第九話・続き



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 満月が青い波間に揺れている。
 穏やかな太平洋の波が、飛沫をあげながら満ち引きを繰り返している。湿気をともなった海
風が、南の島を爽やかに駆け抜けていく。月明かりが照らすだけの、夜の海岸。普段なら、こ
こ南海のリゾート地・天海島の裏側には美しい夜景が広がっているのであろうが、今夜に限っ
ては特別な存在たちが、常夏の夜から平穏を奪い取ってしまっていた。
 深緑の身体にレンガ色の甲羅を背負った巨大なウミガメの怪物と。
 月光に煌く銀色の女神がふたり。
 砂浜を揺らし、怒涛を巻き起こす巨大な闘いが、ただひとりの少女が見守るなか繰り広げら
れている。

 「そ、そんなァ・・・」

 浜辺に立ち尽くした桜宮桃子の朱鷺色の唇から洩れたのは、動揺と悲痛の呟きであった。
 獰猛な獣の勝ち鬨が沸き起こるなか、ふたりの守護天使が鮮血と汚泥にまみれて倒れ伏し
ている。
 金色がややまじった茶髪を背中にまで伸ばした紫の戦士は、藻屑のごとく波間に揺られ、ス
カイブルーの海を滴る血で薄墨に汚していた。プカプカと無言で漂う姿に、無力感が迫る。一
方のショートカットも模様も青いスタイル抜群の戦士は、瞳と胸のクリスタルを点滅させながら
大の字で傷だらけの肢体を砂浜に横臥させている。
 ファントムガール・・・いや、つい先日の5人の少女たちによる会議で、紛らわしいからという
理由により、ファントムガール・サトミと呼ぶことにしたリーダー格の戦士と、純粋な身体能力な
ら最強とすら噂されているファントムガール・ナナ。「エデン」の守護天使を代表するふたりが、
ウミガメの怪物の前にいいところなく責め立てられる悪夢は、もう30分近く続いていた。

 桃子は・・・いや、恐らく七菜江もそうであろうが・・・勘違いをしていた。
 人間の知性と動物の特殊能力を併せ持ったキメラ・ミュータントの脅威には何度もさらされて
きた。その強さも恐ろしさも十分理解していたし、闘いの際には常に警戒を怠らなかった。メフ
ェレスやマヴェルといった、人間単体でのミュータントについてもそれは同じだ。
 その一方で、動物単体でのミュータントに対してはどうだろうか?
 戦略を持たぬ、本能で向かってくる敵に、与しやすいイメージを持っていたのではないだろう
か。実際に過去の対戦でも比較的楽に倒してきたし、ウミガメを媒体とする今回の相手につい
ても、さほどの脅威を感じていなかったのが実情だ。
 間違っていた。
 ウミヌシは恐るべき強さで、ふたりのファントムガールを圧倒し続けていた。
 もともと体調が万全ではないといえ、ふたりがかりの銀の女神の攻撃を、甲羅の巨獣は平然
と受け止めて見せた。「エデン」の力を解放せずに戦況を見守る桃子の前で、サトミが、ナナ
が、成す術もなく傷つき倒れていく。

 「ふ、ふたりが・・・まるで敵わないなんてェ・・・こ、このままじゃ・・・」

 グオオオオオオオオッッッ――――ッッ!!!

 ウミヌシが牙の生え揃った顎を開き、天に咆哮を轟かす。海面と大地に沈んだ少女戦士を振
り返ることなく、四つの足を交互に踏み出して突き進む。その先にあるのは、少女たちが宿に
選んだ一軒家。なにも知らない筋肉獣が、平和に眠っている場所。

 「ファントム・リボン!」

 清廉なる声とともに、白いリボンが立ち上がった高貴なる戦士の手から放たれる。
 岩石のような巨躯に絡みつく正義のリボン。英才教育を受けて育った少女戦士の気力が、動
けぬと思われた肉体を立ち上がらせていた。新体操選手でもある五十嵐里美が得意とする必
殺の技が、油断し切ったウミヌシを背後から捕らえている。海水を滴らせながら、紫の戦士は
残りわずかな光のエナジーを結集させた。

 「キャプチャー・エンドッ!」

 負のエネルギーを清算する、聖なる光が白い帯を通じて巨獣に注がれる。
 かつて固い甲殻を持つカブトムシのミュータントに大ダメージを与えたサトミ必殺の技のひと
つ。いかに強固の甲羅に守られたウミヌシとて、直接光を注入されればひとたまりもない――
はずであった。

 「ギシャアアアアッッ―――ッッッ!!!」

 「なッ・・・これも・・・効かないというの・・・」

 美麗な銀のマスクがうつろに声を震わせた瞬間、怪物の赤茶色の甲羅が発光する。
 数千度にも及ぶ高熱が一瞬で白のリボンを燃やし、帯を伝って疾走した炎が女神の紫のグ
ローブに火をつける。たまらず手放した聖なる帯は、令嬢戦士の目の前で灰となって海中に消
えた。

 「ファントム・リング!」

 容易く技を破られたショックを感じさせず、華奢な守護女神は次なる必殺技を放っていた。間
を置かぬ、素早いスピード。両手に現れた白い光の輪が、闇を切り裂いて巨大ガメの正面に
迫る。ファントムガール・サトミの技のなかでもっともシャープな円斬を、ウミガメのミュータント
は受け切るつもりなのか。
 パリンッッ・・・
 澄んだ音色を響かせて、甲羅に激突した光のリングは粉々に霧散した。
 無惨に消滅する己の武器を、呆然と見遣る美しき女神。ウミヌシの口から発射された灼熱光
が、硬直したサトミの胸の中央に直撃する。

 「はあぐぅッッ!!」

 銀と紫で描かれたバストが、赤黒く焼け爛れる。青色に輝く水晶体・エナジークリスタルに受
けた一撃は、里美の魂を震えさせるほどに強力であったのに、エリート戦士であるがゆえに踏
みとどまったのが令嬢天使のアダとなった。
 荒れ狂う海神の追撃光線。
 立ち尽くすサトミの腹部を、腕を、顔面を、次々に灼熱が焦がしていく。

 「きゃあああああああッッううううッッ――――ッッ!!!」

 琴のごとき優美な声音が、苦痛に揺れて水面を駆ける。
 銀色に輝く肌を赤黒く焼け爛れさせ、飛沫をあげて女性らしい肢体が海中に沈む。ジュッ・・・
という音とともに黒煙が立ち昇る。

 ファントム・リボンも、ファントム・リングも・・・いや、それだけではない。ファントム・クラブも、フ
ァントム・バレットも、最大の必殺技と位置付けられるディサピアード・シャワーまでも・・・

 "私の技が・・・まるで・・・通用しないなんて・・・・・・"

 ブクブクと海面を泡立たせながら、美しき女神の肢体が夜の海に沈んでいく。

 ドオオオオオッッッ――――ンンンッッッ!!!

 迫撃砲のごとき轟音。振り返るウミヌシの視界に、横たわっていたはずの青い戦士が直立
し、右腕を突き上げている姿が入る。天に向けた右手の上に浮かぶのは、唸りを響かせる光
の白球。ビリビリと震える空気が、光球の持つ高密度なエネルギーを教える。

 「スラム・・・ショットォォォッッオオッ―――ッッ!!!」

 世界が爆発したがごとき炸裂音。
 ファントムガール・ナナ必殺の光の弾丸が、一直線に強固な甲羅に飛んでいく。破壊力にお
いて、5人の守護天使たちのなかでも比類を見ない最強の光弾。装甲を持つカブトムシもクワ
ガタも、一瞬にして貫いた弩級の破壊砲弾が、鈍重な動きしかできぬ巨獣に迫る。
 最強の光の弾丸vs最強の怪物の甲羅。
 巨大なる戦闘での、最強の矛vs盾。その結果はいかに―――

 交錯する、轟音。

 衝撃が、島の浜辺を貫いた。
 数多くのミュータントを葬ってきた光の砲弾が、レンガ色の甲羅に着弾するや、バレーボール
のように軽々と弾き飛ばされる。
 ファントムガール・ナナ必殺のスラム・ショット、敗北の瞬間―――

 「ハアッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・そ・・・んなッ・・・・・・」

 ウミガメの甲羅がカブトムシやクワガタの甲殻などとは比べ物にならぬほど強固なのは、今
更言うまでもない。だが、ウミヌシの飛び抜けた防御力には、さらに理由があった。
 「エデン」は寄生したものの能力、精神によって、変身後に与える力を大きく変える。飢えたも
のならば獲物を求め続ける狩人にさせ、魔術を信じるものには本物の魔術を与える、など。
 ウミガメに心があるかはわからないが、もしあるとすれば固い甲羅に守られた彼らの主張は
こうではないのか。
 《甲羅さえあれば、なんびとたりとてオレを傷つけることなどできはしない》
 その揺るぎない絶対的信念は実際以上に甲羅を頑強にさせ、飛躍的に防御力を高めている
のだ。能力と精神とが合致したこの強固な堅牢を、いかなる者が崩せるというのか。
 さらにいえば、精神状態によって強さを左右させるという「エデン」の特性は、ウミヌシの戦闘
力を、もうひとつの側面から非常に高めていた。

 「ナ、ナナッ! ダメだって!」

 地上で叫ぶ桃子の言葉が聞こえるわけもなく、無謀にも突進した青い少女戦士がめちゃくち
ゃに拳を振るう。
 必殺技を完全に破られたショック。工藤吼介の命が危険に晒された焦燥。憧れの生徒会長
が目の前で敗れ去った悔しさ。度重なる衝撃に、純粋なアスリート少女の身体は我を忘れて飛
び掛っていた。勝算も戦略もない、ガムシャラな特攻。最初からダメージを負っていた肢体を気
力だけで動かし、叫びながら強固な甲羅を殴り続ける。

 「ハアッ! ハアッ! ハアッ! あたしが! あたしがやらなきゃッ! ゼエッ! ゼエッ! 
ゼエッ! ゼッタイにあたしがッ! あんたを止めてみせ・・・」

 ガブウウウッッッ!!!

 ウミヌシの尖った牙が、無防備な天使のくびれた腹部に噛み付く。
 ズブリと埋まる黄色の牙。火傷を負ったナナの胴体から、真っ赤な鮮血が泉のように噴き出
す。

 「ぐあああああああッッッ?!!」

 「キャアアアッッ――ッッ!! ナナッ?! ナナぁぁッッ――ッッ!!!」

 破裂した水道管のように、凄まじい勢いで牙の埋まったナナの腹部から噴き出る血。滴る雫
がみるみるうちに肉の詰まった下半身を紅に染め上げていく。激痛に貫かれ動きの止まった
青い天使を、噛み付きのギロチンがさらに断絶していく。

 ゴキッ・・・ゴキゴキッ・・・ブチブチッ・・・ビリッ、ブチブチンッッ!!

 「ふぎゃあああああああッッッ―――ッッッ!!!!」

 筋繊維が、皮膚が、肋骨が、砕かれ噛み千切られているのか。
 南の島で展開される凄惨なパノラマに、超能力少女の意識が吹き飛びそうになる。

 もしウミヌシが単なるカメのミュータントであるなら、固い守備力はあってもここまでの苦戦を
強いられたかどうか。
 だが、今のウミヌシは、生命を賭けて子供を産み落とそうとしている、産卵期のウミガメなの
だ。全生命力をこの一瞬に捧げた母親の想いは、あまりに深く、強い。全ての生物に共通した
根幹の本能が、1に己の命を守ることであり、2に種の繁栄であることを思えば、根深い本能
に直面した今のウミヌシは、相当に戦闘力を高めているはずであった。子を守る親ガゼルが、
襲い来るライオンを蹴散らしてしまうように。

 ヴィーン・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・
 ナナの胸の水晶体が、弱々しく夜の海辺に鳴り響く。
 ガクリとショートカットを垂らし、瞳の光を失った豊満な肉体が、胴を噛み付かれたまま体重を
巨大ガメに預けている。
 肉体の崩壊と精神のショック。タフネスではズバ抜けたファントムガール・ナナが、ついに限
界を迎えて意識を失っていた。物言わなくなったグラマラスな肉体は、時折思い出したようにヒ
クリヒクリと揺れるのみ。
 ブチブチブチッ・・・蹂躙する顎の食い込む音だけが、言葉のないナナの肢体から響いてく
る。
 動物であるがため、敵がとっくに敗北していることも気付かず、青い少女戦士を両断するま
で、ウミヌシの牙は天使の引き締まった腹部を切り裂いていく。ぐったりと脱力した健康的な肉
体美を、ギリギリと噛み潰しながら弄ぶように振り回す。

 「ハアッ!」

 裂帛の気合とともにウミヌシの背後から襲い掛かったのは、海中に沈んだはずのファントム
ガール・サトミであった。
 その女性らしいプロポーションのどこに力が湧くのか。不屈と呼ぶに相応しい闘志で再度立
ち上がった紫の女神がレンガ色の甲羅に飛び乗り、細い腕をカメの短い首に巻きつける。
 生物の構造をよく理解した攻撃。短い手足にぶ厚い甲羅を持ったカメでは、この状態からの
反撃は不可能だ。首を引っ込めることも叶わず、締め付ける窒息の苦しみに、ナナに食い込
んでいた顎が思わず開く。腹部を真っ赤に塗らした青い戦士が、地響きとともに砂浜に落下す
る。
 はちきれんばかりの柔肉を内包した瑞々しいボディは、砂地で軽くリバウンドした後、光の粒
子と化して幻のように消え去った。

 「ギイエエエエッッ・・・ギュオオオッッ――ッッ!!」

 頑丈という意味では無敵のウミヌシも、酸素が届かなくなれば生きることはできない。千載一
遇のチャンスに、くノ一戦士の細腕に力がこもる。獣の手足をバタバタと振り回すウミヌシだ
が、甲羅にしがみついたサトミのどの部分にも爪がかかることはない。

 「ナナッ! しっかりしてェッ!! ナナぁッ!!」

 蕩けるような桃子の甘い声が、切迫した感情に研ぎ澄まされる。
 巨大カメと銀色の女神の死闘が続く場所からわずかに離れた波打ち際に、ピクリとも動かぬ
藤木七菜江の姿が転がっていた。
 駆け寄った桃子がショートカットを抱き起こす。意識を無くした元気少女の唇から、苦しげな
吐息が洩れてくる。まくれあがったTシャツから覗くくびれた腹部は、細かな擦り傷に覆われ血
が滲み出していた。瞳を閉じ、口を半開きにし、細い眉を八の字に歪ませて、苦悶を刻んだま
ま固まった天真爛漫な少女の表情は、闘いで受けた仕打ちの酷さを如実に物語っていた。

 「ご、ごめんね、ナナ・・・あたしが・・・あたしのせいで・・・・・・」

 ルージュを塗らなくとも紅い唇を、超能力少女はぐっと噛み締める。熱い雫が目蓋の奥からこ
みあげてくるのがわかる。だが桃子に、悲嘆に暮れている時間はなかった。

 「キャアあああああああッッッ――――ッッッ!!!」

 月夜を切り裂く美麗女神の絶叫に、桃子の神秘的な瞳が巨大な死闘に向き直る。
 岩石のような赤茶色の甲羅がビカビカと発光し、背に張り付いたスレンダーな守護天使を高
熱で焼いている。
 今まで必死でしがみついていた肢体を、今度は引き離そうとするサトミ。しかし高温で溶けた
皮膚が貼り付いてしまったのか、積み重なったダメージが身体の自由を奪っているのか、か細
い両腕に力を込めて反り上がるヴィーナスのごとき肢体は、奮闘空しく灼熱の甲羅から離れな
い。密着した腹部が、太腿が、銀色からみるみる赤黒く変色していく。

 「アッ・・・アア・アッッ!!・・・ウァッアッ・・・!!」

 ジュウウウウゥゥゥッッ・・・・・・
 黒い煙がウミヌシの甲羅とスレンダーなボディの間から立ち昇る。桃子の鼻腔を刺激するた
んぱく質の焦げる悪臭。美を司る神が造形したとしか思えぬ秀麗なマスクが苦悶に歪み、青い
切れ長の瞳が点滅を開始する。途切れることない灼熱地獄に堕ちた、高貴なる銀色の蝶。くノ
一としての修行で鍛錬を積み、苦痛への耐性が強いはずの五十嵐里美が、生きたまま焼かれ
る煉獄の苦しみに弱々しく喘ぎ続けるのみ。

 「さ、里美さァんんッ?! そんなァッ・・・そんなァッ!!」

 超能力少女の叫びを遮るように、クリスタルの点滅音が浜辺の潮騒に混じる。
 ついに力尽きたのか、突っ張っていた両腕がガクリと折れ、銀と紫の女神は形のいいバスト
も憂いを帯びた美貌も、赤褐色に燃える甲羅の鉄板に沈んでいく。ジュッ、という燃焼音。うつ
伏せのまま四肢をダラリとぶら下げ、灼熱の甲羅に突っ伏したまま光の聖少女が焼かれてい
く。限界を悟ってしまったのか、もはやサトミの身体はピクリとも動かなかった。ただ神々しい銀
色の皮膚を、ジュウジュウと赤く爛れさせるのみ。魔物の防御と攻撃の前に、手も足もでないま
ま、人類の守護天使が惨めな火炙り刑に処されていく。

 「トッ・・・トランスフォームッ!!」

 耳の中で転がるような甘い声が、南海の星空に響き渡る。
 突然巻き起こった眩い光の氾濫に、巨大な獣は動揺した。流星のごとき光の帯が渦を描い
てひとつの地点に集結していく。夜を昼に変える聖なる光。巨獣の咆哮のなか、人型を形成し
た光の粒子は、やがて銀とピンク色の模様を彩った女神へとその姿を変えた。
 真ん中付近から分けられたセパレートのストレートヘアーも、シンプルながら可憐さを際立た
せる身体の模様も、女のコらしさを存分に発揮した華々しいピンク。
 魅惑的ななかに芯の強さを秘めた大きな瞳、すっと高く伸びた鼻梁、芳醇な色香を漂わせる
やや厚めの唇。パーフェクトな部品が完璧なる調和で並べられた究極のキュートマスク。小柄
で丸みを帯びた身体は少女の面影を残すものの、シルクに勝る銀の肌ツヤや発散される潤い
が、誘うような艶やかさを周囲に散りばめている。
 美しく、可憐で、可愛らしく、綺麗な、それでいてどこか艶のある、桃色の美闘士。
 エスパー戦士ファントムガール・サクラの輝く銀色の肢体が今、暴走する巨大ガメの目前に
降臨する。

 「"レインボー"!!」

 柔らかなボディラインを持ったピンクの女神は、登場と同時に両掌を重ねて前に突き出す。
 好色の魔物クトルを打ち倒したサクラ最強の光線技。文字通り七色の聖なる光が、一直線に
猛るウミヌシの顔面に照射される。
 
 「ギシャアアアアッッ――ッッ!!!」

 爆発。轟音。
 カメの顔に火花が弾け、白煙が立ち昇る。真っ赤な口腔を全開にし、怒りと苦痛の混濁した
咆哮を響かせる魔獣。生きながら焼かれる灼熱地獄がやみ、黒ずんだ火傷跡も痛々しい銀と
紫の女神がズルリと甲羅から滑り落ちる。巨大な守護天使の落下が白い砂浜に地震を起こ
す。
 上を向いたバストも引き締まった腹部も、爛れた火傷の跡を残してブスブスと煙をあげてい
る。美麗なサトミの無惨な傷跡。地に落ちた紫の令嬢戦士はピクピクと砂地を這いながら、細
長い腕を新しく現れたピンクの仲間に向けて差し伸ばす。

 "逃げな・・・さい・・・・・・"

 紫のグローブに包まれたしなやかな指は、助けを求めるというよりそう言っているようにサク
ラには見えた。
 ガクンと伸びた腕が落ちると同時に、ファントムガール・サトミの麗しき肢体は霞みのごとく夜
の海岸に溶け込んでいった。
 五十嵐里美のスレンダーな身体がうつ伏せに砂浜に倒れているのが、高い位置からエスパ
ー戦士の瞳に映る。ダメージは深いが死に直結するレベルにないのは、サクラこと桜宮桃子に
もわかった。だが、ホッとしているだけの余裕は愛らしい少女にはない。

 「グオオオオオオッッ―――ッッッ!!!」

 猛々しい海神の雄叫びがビリビリと海岸全体を震わせる。肌のざわつく感覚に、思わずピン
クの小さな天使は咽喉を鳴らした。
 ありったけのサイコエネルギーを凝縮し、攻撃力と変えて放出するサクラ最強の光線技"レイ
ンボー"。ファントムガールらが放つ光の技は、基本的には思念をエネルギーに変えることであ
り(いわゆる"気を込める"という所作に近い)、それは超能力を発揮するのに非常によく似た
構造といえた。よって物心ついたときから念動力を操れるようになっていた桃子にとっては、当
然思念をエネルギー化する作業は他のメンバーよりも慣れているため、実はサクラの光線技
は質にしても量にしても平均的に高いのだ。そのエスパー戦士が全力で放つ"レインボー"の
威力が、ファントムガールズの必殺技のなかでも低いわけがない。
 それでも。それでも、だ。
 レンガ色の甲羅を背負ったこの怪物には、まるで通用していなかった。
 当のサクラ自身、ちゃんと現実をわかっている。いや、わかっていたからこそ、最強の光線を
躊躇なく放てたのだろう。

 「うッ・・・ううゥ・・・ど、どうしよ・・・どうすれば・・・・・・」

 黄色く濁った眼でたじろぐ桃色の女神を睨みながら、本懐を邪魔立てする少女戦士に憎悪を
膨らませていく伝説の巨獣。
 五十嵐里美を助けたかったから、無我夢中で攻撃できた。だが優しきアイドル少女の本心は
いまだに、卵を産みにきた母親カメを傷つけたくはないのだ。そして一方で、傷つけようにもで
きない己の無力も悟ってしまっていた。
 闘う気力も、能力もない少女戦士に、勝ち目などあるわけがなかった。
 ウミヌシの口から放たれた灼熱光は、動揺する桃色天使の下腹部、青い水晶体がある場所
に勢いよく撃ち込まれる。

 「きゃあああッッ?!! あああッッ!!! 熱ッ・・・熱いィィッッ!!!」

 第二の水晶体、子宮に蠢くエデンと繋がったそこは、ファントムガールにとって剥き出しにさ
れた生殖器であり肉体全体を司る統率器官。ある程度強化はされているというものの、強い刺
激を受けると脳天を貫く快感が疾走する敏感な箇所を焼かれるのは、16歳の少女にはあまり
に酷い仕打ちであった。それだけではない、エデン自体がダメージを受けるため、巨大化して
いる身体全体にも苦痛は巻き起こる。細胞組織が沸騰するような全身の苦しみに、愛くるしい
声を悶絶に変えてサクラは泣き叫ぶ。

 「熱いィィッッ〜〜ッッ!!! 熱いよォォッッ!!! あッ、あつッ・・・!!」

 下腹部を両手で押さえ、ごろごろと砂地を転げ回る桃色の天使。砂埃をあげ、狂ったように
のたうつ小柄な美闘士に、追撃の熱光線が二発、三発と放たれる。
 小さな丸い肩を。反り返った銀色の背中を。小ぶりながらしっかり主張した柔らかな乳房を。
 赤い光線が焼くたびにアイドル顔負けの美貌を誇る少女戦士が絶叫し、苦悶に震えて転がり
回る。おおよそ闘いとは言えぬ、一方的な嗜虐。水晶体に食らった一撃目のダメージはあまり
に深く、溶岩を腹腔に注がれたような熱さがサクラをいまだに責め続けている。無理もない、つ
い数ヶ月前までは、桜宮桃子は普通の女子高生だったのだ。エデンを寄生していなければショ
ック死してもおかしくない痛苦を受けて、美少女戦士にはただ悶えることしかできはしない。
 砂にまみれ、のたうち回るしかないピンクの巨大少女を、すでに敵ではないと見限ったのか。
 煙を昇らせぐったりと横たわる桃色天使を無視し、甲羅の巨獣は再び行進を始める。産卵が
できる安全な場所を確保したいのだろう。陸へ陸へと歩むウミヌシの進行方向には、桃子たち
が泊まっているあの民宿が建っている。

 "ダ、ダメ・・・・・・そっちは・・・いっちゃダメ・・・"

 「ま、待って・・・お、お願い・・・そっちは・・・行かないで・・・」

 ズキズキと疼く身体に鞭打って、可憐な少女は必死の思いで立ち上がる。もしウミヌシが向
かった方向が違っていたら、そのまま痛みに負けて寝転がっていたであろう。しかし守るべき
人間がいるのを知り、その人間を守りたいがために傷つき倒れた友がいるのを知って、なにも
しないほど桃子は弱くはなかった。ウミヌシを倒したくはない。でも、止めなければいけない。呼
びかけるように手を伸ばし、よろめく足を引きずりながら振り返った海の魔獣に近付いていく。
 動物の本能に従う怪物に、少女の必死の願いなど届くわけがなかった。
 再度放たれた灼熱光線が、丸く盛り上がった胸の中央、エナジー・クリスタルを打つ。

 「きゃうううッッ!!!」

 蹴り飛ばされた子犬のような悲鳴は、サクラの艶ある厚めの唇から洩れて出た。
 硬直した桃色天使の小柄な身体が、そのままゆっくりと仰向けに倒れていく。
 地響きをたてながら、ファントムガール・サクラの愛らしい肉体は、大の字になって満月が見
詰める砂浜に沈んでいった。
 先に現れたふたりの銀色の女神もすでに消え去り、相対するモノのいなくなった海岸に、夜
の潮騒だけが静かに繰り返されている。
 邪魔者を排除し、高らかな勝ち鬨を轟かせたウミヌシが、四つの足で陸地への行進を再開す
る。誘われるように進む先には、木造建築の落ち着いた民宿。人間界では最強に位置する格
闘獣が眠る場所に、海からの巨獣は一歩一歩と進んでいく。
 決して聡明とは言えぬカメの脳が、異変に勘付いたのはこのときであった。
 進めども進めども、風景が一向に変わらない。徐々に迫ってきていたはずの民宿が、まるで
近付いてこないなんて。いや、それよりもなによりも、この奇妙な浮遊感は一体――?

 ジタバタと空を切る手足に、ようやくウミヌシは気付いた。
 70mを越える小島のような巨体が、20mほどの高さで空中に浮かんでいる。
 魔術を見るような驚愕の光景。奇跡を起こした張本人は、不動の姿勢で仁王立ちしている。
 サクラ。
 ファントムガール・サクラの念動力。
 何万トンもあろうウミヌシの巨体が、スーッと音もなく海に向かって空中を飛んでいく。巨大な
風船が伝説の怪物を運んでいく図を桃子はイメージしていた。理解不能な事態に大人しくなっ
た巨獣を、美少女戦士の超能力が沖に向かって運んでいく。
 超能力者といっても桃子ができるのは少しの透視とテレポーテーションくらいで、そのほとん
どの能力はこのサイコキネシスに限られている。桃子がもっとも得意とする能力。とはいえ山
のような巨体を動かすのは、激しい消耗を強要される大作業に違いない。ウミヌシを傷つける
ことなく、この場を切り抜ける方法・・・窮地に追い込まれたサクラが土壇場で思いついた作戦
がこれだったのだ。

 だが、その作戦のいかに無謀なことか。
 超能力を駆使したときの疲労は、実際にその現象を起こした折の疲れとほぼ変わらない。例
えば100mを瞬間移動すれば100mを走っただけの疲れが精神と肉体を襲うし、5kgの重り
を浮かせれば実際に手で持ち上げたときと同じ負担がかかる。現実には不可能な・・・例をあ
げれば、100kgの重りを浮かせた場合はどうなるか。実際に持ち上げたと仮定したときのダメ
ージが身体を襲うので、最悪の場合筋肉が断裂してしまったり、立っていられないほどの精神
疲労に飲み込まれてしまうのだ。
 エデンの能力により身体能力を向上させ、巨大化している今のサクラが相当な念動力を使え
るようになっているとしても、超重量のウミヌシを沖まで運んでいくのは無謀すぎる挑戦であっ
た。なにしろ、再度島に戻ってこられないほど遠くまで運ばなければならないのだから。

 "遠くへ・・・もっと遠くへやらないと・・・"

 白波たてる青い海の上を、レンガ色の小山が音もなく飛んでいく。浜辺からはすでに1kg近く
離れた沖。豆粒ほどの大きさになったウミヌシを、さらに遠くへ念動力が運ぶ。
 本能で天海島に引き寄せられている巨獣が、二度と戻ってこない距離まで。70mを越す巨
体が泳いできても、戻りきれないほど遠くまで運ばなければならない。なにしろ、もはやウミヌシ
の上陸を食い止める戦士はいないのだから。

 ヴィーン・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・
 サクラの胸の中央に輝くクリスタルが点滅を開始する。エスパー戦士の膝が地響きをたてて
砂浜に落ちていく。喘ぎにも似た、激しい息遣い。体力を急激に削り取られながら、それでも美
少女エスパーは念動力の発動をやめない。

 "もっと・・・もっと遠く・・・へ・・・もっとォ!"

 「はあッ! はあッ! はあッ! あああッ! はああッ――ッ!!」

 丸い肩が上下する。水晶体の点滅が激しさを増す。銀とピンクの肌にびっしょりと浮かんだ汗
が、砂地に濃い沁みを描いていく。霞む視界のなかで、点ほどになったウミヌシの姿はもはや
確認できない。それでも己の生命を全てサイコエネルギーに捧げる勢いで、サクラは全能力を
放出する。

 ヴィーン・・・・・・ヴィーン・・・・・・ヴィ・・・

 「くああああッッ――――ッッ!!! うううゥゥッッ――ンンンッッ!!!」

 命の炎を燃やし出し尽くす、サイコの力。
 一瞬ビカビカと桃色の身体が光ったあと、青い瞳と胸のクリスタルは、光を失い消えていく。
 汗にまみれた天使はゆっくりと砂浜に傾き、地面に激突する寸前で光の粒子と化して溶けて
いった。
 遥か太平洋の沖に伝説の巨獣が消え去ったあとの海岸に、心地よい波のささやきと、満月
に照らされた青い景色が訪れる。先程までの巨大生物の死闘は夢のように幻と消え、南海の
リゾート地に、平穏な夜が取り戻された。
 なにも知らない世界のなかで、砂浜に眠る3人の美少女を優しく包み込むのは、天空に浮か
ぶ白い満月のみであった。



 沈みかけた夕陽が、廃墟と化した無人の埋立地を照らし出す。
バブルが生んだ負の財産「希望の島」。いまや訪れる者もなく、無駄遣いの象徴としてそびえる
建設途中の高層ビル群を、漆黒とオレンジが塗りつぶす。巨大な無機物たちの夢の跡。栄枯
盛衰を示す鋼鉄の墓場に、闇が静かに迫ってきていた。
 どれほど多くの者たちが、この臨海の埋立地に希望を託したことだろう。数千人単位を飲み
込む高層マンション、自然と人工が一体化した保養公園、歓声飛び交う一大レジャー施設・・・
実験的要素を含んだ未来都市が、世界に先駆けてこの地に完成するはずだったのに。国全
体から資金が尽きた今は、企業から見捨てられ、人々から忘れ去られた残骸が、港湾の片隅
でひっそりと巨大な廃棄物と化して佇んでいる。
 ビルの墓標の狭間に横たわる、新たな廃棄の塊がひとつ。
 煤汚れた銀色の肌にオレンジ色の模様が走っている。寝転がっても崩れない丸いバストを包
むのは、夕陽を反射した黄金のプロテクター。下腹部にも装着された装甲は、ビキニの水着を
連想させる。鮮やかな赤髪のツインテールは水分を失ってほつれ、ギリシャ彫刻を思わせる端
整な仮面は瞳の光を消してピクリとも動くことはない。ただ、マスクと素顔の間の継ぎ目から、と
めどなくゴボゴボと溢れる白い泡が、大の字で横臥した巨大美少女の頬を流れ落ちていく。
 サイボーグ化された肉体を持つ悲運の少女戦士ファントムガール・アリス。
 父・有栖川邦彦への憎悪を抱く機械人間、キリューに戦法を分析され、手も足も出ないまま
敗れ去った装甲天使が、廃墟の街に沈んでいる。
 クズ鉄たちとの同化を強要されるかのように・・・赤いレンズで見下ろす鋼鉄の悪魔の前で、
電撃による執拗な責めで昇天したアリスは醜態を晒し続けていた。見捨てられた廃墟の埋立
地に転がる、ボロボロのサイボーグ少女。罠に誘ったキリューと魔豹のコギャルの思惑通り、
この無機物の墓場がアリスに相応しい死に場所になってしまうのか。

 「あッ・・・ぐうッ・・・」

 表情を変えないマスクの下から、かすかな苦鳴が洩れてくる。
 クールな視線で敵を射抜き、いかなる困難にも勝気を失わないアリスが、無意識のうちに放
つ苦しみの吐息。高圧電流で体内を串刺しにされた処刑から10分。明晰なる霧澤夕子の脳と
いえど、いまだに混濁から脱し切れてはいなかった。強気な自分を演じられず、苦痛に溺れる
様を曝け出してしまう少女戦士を、鋼鉄兵士の赤いレンズが冷たく見下ろす。
 ドウッ、という重い響き。
 仰向けに転がる装甲天使のどてっ腹に、機械人間の痩身が馬乗りに飛び乗る。突然の圧迫
にアリスは反り返り、銀色の咽喉元が艶かしく露わにされる。

 「ぐううッッ!!」

 「マダマダ。本当ノ地獄ハコレカラダ」

 金属製の両手が、プロテクターに包まれたアリスのふたつの双房を鷲掴む。
 装甲の上から流し込まれる破壊の電撃。
 サイボーグ少女に確実にダメージを与える量の電流が、豊かな柔肉を焼いていく。馬乗りに
され、身動きすらままならぬオレンジの女神。地に組み伏せられたまま悶絶のダンスを踊る装
甲天使を、機械のレンズが愉快げに映す。股間の下で跳ね上がる悶えの震動を、機械人間は
喜悦に咽びながら嘗め取っていく。憎き怨敵の娘の苦悶は、キリューにとっては極上のご馳走
であった。

 「苦シイカ、ファントムガール・アリス? 有栖川邦彦ノ娘ヨ」

 「ハアッ! ハアッ! ハアッ! お、おのれ・・・」

 「憎ムナラ、弱イ貴様ヲ造ッタ父ヲ憎ムコトダナ」

 電撃、中断、そしてまた電撃。
 戯れるように、いや、本来の目的が父親の抹殺にあるキリューにとっては本当に戯れるだけ
が目的で、Cカップはあるふたつの胸を電流が貫く。そのたびにアリスは甲高い悲鳴をあげ続
けた。流し続けず、途中で休息をいれることで、電撃の痛みと恐怖が夕子の脳内で増幅してい
く。効果的な責め方、しかしそれでも逆境に生きてきた少女の心を挫くことはできない。むしろ
それ以上に、いいように弄られる屈辱が、プライドの高い天才少女の闘争心に炎を盛らせてい
た。

 "一瞬・・・一瞬の隙さえあれば・・・"

 アリスの全ての攻撃を凌ぎきったキリューは、逆転の方策が守護天使に残されているなど思
いもしていないだろう。
 事実、これまでの闘いでアリスが使った攻撃はまるで通じないことは明白であった。夕子を殺
すための存在、キリューはまさしくサイボーグ少女にとって天敵ともいえる相手。闘い方を丸裸
にされ、完璧ともいえる対処法を身につけた悪魔の機械兵士を倒す方法など有り得ない。ただ
ひとつの例外を除いては。
 キリューも、アリス本人すらわかっていない、新兵器。
 昨日天才科学者である父が右腕につけた新たな武器。データにはないその攻撃は、さすが
の暗殺機械も対応できないはずであった。
 
 実際にどんな機能が右腕に取り付けられたのか、手術台に寝ていた夕子本人にもわからな
い。
 だが、「エデン」の力によって全ての能力を極限にまで高めた今の状態ならば、武器の殺傷
力も当然大幅にアップしているのは確実だった。人間体ならば少々の電流を流すくらいなの
が、アリスに変身したときは電磁ソードにまで発展しているのだ。精神の思い込みや光のエネ
ルギーの大小によって攻撃力は変わるとはいうものの、例えば拳銃でも取り付けられていた
ら、相当な火力の迫撃砲くらいにはなっているであろう。その威力たるや、元々が気絶させる
程度の電流でしかない電磁ソードなどとは、まるで比べ物にならない凄まじいものになるはず
だ。
 まして有栖川邦彦が取り付けたのは、サイボーグの秘密を狙う輩を撃退するためのものなの
だ。軍事研究に携わる邦彦の新兵器が、拳銃程度のありふれたものとは到底思えない。マシ
ンガンの弾丸を傷ひとつなく跳ね返した機械兵士といえ、一撃にして崩壊せしむる可能性は十
分に高い。ただ、軍事目的で使う兵器を実の父親に取り付けられ、尚且つそれを使わなけれ
ばならないことに、夕子の苛立ちとためらいはあった。

 "く・・・軍事に利用されるかもしれない武器を使わなければならないなんて・・・これを使え
ば・・・私はあいつの実験に協力するようなもの・・・・・・"

 「フン。ソノ生意気ナ目、二度トデキナイヨウニシテヤル」
 
 バストを握っていた両手が、マスクを被った小顔をガッシリと挟み持つ。危機を瞬時に理解し
たアリスが暴れるより早く、高圧電流が整った美形を覆いつくす。

 「きゃあああああああああッッッ――――ッッッ!!!」

 「コノママ頭ゴト爆発シテシマエ、ファントムガール・アリス」

 馬乗りで組み敷かれた肢体がビクビクと跳ね上がる。サイボーグの身体にはあまりにこたえ
る電撃刑を全身に刻み込まれた装甲の天使。トドメともいうべき頭部への電気ショックを食ら
い、発狂しそうな苦痛のなかで、勝気な少女戦士はただ悶えることしか許されない。
 小刻みに震えていた、全身の痙攣が止まる。
 ゆっくりと立ち上がった鋼鉄のマシンの下で、四肢を投げ出したアリスが壊れたオモチャのよ
うに横たわっていた。破れた皮膚や関節の間からシュウシュウと白い煙が立ち昇る。絶叫も途
絶え静かになった巨大少女から、バチバチという火花の爆ぜる音だけが聞こえてくる。
 黄金の鎧を纏った女神が、動くことなく転がっている。
 一瞥したキリューの身体が反転する。振り返った暗殺機械は、女神の残骸をあとにして夕陽
に向かって歩いていく。廃墟と化した埋立地が、一歩ごとに小さな地震に襲われる。
 ウィーン、ウィーン・・・機械の足音が数歩進んだところで、なにかに肩を叩かれたように細身
のマシンは不意に立ち止まった。

 「ホウ。マサカCパターントハナ」

 再度180度方向を転換した、キリューの赤いレンズには。
 立っていた。赤いツインテールをなびかせた、銀とオレンジの女神が。
 度重なる電撃ショックで、もはやスクラップと化したと思われたサイボーグ少女が、右腕を突
き出して立ち上がっていた。肘から先を取り外した右腕は、肘の部分の灰色の断面を曝け出し
ている。本来そこに生えているはずの電磁ソードは、電気を吸い取られて消失したままだ。

 「考エウル3ツノ予測ノ中デ、モットモ可能性ガ低イト思ワレタ"再度立チ上ガル"ダトハ。予想
以上ニシブトイラシイ。ダガ、ソレデモ貴様ニ勝機ハ皆無ダ」

 右腕を構えたアリスに恐れることなく機械人間が間合いを詰める。キリューは知っている。も
はや必殺技である電磁ソードは作り出せないことを。装甲天使のいかなる技も己には通用しな
いことを。
 そして、キリューは知らない。同じ右腕に、データにはない新兵器が取り付けられていること
を。

 "この状況で・・・私が勝つにはこれしかない・・・"

 あの男に頼るのも。軍事兵器を利用するのも。全てが癪に障るけど。
 霧澤夕子はわかっていた。どんなに気に入らなくても、受け入れねばならぬ現実というものが
ある。願いを叶えるために、同時に我慢しなければならぬこともある。
 悪魔を倒すためならば――私の気持ちなど、安い。

 "Ready・・・Fire!"

 「これが私の・・・切り札よッ!」

 アリスの右肘、灰色の断面がパカリと開く。新たに現れたのは、紛れもない砲口の空洞。
 バズーカーか、レーザーか、弾道ミサイルか。
 ファントムガール・アリス、新必殺技が今、ここに炸裂する!

 「?!!」

 猛烈な勢いで肘の銃口から飛び出したのは、白い煙。
 油断していたキリューの身体に噴霧される純白の煙幕。初めて見る攻撃に戸惑う機械兵士
を、消火器のような煙がみるみるうちに包んでいく。

 「こ・・・これはッ?!! い、一体ッ・・・!!」

 一瞬単なる目潰しとしか思えぬ煙に、なにか秘密でも・・・猛毒でも隠されているのか。新兵器
の正体を飲み込めず、放ったアリス自身が狼狽する。これが、一見普通の煙にしか見えないこ
れが、有栖川邦彦の研究成果なのか? 夕子の身を守る秘密兵器なのか? 軍事兵器など
取り付けたことがなかった父親が、それまでのポリシーを曲げてまで取り付けたかったものな
のか・・・
 閃光が、天才と呼ばれる少女の脳裏をよぎる。
 そうか・・・そういうことだったのか。
 その瞬間、ツインテールの女神は、己に取り付けられた新兵器の正体を悟った。

 "結局あいつは・・・私に軍事兵器なんか、取り付けられなかったのね・・・"

 有栖川邦彦が右腕に取り付けたのは、単なる目くらましに過ぎない煙幕だった。
 軍事兵器を夕子に取り付けることは、戦いの道具に夕子を利用するのと同意。娘の命を永ら
えさせることが目的でサイボーグ化手術を行った天才学者は、愛しき娘をこれ以上実験台に
はしたくなかったのだ。

 "こんなときに・・・いつもは冷酷なくせに・・・"

 軽い苛立ちと・・・大きな暖かさと。
 思わずキュンと痛んだ胸を、銀色の少女の左手は自然に抱いた。

 「何カト思エバ、単ナル煙トハ。コノ程度ノ煙幕デ、逃ゲラレルト思ッタカ」

 白く立ち込める煙のなかで、赤いレンズが不気味に光る。
 そう、娘は確かに父の不器用な愛情を受け取った。だがしかし、その一方で。
 悪魔の機械兵士に逆転する、全ての方策を失った。
 揃って突き出された機械の両腕。バチンッという静電気の弾ける音と同時に、黄色の稲妻が
空気を切り裂いて発射される。
 キリュー必殺の電磁光線を、複雑な想いに絡め取られたアリスがそれでも飛び避ける。脇腹
をかすめすぎる超電磁波。バランスを崩して倒れこんだツインテールの戦士が、ゴロゴロと廃
工場の地面を転がり回る。今のアリスにできる、精一杯の動き。

 「・・・コレデ、ジ・エンドダナ」

 「はあうッッ??!」

 突如全身を襲った感覚が、夕子の脳裏に暗黒を撒き散らす。
 身体が、動かない。地面に吸い寄せられて。見えざる巨大な魔物の手で押し潰されたよう
に。
 仰向けのまま大の字で、鎧を纏った銀とオレンジの肢体は、廃工場の地面に縫い付けられ
ていた。もがく四肢が、捩れる腰が、わずかに小刻みに揺れて、拘束の身を虚しく実感させる
のみ。

 「こッ・・・これ・・・はッ・・・?!」

 超巨大な磁石。
 地面に仕掛けられた強力な磁場が、サイボーグ少女を絡め取っている。鋼鉄の鎧を、精巧な
機械部分を持つアリスだからこその最悪の罠。徹底的に闘い方を分析したキリューの予測。ア
リス処刑の場として夕子殺しの数々の仕掛けが用意された「希望の島」。十分な勝算のもと、
必ず装甲天使がいつかこの場所に近付くことを想定して・・・最凶の罠はずっとオレンジの女神
を、凶悪な牙を光らせて待っていたのだ。

 ドシーン・・・ドシーン・・・
地響きが、大地に横臥したアリスの背中に伝わってくる。このリズム感ある地の揺れは、巨大
生物が近寄ってくるときのもの。最悪の事態に焦るサイボーグ少女を、更なる絶望が襲う。

 「あーっはっはっはっ! ザマアねえなぁッ、クズ鉄女ァァッッ!!」

 豹柄の体皮に銀毛のアクセントをつけた悪女・マヴェル。
 傍観者を決め込んでいたはずの神崎ちゆりは、いつのまにか変身を完了し、凶暴な精神を
その身によく表現した姿になっていた。サファイアのごとき青い結晶の瞳に憎悪を灯した闇の
支配者は、大の字になって動けぬ少女戦士を喜悦に歪んだ笑顔で見下ろす。
 強力な磁力を持つ場所にキリューも近づけはしないが、生身の肉体であるマヴェルならばま
るで問題はない。全てはこうなることを予測したうえで、「闇豹」と機械化学者は霧澤夕子を「希
望の島」に誘き寄せたのだ。

 「くうッ・・・くッ・・・マ、マヴェル・・・・・・」

 「ついにテメエをスクラップにする日が来たなァッッ!! バラバラにして殺してやるぜエエエ
ェェッッッ!!! ぎゃははははははは♪」

 狂人の哄笑を轟かせながら、青い爪を光らせた豹の魔女がツインテールの女神に飛び掛
る。
 腹筋や太腿を中心に、鎧に守られていない部分をザクザクと鋭利な魔爪が切り裂いていく。
整った美形を銀毛に覆われた足が踏みつける。顔を、胸を、腹部を、ところ構わず拳が殴りつ
ける。無言のまま、反撃できずに嗜虐を甘受するファントムガール・アリスを、歓喜のままに悪
の女豹が破壊していく。ズタズタに破れていく銀色の肌、蜘蛛の巣のごとき亀裂が刻まれる黄
金の鎧、迸る鮮血で朱色に染まるオレンジの肢体・・・文字通り切り刻まれていく苛烈なリンチ
の嵐に、単身闘いを挑んだ正義の少女が無惨な姿に変貌していく。

 「あ〜〜、気持ちいいィィィ〜〜♪ どォ〜〜う、今の気分はァ? 磁石にくっついちゃうゥゥ
〜、情けない気分はどうよォォ〜〜?」

 募った恨みを吐き出すように殴り続けた魔豹が、猫なで声を出す。圧倒的な優位がマヴェル
に余裕を生ませていた。赤髪の下のマスクを踏み躙りながら、勝気な天才少女を精神面から
嬲っていく。顔面を踏まれる屈辱に震えるほどの憤りを感じながらも、アリスにはその足をどか
すことすらできないのだ。

 「くッ・・・あ、悪魔め・・・お前は絶対に・・・許さない・・・・・・」

 「あはははは♪ オモシロ〜〜〜いッッ!! こいつ、まだバカなこと言ってるぅぅ〜〜!」

 すぅ、と息を吸い込んだ銀豹の肩が軽くあがる。
 マヴェル必殺の破壊の超音波砲弾。適度な威力に調整して放たれた咆哮弾が、足元で動け
ぬアリスの顔面に着弾する。
 絶叫と、粉砕音。
 整った夕子の容貌を色濃く残したマスクが破砕され、全く同じ素顔がその下から出現する。
ただ左眼が赤く輝き、その周囲が鋼鉄で作られた機械部分になっているのがマスクとは異なる
点であった。そして無表情なマスクとは違い、アリスの素顔は苦痛に歪み、吐血と音波弾の直
撃で紅に血塗られている。
 強気な姿勢とは裏腹な、瀕死間際の悲愴な素顔がそこにはあった。

 「ステキな素顔じゃなァ〜〜い。さあ〜、その苦しそうなおカオでェ〜、もういっかい、さっきの
セリフ言ってみなよォ〜!」

 「へぐうッ・・・ひゃぐッ・・・うぇああッッ・・・」

 手加減したとはいえ、細胞レベルからあらゆるものを崩壊させる超音波弾を顔面に食らって
無事でいられるわけはない。ビクビクと震える装甲天使が苦痛に呻くのを満足げに見下ろし、
マヴェルは唇の端を吊り上げる。

 「そろそろォ・・・トドメかしらァ〜〜♪」

 ゴオオオオオオオ・・・・・・
 ミュータントの足音より重々しい地響きが、束縛の天使を揺らす。なにかが、巨大ななにかが
近付いてきている。アリス処刑のために仕組んだ罠の、総仕上げ的ななにかが。
 ツインテールを掴んだマヴェルの手が、無理矢理に少女戦士の顔を横に傾ける。闇世界に
君臨する己を跪かせた、憎んでも憎みきれない機械の女。ただ殺すだけでは納まらぬ怨敵
に、これから行われる恐怖に震えてもらわねば・・・叫んでもらわねばならない。

 「ふぇぐッ・・・ううぅッッ・・・そ、そんなッ・・・!!」

 甘ったるいアリスの声に含まれる、紛れもない絶望。
 黄金の鎧を纏った聖少女に真っ直ぐに向かってくるもの、それは。
 超巨大なローラー。
 埋め立て地を均すため、特別に使われていた横幅30mはあろうかという巨大ローラー。
 高層ビルほどの大きさもあるそれが、唸りをあげてアリスの肢体に近付いてきている。狙うは
装甲天使の首から下、股下部分にかけて。土の地面を踏み鳴らしてきた重機で、アリスの胴
体を圧搾してしまおうというのか。

 「ああッッ・・・! あああッッ・・・!!」

 懸命に暴れようとする四肢は磁石に吸い付かれてわずかに揺れるのが精一杯であった。右
の青い瞳と、左の赤い瞳が迫り来る山のようなローラーを見詰める。グオングオンと回転する
響きが、天才少女の脳裏で悪夢のように繰り返される。

 「カラダを潰されるのは痛いよォ〜〜。覚悟はいいィ〜〜、人造女ァ・・・」

 「うくッッ・・・!! ぐぐうッッ・・・!! うううッッ・・・」

 「泣いて謝るならァ〜〜、止めてやってもいいけどねェェ〜〜。さあ、どうするぅ〜?」

 唸るローラーが大の字で寝る女神の脇腹に迫る。伸ばした腕に、足に、風圧を存分に受けな
がら、アリスは嘲る魔豹にわかりきった回答を叫んだ。

 「だ、誰がッッ・・・二度殺された私に・・・怖いものなどないッッ!」

 「あ、そ。じゃあ〜〜、ペッチャンコォォ〜〜♪」

 ベキベキベキイッッ!! ボギッッ! グチャボキバキバキッッ!!

 巨大ローラーが銀とオレンジの肢体を脇腹から潰していく。
 臨海の埋立地に轟く凄惨な破壊音。黄金の鎧が砕け、柔らかな少女の肉体が潰されていく
生音が大音響で響き渡る。

 「ぐぎゃあああああああああッッッ――――ッッッ!!!! がああああッッッ―――ッッ
ッ!!!! あぎゅうええああああああッッッッ――――ッッッ!!!!」

 ローラーからはみだした美しい少女の顔が、地獄の悶絶を叫び続ける。首から下がローラー
の下敷きとなって隠れてしまっている地獄絵図。ゆっくりゆっくり進んでいく巨大圧搾機が通り
過ぎるまでの間、誇り高き天才少女は怪鳥のごとき絶叫を搾り出し続けた。

 「あーっはっはっはっはっはっ!! 潰れた潰れた! あのムカつく女がグチャグチャになっ
ちゃったァ〜〜♪」

 黄金の鎧と若き肢体を存分に捻り潰したローラーが通り過ぎたあと、止んだ絶叫に代わって
狂女の哄笑が夕闇の決戦地に響き渡る。
 ビキニにも似た鎧を粉々に砕かれ、骨格を軋ませ肉細胞を圧搾された、無惨なサイボーグ
少女の血まみれの肢体が、オレンジの光のなかで転がっていた。
 復讐に燃える機龍と「闇豹」の姦計の前に、ファントムガール・アリスはいいように嬲られた挙
句、敗れ去った―――。



 5

 満月の青い光が、建設途中の未来都市を浮かび上がらせている。
 無人の埋立地にてファントムガール・アリスの処刑ショーが繰り広げられてから数時間が経っ
ていた。オレンジ色の世界はすっかり闇に包まれ、天空高く昇った月が静まり返った地上を照
らし出している。鋼鉄の兵士も銀毛の女豹も、巨大な戦闘者の姿は幻のように掻き消え、ただ
鎧の女神が流した鮮血のあとが、「希望の島」のところどころに黒い影となって残っている。月
光に浮かぶ幾多の建造物たちは、昼とは違う幻想的ですらある顔を覗かせていた。
 巨大な死闘が行われた廃工場の一角。
 鉄板やらネジやらボルトやら・・・そこは作業中にでた鉄屑などを集めるゴミの収集場である
らしかった。うずたかく積まれた廃棄物の山が山脈のごとく重なっている。今では稼働をやめて
しまった数台のクレーン車。規則正しく並んだ、赤錆に覆われた鉄骨。かつてこの場で行われ
ていた廃棄の作業が思い浮かぶ。
 鉄屑の山に囲まれた中央には、広さ10m四方ほどの平地があった。いわばゴミ山の盆地。
 その盆地の真ん中に、クレーン車から鎖で宙吊りにされた物体が浮いている。

 "・・・・・・ぅ・・・・・・ぁぁ・・・・・"

 人間の形をしたその物体は、薄いピンクの半袖ブラウスと膝までの白いパンツに身を包んで
いた。シンプルにして清潔感ある衣装は、トラックにでも轢かれたようにボロボロに破れ、擦り
切れた白い肌からは赤い血が滲み出している。死んだように数時間ほども動かないでいたそ
れは、意識の覚醒とともにピクリピクリと反応をし始めている。

 "・・・ぅあア・・・・・・あつ・・・い・・・・・・カラダ・・・ううぅ・・・"

 だらりと垂れ下がった赤髪のツインテールに隠れた目蓋が、小刻みに震え始める。紅の唇か
らは呻きにも似た吐息がかすかにこぼれてくる。両手首を鎖で巻かれてクレーンから吊り下げ
られている少女。鎖で横に引っ張られている両足は、はしたなく大開脚している。闇の奥から
蘇ってくる意識が、己の置かれた状況を浸み込むように理解していく。

 "身体中・・・・・・槍で・・・掻き回されてるよう・・・な・・・・・・私・・・・・・生きて・・・・・・"

 「ようやくお目覚めか〜〜い♪ 死にかけのポンコツちゃ〜〜ん!」

 鼻にかかった悪魔の声が耳元で響くと同時に、鷲掴まれたツインテールが首ごと抜き取る勢
いでグイと引かれる。重く閉ざされていた目蓋が、ショックで強引に開かれる。
 
 「くあッ・・・・・・アア・・・くふ・・・うぅぅッ・・・」

 「あははははは! 地獄から帰ってきた気分はど〜う? でも、戻ってきても地獄だけどね
〜」

 ファントムガール・アリスこと霧澤夕子は、惨敗した肉体を捕らえられ、新たな被虐の餌として
人の字型に吊り下げられていた。
 闘い方を熟知した機械兵士と張り巡らされた処刑の罠の前に、聡明にして勝気な少女もまる
で歯が立たないまま膝を屈していた。全ての攻撃は無効化され、逆に敵の攻撃には大ダメー
ジを受ける始末。挙句巨大ローラーで潰されるという、あまりに酷く惨めな処刑に赤髪の守護
天使は科せられた。絶叫を搾り取られ、内臓破裂寸前まで追い込まれた肉体。敗北の瞬間、
確かに夕子は無惨な死を覚悟したのに、それがいまもこうして生きているのは・・・。
 豹柄のTシャツを着た女が、目の前で醜く破顔している。憎悪よりも愉悦。完全なる勝者の立
場に立ったことを、魔豹は自ら理解していた。金のルージュを舌なめずりし、破れた衣服の間
から純白の下着を曝け出した無様な宿敵を舐め取るように見回す。夕子も、そして「闇豹」神
崎ちゆりもわかっていた。もはや正義の少女に闘う力などないことを。手首と両足首を縛った
鎖などなくても満足に身動きできないことを。瀕死となって囚われた夕子と、勝利の余韻に浸る
ちゆり。埋めようのない差がふたりの間にはできている。

 「・・・ち・・・・・・ゆり・・・・・・」

 「フ〜ン、まだまだそういう目ができるんだぁ〜。死なないようにわざわざローラーを調節した
甲斐があったわぁ〜♪」

 憔悴しきり焦点はぼやけてしまっているのに・・・それでも垂れがちな瞳は鋭い光で魔豹を射
抜く。内心燃え盛る憤怒の炎を抑えるように、ツインテールを掴んだ悪女の手はグラグラと頭
を揺らしながら弄ぶ。ヤクザですら頭をさげる自分に、あくまで歯向かう憎憎しい小娘・・・この
勝気なサイボーグ女だけは跪かせねば気が晴れない。

 「ローラーで潰されるのは苦しかったでしょォ〜? 変身解けてもグチャグチャじゃな〜い! 
今度はこの姿のままぁ〜、あの巨大ローラーで潰しちゃおうかぁ〜?」

 「あの・・・程度で・・・私は・・・・・・死なない・・・あんたなんかに・・・殺られは・・・しない・・・・・・」

 握り固めた拳で、ゴールドをちりばめて装飾したコギャルが、夕子の白い頬を思い切り殴りつ
ける。二度。三度。ガツ、ガツ、と鈍い音が響き、透明な肌が赤く腫れあがっていく。ボディに切
り換わった打撃が、左右の拳を計5発腹筋にめりこませたところで、ついに赤い唇からゴボリと
血塊が吐き出される。

 「ゴフッ・・・! ウウぅッ・・・」

 「あはははははは! 強がってもダメダメェェ〜〜。この程度でもう参ってるじゃな〜い」

 「・・・こ、こんなの・・・全く効かないわ・・・所詮他人か道具に頼らなきゃ・・・あんたに私は殺せ
ない・・・」

 「挑発的ね〜。でもォ、ちりを怒らせて殺させようってんなら、甘いわよォ〜」

 ニヤリとルージュを歪ませる「闇豹」。狂人のくせに、この毒々しい格好を好む悪女は、時に
鋭い頭の冴えを見せる。濃いマスカラの下に浮かぶ確信的な眼光に、思わず夕子はグッと奥
歯を噛み締めた。

 「そう簡単にくたばらせないよォ〜・・・ちりに跪くまでェ、苦しめて苦しめてメチャクチャにして
やらあッ! あーっはっはっはっはっ!」

 「殺されても・・・あんたに跪きなど・・・しない・・・!」

 「あははははははは♪ バカな女ぁ〜! そんなこと言えるのは今のうちィ〜♪」

 「死の・・・苦しみを知る・・・私が・・・・・・拷問などに・・・・・・」

 「桐生〜! ホントのKILL夕子を見せてやってェ〜!」

 それまで冷たい視線で遠巻きに眺めていた白衣の男が、ガラガラと台車のついた、人の背
ほどもあるモノを運んでくる。
 宙吊りの夕子の目前に運ばれたそれは、観音開きであけるタイプの三面鏡であった。鏡を閉
じている今は、一見木目調の家具でしかない。開けたとき、三方の鏡全てが囚われの天才少
女の全身像を映すよう、機械人間桐生が無言のまま位置を合わせていく。

 「ほらぁ〜、醜いてめえの姿を〜・・・よく目に焼き付けやがれェェ!」

 鏡の両側に立った豹柄のコギャルと白衣の機械人間が、一斉に3つの反射鏡を宙吊りの夕
子に向ける。

 「ううッッ!!! こッ・・・これはッッ・・・!!!」

 サイボーグ少女の身体のあちこちから、赤や黒のコードが無数に出入りしている。
 背中の皮膚を破られ、埋め込まれた生体機械のカバーが開けられている。多くのコードはそ
の内部に伸びて、夕子の身体の半分を司る機械部分に接続されていた。巨大ローラーによる
圧搾のダメージで擦り切れた、あらゆる皮膚の破れ目から接続電線が夕子の内部に差し込ま
れている。こめかみや頭部、脇腹や太腿など、ビッシリと貼り付けられた電極。丸く張った形の
よいバストには10個近い電極がつけられ、頂点のピンク色の突起には尖った針が埋め込まれ
ている。大きく広げられた股間のクレヴァスにも同様に無数の電極が貼られており、上方に位
置するわずかな萌芽にもコードから伸びた針が突き刺さっている。裂けんばかりに広げられた
聖少女の股間から何本もの黒いコードが垂れ落ちている姿は、磔の堕天使が持つに相応しい
淫靡さで溢れていた。
 生体実験の被験者であろうとも、開発中のスーパーコンピューターであろうとも、これほどの
電線が繋がれていることはなかろう。黒と赤の蜘蛛の巣に捕らえられた少女戦士。ひとつのパ
ソコンに繋がる無数のコードが、敗北のサイボーグ少女に接続されている。
 三つの鏡面に映るわが身をひとめ見て、夕子は己が置かれた現況を理解した。
 そう、私は今・・・悪魔の手によって、肉体を支配されようとしているのだ。

 「醜い人造女は悲惨よねェ〜〜。ちょこっとコンピューターで侵入したら、機械のカラダを奪わ
れちゃうんだもん〜〜」

 痩身の眼鏡男がケーブルの束と繋がったデスクトップの前に移動する。青白く光るスクリーン
に浮かぶのは、英文字と数字の羅列。ちゆりには適当にしか思えぬ不可解な字列も、産業ス
パイであり機械工学の科学者としての一面も持つ桐生には、サイボーグ少女の全てを凝縮し
たデジタルデータとして読み解けている。それはつまり、夕子の機械で造られた身体を支配さ
れるのと同意。いや、生体部分が機械部分と密接にリンクしている真のサイボーグ・霧澤夕子
にとっては、身体全体を乗っ取られるようなものと言ってもいい。

 「このあったまのい〜い桐生ちゃんにかかればぁ〜、機械女の身体は自由自在ってわけ♪ 
てめえはもう、クズ鉄製のオモチャってことよォ〜」

 「バ・・・バカな・・・」

 「身体で思い知るのが一番ねェ〜〜・・・」

 無言のまま白衣の男が、キーボードを操ってなんらかのワードをコンピューターに入力する。
 Enterキーを押した瞬間、かつて経験したことのない超高圧の電流が、細胞組織が弾け飛ん
でしまいそうな電磁の嵐が、夕子の全身に一斉に襲いかかった。

 「うぎゃあああああああああアアアああッッッ――――ッッッ!!!!」

 「あーっはっはっはっ! たっのしいィィ〜〜!! 脳に直接叩き込まれる"苦痛"はたまんな
いでしょォ〜〜〜ッ!」

 人型に宙吊りに浮いた少女戦士が、疲弊した肉体を狂ったように踊らせながら悶絶する。ピ
ンクのブラウスに染み込んでいく汗。小さな口の端から流れ落ちる涎。ピクピクと震えていた美
形が、グルリと白目を剥くと同時にガクンと垂れる。
 失神したサイボーグ少女に、いつまでも安穏の時間は与えられなかった。すかさず別のワー
ドが入力され、異なる種類の苦痛が囚われの聖少女に刷り込まれる。

 「あぐううウウッッ?!! ぐひゅあああああべやああああッッッ―――ッッッ!!!! ウギ
ギイイイィィィッッッ〜〜〜ッッッ!!!!」

 慟哭している、あの夕子が。不遇の運命と向き合い、冷徹と蔑まれようとも不屈の精神で生
き抜いてきたサイボーグ少女が。
 今度の激痛は肉を破壊される苦しみであった。ひとつひとつの筋肉を、内臓を、巨大な悪魔
の指でプチプチと潰されていくような激痛。卒倒しそうな壮絶な痛みを、つま先から頭頂まであ
らゆる箇所で受け入れる煉獄に、天才と呼ばれる少女も我を忘れて絶叫する。

 「痛いでしょォ〜、苦しいでしょォ〜・・・剥き出しの神経を捻られてるみたいでしょォ〜」

 「感覚トハ、ツマリ電気信号。痛ミノ電気信号ヲ直接脳ニ入力サレルノハ、マサシク地獄ノ苦
シミデアロウ。機械ノ身体ヲ持ッタノガ、貴様ノ哀レナ運命ダ」

 桐生の指がEnterキーを押すごとに、廃工場を揺るがす悶絶の絶叫が、夕子の柔らかな唇
を割って迸る。
 実際に夕子の肉体が破壊されているわけではない。ただ苦痛の信号が機械部分を通じて全
身に送られるのだ。本来ならばとっくに肉体が消滅していてもおかしくない破壊の極痛を浴びな
がら、なお夕子の肉体は存在し続けている・・・それはあまりに凄惨で壮絶な拷問。死ぬことす
ら許されない夕子は、神様が受けなくても済むように設定した極限レベルの痛苦を、幾度も幾
度も直接脳で味わい続けねばならないのだ。

 "苦しッ・・・死ッ・・・・・・もう・・・壊れッ・・・・・・ダメ・・・私ッ・・・スクラップ・・・・・・"

 「ひゃふうッ!・・・ふばあッッ!・・・ひぐうッ・・・ぐぶうゥッッ・・・!」

 夕子の甘ったるく響く愛らしい声が、獣のごとき吐息を喘ぎ出し続ける。意地とか負けん気と
か、正義の心・・・そんなものではどうしようもないレベルの壮烈な苦悶。KILL夕子の究極形と
も言える拷問地獄、機械部分の支配の前に、闘い敗れて瀕死に陥った少女戦士になにができ
ようというのか。
 身体はそれ以上傷つけられないまま、死ぬことすら許されない激痛を何度も何度も叩き込ま
れて、天才少女の勝気な精神の鎧はボロボロと瓦解していった。

 "カラ・・・ダ・・・バラ・・・バラ・・・・・・私・・・メチャクチャに・・・破壊・・・オモチャ・・・・・・惨め
な・・・鉄人形・・・・・・"

 「ほら、どうしたぁ〜? いつもみたいにィ〜、ちりにムカつくこと言ってみろよォ〜」

 束ねた赤髪を鷲掴み、悶絶の吐息を喚き続ける夕子の顔を「闇豹」はグイと引き起こす。
 反動で口から溢れる鮮血まじりの涎。灰色の視線を虚空に漂わせるサイボーグ少女の表情
からは、強い信念も反発心もなく、ただ苦痛に彩られた悲哀が覗くのみ。普段はきつくさえ映る
垂れがちな瞳は、泣き出しそうに歪んで見える。

 「ちりに歯向かうとどうなるか、わかったぁ〜? 気持ち悪い人造女がぁ〜・・・おら、泣けよォ
〜。泣いて謝るんだよォ〜!」

 「ひぐううッッ!!・・・はひゃああッッ・・・ふぇあアアッッ!!・・・」

 「もう死にてえだろォッ〜? 死んで楽になりてえだろォがァッ! ちりに泣いて謝ればァ、すぐ
に殺してやってもいいんだぜェェ〜〜ッッ!」

 3つの指輪をつけた右手が、囚われの天使の右胸を形が崩れるまで強く握り潰す。マシュマ
ロの柔らかさを誇る柔肉を弄びながら、千切れんばかりの勢いでグリグリと捻り回す。苦痛で
はあるが、先ほどまでの煉獄に比べれば耐え切れ得る痛み。それでも宿敵に女性のシンボル
たる胸をいいように嬲られる性的苦痛は、衰弱し切った夕子を瀬戸際に追い詰めていく。

 "・・・も・・・う・・・私・・・・・・もう・・・・・・死に・・・・・・"

 神崎ちゆりが己を殺さなかった理由はよくわかっている。その望みが夕子の屈服にあること
を。いたぶり続け、嬲り続け、闇世界の王たる自分を跪かせた少女に絶望と屈辱を与えて懺
悔させたいことを。
 泣けば・・・謝れば・・・全ては悦虐を貪る悪鬼の思うがまま。たとえ死してもそれだけは許して
はならない、そう心はわかっているはずなのに・・・。完膚なきまでの敗北と壮絶にすぎる拷問と
が、強き少女戦士の心のなにかを折ろうとしている。

 「どうだァッ?! クズ鉄女ァッ〜〜、てめえはもう終わってんだよォッ! とっとと泣き喚いて
許しを請えよオオオッッ!! このポンコツがああッッ!!」

 「ひゃあうッッ!! ふべああッッ!! うああああッッ――ッッッ!!」

 再開される脳へのダイレクト苦痛。真正面から受け止めねばならぬ破壊の激痛。弄ばれる
機械の身体。
 おおよその人間が耐え切れるわけのない苦痛の渦に飲み込まれ、悪女に跪こうとする少女
戦士を誰が責められようか。もはや、これまで――。壊れていく精神のなかで、全てを受け入
れ従属の台詞を赤い唇が吐こうとする刹那、ピピピピという甲高いアラームと淡々と夕子処刑
のプログラムを進める機械人間の呟きが、白く意識を飲まれつつある赤髪の少女の耳朶を打
った。

 「ヤハリ来タカ、有栖川邦彦メ」

 膝を屈しようとしていたサイボーグ少女の心に衝撃が走る。

 「首輪カラノ信号デ、娘ガ窮地ニ陥ッタコトハワカッテイルハズダ。モットモ首輪ハ私ノ電撃ニ
ヨッテ破壊サレタノデ、コノ島ノドコニ娘ガイルカハ把握シテイマイガ」

 「あはははははは♪ よかったじゃな〜い、パパが迎えに来たってェェ〜! もっともォ、ちり
たちにしたら望み通りなんだけどォ〜」

 コードを伝わって送られてくる苦痛の電気信号が途絶える。ガクリと脱力した小柄な少女の
肢体は、鎖を鳴らして宙空に垂れ下がった。ツインテールに隠れた奥で、瞳から流れ出た雫が
頬を伝って、ボトボトと冷たいコンクリートに落ちていく。地に描かれる雫の結晶を、ゾッとする
ような笑みを浮かべて豹柄の悪女が眺める。

 「・・・ついに泣いちゃったかァ〜・・・人造女の泣き顔はァ〜、どんなんかなあ〜♪」

 再びツインテールを鷲掴んだ「闇豹」は、垂れ下がった夕子の顔を月光のもとに上向かせ
る。

 「うッッ!」

 凍てつくような鋭い眼光に、思わず闇世界の狂女は呻いていた。
 激痛に溺れていた瀕死の少女ではない、不屈の戦士の瞳。キュッと噛み締めた唇に宿る、
あくなき反抗の闘志。
 霧澤夕子が流したのは透明な悲哀の涙ではなかった。
 頬をつたうのは、血。いや、赤い涙。サイボーグの性質を逆手に取られ、この世のものとは
思えぬ煉獄に堕ちた少女の、苛烈なまでの反抗の意志。

 「てッ・・・てめえッ・・・」

 「・・・あの・・・ひとに・・・父には・・・手を・・・出す・・・・・・な・・・私・・・を・・・八つ裂きに・・・し
て・・・も・・・・・・」

 もし昨日までの夕子であったなら、反骨心を上回る拷問に屈して、ちゆりの希望通り服従を
受け入れていたかもしれない。孤高に生きてきたがためここまでの過酷な仕打ちに耐えられた
一方で、孤独であるがための限界は確実に近付いていたからだ。だが、今は違う。夕子には
守るべき人間がいる。己の身を省みることなく、守らねばならない存在が。

 「ソウハイカン。私ニトッテハ、有栖川邦彦ヲ殺スコトコソガ、目的ナノダカラ」

 白衣の機械人間の単調な声に、わずかに含まれる愉悦の響き。
 ちゆりの存在が大きいため忘れがちだが・・・事実上夕子を葬った桐生の目的は、あくまで父
親の邦彦なのだ。いつでも始末できるはずの夕子を生かしているのは、苦しめ跪かせることが
狙いの「闇豹」とは異なり、邦彦を誘き寄せるエサにしているため。ちゆりにとってはどうでもい
い天才学者の登場は、桐生にとっては待ちに待った好機なのだ。
 恐らく先程のアラームと桐生の台詞から推察するに、この「希望の島」に設置した監視網に
邦彦の姿が確認されたのであろう。常時夕子の体調データを三星重工の研究室に送り続けて
いる銀の首輪は、サイボーグ少女が危険な状態にあることを確実に開発者・邦彦のもとに知ら
せているはずだ。だがアリスが高圧電流の帯で串刺しにされた時点で、とっくに高性能な首輪
は故障してしまっている。広大な埋立地のどこかで、夕子が窮地に立たされていることはわか
っていても、今の邦彦に正確な居場所を把握する方法はないのだ。父が娘を探す間に徹底的
に「闇豹」は夕子を屈服させ、感動の対面を済ませたあと親子ともども処理するつもりなのだろ
う。そうすれば、嗜虐の狂女と復讐の暗殺機械の望みは、両方叶えられることになる。
 そこまで瞬時に理解していながら、囚われの少女戦士にはなんらの抵抗もできなかった。拘
束から逃れることも、父を危機から救うことも。せめて父を守りたいという想いは虚しく空回り
し、かえって誘き出す道具として利用されている事実が、夕子の心を屈辱で塗りつぶす。

 カタカタと白衣の眼鏡男は軽やかな動きでキーボードを操った。新たな激痛を夕子に送るた
めではない、どうやらスクリーンに映る画像を監視カメラのものに切り換えているようだ。もは
や機械人間の庭と化した未来都市の夢の跡地には、何十台に及ぶ隠しカメラが当然のように
配置されていることだろう。

 「フフフ・・・間違イナイ。愚カナ男ダ。危険ト知リツツ自ラヤッテクルトハ」

 パソコンからの反射で青く浮かび上がる痩せた顔が、固い笑いを刻む。カメラのひとつが紛
れもない有栖川邦彦の姿を捉えたのであろう。影武者の登場をかすかに期待していた夕子の
胸に、追い打ちの絶望が湧き上がる。

 「テッキリ私的軍隊デモ連レテ来ルカト思ッテイタガ、ナントイウ無用心。小娘二人連レテ、イ
ッタイ何ノツモリダ?」

 桐生の台詞に気色ばんだ神崎ちゆりが、さっと駆け寄りパソコン画面を覗き込む。

 「小娘二人だってェ?」

 「白イ制服ノ、ヒ弱ソウナ小娘ダ。マサカ奴ハココデ、死ヌツモリナノカ?」」

 西条ユリとエリ。
 邦彦を護衛し、窮地の聖少女を救いに来た二人の少女の正体を、夕子は瞬時に見破った。
里美たち3人が南洋の島に向かった今、ミュータントと互角以上に渡り合える少女は彼女たち
しかいない。万が一に備え、相楽魅紀あたりを通じて里美が二人を邦彦に紹介していたのだろ
う。

 「ふ〜ん・・・小鳥ちゃんが出てきたかァ・・・」

 幼ささえ残る可憐な双子を普通の女子高生と思い込んでいる桐生と違い、西条姉妹の実力
を知る「闇豹」の眼には鋭さが混じる。
 全身白の制服から覗く手足にはところどころ同じ色の包帯が巻かれているが、それが有利な
材料になるとはまるでちゆりには思えなかった。伊豆の海岸で死闘を繰り広げた二人が手負
いの状態であることも、他のメンバーがいないためのやむを得ずの登場であることも、奔放に
動く女豹が知る由もなかったが、たとえ知っていたとしてもこの状況を決して楽観はしなかった
に違いない。
 ファントムガールに変身できるのは妹のユリのみ。しかし、本気になったユリの強さを「闇豹」
は以前に経験済みであった。姉のエリも"一般人"としては恐るべき強さだ。つい数時間前にミ
ュータントになったばかりのちゆりと桐生が、再度巨大化するのは決して楽な作業ではない。
変身しても不利、まして生身のまま西条姉妹と激突すれば・・・データを入力していない桐生が
パートナーでは、あまりに危うすぎる。
 無知な桐生の言葉がちゆりには白けて聞こえる。無用心どころではない。有栖川邦彦は、最
強の護衛を連れてきたのだ。
 だが・・・それは嗜虐の女王にとっては十二分に予想されたことだった。

 「桐生〜〜、直接オヤジを殺すのは諦めなァ〜〜」

 「ナンダト?!」

 眼鏡の奥の目がギラリと光る。

 「こいつらふたり、あんたより強いよォ〜。ひとりは『エデン』飼ってるしねェ」

 弱いと断言されることは、死を賭けた闘いに身を置く者にとって、正邪どちら側に立っていよ
うとも屈辱であるはずだが、本来の目的が邦彦の暗殺にある桐生には冷静にちゆりの言葉を
聞ける判断力があった。

 「ソウカ。ナラバ、コノ手デ奴ヲ葬ルコトハ諦メルトシヨウ」

 一瞬、安堵する夕子の胸に、引き続き放たれた桐生の言葉は悪夢の予感を突き刺した。

 「モット悲惨デ・・・絶望的ナ死ヲプレゼントスルカ」

 金色のルージュが耳まで裂けそうに吊り上がった「闇豹」の笑顔を、夕子は生涯忘れ得ま
い。
 ヅカヅカと歩み寄る女豹の一歩ごとに、理由のない戦慄が駆け登る。未来が危機を囁くよう
な。魂が運命を恐れるような。
 しなやかでいて獣性を漂わすちゆりの右手が宙吊り少女の顎を鷲掴む。勢いで揺れる無数
のコード。白衣の男がパソコンに向かって新たな指令を入力している。機械の肉体を乗っ取ら
れた被虐のサイボーグ少女。暴虐の虜囚と化した悲運の少女に、渦巻いていた悪寒が今現実
の形となって襲い掛かる。

 「んじゃあァァ〜〜・・・パパとお仲間が来る前にィ、こいつを"破壊"しちゃおうかァァ・・・」

 空いていた魔豹の左手が、大きく広げられた聖少女の股間へと伸びる。
 膝までの長さの麻製のパンツは戦闘時のダメージでビリビリに破れ、白いショーツがほとんど
露わになっていた。その中央、下着を破って開いた穴を通って、何本もの黒いコードが女性の
洞穴に直接挿入されている。漆黒の触手を生んでいるかのようなおぞましき姿。淡い茂みがう
っすら生えた周囲を、なぞるように悦虐の女豹の指が這う。

 「な・・・んの・・・つもり・・・・・・」

 赤い涙の跡が残る瞳で、夕子は鋭く睨みつけた。壮絶な苦痛のあとは、性奴として恥辱しよ
うというのか。だがいくら「闇豹」が艶技に長けていようとも、肌を触れられるたびに憎しみにも
似た怒りを燃え上がらせる天才少女は、苦痛の拷問同様、いやそれ以上に屈するつもりは毛
頭ない。

 「言っただろォォ〜〜・・・破壊するってェェ〜・・・」

 耳元でかけられる吐息が熱い。蕩けるように転がる魔豹の声は、明らかにこれまでと違って
艶やかな甘さを含んでいた。

 「私を・・・辱めても・・・無駄よ・・・貴様には・・・屈しない・・・」

 「そうかなァ〜〜?・・・フフ、随分薄い毛ねェ〜。お子ちゃまみたい・・・」

 サイボーグといえど、密接に機械部分とリンクし人間同様の感覚を持つ夕子は、性の刺激に
ついても普通の人間並みに感じ取ってしまう。産毛をかすめるように這っていく優しい愛撫が、
子宮の奥底に昂ぶりを募らせていくのは誰とも変わらない。ただ向こう気の強い反発心と、孤
高が育てた気高き闘志が、魔悦の嬲りに奇跡的な抵抗を起こさせている。
 白い肌を這い回った両手の指が、豊かに膨らんだ胸の隆起を包み込む。小柄な身体に合わ
ぬボリュームある夕子のバストを、悪女の両手がもちをこねるように揉み回す。

 「意外とオッパイあるのねェ〜・・・人造女でもォ、感じるのかなァ〜?」

 青い爪がじっくりとお椀の周囲をなぞり、刺激を掻き集めるようにして頂点に駆け登っていく。
夜目にも鮮やかに、桃色の突起は屹立していた。コリコリに固まり充血した乳首が、なにもされ
ないでもジクジクと痛む。執拗に双丘に指を這わせる豹柄の色魔を、拘束の少女は黙ったまま
睨み続けている。

 「おやおやァ、静かになっちゃったねェ〜。生意気なこといってもォ、カラダは正直だから♪」

 ブラウスも白のブラジャーも破れた裂け目からふたつの乳首が突き出している。内なる昂ぶ
りを一点に集中したような桃色の突起は、ポロリと落ちそうなほど巨大化して尖っていた。美し
く可愛らしいさくらんぼのような頂点。集まった刺激が暴れるのか、夜の外気に晒された少女
の乳首は、ピクピクとかすかに震えている。
 人差し指と親指で、ちゆりはふたつのバストの先端をそれぞれ優しく摘んだ。

 「はァくッ?!」
 
 思わず快感の叫びが、夕子の口をついて出てしまう。
 クリクリとこね回される敏感な突起。おおよそ男性経験とは無縁な天才少女にとって、かつて
体験したことのない快楽の電撃が全身を駆け巡っている。この蕩けるような感覚は・・・? 神
経が暴走するかのような刺激は・・・? 魔豹の指先が作り出す快楽の津波に、サイボーグ少
女の理性が弾け飛んでいく。
 まわされていた乳首が今度は柔肉に埋まるほどに押し入れられる。己の乳房の弾力が、感
度の高い突起を絶妙な圧力で包み込む。刺激に慣れないうちに、今度は尖った爪で摘まれて
引っ張られる。乳首への責めは徹底的であり執拗であった。焦らすように優しく摩擦され、壊す
ように激しく折り曲げられる。そのたびに別種の、しかも激しい刺激が夕子の下腹部に突き刺
さる。

 「うくッ!・・・はあッ!・・・ひうッ!・・・ハア・・・ハア・・・くうゥッ・・・!」

 「あはははは♪ だいぶ喘いできたねェ〜。快楽には屈しないんじゃなかったっけェ〜?」

 悔しさか、それとも別の感情によるものか。垂れがちな瞳をさらに歪ませ、歯を食いしばった
夕子の表情は泣きそうにも見て取れた。宿敵にいいように胸を嬲られ、しかも感じてしまってい
る屈辱。だがそれでも聖少女の瞳には、反抗の炎は燃え盛っている。

 「嬲れ・・・嬲ればいい・・・・・・いくら肉体を汚しても・・・魂までは穢されない・・・」

 「へえェェェ〜〜、じゃあこれはどうゥ〜?」

 パクリと夕子の右胸を魔豹の口が包み込む。

 「ふくッッ?!」

 猫を思わせるざらついた舌が、白い乳房を丁寧に舐めあげていく。充血した先端を包む生温
かい刺激。温度と感触、官能を催す絶妙な粘液が、敏感な突起を嵐のように弄ぶ。

 「〜〜ッッ?!! くうッ・・・うううゥゥ〜〜〜ッッ・・・」

 必死で食い縛る歯の隙間から、微妙なビブラートに揺れる呻きが洩れる。夕子の整った美形
が、喜びとも苦しみともとれる複雑な表情に歪む。
 右胸を涎で濡らし尽くした舌がようやく雪肌を離れたとき、虜囚少女の腰は己でも無意識のう
ちに前後に揺れ始めていた。

 「強がってもこんなに感じちゃってるじゃなァ〜い。情けない女ァ〜」

 「ハア、ハア、ハア・・・す、好きに・・・言ってろ・・・」

 「さあ〜〜て・・・そろそろホントの地獄に堕ちてもらおうかァ〜〜・・・」

 陰惨な笑みを魔豹は浮かべた。
 いままでのちゆりの嬲りは、ほんの遊びにしか過ぎない。いわば小手調べ。身体を温めるた
めの準備運動。
 KILL夕子、霧澤夕子抹殺のための最終段階。殺しても殺し足りぬ少女戦士を心底屈伏さ
せ、死よりも酷い地獄に落とす「闇豹」の願望を込めて。毅然としたサイボーグ少女を跪かせる
ための最後の仕打ちは、ついにこのとき発動された。

 「やれ、桐生。この人造女を・・・スクラップにするよォ♪」

 じっと指令を待っていた機械人間が、新たな電気信号を送るべくEnterキーを押す。
 次の瞬間、夕子の全身を襲ったのは、高圧電流でもなく、破壊の激痛でもなく・・・

 「こッ・・・これ・・・はッ・・・・・・!!」

 マグマが沸騰するように、全身の細胞が火照っている。
 みるみるうちに桃色に染まっていく白い雪肌。ドクドクと心臓が早打ち、下腹部の心棒が燃え
たぎって蕩けていくかのようだ。吐く息が甘く、熱い。トロンと瞳は恋する乙女のごとく垂れ、頬
は官能の兆しを印して紅潮している。乳首は痛いほどに尖り、股間の蜜壷から溢れる透明な
愛液は無数のコードを滴って落ち、点在する性感帯は浮かび上がるように表層に剥き出しに
なる。桃色の刺激が全身を這いずり回り、子宮が痛いほどに疼きたぎっている。
 痛みを直接脳に送り込むことができるように。
 サイボーグ少女の機械部分を支配した桐生は、あろうことか、今度は夕子の官能それ自体
を全開にしてしまったのだ。
 宿敵への反発とか、正義の戦士としてのプライドとか、そんな精神力は津波を前にした砂の
楼閣ほどに脆く儚かった。
 今の夕子は全身が性感帯で覆われ、性の快楽にアンテナを発達させた色獣。風に吹かれる
だけで愛撫され、次々と沸き立つ性欲に溺れるしかない発情期の雌。
 もはや霧澤夕子は・・・性の奴隷と堕した、陵辱人形。

 「はあァッ・・・ふぇあァッ・・・ひゅえああァァ〜〜・・・」

 普段から甘ったるい響きを含む夕子の声が、桃色の霞みを吐くがごとく官能に震えている。
 かつて誰も聞いたことがない声であった。クールな天才少女が、ねだるように甘酸っぱく、雌
獣の喘ぎを洩らしている。無数のコードで肉体を支配されたサイボーグに、いかなる反抗がで
きるというのか。己の身体すら敵に回ったいま、絶望の少女戦士を救えるものなどなにもな
い。
 哀れ、夕子。機械の身体を授かる悲運を受け入れ、毅然として許せぬ悪に立ち向かってきた
君はもう、悪魔どもにいいように嬲られる魔悦の囚人と化してしまった。

 「あーっはっはっはっはっ♪ 快楽の虜に堕ちた気分はどォうゥゥ〜〜! 狂っちゃいそうな
ほど気持ちいいでしょォォッ――ッッ!! そおうらァァ・・・これはどうだァァッッ〜〜ッ
ッ?!!」

 再びちゆりの両手が、豊かなバストを潰れんばかりに握り絞める。

 「ひぎゅえあああああああッッッ〜〜〜〜ッッッ!!!!」

 バシュウウウウ・・・
 絶叫とともに夕子の股間から白い噴水が噴射される。
 ただ胸を揉みしだかれただけで、聖なる少女は昂ぶりの潮を吹いてしまったのだ。

 「ギャーッハッハッハッハッ!! きったなァ〜いッ! そりゃあァァ、まだまだ許さねえぞォォ
ォッッ―――ッッッ!!!」

 柔らかな肉に食い込んだ青い爪が、執拗にバストを揉み回す。

 「ひぎゅうううううッッッ――――ッッッ!!!! ひゃめッッ!! ひゃめへええェェッ
ッ!!! 狂うゥゥゥッッ―――ッッッ!!! 狂っひゃふぶうううゥゥッッ〜〜ッッ!!!!」

 ツインテールが乱れ飛び、汗と涎が飛び散る。
 強気も冷静も、夕子を示すキーワードは欠片も残っていなかった。もはや少女は、極限の快
楽に咽び泣く無惨な虜囚でしかない。
 新たな入力を桐生が行う。豊かな胸に貼り付けられた電極が、微弱な電流を双丘に流し込
む。たまらなかった。絶妙な愛撫と同じ、優しい刺激。だが今の官能に堕ちた夕子にとっては、
胸を串刺しにされる以上の壮絶な地獄。

 「あひゃあああああッッッ―――――ッッッ!!!! 胸がアアアァァッッ〜〜ッッ!!! ひ
んじゃうゥゥゥッッッ―――ッッッ!!!! ひいやあああああッッッ――――ッッッ!!!!」

 二度目の潮吹き。
 絶頂としては何度迎えたかわからない悦虐のなかで、魂ごと貫くような陵辱はさらに激しさを
増していく。
 微弱な電流で胸全体を嬲り続けながら、コンピューターの指令は、今度は愛蜜をこぼすクレ
ヴァスに挿し込まれた、何本もの黒コードに下された。
 ドロドロに蕩けた桃色の洞窟内。エデンに程近い奥底から出口の上にある萌芽まで、感度の
高いレセプターに的確に貼り付けられた10以上の電極が、一斉に愛撫電流を流し込む。

 切り裂く絶叫が廃工場全体を震わせる。
 悲鳴と嬌声をMAXでかけあわせた、悦極の大絶叫。
 官能を全開にされ、全身を性感帯と化した夕子の胸と秘部とを、絶妙な電流刺激で貫く・・・
本物の地獄でもこれ以上の仕打ちはなかろうという凄惨な処刑に、天才少女の理性は跡形も
なく吹き飛んでいた。
 叫ぶ口から血霧が舞い、鮮血の涙がブシュリと宙を飛ぶ。浮き出る汗で白肌は濡れ光り、ど
こにこれほどの水分があったかと思わせる大量の愛液が、水風船が破裂したように股間から
飛沫を撒き散らす。
 
 30秒ほどの咆哮ののち、糸の切れた人形のように、ガクリと囚われの聖少女は垂れた。
 ボトボトとコードを滴る蜜が、股間の下に池を作っている。甘酸っぱい臭いが周囲に漂ってい
た。人字型に宙吊りになった悦虐の少女。唇の端と瞳から朱線を引いた端整な美形は、苦悶
と法悦を色濃く刻んで呆けたように歪み、真っ直ぐに強い光を放っていた瞳は、もはやなにも
映さずに虚空をさまよっている。
 魔悦に絡み取られ、劣情を搾り尽くされた無惨な少女の抜け殻。
 狂ったように笑い転げる「闇豹」の哄笑も、絶頂の果てに晒した醜態を罵倒する声も、精も気
も奪い取られた少女戦士の耳には届きはしなかった。

 「・・・ソロソロ、トドメトイクカ」

 ズルリ・・・粘液の絡みつく不快な音を残して、身体中に挿入された無数のコードが、陵辱人
形から次々に引き抜かれていく。全ての接続電線を抜かれ、鎖から解放された虜囚の肉体
は、そのままボトリと足元の愛液溜まりに落下した。
 ビクビクビクビクビク・・・・・・
 うつ伏せに転がるツインテールの肉塊が、引き攣るように小刻みに震える。自ら流した半透
明の蜜にまみれ、濡れそぼった小柄な少女の肢体は、月光の下で淫靡な陰影に彩られてい
る。

 掌に余る胸の果実を、背後から抱きすくめた金髪のコギャルが、弛緩した守護少女の身体を
引っ繰り返す。
 背中から回った豹の手で両の乳房を揉みしだかれながら、己が垂れ流した何種類もの液体
でベチョベチョになった霧澤夕子は、悪女のなすがままに身を委ねていた。半開きの口から涎
が溢れ、閉じられた睫毛がブルブルと震えている。傷に覆われ、愛液にまみれた無様な肢体
を、官能に堕ちたサイボーグ少女はぐったりと廃工場の地面に投げ出している。

 「きゃはははははは♪ 貫通ショーの始まり、始まりィィ〜〜!」

 ズボンを脱ぎ捨て下半身を露わにした桐生が、艶かしいまでに白く光る夕子の足先に仁王立
つ。無防備に開いた脚の付け根の中央には、風に吹かれる淡い茂み。トロトロと女蜜の残滓
がこぼれてくる少女の秘園に、冷酷な機械人間は、己の股間にそそりたつ肉棒の照準を定め
た。

 「よ〜く見ろよォ〜・・・てめえにぶちこまれる男のブツをよォ〜。機械女にはサイッコーにお似
合いだろうがァ!」

 陵辱の波動に飲まれ、溺れかかった正気の中で、それでも夕子は恐怖に震えた。
 桐生の股間に生えたもの、それは漆黒の鋼鉄でできた、槍のごとき長大なペニス。
 
 「ひぐッ!・・・・・・ふぇ・・・・・・ううゥッッ!!」

 「ぎゃははははははは! 今更怯えても無駄だァァッッ!! 桐生ゥゥゥ〜〜、このムカつくポ
ンコツを、串刺しにしちまいなァァァッッ――ッッ!!!」

 鎖から解き放たれていようと、今のサイボーグ少女は壊れたオモチャでしかない。
身体を動かす体力もなく。悦楽を跳ね返す精神力もなく。屈辱も絶望も悲愴も、全てを遥かに
凌駕する悪魔の一撃に、反抗する手段は聖少女にはすでになかった。
十分に濡れた夕子の秘所に、鋼鉄のペニスは根元まで一気に挿入される。

 「ひいやああああああああああああッッッ――――ッッッ!!!!」

 「あーっはっはっはっはっ! いいザマァァァ〜〜ッッ!!! 泣けッ! 喚けッ! ちりに泣
いて謝るんだよォォォッッ!!!」

 熱くたぎった下腹部に、冷たく固い槍が入ってくる圧迫。
 エデンが宿る子宮の底に、コツンという衝撃が伝わる。女性にとってそれは、全てを支配され
たような、存在自体を奪われたような、致命的な感覚だった。下腹部に重く宿った圧迫感、膣
全体から染みとおってくる快楽の波長。トドメとしては十分すぎる一撃が、とっくに敗れ去ってい
た守護少女を、極限にまで崩壊させていく。
 あとはもはや、蛇足のようなものだった。
 貫かれる苦痛と法悦にさんざん夕子が悶え踊るのを楽しんだあと、機械人間は根元まで埋ま
った金属の肉棒から、瘤のような隆起を突出させる。

 「ふうひゃあああああああああッッッ――――ッッッ!!!!」

 「我ガ特製ノ肉ノ味・・・イカガカナ? 小娘ニハ死ヨリ辛イカ?」

 「たまんないでしょォォ〜〜、男を知らない優等生さんにはァ♪ さあ、いい加減に謝りなァ。
ちりの奴隷になるって誓うんだよォォォッッ!!!」

 デコボコになったペニスが絶妙な圧力を膣内いっぱいにかけてくる。蜜壷全体をコリコリと愛
撫される感覚は、魔悦の虜となった少女戦士に苦痛にも似た快楽を生む。発狂しそうな快感
の渦が半死の夕子を飲み込んでいく。だが、それでも悪魔は蹂躙の手をやめようとはしない。
 ギュイイイ―――ンンン・・・
 恐るべき機械の剛直は、夕子の蜜園のなかで、ドリルと化して高速回転し始めた。

 「はわぎゃあああああああッッッッ―――ッッッ!!!! きゃううううううッッッ――――ッッ
ッ!!!! ひゃめェェェッッッ!!! ひゃめへえええええッッッ〜〜〜ッッッ!!!! うぎ
ゃあああああああッッッ――――ッッッ!!!!」

 魂切る絶叫のなか、達した桐生の白濁液がドクドクと夕子の体内に発射される。
 性感を極限にまで敏感に研ぎ済まされ、ただでさえ狂いそうに感じてしまうのに、瘤だらけの
ペニスを秘所内で高速回転されるなんて・・・もはや夕子の絶叫は、完全に敗北した人間の嘆
願の悲鳴であり、悦獄に堕ちた人間の絶頂の嬌声であった。
 それでも屈服を迫るちゆりの前で、意識も満足にない夕子は降服の言葉を口にしない。

 「クソ生意気なクズ鉄女がァァァッッ!!! やれ桐生ゥゥゥッッ〜〜ッッ!! こいつの穴を
ブカブカにしてやりなァァッッ!!!」

 合計三度、美少女の若い肉体は、機械人間の青臭い汚液を浴びるほどに体内に放射され
た。

 「お次はお口でご奉仕しなァァァ〜〜。きゃはははははははは♪」

 泣き顔にしか思えぬほど崩れた端整な顔を、ツインテールを掴んで固定し、「闇豹」は怒張し
続ける漆黒の棒を呼び寄せる。
 桃色の唇を容易く割って潜入した鋼鉄の性器は、嗚咽する夕子の咽喉奥にまで突き入り、今
度は伸縮しながらのグラインド運動を開始した。

 「おぶッッ・・・ぶぶッッ・・・・・・おおええええッッ〜〜〜ッッ!!!」

 ゴボゴボと咽喉を鳴らす少女戦士を無視して、衰えを知らぬ機械のペニスは水鉄砲のごとき
勢いで白い精液を噴射する。肉棒を咥えた可憐な唇の隙間から、モデルのように高い鼻から、
陵辱の汚液がグジュグジュと溢れ出てくる。

 「おらッッ、飲みなッ!! 全部飲み干すんだよォォォ、クズ女がァァァッッ!!!」

 青い爪が細い首を鷲掴み、強引に食道をこじ開ける。意思と関わらず生臭い精液を嚥下して
いく白い咽喉。何度も何度も・・・救いの入らぬ処刑の廃工場で、便器と化したサイボーグ少女
への白濁液の放出は繰り返された。小さな夕子の腹部がやがてぽっこりと膨らんでくる。凄惨
な呻きを洩らし続ける被虐の天使に、悪女と復讐機械の陵辱は留まることを知らなかった。

 ・・・・・・・・・
 汗と己の愛液に濡れ光り、青臭い汚臭を放つ白濁液をこびりつかせたツインテールの少女
が、クズ鉄の山に囲まれた平地で転がっている。
 大の字で仰向けに横たわる少女からは、酸っぱさと生臭さの混じった異臭が漂う。端整な顔
にもスタイルのいい肢体にも、たっぷりとかけられた白い汚液。陵辱の宴に捧げられた美しき
天使は、ピクピクと震えながら無惨な姿を晒していた。

 「結局、最後まで詫び入れなかったねェェェ〜・・・」

 変わり果てた因縁の敵を見下ろしながら、豹柄のTシャツに身を包んだ金髪少女は腕組みを
して傍らに立つ。神崎ちゆりの宿願であった天才少女の降服宣言は、ついに搾り取ることは叶
わなかったのだ。だが、そのアイラインの濃い丸い瞳に浮かぶのは、紛れもない愉悦の光。

 「まあ、いいわァ〜。スクラップになったクズ鉄にはァ、もう興味なぁ〜〜し!」

 野生並みの鋭い嗅覚で、闇世界の歌姫は真実を嗅ぎ取っていた。
 夕子は屈服しなかったのではない。屈服の台詞すら吐けなかったのだ。
 実際にはどうであったか、夕子が最後までちゆりに許しを請わなかったのは意地が故か満足
に喋れぬほど疲弊していただけか、それはわからない。だがもはや、それを考えることすら無
意味であった。
 心ごと粉砕された負け犬の機械女は、今こうして足元に平伏しているのだから。

 「決ッッッ・・・ちゃァァ〜〜くッ!!」

 振り上げた「闇豹」の足が、夕子の腹部を潰す勢いで踏みつける。

 ブッシュウウウウウウウウッッッ〜〜・・・・ッッッ!!!

 口から、鼻から、股間から、体内に溜め込んだ悪の精液を派手に逆流噴射させて、大量の
腐臭液を敗北少女がぶちまける。
 白濁の粘汁を身体中の穴という穴から、噴水のごとく飛び散らす可憐で無惨な赤髪の美少
女。白い汚沼のなかに、ツインテールの少女戦士はピクリとも動くことなく、穢され破壊された
小さな肢体を沈ませていった・・・。



 「有栖川さん、あれは・・・?!」

 アニメにでてきそうな愛らしい声が、不意に逼迫した調子を含む。
 廃工場の一角。鉄屑が山を連ねるゴミ捨て場らしき場所の入り口に、スラリとした白い影が
ふたつ舞い降りる。
 西条エリとユリ、双子の柔術姉妹は、満月の光に浮かぶ無人の埋立地に、そのモデルのよう
なスレンダーな肢体を現した。破綻した未来都市には似合わぬ清楚な女子高生ふたり。身体
のいたるところに包帯を巻いた双子の姉妹は、負傷を感じさせぬ身のこなしで空き地の中央
に横たわる物影に駆け寄っていく。

 「うッッ?!!」

 甘酸っぱさと生臭さと・・・充満する腐臭のなかで、白百合のごとき可憐な双子は、汚液で蠢く
凄惨な物体を眼にした。

 「ひッ・・・ひど・・・い・・・・・・」

 思わず口元に寄せたおさげの少女の両手が、怒りとも畏れとも判別できぬ感情にブルブルと
震える。反射的に妹をかばうようにして前に立ったセミロングの姉の胸にも、ヘドロのようなど
す黒い悪念が業火のように沸き立っていた。丸い瞳をさらに大きく見開いた双子の額を、冷た
い汗が滑り落ちていく。
 宇宙生物との融合を果たし、人類の未来を背負う闘いに身を投じて以来、悪夢のような辛い
目にも、吐き気を催すような悪党にもあってきた。しかし、これほどまでの・・・かつてここまで酷
い地獄絵図を見たことがあっただろうか?

 「どうした?」

 やや遅れてゴミ捨て場に現れた中年男が、固まった姉妹の背後から声を掛ける。白のワイシ
ャツと濃紺のスラックスを汗で濡らし、自慢のオールバックをほつれさせた鷹のごとき男。有栖
川邦彦のこんな姿を見たら、彼を知るものなら驚愕の言葉を放つだろう。「焦り」とはもっとも縁
遠い天才科学者は、息を切らせながら人形のような姉妹の横を通り過ぎようとする。

 「み・・・見ちゃ・・・ダメです!」

 愛らしい双子の尋常ならざる様子が、邦彦に全てを教えていた。
慌てて止めようとする西条エリの華奢な肢体を、邦彦は激しく突き飛ばしていた。少女の配慮
が父親の必死さに勝てるわけもなく。泣きそうな表情を浮かべた姉妹をすり抜け、眼光鋭い男
は白い沼で蠢く物体に駆け寄る。

 青き月光のもとで、霧澤夕子は全身を精液と汗にまみれて転がっていた。
 虚無の光をたたえた垂れがちな瞳が、宙空をさまよっている。白い肌にも赤い髪にもこびり
ついたたんぱく質の塊。ビリビリに破れたブラウスには血が滲み、ローションの海にでも浸かっ
ていたかのように全身がヌラヌラと月の光を照り返す。半開きの唇からこぼれる白濁の残滓
が、いまだにゴボリゴボリと吐き出され、パカリと開いた背中の機械部分から引きずり出された
無数のコードや導線が網の目のように広がっている。
 これが、敗れ去った少女戦士の悲惨な末路―――
 クールで聡明な天才少女が、破壊され陵辱され尽くして、壊れたオモチャのように廃工場に
捨てられている。涙を誘わずにいられない光景だが、悪魔どもの仕打ちはそれだけに留まらな
かった。

 夕子の股間部分、ヴーン、ヴーンと不気味に唸る鋼鉄製の極太の棒が、桃色の花弁を割っ
て少女の秘所に埋まっている。ゴツゴツと瘤のついた黒色の棒は、ゆっくりと回転しながら、夕
子の内部への出入りをブチュブチュという汁気のある音とともに繰り返している。
 漆黒のマシンによる恥辱責め。
 さんざん嬌声を喚き散らし、愛液を滝のように噴出した少女の肢体を、悪魔の置き土産はい
まだに虐め続けていたのだ。あらゆる液体を搾り取られた夕子の身体は、永劫に続く悦虐に
ビクビクと痙攣するのみ。残り少ない夕子の体力を、強制的な昂ぶりが理性を破壊しながらも
ぎとっていく・・・

 死ぬ。このままでは、夕子は死ぬ。
快楽に貫かれながら、人間の尊厳を踏み潰されるような殺され方で。戦士としてトドメを刺さ
ず、色欲に狂った雌獣としての死を、豹柄の悪女は下すつもりなのか。快感に身を震わせるた
びに、惨死への階段を一歩一歩スクラップ少女は昇っていく。

 「ゆ・・・夕子さん・・・ッッ!!」

 強いショックで吹き飛んでいた思考が、ようやく現実へと舞い戻り・・・思い出したように慌てて
駆け寄ったユリが、股間に埋まったマシンのディルドゥを両手で掴む。ヌルリとした感触。か細
い腕に力をこめて、強引に鋼鉄の棒を引き抜こうとする。

 ピピピピピ・・・

 甲高いアラームが機械の棒から放たれる。不意を突かれたユリの手が、潜んだ危険を察し
て引く力を弱めた。

 「・・・やめなさい」

 どこか遠くで響くような、感情を押し殺した声で有栖川邦彦は呟いた。
 ダンディーを絵に描いたような中年男は、静かな視線で陵辱に散った我が娘を見下ろしてい
た。精悍な顔からはなんの感情も窺えない。ただ静かに、優しくすらある眼でゴミのように捨て
られている少女を見詰め続けている。
 こんな哀しい父娘の対面が、世界のどこにあるのだろう?
 ユリの長く白い指が、唸り続ける鉄棒から離れる。気圧されたように、佇む父と転がる娘との
間から、おさげ髪の少女は引き下がった。

 「大層な・・・姿になったな、夕子」

 淡々とした口調で天才科学者はひとり話す。
 腰を下ろし、娘の傍らに膝をついた男は、股間で蠢く鉄棒を一通り見る。ヴーン、ヴーンと震
えるたびに、夕子の小さな身体もピクピクと引き攣った。悦虐の棒に、もはや抗うことすらでき
ないのだろう。汚濁に濡れた娘の上半身を、父は力強く抱き起こす。

 「どうやら、無理に引き抜こうとすると爆発する仕掛けのようだ。これはヤツらからの、私への
挑戦ということらしい」

 復讐機械・桐生の恐るべき策略―――
放っておけば、間もなく夕子は死ぬ。絶頂の果てに。体力を枯らし尽くして。助けたければ、桐
生が造ったこの最高傑作<バイブローター仕様の爆弾>を解体しなければならない。
 しかし、解体の手順を間違えれば当然として、タイムオーバーでも陵辱の鉄棒は爆発するよ
うに設計されていた。時間、それはつまり、夕子が死ぬまでの時間。断続する快感についに夕
子の体力が切れたとき、事切れた肉体に反応して鋼鉄のディルドゥは周囲15mを炎に包む大
爆発を起こすようになっているのだ。
 惨敗の少女戦士を救うには、絶頂を迎えるまでの短時間で機械人間が造った最高難易の爆
弾を処理するしかない。だが爆弾の解体に失敗した場合・・・それは即ち夕子ともども解体に挑
戦した者の死も意味することになる。
 夕子を見捨てれば、無論邦彦は命を落とすことはない。しかし桐生は、冷酷と噂されるこの
男が、必ずや娘を救おうとすると確信していた。陵辱の海に沈んだ娘を見せつけられ、しかも
その娘を助けようとしてともに爆死する・・・憎き男の死に相応しいシナリオを、暗殺マシンは用
意したのだ。

 天才の自負を持つ邦彦が、躊躇なくこの挑戦を受け入れるのは決定事項とも言えた。これは
いわば、桐生と邦彦の科学者としての頭脳の闘い。己の肉体を実験材料に差し出した狂科学
者に遅れを取ることなど、この国最高レベルの研究者である邦彦がみじんも思うわけはない。
どのみち娘を助けたければ選択肢は他にはないのだ。
 だがこの爆弾は・・・どんな優秀な科学者が取り組もうと、解体にかかる時間は2時間以上。
 そして、官能の虜囚と化して嬲られ続けた夕子が昇天するには・・・10分もあれば十分。
 一見科学者のプライドを賭けた闘いは、内実は爆発確実な暗黒の罠であった。受けてはなら
ない。この挑戦は受けてはならないのだ。瀕死の夕子を見捨てて、ひとりでも生き残ることが、
この場での最良の方法なのだ・・・

 パクパクと、汚濁に沈んだ少女の桃色の唇が動く。
 去り際、悪鬼どもが笑いながら話した計略を、混濁した意識のなかで夕子は聞き分けてい
た。性器を抉る鋼鉄の爆弾、魔悦の刺激を送り続ける悪魔の器具は、有栖川邦彦といえど手
に負えぬ代物。無謀に挑戦してくる自惚れ男を、娘ともども爆破するのが敵の狙い。

 "に・・・げ・・・て・・・私・・・・・・を・・・おい・・・て・・・・・・"

 「・・・・・・お・・・・・・」

 消え入るような声が、夕子の唇を割ってでる。
 少女はわかっていた。爆弾の解体は無理。もう私は、助からない。せめて。せめて、あなただ
けは。あなただけは、生きて欲しい。生き残って欲しい。

 「・・・・・・と・・・う・・・・・・さ・・・ん・・・・・・」

 お父さん、あなただけは、生きてください―――

 ガバリと夕子の小さな身体を、父の広い胸が力強く抱きしめる。

 「夕子、お前を死なせはしない」

 逞しい腕のなかで。温かい胸のなかで。力いっぱい抱きしめられて。
 すうっと透明な雫が、端整な少女の瞳からこぼれる。

 「お前は私の、生きる全てなのだから」

 枯れたと思っていた体液が涙となって、少女の瞳からとめどなく溢れ続けた。
 双子姉妹の涙の向こう、冷酷と呼ばれる父と娘を、幻想的な青き月の光が優しく包み込む。
 遠巻く夜風が、父娘を嘲笑うがごとく、装甲天使惨敗の埋立地を駆け抜けていった。



 天海島に来てから3日目、南の島への小旅行もいよいよ今日と明日とを残すのみ。
 朝から降り続く亜熱帯特有の激しい雨を、うらめしそうに工藤吼介は窓越しに睨む。この手
の雨はすぐに止むと聞くが、亜熱帯と温帯の狭間に位置するこの島では、俗にいうスコールと
はやや趣が異なるらしい。もう昼飯時を迎えようかというのに、一向に天からの恵みは止む気
配を見せなかった。

 「こりゃあダメだな。シトシトって感じになってきやがった。今日は一日中降りそうだぜ」

 本来なら宿泊客が合同で朝食をともにする、広い食堂の椅子にひとり腰掛けた藤木七菜江
は、頬杖をつきながら気のない返事を返した。ふゥ、と無意識に吐かれる溜め息には、疲労と
苦悩の色が滲んでいる。
 ぐっすりと朝まで寝ていた吼介は知らないだろうが・・・昨夜浜辺で繰り広げられた、伝説の怪
物との闘いのダメージで、七菜江のはちきれんばかりの若い肉体は、眼に見えない傷と疲れ
で覆い尽くされていた。七菜江だけではない、無論里美も、また桃子の身体にも戦闘のダメー
ジは残っている。できるならば今日一日しっかり休みたいのが、少女戦士たちの偽らざる本音
であろう。
しかし、といって3人の少女たちが一斉に具合が悪くなるのは、いくらなんでも不自然と言え
た。しかも、吼介には夜のうちに嵐が来たと言ってあるが、美しいリゾート地の海岸は、昨夜の
戦闘のせいですっかりデコボコになってしまっている。少しでも妙な勘繰りをされないために
は、何事もなかったかのように元気な姿を見せるのが一番なのだ。
 今朝早く、そう五十嵐里美に指示されたのに・・・しかしながら今この場で吼介に元気そうな姿
を示しているのは、七菜江だけという有り様であった。

 「なんだァ? もっとガッカリするかと思ったが、あんまり残念そうじゃないな。昨日遊び疲れた
か?」

 「う、うん・・・昨日たくさん泳いだから・・・雨でちょうど良かったかな」

 実際のところ、今日の雨はまさしく恵みの雨であった。口実なくとも身体を休められるのだか
ら。ただひまわりのような少女が雨を喜ぶ姿は、彼女をよく知る吼介でなくとも違和感を覚えた
ことだろう。

 「ふーん、らしくないな」

 「な、なんですか? そりゃああたしだって、疲れることくらいありますよ」

 「どうも朝から元気ねえなと思ったが、それは疲れのせいなのか? なんか悩みでも抱えてそ
うな気もするんだがな」

 デカイ図体に似合わぬ繊細な洞察力に、七菜江の胸がドクンと波打つ。
 その一方で、吼介が自分のことをしっかりと見ていてくれたことが、乙女心をちょっぴり温かく
もする。

 「図星か? なんだ、なに悩んでんだ?」

 「べ、べつに悩んでなんて・・・」

 「顔が赤いからすぐわかるんだよ」

 慌ててショートカットの少女は両手で己の顔を隠す。そのこと自体がなによりも雄弁な図星の
シグナルになってしまっていることに、天真爛漫な少女はまるで気付いていなかった。

 「相変わらずわかりやすいヤツだな・・・なんの悩みだ、言ってみろよ。桃子が心配なのか?」

 「そ、そりゃあもちろん桃子は心配だけど・・・今は里美さんが付いてるし・・・」

 「じゃあなんだよ?」

 俯いた七菜江の脳裏に、この島に来てから起きたいろいろな出来事が浮かび上がっていく。
 里美と吼介の睦まじき姿・・・桃子との突然のキス・・・神秘的なウミガメの産卵・・・ウミヌシと
の死闘・・・完全に必殺技を破られての敗北・・・濃密な時間を思い返し、胸に去来する様々な
想いを少女は噛み締めていく。どれもこれも、いろんな意味で印象的なことばかり。しかし、今
の七菜江にもっとも重くのしかかっていることは、ただひとつのことしかなかった。
 猫タイプのキュートな顔を振り上げた少女は、椅子から立ち上がるとタタッと窓際の男のもと
まで駆けていく。
 頬を真っ赤に染めた元気少女は、キョロキョロと恥ずかしそうに周囲を見回す。どこにも人影
のないことを確認して、藤木七菜江は吊り気味の瞳を潤ませながら、真っ直ぐに最強の男を見
上げた。

 「あ、あの・・・吼介先輩!」

 「なッ、なんだよ・・・?」

 少女の柔らかな両手がすっと伸び、無防備な固い右手を包み込む。祈りにも似た、握手。ボ
ッと火が点いたように顔が紅潮するのを、筋肉に覆われた格闘獣は自覚した。

 「一時間後、裏の林で待ってます・・・あの・・・ひとりで来てください・・・」

 言う方も聞く方も真っ赤になって、ふたりの高校生は密かな約束を交わす。

 「じゃあ、必ず来てくださいね!」

 手を離したアスリート少女は、弾けるように瞬発力を見せつけて走り去っていった。
 雨音のなか、いつまでも紅潮したままの男は、呆然と少女が消え去った方角を見詰め続け
た。
 握られた右手は、固まったようにずっと同じ形のままだった。



 「食べないつもりなの?」

 3人の女子高生たちに割り当てられた民宿の一室。6畳の和室の中央に敷かれた布団の傍
ら、凛とした佇まいで正座した五十嵐里美は、枕元に置かれたスープの皿に視線を落とす。詰
問ではなく、優しい問い掛け。だが、頭まで布団をかぶって横になっている人物からは、答えは
返ってこない。

 「食べないと元気が出ないわよ。ただでさえ体力を消耗してるんだから・・・」

 茶髪のストレートだけを布団から覗かせた少女は、顔を見せることなくずっと押し黙ってい
る。沈黙は今朝からずっと。桜宮桃子は貝のように布団のなかに引きこもっていた。
 最強の防御を誇るウミヌシとの死闘から一夜が明けて、3人の守護天使のなかでもっとも深
いダメージを負っていたのは、超能力を限界まで使い切った桃子であった。激しい疲労に襲わ
れたエスパー少女は、朝から一度も床に伏せたまま起き上がってこないでいた。

 「スープ、冷めてしまったけれど・・・一口でもいいから飲んでね。ナナちゃんが桃子のために
作ったのよ。きっと力が湧いてくると思うわ」

 それでも布団にくるまった少女からの返事はない。
 憂いを帯びた切れ長の瞳をやや曇らせ、正座姿すらも気品に溢れた少女は桃色の唇を軽く
噛む。

 「・・・今回のことは・・・桃子はなにも悪くないのよ」

 白く長い指を、里美は布団の上からそっとエスパー少女の胸に重ねた。

 「時々・・・思うの。闘うことが嫌いな桃子を、本当にファントムガールにしていいのかって。桃
子は自分の意思で『エデン』と融合したわけじゃないのに。だから今回のことでも、ウミヌシと闘
えなかったことを責めるつもりなんてまるでないの。むしろこんな目に遭わせてしまって・・・本当
に申し訳ないと思ってる」

 南の島に現れるという怪獣の伝説を聞き、旅行を口実にした怪物退治を思い至ったとき、里
美の脳裏に同時によぎったのは、闘うことにいまだ戸惑いを隠せない桃子の存在であった。
 いい意味でも悪い意味でも、桃子は普通の少女であった。七菜江やユリ、夕子らがいざとい
う折に割り切って戦闘に接することができるのと比べ、超能力がなければただの少女である桃
子は、闘いそのものへの免疫が圧倒的に弱かった。日々の特訓で指導役を務める里美には、
優しさを捨て切れない桃子の特性がよく見えていたのだ。
 だから、試した。今回の闘いで、里美と七菜江が満足に動けない状況で、どう動くかを。
 結果、母親カメが正体であるウミヌシに、桃子は闘いを挑むことはできなかった。そのこと自
体は里美の予想通りではあったが・・・ウミヌシの想定外の強さに、窮地に追い込まれたことを
くノ一少女は自覚していた。

 「・・・ごめんなさい」

 布団のなかから鈴のように愛らしい声が洩れてくる。今日、初めて喋った、桃子の言葉であっ
た。

 「あたしが・・・悪いんです。初めからちゃんと闘ってればァ・・・里美さんもナナもケガしなくて済
んだのに・・・」

 「ううん、いいのよ。ウミヌシは強いわ。ヤツの力を侮った私がいけないのよ」

 「・・・なんで里美さんが・・・こんなあたしを連れてきたのか、わかりました」

 布団にくるまったまま、桃子は言葉を繋いだ。

 「ウミヌシを倒せるのは・・・あたししかいない、ってことですよねェ・・・?」

 「・・・」

 「今、特訓してる『デス』なら・・・スラム・ショットすら効かなかったウミヌシを倒せる。だからあ
たしを・・・この島に連れてきたんですよね?」

 月のように美しい少女が、今度は押し黙る番になった。
 ネーミングからして恐ろしい、桃子の新必殺技「デス」。数日前から練習をしているこの技なら
ば、確かに理論上、強固な甲羅に守られている巨大ガメといえど葬ることができるだろう。しか
し、この究極ともいえる超能力戦士の切り札は、いまだ成功したことがない未完成の技なの
だ。

 「あたしがワガママいったからいけないんです・・・ちゃんと闘ってたら・・・」

 「もう、いいのよ。桃子はゆっくり休むことだけ考えて」

 「で、でもォ・・・ウミヌシを倒すには『デス』しか・・・」

 「ウミヌシを殺すことが、桃子にはできるの?」

 無感情に言い放った里美の台詞が、横になった少女の口を塞ぐ。
 一度も成功したことがない「デス」を本番の戦闘で使えるかどうか以上に、その恐るべき技を
ウミヌシに向けられるかが問題であると里美は気付いていた。なんとか海棲の巨獣を退けたも
のの、実際桃子=サクラはなにひとつ傷を負わせてはいない。闘うことすら躊躇する少女に、
まして罪もない生物を殺すことなどできるのだろうか?

 「そ、それは・・・」

 「桃子が責任を感じることはないわ。何も考えないで、ウミヌシのことは忘れて」

 「そ、そんなァッ・・・だって、今夜またウミヌシは来るんでしょ?!」

 ガバリと布団をはねのけ、美貌を外気に晒した少女は、泣きそうな表情で傍らに座る麗しき
少女を見詰める。
 そう、産卵を目指す巨大カメは、今夜もまたこの島の海岸に必ずやってくる。そして滞在時間
が限られた聖少女たちにとって、伝説の怪物を倒すにはそのときが最後のチャンスなのだ。
 島民の安全を考えれば、逃げるわけにはいかない。倒さねば。まるで手も足も出ず完敗した
相手に、今夜こそ勝利を収めてみせねばならないのだ。

 「私が、倒すわ」

 イマドキのアイドル顔負けの超美少女を慈しむように見詰め返し、玲瓏たる月すら及ばぬ幽
玄を醸した令嬢少女は静かに言い放った。
 
 「だから桃子は、気にしなくていいの。ウミヌシは、今夜私が倒してみせるわ」

 作戦も、勝算もないけれど。
 どこまでも優しく、儚くさえある微笑みを刻んで、五十嵐里美は床から不安げな視線を投げか
けてくる美少女にニコリと笑いかけてみせた。
 ごめんね、桃子。でも、責任を取らなくちゃいけないのは、やっぱり私だから――
 リーダーである少女の微笑に勝利を感じたのか、桃子の顔に安堵の様子が広がる。よもや
里美がまるで勝ち目のない闘いに挑もうとしているなど、気付くわけもなく・・・。完璧なるくノ一
の演技を披露して、少女戦士はひとり死を賭した決意を心の奥に秘めていった。
 決戦は、今夜―――。



 山の傾斜を利用して建てられた民宿の裏手は、緑深い山林になっていた。
 樹木は生い茂っているがさほど太くはないせいか、木々の間は比較的広く地面も茶色の地
肌が剥き出している。一方、上空は濃緑の葉っぱの天井。雨足が弱まったことも手伝って、林
のなかは傘なしでもいられるほどだ。
 サクサクと土の地面を踏みしめながら、工藤吼介はひとり樹木の間の獣道を進んでいた。
 食堂で藤木七菜江と別れてから、きっかり一時間。太い眉の下で動く男の眼には、求めるシ
ョートカットの姿はまだ見つかっていなかった。

 「ったく、こんなところに呼び出しやがって・・・神妙な顔してなんのつもりやら・・・」

 口では不平を洩らしながら、Tシャツ越しにも筋肉が浮かび上がった最強の高校生の顔は、
やや緩んでいるように見えた。
 真剣な表情をした女の子から、ふたりきりで密会しようと誘われるのは、満更な気分でもな
い。七菜江のあの感じは、何か思い切ったことをしようという雰囲気だった。ましてここは開放
感いっぱいの南の島。なにやら"事件"が起きたとしても、なんら不思議ではない。

 「ってバカか、オレは。なに期待してんだか・・・」

 ピシャピシャと自分の頬を両手で叩く。掌にビッショリとかいた汗の感触に、吼介は今更なが
ら興奮している己に気付いて驚いた。
 ふと、緊張してきた男の視界に白い物体が映りこむ。
 土の地面に落ちているそれは、紐などがついた布のようだった。緑と茶色の大地に、あまり
に鮮明な異彩を放つ白い布は嫌でも目立つ。吸い寄せられるように近付いていった吼介は、
見覚えのあるその物体を拾おうと手を伸ばした。
 これは・・・七菜江が着ていたビキニ・・・?

 ドボオオオオッッッ!!!

 白い物体の正体に気付いた瞬間、足元の地面が抜け、逆三角形の巨体が柔らかい土の大
地に埋まり込む。

 「てええええいいッッ!!」

 落とし穴に嵌り、下半身が動けなくなった格闘獣の上空から、樹の枝に登っていた七菜江の
肉体が降ってくる。拳を振り上げた少女の奇襲。穴に嵌った巨体は反転することすらままなら
ず、ただ上空を振り向くだけで精一杯。

 「ちィッ!」

 風が唸る。
 打った。真っ直ぐ天に伸びる、右のストレート。いくら悪魔のような破壊力を誇る打撃とはい
え、下半身を使えないのでは威力は半減しているはずのパンチ。
 だが、吼介が放ったカウンターは拳ではなかった。大きく広げた手。いわゆるパーの形。思い
切りパンチを振り落とそうとしているアスリート少女の顎目掛け、グローブ型のミサイルが迎撃
する。
 
 「う、うわあああッッ?!!」

 落下する肉体に真正面から向かってくる、巨大な掌。
 己の落下の速度に相手のパンチの速度が加算され、凄まじい迫力を伴って迫るカウンター
に、仕掛けた少女が圧倒される。
 無理矢理身体を捻って吼介の地対空ミサイルをかわした七菜江は、バランスを崩して派手に
尻から地面に落ちた。

 「はあッ?! 特訓?」

 弾力ある己のお尻をさすりながら、藤木七菜江は下半身を泥まみれにして眼前に仁王立ち
する吼介に全ての説明をしていた。

 「前、吼介先輩に教えてもらった"波を作るパンチ"ってあるでしょ? あたし、それを動物にも
直接打ち込めないかなァーって・・・」

 七菜江が地面に向かってパンチを打ち続ける特訓を行っていたことは、格闘の師範的立場
にある吼介はもちろん知っていた。中国拳法から伝わる「波を伝える打撃」の極意を授けたの
は彼だからだ。そのパンチを、天才的運動神経を誇る少女は今度は直接生物に打とうという
のだ。
 スラム・ショットもソニック・シェイキングも通用しなかった今、七菜江に考えられる打倒・ウミヌ
シの秘策はひとつしかなかった。ソニック・シェイキングを、直接敵の体内に送り込む。その破
壊力は、恐らくかつてない凄まじいものになるはずなのだ。絶対の防御を誇る巨大カメとて、直
接体内に震動を叩き込まれれば、強固な甲羅も意味をなさないであろう。
 だがそれは、思うほどに簡単なものではない。まず第一に、七菜江が練習してきた"波を作る
パンチ"は、地面に対して打つものなのだ。垂直真下にしか打てないし、動かない大地と反撃も
してくる生体とでは、まるで勝手が違う。もっと言うと、土やコンクリートなど無機物相手には巨
大な波を作れても、動物細胞を相手にしたら、まるで波を作れない可能性だってあるのだ。

 「悪いとは思ったんだけど、ホントにパンチを打っても大丈夫そうなの、吼介先輩しかいなく
て・・・練習相手に選んじゃいました、ごめんなさい!」

 「結局そういうことかよ・・・期待して損したぜ・・・」

 「え? 期待?」

 「な、なんでもない! こっちの話だよ」

 慌ててブンブンと筋肉獣はかぶりを振る。

 「ていうか、お前は一体なにを目指してるんだ? ハンドやめて武道家にでもなるのか」

 「いや、その・・・格闘技も面白いかなァーっとか・・・」

 「まあ、いい。言っておくが、直接波を肉体に打ち込むなんて、諦めることだな」

 あっさりと断言する吼介の言葉に、元気少女の顔色がサッと変わる。

 「なッ、なんでですかッ?!」

 「お前が今練習しているのは、真下に打つパンチなんだろ? 今やってみてわかったと思う
が、上から拳を叩き込むなんて実に難しいことなんだ。上から飛んでくるのは、格好のカウンタ
ーの的になるからな」

 「そんなの・・・なんとかすり抜けてみせますよ」

 「さっき、あの程度のカウンターをよけるのにアタフタしていたのにか? わかってると思う
が、その気で打ってたら、今ごろお前はおネンネだぜ」

 キュッと唇を噛み締めた少女は、挫けずに反論を繰り出した。

 「じゃあ、上からは諦めて、普通に打ちます。下に打つことはできるんだから、方向が変わっ
たくらいで・・・」

 「そりゃあ無理だ。下に打つのと横に打つのとでは、骨格・筋肉・重心・バランスなど、使い方
がまるで違う。真下以外の方向にパンチを打とうとしたら、イチからやり直さなきゃならないだろ
うさ」

 下唇を尖らせ、あからさまに不機嫌になる七菜江を尻目に、吼介は話を続ける。

 「七菜江が特訓したいってんなら付き合うが・・・普通に"波を作る"パンチを打ちたいのなら、
2年は最低かかるだろうな」

 「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃないですか」

 チャーミングな吊り気味の瞳が、グッと正面から最強の男を見据える。
 そうそう、その瞳。諦めを知らない、純粋な瞳。必ずお前なら、そう言うと思っていたさ。無謀
だからと、不可能だからと絶望しない。わずかな可能性に賭けて必死で立ち向かう、一途で健
気で不屈の女。

 「やるか、七菜江?」

 ニヤリと笑う格闘獣に、天性の才能を持つ少女戦士はキッパリと答えてみせた。

 「やります。あたしがやるしか、ないんだもん」

 里美に言われなくたってわかっている。ウミヌシを倒すチャンスは今夜がラスト。そして必ず
ヤツは、再び夜にやってくる。
 堅牢な甲羅に守られた怪物を倒せるのは、あたししか、いない。
 悲壮な決意を固めた超少女の、最後の特訓が始まった―――。



 6

 昼間の雨はすっかり上がり、昨夜と同じ満月が蒼色の宙空に浮かんでいる。
 薄墨色した波は、雨の影響のせいか少し凶暴になったようだ。鋭さを含んだ波濤が波打ち際
から聞こえてくる。南海のリゾート地・天海島。昨夜よりも数は減ったが、産卵のため上陸した
ウミガメの影が、月明かりに照らされて瘤のように浮き上がっている。自然が生む神秘的な風
景・・・だがその光景が連想させる巨大獣の姿が、いまひとりの少女に重くのしかかってきてい
た。
 美神に愛された少女・五十嵐里美。
 明日の午後にはこの島を発つ守護少女に与えられた命題。伝説の怪物退治は、今夜中に
解かねばならない難問だった。あらゆる技が通用しない、文字通りの化け物は、必ず今宵もこ
の浜辺にやってくる。産卵したくてもできない「エデン」の寄生獣は、放っておけば島を破壊し尽
くすであろう。引き分けでは意味がない、勝たねばならない闘いが迫っている。

 "ホントに・・・バカね。ひとりでくるなんて"

 少し茶色が混ざった長い髪と白いリボンとを揺らめかせ、里美は自嘲気味にふっと微笑む。
真夜中にほど近い時刻。巨獣が習性通りに動くとすれば、昨夜の経験からして、もはやいつウ
ミヌシが出現してもおかしくはない。

 決戦の夜、民宿で夕食を作った里美は、彼女以外の全員の皿に昨夜も使用した睡眠薬を混
ぜておいた。無味無臭、御庭番特製の薬は、飲んだものを8時間は夢の世界に誘う。
 勝ち目など、まるでなかった。
 ウミヌシの攻撃自体は、決して耐えられぬレベルではない。里美も、また他の戦士たちも、よ
り熾烈な攻撃をこれまでに何度も食らっている。メフェレスやクサカゲといった悪魔どもの凶刃
を受けてきた里美にとって、闇のエナジーという点で薄いウミヌシの技は、比較的脅威ではな
い。
 しかし、全ての意識を守りに徹したような耐久力は、絶望するほどに圧倒的であった。
 ファントムガール・サトミの持っている技などでは・・・まるで通用しない。文字通り、全ての技
を封殺されたサトミには、己の無力が痛いほどにわかっている。
 負けない、あるいは生き残ろうとするならば、ウミヌシは決して恐ろしい相手ではなかった。
 だが、勝たねばならないとなると・・・間違いなくかつてない最強の難敵。
 だからこそ、ひとりでこの浜辺にやってきた。なぜ他のメンバーと力を合わせないか、不思議
に思われるかもしれない。しかし、所詮3人で闘ったところで、勝利が困難である現実を理性的
な少女は見抜いてしまっている。

 藤木七菜江が直接ソニック・シェイキングを叩き込む特訓を、密かに行っていたことは知って
いる。確かに直接光の震動打を打ち込めば、その威力は凄まじいだろう。だが通常のソニッ
ク・シェイキングを平然と受けきったウミヌシに、震動打が有効な手段とは思えない。諦めを知
らぬ超少女の頑張りは里美の胸に響いたが、その努力が水泡に帰すであろうことを戦士とし
て英才教育を受けた令嬢は予期していた。
 桜宮桃子が昨夜の出来事に責任を感じ、この窮地をなんとか打開したいと切望しているのは
わかっている。超能力者桃子だからこそできる必殺技「デス」。もし成功すれば、最強の鎧を持
つウミヌシとて倒すことができる唯一の技。そこに一縷の望みを託すのがもっとも有効な対応
策であるはずなのに、現実的には「デス」が作動されることはないのを里美は悟ってしまってい
る。
「デス」はその名の通り、敵に確実な死をもたらす技。強い精神力が必要な超能力を使って、
心優しきエスパー少女が巨大ではあるが悪意のない動物を殺せるわけがない。本心から桃子
に殺意を抱かせること、それは巨獣退治より遥かに難しい問題だ。

 所詮、3人で闘っても勝てないならば。
 3人が枕を並べて倒れる必要はない。ひとりで。ひとりで十分だ。
 そしてそのひとりが誰かは、考えるまでもない。

 グオオオオオオッッッ――――ッッッ!!!

 「来たわね」

 巨大な咆哮が夜空を割って鳴り響く。
 暗黒の世界に浮かぶ、山のごとき巨獣のシルエット。深緑の肉体に、赤茶色の甲羅を背負っ
たカメの怪物が、海を割って浜辺からわずか100mほどの場所に立っている。
 本能に従って動く、無垢なる怪物は再びその姿を南海の海岸に現した。
 ウミヌシ、再度上陸す。

 「あなたも・・・決戦だとわかっているのかしら?」

 巨大な山が一歩一歩、里美を目掛けるように真っ直ぐに歩いてくる。本能が昨夜の決着をつ
けるのは今夜だと教えているのか。
 射抜いてくる黄色の眼を睨み返し、優美なる令嬢戦士は聖なるエネルギーを身体中から集
約させていく。

 「!?」

 不意に背後に湧いた気配に、巨大変身を遂げようとしていた里美の意識は乱れた。

 「こりゃあ、とんでもない化け物だな」

 「こ、吼介ッ?! なぜここにッ!」

 月光のもとに佇む分厚い肉体。
 高層ビル並みの高さを誇る怪物を目の当たりにして、平静さを失わない最強の高校生は、同
級生である生徒会長の右腕を素早く掴んでいた。

 「な、なにをするのッ?」

 「バカヤロウ。逃げるに決まってんじゃねえか」

 里美は己の肉体から重力が消えるのを自覚した。
 次の瞬間、筋肉で破裂しそうなド太い両腕に抱きかかえられたスレンダーな肢体は、抵抗す
る間もなく風のように連れ去られる。
 「エデン」の寄生者は拘束を感じた場合、本人の意志に関わらず巨大化することができなくな
る。寄生した「エデン」が身の危険を感じ巨大化を制限するからだ。しっかりとお姫様のように
抱えられた里美にしても、今の状態からファントムガールにトランスフォームすることは不可能
であった。それ以前に正体を隠してきている工藤吼介の眼前では、変身などできるわけがな
い。正義の女神の正体を明かすには、それなりの覚悟と決断が必要であった。
 巨体に似合わぬ俊足で浜辺を駆け抜けた格闘獣は、海岸にまで伸びた雑木林のなかに飛
び込む。いくら最強を誇る男でも、80mはあろうかという化け物に勝てるわけはない。その濁
った視界から姿を隠すのが先決であった。

 「よし、ここならひとまず安全だろう」

 「吼介、どうしてここへッ?!」

 無言で男は短パンのポケットからガラスの小瓶を取り出す。

 「桃子のやつに言われてな。中身は食塩に替えておいた」

 見覚えのある御庭番特製の小瓶を、美しきくノ一少女は固まった表情のまま受け取る。
 騙されたのは、私の方だったのね――
 あのとき、ひとりでウミヌシを倒してみせると宣言した里美に、安堵した桃子の様子こそが演
技だったのだ。さも自信ありげに見せたくノ一少女の芝居を見破り、エスパー少女は安心した
フリをしていた。ひとり死地に里美を送り出すつもりなど、優しい少女にはまるでなかったのだ。
睡眠薬を飲んだようにみせかけ、実際には今夜に備えての準備を着々と進めていたのだ。
 吼介がこの場に現れたのも、桃子の差し金に間違いない。だが。
 だとすればウミヌシ退治は一体どうするつもり・・・

 突如、眩い光の粒子が夜の海岸を埋め尽くす。
 巨大な蛍の群れが飛んでいるような。深夜の海岸はその瞬間、昼間の明るさに包まれた。漆
黒の海を照らす、正体不明の白い光。神々しくすらある光の粒は、不可思議な現象にたじろぐ
カメの巨獣の眼前でひとつに集中していく。聖なる白光が巨大な塊となって、やがて四肢を伴っ
た人型へと変形していく。
 
 「ナ・・・ナナッ!!」

 夜目にも輝く銀色の皮膚に、爽快ですらある青色の模様とショートカット。
 光の散乱が終息した後、白砂のうえに立っていたのは、満月の光を跳ね返した銀と青の巨
大戦士、ファントムガール・ナナであった。

 闘うつもりか。たったひとりで最強の防御を誇る怪物と。
 全ては藤木七菜江と桜宮桃子が仕組んだ作戦だったのか。ナナをウミヌシと闘わせるため
の。だがそれはあまりに無謀。同じ無謀を企てていた里美が思うのもなんだが、勝算の薄い危
険な賭けだ。
 そしてもうひとつ、工藤吼介がいる目の前で変身してしまうなんて・・・。彼が好意を寄せてい
るはずの少女の面影を色濃く残した青い少女戦士の登場に、里美の心はざわめく。しかも今
島にいる人間はごく限られているのだ。これでは半ば守護天使の正体を教えているようなも
の。
今夜中にウミヌシを倒さねばならない窮地に、深慮遠謀が働くタイプとはいえないふたりの少
女は、正体がバレルのも省みずに作戦を強行したのだろう。確かに怪物退治の使命と己の秘
密を明かすリスク、どちらが重いか天秤にかけるのは難しい問題だ。しかし、こと明かす相手
が工藤吼介であることを考えると、もう少し慎重になるべきだった。
 最強を誇る格闘獣が銀色の女神たちの正体を知れば・・・必ずや己が闘うことを望む。里美
や七菜江を死地に向かわせるなど、させるわけがない。
 だがそれは、吼介に「エデン」を与えることであり。吼介が正義の戦士になる保証がない以
上、限りなく危険なギャンブルであり。

 「まさか、青いファントムガールが出てくるとはな! ラッキーだぜ」

 里美の想いを知ってか知らずか、筋肉の鎧を着込んだ男は、無意識に前のめりになった生
徒会長の細い肩をグイと引き寄せる。幸い、ふたりが隠れた林のなかからは、ナナの背後か
らウミヌシとの戦闘を見るアングルになった。愛らしさを存分に残したナナの容貌を吼介に見ら
れないのは、正体を隠しとおすには好材料だ。

 「ここは危ないわ。あなたは早く逃げて!」

 「あなたはって、お前はどうする気だ?!」

 「そ、それは・・・」

 砂浜を揺るがす地震が、幼馴染ふたりの会話を止める。
 咆哮するウミヌシに真正面から突っ込んでいく青い肢体。ファントムガール・ナナと巨大カメの
再戦が始まったのだ。

 「あ、危ないッ!」

 直進してくるナナに、ガパリと開いたカメの口が照準を合わせる。生え揃った牙に血のごとき
赤い口腔。紅色の灼熱光線がカウンターとなって、突進してくるグラマラスな天使に発射され
る。
 全てを燃やし尽くす光線は、青い影をすり抜けた。
躍動感溢れる若き女神の肢体は空中にあった。なんという跳躍力。満月をバックに充満した曲
線を描いたボディが躍動する。舞い降りる。右の拳を固め、必殺の一撃を狙って。
 肉体に直接打ち込むソニック・シェイキング。
 遊んでいる余裕はナナにはなかった。全力で、一発で伝説の怪獣を沈める。考えうる最強最
大の技で、鉄壁の甲羅を打ち破る以外勝利の道はないのだ。

 だが、本能に従う動物は、迫る危機に対応するベストな選択を自然にしていた。
 レンガ色したぶ厚い甲羅が、真上から襲う敵に備えて発光する。
 灼熱に燃える甲羅に両足と左手をついて着地したナナ。ジュッと己の手足の裏が焦げる痛覚
に、たまらずフライパンで踊るエビのごとく跳ね飛ぶ。

 「きゃあッ?! あッ、あつッッ〜〜ッッ!!」

 ウミヌシの背から転げ落ちた少女戦士は左の掌に視線を飛ばす。銀のグローブは黒く焦げ、
溶け落ちてボロボロになってしまっている。痺れるような熱さが、可憐なショートカットの少女を
苛む。

 「く、くそォッ、そんなにうまくはいかないか・・・」

 「ファントムガールッ、前よ!」

 遠く離れた林からの声が聖天使に届くより早く、追撃の灼熱光が胸のエナジー・クリスタル付
近、果実のように膨らんだ双房に直撃する。

 「きゃあああああッッ―――ッッッ!!!」

 ブスブスと皮膚の溶ける凄惨な音。片手で掴むには余りある豊かなバストを抱きしめるよう
に、グラマラスな女神はのたうち回る。それは柔らかな胸にたいまつの炎を押し付けられたよう
な苦痛であった。柔肉を焼かれる苦しみとショックに、まだ17歳の少女は抜群のプロポーショ
ンを砂浜の上で踊らせる。勝ち誇るようなウミヌシの咆哮が、夜の海岸に轟き渡る。
 負けちゃいられない、立たなきゃ―――
 健気な青い守護天使がグッと両腕に力を込め上半身を起こした瞬間、待ち構えていたような
灼熱の光線が、今度はチャーミングな可愛らしさを振り撒く顔に直撃する。

 「うああああああッッ―――ッッッ!!! か、顔がァッッ・・・ああああッッ〜〜ッッッ!!!」

 黒煙をあげる顔を押さえ、悶絶するナナ。
 白砂の上で這い回る少女戦士にノシノシと迫ったウミヌシが、ハンドボールで鍛えた張りのあ
る右足を容赦なく踏み潰す。

 「ぐあああああああああッッ――――ッッッ!!!! つッ、潰れちゃうゥゥッッ!! 足が潰
れちゃうよォッッ!!」

 豊満ではあるが引き締まった聖少女に、小山のような巨獣がのしかかっていく。
 カメの短い手足が一歩一歩とナナに迫り、右足のふくらはぎ、左足の太腿、右の乳房と順番
に踏み潰していく。押し潰され、砂に埋まっていく、弾けるようなナナの肉体。踏まれた箇所が
杭でも打ち込まれたように窪み、過度の重圧で変形した肉細胞がミシミシと悲鳴を奏でる。叫
ぶナナの唇から、パッと噴き出した鮮血の花が飛び散る。

 「グヴヴヴヴッッ・・・ヴヴヴッッ〜〜〜ッッッ!!!」

 「しっかり! しっかりして、青いファントムガール!」

 グオオオオオオッッッ―――ッッッ!!!
 一際高く勝ち鬨をあげたウミヌシが、足元に組み伏した青い少女に濁った視線を落とす。
 狙いは首。尖った牙を煌かせ、カメの巨獣は天使の咽喉笛を掻き切らんと開いた口を急降
下させる。
 反射的に左腕でかばうナナ。構わずカメの牙は、爽やかな青色の手首に噛み付いた。

 ブッシュウウウウッッ――ッッ・・・!!
 破裂したように大量の紅い血を振り撒く手首。返り血でカメの頭が真っ赤に染まる。

 「きゃあああッッ?!! そ、そんなッッ!!」

 思わず駆け出そうとする里美の肩を、がっしりとゴツイ手が引き止める。
 超重量に蕾の肉体を踏み潰されながら、凶悪な猛獣の牙に襲われる聖少女。天性の運動神
経を誇る少女戦士も、このまま成す術なく身体中を食い破られて、血の海に沈んでいく運命な
のか。

 「なんてね」

 苦痛にチャーミングな瞳を歪ませながらも、確かに微笑んでみせたのは、ファントムガール・
ナナ。
 次の瞬間、左腕に噛み付いたままのウミヌシの顎を、自由な右手の拳が殴りつける。
 仰向けに寝た状態から放つ、ナナのアッパーカット。
 ガキン!という牙の鳴らす音。まさかの反撃に無防備な顎を打ち砕かれ、ウミヌシの口から
ナナと己の鮮血が噴霧される。

 「もうイッパァ〜〜ツッッ!!」

 牙が埋まる痛撃が少女戦士を襲っているはずなのに。
 手首が千切れることすら厭わないような追撃のパンチが、躊躇いなくウミヌシの顎に吸い込
まれる。
 グシュッ、という音とともに赤い霧が再び宙を舞う。同時に舞う白い破片は、砕かれた牙の欠
片。巨大カメの黄色い眼がビクビクと震え、いまにも裏返りそうだ。
 効いている。間違いなく効いている。
 あらゆる攻撃を跳ね返し、無敵を誇ったウミヌシが初めて見せるダメージ。最強の盾を持つ
カメの怪物とて、生身に直接打撃を受ければ、無傷というわけにはいかない。鉄壁の防御に守
られたウミヌシに、再戦にしてようやくナナが有効打を与えたのだ。

 「な、なんて無茶を・・・でも」

 これぞまさに、肉を切らせて骨を断つ。
 ウミヌシに首を伸ばさせるため、わざとナナは左腕をくれてやったのだ。恐るべし、玉砕戦
法。灼熱に焼かれても、巨大質量に踏み潰されても、全てはこの瞬間のために我慢していた。

 「これで、どうだアッッ!!」

 3発目のアッパーがカメの顎を跳ね上げる。
 勢いで左腕から引き剥がされる牙。吐血の柱をあげながら、脳震盪を起こした巨獣の身体
がゆっくりと浜辺に沈んでいく。

 「ハアッ、ハアッ、ハアッ・・・チャンスは今しかない!」

 超重量の下敷きからようやく這い出し、両肩で息を切らせながらファントムガール・ナナはファ
イティングポーズを取った。胸の中央に輝くエナジー・クリスタルは早くも点滅を開始している。
元々の体調不良に加え、我が身を犠牲にした戦法で体力は大きく消耗してしまっていた。60
分という本来の変身時間を大幅に短縮した制限時間が、すでにナナの身に訪れつつあるの
だ。
 失神したウミヌシが無防備な姿を晒す、最大の好機。このチャンスを逃せば、残り時間の少
ないナナに二度と勝機はやってこない。

 地を割るような轟音が、月光に霞んだ闇を切り裂く。
 天空に差し伸ばした青い天使の右手に浮かぶ、聖なる白球。
 正のエネルギーを凝縮した高密度な光の砲弾が、ナナの生命力を誇示するように、マグマの
ごとくたぎり唸る。
 
 「スラム・ショットォォォッッ―――ッッッ!!!」

 ドオオオンンンンンッッッ!!!!

 遥か音速を超えた光のバズーカ弾が、一直線にアスリート戦士の右手から巨大ガメの頭部
へと放たれる。
 爆音。旋風。錯綜する光。
 火山が噴火したかのような轟音とともに、ファントムガール・ナナ必殺の光球を直撃された小
島並みの甲羅が天高く空中に舞い上がる。グオングオンと回転しながら、成層圏に届きそうな
勢いで空に昇っていく巨大な甲羅。まるでコイントスで上げられた銅貨のごとく。

 「き、決まった?!」

 スラム・ショットの威力で砂地を吹き飛ばされ、クレーター状に窪んで土の大地を覗かせた浜
辺に、重力によって加速したレンガ色の塊が落下する。
 島中を包み込む大地震。
 勝利の希望に思わず声をあげた里美の足元が、隕石より遥か巨大な物体が産む震動に浮
き上がる。巨獣が造ったこの地揺れは、日本の本土にまで届くのではないか。最高威力の光
弾と超高度からの落下の衝撃。頑強なウミヌシといえど無事で済むとは思えない二重の攻撃
が、今、伝説の巨獣に炸裂したのだ。

 「・・・く、そォ・・・」

 悔恨の響きを存分に含ませた呟きは、ガクリと片膝をついたファントムガール・ナナの唇から
洩れ出た。
 ヴィーン・・・ヴィーン・・・胸のクリスタルがゆっくりと点滅を繰り返す。疲弊した肉体に鞭打っ
て放った光の砲弾。だが、ダメージを負った少女戦士の肉体が十分なエネルギーを掻き集め
るのに半瞬遅れたことが、聖天使と海の王との勝敗を分けた。

 コンマわずかの差。
 顎を打ち抜かれ脳震盪を起こしていたウミヌシは、トドメの光弾が直撃する瞬間、意識を戻し
瞬時のうちに肉体を強固な甲羅のなかにしまっていた。最強の硬度を誇るレンガ色のシェルタ
ーが、ナナの必殺技を容易く跳ね返すのは前回の闘いで実証済み。爆風の威力で派手に宙
を舞ったものの、内実ウミヌシへのダメージはほとんど皆無の状態だったのだ。

 バシュウウウウウッッッ!!!

 何事もなかったように、ニョコリと深緑色の首を外に出した巨大カメの放った灼熱光が、体力
切れで動けなくなったナナの胸に直撃する。
 瑞々しさに溢れた丸い果実が、熱線の衝撃でブルブルと震える。立ち昇る黒煙。皮膚と肉の
焦げる悪臭が夜の浜辺に流れていく。大切な何かを守るように、己の胸を抱きしめた青い天
使は、儚く鳴り響くクリスタルの点滅音をBGMにゆっくりと前のめりに倒れていく。
 甲高い魔獣の咆哮。
 傷つけられた恨みを動物は忘れてはいなかった。牙を砕かれ、無様に卒倒させられた少女
戦士に対して、復讐に燃える海の主は狂ったように灼熱光を撃ちまくる。崩壊寸前の天使の肢
体が倒れることすら許さず、豊かな胸を、愛らしい顔を、Sの字にくびれた腰を、鍛えられた腹
筋を・・・ナナの究極のボディラインを執拗に照射し、踊らせる。

 「くうッ!」

 駆け出しかけた里美の腕を、万力のような豪腕がガシリと掴まえていた。

 「放して!」

 「なにをするつもりだ」

 高揚する美少女と冷静な野獣。
 鋭い光を放つ切れ長の瞳を、恐ろしいまでに無感情な眼が迎える。

 「ファントムガールを・・・助けるのよ!」

 「お前がか?」

 類稀な戦闘力を誇る、白とも黒とも取れぬ男。
 だが目の前で己を慕う後輩が蹂躙されるのを、見捨ててまで守る秘密があるのだろうか。も
う、バレてもいい。ナナを助けられるのなら、バレたって構いはしない。ファントムガールのリー
ダーに沸きあがる決心。たとえこの後どんな運命が待っていようとも・・・最もファントムガール
の正体を知られたくない人物に、今、その全ての秘密を告白せんと、可憐な唇を開く―――

 言うな

 開きかかった里美の唇の前に、格闘家の巨大な掌が突き出されていた。

 「お前が行っても、無駄だ」

 闘いに赴くような表情で、男は静かに言い放つ。
 その瞬間、五十嵐里美は全てを理解した。

 吼介、あなたは。
 ファントムガールの正体に、気付いている―――?!

 「はああああッッッ―――ッッ!!」

 絶叫とともに、もはや動けぬと思われた青い肢体は月夜を舞っていた。
 追い詰められるたび、不死鳥のごとく蘇る不屈のアスリート戦士は、枯渇したはずの体力を
振り絞り空中に飛んでいた。目指すはカメの甲羅。一縷の望みを賭けて、再度上空から急降
下したファントムガール・ナナは、右拳を高々と上げた独特のフォームで必殺ブローの態勢に
入る。
 直接叩き込む、ソニック・シェイキング。
 鉄壁の甲殻に立て籠もった巨獣を屠れる可能性を持つ、ただひとつの技。未完成なこの技
を、命と引き換えに純粋な天使は勝利を信じて発動させる。
 
 発光するレンガ色の甲羅。着地した左手と両足の接地部分がジュッと音をたてて焦げる。二
度目はわかっていた。覚悟を決めた少女戦士の拳が、火傷も痛みもダメージも構わず、全身
全霊を込めて"震動するパンチ"を打ち込む。

 「ソニック! シェイキングッッッ!!!」

 ドゴオオオオオオオオオッッッッッンンンン!!!!

 その瞬間、小山のような巨獣とその背に乗った守護天使の肉体は、霞むようにブレた。
 
 ブシュウウウウウッッッ・・・

 鮮血が霧となってウミヌシの全身から噴き出される。
 そして、ファントムガール・ナナの肢体からも。
 銀色の皮膚がザクロのように裂け、赤い内肉が全身いたるところで曝け出されている。爆発
寸前でひび割れだらけになった、無惨な聖天使。超必殺の震動打の反動をもろに受け、血ま
みれになった青い戦士がゴロリと甲羅から滑り落ちる。

 ピクピクピクピク・・・
 砂浜に落ちた肉感的なボディが、横向けに崩れたまま痙攣する。
 ギャンブルに失敗した代償はあまりに大きかった。切り刻まれたように全身の皮膚が裂け、
鮮血と肉の色とで真っ赤に染まったファントムガール・ナナ。ソニック・シェイキングの震動は打
った本人にも跳ね返り、そのまま破裂させてしまったのだ。ナナの体力が少なかったのが幸
い。もし全力で放っていたら・・・今ごろ青い天使のグラマラスな肢体は、木っ端微塵に吹き飛
んでいたかもしれない。
 
 だが、その凄まじい破壊力は、ナナだけを襲ったのではなかった。
 ズルリと甲羅から伸ばしたウミヌシの首は、鮮血に濡れてヌラヌラと濡れ光っている。
 直接の震動打は、最強のシェルターに閉じこもった敵にも、確実にダメージを与えていたの
だ。痛みとダメージでブルブルと震えるカメの身体。かつてない苦しみに、最強の防御を誇る怪
物が瀬戸際にまで追い詰められている。

 あと一歩。伝説の怪獣退治まで、もうあと少しというところまで迫っているのに。
核燃料を搭載しているかのようなタフネス少女にも、限界は来た。痙攣したまま、ショートカット
の天使の身体は、霞のように消えていく。

 「お願い、吼介ッ! 私を行かせてッ!」

 青き純粋な天使の奮闘を最後まで見届けた長い髪の美少女は、祈りにも似た口調で叫ぶ。
可憐を際立たせる白いリボンが、令嬢の無力さを知らせるように揺れる。幼きころより里美を
知る男にとって、久しぶりに見る必死な姿。

 「行ってなにをするつもりなんだ」

 強さにしか興味がなさそうな男の声に、わずかに含まれた優しさが里美の胸を締め付ける。

 「どうしようもないことがこの世にはある。だがお前が危険な目に遭うのを、できるならば見た
くはない」

 「あの・・・青いファントムガールは?」

 美麗を纏った少女の問いに、工藤吼介は言葉を詰まらせる。

 「青いファントムガールが苦しむのは・・・あなたは平気なの?」

 「平気じゃねえ。どうにかなってしまいそうなほど、辛くて辛くてたまらねえ」

 格闘獣が一瞬見せた苦悶の表情。
 なぜあんな質問をしたのか、里美自身にもわからない。吼介にどんな反応をしてほしかった
のかも。平気じゃないと言われて安堵したかったのか? それとももしや、平気だと言って欲し
かったのか? ただ正体不明の衝撃が、スレンダーな肢体をすり抜ける。

 「だから、せめて里美だけは苦しんでほしくはないんだ」

 すっ・・・と岩のような手から、しなやかな少女の腕は羽毛のようにこぼれ出ていた。男が放し
たのか。女が振りほどいたのか。どちらでもなく、どちらでもある解放。

 「あなたが思っているようなことは、しない。だから、お願いだから、あなたは早くここから逃げ
て」

 巨獣の雄叫びが轟くなか、風のように少女は言った。
 くるりときびすを返してダッシュする細身の背中を、最強の冠を頂く男は無言で佇んだまま見
送り続けた。



 「しっかり! しっかりして、ナナちゃん!」

 白砂の上で横たわる藤木七菜江を、駆け寄った五十嵐里美はがっしりと抱きしめる。ところ
どころに血が滲んでいるものの、深いダメージで強制的に眠りについた少女は巨大化していた
折と比べ、表面上は遥かに軽傷であった。さすがは「エデン」の戦士というべきか。だが、時折
思い出したように瑞々しく張った肢体はビクンビクンと痙攣し、柔らかな少女が負ったダメージ
の深さを教える。自らの必殺技で起こした脳震盪の影響で、閉じられた長い睫毛が激しく動い
ている。

 "いまの手負いのウミヌシなら、玉砕覚悟で望めば私にも勝機はあるかもしれない。でも、こ
の状態のナナちゃんを放っておくわけにはいかない"

 どうする? どうすればいい? 
 戸惑う里美の瞳に、不知火のような光の粒子が映ったのは、そのとき。
幻想的ですらある無数の光が、夜の海岸に漂っている。この超常現象は里美がよく見知った
もの。天にも地にも海にも、あらゆる空間に浮かんだ白光が何者かの意志に導かれるように、
ある一点に集中していく。眩い光の奔流が闇夜を切り裂いて結集する。

 「な?! サ、サクラッ?!!」

 人の形をかたどった光の集合体は、輝く肢体を持つ巨大な女神へと変わっていた。銀色の
肌に女の子らしいピンクの模様と同色のストレートヘアー。死闘を制し勝ち名乗りをあげるウミ
ヌシの前に立ち塞がったのは、もはやこの闘いに参戦することはないと思われていた、ファント
ムガール・サクラの雄姿であった。
 闘うというの、桃子?!
 生来の優しさが傷つけるという行為を躊躇わせる少女、桜宮桃子。花と平和に囲まれて暮ら
すのがもっとも似つかわしいエスパー少女は、今度こそ血生臭い決闘の領域に踏み込むこと
ができるのだろうか。

 目前30mほどの距離に出現した新しい銀色の女神に、ウミヌシは攻撃を仕掛けない。ナナ
との死闘で受けたダメージが深いのだろう。それとももしかすると、この桃色の愛らしい天使は
敵ではないと本能が語りかけてくるのかもしれない。

 「ウミヌシさん、ゴメンね」

 神々しい銀に鮮やかなショッキング・ピンク。華々しい美天使が、耳に転がるような甘い声で
言う。フェティッシュな可愛らしい声色は、紛れもないミス藤村学園・桃子のもの。これから命の
やり取りをするとは思えぬ台詞を、桃色の女神は発した。

 「でも、ウミヌシさんを倒さないとダメなんだァ。困っちゃうひとたちがいるから・・・ゴメンね。あ
たしのこと、憎んでいいからね」

おおよそ戦士らしからぬ台詞。しかし、サクラの言葉はこれで終わりではなかった。

「だけど、あたし、やるよ」

 瞬間、空気が性質を変化させる。死を賭した修羅場を潜り抜けたモノにはわかる、闘気の昂
ぶり。エスパー戦士の能力、発動の兆し。

 「"ブラスター"!!」

 短い炸裂音を連続させて、ウミヌシの身体が無数の火花で包まれる。
 里美との特訓で体得した技のひとつ、ブラスター。桃子の超能力は現象そのものを起こそう
とするのではなく、何か見えないものがそこにあると仮定して発動するのが基本であった。例え
ばウミヌシを運ぶ折に、巨大な風船を思い浮かべたように。念動力で石を割ろうとするならば、
石自体が割れた想像をするのではなく、見えないハンマーで叩くことを想像するのだ。そのほう
が経験上、高い効果が発揮できることをエスパー少女は知っていた。当然サクラの超能力技
も、同じように見えないなにかを想像するのが基本となる。その基本から外れた技が、レインボ
ーとこのブラスターであった。
 サイコエネルギーそのものを具現化し光線と化すのがレインボーならば、爆発の現象自体を
思い浮かべ対象に引き起こすのがブラスター。狙った場所を直接爆発させるのだから、絶対
不可避の恐るべき技。しかし、その分威力は格段に低く、いわばジャブ的な役割を果たすのが
このブラスターであった。

 "違うわ、桃子! この場面はブラスターを使うべきじゃない。全力の一撃を放つべきなの
に・・・これではただ相手を挑発するようなもの"

 戦闘のセオリーとして、敵の動向を探るため軽い技から使うように教えたことを、里美は後悔
する。明らかにダメージを負っている今のウミヌシ相手に、それはベストの選択ではない。だ
が、闘いに関して全くの素人である桃子に、気付けというのは無理な注文であった。

 「グオッッ・・・グオオオオッッ・・・」

 雄雄しかった巨獣の叫びには、痛々しい苦悶の響きが混ざっている。それでも子孫を残すた
め、命賭けで上陸した巨大なウミガメの闘争心は萎えてはいない。最強の鎧を誇るウミヌシに
とって、ブラスターは線香花火のようなもの。なんらのダメージも加わることはなく、ただ燃え盛
る怒りに油を注ぐだけ。
 鮮血で深紅に染まった口腔を開けるや、新たな邪魔者に向かって灼熱光を発射する。

 「"プリズン"!」

 待っていたかのように、サクラの反応は素早かった。
 エスパー戦士が思い描いたのは、巨大なダイヤモンド。ピンク色の光の壁が瞬時にしてウミ
ヌシを包囲する。聖なる防御壁にぶち当たった熱線は、空しく飛び散り霧散する。
 桃色の巨大水晶のなかに、巨獣は完全に閉じ込められていた。光の防御壁フォース・シール
ドの応用系、サクラオリジナルの「プリズン」は光の結晶体のなかに敵を封じ込める、守備寄り
の技。サクラのサイコパワーを上回らねば、この光の結界を破ることはできない。

 「サ、サクラ?! あなたは一体・・・?」

 奇妙な事態が起こっていることに、五十嵐里美は数秒の後気が付いた。
 いつまで経っても光の結晶が消えない。いや、消さない。灼熱光はとっくに防いでいるという
のに、聖なる壁で封鎖したまま、サクラは念動力を使い続けている。
 もしやこのまま、ウミヌシを閉じ込めて終わろうとしている?
 サクラらしい、甘い考えであった。傷つけずに闘いを終えられたら、というのが超能力少女の
理想であることは言うまでもない。しかし光の障壁を作り続けるのは、いくらエスパーの桃子と
いえど大変な疲労を伴うのは避けられない。これではいたずらに体力を消耗するだけだ。
 結晶に閉じ込められたウミヌシの身体が、再び火花に包まれる。
 二度目のブラスター。サクラの追撃は、しかしこれまたウミヌシを傷つけられない軽い技。見
ている里美にはまるで必要性の感じられない無駄な追撃。逆に敵の反撃を呼ぶだけだ。ダメ
ージこそないが表皮を弾かれる煩わしさに、ウミヌシが狂ったように灼熱光を四方八方に撃ち
まくる。激突する、深紅の光線とピンク色の聖壁。ウミヌシの体力とサクラの念動力、互いに削
りあう根比べの激突が続く。

 バチンッッッ!!!

 長時間に渡り結界を作り続ける無茶は、当然のようにサクラの限界を早めていた。防御壁が
破れ、ピンクの結晶に大きな穴が開く。続けざまに放たれた灼熱光は、立ち尽くしたサクラの
腹部に突き刺さり、柔らかな少女の肉を焼き焦がす。

 「きゃあああッッッ!!! あああッッ・・・!!」

 闘い方を知らぬことがこれほどまでにマイナスであるとは。ナナが作ってくれた千載一遇のチ
ャンスも、決して褒められないサクラのマズイ闘い方によって、水泡に帰そうとしている。もしサ
クラがデスを使えば・・・あるいはせめてレインボーを使ってくれたら、無敵の不沈艦を沈めるこ
とができるのに。だがいまや、戦況は大きくウミヌシに傾き、熱線の嵐に桃色少女は絶叫する
しかない。初戦のVTRを見るように、顔を、胸を、腹部を、全身を休むことなく照射され、美貌
の超能力戦士は熱さに苦鳴を叫び続けている。

 "やはり私が、やるしかないわ!"

 もはや躊躇する時間はなかった。倒れた七菜江を捨て、吼介との"約束"に背くのは辛いが、
これ以上我慢はできなかった。ウミヌシを倒せるのは今しかない。そしてナナに続いてサクラま
で傷つき倒れるのを、もう黙って見てはいられない。
 決意の里美に光のエネルギーが満ちていく。ありがとう、ナナちゃん、桃子。本当は私がやる
べき闘い。身体を張ってくれたふたりに、今こそ応えてみせる―――

 「えッ?!!」

 ようやくこのとき、里美は気付いた。
 巨獣の集中砲火を浴びる桃色天使の瞳に灯る、不屈の光を。前回は灼熱光の熱さに転がり
回った美少女戦士が、今度は大の字のままで立ち尽くしている。まるでもっと打ってこいと言わ
んばかりに。艶やかな肌を焼かれるのは、少女には耐えようのない苦痛であるはずなのに、根
性という言葉で済ませるには不釣合いな気力で、ウミヌシの攻撃をひたすら受け続けている。

 もしや。
 全てはサクラの作戦通りなのか。

 吼える巨獣の口から、意志に反して深紅の光線が途絶えたとき、里美は不自然なエスパー
少女の闘い方に隠された意図を理解した。

 「よう・・・やく・・・エネルギー切れ・・・みたいだね・・・・・・」

 フラフラと崩れかける肢体をなんとか両膝で支えながら、桃色の美闘士は甘い口調で呟く。
黒く煤焦げた銀色の皮膚と、立ち昇る黒煙。痛々しい姿に変わり果てた可憐な少女戦士、だ
がその潤いある口元に含まれるのは、優しくさえある微笑み。

 「みんなが幸せになるには」

 弱々しい呻きがウミヌシの咽喉から溢れ出る。遠く沖から泳ぎ着くまでの体力、ナナとの闘い
で消耗した体力、サクラを仕留めるために費やされた体力・・・絶対な耐久力を誇るウミヌシで
あっても、体力までが特別なわけではない。既にその残存量は、とっくにレッドゾーンを振り切
っている。

 「こうするしかないって、思ってたんだ」

 ブラスターでの挑発も、プリズンでの捕獲も、身を捧げるように熱線を浴び続けたのも。全て
はウミヌシの体力を使わせることが目的だったのだ。そう、最初から最後まで、罪のない母親
ガメを傷つけることなど、サクラにはできはしなかった。できるのは、自滅。ウミヌシが自滅する
のを待つのが、彼女にできる精一杯の抵抗。

 細く柔らかな右腕を、すっとピンクの美闘士は天に差し伸ばす。
 もはやただ蠢くしかなくなったレンガ色の甲羅の頭上に、巨大な漆黒の球体が渦を巻いて実
体化していく。サクラの超能力が作り出す、サイコの攻撃。このとき超能力少女の脳裏に描か
れているのは、ウミヌシを遥かに凌駕する超巨大なボーリングの玉。

 「ゴメンね、ウミヌシさん。でもこれで・・・あなたの運命も変えてみせるよ」

 ブンッッッッッ!!!
 超重量のサイコの球体が、鉄壁の甲羅ごとウミヌシを押し潰す。

 「"メテオ"!!!」

 ドゴオオオオオオオオオオッッッウウウウウンンンンン・・・!!

 島全体を揺るがす大地震とともに、伝説の巨獣は甲羅の先まで全てを砂浜に埋没させて、そ
の姿を消していた。
 光の女神もカメの怪物も消え去った海岸に、ただアリジゴクの巣のごとき巨大なクレーターだ
けが砂浜に激闘の跡を刻んで残る。
 そして美しい南の島に、再び静寂が訪れた。



 潮風に長い髪を揺らめかせ、五十嵐里美は隕石が落ちたようなクレーターの中央部に立っ
ていた。
 すっと無駄のない動きでしゃがむ。
 眼を閉じたままピクリとも動かない、一匹のウミガメが美しき少女の傍らにいた。

 「私たちの力では、強固な甲羅を持つウミヌシは倒すことはできなかった。けれど、『エデン』
の変身が終われば、伝説の怪物も普通のウミガメと変わりはない」

 なびく髪に飾られた白いリボンをほどくや、里美はカメの右足にきつく結びつける。
 拘束を感じたとき、「エデン」は寄生したものの巨大化変身を抑制する。このリボンがほどけ
ぬ限り、二度とウミヌシは人々の目の前に現れることはないだろう。そしてくノ一が特殊な方法
で結んだリボンは、偶然がいくつ重なろうともほどけることはない。

 「人間体が変身できるのは60分だけど、動物の制限時間はそれ以上。あのコたちがそれに
気付いていたのかはわからないけれど」

 ウミヌシを倒す唯一の方法、それはその変身を終わらせること。
 だが変身時間の差が、人間のミュータントを相手にするとき以上の困難を生む。変身時間が
長い動物のミュータントと同時に闘えば、先に自滅するのはこちらの方だ。その差を埋めるた
めには、頑丈な甲羅を持つ怪物の体力を減らすしかない。誰かが身を犠牲にしてウミヌシを疲
弊させるしか、その攻略方法はなかったのだ。
 その誰かの役割を、美しき生徒会長は後輩ふたりに奪われたのだった。

 「あのコたちに、こんな作戦が思いつくなんてね」

 嬉しいとも、悲しいとも、複雑な表情を醒めるような美少女は見せた。
 戦士らしくないふたりの少女の成長が、里美には喜んでいいのか、よくわからなかった。
 天空にはなにも知らない満月が輝き続ける。頬を撫でる南の風に、少女は切れ長の瞳を細
めてみせた。
 リゾート地での滞在も、明日が最後の日―――



 昨夜と同じ満月が、今宵も人工の埋立地を青白く照らす。
 建築途中の巨大ビル群が乱立する、港湾の孤島。人類の未来を描くはずだった「希望の島」
は、今では砕けた夢の破片とともに、過去の負の遺産として静かに臨海に佇んでいる。人の姿
も、自然の姿もない、鉱物に囲まれた世界。無機質な灰色の世界を、熱気を含んだ夜風がム
ワリと吹き抜けていく。
 男は再び、この地に立っていた。
 色白で痩せこけた、白衣姿の眼鏡男。レンズの奥で光る眼は、神経質そうというより狂気を
帯びたと表現するのが似つかわしい。ボロボロに破れた白衣が、海からの風になびく。無人の
廃墟にひとり佇む姿は、異様を通り越して不気味ですらある。

 自らの肉体を実験に捧げた狂博士、桐生。
 およそ24時間前の闘い、というよりは一方的な嗜虐のあと一旦は身を潜めていた機械の肉
体を持つ男は、満を持してこの廃工場の跡地に舞い戻ってきた。しばらく身を隠すよう忠告し
たのは、化粧もメイクもケバケバしい豹柄の少女。ファントムガールのバックに政府がついてい
ることを知る「闇豹」は、己の保身のためにも、ひとまず戦闘の地から離れることを指示したの
だ。宿敵の死体を見たくてウズウズしている桐生を制して。
 今はもう、豹柄のコギャルは白衣の隣にはいない。目的を果たした神崎ちゆりにとって、無人
の埋立地に戻る理由はなかった。
 だが桐生には、もっとも大事な作業が錆びれた工場跡にまだ残っている。

 「サテ、有栖川邦彦ノ死体ハドコカナ?」

 確信と余裕が声に篭る。
 娘の夕子に仕掛けられたバイブ型爆弾を、冷酷に見せかけた天才科学者は必ず解除しよう
とするはずだった。陵辱の海に沈んだ少女戦士を助ける方法は他にないのだから。しかし、い
かなる頭脳と技術の持ち主であろうと、桐生が造った最高傑作の爆弾を、夕子が絶頂の果て
息絶えるまでに解体するのは事実上不可能なのだ。それはいかに優秀なアスリートであって
も、100mを5秒以内で走ることは不可能であるのに近い。
 桐生からすれば、有栖川邦彦の死はいわば規定事実。
 あとは娘ともども肉片に変わり果てたその無惨な姿を確認し、傷つけられた身体の恨みと研
究者としての劣等感を晴らすのみ。

 痩身の白衣姿は、24時間前に霧澤夕子が体液という体液を垂れ流したゴミ捨て場の中央、
あの陵辱現場に到着した。
 機械人間の能面のごとき顔が、ぎこちなく笑いの形に変化する。
 爆風が焼け焦がした黒煤の跡が、四方八方に広がって大地に描かれている。
 その中央、爆弾が炸裂したと思われるその場所に転がっているのは―――
 真っ黒に焦げ、高熱によりほとんど溶解した、霧澤夕子の右腕。
 壮絶な拷問と凄惨な陵辱の果て、ついに爆死の運命を辿った惨めな少女戦士の残骸が、廃
墟のゴミ捨て場に誰にも知られないまま放置されている・・・

 「カハハハハハ! 無惨ナリ、霧澤夕子! 父モ娘モ肉片スラ残ラヌマデニ消シ飛ンダカ」

 高らかな笑い声をあげて、動くことのなくなった黒焦げの右腕を、機械人間は拾おうとする。

 ゾクリ

 かつてない戦慄が、冷酷な機械人間の背中を駆け登る。
 大地の中。桐生は光るふたつの瞳を見た。

 ボンッッッ!!!

 土の大地が跳ね上がる。
 地中から飛び出した何かが細身の白衣を吹き飛ばす。腹部に突き刺さる、重い衝撃。バズ
ーカを撃ち込まれたような一撃に、薄い唇から赤い糸を引いて5mを機械人間が飛んでいく。

 「グブウウウウウッッッ?!!!」

 立ち上がる桐生。何が起きたか理解できない半人半機械の悪魔は、動揺の眼差しを前方に
向ける。
 その尖った顎を砕く、追撃のアッパーカット。
 グシャリという破壊音を響かせ、色白の痩身が宙を舞う。砕ける眼鏡。飛び散る吐血。垂直
に浮き上がった機械の身体が、折りたたむように崩れ落ちていく。

 焦点の定まらぬ視線で桐生は見た。
 地中から飛び出した、突然の猛威を振るった正体を。

 「ナッ・・・ナンダトオオォォォッッッッ―――――ッッッ?!!!」

 霧澤夕子。
 赤髪のツインテールをなびかせたサイボーグ少女が、垂れがちな瞳に青き炎を燃やして立っ
ている。
 右腕も、不屈の闘志を秘めた視線も以前のまま。
 ただ身体中に巻きつけられた白い包帯が、瀕死の名残を少女に印す。

 「キッ・・・キサマ、何故生キテ・・・?!!」

 「知らなかったようね」

 突き放すような口調。いつもと同じようでいて、しかしながら格段に感情が潜んだ物言い。

 「ユリが柔術の達人であることを。あのとき、ユリが"絞め落として"くれたおかげで、弛緩した
私の身体からは、簡単に爆弾が抜け出たわ。強引に取ろうとすると反応する爆弾も、自然に
抜け出るものには反応しないみたいね。もっとも私がイキ続けるとばかり思っているあんたに
は、"寝る"なんてことは想定外だったんだろうけど」

 夕子の救出に現れたのが邦彦ひとりならば。あるいはボディガードが自衛隊選抜の屈強な
兵士あたりであれば。
 恐らく桐生の目論見通り、有栖川邦彦も霧澤夕子も抹殺できたに違いない。だが邦彦が「希
望の島」に一緒に連れてきたのは、想気流柔術の達人・西条姉妹。魔悦に絡み取られ硬直し
切った夕子の身体を、根こそぎ脱力させることが可能な天才少女たち。
 その偶然の悪戯が、運命の神の手が。今ここに、身も心も敗れ去ったサイボーグ少女を、再
び死闘の大地に立たせている。

 「ナ、ナラバ、有栖川邦彦ハ・・・?!」

 「知らないわ」

 「ナッ・・・知ラヌトハ??」

 「今ごろ研究室で実験でもしてるんでしょ。私という実験モルモットがまだ使えると知って、あ
の男は満足よ」

 新しくなった銀の首輪を、夕子の白い指がそっと触る。
 興味ない、というのか。
 己の命を狙われても。娘を陵辱されても。爆弾の挑発も。娘が再度、闘いに挑もうとも。
 有栖川邦彦は、粘着質な恨みを向けてくる桐生のことなどまるで見ていない。だから、死闘
の現場にすら現れず。抜け出た爆弾の処理すらせず。霧澤夕子という実験体が無事であった
ことを確認すれば、忘れ去られた無人の埋立地に用はない。

 なんという、屈辱。
 娘を徹底的に破壊し、全身を汚辱で塗りつぶしてやったというのに・・・それでも天才と呼ばれ
る科学者は、桐生に対してなんの反応も示しはしない。ゴミを素通りするように、目を向けるこ
となく通り過ぎていく。

 「ユ、許セヌ・・・アノ男、コノ手デ殺サネバ・・・」

 ドス黒い憎悪の炎に全身を焼かれ、機械人間の痩身がブルブルと震える。
 怒りに駆られた男が現状から意識を離れさせた瞬間、赤髪のツインテールはダッシュしてい
た。ハッと我に返る桐生の鼻先に、渾身の右拳が唸っている。

 「ギャヒイイイイッッッ!!!」

 折れ曲がった鼻から深紅の花が咲く。ひしゃげた顔面を両手で押さえた桐生の身体がゴロゴ
ロと転がり、鉄屑の山に当たって止まる。

 「なに、ボーっとしてんのよ」

 冷徹なまでの夕子の声。だがそこに含まれた復讐の決意が、サイボーグ少女を熱く熱くたぎ
らせる。

 「あんたを許せるほど、優しくないのよね、私」

 「キッ、貴様ァァ〜〜、アレホド泣キ喚イテイタクセニ・・・」
 
 「そうよ。私はあんたに負けたわ。手も足もでずに完敗し、オモチャみたいに弄ばれた。だか
ら、なに?」

 垂れがちな瞳に凄みが混じる。
 自分に敵わぬことはわかっているはずなのに・・・陵辱と拷問で尊厳ごと踏み躙られたはずな
のに・・・まるで何もなかったように闘志を剥き出しにする女、こいつは一体なんなんだ?!

 「父トイイ、娘トイイ・・・ドコマデモ不愉快ナ奴ラダ!!」

 「不愉快なのは、あんただよ」

 包帯だらけの少女と、白衣の男が同時に粒子と化して消えていく。
 銀色の肢体にオレンジの模様、黄金のプロテクターに身を包んだ守護天使と、鋼鉄の機械
兵士。巨大なふたりのサイボーグ戦士が、再び月光に照らされた廃墟の工場跡に出現する。

 「今夜コソ、地獄ニ落チルガイイ、ファントムガール・アリス!」

 「あんたに受けた屈辱、まとめて返すわ!」

 光の女神と悪魔の機械、互いに敵愾心を露わにしたふたりが正面から激突する。
 怒りに駆られたとき、人間は拳で殴りたくなるのが心情なのか。体内に仕組まれた仕掛けを
使うことなく、拳と拳で殴り合う。しかしそれは、男と女という体格差以上にアリスに不利な闘
い。データを分析され、動きを研究されたアリスの拳がヒットしないのは、前回の激突で立証済
みだ。

 ドズウウウッッッ

 「グボオオオッッッ?!!」

 異変に気付いたのは、アリスのボディブローが暗殺マシン・キリューの胃袋に突き刺さったと
き。
 戦闘を丸裸にしたはずの守護天使の攻撃を、防ぎきれない?
 逆にキリューの攻撃は百発百中だったのが、今回はまるで当たらない。これでは前回と正反
対だ。KILL夕子、夕子殺しに絶対の自信を持っていた機械兵士の余裕が崩れ、幾度となく打
ち込まれる有効打に、対アリスにおいては無敵のはずの鋼鉄戦士が追い込まれていく。

 "ナゼ・・・ナゼダ?! ナゼ戦闘データガ通用シナイ??"

 まさか、昨夜の闘いを逆に分析したのか。それとも今までとは闘い方を変えてきたのか。
 いや、どちらも不可能であることをキリューは知っている。同じく機械の肉体を持つ者といえ
ど、桐生と霧澤夕子では内容が大きく異なっている。脳も含めて機械化された桐生と違い、夕
子は肉体の一部が生体機械になっているに過ぎない。デジタル化された情報信号を直接脳で
受け取ることはできるが、コンピューター並みに分析自体を行うことは不可能だ。
 ましてたった一夜で闘い方を変えるなど、できるわけがない。キリューの分析には、夕子が故
意に戦闘の動きを変えてきたときの反応、それを実行する確率も含まれている。いくら意識し
て動きを変えたところで、それすらもキリューは承知してしまっているのだ。意識的な動きの変
化では、キリューを欺くことはできない。しかしわずか一日で、本能的な身体の動かし方、スピ
ード、角度、コンビネーションなどが変わるわけはない。長く染み付いた癖は、一日で落とせる
ほど表面的ではないのだ。

 では一体、なぜ・・・?
 偶然では済まされぬ量の打撃が、次々と鋼鉄の身体に吸い込まれていく。

 「クウウウウッッッ!! オノレェェェッッッ!!!」

 突き出したキリューの両手から、黄色の稲妻が発射される。苛立ちと焦り。一気に装甲天使
を地獄に送らんと、超高圧の電磁波光線をやみくもに放つ。
 右足に埋め込まれた機械のパワーを利用して、アリスの銀色の肢体は一気に後方に飛んで
いた。
 アリスに施された耐電装備を遥かに凌駕する稲妻光線を浴びれば、一撃にして勝負は終わ
る。圧倒的火力で反撃を開始するキリューに、距離を置いて逃げ回る装甲天使。闇を切り裂く
極太の稲妻を、機械の推進力が生む脅威のスピードで、すんでのところでアリスはかわしてい
く。

 「ソコダッ!!」

 鋼鉄兵士の叫びとともに、あらぬ方向に発射される電磁波光線。
 一見ミスしたとしか思えぬ射撃。だがしかし、アリスの速度と行動パターンを読みきって放た
れる予測撃ちは、まるで吸い寄せるように獲物を捕らえる。そこに来ると確信して撃たれる攻
撃に、前回のアリスがどれほど撃ち抜かれたことか。
 バシュンッッ!!!
 高圧電流が無機物を叩いて弾ける。
 完璧なる計算で装甲天使を狙撃し続けてきた稲妻は、疾走するアリスの鼻先をすり抜け、は
るか奥の鉄屑の山に着弾していた。

 ドンッッッ!!!

 鋼鉄兵士の赤いレンズが、一直線に向かってくるオレンジの女神を捉える。
 必殺光線を外したあとの隙。好機を逃さぬアリスが、両脚に全力を込めて突進する。振りか
ぶる右拳。青い瞳に冷酷な光を浮かべ、端整なマスクの女神が迫る。
 迎撃するは、ドリルと化したキリューの指先。
 サイボーグ天使の身体をやすやすと貫く悪魔の指。4本の凶器を揃えて伸ばし、顔面狙いの
右フックを暗黒マシンがカウンターで放つ。

 空気を切り裂く、摩擦音。
 アリスの目前をドリルパンチが空振りして過ぎていく。

 ドゴオオオオオオッッッッ!!!!

 全体重とダッシュの加速が存分に乗った、装甲天使渾身の弾丸パンチが、キリューの胸元
中央にめり込む。
 ミシミシミシ・・・暗黒の装甲がひしゃげる音。
 機械兵士の体内でバチバチと静電気が弾ける。あげている。鋼鉄と科学が作り上げた人工
の肉体が、苦痛の叫びを、崩壊の悲鳴をあげている。屈辱にまみれた少女戦士の怒りの打撃
が、前回はまるで歯が立たなかった天敵を紛れもなく追い込んでいる。

 「クク・・・クククク・・・・・・」

 動きの止まった鋼鉄兵士から洩れてきたのは、愉悦の笑い。
 
 「・・・なに笑ってんのよ・・・」

 拳をめり込ませたまま、ゾクリとする口調でアリスが呟く。
 めり込んだ拳をそのままに、キリューは尚も笑い続ける。

 「何故データガ通用シナイノカ・・・ワカッテミレバ、ナントモ他愛ナイコトダ」

 赤いレンズが強く光る。昨夜は通用したデータが役に立たなくなった理由・・・謎が解けたい
ま、機械兵士から戸惑いが霧散していく。

 「ナンテコトハナイ、今ノ貴様ハコレガ限界ナノダ。普段ヨリ数割衰エタ力ガ、半死人ノ全力ト
イウワケダ」

 拷問と陵辱の限りを尽くされたアリスの肉体は、いまだ深いダメージに蝕まれていた。
 その窮地が予想外の好転を生む。パワーもスピードも通常よりはるかに落ちた結果、アリス
の戦闘力にナチュラルな変化が生まれ、戦闘データは無意味と化したのだ。正確で繊細であ
るが故、キリューの分析はわずかな綻びにも脆かった。データ分析による暗黒マシンの優位
は、今回の闘いでは完全に崩れたのだ。
 だが。しかし。

 「ナラバ真正面カラ破壊シテヤルマデ! クハハハハ!」

 データが通用しないのは、アリスが"弱くなった"だけのこと。
 分析に頼らなくても、瀕死状態の装甲天使を普通に倒せばいいだけの話。疑念から解放さ
れた機械兵士が、ドリルを唸らせ殴りかかる。もはや焦ることはない。死にぞこないのサイボー
グ少女を、力づくで今度こそ解体してしまえばいい。天使の肉体をやすやすと切り刻む鋼鉄の
ドリルが、獰猛な響きをあげながら端整なマスクを襲う。

 「あんたは・・・笑うんじゃ、ない」

 垂れ気味の整った瞳が冷たく光ったのは、そのとき。

 ドゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!

 アリスの連打。めちゃくちゃで、力強い無数の打撃が、鋼鉄マシンの細身を砕く。

 「ギビュゴバアアアアアアエエエッッッ!!!!」

 「あんたは、泣き喚いてればいい!」

 機械の肉体を、少女の純潔を、弄ばれ蹂躙され尽くした守護天使の魂の叫び。
 殴りかかるキリューをアリスの打撃が圧倒していた。暴風雨となって襲いかかる左右の拳。
顔面を、ボディを、鋼鉄機械を殴り打つ。バチバチと火花を飛ばす機械兵士。舞い落ちる、鋼
鉄の破片。
 単純な殴り合いならば、研究一筋の狂博士より、修羅場を潜り抜けてきた女子高生の勝ち。
たとえ少女が心身ともに地獄の底まで落とされていようとも。小柄でボロボロの守護天使相手
ならデータなしでも勝てると踏んだ、機械人間の思い上がりを現実が打ち砕く。

 「バッ、バカナッ・・・ナッ、ナゼェェッッ・・・?!!」

 「私とあんたじゃ、地獄を味わった経験が違う!」

 「コッ、小娘ガッッ・・・図ニ乗ルナッッ!!」

 ズブリ
 ドリル化し、回転する4本の右手の指が、アリスの脇腹に突き刺さる。

 「ぐうッッ?!!」

 「ソノ程度ノ攻撃デ、コノキリューヲ倒セルト思ッタカ?!!」

 全出力を解放した鋼鉄兵士の電撃が、ドリルを通してアリスの脇腹から直接体内に流し込ま
れる。加減も容赦もない、作り得る最大の高圧電流を全力で注ぎ込むキリュー。追い詰められ
た悪魔が、なりふり構わず装甲天使を破壊にかかる。

 バリバリバリバリッッ!!! バチンッ!! バシュンッッ!! ズババババッッ!!!

 「くああアアッッ・・・!!! きゃああああああああッッッ――――ッッッ!!!!」

 「武器ノナイ貴様ナド、所詮敵デハナイ! コノママ爆死スルガイイ、ファントムガール・アリ
ス!」

 全身のあらゆる組織全てを焼かれる地獄の悶痛に、アリスの口から甲高い絶叫が迸る。
 単純な打撃の応酬ならば、確かにアリス、霧澤夕子の方が上。しかし、電磁波光線も電磁ソ
ードもキリューに通用しない以上、アリスには打撃しかないのだ。一方、キリューには一撃で守
護天使を葬れる電撃技がいくつも残っている。打撃の嵐を耐え、ほんのわずかな隙を突いた
反撃で、アリス優位であった戦況は瞬く間に形勢を逆転した。

 「があああッッ!!!・・・ぐうゥゥッッ・・・ク・ア・ア・アアッッ・・・」

 「ナニガ地獄ノ経験ダ! 貴様ノ父親ニ殺サレカケタ、我ガ恨ミト苦シミ・・・ソノ身体デ存分ニ
味ワエ!」

 「ギイヤアアアアアアアアアッッッ――――ッッッッ!!!!」

 MAXで注がれる高圧電流に、アリスの肉体がビカビカと光る。黄金のプロテクターに亀裂が
入る。
 バシュンッッ!! バシュンッッ!! アリスの体内で機械部分が破壊されていく。立ち昇る
白煙。生体部分は焼け焦げ、耐え切れなくなった内線コードが千切れる。壊れる。壊される、
サイボーグ少女、ファントムガール・アリスが。銀の皮膚が黒ずみ、関節の継ぎ目から煙が昇
る。火花が飛び散り、美しい皮膚が弾け飛ぶ。ビクビクと痙攣する肢体。美貌の仮面が剥が
れ、悶絶して歪む素顔が露わになる。破れた皮膚から流れる血。小さな身体の許容量をオー
バーした電流が、装甲天使の体表で放電を始める。

 "アアッッ・・・ガアッッ・・・も、もう・・・私・・・ダメ・・・・・・これ・・・以上・・・バラ・・・バ・・・ラ・・・・・・
に・・・・・・"

 「死ネッッッ、ファントムガール・アリスッッッ!!!」

 ドオオオオンンンンンンンッッッ!!!!

 爆破の轟音が、闇に包まれた無人の埋立地を揺らす。
 爆発の風と音とが円心状に廃墟に広がる。唸る空間。巻き上がる砂塵。バラバラと、粉々に
なった鋼鉄の破片が、アスファルトに落ちていく。
 薄れゆく砂煙のなかで、鋼鉄の悪魔とオレンジの装甲天使とは立っていた。

 「コ・・・レ・・・ハ・・・??」

 人体模型に似た鋼鉄製のキリューの身体。
 その胸の中央から右半分、首筋から脇腹にかけて、アリスに電流を流し続けた右腕ともど
も、消えてなくなっている。

 「バ・・・カ・・・ナ・・・・・・」

 バチバチと点滅する赤いレンズで、キリューは見た。
 真っ直ぐに右腕を構えたファントムガール・アリスを。90度に折れ曲がった肘の部分には、白
煙をあげる砲口が覗いている。

 「あんたの・・・恨みや・・・苦しみなんて・・・」

 ゴボリ・・・
 喋るたびに、聖少女の銀色の唇から血塊がこぼれる。ヴィーン・・・ヴィーン・・・という弱々し
いクリスタルの点滅音を、遥か遠くでキリューは聞いた。

 「たかが・・・知れてる・・・私は・・・・・・3度・・・殺された女・・・・・・」

 キュウウウウウウンンンンン・・・・・・

 構えた右腕の砲口の内側で、深紅の球体が震えている。
 やがてそれは拳大の大きさに膨れ上がった。可聴域ギリギリの高音のパルス。小刻みに震
える灼熱の球体が、砲口の内部で踊る。

 「・・・ヒート・・・キャノン・・・・・・」

 爆音が再び轟いた。
 発射された炎の球体は、みるみるうちに巨大化し、立ちすくむ機械兵士の上半身を包み込
む。
 アリスの弾丸を傷ひとつなく弾き返した鋼鉄のボディは、灼熱の高温に触れて瞬時のうちに
蒸発し、煙ひとつ残さないまま消滅していた。
 下半身のみになった機械兵士の残骸は、鎧の女神が光に包まれて消えると同時に、自滅す
るように爆発して炎のなかに消えていった。
 正と邪、ふたりのサイボーグ戦士による死闘は、炎のなかで終焉を迎えたのだった――。



 「あいつの・・・取り付けた・・・右腕に・・・・・・頼っちゃうなんて・・・ね・・・」

 ひゅうひゅうと荒い息をつきながら、霧澤夕子は混濁した意識のなかでかろうじて言葉を搾り
出す。温かく柔らかい感触が頭と腰の下にあった。どうやら西条ユリが、ボロボロの服に包ま
れた身体を抱いてくれているらしい。

 「夕子さん・・・もう・・・喋らないで・・・ください・・・・・・」

 冷たい雫がポトポトと額や頬を濡らす。「私のためなんかに泣くな」言ってやりたいが、あいに
く言葉を出すのも辛い。

 「ユリ・・・ありが・・・とう・・・・・・」

 「え?!」

 「手を・・・出さないで・・・くれて・・・・・・」

 途中、あれほど無様な姿を晒してしまったのに。

 「あの敵を・・・倒すのは、夕子さんしかいませんから・・・」

 ありがとう。
 もう一回言いたいが、限界はすぐそこまで来ていた。

 「ごめ・・・も・・・う・・・寝る・・・わ・・・」

 ギュッと強い抱擁が夕子の疲れ切った肢体を包む。こんな状態でありながら、ひとり夕子は
仄かに照れた。

 「こ・・・の・・・右・・・腕・・・は・・・・・・」

 わかっている。父・有栖川邦彦が取り付けた新必殺技が、軍事用の兵器ではないことは。ヒ
ート・キャノン、それは電子レンジの応用。電子をぶつけて高温を生み、灼熱の塊を砲弾として
放つ技。戦場で使うにはあまりに時間がかかり、効率的でもないこの兵器が軍事用であるわけ
はない。いわば即席に作った、夕子専用の兵器。
 夕子を利用するための兵器ではなく、夕子のための兵器。
 その違いの大きさを理解しつつ、それでも、いや、だからこそ天才少女は父からのプレゼント
を喜ぶわけにはいかなかった。

 「いつ・・・か・・・必ず・・・返し・・・て・・・みせ・・・る・・・・・・」

 もうあなたを、悲しませないように―――
 
 深い虚無が訪れて、運命と闘う少女は意識を闇に沈めさせていった。
 サイボーグの肉体が父と娘、ふたりを傷つける悲運のなかで、霧澤夕子の闘いはまだ終わり
を告げようとはしない。瞳を開ければ再び始まる闘いの日々に備え、孤高の少女はしばしの休
息につくのであった。



 「え?!! 偶然なのッ?!」

 普段滅多に慌てることのない五十嵐里美が、思わず大きな声をあげる。
 帰路につくまで残り3時間。戦闘の重圧からようやく解放された少女たちは、爽快な空の下、
最後の瞬間まで夏を楽しむことを選択していた。とはいえ、疲労困憊、Tシャツの下は擦り傷と
火傷だらけのふたりの少女は、ずっと巨大なパラソルの下で寝ているだけ。半ば里美に強引
に連れてこられた藤木七菜江と桜宮桃子は、ぐったりとした様子も隠さず、楽しげな先輩ふた
りを見つめているだけだ。
 工藤吼介が沖に泳ぎにいったのをきっかけに、里美は昨夜の戦闘について話を聞きに、パ
ラソルの下までやってきたのだった。

 「うん・・・ナナが先に闘ってるからビックリしたよ・・・」

 「あたしだって、モモが闘うなんて思ってもなかった・・・言ってくれたら無茶しなかったの
に・・・」

 「ふたりで協力して、ウミヌシの体力を削ったんじゃなかったのね」

 ウミヌシを倒す唯一の方法、体力切れを起こす作戦がふたりの計画によるものではなかった
と知り、内心拍子抜けする里美。しかもどうやら、七菜江に限っては体力切れをさせるという発
想すらなく、普通に闘っていたらしい。呆れると同時に、どこかでほっとしている自分がいること
に里美は気付いていた。闘い慣れした七菜江や桃子はなんとなく見たくない、甘いリーダーが
そこにはいた。

 「とにかくもう、あたしはぐったりです・・・里美さん、早く帰りましょうよ」

 「なに言ってんの、ナナちゃん。せっかく海に来たんだから、少しは楽しまないと」

 ニコリとわざとらしいほどに美しき令嬢が微笑む。

 「・・・な〜んかァ・・・やたら楽しんでませんかァ、里美さん」

 鋭い感性を持つエスパー少女が、不満そうに唇を尖らす。桃子には、不自然なまでにはしゃ
ぐ里美の意図がようやく見えてきたようだった。

 「罰よ」

 爽やかな夏の風すら足元に及ばぬ、爽快感いっぱいの輝く笑顔を美少女は振り撒く。

 「私を騙して勝手に闘ったふたりへの罰。そこで私が楽しむ様子を存分に眺めててね」

 「なッ! 最初にあたしたちを騙して勝手に闘おうとしてたの、里美さんじゃ〜ん!」

 抗議するふたりの少女の声を掻き消すように、遠く沖から筋肉獣の叫びが届く。

 「お〜〜い、お前らも、こっちに来いよォ!」

 「・・・だって。じゃあね」

 無地のTシャツを脱ぎ捨てると、その下から芸術的な曲線を描いた美しいプロポーションが現
れる。
 黒一色で統一された里美の水着は、際どいカットのビキニであった。
 七菜江ほどのボリュームはないが、バランスのよいスタイルは黄金比率を思わせた。形のい
い胸の丘陵を三角の布が隠している。引き締まった腰からなだらかなヒップラインが続き、曲
線の見事さに思わず溜め息がでる。白い肌は真珠のような煌き。ルックスだけではない、スタ
イルにおいても美神に愛された女神がそこにはいた。
 黒というシックな色調に関わらず、胸の中央や腰のサイドに飾られたリボンが可愛らしさを強
調している。落ち着いた美しさと少女の可憐さ。元から神秘的ですらあるこの美少女に、ふた
つの要素をまとめて演出されたら、世界中の女が束になっても勝てそうにない。

 ゴクリ・・・
 美少女という意味では相当のランクにあるふたりの少女が、思わず同時に息を飲む。
 圧倒的な美の化身は、さらに悪戯っぽく笑ってみせた。

 「ナナちゃん、あそこまで、私と勝負してみる?」

 あそこと指差した先には、逆三角形の筋肉の塊が波に揺られている。
 立ち上がりかけた七菜江を抑えたのは隣に座る桃子であった。看護婦にされたら堪らないと
びきりの笑顔を残し、とことんまでお仕置きした聖少女たちのリーダーは海へと入っていく。

 「なんか・・・ズッルイ、里美さん・・・」

 「もう! ホントにナナは単純だなァ〜! わざと挑発してるに決まってるじゃん。里美さんに
奪い合うつもりなんてないよ」

 「・・・そう?」

 「そうだよ。ま、意外と本気で勝負したがってたかもしれないけど・・・あ、ゴメ・・・」

 泣きそうとも不愉快そうとも取れる表情をされ、桃子は慌てて親友に謝る。
 完全にふくれっつらになったショートカットの少女は、そっぽを向いたまま振り返ろうとしなかっ
た。こうなった七菜江の機嫌を取り戻すのは、ちょっとした一苦労である。帰り際、夕子やユリ
へのお土産と一緒に、チョコのひとつでも買って与えねばならない。面倒がひとつ増えて、内心
桃子は溜め息をつく。

 「それにしても・・・つくづく・・・ホントに・・・大変なライバル持っちゃったねェ〜・・・」

 まるで他人事のようなエスパー少女の声は、南の風にさらわれて光のなかに消えていった。



                  《〜ファントムガール第九話 了〜》



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