・ガオウ。
破壊の化身ともいうべき闘鬼は、赤い天に向かって吼え続けた。震動で、建築物のガラスと
いうガラスが割れる。
「きさッッ・・・まァァ〜〜ッッッ!!!」
初めて邂逅するメフェレスにも、むろん怪物の正体はわかっている。
ファントムガールだけではない、この格闘獣にも魔人は多くの貸しがある。復讐を完成させる
には、是が非でも始末せねばならない相手だった。
そう悟りつつも、メフェレスの脚は動かなかった。
赤鬼から吹き付ける“圧力”に、耐えるのが精一杯であった。ただ憎しみの視線を向け、睨み
つける。
怪物の足元から、白煙が立ち昇っていた。
血が沸騰しているのか――。原因はすぐに知れた。憤怒の感情は、むしろガオウの側に濃
い。
「ナナを・・・取り返しに来たか」
ただひとり、冷静な声でゲドゥーが言った。
黄金に光る鬼の眼は、じっと都庁に吊られた亡骸を見詰めている。
猛々しくも、哀しい眼だった。
この闘鬼は、これから一直線に愛する少女の遺体に駆けつけるのだろう。阻む者、全てを引
き千切って・・・。
「愛する者が戦場から消えて・・・ようやく変身できたか。皮肉だな」
「てめえをブッ殺さなきゃあッッ!!! オレ様の気は晴れねえんだよおおォォッ〜〜ッ!!!
決着つけてやらァァッッ―――ッッ!!!」
「オオオオオッッッ――――ンンンッッッ!!!!」
ドオオオオンンンッッッ!!!
3体の悪魔が、赤鬼の咆哮と同時に仰け反る。
眼の前の空気が、爆発したかのようだった。攻撃の正体を悟るには、数瞬の間が必要だっ
た。
気迫だけで、吹き飛ばしたのだ。
気合い。闘気。怒り。そうした目に見えないものまで、物理攻撃と化したのだ。ギャンジョーは
「怒号」という恫喝の声を武器化したが、それすら遥かに上回る所業。
「・・・退くぞ、ギャンジョー」
兄貴分である凶魔の言葉に、凶獣は疵面を引き攣らせた。
「バカなッッ!!? このクソ野郎を目前にして、逃げるなんてことがッッ・・・」
「お前がこの地に現れて、もうすぐ60分だ。制限時間を忘れるな」
「だがよォッッ!!!」
「聞こえなかったか? 殺すぞ」
激昂していた疵面が、一瞬のうちに蒼白となっていた。
そのまま茶褐色の巨体が、闇のなかに溶けて消える。
あとを追うように、ゲドゥーもまた、霞のように消えていった。
「グロロロロッッ・・・オオオオオッッッ――――ッッッ!!!!」
高く雄叫びをあげた赤銅の闘鬼は、大地を強く蹴っていた。
弾丸となって真っ直ぐに、吊り下げられた守護天使の亡骸に迫る。
間を邪魔するのは、黄金の般若面をつけた魔人のみであった。
「ッッ!!・・・」
『エデン』の寄生者が感情によって能力を変化させるならば、恐らく今のガオウに敵対できる
者はいないだろう。
少なくとも、得策ではない。まだ、生を謳歌したいと望むならば。
激情にあっても冷静さを保てる魔人は、戦場からの退散を決意していた。
「欲しければ・・・返してやるわッ! 冷たくなった小娘の肉片など、な」
漆黒の粒子となって消えていくメフェレスに、瞬時に距離を詰めたガオウが殺到する。
闘鬼の体当たりは、薄れる魔人の残像をすり抜けた。
「グオオオッッ・・・オオッ、オオオオオッッ〜〜〜ッッ!!!!」
処刑執行者たちがいなくなった新宿の街に、赤銅の鬼の咆哮が響き渡った。
ナナを拘束していた鎖を、重機を、荒々しく引き千切る。
あれほど暴れても守護天使の四肢を縛り続けた戒めが、呆気ないほど容易く切れた。
異形の闘鬼が、息絶えた少女戦士を抱き締める。
山のごとき巨大な筋肉の塊のなかで、ナナの亡骸はやけに小さく、細く見えた。
眠る我が子をあやすように、ガオウは両腕で、輝きを失った天使を抱いた。
ナナの胸中央と下腹部には、陥没の穴が穿たれていた。鮮血に染まった四肢が、すっと力な
く垂れ落ちる。
眠っているかのような銀色の少女を、赤銅の鬼は強く抱き続けた。
天に向かって咆哮する。
轟く叫びにあわせるように、ガオウと胸の中の少女は、闇空のなかへと消えていった。
太陽は、沈みきっていた。
1、
荒い息遣いが、厳戒下の東京に響いていた。
全身が筋肉でできた逆三角形の男が、アスファルトの車道を疾駆する。足を一歩踏み込む
たび、地面が揺れるようだった。
広い男の背中には、制服姿の少女が背負われている。
もし、首都が本来の人並みで賑わっていたなら、男の周囲には悲鳴が巻き起こっていただろ
う。
Tシャツも、デニムのジーンズも、あちこちが破れて鮮血に染まっている。すでに血は止まっ
ているようだが、腹部には明らかに刺されたと思しき傷もあった。
男のみならず、背負われた少女の制服もビリビリに破れている。背中に突っ伏した少女は、
四肢を力無く投げ出し、ピクリとも動いてはいなかった。
少女の遺体を背負い、疾走する血染めの男。
そんな光景が東京の車道で展開されているというのに、街にはパニックの声ひとつ起きなか
った。数日前まで一千三百万以上のひとで溢れていた首都は、いまやゴーストタウンと化して いる。
地を蹴る男の足音は、コンクリの壁に当たって響いた。
二気筒のバイクの排気音が、静寂に混ざって近づいていた。
聞き覚えがある音に、男の表情にわずかな変化が走る。
記憶が理性を呼び覚ましたのか―――鬼のごとき形相に、人間味が戻っていた。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ・・・」
・・・・・・七菜江ッ・・・・・・
走りながら、工藤吼介は背中の少女に語りかけた。
覚えているか?
前にもこうして・・・傷ついたお前を、背負ったことがあったな。
「工藤くんッ!!」
前方で、長い髪の女が叫んでいた。
跨った深紅のバイクが、先程からの排気音を吐き出している。
新宿・都庁前に吼介が着いたときには、すでにファントムガール・ナナの処刑は完了を迎えつ
つあった。
メフェレスの魔剣がクリスタルを貫いた瞬間、吼介の意識は弾け飛んだ。怒りと悲しみに、理
性が耐え切れなくなったのだろう。
気がつけば、腕のなかに血まみれの七菜江の肢体があった。
昔みたいに愛する少女を背負いながら、ただ男は走った。走り続けた。
この場で女教師に邂逅できたのは、少しは運が良かったと言えるのかもしれない。吼介の脳
裏は空っぽだった。なにをすべきかもわからず、ただ少しでも長く、動かぬ七菜江と一緒にい たかった。
「・・・あの時と違って・・・今のお前は冷たいな」
ぬくもりのなくなった背中に呟いて、吼介は一直線に片倉響子の元へ駆け寄った。
女教師の顔を見た瞬間、不意に感情がこみあげる。
ツンと鼻の奥が酸っぱくなる。必死に奥歯を噛み締めた。
なにか口にしかけて、言葉は出てこなかった。唇が震えるだけで、放つ言葉が見つからなか
った。
「・・・先生・・・な・・・なえッ・・・が・・・」
「まだよッ!!」
「・・・え?」
「まだ終わってないわッ!! ファントムガールは・・・終わっていないッ!!」
言葉の意味がわからず、吼介の脳裏は混乱した。
かすかな怒りも湧いた。なんとなく藤木七菜江の死を、冒涜されたような気がして。
「終わってないって・・・・・・あんたにはッ! 背中のこいつの姿が・・・」」
叫ぶ筋肉獣の、台詞が途絶える。
かすかに、しかし確実に伝わった背への感触に、思わず吼介は振り返っていた。
・・・・・・とくん・・・・・・
「ッッ・・・!?」
鼓動。
全ての生命活動を止めたはずの少女。
だが、柔らかな乳房を通じて届くその旋律は、紛れもなく心の臓器が動く音色だった。
「やはり、ね」
「な・・・菜江・・・・・・?」
「・・・藤木七菜江はまだ死んでいないッ!! さあ、急ぐわよッ!!」
「どういうことだッ!? 説明してくれッ!!」
転換は、劇的だった。
終末を迎えるとばかり見えた流れは、突如激流に変貌した。
全てを失ったはずの工藤吼介は、悲しみを感じる間もない慌しさに投げ入れられた。バイク
が止まると同時に、冷たくなった少女を抱えて、室内へと走る。一秒の遅れが、世界を破滅に 導くかもしれぬ瀬戸際。額に汗した片倉響子が、凄まじいスピードで動き続けている。
吼介の問いに響子は応えなかった。「だまれ!」と発する時間すら、惜しい。
二輪車を飛ばして青山の秘密基地に飛び込むや、響子はすぐにオペの準備に取り掛かっ
た。
数日前、五十嵐里美と伴って、身を隠していたのがこの場所だった。特殊国家保安員が所
持する、隠れアジトのひとつ。現在の御庭番衆と響子・吼介との関係を考えれば、非常に危険 な選択ではあるが、もっとも近くて十分な医療設備があるのがここなのだ。
幸いなことに、御庭番の末裔たる者たちの姿はなかった。久慈のクーデターにより、特殊国
家保安員もまた、混乱に陥っているのだ。
藤木七菜江をベッドに寝かせるや、響子は麻酔もせずに手術を開始した。
制服を脱がした少女の裸身には、無数の傷が刻まれていた。激闘のあとのファントムガール
には、よくある光景と言える。
だが、七菜江の胸中央に開いた穴は、明らかに損傷が激しかった。
「あんたにッ・・・手術なんてできるのかッ!?」
「生物教師たる者、人間の身体くらいわかるわ」
「って、それで施術するのかよッ!?」
響子の左手からは、極細の妖糸がふわふわと漂い伸びている。
「手術といっても・・・縫合するだけよ」
右腕の折れている響子は、ただ左の掌を七菜江の胸にかざした。
指先から5本の妖糸が伸びる。意志をもったように、次々と肉穴のなかへ飛び込んでいく。
さしもの格闘獣も、言葉を失った。
極細の妖糸が、切れた血管や筋肉を繋ぎ合わせていくのが見えた。
繊細な作業であることは、説明を受けるまでもない。張り詰めた表情で集中する響子の美貌
を、祈るような視線で凝視し続ける。
内部の処置を終えた5本の糸は、最後に皮膚の縫合に取り掛かった。
乳房の中央に穿たれた穴が、見る見ると塞がれていく。
「これで、とりあえずの処置は終わったわ」深く息を吐き出す女教師の台詞に、ようやく吼介も
一息ついた。青白いままの七菜江の顔には、なんらの変化もない。だが、生々しい刺し傷が塞 がっただけでも、見た目の無惨さは幾割か減った。
「生きていたのは、奇跡に近いわ」
時間との勝負であった施術を終え、少しづつ響子は説明を始めた。
「いくつかの要素が重なったからでしょうね。藤木七菜江の並外れた生命力。ファントムガール
の全滅で、躊躇なく出現できたガオウによる救出。そしてなにより、『エデン』を引き抜かれてか ら、エナジー・クリスタルを破壊されたこと・・・」
「ちょっと待ってくれ。そこがわからない」
かぶりを振りつつ、吼介が質問する。
「七菜江は・・・ファントムガール・ナナは、下腹部の『エデン』を抉り取られ・・・さらに生命の貯
蔵庫とも言うべき、クリスタルまで砕かれた。トドメのうえにトドメを刺されたようなものなの に・・・なぜ生きていられたんだ!?」
「順番が、よかったのよ」
「順番!?」
「ナナは初めに『エデン』を潰された。つまり、その時点で“ファントムガール・ナナ”は“藤木七
菜江”に戻っていたのよ」
女教師の言っている意味が、吼介には理解できなかった。
「バカな」
「もちろん、あくまで私個人の推論に過ぎないわ。『エデン』に関しては、わからないことがほと
んどなんだしね」
「『エデン』を引き抜かれて“藤木七菜江”に戻ったのは理解できる。でも、なぜ巨大化した姿の
ままなんだ? “ナナ”の姿を保てず、元に戻るのが普通だろう」
「『エデン』との融合者は、拘束されていると変身も解除もできないわよね? あの時のナナも、
東京都庁に磔にされていた。わずかにでも『エデン』の細胞が残っていれば、人間態に戻らな かったのも不思議じゃないわ。まして藤木七菜江はあなたと同じ、『エデン』の血を継承するも の・・・。その証拠に、あなたが磔の拘束を解くと、変身は解除された」
にわかには、信じ難い解説であった。
だが、『エデン』を丸々失ったのではなく、大部分を欠いて“ファントムガール・ナナ”よりも“藤
木七菜江”としての濃度が濃くなった、と考えればいいのかもしれない。
そうすれば、これから先の説明は、比較的すんなり納得できる。
「“ファントムガール”ではないのだから、エナジー・クリスタルも大きな意味は持たない。生命の
貯蔵庫という役割は、すでに失っていたでしょうね」
「・・・胸の傷だけ、やけに損傷が大きいのはそのためか」
「そう、人間・藤木七菜江として胸を貫かれてしまったのだから。もちろん、命に関わる重傷で
はあるけど、ファントムガール・ナナとしてクリスタルを破壊されていたら、その時点で絶命して いるわ」
「・・・奴らに、先にクリスタルを破壊されてから、『エデン』を潰されてたら・・・完全に復活は不能
だったんだな・・・」
「順番」と言った響子の台詞が、重くなって吼介の脳裏に反芻されていた。
一歩、間違っていれば、七菜江は完全なる死を迎えていたのだ。復活のかすかな希望すら
絶たれる死。
『エデン』の大部分を失ったために、七菜江はファントムガール・ナナとして、存在できなくなり
つつあった。偶々、ゲドゥーが先に『エデン』を引き抜いたために、公開処刑されたはずの少女 戦士は、逆に生命を繋ぎとめることができたのだ。
「だが・・・」
七菜江は・・・本当に助かるのか!?
妖糸による応急処置を間近で見てなお、吼介の胸には不安ばかりが募っていた。
いや、正確に言おう。
格闘獣は、愛する少女の死を、覚悟していた。
この傷では、助からない。いかに七菜江が驚異的な生命力を誇るといえ、いまやかろうじて
心臓が動いているだけの状況だった。
なんといっても、もう七菜江の体内に、『エデン』は宿っていないのだ。
「・・・『エデン』がないんだから・・・二度とファントムガールにはなれないんだな」
心に渦巻く悲痛とは、別のことを吼介は言った。
「ファントムガール・ナナは・・・いずれにせよ、これで終わりというわけだ・・・」
それもいいかもしれない。
人類を守るために、これまで懸命に闘ってきた少女。自らの意志で、守護天使として生きる
選択をした少女。
最後、普通の人間に戻って死ねるのは・・・幸せなことではないか。
「そうね。『エデン』を失った以上、藤木七菜江はもはやファントムガールではない。常人離れし
たタフネスも、持ち得てはいない」
冷淡にすら聞こえる響子の口調は、以前と変わらぬままだった。
「このコを助けるには。そして、ファントムガール・ナナを復活させるためには、新たな『エデン』
をもう一度、寄生させなければならないわ」
バカなことを言うな。
苛立ちの台詞を吐き捨てようとして、格闘獣は口をつぐんだ。
天才生物学者・片倉響子の視線は、あくまで真剣な光で研ぎ澄まされていた。
「・・・しかし、里美が持っていた『第六エデン』はすでにオレの体内に・・・」
「あなたには言ってなかったかしら?」
強化ガラスで作られた透明ケースを、響子は懐から取り出した。
掌サイズの直方体の内部には、鶏卵を思わず白い球体が、溶液のなかで漂っていた。
「これはッッ・・・!?」
「品川水族館の久慈のアジトから、ひとつだけ持ちだせたものよ。本当はあなたに寄生させる
はずだったものが・・・まさか、こんな形で役立つとはね」
御庭番衆の爆破により、多くの『エデン』が消滅した今、響子の手にあるものは貴重なひとつ
のはずだった。
ケースから取り出した生物型宇宙兵器・・・通称『エデン』を、女教師は躊躇うことなく、瀕死の
少女の股間に突き出した。
「あなたに寄生したものが『第六エデン』ならば・・・最後に残ったこれは『第七エデン』ってとこか
しらね。この『第七エデン』で・・・ファントムガール・ナナは復活するッ!!」
「ここに、いらしたのですか」
ガランとした本会議場に、しわがれた男の声が響く。
革靴が歩を進めるたび、紫の絨毯が重厚な音をたてた。男にとっては踏み慣れた絨毯も、本
来は国民の誰もが足を踏み入れられるものではない。その事実が、足音により重みを持たせ ているようだった。
敬語を使う黒縁眼鏡の男は、対象者である年下の男の元へ、真っ直ぐ歩いていった。
一段高い壇上、その中央の木椅子に、黒ずくめの男が長い脚を投げ出して座っている。
黒のシャツに、スラックス。まだ未成年と思しいが、細長い痩身に若くして威容を備えた男で
あった。
“威容”はあるいは、“冷厳”と言い換えてもいいかもしれない。
彼が座っている中央の椅子は、普段は「議長席」と呼ばれているものだった。
「悪くないものだ。政治家どもの、茶番の舞台を一望するのは」
黒ずくめの男――久慈仁紀の嫌味に、黒縁眼鏡の壮年はぎこちなく笑うしかなかった。
東京都千代田区。国会議事堂、衆議院本会議場―――
扇状に広がった議員席には、むろんのこと誰も座ってはいなかった。巨大な聖戦とクーデタ
ーが起こった首都から、真っ先に逃げ出したのはバッジをつけた先生方であった。
新たな世界の覇王、を自認する久慈からすれば、ほとんど人影の絶えた東京で、根拠地を
定めるのは難しいことではない。数ある候補地のなかからここを選んだのは、達成感を満たし たいがためだろう。
言葉通り、「選ばれた者」しか座れないこの場所に、久慈は実力で押し入り、占拠したのだ。
日本という法治国家を、支配しているのは誰なのか・・・これほどわかりやすい構図はないは
ずであった。法律を決める議会場を、久慈はひとりで睥睨しているのだから。
「元官房長官としては、複雑な気持ちか、千山?」
「まさか。新たな王、久慈さまの傍に仕える光栄に預かり、万感の想いを抱くばかりでございま
す」
腰が90度に折れるまで、黒縁眼鏡の壮年は恭しくお辞儀した。
丁重すぎるようにも聞こえる言葉は、彼なりの忠誠の証なのだろう。
与党の重鎮にして、真っ先に久慈の配下となった千山由紀人は、その経歴から参謀格として
選ばれていた。魔人メフェレスの走狗と成り果てた、裏切り政治家たちのボス格、というのがわ かりやすいかもしれない。
東京タワーでの死闘で、86人にまで減った「エデン」の寄生者たち。久慈が新たに作った直
属親衛隊の、まとめ役が千山であった。
官房長官の在任中、久慈も何度もテレビ画面を通じて見てきたため、千山の顔は馴染み深
い。
黒縁眼鏡も、オールバックにした髪も、狡猾そうな眼の色も、印象どおりに変わっていなかっ
た。だが、計算の回る男だけに、強者にはとことん弱い。久慈に歯向かうような愚行は、間違っ てもしないだろう。
狡猾であるからこそ、圧倒的力の前には、進んで平伏する。
久慈にとっては、扱いやすいタイプであった。少なくとも、これまで左右に控えていた悪華ふた
りよりは、腹の底がよく見える。
「組織の構成は進んでいるのか?」
横柄な態度を取りながら、元官房長官に久慈は尋ねる。
久慈を王とする新政府。ややこしい政治の運営は、全てこの千山に丸投げしていた。久慈の
望みは頂点に立つこと、それのみなのだ。煩わしい業務は、忠実な配下に任せておけばい い。
「着々と進んでおります。いくらかの抵抗はありますが、久慈さまの威光の前には、いずれ従わ
ざるを得ないかと」
「赤鬼の足取りはどうだ?」
「工藤吼介についてはその・・・現在、捜索は続けているのですが、なかなか手に負えぬような
事情もございまして・・・」
奥歯にものが挟まったような言い方を、聞き逃す久慈ではなかった。
「なにか起こったな? ハッキリ言ってみろ」
「あ、いや、その・・・実はその、防衛省の一部に混乱がありまして、命令系統が一本化できて
いない状況に陥っております」
「貴様の言葉はまわりくどい。防衛省のなかで、反乱軍が起きた、ということだな?」
「・・・はい。平たく申せば」
「フン、特殊国家保安部隊・・・元御庭番衆どもか」
「その通りです」
処刑したファントムガール・サトミ・・・五十嵐里美との繋がりから、元御庭番衆が最後の一兵
まで抵抗してくるのは、折り込み済みであった。むしろ当然の流れといえる。
問題なのは、一時は指示系統を失い、混乱していたはずの彼らが、再び組織として纏まった
ことにある。
現当主・五十嵐玄道が失踪し、次期頭領候補であった里美が戦死した今、元御庭番衆たち
を指揮する存在はいなくなったはずなのだ。大将を失くした軍隊は、烏合の衆と化す。特殊国 家保安部隊の隊員たちも、自分たちがどう動くべきか、それぞれバラバラに判断するしかなか った。
千山がわざわざ報告するとは、彼らが再び軍隊として機能し出した、と見るべきだろう。
元御庭番衆を、短期間でまとめあげる統率者は誰か? 現実的に考えれば、久慈の脳裏に
はひとりの老人しか思い浮かばなかった。
「五十嵐玄道め、まだ生き残っていたか」
影に潜む現代忍者の頭領。その足取りを掴むのは、極めて難しい。久慈の耳にも、品川水
族館の爆破から生き延びたとか、赤鬼・工藤吼介と闘った形跡があるとか、噂だけは聞こえて くる。
だが、事実だけを見ていけば、確かなのは「五十嵐玄道は生きていて、元御庭番衆を率いて
独自に反乱軍を起こした」らしい、ということだ。
「サトミが死んだ今、『エデン』も持たぬ奴らなど・・・恐れることもないがな」
「少々鍛えたとはいえ、所詮奴らは人間です。束になってかかってこようと、この私ひとりで十
分、始末できるでしょう」
「ところで、あのふたりへの謝礼は済んだか?」
「あのふたり」という言葉を聞いて、黒縁眼鏡の奥で眼が細まる。
隠しようもない緊張が、千山の態度には溢れ出した。
「はい。ご指示通り、ファントムガールひとりにつき10億。合計50億を、それぞれの口座に振り
込みました。今のところ、特になんの反応もありませんが・・・」
「金でカタがつくなら、いくら払っても構わん。金額に不満があるようなら、要望に応じてやれ」
「かしこまりました」
「ファントムガールどもが全滅した今、目障りなのは赤鬼と二匹の殺人狂のみだ。奴らさえ封じ
れば、このメフェレスの統治時代が始まる」
遠い眼差しになって、ある一方向を冷たい視線が見詰める。
本会議場の壁に遮られてはいるが、視線の先には、国会からわずかな距離を置いて、皇居
がそびえているはずだった。
「・・・あとは、我が統治の承認さえ取り付ければ・・・名実ともに、オレはこの国の王となるのだ」
戒厳令下の東京に、全ての人間がいなくなったわけではなかった。
新宿中央公園にいたホームレスたちに代表されるように、逃げたくても逃げられなかった
人々がいる。また、敢えて逃げることを拒否し、先祖代々の土地にしがみついた人々もいた。
表通りには途絶えた人影も、裏に回れば蠢く者たちは存在していた。望むと、望まぬとに限ら
ず。
クラブや居酒屋が立ち並ぶ、飲み屋街。
オフィス街から少し離れたこの場所にも、ひとの気配がほのかに立ち昇っていた。薄暗いバ
ーのなかから、女の声が洩れ聞こえる。
聞き耳を立てれば、それが情事に伴う喘ぎであることは、すぐにわかった。
「あふッ、んあァッ・・・あンッ! イイッ・・・ひぐうゥゥ〜〜ッ!」
「ギャハハハ! なかなか締まりがいいじゃねえかッ! いいオモチャを拾ったぜェッ、ヒャハハ
ハ!」
カウンターに見知らぬ女を仰向けに寝かせ、疵面のヤクザ者は、股間に埋めた腰を突き続
けていた。
城誠。通称、スカーフェイスのジョーと呼ばれる、はぐれ外道。
この男に遭遇してしまった女性は、不幸としか言いようがなかった。たちまちに捕まり、殴ら
れ、全裸に剥かれて犯された。
一糸纏わぬ裸身には、ジョーが放出した白濁がこびりついている。とてもひとりの男が数時
間で射出したとは思えぬ、大量のスペルマ。バケツを引っ繰り返したような精汁が、女の全身 をヌラヌラと光らせている。
「海堂さんもどうですかいッ!? オレが使用しまくった中古になるけど。ギャハハハッ!」
疵面ヤクザの下卑た声を、ソファに寝転がった、サングラスの男は聞き流した。
右手に握られたジョニーウォーカーの黒ラベルを、瓶のままラッパ飲みにする。
三つ揃いの白のスーツを着込んだ佇まいからは、ある種の品すら漂っていた。極道世界の
はぐれ者にして、殺人を生業とする悪魔。ジョーと変わらぬ立場にありながら、この男が放つ風 格は、単なる暗殺者とは一線を画していた。
海堂一美。裏世界で、最強最凶を冠する男。
スカーフェイスのジョーがレイプにいそしむ間も、海堂は表情ひとつ変えずに洋酒の味を愉し
んでいた。
このバーに潜り込んで丸一日ほど。テーブルの上には、所狭しと空き瓶が並んでいる。
「おや? らしくねえですねェ。いつもはオレの後でも気にしねェじゃないですか。こいつ、そこそ
この上玉ですぜ?」
軽くウェーブのかかったセミロングを掴み、女の顔をグイと引き起こす。
眼の周囲や頬が青く腫れているが、美人と呼んで差し支えない容貌だった。
くっきりとした二重の瞳から、涙が頬を伝っている。半開きの口からは、逆流した白濁液がド
ロドロとこぼれ落ちた。
「気にするな。お前の後が、嫌なわけじゃない」
身を起こした海堂が、ようやく言葉を口にする。
「気分が乗らないだけだ。なにしろ、ファントムガールという極上品を喰い尽くしたばかりだから
な」
ソフトモヒカンに、尖った顎。
全身シャープな印象を与える最強最凶の極道は、さらにその鋭利さを増したように見えた。
ファントムガールとの闘い、そして処刑の瞬間の愉悦が、海堂の欲望を極限にまで引き上げ
ているようだった。
究極のご馳走の味を知った者は、再び美味を追い求めるもの。
世の中に、あれほどの美味があるならば、求めずにはいられない。探さずにはいられない。
海堂とジョーは、禁断の果実の味を知ってしまった。もはや普通の食事では、満足することは
ないだろう。
「メフェレスから、口座に報酬が振り込まれていた。ざっと50億」
「ケッ。国を転覆させた見返りが、たったそれっぽっちかい。どうしますか、海堂さん?」
肉棒を激しく突きあげながら、ジョーは上役の判断を訊いた。
ファントムガール・ナナを処刑した闘い・・・東京都庁での決戦から、すでに3日が経ってい
た。
あの場で姿を消して以来、ふたりの兇悪ヤクザは、雇い主である久慈仁紀と一度も会ってい
なかった。連絡すら、まともにしていない。
己の王国を着々と築きあげていく久慈に対し、海堂とジョーは距離を置いた。敢えて身を隠
し、廃墟同然の首都をうろつきながら、久慈の対応を待った。
本来の契約からいけば、5人のファントムガールを始末した時点で、ふたりの役目は終わっ
ている。
あとは報酬さえ受け取れば、魔人メフェレスと兇悪暗殺者との関係は、完全に清算されること
になる。
「金などいらん。違うか、ジョーよ」
冷たく呟く鋭利な男の言葉に、三白眼の疵面は吊りあがった。
「オレたちの力があれば、なんでも奪い尽くすことができる。金なんざァ、必要ねえってもんでさ
ァ」
「その通り。全てを奪えるオレたちに、金など無用。お前が欲しいものはなんだ、ジョー?」
「・・・殺しの相手」
海堂の薄い唇もまた、ニヤリと吊り上がった。
「それもできれば・・・ゲドゥー、ギャンジョーの姿で暴れられる相手がいい。暴力と破壊の技を、
心ゆくまで使える獲物が」
半分以上、中身の入ったジョニ黒の瓶が、粉々に砕け散った。
ガラスを砕いた“最凶の右手”には、かすり傷ひとつ、ついていなかった。
「久慈との口約束では・・・『エデン』の寄生者を、定期的に狩れるという話だった。そうだった
な?」
「ですが、あの小僧は、『エデン』の大半は政府の連中に始末されたと言ってましたぜ!? 残
っていた『エデン』は全部ヤツの兵隊にしちまったと・・・」
品川水族館に大量の『エデン』が保管してあった頃、久慈は海堂たちへの褒美として、新たな
獲物を与えると言った。適当な人材を選び、急造のファントムガールに仕立てるというのだ。
5人の守護天使たちを葬った後も、悪の同盟を続けるため。貴重な『エデン』を少しづつ割く
ことで、久慈は最強の駒を手元に残そうとしたのだ。
しかし、五十嵐玄道率いる、特殊国家保安部隊の急襲を受けて、『エデン』の多くは消滅し
た。状況は変わった。かつては大量の『エデン』を保持していた久慈も、全てを使い切ってしま っている。余剰の『エデン』はもはやない。
「『エデン』がなけりゃあ、新しいファントムガールは造れねェ。偉ぶったクソ小僧はイラつきます
が、どうしようもねェですぜ!?」
「『エデン』なら、あるじゃないか」
「はァ?」
「100名近い久慈の親衛隊・・・そして久慈自身。他にも、工藤吼介や片倉響子・・・『エデン』を
飼っている連中から、引きずりだせばいい」
疵面のヤクザが、パカリと真っ赤な口を開いた。
組み敷かれ、股間を貫かれている女が、思わず戦慄する。それがスカーフェイスのジョーに
とって、最上級の笑いであると気付くには、しばしの時間が必要だった。
「ケケ・・・ケヒヒ・・・海堂さんがファントムガール・ナナからぶっこ抜いたように、か」
「ナナから抉り出した『エデン』は、オレの掌の内で生きていた。あれなら、他の人間にまた寄
生させることは可能だろう」
「ファントムガールを造っては『エデン』を抜き取り、また造っては抉り取って・・・ヒャハハア
ッ!! 半永久的にファントムガールを狩れるじゃねェですかッ!!」
仰け反りながら、疵面の巨漢は大笑した。
殺せる。何度も何度も、あの高揚を味わえる。可憐な少女や生意気な女を守護天使と化し
て、殺戮と陵辱の晩餐を続けられる。
殺人鬼ふたりにとって、桃源郷のごとき夢の世界。
想像するだけで射精しそうなパラダイスが、手の届く範囲で実現できるのだ。ジョーの脳裏は
白くなった。愉しい妄想に旅立った。
大きすぎる隙が生まれたのは、必然のことであった。
「もらったッ!! スカーフェイスのジョーッ!!」
法悦によがりまくっていた女が、雷電のごとく上半身を跳ね起こす。
右手を振る。親指の皮膚が内部から破れ、骨代わりのチタン鋼製ナイフが、白い光を迸らせ
る。
ザクンッ! と切り裂きの音色を響かせ、親指ナイフはジョーの咽喉に突き刺さった。
「あァ? なんだ、こりゃあ?」
白銀のナイフを咽喉に埋めながら、億劫そうに疵面は呟いた。
赤い糸が、ツ・・・と垂れる。それだけだった。鋼鉄を寸断する特殊な刃は、表皮を裂くのみに
留まっていた。
「ひィッ!?」
小さな悲鳴が、女の口から洩れる。
眼前の巨漢がいかなる怪物か、初めて女は実感した。反射的に身を引く。結合部で繋がった
肉棒が、女の腰をずらさせなかった。
バクンッッ!!
大口を開いた疵面が、女の顔に噛み付いていた。
鼻と頬肉とを毟り取る。絶叫する女の前で、ジョーは鮮血まみれの肉をムシャムシャと咀嚼し
た。
「御庭番衆の、牝犬か」
背後から声を掛けられた途端、ウェーブのかかったセミロングが、凄まじい力で握られた。
海堂一美の“最凶の右手”―――気付いた瞬間、視界がブレる。
ゴキンッ!! と頚骨の砕ける音色がして、女の首は180度回転していた。
「オレたちに刺客を放つとはな。追い詰められて、暗殺に活路を見出そうとは甘い連中だ」
顔だけ真後ろを向いた女は、すでに絶命していた。食い破られた顔の中央で、ブシュブシュと
鮮血が、小さな噴水を作っている。
そのままさらに、海堂は女刺客の首を捻り回した。
“最凶の右手”が力を込めて引き抜く。
ブツンッ、と音がして、女の頭部は胴体から切り離された。暗いバーの片隅に、無造作に投
げ捨てられる。
「ケケッ・・・海堂さん、混乱に乗じて思い通りに・・・って考えてるのは、オレたちだけじゃなさそ
うですぜ」
「久慈が体制を整えるまでが勝負。政府・・・いや、前政府の残党も必死というわけだ。だが」
返り血を浴びた右手で、鋭利なヤクザは懐から白い小箱を取り出す。
HOPEの紫煙を、深く肺に吸い込みながら、海堂は静かに言い放った。
「最後は、一番強い者が勝つ。ただそれだけのことだ」
左腕ひとつでハンドルを握る青年は、あてもなく国産の四駆車を走らせていた。
陸上自衛隊特殊国家保安部隊所属、坂本勇樹一尉。
非常事態ゆえ、キーをつけたまま車道に放置された自動車は、いくつでもあった。そのなか
から選んだレガシー・フォレスターが、ここ数日の彼の足代わりとなっている。
「坂本よォ〜、一体お前さんは、これからどうするつもりなんだい?」
助手席に座った初老の男が、間延びした声で訊いてくる。
グレーのソフト帽に、丸眼鏡。目一杯、座席を後ろに倒し、くつろいだ姿勢でいるが、考古学
者然とした外見からは確かな風格が漂っている。数日前まで新宿中央公園を棲み処にしてい たホームレスにしては、その眼光は鋭すぎた。
都庁でファントムガール・ナナが処刑された日以来、元御庭番衆・松尾源太もかつての弟子
と行動をともにしていた。
ともにする、とは言っても、半ば強引についてきた、というのが正解に近い。
「なんだよ、シカトかぁ!? お前さんも偉くなったもんだな、おい」
「し、シカトなわけが・・・オレが源太さまには、頭が上がらないのはよく知ってるでしょう?」
ホームレス仲間内でのゲンさんなどという呼称は、到底坂本には使えないものだった。
「・・・どう答えたらいいのか、わからないので・・・黙ってしまっただけです」
ナナの処刑シーンをモバイル動画で見届けた坂本は、気がつけばハンドルを握っていた。
絶望と悔恨に、押し潰されそうだった。あの時、強引にでも藤木七菜江を止めていれば、ファ
ントムガール全滅の悲劇は避けられたはずだった。それができるのは、自分だけだったのに。 傷ついた少女を、むざむざ無謀な闘いに向かわせてしまった。
坂本にとっては、二度目だ。
戦地に赴く少女を、見送ることしかできなかったのは。散華する様を、眺めるしかなかったの
は。
五十嵐里美と藤木七菜江。ふたりのファントムガールを救えなかった忍びの末裔は、無力さ
に叩きのめされて無人の東京を彷徨っていた。
「なんの考えもナシってか。そんなこったろうと、思ったぜ」
「・・・すいません」
「謝ることはねえよ。本音をいえば、ワシだってどうすりゃいいのか、わかんねェんだ」
「ただ、なにをするかはわからなくても、なにをしたいかはわかっています」
真っ直ぐ前を見る青年の瞳は、まだ強い光を放っていた。
恋人を失い、右腕を失い、希望を失った坂本であったが、全てを失ったわけではなかった。
いや、喪失したものが大きいが故に、残された感情がふつふつと煮立っている。
復讐心、といってもいいかもしれない。
必ず。どんなことがあっても、少女たちの無念は晴らしてみせる。
自分にできる限りのことは尽くして・・・里美の、七菜江の、そして相楽魅紀の想いに応えてみ
せる。
たぎるような感情が、まだ若い自衛隊員を衝き動かしていた。ともすれば潰れそうになる彼
を、駆り立てていた。
「源太さまも、オレと同じなんですよね?」
「ワシはな。あの七菜江って娘が大好きでなぁ」
飄々とした口調のまま、初老の男は言った。
「中央公園の連中を代表して、ワシはあの娘の仇をとるぜ。この老いぼれの命、差し出しても
なぁ」
「オレだって、彼女のことが好きですよ。藤木七菜江だけじゃない、ファントムガール全員のこと
が・・・」
「坂本よォ。玄道さまは御庭番衆を掻き集めてるんだろ? なんで駆けつけねえんだ? お前
さんは玄道さまの片腕だった男じゃねえか」
行方不明になっていた五十嵐玄道が、一度は離散した御庭番衆の末裔たちをまとめている
のは、当然坂本の耳にも入っている。
ファントムガールが敗れ去った今、久慈らテロ組織に対抗できるのは、玄道を首領とする元
特殊国家保安員たちくらいだろう。坂本が復讐を企てるのなら、玄道のもとに走るのが、もっと も現実的なはずだった。
「深い意味はありません。ただ、オレはオレなりのやり方で、なにかできるんじゃ・・・」
「ッ危ねェ!!」
ビルの隙間から飛び出した人影に、坂本の言葉が途切れた。
急ブレーキを踏む。タイヤの磨り減る音色を引きずり、衝突まであと数cmというところでレガ
シーは停止した。
人影は、長身の男だった。
道路中央で両手を広げた男に、たまらず坂本は荒い声を出した。
「なに考えてるんだ! 轢かれたいのかッ!」
「どうやら、ギャンブルに成功したようだ」
落ち着いた男の声に、百戦錬磨の源太までが眉をひそめた。
「ああんッ? あんた、どういう了見かね?」
ツカツカと踵を鳴らし、運転席に男は近づく。
反射的に、坂本は懐の9mm拳銃に手を伸ばす。だが、間近で男の顔を見た瞬間、その行
為が無意味であると悟った。
男の表情には、隠すことのできない、悲痛な翳が挿していた。
「味方になってくれる人物なら、きっと止まってくれると思った。敵ならば・・・そのまま、轢かれる
つもりだった」
「・・・なんだかわかんねえが、ワケありのようだな?」
源太と坂本を交互に見詰めながら、叫ぶように男は言った。
「私に、力を貸して欲しい。頼む。わずかでも、希望を繋ぐために」
生きているのが、我ながら不思議だった。
右腕を見てみる。あるはずの肘から先が、キレイな断面を見せてなくなっていた。
見詰めているのも、右眼のみだ。左の眼球は抉り抜かれて、空洞になっている。応急処置で
巻いた豹柄のスカーフが、穴の形に赤く染まっていた。
芝公園の一角。雑木林が生い茂るなかに、『闇豹』神崎ちゆりは座り込んでいた。
魔人メフェレス襲撃に失敗した『闇豹』は、再びこの地に戻ってきていた。
メフェレス=久慈が拠点としている国会議事堂と東京タワーがあるここは、眼と鼻の先、とい
っていいほど近場になる。潜伏先としては、とても適しているとは言い難い場所だった。
なによりも、以前ちゆりがこの地にいたことを、海堂一美に知られている。
海堂の出方次第では、久慈は真っ先に芝公園を探索させるはずだった。それが、もう3日も
追っ手が現れないところを見れば、やはり海堂は久慈と距離を置いたようだ。
「久慈ィィッ・・・ちりを仕留め損なったこと・・・絶対に後悔させてやるよォッ〜〜・・・」
ズキリと傷が痛むたび、呪詛の言葉が自然に洩れた。
久慈の本拠地近くに潜むのは危険ではあったが、逆にチャンスも多いといえた。久慈がこの
国を完全に支配することになれば、因縁を持つ河西組・・・ちゆりの父親代わりである河西昇 が、どんな運命を辿るか、容易に想像できる。なんとしても『闇豹』は、魔人メフェレスを抹殺し なければならない。
幸いにも久慈は、己を頂点とする組織作りに忙殺されているようだった。
残党狩り、ともいうべき大掛かりな掃討作戦は、展開されていない。瀕死のちゆりが、かろう
じて生き永らえることができたのも、追撃の手を受けなかったのが大きかった。着々と久慈は 覇王への階段を昇っているのだろうが・・・こちらも反撃の態勢を整えることができる。
「見えてるぅ〜? ちりの、みっともない姿・・・」
視線を遠くに移し、『闇豹』は呼びかけた。
芝公園に晒された、二体のファントムガールの亡骸。
東京タワーに串刺しにされたサトミではなく、大地に横たわった桃色の戦士・・・サクラこそ
が、神崎ちゆりの呼びかけた相手であった。
「あんたが憎んだメフェレスに・・・ちりも同じようにやられちまったよォ〜、ウサギちゃん」
返事がないと知りつつ、ちゆりは冷たくなったサクラに語り続けた。
「今頃あんたも・・・笑ってんだろうねェ〜。ちりのこと。ざまぁ〜みろ、ってねェ〜・・・」
「笑わねえよ。桃子は」
突如、背後から湧いた声に、瞬時に『闇豹』は振り返っていた。
「てッッ・・・めえェェッ!! 工藤吼介ッッ!!」
「わかってるだろう? 今のお前を見たら、きっと桃子は涙を浮かべる。敵のはずの、お前を見
てな」
逆三角形の筋肉の集合体が、10mほどの距離を置いて立っていた。
背中に、毛布に包まれた荷物を背負っている。中身はわからないが、大きなシロモノだった。
数十キロはありそうに見えるが、工藤吼介はまるで重みを感じていない様子でいる。
傍らには、深紅のスーツに身を固めた、片倉響子。
それまで微塵も感じられなかった殺気が、暴風となってちゆりの頬を叩く。
視線を合わせているだけで、全身の細胞が戦慄するのを『闇豹』は自覚した。
「そういうコだと知ってるから、お前はここにいる。違うか?」
「だまれェッッ!! 知った口、きくんじゃねえよッ、このバケモノがッ!!」
『闇豹』の左手に、猛毒を塗った青い爪が光る。
工藤吼介が眼の前に現れた意味を、ちゆりは理解しているつもりだった。
格闘獣が愛するふたりの女、五十嵐里美と藤木七菜江の抹殺に、加担した事実は否定でき
ない。直接手を下したわけではないが、嬉々として処刑に参加したのは確かだ。
まして、ファントムガール・アリスに関して言えば、これはもう、『闇豹』が中心となって惨殺した
といっても過言ではないだろう。
今のちゆりは、魔人メフェレスと袂を分かっている。とはいえ、守護天使に肩入れする闘鬼が
いかなる目的で現れたのか、火を見るよりも明らかだった。
ちりを潰したくて・・・仕方がない、って顔だねぇ〜・・・
落ち着いた口調とは裏腹に、吼介の視線には、激しい憤怒が渦巻いていた。
この怪物と闘って・・・勝てるのか? それがいかに無謀な挑戦か、ちゆりも悟っている。
万にひとつも勝ち目はないだろう。ましてや、満身創痍の身体。次元の違う強さを持つ闘鬼
に、隻眼隻腕となった豹女が、勝てる道理がない。
だが、ただ破滅を待つほど、『闇豹』の牙は抜けてはいなかった。
この赤鬼は、憎悪にたぎっている。ならば。
ヤられる前に・・・ヤるか?
「待ちなさい、『闇豹』」
今にも飛び掛らんとする手負いの魔豹を、静かな声で響子が制した。
「私たちは、あなたを始末しに来たわけじゃない」
「・・・はァ〜?」
「手を組みましょう。ここに至って、我々とあなたの目的は完全に一致している」
かつてメフェレスの側近として、左右に控えた者同士。
妖女の性質を知る悪女は、唐突ともいえる提案も、ある程度予想をしていた。策士・片倉響
子ならば、この程度の発言はきっとする、と。
「・・・クク・・・はは、アーッハッハッ♪」
「そんなに面白かったかしら?」
「バカ言ってんじゃねえッッ!! ボケてんじゃねえぞッッ、シヴァアアぁッ〜〜ッ!?」
牙を剥いて叫ぶちゆりを、美妖女は眉ひとつ動かさずじっと見詰める。
「ボケた? 私の天才的頭脳には、わずかの翳りもないわ。魔人メフェレスを滅ぼすことが、私
たち共通の、そして唯一の目的。そのためには、我々が手を組む以外に方法はない――」
「テメエらッ・・・いや、その赤鬼と手を組むってことは、ファントムガールを助けるってことだッ
ッ!! 違うかァッ!?」
長く伸びた青い爪で、『闇豹』は押し黙る吼介を指し示した。
「ちりとファントムガールは・・・殺し合いをやってきてんだよォッ〜〜ッ!! 互いに憎しみあっ
てる関係なのさッ! メフェレスのヤロウは、すぐにでもハラワタひきずりだしてェッ、だが ッ!! だからといって、なんでクソ忌々しい小娘どもとッッ!!」
「それはこっちも、同じだ」
まなじりに鋭さを刻んだ表情で、格闘獣は言い返す。
「オレも、お前のことは大嫌いだ。手を結ぶくらいなら、その手を握り潰してやりたい」
「はッ、ほらみなァッ!! シヴァッ、てめェの言ってることは、所詮不可能な話なんだよォ
ッ!!」
「だが、お前の力を借りなきゃ、奇跡は起こせない。許されるなら、今この場でお前を殺したい
が、目的のためなら頭も下げる」
逆三角形の巨体をピンと伸ばし、吼介は直立不動の姿勢を取った。
荷物を背負ったまま、腰を直角に折り曲げる。
最強と呼ばれる男にまさかの懇願を受け、アイメイクを施した瞳は、大きく見開かれた。
「頼む、ちゆり。あいつら・・・ファントムガールの復活のために、お前の力を貸してくれ」
「ちょッ!?・・・ハハ、きゃははァッ♪ なんの冗談〜〜ん? 赤鬼がちりに頭下げるなん
て・・・んなことしても、言うこと聞くわけないじゃないのォ〜〜ッ!?」
「お前もオレも、互いに憎悪は抱いている。だが、いがみあったところで、久慈のヤロウが喜ぶ
だけだ」
「・・・あのさァ、赤鬼・・・ひとにモノ頼むときは、土下座でしょォ〜〜? 土・下・座♪」
金色に塗られた唇を、一瞬不敵に吊り上げると、冷たい眼をしてちゆりは言った。
誰からも畏怖される吼介にとって、屈辱的すぎる行為のはずだった。するワケがない・・・『闇
豹』自身がそう思いつつ、吐き捨てた言葉だった。
だが、荷物を背にした筋肉獣は、数瞬の沈黙の後、両膝を芝公園の地面に突いた。
衝撃的であり、あまりにも隙の大きな姿勢であった。
「バカねェ」
ちゆりの顔から、笑いが消える。
不安定な体勢になった瞬間、毒爪を光らせた『闇豹』は吼介の眼前に飛び込んだ。
ドゴオオオオオオッッ!!!
「ッッ!!・・・ぷぎょオッッ・・・オオオッッ・・・ッ!!」
格闘獣の右ストレートが、神崎ちゆりの顔面に叩き込まれていた。
パラパラと、白い破片が落下する。砕けた『闇豹』の牙だった。ちゆりの上の歯は、ほとんど
が根こそぎ折られていた。
顔面中央に巨大な拳を埋め、ピクピクと豹女の肢体が揺れる。
半開きになった口のなかで、ジャアジャアと鮮血が滝のように落ちていた。牙だけでなく、鼻
骨も砕けているのは間違いないだろう。
正座途中の体勢から、足首の力だけで地面を蹴った吼介は、カウンターの一撃を『闇豹』に
食らわせていた。
そのまま、後頭部から隻眼隻腕の女を大地に叩きつける。
ぐじゃあ、と嫌な音色がして、右拳がさらに深く顔面に埋まった。大の字になった『闇豹』が、
壊れたように激しく痙攣し続ける。
「工藤くんッ!? 殺しちゃダメよッ!」
「まだ生きてるさ。この方が、静かになって話がし易い」
グボリ、と顔から拳を引き抜き、吼介は冷徹な眼光でちゆりを見下ろした。
高い鼻が逆に陥没し、拳の形をしたクレーターに血の池が出来ている。
「頭下げたくらいでどうにかなる相手じゃないのは・・・わかってるさ、『闇豹』」
神崎ちゆりに“情”など通用しないことは、吼介もよく理解している。
「よく聞け。オレはお前を殺したいし、お前はオレを殺したい。そして、オレが傷つき苦しんだの
と同じように、お前も里美たちとの闘いで傷ついた」
横臥するちゆりを、無表情の格闘獣が覗き込む。
背負っている荷物の毛布が、はらりとはだけた。
瞳を閉じた藤木七菜江が、毛布のなかから現れた。
「これで、チャラだ。今までのことは、全て水に流せ」
半ば意識の混濁したちゆりに、吼介は語気を強めて言った。
拒否が許されぬことは、ぐにゃぐにゃの脳内でも『闇豹』は悟った。
「ちゆり。あなたは憎しみあってると言ったけど、本当は違うはずよ」
吼介の反対側に立った片倉響子が、見下ろしながら声を降らせる。
「あなたは確かに悪党よ。他人の幸せが許せず、不幸を心底から喜ぶ下衆な人間・・・育った
環境が悪かった、なんて同情はしないわ。でも、本当の意味で憎悪したファントムガールは、サ トミと、そしてアリスくらいのもの。そのふたりを抹殺したんだから・・・満足したでしょう?」
「・・・ァ゛・・・ごぽッ・・・」
「この藤木七菜江や西条ユリは、虐め甲斐のあるオモチャ程度にしか、思っていないはず。ま
してやサクラ・・・桜宮桃子のことを、あなたは好きだった」
「・・・・・・ヴァ・・・カなッ・・・・・・」
「サトミやアリスのために、と言ったら納得できないかもしれない。けど、サクラのためなら、あ
なたも一肌脱げるんじゃなくって? しかも私たちには、メフェレスという共通の宿敵がいるの だから」
「響子と違って、オレはお前の気持ちなどに興味はない。ただひとつ確かなのは、お前では絶
対にメフェレスを倒せないし、オレたちが協力する以外にあの悪魔は止められないってことだ」
何かを言いかけて、『闇豹』はギリと唇を噛んだ。
「ムカつくか? だがオレだって、お前以上にムカついている。それでも、互いの目的のため
に、全てを乗り越えてオレたちは手を組まなきゃならねえ。憎しみも恨みもプライドも、全て捨て ろ。暗黒王へと突き進む久慈を倒すのに、なにも失わないで済むと思うか」
「・・・ケッ・・・・・・ちりの・・・命と引き換えに・・・・・・」
「命を捨てるつもりなら、オレたちに・・・ファントムガールに預けろ」
静かに言い放った格闘獣の声は、これまでになく力強く聞こえた。
「ちゆり、今すぐ返事は求めないわ。恐らく、メフェレスが最終仕上げに入るまで、あと一週
間。・・・いや、あと5日。そのときまでに、覚悟を決めてくれればいい。これから私の考えた、 『ファントムガール復活計画』を話しましょう」
顔面を陥没させ、仰向けに転がる隻眼隻腕の女を、一組の男女が見下ろす。
三者三様、それぞれ異なる意味で目立つ筋肉獣と妖女と悪女は、奇妙な「作戦会議」を芝公
園の一角で話し始めた。
「会議」といっても、基本は片倉響子が『闇豹』に説明する、というものになる。すでに響子か
ら作戦の概要を教えられている吼介は、ほぼ聞き役に徹していた。
「これまでの権力をほぼ駆逐し、メフェレスがこの国の中枢機関を掌握するまで、恐らくあと5
日から一週間程度。基盤を作り上げたヤツは、クーデターの最終段階に入るでしょう」
「・・・最終・・・段階ィ〜・・・?・・・」
「この国では、“ミカド”からの任命を受けることで、事実上、政治実権を任されることになる。メ
フェレスが皇居近くの国会に根拠地を定めたのは、決して偶然などではないわ」
響子の説明は婉曲的であったが、言わんとすることはちゆりにもわかった。
歴史に登場するかつての幕府も、現在の内閣も、トップは“ミカド”の任命を受けて正式に決
まってきた。
任命さえ受ければ、明らかに無法なクーデター組織であっても、久慈が王であることが認めら
れてしまう。
形式上も己の立場を「本物」とするため、魔人メフェレスは最後の仕上げとして、“ミカド”の御
前に参内するつもりなのだ。それは、なんとしても阻止しなければならない暴挙であった。
「けれど、逆にいえば、このとき必ずメフェレスは現れる。その瞬間に全戦力を集結して、悪逆
の魔人を滅ぼすのよ」
「全戦力・・・だってェ〜?」
「不審に思うのも、無理はないわね。確かに、私とあなたは傷つきすぎている。肉体の損傷が
激しく、互いに片腕が使えない状態。私たちふたりは戦力にならないうえ、頼みのシュラ・ガオ ウ・・・つまり工藤くんは制御不能とあっては、あまりに心許ないわ」
「・・・それで、ファントムガールの復活・・・ってかァ」
元々、地方有数の進学校・聖愛学院に入学するほどのちゆりは、頭の回転は速かった。
「その通りよ。メフェレス、そして配下の『エデン』の寄生者たちを倒せるのは、守護女神たる彼
女たちしかいない」
「・・・じゃあ、そいつは・・・生きてるってわけだァ〜?・・・」
仰向けで転がったまま、『闇豹』は吼介の背中に視線を向けた。
「生きているわ。ただ、新たな『エデン』・・・『第七エデン』と完全に融合するのに、時間が掛かっ
ているようね。凄まじい速度で肉体が治癒する一方、意識はいまだ失ったままよ。メフェレスが 行動を始めるまでに、なんとしても藤木七菜江には、目覚めてもらわないと」
「チッ・・・そんなのが戦力だってェ? 100体近いメフェレスの子分どもと、どうやって闘えっ
て・・・」
「話の本題は、これからよ」
深紅のスーツの懐から、響子はスマートフォンを取り出した。
東京駅を中心としたマップ画面を、横たわるちゆりの眼前に突き出す。地図上には、赤いポ
イントがいくつか点在していた。
「クーデターの最終段階として、メフェレスが出現するであろう皇居前の広場は、東京駅の眼と
鼻の先よ。そこからわずか2、3km・・・ほぼ南下した位置にあるのが、私たちが今いるここ、芝 公園。逆に北上して500mもいけば、日本武道館に辿り着く」
「あ〜〜ん? 東京駅の近くに、名所が集まってる、とでも言いたいわけェ?」
「東京タワーの芝公園、そして日本武道館になにがあるか、思い出すといいわ」
響子が言わんとする内容を、次の瞬間には、ちゆりは理解していた。
「・・・ファントムガールどもの死体がゴロゴロ、ってかァ?」
「ここにはサトミ、そしてサクラの亡骸が。武道館にはユリアの遺体が眠っている。メフェレスが
最後の仕上げにかかる地の近くに、くしくも彼女たちは集結しているのよ」
「集結って・・・死体じゃねえかッ!! 笑わせるんじゃないよォ〜、シヴァアァッ〜〜!」
「だからこそ、彼女たちを復活させるのよ。私と、あなたの手でね」
高い理解力で響子の言葉を察してきた『闇豹』が、わが耳を疑い硬直した。
「・・・はァ?」
「シヴァである私と、マヴェルであるあなたが、ファントムガールにエナジー・チャージをする。生
命エネルギーを失っている彼女たちは・・・理論上、それで蘇生するはずよ」
「バカな」
マスカラの濃い瞳を丸く開いて、ちゆりは呆然と呟いていた。
エナジー・クリスタルの光を失ったファントムガールが、エネルギー補給を受けて復活するの
は知っている。なんといっても、ナナがユリアを蘇らせた奇跡は、魔豹マヴェルの眼の前で行な われたのだ。
だが、光のエネルギーを駆使するファントムガールに、真逆の闇エネルギーを注入して蘇る
などと・・・
「そうね。光と闇は正反対。その思い込みから、まさかと思いがちだけど・・・しかしエネルギー
の転用が異なるだけで、根本はきっと同じはず。どちらも『エデン』が生み出したんだもの。剣と 盾とでは、まるで使い方は正反対でも、同じ鋼鉄でできているようなもので」
「・・・しかし」
「そもそも、光を倒すのが闇で、闇を滅ぼすのが光、という前提を考え直す必要があるわ。闇
属性同士の闘いなのに、あなたはメフェレスにそこまでの深手を負わされた。恐らく、光とか闇 の属性よりも・・・“殺す”とか“助ける”といった意志の方が、はるかに重要なんでしょうね。『エ デン』とは、精神に大きく感応するものだし」
「響子の分析によれば、『エデン』ってのは、遠い宇宙で生まれた“生物を兵器化する道具”だ。
ファントムガールだ、ミュータントだと勝手に区別してるのはオレたちで・・・本来はタイプは違え ど同じ“生物兵器”のはず。エネルギーの互換性があるのは、むしろ当然だろう」
真っ直ぐにちゆりの瞳を見詰めながら、吼介が口を開いた。
「つまり、お前さえ本気で助けたい気持ちがあれば、エナジー・チャージは必ず成功するはず、
ってことだ」
「・・・ちりが、ファントムガールどもを本気で助ける、ってェ!? ・・・なにをザけたッ・・・」
「作戦の全貌を説明するわ」
叫ぶ『闇豹』を無視して、響子はスマートフォンの画像を、皇居前の広場中心に拡大する。
「広場にメフェレスが出現した瞬間、近場に潜伏したナナ、そしてガオウが撃退に当たる。同時
に、速やかに私はシヴァとなって、日本武道館のユリアにエナジー・チャージをし、復活させる。 ちゆり、あなたはマヴェルに変身して、サクラを蘇らせるのよ」
体長50mを誇るファントムガールからすれば、皇居前広場と武道館、そして芝公園までの距
離はごくわずかなものだ。
隣りのリングに移動する、程度の感覚で決戦の地に到着できることだろう。
「サクラを・・・ちりがッ・・・!?」
「理性がなくなるオレは、戦力としては計算できないかもしれん。あるいは、お前らを襲う可能
性すらある。だが、ナナを都庁の磔から救ったときにわかった。オレがこいつを愛している限 り・・・ナナのことだけは守り続けることができるだろう」
精神や感情に大きく左右される『エデン』の性質を考えれば、当たり前のことだった。
藤木七菜江への愛が本物である以上、闘鬼ガオウがナナを裏切ることはない。闘いへの欲
求を大きく上回る愛が、きっとシュラの本能を抑えつける。
そしてそのことは、五十嵐里美に対しても言明できることだった。
「オレは、こいつと共に闘いながら・・・この地まで、東京タワーまで駆けつける。そしてサトミを
復活させて・・・全ての力を結集し、魔人メフェレスを滅ぼすッ!!」
2、
天に昇った満月が、美しかった。
中秋の名月、というやつだろう。この時期の月を特別に愛でるのは、工藤吼介に限らず、日
本人なら当たり前のことだ。高層ビル群の影絵に、ぽっかりと浮かんだ白い姿は、神秘的です らあった。
吼介は幼き日のことを、自然に思い出していた。
空き地に見つけた“秘密基地”。里美と作ったドラム缶製の家は、秋になればすすきの穂で
囲まれた。
ふたり並んで、錆びたドラム缶に腰掛けた、あの夜。
すすき越しに見上げた空には、今日と同じように丸い月が浮かんでいた。
「・・・お前だけは・・・変わらないな・・・」
ますます美しくなったような月に、吼介は思わず呟いていた。
あの空き地は、もうなかった。東京の街並みも、すっかり変わった。
そしてなにより、五十嵐里美は隣りにいなかった。
「七菜江」
男が口にしたのは、別の名前だった。
腕のなかで眠る、ショートカットの少女。
里美ではなく、彼女を選んだのは、吼介自身のはずであった。
その選択に、間違いはない。ウソも・・・なかったと、信じている。
姉弟などではないことは、もう吼介にもわかっている。背後に見え隠れする巨大な思惑に、翻
弄されたのは確かだろう。だが、里美を諦め、七菜江を選んだ理由を、そんなものと関わらせ たくはなかった。
オレは、七菜江が好きだ。
それだけのことだ。他の誰かと絡ませて考えるのは・・・したくない。
瞳を固く閉じたままの少女に、鬼の化身は頬を寄せた。
いつも思う。なんて、小さな身体だと。
ピチピチと張り詰めたボディの持ち主ではあるが、藤木七菜江は女子としても小柄な部類に
入る。格闘獣とは、ふた周りはサイズが違った。
しかし、この小さな女子高生に、人類は再び最後の希望を賭けねばならない。
「エナジー・チャージが本当に成功するかどうかは・・・やってみなきゃわからん。確実にヤツら
と闘えるのは、オレとお前だけだ」
深い底に沈んだ意識に語りかけるように、吼介は耳元で囁いた。
東京の中心部には、思った以上に緑が多い。そんな公園の一角、雑木林のなかにふたりは
潜んでいた。
近くに片倉響子の姿はなかった。メフェレスこと久慈が、テロの最終段階に入ってすでに一週
間。想定では、いつ“決戦”が始まってもおかしくはない。その時に備え、響子も準備を進めて いるのだ。
早く、蘇ってくれ。
焦る気持ちを抑えるように、吼介は強く抱き締めた。
いろいろなことを七菜江と喋りたかった。生きてまた会えたことを喜びたいし、最後の決戦に
向けての作戦も練りたい。話したいことが、山のようにあるのだ。
なによりも、赤鬼ガオウとなって意識を失くす前に、一言でもいいから七菜江と言葉を交わし
たかった。
もしかしたら、ふたりで話すこと自体が、最後になるかもしれないのだから。
「久慈のヤロウは・・・お前が殴ってやれ。オレは、露払いしてやるからな」
こうして、眠り続ける少女を抱くことも、語りかけることも、決して無意味とは思っていない。
『エデン』は感情に左右される兵器。七菜江への愛情を募らせることは、闘鬼となったガオウ
にも、必ず好影響を与えるはずだった。
「アイツだけなら、なんとかなる。だが問題は、あの極道ふたり、か。久慈につくのか、あるい
は・・・」
ゲドゥーとギャンジョー。二匹の凶獣については、響子もまるで現状を把握していなかった。
久慈=メフェレスと距離を置いているのは、わかる。だが、今後どんな行動にでてくるのか、
予想がつかなかった。
仲間割れすることも有り得る。しかし、少なくともファントムガールの障壁となることだけは、確
実だった。あの二体は、守護女神を嬲ることに喜悦を感じている。
ゲドゥーとギャンジョーがともに出現するとなれば、七菜江・・・ファントムガール・ナナひとりで
は、到底太刀打ちできまい。凶魔二体の出方によって、戦況にかなりの変化が生まれることは 間違いなかった。
不確定要素といえば、五十嵐玄道率いる御庭番衆の残党も、注意する必要があるだろう。
もちろん御庭番衆は、ファントムガールにとってはサポーターだ。サトミをはじめ、ナナや他の
守護少女たちの援護に回るのは当然といっていい。
しかし、吼介や響子、あるいは先日協力要請した『闇豹』に対しては、どうか?
敵意を剥き出し・・・いや、そんな甘い表現では済まされまい。暗殺を狙っている、とズバリ腹
を据えるべきだろう。彼らから見れば、闘鬼ガオウも凶魔ゲドゥーも、看過できない脅威なの だ。
玄道を直接打ち倒した吼介に対しては、一段と憎悪も深いのは覚悟せねばなるまい。ただで
さえ、五十嵐里美を不幸の連鎖に陥れたのは、吼介のせいだとされているのだ。
エナジー・チャージに向かう途中、シヴァやマヴェルが邪魔をされる可能性は十分に考えられ
た。そうなれば、結果的にファントムガールの復活は阻止されることになる。
「四すくみ、と考えておくべきか」
呟きながら、格闘獣の脳裏は、ずっともうひとつの問題点についても考えていた。
仮に。例えば、メフェレス、ゲドゥー、ギャンジョーの三凶に、ファントムガールが同じ人数で闘
うとなれば、どうなるか?
実力的には圧倒的に相手が上。闘いの化身ともいうべき高校生は、そこまで冷静に判断して
いる。まともに100回闘えば、99回は守護少女たちは全滅することになる。贔屓目なしで見れ ば、それが妥当な分析といえた。
とはいえ、ファントムガールに勝ち目はない、とは思っていない。
なにしろ、闘鬼ガオウは、ゲドゥーやギャンジョーがいる前でファントムガール・ユリアと闘った
のだ。闘争本能のみで衝き動くシュラが。
つまりそれは、ユリアを“強大な敵”と認めた証でもある。
冷静に分析したのではわからぬ部分で、ファントムガールの強さは凶魔どもに迫っているの
だ、きっと。
方法は、ある。
吼介のなかで、守護少女たちが更なる力を得られるのではないか? という方法は見つかっ
ている。吼介自身が開発したのではなく、サトミが実践しているのに気付いたのだ。
だが、ここで問題となってくるのが、それを彼女たちに伝えられないでいる、ということだった。
闘いが始まれば、ガオウとなる吼介にはアドバイスをする余裕などない。
守護少女たちは復活したその身体で、すぐに参戦してもらわねばならなかった。当然、ゆっく
り作戦を練る時間などないだろう。
かすかな光明ともいうべき、ファントムガール・パワーアップの手段。
吼介は繰り返し繰り返し、七菜江の耳元で吹き込み続けた。だが、睡眠学習のごとく、無意
識のうちに擦り込めているのかどうかはわからない。
「あとは・・・運に任せるしか、ねえ」
我ながら、情けないことを言う。
最強と呼ばれる男は、己の言葉に苦く笑った。これまで嫌というほど味わった無力さを、再び
噛み締めずにはいられなかった。
「全部とは言わん。しかし、幸運の女神さまに、何度かは微笑んでもらわなきゃ・・・奇跡は起こ
せそうにないな」
自虐的な呟きに、追い打ちをかけるように黒い稲妻が迸ったのは、その時だった。
「ッ!! ・・・ちッ、いきなりソッポ向かれたかッ・・・!!」
三日月に笑う、黄金のマスク。青銅の鎧に包まれたシャープなシルエット。
東京駅方面――皇居前の広大な敷地に、巨大な魔人が降臨していた。
首都の街並みに、頭ひとつ抜き出たメフェレスの姿は、吼介が潜伏する公園からもハッキリ
と見える。
「始まっちまったぞ、七菜江」
固く瞳を閉じたショートカットの少女に、鬼の化身は囁いた。
興奮しているのが、自分でもわかった。闘いを目前にして、筋肉が悦んでいるのだ。だが、本
能から格闘を望むこの男には珍しく、哀愁にも似た想いもまた胸の内には広がっていた。
「先にいってるぜ。これが恐らく・・・最後の闘いだ。勝つにしろ、負けるにしろ、な」
眠り続ける七菜江が、わずかに頷いたように吼介には見えた。
「その前に・・・力を少し、分けてもらうぞ」
愛する少女の唇に、格闘獣は己の唇を重ねた。
柔らかな朱鷺色の感触が、その瞬間だけ男を、現実の世界から切り離した。
七菜江と出逢ってからの記憶が、一斉に蘇る。チンピラに襲われているところを助けたとき。
傷ついた身体を背負って帰ったとき。稽古して格闘技を教えたとき。南の島で遊んだとき。初 めてのデート。二回目のデート。三回目のデート・・・
人類の、この国の命運を賭けた闘いが、これから始まる。
シュラと呼ばれる自分が、どう進んでいくべきなのか。いまだ吼介はわからなかった。人々の
期待を背負う、などという実感もまるで皆無だった。
濃厚に理解できるものは、ただひとつ―――。
オレは、藤木七菜江を守りたい。
胸のなかで、いまだ聖なる少女が目覚めぬなか。
最終決戦の幕が、魔人メフェレスの出現により、半ば強引に開けられた―――。
背後には東京駅。前方には皇居へと続く広い敷地。
満月の夜に出現した魔人メフェレスは、ゆっくりと周囲を見回した。副都心と呼ばれる新宿に
比べ、ここには高層ビルがさほど多くない。人々が逃げ去ったあとの首都は、巨大生物登場に も当然ながら静まり返っていた。
世界を、まず手始めにこの国を、支配するという魔人の野望は、あと少しで完成を迎える。
広場を突っ切り、堀を乗り越え、“ミカド”の御前に参内すれば・・・あとは承諾を得るのみだ。
この国の新たな王である、承認を。
この国を現実的に動かしているのは官僚だった。彼らを支配下に置いてしまえば、一億を越
える人々が住む島国も、統治するのも難しいことではない。ただ国民の代表などという政治家 どもを追い払い、代わりにメフェレスが頂点に立っただけのことだ。
新たな国の形を整えるのは、予想以上にすんなり進んだ。逃げるか、服従するかの2択しか
なかった政治家たちの腰抜けぶりが、魔人のクーデターを拍子抜けするほど容易くしたのだ。 都庁にて最後のファントムガールを処刑してから一週間で、全ての準備は出来上がった。
最後、“ミカド”の正式な任命を受けることで、名実ともに暗黒王メフェレスの新たな時代が始
まる。
わざわざミュータントの姿に変身したのは、むろん圧倒的な“武力”を見せ付けるためであっ
た。言わば不遜な脅迫の意。
覇王への階段を昇るつもりで、魔人が広場を一歩づつ踏みしめていく。
「GUGGWWWOOOOッ〜〜ッ!!!」
漆黒の天を裂く咆哮に、黄金のマスクは振り向いていた。
地が、鳴動していた。空気が、震撼していた。
「フンッ・・・やはりでてきたかッ・・・!」
視線の先で雄叫びをあげる赤鬼に、魔人は鋭く言い放つ。
ファントムガール亡き今、赤銅の闘鬼が最大の障壁となることは、メフェレスも覚悟していた
ことだ。
「我が覇道完成の暁には、屈辱を受けた貴様の首こそ必要、か・・・来るなら来いッ、鬼め
ッ!!」
首都全体が、震えているかのようだった。
距離を置いてなお、闘鬼ガオウの気迫がビリビリと届いてくる。餓えたライオン、あるいはヒグ
マに、野生の草原や森で遭遇したら、こんな気分になるのではないか。すでにメフェレスの右 手には、青銅の魔剣が握られていた。人間体であったなら、その柄にはべっとりと汗が付着し たことだろう。
赤鬼が、吼えながら前傾姿勢を取る。
数歩、走った。と思った瞬間に、空を跳んでいた。
「GGWWWOOOOッッ―――ッッ!!!」
「一気にッ・・・!? 来るかッ、バケモノがッ!!」
巨体とは思えぬジャンプ力だった―――。
数km・・・巨大生物の何倍もある距離を、ガオウは一息に飛び越えるつもりであった。天高く
跳躍する、赤銅の筋肉獣。黄金の髪が、月夜に煌々と輝きを放つ。
破壊の化身にも、美しさが宿ることがあるのを、魔人は知った。
だが、背徳の美にいつまでも魅入られているほど、覇王を目指す男は腑抜けてはいない。
「迂闊に空を舞うとは、格好の標的よッ!」
工藤吼介ならば犯すまい愚を、強すぎる闘争本能に支配されたガオウは、安易に犯してい
た。
右手の魔剣に、漆黒の瘴気を充満させる。殺人剣の達人は、大上段に青銅の剣を構えた。
気合いとともに、一直線に振り降ろす。
三日月型の暗黒カッターが、空中の闘鬼に発射された。縦一文字に、真っ二つにすべく。
むろん飛翔したガオウに、回避の手段はない。
ガキイイィィッ・・・!!
信じられぬ光景を、メフェレスは目撃した。
真剣白刃取り。両手で挟み、迫る闇のカッターを赤鬼は捉えていた。
バランスの取りにくい空中、ということを差し引いても、並の達人にできる絶技ではない。
しかもガオウは、掌ではなく拳で、三日月型の刃を挟んだのだ。
闇エネルギーでできたカッターが、砕け散った。
格闘獣の咆哮が天空に轟く。怯まぬ魔人は、再度青銅剣を振りかぶった。
防がれたと知っても、攻撃を諦めるつもりはなかった。格闘の化身ともいうべき怪物を、易々
と懐に飛び込ませるわけにはいかない。尊大なメフェレスといえど、筋肉獣の脅威は身に沁み てわかっている。
「“弩轟”ォォォッッッ―――ッッ!!!」
新たな咆哮が迸ったのは、赤鬼の巨体が落下し始めたときだった。
地上から天へと向かって、一直線に漆黒の奔流が貫く。濃厚な闇の瘴気が、月光の世界を
切り裂くが如く。
北の丸公園。日本武道館がそびえる公園の一角に出現したのは、疵面の褐色獣ギャンジョ
ー。
登場と同時に、凶獣は“弩轟”を放っていた。ファントムガール・アリスを貫通し、死へと追い
やった必殺光線。魔人に意識を向けていたガオウに、死角となった真下から攻撃が迫る。
直撃と同時に、上空に巨大な爆発の火花が散った。
爆風が、公園の樹々にざわめきを起こす。昼間のような明るさが、瞬間首都を照らし出した。
血飛沫の雨を降らせながら、赤鬼の巨体は北の丸公園・・・武道館からはやや離れた位置に
墜落した。
落下の震動が足元を揺らすなか、疵面の凶獣は勝ち誇った蛮声を轟かせる。
「ギャハハハハアアッッ〜〜ッ!! 現れやがったなァッ、赤鬼よォッ!! てめえとの決着ッ
ッ・・・待ってたんだよォッ!!」
「・・・ギャンジョー、貴様」
離れた距離から冷たい眼差しを向けるメフェレスに、猛る疵面獣が一本指を差し伸ばす。
挑発的としか見えぬその行為は、王を自認する者に対して非礼に過ぎた。
「小僧ッ、イケ好かねえてめえは、あとでゆっくり殺してやるぜええェェッ・・・!!」
「フンッ、やっと顔を見せたかと思えば・・・宣戦布告ときたか。ようやく本心を見せたな、殺し屋
め」
「気に入らねえヤツは殺す。オレ様の流儀は、ただそれだけだッ!! だが、威張りくさったて
めえより先にッ・・・鬼野郎への借りを返さねえとなァッ!!」
巌のごとき茶褐色の巨獣が大地を蹴り、血の池のなかで緩慢に動く、手負いの闘鬼へ襲い
掛かった。
マズイ。
八角形の荘厳な建物の影で、深紅のスーツに身を固めた女教師は、美貌を引き攣らせてい
た。
ユリア処刑の際、さまざまな体液が注ぎ込まれた武道館からは、鼻をつく異臭が漂ってくる。
猛烈な悪臭に耐えて片倉響子がその場に居続けたのは、絶命した守護天使を復活させるた めだった。
目前のアスファルトの上に、ファントムガール・ユリアの遺体は転がっていた。
本来の作戦通りなら、魔人メフェレスの出現と同時に、ユリアへのエナジー・チャージが開始
されるはずだった。すぐにでも響子は、蜘蛛のキメラ・ミュータント、シヴァに変身せねばならな い。
だが、この北の丸公園に敵が、それも凶獣ギャンジョーが直接出現するとは、大いなる誤算
であった。
「工藤くん・・・シュラ・ガオウならば、“弩轟”の一撃にも耐え切るはず・・・しかしッ!」
本来ならば致命傷となるギャンジョーの一撃を喰らっても、まだ赤鬼は闘うことができるだろ
う。その点については、響子も不安はない。
だがこれで、ガオウが眼の色を変えて、この場で疵面獣と激突するのは確実となった。純然
たる闘士は、常に闘いに餓えているのだ。攻撃を仕掛けてきた敵を、無視することなど有り得 ない。
となれば、魔人メフェレスの行く手を阻む者は、いなくなる。
ガオウが単独で出現したということは、藤木七菜江はいまだ目覚めていないのだろう。
「この私が、ヤツを止めるしか・・・?」
日本武道館がある北の丸公園と、メフェレスが出現した皇居前広場とは、約500m。ビル群
が邪魔をしているとはいえ、巨大生物からすればわずかな時間で辿り着ける距離だ。
ユリア復活に掛かる時間を考えれば、シヴァが直接対峙する方が、遥かに早い。
だが、戦術を駆使するシヴァにとって、手の内を知られたメフェレスは決してやりやすい相手
ではなかった。糸と剣、という互いの武器を考えれば、むしろ最悪の相性といってもいい。
なによりも、ここでメフェレス阻止に動けば、今回の戦略プランが崩壊することを意味してい
る。ファントムガールの復活なしでは、奇跡的な逆襲劇はまず成し得まい・・・
「ダメよ。やはり私は、ユリアの蘇生に全力を向ける」
意識を集中する女教師の肢体が、黒い靄となって月夜に昇っていく。
シヴァへと巨大変身する響子は、祈るような気持ちで、遠く青銅の魔人を睨んだ。
「誰か、メフェレスを止めてッ・・・ナナッ! はやく、はやく目覚めるのよッ!」
満月に照らされた天が、響子の願いに呼応したかのようだった。
空全体が、一瞬の静寂のなかで、明滅する。
次の瞬間、轟音が首都の地へと降り注ぎ、皇居前広場に巨大な姿を生み落とした。
巨大生物の降誕は、落雷の衝撃に似ていた。
つんざく轟きが、魔人の鼓膜のみならず、全身をビシャリと叩く。爆風のごとき衝撃波のなか
で、わずかな動揺すら見せなかったのは、暗黒王たる矜持ゆえか。
天も地も、十五夜の静謐な空気までもが、ビリビリと震撼する。
これから始まろうとする決戦に、原子レベルで空間が、固唾を飲むかのようだった。
「・・・貴様」
鋭く、冷たく呟いたのは、三日月に笑う黄金のマスク。
新たに出現した巨大生物は、濃紺のひとつ眼でじろりと見返すのみだった。
「少々、意外だったぞ。ゲドゥー」
菱形の頭部。黒縄で編まれた肉体に、白き鎧を装着した鋭利な姿。
“最凶の右手”をゴキゴキと鳴らす凶魔ゲドゥーは、濃密な闇を纏わせ皇居前広場に降臨して
いた。
すでに戦闘態勢に入っていることは、柳生殺人剣の使い手メフェレスでなくとも容易に察知で
きる。むしろゲドゥーは、敢えて殺意を露呈しているかのようだった。
「まさかこのオレに、正面から敵対しようとはな」
「意外か」
「単純なスカーフェイスとは、違うと思っていたのだが」
「アイツとは違う。お前への憎悪などはない」
「オレが覇王となることを嫌うか? 権力などへの執着は、貴様とは無縁のものだとばかり思っ
ていたぞ」
「メフェレス。ひとの上に立つ自己満足など、実にくだらんものだ。他者の評価を己の存在価値
の支えとするのは、弱き者のすることだ」
これ見よがしに、魔人は黄金のマスクを横に振った。
「貴様の哲学になど、興味はないわ」
「オレは美味いものを、たらふく喰えればそれでいい」
「美味いもの、だと?」
「命より美味いものはない。極上の魂は、尚更だ。至高の美味のため、お前が飼う『エデン』を
戴く」
青銅剣を握る手と、“最凶の右手”とに力が篭もるのは同時であった。
魔人と凶魔を覆う闇が、一気に増幅して吹きつける。
ふたつの漆黒の暴風は、皇居前の広場で激突した。
疵面獣の咆哮が、満月の中天に轟いた。
首都全体、いや関東地方一帯が、震撼したかのようだった。凄まじい大音声に、立ち並ぶビ
ル群がさざなみを打つ。威嚇と歓喜が、声には濃密に含まれていた。
「どうしたッ、オラァッ!! それで終わりってこたァ、ねえだろがッ!? こっちはまだ、遊び足
りねェぞォッ!!」
猛るギャンジョーは、地響きをあげながら、一歩づつ太い脚を前に進めた。
北の丸公園の片隅に、赤銅の鬼が蹲っている。毒々しいまでの深紅に染まった全身。赤い
表皮の上面を、濡れ光る鮮血が覆っていた。完全なる戦闘種族であるはずの怪物が、このよ うな弱々しい姿をさらけ出すのは、むろん初めてのことだ。
信じられない光景、であった。
ガオウ、そして工藤吼介の強さを目の当たりにした者ならば、驚愕を禁じえまい。『最強』の
看板を当たり前のように背負っていた格闘獣は、敗北はおろかダウンすら無縁の男なのだ。
その怪物が、鮮血を噴き出して地を這っている。スローモーな動きで。
闘いの化身に、クリティカルヒットを与えた。それだけでも、ギャンジョーが首都に勝ち鬨を響
かせるだけの権利は、あるように思われた。
「生きてんだろォア!? わかってんだぜェェッ、てめえとオレの仲だァッ!!」
茶褐色の凶獣は、倒れ伏した赤鬼に迫っていく。トドメを刺すために。
ギャンジョーの放った“弩轟”は、シュラ・ガオウに大ダメージを与えたのは明らかだった。そ
れでもモゾモゾと動く手足が、いまだ息があることを示している。
闘鬼を一撃で沈めた、ギャンジョーを褒めるべきか。
疵面獣の必殺光線を耐え切った、ガオウを賞賛すべきか。
確かなのは、不意打ちに成功したギャンジョーに、最強の赤鬼を始末する、千載一遇のチャ
ンスが巡ってきたことだった。
「オレ様とは遊んでくれねえ、ってかッ、赤鬼ィ!? んじゃあ、構わねェッ、そのまま寝てろや
ァ」
ゆっくりと肉体を起こそうとするガオウの前に、凶獣は仁王立ちした。
その右腕に、象牙のような、白く長い槍手が光る。
ギャンジョーの槍腕は、愛用する匕首が変形したものだ。様々な兇器に変身する腕だが、他
が拷問を主たる目的としているのに対し、この槍腕=短刀は殺し稼業における最大の武器。 あくまで、ひとを殺すための道具だ。
それゆえ殺傷力については、槍腕は多くの兇器のなかでも飛び抜けて高い。
本物のドスで心臓を抉られれば、さしもの闘鬼も死を免れるわけがなかった。
「遊びはナシで・・・さっさと殺してやらァッ!!」
ガオウが身を起こすより早く、鋭利な槍の穂先が太い首元へ飛んだ。
「ッッ・・・ぐッ!!?」
「間一髪、というところかしら」
全身に絡みついた極細の糸が、ギャンジョーの凶行を阻止していた。
ガオウの首に届く寸前、ピタリと止まった槍の切っ先。ギリギリと食い込んでいく妖糸に構わ
ず、スカーフェイスが背後を振り返る。
「てめえッ〜〜ッ・・・なに邪魔してやがんだァアッ、シヴァアアアぁッ〜〜ッ!!」
水色の肢体に6本の腕。異様な肉体をさらに引き立たせる、息を呑むほどの美貌と黄金律
のプロポーション。
蜘蛛とのキメラ・ミュータント、シヴァはすべての腕から放った妖糸の束で、茶褐色の巨獣の
動きを封じていた。
ファントムガール・ユリアを蘇生させるため、巨大化したシヴァであったが、とても本来の役目
を果たせる状況ではなかった。出現と同時に、蜘蛛妖女はギャンジョーと敵対せざるを得な い。
もしここで、闘鬼ガオウを失えば、メフェレスの野望を砕くチャンスは早々と消滅する。
むろん、生物学者・片倉響子が思い描く「超人類構想」など、夢のまた夢だ。
「私にとってシュラは、地球の運命と同じくらい貴重なものよ。少なくとも、ファントムガールなん
かよりね」
シュラという単語が、たぎるギャンジョーの心をさらに沸騰させる。
不愉快、いや憎悪に値する言葉だった。聞くたびに理屈抜きで、ハラワタが暴れ回るかと思
うほどに怒りがこみあげる。
闘鬼ガオウのことを、この名で種別分けしているのは、なんとなくわかっている。ファントムガ
ール・ナナも、この種族に近いらしい。
だが、シュラという存在は、ミュータントのギャンジョーに劣等感を植え付けさせた。勝手にギ
ャンジョーが、屈辱を背負い込んでしまうのだが。誰もなにも言っていないのに、この男は自分 がシュラより下だと、嘲笑われてるような気になった。
許されざることだった。
戦闘者としての評価で、最凶の暗殺者が“負け組”に区別されるなど。
「殺すぞ、てめえ」
ヤクザ者独特の恫喝の声が、一転して静かに呟く。
戦慄に、蜘蛛妖女の全身が震えた。本気で来る――。まともにやっては勝機が薄いと悟るシ
ヴァは、巨獣の肉体を細切れにせんと、斬糸を引きつける。
ブツッッ!!
軽やかな音色がして、蜘蛛の妖糸はすべてが両断された。
ギャンジョーの両腕には、白い槍腕が鈍い光を放っている。
“くッ!! やはり短刀相手には・・・分が悪いわ”
断たれた斬糸を手繰り寄せながら、シヴァ自身も後方へ飛ぶ。
日本刀の使い手・メフェレス。匕首の愛用者・ギャンジョー。相性という点で、シヴァは己がこ
れらの相手に対して、大きな戦力とならないことを自覚していた。“最凶の右手”を持つゲドゥー にも、斬糸などは通用しないだろう。
大量の束となった糸は、白い奔流のようだった。天の川のように、キラキラと輝きながら、飛
び退がる妖美女の後を蛇行して追っていく。
「死ね」
斬糸が手元に戻るより早く、凶獣はシヴァの懐に飛び込んでいた。
巨体に似合わぬ脅威のスピード。眼と鼻の先で疵面が歪むのを見ながら、全身の血が引い
ていくのをシヴァは自覚した。
振りかぶる鋭利な杭槍が、視界の隅に映る。
攻防一体となった蜘蛛の糸は、いまだ手元に戻っていなかった。防ぐことも、反撃することも
叶わず、凶獣の一撃に貫かれるしかない―――。
大地が割れるような、轟音がした。
「グオオオオオオッッ―――ッ!!! ウオオオッッ―――ンンンッッ!!!」
続けてシヴァの耳朶を打ったのは、赤鬼の猛々しい咆哮。
発射されたギャンジョーの槍腕を、出現したガオウが受け止めていた。
シヴァは知る。先程の轟音は、肉と肉とが凄まじい勢いで激突した音だと。
腕を振る。それを受け止める。たったそれだけのアクションで、雷鳴のごとき音響が轟くという
のか。突如ガオウが眼の前に復活したことより、巨獣二体が秘めるパワーの凄まじさに、シヴ ァの眼が見開かれる。
「来いやあああッッ――ッ!!! ゴラアアアァアアッッ〜〜〜ッッ!!!」
嬉々としている。ようにさえ、シヴァには見えた。
怒号を飛ばしたギャンジョーは、蜘蛛妖女など忘れたように、赤鬼と対峙した。空いたもう片
方の槍腕を、ガオウの顔面に撃ち込む。
ドッッ!! と硬質な音がした。
迫る刺突を、闘鬼は腕で跳ねあげていた。力を力で弾き飛ばす。ギャンジョーの正面、ポカリ
と隙が生まれた、と見えた瞬間には、逆襲の豪打が放たれていた。
凶獣の胸板に、ガオウの拳が埋まる。
吼えた。茶褐色の疵面獣が。しかし、ひるまなかった。
脚を止め、互いに一歩もひかぬまま、拳と槍腕を打ち込みあう。打撃音の飛礫が、広い公園
に降り注ぐ。
救われた。そんな感情さえ、シヴァは忘れた。
すぐ眼の前で、ガオウとギャンジョー、正真正銘の怪物二体が、正面から殴り合っている。
ドッ!! ゴッ!! ドゴオオオッッ!!! ブシュッ!! ドドドドドドドドッッッ!!!!
己も体長50mほどの巨大生物であることなど、シヴァはすっかり失念していた。
ハルマゲドン。ラグナロク。神々の闘いが現世に現れるというならば、恐らくこの二体の激突
こそが、唯一その迫力に比肩しよう。
剛力漲る拳と、頑強な肉体。獣の咆哮が交錯する。互いが持つ膨大なエネルギーの衝突
に、間近で見るシヴァの身体がビリビリと震える。
超パワーと超パワーの真っ向勝負は、ふたつの惑星が激突するかのようだった。
“な、なんて・・・恐ろしい闘い・・・ッッ!!”
気がつけば、6つの腕の拳すべてを、シヴァは強く握り締めていた。
恐怖ゆえか。闘志の余波に当てられたのか。拳だけでなく、奥歯もまた、無意識のままに強く
噛み締めている。
それでいて、蜘蛛のキメラは、激突の中心地からずいぶん遠ざかっていた。
闘鬼と疵面獣、二体の戦闘に巻き込まれまいと、シヴァの細胞は主人を安全な場所に退避
させたのだ。今のシヴァは、単なる傍観者に過ぎない。
「ッッ!! ・・・今のうちにッ・・・!!」
轟音と咆哮、血飛沫を撒き散らす闘いに背を向け。
シヴァは走った。本来の目的を、思い出したのだ。
“当初の計画通りではないけど・・・チャンスが到来したのは、間違いないわ! これならユリア
を・・・復活できるッ!!”
開戦する前、工藤吼介と行動をともにしている間、ことあるごとに響子は今回の作戦を確認し
続けた。
『エデン』は感情や精神状態に、鋭く反応する。繰り返し繰り返し、作戦行動を吼介の脳裏に
叩き込む作業は、きっとガオウに変身した後も影響すると考えたのだ。バーサーカー状態の、 ガオウであっても。
恐らく、理性を失ったとしても、与えられた任務を遂行しようとする動きが、多少なりともガオ
ウには現れるはずであった。
そうでなければ、生物兵器としての『エデン』は、あまりに非実用的といわざるを得ない。
作戦命令を忠実にこなすからこその兵器であり、完全なる戦闘者・シュラなのだ。
果たすべき任務を教え込めば、闘争本能に支配されようとも、着実に実現する。どんな怪物
になろうとも、それができる素養が、シュラ・ガオウにはあるはずだった。
“期待したような動きは、残念ながらガオウはできていない・・・しかし、結果的にユリアを蘇生さ
せる時間を稼いでくれれば、御の字よ”
思うように事態が運ばない可能性は、当然シヴァは想定済みだった。
事実、ギャンジョーという、あまりに闘志を駆り立てる敵が現れた。攻撃を受けたことによっ
て、ガオウの意識は完全に疵面獣撃破に向かっている。
今現在、赤銅の闘鬼が行なっている闘いは、シヴァの計画とはまるで外れたものだった。
「こんな時、こんなところに・・・ギャンジョーが現れるなんて、思ってもみなかったものね」
思わず、愚痴がこぼれる。凶獣がいなければ、ファントムガール復活計画は、もっと順調に
進んだはずだ。
だだ、どんな事態に陥ろうと、最優先課題であるユリアの復活さえできれば「よし」と、シヴァ
は考えていた。
その最低目標を、クリアするチャンスはやってきた。ならば、多少のガオウの暴走も、十分許
容範囲だ。
いや、むしろ。
ここでガオウがギャンジョーを倒すことになれば・・・
大局的に考えれば、決して悪いことではない。
いや、ハッキリと、願ってもない事態と断言できる。
「ファントムガール・ユリア。あなたをこのシヴァが蘇らせるわッ・・・! これより、私たちの大逆
襲は始まるのよッ!!」
日本武道館の正面。
開いた敷地に転がる、お下げ髪の守護天使。ファントムガール・ユリアの死体に、妖女シヴァ
は跨った。
鮮血とザーメンをこびりつかせた聖少女の亡骸は、顔立ちが幼いゆえに無惨さが際立つ。
胸中央、光の消えた水晶体に、シヴァは6つの掌を重ねて置いた。
「『エデン』は精神に強く感応するもの・・・私が心底からあなたを“生き返らせたい”と願えば、
必ず『エデン』は応えてくれるはずッ!!」
シヴァの叫びは、己に言い聞かせるかのようだった。
本当に、成功するのか?
頭の片隅に湧き上がる疑念を、首を振って掻き消す。信じろ。自分が信じないで、どうする
の。
確かに、ミュータントが光の守護少女を蘇らせるなど、前代未聞だ。常識では考えられない。
しかし、シヴァの考えどおりならば、必ず成功するはずなのだ。
信じるのよ。
疑問は、エナジー・チャージの妨げとなる。強く信じることは、『エデン』によってそのまま力と
変わる。
ユリアを蘇らせたい。そう思う心にウソがなければ、必ず力を与えられる。
「蘇るのよ・・・ファントムガール・ユリアッッ!!」
私の気持ちに・・・ウソはない。
権謀術数、奸智術策。駆け引きを好み、擬装こそが常態となっていた妖女が、本心からの願
いを叫ぶ。
「エナジー・チャージッ!!」
ドオオオオオオンンンッッ!!!
6本の腕から一斉に、エネルギーの奔流がユリアの胸中央に注がれる。
エネルギーの色は傍目からも、漆黒ではなく白光に見えた。
「・・・くッ、まだよッッ!!」
動かなかった。
仰向けに転がる黄色の守護天使は、かすかな生命の息吹さえも、感じさせはしなかった。胸
のエナジー・クリスタルは、点灯することなく沈黙している。
すかさずシヴァは、再びありったけのエネルギーを放出して、ユリアの胸に送り込む。
「息を吹き返すまで、諦めないわッ・・・!!」
二度目のチャージが行なわれ、反動で少女の死体がビクンと跳ねた。
様子を見る。動かない。
必死なシヴァを嘲笑うように、薄汚れたユリアは「モノ」のままだった。
そんな。
全身の血が引き、大脳に集結したかのようだった。
寒気を覚える肉体とは裏腹に、思考だけが高速で駆け巡った。破滅。このままでは破滅。ど
こかで考え方を間違えたのか? いや、そんなはずはない。ユリアは生き返るはず。なのにな ぜ・・・
「ありったけの力を・・・あなたに捧げるッ!!」
私では、勝てない。メフェレスにも、ゲドゥーにも、ギャンジョーにも。
世界を悪魔の支配から救うためには、武道天使ファントムガール・ユリアの力は欠かせない
――。
これまでより、一層眩い光の奔流が、胸のクリスタルに注ぎ込まれた。
「・・・・・・ッッ!! ・・・ダメなの!?」
大地に転がるユリアの亡骸は、冷たいままだった。
眩暈がシヴァを襲う。大量のエネルギーを一度に消費した、だけが理由ではなさそうだった。
だが、態勢を整える間もなく、凄まじい激突の轟音に、思わず背後を振り返る。
ガオウの拳と、ギャンジョーの槍腕。
相手の肉体に突き刺しながら、両者が睨み合っている。
「ぐうッ・・・ううゥッ!!」
見ているシヴァの咽喉元から、呻きが洩れていた。
どれほどの激闘が繰り広げられたのか。シヴァ“ごとき”では、もはや見当もつかない。
赤鬼と疵面獣。二体の怪物の全身は、鮮血で真っ赤に染まっている。己が流したものなの
か、敵の返り血なのか、それすらハッキリとわからない。
パワー、スピード、タフネス。並の巨大生物を、遥か凌駕する二体。
だが、ガオウとギャンジョーを比べれば、いずれもわずかながら、赤銅の闘鬼が上回るという
のが、シヴァの見立てであった。正面からぶつかりあえば、ガオウに分はある。
ただし、それは互いに素手の場合だ。
ギャンジョーの両腕は、兇器を持っている。ヤクザの必携アイテム、匕首が持つ殺傷力は極
めて高い。
素手の格闘獣と、兇器持ちの暗殺鬼。勝敗の予想は、困難極まりなかった。
二匹が激しい応酬をしてきたのは、シヴァにもわかる。
しかし、どちらが優勢なのか。
互いのダメージがどれほどなのか。ひと目見ただけでは、蜘蛛妖女にも判別できない。
「ガハアアアッッ!!」
大量の血を吐いたのは、疵面獣の方だった。
ドス以上の威力が、闘鬼の拳に宿っていたというのか。驚愕するシヴァ。だが続く光景に、さ
らに眼が見開かれる。
真っ赤な口腔を開いたギャンジョーは、ガオウの首元に噛み付いていた。
鋭い牙が、赤銅の皮膚に埋まっていく。闘鬼の肉に埋まる牙など、この凶獣以外に持ちあわ
せていまい。
「グロロロロオオオオッッ――ッ!!」
吼えると同時に、ガオウのショートアッパーが疵面の顎を跳ね上げた。
ブチブチブチイッッ!!!
肉の一部と一緒に、ギャンジョーの上半身が反りあがりながら宙に浮く。
それでも凶獣は、突き刺した右腕を抜かなかった。意識も飛ばさなかった。
地上に着地し、ベッ! と肉片を吐き捨てる。「効かねえな」虚勢を張るかのごとく、ニヤリと
疵面を歪ませる。
神々、いや、鬼と悪魔の闘いに、シヴァは魂を抜き取られたようだった。
怪物二体の激突に、決着がつくことはあるのか? 途方もない想いに駆られたその時、変化
は急速に訪れた。
「・・・カルルッ・・・ッ・・・・・・―――」
変わった。
ガオウの内部で燃えたぎったマグマが、鎮まっていく。
獣に理性が芽生えた、とも見えた。赤銅の肌はそのままに、纏う闘気のみが青色になる。
「ザケんなッッ、ゴラ゛ア゛アアアッッ―――ッッ!!!」
ガオウの変化を、ギャンジョーは「引いた」と受け取った。
逃げる者にはカサにかかって襲うのが、暗殺鬼の本能。
パカリと開いた口腔の奥で、漆黒が渦を巻く。必殺の闇弾。“弩轟”。この至近距離から放て
ば、さすがの闘鬼の首も吹っ飛ぶ。
わずかに、ガオウの両肩がブレた。
高く澄んだ打撃の音色が、満月の天空に消えていく。
「ッッ!!! ・・・空手・・・ハイキック・・・」
呆然と呟くシヴァの声が、白目を剥いたギャンジョーに届くはずもなかった。
密着した姿勢のまま放ったガオウの右脚は、疵面獣の背中から回って後頭部に吸い込まれ
ていた。
正面に立った敵の脚が、背後から襲ってくるなど、思いも寄らぬだろう。完全な死角からの一
撃に、ギャンジョーの意識は吹っ飛んだ。
ドオオオオオオオッッ・・・!!!
電池が切れた茶褐色の巨体は、地響きを立てて大地に沈んだ。
うつ伏せに倒れたギャンジョーの口から、大量の泡とともに舌がだらりと伸びて出た。
シヴァにはわかった。
ガオウが“技”を使ったのだ、と。
闘争本能に衝き動かされ、真正面から殴りあった格闘獣は、ギャンジョーの強大さ故に“技”
を駆使したのだ。
同時にそれは、闘鬼の脳裏に「工藤吼介」が一部蘇ったことも意味する。
「ウオオオオオオッッ―――ンンンンッッッ!!!!」
吼えた。ガオウが。高く、遠く。
対ギャンジョー、の勝ち鬨では、恐らくない。
赤銅の闘鬼は、天空に蒼々と浮かぶ、満月に向かって吼えていた。
「オオオオォォッ・・・オオオオオオォォッ―――ンンンッッ!!! オオオオッッ・・・」
啼いているのね、工藤くん。
月に重なる、あのひとを思い出して。
そう、彼女を救うことこそ、あなたの本来の役目よ。
大地を鳴らして、赤鬼は一歩を踏み出す。
ゆっくりとした、重い足取りだった。
それでいて、確信に満ちた一歩だった。
間違いない。我が進む道は、こちらだ――。
沈めた凶獣を振り返ることなく、厳かにガオウは動き始めた。
満月の光に照らし出された、東京タワーに向かって。
「こうしちゃ、いられないわ」
遠ざかるガオウの背から視線を引き剥がし、シヴァは黄色の守護天使に向き直った。
凶獣ギャンジョーが、この北の丸公園に出現したのは想定外であったが・・・激闘を経たこと
で、ガオウが理性をわずかながら戻したのも、また皮肉であった。
結果的に赤銅の闘鬼は、本来の役割を思い出した。
それどころか、最凶の一角ギャンジョーを大地に沈めていた。
シヴァにとって、これほど好都合な結末はない。あとはユリアを復活させることができれば・・・
作戦の第一段階は、恐ろしいまでの大成功だ。
「メフェレスとゲドゥー、このふたりが仲間割れしたのも追い風ね。あとはファントムガールをひ
とりでも、ふたりでも蘇らせれば・・・」
勝てる。
魔人の野望を阻止できる。凶魔の脅威を拭い去れる。
圧倒的苦境から、一気に視界が開けてきたのを、シヴァは自覚した。だが、まだだ。まずは
ユリア、武道天使を私の手で復活させなければ・・・
ギャンジョーを倒した喜びに浸る間もなく、シヴァは身体中からエナジーを掻き集めるのに集
中する。
出せるだけのエネルギーは、すでにユリアに与えたつもりだった。
しかし、それでも光の女神に変化がないというならば、命を削る覚悟でチャージを続けるしか
ない。
搾りカスのようなエネルギーを、6本の手に凝縮させていく。まだ意外に残ってるものだ、と
も、たったこれだけ、とも思える量だった。
「ナメるなよ・・・シヴァアアアッッ・・・ッ!!!」
ドボオオオオオオッッッ!!!
悲劇は、一瞬で訪れた。
怨嗟の声が耳元で囁いた瞬間、シヴァの中央を白い槍腕が貫いた。
ゴブウッッ!! 粘ついた吐血が、口を割って噴き出す。
背中から胸のど真ん中へとかけて、象牙のごとき杭が突き抜けていた。ブシュブシュと鮮血
が、滝のように弧を描いて落ちていく。
「ゲブッッ・・・オオ゛オ゛ッ・・・ゴボオオッ・・・!!」
「まずはてめえでいいッ・・・鬼殺しの前にッ・・・誰でもいいッ、肉も内臓も細切れにバラすッ
ッ・・・!!」
屈辱にまみれた凶獣は、憎悪発散のために殺人を欲していた。
完全に失神した状態から、この短期間で覚醒するなんて。シヴァは己のミスを悟った。ギャン
ジョーの言葉通り、凶獣のタフネスを侮ったのかもしれない。
背後の疵面獣に攻撃を仕掛けるべく、6本の腕が緩慢に動く。指先から斬糸が、煌きを放
つ。
ギュイイイイ―――ッッンンン!!!
「ウギャアアアアアアッッ―――ッッ!!! ひぎゅイイッッ、ハギャアアッッ〜〜〜ッッ!!!」
妖糸がギャンジョーに届くより先に、腕の杭が回転し、内臓を削った。
細かい血の霧雨が、武道館周辺に降り注ぐ。
「このまま、内臓を削って徐々に穴を広げるか。裏切り者の処刑は、残酷に限るぜェェ
ッ・・・!!」
槍腕の回転が止まる。殺しの時間を長引かせ、シヴァの苦悶を楽しもうとするのは明らかだ
った。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ!! ギギッ・・・うぎいいッ〜〜ッ!!!」
「いい悲鳴だああアッッ〜〜ッ、シヴァアアッ・・・てめえのような高慢なオンナをバラすのは・・・
いつでも気持ちいいぜえェェッ・・・!!」
ドシュウウウッッ!!!
もう一本の槍腕が、背後からシヴァの両乳房を左から右に串刺した。
「はぎゅふハアアッッ!!? ギイィヤアアアアッッ〜〜〜ッッ!!!」
「貫き甲斐のある肉だッ・・・安心しろや、赤鬼もすぐ地獄に送ってやらあッッ・・・」
叫ぶシヴァに構わず、乳房から引き抜いた兇器の槍を、今度は脇腹に貫き通す。
ブジュッ!! と内部で何かが潰れ、蜘蛛妖女の下半身は鮮血の網で包まれた。
ビクビクと痙攣する、見事なプロポーション。芳醇薫る妖艶なボディが、殺人鬼の手により破
壊されていく。
右側についた3本の腕。一番上の、指が5本揃った「本物の」腕に、凶獣の牙が噛み付く。
ブチブチッ・・・メチィッ!! メリメリッ・・・ブチイイイッッ!!!
元々折れていたシヴァの右腕を、ギャンジョーの牙は、二の腕から食い千切った。
「ぎゃふッッ!! ギュアアアア・ア・アッ・・・ガアアアッッ――ッッ!!!」
胸中央を貫かれたままの処刑劇に、女教師の変身態は、無惨に叫び続けた。
「まだ生きてるなァ!? 簡単にくたばんじゃねえぞォッ、オレ様の怒りを冷ますには、まだ叫び
足らねえッ!!」
「グブッ!! ・・・ゴフッッ・・・ふッ・・・ふ、フフフ・・・」
喘ぐシヴァの声が、奇妙に歪み始めたのは、その時だった。
「う、ふふふ・・・や、やっぱ・・・り・・・わ、私ィ・・・は・・・天才・・・ね・・・」
「ァア? メッタ刺しにされた苦痛で、気が触れたかッ、オイ!?」
胸中央を貫く槍腕を、凶獣はさらに深く押し込んだ。
ドブッ、と血の塊がこぼれでる。背後から串刺しにされた蜘蛛妖女は、全身を朱に濡らしたま
ま、それでも笑い続けた。
「・・・・・・あと・・・は・・・頼むわ、よ・・・・・・ファントム・・・ガール・・・ユリアッ!!」
パシッ!!
乾いた音色と同時に、シヴァを貫く槍の腕を、何者かが握り掴む。
「・・・あなたが・・・私を?」
―――少女の声は、つい今しがたまで、死に包まれていたとは思えぬ涼やかさであった。
スレンダーな銀色の肢体に、鮮やかな黄色の模様。緑色の髪は、襟足でふたつに縛ったお
さげ髪。
蘇っていた。希望が。
地球上から消え失せたはずの守護天使が、ファントムガールが、今確かに息を吹き返して立
っていた。
胸のクリスタルに光を灯し、立ち上がったユリアの問い掛けに、シヴァは妖艶な笑みを見せ
た。
「・・・構わない、わ・・・このまま・・・投げて!」
「ッッ!! てめえッ・・・生き返ったのかッッ!!」
笑うシヴァと、驚愕のギャンジョー。
対照的なふたつの顔は、同時に宙を舞い、ぐるりと回転した。
「ファントムガール・ユリア・・・参りますッ!!」
想気流柔術奥義・青嵐。
復活したスレンダーな武道天使は、シヴァの身体もろとも、ギャンジョーの巨体を投げ捨て
た。
脳天から墜落する地響きが、かつてユリアが処刑された公園に轟いた―――。
「しっかりッ・・・してくださいッ! 大丈夫ですかッ!?」
疵面の巨獣が落下する衝撃に、日本武道館の屋根がビリビリと震えている。
大地をバウンドするギャンジョー。その槍腕からズボリと抜け出た蜘蛛の妖女に、思わずユリ
アは駆け寄っていた。
身体が、重い。このけだるさと、圧し掛かってくるような“重さ”の正体を、ユリアは察してい
た。武道天使にとって、エナジー・チャージによる蘇生は二度目なのだ。己の命がまたも救わ れたことに、感謝と自責の念が反射的に湧き上がってくる。
「ふ、フフ・・・私の考え、は・・・常に・・・正しいのよ・・・」
鮮血にまみれたシヴァは、凄惨な姿に不釣合いな微笑を浮かべていた。
右腕のひとつが、肩口から食い千切られてなくなっている。見事なスタイルを誇る肢体には、
いくつも穴が開き、『エデン』の戦士といえど瀕死の状態にあるのは間違いなかった。
それでもシヴァの表情は、ユリアには、明らかに満足そうに見える。
「ユリア・・・よく、戻ってきたわ・・・これで私の、正しさが・・・証明された・・・」
「シヴァ・・・さんッ!? な、なぜ・・・私なんかの、ために・・・」
品川水族館で遭遇して以来、片倉響子がすでに敵ではないことは、ユリアにもわかってい
る。
だが、西条ユリが思う響子像は、他人のために我が身の血、一滴たりとも流さぬ女であっ
た。いくらギャンジョーが共通の敵だといっても、こんな姿は「らしくない」。
「ふふ・・・妙な勘違いは・・・やめることね・・・・・・簡単な、話よ」
濃密な殺意が膨れ上がるのを感じ、ユリアが前方に顔を向ける。
茶褐色の疵面獣が、立ち上がっていた。先程の投げ程度で倒せぬのはわかっていたが、や
はりこの怪物のタフネスは桁が外れている――。
「あなたに・・・こいつらを倒してもらう、ためよ・・・私の代わりにね」
ドッ!!!
漆黒の弩流が、一直線に守護天使と蜘蛛妖女とを襲った。
後方に大きく跳躍するユリアの足元で、大地が爆発する。闇のエナジーが、暴風と化して銀と
黄色の肢体を叩いた。
ギャンジョーの放った“弩轟”によって、北の丸公園の一角は土ごと抉れて焦土となった。
地鳴りが、哀しみに暮れるガイアの慟哭にも似て聞こえた。直撃は避けたのに、ジリジリと銀
色の肌が煙をあげている。距離を置いて構えるユリアは、戦慄の想いとともに焼けつく表皮を 見詰めた。
舞い上がった砂塵と衝撃の余波が収まるころ、戦場にはユリアと疵面獣以外は、消え失せて
いた。
「ファントムッ、ガールゥゥッ・・・ユリアァァァッ〜〜ッ!!!」
怒りや憎しみすら、ギャンジョーの唸りは超越していた。
猛獣の咆哮。獲物を仕留めることに、限りなく純度100%執着した声を、凶獣はあげる。
「・・・シヴァさん」
消えた蜘蛛妖女の無事を祈りながら、武道天使は構えを直した。
死の淵から蘇った直後というのに、すでにユリアの意識は対ギャンジョーとの闘いに向いてい
る。いや、そうしなければいられぬほどに、凶獣の殺意は激烈すぎた。状況の整理も、複雑な 感傷も、今は一旦、放置しておくしかない。
確かなことは、殺されたユリアは再び命を救われたこと。そして。
その命を、人類の脅威である悪魔退治に、使わねばならぬことだ。
“シヴァさんは・・・私を再び生き返らせた。でも・・・きっと、それは・・・私を助けるためじゃな
い・・・”
「ユリアァァッ〜〜ッ・・・まさかてめえが、再びオレ様の前に現れるとは・・・思わなかったぜェェ
ッ・・・!!」
暗黒の瘴気を立ち昇らせた凶獣が、一歩づつ武道天使に迫ってくる。
眼に、理性の兆しはなかった。
蘇生するまでの間に、どんな闘いがこの北の丸公園で繰り広げられたか、ユリアが知る由も
ないが、殺人狂が暴走状態に入ったのは手に取るようにわかる。今のギャンジョーは、快楽殺 人者の本能に従った殺戮マシンだ。
殺すか。犯すか。嬲るか。
もはや凶獣は、視界に入るすべての者を、この3種にしか分類しないだろう。
かつて、この3種類すべてで堪能したユリアは、ギャンジョーにとって格好の遊び相手だっ
た。
「たまらねえェッ!! たまらねェなァッ、オイッ!! もう一度てめェを殺せるとは、最高に愉
快だぜェェッ!! ギャハハハアアァッ〜〜ッ!! 喰ってやらァッッ、ユリアァァッ〜〜ッ!! オマンコも心臓も抉り抜いて、貪り尽くしてやらァァッッ、小娘ェェッ――ッ!!!」
“私の命を、差し出してでも・・・このひとたちは、止める。・・・命を捨てるために・・・私は蘇らさ
れたんですね・・・”
「・・・私も、感謝しています。あなたと、再び・・・闘える、ことに」
シヴァの真意を理解して、なおユリアの台詞は心底からのものだった。
ユリアへの憐れみも、ひととしての情けも、シヴァにはない。ただ、少女戦士を蘇らせたの
は、勝利のためにもっとも現実的な策をとっただけのこと。冷酷すぎる選択に、徹しただけのこ と。
それでいてユリアは、死の安らぎから地獄の戦場に戻されたことを、感謝していた。
「ありがとう、ございます・・・シヴァさん。この命を、もう一度・・・皆さんのために、役立てること
ができます・・・」
武道家の娘として生まれた少女は、身につけた技を役立てることこそが、ファントムガールに
なったすべてだった。
平和な世に、武はいらない。
しかし、平和をもたらすために武が使われたなら、ユリアは己の生まれた意味をグッと握り締
められる。
「あァッ? 感謝、だァッ!? ブチ殺されたてめェがかッ!! ズタズタに刻まれ、犯られまくっ
たてめェがかァッ!! オレらに泣き叫んで屈服したのを、忘れたんじゃねえだろうなァァッ〜 〜ッ、ユリアァァッ――ッ!!」
「・・・ちゃんと・・・覚えて・・・ます・・・」
構えを崩さぬ少女戦士が、眉根を寄らせて唇を噛む。
日本武道館前の惨劇を、正体は女子高生の女神が、忘れられるはずもない。ファントムガー
ル・ユリアは、ギャンジョーとゲドゥーの手にかかり、悪夢のような陵辱を浴びながら許しを乞い 願ったのだ。
「赤鬼にもってかれたオイシイとこを、今度こそオレさまが味わってやらァァッ〜〜ッ!!! 殺
すッ!! ユリアァァッ、てめェは殺すッ!! 生きて帰れると、思ってねえだろうなァッ、小娘ェ ェッ!?」
「思って・・・・・・いません」
ダッシュした凶獣の巨体が、ユリアの眼前に出現していた。
左右の槍腕が唸る。ガオウの鮮血を、いまだこびりつかせた兇器が、猛然と襲い掛かる。
一撃必殺の刺突を、流れるような動きで柔術の天才少女は、次々と捌いた。
「命は・・・ずっと前に・・・捨てています」
エナジー・チャージで蘇生したばかりのユリアは、決して万全の状態ではなかった。
エネルギーも少なければ、肉体のダメージも深いままだ。
そしてなにより、姉である西条エリの“許可”を受けねば、武道天使は本気で闘うことができな
いのだ。
どれだけ柔術の奥義を極めようと、手加減した技では仕留められない。ましてや、規定外の
頑強さを誇るギャンジョーを、倒せるわけがなかった。
半ば失神したまま闘うような奇跡は、二度と起こることはないだろう。つまり、ファントムガー
ル・ユリアが凶獣ギャンジョーに勝利する可能性は・・・
ゼロにも等しい。
“私は・・・きっと、死ぬでしょう・・・それでも”
「構いません・・・ッ!! また、無惨に殺されようとも・・・私の武道は、ムダにはならない
ッ!!」
覚悟。
いや、己の誇りを込めた叫びが、人形のような美少女から迸った。
輝く黄色の光がユリアの両手に溢れ、ひとつの形を造っていく。
薙刀“鬼喰”――。本気になれないユリアが、唯一敵を抹殺できる武具を、流星のごとく旋回
させる。
「ケッ!! んなオモチャ・・・このオレさまには、もう通じねェのがわかってねェようだな
ッ・・・!!」
暗殺ヤクザのドスと、武道家の薙刀とが、火花を散らして交錯した。
満月に照らされた夜が、凍えていくかのようだった。
青銅の魔剣を構えたメフェレスと、佇む凶魔ゲドゥー。
わずかも動かないふたりの間に、濃密な殺意が凝り固まっていく。見ているだけで、窒息しそ
うな闇の沈殿。
張り詰めた空気が折り重なり、両者の間には鋼線すら張り巡らされたようだった。このなかに
飛び込むものがあれば・・・恐らくは、瞬時にバラバラになる。
闇の頂点に立つ者同士の激突は、全くの『静』であった。
動かない。まるで、動かない。
皇居前の広場で開戦された、暗黒の頂上対決。
その煽り文句が慌てそうなほど、両者は睨み合ったまま、動きを止めた。
わかっているのだ。
互いに、一瞬で生死が分かれることを。
ファントムガールとの激突が「闘い」ならば、メフェレスとゲドゥーによるそれは、「殺し合い」と
いうのがより正確だった。
互いに相手を殺そうとしている。だから、一撃目が先に当たるかどうかですべては決まる。
その場からかすかにも動かず、1mmとて姿勢を変えず、両者は己に優位な情勢を作り上げ
ようとしていた。瘴気を噴出して。
睨み合う視線で、どちらが宙に漂う木の葉を押し流すか―――そんな、途方もない勝負が、
永遠に続くかのように思われた。
「・・・・・・カルル・・・・・・」
魔人と凶魔、強大すぎるふたつの闇の潮流に、無造作に割って入る者が現れたのは、その
時であった。
「・・・貴様ァッ・・・!?」
メフェレスの纏う闇が、揺らぐ。
乱れた集中力に、付け込む余裕はゲドゥーにもなかった。気を乱されたのは、白き凶魔もま
た同じ。警戒と殺意の何割かを、新たな乱入者に注がざるを得ない。
一歩。また一歩と、東京駅周辺の大地を震わせて。
赤銅の闘鬼ガオウが、血塗れた肉体で迫ってくる。
緊迫した空間が、三角地帯へと形を変えた。ガオウ、メフェレス、ゲドゥー。ほぼ正三角形の
位置で、巨大生物が対峙する。鬼か、魔物か、いずれを見ても人類からすれば、脅威にしか 思えないバケモノばかり。
「・・・ほう。面白い」
世界の破滅を思わす構図にあって、ゲドゥーの愉悦は本心からのものに見えた。
強者を自認するひとつ眼の凶魔ですら、この3体が集結してどんな結末が待つのか、想像が
できない。誰が死に、どいつが生き残るのか、まるで見当もつかないし、絵に描くように見通せ そうでもある。
互いを牽制して硬直した・・・のはわずかな時間だった。
赤鬼の脚が、地を踏み締める。三日月に笑う魔人と、ひとつ眼の凶魔など、視界に入らぬが
ごとく。
一旦止めた行軍を、再びガオウは開始していた。地響きを鳴らして、歩みを進める。悠然と、
メフェレスとゲドゥーの間を通り抜けようとする。
「させると・・・思うかッ!」
黄金の仮面が叫んだ瞬間、廃墟と化した首都に、ざわめきが起こった。
群雲が湧き立つように。
ムクムクと黒い影が、コンクリートの隙間から立ち昇る。あちこちで膨れ上がる影は、またたく
間に異形の怪物へと姿を変えていく。
「伏兵を配していたか、メフェレス」
「フンッ・・・王となるこのオレが、裸同然でノコノコ現れるわけがあるまい」
皇居前の広場を中心にして―――。
メフェレスが従えた『エデン』の兵隊たち、総勢86名のミュータントが、都心部を埋め尽くすか
のごとく出現していた。
並び立つビル群が、一斉に怪物に姿を変えたかのようだった。異形、異形、異形・・・右も左
も、近くも遠くも、おぞましきモンスターが視界を埋める。これまでの戦闘で少しは減ったとはい え、3桁に迫る巨大生物の大群が、首都の中心に揃ったのだ。
「メフェレスさま。ご指示通り、推参いたしました」
怪物軍団のリーダーと思しきミュータントが、大袈裟なまでに恭しく頭を垂れた。
水色で、ぬるりと表皮がテカっていて、全体には細長い。頼りない印象の外観にあって、ルー
ペのような丸い眼と、細く尖った口先とが、異様なほど大きく目立っている。
仕事柄、政治家の顔を覚えておくのは、なにかと好都合であったゲドゥーは、眼と口が異様に
発達したこのミュータントに見覚えがあった。
「確か・・・元官房長官か。下衆め」
「センヤマ・・・いや、その姿ではシュルト、という名であったか」
「仰せの通りにございます」
「シュルトよ、若干の計算違いはあったが・・・我が想定通り、クズどもが最後の悪あがきにでお
ったわ。貴様ら、86体がすべき役目は理解しているな?」
「はい。メフェレスさまのご覇道・・・邪魔立てする者は、すべて我々が露払いをいたします」
86体のミュータントが、一斉に咆哮をあげた。
“ミカド”に拝謁し、この国の王となることを承認してもらう・・・メフェレスの野望が完結するこ
の瞬間を、反乱者が阻止にでるのは、当然魔人も警戒していた。ゲドゥーの登場は予想外で あったが、工藤吼介が変身した赤鬼は、現れないわけがない。
赤銅の闘鬼が、皇居前広場に脚を踏み入れたときこそ―――総力戦の開始。
86体の配下を、メフェレスは惜しげなく投入した。暗黒王にとって唯一ともいうべき障害は、
この機会に完全に根絶やしにしてみせる。
「赤鬼も・・・ゲドゥーも・・・すべて始末しろッッ!! このメフェレスに歯向かうものは、すべてだ
ッッ!!」
赤い闘鬼と、白き凶魔。標的となった二体に、86個の殺意が雪崩れとなって襲い掛かる。
格闘獣の咆哮が、月天の闇を切り裂いた。
乱戦の怒号が、首都東京を包んでいた。
大地が揺れる。天が震撼する。無数の高層ビルたちが、突風に吹かれた柳のごとくグラング
ランと波打っている。
戦意を駆り立てる叫びや、気合いを込めた雄叫びの合間に、魔獣としか形容できぬ鳴き声
が混じっていた。単なる合戦ではない、怪物同士の終末戦争が、現実に首都の地で繰り広げ られている。
何種類もの轟音のなかに、光の薙刀と血塗れた槍腕の、相打つ音色があった。
雑木林のなか、固く目蓋を閉じたままの少女にも、激突の音色は届いていた。
――お前は、いかないのか?――
『・・・・・・ん・・・?・・・』
――お前だ、お前。宿主さんよ、そろそろカラダも万全なんだろ?――
『・・・もうちょっと。あと少し・・・って、あなた、誰なの? もしかしてエデン!?』
――お前らはそう呼んでるな。まったく、名前なんてつけることになんの意味が・・・――
『ちょ、ちょっと待って! エデンって喋れるの!? いままでこんなこと、なかったけど・・・』
――そりゃそうだ。こいつは夢だからな――
『夢?』
――そう、お前が見てる夢だよ。だから、こうして意志なんてないはずのオレが、新たな宿主
のお前と会話できるってわけだ――
『新たな・・・そうか。あたし、一回殺されたんだっけ・・・あなたのおかげで生き返れた、ってわけ
か・・・』
――飲み込み早いじゃねえか。バカ扱いされてる割にはよ――
『あの・・・ありがとうございました』
――気持ち悪いな、お前。お礼言ってんじゃねえよ――
『だって・・・ホントのこと言えばね、まだ死にたくなんか、ないもん・・・』
――そりゃあホンネでいいや。お前もお前の周りの連中も、辛気臭くっていけねえ――
『・・・辛気臭くもなるよ・・・大切なものを、いっぱい失くしちゃったから・・・できれば、もう二度と
闘いたくなんてないよ』
――オレと融合しといて、思いきったこと言うな、おい――
『あなたには、わかんないんだよ。こんな悲しい思いするのに、なんで闘わなきゃいけないのか
な、って・・・』
――そういうのは、オレに言われてもなあ――
『・・・死ぬの、すごく痛いし、苦しいし。怖くて怖くて、仕方ないときもあるよ』
――じゃあ、やめればいいじゃねえか。オレは強制しないぞ――
『そういうわけにはいかないよ!』
――なんだよ、お前。ややこしいなあ――
『誰かがやらなきゃいけないの! 闘いたくなんてない、だけど・・・あたし、守りたいひとがいっ
ぱいいるから!』
――あ、あいつか。さっきチューしてたやつ――
『え? よ、よくわかんないけど、多分、そのひともそう! 他にもね、里美さん、ユリちゃん、夕
子、桃子、安藤さん、坂本さん、ゲンさん、サトリン、柴爺さん、てっちゃんさん、中央公園のみ んな、クラスメイトたち・・・いっぱい、いっぱいいるんだから!』
――ふーん。そいつら守りたいから、闘うのか――
『そ、そう! ・・・ダメ?』
――いや、いいと思うぜ――
『あたし、難しいことよくわかんないから・・・でも、あたしが闘って誰かが幸せになるなら・・・なん
かね、たとえ死んでも自分を褒めてやれそうで・・・』
――お前らって、たかが闘うことに理由つけなきゃいけないんだな。面倒なやつら――
『あはは・・・』
――オレはお前が闘うなら、手助けしてやるだけのことだ。で、どうする?――
『ん、なにが?』
――あそこで苦戦してる黄色と銀のやつ、お前の仲間じゃねえの?――
「えッ!!?」
両目を開くと同時に、藤木七菜江は飛び起きていた。
じっと寝ていたのがウソのように、全身のバネを利して立ち上がる。素早く振り上げた視線の
先に、おさげ髪の武道天使と、茶褐色の疵面獣が激闘を繰り広げている。
「ユリちゃんッッ!!」
両手を数回、握っては開く。力が戻っていた。
公園の土を踏む脚にも、大地を捉える確かな感覚があった。
イケる。
蘇ってる、わたし。
ユリアが復活していることも、乱戦模様の戦況も、不思議なほど気にはならなかった。全て
を、自然に受け入れている自分がいた。
ただ、わかっていることがある。
眼の前の敵を、倒す。
ファントムガールとして生きる決断をした少女は、驚くほど冷静な心で、その一点のみを見詰
めていた。
そうだった。
あたし、あのときの――
ファントムガールになったときの気持ち、やっと思い出せた気がする――
――なあ。断っておくがよ――
夢のなかの声が、気のせいか、下腹部の辺りで響いた気がした。
――闘いの結末ってやつは、悲劇にしかならない場合もあるぜ――
「わかってる。もう心配しなくても、大丈夫」
17歳の少女の声は、凛として樹々の間に流れていった。
「もう、なにがあっても・・・なにを失っても、あたしはブレずに闘える!」
体内に響くもうひとつの声は、二度と七菜江に聞こえることはなかった。
「・・・トランスフォーム!」
光の渦が天空より降り注ぎ、銀と青色の守護天使が、日本武道館の前に降臨した。
「うおおおおッ――ッ!!」
満月が照らす天に、ファントムガール・ナナの咆哮が響き渡る。
出現と同時に青い天使は、疵面の凶獣に特攻していた。背後から、躍動漲る飛び蹴りで襲い
掛かる。
「なんッッ・・・だとオォッ!!?」
「ナ・・・ナナさんッ!!」
ユリアに振り下ろさんとした右の槍腕が、反転して迎え撃つ。
青色の踵と兇器とが、火花を散らす。ふわりと浮いたナナの肢体は、ユリアと挟み撃つポジ
ションに着地した。
「バカなッッ!! てめえェは確実に死んだはずだッ!! あの状態からッ・・・生き返ったって
えのかああッ!!?」
ギャンジョーの驚愕も無理はなかった。
ユリアの蘇生は理解ができる。ファントムガールの復活は、情報として話に聞いていた。エネ
ルギーを与えたのがシヴァ、である点は意外であったが、ユリアの亡骸は決して蘇生不能な状 態ではなかった。
しかし、『エデン』を抜き出され、潰されたナナが・・・まさか再び眼前に立つとは。
「あたしは、しぶといのよ」
自分でも、呆れるくらいにね。
自嘲気味な台詞を、ナナは飲み込んだ。その生命力ゆえに、人一倍苦痛を味わってきたの
は確かだ。だが、それでもタフな肉体に感謝したかった。
生きているから、こいつらの暴挙を阻止できる。
そう思えば、かつての苦しみも、これからの恐怖も、ずっと和らぐ気がした。
痛いのは嫌だが・・・大切なひとたちが傷つくのを見るのは、もっと嫌だ。
「・・・気に入らねェ・・・気にいらねえなァッッ、てめェらはよォッ!!!」
猛るギャンジョーの脳裏からは、憎悪と憤怒、そして殺戮欲求以外のものは消え失せてい
た。
なぜナナが生きているのか? 考えることは、すでにやめた。考えても、意味がない。
重要なのは、確かに「まだ」ファントムガール・ナナは生きているということ。
そして、獲物が未だ健在であるということは、疵面獣にとって大いなる侮辱であるということ
だ。
「生き返るってんのならァッッ!! 何度でも殺してやらああァァッ!!! 何度でもッ、何度で
もよォッ!! てめえから死にたくなるほどに、虐殺し尽くしてやるぜェェッ〜〜ッ!!!」
「・・・ユリア、話したいことは山ほどあるけど・・・すべては闘いのあとにしよう! あたしたちは、
やるしかないッ!」
「わかってます・・・ナナさんッ!」
「こいつは・・・ギャンジョーは、あたしがやる。ユリアは、あいつを止めてッ!」
青い指が示す先には、無数の巨大生物が群がっていた。
首都を覆うかのように、続々と出現した86体のミュータント。それらが全て、皇居前の大広場
に集結していた。闇王・メフェレスの召還に応じて。
ナナがいう「あいつ」は雑魚を指しているのではない。その中枢にあって、“ミカド”への拝謁に
着々と向かっている青銅の魔人・・・諸悪の根源を示しているのだと、すぐにユリアは気付い た。
「あいつを倒さないと・・・全ては終わらないよッ! メフェレスや、このギャンジョーを倒せば、あ
とはきっとなんとかなるッ!」
同感だ。86体ものミュータントといえど、所詮は烏合の衆。
ボスであるメフェレスさえ倒せば、残されたテロリストたちは瓦解する。逆にいえば、寡勢であ
るファントムガール陣営が勝利するには、敵の頭領を一心に狙うしかない。
ただ、武道の達人ユリアの見立てでは、ナナひとりをこの場に残すのは、危険すぎる賭けで
あった。
「・・・ナナさん。このひとの・・・ギャンジョーの強さは・・・」
「わかってる。こいつとは、何度も闘ってきたから」
恐らく、ナナとユリア、ふたりの力を合わせて、ようやく勝てるかどうか――。
だが、脅威なのはギャンジョーのみに限らない。さらに格上のゲドゥー、そして少女戦士たち
への怨念を糧にパワーアップしたメフェレスも、強さは圧倒的だ。
できればこちらの戦力は、分散させたくなかった。しかし、地球上にファントムガールがナナと
ユリアのふたりしか生存していない以上、ギャンジョーのみに対応しているわけにはいかない。
「心配するなら、あたしの方だよ」
不安げな年下の戦士に、敢えて力強くナナは言った。
「ユリアは万全じゃないんだから・・・。でも、しない。悲劇はいっぱい見てきたッ!! ゼンブの
哀しみを踏み越えて、あたしたちは・・・やるしかないッ!!」
黙って、コクリと、お下げ髪の武道天使はうなずいた。
そうだ。絶望なら、もう何度もしてきた。実際に、死すら体験した。
覚悟を決めるとは、己の生死に限った話ではない。仲間たちの、守るべきひとたちの命す
ら、すでに覚悟を決めている。
「・・・いってきます、ナナさん」
「うん。また生きて会えるって・・・信じてるから」
駆け出すユリアを、微笑みで青い天使は見送った。
ふたりの少女戦士の遣り取りを、無言で聞いていたギャンジョーは、ゆっくりとナナに向けて
正対した。
疵だらけの顔面が、笑った。
黄色のブーツが駆ける。首都の街並みを、注意深く疾走する。
真新しいビルのイメージが強い東京だが、歴史ある建造物も多い。
武道館がある北の丸公園から皇居前まで、巨大な身体ならば、ごくわずかな距離。可能な限
り破壊を避けて、ファントムガール・ユリアの細身は移動した。
ワラワラと群がった86体のミュータントは、ユリアの周囲にも存在した。
だが、興味深いことに気付いた。
ユリア、そして武道館付近のナナやギャンジョーに対してもそうなのだが・・・海棲生物とのキ
メラである、メフェレスの配下どもは、積極的には襲撃してこないのだ。
“そうか・・・メフェレスに恐怖で縛られてはいるけれど・・・彼らの本性は、ただ『保身』が第一な
んですね・・・”
品川水族館での顛末を知るユリアは、メフェレス=久慈の新たな親衛隊たち・・・86体のキメ
ラ・ミュータントのほとんどが、元政治家や官僚であることをわかっている。
彼らがメフェレスに屈したのは、己の身がカワイイため、だ。
自分だけは助かりたい。ただその一途で、青銅の魔人に従っているが・・・なによりも己の命
を優先しているため、できれば闘いたくなど、ないのだ。死の危険を冒してまで。
“・・・醜い。でも・・・逆にチャンスと言えるかも・・・”
86体のミュータント兵士は、メフェレスの指図で嫌々闘っている。
闇王への恐怖に駆り立てられ、赤鬼ガオウや凶魔ゲドゥーに挑んでいるが、戦意は決して高
くはない。事実、ユリアの疾走も、邪魔しようとしないのだ。
さらに加えて、彼らの頭数は、すでに10体近く減っていた。
「うッ!?」
皇居前広場に踏み込んだ瞬間、ユリアの視界に飛び込んだのは、無数の肉塊だった。
細切れになった肉片が、広場を赤く染めている。
「げ、ゲドゥー・・・ッ!!」
「これは、いい獲物が現れたな」
返り血を浴びた白き凶魔、ゲドゥー。
雑魚ミュータントが遠巻きに眺める中心に、ひとつ眼の悪魔は立っていた。
“最凶の右手”が蠢く臓物を握っている。ピク、と力が込められるや、肉塊が木っ端微塵に吹
き飛んだ。
「こいつらは・・・ダメだ。脆すぎて、『エデン』を引き抜く前に潰れてしまう」
「・・・そこを・・・どいてください」
心の内で、ユリアは凶魔の気まぐれを願った。
「私は・・・メフェレスの野望を阻止しなければ、いけません・・・あなたとは、その後で闘って
も・・・」
「オレには関係ないな」
「メフェレスがこの世界の王になっても・・・いいんですかッ!?」
「ヤツは後で殺す。まずは、お前の『エデン』から頂く。それだけのことだ」
共闘など、有り得ないことをユリアは悟った。
ゲドゥーは全ての『エデン』保持者を始末するつもりなのだ。ファントムガールも。メフェレス
も。ガオウも。
ひとつ眼凶魔の強烈な自負は、己があらゆる生物で一番強いことを、まるで疑っていない。
「生きたまま『エデン』を引き抜けばいいと思っていたが・・・単純でないことがわかった。お前た
ちのように、強者からでないと『エデン』は奪えん。こいつらのごとき弱者は、抜き出すまで肉体 がもたん」
「『エデン』を・・・抜き出す!?」
ナナが以前の『エデン』を抜き取られた事実、そして新たな『第七エデン』を得て蘇ったこと
を、ユリアは知らない。
それでも、ゲドゥーが身の毛もよだつ悪計を企てていることは、肌で察知していた。銀色の表
皮が粟立つかのようだ。
ちらりと、ゲドゥーの背後に視線を飛ばす。
幾重にも囲ったキメラ・ミュータントの群れ。その奥彼方に、魔人メフェレスがいるはずだっ
た。
刻一刻と、青銅の魔人は覇王への道を進んでいる。
人類の守護者であるファントムガールとすれば、なによりも優先的にメフェレスの野望を挫く
べきであった。だが、その前に最悪といっていい敵が眼の前に現れるとは・・・
凶魔ゲドゥーは、恐らく、三凶のなかでももっとも強い。
それが、柔術の天才である少女が、実際に闘った実感だった。
ユリアの記憶の断片には、赤い闘鬼の映像がおぼろげながらある。鬼の正体は、見当がつ
いていた。ユリアの直感が正しければ、鬼の正体は地上最強の格闘獣だ。父・西条剛史と対 等に渡り合える怪物は、世間広しといえどもあの男くらいしかいない。
その赤鬼と、ほとんど変わらぬ実力を、ゲドゥーは持っている。
メフェレスやギャンジョーも強い。しかし、単純に実力を比較すれば、ゲドゥーが総合力でひと
つ抜けているのではないか・・・
「どうやって生き返ったのかはしらんが・・・お前が再び、オレの前に現れるとはツイている。極
上の馳走を二度も堪能できるとはな」
光の薙刀“鬼喰”を、ユリアは構え直した。
吹き付ける暗黒の瘴気が、暴風のごとくであった。一歩、ゲドゥーが迫るたび、魂が凍えそう
になる。
“やっぱり、このひとは・・・強い! とてつもなく・・・!! でも、私は・・・”
戦闘の決意を固めるユリア。その脳裏に、前回の闘いが蘇る。
結果的にユリアは・・・敗北した。双子の姉・エリの“許可”がなく、本気になって闘えない武道
天使に、最凶ヤクザの相手は荷が重すぎる。完敗といっていい内容であった。
しかし、死に瀕し、リミッターが外れた後のユリアは、互角以上に渡り合った。
柔術の技は通用した。その手応えは、今も黄色の天使に残っている。分が悪いのは百も承
知だが、まったく手も足も出ないということは、ないのではないか――。
「私は・・・もう、負けるわけには・・・いきません」
「そうだ。それだから、お前たちファントムガールはたまらんのだ。処刑されてなお、歯向かって
くるその精神・・・美しいまでのそのしぶとさ」
ゲドゥーの賞賛は、本心からのものであった。
だからこそ、恐ろしい。真の強者であると、認めずにはいられない。それでもユリアは、凶魔
との激突を、避けて通ることはできなかった。
「お前たちとの闘いで、オレはひとつ、成長することができた。その成果を試させてもらおう」
凶魔の台詞の途中で、黄色の武道天使は先に仕掛けた。
一気に、距離を詰める。
聖なる光で造られた薙刀を、突き出す。本気で闘えぬユリアであったが、西条家に伝わる宝
刀なら、切れ味は衰えぬ。今の武道天使が、唯一凶魔を死に至らしめる攻撃と言ってよかっ た。
「単調だな」
薙刀“鬼喰”の登場に、前回の激突では慌てた凶魔たちであったが、すでに二度目は通じな
かった。
恐るべきは、その戦闘センスか。
ユリアの薙刀の軌道は、もはや見切られていた。徒手での柔術の技に比べ、薙刀の腕は研
鑽が不足している。
素人目には到底わからぬその技量不足を、ゲドゥーのひとつ眼は見抜いていたのだ。白き
凶魔が、ただの殺人狂ではない、なによりの証左。
激突の音色が響いて、“鬼喰”は“最凶の右手”に掴まれていた。
もらったッ!!
内なる声が、聞こえてくるかのようだった。
両者から、同時に。
勝利の糸を手繰り寄せる、刹那の好機。その瞬間を逃さんとする烈しい視線を、黄色の天使
と白き凶魔は、双方ともに輝かせていた。
ゲドゥーの右手に力がこもる。
光輝く薙刀は、ただそれだけで粉々に砕け散った。
「いきますッ!!」
ショックを受けて当然のユリアは、華奢な肢体をさらに前進させていた。
懐に、容易に飛び込む。薙刀“鬼喰”はオトリであったと、ようやくゲドゥーは思い知った。
“鬼喰では・・・私の薙刀の腕では、このひとには通じない・・・なら、隙を作って・・・!!”
パシリ、と乾いた音色がした。
薙刀を砕いたばかりの、隙だらけの“最凶の右手”。黒縄で編まれたような異形の手首を、天
才柔術少女の両手が掴む。
ゲドゥーの右手は、最強の武器であり、最大の防具。
ならば、この右手さえ破壊すれば・・・凶魔の脅威は大きく下がる。
「想気流柔術・小旋風(こつむじ)ッ!!」
手首を折り曲げ、全体重をかけて回転させる。
ただ、右手の破壊一点に絞った関節技を、黄色の天使が仕掛けていく。
ボンッッ!!!
爆発の音が、した。
折れるはずだったゲドゥーの右手首は、代わりに爆破の炎をあげた。黒い炎。むろん、ユリ
アの技による効果、ではない。ゲドゥー自らが、放ったもの。
「うあッ!?・・・ああああァアアッ〜〜〜ッ!!?」
手首を離し、転がるようにユリアの肢体が距離を開ける。
激痛に疼くふたつの掌を、見詰めた。ブスブスと黒焦げになった両手は、指が半ばもげかか
り、ブシュブシュと鮮血を噴き出している。
死に至った前回の闘いで、ギャンジョーの棘によって、両手に深刻なダメージを負った記憶
を、ユリアは思い返していた。
「くああァッ・・・ゆ、指・・・がああッ・・・こ、これではッ!!」
「自慢の柔術も、満足に使えそうにないな、ユリア」
ゆっくりと迫るゲドゥーの声が、死神の呟きに聞こえた。
「お前たちの闘いを見ていて・・・エネルギーの使い方というのが、わかったぞ。例えば、光を集
中させて薙刀を造るように。エネルギーを集中させれば、より高い攻撃力・守備力を発揮でき るというわけだ」
戯れるように、掲げた右手に、闇のエナジーを集中させる。
高密度の暗黒エネルギーによって、右手周辺の空気が陽炎のごとくボヤけた。マグマのよう
に、沸騰しているのだ。“最凶の右手”が。
「闇のエネルギーを操るだけで、こうも容易くパワーアップできるとはな」
「・・・そ、んな・・・・・・」
己の口から呆然と洩れる言葉が、ユリアには遥か彼方より聞こえてくるようであった。
信じられない、事実であった。
ゲドゥーが闇エネルギーを操れるようになった、ことではない。
そんな初歩的なことすら知らずに、これまで闘っていたというのかッッ!!
“あの、恐ろしい破壊力を持つ右手も・・・『素のパンチ』に過ぎなかったッ!? ・・・だ、だった
ら、これからの闘い、あの右手の破壊力は、ますます高まることに・・・ッ!?”
「フン。死相がでているな、ユリアよ」
気がつけば、ひとつ眼凶魔のおぞましい姿は、ユリアの間近に迫っていた。
「オレが、これまでに殺してきたヤツらと、同じ顔をしている。恐怖に駆られ、死を悟った者の顔
だ」
轟音が唸り、振りかぶった凶魔の右手が、美少女の顔面に発射された。
風に舞う花びらのように、流れる動きで射程外に下がるユリア。
その眼の前で、握られていた拳が、パッと開いた。
「こういうことも、覚えたぞ」
開いた“最凶の右手”から、漆黒の稲妻が迸る。
黒い鎖が絡まるように、ユリアの全身を包み込む。凄まじい高圧電流が、細身の少女を駆け
巡った。
「きゃあああアアッッ―――ッッ!!! うわあああアアァァああッッ〜〜〜ッッ!!!」
「脆いな、ユリア」
再び拳を握った右手が、地面すれすれから腹部に向かって突き上げる。
反射的に対応したのは、鍛錬の賜物だったか。鮮血に濡れた両手が、ゲドゥーの打撃を捕
獲にかかる。
ズリュッ!! と皮の破れる音がして、凶魔の右拳は、柔術天使のガードを突破した。
轟音が鳴り響き、バズーカのごときアッパーがユリアの鳩尾にめりこんだ。
「グブウウウッッ!!! ごぱあアアッッ・・・!! ゴボオアアアッッ――ッ!!!」
吐瀉物と吐血を撒き散らし、華奢な黄色の少女が、天空に打ち上げられた。
一撃で勝負は、決したようなものであった。
灼けるような激痛が腹腔に留まる。息もできずに、ユリアは悶えた。エビのように丸まった肢
体が、自然落下で凶魔の頭上に落ちていく。
ゴギイイイィィッッンンンッ!!!
人形のような小さな顎を、ゲドゥーの右手が打ち砕いた。
モデル体型の天使が、ぎゅるん、と一回転する。飛び散る鮮血。
意識を失ったユリアは、顔から大地に激突した。
ぐちゃ・・・
シャチホコのように、顔面だけで逆立ちを支えていたスレンダーな肢体が、ゆっくり傾き沈ん
でいく。
うつ伏せに倒れた武道少女は、投げ出した四肢を、ビクビクと痙攣させ続けた。
「・・・・・・え・・・ァア゛・・・!?・・・」
ブラックアウトした、と思った意識が、いつの間にか戻っていた。
自分が立ち上がっていることに、ユリアは気付く。ゲドゥーの拳を顎に喰らったまでは、覚えて
いる。完全に、失神したはずだった。アレを受けてまだ立っているとは、自分でも信じられない 想いだ。
「起きたか? 簡単に死んでくれるなよ」
浴びせられるゲドゥーの声に、ようやくユリアは現状を悟った。
違う。立っている、のではない。立たされている、のだ。
数秒、あるいは数十秒、あるいはもっと。ユリアの意識は飛んでいた。今、襟足で縛ったふた
つの髪を掴まれ、強引に引き起こされて目覚めたのだ。
まるで、眼の前のゲドゥーに、深々とお辞儀をするように。
前屈みに腰を折ったユリアは、両手で頭部を固定されている。
ガクガクと揺れる膝が、今にも抜けてしまいそうだ。
ドボオオオォォッッ!!!
「うぐううゥゥッッ!!? ッッ〜〜〜ぐうううッッ!!!・・・ごぼオッッ!!」
膝蹴りを腹部に突き上げられ、ユリアの口から唾の塊が吐き出る。
「薄い腹だ。しかし、適度な柔らかさのなかに弾力がある。見た目以上に鍛えてあるな」
二発目の膝蹴りが、聖少女の肢体を浮かす。
身動きを封じられたユリアに、ゲドゥーの膝は面白いように埋まった。何発も、何発も、腹部
を突き上げていく。
「げぼおおオオッッ――ッッ!!! あぐうううッッ!!! ・・・んんううう゛う゛ッッ〜〜〜ッ
ッ!!! ぎゅはあアアッッ・・・!!!」
胃が窪み、内臓がよじれていくのを、ユリアは自覚した。
黄色の吐瀉物が、バシャバシャと皇居前広場に降り注ぐ。胃のなかは、もはや空であった。
やがて膝蹴りが突き刺さるたび、ドス黒い吐血が少女の唇を割って出る。
「はがあアアッッ〜〜ッッ!!! ・・・ゴブウウッッ!!! ・・・んぐァアアッッ・・・!!! も
ッ・・・もうッ・・・うぐうううッッ〜〜〜ッッ!!! やッ・・・やめてェェッ・・・やめてくだ・・・さいィィッ 〜〜ッ!!!」
臓器が引き攣り、呼吸も満足にできないユリアは、懇願を口走ってしまっていた。
勝利の可能性があるならば、どんな仕打ちにも耐えることはできる。
敗北が決まったならば、死を受け入れる覚悟もできている。
だが、勝利の可能性が皆無だというのに、苛烈な責め苦を耐え続けるのは、16歳の少女戦
士にはあまりに過酷な試練であった。
“こ・・・このひとは・・・私を壊して・・・・・・愉しんで・・・いる・・・・・・”
「いい声だ。至高の美味は、お前のように強き者を嬲ってこそ得られる」
ゲドゥーの右膝に、暗黒のエネルギーが渦を巻いて集約されていく。
ユリアの懇願を嘲笑うように、渾身の一撃が銀色の鳩尾に叩き込まれた。
パアアアッッ・・・ンンンッッ!!!
「ブジュウウウッッ!!!」
それまでと、比較にならない大量の吐血が噴き出る。
臓器の一部が破裂したことを、ユリアは知った。
ガクガクと揺れるスレンダーな天使は、顎から下を真っ赤に染めて仰向けに倒れていく。
ゲドゥーが両手を離すと、完膚なき敗北を喫した武道少女は、地響きをあげて大地に沈ん
だ。
ヴィーン・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・
胸のクリスタルと両眼の青色が、点滅を開始する。銀色の腹部は、ボコボコといびつに陥没
していた。
大の字に広がった四肢は、それでも抵抗を試みるかのように、ヒクヒクと痙攣し続けている。
「あ゛ッ・・・!! ぅぇあ゛ッ・・・!! ごぷ・・・」
「所詮、加減をするお前では、オレに勝てるはずはない。愚かだったな、ユリア」
傍らに立った白き凶魔が、濃紺のひとつ眼でじっと見下ろす。
“最凶の右手”が黒い炎で燃えていた。膨大な漆黒の瘴気が、右手に宿っているのだ。
迫る悪魔の右手を、ユリアはただ見詰めることしかできなかった。
「エナジー・クリスタルを握り潰す・・・とでも、思ったか?」
胸中央に伸びてきた右手は、腹部の上へと移動した。
「『エデン』を引き抜くには、生かしておかねばな。死の寸前まで、遊ばせてもらおう」
ずぼおおおおッッ!!!
銀色の表皮越しに、ゲドゥーの右手がユリアの胃を鷲掴む。
腹筋の繊維を引き裂き、割り広げながら、ぐにゃぐにゃと臓器を直接揉み潰す。
「ぎゃはあああハアアァッッ〜〜〜ッッ!!? んハアアッッ――ッッ!!! ぎゅええェアアあ
ああァァッ〜〜〜ッッ!!!!」
「ふむ。この手の声は・・・美味というより珍味だな。これもまた、よし」
絶叫し、仰向けのまま狂ったように、ユリアは暴れ踊った。
勝負あった、としか思えぬ状況で、ゲドゥーは追撃の嗜虐を緩めさえしない。
「暗黒のエネルギーを操るうちに、オレの右手は猛毒をも生み出すことが可能となった。喰らわ
せてやろう、ユリアよ。お前の胃に、直接な」
ドギュウウウッッ!! ドギュウウッッ!! ドギュウウウッッ!!!
腹腔に埋まった内部で、“最凶の右手”が纏う瘴気に変化が起こる。
炎のごとく立ち昇っていた闇エナジーは、コールタールのようなドロドロの粘液となり、ファント
ムガール・ユリアの胃臓へと注がれていく。
「へぶうううゥゥッ!!! ふぎゅわああアアアッッ―――ッッ!!! うぎゃああああアアアァァ
ああッッ〜〜〜ッッ!!!!」
どぴゅるッッ!!
黒いヒルがユリアの口から飛び出る。吐血と猛毒が、凝り固まったものだった。
無惨に破壊されていく武道天使の処刑ショーを、メフェレス傘下のミュータントどもまでが、恐
怖に固まった表情で遠巻きに眺めた。
泣き叫ぶユリアの悲鳴は、途切れることなく轟き続けた。
「・・・この声は、ユリアか」
幾重にも群がったミュータントの人垣。その彼方から届く絶叫に、チラリとメフェレスは視線を
飛ばす。
距離としてはさほど離れてなくとも、巨大生物がつくる壁によって、視界は閉ざされていた。限
られた区域に、70体以上のミュータントが密集しているのだ。眼に映るのは、蠢く異形の背中 のみであった。
振り切るように、前へと進む。
“ミカド”がましますはずの、皇居が迫ってくる。闇王メフェレスにとって、今もっとも重要なの
は、この国の主となることであった。
抹殺したはずのファントムガールが、復活を遂げている。事実ならば、看過できぬ事態であっ
た。しかし、ガオウやゲドゥーなど、多数の乱入者が混ざる戦場では、無闇な動きは取りにく い。立ち塞がる者がいない今、メフェレスは当初の目的どおりに、前進するべきであった。
「フン・・・今更誰が現れようと・・・我が歩みは止められぬわ」
不遜な魔人は、周囲の喧騒を無視して、独歩する。
「・・・待ちなァ・・・」
背後から呼び止める声に、黄金の仮面は振り返った。
「貴様・・・まだ、生きていたのか」
「てめェを殺すまでッ・・・死んでられるかァッ〜〜ッ!! メフェレスゥゥッ!!!」
銀色の毛を逆立たせた、『闇豹』マヴェル。
左眼と、肘から先の右腕を失くした女豹が、怨讐の叫びを迸らせた。
「・・・そう、か」
三日月に笑うマスクの奥で、ようやくそれだけの言葉が漏れ出た。
皇居に向かおうとしていた肉体を、メフェレスは丸ごと『闇豹』へと対峙させる。
不気味なまでに、冷静な態度であった。少なくとも、マヴェルが想像していた姿とは、まるで違
う。
「余裕ッ・・・かましてんじゃねェぞォッッ〜〜!? てめェがこのマヴェルを身悶えするほど殺し
たがってるのはァ、よォ〜〜くわかってんだよォッ〜〜ッ!!」
「皮肉だな」
青銅の魔人が、一歩を魔豹へと進める。
傍目に映るメフェレスの感情を、色で表すとするなら、『無色』としかいいようがなかった。悪
意の『黒』でも、憤怒の『赤』でもない様子は、長く魔人を身近に見てきたマヴェルには意外すぎ る。
だが、脚を止め、意識を明確に向けてきたのは、『闇豹』に興味がある、なによりの証拠だ。
「貴様がまだ我が下僕だったころ・・・働きの悪さには、ほとほと閉口したものだ。今ほどの戦意
を、あの頃から持っていれば・・・」
「てめェの命令などッ・・・誰が喜んで聞くかよォッ〜〜ッ!!?」
「貴様が心底から殺したがっていたのは、このメフェレスだったということか。まあ、いい」
黄金のマスクが、不意に感情の色を露わにする。
喩えるならそれは、喜悦の『黄色』―――。
「このオレも・・・今は貴様を、心底から殺したくてたまらん」
メフェレスの右手から、青銅の魔剣がニョキニョキと伸びる。
かつて傍らにあった『闇豹』を、本気で始末にかかる、意思表示であった。新世界の王を目指
す男が、裏切り者を許すことなど、あるはずがない。
つい数日前まで、ともにファントムガールの抹殺に執念を滲ませた魔人と豹女は、今や互い
が、もっとも容赦なく命を奪える怨敵であった。
「元々マヴェルは・・・“ちり”はよォッ・・・てめェみてえなボンボンはァッ、視界に入るだけで引き
裂くたくなるんだよォッッ!!!」
左眼も、右腕も失くした豹女は、人間であったころの名前で言い直した。
「金もッ!! 愛もッ!! 地位もッ!! 名誉もッ!! てめェからッ、全てを奪ってやる
ッ!! 全てをなァッ〜〜〜ッ!!!」
幼い頃から、肉体をヤクザ者に売ることで生き永らえてきた神崎ちゆりにとって、地上の全て
の人間が、嫉妬の対象であった。
同時にそれは、憎悪の対象でもある。
「もっている」人間であればあるほど、憎しみは自然に深まった。大富豪の家柄に生まれた久
慈や五十嵐里美が、最大の仇敵になったのは、ごくごく当たり前のことだ。
「フン・・・ゴミ溜めに棲む貴様が・・・王であるこのオレから奪う、だと?」
「はァ? 王ゥ〜〜ッ!? たまたま生まれた親がッ・・・違うだけでッッ!!」
「踏み潰される運命の、カスの戯れ言よ。貴様ごとき無能に、なにができるッ! 指一本触れる
ことすら叶わぬッ! 許されぬッ!」
マヴェル=ちゆりの脳裏に、数日前の邂逅が蘇る。
工藤吼介と、片倉響子。ふたりから提案された共闘案は、対メフェレスという点でもっとも現
実的かつ効果的であるのは、『闇豹』も理解していた。少なくとも、瀕死の自分が闘うよりは、魔 人に勝利する可能性がずっと高まるのは間違いない。
だが、この男だけは、どうしても己の手で殺したかった。
愉悦として他者を虐げる『闇豹』が、憎悪をもって殺したい相手だった。メフェレスだけは、こ
の手で地獄に落とさねば気がすまない。
「なにも『もっていない』ちりがァッ!! ・・・『もっている』てめェを殺してやるゥゥッ―――
ッ!!! 地べたに引き摺り降ろしてやるぜェェッッ―――ッ!!!」
パカリと、『闇豹』の口が開いた。
声の超音波砲。肉体の損傷が激しく、生命力もほとんど残っていないマヴェルが、闇王メフェ
レスに立ち向かうには、この必殺技しかない。
身体がまともに動かなくても、暗黒エネルギーがわずかしかなくとも、超音波砲なら青銅の魔
人を抹殺できる。
“てめェの強さはッ・・・よくわかってるッ!! だがなァ、この周辺一帯を音波震動で破壊すれ
ばッ・・・!!”
マヴェルには策があった。通常の、一直線に放つ超音波砲ならば、剣の達人メフェレスは、
それすら切り裂く可能性があった。超音波といえど、空気中の分子を高速震動させているの が、その原理だ。暗殺剣の遣い手は、空気自体など易々と切る。
だからマヴェルは、超音波を全体に広める。
周辺区域、全ての空気を“歌う”ことで揺らす。メフェレスの周囲、八方360度が、破壊震動に
包まれるはずだった。逃げ場もないほどに。
ちょうど、ファントムガール・ナナのソニック・シェイキングに似ているかもしれない。しかし、ナ
ナと違ってマヴェルは、巻き添えでなにを破壊しようと遠慮がない。東京の街が崩壊しようと、メ フェレスさえ抹殺できれば構わないのだ。
歌う。
歌いきってやる。命が尽きるまで。
魔人を道連れにできるならば・・・あらん限りの声で叫ぶ。魂を歌う。絶唱と呼ぶに、相応しい
“歌”を―――。
「・・・河西昇。貴様が、父親と呼ぶヤクザだったな?」
発射寸前、メフェレスが口にした名前に、思わず『闇豹』の咽喉が塞いだ。
神崎ちゆりが、この世界で唯一愛着をもつといっていい、名前であった。
「貴様への、腹いせと見せしめだ。国会を住処にした日に・・・始末してやったわ」
捨てられたちゆりを、拾ってくれたのが河西という男であった。
ただひとり、愛情を向けてくれたのが、年老いた、極道の組長であった。
河西組と『父親』を守るために、ちゆりは久慈の配下となった。この世界で、ただひとり大事な
者を守るために、己の身を差し出すしかなかった。
今、『闇豹』は全てのものを、完全に失ったことを知った。
「とっくの昔に、我が新たな部下たちの、胃袋のなかだ。ゴミ同然のカスも、部下どもの胆力上
昇に少しは役立ったか」
「てッッ・・・めええェッッ〜〜ッッ!!!」
精神が錯乱するほどの怒りが、マヴェルに叫ばせていた。
発射すべき“歌”を、中断させて。
『闇豹』の、最期の攻撃となるはずだった超音波は、痛切な叫びに切り替えられた。
「カスが」
瞬足の、脚捌き―――。
青銅の魔剣を薙ぎ払ったメフェレスが、マヴェルの眼前に一瞬で現れていた。
ザンンッッ!!!・・・
熱い。
はじめに『闇豹』は、そう思った。
首筋に、一条の灼熱が走っている。認めたくなくとも、熱さの実感はいつまでも去らなかった。
斬られた。
すぐに寒さが来た。熱さの底に、凍えるような寒さが潜んだ、不思議な感覚だった。
自然に首を、両手で抑える。
視線を落とすと、真っ赤に濡れた我が手が映った。ヌルリと滑る感触が、ひどく他人のものの
ように思えた。
これが、死の感覚か。
「・・・きゃはッ♪ きゃははッ・・・アハハハハハ!! アーッハッハッハッ♪」
満月の夜に、半豹半女の怪物は、狂ったように笑った。
哀しみもなければ、死が当然の報いなどという、懺悔の心もなかった。
「アハハハハハッッ!! ハハハッ・・・はッ・・・はひゅッ・・・ひゅうッ・・・!!」
笑い声から、吐息が掠れた。
開いた咽喉から、空気が漏れていた。顔と胴体とがズレ始めても、豹の顔をした女は笑って
いた。
キレイな断面を覗かせて、『闇豹』マヴェルの頭部が落ちる。
思い出したように、鮮血が輪切りになった首から噴いた。
地面に転がった頭は、歪んだ笑いを刻んだままだった。
「ちりィィッッ〜〜〜ッ!!!?」
悲鳴に近い、絶叫が響く。
今までそこにあった、マヴェルの首の向こうで、銀色の少女が立っていた。
「・・・サクラ・・・だと?」
桃色の模様と、同じ色のストレートヘアー。
死んだはずの超能力天使が、『闇豹』の本名を叫んでいた。
涙を流せない身体で、ファントムガール・サクラは慟哭していた。敵であったはずのマヴェル
を呼ぶ声は、仲間の守護少女たちに向けるものと変わらない。
「ちりッッ!! ちりィィッ〜〜〜ッッ!!! あなたッ・・・あなたって・・・ひとはァッ・・・!!!」
生命を蘇らせた美少女は、意識を取り戻したと同時に気付いていた。
自分は死んでいた。冷たくなって、東京タワーの近くで転がっていた。
つい先程、己の体内にエネルギーを注入してくれたのは、きっとマヴェルだ。こんな鬱屈し
た、それでいて哀しい生命の波動を持つ者は、他にはいない。
片眼と片腕を失ったマヴェルにとって、恐らくそれは、ほぼ最後の生命力だったに違いなかっ
た。
「あたしっ・・・のッ・・・あたしのッ・・・感謝の言葉さえ・・・・・・もらわないでッ・・・!!」
ひとり、先に逝くなんて―――。
「ファントムガール・サクラ。・・・いや、桃子。なぜ、お前が復活できる? まさか、このミュータ
ントにエナジー・チャージを受けたとでも言うのか?」
かつて恋人であった少女の名を呼びながら、暗黒王は魔剣を高々と振り上げた。
躊躇なく、振り下ろす。
首なしの『闇豹』の亡骸が真っ二つに割れ、ボコボコと爆ぜながら崩れていく。
『エデン』を寄生した巨大生物の、消滅する瞬間だった。
「フン・・・まあ、いい。蘇生を遂げたというなら・・・どうだ、桃子? 今度こそ、新世代の王とな
る、オレのモノになれ。お前ならば、オレに歯向かった罪は多少目をつぶってやっても・・・」
「うるさいッ!! だまれェェッ!!」
心優しき少女戦士は、燃えるような瞳でかつての恋人を射抜いた。
皇居前の広い敷地が、ビリビリと震えている。
サクラの念動力が、自然に漏れ出ていた。ひとを憎むことが苦手なエスパー少女は、今、湧
き上がる怒りを抑え切れないでいる。
「ヒトキ・・・いいえ、魔人メフェレスッ!! あたしは・・・あなたを許さないッッ!! ちりのため
にもッ・・・あなたは必ず滅ぼすッッ!!」
「・・・・・・貴様ァ・・・」
「あたしはッ・・・あたしは今ッ!! ・・・はじめて、ひとを喜んで倒すよッッ!! メフェレスッ、
あなただけは、喜んで倒すからッ!!」
満月に照らされた首都の地が、瞬間、真昼の明るさに包まれた。
ファントムガール・サクラが、眩い銀色を放って輝いている。つい今しがたまで、生命活動を
停止していたとは思えぬ光だった。
「このッ・・・クソアマァッ・・・〜〜ッ!!」
覚醒・・・・・・したのかッッ!!?
黄金のマスクの奥で、魔人の表情は戦慄に引き締まった。
全開となった闇のエネルギーと、激昂する正義の光が、皇居前広場で激しく衝突した。
月に向かって、歩いていた―――。
丸く、大きな、美しい満月だった。首都の街並みが、影絵のように浮かんでいる。冷たい風に
心洗われ、ハッと醒めるような美しさ。
幽玄、という言葉を、赤鬼は知らない。
だが、それと似通った心地を、厚い胸の内に抱いていた。見ているだけで、儚さと、物哀しさ
を呼び起こす満月に惹かれて、ただ脚を進めている。
美しい月に、ひとりの女性が重なっていた。
ガオウは知っている。この女性のことを。
あの満月が、いつか欠けていくように・・・すぐにも消えてしまいそうな、それでいて、いつまで
も瞳の奥に焼きつくひとだった。
わかっている。
そのひとのことが、誰よりも大切なのは。
名前は思い出せなくても、赤鬼にとってかけがえのない存在だった。
ショートカットの娘が浮かぶ。月ではなく、太陽だった。
月を想うと、太陽は少し翳った。
ごめんな、と思った。次の瞬間、驚いた。
格闘の化身である自分が、こんな感情を抱くとは。
なぜ謝ったのか、わからなかった。太陽の娘が誰なのかも、思い出せない。
周囲に、妙な連中がうろついている。邪魔くさい、奴らだった。時々飛び掛ってくるのを、引き
裂いては投げ捨てた。
どうやら、自分を殺したがっているのはガオウにもわかった。だが、それにしては戦意が低
い。
構わずに、月に向かって歩いた。やるべきことが、他にあった。なにか大切な役目が、自分
にはあったはずだ。
赤い鉄塔が、目前に迫った。
直線が、いくつも組み合わさった機能的な美。
ポトポトと、天から雫が降っている。馴染みあるその匂いは、血だった。
見上げるガオウの視界に、あの月のひとが飛び込んだ。
「・・・・・・サ・・・・・・ト・・・ミ・・・・・・」
赤鬼が哭いた。
漆黒の空が震えるほどに、ガオウの咆哮は轟いた。
滾る闘志の奥底で、古い記憶がかすかに囁いた。
“お前のことは・・・オレが必ず守ってみせる”
「オオオオオッッ〜〜〜〜ッンンンンッッ!!!!」
地を蹴った闘鬼の巨体が、天空へと跳び上がる。
串刺しの遺体を抱き締めた赤鬼は、ひと息に東京タワーの先端から引き抜いた。
「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・!!」
激しく肩を上下させて、ファントムガール・ナナは乱れた呼吸を整えようとしていた。
青の模様が浮かぶ銀色の皮膚には、無数の切り傷が刻まれている。血と埃とで、すでに守
護天使は薄黒く汚れていた。
「ギャハハハハアアァッ〜〜ッ!! どうしたァッ、ナナァッ!! 何度蘇ろうが、てめえじゃオレ
様に敵わねェのがわかったかッ、あァッ!?」
勝ち誇るギャンジョーの言葉に、青い天使は言い返すことができない。
元々、この疵面の怪物の強さは身に沁みて理解している。冷静に実力を比較すれば、ナナ
がまともに勝てる相手とは到底思えなかった。
「この悲鳴・・・てめェにも聞こえてるだろ? あァ?」
ギリと奥歯を噛み鳴らしただけで、やはりナナは返す言葉がなかった。
「ユリアのだな、こいつァ・・・ギャハハッ、どうやらあっちじゃ、お仲間が殺されかけてるみたい
だぜェ? てめェもすぐに、後を追うかァッ!?」
皇居前と日本武道館では、少し距離が空いている。隣の戦場の様子は、ここからでは明らか
ではないが、なにが起きているのか、予想はついた。
続々と仲間たち・・・処刑されたファントムガールが集結しつつあるのは、ナナも雰囲気で感じ
取れた。
だが、敵が悪すぎる。
一対一で闘うには、三凶の悪魔どもは強すぎた。現に、肉体的にはもっとも万全に近く、守護
天使のなかでも実力上位のはずのナナをもってしても、劣勢を強いられているのだ。
せめて、あのひとが。
あたしたちの中心にいる、あのひとが蘇ってくれれば・・・
天を揺るがす鬼の咆哮は、そのとき、ナナの耳に届いた。
「ッッ!!・・・吼ッ・・・介?」
なんと哀しい雄叫びなのか。
闘鬼の鳴き声に、思わずナナは宙天を見上げた。ギャンジョーすらも、誘われたように視線
を移す。
玲瓏なる満月を背景に、赤鬼が天高く飛翔していた。
その腕のなかに、美しき女神を抱いている。
銀色の皮膚が血に汚れ、冷たくなって動かない、美神の亡骸。
丸く輝く月のなかで、闘鬼は女神と唇を重ねた。
影絵のなかで、怪物と死者は、愛を交し合った。
「・・・・・・・・・里美・・・さん・・・・・・」
少しは痛むかと思った胸が、不思議なほど、穏やかだった。
そう。わかっていたから。
彼が、最後の最後に還る場所は、あたしじゃない。きっと、あそこにある。
・・・ドクン・・・・・・
鼓動が聞こえた。気がした。
この地上が、脈動するかの音色だった。
・・・ドクンッ・・・・・・ドクンッ・・・・・・ドクンッ・・・・・・
気のせいでは、ない。
月光のなかで、唇を重ねる死者の表皮が、かすかに輝きを放ち始める。
・・・ドクッ・・・ドクンッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・
「・・・・・・おかえり・・・なさい・・・」
許されるならば、ナナは大声をあげて泣きたかった。
だが、泣かない。
もしも泣ける日が来るとすれば、それは全ての闘いに終止符を打ったときだ。
「・・・ギャンジョー。いくわよ」
「・・・小娘がァ・・・希望が灯ったとでも・・・思ってんのかァッ・・・!?」
「そんなんじゃ、ない。ただ・・・みんなと、里美さんとまた一緒に闘えるのが嬉しいだけ」
・・・ドクンッ・・・ドクンッ・・・ドクッ、ドクッ・・・ドッ、ドッ、ドッ・・・
「いくッッ・・・ぞォッッッ!!! あたしたち、ファントムガールの力ッッ・・・思いっきりお前たちに
ぶつけるッッッ!!!」
太陽の少女が叫んだとき、月の少女はその肉体を震わせた。
・・・ドクンッッッ!!!
3、
全滅したはずの守護天使・・・銀色の巨大な少女たちが、次々に首都の決戦地に降臨してい
た――。
それは誰の差し金であっただろう。
テレビ、携帯、ネット回線を通じた動画配信・・・各家庭の茶の間から、手元にあるスマホにま
で、不意に廃墟と化した首都の映像が流れた。
魔人メフェレスが、この国の王となる瞬間を見せつけようとしたのか。
抵抗を続けるレジスタンスが、一部のメディアを抑えることに成功したのか。
恭順を示した政治家や官僚のなかに、密かな反乱者が紛れ込んでいたのか。
正解は誰にもわからない。
ただ、確実なことは、東京の地でリアルタイムで起きている決戦・・・人類の未来を賭けた最
終決戦が、全世界の人々に映像として流されていること。
そして、一度は完全敗北を喫したファントムガールが、再び聖戦の地に戻ってきたことだっ
た。
「ガンバレ」
「勝て」
「お願いします」
人々は祈る。濃密に祈る。
今後の全ての望みを捧げても構わないほど、全力で祈る。
非業の死を遂げたはずの少女たちに、もう一度・・・そして最後の、希望を託す。
皇居の付近。首都のなかでも、もっとも重要な中心。真の意味での都心。
3箇所にわかれた決戦場で、復活したファントムガールと、最凶の三悪魔との闘いは始まっ
ていた。
日本武道館のある北の丸公園では、青い天使ナナと、疵面獣ギャンジョーが。
皇居前広場では、すでに窮地にあるユリアと、一方的に責めるゲドゥー。
そしてもうひとつ、同じく皇居前の敷地で、かつて恋人同士だったサクラとメフェレスが、憎悪
の視線を交錯させている。
第1ラウンド、北の丸公園―――。
「里美さんは・・・蘇るッ!! 吼介が、生き返らせてくれるッ!!」
満月を背にした、怪物と女神のキスシーン。
幻想的な影絵を見上げたナナは、確信していた。ファントムガール・サトミの復活を。あのふ
たりが愛を交し合って、奇跡が起きないわけがない。
きっと、世界中の誰よりもナナが、あのふたりが本当に愛し合っていることを知っている。恐
らくは、当事者のふたり以上に――。
「ギャンジョーッッ!! あたしは今ッ・・・もんのすごくッ、たぎってるッ!!」
難攻不落の茶褐色の凶獣に、ナナは真正面から飛び込んでいった。
“サトミさんが還ってくるなら・・・戻ってくるなら、あたしたちは勝つッ! 勝ってみせるッ!!”
自分にとって、いかにサトミが大きな精神的支柱であったか、ナナは実感していた。
元々は、五十嵐里美を助けるために、ファントムガールになったのだ。
サトミのために、また闘える。その想いが、疲弊したナナに力を与えていた。錯覚や、思い込
みなどではない。「エデン」の能力によって、精神の昂ぶりは現実的なパワーと化している。
「小娘ごときがアッ!! 怒ろうが、燃えようが、このオレ様には鼻クソ同然だァッ〜〜ッ!!」
尖った槍腕を構えるギャンジョーが、疵面を吊り上げる。
幾度も激突を繰り返した、ナナとギャンジョー。すでにお互いが、相手の力量を見極めてい
た。
パワーとタフネス、圧倒的にギャンジョーが上。かろうじてスピードが、同等くらいか。
なによりもナナにとって致命的なのは、あらゆる攻撃が頑強な凶獣には通じない、ということ
だった。
「“BD7”のような超必殺技も・・・たぶん、普通にやったんじゃ、コイツは倒せないッ・・・」
耐え切られたら、即ちそれは、ナナの死を意味する。
ソニック・シェイキングと“BD7”、このふたつの大技は2発が限度だ。それ以上は、心臓が耐
えられまい。乱発はできなかった。
ならば、青い守護天使の闘い方は、どうしても限られてくる。
「超必殺技を放つ前に・・・できるだけッ! コイツの体力を削る!」
本来ならば十分殺傷力の高いスラム・ショットは、ギャンジョーには通じなかった。本物の匕
首が変形した槍腕は、容易く光弾を弾き返す。対ギャンジョーにおいては、スラム・ショットは 「戦力外」といっていい。
厳しいとわかっていても、肉弾戦を挑む。
それしか、ギャンジョーにダメージを与える方法はなかった。事実、都庁前での対決では、こ
の恐るべき凶獣をある程度までは追い詰めている。
だが。とはいえ。
「このオレ様相手にッッ!! 本気で正面から飛び込んでくるかァッ、てめえェェッ〜〜
ッ!!?」
ナナは文字通り、真っ直ぐ正面から、ギャンジョーに突っ込んでいく。
あまりに、危険すぎる動きであった。自殺行為そのもの。
大きく開いたライオンの口に、飛び込んでいくようなものだ。
「うおおおッッ――ッッ!!・・・勝負よッ、ギャンジョーッッ!!」
フェイントすら、しねえのかァッ、このガキィッ!!
バカがつくほど正直すぎる攻撃に、疵面獣は戸惑った。
逆に、虚をつかれた。まともに来るはずがない、という疑心が、最後まで居座り続けた。
反応の遅れたギャンジョー。その懐に、青い稲妻が潜り込む。
「このッッ・・・アホウがァァッッ!!」
ドボオオオオウウゥッッ!!!
ギャンジョー、超速の突き。
懐に飛び込んだナナと、疵面獣が打撃を放つのは、ほぼ同時。しかし、殺人狂のドスの一撃
は、常人の眼には捉えきれぬ速度を誇る。
少々、反応が遅れようと。
眼と鼻の先にまで、飛び込まれようと。
凶獣の槍腕は、一足早く、ナナの鳩尾に着弾していた。深く、深く、尖った先端が、銀色の腹
部に埋没していく。
「ゴッパアああアアァッッ!!」
「く」の字に折れ曲がった守護天使が、盛大に胃の中身を吐き出した。
赤いものが混ざる。びちゃびちゃと、茶褐色の凶獣に降りかかる。
ただでさえ致命傷たり得るギャンジョーの槍腕を、カウンターで喰らったのだ。まともに。しか
も、アスリート少女が、一直線に全力疾走したところに。
無事に済む、はずがなかった。
恐らく、ファントムガール・ナナの腹部には、筒抜けとなった大穴が開いていることだろう。ス
カーフェイスを喜悦に歪ませて、槍腕の先に視線を飛ばす。
ナナの鳩尾に、穴は開いていなかった。
「ぐうッッ!? ・・・ソリッド・ヴェール、かァッッ!!」
すぐに衝撃が来た。精神的なショック、ではない。現実の、衝撃。
はじめギャンジョーは、隕石でも降ってきたのかと錯覚した。
すさまじい激突の音が響き、頭部に衝撃が走る。眼の前に火花が散った。額が砕けたのかと
思った。
凶獣の巨体がグラリと揺れ、よろよろと数歩を後ずさる。
ツーンと突き抜ける痛みに、ギャンジョーの意識は、半ば混濁した。
「ぎゃふウッ!! ギィッ!! ギギッ!! てッ、ててッ、てェッめええェッッ!!」
「ぐふゥッ!! ぐぶッ!! ゴフッ!! ・・・ハァッ! ハァッ! どう・・・よッ!」
額を押さえて悶絶するギャンジョーの前に、少女戦士は立っていた。
ナナの額からもまた、鮮血が噴き出している。口からの吐血と一体となって、可憐なマスクか
らボトボトと垂れた。両手で押さえた鳩尾からは、黒い煙がかすかに昇っている。
ダメージでいえば、決して聖少女も軽くはない。いや、むしろ凶獣より重い。
それでもナナが、この瞬間、優位に立っているのは、予め覚悟を決めていたからだ。
「肉を斬らせて骨を断つ・・・ってね! ぶきっちょなあたしには・・・こんなやり方しか、できない
からッ!」
カウンターの槍腕が、腹部を狙ってくるのは想像ができていた。これまでの闘いで受けた苦
痛が、経験としてギャンジョーの癖をナナに教えていた。
だから、「く」の字に折れ曲がった勢いそのままに、頭突きを喰らわした。
勢いを最大限につけるためには、真っ直ぐ特攻するのが一番だった。痛撃が迎えるであろう
恐怖に打ち克って、ナナは全力でギャンジョーの懐に飛び込んだ。
むろん、カウンターを喰らって死んでしまっては意味がない。光の防御膜・・・ソリッド・ヴェー
ルで耐え切れると、確信してこその作戦だった。衝撃によって内臓に深刻なダメージを受けた のは確かだが、貫通していなければ、まだ闘える。
「お前とはッ!! 覚悟の量が、違うのよッ!!」
守護天使が、青い右の拳を握る。
この機に一気に畳み掛けねば、勝利はない。地力が違うモンスターを倒すには、一瞬のチャ
ンスに賭けるしかないのだ。
ファントムガール・ナナ、最大最高の打撃奥義を、惜しげもなく発射する。
「刹那ッッ!! 十二連撃ィッッ!!!」
ドドドドドドドドドドドドンンンンンンンンンンンンッッッ!!!
瞬間十二連発の打撃が、疵面獣の巨体に炸裂していた。
格闘獣・工藤吼介から授かった究極打撃。戦闘血族“シュラ”のみに発現可能な、超絶の神
業。
インパクトの瞬間の速度は、恐らくマッハを越えていよう。物体に働く力が、質量×速度で表
されるのならば、その破壊力はただ12発のパンチを浴びせたのとはレベルが違う。
拳の痕が、くっきりと巌のごとき巨躯に刻まれていた。
摩擦による白煙が、捻じ込まれた陥没痕から立ち昇る。仁王立ちしたまま、ギャンジョーの動
きは止まっていた。
牙を剥いた隙間から、吐血の塊が、ボタリと落ちる。
「ッッ・・・ナッ・・・ナアアァァッ〜〜ッ!!!」
縦横無尽に走る顔の疵が、今にも噛み付きかからんばかりに歪んでいた。
耐えた。耐え切っていた。
ファントムガール・ナナ最高の打撃作品を、ギャンジョーは全て受け切り堪えてみせた。これ
以上のハードヒットは、通常のナナには打ち込めない。
「カハアッーッ、ハアッ、ハアッ!! ・・・ハアッ! ハアッ! ハアッ!」
「これがッ・・・こんなもんがァッ・・・てめえェの必殺技かァッ!? あァッ!!?」
怪物か。
本当の怪物なのか、この疵面の凶獣は。
「ハアッ、ハアッ! クフウッ・・・う、ううッ・・・うおおおおオオオオォッッ―――ッッ!!!」
ドドドドドドドドドドドドオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
刹那十二連撃、ふたたび。
十二発の拳が、瞬く間にギャンジョーのボディに埋まる。重なる打撃の音色が、ひとつに聞こ
えた。
頑強な肉体に撃ち込まれた拳痕から、摩擦の煙が昇る。確実に十二発のブローは、凶獣の
身体に吸い込まれた。
ゆっくりと、茶褐色の巨躯が後ろに傾いていく。
だが、両脚を踏ん張った瞬間、崩れるかと見えたギャンジョーの身体は、ビタリと大地に根を
張った。
「ギャハッ・・・グハハハハアアッ〜〜ッ!!! 呑んだッ!! 呑み込んだぜえェェッ〜〜
ッ!!!」
全身の筋肉を硬直させ、守りに専念した疵面獣は、聖少女の究極奥義を受け切っていた。
ナナの刹那十二連撃を浴びるのは、これで都合3度目。1度目よりも2度目、2度目よりも3
度目と、喰らうたびにこの怪物は、己の肉体を強固に硬め、技への耐久力をあげていく。
「てめェの技の威力ッッ!! 全てこの身体で呑み尽くしてやったわァァッ!!! これでてめ
えェはァッ・・・」
「・・・わかって・・・るッ!!」
荒く息を吐きながら、ギャンジョーの正面に立ったナナは、高々と右腕を天に突き上げた。
握った拳に、光が凝縮していく。眩い輝きを放つ。
この体勢から繰り出される技を、疵面獣はよくわかっていた。
「はひゅうッ! ふうッ! 刹那十二連撃じゃッ・・・ハアッ、ハアッ! ・・・お前を、倒せないの
は・・・わかってたッ!」
右拳を地面に叩き込めば、ソニック・シェイキング。
己の心臓に打ち込めば、“BD7”。
頑強な凶獣をして、脅威を感じずにいられない超必殺技を、ナナは放つつもりなのだ。
「お前の動きを・・・ハァッ、ハアッ・・・止められれば、いい・・・一瞬・・・。この技を、発動できれ
ばッ!」
打撃を受け切るために、ギャンジョーは極限まで、己の筋肉を硬直させていた。
その結果、揺るがず。ほどけず。動けず。
わずか数秒の間とはいえ、ガチガチに固まった巌のごとき巨体は、防御のみに専念せざるを
得ない。
「ギイイィッ!?」
「これであたしはッ・・・お前を、倒すッッ!!!」
最大限に濃縮された光のエネルギーで、ナナの右拳が白く輝く。
弓を放つかのごとく、右腕を引き絞った聖少女の肢体は美しかった。眩いまでの、全身の銀
色。瑞々しく張り詰めた乙女のボディが、あらゆる筋肉を駆使して、一撃を放つ。
「ソニックッ・シェイキングッッ・・・」
唸りをあげて、輝く右拳が発射される。
地面へ・・・ではなく、ギャンジョーの心臓に向かって。
「・・・ダイレクトォッッ!!!」
ドドドオ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!!!
白光を纏ったブローが胸に叩き込まれた瞬間、ギャンジョーの巨体は小刻みに震動した。
広がっていく。打撃による超震動と、聖なる光のエネルギーが。
水面に落とした小石が、波紋を広げるように。魔を焼き尽くす白い波動が、凶獣の全身を覆
っていく。
ボシュッ!! ボシュンッ!! ボボッ!! ズボボボッ!!
「グオオッッ!! オオオッッ・・・ウオオオッッ!! オオオオオッッ〜〜〜ッッ!!!」
「あたしのッッ・・・ありったけの一撃よッ!! この悪魔をッ・・・滅ぼしてッッ!!!」
「ギュオオオオゥウウッッ―――ッッ!!! グオオオオオッッ―――ッッッ!!!!」
白い光の炎柱が、ギャンジョーの肉体を内側から突き破る。
広がる波動に合わせて、茶褐色の巨体にヒビが入った。鮮血が噴き出る。全身を朱色に染
めて、凶獣の肉体が割れていく。無数の火柱が、次々に硬い表皮を突き破る。
元々“BD7”は、ソニック・シェイキングを、直接敵に打ち込む技であった。
しかし、あまりに強力すぎる破壊力のため、ナナはひとを相手にした練習ができなかった。そ
こで自分の身体を実験台にした結果、副作用として生まれたのが“BD7”――。
つまり、人体にソニック・シェイキングを撃ち込む技術は、すでにナナのなかで完成されてい
た。
あまりにも強烈過ぎるその技を、放つチャンスがこれまでになかっただけだ。
“1体の敵に限定して使うならば・・・これより強力な技はないッ・・・お願いします、神様・・・これ
であたしに・・・勝利を・・・”
濛々と立ち込める白煙が、茶褐色の巨体を包んでいた。
超震動と光の火柱は、ギャンジョーの肉体を隅々まで駆け巡り、ようやく消滅していた。破壊
の蹂躙がウソのように、静まり返っている。
顔以外の場所にも、無数の疵痕が刻まれていた。パックリ割けた亀裂から、ブシュブシュと鮮
血が噴き出している。
二本の脚で立ったまま、疵面の凶獣は、ピクリとも動くことはなかった。
「・・・・・・勝っ・・・た・・・?・・・」
力が抜けていくのを、ナナは自覚した。
胸に打ち込んでいた右腕が、だらりと垂れる。両膝が、ガクガクと揺れていた。
勝った――。あの怪物・ギャンジョーを倒した。
数々受けた地獄の苦しみを。仲間たちの無念の想いを、ようやく晴らせるときがきた――。
まどろみに誘われるように、フッと意識が遠のいていく。
そのまま永遠にでも、聖なる少女戦士は眠っていたかった。
「・・・・・・・・・ナ・・・ナァッ・・・〜〜ッ・・・!!」
怨嗟の囁きに、守護天使は現実に引き戻された。
「ッッ!! そんッ・・・!!」
なバカな。
叫ぶより早く、巨大なペンチに変形した両腕が、左右からナナの脇腹を掴んでいた。ふたつ
の鋼鉄鋏は、それぞれ挟み込んだアバラの骨を、容赦なく砕いていく。
ベギベギィッ!! ボギンッ!! ポキッ!! ボギイイッ!!
「ぐはああアアッッ――ッッ!!! ぎゅああッ!! うああああッッ〜〜ッッ!!!」
「・・・効いた・・・ぜェェッ・・・今のはッ・・・!! だがアッ・・・肉を打たせて骨を砕く、ってかァ
ッ!? もうてめえェはッ・・・終わりだアッ・・・!!」
信じられなかった。
並のミュータントならば、ソニック・シェイキングで一度にまとめて殲滅されるはずだった。その
極大威力の波動を、一身に受けてなお、ギャンジョーは耐え切ったというのか。
勝てない。
ソニック・シェイキング・ダイレクトより強大な技など、ナナには放てない。いや、ファントムガー
ルのなかに、この技以上の威力を誇る技など存在しない。
つまり。
ナナだけでなく、他のファントムガールも、凶獣ギャンジョーを仕留めることは不可能。
頑強すぎる肉体を持ったこの怪物の前では、守護天使はあまりに無力な存在だった。
「そんッ・・・なァッ!? ・・・あ、あたし、はッ・・・どうすればッ・・・!?」
「お返しだァッ・・・ファントムガール・ナナァッ〜〜ッ・・・!! オレもとっておきを・・・見せてやる
アアァッッ〜〜ッ!!」
ペンチに変形した両腕で、脇腹を挟み掴んだまま、凶獣が聖少女の肢体を高々とあげた。
ボコボコと、ペンチが奇妙に歪む。
両腕の先をギャンジョーは、己が操る様々な武器・道具に変形することが可能であった。基
本形はドスであるが、ペンチや鉄球など、その変化は多種に渡る。
しかし、今回の変形は、これまでのものとは異なっていた。
「名付けてッ・・・究極拷問腕ッ!! アルティメット・トーチャー・アームッ!!」
ペンチの原型を留めたまま、いくつもの鋭い刃が両腕から飛び出す。
飛び出した白刃=匕首は、ナナの腹部、そして乳房にと、ブスブスと突き刺さった。
「んううッ!? くああッ!! がああアアァァアあッッ〜〜ッ!!!」
ペンチの性能だけでなく匕首・・・つまり、巨大ペンチに無数のドスを合体させた武器が、ギャ
ンジョーの両腕に現れたのだ。
正確に言えば、ウニやハリセンボン、あるいはヤマアラシといった姿を思い起こさせる形状
は、棘付き鉄球の要素も含んでいる。巨大ペンチをベースにして、短刀と棘付き鉄球を融合さ せたのが、現在の凶獣の両腕だった。
しかも、究極の名を冠するこの腕は、まだ他の拷問具の性能も、兼ね備えていた。
ギュルッ・・・ギュルルルルッ!! ギュウウッ――ッンン!!
「はぎゃああアアッッ!!? うぎゃああアアッッ〜〜ッ!! イヤアアアッッ―――ッッ!!!」
青き守護天使の胸。鳩尾。そして脇腹。複数の箇所を抉った刃が、高速で回転を始める。
拷問腕には、ドリルの性能も融合されていた。
鮮血が飛び散る。肋骨を粉砕され、さらには乙女の肢肉を抉り回される凄惨な仕打ちに、あ
られもなくナナは叫んだ。
正視に耐えられる光景ではなかった。北の丸公園に、紅の雨と悲鳴が降り注ぐ。バタバタと
宙を蹴って、ショートカットの少女戦士は激痛に悶え踊る。
「がひゅうウッ!! はひゅッッ・・・!! やめえェェッッ!! ヤメェッ・・・てええェェッ――ッ
ッ!! こッ、こんなッ・・・のッ・・・!!」
「まだまだッ・・・まだまだだアァッ!!」
ジュウウウゥ・・・
突如、ナナの体内に埋まったドスが、一斉に熱を帯び始めた。
「ハンダゴテもッ・・・融合させてあるぜェェッ・・・!! 内側の肉から焼かれていく気分はッ・・・
どうだアァッ、ナナァッ〜〜ッ!!」
ジュッ!! シュウウウゥッ〜〜ッ・・・ジュウウゥッ、ジジジッ!!
「へぶううゥッッ!!! ひぎゅううッッ!!! ギュアアッ・・・ギャアアアッッ〜〜〜ッッ!!!
ウギャアアアアッッ〜〜〜ッッ!!!」
壊れるほどに頭を振り、涎を撒き散らす聖少女。
蛋白質の焦げるニオイと黒煙が、いくつも開いた穴から流れていく。
酸鼻を極める拷問処刑であった。己の血でヌラヌラと濡れ光る守護天使が、生きながら焼か
れていく。ムチムチとしたアスリート少女の肉体は、小刻みに痙攣し続けた。
ヴィーン・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・
胸の中央でクリスタルが、緩やかに点滅を開始する。
「このオレ様にッ・・・あれだけのことをやったらどうなるかッ・・・覚悟はできてるなァァッ?」
パクパクと開閉するナナの口からは、言葉を返すことはできなかった。
ただ、ドス黒い鮮血の泡が、グジュグジュと溢れ出てくるのみ――。
「ミンチになれやあアァァッ〜〜ッ!!! ファントムガール・ナナァァッ!!!」
脇腹を挟み掴んでいた左右のペンチが、根本から回転する。
今度はペンチ全体が、ローラーのごとくスクリューしたのだ。ビッシリと埋め尽くした棘代わり
のドスが、ナナの横腹を切り裂き、鋼鉄の塊全体で、肋骨を磨り潰していく。
ザクンッ!! ・・・メキメキ・・・ザクンッ!! ・・・メシィッ・・・ザクンッ!! ・・・
「はアぐうゥッッ!!!」
ぶしゅうううッッ――ッ!!!・・・
股間から、紅く変色した小水が、激しく飛沫を撒き散らした。
少女戦士の首が、ガクリと落ちる。ナナの瞳からは、青い光が完全に消滅していた。
失禁と失神に同時に陥った戦乙女の肉体を、飽きることなく蹂躙する音色は、休むことなく続
いた。
「ギャハッ・・・グヒャヒャヒャヒャアアッッ〜〜ッ!! どうしたァッ、小娘ェェッ――ッ!! なん
とか言ってみろやァッ!! もっと悲痛の叫びを聞かせてくれよォォッ!!」
高く掲げた血まみれの守護天使、その股間に、疵面獣がかぶりつく。
尿の残滓もろともに、流れ落ちる鮮血を、ゴキュゴキュとギャンジョーは飲み込んだ。
ヒクヒクと痙攣する青のファントムガールは、だらりと舌を垂らしたまま、凶獣の蹂躙を受け続
けた。
ショートカットの美少女の表情は、完全なる敗者のそれであった。
・・・・・・・・・
・・・ここは・・・空・・・?・・・・・・
落ちていく、感覚がある。風が耳元で、唸っている。
私・・・・・・生きて、いる。
いえ、きっと・・・あなたに、救われたのね。
ガオウ。
赤い闘鬼。けれども、私を見詰めるその顔は・・・紛れもなく、あなたのもの。
「・・・・・・吼・・・・・・介・・・・・・」
言葉が出ていた。
私を抱き締めるその腕に、確かに力が強まった。
身体が・・・憶えているわ。あなたから注がれた、たくさんのエネルギーを。
愛を。
エナジー・チャージ。生き返った私は、あなたのエネルギーで動いているのね。
「・・・・・・里・・・美・・・・・・」
赤鬼の口が、私の唇を吸った。
丸い月が、頭上で煌くのが見えた。
ああ。
私たちは今、天空のなかに、ただふたりだけでいる。
ダメよ。
分厚い鬼の胸に、私は両手を置いた。一瞬。
ためらいがちな両手は、胸から離れて、彼の背中に回された。
そう。あなたは。
たとえ誰かの、ものになっても。
私を・・・守ってくれるのね。
なにもできなかった、私を。
「・・・・・・これが・・・最後でいいから」
ありがとう。吼介。
あなたの温もりに、もう一度包まれて・・・よかった。
「私を強く、抱きしめて」
背中に回した腕に、力を込めた―――。
「・・・・・・カロロ・・・」
東京タワーの足元に、赤鬼はひとり佇んでいた。
抱き締めていたはずの紫の女神は、いない。姿は見えなくなっている。
「まさか・・・怪物でもファントムガールを復活できるとは、予想外でしたね」
遠巻きに囲んだミュータントの群れ。リーダー格らしき水色の巨大生物が、ひりついた声で呟
く。
元官房長官・千山由紀人が変身したこのミュータントは、シュルトという名で呼ばれていた。テ
ッポウウオとのキメラであることを証明するように、細長く尖った口と、レンズのような眼が目立 つ。
「サトミをみすみす蘇らせてしまい・・・メフェレス様に、許されるはずがない。せめて、この赤鬼
だけでも始末しなければなりませんね。絶対に」
たきつけるシュルトに対し、周囲の反応は薄い。
これまでの経過を見れば、当然であった。闘鬼ガオウに襲い掛かったミュータントたちは、こ
とごとく瞬殺されている。一撃で。
貝殻や甲羅を持つ、頑強さがウリのミュータントさえ、荒ぶる鬼の前では紙のように引き裂か
れた。
「ええい、君たちッ・・・なにを戸惑っているのかねッ!? ここで鬼を退治せねば・・・我々がメフ
ェレス様に始末されるだけだぞッ!? わかっているのかッ!」
切迫した一喝に、尻込みする群れの空気がゾワリと動く。
保身を第一とする連中も、よくわかっていた。赤鬼を仕留めねば、自分たちが殺されるだけ
だ。リスクは承知で、挑むしかない。
だが、動いたのは、メフェレス配下の軍団だけではなかった。
「グルルッ・・・」
「ッッ・・・!!」
闘鬼ガオウは、周囲の殺意に敏感に反応していた。
黄金の眼が、ギロリと水棲のキメラ・ミュータントたちを睨む。幾重にも囲んだ包囲網が、格
闘獣には獲物の群れとしか映っていないようだった。
心なしか、眼光には、今までになかった理性が、わずかに灯っているように見える。
「・・・潰ス・・・」
はっきりと、意志を込めた言葉を、赤銅の鬼は口にした。
ボッッ!!!
大地が爆発した。ガオウが地を蹴る反動だった。
70体以上の軍団を、ひとりで相手する。下した結論に、躊躇いはなかった。群がる異形の固
まりに、闘鬼は突っ込んでいた。
キメラ・ミュータントの肉片と血潮が、首都の夜空に飛び散った。
皇居前広場の一角――。ユリアvsゲドゥー戦。
武道天使と白き凶魔の闘いは、すでに決着がついたと言ってよかった。
仰向けに転がるユリアの腹部は、焼きゴテを押し付けられたかのように、黒く焦げている。鳩
尾の上には、5つの穴が開いていた。
ゲドゥーの“最凶の右手”に、胃袋を直接握られた、名残りだ。
半開きの唇からは、コールタールのごときドス黒い吐瀉物が、グブグブと溢れ続けている。闇
エネルギーが、血とともに腹腔内で凝固したもの。胃に注入された猛毒が、内部をいっぱいに 満たして、たまらず逆流していた。
ユリアの両手の指は、火傷と血で黒く塗り潰されている。奇妙に歪んでみえるのは、ほとんど
が千切れかかっているせいだ。
毒に侵され、柔術の命ともいうべき指を破壊されて、ユリアの運命は決したも同然であった。
「・・・マヴェルが、死んだか」
凶魔が呟く。その視線は足元の女神にではなく、彼方へと向けられていた。
ユリアへの攻撃は、すでになにもしていない。ただ、片方の脚で、黄色の天使の薄い胸を、グ
リグリと踏み躙っているだけだ。
「・・・・・・ぁ゛・・・・・・」
「殺したのは、お前の仲間ではない。メフェレスだ」
少女の未発達な胸を、念入りにゲドゥーは踏み潰した。
乳房の脂肪の少なさが、逆にリアリティを伴って足の裏に伝わる。これはこれでオツだ。ほの
かな膨らみがグニャグニャと変形するのを、凶魔は密かに愉しんでいた。
蹂躙される側の武道少女は、屈辱と痛みで眉根を寄らせた。人形に喩えられる愛くるしい顔
が、歪む。
じっとりと、くすぐったいような快感が広がっているのは、懸命に隠した。
足の裏で踏み躙られた胸で、感じてしまっているなど・・・たまらない恥辱だった。バレるわけ
にはいかない。
「マヴェルは、憐れなヤツだった」
宙を彷徨っていたユリアの瞳が、思わずフォーカスを凶魔の顔に合わせる。
「意外か、ユリア? お前は少し、オレを勘違いしている」
「・・・・・・ごふッ・・・ぅぐ・・・」
「オレにも感情はある。マシンのような殺戮者とは、自分では思っていない」
踏みつけていた脚をあげ、ゲドゥーはその場で腰を下ろした。
なだらかな、少女戦士の丘陵で、ふたつのポッチが尖っている。
右手を伸ばした凶魔は、人差し指で、屹立したユリアの乳首を擦りあげた。指が何度も往復
し、小豆のような乳首をぶるぶると前後に揺らす。
「・・・んっ・・・!・・・」
「力もないのに、オレたちと同じ道を往かねばならなかった。選択できなかったのが、マヴェル
の憐れさだ」
「・・・・・・あな、た・・・はっ・・・」
咽喉奥で、喘ぎを殺しながら、ユリアは言った。
乳首を激しく摩擦されただけで、疼きが燃え上がるのを少女は自覚していた。じっと愛撫に耐
えるより、声を出したほうが、少しはラクになる気がする。
「なぜ・・・ひとを・・・・・・殺すんです・・・か?・・・」
「殺すとは即ち、そいつの人生に、もっとも深く関わることだ」
摩擦する指が、充血した蕾を転がし始めた。
横たわったユリアの全身が、ビクリと引き攣る。隠したくても、官能に身を焦がしているのは、
もはや明らかだった。
「そいつの人生を呑み込む。受け継ぐ。殺すことで、オレはそいつを喰らうも同然。これほどの
快楽はあるまい」
「・・・快楽だ・・・んゥっ!・・・なんて・・・・・・んはァ!?・・・」
「ユリア。お前は、生まれついての強者ではないな」
“最凶の右手”がピンクの光を放つ。快楽を催す“最嬌”の淫光。
人差し指でスリスリと回しながら、ふたつの胸の突起に、痺れるような愉悦が沁みこんでい
く。
「くふうゥゥっ――っ!? ひィうっ・・・きゃはアぁ・・・!!」
「オレには、物心ついたときには、この“右手”があった」
15歳の少女が官能に悶えるのも構わず、ゲドゥーの独白は続いた。
「その骨格、肉付き。決して恵まれたとはいえぬ肉体を、お前は長い年月の修行で、そこまで
に鍛え上げたか。その努力の結晶を、オレは喰らう。わずかな間にな」
「んはアぁっ・・・や、やめッ・・・!! やめて、くだッ・・・」
「懸命に励んだお前の命は尊い。だからこそ、喰らうのは心地いい。生まれついての強者でな
ければ、理解できない心境だ」
“最嬌の右手”が離れても、ピンクの発光は輝き続けた。
ろうそくの灯火のように、ふたつの乳首のうえで、ゆらゆらと桃色が揺れている。
淫光の輝きが強弱をつけるたびに、ユリアの発展途上の胸に、鋭い刺激が貫いているようだ
った。
「はぁくッ!! きひィっ!! くひゅッ・・・ひゅえあァッ!!」
「助けあい。思いやり。友情。所詮は、弱者のために生まれた言葉だ。そうした惨めな感情は、
オレには関係がない。傷を舐めあうお前たちでは、オレを理解することなど、できない」
「あ、あなたはッ・・・間違って・・・んうゥッ!! ・・・いますッ・・・」
身をよがらせ、大地の上でくねりながらも、おさげ髪の少女は言った。
「あなたはッ・・・くふゥッ!! ・・・強いです・・・でも・・・きゃはアッ!!・・・それは、本当の強さ
じゃ・・・ない・・・」
「これから死んでいく者の言葉には、説得力がないな」
ピンクの淫光を纏い続ける右手で、ゲドゥーは胸中央の水晶体を握る。指の力が入らないユ
リアに、命の象徴への攻撃を止めることはできなかった。
凄まじい握力で、エナジー・クリスタルを掴みながら、凶魔はギュリギュリとねじ回す。
「きゃああああッ――ッ!!! くあああああッッ〜〜〜ッッ!!!」
「猛毒に侵されたお前は、もう助からん。まして、その指では得意の柔術も掛けられまい。ユリ
アよ、お前の死はすでに確定している」
クリスタルから右手を離した凶魔は、ユリアの上半身を引き起こす。
オモチャのように、黄色の女神はされるがままだった。脚を投げ出し、腰を下ろした姿勢とな
ったユリア。その背後に回ったゲドゥーは、腋の下から両手を差し伸ばす。
未成熟な、ふたつの膨らみを掴んだ掌は、黄色の模様が歪むほどに強く揉みほぐす。
「ンかはァっ・・・!! んくぅっ・・・!! は、離して・・・ください・・・ィッあっ!!」
「死の直前に、『エデン』は引き抜く。それまでは、鍛錬を重ねたお前の肉体を、せいぜい賞味
するとしよう」
「やめ・・・やめて・・・くださいっ・・・!! お、お願いッ・・・です・・・!!」
「やはり感じやすい体質のようだな、ユリア。武道家として壊せるだけでなく、純真な生娘として
も愉しめる。なんとも極上の馳走だ」
叫ぶユリアの口から、ヘドロにも似た真っ黒な塊が、ドロリとこぼれる。
胸の水晶体は、相変わらず点滅を繰り返していた。刻一刻と、銀と黄色の守護天使は、死へ
と向かっていく。
抗うユリアに構うことなく、ほのかなバストを凶魔は揉み続けた。執拗に揉む。胸の肉を潰さ
れる痛みと、じわりと湧き上がるくすぐったい感触に、奥歯を噛み締めユリアは耐えた。
「いい顔だ、ユリア。羞恥と苦痛が、絶妙に相まった、な」
ピンク色を灯した乳首に、黒縄で編まれたような凶魔の指が、ピタリと当てられる。
キュン、と屹立しきった突起を、指は片時も休むことなく弄ぶ。シュルシュルと摩擦し、コリコリ
と引っ掻く。時にキュッと折り曲げ、羽毛のごとく優しく撫でた。
多種多様に刺激が変化するたび、乙女のセンサーは従順に反応する。
痺れるような快感が乳房全体を包み、ジュンと熱い滴りが、下腹部の奥で湧き上がる。
「んンンっ〜〜ッ!! ぁハアッ・・・!! やめッ・・・てへェッ・・・!!」
「フン。容易く快楽の側に、針が吹っ切れたか。ウブなカラダだ」
乳房を揉みしだき、頂点の突起を弄りながら、ずるずると柔術少女を引き上げていくゲドゥ
ー。
蕩けた表情で、人形のように持ち上げられていく姿は、守護天使として恥辱に過ぎた。だが、
瞳を泳がせ、半開きの口から甘く吐息をもらす聖少女は、バストから送られる官能電流に絡め 取られてしまっている。
数え切れぬ女体を篭絡した手練の前に、思春期の乙女はあまりに脆かった。
「はァっ・・・はァっ・・・んはアッ!! あッ・・・ああァ・・・お、お願いィ・・・ですッ・・・ち・・・ち、く
び・・・はァ・・・も、もうやめへェェッ・・・ぇあアッ!!」
バタバタと脚を踊らせ、ユリアはもがいた。
ふたつの乳房を握られ、支えられた少女のムダな足掻きだった。ゲドゥーの愛撫は止まな
い。
触れるだけでも感じてしまう、過敏な乙女の柔肌。15歳の青い果実に、鋭すぎる快感が注ぎ
込まれていく。積み重なっていく疼きを吐き出すように、ユリアはひたすら両脚で悶えた。
下腹部の女芯では、内圧が爆発寸前まで高まっている。
いっそ噴き出したくても、乳首責めのみでは、達するまでには至らなかった。ただ、劣情の炎
が燃え盛るだけ。マグマが沸騰し、内圧はとっくに臨界点を迎えているのに、熱が続々と下腹 部に送り込まれる。
「きひゅッ・・・ンンっ――ッ!! ンぅッ!! くふゥッ――ッ!!・・・」
「これ以上はない、というほど、コチコチに乳首が固まったな。イキたいか、ユリア?」
首だけ背中に回したユリアが、恨めしそうな瞳を向ける。
美少女の顔は、蕩けきっていた。今にも湯気を昇らせそうに、上気している。
だらしなく開いた唇から、毒タールと混ざって、透明な涎が糸を引いて垂れていた。
「イキたいか?」
ごくっと涎を飲み込んだ少女戦士は、首をゆっくりと横に振る。
その瞬間に、凶魔の右手からピンク色の光線が、なだらかな胸を包むように放射された。
「きゅはああアアアッッ―――ッッ!!! へェあああアアッッ〜〜〜ッッンンン!!」
全身を突っ張らせ、コクコクと首を縦に振る、黄色の天使。
襟足でふたつに縛った緑の髪が、小刻みに揺れる。官能の痺れに耐えかねたように、すらり
と長い両脚が、ガクガクと震えた。
「いいだろう。願いを叶えてやる」
バストを掴んでいた両手が、離れる。
乳房責めからの解放に、吐息とともに脱力するユリア。だが、安堵したのは束の間だった。
快楽電流に絡め取られ、動きの固まった武道天使を、易々とゲドゥーが両肩に担ぎ上げる。
天を仰ぐユリアが逃れようとするより早く、その細首が掴まれた。窒息と圧迫が聖少女を責め
る。
同時に凶魔の右手は、ユリアの股間をガッシリと鷲掴んだ。
「ああァぐッ!!?」
背骨の軋む悲鳴に、苦悶の声が武道天使から漏れる。
プロレス技でいうところの、アルゼンチンバックブリーカー。
だが、首と股間を容赦なく握っているのが、ゲドゥーのエグさだった。息苦しさと激痛を与えつ
つ、華奢な少女を怪力で折り曲げていく。
ググッ・・・メシメシッ・・・メキイィッ!!
「ゴフゥッ!! グブッ・・・がッ!! ・・・あアッ!! ・・・ゲホゲホッ!!」
「お前とは、知らない仲ではない。闘争本能を剥き出しにした際は、このオレが戦慄を覚えるほ
どだった」
武道館前で激突した、前回の闘い。
瀕死に陥り、無意識のうちに死力を尽くしたユリアは、ゲドゥーとギャンジョーの二体相手に善
戦した。その強さのポテンシャルは、決して恐るべき凶魔相手にも、劣っていることはない。
「快楽責めに免疫がないのは、よくわかっている。ならば、お前が手も足も出せない状態のま
ま・・・嬲り殺すことにしよう」
股間を掴んだ右手が、再びピンクの光芒を放ち始めた。
湧き上がる、悦楽の津波。生温かいジェルを刷り込まれ、蠢動するかのようだった。すぐにゲ
ドゥーの狙いが、ユリアにはわかった。
だが、背骨を反られ、空中に担がれた態勢では、どうすることもできない。
“最嬌の右手”がクレヴァスを摩擦する。秘裂に、痺れるような愉悦が広がっていく。
暴発寸前まで沸騰していた女芯のマグマが、すかさず活動を再開した。
「んああアッ!!? かはッ・・・!! きゅふゥッ!! きゃあああッ―――ッ!!!」
「望みを叶えると言っただろう。遠慮なく、昇天するがいい。ファントムガール・ユリア」
右手に掴まれた恥骨が、ゴキゴキと不気味な音色を奏でる。
銀色の股間に、浮き上がってくる乙女の性器。陰唇の周辺に、ピンクの淫光が沁みこんでい
く。ビクビクと、柔術で鍛えられた内股が痙攣する。
すでに濡れ切った肉壷の内部では、突っ込まれた凶魔の指が、愛蜜を掻き混ぜていた。ビラ
ビラのひとつひとつに、ピンクのジェルが溶け込むようだ。
「ひきゅんッ!! きゃはアアッ・・・!! んんっ、んくううゥッ――ッ!!!」
ベキベキッ・・・ミシィッ・・・ゴキッ・・・
全身を痙攣させるユリアの背中が、崩壊の序曲を奏でる。
快楽に貫かれ、武道天使の筋力は操縦を失った。弛緩した背骨を、怪力が容易く反り曲げ
ていく。
苦痛で意識はさらに混乱し、背骨の神経は圧迫されて、ますます抵抗は弱まる。
背骨折りと快楽責めのミックスに、黄色の守護天使は完全に負の循環に組み込まれた。
「ごぶうッ!! くふゥゥッ!! ふぇああアッ・・・!! こ、こんッ・・・なァ・・・ァハアッ!!」
「トドメだ」
ジュブジュブと蜜汁を噴き出す陰部から、ゲドゥーの指が引き抜かれる。
ピンクの光を纏ったまま、凶魔は下腹部のクリスタルを掴んだ。
ユリアの子宮と同化した水晶体。突き刺すように、桃色の淫光が照射される。肩に担がれた
ユリアの股間が、ブルブルと小刻みに震動を続ける。
「ィいぎィィッ!!? ぎアッ・・・きゃああああアアアッッ―――ッッ!!!」
「この態勢では、身を捩ることすらできずに、悦楽を受けるしかない」
「ダメぇッ!! ぇぶうッ!! ひゃっ・・・はめえェェっ〜〜ッ!! ひゃめへえェェッ――
ッ!!!」
ぷっしゃあああッ――ッ・・・!!
半濁の聖水が、ユリアの股間から激しく噴射し飛び散った。
パンパンに高まった内圧が、一気に爆発した証。女芯の底から吐き出すように、聖少女の潮
吹きは、滝となって噴き出し続けた。
だが、ゲドゥーの処刑の恐ろしさは、ここからが本番だった。
ぶしゅぶしゅと、クレヴァスから飛沫を噴き止まぬユリアを、怪力で反り曲げる。
溜まりに溜まった劣情を吐き出し、ぐったりと脱力した守護天使は、まともに屈折の圧力を浴
びた。
メキイイイィッ!! ミチミチミチッ!! ゴキィッ!!
「ひゃぐううゥッ!!! ぐあああアアッ〜〜ッッ!!!」
「背骨は砕けなかったか。案外、頑丈だな」
「ごびゅううッッ!! ゲボオオオッッ・・・ッ!! こふッ・・・ェ・・・ア゛ッ・・・」
仰向けにしなったユリアの口から、大量の黒ヘドロが吐き出された。
イカされた直後の、背骨折り刑。精根を削ぎ落とされたところへの破壊の衝動は、深刻なダメ
ージを女神の身体に与えた。このループが続けば、背骨が真っ二つに折れるのも時間の問題 だ。
ヴィンッ・・・ヴィンッ・・・ヴィンッ・・・・・・
エナジー・クリスタルの警告音が、微妙に変化する。ユリアの生命力に、急激な衰弱が訪れ
たことを示して。
だが、たった今、絶頂を迎えたばかりの聖少女に、凶魔の右手は間を置かず、ピンクの法悦
光線を浴びせていく。股間が再び、艶かしい光彩に照らし出される。
「んひィィッ!!? ふぇあ゛ッ・・・!!」
「もう感じるのか。年頃の小娘は、感度が高い」
「ああッ・・・!? う、ウソ・・・やめ・・・やめ、てェェ・・・ッ!!」
心底からの懇願を、ユリアは口にした。
ふるふるとかぶりを振る。束ねたふたつの髪が、哀しげに揺れた。
バックブリーカーに捕えられたままのスレンダーな少女は、凶魔の肩の上で、またも悦楽に
貫かれる。肉欲を催す淫光が、子宮そのもののクリスタルに照射される。
「うびゃあああアアッッ―――ッッ!!! イヤアアアッッ―――ッッ!!!」
涎と愛液の残滓が、ユリアの口元と股間から、同時に飛び散った。
嬌声を迸らせ、黄色の天使は狂ったように暴れる。だが、ひとつ眼の凶魔は、ビクとも動かな
い。
バタつく脚は虚しく宙を蹴り、華奢な肢体は捻ることすらできない。ただゆっくりと、反り曲がっ
ていくのみ。
ズタズタに裂けた指を、たまらず首元へと伸ばす。咽喉に食い込んだ黒縄の指を、必死で解
こうと力をこめた。
万力に勝るゲドゥーの握力を、非力なユリアが解けるわけがなかった。
ミシミシと全身を軋ませて、武道少女は、されるがままに愛撫を甘受するしかないのだ。
“こ・・・んなッ・・・!! この・・・状態・・・はッ・・・!!”
柔術の天才であるユリアは、あらゆる関節技に精通している。極め技の応酬において、余程
の達人でなければ、ユリアを制することなどできないだろう。
しかし、この大味すぎるプロレス技・・・アルゼンチンバックブリーカーに対して、武道少女は
有効な対処策を持たなかった。
担ぎ上げられれば、力づくで脱出するしかない。
だが、“最凶の右手”を有するゲドゥーには、ユリアの腕力など無きも等しかった。
関節技の極意を知り尽くしたはずの柔術少女が、パフォーマンス重視の大技に、圧倒的なパ
ワーの前に、太刀打ちできないのだ。
“・・・だったら・・・目を・・・ッ!!”
凶魔のひとつ眼を突く。そこならば、背骨折りの態勢からでも、手が届く。
半ばもげかかった指に力をこめ、ピンと伸ばして、右手を振った。
「予想通りだな」
ボシュンッッ!!!
ゲドゥーの濃紺のひとつ眼から、漆黒の光線が発射された。
目潰しを狙ったユリアの指に、直撃する。一直線に伸びる漆黒が、月下の空を切り裂いた。
守護天使の右手。その人差し指と、中指とが、第二関節から蒸発していた。
「あッ・・・!!? ・・・ウワアアアアッッ〜〜〜ッッ!!!」
「これでお前は、成す術なしだ」
股間を照らすピンクが、発光を強める。
呼応するように、ふたつの胸の頂点・・・灯火となって蕾に揺らめく淫光が、激しく輝きだす。
「ひゃふうッッ!!? んあアァッ・・・!!」
「望み通り、イカせてやると言ったな。遠慮なく、昇り詰めろ」
下腹部のクリスタル、そしてふたつの乳首に灯るピンク光が、三角形を描いて繋がる。
三点を責める悦楽の光は、互いに干渉しあって激しく輝いた。聖少女の過敏な極点を、一斉
に怒涛の法悦が襲う。
「きゃふううゥゥッ〜〜〜ッ!!! ひゃめええェェッ――ッッ!!! んんああアアアッッ――
―ッッ!!!」
たった今、爆発したはずの内圧が、グングンと上昇していく。蜜壷の奥地が、枯れることを知
らずに官能の滴りを溢れさせる。
“・・・逃げ・・・られない・・・・・・私・・・はッ・・・もう・・・・・・”
ユリアは運命を悟った。
背骨折りからの脱出は不可能だった。のみならず、ウブな少女には苛烈すぎる悦楽愛撫に、
意識を集中させることすらできない。
このまま、背骨を砕かれながら・・・ファントムガール・ユリアは、イキ果てて、死ぬのだ。
天才的な柔術少女は、プロレスの大技に破壊され、痴態を晒して処刑される。
ぶっしゅうううっ・・・!!
二度目の潮吹きが、盛大に股間から噴き出した。
ガクンと、ユリアの四肢が垂れ落ちる。全身の痙攣が、ピタリとやんだ。
一度目と、半濁の飛沫はほとんど変わらぬ量だった。凶魔の右手がビッショリと濡れて、雫を
垂らす。
反抗する力さえ失った守護天使の股間を、それでもピンクの悦光が、またもや照らす。
「・・・ひゃふッ・・・」
とろりと、ユリアの口から小さな舌がこぼれ出る。
なにをされるかは、当然理解していた。それでも、もはや黄色の天使には、息絶える瞬間ま
で、陵辱を受け続けるしかない。
トロトロと唾液の糸を垂らすユリアの股間で、蜜壷を摩擦する淫靡な音色が、ジュブジュブと
響いた。
「ぇあ゛ッ・・・!! きゃハアッ・・・!! ひゃばアッ!!」
ぶじゅううッ!! ・・・ボトボト・・・ぷしゅッ・・・!!
ギギッ・・・ギギギ・・・ジジジジッ・・・
三度目の昇天で、下腹部のクリスタルが悲鳴をあげだした。
昆虫の鳴き声にも似たそれは、子宮と同化した『エデン』が、叫んでいるようにも聞こえた。
「・・・ゆる・・・してぇ・・・も、う・・・ンハアッ――ッ!!!」
じゅぶッ・・・!! ぴゅッ・・・
四度目の絶頂では、ユリアの全身が引き攣った。
舌も四肢もだらりと垂らした守護天使からは、なんの力も感じられなかった。
ゴキゴキと、背骨が残酷な音色をあげる。エナジー・クリスタルの点滅が、徐々に間延びして
いく。
「・・・・・・ァ゛ッ・・・んくゥッ・・・!!」
五度目に達したとき、一際大きな痙攣が、肩の上の女神を襲う。
・・・ぷしゅッ!!・・・ジョボボ・・・ボタタタ・・・
ユリアの股間から、それまでと異なる種類の聖水が噴き出した。
ほのかに黄金がかった飛沫が、派手にクレヴァスの隙間から飛び散る。緩やかな流れだっ
たそれは、やがて勢いのある滝となった。
執拗に浴びせられる官能の洪水で、ユリアの自律神経は制御を失っていた。失禁の放水
が、凶魔の右腕をヌラヌラと濡れ光らせていく。
「・・・・・・も・・・・・・う・・・・・・」
武道家としての自尊心も、守護天使としての矜持も。
聖少女を支えていたものは、音をたてて崩壊していた。スレンダーな黄色の天使は、生命の
雫を体液とともに迸らせながら、死に向かっている。
ヴィ・・・ン・・・・・・ヴィ・・・ン・・・・・・
青く輝いていた胸のクリスタルが、今にも消え入りそうに、その点滅を緩やかにしていく。
「ファントムガール・ユリア。お前では、これが限度だ」
股間と首を掴んだ両手に、凶魔ゲドゥーが力を込める。
メキッ・・・ベキベキベキッ・・・ボギイィッ・・・
ユリアの背が、異常に海老反った。股間と口から、様々な体液が飛沫を撒き散らす。
「・・・アッ・・・アアアッッ!!」
己の背骨が限界を迎えたことを、ユリアは悟った。
ボンンッッ!!!
眩い光弾が、一直線にゲドゥーを襲ったのは、その時だった。
刹那の判断で、凶魔が飛び避ける。ユリアを投げ捨てたゲドゥーは、追尾してくる白光弾を
“最凶の右手”で握り潰した。
光の爆発が、凶魔の右手の内部で起こる。
右の掌を、平然と見詰める濃紺のひとつ眼。その隙に、脱力するユリアの肢体に、光の帯が
巻きついた。
帯の手元へと、黄色の天使が引き戻される。
光弾と、光の帯とは、同じ場所から放たれていた。皇居前広場の外れ。高層ビルの屋上か
ら。
「・・・来たか」
満月を背景に、ひとりの少女が立っていた。
風に広がる長い髪。美神を象ったような完璧な女体のフォルム。月光を反射する銀と紫の皮
膚が、神々しいまでに輝いている。
巨大な姿といい、並外れた美麗さといい、女神と呼ぶのが相応しい姿だった。
ゲドゥーを見下ろす切れ長の瞳には、隠しきれない優雅さと、厳かなまでの冷徹さが漂ってい
る。
「やはりお前も・・・蘇ったか。ファントムガール・サトミ」
月が、死と美とを司るというのならば。
その化身は、今宵浮かび上がった、この守護天使に相違なかった。
ファントムガール・サトミは、復活した。
瀕死のユリアを胸に抱き、満月を背負った少女戦士は、烈風をはらんで立っていた。
「お前と再び会えるのは・・・オレにとっては、至高の悦びだ」
聖少女のひとりを始末する、絶好のチャンスを逃したというのに。
ひとつ眼の凶魔は、歓喜した。強者を喰らうこそ、この男にとって、最上の愉悦。
「よく、戻ってきた」
朋友に呼び掛けるように、ゲドゥーは言った。
「なぜ、生き返った?」
「・・・・・・あなたを・・・止めるためよ」
凛とした少女の声が、風に溶ける。
月光のなかで、美麗な天使は夢幻のごとくに煌いた。
「お前に、止められるか?」
「・・・・・・」
「勝てぬと悟りつつ・・・またオレと、闘ってくれるのだな」
沈黙が流れる。数秒。
固い決意を込めて、美しき女神は、言い放った。
「・・・勝ちます」
蘇った美女神の台詞に、ひとつ眼の凶魔は身を震わせた。
恐怖ゆえ、ではもちろんない。武者震い、というのとも、また少し違う。
これだ。この快感。
実力差は思い知っているはずなのに・・・本気で向かってくる敵。歓迎すべき、真の強者。
ファントムガール・サトミと再び闘える幸運に、心底からゲドゥーは感謝していた。他に類を見
ない美味を、またも味わえるのだ。今後、『エデン』を利用してファントムガールを育成しようと も、現存する5人以上の凄玉には、まずお眼にかかれまい。
「今宵は、オレにとって最良の日となりそうだ」
極上の馳走、ファントムガールを・・・まとめて咀嚼できるのだから。
まずはサトミ。続けて、半死のユリアにトドメを。
『エデン』を引きずり出したあとで、その命を終わらせる。ふたりを味わい尽くした後は、他の
3人も順番に喰らっていけばいい。頑丈なだけが取り柄のギャンジョーや小僧のメフェレスに、 気高く美しい守護少女をくれてやるのは勿体無い。
「お前たち至高の逸品を喰らうのは、このオレこそが相応しい」
濃紺のひとつ眼が輝く。と同時に、地を蹴っていた。
皇居前広場からは離れた位置にある高層ビル。その屋上に直立するサトミ目掛け、ゲドゥー
がこの怪物らしからぬ必死さでダッシュする。
紫の守護女神もまた、動いていた。
ゲドゥーが駆けるのにあわせて、屋上を飛び降りる。脱力したユリアを、胸に抱いて。急降下
した肢体は、羽毛のように大地に着地する。
全力で、サトミは疾走した。
迫り来るゲドゥーとは、反対の方向へ。
「ッ!?・・・逃げる、のか?」
サトミの行動は、少なからず凶魔の予測を裏切っていた。
ユリアを回復させるため、一旦退くのか? 浮かんだ考えを、自ら即座に否定する。サトミた
ちファントムガールに、そんな余裕はないはずだ。彼女たちの目的は、魔人メフェレスの野望 を挫くこと。そのためには、この決戦から逃げることは絶対にできない。
「だが・・・」
紫と銀の背中を追いながら、凶魔の脳裏を思考が巡った。
流浪ヤクザであるゲドゥーは、東京の地にもある程度馴染みがある。サトミが走っている先
に、どんな街があるのか、むろんわかっていた。
新橋。
皇居からやや南下。東京タワーのある芝公園との、ほぼ中間にあるこの街は、サラリーマン
のインタビューなどでお馴染みとなっている。近くの汐留や、お台場行きのゆりかもめの乗り場 としても有名だ。
なぜここが、インタビューの場に選ばれるのか。現地にいけば、簡単に理解ができる。
サラリーマンのメッカ。
近代的オフィスビルが立ち並ぶこの街は、都会という言葉が持つイメージを、もっとも現出さ
せているといえた。居並ぶ高層ビルの数々・・・その間を縫って空中を移動する、銀色のゆりか もめ・・・数十年前に描いた、近未来の予想図にもっとも近い風景がこの新橋にあるのだ。
名称の地味さを裏切る華やかさが、新橋にあることはゲドゥーもよく知っている。オフィス街の
中心地、といってもいい場所だ。
だからこそ、解せなかった。
人々は避難し終えているとはいえ、人類の守護女神たる少女たちは、街や建造物に被害が
及ばぬ場所を戦場に選ぶのが常だ。だからこそ、皇居前広場や日本武道館の近くという、広 大な土地で今回も戦闘を繰り広げている。
それをサトミは、自ら高層建築物の集中地に向かうというのか。
この場で巨大生物が激突すれば、多大な被害は免れそうもない。
「――むゥ・・・」
気がつけば、ゲドゥーは林立するオフィスビルの真ん中に立っていた。
50mある凶魔が、周囲のビルに見下ろされている。まさに、コンクリートの竹林に囲まれた
かのようだった。普段なら酔いどれたサラリーマンでごった返しているはずの街は、月の光の なかで静まり返っている。
ひとつ眼の凶魔は、ようやくサトミの真意に気付いた。
紫の女神の姿は、いつの間にか、掻き消えている。
視界に映ることもなければ、音も聞こえてこない。鉄筋の密林のなかに、くノ一戦士は消息を
絶っていた。
ゲドゥーの脳裏に、かつての五十嵐里美との闘いが蘇っていた。人間体。青山墓地での闘
い。
あの時も、忍びの末裔である少女は、林のなかに姿を隠すことで撹乱したのだ。
「・・・この巨大な姿、そして無機物のジャングルで・・・あの時の再現を狙うか」
あの時も、負けたくせに。とは、ゲドゥーは思わない。
「私が唯一、ゲドゥーに勝てるもの・・・それは、殺気を消す技術よ」
くしくも白き凶魔と同等の認識を、サトミはこの時、ひとり呟いていた。
ビルの死角に隠れた位置で、そっと傷ついたユリアを降ろす。
荒い息を吐く黄色の天使を、高層ビルのひとつにもたせ掛けた。人類の叡智が詰まった建造
物は、50m級の天使が背を預けたくらいでは、崩れることはない。
「サト・・・ミさん・・・はァッ・・・はァッ・・・ゲドゥーの・・・強さは・・・・・・本物です・・・」
「わかっているわ、ユリア。最強の矛と盾を兼ね備える右手・・・残酷にして冷静な判断力・・・ゲ
ドゥーに弱点らしい弱点はない。ただ、敢えてあげるなら・・・」
コンクリート・ジャングルに身を潜めながら、サトミは青山墓地での闘いを冷静に思い返して
いた。
片倉響子と組んで、海堂一美&久慈仁紀と対峙したあの時。結果的に敗北は喫したが・・・
忍びの特長を利した闘いぶりに、ゲドゥーこと海堂が後手を踏んでいたのは確かだ。むしろ暗 殺剣の達人である久慈の方が、気配の消し合い、読み合いに関してはリードしていた感があ る。
現代くノ一であるサトミが、凶魔ゲドゥーに勝つためには。
障害物を利用しての、ヒット&アウェイ戦法がもっとも効果的だった。真っ向勝負では勝てな
い、ならば、気配を殺して背後を襲う、弱者の闘い方に徹するべき。
そのためには、街に被害がでるのも、躊躇わない。いや、躊躇ってなどいられない。もう後が
ないところまで、サトミたち人類は追い詰められているのだ。
「死角から襲えば、ヤツに一撃を与えることはできるわ」
「・・・一撃・・・」
呟くユリアの口から、ゴボリとヘドロのような血塊がこぼれる。
「ユリちゃんッ!?」
「・・・へい・・・きです・・・。大きな声を・・・出す、と・・・気付かれちゃいます・・・」
震えながら黄色の天使は、左手の人差し指を、己の唇に当てた。
愛らしい少女の愛くるしい仕草が、サトミの胸に、鋭さをもって突き刺さる。
「ユリア・・・変身を解いて。あなたのその身体では、もう満足に闘えないわ」
「それは・・・できません・・・」
「命令よ。ユリア、せめてあなただけは、生き残るの」
「サトミさんは・・・甘いです」
痛烈な言葉に、紫の美女神の胸は、再びズキリと痛んだ。
思い出す。以前にも、この人形のように可憐な最年少の天使に、同じ言葉を投げられたの
を。
そう、忘れてはいけない。内気で童顔なユリアは、歴とした古流武道の継承者なのだ。
「サトミさんひとりでは、ゲドゥーには勝てません・・・たった一撃で、あのひとを倒す技なんて・・・
サトミさんにはないはずです」
唇を噛み、サトミは黙った。
ギャンジョーほどではないとはいえ、ゲドゥーの耐久力は決して低くない。噴き上がる闇のエ
ネルギーが、全身を無意識の鎧となって覆っているからだ。
暗黒エネルギーを打ち破る方法ならある。ディサピアード・シャワーで、光の奔流を浴びせ続
けるのだ。しかし、“最凶の右手”が途中で遮断するだろうし、まして準備期間の4秒を確保す るのは、至難の業だ。現実的には、ディサピアード・シャワーではゲドゥーを倒せまい。
「一撃しか、チャンスがないのなら・・・私にやらせてください・・・」
「あなたになら、ゲドゥーを倒せる技があるというの?」
「ありません・・・私の力では・・・あのひとには、通用しませんでした・・・」
ビルにもたれながら苦しげに呻くユリアを、サトミは見詰めた。
華奢な黄色の肢体が、震えている。苦痛か。恐怖か。それとも別の感情――
丸い胡桃のような瞳は、それでも真っ直ぐに、紫の美女神を見返した。
「私には・・・ゲドゥーを倒す技はありません・・・だから・・・“最凶の右手”を奪います」
一度のチャンスに、全力で右手の破壊に向かう。
その決意に込められた裏の意味を、サトミは敏感に察知していた。
「それは・・・ダメよ」
「ッ!?・・・どうして・・・」
「ユリア。あなたは・・・命と引き換えにするつもりね」
ゲドゥーの虚を突くチャンスが一度しかないのは、失敗すれば、まずその場で惨殺されるから
だ。
右手のみを狙うのは、命そのものよりも、当然成功確率は高まる。しかし、ゲドゥー自体が動
ける限りは、その後は死が待ち受けると覚悟しておかねばならない。
「・・・ゲドゥーは、私たちの『エデン』を抜き出そうとしています・・・たぶん、即座に殺すことに、
少しは躊躇いが生まれるはずです・・・」
「そんな甘い相手ではないわ」
「私の身体には、すでに猛毒が打ち込まれています・・・私の死は、避けられません・・・」
「弱気なことをいわないで! 毒なんて、きっと・・・」
「サトミさんッ!!」
叫んだ黄色の天使は、サトミの胸に飛び込んでいた。
顔を埋めて、抱き締める。細身の肢体からは、思えないほどの強い力で。
「これが一番の・・・いえ、唯一の・・・方法なんです・・・」
「ユリア・・・」
ふたつに縛った緑色のおさげ髪を、サトミは両手で抱き締めた。
血と、汗のにおいがした。自分より少しだけ背が高く、3つ若い少女のことが、妹のように可
愛らしかった。
ユリアが、こんな甘え方をしてくるなんて・・・初めてのことだ。
―――あれは、いつのことだったか。
在りし日の、五十嵐家での光景が、サトミの脳裏に蘇る。
その日、お茶当番だった里美がリビングに戻ると、後輩の少女たちは「夢」を議題に盛り上が
っている最中だった。5人揃ってのミーティング後、お茶会を開くのはいつの間にか、習慣とな っていた。お茶汲みを当番制にしたのは、年長者の里美自身である。
「ん〜、あたしの夢は、やっぱナナのお嫁さんになることかなァ?」
悪戯っぽく桃子に笑いかけられ、ショートカットの少女は頬を赤らめ動揺した。
会話の中心が仲良しの同級生コンビ、ナナモモのふたりになるのは、常日頃のことだった。
他愛もない内容で、このふたりは一日中でも話していられる。
「え? ええッ!? だ、ダメだよ、モモ! お、女の子同士でそんなッ・・・」
「うふふ。冗談だってばァ。誰かのお嫁さんになりたいのは、ナナの方だもんねェ?」
里美が戻ってきたことに気付いている七菜江は、視線をあちこちに飛ばして別の話題を探し
ている。
桃子ったら、わざと私の前で。
平静を装い、里美は静かにティーカップをテーブルに並べていく。コイバナ大好きな超能力少
女が、「例の」三角関係を決着させたがっていることは、直接言われなくてもわかっている。
「お待たせ。今日の紅茶はアップルティーよ。お好みで蜂蜜を混ぜてね」
「あ、きたきたっと。いただきま〜す」
空気を変えたい七菜江は、カップの取っ手を掴むと、すかさず一口すする。
「アチチ! あは、慌てて飲みすぎちゃった」
「ふふ、気をつけてね。ナナちゃんは猫舌なんだから」
「・・・もォ。ふたりして、話題を逸らそうとするんだもん」
珍しく、不服そうに唇を尖らせるエスパー少女。
だが、里美と七菜江、このふたりに組まれたら敵わないことは、桃子も十分に理解している。
それ以上、三角関係に突っ込むことは、諦めざるを得なかった。
「夕子の夢は、自分で身体を造ること、だよね!?」
少し離れた窓際で、外の景色を眺めている少女に、七菜江が声を掛ける。
ツインテールの赤髪をいじりながら、霧澤夕子はひとり思案に耽っているようだった。コーヒー
派の彼女は、専用のマグカップを手にして褐色の液体を口にしている。
「ん? まあ、ね」
夢、という女子高生らしい話題を口にするのが、どうにもこの少女には、気恥ずかしいらし
い。
先程からの素っ気ない仕草が、実は夕子流の照れ隠しであるのは、里美にはバレている。
「でもさ、お父さんの研究って、日本でも最先端の機械工学なんでしょ? それと同等の技術を
手に入れようなんて、凄いよねぇ」
「たいしたことないわよ。自分の身体のことなんだし」
「お父さんに造ってもらった身体は・・・やっぱり、嫌い?」
やや迷ったあと、踏み込んだ内容を敢えて里美は訊いた。
「・・・そういうんじゃ、ないわよ。ただ・・・あのひとに、これ以上迷惑かけたくないだけ」
視線を一瞬こちらにあわせると、頬を赤らめた夕子は、すぐにまたそっぽを向いた。
不器用なのは相変わらずだが、以前とは明らかに変化が訪れていた。父親の呼び方が、「あ
いつ」から変わっただけでも、大きな前進に違いない。
デリケートな質問をした甲斐があった、里美の唇もふっと綻ぶ。
「あたしもね、ホントはたけのこ園で、子供たちの面倒をずっとみられたら、って思ってるんだ
ァ」
触発されたように、桃子がはにかみながら呟く。
「あの子たちの笑顔見てるとね・・・あたし、すごく報われた気になれるの。あたしでも、役に立
てるんだなァって・・・」
「桃子は、私たちにとっても大切な仲間よ」
春の陽だまりのような笑顔を、里美はイマドキの美少女に向けた。
夕子も桃子も。ふたりが、これまでの人生でいかに過酷な道程を歩んできたかは、自分のこ
とのようにわかっている。
今、こうしてお茶を飲みながら安らかに過ごせている時が、いかに貴重か・・・わかっているか
らこそ、未来の夢を語れる幸せが、沁みた。
「ねえねえ、ユリちゃんは? ユリちゃんの夢ってなんなの?」
ヒョイ、と顔を突き出して、七菜江は向かいで紅茶をすするおさげの少女に訊く。
「え? ・・・私、ですか?」
「そうだよ。あ、ユリちゃんだったら、想気流柔術の看板を守ること、とかかな? 道場を盛り上
げるとか?」
少し眉を曇らせたユリは、両手で包んだカップを、静かにテーブルの上に置いた。
「私には・・・夢とかはないです・・・」
「え?」
「想気流のことは私にとっては義務っていうか・・・やるのが当たり前ですから。夢というのとは、
ちょっと違うんです・・・それに、なんだか・・・私は夢を持ってはいけないような気がして・・・」
「えー! 夢は誰だって、持っていいもんだよ? ユリちゃんが夢見ちゃダメだなんて、それは
なんかヘンだよ!」
「あ、いえ、七菜江さん・・・私が勝手に思ってるだけで・・・誰かに言われたってわけじゃないん
です」
「なんで、ユリちゃんは夢を持たないようにしてるの?」
「それは、その・・・なんだか死ぬのを・・・躊躇ってしまいそうで・・・」
可憐な外見につい騙されがちな事実を、守護少女たちは一斉に思い返していた。
根っからの武道家。どれだけ内気でも、女の子らしさに溢れていても、西条ユリを形成する要
素に、どっかりそれは根を張っているのだ。
「だ、大丈夫だよ! あたしたち、死ぬために闘ってるわけじゃ、ないじゃん! それは躊躇う
のが、当然なんだよ!」
「あ、あの、その・・・もちろん死ぬつもりなんてないんですけど・・・ただ、いざというときに弱くな
ってしまいそうで・・・」
「・・・でもね、ユリちゃん」
おさげ少女の隣りのソファに、里美が腰を下ろす。
丸く大きな瞳を、正面から見詰めた。戸惑いに揺れてはいても、ユリの瞳の光は、常にその
芯がブレてはいない。
「夢や希望を持つことで、強くなるってこともあるんじゃないかな」
「そう・・・ですか」
「先に光が見えるから、どんな暗闇のなかでも、私たちは前に行けると思うの。使命に全力を
尽くそうとする、ユリちゃんの心がけは立派だけど・・・みんなには、最後には光のなかに辿り着 いて欲しい。それが、私の夢よ」
「・・・はい」
ユリの大きな瞳のなかに、柔らかな表情の里美が映っていた。
「わかりました。里美さん・・・私も、今、夢ができました」
「そう。よかったら、私たちに教えてくれる?」
「はい。私の夢は・・・全ての戦いが終わったら、皆さんとその・・・温泉に行きたいです」
「あはっ! 温泉かァ! それはいいね!」
笑顔を爆発させた七菜江が、ユリの発案にすかさず賛同を示す。
テーブルから身を乗り出した元気少女は、全員の顔を見回した。
「おばあちゃんっ子だったモモは、温泉とか詳しいでしょ!?」
「えへ、実はみんなにオススメの秘湯があるの♪ お肌スベスベになるよォ」
「夕子ももちろん行くよね!?」
「しょうがないわね。ユリの誘いだったら、断れないでしょ」
「ったく、素直じゃないなァ。温泉卵でしょ、温泉饅頭に、あと卓球! 楽しみがいっぱいだァ!」
「相変わらず食い気とスポーツばっかりね、単純筋肉少女は」
いつものように喧嘩を始めるショートヘアとツインテール。そして、ニコニコと仲裁に入る茶髪
のイマドキ美少女。
恒例の光景を繰り広げる同級生トリオを尻目に、里美はユリの手をとって、微笑んだ。
「素敵な夢ね」
「・・・はい」
頬を赤らめながら、嬉しそうに口元を綻ばせた、ユリの表情が忘れられない―――。
「・・・サトミさん」
黄色の守護天使の声が、記憶を遡っていた、サトミの意識を現実に戻した。
胸に埋めていた顔を、ファントムガール・ユリアはあげていた。人形のように可憐なマスクが、
すぐ間近にある。
あの時と同じように、大きな瞳に己の顔が映っていた。異なるのは、瞳の色は漆黒ではなく青
で、映るサトミ自身の顔も、銀の女神としてのそれだった。
「一度でいいから・・・私も、こうしてサトミさんに甘えてみたかった・・・」
「ユリア」
「生き残るのは、サトミさんであるべきです・・・そのために、私はファントムガールになったんで
すから」
すっと自ら、黄色の天使は、サトミの胸から離れた。
「私だけじゃ、ありません。七菜江さんも、夕子さんも、桃子さんも・・・皆さん、きっと里美さんを
助けるために、運命を受け入れたんだと思います」
「ユリア、私はッ・・・!」
「わかっています。里美さんの気持ちは・・・でも」
「そこにいたか」
低く、重い、悪魔の囁きが、守護少女たちの口をつぐませた。
先程まで、ユリアがもたれかかっていた高層ビル。その奥から、凶魔ゲドゥーの声は届いた。
「いつまでもかくれんぼに付き合うほど、オレは優しくない」
ビルの壁から、“最凶の右手”が突き出る。巨大なビルを、薄紙のごとく右手は貫いていた。
弾けるように、左右に飛ぶ紫と黄色の守護天使。空を掴んだ右手が、一瞬黒い光を放つ。
爆発の音が響き、右手に貫かれたビルが粉々に砕けて散った。
「逃がしたか」
瓦礫となったビルを踏み越え、白のプロテクターに身を包んだ凶魔が、周囲をひとつ眼で見
回す。
あるはずの、二体のファントムガールの姿はなかった。
林立するオフィスビル。そのどこかに再び身を隠している。月光が照らす街の陰影には、か
すかな揺らぎすら認められなかった。
ボンッ!!
白い光弾が、ビルの合間を縫う。急激なカーブを描いて、ゲドゥーの背後から襲い掛かる。
完全な死角から迫る光弾は、ひとつ眼の視界にかすることなく、凶魔の後頭部を狙撃するは
ずだった。
「小癪」
ぐるりと振り向いたゲドゥーは、右の掌で白光を受け止める。
爆発のなかに、光弾は霧散した。むろん、“最凶の右手”には、かすり傷ひとつ付いてはいな
い。
「ファントム・バレット、だったか。いかに自在に光弾を操ろうと、この威力では何発放っても無
駄だ」
気配の察知、という点で、ゲドゥーがサトミやメフェレスに劣るのは真実であった。
しかしそれは、あくまでふたりに比べたら、という話に過ぎない。
暗殺を生業にしているゲドゥーのアンテナは、決して感度は低くなかった。ビルに隠れなが
ら、遠距離からの光線・光弾で倒せるような、簡単な相手ではない。
ボッ! ボッ! ボッ!
さらに三発の光弾が、上中下と高さを変えて凶魔の死角から襲い掛かる。
全てが見えているかのように、向きを変えるゲドゥー。迫る3つの光弾に対して、右手を振る。
“最凶の右手”に触れるまでもなく。
その発する衝撃波だけで、光の砲弾は掻き消えた。両者の攻撃力は、あまりにレベル差が
ありすぎた。
だが、3つの光弾は、真の攻撃から注意を逸らすための囮に過ぎない。
「ファントム・リングッ!」
光弾とは180度反対の方角から、黄色に輝く光輪が迫る。
新体操をモチーフにしたサトミの攻撃のなかで、もっとも殺傷力が高いのは、このファントム・
リングであった。幾多のミュータントを葬ったリングが、不可避のタイミングと速度でゲドゥーの 首へ飛ぶ。
「無駄と、言っている」
凶魔の右手が、首に届く寸前でリングを掴んでいた。
普通ならば、カッターの刃を、素手で止められるわけがない。掌ごとリングは首を切断する、
はずだった。
澄んだ音色を響かせて、正義の光輪はガラス細工のように砕け散った。
「そうやって、オレにヒットするまで、コソコソと隠れ続けるつもりか、サトミ?」
キラキラと舞う光の粒子のなかで、ゲドゥーの声は哀しくすら聞こえた。
むろん、守護天使からの返答はない。
ただ、新橋の巨大ビル群が、静寂のなかで白き凶魔を見下ろすばかり。
「随分と惨めな闘いぶりだな。しかし、真っ向勝負でオレに敵わないのなら、逃げ隠れて隙を狙
うのは、賢明な策かもしれん」
挑発的なセリフにも、なんらの反応も起こらない。
「確かにお前の気配を消す技術、見事だ。だが、サトミよ。お前は致命的なミスをしている」
ひとつ眼凶魔が、右腕を上げる。前方のビルに狙いを定め、掌を開いた。
漆黒の破壊光線が発射される。
一直線に、3つのビルを貫き、木っ端微塵に爆発させる。
「現代くノ一の消息は掴めずとも、瀕死の小娘の隠れ場所くらいは探れるぞ」
崩壊するビルの先に、ファントムガール・ユリアが立っていた。
だらりと両腕を垂らし、震える膝でなんとか身を支えている黄色の天使。
漆黒光線の余波を受けた身体からは、ブスブスと黒い煙が漂っていた。
「・・・ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・」
「ユリアを襲えば、お前は出てくる。それでもかくれんぼの続きをやるならば、サトミ、お前より
先にユリアを食べ尽くすだけのことだ」
処刑へのカウントダウンを数えるように。
一歩、また一歩と、ゲドゥーの脚がユリアへと進む。
すでに先程の激突で、両者の力関係は残酷なまでにハッキリしていた。まして、大ダメージを
受けてしまっている武道天使に、勝利の可能性など皆無といっていい。
だが、ユリアの行動を見た凶魔は、この華奢な女子高生がいまだに闘争心を失っていないこ
とを知った。
「ほう。それは・・・ファントム・リボンか。だからお前たちは、比類なき美味を醸すのだ」
白く光る帯を、ユリアは己の両手に巻きつけていた。
サトミから分け与えてもらった、ファントム・リボンの切れ端。包帯代わりのそれで、ズタズタに
なった指を強く縛り付けたのだ。
「・・・これで・・・まだ、闘えます・・・」
開手。
自然に両手を開き、武道天使ユリアが構えを取る。力みのない、流れるような美しきフォー
ム。
「確かに、千切れそうになった指も、少しは固定されたか。しかし、右手の人差し指と中指。そ
の二本を失ったお前に、満足に柔術の技を掛けられるものなのか?」
ゲドゥーの問いに、ユリアは答えなかった。
ただ凛と、佇まいを正す。濃厚な闘いの意志が、殺人快楽者の凶魔にも伝わる。
「面白い」
右手を振りかぶり、ゲドゥーは殴りかかった。
柔術戦士に素手での格闘を挑んだのは、凶魔なりのリスペクトであり、遊戯。ユリアの精神を
賞賛しつつ、なおその心を砕きにかかる。
「このオレの右拳ッ・・・お前に捉えることができるかッッ!?」
パワー、スピード、禍々しさ。最高級の打撃が、可憐な顔面に飛ぶ。
最凶の打撃が炸裂するか。それとも、最高の柔術が拳を捉えるか――?
ファントム・リボンで補強した、ユリアの右手が動く。
パンッッッ!!!
「ぐゥゥッ・・・!!」
ユリアの右の掌底が、カウンターとなってゲドゥーの尖った顎に叩き込まれていた。
ぐらりと揺れた凶魔の身体が、数歩、後ずさる。
ユリアの打撃。手指の負傷が激しい武道天使は、もはやゲドゥーの手首を掴むことは諦めて
いた。打撃で、応酬する。想気流柔術のなかには、打撃の技術ももちろんカリキュラムとして存 在している。
「こい・・・つッ!!」
パンッ!! パパパッ!! パシイィッ!!
天才武道少女は、流麗な体捌きでゲドゥーの剛打をかわし続ける。カウンターの掌底が、顎
に鳩尾にと、着実に急所に吸い込まれていく。
ファントム・リボンを巻きつけたのは、手指の補強と同時に、攻撃力アップにも繋がっていた。
的確ではあるが軽いユリアの打撃が、カウンターによってパワーを、ファントム・リボンによって 威力を、増幅されている。
脚をもつれさせ、後退していくゲドゥー。
三凶のなかでももっとも強いと見られた凶魔が、まさかのユリアの打撃で、予想もしなかった
ダメージを重ねていく。
「素晴らしいぞ、ユリアッ・・・それでこそ、殺し甲斐があるッ!!」
濃紺のひとつ眼が、不気味に光った。と同時に、ゲドゥーの纏う闇の濃度が、一気に増大し
た。
“最凶の右手”を振り上げる。暗黒の闇エネルギーが、蒸気のごとく、シュウシュウと噴き出し
た。渦巻く漆黒が、ゲドゥーの右腕をみるみる膨れ上がらせていく。
いや、これは。
右腕自体が、実際に巨大化したも同然だった。
光を滅ぼす、闇エネルギー。右腕を包んだ膨大な暗黒瘴気は、腕そのものの形を造って、ユ
リアの頭上に振り上げられる。
「・・・なッ!!・・・あァッ・・・!!」
「巨大悪魔の一撃ッ・・・お前に受けきれるか、ユリアッ!?」
ゴオオオオオッッッ!!!!
ユリアの全身を呑み込むほどに巨大化した、凶魔の右腕が打ち込まれる。
後方に飛び逃げる武道天使。美少女の眼の前を、渦巻く漆黒の巨塊が通り過ぎていく。
だが―――。
「ごぱあアアあァァッッ!!!」
銀と黄色の肢体から、鮮血が飛び散った。
ユリアは確実に、悪魔の右腕をかわしていた。しかし、その余波を間近に受けただけで、凄
まじい衝撃と焼けつく焦熱を浴びていたのだ。
地面と平行に、風を巻いてスレンダーな少女が吹き飛ぶ。
ビルの壁面に、背中から叩きつけられるユリア。一帯が、グラグラと人工の地震に襲われ
る。
「ゴボオオッッ!! ・・・グブッ!! げはアアッ・・・!!」
半ば埋没する全身から、血塊の雨が、バシャバシャと降り注いだ。
胸と下腹部、ふたつの水晶体が、消え入りそうに点滅している。立った姿勢のまま、ビル壁
面に埋まった黄色の守護天使。痙攣する足元から、ドクドクと赤い液体が、川のように流れて いく。
全身の骨。および内臓に、深刻なダメージを負ったことを、ユリアは自覚した。
「ごぷッ・・・ひぐゥッ・・・!! ・・・ふぇあアッ・・・!!」
「お前はよくやった。ユリア、そろそろその『エデン』・・・抜き取らせてもらうぞ」
闇を纏って膨れ上がったゲドゥーの右腕が、縮んでいく。元の大きさに戻っていく。
だがそれは、決して歓迎すべき事態でないことを、ユリアは悟っている。
ゲドゥーは闇エネルギーを減らしたのではない。凝縮したのだ。
黒光りするダイヤモンドのごとき右腕には、先程の巨大腕と同等の殺傷力が詰まっている。
いかなるバリアを張ろうと、容易く突き破って、ユリアの肉体を貫くだろう。
凶魔が走る。
漆黒の右腕を振り上げ、一直線に、壁面に埋まったユリアへ殺到する。
その勢いを止める打撃など、もはや武道天使にはない、と思われた。
“私には・・・まだ、これが・・・あります・・・ッ!!”
「気砲ッッ!!」
ドンンンンッッッ!!!
想気流柔術の長き歴史においても、数少ない達人のみが成し得た奥義、気砲。
力学の流れを、そっくりそのまま返す神業で、ゲドゥーの身体が宙を舞う。
大地を揺らし、バウンドする白き凶魔。しかし、突撃の勢いを返しただけでは、さほどのダメ
ージになっていないことは、ユリア自身もわかっている。同じ技術が、何度もクレバーな凶魔 に、通用するとも思えない。
ビル壁に埋没したまま、スレンダーな少女戦士は、その動きを止めた。
ただ、荒々しく呼吸するのみ。クリスタルの点滅音と、ブシュブシュと血の噴き出る音色が、立
ち尽くすユリアを包んでいる。
「どうやら、それまでのようだな」
起き上がった凶魔は、静かに右腕をかざした。
今度はゆっくりと、黄色の天使に向かって進んでいく。何度も気砲を放てるとは思えないが、
闇雲に勢いをつけるのが愚行であることは間違いない。
ビルに叩きつけられたまま、動かなくなったユリアに、最期の瞬間が迫る―――。
不意に気配が湧き上がるのを、ゲドゥーは察した。
「下よッ、ゲドゥーッ!!」
ボンッッ!!!
崩れ落ちた、ビルの瓦礫。ユリアへの処刑執行へと向かう凶魔の足下から、銀色の閃光が
跳ね上がる。
そこにッ・・・潜んでいたかッ!! ファントムガール・サトミッ!!
「ファントム・クラブッッ!!」
地中より飛び出したサトミの右手には、光り輝く棍棒が握られていた。
菱形の、ゲドゥーの頭部。その尖った顎先に、聖なる棍棒が吸い込まれる。顎を砕き、少なく
とも、昏倒させるには十分過ぎる一撃――。
炸裂の音色が、オフィスビル街を揺るがした。
罠を張り巡らせ、勝負を掛けた守護天使の、渾身のファントム・クラブ。
輝く棍棒の一撃は、ゲドゥーの右手によって、阻止されていた。
「ッッ・・・!! バカ・・・なッ・・・!?」
「お前たちの、肉体を張った策戦・・・見事だと褒めておくぞ」
“最凶の右手”に力がこもる。
光のエネルギーを凝縮させたクラブは、飴細工のように砕けて霧となった。
「サトミの気配を消す技術。瀕死の身体で、敢えて捨て石となったユリア。ふたりとも、見事だ。
だが、ユリアを囮にして、いつかサトミが急襲するのはわかっていたぞ」
全力でユリア抹殺に向かうように見せて、内実ゲドゥーの意識は、サトミの不意打ちに備えて
いた。
感覚を研ぎ澄ませていたからこそ、ファントム・クラブの一撃を避けることができたのだ。ゲド
ゥーが知るサトミという戦士は、窮地の仲間をいつまでも放って置かない。ユリアの危機にも一 向に姿を見せないことが、逆にゲドゥーに、ユリアの窮地も策戦の内であることを確信させた。
「生半可な信頼では、できぬ策だ。だが、お前たちは、オレに全てを知られすぎた」
サトミにユリア。この守護天使たちを、心底から認めているからこそ、ゲドゥーはふたりの策を
見破ることができた。
もし初めての対戦で、今の策を仕掛けられていたら・・・恐らくゲドゥーは負けていた。
「くゥッ・・・!! ファントム・クラッ・・・」
左手に、もうひとつの光の棍棒を出現させようとするサトミ。
だが、接近戦でまともに闘うには、凶魔ゲドゥーは強すぎた。
ドボオオオオオッッ!!!
ファントム・クラブが完成するより早く、“最凶の右手”が鳩尾を突き上げる。
浮き上がる、銀と紫の女神。血と胃液が混ざった吐瀉物が、開いた口から逆流する。
「ウボオオオッッ――ッ!!! グブゥッ・・・!!」
着地するサトミの左足の甲を、凶魔は踏みつけた。
これで美女神は、ゲドゥーの脚をどかさない限り、逃げられない。
しかし、現代くノ一とはいえ運動神経のいい女子高生と、日本最強を謳われる極道者とが接
近して殴り合えば・・・残酷な結末以外は考えられない。
「せっかく蘇ったんだ。少しでもオレを、愉しませてくれ」
渾身の力で、手刀を放つサトミ。だが、ゲドゥーの右手の一撃は、守護天使の攻撃より早く着
弾する。
左の脇腹に右フックが突き刺さり、サトミのアバラが無惨な音色をあげた。
グシャアアアアッッ!!! ボキボギィッベギイィッ!!! パキッ・・・
「はアぐゥッッ!!? ゴボオッ!! ぶじゅッ・・・!!」
「次は正面からだ」
サトミの左胸。盛り上がった稜線を描く乳房の下に、右の貫き手が突き刺さる。
漆黒を帯びた“最凶の右手”は、斜め下から、プリンにナイフを刺すようにサトミの胸に埋まっ
た。
「ブジュウウッッ!!」
「そしてこのまま、乳房の下にある肋骨を、砕く」
体内で、凶魔の右手が骨を掴み、一気に握り潰すのが、サトミにわかった。
「ィィッ〜〜〜ッッ!!! ぐわあああああァッッ―――ッッ!!! アアァァッ・・・!!」
「相変わらず、女子高生には勿体無い張り詰めたバストだ。握り潰すのに、ちょうどいい」
絶叫するサトミに構うことなく、ゲドゥーは右手をズボリと引き抜き、左乳房を鷲掴む。
ぐにゃぐにゃと乱暴に揉みしだく。圧搾される苦痛に、サトミの意識は飛びかけた。失神の寸
前で、更なる揉み潰しの激痛が、意識をその場に留め置く。
「くああアアッ〜〜ッ!!! は、離しッ・・・はアうッ!!? んアアハアァッッ―――ッ
ッ!!!」
ゲドゥーの右手が左乳房を覆い包むと、凄まじい握力でギリギリと潰していく。
髪を振り乱し、サトミは叫んだ。絶望的なまでの実力差に、精神の城郭までもがボロボロと崩
れやすくなっている。
力を込める右手に、血液が勢いよく流れていく。血管が膨張し、熱を帯びてくるまでに、時間
はかからなかった。
闇エネルギーの扱い方を憶えたゲドゥーは、以前よりも“最凶の右手”のバリエーションを増
やしている。
バージョンアップした兇悪な右手が、新たな能力を、今捕獲した美女神に実行する。
「このまま・・・灼熱の溶岩のごとく、この右手を変形させたら、どうなる?」
「なァッ・・・!? や、やめッ・・・!!」
「暗黒のエネルギーを利用し、オレは“最凶の右手”を進化させた。その成果、身体で思い知
れ」
シュウウウウッ〜〜〜ッ・・・ジュウウウッ、ジュジュウウウ゛ウ゛ッッ・・・!!!
左の乳房を握った右手が、マグマのごとく赤々と光を放つ。
肉の焦げる音色とともに、猛烈な勢いで黒煙が昇る。サトミの左胸から。
焼きゴテを押し付けられたような激痛に、全身を暴れさせて守護女神は叫んだ。
「きゃああああッッ―――ッッ!!! ぎゅあアハッッ!!! ウアアッッ、うがああギャアアァッ
〜〜〜ッッ!!!」
長い金色の髪を乱し、めちゃめちゃに凶魔を殴りつけてサトミは悶絶した。それでも、甲を踏
まれた脚は、ビクとも動かない。
「ファントム破壊光線の、クリスタルへの直接注入も、改良したぞ。掻き集めた暗黒エネルギー
の量が、段違いだ」
そのまま左胸を焼け溶かしても、激痛による発狂死でも、サトミを処刑できると知りつつ、ゲド
ゥーは技を解いた。
乳房を放し、代わりに右手で胸の水晶体を掴む。
凄惨な予感に戦慄しつつ、動きを封じられたサトミは、緩慢に許しを懇願するしかない。
「ァッ・・・アアアッ・・・や、め・・・・・・やめ・・・てッ・・・・・・!!」
「安心しろ。殺しはしない。ただ、苦しんでもらうだけだ」
懸命に右手を剥がそうとする女神を嘲笑うように、漆黒の弩流が直接エナジー・クリスタルに
撃ち込まれた。
「キャアアアアアアアッッ―――ッッ!!!! バッ、バラバラ、にィィッ!!! 爆発しちゃアう
ウゥゥッッ〜〜〜ッッ!!! ギュアアアアアッッ〜〜〜ッッ!!!!」
ドドドドドドドドドッッッ!!!!
クリスタルの孔を通じて、漆黒の濁流が、サトミという水風船に注ぎ込まれているようだった。
猛毒を、全身の細胞に注入されているかのような、悪夢。
サトミの均整とれたグラマラスボディが、ピンと四肢を突っ張る。ビカビカと、黒い光が銀色の
皮膚から放射される。
闇の弩流を注がれ続ける間、サトミは大の字に手足を広げ、無惨に泣き叫んだ。死を凌駕
する地獄に、悶え泣く以外になにもできない。
不意に、右手がクリスタルより離れる。
「当初の予定通り、まずはお前の『エデン』から頂くぞ、サトミ」
ゲドゥーの蹂躙が止んだのは、拷問に飽きたからでも、許しを与えるためでもなかった。
『エデン』を奪う。予定した計画を実行するために、命あるうちに暗黒の注入をやめたのだ。
『エデン』もろとも滅ぼしてしまっては、意味がない。
ヒクヒクと痙攣し続ける、銀と紫の女神。
黒煙をシュウシュウと立ち昇らせるサトミの股間に、ゲドゥーは“最凶の右手”でアッパーを放
った。子宮に巣食う、『エデン』をその手にするため―――。
生気を感じなかったサトミの瞳に、青々と光が灯ったのは、その時だった。
「むゥ!?」
「・・・ゲドゥー・・・あなた、は・・・・・・私たちのことを・・・わかっていない、わ・・・」
崩れるように、サトミの肢体が後方に折れる。
倒れた。のではない。
鮮やかに背中で弧を描いた、ブリッジ。新体操選手であるサトミならではの、芸術的体捌き。
股間を狙ったゲドゥーの右拳が、サトミのクレヴァスをかすって天空へと、打ち上げる。
ようやくひとつ眼の凶魔は、美麗なる守護女神が、この一瞬にこそ、本当の勝負を託してい
た事実を悟った。
「『エデン』が・・・あなたの、狙い・・・なら・・・・・・きっと最後に、股間を狙う・・・」
下から上へ。
“最凶の右手”による剛打を放った凶魔の肉体は、伸びきっていた。打撃の威力に、全身が
上昇する。
伸びきり、地に脚のつかない体勢は、ゲドゥーを格好の標的と化す。
「ッッ・・・!!? サトミッッ・・・!!」
「私、はッ・・・・・・ユリちゃんを、捨て石になど、しないッ・・・・・・捨て石になるのは・・・私の方よ
ッ!!」
二段構えの、策戦だったか。
ゲドゥーは悟る。地中からの不意打ちが失敗に終わることも、サトミは折込み済みだったと。
むしろ、サトミにとっては、そこからが、この策の真髄。
濃紺のひとつ眼は、見た。
弧を描いて反り返る、サトミ。その奥で、ビル壁面に、埋まったユリアを。
思えば、ユリアが動きを止めたのも、この一撃に賭けたためか。
ユリアは弓矢を構え、伸びきる凶魔に照準を合わせていた。
破邪嚆矢、ではなかった。
ゲドゥーが知る武道天使の必殺技より、遥かに巨大。
湾曲する弓の胴に両脚をかけ、杭のごとき極太の矢を、両手で掴んで弦を引き絞っている。
全身の筋力を駆使して、ようやく構えることのできる、剛の大弓。
「これがッ・・・私の・・・最後の技ですッ・・・!!」
「ウオオオッッ・・・ウオオオオオオッッ―――ッッ!!!」
咆哮する白き凶魔に、両手両脚で引き絞った巨大弓を、ユリアは発射する。
「破邪・・・剛矢ッッッ!!!」
ドギュウアアアアアッッッ!!!!
唸りをあげた弩級の光矢が、ひとつ眼の凶魔に殺到した。
―――死ぬ。
直感的にゲドゥーは思った。破邪剛矢。ユリアの体長ほどはあろうかという、巨大弓の一撃。
弾道ミサイルと見紛う光の矢が、一直線に唸り迫ってくる。
食らえばひとたまりもないことは、考えるまでもなかった。暗黒瘴気による防御膜など、なん
の役にも立たない。
空気を切り裂く、という表現があるが、そんな生易しいものではなかった。空気を抉り進み、
力づくで掻き分ける。標的となったひとつ眼凶魔目指して、遮二無二、剛矢は突き進んだ。
グオオオオオオオオオッッ!!!!
「ッッンヌウウオオオオオッッ―――ッッ!!!」
白き凶魔は吼えた。
身体は上空に向かって伸びきっている。剛矢から、逃げることはできない。
サトミとユリア、ふたりのファントムガールが策と力を総動員した一撃が、ゲドゥーに吸い込ま
れていく。
叫ぶ凶魔が、右の掌を開いて、突き出した。
そう、それしかあるまい。命脈を断たれずに、済むには。
“最凶の右手”で剛矢を迎え撃つ。ゲドゥーにとって、もっとも信頼できる武器であり防具なの
は、その右手なのだ。射抜かれないために、右手を使うのは必定の流れだった。
しかし、杭のように巨大な矢を、右手ひとつで防ぐなどと―――。
「その、右手・・・いただきますッ・・・!」
すべては、ユリアの狙い通りだった。
ゲドゥーが、新たな力に目覚めていなければ。
「ッッ・・・“メギドッ”!!!」
渾身の力を、凶魔は“最凶の右手”ひとつに集中させた。
拳を握れば、そこに熱を感じることができる。誰もが経験できることだ。血管が膨張し、血流
は早まる。細胞間で酸素と栄養の交換は促進し、エネルギーの高まりが生じる・・・
凄まじい握力と、膨大な暗黒エナジーを誇るゲドゥーが、同じことをやると、どうなるか。
ボシュウウウッッ!!!
“最凶の右手”は炎に包まれた。
右手そのものがマグマで加工されたかのように、赤々と輝く。焦熱による高温は、周囲を陽
炎のように揺らした。溶岩の塊となった右手が、迫る光の矢を受け止める。
ジュゴオオオオオオッッ!!!・・・ジュウウウウゥゥッッ・・・!!
蒸発していく。巨大な剛矢が。
溶鉱炉に鉄の棒を落としたかのように。ゾブゾブと灼熱の右手に、光矢が熔けていく。
蒸気の乱流が、目前にいるサトミを吹き飛ばす。ゲドゥー自身も、堪えるのがやっとの暴風。
巨大矢と灼熱の激突が、夜に嵐を呼んでいた。
飛ばされたサトミが、やっと立ち上がったとき、絶叫にも似た蒸発の轟音と、荒れ狂う風とは
やんでいた。
ユリアが作りだした巨大弓矢の一撃は、燃え滾る右手の前に、消滅していた。
「ッッ!! ・・・ァあッ・・・!!」
「よもや“滅却弩(メギド)”を・・・とっておきを出すことになるとは、思わなかったぞ」
右手から濛々と白い煙を昇らせるゲドゥーの両肩は、激しく上下していた。
灼熱を示す赤色は、すでに消えている。ゲドゥーをして、“最凶の右手”を超高熱化するの
は、生易しい作業ではないのだろう。
だが、結果的にひとつ眼の凶魔は、右手を失うことも、かすり傷ひとつ受けることもなく、死地
を脱していた。
「このオレが、ここまで追い込まれようとはな。やはり、お前たちは素晴らしい」
ゲドゥーの賛辞を、ふたりのファントムガールは、立ち尽くしたまま聞いていた。
智恵も体力も技術も。すべてを振り絞った。深刻なダメージを覚悟して、肉を斬らせて骨を断
つ、つもりだった。
そこまでしても、サトミとユリアのふたりは、ゲドゥーの腕ひとつ奪うことさえできないのか。
「はァッ・・・はァッ・・・はァッ・・・ッ!!・・・」
「さて、もはや隠れる余裕もないぞ」
濃紺のひとつ眼が、冷たい光を放った。
「そろそろ・・・終わりにしよう。サトミ、そしてユリアよ」
周囲四方から、凄惨な悲鳴と怒号とが聞こえてくる。
三桁に近い数の巨大生物が、激突する都心―――。東京の中心地は、女神と怪物との戦場
となった。
そのなかでも、最大の重要地点となるのは、ほぼ中央に位置する皇居前広場。
なぜなら、この戦争の発端である闇王メフェレスが、そこにいるからだ。
しかし今、大将のメフェレスを守る兵隊は、近くにはいなかった。乱戦の最中、青銅の魔人
は、たったひとりで銀と桃色のファントムガールと対峙している。
1対1。
打倒メフェレスを目指す守護女神としては、願ってもない好機といえた。
だが、魔人が敢えてこの状況を作り出しているのは、勝利への絶対的自信があるが故。
そして、眩い輝きに包まれているエスパー戦士にしても、目前の仇敵への怒りしか、脳裏に
はなかった。
「聞こえるか、サクラ? 苦しみ喚いている女の声が、あちこちから届いてくるなァ・・・? お仲
間のメスブタどもは、次々と死に向かっているぞッ!」
三日月に笑う黄金のマスクの奥で、愉快げな声が響く。
指摘されずとも、もちろんピンクの守護天使・・・サクラは気付いている。仲間たちの、痛切な
悲鳴を。3箇所に分かれた闘いで、いずれも少女戦士たちが苦戦に陥っているのは間違いな かった。
「・・・勝つよ」
「はァ?」
「みんな、必ず・・・サトミさんもナナもユリちゃんも、勝つんだからっ! あたしもゼッタイにお前
を倒してッ・・・あたしたちみんな、笑顔で再会するのッ!」
憎々しい。
かつて恋人だった少女の言葉、そして鋭い視線が、メフェレスを刺激していた。
桜宮桃子の面影を濃厚に写した女神は、美しかった。端整な美貌は、サトミと双璧であり、加
えてユリアと比肩する可憐さを併せ持っている。
美少女ゆえに、サクラが見せる怒りは、鋭い棘となった。
ひとを睨むことなどできぬはずの少女が、憎しみを込めて自分を見詰めてくる。普段の優し
い少女を知る者からすれば、不快度は倍増する。
「・・・不愉快な・・・メスめがァッッ!! サクラァッ〜〜、あまり図に乗るなよッ、貴様ァッ!!」
魔人から吹き付ける闇の波動を、サクラはひるむことなく受け流した。
「ここまで生き延びているからとッ・・・つけあがりおってッ! オレが本気になれば、貴様ごとき
最弱のファントムガールなど相手にならんわッ!!」
戦闘に不向きなはずのサクラの変貌は、これまでの闘いにも一因があると、メフェレスは思
っていた。
国家を転覆させようかという、テロ集団の総領と、超能力がある以外は、普通の女子高生。
まともに闘えば、暗殺剣の達人が圧倒的に優位と誰もが思う。
事実、全世界に配信されている映像の前で、人々はサクラの敗北と死を覚悟していた。数分
ももたない、と。早く援護が来ないか、と。
実際には、違った。
超能力天使サクラは、魔人と互角に渡り合った。いや、むしろ、一方的なサクラの光線技攻
勢を、かろうじてメフェレスがしのぐ展開が続いた。
十数分前には死体であった、とは思えぬ美少女戦士の強さ。
メフェレスには、その理由が分析できていた。サクラは元々、身体能力的にはさしたる脅威
はない。その台詞どおり、ファントムガール中でダントツの最下位だ。しかし、彼女が主武器と する光線は、超能力の変形したもの・・・肉体の損傷からくる影響を、もっとも受けずに済む戦 士なのだ。
いわば光線専門である守護天使サクラは、復活直後であっても、本来の力を発揮できてい
る。
それどころか・・・マヴェルという“共感者”を失った怒りと哀しみは、ピンクの美少女戦士をパ
ワーアップさせていた。リミッターを外したサクラは、本気で倒す攻撃を、メフェレスに放ってい る。
「あたしは・・・最弱じゃ、ないよッ!」
「フンッ! 得意の光線が少々強く撃てるからと、増長するかッ!?」
「違うッ! やっぱりお前はわかってないわッ!」
“お前”と呼ばれるたびに、いいようのない苛立ちが魔人の咽喉をこみ上げる。
「あたしは、他のひと相手だったら、間違いなく最弱のファントムガールだよ。けど、お前を斃す
んだったら、最強のファントムガールになるッ! なってみせるよッ!」
突き出したサクラの右手の人差し指が、ビシリと魔人に向けられた。
本来は、ふわりとした美少女から向けられる、100%の敵意。
三日月に笑うマスクの口元で、赤い液体が飛び散った。
噛み切った唇から、迸る鮮血だった。
「サクッッ・・・ラァァッ〜〜ッ・・・貴様にひとつ、教えてくれようッ・・・!!」
明確に膨れ上がった暗黒の瘴気に、エスパー天使が構えを取る。
冷たい汗が、噴き出る。来る。魔人メフェレス、本気の攻撃が。
だが、熱く燃え滾った胸の内は、今更、戦慄や恐怖などに侵されるはずもなかった。
「ひとがッ・・・もっとも怒りや憎悪を感じる瞬間は・・・いつか、わかるか・・・?・・・」
「お前の怒りなんかッ! 自分がカワイイだけの、くだらないものじゃないッ!!」
「自分より遥かに下ッ!! 足下を這いつくばるカスッ!! 道具に過ぎぬクズムシにィッ
ッ!! 舐めあがった、フザけた態度を取られた時だあァァッ――ッッ!!! このッ、愛玩動 物にも劣る性奴隷がァァッッ――ッ!!!」
「ふざけないでッッ!! 大切なひとを失ったあたしの怒りがッ・・・お前なんかにわかるっていう
のォッ!?」
桃色の光と漆黒の闇は、同時に爆発した。
全力で叩き潰す。かつての恋人同士は、互いが思っていた。女は裏切られ、男は飼い犬に
手を噛まれた。屈辱を一掃するためにも、蜜のように甘い過去の記憶ごと、丸ごと消し去って やる。
「なます切りにしてッッ!! 切り刻んでくれるわァァッ、サクラァッッ〜〜〜ッ!!!」
すでに抜いていた青銅の魔剣を、メフェレスは大上段に構えた。
ゆるやかに反った刀身に、黒い靄が湧き上がる。邪の者が操る、暗黒のエネルギー。光の
戦士を滅ぼす闇の魔光は、抜き身の刃に沿って漆黒の三日月を形作る。
頭上から一気に、振り下ろす。
空気を裂いた魔剣から、暗黒のカッターが発射される。桃色に発光する美乙女に向かって、
一直線に飛来する。
「フハッ!! フハハハハハッ!! フハハハアアアッッ〜〜ッ!!」
斬る。斬る。斬る。
目前の空間を、メフェレスがめちゃめちゃに切り裂く。縦、横、斜めと、斬撃が疾走する。
一発ではなく、六発、七発、八発と・・・無数の黒き斬光が、雪崩れとなってサクラに襲い掛か
る。
「くッ!!」
ピンクの似合う可憐な美天使は、殺到する斬撃に脅えの欠片も見せなかった。
サクラの背後に巨大な黒玉が浮かぶ。
念動力を発動する際、サクラは具体的な物体を想像した。その方が、力のイメージがしやす
いから。今回で言えば、ひとの肉体ほどもあるボウリングの玉を念じた。
「フンッ!! 超質量で斬撃を受け切るつもりかッ!?」
以前、同じ攻撃を受けたメフェレスは知っている。巨大球の一撃が、いかに強大な破壊力を
誇るか。
だが、荒れ狂う嵐のなか、傘ひとつで雨粒すべてを避けるようなものだ。
大事な部分は守れたとしても、被弾は避けられまい。心臓は守れても、腕や脚は、言葉通り
のなます切りにあってしまう。
「クハハッ!! そんなもので、無数に飛び交う我がカッターを・・・」
「言ったよね? あたしは・・・最強になるって!」
新たな巨大球が、サクラの背後に出現した。
2つや3つ。だけではない。
いくつも。次々と生まれていく。
「なッ!?」
「“メテオッ”!!」
超能力が創り出した漆黒の岩石が、暗黒カッターを迎え撃つ。
土砂崩れが、呑み込むように。その名の通り、隕石の連弾が、黒刃の群れを押し潰してい
く。
ドドドドドドドドオオオオオオッッッ!!!
「バカッッ・・・なァッ!!? これほどの念動力をッッ!?」
正気の沙汰とは思えなかった。
いかに生粋のエスパーとはいえ、超能力の乱発は心身ともに多大な疲弊をもたらす。かつて
ない怒りが衝き動かしているとはいえ、サクラの闘い方は無謀すぎた。
「それほどまでにッッ!! このオレを殺したいかッッ、蛆虫がァァッ〜〜ッ!!」
青銅の魔人には、美天使の感情が読めていた。
サクラには、他の者など見えていないのだ。ただ、メフェレスを斃すことだけを考えている。
己の命すら投げ出してもいいほど。対メフェレスに全力を捧げているのだ。それもそのはず。
なにしろ、サクラが心底から闘いを望む敵は、世界にただひとりなのだから。
漆黒の隕石が、大地を陥没させる。皇居前広場、いや都心全体がグラグラと揺れた。巨岩
の怒涛が、魔人の頭上に降る。
まともに食らえば、圧死は免れない。
「我が剣をッッ!! 舐めるなアアァァッ〜〜ッ!!」
大上段に構えた魔剣を、真っ直ぐに振り下ろす。
念動力により生まれた隕石が、一刀のもとに両断された。
ふたつに分かれて落ちていく巨岩。その間から、メフェレスが一気に、桃色の女神に突っ込
んでいく。
「“レインボー”ッ!!」
サクラはすでに、待ち構えていた。サイコパワーを全放出する。
躊躇なし。全力を示す七色の必殺光線が、両手の先から発射された。
「・・・ムーヴッ!! “スパイラル”ッ!!」
光線が、錐揉み回転して尖っていく。エスパー天使が脳裏に描いた、ドリルをかたどって。
殺傷力を極限まで高めたサイコの光線が、飛び込む魔人を正面から迎撃する。
ぶつかりあう衝撃波と爆風が、皇居前広場に巻き起こった。
「ッッ・・・やったッ!?」
叩きつける風のなか、サクラの瞳が仇敵の姿を探す。丸い両肩が、激しく上下していた。
悪の総首領といえど、無事で済むはずのない攻撃を仕掛けたつもりだった。心優しきエスパ
ー少女が、“チカラ”を振り絞ったのだ。
だがしかし、国家転覆間近まで迫ったあのメフェレスが、これで終わりとも思えない。
「阿呆が」
吐き捨てる声は、サクラの背後、耳元で起こった。
魔人にはこれがある。超速の足捌き。ほとんど瞬時と思える速度で移動したメフェレスは、魔
剣の切っ先を美少女の首に突きつける。
パパパパンンッッ!!!
爆発の炎が、メフェレスの全身を包んだのは、その時だった。
「・・・“ブラスター”ッ・・・」
弾けるように、両者は互いに跳んで距離を置く。
爆発そのものを念動力で創り出す“ブラスター”。技の発動と同時に着弾、しかも回避不能な
この技は、最速の攻撃といえるだろう。後ろを取られてサクラが生き永らえたのは、この技が あればこそだ。
一方で、爆破を受けたものの、メフェレスのダメージは深刻ではない。
最速かつ確実だが、威力に劣るのが“ブラスター”の欠点だった。仕切りなおすべく、再び対
峙したふたりは呼吸を整える。
「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・」
「・・・クク。フハッ・・・ウワハハハハッッ!! ヒャッハッハッハァッ!!」
無傷のサクラと、一方的に責められた感すらあるメフェレス。
しかし、睨み合う両者の姿は対照的だった。呼吸も荒々しい美天使を指差して、魔人はゲラ
ゲラと笑い続ける。
「どうしたッ、このメスブタがァッ!? 随分と苦しそうじゃないかッ?」
「ハァッ・・・クフゥッ・・・フゥッ・・・ふざけ・・・ないで・・・」
「エネルギーを使いすぎたなッ!? バカめがッ、あれほど無茶苦茶をすれば当然の報いよ
ッ!!」
無言で鋭い視線を返すサクラ。その胸は、疲弊を隠せず激しく上下している。
「先の一連の動き・・・貴様、まさか“ブラスター”で危地を脱した、と思っているのではあるまい
なァ?」
「・・・ッ?・・・どういう・・・意味・・・」
「クククッ、カスめがッ! やはり、わざと“ブラスター”を使わせたと、気付いていなかったか
ッ! 貴様の死は決定だッ、サクラァッ!!」
挑発的な魔人の言葉に、エスパー戦士は耳を貸さなかった。
確かに、エネルギーの大量喪失による疲弊は自覚している。胸のエナジー・クリスタルは点
滅寸前だった。もはや、先程見せたような大技の連発などは、不可能であろう。
尊大なメフェレスが勝ち誇る気になるのも、無理はない。
だが、サクラが秘めた切り札は、エネルギーがわずかでもあれば発動できる。“ブラスター”う
んぬんも、関係ないように思われた。
どれほどメフェレスが口汚く罵ろうと、嘲笑しようと、必ず最後には勝利する確信がサクラに
はある。
「フハハッ! わかっているぞ、貴様の考えていることなどなァッ!」
「・・・・・・ハァ・・・ハァッ・・・」
「教えてくれようッ! 貴様はもう、終わっているのだよッ!」
三日月のような目と口で笑う魔人は、青銅の剣をエスパー天使に突きつける。
漆黒の靄が纏っていく。闇のエネルギーが充満するのが、傍目からでもわかった。
「今から、貴様を我が愛刀で切り裂く」
「ッッ・・・え?」
「ウハハハッッ!! わかっていても、貴様は避けられんッ! 絶望に染まるとよいわッ、思い
あがった性奴隷めがッ!!」
哄笑を響かせ、暗黒の王は真っ直ぐにサクラに向かって特攻する。
単純すぎる攻撃に、超能力者の勘がざわついた。なにを狙ってるの? これまでのメフェレス
の言動が、騒々しい警戒警報を掻き鳴らす。
だが、正面から飛び込んでくる敵に対し、今のサクラに対応を選択する余地などなかった。
「くゥッ・・・“ブラスター”ッ!!」
素早く。確実にカウンターを当てるには、これしか方法はない。
脳裏に爆発を思い浮かべた超能力少女は、瞬足で突っ込む魔人の身体に着弾させる。
パパパパンンンッッ!!!
「あっ!?」
信じがたい光景が、サクラの瞳に飛び込んだ。
魔人の身体が、いない―――。
青銅の鎧を包むはずだった火花と衝撃は、なにもない空間を爆発させていた。先程まで、メ
フェレスがそこにいた空間を。
暗殺剣の達人・メフェレスが習得した“瞬足の足捌き”は、超のつく高速度で地面を歩く技だ
った。
走るのではない。歩く。故に、常に地に足の裏がついている。
故に、急激な方向転換も、静止も移動も可能。
“ブラスター”発動の瞬間に、魔人は横に動いていた。見事に攻撃を回避するや、即座に戻っ
た肉体は、サクラの眼前に現れている。
「超能力の発動・・・思念よりも速く、動くことができればッッ・・・絶対不可避な技も、避けられる
というわけよッ!!」
ズバアアアアッッッ!!!
弧を描く青銅の魔剣が、美乙女の肢体を撫で切った。
サクラの左の肩口から、右の脇腹まで。
左乳房を切り裂き、一直線に朱線が走る。凄まじい勢いで、鮮血が噴き出す。
「ふはアあァッ―――ッッ!!!・・・くはァッ!!・・・」
「もはやタイミングは見切ったわ。貴様に受けた、敗北の屈辱・・・憎悪の炎は、片時として消え
ることなどなかったぞッ!!」
思念より、速く動く。
そんな奇跡が可能なのか!? だが、現実にメフェレスの足捌きは、サクラの超能力発動を
凌駕してみせた。
「・・・ウ・・・ソ・・・・・・そんッ・・・なァ・・・そんなァァッ〜〜ッ!!」
「バカめがァァッ!! 無駄だというのがわからんかァッ!!」
今度は、“ブラスター”を発動させるより速く、刀の光が煌いていた。
右肩口から左の脇腹へ。青銅の魔剣が切り裂く。美乙女の、丸みを帯びた肢体に深紅の
「X」字が描かれる。
派手に飛び散る赤い血潮が、銀とピンクの身体を凄惨に濡らす。
ぶっしゅうううううッッ―――ッ!!!
「はアくッッ!!! うああああアぁぁッッ〜〜〜ッッッ!!!」
「サクラァァッ〜〜〜ッ・・・貴様の策など最初からわかっておるわァッ・・・!! このオレを本気
で斃す、ということは“デス”を使うという意味だろう?」
斬撃の痛みにヒクヒクと立ち尽くす美少女の頬を、魔人は愉快げにピシャピシャと叩いた。
もはや、恐れることなど、なにもない。
メフェレスの不遜な態度が、サクラに脅威を感じていない事実を濃厚に示している。
「“デス”―――あれは、確かに恐るべき技だ。他の誰も真似のできぬ、最凶の抹殺技だと認
めよう。だから・・・オレは、超能力発動のタイミングを計ったのだッ!! “ブラスター”を克服し たオレに、“デス”は通用せんッ!!」
死の寸前まで追い詰められた、サクラ最大の必殺技“デス”―――その脅威を、メフェレスは
克明に覚えていた。
念動力で、心臓を直接潰す。超能力者ならではの単純かつ驚愕の技は、その名の通りに
“死”を呼ぶ“必殺”技だった。
純粋に殺傷力を比べれば、誰が使うどの技よりも、ダントツに強力であろう。
事実、メフェレスを倒し、凶魔ゲドゥーも追い詰めた。桁外れの頑強さを誇るギャンジョー、あ
るいは闘鬼ガオウですら、“デス”ならば一撃で葬り去る。
唯一、“デス”の欠点があるとすれば、心優しきサクラが、技を発動することがない、ことだけ
だ。
本気でサクラが“デス”を使うのならば、桃色の美少女戦士に敵う者は存在しない。
エスパー天使に本気宣告をされているメフェレスは、いわば半ば敗死が決まったようなもの
だったのだ。
だからこそ、青銅の魔人は、「超能力の発動を上回る速度で動く」ことに、全精力を傾けてい
た。
「オレのスピードは、貴様が超能力を念じる速度を上回ったッ!! “デス”さえ封じれば貴様ご
ときッ・・・ラクに嬲り殺せるわッ!!」
「ッッ!!・・・“ブラスター”ァッ!!」
諦めを知らぬように、血塗れの美天使は三たび、爆破そのものをサイコキネシスで創り出
す。
空間に、火花が起こる。無駄だった。
神業レベルの足捌きで、瞬間的に移動したメフェレスは、またも“ブラスター”から逃げてい
た。
「うあッ・・・あァッ!?」
「フハハハハハァッ!! ここだ、ここだッ!!」
サクラの意識より、素早く移動するメフェレス。
仇敵の姿を見失い、動揺する美少女戦士を嘲笑うように、魔人は背後に現れていた。
振り下ろされた魔剣が、柔らかな乙女の背中を袈裟懸けに斬る。
ザグンンンッッ!!! ブシュウウゥッ―――ッ・・・!!
「あ゛ア゛はアァッッ!!? きゃあああああアアァァッ〜〜〜ッッ!!!」
「ワアッハッハッハアアァッ〜〜ッ!!! 言っただろうッ!? 貴様はなます切りにするとなァ
ッ!! いい姿になってきたではないかッ!!」
身体の前面に二太刀。背中に一太刀。
ザックリと、深く、長く斬られたイマドキ美少女の戦士。かろうじて、二本足で立った肢体から、
ボトボトと血の雨が降りしきる。
元々は普通の女子高生であるサクラにとって、斬撃はほとんど致命傷といってよかった。
それでなくとも、蘇生したばかりの肉体で、サイコネルギーは枯渇寸前。
悪逆の闇王にひとり立ち向かったエスパー天使であったが、その敗北は誰の目にも明らか
だった。
ただひとり、諦めの悪い少女以外は。
「・・・・・・ここ・・・からだよ・・・」
肉を斬られた激痛と、大量の失血により、サクラの青い瞳は点滅を繰り返していた。
あわせるように、胸の水晶体も点滅している。ヴィーン、ヴィーンと警報が鳴り響く。
再びの死がサクラに忍び寄っている。のは確実なのに、美少女の視線は鋭かった。リーダー
である、くノ一少女を彷彿とさせるような。
「・・・貴様ァァッ〜〜〜ッ・・・!!」
「本気で・・・闘うつもりでも・・・・・・この技だけ、は・・・・・・普通じゃ、出せないの・・・」
だらりと垂れ下がった、サクラの右腕。
その肘から先が、闇エネルギーを纏ったように、漆黒で塗り潰されている。
「ボロボロに・・・されないと・・・・・・あたしには、出せない・・・・・・命を奪う、技だもん・・・」
“デス”―――。
メフェレスは知っている。サクラがやろうとしている技が、確かに“デス”であることを。
あの漆黒の右腕が飛んできて、魔人の心臓は潰されかかった。刀で振り払うことも、逃げる
こともできない、恐るべき“死”の腕―――。
「・・・ククク。オレには通用しないというのが・・・わからんのか?」
青銅の魔剣をメフェレスは構え直した。
じわじわと切り刻み、じっくり嬲り殺すつもりだったが、やめた。口では強気を装っても、“デ
ス”を相手にするのは、一瞬が命取りになる。
ひと息にエナジー・クリスタルを貫いて、殺す。
どちらが相手に一撃を与えるか、勝負だった。さんざん“ブラスター”を封じたメフェレスといえ
ど、油断は決してできない。
「その黒き右腕が飛来するより速くッ・・・息の根を止めてくれるわッ!! フハハハハアッ〜〜
ッ!!」
「・・・あたしは・・・お前を斃してみせる・・・・・・この“デス”で」
真っ黒になった右腕を、サクラは魔人に向かって突き出した。
右腕が心臓を掴めば、ファントムガール・サクラの勝利―――。
その前に、守護天使を絶命させれば魔人メフェレスの勝利―――。
ボト・・・ボタタ・・・ボト・・・ボト・・・
鮮血に染まった桃色天使の足元に、赤い雫が池を作っていく。
「来いッッ!! 使い捨てのゴミめがァッ!! 『闇豹』同様、その首飛ばしてくれようぞッ!!」
心優しきエスパー少女は、戦士の顔で咆哮した。
「ッッ・・・“デス”ッッ!!!」
ドンンンンンッッッ!!!!
右腕の形をした黒き光弾が、唸り飛ぶ。
黄金のマスクを被った魔人の心臓へ。その肉体が、霞む。
超速の足捌き。すでにメフェレスは、元の場所にいなかった。刹那にサクラとの距離を縮め
る。
真っ直ぐ進んだ漆黒の右腕が、魔人の残像を通り過ぎた。
「ウワッハッハッハッハッ!!! 死ねッッ、ファントムガール・サクラァァッッ!!!」
魔剣が飛ぶ。美乙女の、細首へ。
硬直したようにサクラは、右腕を伸ばした姿勢のまま、動かなかった。
「・・・・・・“デス”」
ブジュウウウウウウッッッ・・・!!!
鮮血が、飛び散った。
綺麗であり可憐であるサクラの美貌が、深紅に塗り潰された。
「・・・・・・ィッ・・・!!? ・・・なァッ・・・ぜェ・・・・・・ッッ!!?」
青銅の魔剣が、音を立てて皇居前広場に転がった。
魔人メフェレスの左胸には、暗黒で作られたサクラの右手が突き刺さっていた。
「・・・・・・無理、だよ・・・」
哀しげな瞳で、美少女エスパーはかつての恋人を見た。
念動力で出来た漆黒の手が、メフェレスの心臓を強く握る。
叫ぶ魔人の口から、鮮血の塊がビチャビチャと飛び出た。
「“デス”は・・・あなたの心臓を握るイメージを、直接創るの・・・だから、逃げられないよ・・・黒い
右手を避けたつもりでも・・・どんだけ速く動いても・・・あたしの眼に見えなくても・・・」
黒い右腕は、あくまで象徴的なイメージに過ぎない。
対象者の心臓がこの世にある限り、サクラの念動力は、それを潰す。それが“デス”―――。
“デス”が発動された時点で、ファントムガール・サクラは真に最強のファントムガールになる
のだ。
「・・・・・・たとえ、一時でも・・・一瞬でも・・・あなたに愛された時間は、幸せだったよ・・・ヒト
キ・・・」
ガクガクと崩れ落ちていく青銅の魔人を、血に染まった美麗天使は、泣き出しそうな瞳で見下
ろした。
「せめて・・・あたしの手で・・・・・・あなたは斃すよ・・・」
漆黒の右腕が力を込めた。
大地を転がるメフェレスが、三日月に笑うマスクの奥で、泣き喚いた。
「ぐぎゃあああアアッ〜〜ッ!!! ガアアッ・・・ゲボオオッッ!!」
国家転覆まで、あと一息まで迫っていた闇の王が・・・魔人メフェレスが、あられもなく叫ぶ。
皇居前広場でのたうち回り、血反吐を噴き出す。
その左胸には、漆黒の腕が突き刺さっていた。質量を伴った、肉や皮でできた腕、ではな
い。ファントムガール・サクラが生み出した、念動力が実体化したものだ。
最強の抹殺技“デス”―――。
サイコパワーによる死の腕は、青銅の鎧を透過して、直接心臓を握っている。
いかにサクラが非力とはいえ、これまでの闘いで深手を負っているとはいえ、メフェレスにトド
メを刺すのは簡単だった。
あと、ほんの少し、漆黒の腕に力を加えれば、侵略軍団の総首領・メフェレスは斃せる。
「バッ・・・カなァッ・・・!!! このオレェッ・・・がァッ!?・・・」
土にまみれ、地を這い回りながら、魔人は悟っていた。
無理だ。
“デス”は・・・サクラが念じた瞬間、オレの心臓を潰すというのか。ならば、無理だ。
いかに素早く動こうとも、サクラが「思う」よりも速く動くなど・・・できるわけがない。例えば、拳
銃の弾を避ける、などというスピードとは、次元が違うのだ。
唯一、“デス”を封じるとすれば、サクラが「思う」より前に、致命傷を喰らわせる以外にあるま
い。
「・・・おッ・・・のれェェェッ・・・!!・・・」
左胸を掻き毟り、鮮血の塊を吐き出す、悪逆の魔人。
悶え苦しむブザマな様子を、桃色の守護天使は、じっと見下ろしている。
あのゲドゥーが、サクラをもっとも警戒した事実・・・今になって、よくわかる。
だが、ゲドゥーなどは、まだいい。どうせサクラは、ゲドゥーなどには本気で“デス”は使えま
い。
この女が恨みを抱いているのは、このオレだけなのだから。
少しカワイイからと・・・超能力が使えるからと・・・甘やかしたのが失敗だった。「飼ってやっ
た」ことを、メフェレスは激しく後悔した。人格が崩壊するまで厳しく調教し、とっとと反抗不能な 下僕にしておくべきだったのだ。
殺してやる。
超能力などと・・・不条理な怪物め。調子に乗った女は、跪くまで徹底的に切り刻むに限る。
だがそのためには、なんとしても、この窮地を脱しなければならない。
サクラがトドメを刺す前に。漆黒の腕に、力をこめる前に。
逆に、エスパー戦士を滅ぼす。メフェレスが生き残るには、それしかなかった。
「・・・サクッ・・・ラァぁぁッ・・・!!」
“デス”を破るには、サクラが「思う」より速く、攻撃するしかなかった。
普通に闘えば、不可能だ。エスパー少女が「思ってもみない」ときに、刺し貫くしかない。
不意を打つ。隙を突く。
では、その隙を作るためにはどうするか・・・?
・・・やはり、このメスの、アレを利用するか。
ファントムガール・サクラ、最大の弱点。追い詰められた闇の王は、すべてを捨ててサクラの
弱みを突きに出た。
「い、いや・・・桃子ッ・・・ゆ、許してくれ、桃子ッ・・・!! オ、オレが悪かった・・・ま、負けを認
めるから・・・・・・命だけは、助けてくれェッ!!」
メフェレスは、土下座していた。
黄金のマスクは三日月に笑ったまま・・・額を地につけて、サクラに許しを懇願する。
その眼の前には、青銅の魔剣が転がっていた。
「・・・ダメだよ、ヒトキ」
哀しげな表情を浮かべ、美少女戦士は首を横に振る。
「そんな芝居・・・ミエミエだよ・・・。いくらあたしでも・・・騙されっこない・・・」
「ウ、ウソじゃないッ!! 本当なんだッ!! 信じてくれッ!!」
必死な声音で訴えながら、魔人の内心はほくそ笑んでいた。
イケる。やはりこのバカ女は・・・死なねば治らぬほどに、甘い。
言葉では拒否しつつも、「お前」から「ヒトキ」に変わった呼び名が、心境の変化を教えてい
る。“デス”を成功させたことで、勝負は決したと、慢心しているのだろう。
「悪かったッ!! オレが悪かったッ!! すべての罪を償うッ、どんなことでもするッ・・・だか
ら・・・命だけは、助けてくれェェッ〜〜ッ!! 殺さないでくれえェェッッ!!」
「・・・自分は・・・どれだけのひとを傷つけてきたか・・・わかってるの・・・?」
「あ、謝るッ!! オ、オレはただ・・・頂点に立ちたかった、だけなのだッ・・・殺傷が目的では
なかったッ! 本当だ、信じてくれッ! 短い間でもそばにいてくれた、お前ならわかるだろう、 桃子・・・?」
「・・・だけど、あなたは・・・ちりを殺した・・・」
「仕方なかったのだッ・・・!! だが、『闇豹』にも・・・ちゆりにも、謝るッ!! この手に掛けた
罪は、一生を費やして償うッ・・・」
「ムシが・・・よすぎるよッ・・・」
「わかっているッ、しかしッ!! ・・・し、死にたくないんだッ・・・お願いだ、殺さないでくれえェ
ッ!! ・・・も、もう、お前には・・・桃子には勝てないことは、よくわかった・・・・・・」
明らかな涙声で、メフェレスは懇願した。
プライドの塊のようなこの男が、頭を下げるのがどれほどの苦痛か。涙を見せるのがどれほ
どの屈辱か。かつての恋人だった少女には、痛いほどよくわかる。
「お、お願いですッ・・・許してくださいィィッ〜〜ッ!! すべて反省しますッ、二度と悪事は働き
ませんッ・・・!! も、桃子、許して・・・助けてくださいィィッ〜〜ッ・・・!!」
見苦しいほど、必死な命乞いであった。
イライラとした感情が、サクラの胸に湧いてくる。心優しき少女にしては、珍しいことであった。
苛立ちの原因を、エスパー天使は、よく自分でわかっていた。だからこそ、余計に怒りが募
る。
「だからッ! ・・・勝手すぎるって、言ってるじゃんッ・・・!!」
「頼むッ!! お願いですッッ――ッ!!」
自分は、この最低の男を、許してあげたい、と思っている。
信用しちゃ、ダメだ。恐るべき魔人は、この機会に葬るべきだ。
そうわかっているはずなのに・・・目の前で救いを求められれば、桜宮桃子という少女は冷酷
になりきれなかった。
「オレの負けですッ・・・!! 兵はすべて引き上げますッ! 二度と、こんなバカなことはしない
と誓いますッ!! だから・・・だから、お願いだッ、桃子ォッ!! オレを・・・オレを助けてくれ ェェッ!!」
もう、まともに聞いていられなかった。
かつて愛し、本気で憎んだ男の、惨めな姿。土下座し、額を地にすりつける姿は、正視に耐
えなかった。
救いを願う声が、グサグサとエスパー天使を傷つける。心に刺さる傷は、実際に身体を斬ら
れた傷よりも、激しく痛んだ。
「やめてよッ!! そんな、そんな言葉に・・・騙されないって、言ってるじゃないッ!!」
らしからぬキツイ口調で、桃色のファントムガールは吐き捨てた。
たまらず、くるりと背を向ける。
キタ。
マヌケなメスめッッ・・・それで十分だッッ!!!
言葉で必死に抗おうと。内心では、必殺の意志を固めていようと。
今、ここで貴様が見せた本質。優しさという名の、大きすぎる隙―――。
逆転するにはそれで十分。結局のところ貴様は、あれほど憎んでいたはずのオレにも、ほん
のわずかに情けをかけた。
死んで悟れ、ウジムシ。
本物の殺し合いの場では、胸焼けするような甘さこそが、最大の害悪。
「お願いだから、桃子ッ・・・!!」
眼の前に落ちている青銅の魔剣を、メフェレスの右手が握った。
「このメフェレスのためにッ・・・死んでくれ」
土下座していた魔人の身体が、跳ね起きる。
背中を向けた、ファントムガール・サクラ。その心臓を貫くべく、凶刃が煌く―――。
ブジュウウウッッ!!! ・・・・・・
満月の空に、深紅の華が咲いた。
雨となって、広場の大地に落ちていく。濃厚な鉄分の匂いが、立ちこめた。
数瞬の後、敗北と激痛を同時に思い知った、悶絶の叫びが響き渡った。
「・・・言ったはずだよ・・・騙されない、って」
哀しげに振り返るサクラの瞳に、心臓を押さえて泣き喚く、かつての闇王の姿が映った。
「ギャパアアオオオッッ・・・ゲブゥウッ!!! なあアッ・・・なァぜェェッ・・・!!!」
「あたしの弱さに付け込んでくるのは・・・わかってるもん。だから、わざと後ろを向いて、襲わせ
やすくしただけ」
魔人の心臓を掴んだ“デス”が、ギリギリと力をこめる。
そのたびに鮮血が、三日月に笑う口から、迸った。黄金の仮面を真っ赤に染めて、メフェレス
は再び大地を転がり回る。
「しィッ・・・しがアァッ・・・しィ!! きィッ、きざまァッ・・・はッ・・・!!」
「そうだね。ヒトキの言う通り・・・あたしは、どうしようもない甘ちゃんだよ。誰かを殺せるなん
て、自分でも思ってなかった。でも」
漆黒の腕のなかで、魔人の心臓がミシリと悲鳴をあげた。
「大切なひとを、世界を、守れないのなら・・・あたしの優しさになんて、意味ないよ。みんなを守
るために、あたしはあなたを躊躇いなく斃す」
可憐な美少女の容貌が、もうひとりの守護天使と重なって見えた。
ただ端整なだけ、であったはずの美貌は、ファントムガールのリーダーと見紛うほどに成長し
ていた。
「・・・サッ・・・トミィィッ・・・・・・!!」
重々しい、鐘の音がなった。
なにかの終わりを告げる音色。
実際にはそれは、三日月に笑うマスクが、落ちる音だった。
「・・・・・・ヒトキ・・・ッ・・・!?」
「貴様ッ・・・は・・・もはや、サトミで・・・・・・あったかッ・・・」
仮面の下から現れた素顔は、般若のように醜かった。
青銅の表皮はそのままに。見開いた漆黒の両眼と、吊りあがった唇。剥き出した、牙。
人間体である久慈仁紀のマスクとも掛け離れた、怨讐に凝り固まった面相がメフェレス本来
の顔だった。
「・・・・・・・・・ま・・・け・・・・・・・・・だ・・・・・・」
本物の戦士が相手ならば、命乞いはムダだった。
そして、ファントムガール・サクラの絶技“デス”こそは、この世界最強の必殺技。
「・・・・・・オレの・・・・・・負けだ・・・・・・・・・」
魔人メフェレスは、己の敗北を悟った。
と同時に、避けられぬ死を観念した。
新たな世界の王にもっとも接近した者は、今、大地に四つに這ってうな垂れている。
「・・・・・・ファントムガール・・・サクラ・・・・・・あとは貴様の・・・・・・好きにしろ・・・」
般若の漆黒の瞳から、透明な雫が溢れ出た。
久慈仁紀=メフェレスの心のなかで、深く根を張った漆黒の大樹が、砕け散った―――。
「うあああアアァァああッッ〜〜〜ッッッ!!! ガアアッッ!!! はアギャアああァァッ〜〜
〜ッッ!!!」
皇居より北上すること、およそ500m。日本武道館の八角形の屋根を、聖少女の痛哭が揺る
がす。
ファントムガール・ナナvsギャンジョーの決戦場。北の丸公園では、酸鼻極まるリンチ処刑
が、刻々と進められていた。
「ギャハハハアアアッッ〜〜ッ!! 削ってやらアァッ〜〜ッ!! 肉も骨もズタズタに引き裂い
てやるぞオォッ、ナナァッ〜〜〜ッ!!! オレ様の究極拷問腕、アルティメット・トーチャー・ア ームの斬れ味ッ・・・泣き叫びながら、存分に楽しむといいぜェェッ!!」
ザクンッ!! ブジュウウッッ!! ギャリギャリッ!!
乙女の柔肉を切り裂き、抉り、肋骨を削る凄惨な音色が響く。
巨大ローラーにも見える疵面獣の両腕が、ナナの脇腹を挟んで、頭上に抱え上げている。よ
く見れば、腕はローラーなどという、生易しいものではなかった。無数のドリルに覆われた、蟹 のハサミとでも形容すべきか。その鋭利なドリルが、横腹はもちろんのこと、乳房や腕など、触 れる部分を傷つけながらギュルギュルと回転しているのだ。
さらには、ドリルは、ハンダゴテ同様の高熱さえも創出している。
ボゴボゴと、時折聖少女の肌が膨らむのは、内部で血が沸騰しているのだろう。緩やかな白
煙が、吐き気を催す悪臭とともに、青い天使の腹部から昇っていた。
もう、どれほどの刃が、ナナの脇腹を引き裂いたか、数知れなかった。しかも、少しづつアバ
ラ骨は削られ、肉は内側から焼かれているのだ。
「ウギャアアッ・・・アアアッ〜〜〜ッッ!!! げぶうウゥッ!! あぎゃアアァッッ・・・!!!」
無数の傷痕からおびただしい血を流し、深紅に染まっているのは、ナナもギャンジョーも変わ
りない。両者が撒き散らした鮮血で、北の丸公園は毒々しい朱色に濡れていた。
しかし、襲っている苦痛を比較すれば、ナナのそれは、ソニック・シェイキングをダイレクトで
受けた疵面獣すら上回っていた。
事実、“シュラ”の血を継ぐナナでなければ、こんな拷問には到底耐えられまい。とっくにショッ
ク死しているだろう。
「ヒャッハッハッハアアッ〜〜ッ!! だいぶ、いい感じでミンチになってきたなァッ、おいッ!?
まだ精神は正常かァッ、タフな女神さまよォッ!?」
「ふひゅうううゥゥッ〜〜ッ!!! がひゅウッ!! はひゅううウウゥッ――ッ!!! ・・・はあ
ッ―ッ!! はあッ――ッ!! はあッ!!」
「ハッ!! なんだァッ、その眼はァ!? まさか、まだ闘いを続けられると思っているんじゃね
ェだろうなァッ!? アアッ!!」
「あッ・・・あ゛だじィッ・・・はァッ・・・・・・ま・・・だッ・・・・・・」
「フヒャハハハアアアッ〜〜〜ッ!!! 終わってるんだよォッ、諦めの悪い女神さまよォ
ッ!! ナナァッ、てめえはもう一度死ぬんだッ!! 究極拷問腕に捕獲されたてめェは、もう 脱出不能ッ!! つまりッ、あとは嬲り殺しにされるだけよォッ!!!」
回転を止めた右の巨大ハサミが、ナナの胴体を正面から掴む。
元はといえば、ドスを無数に生やした巨大ペンチ。その鋼鉄の刃が、ボリュームある乳房の
下、左右の脇腹を挟んでいく。ドシュドシュと短刀が肉を破り、ペンチが圧搾する。
ペキペキと新たに骨の折れる音色が、ナナの胴体で響いた。
「うがあああアアアッッ―――ッッ!!! アアアッッ・・・!!! ギャアアアッッ〜〜〜ッ
ッ!!!」
「てめえとの付き合いは、なかなかに楽しかったぜェッ・・・初めて見たときから、ピンと来たとお
りだった。だがな、今度こそはこれで終わりだ。ほれ、逃げられるもんなら逃げてみろや?」
両脇から潰される激痛に、ナナは叫んだ。自由な両腕、そして宙に浮いた両脚を、メチャメチ
ャに暴れさせる。
しかし、槍腕が変形したギャンジョーの巨大ペンチは、ビクともしなかった。
「パワーじゃ段違い、ってのは学習済みだろうがよ、女子高生? てめェがオレに腕力で勝る
なんて夢物語は、見るだけ・・・」
「ハッ・・・ハンド・スラッシュッ!!」
超のつく至近距離から、疵面に光線を放つナナ。
右の掌から発射された白光が、ギャンジョーの顔面に直撃する。火花と白煙とが、同時に立
ち昇った。
「ギャッハッハッハアアッ〜〜ッ!! こんなもんは通用しねェってのが、まだわかんねえのか
ァッ〜〜ッ、クソガキがァッ!!」
薄れていく煙の向こうで、スカーフェイスは笑っていた。
空いているもう一方の腕、ドリルに覆われた巨大ペンチが、アッパーでナナの股間を襲う。
グジュウアアアアッッ!!!
ハンドボール部で鍛えた、張り詰めた聖少女の太腿。
その中央、青い模様が浮かんだ銀の股間を、兇悪なペンチが前後に挟む。下腹部からお尻
にかけて、鋼鉄のワニが噛み付いたようにも見えた。
「あぎゅあああアアアッッ―――ッッ!!!! ウガアアァァあああァッ〜〜〜ッッ!!!!」
迸る絶叫とともに、ナナの股間が鮮血を噴き出す。
深紅の華が、開いたようだった。宙に浮いた足下を、バシャバシャと血雨が濡らしていく。
それでも飽き足らず、究極拷問腕に力がこめられる。
ゴキゴキと、守護天使の恥骨が不気味な悲鳴をあげた。ドリルだらけの巨大ペンチは、その
まま、ファントムガール・ナナの下半身を食い千切るつもりなのか。
ゴキュ・・・ブチブチッ・・・グジュウゥッ・・・
「あああアアアァァッ―――ッッ!!!! うあ゛あ゛あ゛アアアァァッ〜〜〜ッッ!!!!」
「ヒャハハハハァァッ〜〜ッ!!! 胴体真っ二つだァッ!! ナナァッ、さすがのてめェも二度
と復活できないだろうがッ!?」
「ゴブウウウッッ!! ぐぶゥッ・・・!! ぶッ!! ・・・ぐぶぷッ・・・!!」
バストの下を横に挟んだ右ペンチと、股間を縦に掴んだ左のペンチ。
小柄な青い守護天使を捉えた拷問腕が、逆方向に捻っていく。
ネジレの入る、戦乙女の発達ボディ。健康的な美体が、雑巾のごとく搾られる。天を仰ぐアイ
ドルフェイスが、口から鮮血を振り撒く。
泡の混ざった吐血は、ブクブクと留まることなく溢れ出た。
「ゴボボッ・・・!! ブグウッ!! ブジュッ!! ・・・ビググッ!!」
「いいぞォッ!! いい顔になってきたぜェッ!! 殺されていく人間が、すべてを諦めた顔だ
ァッ!! ナナァッ、てめェのそんな死に顔が見たかったんだよォッ〜〜ッ!!」
「へぶうウッ!! びぐうゥッ!! ブジュッ!! ・・・ぐぷッ、ゴボボボボッ・・・!!」
ダメ、だ―――。
切り札であったソニック・シェイキング・ダイレクトですら倒せなかった以上、もはやギャンジョ
ーに通用する技はない。
いや、その前に、この残酷な拷問処刑から脱出することすら、できない。
真正面から凶獣ギャンジョーに挑んだナナであったが、その壁はやはり厚過ぎた。同じパワ
ーとタフネスを得意とする者同士といえど、アスリートの女子高生と日本最凶の殺し屋とでは、 レベルが異なる。
ギャンジョーにダメージを与えられなければ・・・拷問腕から逃れられない。大量の失血と壮絶
な苦痛のなか、徐々に命を削られていくしかない。
ナナは死を覚悟した。
“・・・思い出せ”
何者かの声が、響いた。
声の正体は、すぐに思い出せた。あの男の声は、今のナナにとって、もっとも馴染み深いも
のだったから。
“思い出せ。あのときを・・・サトミが散った、あの闘いを”
そうか。さっきまで・・・復活を遂げるまでの、あの間。
一度処刑され、“第七エデン”との融和が完全になされるまでの間、藤木七菜江のそばには
工藤吼介が片時も離れず添っていた。あの眠っている間に、男は少女に語り掛け続けたの だ。
意識はなかったが、耳の奥に残っていた。言葉だけが。睡眠学習のように。
だが、あの痛ましい記憶を思い出せとは・・・どういうことなのか。
“サトミはお前たちに・・・ヒントをくれた。強くなるための、ヒントを”
強くなるための、ヒント―――?
苦痛に呑まれかかる意識のなかで、懸命に記憶を呼び起こす。
サトミの死、という衝撃があまりに鮮烈すぎて・・・激闘の記憶は曖昧だった。そのなかに、大
切なヒントが隠されていたと、闘鬼の化身は教えるのか。
“重ねるんだ”
重ねる・・・!?
“重ねろ。掛け合わせろ。お前の運動神経があれば、サトミがやってみせた奇跡を・・・再現で
きるはずだ”
消えかかっていた瞳の青色が、強い光を放つ。
突如、ナナに起こった変化。今更、守護天使に出来ることはない・・・侮る凶獣は、少女戦士
反撃のサインを悠然と受け流す。
「・・・そう・・・かッ・・・!!」
「ギャハハハハッ!! ムダムダムダァッ・・・!! てめェに一体なにがッ・・・」
再び顔面に向けられた掌を見て、ギャンジョーは笑った。
ハンド・スラッシュ程度の光線は、効かない。至近距離から撃ち込まれようと、か弱い女性の
ビンタをもらうようなものだ。
その程度で拷問腕を解くなど、有り得るはずがない。
「ハンド・スラッシュ・・・」
ナナの右手が眩く輝く。
だが、発射の寸前、少女戦士は光る左の掌を、右手に重ねた。
「ダブルインパクトッ!!」
ドオオウウウッッ!!!
左の掌を通過した瞬間、光弾が一気に肥大化する。
威力を倍増、いや、2乗した巨大光弾が、破顔する疵面に着弾する。爆炎をあげて、ギャン
ジョーの巨躯が吹っ飛んだ。
「ゲバアアアッッ!! グオオオッ・・・グオオオオッ〜〜〜ッ!!!」
「ハアッ!! ハアッ!! ハアッ!! ・・・よしッッ!! これッッ・・・かッ!!」
深紅に濡れながら、ドリルペンチから逃れた天使が、二本の脚で着地する。
右と左。ふたつの光弾を重ねる。掛け合わせる。決して簡単な作業ではないが、光エネルギ
ーの量と質とを限りなく同調させることで、1+1が5にも10にもなる奇跡が可能となる。
ファントムガール・サトミが、東京タワーの死闘で見せた、イチかバチかの秘技。
サトミはファントム・リングに、ファントム・バレットを合体させてみせた。その威力は、ゲドゥー
とギャンジョー、二体の最凶怪物が束になって、ようやく防いだほどだ。
見よう見真似でのトライであったが・・・“シュラ”の血を継ぐアスリート少女は、奇跡の再現に
成功した。敗戦のなかでサトミが起こした奇跡が、今、後輩の少女戦士を救い、希望の光を挿 し込ます。
これならば。この方法ならば。
怪物ギャンジョーを、倒すことができるかもしれない。
「ウオオッ・・・オオオオオオッッ―――ッッ!!!」
吼えた。
紅に染まった銀と青の天使が、満月の夜に咆哮した。
限界が近いのはわかっている。いや、他のファントムガールならば、とっくに動きを止めてい
よう。あと一発。もうあと一発だけは、超必殺技を放てるはずだった。そして、スラム・ショットの 一撃くらいならば、残る命を振り絞れば生み出せないこともない。
ソニック・シェイキングに、スラム・ショットを掛け合わせる。
直接叩き込むソニック・シェイキング、先程の一撃と同等クラスの撃滅技が、生まれるはずだ
った。それ以上出来ることは、ナナの生命をいかに搾ろうとも不可能。
「これッ・・・がッ・・・・!! ファントムガール・ナナッ・・・最期の一撃ッッ、よッ!!!」
疵面から黒煙を昇らせるギャンジョーが、態勢を整えんとする。
このチャンスを逃せば、おしまいだった。もはや、まともに動ける体力は、ナナにはない。
全身に残る聖なるエネルギーを掻き集め・・・高々と掲げた右の拳に集中させていく。
力という力を、全細胞の昂ぶりを、この一瞬に結集した。
ブジュウウウウッッッ!!! ・・・・・・
ナナの視界が、真っ赤に塗り潰された。
不屈の少女戦士は、なにが起きたか、わからなかった。ドスンッ、という衝動が、ただ全身を
叩く。
膝から崩れ落ちたファントムガール・ナナは、その場で尻餅をついていた。
力が、切れた。
限界が、来た。
あまりにおびただしい出血。精神を擦り削られる、激痛の津波。全力で闘うがゆえの、体力
の枯渇。
気力のみで立ち続けた守護天使に、ついに、気力では補えぬ現実が襲来した。
決死の想いを嘲笑うように、青のファントムガールは座り込み、動けなくなっていた。
「あッ・・・!? ぅアッ・・・ッ!! ・・・んくッ・・・ゥッ!!」
「ッッ〜〜ッつくづくッ!! ・・・てめェッは・・・しぶといぜェッ・・・!!」
ビクビクと痙攣する守護天使の視線の先で、疵面獣がパカリと口を開く。
鮮血で染まったスカーフェイスに、無数の皺が刻まれていた。憤怒。ゴツゴツとした巌岩のご
とき表情は、裏を返せば先程の攻撃が効いたことを示している。
しかし、今となってはもう遅い。ナナが、逆襲の糸口を見つけようが、光線強化のヒントを得よ
うが。
次の一撃で、ギャンジョーはファントムガール・ナナをこの世界から消し去るつもりだった。
「ア・・・あァ・・・ッ!! ああァッ・・・・・・!!」
「肉片も残らねェほどッ・・・砕け散れやッッ!!!」
必殺の暗黒弩流がくる。わかっているのに、ショートカットの守護天使は、動くことができなか
った。
傷つきすぎたナナは、もはや、トドメの一撃を受けるしかない―――。
「“弩轟”オオオォォォッッ―――ッッッ!!!!」
疵面獣の口腔から、闇よりも黒い、漆黒の光線が発射される。
濃密・濃厚な殺意と超音波衝撃の複合技。
光エネルギーも、逃げる体力もないナナに、一直線に迫る黒条を避ける手段はない。
「・・・・・・死――」
んだ。
覚悟した。ナナは。死を免れないことは、誰よりも自分がわかっていた。
眼の前で、白い光が爆発したとき、少女戦士はこれが死ぬことかと錯覚した。
「・・・まだよ」
声がした。気がした。だが、今度は錯覚ではなかった。
眩い光がオレンジと、黄金に輝くプロテクターに変わったとき、先程の声はナナのなかで鮮や
かに実体化した。
「ッッッ・・・アッッ・・・!!!」
ごめんね。あたし、あなたの声を少し忘れていた。
あんなに心地よく、頼もしく・・・ときに小憎らしいけど・・・大好きな声を。
「勝手に死んでもらっちゃ困るわ。少なくとも、この私を差し置いて逝くなんて、許さないから」
「アッッ・・・アリッッ・・・アリスぅぅぅッッ―――ッッッ!!!!」
「ヒート・キャノンッッ!!!」
ドオオオンンンッッ!!!
右肘の発射口から噴き出した灼熱の砲弾が、凶獣の漆黒弩流を迎え撃つ。
超高熱が、周辺の空間を捻じ曲げる。ヒート・キャノンと“弩轟”。単純な破壊力では上回るギ
ャンジョーの黒弾も、空間の歪曲によって乱れ散る。
北の丸公園周囲に、爆発の炎と轟音が飛び交った。
「てッ・・・めェッ・・・!!? まさかッ・・・てめェだけはッ・・・完全に壊れたはずだッ・・・!!?」
揺らめく炎のなかで、新たに出現した、ファントムガールは立っていた。
赤髪のツインテール。
オレンジの幾何学模様と、黄金に輝くプロテクター。端整な美貌の、マスク。
白煙を昇らせる右腕は、明らかなマシンのそれであった。
「またッ・・・地獄から、舞い戻ってきやがったかアァッッ〜〜ッ!!! ファントムガール・アリス
ッッ!!!」
「どうやら私は、閻魔大王にも嫌われているみたいでね」
カチャリッ、と音がして、肘から先の右腕が装着される。
動作を確かめるように。機械の腕が蠢き、キリキリと鳴った。
「どれだけ殺されても死ねないのは、あんたたち、外道どもを先に葬送れ(おくれ)ってことらし
いわ。いくわよ、ナナ。あんたと私をボロボロにしたこの怪物は・・・私たちふたりが決着をつけ るわよ」
蘇ったサイボーグ天使の、凛とした宣告が響き渡った。
4、
時計の針を、少し巻き戻す。
日本武道館のある北の丸公園より南下すること、約5km。
サクラとメフェレスの闘いの場となった皇居前広場を通り過ぎ・・・サトミ&ユリアがゲドゥーと
交戦中の新橋を通り過ぎ・・・サトミの処刑場となった東京タワーを通り過ぎ・・・南下を続ける と、芝浦埠頭に行き着く。
そこには、テレビなどでも見覚えのある巨大な橋が、東京湾にかかっていた。
レインボーブリッジと呼ぶ方が、馴染みは深いだろう。
銀色の守護天使たちとはやや離れたこの場所でも、闘いは行なわれていた。異形の怪物た
ちが放つ咆哮に、湾内の海面がさざめき立つ。
戦場の中心には、赤い鬼がいた。
完全なる戦闘種族・シュラのガオウは、たった一体で70体ものキメラ・ミュータントと激突して
いた。
「・・・化け物か、ヤツは・・・ッ!?」
テッポウウオとのキメラ・ミュータント、シュルトは呻くような声をあげた。
ガオウを相手にして、今更すぎる言葉、とは思う。だが、仮にもシュルトの正体である千山由
紀人は、元官房長官としてそれなりの人物と体面してきた。フィクサーと呼ばれるような政財界 の大物にも、金メダリストのアスリートにも。
それでいて、様々なタイプの「化け物」に遭遇した百戦錬磨の政治家をして尚、赤い闘鬼は規
格外だった。「化け物」としての、次元が違う。
「ウオオオォォッ―――ンンンッ!!!」
筋肉獣が吼えた。距離を置いているシュルトが、その“圧”にビクリと震える。
その瞬間、ガオウを包囲していた3体のミュータントが、一斉に頭部を破裂させた。
「ィッ・・・!? なにか、撃ったのか!?」
シュルトには、ガオウの攻撃が見えていない。見えないから、なにが起きたかもわからない。
一瞬にして左の軽いパンチ・・・ジャブで3つの頭部を吹き飛ばしたとは、想像すらしていなか
った。
「に、逃げるなァッ!! 逃げても・・・ムダなのだぞッ! メフェレス様に殺されたくなければ、
我々はそいつを始末するしかないのだァッ!」
尻込みするミュータントたちを、必死にシュルトはけしかけた。どいつもこいつも、自分だけは
助かろうとする、カスめが。キメラ・ミュータントの正体である政治家や官僚の根本的性質を、 同類であるこの男は、痛いほどに理解している。
埠頭の岸壁は、巨大生物が流した血でヌラヌラと濡れていた。
すでに兵隊の半数近くが、この一匹の鬼に葬られている。信じられぬことだが、ガオウは本
気で70体のミュータントを全滅させるつもりらしかった。
「バカなッ・・・バカげているッ! いくら化け物でも・・・70体を相手に・・・」
呟くシュルトの水色の巨体は、レインボーブリッジを渡った先、お台場の海浜公園にあった。
遠巻きに赤鬼を囲む水棲のキメラ・ミュータントたち。そのうちの幾体かが、ひとりだけ離れた
“安全地帯”にいるシュルトを、ちらちらと見詰める。
視線に含まれた不服の色を、シュルトは敏感に感じ取った。
「なんだねッ、その眼は!? 指揮を任された私が、後方に位置するのは当然のことだッ!
君たちのような烏合の衆を、私以外の誰が束ねられるというのだねッ?」
いまだ生き残っているミュータントの兵隊たちからは、なんの返答もなかった。
メフェレスこと久慈が、シュルトの正体である千山を重用していたのは事実だ。だが、一軍の
大将をシュルトに任ずる、という指令は、魔人の口からは一言も出ていない。
そしてそれ以上に、自分たちだけが危険な獣と闘わねばならぬことが、兵隊たちにはなによ
りも不満であった。
「わ、私が距離を置いているのは、ただ身の安全を確保するためではないぞ!? 我々キメ
ラ・ミュータントには、それぞれ特性がある。その長所を有効活用するために、敢えて離れてい るのだよ!」
細く長い、水色の口がけたたましく喋った。
ミュータント兵の視線は、いまや赤鬼ではなく、シュルトに注がれ始めていた。揃って無言で
あることが、かえって雄弁に彼らの不服を物語る。
「貴様らひとりひとりはカスでもッ・・・特性を生かせばその化け物も倒せる、と言っているのだァ
ッ!! いいから私の指示に従えッ!! この無能どもッ!! 自分だけが助かりたいがため に、命令を無視するんじゃないッ!!」
筒状の口を、シュルトは水平にあげた。
テッポウウオとのキメラ・ミュータント。というだけでなく、千山由紀人にはクレー射撃の名手と
いう側面もあった。古くはオリンピックの候補選手にもなったほどだ。
シュルトの台詞は、満更のウソでもなかった。射撃という特性を生かすため、距離を離れた
のは間違いではない。あとはミュータント兵たちがガオウの動きを止めれば、シュルトの計画 は成功するはずなのだ。
だが、計画の破綻を報せる声が、赤鬼の咽喉から搾り出された。
「・・・・・・オ前ガ・・・・・・大将カ・・・・・・」
兵隊たちの視線に釣られるように、闘鬼がお台場の水色ミュータントに瞳を向ける。
黄金の眼光に、逆にシュルトは射抜かれた。圧倒的な、戦意だった。戦慄が、背筋を凍らせ
ていく。
畏れるべきは、ガオウの闘志だけではなかった。
はっきりと、喋った。闘いの化身が。
獣であったはずの鬼が、意志と思考を持ち始めている。正確に言えば、闘争心のみに衝き
動かされていた格闘獣に、工藤吼介の理性が蘇りつつあるのか。
「ウオオッ・・・うわああああッ――ッ!!」
ボシュッ!!
海水で作られた弾丸が、シュルトの口から発射された。
芝浦埠頭の湾岸を、赤鬼の脚が蹴る。満月の空に、再びガオウは跳んだ。レインボーブリッ
ジの上空に、鬼の異形が浮かび上がる。
一気に跳躍しようというのか。お台場まで。
脅威的な身体能力で、怪物は東京湾をひとっ跳びで越えようとしている。
「バッ・・・バカめッ!! 空中は・・・格好の射撃の的ですよッ!!」
海水弾が、連続で宙空のガオウに発射された。
液体だからといっても、凄まじい速度で射出される弾丸は、ビルなど貫通する威力を持つ。赤
い表皮に着弾した瞬間、鮮血が弾け飛んだ。
ドドドドドッ!!!
着弾。着弾。着弾。
数え切れぬ弾丸が、赤鬼の筋肉を抉る。血の華が、パッと東京湾上空に咲き誇った。
だがしかし。シュルトの連射を浴びながら、ガオウの巨体はお台場へ向かって突き進んだ。
「グロロロオオオッ――ッ!!! ウオオオオッ―――ンンンッッ!!!」
「こ、このッッ!!! ば、化け物がァァッ――ッッ!!!」
ドオオオンンッ!! お台場の地面を巨大な震動が襲う。
二本の脚から、ガオウは海浜公園に着地していた。赤い雫が、周囲に飛び散る。
レインボーブリッジがかかる距離を、シュラ・ガオウはたった一度の跳躍で飛び越えてしまっ
ていた。
「うあ゛ッ・・・!! アアアッ・・・し、死ねェェッ――ッ!!」
計画通り、ガオウを射撃することに成功した。それも、一発だけではなく、何発も。
それでも仕留めきれない現実に接しながら、シュルトは諦めなかった。有能な己が死ぬはず
がないと、元官房長官の男は、どこかで信じきっていた。
ボシュンッッ!!
ガオウの眼を狙って、水鉄砲を噴射する。空気の摩擦する音が、シュルトの耳に届いた。
実際にはそれは、海水弾を射出する音色では、なかった。
弾丸が撃ち出されるより速く、飛び込んできたガオウの右拳が、シュルトの顔面に埋まってい
た。
次の瞬間、頭部だけではなく、水色の上半身が爆破されたように飛び散った。
下半身のみになったテッポウウオのキメラ・ミュータントの前で、鮮血にまみれた闘鬼は、し
ばし満月を見上げて佇んだ。
対岸の埠頭で、何体かのミュータントが、黒い霞となって消えていく。
戦意を喪失した者たちが逃げていく光景など、シュラ・ガオウにはなんの興味もなかった。
「・・・・・・オ台場・・・・・・カ・・・・・・」
静寂を取り戻していく東京湾に、赤鬼の声が低く流れる。
己が何者であるのか。ガオウは徐々に、思い出していた。
恐らくは、シュラをシュラたらしめる重要要素・・・闘志が薄らいだためだろう。凶獣ギャンジョ
ーと真っ向から闘い、サトミを蘇生させるために多くのエナジーを消費した。さらにミュータント の群れをひとりで相手にして、無数の弾丸を受けて血を流したのだ。騒ぐ闘争心が多少収まっ ても、おかしくはない。
この東京湾に浮かぶ人工の埋立地には、思い出があった。
ガオウにとっては、嫌な思い出だった。ある意味で敗北以上に、「助けられた」恩は、闘鬼に
とって重い。
返さなければならなかった。恩を。
工藤吼介の意識が完全に戻らなくても・・・ガオウの奥底に、「恩人」である少女への苦手意
識がなんとなく沈殿している。憎いとか、嫌いという感情ではなかった。好感を持っているのに 苦手という、不思議な感情を抱かせる少女だった。
だが、その少女を助けるのに、なんらの躊躇もあるはずがない。
「・・・ア・・・リス・・・・・・」
半ば倒壊した巨大な建築物に、血染めの鬼が向かう。
少女の形を残した機械の残骸が、その民放放送の社屋には晒されていた。
己に残った体内エナジーの、ほとんど全てをガオウはアリスに捧げた。
四肢を切断され、部品をいくつも抜き取られた、サイボーグ少女の残骸。しかも、エネルギー
の貯蔵庫ともいえる胸のクリスタルは、破壊されてしまっている。
注いでも、注いでも、クリスタルの亀裂からエネルギーは漏れ出した。穴の開いた容器に、水
を入れるがごとく。
ガオウは一気に大量のエネルギーを送った。思慮を重ねての行為ではない。むしろ獣に近
いがために、躊躇うことなく全力を出した。
その怒涛の注入により、漏れ出る量を、上回った。
一瞬。わずかに一瞬。
ファントムガール・アリスの亡骸に、光が蘇る。亀裂の入ったクリスタルと瞳に、青い光が灯
る。だが、漏れていくエネルギーとともに、再び急速に死に向かっていく。
変身を解いたのは、霧澤夕子の意志であったか。あるいは、融合する『エデン』の意志か。
四肢もなく、大穴がいくつも開いた状態で、アリスは人間体に戻っていった。
「きたッ!! きましたよッ、このときがッ!!」
「おいおい、あんたの言ってたわずかな希望ってヤツが、やってきたぜェッ!? まさか、あん
な鬼のような怪物にもたらされるとは意外すぎたがよォッ!」
「鬼でも悪魔でも構わんッ! あの子を・・・蘇らせるためにはッ!! 頼む、急いでくれッ!!」
急発進したレガシー・フォレスターが、ファントムガール・アリスが光の粒となって消えていった
現場に急行する。
ハンドルを握る隻腕の青年、坂本勇樹は知っている。かつては元御庭番衆の一員として、フ
ァントムガールたちを陰から支え続けてきた。瀕死に陥ったファントムガールは、変身解除した 折、ほとんど同じ場所に人間体となって現れるのだ。
「・・・きっと、あんたの気持ちが、神だか鬼だかにも通じたんだぜ。なあ?」
「まだ、これからだ。本当に私の祈りが神に通じたどうかは・・・」
丸眼鏡をかけた初老のホームレス・・・ゲンさんこと松尾源太の呼びかけに、白衣を着た男は
振り返りもしなかった。ただ助手席で、じっと行く先を凝視している。
額に浮かんだ汗を、拭くことすら忘れているようだった。
「私が知っている限りでは、エナジー・クリスタルに亀裂が入った状態でも、人間体に戻ることで
命を繋ぎとめたケースはありました。恐らく、変身を解除した状態となれば、クリスタルの破損 は死と直結しないのだと思われます」
坂本の言葉に、白衣の男はコクリと頷いた。
エナジー・クリスタルはあくまで、エネルギーを貯蔵する器に過ぎない。内部にまだ光がある
限り、人間体に戻れば生命の火は灯っているはずだった。
「私の考えも、同じだ。だが、あの子の身体は傷つきすぎた。人間体に戻ったところで、手の施
しようがない状態にあるのは間違いあるまい・・・」
「だからこそ、あんたの出番じゃねえか。なあ、オヤジさんよ」
ゲンさんの節くれだった手が、力強く、白衣の肩を叩いた。
日本を代表する機械工学の頭脳・有栖川邦彦は、しらず唇を噛んでいた。娘同様、端整な造
りの顔が、このような表情を見せたことなどかつてない。
「あんたの娘さんは・・・必ず蘇る。そうだろ?」
「・・・娘は・・・夕子は、定期的に私の研究所に来て、肉体のメンテナンスを受けていた。あの子
には内緒にしていたが・・・その際、このような時が来ることに備えて、私は彼女の新たな肉体 を準備した」
交通事故に遭った夕子が、サイボーグとして蘇った日のことを、邦彦は思い出していた。
死の淵から九死に一生を得て蘇生した娘は、父に罵詈雑言を浴びせた。機械と同化した身
体に、泣いていた。なぜ、死なせてくれなかったのかと、激しく抗議した。
どれだけ憎まれても、構わなかった。
娘が生きてくれる。そのためになら、どんな役も背負い、どんなこともするつもりだった。
たとえ生涯恨まれようとも、ただひとりの娘が生きてくれるなら、それでよかった。
「・・・夕子。またお前を・・・哀しませるかもな」
レガシーの後部には、少女ひとりがすっぽり納まる大きさの金属ケースと、様々な機材や工
具が積まれてあった。機器の多くは、特殊国家保安員だった坂本やゲンさんがかつての職場 から調達したものだ。
ただひとつ、金属ケースだけは、有栖川邦彦が運んできたものだった。
なかには、ひとの肉体と機械とが組み合わさった機械工学の最高結晶・・・サイボーグ少女・
霧澤夕子とまったく同じ姿をした“物体”が横たわっている。
機械部分に関しては、オリジナルと同様のものを造るのは難しいことではなかった。生身の
部分、夕子自身の細胞から、クローンを創り出すのに苦労した。
だが、本当に難しいのは、これからだ。
これまでの肉体から新たな肉体へ・・・夕子の脳と神経、そして『エデン』とを、移植させねばな
らない。普通の人間では到底不可能だが、機械の部分を50%以上持つ、サイボーグの夕子な らではの蘇生術だった。
「あんたの名前くらいなら、元御庭番のワシでも知ってる。あんたなら・・・きっと成功するさァ!
有栖川博士よォッ!」
「・・・もちろん、私はやり遂げてみせる」
手術が成功しても、もはや霧澤夕子は夕子とは呼べない存在になっているかもしれない。
脳と神経以外の全てが、本来の彼女のものではなくなるのだ。造り出された、人工の肉体を
まとって彼女は生きていくことになる。
かつて泣き崩れた娘の顔が、邦彦の脳裏にこびりついて離れない。
「それでも、構わん」
覚悟を決めたからこそ、邦彦はこの東京の地まで、闘う娘を追いかけてきた。
「たとえ一生恨まれようと・・・私は夕子を生き返らせるッ・・・。あの子を生かすことが、私にとっ
ての全てだッ!!」
陸上や水泳の選手が、レース前に身体をほぐすように。ファントムガール・アリスは四肢や首
を動かした。
スムーズな感覚が、脳に伝わってくる。今までと別物、とは思えないほど、新たなカラダはアリ
スの神経にフィットしている。
「ナナ、確認するわよ。まだ闘えるわよね?」
黄金のプロテクターを纏ったオレンジの女神。復活したサイボーグ戦士は、傍らで座り込んだ
ショートカットの天使に、声を掛ける。
本来の青色がわからぬほど、ナナの全身は鮮血に染まっていた。
「当たり前ッ・・・だよ! こんなくらいで、負けてらんないッ・・・!」
「フッ、相変わらずの根性バカね。何分必要?」
「え?」
「立てるまでに、何分必要かって訊いてるのよ。それまでの間、あの怪物は私ひとりで食い止
めるわ」
赤髪ツインテールの女神の視線は、茶褐色の疵面獣に釘付けとなっていた。
ギャンジョーに惨殺された過去と痛みを、むろんアリスは憶えている。
「5分・・・ううん、3分」
「わかった。5分間は、あなたは体力回復に専念して」
「ちょ、3分で大丈夫だって言ってるじゃん」
「ただ立つだけ、じゃ意味ないわ。アイツに勝つためよ。全力の一撃を放てるようになるまで、
なにがあってもそこで休んでいること。いいわね」
「で、でもッ!」
反論しかけたナナを、アリスは片手で制した。
そういえば、アリスに口喧嘩で勝ったことなど、一度もなかったな。
かつての日常の風景が、ナナの脳裏に鮮やかに蘇っていた。
「・・・ユリの言葉、憶えてる? 七菜江?」
変身前の名で呼ばれ、青い天使の心はキュッと詰まった。
「・・・なんだっけ?」
「夢よ。ユリの夢。闘いが終わったら、みんなで温泉に行くっていう」
「それならもちろん、憶えてるよ」
「一緒に・・・いくわよ。私も、あなたたちといく温泉、すごく楽しみなの」
オレンジの右拳が、強く握り締められた。
その瞬間、涙を流せぬファントムガールのマスクの奥で、藤木七菜江は泣きそうになった。
「・・・うんッッ!! あたしも・・・夕子と一緒にいく温泉ッ、すごく楽しみッ・・・!!」
「・・・勝つわよ。あなたと私で、凶獣ギャンジョーは斃す」
装甲天使の全身が、モーター音にも似た唸りをあげた気がした。
一直線に、駆け出す。
赤いツインテールをなびかせ、銀とオレンジの弾丸となったアリスが、疵面獣へと特攻する。
“速いッ・・・!!”
新たな肉体の性能に、驚いたのはアリス自身だった。
マシンの馬力はもちろん、神経からの信号伝達が、より速度アップされているのだろう。
「殺してやらアアァッ〜〜〜ッッ!!! 何度でも地獄に送るまでだァッ、しぶとい小娘がァァッ
〜〜ッ!!!」
迎え撃つギャンジョーの眼は、憤怒により血走っていた。
ファントムガール・アリスは二度に渡って、殺したはずだった。だが結果的に、二度ともサイボ
ーグ少女は蘇り、凶獣の暗殺は失敗したことになる。
殺人を生業にする者にとって、これ以上の屈辱はない。
左腕を振るう。巨大ペンチと、ドスと、ドリルと、ローラーと、ハンダゴテを融合させた、残虐極
まりない究極拷問腕。
突っ込んでくるアリスに、カウンターで放つ。ビッシリと生えた、無数の短刀が光る。
しかもギャンジョーは、常人には可視不能な、『超速の刺突』で左腕を突き出した。
「すでに『臨死眼』は、発動しているわ」
ギャンジョーと闘う、とわかった時から、とっくにアリスは頭脳を異次元の速度でフル回転させ
ていた。
超高速で稼動する脳は、捉える事象の全てを、相対的にゆっくりと認識する。処理能力が段
違いであるが故に、眼に映る光景もコマ送りで見える。本来見極められぬはずの刺突を、はっ きりと認識できる。
それが『臨死眼』。
肉体は変わっても脳自体はアリス本来のものである以上、絶技ともいうべき『臨死眼』も、当
然のように発揮できた。
“見えるッ・・・! 以前よりもハッキリと。攻撃の軌道までが、手に取るように・・・”
バシイィィッ!!
「ぐうゥッ!!?」
かわすだけでも達人の領域に入る『超速の刺突』を、アリスは右手で掴んで止めていた。鋭
利に輝くドスのひとつを、正確に握り掴んで。
喩えるならば、猛スピードで投げつけられた栗のトゲを、ひとつ選んで掴み取るような超絶神
業。
「てェッ・・・めェッ!!?」
「どうやら、科学の進歩に合わせて、このカラダも進化しているようね」
『臨死眼』を繰り出す脳はアリスのものでも、命令を受けて動く肉体は、最新鋭の科学の結
晶。
サイボーグ天使の左眼に仕込まれたレンズは、以前のそれより格段の進歩を遂げていた。
攻撃の軌道を素早く計算し、どの箇所を狙ってくるのか、レンズの機能のみで予測地点まで割 り出せるようになっている。
「極力今までと同じに造った、とか言いつつ、随分パワーアップしてくれてるじゃない」
「ぐううウウゥッッ・・・〜〜〜ッッ!!! このッ・・・アマァッ〜〜ッ!!!」
冷静なアリスを前に、ギャンジョーの全身が膨れ上がった。
巌のような巨体に浮かんだ血管が、今にも切れそうだ。掴み取られた究極拷問腕で、なんと
か装甲天使の肉に喰いつこうと、全力を開放する。
だが、アリスの右腕一本に掴まれた拷問腕は、ピクリとも動かなかった。
「バカッ・・・なッ!!? 力比べでッ・・・このオレ様が小娘に負ける、だとオオォッ!!!」
「驚いてるのはこっちよ。機械のパワーに、生身で対抗できるなんてね」
ツインテールの守護天使が、一気に押し込む。
ズルズルと後退するギャンジョー。踏ん張る脚が、北の丸公園の大地を深く削り取っていく。
信じられぬ光景だった。半分にも満たぬ質量の少女戦士が、巨体の凶獣を押し込んでいく。
純然なパワー勝負で、サイボーグ天使は怪力自慢の疵面獣を上回っているのだ。
「あんまりィィッ〜〜ッ・・・ふざけんじゃねェぞォああァァッ――ッッ!!! アリスゥゥッッ〜〜ッ
ッ!!!」
ギャリッ!! ギャリリッ!! ・・・ギュイイィィッ――ンンッ!!!
アリスの右手に掴まれたドスが、ギュルギュルと廻り始める。
ドリルの機能を、ギャンジョーは起動させたのだ。いかに怪力ギャンジョーでも、機械には敵
わない。ならば、マシンにはマシンを。融合させた電動ドリルの馬力で、サイボーグのパワーに 対抗するのみ。
「くッ・・・!! ぐゥッ・・・」
「ヒャハハハアアアッッ〜〜ッ!!! おらァッ、とっととその右手を離さないと、掌の皮も肉も
削り飛んじまうぜェェッ〜〜ッ?」
アリスの右掌から黒煙が昇る。回転する短刀との隙間から、なにか黒い破片がビリビリと飛
び散る。
「アリスッッ!?」
「動かない約束よッ、ナナッ!! ・・・大丈夫」
たまらず飛び起きようとするショートカットの女神を、装甲天使は鋭く抑えた。
「“父”がくれたこのカラダは・・・そんなにヤワじゃないわ」
立ち昇る黒い煙が、やんでいた。
オレンジのグローブも、生身の皮膚も引き裂かれ、アリスの右手はメタリックな銀光を露わに
している。
その手のなかで、ドリルの回転は止まっていた。
「ぐぬうウゥッ・・・!!」
「以前の私のカラダは、“可能な限り本来のものに”というのがテーマだった。けれど、今、闘い
に身を置く私のために、“父”は強さを兼ね備えたカラダを用意してくれた・・・」
アリスは知っている。
それが父・有栖川邦彦の愛であることを。
そして、闘って生き抜くことこそ、尊敬する父への最大の親孝行となることを。
「だから、お前に奪われた私の四肢が」
左のストレートを、アリスはギャンジョーのボディに発射した。
機械化されているのは、アリスの右腕のみ―――そんなかつての思い込みが、疵面獣の反
応をわずかばかりに遅らせる。
「完全に機械化されたことに・・・今は感謝しているわ」
ドボオオオオオッッンンンンッッ!!!
マシンのパワーをこめた砲撃のごときブローが、ギャンジョーの腹部に深々と突き刺さった。
「げばあアアァッ――ッッ!!・・・ごぼオォぶえェェッッ!!!」
大量の吐血を振り撒きながら、茶褐色の巨体が吹き飛ぶ。アリスの左腕は、瞬間、肘までギ
ャンジョーの体内に埋まっていた。
並のミュータントならば、一撃で葬れたであろう剛打。しかし、この凶獣は並のレベルの3段
は上をいく。
ファントム・リングで裂かれても。闘鬼ガオウと激突しても。ソニック・シェイキングをダイレクト
で喰らっても、桁外れのタフネスで耐え抜いた怪物なのだ。
「躊躇は・・・しないッ!!」
この程度で斃せる相手でないことを、アリスは熟知している。
とっておきの切り札を、迷うことなくサイボーグ天使は抜いた。
「超高熱の灼熱弾・・・ヒート・キャノンを殺傷のために変形・改良したものよ・・・」
カチャリ、と右腕の肘から先を抜く。
砲口を思わす断面の内部では、すでにオレンジの火球が渦を巻いて装填されていた。
ヒート・キャノンと原理は同じ。だが、砲弾となる火の玉は、完全な球体ではなく先の尖った楕
円となっている。
「唸り飛べッ・・・!! ヒート・グレネードッッ!!!」
ギュルルルオオオオオオッッッ!!!
灼熱の炎の塊が、旋回しながら疵面獣へと突き進む。
以前のヒート・キャノンをさらに高熱化。砲弾の形状を変形させることで、推進力と回転力を
増加。
結果として、威力が倍増した必殺の焦熱榴弾が、動きの止まったギャンジョーを捉える。
ドオオオオオオオッッ・・・ンンンッ!!!
炸裂する炎の華が、首都の夜を、赤々と照らし出した。
聖なるエネルギーを武器化したファントム・リングやスラム・ショットと違い、ヒート・グレネード
は本物の炎が元となっている。光を相殺する闇エネルギーだけで、防ぎきれるシロモノではな い。
だが―――。
「・・・・・・やって・・・くれるじゃねェかアアァッ〜〜〜ッ!!! クソアマがよオォッ!!!」
「・・・ッッ!!」
ブスブスと昇る黒煙の向こうで、凶獣ギャンジョーは生きていた。
両腕を交差し、ガードを固めている。ドリルやペンチなどが複合合体した究極拷問腕から、凄
まじい勢いで湯気があがっていた。
「くゥッ! ・・・バカなッ・・・!?」
「まだ、わかんねェのかァッ!? てめえら、ファントムガールの攻撃はッ・・・なにひとつッ、この
オレ様には通じねェッ!! 小娘ごときにオレのタマがとれるかァッ――ッ!! あァッ!?」
疵面獣の両腕が、現実の兇器を具現化していることは、アリスも当然覚えている。複数の道
具を融合させた究極拷問腕は、その強度も高くなっているだろう。
わかっていても、ヒート・グレネードならば。アリスは期待した。大幅に貫通力を増した灼熱弾
ならば、恐るべき凶獣も倒せるのではないかと。
現実は、残酷だった。
「これだけの攻撃でも・・・ダメだっていうのッ・・・!?」
ギャンジョーの防御力は、異常すぎた。
ただ桁外れの闇エネルギーを持つだけでも、防具代わりの武器を操るだけでもない。その両
方を兼ね備え、さらに脅威的なタフネスを併せ持つのだ。
この殺人鬼の攻撃が恐ろしいのはもちろんだが、真に戦慄すべきはその強靭さ。
“ヒート・グレネードですら通じないなんてッ・・・ある程度は覚悟してたけど、マズイわね・・・ 一
体、どうしたらこのバケモノを斃せるっていうのよッ・・・!?”
鮮血にまみれたギャンジョーの姿を見れば、その肉体が着実にダメージを受けているのはわ
かる。いくらタフでも、不死身ではないのだ。
しかし、ヒート・グレネードに直接叩き込むソニック・シェイキング・・・最大級の威力を誇る技ま
で疵面獣は耐え切った。これ以上の大技は、アリスにもナナにもない。
ギャンジョーを葬るには、恐らくガオウクラスの全力の一撃でないとダメなのだろう。あるいは
サクラの“デス”か。だが、エスパー天使が“デス”を発動するのは、メフェレス以外にはまず期 待できない。
「オレ様に勝てないことが・・・わかった、って顔だなァッ〜〜ッ・・・?」
疵面獣の声に、思わずアリスはビクリと反応した。
「フザけたこと話してたじゃねェかッ・・・5分はひとりで闘う、だと? 面白ェ、コッチは小娘ふた
りまとめてでも物足りねェが・・・ガキの友情ゴッコを弄ぶのは嫌いじゃないぜェェッ〜〜ッ!! まだ3分も経ってねえぞォッ、アリスゥゥッ〜〜ッ!? 内心、早く助けてもらいてェんだろ ォ?」
「挑発に乗る必要はないわッ、ナナッ!! あなたは回復に専念をッ!」
「ヒャハハハハアアァッ!! そうだナナァッ〜〜、てめェはそこで黙って見てろォッ!! オトモ
ダチがスクラップにされるのをなァッ!! バラバラになったコイツを見て、たっぷり後悔しろや ァッ!!」
「信じなさいッ、私を! 最後にふたりで勝つためよッ!!」
装甲天使の叫びに、ナナは強く頷いた。
アリスひとりでギャンジョーと闘うのは危険だ。しかし、ナナが確実に回復しない限り、2対1で
もこの怪物と渡り合うことは難しい。
「わかってるッ!! あたしはアリスを信じて、絶対動かないからッ!」
「ゲハハアアァッ〜〜ッ!! ムリだ、ムリッ!! てめェは動くッ!! アリスが殺されるとわ
かればなァッ!! どうしても動かないなら・・・さっさとサイボーグを破壊するだけのことよォ ッ!!」
あと2分。
ギャンジョーからすれば、ファントムガール・アリスを処刑するには、十分な時間だった。
両腕・・・ドリルが無数に取り付けられた兇悪な巨大ペンチを、ギュルギュルと回転させる。究
極拷問腕をフル稼働させ、凶獣は一直線に装甲天使に突っ込んだ。
「ッッ!! 『臨死眼』ッ!!」
左右から挟み込むように迫る、拷問腕。
ドリルの回転、ひとつひとつがアリスには見えた。両腕を広げ、殺到する複合兇器を防ぐ。
金属同士が摩擦する、高い音色が響き渡る。
アリスの左右の手は、それぞれが究極拷問腕のドリルのひとつを掴んでいた。以前と違い、
サイボーグ戦士は両腕とも機械化されている。ギャリギャリと甲高い音を響かせ、やがてドリル の回転が止まっていく。
「グウウッ・・・!!」
挟み潰さんとするギャンジョーと、そうはさせじと踏ん張るアリス。
食い縛った歯の隙間から、ともに呻きが漏れる。サイズを見比べれば、凶獣はオレンジの女
神のふた回りは大きかった。しかし、サイボーグのパワーは、疵面獣に決して劣ってはいな い。
「・・・ったくッ・・・驚くぜェェッ!! ・・・オレ様がパワーで勝てねえとはなッ・・・」
「気まぐれや軽い気持ちで・・・このカラダになったわけじゃないわ・・・ッ!!」
「だがよォッ、アリスゥゥッ〜〜ッ・・・このオレがパワーとタフネスだけなら、殺し屋のトップに立
てちゃいねェぜッ!! 戦術ってヤツも、こう見えて考えてんだよォッ!!」
ガバリ、とギャンジョーが大きく口を開いた。
漆黒の砲弾が、口腔のなかで渦を巻いている。
「なッ!? まさかッ・・・!!」
「この態勢からじゃあ、逃げることも反撃もできねェなァ? 至近距離から喰らいやがれ
ッ・・・!!」
血の気が引いていく音を、アリスは聞いた。
「“弩轟オオオオッッッ―――ッッ!!!!”」
ドドドゴゴオオオンンンッッ!!! グジャアアアアッッ――ッッ!!!!
暗黒弩流の一撃が、装甲天使をまともに直撃する。
金に輝く破片と、血の塊を撒き散らして、オレンジの女神が吹っ飛んでいく。公園の森林を薙
ぎ倒し、高層ビルの壁面に埋まって、ようやくアリスの肉体は止まった。
「アッッ・・・アリィッッ・・・!!!」
ビクビクビクッ・・・ピクピクッ・・・!!
変わり果てた装甲天使の姿に、ナナは言葉を失った。
黄金のプロテクターは、全て砕け散っていた。銀とオレンジの皮膚も半分ほどが吹き飛び、メ
タリックな内部の部品が露わになってしまっている。
機械のカラダを露呈してしまったサイボーグ少女。その全身を、生身部分から噴き出した鮮
血が、網目状に濡らしている。
黒煙を昇らせ、アリスは痙攣を続けていた。最新鋭の機械工学で補強された彼女でなけれ
ば、あの距離から“弩轟”を受けて、生きているのは不可能だったろう。
「ヒャッハッハッハアアアッ〜〜〜ッ!!! 闘い方についても、オレ様の方が上だったようだ
なァッ、小娘ェェッ!? どうする、5分間はてめェひとりで闘ってくれんだろォッ!?」
「やッ、やめろォォッッ―――ッッ!!!」
ナナの叫びを無視し、凶獣は横たわるサイボーグ戦士に襲い掛かった。
右腕。無数のドリルで埋まった巨大ペンチで、アリスの胸を挟み掴む。
ドシュッ! ドシュッ! とドリルが肉に突き刺さり、高速で回転を始める。
ギュルルルルルッッ!!! ズリュリュリュリュッ!!! ブチブチイィッ!!!
「ひぎゅハアアッッ!!? ギヒイィッ!!! ウギャアアアアッッ―――ッッッ!!!」
「サイボーグといっても、内臓関係はまだ生身のとこが多いみてェだなァッ!? オラァッ、胸を
抉られるのは痛ェだろッ? 苦しいだろうがァッ、アリスゥゥッ〜〜〜ッ!!!」
ペンチで左右の乳房を潰しながら、疵面獣がアリスを頭上に掲げる。
激痛で悶え暴れるたび、鮮血のシャワーが降り注ぐ。ボタボタと飛び散る血潮を、満足そうに
ギャンジョーは浴びた。
「ゲブウウッッ!!! ヒギイイィッ!!! ギュエアアア・ア・アッッ・・・!!!」
「オラァッ、もっと聞かせろやァッ!! てめェの断末魔ほど、心地いい音楽はねェぜェッ!!」
「ゴブゥッッ!!! ビグゥッ!!! ブジュッ・・・ゴボボッ・・・ビグンッ・・・!!」
「あァ〜ん!? もう終わりかァッ!? んじゃあてめェは、用済みだッ!!」
悲鳴の代わりにゴボゴボと、血塊がアリスの口から溢れ出す。
座り込んだままのナナの眼の前に、凶獣はまだ煙を昇らせているサイボーグ戦士を投げ捨
てた。
「ギャハハハハアアッ!! 5分もたなかったなァッ、アリスよォッ!? まだ約束の時間まで1
分以上あるッ・・・回復し切る前に、今度はてめェを嬲り殺しだァァッ、ナナァッ〜〜ッ!!!」
バチバチッ・・・ジジジ・・・バシュンッ!! ・・・・・・
乳房に穿たれた複数の穴、そして表皮が剥がれ、剥き出しとなったメタリックなボディが、火
花を飛ばす。
動きを止めたアリスを前にし、内なる炎が燃え上がるのをナナは自覚した。
凶獣ギャンジョーと闘う5分は、死の恐怖と背中合わせの5分。ナナを回復させるために、ア
リスはその長い5分に挑んだのだ。
一歩、また一歩と歩み寄る凶獣を、猫顔の守護天使が鋭く睨む。
青いグローブを嵌めた右拳が、強く握り締められた。
「・・・・・・まだ・・・よ・・・」
座り込んだナナと、迫るギャンジョー。その間に声が湧く。
「・・・5分は動くなって・・・・・・言ったでしょ・・・・・・」
壊れたはずのファントムガール・アリスが、立ち上がっていた。
表皮が弾け飛び、露わになった機械の内部。ショートする火花。ブスブスと昇り続ける黒煙。
足元に垂れ落ちる鮮血・・・
機械部分も生身部分も、無事とは思えぬツインテールの女神が、ナナの前に立っている。両
腕を広げたその姿勢は、恐るべき疵面獣に立ちはだかることを示していた。
「アリスッッ・・・!!!」
「・・・ジャスト、1分よ」
背中越しに、アリスは同い年の守護天使に言葉を掛けた。
「・・・私は・・・アイツの攻撃を耐える・・・。あなたは、力を蓄える・・・。1分後に、逆襲するわ
よ・・・」
1分。ギャンジョーにとっては、瀕死のサイボーグ少女をスクラップにするには、十分すぎる時
間。
そう悟っていても、ナナが返す言葉はひとつしかなかった。
「・・・わかった」
「1分間は、必ず私があなたを守る・・・」
「わかってる。・・・アリスを信用してるから」
「・・・七菜江。あんたとはその・・・いろいろケンカもしたけど・・・」
ゴボリ、と吐血の塊がアリスの口からこぼれ落ちた。
それでも広げた両腕を、サイボーグ天使は微塵も下げようとはしない。
「あなたと私は・・・最高の親友よ」
「・・・あったり前じゃんッッ!!!」
アリスの目前まで迫ったギャンジョーが、スカーフェイスを醜く歪めた。
少女ふたりの会話が、楽しくてたまらない、というように。
「友情ゴッコは終わったかァッ・・・? 守護女神のおふたりさんよォ」
ゴボゴボと両腕が変化していく。究極拷問腕の禍々しいフォルムが、スマートな槍腕へと。
ギャンジョーの標準的な両腕。だが、特殊な形態でないことは、必ずしも脅威の軽減を意味
するわけではない。
なぜなら象牙のごとき槍腕こそが、殺人快楽者の本質をもっとも表しているから。
アルティメット・トーチャー・アームはあくまで拷問に特化した腕。『殺し』に関しては、匕首を具
現化した槍腕に勝るものはない―――。
「あと1分だァッ!? トモダチを守るために盾になるとはッ・・・泣かせてくれるじゃねェかッ、ア
リスゥゥッ!?」
「・・・あんたなんかに・・・泣いてもらう必要はないわ」
「そうかい」
ギャンジョーの口が、大きく開かれた。
高密度の暗黒瘴気が、咽喉の奥で唸りをあげている。
次に“弩轟”の直撃を喰らえば、さすがのサイボーグ天使も大破は免れまい。しかし、ここで
逃げれば背後のナナに暗黒弩流は浴びせられる。
「くうゥッ!!! ウオオオッ!!!」
「ヒャッハッハアアッ〜〜ッ!!! アリスゥッ、守るってのはツラいもんだなァッ!?」
凶獣の口を塞ぐべく、アリスは飛び掛った。
無防備なサイボーグ戦士の腹部に、右の槍腕が放たれる。
ドシュウウウウッッ!!!・・・ブチブチブチィッ!!!
「ア゛ッ!!!」
背中から、鋭い切っ先が突き抜ける。
絡まった無数のコードと金属部品が、槍腕の先端からポトリと落ちた。
アリスの腹部の前後から、大量の鮮血が噴水となって飛び散った。
「ッッ・・・アリッ・・・スッ・・・・・・!!!」
「ギャハハハアアアッ〜〜ッ!!! このバカがァッ・・・くっだらねェ約束守って、事切れろやァ
ッ、アリスゥッ――ッ!!」
座り込んだナナの顔面に、鮮血の飛沫が降り注ぐ。
眼の前にいるのは、背中から槍腕を貫通させた、オレンジ色の守護女神。ブシュブシュと噴
き出す血によって、ファントムガール・アリスの下半身が紅に染まっていく。
穴の開いた傷口からは、黒いコードの切れ端がいくつも飛び出ていた。アリスがサイボーグ
であることを示す、確かな証拠。
ガクガクと膝を揺らしながら、それでもアリスはナナの眼前に立ち続けていた。
「ア゛ッ・・・ぐふッ・・・アアア・ア・アッ・・・・」
「こりゃあ、あと1分ももちそうにねェなア・・・ナナァッ〜〜ッ、早く立ち上がらねェと、おトモダチ
がホントに逝っちまうぜェッ〜〜ッ?」
あの日の光景が、ナナの脳裏に蘇っていた。
東京タワーの前。戦闘不能となって座り込んだナナの目の前に、ファントムガール・サトミは
立った。愛する後輩を、盾となって守るために。
凶魔ゲドゥーの右手とともに、ギャンジョーの槍腕はサトミを貫いた。今、眼前で繰り広げられ
ている惨劇と同じように。
その結果、ファントムガール・サトミは・・・・・・
「アリッ・・・スッ・・・!! いやッ・・・いやああッ――ッ!!!」
「ヒャッハッハッハアアアッ〜〜ッ!!! 構わねェッ、コイツから先にバラすとするかアァッ―
―ッ!!!」
アリスの胴体を串刺しにしたまま、凶獣の右腕が回転を始める。
ギュルギュルと高速で回る槍腕。
サイボーグ天使の体内で、金属が磨耗する甲高い音色が響く。バチバチと、胸と背中に開い
た穴で火花が飛び散る。
「ギュワアアアアアッッ―――ッッ!!! ウギャアアアアアッッ〜〜〜ッ!!!!」
「アリスッッ―――ッッ!!! うわあああッ〜〜ッ!!!」
「ナナァァッ――ッ!!! 立つッ・・・なァァッ――ッッ!!! あたッ・・・しを・・・信じィッ!!
ィぎいイイッ!!! いぎゃああああッッ〜〜〜ッ!!!!」
串刺しにされた前後の穴から、鮮血とともに、金属の破片が振り撒かれた。
いかにアリスがサイボーグといえど、槍で貫かれ、ドリルのように内部を削られる苦痛は、苛
烈過ぎた。
ゴボゴボと泡立った血が唇から溢れ、震える指が救いを求めるように、天へと伸びる。
ギャリギャリギャリッ!!! ギュイ――ンンッ!! ブチッ! ギギギギィィッ!!
「アリィッ・・・!!!」
「ア゛ッ!! ア゛ッ!! んギィッ!! ・・・ア・・・」
「そろそろ30秒は経ったかァッ〜〜ッ? これだけ抉れば、さすがに頑丈なサイボーグも・・・」
バッキャアアアアッ・・・!!
アリスの内部で、なにか硬いものが砕ける音がした。
ビクンッ!! と跳ねるツインテールの女神。その唇から、黒い血の塊がゴブリとこぼれる。
凶獣の槍腕に貫かれたまま、オレンジ色の守護天使は、ぐったりと全身を弛緩させた。
「・・・アッ・・・アリ・・・ス・・・?・・・」
「残念だったなァ〜〜ッ、アリスゥ・・・結局てめェは・・・5分もたなかったわけだ」
約束の時間まで30秒近くを残し、ファントムガール・アリスはその動きを停止していた。
生身の部分が残っていることを示すように、銀とオレンジの肢体は、流した鮮血で濡れてい
た。胸と背中の傷穴では、機械の肉体を証明するように、火花が散っている。
瞳から青い光が消えたサイボーグ天使を、ギャンジョーは串刺しにしたまま、高々と頭上に掲
げた。
「まずは一匹ィッ・・・さて、次はてめェだぜェッ〜〜・・・」
座り込んだ姿勢のまま、青い天使は上目遣いで凶獣を睨みつけた。
膝に置いた左右の拳が、ブルブルと震えている。
それでもナナは、親友の仇を前にし、飛び掛ろうとはしなかった。
「どうしたァッ、オラァッ? まさか、まだ約束ってヤツを守るつもりじゃねェだろうなァッ!?」
「・・・あと20秒ある・・・」
「ギャハハハハ!! それだけありゃあ、オレはてめェを100回は殺せるぜェッ!! 死んだヤ
ツの約束守って、どうするつもりだァッ!?」
「あたしは・・・アリスを信じてるッ!!」
「くっだらねェッ!! バカがすぎるぜェッ、お子様はよォッ!! んな夢見がちな甘ちゃんだか
ら、サトミもアリスも、てめェの眼の前でブザマに息絶えていくんだよォッ、マヌケェッ!! ギャ ハハハハアアッ〜〜ッ!!」
殴りかかりたい衝動の激しさで、ナナの全身は引き攣りそうだった。
アリスの凄惨な姿を目の当たりにして・・・耐えねばならぬのが、どれほどの辛さか。だが、今
動けば、アリスへの信頼がウソになる。
「約束ひとつ守れないで・・・この世界を、守れるわけがないッ!!」
「そうかよ。じゃあ・・・闘うこともなく、死ねや」
もう一方の槍腕、自由な左腕を凶獣は煌かせた。
座ったままのナナの顔面へ・・・一撃で仕留めるべく、照準を定める。
「・・・フッ・・・フフ・・・」
不敵な笑いが耳に届いたのは、その瞬間だった。
「ッッ!!・・・てめェッ・・・まだ生きてたのかッ・・・?」
「・・・不思議に・・・思わなかった?」
右の槍腕に貫かれ、頭上に掲げられたまま。
四肢をだらりと垂らし、機械の身体を半ば露わにしたサイボーグ天使が、唇を綻ばせてい
る。
瞳には、ほのかな青色が戻っていた。
「私がなぜ・・・敢えてあんたとの再戦を、望んだのか・・・」
「アァ? オレ様に殺された復讐だろうがッ・・・」
「それも・・・否定しないわ・・・でも・・・もっと大きな理由がある・・・」
千切れたコードからショートする火花が、バチバチと激しさを増す。
「あんたのやり方は・・・わかってる・・・必ず私の身体を貫くと・・・思ってたわ・・・」
「・・・んだとォッ・・・!?」
「さっき、私の体内であんたが壊したもの・・・教えてあげるわッ!!」
己を貫く槍腕を、アリスの両手が強く握る。
瀕死とは、とても思えぬ力強さ。
すべては天才少女の仕掛けであったとギャンジョーが悟った瞬間、サイボーグの肢体は眩く
輝いた。
「感電防止用のアース装置・・・制御がなくなった今ッ! 私の身体は、ありったけの電流をあん
たに流せるッ!!」
「ッッ・・・てッめえェッッ・・・!!!」
「あんたとの心中も・・・悪くないかもねッ!!」
バリバリバリバリィッ!!!
細胞が、一瞬にして黒焦げとなるような高圧電流が、凶獣の全身を駆け巡った。
「グゴオオオオオッッ―――ッッ!!! グガガアッ・・・ガアアアッ――ッ!!!」
咆哮する、茶褐色の怪物。電撃は、激痛を与えるだけでなく、ギャンジョーの筋肉を麻痺させ
た。
己の動力源の一部である電気を失うことは、アリスにとっても生命に関わる。苦しさを示すよ
うに、瞳の青色がチカチカと点滅した。
それでも、白煙を立ち昇らせながらも、サイボーグ天使は電撃を放出し続けた。
「アッ・・・アリスゥゥッッ!!」
「あと・・・10秒ッ!! このままッ・・・」
「グギギギィィッ――ッ!!! てッ、てめえええェェらアアァッ―――ッ!!!」
動く。高圧電流に蹂躙されながら、凶獣の巨体が。
左の槍腕。その鋭い切っ先を、空中高く掲げた、ツインテール女神の顔面へ―――。
ズボオオオッッ!!!
「あんたの動きは読めてるって・・・言ったでしょ?」
激痛と虚脱感に襲われながらも、アリスは再び不敵に笑った。
右の掌が、槍腕の襲撃を受け止めていた。掌の中央を、尖った先端が貫通している。
機械でできた右手は、ギャンジョーの左の槍腕をガッチリと握りこんだ。
「チョーシにィィッッ・・・乗るんじゃねえええェェッ――ッ、小娘ェェッ〜〜ッ!!!」
パカリと、凶獣の口が大きく開く。
真っ赤な口腔の内部、渦を巻いて踊る、漆黒の砲弾。
両腕が使えなくても、ギャンジョーにはこれがあった。再度、至近距離での『弩轟』を喰らえ
ば、今度こそアリスの肉体は大破するだろう。
「・・・切り札は、最後に使うものよ」
残り、3秒。
カチャリと澄んだ音色がして、槍腕を掴んでいたアリスの右腕が、肘から分離する。
「ィギイイッッ!!?」
「電磁ソードッ!!」
電撃を纏った剣が、右肘の先に出現した。
サイボーグ天使の脚が、ギャンジョーの疵面を蹴りつける。反動で、腹部を貫く槍腕から、ア
リスの肢体がズボリと抜けた。
右腕に現れた電磁ソードを、オレンジの女神は凶獣の中央に突き刺した。
ドシュウウウウッッ!!!
「ングウウゥゥッッ!!!」
あと、1秒。
「ナナアアァッ―――ッッ!!! あとはあんたにッ・・・任せたわッ!!!」
鮮血にまみれ、腹部に穴を開けたサイボーグ戦士が大地に沈んでいく。
代わりに、地上から浮き上がるのは・・・ショートカットの青い天使。
燦然と光り輝く太陽が、地平線から昇るかのように―――。
「ウオオオオオッッ―――ッッ〜〜〜ッッッ!!!」
0秒。
胸中央に電磁ソードを突き立てたギャンジョー。その眼前で、ファントムガール・ナナは天を
舞っていた。
高々と掲げた左右の手には、それぞれ白い光球が踊る。
天空に昇った本物とあわせ、まるで3つの満月が、首都の地を照らすかのようだった。
「光と光ッ・・・ふたつのエネルギーを掛け合わせればッ!! その破壊力は、飛躍的にあがる
ッッ!!!」
「でェッ!! めえェェッ・・・らアアあ゛ア゛ア゛ァッ〜〜〜〜ッッ!!!!」
「ギャンジョオオオオッッッ―――ッッ!!!! あたしたちはァッ!!! お前に勝つッッ
ッ!!!」
ふたつの光弾は、エネルギーの波長を合わせることで、2倍どころか2乗、3乗の威力を持
つ。
ファントムガール・ナナは今、ふたつのスラム・ショットを合体させた。
「いっけえええェェッ〜〜〜ッッ!!! メガッ・スラム・ショットォォォッッ!!!!」
ドドドドオオオオオオッッッンンンンッッッ!!!!
ナナの身の丈ほどもある巨大な光弾が、ギャンジョーに向かって発射された。
凶獣が吼える。愛用のドスである槍腕を交差し、超スラム・ショットを正面から迎え撃つ。
衝突の瞬間、近くにある武道館全体が、激しく揺れた。
「ッッウッ!!?」
「ギャハアッ!!・・・ギャハハハハアアッッ―――ッッ!!! でめェらごどぎイの゛ッッ・・・技な
どでェェッッ・・・!!!」
灼熱の太陽がそのまま落ちて来たようなスラム・ショットを、ギャンジョーの槍腕は食い止めて
いた。
必殺技を重ね合わせたナナの一撃と、殺人凶獣の武器。光と闇のせめぎあいは、それでも
ギャンジョーが上回る。
だが、しかし。
真っ向から受け止めた槍腕のガードを、巨大光弾はズルリとすり抜けた。
「なアァッッ!!? ・・・なにイイ゛ィ゛ッッ〜〜〜ッッ!!?」
弾き――返せぬ、だとッッッ・・・!!!
ドオオオオオウウウウウンンンッッッ!!!!
凶獣のガードを突破した超光弾が、茶褐色の胸板に直撃する。
首都全体を揺るがす爆音が轟き、激しい火花がギャンジョーを包んだ。
「ハアッ!! ハアッ!! ハアッ!! ハアッ!!・・・」
「ぐッ・・・やった・・・のッ・・・!?」
両肩を上下させるナナと、大地に転がったままのアリス。
ふたりの守護女神が、ゆっくりと薄れていく白煙の奥を凝視する。
ギャンジョーは、立っていた。
「ッッッ・・・!!!」
仁王立ちしたままの凶獣の肉体は、メガ・スラム・ショットによって、ブスブスと焼け焦げてい
た。
その背中からは、電磁ソードが突き抜けている。
「・・・あッ・・・!!」
ギャンジョーの胸中央に突き刺さっていた電磁ソードは、巨大光弾に押される形で、頑強な肉
体を貫通していた。
ブシュッ、と液体の洩れる音がして、凶獣の胸と背中から、同時に赤い飛沫が間欠泉のごとく
噴き出した。
「・・・やっ・・・た・・・」
ブッシュウウウウウッッ―――ッッ・・・
ナナの呟きにあわせるように、ギャンジョーの前後から激しく鮮血が飛び出す。
「・・・ナ・・・ナ・・・」
「勝った・・・アリスッ、あたしたち・・・あの怪物に勝っ――」
喜びを爆発させる青い天使が、仰向けに倒れたままのサイボーグ天使を振り返る。
勝利の喜び・・・生き抜けたことへの歓喜・・・奇跡を実現できたことに、ナナの脳裏は白くなっ
た。
その、刹那の瞬間だった。
「ッッ!! 逃げてェェッ――ッッ!!! ナナッッ!!」
アリスの絶叫が、再びナナを振り返らせた。
疵面を歪ませた怪物が、ショートカットの少女の後ろにいた。
「グアアアオオオオオッッ―――ッッ!!!」
もはやギャンジョーの叫びは、言葉になっていなかった。
ただ、燃え滾る殺意と憤怒を、ナナに浴びせ。
少女戦士の背中に両腕を回し、細腰を抱き締めた。
「あアッッ!!!」
グジャアアアアアアッッッ!!!
凶獣ギャンジョーの、渾身のヘッドバット。
小さなナナの額に、巌のごとき怪物は、全筋力を駆使して頭突きを放った。
巨大ハンマーで叩き潰された衝撃が、少女戦士の全身を突き抜けた。
ブジュウウッッ!! ブシュブシュッ!! グジュルウッ!!
鼻。口。瞳。耳。全身の傷口。
ナナの肢体にある穴の全てから、鮮血が噴き出した。
股間のクレヴァス、そして菊門からは、赤いもの以外に、腹腔内の液体までもが飛沫となって
飛び散った。
「ナッ・・・!!!」
アリスの叫びを、引き千切るように。
瞳の光を失ったファントムガール・ナナは、ゆっくりと仰向けに崩れ落ちていく。
「やッ・・・やめろォォッ―――ッ!!!」
口から白い泡を溢れさせながら、ビクビクと痙攣する青い守護天使。
昏倒するナナに、怒れる疵面獣が飛び掛る。鋭い切っ先の槍腕を、胸と下腹部、ふたつのク
リスタルに向けて突き下ろす。
電気を大量に失い、動くこともままならぬアリスには、どうすることもできなかった。
ガッキイイイイッッ・・・ンンンッッ・・・・・・
「へぶううウゥッッ!!!」
エネルギーの集合体と、『エデン』の収納庫。
命に直結するふたつの水晶体に、同時に亀裂が走る。グラマラスな少女のボディが、大きく
跳ね上がる。
ナナの全身から力が抜け、やがてピクリとも動かなくなった。
「ッッ・・・!! ・・・ナ・・・ナ・・・・・・?・・・」
「グガアアアアッッ―――ッッ!!! オオオオッッ―――ッッ!!!」
荒れ狂う凶獣は、反応のなくなった青い守護天使を、何度も何度も踏みつけた。
乳房を踏み潰されようと、顔を踏み躙られようと、ナナは人形のようにされるがままだった。
瞳だけでなく、ファントムガール・ナナの、ふたつのクリスタルからも、青い光は消えていた。
ナナの心臓は、その鼓動を止めていた―――。
「ッッ・・・ウソ・・・よッ・・・!!」
ガクガクと震えながら、懸命にアリスは身体を起こす。
鳩尾には穴が開き、複数のコードが引きずり出されて、火花を散らしていた。機械と、クロー
ン細胞でできた肉体。とはいえ、そのダメージが深刻でないわけがない。
無理な放電によって、極端に電圧がさがったサイボーグの身体は、立つのがやっとの状態だ
った。
それでもファントムガール・アリスは、立たねばならない。
盟友の少女戦士は今、動かなくなったのだから。
「ナナッ・・・ファントムガール・ナナッ!! あんたが死ぬわけがないッッ・・・!! こんなところ
でッ・・・死ぬわけないでしょオオオッッ!!!」
「ガアアアアッッ―――ッッ!!! ギュゴオオァアアッッ〜〜〜ッッ!!!」
アリスの叫びを引き裂くように、凶獣の咆哮が轟いた。
血走った眼が、ツインテールの少女を射抜く。次はお前だ、と言わんばかりに。
その足下で、黒く汚れた肉人形が踏み潰されている。
蹴り転がされる肢体からは、若さによるハリも、聖なるエネルギーによる光も、感じることはで
きない。
甘く見た―――
わけがなかった。ギャンジョーの怪物性は、誰よりもわかっている。
幾度も闘い、惨殺された・・・アリスと、そしてナナ以上に、疵面獣の脅威を知っている者など
いない。特に生命力という点においては、ギャンジョーは『エデン』が創る全ての巨大生物のな かで、頂点に立つかもしれぬ。
電磁ソードは、確かにギャンジョーを貫通した。巨大スラム・ショットも、茶褐色の肉体に着弾
した。
並のミュータントならば、数体まとめて死んでいるような攻撃を、すでに何度も受けている。さ
すがの怪物ギャンジョーも、深いダメージで蝕まれているのは間違いない。
勝利を確信したとしても、決しておかしくなかったはずだ。
しかし、それでも。
「アリィィッッ・・・スウウゥゥァァアアアッッ〜〜〜ッッ!!!」
噴き出す殺気が、北の丸公園にある緑を、次々と枯らしていく。
死の恐怖を飼い慣らす・・・そんな神業が真に可能ならば、その境地にもっとも近いのはアリ
スであるかもしれない。それでいて、サイボーグ少女の奥歯は、ガチガチと鳴った。
「コロッッ・・・スゥゥッッ!!! てめえ゛らアッ・・・だげェはァッ・・・!!! ・・・このオレ様ガア
アアッッ・・・殺サレルッッ・・・ものかアアァッ〜〜ッ!!! コロスのはッ、オレェェッ・・・オレこ そがッッ・・・殺すのだアアァッ―――ッッ!!!」
そうだ。ギャンジョーが、恐るべきは、これ。
純粋に肉体が頑強、だけではない。
兇器のドスを防具としても使う、だけではない。
殺し屋。殺人狂。何十、何百とひとをその手に掛けてきた、悪魔。
誰よりもひとを殺してきた自負が、プライドが、この凶獣の根底にある。ひとを殺すことが、こ
の男の存在理由のすべて―――。
殺すのは自分であり、殺されるわけがないと、信じている。
信仰に近いレベルで、確信している。
「ッッ・・・細胞丸ごと滅ぼさないと・・・コイツは死なないッ!!」
切る、貫く、程度ではダメだ。
日本一の殺し屋という、プライド高き悪魔は、肉片ひとつになっても殺しにくる。塵となるまで
滅ぼさねば、ギャンジョーは濃密な殺意とともに蘇ってくる。
だが、この鉱石の巨塊のような肉体を、消し飛ばす技など・・・
アリスの左手が、右肘に伸びる。
先程まで、電磁ソードが取り付けられていた基盤。外して捨てると、砲口が現れた。
サイボーグ天使の右腕に装着された、二枚底の隠し武器。電磁ソードの下には、灼熱弾の
キャノン砲が。
しかし、ヒート・グルネードを放ったばかりの今、超光熱の砲弾はまだ完成されていない。
「くうゥッ!!」
「ゴグガアアアアッッ―――ッッ!!!」
時間を、稼がなければッ!!
距離を置こうと、地を蹴るアリス。風穴を開けられたサイボーグの身体が、意志に反してグラ
リと揺れた。
疵面を、憤怒に歪ませた凶獣が襲い掛かる。
ボロボロのアリスがその動きを緩慢にさせるのとは対照的に、手負いの凶獣は速かった。
アリスの腰に両腕を回して抱きつくや、力任せに締め上げる。
ベギイッ!! バギボギィッ!! グシャアアッ!!
「んぐぶウゥッ!!!」
骨と金属が折れ曲がる音色が響き、アリスの顔周辺に紅の飛沫が舞った。
腹部中央に穴が開いているぶん、半分機械の肉体も、耐久度が落ちている。
ヒクヒクと痙攣するサイボーグ少女の顔面に、ギャンジョーは全体重を預けて額を叩き込ん
だ。
バカアアアッッ・・・!!!
「ぎゃフウウッッ!!!」
アリスの顔が、砕け散った。
鋼鉄の破片が、ヒクつく足許に落ちていく。粉砕されたのは、アリスの仮面であった。赤い眼
をした素顔が、下から露わになる。
頭突きの衝撃ゆえか、砕けたマスクで切れたのか。端整なアリスの素顔は、ヌラヌラと鮮血で
濡れ光っている。
「アアアッ・・・ア・アゥ・・・ッ!!」
「死ネッ!!! 死ネやああアッッ〜〜〜ッッ!!! このままふたつに千切ってやるアアアッ
ッ―――ッッ!!!」
反撃しようにも、顔面に叩き込まれた痛撃のせいで、アリスの脳内はスパークしていた。
背中に回された凶獣の両腕に、力がこもる。
サイボーグ戦士といえど、背を反らされた体勢からは、力は入りにくかった。まして相手は、
深手を負い、全力を搾り出してくる怪物ギャンジョー。
一気に背骨を圧迫されると、体内で金属が砕けていく音が響いた。いくつもの部位が破壊さ
れ、爆発を起こす。
ボンッ!! ゴキッベギイッ!! バキイィッ!! ボボボンンッ!!!
「うあギャアアあああッッ〜〜〜ッッ!!!! はアぐゥッ!! アギャアアアッッ―――ッ
ッ!!!!」
ビクンッ!! と反り曲がったアリスの口から、大量の鮮血が迸る。
死ぬ。経験したから、わかる。このままでは、本当に殺される。
上半身と下半身、無惨に捻じ切られた己の姿が、サイボーグ天使の脳裏に浮かんだ。逃げ
ねば。ビクビクと自分のものではないように痙攣する右腕を、必死に動かす。灼熱弾を完成さ せ、至近距離から疵面に撃ち込んでやる・・・
ガブウウウッッ!!!
「はがアアアアッッ―――ッ!!!」
飛び散った深紅の雫は、アリスが流した、赤い涙のようだった。
凶獣ギャンジョーの牙が、ツインテール戦士の右肩に、食い込んでいる。
狂騒しつつも、どこか冷静。これが、日本最凶の殺し屋の恐ろしさなのか。万一にもアリスに
反撃させぬよう、ギャンジョーは右の首筋に噛み付いていた。プシュプシュと血飛沫が噴き、右 腕の砲口がガクリと垂れる。
メリメリメリッ・・・
女神の右肩に、深く食い込んでいく牙。
アリスの肉もろとも、内部に埋まった黒いコードが、ブチブチと引き出されていく。頭部と肩と
をつなぐコードは、恐らくは右腕を動かしているのだろう。完全に切断されれば、唯一の希望を 託すアリスの右腕は、動かなくなってしまう。
「ア゛ッ・・・ェア゛ッ・・・あガ・・・ッ!!」
赤い瞳を点滅させて、アリスは呻いた。
血濡れた美貌に、絶望の翳が走る。もはやこの状態からでは、死を免れないのは、アリス自
身がわかっている。
「グウウウオオオオオッッ―――ッッ!!!」
コードを咥えたまま、茶褐色の凶獣が絶叫した。
躊躇なく、殺すつもりだった。遊んでいる余裕など、ギャンジョーにも、ない。
憤怒と、殺人狂の本能に従い、ふたりめの守護天使に最期のトドメを刺しにいく―――。
「ナナアアァッッ―――ッッ!!!」
「立ち上がってくれェッ、ナナちゃんッ!!」
「ガンバレッ、七菜江くんッ!! そんな怪物に、負けるんじゃないわいッ!!」
唸りが、巻き起こった。
目には見えぬ、しかし、確かになにかを動かす力。流れ。エネルギーの潮流。
突如湧き上がったその渦に、怒れる凶獣が思わず動きを止めていた。
その正体が単なる声・・・それも、取るに足りない人間たち、数十人の声だとわかっていても。
ギャンジョーの視線は吸いつけられた。
「お願いだぁ、死なないでくれよォッ、ナナちゃんッ!! 君はきっと立ち上がるッ!!」
「立てええェッ〜〜ッ!! ガンバレェェッ〜〜ッ!! ファントムガール・ナナ、頑張るんだァッ
〜〜ッ!!」
「君にはオレたちがついているッ!! いけッ、がんばれ、ナナちゃんッ!!」
日本武道館の前。横一列に、ズラリと男たちが並んでいた。
自衛隊員、などではない。むしろ、どちらかといえば、貧相な肉体。いや、もっとハッキリ言え
ば、恵まれた生活環境は想像しにくい佇まい。
ヨレた服装に、ボサボサの髪。そんな彼らが一様に、光を失くした女神に声援を送っている。
なぜ、こんなところに、ホームレスたちが?
「七菜江くんッ、わしらは間違っておったッ!! 公園から立ち去れば、思う存分闘えるだろう
と・・・奮闘する君をひとり残し、戦場から逃げてしまったッ!」
「ボ、ボクたちは気付いたんだ・・・今更だけど。ボクらがすべきことは、足手まといにならないよ
う、中央公園を脱出することじゃない。ナナちゃんを・・・精一杯、応援することだって・・・!!」
「オレたちはなにもできない・・・なにも役立たないクズかもしれないけど・・・ナナちゃんを、応援
することはできるよォ〜ッ!! ガンバレッ、ナナちゃんッ!! 大好きだァッ〜〜ッ!!」
30人のホームレスが、口々に叫ぶ。
ファントムガール・ナナに、ありったけの声援を。闘いの道を選んだ女子高生に、懸命のエー
ルを。
「ガンバレッ、ナナァァッ――ッ!! 生きろォォッ――ッ!!」
「オレは君のことが大好きだァァッ――ッ!!」
「ボクもだッ!!」「オレも好きだッ!!」
「立てええェッ――ッ!! 勝つんだァッ――ッ!! ファントムガール・ナナァァッ!!」
「・・・まったく、有栖川博士といい、こいつらといい、オトナはみんな、無力で勝手で情けないも
んだぜェ」
ソフト帽に丸眼鏡。考古学者然とした初老の男は、ホームレスたちの先頭に立って、笑って
言った。
松尾源太・・・通称ゲンさんの背後には、迷彩塗装された自衛隊の緊急車両が並んでいる。
特殊国家保安部隊という肩書きを捨ててから、5年。二度と利用することはないと思っていたそ の立場を、よもや、ホームレスの運搬のために使うことになるとは、夢にも思わなかった。
「だがよォ、こいつらの願いは、ワシの願いでもある。無力なワシらオトナにできるのは、あんた
たちファントムガールを、必死に応援するぐらいのもんさ。命懸けでなァ」
あの時。都庁前でナナがギャンジョーと激突した時。
ナナが全力を出せるよう、ホームレスたちを避難させた判断は、きっと間違いではなかった。
普通ならば。
しかし、『エデン』の戦士の力が、精神状況に大きな影響を受けるというなら・・・守るべきもの
がある方が、ファントムガールは強くなるのではないか。
背中を押す声が、彼女たちの支えになるのではないか。
「今度はちゃんと・・・ワシらが見届けるぜェッ!! 立ち上がってくれェッ、ファントムガール・ナ
ナァッ!!」
・・・ヴィンッ!!
湧き上がる声に、呼応するように。
暗くなっていたふたつのクリスタルに、青い光が点灯する。
――おい。宿主さんよ。聞こえてるのか?――
『・・・・・聞こえ・・・てるよ・・・』
――お前のこと、なんだかいろんなヤツが呼んでるぜ?――
『・・・ゲンさん・・・柴爺・・・サトリン・・・てっちゃん・・・みんなみんな、あたしの大事なひとた
ち・・・』
――オレはてっきり、お前が死んだかと思ってたぜ――
『こんなあたしを・・・こんなにもたくさんの仲間が応援してくれて・・・』
光を失っていた瞳に、青い輝きが蘇る。
「・・・死んでなんかッ・・・いられッ、ないッ!!」
その瞬間、ファントムガール・ナナの全身は、爆発したように強い光を放った。
大地に横臥したまま、右腕を高く掲げる。拳を握り締めて。
眩い白光が、右手の一点に集中していく。
「グオオオオオッッ―――ッ!!! でめ゛え゛らアアァッ――ッ、ッザケるなアァァッ〜〜
ッ!!!」
復活したナナの姿に、血染めの凶獣が激昂した。アリスの首筋から、牙を引き抜く。咆哮を
あげ、横たわるナナと、ホームレスの群れを睨みつける。
口腔のなかで、漆黒の砲弾が渦を巻く。
忌々しい連中を、まとめて“弩轟”で消し去るつもりだった。
「クズどもがアアアアッッ―――ッッ!!! 塵になれやアアァッ〜〜〜ッ!!!」
グシャアアアアッッ!!!
「クズッ・・・はァッ・・・あんたの方ッ・・・よッ!!」
マシンのパワーを総動員させ、アリスは渾身の頭突きを、ギャンジョーの鼻柱に叩き込んで
いた。
凶獣の疵面からも、サイボーグ天使の額からも、鮮血が飛び散る。
ギャンジョーの脳裏が、一瞬、白で塗り潰された。その両腕から、ずるりとアリスの肢体が抜
け落ちる。
「ナッ・・・ナァッ――ッ!!! いけェェッ―――ッ!!!」
「ウオオッ・・・オオオオッッ―――ッ!!!!」
そう。まだ、死ぬわけにはいかない。
ファントムガール・ナナには、もう一発。もう一発だけ、超のつく必殺技を放つことができる。
「“BDッッ・・・7”―――ッッッ!!!」
ビート・ドライブ・レベル7
聖光を集約した右拳を、心臓に振り下ろす――。
ドドドオオオオオッッ!!!!
・・・ドクンッ・・・ドクンッ・・・ドドッ、ドドドドドドドッッッ!!!!
沸騰した血液が、心臓から一気に全身を駆け巡る。
パワーも、スピードも、光のエネルギーも、全てが数倍。
心臓への大打撃を代償に得られる、神の領域に手が届く身体能力。
赤銅に変化したショートカットの守護天使が、横たわる大地から一気に跳ねた。
「ギュゴグオオオッッ!!! ゴガアアアオオオッッ――ッッ!!!」
狂乱の疵面獣が叫ぶ。迎え撃つ、超速の刺突。
眼にも留まらぬ殺人鬼の槍腕を、さらに上回る速度で、赤銅のナナがすり抜けた。
最凶の凶獣、ギャンジョーの懐に、ファントムガール・ナナが飛び込む。
「刹那ッッ!! ・・・八十四連撃ィィッッッ!!!!」
パパパパパパパパパパパパッッッンンンンッッッ!!!! ×7ッ!!!
12×7=84
一瞬にして、84発の打撃がギャンジョーに撃ち込まれる。少女戦士の拳が肉を抉り、骨を砕
く。
血飛沫が舞った。あの、頑強な茶褐色の巨体が崩れていく。猛打の嵐によって、崩壊してい
く。
「ゴパアアアッッ!!! ギュゴエアアアッッ・・・!!! グガアアアッッ―――ッッ!!!」
「ッッ!!? これでッ・・・もッ・・・まだッ・・・!?」
骨が折れ、筋肉が潰れ、皮膚が削がれても、ギャンジョーはまだ立っていた。
鮮血にまみれ、崩れかけた肉の塊。
それでもまだ、疵面の凶獣は生きている。
小娘ごときに、殺されるわけにはいかぬ。仮に死ぬなら、先に守護天使どもを引き裂いてか
ら。
「殺ッッ・・・スゥゥッッ――ッ!!! ナナァッ、アリスゥッ〜〜ッ!!! でめ゛え゛らァッ・・・グチ
ャグチャに殺シテヤラアアアァッッ〜〜〜ッッ!!!」
なんという、殺しへの執念。
無数の打撃痕で肉体を陥没させながら、それでも槍腕を振り上げるギャンジョー。
その噴き出す憎悪の念と、殺戮への執着に、赤銅色のナナが思わず動きを止める。
究極の打撃、とも言える八十四連撃を耐え抜かれ、アスリート少女は次なる攻撃を見失っ
た。
「ナナッ――ッ、スラム・ショットをッ!!」
背後から届く、親友の絶叫。
ファントムガール・アリスが、右腕の砲口を構えていた。内部では、楕円形の灼熱弾が完成し
ている。
「あんたと私の力でッ・・・そいつは滅ぼすッ!! 私の光と、あなたの光を、合わせるッッ!!」
光と、光を重ねれば、その威力は飛躍的に増加する。
ナナ、そしてサトミが、光弾を重ねて実現させてみせた、奇跡。
だがしかし、別々の戦士が作った光弾を、重ねることなど可能なのか――?
「光の波長があえばッ・・・重ねることはできるんでしょッ!? ナナと私なら、絶対にできるはず
ッ!!」
そうか――。
あたしとアリス、互いを知り抜いてるあたしたちなら・・・きっとッ!!
「うおおおおッッ――ッ、頼んだよッ、アリスッ!!!」
叫ぶナナの右手。高く掲げた掌の上に、眩い光球が浮かぶ。
「ヒート・グレネードッッ!!」
超高熱の砲弾を、アリスは発射した。
ナナが作った、白き光弾に向かって。
「プラスッ・・・スラム・ショットォッ――ッ!!」
ドギュンンッッ!!! ギュオオオオオオオオッッッ―――ッッ!!!!
アリスの灼熱弾と、ナナの光球が激突した瞬間。
混ざり合った、ふたりの守護天使の聖なる光は、より眩く輝くオレンジの光弾となった。
「「ヒート・スラムッッ・・・ショットォォッ――ッッ!!!!」」
「グオオオオオオッッ―――ッッ!!!!」
迫る灼熱光弾を、絶叫するギャンジョーが、槍腕を交差して構える。
本物の匕首を具現化した槍腕・・・クロスさせた構えは、ギャンジョー最大の防御姿勢であっ
た。
ドオオオオオオンンンッッッ!!!!
ナナとアリス、ふたりの合体光弾が、ガードした疵面の凶獣に直撃する。
灼熱の巨大光弾は、左右の槍腕ごと、ギャンジョーの上半身を吹き飛ばしていた。
「ッッ!!・・・やっ・・・!!!」
腰から下、下半身のみになった茶褐色の怪物が、二度痙攣する。
一瞬の静寂。切断面から、プシュプシュと鮮血が噴き出す。
思い出したかのように、凶獣ギャンジョーの下半身は、粉々に砕け散った。
「ッた!! 勝ったッ!! ナナちゃんが・・・ファントムガールが勝ったぞォォッ――ッ!!!」
ホームレスたちの歓喜の叫びが、首都の月夜にこだました。
歓声のシャワーを浴びながら、元の色に戻ったナナと、白煙を昇らせるアリスが、ゆっくり大
地に傾いていく。
意識を失う寸前、互いの視線を交し合った守護天使たちは、少女らしい微笑を浮かべた。
ナナとアリス。ふたりのファントムガールが、凶獣ギャンジョーに勝利した瞬間であった。
・・・決着は近いな。
東京湾近郊。芝浦埠頭。
潮の香りを遥かに凌駕する、濃密な臭いが周囲を支配していた。赤サビにも似た、臭い。悪
臭というには少し違うが、むせ返るような粘りと、生温かさを伴う臭いだった。
おびただしい、血の香り。
コンクリートの地肌が見えないほどに、鮮血が大地を埋め尽くしていた。岸壁の端から、海に
まで流れ込んでいる。
倒壊した建築物の破片が、ゴロゴロと転がっている。だが、街の破壊が霞んでしまうほどに、
異常なまでの血の量が、戦慄を誘った。
明らかな大量殺戮があったことを示す、凄惨な戦場―――。
その中心に立つのは、赤銅の巨体と金色の髪を持つ、鬼だった。
シュラ・ガオウ。
70体ものミュータントを相手に、ひとり闘うことを選んだ赤鬼は、向かってくる敵のほとんどを
殲滅していた。
いくらかのミュータントたちは、闘鬼と対する無謀を悟って敵前逃亡した。巨大化を解除し、夜
の首都に身をくらました。よく言えば賢明。悪く言えば臆病、あるいは自己保身第一主義。いず れにせよ確かなのは、ガオウの前から敵ミュータントの数は減ったということだ。
それでもまだ、50体以上がガオウひとりに対し向かってきたというのに・・・
ガオウは圧倒した。1vs50で。次から次へと、キメラ・ミュータントを滅ぼしていった。
今や、残るミュータントは、たったの4体のみ。
「・・・勝ったカ・・・ナナ・・・」
彼方で立ち昇る巨大な火柱を見詰め、赤銅の鬼が呟く。
直感的にガオウは、ファントムガール・ナナの勝利を確信していた。長かった闘いも、間もなく
本当の決着を迎えようとしている。
おびただしい血は、ガオウ自身の肉体からも、大量に流れ出ていた。
さすがの戦闘種族といえども、50体もの敵と闘うのは楽な作業ではなかった。単なる喧嘩相
手ではない。キメラ・ミュータントには水棲生物から授かった特殊能力があるのだ。
いわば、銃やナイフといった得意武器を、それぞれに持った兵士50体との闘い。
斬られ、撃たれ、抉られた傷から、真っ赤な血潮がヌラヌラと垂れ流れていた。圧倒的な戦
闘力を誇る赤鬼も、その疲弊度が深刻なのは明らかだ。
「・・・サトミ・・・残念・・・ダガ・・・・・・援護ハ・・・デキソウニ・・・ナイ・・・」
畏怖と狂気に満ちた視線で睨む4体を、ゆっくりガオウは見回す。
自らの変化に、ガオウはとっくに気付いていた。闘争本能の塊であった赤鬼には、工藤吼介
であったころの理性が、かなり戻ってきている。
恐らく、戦闘への渇きが潤ってきたのだろう。血みどろの闘いを繰り返すことで。
あるいは大量の失血が、頭に昇った血を抑えたのかもしれない。
「最後ハ・・・オ前ガ・・・・・・キメルノダ」
ゲドゥー。濃紺のひとつ眼を持つ白き凶魔の強さを、ガオウは身をもって理解している。
サトミひとりで・・・いや、ファントムガール5人がかりでも、勝てるとは思えない強者。
しかしそれでも、もはや人類は光の守護女神たちに託すしかない。ゲドゥーをとめられる者が
あるとすれば、それはファントムガール以外に有り得ない。
「生キテ・・・再ビ・・・会ウゾ・・・」
里美とは、一度、哀しい別れをした。
だからこそ、全ての決着がついたあと、再び里美と会いたかった。
怪物と守護天使の姿ではなく、ひとりの男と女として、抱き締めたかった。
吼介の理性が戻ってきた、今だからわかる。ハッキリと。
それが格闘獣の、最大の願い―――。
「ムウッ!?」
闘鬼らしからぬ隙であった。
一歩でも動けば首が飛ぶ・・・そんな凄まじい闘志の放射が、数瞬緩んだ隙を突いて、1体の
キメラ・ミュータントが襲い掛かった。
黒い球体に四肢がついたようなミュータントは、真っ直ぐにガオウの胸に飛び込んでいく。
ガシィッ!!
ドッジボールを難なくキャッチする、姿に似ていた。
両腕で抱えるような巨大ボールを、ビクとも動かずガオウは受け止める。全身丸ごとぶつか
る突撃でさえ、闘鬼の片脚一本動かせない現実。
だが、ここまで生き延びてきただけあって、残るミュータントたちも一筋縄ではいかなかった。
ドシュッ! ドシュッ! ブシュウッ!!
「グッ・・・!」
ムラサキウニとのキメラ・ミュータント。
胸板で受け止めた瞬間、黒の球体から無数の棘が飛び出す。硬く、長い棘は、ガオウの両
腕と胸板とに突き刺さった。
赤い飛沫が、舞う。
ガオウの筋肉だからこそ、貫かれずに済んでいた。しかし、針山のごとく棘が生えた上半身
に、数え切れぬ鋭痛が渦巻いているのは間違いない。
―――仕留めた、のか?
一瞬、動きを止めた闘鬼の姿に、ミュータントたちが淡い期待を湧き立たせる。
だが次の瞬間には、己の甘さとシュラの脅威に、叩きのめされる結果となった。
ボシュンンッッ!!!
棘がさらに深く肉に埋まるのも構わず、ガオウは両腕に力をこめた。
締め付けられ、過度の圧迫によって爆散するウニのキメラ。
脳漿とも、ウニの身肉とも判別つかぬ黄色の内容物が、周囲四方に飛び散る。
「ッッ・・・ィッ!?」
追撃を掛けようとした、残るミュータントたちの脚が一斉に止まった。
眼前には、黄色の肉片をこびりつかせ、鮮血を噴き出す赤い闘鬼が、仁王のごとく立ってい
る。
「・・・残ルハ・・・・・・3体・・・」
首都に出現したキメラ・ミュータントの群れにも、間もなく、壊滅のときが訪れようとしていた。
「・・・ギャンジョーが、逝ったか」
瓦解した高層ビルの残骸が、周囲に散らばっている。
常ならばコンクリートの壁と窓ガラスで覆われたような新橋の空は、半ばほどが開けていた。
碧い月夜の天空が、いつもより広く見える。未来を賭けた正邪の聖戦により、現代オフィス街 が受けた損害は大きかった。
白き凶魔とふたりの守護天使が対峙する周囲では、焼け野原のごとく廃墟が煙をあげてい
る。
北の方角に濃紺のひとつ眼を向け、ゲドゥーは静かに呟いた。
「どうやら、お前たちの仲間はギャンジョーを破ったようだ。やはり・・・ファントムガールは素晴
らしい」
凶魔の心からの賛辞も、ファントムガール・サトミの胸には届いていなかった。
人々が造り上げた街が壊されていく・・・それに対する痛恨の想いもある。だが、その悲痛さ
に打ちのめされる余裕すら、今のサトミにはなかった。
「皇居方面からも、メフェレスの瘴気が途絶えているな。残っているのは、オレだけのようだ」
「・・・はァッ・・・はァッ・・・はァッ・・・!」
「お前たち、5人のファントムガールを独り占めできることに、オレは感謝している」
悠然と言い放つゲドゥーに対し、サトミとユリア、ふたりの守護天使は今にも崩れそうな身体
を必死に支えていた。
血と泥で汚れた全身が、痙攣している。
胸のエナジー・クリスタルは、警告音を鳴らしながら点滅を繰り返していた。立っていることさ
え奇跡なのは、誰よりも自分たち自身がわかっている。
逆転を賭けた一手、破邪剛矢が破られて以来、ゲドゥーとファントムガールの闘いは、一方
的なリンチとなった。
まともに闘っているつもりでも、サトミとユリアの全ては、ひとつ眼の凶魔に通じなかった。
“・・・・・・勝て・・・ない・・・・・・。私では・・・私たち、では・・・・・・”
かつて幾度となく襲い掛かった絶望の闇が、またもサトミの心を飲み込もうとしていた。
必死に。懸命に。
ゲドゥーの脅威を思い知っては、希望の光を探し続けてきた。わずかな光明にすがり、しが
みつき、手繰り寄せ・・・ようやく辿り着いた、今。
それでもサトミは、悟らざるを得ない。自分では、凶魔ゲドゥーに敵わぬことを。
いや、己の命が散ることなど、惜しくはなかった。辛いのは・・・自分ひとりの命を捨てたくらい
では、どうにもならないであろう現実。
恐らくは・・・
まともに闘えば、ファントムガール5人全員の命を差し出してなお、凶魔ゲドゥーの息の根は
止められまい。
「一応、確認しておこう。お前たちは、このゲドゥーがギャンジョーの死を哀しんでいない、と思う
か?」
膝を震わせ、荒い息を吐くふたりの聖少女に、凶魔は抑揚のない声で訊いた。
「こう見えても、オレにも感情はある。長い間、ともにいたギャンジョーの死は無念だ。しかし、
それでお前たちに憎悪や復讐の念を抱くことはない」
感情のこもらぬ顔と声であっても、ゲドゥーの言葉にウソはないことは、よくわかった。
「強い者が勝つ、のがこの世界の決まりだ。お前たちは強い。讃えよう、ファントムガール。そし
て、そんなお前たちをまとめて喰らえる幸運に、心底から感謝したい」
「・・・ぐ・・・うぅ・・・」
「オレの望みはただひとつ。強い者を喰らえれば、それでいい。お前たち5人を、オレは順番に
喰らう。その子宮に棲む『エデン』を抜き出し、繰り返し生まれ出づるファントムガールを、味わ い尽くす」
「・・・あな・・・たは・・・・・・」
“なんて・・・恐ろしい男なの・・・ゲドゥー・・・ッ!!”
サトミが戦慄を覚えたのは、ゲドゥーが描く禍々しい未来図ゆえ、ではなかった。
圧倒的な実力差を自覚しつつ。ゲドゥーは本気で、守護天使たちを強いと讃えている。敬愛
にも似た感情を抱いているからこそ、ファントムガールを始末する喜びにうち震えている。
ゲドゥーにとっては、ファントムガールを殺すことこそ、唯一最大の願い。
敵に回して、これほど恐ろしい相手は恐らくいまい。
「・・・・・・チャンス、です・・・」
くノ一の修行に明け暮れたサトミならでは聴こえる囁きは、ユリアの唇から発せられていた。
特殊な音波伝達方法によって、ユリアにだけ届く声でサトミが返す。
「・・・ユリちゃん・・・?」
「・・・ゲドゥーが・・・ようやく・・・隙を見せました・・・」
その事実には、サトミも先刻から気付いていた。
雄弁になったのが、ひとつのサインだ。勝利を確信したゆえか、ファントムガールを独り占め
できる愉悦ゆえか・・・ゲドゥーはわずかではあるが、緊張の鎧を緩めている。その脳内は、幸 福感の分泌物で満たされていよう。
「私たち、では・・・ゲドゥーに勝てない・・・それがハッキリしたから、こそ・・・・・・隙が生まれまし
た・・・」
「けれども、その隙を突けるのは一回きりよ」
「今度こそ・・・右腕を・・・奪います・・・」
胡桃のような愛らしい瞳に、ユリアの決意が強く輝く。
「・・・さっきは・・・生きようとして、失敗しました・・・」
命懸けでゲドゥーの右腕を奪おうとしたユリアを押し留め、策を講じたのはサトミであった。
「やはり・・・“最凶の右手”を奪うには・・・私の命を捧げないと・・・」
「ダメよッ!! あなたの犠牲の上に、勝利を掴む気はないわ」
「・・・サトミさんは・・・あ」
「甘いのはわかってるッ!! それでもッ!! ・・・わかっていても、私は・・・ッ!!」
そうだ。わかっている。
誰かの命と引き換えでは、ゲドゥーは倒せまい。仮にユリアを犠牲としても、勝てる保証はま
るでない。
凶魔ゲドゥーを葬るのに、確実な方法など存在しなかった。ならば。
ならば・・・サトミは、自分以外の者が死ぬのを、これ以上見たくはなかった。
思いっきり、ワガママに振舞う。これが、最後の闘いだから。
リーダーとしての役割も、指揮官としてのあるべき姿も捨てて、サトミはまず己が散ることを決
めていた。
「ゲドゥーも・・・先程の右腕の業火で、少なからず消耗したわ! 決して、完全無欠のバケモノ
ではないッ!! 消耗させていけば、必ず・・・」
ユリアの巨大弓矢、破邪剛矢を破るのに、ゲドゥーは“滅却弩(メギド)”なる秘技を発動させ
た。“最凶の右手”を灼熱化させる荒技。結果的に破邪剛矢を消滅させたが、その反動で激し く体力を失っている。
斃すことはできなくても、消耗させることならば、できる。
己の死と引き換えに、サトミはゲドゥーの体力を奪うつもりであった。
「ゲドゥーッ!! 覚悟してッ!! 私はあなたを・・・道連れにするわッ!!」
“・・・命を差し出せば・・・少しは体力を削れるはずよ・・・”
自分が死んでも、仲間がいる。
ナナ、アリス、サクラ・・・他の戦場で死闘を終えた仲間たちは、きっとこの地に集まってくるだ
ろう。
ユリアも含め、あとは彼女たちに・・・任せよう。人類の、未来を。
「おおおおおッ――ッ!!!」
サトミは吼えた。美しき月のごとき、銀と紫の女神が。
瀕死の肉体が、ウソのように駆け出す。一直線に、ひとつ眼の凶魔向かって疾走する。
「ユリアッ!?」
「・・・サトミさんは・・・逝かせません・・・」
光の女神と並んで走る、もうひとつの銀の肢体があった。
「サトミさんは・・・みんなのッ、皆さんの希望なんですッ!! 私の命に代えても・・・絶対に死な
せたりなんて、させませんッ!!」
返そうとして、言葉が出なかった。
人形のように愛くるしい少女に、そんな悲愴なセリフは言わせたくなかった。自分のために。
だが、サトミは知っている。知りすぎている。ファントムガール・ユリアが・・・西条ユリが、本気
で自分のために命を捧げようとしていることを。
「・・・ぐゥッ!!」
死を覚悟したふたりの守護天使は、競うように白き凶魔に殺到した。
「残念だな」
必死の形相を浮かべる、ふたりの美少女。濃紺のひとつ眼に、その姿が映りこむ。
悼むような仕草で、ゲドゥーはふるふると菱形の頭部を横に振った。
「もはや無謀な、特攻しかできないとは」
「ファントム・クラブッ!!」
両腕に光の棍棒を造り出したサトミが、ゲドゥーの頭上目掛けてジャンプする。
満月を背にした、紫の女神。
上空から舞い降り、菱形の頭頂に向かって打撃を振り下ろす。だが、宙に浮いたその肢体
は、格好の的ともいえた。
「来なさいッ、ゲドゥーッ!!」
サトミは誘った。
天に舞ったその身体では、ゲドゥーの一撃を避けることはできない。そして、“最凶の右手”に
よる剛打を、二本のクラブでは受け切れない。
ファントム・クラブごと、サトミの肢体は貫かれるだろう。それで、よかった。
その間に―――。
「・・・サトミさんッ・・・!!」
飛翔したサトミの脚の下を、ユリアが駆け抜ける。
サトミの肉体が“最凶の右手”に貫かれている間、絶好のチャンスがユリアに訪れる・・・サトミ
の真の狙いがそこにあった。
「・・・ダメだな」
低く呟いたゲドゥーは、すでに右腕を大きく振りかぶっていた。
発射する。“最凶の右手”を。上空に向かい、豪腕のストレートブローを打ち放つ。
ドゴゴゴオオオオッッ!!!
瞬間、サトミは死と戦術の成功を確信した。
その認識が誤りであると、気付いたのは数瞬後のことだった。
「えッ!?」
ゲドゥーが右拳を撃ち込んだのは、サトミの肉体ではなく、眼前の空間だった。
“最凶の右手”が空間を抉る。凶魔と守護天使の間で、剛打により乱流が巻き起こった。纏っ
た暗黒のエネルギーが、渦巻く砲弾と化して、宙空のサトミに撃ち込まれる。
咄嗟に棍棒をクロスさせ、胸前でガードを固める美麗の天使。
ガシャアアアンンッ・・・!!
“最凶の右手”が生み出す衝撃波だけで、二本のファントム・クラブは粉々に砕け散った。
受け切れない闇エネルギーの余波が、美女神の全身に叩きつけられる。
「うああああッッ―――ッッ!!!」
“そんッ・・・なッ・・・!! ちょ、直接・・・触れなくても・・・・・・クラブを砕かれる・・・なんて・・・
ッ!!”
漆黒の煙を立ち昇らせながら、麗しき女神の肢体が、力なく墜落していく。
「ッッ!? サトミさッ・・・」
心配をしている余裕は、ユリアにはなかった。
すでに、射程距離に入っている。ゲドゥーの懐。柔術の達人としては、これ以上ない絶妙の距
離。
しかし、右腕を戻した凶魔もまた、万全の迎撃態勢を整えていた。
“想気流の全てを・・・この瞬間に、ぶつけますッ・・・!!”
ゲドゥーの右手が握られるのを、武道天使は見た。
ふたつに縛ったおさげの髪が、ふわりと揺れる。胡桃の瞳が、より大きく見開かれた。
“私の技術は・・・柔術の腕は・・・通用しているッ・・・なにより、私には・・・あの技が、あります
ッ!”
「想起流柔術・奥義・・・・・・」
“くるッ!”―――
凶魔の打撃が射出される瞬間、ファントムガール・ユリアは、この少女にしかできない究極の
カウンター技を発動させた。
「気砲ッッ・・・ッゥブウッ!!!」
グシャアアアッッ!!
“最凶の右手”が、ロリータフェイスの中央に叩き込まれていた。
拳が引き抜かれると同時に、ユリアの鼻と口から鮮血が噴き出す。軽く脳震盪を起こしたス
レンダーな肢体が、グラグラと揺れる。
「あハァッ!! ・・・ぐぷッ・・・そッ・・・んなァッ・・・!? ど、どうし・・・て・・・」
「気砲、敗れたり。これで、お前の技は全て破った」
気砲―――ユリア=西条ユリだけができる、想気流柔術の最終奥義。
敵から受ける攻撃のエネルギーを、そのまま相手に伝え返すこの神業は、長い想気流の歴
史のなかでも、実現できた者はほとんどいない。西条ユリが、天才と呼ばれる所以であった。
気砲を破った敵など、かつて存在しなかった。
ゲドゥー自身ですら、この闘いのなかで、気砲によって吹き飛ばされていたではないか。それ
がなぜ、このわずかな間で克服することができたのか?―――
「いうなれば、ジャブ、だ」
軽く右手を握ったゲドゥーが、パンチを放ってみせる。
シュッと、摩擦音が聞こえただけで、空間を裂いた拳の軌道は、ユリアには見えなかった。
「あッ・・・!!」
「お前に今まで放っていたのは、全てストレート。若干威力を落とし、拳の打ち方をスピード重
視に切り換えただけのことだ」
次々と繰り出すゲドゥーの「軽い右パンチ」が、ユリアにはまるで見えなかった。
その凄まじいスピードで、気砲が発動されるより速く、ユリアの身体にヒットさせたというのか。
「・・・ァ・・・あァ・・・ッ!!」
気砲が敗れた。それ以上に、重大な事態に武道天使は気付いていた。
拳が見えなければ、当然その打撃を捕えることなど、できない。
“・・・・・・私・・・は・・・想気流・・・は・・・・・・”
ユリアの象徴ともいうべき、気砲は通じなかった。
それどころか、彼女がその人生のほとんどを注いだ、想気流の技術自体が通じなかった。
ファントムガール・ユリアの柔術は、完全に凶魔ゲドゥーの前に、屈した。
「ああ・・・うああッ――ッ!!」
可憐な叫びを響かせ、ユリアが開手で殴りかかる。
それしか、なかった。敵を捕えることができず、気砲も通じない今、柔術少女に残された最後
の攻撃手段。
ドボオオオッッ!!
容赦ないゲドゥーの右ジャブが、ユリアの鳩尾に埋まる。
ジャブといえど、“最凶の右手”が誇る破壊力は、鉛玉のような重さで少女の肉を蝕んだ。
「えぼおおッ・・・!! あ・・・かはッ・・・!!」
「終わりだ、ファントムガール・ユリア」
ドドドドドドドドッッッ!!!!
頬を抉る。顎を砕く。こめかみを打ち、乳房に埋まる。
顔。胸。腹部。マシンガンのような右拳の乱打が、スレンダーな聖少女の肉体に撃ち込まれ
る。黄色の模様が描かれた銀の体表が、ボコボコといびつに歪む。
倒れることなど、許されなかった。
棒立ちになったユリアに、何百という拳が浴びせられていく。鈍器が柔肉を潰す凄惨な音色
が、豪雨のごとく鳴り響く。
長い四肢をビクビクと痙攣させ、モデル体型の肢体は拳の速射砲に踊った。
ブジュウッ!! グチャアッ!! ドブウウッッ!! ボギィィッ!! ズボオオッ!! ・・・
「や、やめッッ・・・!! やめてェッ――ッ!! ユ、ユリアがァッ!!」
立ち上がったサトミが、叫ぶ。
柔術の天才といえども、決してユリアの肉体は頑丈とはいえない。暴虐の乱打を喰らい続け
れば、その身体そのものが崩壊してしまうのは、目に見えていた。
嵐の連打を止めるべく、遮二無二凶魔に飛び掛る。
「ファントム・リボンッ!!」
聖なる光が、白い帯となって真っ直ぐにゲドゥーのひとつ眼に飛んだ。
乾いた音がして、容易くリボンが弾き飛ばされる。
光の帯を叩き落した「右ジャブ」の軌道は、サトミにもまるで捉えることはできなかった。
「なッ!?」
「お前の番はあとだ、サトミ」
カシュン!! と音がして、美しき令嬢の顔が90度に傾く。
素早い右拳のフックが、顎を打ち抜き脳を揺らしていた。なにが起きたかわからぬまま、平
衡感覚を失う紫の守護天使。
糸の切れたマリオネットのごとく、ドシャリと足元から崩れ落ちる。
「あァッ・・・!? くあッ・・・アァッ・・・!!」
「ユリアが滅びていく姿を、よく見ているといい」
ドドドドドオオオオオッッッ!!!!
休まず、ゲドゥーは右ジャブの乱打を立ち尽くすユリアに打ち込み続けた。
左右の乳房に、集中して拳が埋まる。
サトミには5発しか見えなかったが、その何倍もの打撃が少女戦士の未発達な乳房を抉った
はずであった。
「ごぼおおおッッ――ッッ!!!」
真っ黒な吐血が、小さな唇を割って飛び散った。
さらに拳の連打は腹部に移り、引き締まったウエストを様々な角度から叩き潰していく。
腹筋も、内臓も、肋骨も・・・ユリアのお腹周辺にある全てが、暴虐の拳に破壊されていく。
「ぶじゅうッッ!! はぎゅううッ――ッ!! はアッ・・・ぎゃああアアッッ―――ッッ!!!」
「ユリッ・・・アァァッ〜〜〜ッ!!? やめてェッ!! やめてッ、お願い、やめてェェッ――
ッ!!」
這いつくばるサトミの声を無視し、痙攣するユリアを凶魔は殴り続けた。
少女の肉が、ミンチのごとく潰れているのがわかる。
肋骨をはじめ、多くの骨が砕けているのがわかる。
内出血による腫れで、表皮が変色し、ボコボコと歪んでいるのがわかる。
立ったまま、数百のパンチを浴びたおさげ髪の守護天使は、その肉体のほとんどを壊されて
しまっていた。
「ゴブッ・・・!! ブジュッ・・・!! はくゥッ・・・ァはアッ・・・!!」
「安心しろ。すぐには殺さん」
突っ立ったユリアの股間に、ゲドゥーの右拳がアッパーを打ち上げる。
硬いものが割れる音がして、スレンダーな黄色の天使は、全身を大きく震わせた。
「あふぇあアッッ!!?」
ぶじゅッッ・・・!! ぶっしゅううゥゥッ――ッ!! ぐじゅじゅッ・・・ぶじゅるッ・・・
ヒクヒクと小刻みに揺れるユリアの股間から、泡立った赤い液体が噴き出す。
深紅の飛沫が足元に降りしきるたび、少女の下腹部が脈打った。
腹腔に溜まった鮮血が、ユリアの股間にある、ありとあらゆる穴から漏れ出しているようであ
った。
「・・・・・・ユリ・・・ア・・・・・・」
無理矢理に立たせたサトミの首に左腕を回し、ゲドゥーは仲間の惨状を見せつけた。
ユリアの胡桃のようなふたつの瞳からは、光が消えていた。
“最凶の右手”の乱打を受け、ぐちゃぐちゃに潰れてしまった、少女戦士の肉体。
股間からボタボタと垂れる赤い雫が、地面に池を作っている。
立ち尽くした姿のまま、ファントムガール・ユリアの意識は、激痛と崩壊のダメージによって刈
り飛ばされていた。
時折、思い出したように点滅する胸のクリスタルが、死者同然の身体となった守護天使が、
かろうじて命を繋ぎとめていることを教える。
「・・・やめ・・・て・・・お願い・・・もう・・・やめて・・・」
夢遊病者のように、懇願がサトミの口を割って出ていた。
もし、この闘いが人類の命運を賭けたものでなければ・・・サトミとユリア、ふたりだけの命を
賭けたものならば・・・ファントムガールのリーダーは、心底からゲドゥーに跪き、許しを乞うてい ただろう。
お願いだから、もう殺して欲しい。と。
背負ったものがあるために、希望を託された少女たちは、死を願い出ることが許されなかっ
た。
絶望の底に、叩き落とされているというのに。
「安心しろと言った。『エデン』を抜き取ったあとで・・・きちんと殺してやる」
サトミの奥底を覗き見たように、凶魔は静かに言った。
「だが、お前たちの強さを、オレは決して過少には見ない。このまま滅びていく甘い相手だ
と・・・油断はしない」
「・・・え?」
ゆっくりと、ゲドゥーが右腕を引いていく。
眼の前には、立ったまま意識のないファントムガール・ユリア。
“最凶の右手”が拳ではなく、二本指の抜き手となっているのを見たとき、サトミは恐るべき予
感に戦慄した。
「ダッ・・・ダメェッ!! やめてェェッ――ッ!!! いやあああッッ〜〜〜ッ!!!」
「距離感が掴めなくなれば、さすがの天才柔術家といえど、もはや戦列復帰は不可能だろう」
ユリアを完全なる戦闘不能に追い込むために。
人差し指と中指をそろえたゲドゥーの右手が、武道天使の顔面へと発射された。
光の途絶えた、左の瞳へと。
ガッシャアアアンンッッ!!!
「ィッッ!!? ぎッッ・・・キャアアアアッッ――ッッ!!!!」
脳に直接響くような鋭痛に、意識を戻したユリアが絶叫する。
ゲドゥーの右手の指が二本、ユリアの左眼を貫いていた。
「あがアアッ!! うぇああアッ!! ウアアッ・・・サッ・・・サトミィッ・・・さッ・・・」
「ユリアッッ――ッ!! ユリアユリアッッ、ユリアッ〜〜〜ッ!!!」
「あああッッ!! アアアッッ―――ッ!!! ・・・アッ・・・!!」
ビクビクと悶絶する守護天使の動きが、引き攣る叫びが途絶えるとともに、止まる。
再びユリアの意識が深い闇に落ち込んだのを確認し、ゲドゥーは右手を引き抜いた。
「そんッ・・・なッ!! そんなッ!! ・・・そんな・・・ッッ!!」
ユリアの左眼は、漆黒の空洞となっていた。
赤い雫が、数本、涙のように垂れ落ちていく。
凶魔ゲドゥーの手により、武道天使ユリアの左眼は奪われた。
「隻眼となっては、柔術の腕も満足に使えまい。これでファントムガール・ユリアは終わりだ」
ゲドゥーの宣告がなくても、片目を奪うという凄惨な仕打ちがなくても、ユリアはとっくに終わっ
ていただろう。
肉も骨も砕かれ、身につけた柔術の技も破られた。
命を捨てる覚悟で闘った武道天使は、その決意も虚しく残酷に散ろうとしている・・・
そしてまた。同じく命を賭けて闘う、くノ一少女も。
「次はお前だ。ファントムガール・サトミ」
左腕で捕獲した令嬢戦士に、白き凶魔は右手を伸ばした。
抵抗も、ゲドゥーの前では無意味だった。容易く、胸のエナジー・クリスタルをむんずと鷲掴
む。
「ファントム破壊光線」
光を滅ぼす膨大な闇エネルギーが、サトミの命の象徴に直接流し込まれる。
「ウギャアアアアッッ―――ッッ!!! ウアアッッ、うわああああッッ〜〜〜ッッ!!!!」
ゲドゥーの左腕に抱かれながら。
あらゆる細胞に硫酸を浴びせられるような激痛のなか、紫の女神は悶え踊った。
喚き泣く、慟哭の叫びが、首都の夜空にこだました。
“・・・死・・・ぬ・・・死んでッ・・・しま・・・うッ・・・・・・ユリア、も・・・私ッ・・・も・・・”
背後から首を締め上げるゲドゥーの左腕に、サトミは指を伸ばした。
右手ほどではなくても、その腕力は十分に強い。くノ一少女の力では、咽喉に食い込む腕を
緩めることすら叶わなかった。
胸の中央にある、エナジー・クリスタル。水晶体を握り掴んだ“最凶の右手”から、直接破壊
光線を撃ち込まれるサトミは、ただ絶叫を迸らせるのみであった。
「うああああッ――ッ!!! あアアッ!! ううゥッ――ッ・・・きゃああああッ〜〜ッ!!!」
直立したまま痙攣を続ける、紫の麗戦士。
その眼の前では、左眼にポッカリと空洞ができ、打撃痕でイビツに歪んだファントムガール・
ユリアが、意識を失ったまま立ち尽くしている。
かすかにではあるが・・・武道天使がまだ、息をしているのはサトミにもわかった。
だが、もはや闘えまい。全ての柔術の技を破られ、片目さえ失ったユリアに、これ以上なにが
できるというのか。
死を覚悟して挑んだふたりのファントムガールは、凶魔ゲドゥーになにも出来ないまま、無惨
な犬死にを遂げようとしている。
“命を・・・捨てても・・・・・・ゲドゥーには・・・・・・通用しない・・・というの・・・・・・”
白き凶魔に勝てないことは、もうサトミも悟っている。
せめて、少しでも・・・消耗させるつもりだった。後に残る、仲間たちに託して。己の死と引き換
えに、ゲドゥーにわずかでもダメージを与えたかった。
そんな健気な願いさえ、天は聞き入れてくれないようだ。ゲドゥーとの力の差は、あまりにも大
きい。
「わたッ・・・しはッ・・・ああアッ!! ・・・わたッ・・・しィッ・・・ィイイあああッ―――ッッ!!!」
不意に、クリスタルへの直接注入が止められる。
ゲドゥーの胸のなかで、長い髪の令嬢戦士はヒクヒクと震えた。壮絶な苦痛を長く浴びすぎた
せいで、サトミの肢体は満足に動かない。
棒立ちの美女神の乳房を、凶魔の両手が背後から掴んだ。
「ゥアはァッ・・・!!」
「サトミ。お前を殺すのは、いつでもできることだ」
形のいいふたつの膨らみを、ゲドゥーは激しく揉み潰した。
「だが、敗北とは相手がもっとも忌み嫌うことを与えること、ではないか?」
「ッ・・・んゥッ・・・!! ・・・ァッ・・・!」
「お前の肉体を穢し、衆目の前で辱めることこそ、真の敗北だと・・・オレは思う」
ゲドゥーの右手が、ピンクの光に包まれる。
それは“最凶の右手”が“最嬌の右手”に変わった証であった。幾多の女体を歓喜に溺れさ
せてきた淫光が、銀色に輝く乳房の頂点を何度も往復する。
サトミの双房のトップを、執拗にピンクの掌は摩擦した。シュリシュリと、銀の肌が擦れる音色
が響く。
「・・・んッ・・・ゥく・・・・・・ッ!! こん、なッ・・・ことを・・・して、も・・・ッ!!」
「今更、言葉だけの否定をしても無意味だ」
瞬く間に、ふたつの膨らみに尖った突起が浮き上がった。
清楚な顔立ちには、不似合いなほど固く、大きく、勃った乳首。
ゲドゥーの右手が、クリクリとサトミの胸の先端を転がす。ウイルスが侵していくかのよう
に・・・令嬢の恥ずかしい突起に、ピンク光が沁みこんでいく。
「んくゥッ――ッ!! ・・・んんッ・・・!! ・・・・ァ・・・ハァッ・・・!!」
「耐えようとしても、肉体が感じる快楽にウソはつけん。“右手”が放つ淫光に、お前のような若
い肢体が抵抗不能なのは、すでに知っているだろう」
「わッ、わたしィッ・・・はあああアアァッ―――ッ!!!」
反論をしようとして、サトミの声は甘く波打った。
カチカチに尖った右の乳首を、ピンクの指が摘んで折り曲げている。
「守護女神と崇められるお前が、胸を弄られ感じている姿・・・その痴態を見て、ファントムガー
ルは真にこのゲドゥーに屈したことを、誰もが悟るだろう」
ズブリッ・・・
サトミの右胸の頂点に、快楽光線に包まれた凶魔の指が、根本まで埋められる。
「くはああアアアァッッ―――ッッ!!! あぐゥッ!! あふァアアェアアッ〜〜〜ッ!!!」
「その絶叫は、痛みゆえか、快楽ゆえか? いずれであっても、聖少女の敗北を知らしめるに
は相応しい」
銀色の乳房の内部で、ゲドゥーは人差し指を上下左右に動かした。
ザクザクと、乳腺の穴が引き裂かれいていく音が漏れる。
指を引き抜くと、魔悦のピンク光だけが指の形のまま、サトミの右乳房に残った。令嬢戦士の
乳首には、過激なまでの愉悦が刺さり続けるのだ。
「あふうゥッ――ッ!? こォ、こんッ・・・はあアアッ〜〜〜ッ!!!」
「面白いことができるだろう? 左の乳首にも、打ち込んでやる」
「あはアァッ!? や、やめえェッ――ッ!!! ひゃべェッ・・・やめへェェッ〜〜〜ッ!!!」
淫光の塊は、指の形でもう一方の乳首にも突き埋められた。
絶望。そして、ユリアの無惨な成れの果てが、サトミの心を脆弱にしていた。
胸の頂点から、じわじわとピンクの光が銀と紫の肉体を染めていく。快楽の痺れは、容赦なく
無力な女神を蝕んでいった。
「さて、ここはどうだ?」
背後から美麗女神を抱き締めた凶魔は、桃色に輝く右手を下腹部に伸ばしていく。
もうひとつの、水晶体があった。
子宮と一体化した『エデン』が表面化したそれは、巨体を構成する中枢であるとともに、官能
の集積地でもある。触れられるだけでも、甘い電流がサトミを襲うだろう。
女芯そのもの、といってもいいクリスタルを、ピンクの右手は握った。
「んんゥッ〜〜ッ!!? あひゅッ!! ふあああアアッ―――ッッ!!!」
「瀕死の肉体においても、それほどの嬌声をまだ迸らせるか。所詮は小娘、性の刺激には随
分と脆いようだな、サトミ」
御庭番衆の末裔である五十嵐里美は、性的な耐性をつける訓練も積んできている。簡単に
肉欲に溺れてしまうことなど、有り得ないはずだった。
だが、ゲドゥーの放つ催淫光線は、レベルが違う。
トロトロのジェルが、蜜壷で煮立っているかのようだった。数十種類もの媚薬を、混ぜ合わせ
たような高揚。ひとつひとつの女の細胞が、興奮し、ピンクに染まって沸騰している。わずかに 動いただけでも、己が起こした微風が、羽毛のように全身の性感帯を撫であげていく。
下腹部のクリスタルを直接握られたサトミは、無数の舌が、子宮を舐めしゃぶる快感に襲わ
れた。
「んんアアあああァァッ―――ッ!!! んきゅうッ!! はァッ!! はァッ!!」
“こわ・・・れるッ!! 壊れてしまうゥッ!! ア、アアアッ!! ・・・は、反撃をッ・・・反撃しない
とッ!!”
「ファッ・・・ファントムッ・・・」
「無理だ。遅すぎる」
ドボオオオオォッッ!!!
ヒクつくしなやかな右手に光を集めようとした瞬間、サトミの鳩尾にゲドゥーの左拳が埋まっ
た。
「うぐうゥゥッ―――ッッ!!! ゴボオォッ!! ・・・こほッ、ゲホォッ!!」
「光のエネルギーで武器を作るには、時間が掛かりすぎる。この距離において、お前とオレとの
スピード差は決定的だ」
「ゴブッ!! ・・・ぐ、うゥ・・・・・・ファ・・・ファント・・・」
「どのようにしても、お前を仕留めるのは容易い」
再度、光を掻き集めようとするサトミから、凶魔が左拳を引き抜く。
守護天使が攻撃態勢を作るより、何倍もゲドゥーの動きは速かった。胸のクリスタルを鷲掴
むと、握る左手に力をこめる。
ギャリギャリと、圧迫の嫌な音色がサトミの耳朶を打った。
「はきゅふウッッ!!! あぐうゥッ!! きゃあああああアアッッ――――ッッ!!!」
「もう一度言おう。左手でも、今のお前を殺すのは簡単なことだ。ファントムガール・サトミのもっ
とも無惨な姿を見せつけるため、敢えて生かしていることを理解しろ」
ゲドゥーの声には、メフェレスのような嘲りも、ギャンジョーのような恫喝もなかった。
ただ、事実を冷淡に述べる声。
サトミ自身、悟っている。背後から抱き締められたこの格好では、光線をまともに当てること
はできない。かといって、ファントム・クラブやリングを作るには、凶魔の言葉通りに時間が掛か りすぎる。
勝てないどころか・・・もはや脱出不能の窮地に聖少女はあった。
「このオレは、ユリアの体術さえスピードで圧倒した。お前では・・・いや、お前たちではこのオレ
に抗うことすら、できんだろう」
サトミの眼の前には、突っ立ったままの黄色の天使がいた。
意識をなくし、右手の指も、左眼さえも奪われてしまった、ファントムガール・ユリア。
空洞になった左眼から、赤い雫が頬を伝って垂れている・・・
“・・・・・・ユリ・・・ア・・・ごめんなさい・・・・・・。私・・・は・・・・・・もう・・・・・・”
銀と紫の麗女神から、全身の力が抜けた。
背中から、両腕を回したゲドゥーの姿は、サトミを愛おしく抱き締めているようにも見えた。
首に回した左腕で立たせつつ、股間に伸ばした右手を、ゆっくりと動かす。
「あッ・・・!! んぁッ・・・!! あふゥッ・・・!!」
魔悦の淫光を帯びた右手が、紫の女神の股間を摩擦する。じっくりと、ピンクの媚光を浸透さ
せていく。
尻肉を掻き分けアナルの小穴をくすぐり・・・
くっきり浮き上がった陰唇の周辺を丹念に撫であげ・・・
滲みでる愛蜜をクチュクチュと音を鳴らして掻き混ぜ・・・
先端の過敏な萌芽を、包皮を剥いて刺激する・・・
一度、“最嬌の右手”が通過するたび、複数の愛撫電流がサトミの延髄を焼いた。
それを何度も・・・何度も繰り返し、右手は往復する。
過敏なゾーンをピンクの光が撫でるたび、その妖しい輝きは積み重なっていく。
「あひゅうゥッ――ッ!!! えふああハアアッ・・・!!! はきゅふうゥゥッ〜〜〜ッッ!!!」
“ダッ、だめェッ・・・!! わ、私はファントムッ・・・ガール・・・こ、こんなぁッ・・・こんな淫靡な吐
息を漏らしッ・・・てはッ・・・はああァッ!!”
「この期に及んで耐えるな、サトミ。もう無意味だ。お前の脚は歓喜に震え、表情は紅潮して蕩
けている。嬌声の迸りは・・・止められまい」
シュリッ・・・シュリッ・・・シュリッ・・・
執拗に、ピンク色の右手による摩擦は続いた。
パンパンに張った聖少女の乳房に、指の形をした淫光が喰いこんでいく。感じれば感じるほ
どに、サトミに与えられる刺激は激しさを増した。
「ふわああああッッ・・・!!! んくふゥゥッ―――ッッ!!! ふはあアアァッ〜〜〜ッ
ッ!!! やめぇッ・・・もうやめへェッ〜〜〜ッ!!! こ、これ以上ッ・・・はああァァッ――― ッッ!!!」
肉欲の快楽を感じるほどに、守護女神の肉体は本来の女体そのものとなっていく。
五十嵐里美とそっくり同じ巨大な裸体が、新橋の高層ビル群に出現していた。
“もッ・・・もうッ・・・・・・耐えられェ・・・ッ!!”
ファントムガール・サトミの両手が、股間に伸びていく。
腰を若干引き、ガクガクと脚を震わせる麗女神は、魔悦の淫光を取り除かんと股間をまさぐ
った。
美貌を蕩けさせ、クチュクチュと蜜壷を両手の指で掻き乱す姿は、守護天使が絶対に見せる
べきでない痴態を思わせた。
「だッ・・・だめェッ・・・!!! し、刺激がぁッ・・・とまらひゃあッ・・・いィッ〜〜ッ・・・!!!」
ブシュブシュと涎を撒き散らし、美少女戦士が痙攣する。
直立したまま自慰行為に耽るようにも見えるサトミは、昂ぶってくる内圧を抑えることができな
かった。
「そうだ。そうやって、恥も外聞もなく惨めな姿を晒すといい。お前は、オレの愛撫にすら抵抗で
きずに散る・・・弱者だ」
“最嬌の右手”が再び下腹部のクリスタルを掴んだ。
ピンクに輝く魔悦の官能光線を、ゲドゥーは容赦なく子宮そのものといっていい水晶体に撃ち
込む。
「ふああああアアアァァッッ〜〜〜〜ッッ!!!! いぎゃああアアァァッッ――――ッ
ッ!!!!」
仰け反るサトミのふたつの乳房で、ピンクの指がビクビクと蠢いた。
活発化した法悦淫光が、聖少女を染めていく。乳首も、クリトリスも、アナルも、膣穴も・・・そ
して子宮も。
全ての性感帯に、激烈な快感が突き刺さる。一斉にサトミの脳髄を貫く。
ぶっしゅうううううゥゥッ――――ッッ!!!!
股間を抑えた女神の両手から、聖水のシャワーが噴き出した。
直立したまま仰け反った肢体が、ビクビクと壊れたように痙攣する。
半開きになった艶やかな唇からは、大量の涎とともに真っ赤な舌がトロリとこぼれた。
「あひゅッ・・・!! ひぎゅうッ・・・!! ふぇあッ・・・ひああァッ・・・!!!」
ギギギギッッ・・・ギイイイッッ――――ッッ!!!
奇怪な虫のような鳴き声が、サトミの下腹部で響いた。
子宮と一体化した『エデン』が、悲鳴をあげている。痛烈すぎる快楽に、くノ一少女の肉体が
崩壊しかけていた。
高層ビル群に愛蜜のスコールを降らせた紫の守護天使は、股間を両手で抑えたまま、立ち
尽くした。
「このまま、精根搾り尽くして息の根を止めるのも、悪くはないのだがな」
胸のエナジー・クリスタルが、光の点滅を早めていた。
ふたつのクリスタルが、ともに限界が近いのは明らかだった。このまま強制的にイカせ続けて
も、体力を枯らしたサトミを絶命させるのは簡単なことだろう。
しかし、もとより凶魔ゲドゥーの目的は、そんなところにはない。
「お前の『エデン』を頂くぞ、サトミ。その後で、始末する」
ピンクの発光をやめた右手が、ゆっくりと聖天使の股間に伸びてゆく。
絶望。恐怖。絶頂。様々な感情を混ぜ合わせた瞳で、震えるサトミはゲドゥーの右手の行方
を見詰めた。
“・・・お・・・わる・・・。命を・・・捨てて、も・・・・・・私は、勝てなかっ・・・た・・・。惨めに・・・喘が
さ・・・れ・・・・・・最期・・・の・・・とき・・・を・・・・・・”
「・・・・・・・・・サ・・・・・・ト・・・・・・」
か細く、そして可憐な声が、暗黒に飲まれかけたサトミの意識を呼び戻した。
「・・・・・・サト・・・ミ・・・さ・・・・・・ん・・・・・・」
「ッッ!!? ・・・ユリ・・・アッ!!!」
「そんなに驚くこともあるまい。死なせてしまっては、『エデン』を抜き出すのが困難になる。当
然、力を加減して生かしておいた」
ふたつに縛ったおさげ髪の天使が、残った右眼に光を灯していた。
ブルブルと、全身を震わせている。
ほとんど崩壊してしまった肉体を、ユリアは懸命に動かそうとしていた。
「ユリアッ・・・!! もう、やめて・・・逃げてェッ!!! あなた・・・だけでもッ!!」
「・・・サト、ミ・・・・・・さん・・・・・・」
眼前で繰り広げられる、ふたりのファントムガールの会話を、ゲドゥーは邪魔しなかった。
必死に紡ぎ出される言葉たちが、絶妙のスパイスになることを、稀代の暗殺者は知ってい
る。「死」の運命に抗おうとする少女たちの声を、ゲドゥー自身が堪能していた。
「あなたの・・・言う通り・・・だった。・・・私の命くらいでは・・・・・・この男を、倒せないッ・・・!!
・・・せめて・・・ユリアッ、あなたの命はッ!!」
「・・・・・・生きて・・・ください・・・」
「ユリアッ!! 生きるのは・・・あなたの方よッ!!」
「・・・生きて、ください・・・サトミ・・・さん・・・。サトミさんは・・・みんなの・・・希望・・・」
失った左眼から、とめどなく鮮血がユリアの頬を流れた。
まるで、泣いているかのように。
「・・・死んでは・・・ダメ、です・・・・・・サトミさんッ・・・!! 最後、まで・・・生き延び・・・て・・・」
「生きるのはッ・・・あなたよッ!! 私があなたをッ・・・死なせないッ!!」
ドクンッッ!!!
心臓が大きく高鳴る音を、サトミは聞いた。
感じる。力を。
もはや枯れ果てたはずの力が・・・搾り尽くしたはずの力が、湧いてくるのを感じる。
「・・・・・・サトミさん・・・ッ・・・!!」
静かに。
しかし力強く、ユリアの右手が握られるのを、サトミは見た。
なぜ、今まで・・・気付かなかったのだろう。
サトミもユリアも、死を覚悟してゲドゥーとの闘いに挑んだ。
それは、鮮烈で美しい決意だったのかもしれない。誰もが真似できるわけではない、鮮やか
な闘いだったかもしれない。
だが・・・『エデン』は、寄生する生物の精神状態に、大きく力を左右される宇宙兵器だ。
「死」の覚悟よりも、「生きよう」とする意志の方が、強いのは当然のことであった。
ましてや、仲間を。
大切な存在を、「守りたい」と願う想いは、守護天使たちにとってはなによりも強い感情――
―。
「・・・私、は・・・・・・皆さんと・・・一緒に・・・温泉に行きたい・・・です・・・・・・ッ!!!」
「・・・そうよ、ユリア・・・私たちは・・・全員でッ、この闘いを生き延びるのッ!!!」
力が、沸き起こる。
ふたりのファントムガールに、奇跡のような光が溢れた。生き抜こうとする意志の力が、聖な
る少女戦士たちに最後のエネルギーを授ける。
「面白いッ・・・だからお前たちファントムガールは、素晴らしいッ!!」
濃紺のひとつ眼が、歓喜に笑ったように見えた。
“最凶の右手”が握られる。わずかなエネルギーを取り戻しても、守護天使たちが絶体絶命
の窮地にあることに変わりはない。
“光のエネルギーで・・・武器を造りだす時間はないッ・・・!!”
ゲドゥーに捕獲されたままのサトミに、逆襲の手段はなかった。
光を集束させて武器を作る間に、ゲドゥーの右手はエナジー・クリスタルを砕くだろう。あるい
は、心臓を抉り出されるかもしれない。
拘束から逃れたくても、ダメージを与えるための武器は・・・
「・・・あったわッ!!」
令嬢戦士の瞳に、足元に落ちた、白いリボンの一端が映った。
先程、ゲドゥーに容易く弾き飛ばされた、ファントム・リボン。
破れかぶれで放った光の帯が、神のご加護のごとく、周囲に円を描いて落ちている。
「ファントムッ・リボンッ!!」
ひとつ眼凶魔の身体ごと、白い光の帯が、螺旋状にサトミの肢体に巻きついていく。
幾重にも巻きつき、ゲドゥーともどもサトミの身体を締め上げるリボン。
凶魔と密着しても、構うことなく美女神は締め付けの力をあげていく。
「己の肉体ごと巻き込むか・・・確かに意表を突かれたが、だからといって」
「キャプチャー・エンドッ!!」
聖なる光のエネルギーを、絡みついた白い帯に流し込む。
光の奔流が、ゲドゥー、そしてサトミの全身を焼いていく。ありったけのエネルギーを、サトミ
はファントム・リボンに放出した。
「ぐううッ!! ぬおオオッ・・・!!」
「聖なる光は・・・闇のあなたを、より焼き焦がすわッ!! 決してあなたと、心中する策じゃない
ッ!!」
ジュウジュウと、凶魔の白いプロテクターと、漆黒の網で編んだような肉体が煙をあげる。
並のミュータントならば、一撃で葬ることができる必殺技・・・キャプチャー・エンドは、凶魔ゲド
ゥーにも確かに効いた。
「捨て身の攻撃と思わせ・・・冷静に勝機を見据えていたか。さすがだ、サトミッ!! だがッ!」
“最凶の右手”に力がこもる。と見えた瞬間だった。
ビリビリと、白い光のリボンが引き裂かれる。内側から。ゲドゥーの、巨大な右手によって。
「うッ・・・!!」
「こんなものでは、オレは倒せん」
「・・・わかっていますッ!!」
黄色の疾風が、ひとつ眼の正面に飛び込んだ。
動きを取り戻した、ファントムガール・ユリア。
武道天使は狙っていた。この一瞬を。一撃を仕掛ける、刹那のタイミングを。
想気流柔術の全てを跳ね返されたユリアにとって、ゲドゥーに仕向ける技は、ひとつしかなか
った。
「これが・・・ファントムガール・ユリア、最後の技です・・・」
胡桃のような瞳を持つアイドル顔の天使は、真っ向から恐るべき凶魔に突っ込んでいった。
ドボオオオオオオッッ!!!
「ユリッ・・・アァァッ―――ッッ!!?」
ゲドゥーの右腕が、ユリアの腹部を貫いていた。
血の塊が、美少女の唇を割って出る。華奢な背中から、凶魔の白い腕は突き抜けていた。
真っ赤な吐血が、菱形のゲドゥーの頭部に点々とした華を描く。
「ゴブゥッ・・・!! ゴボッ・・・あなた・・・の・・・右腕・・・・・・もらいます・・・」
腹部を打ち抜かれたのは、「わざと」であったとゲドゥーは悟った。
右腕に貫かれたまま、ユリアの肢体が回転する。ゲドゥーの外側。肘関節の、逆側へ。
メキイッ!! ミシミシミシィッ!!
“最凶の右手”が、肘の部分から悲鳴をあげた。
人間の肉は、思っているよりずっと固い。まして肉厚の胴体部分で締め付けられれば、引き
抜くことさえ困難となる。
回転することで、ユリアは己の身体全体を武器に変えた。
ユリアの全体重が、回転力を伴ってゲドゥーの右肘一点に掛かる。運動力学を利用する、こ
れぞ柔術の真骨頂。
これが、ゲドゥーの右腕を奪うための、ユリア最後の秘策であった。
「オレの右腕と引き換えに・・・腹部に穴を開けたか」
肘の骨が軋むなかで、ゲドゥーは静かに呟いた。
「ユリアよ・・・それではオレが、割りに合わんな」
ブチブチブチイイィィッッ!!!
凄惨な、破壊の音色が響いた。
黄色の天使が完全に回転し切るのと同時、ひとつ眼の凶魔は右腕を振り抜いていた。
ファントムガール・ユリアの右脇腹が、根こそぎ裂かれて、抉り取られていた。
「・・・・・・あ゛ッ・・・!!!」
「・・・いい攻撃だったぞ、ユリア」
右手に掴んだ肉の塊・・・黄色の天使の脇腹を、ゲドゥーは投げ捨てる。
右腕を、軽く振る。状態を確認し、異常のないことを確かめる。
身を挺したユリアの技の前に、“最凶の右手”にはわずかな痛みが残るだけであった。
「しかし、お前はオレの右腕を甘く見た」
「・・・ごぽッ・・・あぐァ・・・ゴホオッ!!」
「ッッ!!! ・・・ユ・・・リア・・・ッ!!!」
棒立ちとなり、ドス黒い血塊を噴き出すユリアのエナジー・クリスタルを、ゲドゥーの右手が鷲
掴んだ。
「死をもって、償ってもらうぞ。ファントムガール・ユリア」
「・・・ッッ!!・・・・・・わ、たし・・・は・・・・・・生きッ・・・延び・・・」
半ば意識のないなか、ユリアの両手が、凶魔の右手首に伸びる。
ゲドゥー渾身の暗黒光線が、聖天使の胸の水晶体に撃ち込まれた。
「ファントム・エクゼキューション・・・!!」
漆黒の弩流が、怒涛となってユリアのエナジー・クリスタルに注がれる。
「きゃあああああアアアアァァッ――――ッッッ!!!!」
その瞬間、ユリアの四肢は、ゴム人形に大量の水が注入されたかのようにピンと大の字に張
った。
ファントム破壊光線の、数倍。処刑執行するための、暗黒光線。
ビクビクと四肢を伸ばして痙攣するユリア。失った指から、千切り取られた脇腹から、無数の
傷跡から・・・漆黒の光線が噴き出す。
ファントムガール・ユリアの全身が、ゲドゥーの闇光線に染め抜かれた。
「やッ、やめてえええェェッ――ッ!!!」
手元に残ったリボンの切れ端を、サトミが必死に投げつける。
凶魔に届くまでもなく、闇の波動を受けて、光の帯はバラバラと消滅した。
ファントムガールのリーダーに、ユリア処刑の執行を、阻止する力はなかった。
ゲドゥーの右手が、胸のクリスタルから離れる。
ゆっくりと、拳を握った“最凶の右手”が引かれていく。
束の間訪れた安息の時間に、おさげ髪の武道天使は、最後の言葉を呟いた。
「・・・・・・サッ・・・トッ・・・・・・・ゴプッ!! ・・・みな・・・さん・・・・・・・・・ッッ・・・!!!」
「いやあああああアアァッ―――ッッ!!!! ユリアァァッ〜〜〜〜ッッッ!!!!」
ズボオオオオオオオオッッッ!!!!
ゲドゥーの右手が、ユリアの左胸を貫いた。
少女の背中から突き抜ける右腕。
深紅の鮮血に濡れた“最凶の右手”は、ビクビクと蠢く心臓を握っていた。
「ッッッ!!!!」
ぐしゃあああああッ・・・!!!
凶魔の右手がひと息に、ユリアの心臓を握り潰す。
破裂の音色とともに、鮮血が四方に飛び散った。
「・・・ぶじゅうッッ!!!」
人形のように愛くるしい少女戦士の口から、真っ黒な液体が噴き出した。
ゲドゥーの右腕が、ユリアの左胸から引き抜かれる。
あらゆる光を失ったスレンダーな少女の肢体が、ゆっくりと大地に沈んでいった。
「ッッ〜〜〜ッッ!!! ・・・・・・ユ・・・リ・・・・・・?・・・・・・」
消えていく。
ファントムガール・ユリアの肉体が、銀と黄色の武道天使が、光の粒子となって消えていく。
自ら流した鮮血の海に、華奢な少女戦士の身体は消えていった。
残った血溜まりのなか、その中心に、仰向けになったひとりの少女が横たわっていた。
白い制服に身を包んだその女子高生は、ユリアそっくりの姿をしていた。
胡桃のような瞳も。人形のような容貌も。襟足でふたつに縛ったおさげ髪も。スレンダーなモ
デル体型も。
変身が解けた西条ユリの左胸には巨大な穴が開き、右の脇腹は抉り取られていた。
空洞となった左胸に、心臓はなかった。
失われた左眼には黒い眼窩が覗き、虚ろな右の瞳には、なんの光も映ってはいなかった。
「・・・・・・ユ・・・リ・・・ィィッッ〜〜〜〜ッッ!!!!」
西条ユリは、死んでいた。
武道家の血を継ぎ、闘う運命にその身を捧げた内気な少女は、敗北の果てにその若き命を
散らせた。
無惨に変わり果てながら、一輪の水仙のごとく咲き誇るユリの愛くるしさは、寸分も失っては
いなかった。
引き裂くようなサトミの絶叫が、首都のビル群を震わせた。
5、
皇居前の広場にて、魔人メフェレスは座りこんだままだった。
三日月のごとき目口をした黄金のマスクは砕け、素顔が露わになっている。般若にも似た、
歪んだ表情。怨讐に凝り固まった青銅色の顔は、とめどない雫で濡れ光っている。
完膚なき敗北、であった。
表情が硬直するまでに、ファントムガールへの憎悪と怨恨を積もらせたのに・・・メフェレスは
敗れた。自らが心底から認めねばならぬほど、守護天使により心折られた。
それも敗れた相手は、かつては己が「飼っていた」少女だ。
ファントムガールのなかで、最弱と位置づけられている桃色の戦士、サクラ。恋人というポジ
ションを授け、手駒のひとつとして利用するはずだった少女に、悪の首魁は頭を垂れる結果と なった。
屈辱―――。
憤怒―――。
怨嗟―――。
あと一歩で新時代の王となるはずだった男の胸には、負の感情が渦巻いている。
だが、「サクラには敵わない」という敗北の意識は、まとめてそれらを圧していた。
“ムリだ・・・桃子には・・・ファントムガール・サクラには・・・勝てぬ・・・・・・。逆襲しようなどと・・・
企むことすら愚の骨頂・・・・・・”
メフェレスの手元の地面には、青銅の剣が転がっていた。
言わずと知れた、魔人の愛刀。しかし、今となっては、それを握ろうとする気力すら起きない。
“サクラが念じるだけで、オレは死ぬ・・・・・・。そして、ただ突っ立っているように見えても、この
女はオレへの注意を逸らさない・・・・・・。どう考えても・・・ムリなのだ・・・”
桃色の髪と模様を持つ女神。誰もが認める可憐なルックスの美乙女は、メフェレスの傍らに
佇んでいた。
じっと黙ったまま、魔人を見下ろしている。
その青い瞳には、憐憫や悲哀の色も・・・あるかもしれない。だが同時に、いつでも“その気”
になる覚悟を秘めている。
落ちぶれたかつての恋人を見詰めつつ、サクラはもはや、ただの優しき少女ではなかった。
メフェレスの心臓を潰すのに、容赦することはないだろう。
“・・・サクラの意識が乱れることなど・・・有り得まい。よほどの事態が、起こらぬ限りは・・・”
「・・・・・・オレは貴様に・・・敵わぬのだ・・・・・・」
呻くような魔人の呟きに、エスパー天使は言葉を返さなかった。
「・・・なぜ・・・トドメを刺さん・・・?・・・」
「・・・・・・もう、決着は・・・ついてるでしょ」
「旧政府の連中に・・・引き渡すつもりか?」
「・・・あとは・・・御庭番衆のひとたちに、任せるわ。・・・安藤さんたちにあなたを渡して・・・あた
しとは、これでさよならだよ」
この国を転覆寸前まで追い詰めたメフェレスを、裏世界から守り続けてきた御庭番衆が、許
すはずはないだろう。
いや、あるいは貴重な『エデン』保有者として、実験モルモットにされるのかもしれぬ。
または、解剖されて隅々まで調べ尽くされるか・・・
“・・・クズどもの頂点に立つはずのオレが・・・・・・ネズミ同様に成り下がるか・・・”
般若の顔に刻まれた皺が、一層深くなった。
それでもメフェレスに、なにもできることはなかった。
眼前の青銅剣を握ることは、即ち死―――。
「ッッ・・・!!?」
はじめに反応したのは、ファントムガール・サクラだった。
超能力少女に遅れること、数瞬。メフェレスの五体にも、その感覚は飛び込んできた。
「こ、これはッ・・・? う、ウソだよ・・・そ、そんなことがァ!」
「ヌウウッ!? ・・・この・・・この感覚はッ!!」
消えた。大きな、光のエネルギーが。
間違いなかった。聖なる力の塊が、忽然と消滅したのがわかる。新橋方面。ファントムガー
ル・サトミとユリアが、凶魔ゲドゥーとの決戦に挑んでいるところ。
メフェレス以上に、エスパー天使は詳細ななにかを、感じ取っているに違いなかった。
「ユリアァッ・・・!! ユリちゃんがァッ!! そんなァッ!! そんなウソだよォッ!!!」
サクラの絶叫の半ば以上が、メフェレスの耳にはもはや届いていなかった。
すでにその手は、青銅の魔剣を掴んでいる。
神よ。いいや、悪魔よ。
やはりそうだ。ひとは生まれたときから、全てが決まっているのだ。頂点に君臨する者と、地
面に跪く者。支配するべき者と、平伏するクズども―――。
感謝するぞ。「あるべき姿」に戻してくれたことを。
乱れるはずないメスブタの意識を・・・乱してくれたことを。
「ギャハアッ・・・!! ヒャハハハハハハアアッッ!!! ヒャッハッハッハアアアァッ〜〜
ッ!!!」
ドシュウウウウウウッッ!!!
血風が、舞った。
「そろそろ、別れの挨拶は済んだか?」
ファントムガール・サトミの背中に、ひとつ眼凶魔の声が飛ぶ。
慟哭は、ようやく止んでいた。四つん這いの守護天使は、いまだ小刻みに身を震わせてい
る。
巨大な女神の身体の下には、ひっそりと、ひとりの女子高生が遺体となって転がっていた。
左眼と脇腹、そして心臓を抉り取られた西条ユリの亡骸は、それでも穏やかな表情を浮かべ
ているように見えた。
白い制服に身を包んだスレンダーな少女は、名前の通りに百合の花のようだった。
彼女自身が、手向けられた花かのようで。
「『エデン』を抜き取るつもりが、勢い余って殺してしまった。ある意味で、オレはユリアに負けた
のかもしれん」
感情の見えぬゲドゥーの台詞を、震えながらサトミは聞く。
眼の前で、ファントムガール・ユリアを処刑されるのは、これで二度目だった。
二回とも、サトミを庇い、サトミを守り、ユリアは散った。
仲間たちの死と、これまでに何度もサトミは向かい合ってきた。突き刺さる悲痛に耐えてき
た。押し潰されそうな無力感に抗ってきた。ましてユリアは、守護天使たちのなかで、もっとも死 を覚悟していた少女であるとわかっている。
それでも、女子高生の姿に戻った西条ユリの死は・・・あまりに無惨だった。
「思わずオレを本気にさせるほど、よい攻撃だった。褒めてやるぞ、ファントムガール・ユリア」
じり、と凶魔の脚が一歩を踏み出す。
大地に突っ伏していたサトミの身体が、ひと息に跳ね起き、飛び掛かった。
「うおおおッ・・・!! オオオオオッ―――ッッ!!!」
月のような美少女が、吼えた。
激情を、力に変えて。麗しき肢体が、銀色に輝く。
「ふざッ・・・けるなァァッッ!! よい攻撃とかッッ!! 褒めてやるとかッッ!! ふざけるんじ
ゃあッ・・・ないわッ!!!」
作戦などない。怒りと哀しみに任せた、特攻。
令嬢戦士の魂からの叫びを、冷酷な凶魔の呟きが迎えた。
「失望させる」
風を切り裂く、音がした。
その瞬間、空中から襲い掛かった女神の肢体は、糸の切れた人形のように、ぐしゃりと崩れ
落ちた。
「ァッッ!!? ・・・ッッ!!!」
「武の達人にも見極められぬ、オレの右ジャブ。ユリアに捉えられぬ拳が、お前に見えることは
あるまい」
スピードを極限まで高めた、“最凶の右手”の一撃。
尖った顎を跳ね上げられ、サトミの脳はシェイクされた。歪む景色のなか、気付けば美戦士
は、大地に座り込んでいる。
どれほどの感情に貫かれていようと、サトミは立てなかった。技を駆使した凶魔の一発の前
に、滑稽なまでに動きを封じられた。
格闘技の試合ならば、完全なるノックアウト負けであった。
「アガアアッ・・・!! ぐ、ううゥ・・・うああッ・・・!!」
「ユリアを殺されたことで、限界を越えた力でも発揮するかと思ったが・・・その程度か。いや、
すでに限界などとっくに越えている、というべきか」
ゲドゥーの右アッパーが、銀色の女神の顎を再び捉える。
しゃがんでいたサトミの肢体が、一気に天に打ち上げられた。
美少女の顎が粉砕され、真っ赤な雨が新橋の街に降る。ギュルギュルと空中を錐揉みした
肢体は、どしゃあっ、とうつ伏せに大地に落ちた。
「はぐうゥッ!!! ・・・かはァッ!! ・・・ガアア・ア・アッ・・・!!!」
「こうしていまだ動いているだけで奇跡、なのだろうな。これ以上は、望むべくもないようだ」
“最凶の右手”が金色がかったストレートヘアーを鷲掴む。
アスファルトの大地へと、令嬢の美貌を何度も何度も叩きつけていく。サトミに逃れる術はな
かった。ゴツ、ガツと、鈍い音色が響き渡る。
額から鮮血が噴き出し、サトミの顔面と地面とが、見る見る紅に染まった。
「うグゥッ!! ・・・アッ!! ・・・ひィぐッ!! ・・・アアアッ――ッ!!!」
「クリスタルは消えかかり、下腹部の『エデン』は悲鳴をあげる。どこをとっても、お前は瀕死だ」
髪を手離したゲドゥーは、地に這うサトミを冷たく見下ろした。
右脚を振り上げる。狙いは、守護天使の左の脇腹。
一気にアバラを踏み抜くと、枯れ枝の折れるような音が連続してこだました。
バキバキバキィッ!!! ベギイィッ!! ボギイィッ!!
「グアアアアアッッ――――ッッ!!! ・・・ごぼオッ!!!」
「今度は失敗はしない。お前が息絶える前に、『エデン』は引き抜く。それまでは、ファントムガ
ール・サトミという最高の食材を堪能させてもらうぞ」
ドス黒い血塊を吐く女神を、白き凶魔は仰向けに蹴り転がす。
右手にピンクの淫光を宿らせるや、容赦なく下腹部のクリスタル・・・体表に浮き出た『エデン』
そのものを握り掴む。悦楽の魔光を注入していく。
「ふはあアアァッ!!? ぅハアぐううぅッ―――ッッ!!! あはあああアアッッ〜〜〜ッ
ッ!!!! やめへェッ!!! ひゃめへェッ!!! いやああああッッ―――ッ!!!!」
「やはり、まだ愛蜜が搾り取れるようだな。サトミよ、守護天使などという幻影ごと、消し飛ぶが
いい。人々を救うファントムガールなど、幻に過ぎないのだ。お前は弱く、脆く、醜い」
ぶしゅうッ!! ぷしゅッ・・・ぶじゅるッ!! ふしゅしゅしゅッ・・・
開いた股間の裂け目から、半透明の飛沫が噴き出す。
残りわずかな生命力ごと愛液を放出し、サトミの全身は小刻みに痙攣した。下腹部のクリス
タルが、発狂しそうな悲鳴で泣き喚く。
ヒクヒクと震える舌が、トロリとこぼれ出る。瞳の青色を点滅させるサトミに、もはや正常な思
考ができているのかも定かではなかった。
「えふうゥッ!!! ふああッ・・・んハアッ―――ッッ!!! ・・・ひゃがァッ・・・もう・・・・・・やめ
ェッ・・・た・・・すけ・・・・・・」
「死なない程度に痛めつけるというのも、難しいものだ」
下腹部のクリスタルを離した“最凶の右手”が拳を握る。
大の字になってヒクつくサトミの鳩尾に、剛撃が垂直に振り落とされた。
ドッパアアアンンッッ!!!
「ゴボオオオオッッ―――ッッ!!!!」
美麗女神の口と股間から、真っ赤な飛沫が飛び散った。
手首まで埋まったゲドゥーの右拳の下で、内臓のどれかが破裂したようだった。
「次は心臓」
ドボオオオオオッッ!!!
「んんがあああアアアッッ――――ッッ!!!! あぎゅうゥッ!!! ぎゃハアッッ!!!」
「そしてエナジー・クリスタル」
ガッキイイイイッッ!!!
「アギィッ!!? キャアアアアアッッ〜〜〜ッッ!!!! ウアアアァァッ―――ッッ!!!!」
三度サトミの股間から、飛沫が噴き出す。
愛蜜でもなく、鮮血でもなかった。今度噴き出したのは、黄金色の聖水。
幽玄の美少女戦士が、血と愛汁と小便の池に浸っていく。汚濁のなかで悶絶するサトミにで
きるのは、泣き叫ぶことのみだった。
“・・・・・・死・・・ぬ・・・・・・”
ユリアの死による怒りも。哀しみも。壮絶すぎる苦痛と快楽に、全て呑みこまれていく。
怒涛となって押し寄せる、極限の苦しみと圧倒的な死の実感。
サトミの心を奮い立たせるなにかは、ゲドゥーの暴威の前に崩れ落ちていった。
“ユリ・・・ちゃんの・・・・・・仇・・・どころか・・・・・・私、は・・・・・・もう・・・・・・”
「・・・・・・ゆ・・・る・・・し・・・・・・て・・・・・・も・・・う・・・・・・殺し・・・・・・て・・・・・・」
金色のストレートヘアーを左手ひとつで掴まれ、空中に吊り上げられたサトミの口から、夢遊
病者のごとき呟きが漏れる。
ボトボトと、あらゆる体液が銀の肢体を伝って落ちていた。
四肢をだらりと垂らし、力無く揺れる女神の姿は、首都の闇夜に、絞首刑に処された罪人の
ごとく浮かび上がった。
天空に輝いていた満月は、いつの間にか、厚い暗雲に閉ざされている。
「どうやら、終末の時が来たようだ」
ひとつ眼の凶魔が、ゆっくりと“最凶の右手”を伸ばす。サトミの、股間へと。
身も心も、守護天使の全てを破壊したことを、ゲドゥーは悟っていた。サトミに闘う力は残って
おらず、サトミを救う者も存在しない。
あとはただ、『エデン』を奪い・・・トドメを刺すのみだった。
「さらばだ、ファントムガール・サトミ。お前が復活することは・・・二度とあるまい」
ゲドゥーの右手が、女神の股間・・・くっきりと形を現した、陰唇に触れる。
その、瞬間だった。
ギュオオオオオッッ・・・!!!
「・・・なんだとッ・・・!?」
突如、光の粒子が、渦を描いて大地より湧き上がった。
凝縮され、人型をとっていく眩き光たち。その光景は、すでに何度もゲドゥーが見たことのあ
るものだった。
「バカな。有り得ん・・・有り得るわけがないッ!!」
感情の起伏を見せぬ凶魔が、あからさまな動揺を示す。
無理もなかった。眩き光の結集は・・・守護天使光臨のサイン。
だがしかし、新たな『エデン』もない今、更なるファントムガールが生まれるはずがないのだ。
「・・・まさ・・・か・・・ッ・・・!?」
驚愕に眼をみはるサトミの前で、今はっきりと、銀色の女神がその姿を地上に現す。
スレンダーな肢体に走る黄色の紋様と、緑色の髪。
モデルのような体型の上に乗った顔は、あどけなさを残したロリータフェイス。胡桃のような丸
い瞳が、愛くるしさを助長している。
「そんなッ・・・はずがないッ!! お前は確かにこの手で殺したはずだッ・・・ファントムガール・
ユリアッ!!」
掌を開き、ゆるやかに構えた少女戦士に、ゲドゥーは咆哮した。
その無駄のない、流れるような構えは・・・紛れもなく、想気流柔術のもの。
「・・・ちが・・・うッ・・・!! ユリアじゃ・・・ないわ・・・・・・ッ!!」
西条ユリは確かに絶命した。生き返るはずがないことを、サトミはよくわかっている。
ユリアと瓜二つの戦士。そして、操る武術もまるで同じ。
ただひとつ、セミロングの髪型だけが異なる、その少女の名は―――。
「エリちゃん・・・あなた、が・・・・・・妹の跡を継ぐというのッ!?」
「私の名は・・・エリス。・・・ファントムガール・エリス・・・」
西条ユリの双子の姉、エリ。
妹と寸分違わぬ容姿と、ほぼ同等の実力を持つ少女は、ひとつ眼の凶魔を鋭く見詰めた。
「ユリの無念は・・・私が、晴らしますッ・・・!!」
スレンダーな銀の肢体に、黄色の紋様。セミロングの緑の髪。
人形のように可憐な容貌を持ちながら、凛として構える新たな戦士、ファントムガール・エリ
ス。
儚く散ったユリアと瓜二つの守護天使を、ひとりの男が距離を置いたビル影から見守ってい
た。
「お前が黒幕だったのか。勇樹よ」
背後から掛けられた声に、隻腕の自衛隊員は、飛燕の速度で振り返った。
「ッ!! 玄道さま・・・」
「エリス・・・西条ユリの姉、エリをこの厳戒下の東京に連れてくるには、何者かの協力が必要だ
と思ってはおったのだ。うぬならば、検問を突破できるのも納得ぞ」
気配もなく忍び寄った者の正体を知り、坂本勇樹一尉の表情は固まったままだった。
現御庭番衆当主・五十嵐玄道の存在は、かつて片腕と呼ばれた青年にとっても、いつまで経
っても緊張の取れることはない相手だった。
だがこの場合、威圧感以上に、袂を分かった後ろめたさが、坂本の脳裏を支配している。
「・・・いえ。彼女を首都圏まで運んだのは、有栖川邦彦博士です。この地についてからの世話
を、オレはやっていただけで」
「霧澤夕子の父親か。なるほど、政府要人とも繋がりの深い彼ならば、ユリアに双子の姉がい
ることを知っていても、不思議ではない」
「・・・有栖川博士の名誉のため、申し上げますが・・・万が一に備え、この戦場に西条エリが脚
を踏み入れたのは、博士の案ではありません」
「西条エリ自身が、上京することを望んだか?」
「はい。ふたりが知り合ったのは、西条エリからのアプローチだったようです」
青年の秀麗な眉に、沈痛の翳が一瞬挿した。
「彼女は、早くから妹の死を覚悟していたようです。・・・そして、来るべきときに備え、自分がフ
ァントムガールとなる覚悟も」
「そうか」
左眼を失った忍び装束の老人は、ただ短く答えた。
「オレが彼女をサポートできるのも、ここまでです。有栖川博士が念願としていた、ファントムガ
ール・アリスの復活も手助けすることができた。これで・・・思い残すことなく、玄道さまの元へも ど・・・」
「勇樹よ。貴様が我と再び、行動をともにすることは許さん」
突き刺さる言葉に、青年の表情が引き攣った。
「うぬが別行動を取ったのは、我を嫌うが故の行為でないことはわかっておる。うぬには、成す
べきことがあった。立派に成し遂げた今、うぬのことを我は讃えたい気分でいっぱいだ」
「そ、それではなぜッ・・・!?」
「うぬは御庭番衆のこれからを支える身ぞ。汚れ仕事は・・・去りゆく老いぼれがすべきことよ」
五十嵐玄道の背後に、黒装束の部隊が闇のなかで浮き上がった。
ざっと、十数人。これが今、御庭番衆頭領の直属として、暗躍するチームなのだろう。
「・・・そいつはッ・・・」
「彼の者には、聴くべきことも、利用価値も山ほどある」
部隊の中心。簡易な担架に乗せられた人影に、坂本は視線を飛ばした。
変身が解け、昏睡状態にある、片倉響子。
鮮血にまみれ、明らかにそれとわかる重傷でありながら、女教師の全身は漆黒の鎖で縛り
上げられていた。
「影として存在する我らは、本来ならば意志を持つことは許されぬ。だが、今この時・・・法を犯
し、規律を無視してでも、この国を守るために消さねばならぬ諸悪がある」
実質、無政府状態にある現在は、御庭番衆の意志は玄道ひとりが決めていると言えた。
彼は、彼のなかの正義で、この争乱に決着をつけるつもりであった。
「反逆のテロリスト・メフェレス。死に餓えた殺人鬼・ゲドゥー。そして・・・人類の未来を脅かすシ
ュラ・ガオウ。この3体だけは、確実にこの世界から滅さねばならぬ。我が魂が、穢れようとも」
満月が暗雲に閉ざされた闇夜のなかで、隻眼が光を放った。
「ユリアの・・・双子の姉か。ギャンジョーのヤツは始末したかのように言っていたが、生きてい
たのだな」
新橋。崩壊した高層ビル群の瓦礫のなか、リングのように開けた決戦の地――。
真相を悟ったゲドゥーの声は、落ち着きを取り戻していた。
その左手は、依然として脱力したファントムガール・サトミを吊り上げている。髪を鷲掴みにさ
れた瀕死の令嬢からは、ボトボトとさまざまな体液が滴り落ちた。
「どうりでよく似ているわけだ。ユリアの身体から『エデン』を引き抜かなかったミスが、このよう
に跳ね返ってくるとは。西条ユリは死すとも、なかの宇宙生物は新たな宿主を求めていたか」
むしろ自戒より、喜悦の響きが声にはあった。
当然と言えるかもしれない。ゲドゥーの狙いは、ファントムガールを絶滅させることではなく、
より多くの守護天使を狩ることにあるのだから。
『エデン』を奪えなくても、勝手に向こうから新たな獲物がやってくるなら・・・手間が省けるだけ
のことだ。
「・・・エリ・・・ちゃんッ・・・!! エリスッ・・・だ・・・めッ・・・逃げッ・・・てェッ!!」
「面白い。あのユリアの姉というならば、お前もそれなりに“やる”のだろう? ファントムガー
ル・エリス」
ゲドゥーのスピードならば、エリスが仕掛けてくるより先に、サトミを始末することはできた。命
を絶つもよし、『エデン』を奪うもよし。
だが、敢えて凶魔は、己の腕にある守護天使のリーダーにトドメを刺さなかった。
身構えるエリスに向かって、血塗れた女神を投げつける。
「なッ・・・!?」
モノ同然に宙を舞ったサトミを、スレンダーな新戦士は懸命に両腕で抱きとめた。
「これからオレは、サトミを殺しにそこへいく。お前に阻止できるか、エリス?」
悠然とした足取りで、ひとつ眼凶魔が踏み出す。真っ直ぐに、黄色の少女戦士に迫っていく。
サトミを傍らに寝かせ、エリスは再度、構えを取った。
「なんて・・・ひとなのッ・・・!!」
屈辱と怒り、そしてわずかな恐怖が、エリスの身に沸いていた。
人質を取る、という作戦など、ゲドゥーは選ばなかった。もっともエリスが闘わずにいられぬ状
況を熟知し、追い込んでいる。
その根底にあるのは、ファントムガールなどいつでも葬れるという、絶対の自信。
「エリッ・・スッ・・・!! ダメェッ・・・ゲドゥーと・・・闘ってはッ・・・!!」
「サトミさん・・・正直に、言います。・・・私は・・・あのひとが、憎いです。ユリアを手に掛けた・・・
あの男が」
「ダメッ・・・ダメ、よッ・・・!! せめてッ・・・せめて、あなただけでもッ!!」
「妹は・・・こうなることを、わかっていました。私も・・・とっくに覚悟は決めていました。・・・で
も・・・だからといって、あの子の死を・・・割り切れるわけがありませんッ!!」
絶叫とともに、エリスの両手で白光が爆発する。
あどけなさを残した武道天使の腕には、その可憐さとは裏腹な、勇壮なまでの光の薙刀が握
られていた。
「はあああっ――っ!!」
サトミの制止を振り切り、黄色の守護天使が駆ける。
真正面から、白き凶魔に向かっていく。
「なるほど。いいセンスをしている」
静かにゲドゥーが褒め言葉を呟いたのは、薙刀という武具を最初からセレクトしたことにあっ
た。
想気流柔術の使い手としては、武器よりも素手での闘いの方が得意であろう。しかし、彼女
たちの技術は、ことゲドゥーに対しては通用しない。ユリアの散り様を見れば、明白だ。
容赦なく殺傷力の高い道具を利用するのは、武道天使にとってベストな選択であるのは、間
違いなかった。
流れるように、舞う剣撃。煌く薙刀の穂先が、続けざまに凶魔を襲う。
ゆったりとした進撃が一転。光の剣撃を避け、ゲドゥーの脚が素早く退がる。薙刀の射程距
離外へと、後方に跳び続ける。
「これは驚いた。太刀筋の見事さは、ユリアとほとんど遜色ないな。それどころか・・・お前の刃
には、躊躇いがない」
「エリスッ・・・!!」
予想外の攻勢に、サトミは思い出していた。
そうだ、確かにエリとユリは・・・その実力に大きな差はない。ふたりと稽古した里美は、経験
からその事実を肌感覚で理解している。
だがひとつ、姉が天才である妹に、確実に勝っている部分があった。
「お前からは、オレたちに近いニオイを感じるぞ。ユリアには、絶対になかったものだ」
「・・・当然です・・・。心優しいユリアと違い・・・私は、あなたを本気で倒しにいきます・・・」
ユリアには、姉の許可がなければ本気になれない、弱点があった。
双子姉妹が直接闘えば、軍配は妹にあがる。わずかとはいえ、その技量と器において、エリ
はユリに及ぶことはない。
しかし、ファントムガール・エリスは・・・誰の許しがなくても、全力で闘えた。始めから。命を奪
うことすら、躊躇せずに。
あるいは実戦においては、エリスはユリアよりも、有能な戦士と断ずることができるかもしれ
ない。
「いいぞ、エリス。期待を裏切らぬ、極上の味だ」
大きく踏み込んだエリスの薙刀が、凶魔の首筋を狙う。
闇夜を切り裂く、光の一閃。後方に避けるには、ふたりの距離は接近しすぎた。
「フンッ!!」
“最凶の右手”が唸った。手刀が、薙刀の柄へと――。
乾いた音色が響いて、光の武具は途中から砕け散った。
「ッッ!! ・・・狙い・・・通りですッ!!」
流麗な光刃の軌道が、急激に変わる。円から直線・・・いや、点へと。
柄のみになった薙刀を、エリスは持ち替えていた。ゲドゥーが薙刀を砕くことは、最初からわ
かっている。全ては計算尽くされた動き。
杖術。
その名の通り、一本の棒を使用した技術体系。想気流柔術には、徒手空拳から始まって、
様々な形の格闘技術が戦国の世より伝授されている。関節を極めるのも、刀で切り裂くのも、 それら全てを含めての想気流柔術。薙刀や弓矢などは、その行き着く先の最終技術だ。
本来ならば、素手での鍛錬の次に、習得すべきなのがこの杖術であった。
当然、師範代クラスの西条エリは、その技を身につけている。
ブンッッ!!!
突く。折れた柄の先で、ひとつ眼凶魔の咽喉元を。
斬るでも、薙ぐでも、叩くでもない。もっとも殺傷力の高い『突く』という行為を、迷うことなく選
択できるのが、ファントムガール・エリスの強み――。
ブッシュウウウッッ――ッ!!!
「ガハアッ――ッ!!? ・・・アガァッ!!」
なにかが肉を抉る音色と、悶絶の呻きが重なった。
鮮血が、飛び散る。エリスとゲドゥー、両者の狭間で咲いた真紅の華に、サトミはなにが起き
たか、瞬時に理解できなかった。
「なッ・・・!! エリッ・・・スッ!!」
真っ赤な血を噴き出したのは、スレンダーな黄色の天使の方だった。
薙刀の柄が突き刺さる寸前、止まっていた。逆に、ゲドゥーの右の拳が、エリスの左乳房に
埋まっている。
「確かに、素晴らしい動きだ。しかし、ユリアと遜色ないということは、このオレには絶対に勝て
ない、という意味でもある」
「アアッ・・・うあああッ・・・ゴボオオッ――ッ!! ケホォッ、はァがッ・・・!!」
ただの一発。強烈無比といえど、たった一撃を喰らっただけだというのに。
エリスの全身で、あちこちが裂けて、鮮血を噴き出していた。腹部に脇腹。さらに右の太腿と
背中、ほのかに盛り上がった右の乳房まで。
「やっぱりッ・・・!! ギャンジョーにやられた傷は、治ってなどいなかったのねッ・・・!!」
死力を振り絞り、サトミはボロボロの肉体で立ち上がろうとした。
颯爽と現れたかに見えたエリスだが・・・西条エリは“スカーフェイスのジョー”の襲撃を受け、
地元病院の集中治療室に入っていたのだ。少しは日が経っているとはいえ、重傷の身体が完 治しているはずがない。
五体満足に見えたのは、あくまで仮初めの姿だった。
深刻な一撃を受け、ファントムガール・エリスの“正体”は露呈してしまった。つい数日前まで
生死の境を彷徨っていた肉体で、新たな武道天使は最凶の凶魔と闘わねばならないのだ。
「はぁッ、はぁッ、はぁッ・・・!!」
「どうした? お前の妹は、もっと頑張ったぞ」
柄を持つエリスの手に、力がこもる。構わずゲドゥーの咽喉を、突き刺そうとする。
わずか指一本分ほどの距離を、柄が動くよりも速く、“最凶の右手”の二撃目が撃ち込まれ
た。
薄い、エリスの腹部。開いた穴から鮮血を噴き出す、鳩尾へと。
ズドオオオオオッッ!!!
「ブシュウウッッ!!! ごパアッッ・・・!! があッ・・・あああッ!!!」
ビクビクと震える武道天使の手から、柄だけになった薙刀が、カランと落ちる。
エリスの体内で、いくつかの内臓が破裂したのがわかる。ブシュブシュと噴き出す血で、ゲド
ゥーの右拳は紅に染まった。
「想気流などというお前たちの技は、オレにはまるで通じない。いくら研鑽を重ねようと、お前た
ちがオレに敵うことはない」
「はあッ!! はあッ!! ・・・うああッ・・・うわあああッ―――ッ!!!」
絶望的な、力の差。
ハッキリと、実力の違いを悟りつつも、素手でエリスは挑みかかった。最後にすがるものは、
己の人生を、もっとも捧げた柔術の技。ゲドゥーの関節を捉えんと、しなやかな十本の指を伸 ばす。
ドドドドドドドオオオオッッ!!!!
目に見えない速度の右ジャブが、無数にスレンダーな少女戦士に叩き込まれた。
「エリィィッ・・・スゥッ―――ッ!!!」
「思い出すぞ。脆弱で、未完成な肉体を抉るこの感触・・・ユリアの身体も、このように柔らかく、
薄かった。もっとお前の肉も、楽しませてもらうぞ」
ゆっくりと、凶魔は右腕を引いた。
棒立ちになったエリスの、左胸。心臓の上から、再び剛腕を撃ち込む。
ドギャアアアアアァァッッ!!!!
メリメリと、肉の引き裂く音。
少女の未発達な乳房に、巨大な拳が深々とめりこんだ。
「・・・ごびゅううゥッ!!!」
壊れたオモチャのように。ガクガクと、黄色の天使の肢体が揺れた。
叩き込まれた衝撃は、エリスの体内に留まり続けた。背中から突き抜けなど、しない。身体の
“芯”に向かって、破壊力が押し寄せ続ける・・・
ゴボオオッッ!! ゲボオオッッ!! ブジュゥッ・・・!!
“・・・ッッ・・・壊ッ・・・れェッ・・・!! 肉・・・もッ・・・骨も・・・内臓・・・も・・・ッ・・・!!”
ドス黒い血塊を吐き出し、ヨロヨロと人形のような天使が後ずさる。
胸のエナジー・クリスタルが点滅し、ヴィーン、ヴィーンと警告を発した。たった数分の激突
で、ファントムガール・エリスの身に、死へのカウントダウンが訪れる。
“・・・・・・こ・・・んな・・・・・・これほど、まで・・・の・・・力の差・・・・・・なんて・・・”
エリスは悟っていた。敢えてゲドゥーが、加減していることを。
せっかく捕まえた小鳥が、死なないように。慎重に、慎重に、羽を毟り、肉を切り裂いては遊
んでいる。
「・・・は・・・破邪・・・剛・・・矢ィッ・・・・・・!!」
これしか、なかった。
接近戦では、柔術少女はまるで歯が立たない。屈辱的な事実。
ゲドゥーに通用するとすれば、離れた距離から極大の嚆矢を射ち込むしかない。ありったけ
の光のエネルギーを掻き集めて、両手に弓矢を創っていく。
「ユリアが切り札として使った技を、惜しげもなく放つか。いい選択だ」
「はアッ!! はアッ!! はアッ・・・はあああアアッ――ッ!!!」
裂帛の気合いとともに、轟音が鳴った。
闇を引き裂く光の矢。巨大な、杭のごとき一撃が、螺旋を描いて凶魔に迫る。
それが、ファントムガール・エリスの放てる、最大威力の技であることは、疑いようがなかっ
た。
バチイイイイィィッッッ!!!!
「・・・ッッ・・・!!? ・・・あァッ・・・!!!」
「お前の闘いぶりは素晴らしいが・・・それでもこのオレに、敵うことはない」
エリスが渾身の力で放った極大光矢は、ゲドゥーの“右手”ひとつで受け止められていた。
「技もスピードも、ユリアと遜色ない。むしろ闘志に関しては、妹以上だ。しかし・・・“滅却弩”で
焼き消すことなく、この剛矢を掴み取れるのが、なにより物語っていよう。お前とユリアでは、天 から授けられた才能に差がありすぎる」
「・・・ァ・・・ああァ・・・・・・ッッ!!」
握り掴んだ光の巨大矢を、ぐるりとゲドゥーは回転させた。
180度、反転。
発射したエリスに向かい、光の極大矢を投げつける。
「ユリアが手も足も出なかったこのオレに、お前が勝てる道理はない。お前たちファントムガー
ルに、希望は皆無だ」
唸り飛ぶ剛矢を前に、エリスは呆然と立ち尽くした。
絶望ゆえか。哀しみゆえか。
顔面に迫る光の極大矢を、童顔の聖少女は硬直して見詰める。
「エリスッ―――ッ!!!」
銀と紫の風が、佇む武道天使を横からさらう。
重なって倒れこむ、サトミとエリス。なびく金色がかった長い髪を、光の杭が千切り飛ばして過
ぎていく。
間一髪、サトミの身体が動かなければ、エリスは己が創った武器によって愛らしい顔を失って
いただろう。
光の爆発が、夜の首都を照らし出した。遥か背後で。
ビリビリと、爆風と轟音が皮膚を叩く。衝撃の余波を、聖なる少女たちは地に伏せたまま、浴
びていた。
なにか大きなものが、守護天使たちの心のなかで、散っていくかのようでもあった。
「サトミッ・・・さん・・・ッ!!」
「・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・エリス・・・」
両手の平と膝とを瓦礫の山につけ、四つん這いで伏せるセミロングの聖少女。
その背中を抱きかかえるようにして、サトミは謝罪の言葉を口にした。
「ユリアを・・・ユリちゃんをッ・・・守れなかったッ・・・!! 私のッ、私のせいでッ・・・!!」
「・・・謝らないでください・・・あのコは・・・自分が正しいと思う道を進んで、逝ったんですッ・・・。
サトミさんの口から・・・褒めてやってください・・・」
両肩で息をしながら。鮮血にまみれながら。
コンクリートの土砂に伏せた、ふたりの守護天使は、重なって身を震わせた。
ヴィーン・・・ヴィーン・・・と、命の残量を報せる音色だけが、高層ビル街に流れていく。
静寂が、周囲を包み込もうとしていた。
「私もユリも・・・武道家の娘です。・・・闘いで命を落とす覚悟も・・・できていましたッ・・・こういう
日が来るのも・・・わかっていましたッ・・・でも、でもッ・・・!!」
「わかっているッ・・・わかっているわッ・・・!! だからこそ、なんとしてもユリちゃんを死なせた
くはなかったッ・・・!!」
「妹を失うことが・・・こんなにも、哀しいことだったなんて・・・!!!」
四つん這いになって震えるエリスを、サトミは強く抱き締めた。
涙はなくても、わかる。ふたりのファントムガールが、泣き崩れていることは。
全てが終わろうとしていた。ひとりの少女が犠牲になった。残った守護天使たちは瀕死に陥
っている。恐るべき凶魔は、黙ったまま見下ろすのみ。冷酷すぎる現実が、誰の眼にも明らか になりつつあった・・・。
新橋の街並みが、静まり返っていく。ただ、時折り、少女たちの嗚咽が漏れる。
「そろそろ、いいだろう」
ゆっくりと歩み寄ったゲドゥーが、ボツリと呟いた。
「サトミ。そして、エリス。お前たちがこのオレに勝てないことは、骨の髄から理解できたはず
だ。仲間や妹の仇に、どれほどの怒りや哀しみを込めようが、通用しない。秘術も奥義も切り 札も、絶大な強さの前には無意味だ。お前らファントムガールは・・・負けたのだ」
震える巨大な少女たちから、返事はなかった。
言い返す言葉などないことを、サトミもエリスも思い知らされていた。
「時間がない。1分だけ、考えろ」
変身制限時間の60分まで、刻々と迫っていることをゲドゥーは理解している。
「無謀に挑み続けて、『エデン』をオレの手に奪われるか・・・あるいは、一旦この場は退却し、
日を改めてオレの前に立つか?」
明らかに少女たちの意志を尊重する口調で、ひとつ眼の凶魔は言った。
耳を疑ったサトミが、思わず菱形の頭部を見上げる。
「エリスと闘い、ハッキリ気付いたことがある。やはりお前たちファントムガールは、他に換え難
き、極上の逸品であることをだ。この先、『エデン』を寄生させ新たな獲物を生み出したとして も、お前たちほどの歯応えを感じさせてはくれまい。エリスにしたところで、ユリアより若干落ち るとはいえ、十分な馳走だ。ここで喰らい尽くすには・・・惜しい」
「ッッ!! ・・・なッ・・・」
「見逃してやると言っているのだ、サトミ。逃げろ。そして、傷を癒し、鍛錬を重ねて、再びオレ
に挑んで来い。もっともっと、お前たちの味を堪能させてくれ。なんなら、5人まとめて掛かって きても構わんぞ」
人類の守護者とされたファントムガールにとって、屈辱すぎる提案であった。
だが、サトミはわかっている。ゲドゥーに侮辱の意志などないことを。心底からの希望を、口
にしているだけのことだ。
“ヤリ甲斐”のある相手だけが望みであるゲドゥーからすれば、一見突拍子もない提案も、妥
当なものであった。メフェレスなどと違い、元々白き凶魔には政府転覆などの野心はない。た だ、不屈の精神で歯向かってくる戦女神を屈服させ、その雌肉を喰らえればそれでいいのだ。
守護天使である少女たちにとっても・・・十分に、悪くない条件なのではないか?
守ることは、できるのだ。人々を。
なにも出来ずに殺されるより、ずっと有意義であるのは間違いなかった。ただ、自分と仲間の
少女たちが・・・半永久的に嬲られ続けるだけでいい。勝てぬとわかっているゲドゥーに挑み、 死の寸前まで破壊され、世界中の視線のなかで犯されるだけで・・・
「・・・ダメ・・・です」
サトミの耳元で、エリスは強い口調で言い放った。
「私たちを・・・嬲り飽きたら・・・いずれ他のひとたちが犠牲になります・・・。今ここで逃げた
ら・・・私たちは心の底から・・・ゲドゥーに敗北します・・・」
折れ崩れようとしたサトミの心を、新たにファントムガールとなったばかりの少女が、支えてい
た。
哀しみも、力の差も、エリスの方がより感じているはずなのに、妹を失った姉は強かった。
「・・・エリス」
「ゲドゥーも決して、万全じゃありません・・・これまでの闘いで、確実にダメージはある・・・あの
怪物に勝つには・・・今しかありません・・・」
勝つ?
エリスが、決して復讐心から闘いを望んでいるわけではないことは、サトミもわかっている。
だがしかし・・・まだ勝算があるというのか。あれほど、全てを完封されたエリスに。
ユリアの弔いのため、守護天使になったのではなく、対ゲドゥーへの秘策があって、闘いに身
を投じたというのか。
「“最凶の右手”を、奪います」
サトミにだけ聴こえるように言うと、セミロングの戦士はゆっくりと立ち上がる。
「ッッ!!? ダメよッ・・・!! それでは、ユリアと変わらないッ・・・!!」
「そうです・・・。ゲドゥーに勝つには、それしかありません・・・。私の身を犠牲にして、今度こそ
あの右腕を破壊します・・・。その隙に、サトミさんは・・・ディサピアード・シャワーで、ゲドゥーを 滅ぼしてください」
バカな。
ユリアと同じく、エリスもサトミの一撃に勝負を賭けて、己の身を捨てようというのか。
確かに、理屈は通っている。膨大な聖なる光の奔流を浴びせ続けるディサピアード・シャワー
ならば、闇のオーラで包まれた身体も滅ぼせよう。“最凶の右手”さえ、封じていれば。
実際、ユリアはあと一歩で、右腕を破壊できるところまでいった。その身を差し出すことで、
“最凶の右手”を奪う確率が、グッと高まるのは確かだ。今度こそ、作戦が成功してもおかしく はない。
しかし、失敗すれば、そこに待つのはエリスの死だけだ。
サトミに全てを託し、双子姉妹がともにその命を犠牲にすることが、あっていいのか―――。
「時間だ」
眼の前に立つ凶魔が、低い声で宣告する。全ての終わりを告げる、鐘の音のごとく。
「・・・あくまで、抗い続けて死を選ぶか。それもよかろう」
胡桃のような瞳に浮かぶ、壮烈な決意を看て取り、ゲドゥーの闇が濃度を増す。
愛くるしい武道少女は、睨んでいた。自然、その身に馴染んだ想気流の構えを取る。
「もう・・・やるしかありません・・・」
唇を噛み締め、サトミもまた、鉛のように重い肢体を立ち上がらせた。
できるならば、エリスを押し留めたかった。双子の少女たちをふたりとも、眼の前で死なせる
わけにはいかなかった。だが、武道天使が止まらないことも、その気になったゲドゥーがもう見 逃してはくれないことも、知っている。
「わかっているわ・・・。私は・・・ディサピアード・シャワーを撃つ」
正真正銘、最後の一撃。
もう止められぬのなら。エリスの命を、賭けるしかないのなら。
ファントムガールのリーダーにできることは、全力で必殺光線を放つことだけだった。エリスを
信じて。
奇跡を起こすか? 滅亡を迎えるか?
あとはただ、サトミにできる、ベストを尽くす―――。
「いきますッッッ!!!!」
エリスが叫ぶと同時、サトミの全身が輝く。
左右の親指と人差し指が、三角形を作り出す。眩い光が、デルタゾーンに結集していく。
ディサピアード・シャワーの発射までに必要な時間は、4秒―――。
ドンンンンッッッ!!!
大地を蹴って、真正面からロリータフェイスの天使が跳んだ。
白き凶魔に、襲い掛かる。愚直なまでの、真っ向勝負。右手の3本の指が、嘴のように突き
出され、照準を定める。
狙いは濃紺のひとつ眼。3本指の貫き手による、目潰し。
「愚かな」
ボンッ!! と空気の爆ぜる、音がした。
実際にはそれは、“最凶の右手”がストレートを放った合図。
ズボオオオオオオッッッ!!!
ゲドゥーの放った右拳が、エリスの鳩尾を貫き、背中から突き抜けた。
まるで録画を再生したかのように、ユリアの時とそっくり同じ光景が広がる。
「・・・ッッ・・・ごぷウゥッ!!!」
「ッッ〜〜〜ッ!!! エリィッッ・・・!!!」
“1”
叫びを噛み殺し、サトミは意識を集中する。まだ1秒。たった1秒しか経っていないというの
に、エリスは絶命した妹と、同じ運命を辿ろうとしている。
しかし、令嬢戦士は信じるしかなかった。今すべきは、全力で光の奔流を放つこと。
「その手は通用しないと、ユリアの死から学ばなかったか?」
余裕をもって、的確にゲドゥーは鳩尾を射抜いていた。すぐにエリスが、息絶えないように。
『エデン』を取り出す前に、殺してしまうミスはもう繰り返さない。
右の拳に力をこめる。武道天使の腹部から、引き抜かんと。
ユリア同様、脇腹の肉ごと抉り取るべく右腕を振る・・・
「ッッ――――!!!」
ゲドゥーは見た。可憐なはずの少女の顔が、鬼神の凄味で歪むのを。
「想気流柔術奥義ッ・・・・・・“無撃”ッッ!!!」
力をこめたはずの“最凶の右手”から、あらゆるベクトルが、消えた。
無重力を遊泳するように、全身がコントロールを失う。全ての力が、ふわふわと溶けていく。
「ぐうッッ!!! ヌウウッ・・・これはッ!!」
そう・・・か。
そうだった。サトミの脳裏に、柔術少女たちとの稽古が蘇っていた。
双子姉妹の実力に大差はない。センスの面で、妹ユリに分があるのは確かだった。しかし、
エリの方が得意としている技も、いくつか存在している・・・
そのひとつが、“無撃”。全身を強制脱力させる、非力な弱者のための武。
“2”
「はじめからッ・・・これを狙っていたのかッ!!」
「・・・実力では・・・ぐぶゥッ!! ・・・勝てません・・・・・・ならば・・・この身体と、引き換えにッ・・・
ゴホォッ!! ・・・力を奪うまで・・・・・・」
本来の“無撃”は、相手を掴んで発動させる。だが、ゲドゥーを捉えるのが困難と悟ったエリス
は、己の肉体を貫かせるしか、方法がなかった。
“右手”を引き抜かんと、ゲドゥーは暴れた。
しかし、力をこめればこめるほど、肉体のバランスは崩れ浮遊する。意志とは無関係に、力
の流れは乱れた。
こと、右腕のパワーに関しては、ゲドゥーはガオウすら凌駕する自信があった。だが、この
“無撃”にかかっては・・・
「ダメッ・・・だッ!! いかに渾身の力を込めても、右腕を抜くことができんッ!! オレの“右
手”が、無力化されるッ!!」
恐るべし。
恐るべし、弱者の武術。恐るべし、力無き少女の技。
「逆に力を抜くんだッ!! パワーが増すほど、掻き乱される。容易に操縦できないように、こ
ちらも脱力すればッ・・・」
差し迫る窮地のなか、瞬時にその点に気付いたゲドゥーは見事だった。
その通り、“無撃”は力を込めるほどに、操られやすくなる。ベクトルが長ければ長いほど、自
在にその向きは変えやすいのだ。パワーがゼロに近づくほど、操るものがなくなるのは当然の 道理。
しかし。
“3”
「ッッ〜〜ッ・・・ぐううッ・・・!! バカなッ!!」
抜けない。
いかに、力を抜いても。限りなく力のベクトルを、ゼロに近づけても。
ほんのかすかでも込めた力を捉え、エリスは流れを掻き乱す。腹部の中央に埋まった右腕
を、わずか数cmとして、動かすことができない。
「・・・私ッ・・・は・・・幼少より、この技を・・・・・・磨き続けました・・・ごひゅうッ!! ・・・こぷッ・・・
はアッ、はアッ・・・脱力の極意、は・・・誰にも負けません・・・」
ダメだ。
脱力に関しては、エリスに勝てるわけがないのだ。付け焼刃で力を抜いたところで、柔術少
女の技術に及ぶわけもない。
死ぬのか。
令嬢戦士の両手のなかで、燦然と光の三角形が輝いている。間もなく、ディサピアード・シャ
ワーは発射される。
力を込めても、抜いても、右腕が引き抜けなければ、光の奔流にさらされるのは必至――
―。
「いや、違うッッッ!!!」
バカか、オレは。
力を抜くなど・・・ガラにもないことをして、どうするッッ!?
凶魔ゲドゥーは。“最凶の右手”海堂一美は。
常にその右手に渾身の力を込め・・・闇世界を、大手を振って歩いてきたのではないか。
「あえてッ!! あえて渾身を振り絞ってこその、“最凶の右手”だァッッッ!!!」
“4=死”
「ディサピアードッッ!! シャワ―――ッ!!!!」
サトミの両手のなかで、三角形が爆発する。
白い聖光の奔流が、怒涛となって凶魔に放たれる。右腕でエリスを貫いたまま、動きの取れ
ないゲドゥーに向かって・・・
「ウオオオッッ!!! “滅却弩(メギド)”ォォッッ!!!!」
ボンンンンッッッ!!!
その瞬間、エリスの腹部が爆発した。
渾身の力で握られた“最凶の右手”が、灼熱を放つ。超高熱により、右腕を締め付けていた
エリスの腹筋から内臓、皮膚までがまとめて蒸発した。
ひと回り、大きくなったエリスの腹部穴から、凶魔が右腕を引き抜く。
しかし―――。
「オオオオッッ・・・オオオオッッ―――ッッ!!!!」
ドドドッッ!!! ドドドドドッッ!!! ドオオオオッッ――ッッ!!!!
炸裂する。光の連続弾が。
防御もままならないゲドゥーに、聖なる光が照射される。白いプロテクターを砕き、黒縄で編ま
れたような肉体を穿つ。必死にガードする右手をくぐり抜け、白光の奔流が無数に直撃する。
「命続くッ・・・限りッ!!! 私は、光線を撃ち込むわッ!!」
「バカッ・・・なァッ!!! このオレがッ・・・オレが負けるわけがッッ!!!」
ドドドドドドドドオオオオッッッ!!!!
白光の弩流が注がれる。一瞬たりとも休まず、凶魔ゲドゥーを撃ち続ける。
“滅却弩”を放ったばかりの“最凶の右手”に、集約できる暗黒エネルギーは乏しかった。
絶大な厚さを誇る闇のオーラが、ディサピアード・シャワーの照射に削れ飛ぶ。崩れさってい
く・・・
「ウオオオオオオッッ――――ッッ!!!!」
奔流を浴びる凶魔の身体が、吹っ飛ぶ。遥か後方へと、飛んでいく。
瓦礫の山を越え、高層ビル群の奥へと飲まれていくゲドゥーの全身が、眩い光に包まれる。
カッッッ!!!!
白い光の爆発のなかへ、ひとつ眼凶魔の姿が溶ける。
ディサピアード・シャワーの射出が途絶えるのと同時、轟音が首都の大地を震わせた。
「ッッッ!!! サトッ・・・!!!」
ドオオオオオンンンンッッッ・・・!!!!
巨大な光が、夜の東京を真昼の明るさで照らし出した。
そびえるビル群が、グラグラと揺れる。爆風が、街の隙間を駆け抜ける。
輝く光の散乱のなか、凶魔ゲドゥーの肉体は、跡形もなく消え去っていた。
「ッッ・・・ミィッ・・・・さんッッッ!!!!」
搾り出すような、エリスの声が届いた。
なにかが、崩れ落ちる音がした。己が大地に座りこむ音だと、両膝を着いたサトミは気付く。
「・・・・・・勝ッッ・・・・・・!!!・・・・・・」
光のエネルギーを放出し尽くした女神の意識が、白く霞んでいく。
勝利の余韻に浸ることなく、意識を失った銀色の守護天使を、雲の狭間から覗いた満月が
照らし出した。
「・・・しっかり・・・歩きなさいよ・・・足元フラフラじゃない・・・ったく、あんたは頑張りすぎなのよ」
「しっかりするのは、アリスの方でしょ・・・もう、血まみれのボロボロじゃん・・・いっつも自分を犠
牲にしすぎなんだってば」
悪態をついているのか、讃えあっているのか。
仲がいいのか悪いのか、独特のコミュニケーションを取りながら、ふたりの巨大女神は互い
を支えあっていた。ファントムガール・ナナとアリス。同い年の守護天使は、肩を組んで歩を進 めている。
凶獣ギャンジョーを斃した後、眠りについたふたりであったが、変身は解けていなかった。
「バケモン一匹・・・なんとかしたけど・・・まだ闘いは終わってないわ。無意識のうちに、肉体が
戦闘態勢を解除しなかったのかしら?」
「・・・案外・・・『エデン』がわかってるのかも、しれないね」
夢のなかで宇宙生物と会話したことを、青いファントムガールは思い返していた。
「・・・『エデン』に意志があるっていうわけ?」
「んー、わかんないけど・・・」
「眠ってるヒマはない、って?」
「『エデン』はもともと戦士のために造られた道具らしいから・・・」
「闘いを察知したら、場合によっては眠らせない、か。だったら―――」
病院直行は免れぬ重傷を負いながら、ナナとアリスは北の丸公園から南下を続けていた。
ズルズルと、半ば脚をひきずるようにして辿り着いたのは、皇居前の広大な敷地。
「この身体でも・・・決着をつけなきゃいけないようね」
肩寄せ合っていたふたりの少女は、パッと左右に分かれた。
無数の傷と鮮血に覆われた肉体で、構えを取る。
鋭い視線の先―――濃厚な血煙漂うなか、何者かの人影が佇んでいた。
「・・・サクラ?」
願望をこめて、ナナは親友の名を呼んだ。
返ってきたのは、心を引き裂くような高らかな哄笑であった。
「ッッ!! ・・・・・・メフェレッ・・・スゥッ!!!」
「ヒャアッハッハッハアァッ〜〜〜ッッ!!! 来たぞ来たぞォッ!! いい子ヅラしたクソ蛆虫
どもがなァッ!! このオレに殺されるために来やがったァッ!!!」
「ぐッッ!! ・・・サクラはッ!? サクラはどこなのッ!!」
一歩進むごとに激痛に襲われながら、青とオレンジの天使は懸命に走る。霞んでいた視界
の先が、明瞭になっていく。
駆け寄ったふたりのファントムガールは、ようやく超能力少女の結末を知った。
「ッッ!!! ・・・サクッ・・・!!!」
銀とピンクのファントムガールは、青銅の魔剣に串刺しにされていた。
鳩尾から背中に突き抜けた刀が、大地に深く埋まっている。
ブリッジをするかのように反り返った美少女は、四肢をだらりと垂らして宙に浮いている。ボト
ボトと落ちる鮮血の雨が、地面を紅に染めていた。
瞳から光が消えたイマドキの美貌には、白い汚濁が幾層にも塗りたくられている。
開かれた股間からも、粘ついた白濁の糸が、トロトロと垂れていた。
「安心しろよォッ、まだ生きてるぜェ!? 普通ならとっくに死ねるとこだが、貴様らは頑丈でよ
いわァッ!! これだけ壊してもまだ遊べるッ!」
桃色の髪を掴み、般若顔の魔人はサクラの顔を持ち上げた。
瞳も、鼻も、口も・・・ザーメンで埋め尽くされていた。
可愛さと美しさを併せ持った顔は、ロウで固められたかのように表情を失っている。
「だが、貴様ら得意の根性やらで、再び“デス”を発動されてはかなわんからなァッ!! 二度と
意識の集中など、できないようにてくれたわッ!! ウヒャハハハハッ!!」
「メフェレスウウウゥゥッッ――ッ!!! お前はアアァッ〜〜〜ッッ!!!!」
獣の咆哮が、ナナの口から迸った。
一直線に駆ける。渾身の力で拳を握り、怒りのままに魔人に向かっていく。
しかし―――。
「フハハハハハッ!! なんだァッ、その動きはァッ!? 遅すぎてアクビがでるぞッ!!」
ギャンジョーの兇器ローラーにより、青い天使の肉体は切り刻まれ、潰されている。
骨の多くにヒビが入り、ズタズタに切り裂かれた乙女は、立っているだけで奇跡といえた。む
ろん、本来の動きなど遠く及ばない。
「ナナァッ!!!」
メフェレスが放った漆黒の光弾が、カウンターでアスリート少女に迫る。
横から飛び込んだアリスが、両腕をクロスして暗黒弾を受け止めた。
「うわああああッ―――ッ!!!」
「アリッ・・・スゥッ!!! きゃあああッ――ッ!!!」
闇エネルギーが爆発し、ふたりの聖少女を吹き飛ばす。
赤い飛沫と、金属の破片が飛び散った。悲鳴をあげながら、ショートヘアとツインテールの女
神が、大地を転がり飛ぶ。
「瀕死のクズどもがなんのマネだァッ!? 所詮貴様らは、王となるこのメフェレスへの捧げモ
ノよッ! 結局最後に笑うのは、支配者として生まれたこのオレなのだァァッ――ッ!!!」
アリスの損傷具合も、ナナと変わらぬ酷さであった。
すでに金色のプロテクターも仮面も砕け、剥がれた表皮から機械の身体が覗いている。乳房
や腹部には穴が開き、千切れたコードが何本も飛び出ていた。外見の惨状だけでも稼動して いるのが不思議なほどだが、内部の骨格や臓器もいくつか破壊されている。
対するメフェレスは、外傷的には無傷に等しかった。
サクラにより心臓を潰されかけたとはいえ・・・ひきずるダメージは、守護天使たちとは大きな
差があった。死の寸前まで追い詰められたものの、内容が違いすぎるのだ。
「ア゛ッ・・・ぐぶッ・・・!!」
大地に横たわる少女たちの肢体が、ビクビクと痙攣する。
切り刻まれたナナの柔肌から鮮血が溢れ出し、アリスの皮膚はさらに破れてメタリックな鈍色
が露わになっている。メフェレスの「殲滅魔弾」の余波を受け、黒い煙が昇っていた。
ただの、一発。それも直撃したわけではないというのに、正義の少女たちは地を舐め這いつ
くばる。糸の切れた人形の如く、ぐったりと横たわる。
降りしきる哄笑の雨を浴びながら、ナナもアリスも、ただ激痛に身を震わせることしかできな
かった。
「フヒャヒャハハアアッ――ッ!! さあ、殺してやるぞッ!! どういう順番がいい!? ひとり
づつ、手足を切り落とすのがいいか、目玉でもくり抜いてやるか・・・反抗的なヤツほど後に殺 すのが面白いかァッ!? おトモダチが死ぬ姿をたっ〜〜ぷりと見せ付けてなァッ!!」
「ッッ・・・ァ゛・・・・・・ぅ・・・ア゛・・・」
「ん〜〜ッ? なんだァッ、この蛆虫め・・・その手はまるで、仲間を助けたいと言わんばかりだ
な」
不快極まりない、という視線を、メフェレスは下に向ける。
串刺しにされたエスパー天使の右手が、ゆっくりと魔人に向かって伸びていた。
その右手で、なんの攻撃ができるわけでもないのは、わかっている。それでも、いまだに掴み
かかろうとする意志が・・・友の窮地に動き出した気力が・・・メフェレスには不愉快だった。
「粛清ッッ!! ファントムガール・サクラァッ――ッ!!」
両手でピンクの頭部を掴んだ魔人は、暗黒のエネルギーを流し込んだ。
光を滅ぼす闇が、サクラの表面を覆っていく。マグマのような焦熱が、美しき女子高生を焼き
始めた。
銀とピンクの守護天使が、火炙りの極刑に処されていく。
「ッッ〜〜〜ッ!!! ィ゛ッ・・・!! ァギッ〜〜ッッ!!! ぁ゛・・・ッ〜〜ッ!!!」
ジュウウウッ〜〜〜ッ・・・シュウウウッ〜〜〜ッ・・・!!!
ヴィンッ!! ヴィッ!! キャリキャリキャリッ!! ヴィヴィッ!! ギギィッ!!
黒煙が噴き出し、輝く肢体が無惨に焦げていく。
胸中央と下腹部とで、消えかけの結晶体が狂騒の音色を奏でた。
串刺しのまま、焼かれていくサクラ。しかし、間もなく絶命しようかという少女戦士を、かつて
の恋人はまだ許さなかった。
「ヒャハッ!! フヒャハハハッ!!! いいザマだァッ――ッ、カスの分際でオレを裏切った者
は・・・死刑すらも生温いッ!!」
魔人の股間中央に、腕ほどもある肉棒がそそり立っていた。
白い汚濁で満ちた、サクラの口腔に突き入れる。仰向けで宙に浮いた肢体が、瞬間ビクリと
強張る。
咽喉奥まで一気に貫くイラマチオ。
メフェレスの青銅ペニスが、サクラの口をいっぱいに満たして摩擦する。
ぐちゅ。じゅピュッ。どぶぅ。ピュルルッ。じゅぼオッ、ぐぼオッ・・・
腰を突くたび、唇の端からザーメンが溢れる。淫靡な音色が世界を満たす。
腹部を貫かれ、漆黒の炎で焼かれながら、美少女戦士が犯されていく。涙を流す代わりに、
サクラの全身は激しく悶え続けた。
「サッ・・・!!! 桃ッ・・・子オォッ――ッ!!! ・・・」
「ウヒャハハハアアッ――ッ!! ミス藤村の痴態、誰もが待ち望んだ光景よッ!! 類い稀な
美少女が穢れていく様を、人間どもは興奮して見ているに違いないわァッ!!」
懸命に身を起こそうとするナナとアリス。足掻く女神たちを嘲笑い、サクラへの公開陵辱は続
く。
グブグブと溢れ出る白濁に、黄色が混ざる。
咽喉を襲う異物感とザーメンの悪臭が、胃液と吐瀉物を溢れさせた。
「サクラァッ!! 所詮貴様はッ・・・我が肉便器に過ぎんッ!!」
ジョボッ! ジョボボボボ・・・ジョジョジョッ!
大量の小便が、咽喉に突っ込まれた亀頭の先から放出される。
弩流となって注がれる黄金水は、瞬く間にサクラの胃を満たした。入りきらなかった分が逆流
し、咽喉を遡っていく。
男根を頬張った唇の端から、尿の飛沫が噴き出した。
勢いついた黄金の奔流は、形のいい鼻からも溢れ出る。さらには瞳からも。耳からも。ブシュ
ブシュと、水漏れの音色がサクラの美貌を埋め尽くす。
アイドル顔負けのマスクも、ピンクの髪も。小水の滝が濡らしていった。
「ゴボッ!! ・・・オ゛ッ・・・!! ・・・ぅぶッ・・・・・・―――ッ!!」
苦悶に歪んだ美少女の顔を、ヌラヌラと月光が照り返す。
可憐さの頂点にも立つようなサクラにとって、文字通りに便器と化した恥辱は、肉体の損傷を
凌駕するダメージだった。
ピクンッ・・・ヒクッ・・・ぴくぴくッ・・・・・・・・・
痙攣が途絶えると同時に、エスパー天使の瞳から光が消える。
全身を脱力させたサクラから、魔人の肉棒がグボリと抜かれた。
「どうしたァッ〜〜!? 死ぬか? もう死ぬのかッ、ウジ女ァッ!? ションベンまみれ程度で
は許さんぞォッ〜〜ッ、誰もが目を背けるほどの、酷い死に様を晒してもらわねばなァ〜〜 ッ!!」
返事のないピンクの天使から、青銅の剣を引き抜く。
血と精液と小便に濡れた肢体が、どしゃりと落ちた。大の字で横臥するファントムガール・サ
クラ。腹部中央に開いた穴から、じわりと赤色が広がる。
その細い首に、メフェレスは魔剣の刃を押しつけた。
「ヒャハハハハァァッ〜〜ッ!! 貴様のその整った美貌だけは、終生可愛がってやるわ
ッ!! 首から下は見せしめとして八つ裂きにしようッ!!」
ギッ・・・ギィッ・・・ブシュッ・・・・・・
ノコギリのように、魔人が刀を挽く。ゆっくり。少しづつ。
サクラの首、その薄皮一枚一枚を、魔剣は切り裂いた。肉を裂く音に、鮮血の噴出音が混ざ
る。
ファントムガール・サクラの、公開処刑。
もはや闘うことのできないエスパー天使を、メフェレスは嬲るように斬首していく。美少女の咽
喉の上で、青銅の剣が何度も往復する。
「サクッ・・・ラァァッ―――ッ!!!!」
吼えたのはアリスであった。ようやく立ち上がった身体で走る。脚をもつれさせながら、サイボ
ーグ戦士は全力で駆けた。
スローモーションでも見るかのように、その足取りは重かった。
「ゴミめがッ・・・!! 王の邪魔を、するでないわァッッ!!」
振り返るメフェレスが、魔剣を構え直す。
渾身の力で、右の拳を握るアリス。般若の顔をした闇の王に、怒りをこめて振り放つ。
ザグンンンッッ!!!
「・・・焦らずに、殺される順番を待っていろォッ!!」
アリスの右の二の腕が、キレイな断面図を見せていた。
重々しい響きをあげ、金属製の右腕が大地に落ちる。
甲高い絶叫が、サイボーグ少女の口から迸った。
「ウアアアアアァァッ―――ッッ!!!! ガアアッ・・・アアアアッ〜〜ッ!!!」
「クヒャハァッ、機械のくせに痛みがあるとは残念なヤツめッ!! そおら、どれほど痛みを感
受するのか試してみるか」
アリスの右腕は、灼熱弾の砲口よりさらに根本、より肩に近い部分で切断されていた。
激痛と、最大の必殺技を失った衝撃。ダブルのショックで棒立ちとなった鋼鉄乙女を、魔人が
捉える。
青銅剣の切っ先を、右腕の切断面に突き刺すや、ギュルギュルと回転させた。
「アガギャアアハアッ!!! きゃあウッ!! グガアアアアッッ―――ッ!!!!」
「いいッ!! いいぞッ、アリスゥッ!! クールぶったメス豚が泣き叫ぶ声は最高だァッ!!
気が変わったぞ、反抗的な貴様から処刑するッ!! 我が剣でバラバラに分解するとしよう ッ!!」
「やめッ・・・やめェェろォッ――ッ、メフェレスゥッ〜〜〜ッ!!!」
赤く染まった青い天使が叫ぶ。奇跡とも言っていい力で、再度立ち上がる。
骨を軋ませ、血飛沫を飛ばして、ナナは走った。ふたりの友のため、限界のはずの身体で魔
人に向かう。
「フンッ!! 次から次へと」
振り向きざまのバックキックを、メフェレスは放った。
ナナの鳩尾に、魔人の足が埋まる。本来決まるはずのない打撃は、易々とアスリート少女の
腹部を抉った。
くの字に折れ曲がった、グラマラスな守護天使。
ボタボタと胃液を吐きながら、ひれ伏すようにメフェレスの足元に座り込む。
「ごぼオッ!! オオエェッ!! ・・・グブッ!! ・・・ァ・・・アァ・・・」
「・・・貴様さえいなければ、あの時、とっくにサトミを始末できたのだ・・・」
憤怒の表情で見下ろす魔人の脳裏には、初めて青いファントムガールと邂逅した日のことが
蘇っていた。
「お前がファントムガールになどならなければ・・・とっくに世界は、オレのものになっていた。貴
様のせいでオレは屈辱を味わいッ!! 無用な遠回りをさせられる羽目になったッ!!」
「ぐうゥッ・・・!! こふッ!! ・・・ぅうッ・・・ぅぐうッ!!」
右手に握った魔剣を、メフェレスは天高く突き上げた。
座り込んだ天使を、冷たく見下ろす。対するナナは、鋭い視線で宿縁の敵を見上げた。
だが、腹部を押さえて呻くナナに、立ち上がる力はもうない。
「貴様から始まった闘いは・・・貴様から終わらせるのが筋か」
「・・・・・・お前、なんかッ・・・・・・大っ嫌いだッ・・・・・・!!」
「死ね。ファントムガール・ナナ」
青銅の魔剣が振り下ろされた。
ナナの頭頂。青いショートヘアの、頂きに向かって―――。
バチイイイイッッッ!!!
「させない、わ」
風が吹いた。
凛々しくも清らかな、秋の風だった。夜の東京を駆け抜ける風は、満月を浴びて光るかのよう
だった。
青銅の肌を叩く烈風に、魔人は粟立った。
「ッッ・・・サトミィィッ・・・!!!」
「メフェレス。・・・決着の、刻よ」
紫の守護天使から伸びた光の帯が、メフェレスの右腕に絡まっていた。
ナナに届く寸前、魔人の剣は止まっていた。憎悪に燃える眼光で、ファントム・リボンの先・・・
彼方に佇む、麗しき令嬢を射抜く。
「貴様ァァッッ!!! 貴様だけはァァッ、この手で引き裂くッッ!!! 殺して殺して犯して殺し
てッ・・・」
「私たちファントムガールには、もうひとり仲間がいるわ」
狂乱する闇王の声を、冷静な女神が沈黙させた。
反射的に、上空を見上げる魔剣の達人。
戦慄する視界に、満月を背にした黄色の天使が映り込んだ。
「ユリアの姉、ファントムガール・エリス・・・!! 参りますッ!!」
よく見知った、それでいて初遭遇の守護女神は、大上段に光の薙刀を構えていた。
落下の加速とともに、聖なる武具を振り下ろす。
魔人メフェレスの正中線。一気に、頭頂から股間へと。
「オオオオオッ・・・!! ウオオオオオッッ―――ッ!!!」
吼える魔人。力をこめる右腕。動かぬ剣。張り詰めた光の帯。切迫する咆哮。
青銅の魔剣を封じられたメフェレスが、迫る薙刀の光を見詰める―――。
ズバアアアアアァァッッ!!!!
縦一直線。
メフェレスの中心に、朱線が走る。思い出したように、鮮血が噴き出す。
薙刀を振り下ろすと同時、スレンダーな武道天使は、魔人の眼前に着地した。
「・・・やッ・・・た・・・!?」
「いえ、まだよッ!! 浅いわッ!!」
サトミの叫びは、悲鳴に近かった。
勝負手だった。
5人の守護天使、全員が危機的状況にある今、奇襲ともいうべき策に賭けるしかなかった。
重傷を負ったエリスに、本来なら特攻のような真似はさせたくなかった。
それでも、最後に残った悪の首領を葬るには・・・これくらいしか、方法がなかった。
エリスの聖武具は、メフェレスに届いた。決して作戦が、まったくの的外れだったとは思わな
い。
しかし・・・
だが。しかし。
最後の最後で、メフェレスは剣の達人である身体能力を全開にした。
動くことさえ奇跡の守護天使の攻撃は、本来のキレよりわずかに及ばなかった。
「・・・このッ・・・オレはァァッ・・・王はァッ・・・死なぬわァァッ―――ッ!!!」
顔を。胸を。腹を。下腹部を。縦に切り裂きながらも、魔人は絶叫した。
一直線に、鮮血が迸る。降り注ぐ赤い雨を浴びながら、エリスは薙刀を持つ手に力をこめ
た。
ブシュッ!! ブジュウウウウッッ・・・ッ!!!
その瞬間、腹部と背中から、大量の赤い飛沫が噴き出した。
包帯代わりに巻きつけていたファントム・リボンも、すでに用を成してはいない。着地した衝撃
で、ゲドゥーに貫かれたエリスの風穴は、とっくに開いていたのだ。
「ッッ・・・ァ・・・かふッ・・・!! ・・・」
黄色の天使の手から、光の薙刀が消えていく。
セミロングの髪を揺らし、人形のような顔がガクンと垂れた。
ファントムガール・エリスに、再び光の武具を造り出すような力は、残されていなかった。
「殺すッ!! 殺してやるわアァァッ〜〜ッ!!! どいつもこいつもッッ・・・!! ファントムガ
ールゥゥァアアアッ〜〜〜ッ!!! 貴様ら全員、皆殺しだあアアァァッ〜〜〜ッッ!!!」
「くッ!! くあああッ・・・ウアアアアッッ―――ッ!!!!」
激昂する魔人に、呼応するかのごとくサトミも吼えた。
血染めのナナ。右腕を失ったアリス。処刑寸前のサクラに、エネルギーの枯れたエリス。
自分も含め、全員が全員、死の瀬戸際にある守護天使たち。
幾度限界を迎えたかわからない身体で、ファントムガールのリーダーは、死を賭けて力を振
り絞る。
ドオオオオオオンンンッッッ!!!!
遥か後方で、首都を揺るがす地鳴りが響いたのは、その時だった。
「ッッ・・・!!!」
「ゥッッ!!! ・・・きィッ・・・きさッ・・・まァッ!!!」
麗しき令嬢戦士も、青銅の魔人も動きを止めた。
止まらざるを得なかった。硬直せざるを得なかった。誰もがそうなる。喧嘩の最中に拳銃を持
った暴漢が出現したら、誰もが固まらざるを得ない。
逆三角形の筋肉の塊が、東京タワーを背にして立っていた。
赤い肉体から、さらに赤い液体が垂れ落ちている。遠目からでもハッキリわかるほど、分厚
い胸と肩は、激しく波打っていた。
「・・・闘鬼・・・ガオウッッ・・・!!」
突如現れた怪物の名は、ナナの口からようやく告げられた。
むろん、その正体は場の全員が知っている。このタイミングで、最強の格闘獣が登場した意
味も―――。
ジョーカーは、切られた。
終結は、近い。全ては終わろうとしている。
本来ならば、ミュータントひとり程度は瞬殺可能な、純然戦闘種族シュラ。万全から程遠い状
態とはいえ、ここでの切り札発動は、雌雄を決する以外の意味は持ち得まい。
Dead or Alive
闇が滅ぶか、光が絶えるか―――。
「我が親衛隊70余名ッ・・・全て屠り尽くしたかッ!! だがッ!! すでに警戒する必要はな
かったようだなァッ〜〜ッ!? もはや動けまいッ、バケモノも限界に達したのは見透けている ぞォッ!!!」
答えるかわりに、赤銅の鬼は低く唸った。
消耗しきったのは、ファントムガールだけではない。70体・・・厳密には、敵前逃亡した者を除
いた52体。その全てと闘い続け、さすがのシュラにも限界が迫っている。
「いいぞッ・・・やはり全てはッ!! このオレを中心に回っているのだァァッ!!! 死に掛け
の姿でよくぞノコノコ現れてくれたッ!! 探す手間が省けたぞォッ・・・殺してやるッ!! 貴様 も逃さず縊ってくれるッ!!」
「ガ・・・オウゥッ・・・!! 逃げ・・・てッ・・・!! もう十分ッ・・・十分先輩は・・・やってくれたか
らッ・・・!!」
「忌々しき過去はッ・・・全て清算するッッ!! 恨みも恥辱も憎しみも、全て晴らしてオレは新
たな王となるのだァァッ―――ッ!!! てめえら全員ッ、まとめて門出の贄となれッ ッ!!!」
「ダメッ・・・今のその身体じゃッ・・・いくらガオウでも勝てないッ!!」
「違うわッ、ナナ!」
なにかを感じ取ったサトミの声は、鋭かった。
鍛えられた、くノ一の五感が騒いでいる。結末が来る、と。
いつ、誰の命の綱が途切れても、おかしくはない断崖で。身を引き千切りそうな強風が、確か
に吹き荒んでいる。
「あれはガオウじゃない、吼介よッ!」
「え・・・?」
「瞳に宿った理性で・・・彼は勝機を見据えているッ!! 闘争本能に駆られてここに来たんじ
ゃない、策と未来を私たちに託すつもりよッ!!」
ズオオオォォッッ・・・オオオオッ!!!
大きく開いた、右の掌。
光の球が、凝縮されていく。闘鬼のものとしては小さい、けれども確かな濃密さで。
渦を巻く球体は、眩い輝きを四方に放つ。
「・・・なぜッ・・・? アイツが・・・白い光をッ・・・!?」
断面からバチバチと火花を飛ばす右腕を押さえ、アリスが言う。乳房からも腹部からも、コー
ドを垂らした無惨な姿。サイボーグ少女もまた、最後の力を振り絞っていた。
「聖なる光は・・・ファントムガールじゃなきゃ、出せないんじゃないの・・・!?」
「完全なる戦士のシュラに、光も闇も関係ないわ。・・・アリスは知らないでしょうけど」
お台場で処刑された自分に、エネルギーを与えたのは誰か。アリスは教えられていなかっ
た。
一方で、自身もガオウに救われているサトミは、身をもってシュラの能力を理解している。
「シュラならば、必要に応じて魔滅の光も操れる・・・けれど」
足りない。
ガオウがここに来て、守護天使たちと同種の技を繰り出す意図はわかる。闇の眷属であるメ
フェレスには、聖なる光エネルギーがもっとも有効であるからだ。
しかし、哀しいかな。闘鬼は消耗しすぎた。
搾りカスのごとき光弾で斃せるほど、メフェレスという魔人は脆くない。
「・・・サトミ。・・・ナナ」
赤銅の鬼が、言葉を放った。
低く、落ち着いた響きは、ふたりの少女が愛した男のそれだった。
「吼介」
同時に答える。いみじくも、人間のときの名を。
「あと一発。・・・お前たちなら、出せるだろ?」
紅に染まった怪物の声は、優しさすら含んで聞こえた。
「・・・できるわ」「うん。やれるよ」
「知っているな? 光と光を重ねれば、巨大な力を生み出せる」
「ええ」「吼介が教えてくれたんじゃん」
「波長を合わせれば・・・互いをリンクできれば、奇跡は起こせる。オレたち3人なら、きっとでき
る」
「・・・ええ」「・・・うん」
「やるぞ。3人の光を重ねて・・・ヤツを撃つ」
ガオウの右手の上で、白光の球体が躍った。
1+1=2 ではなく
1×1=10 になる奇跡。
ナナとアリスが、凶獣ギャンジョーを破ったように。再びの絶技を、メフェレスに対して敢行す
る。ひとりひとりは微力でも、掛け合わさった3人の光ならば、闇王を葬るのに不足はない。
「ヒャハッ!! ・・・フヒャハハハハアアァッ〜〜ッ!!! なにを企もうがッ!! この状況か
らなにを挽回できるッッ!!?」
高らかに笑うメフェレスは、魔剣を頭上に振り上げた。
もっとも警戒すべき闘鬼は遠く、その造り出した光球は弱い。今のガオウに脅威はない。
逆にサトミを除く4人の守護天使たちは・・・瀕死となって足元に転がっている。
「その弱々しい光弾が届くより先に、オレは全員を殺せるぞッ!! サトミィッ!! 赤鬼ッ!!
貴様らの前で、こやつらの首をことごとく斬り落としてくれるわァッ!! さあ、どいつから死に たいッ!?」
「・・・エリちゃん」
狂乱の魔人を見上げながら、青い天使がゆっくりと立ち上がる。
ガクガクと揺れる脚は、今にも崩れそうだった。
声を掛けられたエリスもまた、貫かれた華奢な肢体を、懸命に起こしていく。
「やはり貴様かァッ!? 貴様から殺すのがいいかッ、ファントムガール・ナナァッ!?」
「・・・エリちゃん、でいいんだよね? ・・・ごめんね。ユリちゃんと・・・約束していた温泉・・・いけ
なくなったんだね・・・」
「・・・妹は・・・幸せでした。少しでも・・・皆さんの、役に立てて・・・」
「・・・あたしがやって欲しいこと・・・あなたなら、わかるよね?」
「はい。ユリもきっと・・・わかると思います」
「うん。・・・じゃあ・・・」
小刻みに震えるナナの右手に、白い光球が渦を巻く。
同時に青銅の魔剣が、アスリート少女の首に振り下ろされた。
「なにをしようがッ!! 無駄だと言っておろうがァッッ!!!」
「エリスッッ!! 思いっきり、やってッ!!」
乾いた音がした。その瞬間、黄色の武道天使の手は、握り掴んでいた。
メフェレスではなく。
ファントムガール・ナナの左手首を。
「動けないナナさんをッ!! 私の柔術で運びますッ!!」
風を切り裂く音がした。二種類。
激痛に反応した、青い肢体が跳ね転がる。ショートヘアの上を、魔人の刃がかすめ過ぎる。
「なッ・・・味方をッ!? 投げるかッ!!」
「ボロボロのこの身体でもッ!! 痛みには、勝手に動いてくれるのよッ!!」
転がり続けるナナが、ある地点で止まる。
魔人メフェレスと、彼方で構えるガオウとを結んだ、直線上。
さらに、ナナとメフェレスとの間にサトミが立つ。一直線に並ぶ、女神と闘鬼と魔人―――。
「小癪ッッ・・・なッ!!!」
寒々しい予感が、メフェレスの背中を駆け抜けていた。
振り払うように。苛立ちを紛らすように。再度構えた魔剣を、眼前のエリスに向ける。両肩で
息をするスレンダーな戦士に、斬撃を避ける余裕はなかった。
愛らしい顔の中央に。渾身の突きは、発射された。
ズドオオオオォォォッッ!!!
「ヌオオッッ・・・!!?」
「『臨死眼』。カワイイ後輩を、もう二度と死なせなどしないわ」
青銅の刀身が貫いたのは、エリスの顔面ではなく、サイボーグ戦士の左手だった。
「二股男。アンタのことは、好きじゃない。けど、サトミとナナがいいなら・・・今回は許してあげる
わ」
赤いセンサーが光る瞳で、アリスは赤銅の鬼を見た。
ガオウ、ナナ、サトミ。直線に並んだそれぞれの手に、白い光球が唸っている。
「だから。・・・さっさと、やっちゃってよね」
アリスの右腕が殴る。火花をスパークさせた、切断面で。メフェレスの右の肘を。
千切れたコードから漏れる電撃が、剣を持つ魔人の腕を麻痺させる。
「ウオオオッッ!!? ウオオオオッッ―――ッッ!!!!」
筋肉は、神経から送られる電気信号によって動かされる。
電撃によって乱されたメフェレスの右手の筋肉は、最高のパートナーである愛剣を手放した。
「いまよッ!!!」
「応ッッ!!!」
ドオオオォォゥッッッ!!!
闘鬼が放つ。渾身の力をこめて、白光の砲弾を。
真っ直ぐに進む光弾は、ファントムガール・ナナが生み出した光に激突する。
「これがッ!! あたしのッ!! 最後のスラム・ショットォォッ――ッ!!!!」
ドオオオオオオッッッンンンッッ!!!!
ガオウとナナ。ふたつの光弾が激突した瞬間、爆発したかのように巨大化する。眩さが倍化
する。
「気に入らないけどッ!! アンタとナナじゃあ、波長があうのも当然よねッ!!」
エリスの身体を抱きながら、サイボーグ少女は可能な限り遠くへ飛ぶ。
その見詰める先で、赤銅の格闘鬼は、霞みとなって消えていく。
ガオウにしても、それが最後の一撃だった。
「サトミッ!! ・・・あとはあなたがッ!! 決めるだけよッ!!」
「わかっているわッ!!」
巨大光弾が突き進む先に、紫の守護女神が待っていた。
その手に踊る光弾。ファントム・バレット。
ガオウ×ナナ。そのうえサトミが掛け合わされれば、背信の闇王メフェレスとて、耐え切れる
わけがない―――。
「グウウウウゥゥッッ!!? ウオオッッ――ッ、オレは死なんンンッッ――ッ!!!」
般若面が叫ぶ。青銅の魔人は、プライドをかなぐり捨てて、その場を逃げんとした。
魔剣を失ったメフェレスにとって、それは最善の選択。
だが、地を蹴ろうとしたその脚は、何者かの手によって掴まれる。
「きィィッッ!!! きさッ!! まアァァッ〜〜〜ッ!!!」
足元を見る、憎悪の視線の先で。
白濁と汚水に濡れた、ファントムガール・サクラの美貌が、寂しげな微笑を浮かべていた。
「決めてッ、サトミィィッ!!」
「ッ・・・サトミッ・・・さんッ!!」
「いッッ・・・けェェッ―――ッッ!!!」
「・・・ファントムッ!! バレットォッ!!!」
ドシュウウウウッッ!!!
迫る巨大光弾に、サトミが造り出した白き光弾が飲み込まれる。
そのまま、3つの光が混ざった砲弾は、動けぬメフェレスに殺到した。
ッッ・・・・・・・・・え? ・・・・・・ッ!!?
「・・・・・・バ・・・」
カな。
信じられぬ想いが、誰ともない口から洩れ出ていた。
これは。
これは・・・違う。
ガオウとナナは、1×1=10 だった。
しかし、これは。
「・・・・・・1+1=2 ・・・いや・・・10+1=11 ・・・」
リンクして、いない。
サトミが生み出した光弾は、ナナとガオウが掛け合わせた光に、混ざっていなかった。
ドオオオオゥゥンンンンッッッ!!!!
巨大光弾が、青銅の魔人に直撃する。衝撃の波が、ビリビリと皇居前広場全体を揺るがす。
メフェレスを覆う青銅の鎧。その全体に、無数の亀裂が走っていた。
シュウシュウと、黒煙が立ち昇る。グラグラと震える魔人に、深刻なダメージを与えたのは間
違いなかった。
しかし、メフェレスは生きている。
縦一直線に走った斬撃の痕から、噴血し。全身を焼け焦がそうとも。
「ッッ・・・フハァッ!! フヒャハハハハハハッッ!!! アヒャヒャハハハアアァッ〜〜〜
ッ!!!」
見た目に巨大な光弾であっても、その威力はギャンジョーに放ったそれとは、比べものになら
なかった。
だから、魔人を仕留められなかった。
3人の光を掛け合わす。それしか、斃す手段のない状況で。
ファントムガール・サトミは、ふたりと波長を合わすことが、できなかった。
「・・・・・・な・・・んで・・・?」
泣きそうな声が、青い守護天使の口から洩れた。
掻き消すように、重いものが、大地に沈む音色が重なる。
サトミの両膝が、崩れ落ちた音だった。
「・・・はァッ! はァッ! はァッ!! ・・・」
こみあげる震えを、サトミは抑えることができなかった。
膝に続いて、両手を大地につける。四つに這った姿勢のまま、長い髪を垂らしてサトミは震え
続けた。
崩れ落ちたものは、身体だけではないようだった。
「・・・・・・サトミ・・・」
「・・・できな・・・・・・かった・・・・・・」
紫のグローブを嵌めた指が、広場の大地を掻き毟る。
「・・・できない・・・私には・・・できなかった・・・・・・。ナナちゃんと・・・あのひとが・・・造り上げたも
のにッ・・・私を、重ねるなんてッ・・・・・・!!」
バカな。
バカな。バカな。バカな。バカなッ!!
この期に及んで。五十嵐里美は。
藤木七菜江と工藤吼介。このふたりが結び合うことを、心底からは認められなかったのか
ッ!!
「サトミ・・・さん・・・」
「ごめん・・・ごめんなさい、ナナちゃん・・・私は・・・私はッ・・・」
哄笑する魔人。泣き声のナナ。崩れ落ちるサトミ。
こんな。こんなことがあって、いいのか。
悪夢のような、光景だった。華麗な大逆転で、正義は勝利を掴むのではなかったのか? こ
んなことで。守護天使の象徴たる少女の、人間らしい嫉妬心で。全ての希望は、砕け散るとい うのか。
「勝ったッッ!!! オレのッ・・・このメフェレスのッ・・・勝ちだアアァッ―――ッ!!! オレは
生き残ったァァッ!!!」
魔人が動く。地に落ちた刃を、拾おうとする。
サトミは俯き。ナナはそんなサトミを見詰め。アリスは絶句し。エリスは呆け。サクラは死んだ
ように動かない。
誰もが、阻止できない。メフェレスが魔剣を手にすれば、今度こそ守護天使たちは全滅の憂
き目に遭うというのに。
「私はッ・・・本当は・・・あなたのことを、許せてなかったみたい・・・」
「・・・やめて・・・もうやめて・・・サトミさん・・・」
メフェレスの右手が、再び青銅の刀を握った。
ゆっくりと、近づいていく。
まずは眼の前。背を向けたままの、青いショートヘアの少女に。
「ィッッ・・・ナナッ!! もういいッ! メフェレスがッ・・・!!」
友の窮地に、サイボーグ少女が声を絞り出す。
背後から忍び寄る殺意にも、気がつかぬようにナナはサトミを見詰め続けた。
「サトミさんッ・・・お願いッ・・・もうそんなことは・・・」
「ナナァッ!! 前をッ!! 前を向きなさいッ!!」
「・・・私は・・・どうしようもない・・・最低の女よ・・・・・・」
「サトミさんッッ!!」
「ナナァッ――ッ!!! 前を向けえェェッ――ッ!!!」
青銅の刀身が、光る。
前を振り返ると同時、ファントムガール・ナナの首に、メフェレスの斬撃が閃いた。
ズッパアアアアアアッッ・・・ンンンッッ!!!!
「・・・なッ・・・!!?」
首が、飛んだ。
魔人メフェレスの、首が。
「ッッッ・・・!!! ゲッ・・・ゲドオオオオオォゥゥッ――ッッ!!!」
菱形の頭部。濃紺のひとつ眼。黒縄で編まれたがごとき、漆黒の肉体。
背後から、音もなく忍び寄った凶魔ゲドゥーは、笑いに歪んだままのメフェレスの頭部を、『最
凶の右手』で引き千切っていた。
「ッッ!!! ・・・・・・」
魔人の般若面は、不思議そうな表情を浮かべていた。
引き離された、己の胴体。その、首の断面図を眺める。
プシュッ・・・ププッ・・・プシューッ!! ・・・
飛び散る赤い液体が、噴水のようだった。
ゆっくりと、青銅の肉体が傾いていく。メフェレスの頭部からは、とっくに血の気が失せてい
た。
崩れ落ちる己の身体を確認することなく、魔人の意識は途絶えていた。
それが、闇の王たらんとした男の、最期だった。
「なぜッ!!? なんでッ・・・なんでよォッ!!?」
荒い息とともに叫ぶのは、ファントムガール・ナナ。しかしその叫びは、全員の気持ちを代弁
してるに過ぎない。
ゲドゥーがメフェレスを裏切った。そんなことが、「なぜ?」なのではない。
「ッッ・・・そん・・・なッ・・・・・・!! ゲドゥーは・・・死んだはずですッ!! この眼で確かに・・・
見届けたのに・・・!!」
エリスの言葉は震えていた。
立ち上がったその脚も、ガクガクと揺れている。肉体のダメージはともかく、精神に受けた衝
撃の深さは、妹が犠牲になったこの少女が一番であろう。
「・・・違う・・・違うわッ・・・!!」
サトミもまた、搾り出すように声を放つ。
惨めなまでの己の醜さに、落胆している暇などなかった。そういう意味では、突如乱入したゲ
ドゥーに感謝すべきなのかもしれない。
圧倒的な死の予感。ひとかけらの希望も見えない、絶体絶命の窮地。
差し迫る現実が、視線を釘付けにして離さない。他所見をする余裕を、与えてくれない。
「エリスッ・・・私たちは・・・ゲドゥーが死ぬところなど、見ていないわッ・・・!!」
「で、でもッ! ・・・あのとき確かに・・・ゲドゥーの身体は爆発して・・・」
「白い光の爆発のなかに・・・ゲドゥーは消えていった! だから、私たちはゲドゥーが死んだと
ばかり思っていた! けれどッ・・・」
そう。眩い白光のなかに、ゲドゥーの肉体は消えていった。だからこそ、サトミもエリスも、凶
魔が滅びたと信じて疑わなかった。
白い光は、聖なるエネルギーの証だから。
ミュータントが操る闇エネルギーは、黒。基本、漆黒の光線を主体とする。事実、メフェレスも
ギャンジョーもそうだった。
しかし、白い光線を操るモノは、ファントムガール以外にもいる。
その代表例を、ついさっき、守護天使たちは見たばかりではないか。
「ファントムガールでも・・・ミュータントでもない・・・。それでも・・・聖なる白光も、闇の暗黒も、自
在に操れる存在がある・・・」
「ッッ!? ・・・サトミさんッ、それはまさかッ・・・・・・!?」
「なぜ、今まで気付かなかったのかしら・・・あのゲドゥーの強さを思えば・・・当然導き出される
答えのはずなのにッ・・・!!」
「そんなッ!!? ・・・それではッ・・・ゲドゥーは、あのガオウと同じッ・・・!!」
「・・・ゲドゥーは・・・“シュラ”よ」
純然戦闘生物兵器・シュラ。
闘鬼ガオウと同種族。『エデン』が生み出す巨大生物の、完成形とされるシュラが、凶魔の本
当の姿だというのか。
だが、そう考えれば、あのデタラメなまでの強さも納得できる。
ゲドゥー自身が、己を「生まれついての強者」と断じてもいた。工藤吼介と同じく、海堂一美も
また、『エデン』保有者の血を継いでいた可能性は、限りなく高い。
なによりも、戦闘自体を好むこの性質は、あのガオウにそっくりではないか。
「・・・キュロロロロ・・・」
低く、重い音色で凶魔が鳴いた。
鳴いた、とするしかない声だった。シュラの本質が、闘争本能のみに駆り立てられた兵器で
ある以上、ゲドゥーにもはや、理性は求められまい。
白のプロテクターを失い、黒縄で編まれたが如きシャープな肉体で立つ凶魔は、いまや獣に
近かった。
闘いへの餓えと、与えられた目的のみに従い、衝き動くだけ。
この場合の目的は、むろん、『エデン』を奪うことだった。
「うわッ・・・わあああああッ―――ッ!!!」
絶叫を迸らせ、ひとりの銀色の天使が、ひとつ眼の凶魔に突っ込んでいく。
恐怖に打ち克つだけの、怒りがあった。ファントムガール・エリス。妹の仇が立っているのを
見て、武道少女はどうしても許すことができなかった。
腹部に空洞が開いているとは思えぬスピードで、黄色の天使は襲い掛かる。
「やッ!! やめッ・・・!!!」
ボンンンッッ!!!!
制止の声に、衝撃音が重なった。砲弾を、発射したかのような。
くノ一少女の瞳にも、アスリート少女の瞳にも、“最凶の右手”が一瞬霞んだ、としか見えなか
った。
次の瞬間、暴風に吹き飛ばされる木の葉のように、エリスの肢体は舞っていた。
「ッッエリッ・・・!!!」
グシャアアアアッッ!!!
遥か後方。東京駅背後のビル群のなかに、スレンダーな少女戦士は突っ込んでいた。
グラグラと、周囲の高層ビルが揺れる。四肢を大の字に放り出したまま、エリスはピクリとも
動いていなかった。
人形のように愛らしいロリータフェイスは中央から陥没し、グジュグジュと鮮血が池を造りか
けていた。
「エリスッッ―――ッ!!!!」
「キュロロロ・・・」
再び鳴くゲドゥーの右拳からは、鮮血が滴り落ちている。
それがエリスのものであることは、確認せずとも確信できた。
「・・・・・・逃げ・・・て・・・・・・」
消え入りそうな、少女の声が聞こえた。佇むゲドゥーの前に、その銀色の戦士はひとり立ちは
だかっている。
鮮血と精液にまみれた、ピンク色の美少女。
奇跡があるとするならば、ファントムガール・サクラが再び立っているのは、まさしく奇跡だっ
た。超能力などもはや発動できない身体で、それでもサクラは凶魔の前に立つ。
「サクラッ・・・!!!」
「・・・・・・みん・・・な・・・逃げ・・・・・・」
誰もが悟っている。全員が瀕死の状態にあるなかで、今のゲドゥーに勝てる術などないこと
を。
逃げるのが、正しい選択だった。わかっているからこそ、サクラは己の身を、犠牲にすること
を決めた。
誰かが身を捧げねば、全滅するのを待つだけだ―――。
「キュロロロロ・・・」
濃紺のひとつ眼が、桃色の美少女を見詰めた。真正面から。
“最凶の右手”が、一瞬ブレた。
ズボオオオオオオオッッ!!!
サクラの股間。愛蜜と白濁で濡れた、少女の秘唇に。
突き上げられたゲドゥーの右手は、深々と潜り込んでいた。
「はァウ゛ッ!!?」
「サクッッ・・・ラァァッ―――ッ!!!」
奥深く突き進む。“最凶の右手”が。
サクラの膣道を抉りわけ、子宮にまで辿り着いた右手は、『エデン』と同化したそれを握り掴
む。
そのまま一気に、引き抜いた。
ブチブチブチィッ!! ズリュウゥオオオオオッッ!!!
「ふハアァッ――ッ!!!!・・・・・・ッ!!」
ビクンッッ!! と大きく、サクラの肢体が波打った。
その股間から、肉の糸を引いた、鶏卵のごとき球体が引き摺り出された。
ほのかに湯気を立てる『エデン』を、凶魔のひとつ眼は冷たく見詰めるだけだった。
「サッ・・・・・・!!!」
美しきエスパー天使は、硬直したように動かなかった。
その瞳の青色が、消える。
胸のクリスタルが、消える。
輝きの失せた銀色の身体で佇む姿は、遺跡に放置された巨像を思わせた。
すでにファントムガール・サクラは、呼吸をしていなかった。
『エデン』を奪われたファントムガールは、ファントムガールではいられない―――。
ザッ・・・・・・
秋の風に、サクラの右肩が崩れ落ちた。
砂のように。
『エデン』を失った守護天使の肉体は、砂細工で加工された、ただの容れ物でしかなかった。
ボロッ・・・ザザッ・・・ズザザッ・・・・・・
顔も。胸も。胴体も。
サクラの肉体が、崩れていく。砂の塊が、その足元に積もっていく。
「サクラアアアァァッ―――ッッ!!!!」
ズザアアアアァァッ――ッ・・・・・・
雪崩れとなって、美少女であった巨神像は崩壊した。
光粒子の残滓とともに、砂埃が舞う。
あとに残ったのは、凶魔の右手に握られた、卵型の球体のみであった。
「うああッッ・・・!!! ウアアアァァッ―――ッ!!!」
「待ってッ、ナナッ!!!」
殴りかかろうとする青い天使に、サイボーグ少女の声が飛ぶ。
激昂するナナは、動きを止めなかった。ゲドゥーのひとつ眼が、次なる獲物に照準をあわせ
る。
シュラになった凶魔と、シュラにもっとも近い聖少女の視線が、真っ向から絡み合った。
激突は、避けられそうになかった。
ドンッッ!!!
突如、飛来した白い光弾が、菱形の頭部に直撃する。
爆発の炎があがる。黒縄で編まれたシャープな凶魔が、グラリと揺れる。
濃紺のひとつ眼が振り返る先に、左の掌を突き出した、ファントムガール・アリスが立ってい
た。
「ハンド・スラッシュ・・・これくらいなら・・・今のあたしでもなんとか出せる・・・」
ツインテールの戦士は、激しく両肩を揺らして言った。
破れた皮膚からメタリックな光沢が覗き、胸や腹部からはコードがいくつも垂れている。あち
こちから火花を散らす、サイボーグ少女。最大の攻撃力を誇る右腕は、すでに根本から切り落 とされていた。
「アリッ・・・スッ!!?」
「ナナ・・・サトミ・・・あんたたちは・・・逃げてッ!! 私たち5人とも・・・ここで全滅するわけには
いかないでしょッ!!」
左手から続けざまに、アリスは光弾を放った。最後の力を振り絞り。
右腕を失ったサイボーグ戦士に、できる攻撃はこれが限界だった。威力の乏しいハンド・スラ
ッシュ・・・基本とも言える光線技を、それでも諦めることなく撃っていく。
二発目以降の光弾は、もはやゲドゥーに通じるわけもなかった。“最凶の右手”で軽々と受け
止める。無言のまま、鬱陶しい女戦士に近づいていく。
通用しないとわかっているはずなのに、アリスはハンド・スラッシュを放ち続けた。
「ッッ・・・ダメだよッ・・・!! アリスこそ、逃げてッ!! コイツにそんな攻撃は、効かない
ッ!!」
「フッ・・・これでいいのよ。私のヘボ光線でも、シュラとなった怪物も煩わしいとは思ってくれる
でしょ。・・・来なさい、ゲドゥーッ!! このファントムガール・アリスが、あんたと道連れになっ てあげるわ」
「やめてッ、アリスッ!! もうやめてェッ――ッ!!!」
両手と両膝を地に着けたまま、サトミは叫んだ。
「私より先に・・・!! 私を助けるためにッ・・・!! 犠牲になろうとしないでッ!! こんなッ、
こんな私のためにッ!!」
「・・・嫌よ。サトミ・・・あなたには、どうしても生き残ってもらうわ」
「なぜッ・・・どうしてなのッ!? どうしようもない私なんかのためにッ・・・」
「あなたが生きていれば、みんな希望を持てる・・・逃げないでよね、サトミ。あなたこそ、ファン
トムガールなんだから・・・」
「キュロロロッ――ッ!!!」
明らかな怒気を含ませて、ゲドゥーが咆哮した。
右手を真っ直ぐにアリスへと向ける。間断なく浴びせられる光弾を吹き飛ばすように・・・轟音
を鳴らして光線を撃ち返す。
白光の弩流が、夜を眩く輝かせて、発射された。
「なッ!!!」
アリスを遥か凌駕する、圧倒的な聖なる光線。
空気を灼き、一直線に飛ぶ。サイボーグ戦士の中央に着弾する。
激しい爆発とともに、金属の破片と焦げた肉とが飛び散った。
「グアアアアアアァァッ―――ッ!!!! ッッ・・・!!!」
「アリスッッ!!! ・・・バッ、バカなッ!!! これほどのッ・・・光を放てるなんて
ッ・・・!!!」
ゲドゥーにしても、その生命力の限界は近い。それは確かなはずだった。
でありながら、凶魔が放った白い光は、守護天使を数段上回っていた。
“ッッ・・・ディサピアード・シャワーが・・・効かなかったはずだわ・・・いいえ、覚醒したこのシュラ
には・・・・・・もう、聖なる光の技すべてが・・・致命傷足り得ない・・・・・・”
闇の眷属・ミュータントであるならば、守護女神たちの光の攻撃は最大の弱点となる。
しかし、戦闘種族シュラには・・・特定の苦手は存在しない。光も闇も、関係ないのだ。単純な
力学で、その肉体を滅ぼすしかない。
だが、ガオウとすら遜色ない戦闘力を持つゲドゥーに・・・少女たちの非力でどう闘えというの
か。
「わたッ・・・しは、まだ・・・・・・死なないッッ!!!」
バチバチと火花を飛ばしながらも、いまだアリスは立ち続けた。
全身のあらゆる箇所で、ショートしている。いくらサボーグといえど、もはや立つだけで限界の
はずだ。
「命に・・・換えてもッッ!!! コイツは、私が倒すッ・・・!! あと、わずかッ・・・60分の限界
まで・・・食い止めて、みせるッッ!! だから、あんたたちィッ・・・はッ・・・・・・早く逃げてェェッ ッ!!!」
「なぜッ!? なぜなのッ、アリスゥッ!!! 私がッ、私さえいなければッ・・・あなたは、ファン
トムガールになんて、ならなくて済んだのよッ!!?」
「わかって・・・ないわねッ、サトミッ・・・・・・」
再びゲドゥーが、右手をサイボーグ少女へと向けた。
続けて発射されたのは、白ではなく、暗黒の破壊光線だった。
ドジュウウウッッ!!!
「ごふウゥッッ!!!」
一直線に放たれた闇光線は、アリスの左胸を貫き、背中から突き抜けた。
空洞の開いたメタリックなボディが、動きを止める。
「アリィッッ・・・・・・!!!」
「・・・サト・・・ミ・・・・・・よく・・・聞い、てッ・・・・・・」
金属を剥き出しにした守護天使が、ガクガクと震える。喋るたびに、赤い血が唇を割って出
る。
それでもファントムガール・アリスは、立ち続けた。
悠然と歩く凶魔が眼前に迫っても、意地を示すかのように二本の脚で立ち続けた。
「わたッ・・・しもッ・・・・・・桃子ッ・・・も・・・きっと、ユリやエリッ・・・も・・・・・・」
「いやッ・・・いやァッ!! 逃げてェッ――ッ、夕子ォッ――ッ!!!」
「ファントム・・・ガールに、なって・・・・・・あなたに・・・会えて・・・・・・よかった・・・。生まれてきた
意味、が・・・・・・わかったッ・・・・・・」
サイボーグである霧澤夕子は、己が命を繋ぎとめた理由がわからなかった。
超能力を生まれ持った桜宮桃子は、異能を授かった運命を呪った。
武道家の娘として育った西条姉妹は、鍛錬の先にあるものを知らなかった。
「あなたを・・・人々を・・・守るために・・・・・・生きられたこと・・・・・・あたしたちは・・・」
凶魔ゲドゥーの右手が、アリスの股間に突き入れられる。
グボリッッ!! と肉の摩擦する音がして、“最凶の右手”は奥底へと抉り進んだ。
「幸せ・・・だったッ!!!」
バリバリバリィッ!!! バチバチィッ!!!
アリスとゲドゥーの全身を、電撃が包み込む。
全てはサイボーグ天使の策略だった。右腕を失い、フルパワーで駆動することも、光線を放
つこともままならないアリスにとって、体内の電流を全放出するのが、最後の手段だった。
自爆を覚悟で。
「キュロロロロォォッ――ッ!!!」
「通用しない・・・とでも・・・言いたげな眼じゃない・・・・・・でも・・・私自体が爆弾となった
ら・・・・・・シュラであっても、無事じゃないでしょ・・・?」
「やめッ・・・やめてェッ――ッ、夕子ッ!!!」
「アリスッ!! そんなッ・・・そんなァッ――ッ!!!」
「・・・さよならよ。里美。七菜江」
柔らかにアリスが、微笑んだ瞬間だった。
ドジュウゥゥオオオオオッッ!!!!
サイボーグの肢体が、高まる電圧で大破する寸前。
凶魔の右手は、股間から卵型の球体を引き抜いていた。
己の命を賭し、地獄への道連れを図ったアリスの策は、それで終わった。
「・・・キュロロロロ・・・」
ピタリと動きを止めたアリスの全身が、輝きを失っていく。
佇むツインテールの少女は、半ばは機械、もう半分は土塊でできた、巨神像となった。
亀裂が走る。
と見る間に、砂と金属の塊は、一斉にドシャリと崩れ落ちた。
うず高く積もった砂山は、やがて光の粒子となって、天に昇っていった。
「・・・・・・夕・・・子・・・・・・」
残骸の破片だけを残し、ファントムガール・アリスは首都の地から消え失せた。
歓喜にむせぶ、シュラ・ゲドゥーの雄叫びが轟いている。
大地に突っ伏したサトミの耳に、その不気味な声は届いていなかった。
「・・・・・・私・・・はッ・・・・・・」
逃げる・・・のか?
逃げるべきなのか? 仲間たちが、身を盾にして守ってくれた、この命・・・
想いを無駄にしないためには、この場は一旦、退くべきなのか!?
「あたしが、やる」
力強い響きが、伏したサトミの耳にも、ハッキリと伝わった。
立っている。ファントムガール・ナナが。サトミの眼前、ゲドゥーとの間に、立ちはだかるよう
に。
サクラが再び立ち上がったのは奇跡だが、このアスリート少女が立ったのは、奇跡ではな
い。それは、サトミにもよくわかっている。
「ナナ・・・ちゃん・・・」
「コイツが、ここまでボロボロになるなんて・・・二度とないかもしれない。だから、あたしがやりま
す。シュラのコイツには、あたしがもっとも近いから」
脅威のタフネスと回復力は、ファントムガール・ナナにとっても、得意のところだ。
だから、何度も死ぬようなダメージを受けて、立っている。
もう一発くらいの攻撃なら、きっと放てる。
「だから、サトミさんは・・・逃げてください」
「・・・なんで? どうしてッ・・・あなたまで、そんなことをッ!!」
長い髪を振り上げて、サトミは眼の前の青い天使を見詰めた。
「わかったでしょうッ!? 私の・・・本当の姿をッ!! あなたに嫉妬した、醜い姿をッ!!
・・・御庭番衆の使命を破ったのもッ!! あなたたちを巻き添えにしたのもッ!! この国を 窮地に追い込んだのもッ!! すべて・・・全ては私のせいなのよッ!? 守られる価値など、 あるわけないわッ!!」
「・・・サトミさん」
「弱くッ!! もろくッ!! 惨めッ!! それが私の・・・五十嵐里美の真実なのッ!!!」
紫の女神は、叫び続けた。
ゆっくりと、随喜を噛み締めるように、黒き凶魔が迫る。
鋭い視線をゲドゥーに向けながら、青い天使に力が漲った。
「・・・それは、違うよ」
優しい言葉を掛けながら、ナナは右手を強く握った。
「・・・違ってなど・・・」
「違う。人間はみんな・・・弱いんだよ」
小さく呟くナナの声が、ファントムガールのリーダーには、やけに大きく響いて聞こえた。
「ゲドゥーがどんなに強くたって・・・ひとを殺すことを、抑えられないヤツが強いわけない。腕っ
節だけなら、そりゃ吼介は里美さんより強いけど・・・闘争本能に身を任せるだけなら、とても強 いだなんて、思えない」
「・・・・・・ナナ・・・」
「殺人をやめられないヤツは弱いし、闘いに餓えたひとも弱い。相手を壊すことを恐れて本気
を出せない柔術家も弱いし、サイボーグになってお父さんを恨むコも、超能力を授かったことを 嘆くコも、双子の妹に負けて卑下するコも・・・みんなみんな、人間は弱いんだよッ!! もちろ ん、大好きなひとがいつか里美さんの元に向かうんじゃないかって・・・ビクビクしてる、あたし も」
冷たいひとつ眼を光らせた、凶魔がナナの眼前に立った。
少女の右拳が、青い光を仄かに昇らす。
地を這う令嬢戦士は、何かを確かめようとするかのように、その肢体をゆっくりと起こしていっ
た。
「それでも・・・それでもね。あたしが尊敬する里美さんは・・・やっぱり一番強いと思う」
「・・・・・・こんな私が・・・強いわけが・・・」
「ううん。・・・本当に強いのは、きっと里美さんだよ」
菱形の頭部をした、凶魔が吼えた。
その“最凶の右手”に闇が濃縮する。
消耗し切ったゲドゥーもまた、次の一撃に全力を傾けるつもりだった。
「だって・・・本当の強さって、きっと嫌なことに立ち向かうことだから――」
ファントムガールになって、少女たちは敗北を知った。
苦痛を知った。悲哀を知った。絶望を知った。
思うがままにならない現実に。無力を知らされる壁に、何度もぶつかった。数限りない苦しみ
が、闘う少女たちに襲い掛かってきた。
だからこそ、わかる。
ひとは、この世界に生きる限り、痛みから逃げられないことを。
ひとは弱く、この世界は苦しい。だから。
痛みに立ち向かえることが、本当の強さなのだと。
「里美さんは・・・誰よりも、我慢してきたじゃんッッ!!! そんな里美さんが、一番強いに決ま
ってるッ!!」
ナナの右拳が青く輝く。
“BD7”もソニック・シェイキングもスラム・ショットも使えない今、ナナに放てる最強の技は、こ
れしかあるまい―――。
「ッッ・・・ナナッ・・・!!!」
「いくよッ、ゲドゥーッ!!! お前の右手は確かに“最強”だけど・・・そんなお前に立ち向かう
あたしたちの方が、強いに決まってるッッ!!!」
「キュロロロロロオオオォォッ―――ッ!!!」
凶魔の右手が霞む。
拳を握った“最凶の右手”が、渾身の力でナナの顔面へと発射される。
「刹那ッッ!!! 十二連撃ィィッッ!!!」
パパパパパパパパパパパパンンンンンンンンンンンンッッッ!!!!
守護天使の青い拳が、十二連発で黒縄の肉体を抉った。
十二個の拳跡を刻み、陥没するゲドゥーの胸と腹部。菱形の頭部から、ゴボリと鮮血が飛び
散る。
しかしゲドゥーは、滅びなかった。
最後の連撃を撃ち込み、硬直するナナ。エネルギーの切れたその胸に、再び動き出した右
手が伸びる。
弱々しく点滅するエナジー・クリスタルを、“最凶の右手”は握り掴んだ。
「ッッウグウウゥッッ!!! ウワアアアアアァァッッ〜〜〜ッッ!!!」
「キュロロロッ・・・キュロロロロォ―――ッッ!!!」
凄まじい握力で、胸の結晶体を一気に圧迫していく。
ビキビキと亀裂の走る音色がナナに届いた。命の象徴を潰される苦痛に、悶え踊る青色の
天使。
『エデン』の奪取という目的を、ゲドゥーは忘れているかのようであった。
余裕など、ないのだ。もはや眼前の小娘を殺すことが、ゲドゥーにとっての全て。
黒縄で編まれたような肉体は、確かに軋んでいる。崩壊の序曲を耳元で聴いた気になり、殺
人鬼の衝動は本能により近い形で発動されているのだろう。
強さ、か―――。
後輩の少女は、私のことを我慢強いと言ってくれた。確かに、たくさんのことを耐えてきたよう
な気がする。
今、この場においても・・・苦しみ叫ぶ仲間を置いて、逃げることこそが、私に期待された我慢
なのかもしれない。
・・・・・・だがしかし。
「・・・ごめんね。みんな」
私はやっぱり、弱い人間なのよ。
「みんなに託された想いを・・・私は、踏みにじるわ」
我慢は、できない。
逃げることなど・・・仲間を犠牲にして自分だけ助かるなど、私には、できない。
「最後まで・・・弱くて情けないのがこの私。・・・ファントムガール・サトミよ」
グシャアアアアッッ!!!
信じられない、光景が起こった。
飛び込んだサトミの膝が、ゲドゥーの顔面に突き刺さっている。空中の、跳び膝蹴り。
菱形の顔にヒビを走らせ、ひとつ眼凶魔がグラグラと後ずさる。右手はナナのクリスタルを、
手離していた。
「ゥッッ・・・!!? ・・・な・・・?」
信じられないのは、ナナもまた同様であった。
心身ともに限界を迎えていたはずのサトミが・・・なぜ動けるのか!? それも、このようなス
ピードで。
五体満足であった時すら、上回るほどの体術を今のサトミは発揮している―――。
「・・・ナナちゃん」
長く、しなやかな二本の脚で、サトミは立っていた。
幽玄の美貌。優雅なる所作。凛とした佇まい。
先程まで死に掛けて、地に這っていた令嬢戦士は、絶頂期と遜色ない風を纏っている。
「さようなら、よ」
微笑む唇の端から、ツ・・・と一筋の雫が垂れる。
ゲドゥーは知っていた。思い出していた。その液体の、正体を。
地下のスナック。薄暗いアジト。潜入した現代くノ一は、歯の裏に隠した劇薬を飲み込んでい
た・・・
死と引き換えに、尋常ならざる身体能力を手に入れる、猛毒。
御庭番衆の末裔たる現代忍びには、自らの口を封じる手段を持つという。死を覚悟した者に
だけ与えられる、超人的な力。最後のアダ花を咲かせるための、最終手段―――。
最後の最後で、サトミは己の命を投げ打ってきたのか。
「キュロロロロォォッ――ッ!!!」
渾身の力を、ゲドゥーは右腕にこめる。
放っておいてもサトミは死ぬ。わかっていても、関係なかった。
シュラとなった凶魔は、眼の前に強敵がいれば、殺さずにはいられない。
「ファントム・リボンッ!!」
サトミの右手から、白い光の帯が伸びる。
眩く輝くそれを、ゲドゥーの右手が弾き返す。
力強い聖光を帯びたリボンも、シュラとなったゲドゥーには必殺足りえない。激突の瞬間、爆
発が起こった。
火花と白煙が消えたときには、銀と紫の女神もまた、姿を消していた。
「私があなたに唯一勝てること・・・それは気配を消すことよ」
ゲドゥーの背後で、くノ一戦士の声は湧いた。
振り返る。飛燕の速度。握った“最凶の右手”で、バックブローを放って。
独楽のごとく回転する身体が、暴風を巻き起こす。
ドキャアアアアァァッッ!!!
「ぐブウウウッッ!!!」
ゲドゥーの右の裏拳が、サトミの右胸に叩き込まれた。
拳が埋まり、乳房が陥没する。
その瞬間、正邪の頂上決戦は、事実上の決着を迎えた。
「・・・・・・これが・・・最後のファントム・リボンよッ・・・・・・!!」
サトミの両手は、ずっと白い光の帯を握っていた。先程から。
光のエネルギーを収縮させ、糸のごとく極限まで細くなった、ファントム・リボン。
その両端をそれぞれ握り、サトミは縦一直線に、ピンとリボンを張っていた。
縦に張った光の糸を、バックブローとともに、ゲドゥーの右腕は通過していた。
「私の力では・・・あなたの右腕は奪えない・・・ならば・・・あなたの力を利用するわ・・・」
サトミの右乳房から、グボリと凶魔の右腕が抜ける。
上腕から切断された“最凶の右手”は、断面から鮮血を噴き出して、ドシャリと大地に落ち
た。
「キュッ・・・オオオオオオォォッ―――ッッ!!!!」
「シュラになったあなたでは・・・敵への攻撃を緩められない・・・」
絶叫する凶魔の首に、極細の糸となったファントム・リボンを投げつける。二重、三重と巻き
つける。
「掴んで、ナナッ・・・私からあなたへ・・・未来へ繋ぐ糸を」
パシリ、と青いグローブがリボンの端を掴む。
右腕のない凶魔を間に挟み、一本のリボンで繋がったふたりのファントムガールは、互いを
見詰めた。
「・・・サトミ・・・さん・・・」
「これで・・・最期よ」
ファントムガール・サトミは、微笑んだ。
いつも見る、そしていつになく見る優しい笑顔に、ナナの胸に熱いものがこみあげた。
「キュロロロロロオオオッッ――――ッッ!!!!」
サトミとナナ。ふたりのファントムガールは、同時に光の糸を引っ張った。
ザンンンッッ!!! と音がして、菱形の頭部が宙に舞う。
一瞬の静寂。大地に落ちる、凶魔ゲドゥーの首。
黒縄で編まれたような漆黒の身体が爆発し、粉々に吹き飛んだ。
最後のミュータントが、この地上から姿を消した瞬間であった―――。
「・・・気がついたかい、お嬢ちゃん」
藤木七菜江が意識を取り戻したのは、激しく揺れる、背中の上だった。
覚醒と同時に、燃えるような激痛が全身で疼き出す。力はまるで、入らなかった。
指一本すら、動かすことができない。
肉体がボロボロに擦り切れたのを、嫌でも自覚せずにはいられなかった。
自分がまだ生きているのが、少し不思議な感じもする。
生の実感も、闘いが終わった安堵感も、湧いていなかった。喜怒哀楽、その全てが複雑に混
ざり合って奥底で煮立っている。
特定の感情を表すには、あまりにも多くの出来事が起こりすぎていた。
「・・・・・・ゲン・・・さん?」
「無理に喋らなくていい。普通ならとっくに死んでる重体なんだからよォ」
七菜江を背負ったゲンさんこと松尾源太は、初老とは思えぬスピードで走り続けていた。
どうやら周囲には、他にも多くの人々・・・恐らくは、元特殊国家保安部隊の救護班がひしめ
きあっているらしい。
意識が明瞭になるにつれ、ようやくそれだけのことが七菜江にもわかってきた。
「見事だったぞ、七菜江くん・・・いや、ファントムガール・ナナ。ワシには礼くらいしか言えねえが
よ・・・ありがとう。本当に、ありがとう」
「・・・・・・ゲンさん・・・」
「こんなオイボレの背中などではなく、本来ならちゃんとした担架やらストレッチャーやらで運び
たいんだがな。あいにく、もっと重傷な他の娘たちを優先せねばならんからのう。我慢してくれ よ」
朦朧とした意識が、一気に醒める。
源太の言葉に含まれた希望が、七菜江の心を活性化させていた。
「生きてッ・・・!? 生きてるんですかッ!? 夕子も、桃子も!?」
「予断は許さん状態だがなァ。ワシらが手配した連中が、今必死に治療中だ」
「で、でもッ・・・!! あのとき、ふたりとも砂になって・・・ッ!?」
「『エデン』を抜き取られたんだから、ファントムガールとしてはいられない・・・いわば、強制的に
変身解除されたようなものだったんだろうな。ま、ワシにゃあ細かいことはわかんねえがよォ。 柔術使いの少女も、顔は潰れちまったが、命は繋ぎとめた」
「エリちゃんも・・・!! じゃ、じゃあ、みんな無事にッ・・・?」
源太の口が、押し黙った。
奥歯を噛み締め、元御庭番衆の幹部であった老人は、しばし走り続けた。
「・・・ゲンさん?」
少女の顔が一気に強張る。
あとひとり。もっとも気になる守護天使の名前が、老人の口から出てきていなかった。
「ッッ!! ・・・・・・そんッ・・・な・・・!?」
「急ぐぜ。それを確認するために・・・今、こうして向かっている」
皇居前広場の一角が、目前に迫っていた。
男たちが、3人いた。
ひとりの男は、七菜江もよく知る人物だった。
坂本勇樹。特殊国家保安部隊に所属する、陸上自衛隊の一尉。
右腕を失い、隻腕となった青年は、大地に座り込んでいる。
坂本の頬は、紅潮していた。耐えるように、歯を食い縛っている。額に汗が噴き出していた。
その太腿を枕にして、ボロボロの制服を纏った五十嵐里美が、仰向けで横臥していた。
里美の顔は、紙のように真っ白だった。
「ウソだよ」
呆然と立ち止まった源太の背中から、少女が滑り落ちた。
走る。今まで動けなかった身体が。ヨロヨロとフラつき、里美の傍らに倒れこむ。
ゾッとするほど冷たい肢体に、七菜江は抱きついた。
胸に顔を埋めながら、泣き叫んだ。
「ヤダッ!! ヤダッ!! ヤダアァッ!!! こんなのッ、こんなのウソに決まってるッ
ッ!!!」
「ッッ・・・我々ッ・・・御庭番衆の末裔にはッ・・・!!」
坂本の肩は震えていた。
強く握った拳に、血管が浮き出ていた。噛み締めた唇から、血が滲む。
「死と・・・引き換えにッ!! 限界を越えた力を引き出す、秘薬があるッ・・・!! 魅紀と同じ
く、里美さまもまたッ・・・!!」
「信じないッ!! そんなの信じないッッ!!! やっとゼンブ、ゼンブ終わるのにッ・・・里美さ
んが、死ぬわけないよッッ!!!」
「猛毒なんだッ!! 奇跡を起こす代償はデカいんだッ!! 死の運命から逃れることは、誰
にもできないッ!!」
「里美さんはファントムガールなんだよッ!!? 『エデン』の生命力が、毒なんかに負けるもん
かァッ!!! 必ず勝つよッ、里美さんは必ずッッ・・・!!!」
「里美ィィィッッッ!!!」
夜を切り裂くような、咆哮が轟いた。
男が、立っていた。逆三角形をした、筋肉の集合体のような身体。
遠目からでもわかるほど、工藤吼介は全身を波立たせて呼吸していた。
「死ぬなァァッッ!!! お前が死んだらッ・・・オレはどうすればいいんだッッ!!!」
脚をもつれさせながら、格闘獣が走り寄る。
必死に、懸命に、泥臭いほどガムシャラに、里美の元へと駆けていく。
「・・・吼・・・介・・・」
愛する男の眼を見た瞬間、七菜江はそこに自分が映っていないことを悟った。
工藤吼介の心底の想いを、悟った。
それでも構わなかった。自分などはどうでもいいから・・・彼の願いを叶えさせたかった。
五十嵐里美の命だけは、救ってくれるよう神に祈った。
「お願いッ・・・お願いしますッ・・・!! 里美さんッ・・・里美さんッ!!!」
里美の両手を取る。握り締める。
ボタボタと熱い涙が、里美の胸へ、顔へと降り落ちた。
・・・ギュウ・・・
わずかに握り返すその力を、七菜江は確かに感じ取った。
「・・・・・・ナナ・・・・・・ちゃん・・・・・・?」
長い睫毛が動き、薄っすらと瞳が開いた。
七菜江は叫んだ。愛する生徒会長の名を。
呼応するように、両手を握り返す力がさらに強まった。
「・・・・・・みんな・・・を・・・・・・」
「里美さんッ!! 里美さんッッ!!! 生きてッ、お願い、生きてェッ!!!」
格闘獣の叫びが、一際大きくなる。血にまみれた巨躯が、すぐ近くまで迫っていた。
里美の名を呼ぶその声は、本人にもはっきりと届いていた。
「・・・・・・吼介・・・を・・・よろしく・・・・・・ね・・・・・・」
満足そうに、春風のような微笑を里美は浮かべた。
手を伸ばせば、吼介の身体に触れる・・・その時だった。
「止まれェェッッ!!!」
闇に湧いた裂帛の叫びが、格闘獣の脚を止めた。
銃口が、光っていた。全部で15。
漆黒に隠れていた現代忍びの部隊が、その姿を露わにしていた。
「なッッ・・・玄道さまッ!!?」
坂本勇樹が驚きの声をあげる。
御庭番衆の総帥とその直属部隊が、不意に行方をくらましたのはこのためだったのか。
「それ以上、里美に近づくな。人の世を脅かすバケモノめ」
「安藤さんッ!? ・・・なんでッ? どうしてェッ!!」
呼び慣れた名前を叫ぶ七菜江の声は、悲鳴に近かった。
五十嵐玄道と、彼が従えた15人の精鋭は揺るがなかった。ハンドガンの照準を、鬼の化身
にピタリと合わせて動かない。
「我の指揮で、里美が起こした不始末を処理できるのは、今しかないのだ」
反逆者・久慈仁紀が政府転覆の寸前で死した現在、国家の指揮系統は激しく混乱している。
本来は、時の権力者の忠実なる駒である御庭番衆も、今だけは勝手が違った。
この緊急時、彼らは頭首である玄道の指示通りに動けた。国の組織運営が正常に戻れば、
独断で動くマネは許されない。
「我らはこの国を守るッ!! そして、里美が果たすべきであった使命を、今こそ遂行する
ッ!!」
動きを止めた工藤吼介は、静かに黒装束の老人を見詰めた。
その表情は、ひどく穏やかなものだった。
「思えば、うぬとも長い付き合いだったな」
「・・・はい」
「済まぬ。だが我は、里美に汚名を着せたまま、逝かせたくはないのだ」
「・・・わかっています」
「せめて、天の上で我が娘を・・・愛してやってくれ」
格闘獣が、すべての力を抜いた。
引き裂くような絶叫が、七菜江の口から迸った。
15個の銃口に跳びかかろうとしたショートヘアの少女を、松尾源太が抑え込む。
「撃て」
一斉に、銃声と火花が炸裂した。
ッッ!!!!
佇む工藤吼介の前に飛び込んだのは、五十嵐里美の肢体だった。
「さとッッッ・・・!!!!」
胸に。腹部に。腕に。脚に。
四肢を大きく広げた里美の全身に、15の鉛玉が着弾した。
「みイイィ゛ィ゛ッッ〜〜〜〜ッッ!!!! ァァア゛ア゛ア゛アアッッ――――ッッ!!!!」
獣のような、絶叫が響いた。
渦巻く叫びのなか、微笑を浮かべた五十嵐里美は、静かに大地に倒れていった。
怒号と悲鳴と泣き声と。
少女の名を、いくつもの声が叫ぶ。いくつもの腕が、血に濡れた少女を抱き締める。
真っ白な顔をした少女は、優しく笑ったままだった。
首都の地に、少女の名前がこだました。
東の空から、昇る朝陽が光を挿した。
東京に、間もなく、新しい一日が訪れる―――。
終章 エピローグ
コテージを思わせる、落ち着いた雰囲気の喫茶店。
いつぞや霧澤夕子と桜宮桃子が、久慈仁紀とストーカーに襲撃を受けた店が、待ち合わせ
の場所だった。あのときは随分と店に迷惑を掛けてしまったが、当時の騒動の様子はほとんど 忘れ去られているらしい。
窓際の予約席以外にも、店内はほどよく混んでいる。
質量ともに満足させるリーズナブルなディナーは、いまでも人気のコースのようだ。
高校生の少女たちにとっては、お財布にも有難かった。
「エリちゃん! こっち、こっち!」
カラコロと、ドアベルを鳴らして入店した少女を、藤木七菜江は立ち上がって手招く。
白鳳女子高校の制服に身を包んだ少女は、スラリとした手足を動かして、窓際に進んだ。
元々モデルのようであったスタイルは、この一年でさらに磨かれたようにも見えた。
「ごめんなさい・・・遅れてしまって」
「仕方ないよォ。一周忌の法要なんて、いろいろと大変でしょ? エリちゃんは施主さんになる
わけだから・・・お疲れ様」
2年連続でミス藤村の座を射止めた美少女が、微笑みかける。
桜宮桃子の対面にあたる席に、西条エリは座った。
「みなさん・・・今日は妹ユリのために・・・ありがとうございました」
「今更お堅い挨拶は抜きよ、エリ」
頭を下げようとするセミロングの少女を、霧澤夕子が制する。
聖愛学園の青い制服に赤髪のツインテールは、美少女揃いの4人にあってもよく目立った。
「私たちは、とっくにそんな、堅苦しい関係じゃないでしょ?」
「・・・そうでしたね。ユリもちゃんと、わかってると思います・・・」
「あ、オードブルがきたよ。まずは食べよ、食べよ」
ショートヘアの少女が、殊更に明るい声を出した。
様々な制服に身を包んだ女子高生たちは、運ばれてきた鳥肉とトマトのサラダに舌鼓を打
つ。
しめやかな一周忌の法要が済んだあと、少女たち4人は、ささやかな会を開くことを決めた。
言いだしっぺは七菜江で、幹事は桃子。エリの父親・西条剛史には、すべての事情を説明して 許可をもらっている。
4人揃って会うのは一年ぶりだというのに、少女たちはよく喋り、よく笑った。
「もうすっかり治ったんだね。顔のケガ」
食後のアップルティーを口に運びながら、桃子が白い制服の少女を見て言う。
「あ・・・はい。ゲンさんが手配してくれたお医者さまが・・・すごく頑張ってくれたおかげです」
「『エデン』と融合してる、ってのも大きいだろうけどね」
ブラックコーヒーを飲みながら、ツインテールの少女が横から口を挟んだ。
「私と桃子はもう、あなたたちみたいなバカげた回復力はないけどさ」
「むぅ。誰がバカよ」
「そうは言ってないでしょ。短絡的なところは相変わらずね」
「もォ〜、相変わらずなのは、ナナと夕子の関係だよォ」
唇を突き出す同級生ふたりの間に、あははと笑いながら桃子が仲裁する。
場の雰囲気を変えるべく、イマドキの美少女はひとり年少のエリに尋ねた。
「で、エリちゃんもやっぱり、将来的にはナナみたいになるの?」
「特殊国家保安部隊の・・・お手伝いですか?」
現在、高校3年生である七菜江は、防衛大学の受験を控えながら、非公式に元御庭番衆の
仕事を手伝っている。
巨大生物は現れなくなったとはいえ、この国を守る仕事はいくらでもあった。抜群の身体能力
を誇るアスリート少女にとって、ある意味で天職と言えるかもしれない。
元々、防衛大を経て幹部自衛官となり、特殊国家保安部隊に入隊するというのは、五十嵐里
美が進むはずのコースだった。
「そうですね・・・想気流柔術と、ユリがくれた『エデン』は・・・そのように使うのが、一番相応しい
と思います・・・」
「うん。きっと、ユリちゃんも喜ぶよ」
「しかし、七菜江みたいな粗忽者が自衛官って・・・必要以上に不安になるわね。大丈夫な
の?」
「ソ、ソコツ者って・・・いや、そりゃあさ、夕子みたいなしっかり者の生徒会長さまからすれば、
頼りないでしょうケド!」
かつては孤高のクール・ビューティーも、いまや人気抜群の生徒会長となっている。
元々の天才的な頭脳に加え、勝ち気な表面に隠れた優しさは、聖愛学園の生徒たちにバレ
てしまっていた。偉大なる前任の跡を継ぐ大役は、夕子以外に担えそうになかった。
「だけど、夕子が生徒会長やるなんて、意外だったなァ。一番変わったのって、夕子かもね?」
「そうそう、確かに丸くなったよね!」
「それもそうだけどォ、まさか男のひとと付き合うなんて、ビックリしたよォ」
桃子の言葉に、七菜江と夕子が同時にドリンクを噴き出す。
「なッ・・・ななな! 夕子が付き合ってるぅぅ〜〜ッ!?」
「ホ、ホントなんですか・・・?」
「あれ? ナナもエリちゃんも知らないのォ? ふたりの身近にいるひとなんだけどな」
「ッッ・・・ちょ、ちょっと、桃子。顔出して」
ツインテール少女に言われるがまま、愛くるしい美貌をミス藤村が突き出す。
白桃のような右の頬を指で摘むや、夕子は思い切りひねった。
「イハい! イハい! イハい! あにふるのォ〜!」
「なんで! あんたは! 秘密をあっさり漏らすわけッ!?」
バタバタと暴れる桃子と真っ赤になる夕子を尻目に、体育会系少女ふたりは推理を続けてい
る。
「もしかして・・・坂本勇樹一尉・・・でしょうか?」
「きっとそうだよ! 昔の恋人だった相楽魅紀さんと、ちょっと雰囲気似てるもん、夕子・・・」
キャーキャーと騒がしい『エデン』持ち二名を、極端な咳払いで夕子は黙らせた。
「も、桃子の方はどうなのよ? 近況報告は」
「あはは。あたしはなにも、変わらないよォ」
ヒリヒリする頬をさすりながら、ミルクティーを桃子は口に運んだ。
「高3だから進路も決めるころでしょ?」
「『たけのこ園』の木原さんからは、就職するように誘われてるけど・・・保母さんになるのが夢
だったからね。まずは専門学校へいくことになるかなァ」
エスパーであり、ミス藤村であり、元ファントムガールであった少女は、すでにごく日常の世界
に溶け込もうとしていた。
「・・・モモにとっては、それが一番いいと思うよ」
「ありがと♪ さすがにナナは、あたしのことよくわかってるよ」
「あたしも・・・きっと立派な自衛官になって、頑張る」
「ね、ナナ」
ティーカップを置いて、桜宮桃子は真っ直ぐに七菜江の瞳を見た。
「吼介は・・・どうしてるの?」
「ん?」
わずかに口元を緩ませて、七菜江は自然な様子で視線を外した。
窓の外、9月の夜空を見上げる。
宙天には、あの日と同じような、満月が昇っていた。
「わぁ・・・すっごくキレイな月・・・」
キラキラと瞳を輝かせる少女に釣られ、テーブルの全員が空を見上げる。
秋空に浮かぶ美しき月に、しばし皆が言葉を失った。
「・・・吼介はね・・・たぶん、今頃は・・・」
一年前の、あの日を思い出して。
4人の少女たちは、いつまでも満月を見ていた―――。
五十嵐玄道は、御庭番衆・頭領の座を、正式に降りた。伊賀の里に帰ったという噂だけを残
して、隻眼の老人の姿はその後、誰の眼にも触れることはなかった。
ゲンさんこと松尾源太は、暫定的にという条件で、玄道が去ったあとの御庭番衆頭領に就い
た。この一年で奇跡的にこの国が復興を遂げたのは、彼の暗躍によるところも大きいと聞く。
一説には新宿中央公園を住処にするホームレスたちに、巨額の謝礼が渡されたともいうが、
彼らの多くは以前と変わらぬ生活のままだった。公園には、ゲンさんが使っていたテントがいま だに張られたままだという。
片倉響子は、罪人として捕らえられながらも、その類い稀な知識と経験を政府に買われた。
司法取引により大幅に減刑された彼女は、今はとある研究施設にて極秘のうちに働いてい る。
そして、工藤吼介は・・・
「・・・見えるか?」
コテージを思わせる外観の、喫茶店。
4人の美少女たちが、窓に顔を寄せ、夜空を見上げている。
満月が照らす淡い光で、外にいても店内の様子はよくわかった。懸命に見上げる少女たちの
表情も、吼介からはハッキリと見て取れる。
闘鬼と呼ばれた男は、その両手で車椅子を押している。
月にも見劣らぬ美しき少女が、椅子の上には座っていた。
「あれが・・・お前が愛した・・・仲間たちだよ」
車椅子の少女に、男は静かに語りかけた。
風が吹いた。秋の風が。
幽玄を思わせる満月は、天高く輝き続けた。
《ファントムガール 全十四話 〜完〜 》
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