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華やかなメインストリートに、けたたましいサイレンが鳴り響く。
流行に敏感なショップが立ち並ぶオシャレな世界を、緊迫した現実が瞬時にして打ち破る。
遊びに食に興じる街・谷宿に流れるのは、巨大生物が現れたことを知らせる警報の音。夏の 陽射しに火照る若者たちの身体を、心臓を鷲掴みにする危機感が一気に冷やしていく。音の パターンから警戒レベルが3つあるうちの第二段階であることがわかっても、人々の心に湧き あがる緊迫感はMAXから下がることはなかった。普段は肩で風切って往来を歩く少年たちも、 公道を我が物顔で占拠する少女たちも、一様に怯えた表情を浮かべ、バタバタと慌てて指定 の避難区域に駆け出していく。
人類の敵となる巨大生物の出現は、ファッションも遊びも、全てが空々しく映るほどに鮮明な
恐怖となって、若者たちの心を飲み込んでいた。硬直した表情のなかに真摯な眼差しを宿し て、少年少女が懸命に安全を求めて走り出す。この場にいる者のほとんどは、親類や知人の 誰かを巨大生物による破壊で失っていた。染み付いた恐怖が、怒りが、普段とは違う若者たち の必死な姿を呼び起こしている。
怒涛のごとき人の流れのなかで、巌のように留まった点が3つ。
小麦色の肌を輝かせる健康的な少女と、筋肉の鎧を纏った男。そして、対峙する深紅のスー
ツに身を包んだ妖艶な美女。
「さて、ギャラリーがいなくなるのは都合がいいのか、悪いのか・・・どちらかしら?」
片倉響子が誰に言うでもなく呟く。
どんな奇抜なものでも馴染んでしまう谷宿にあっても、目立たずにはおれない三角関係。足を
止め、注目をし始めた野次馬たちは、とっくに3人を残して逃げていった。今彼女たちの周りに いるのは、少しでも危険区域から離れようと逃走する人の波しかない。必死で避難する人々の 目には、まるで動こうとしない不可思議な3人の姿など、映りはしなかった。逃げ惑う多くの若 者たちに囲まれながら、響子と藤木七菜江、そして工藤吼介の3人は周囲とは異なる空間に 孤立している。
「いつまでそうして私と工藤くんのジャマをしている気なの、藤木七菜江? 生徒会長さんの
指示通り、早くここを離れた方がいいんじゃなくて?」
つい先程、七菜江の携帯を通じて流れてきた、五十嵐里美の声。ファントムガールのリーダ
ーが話す、巨大な正邪の闘いの開戦。
この谷宿からは距離を置いた東区において、青銅の悪魔と桃色のファントムガールが闘って
いる。今のところ、1vs1で。勝利のためには手段を厭わぬ悪魔が、このまま潔くフェアな闘い を続けるとは思えなかった。加勢に向かうには、距離的に一番近い七菜江が駆けつけるのが ベストであった。
だがしかし、確実に指令を受けたはずの七菜江は、凍りついたようにこの場を動こうとはしな
かった。
女教師の冷たい視線を受け、ショートカットの少女は最強の男をかばったまま唇を噛む。
「桜宮桃子がひとりで闘っているらしいわね。お友達を死なせる前に、早く助けにいったらど
う?」
「うるさいッ! お前の指図なんか、受けないッ!!」
「おやおや、相変わらずの頭の悪さね。冷静に状況を判断すれば、自分がなにをすべきかす
ぐにわかるでしょうに」
吐き捨てるような響子の言葉が、七菜江の心に怒りよりも痛みを湧き上がらせる。
宿敵に指摘されずとも、己がどう動くべきか、今この場にいることがいかに誤った判断である
かは、単純と呼ばれる少女にもよくわかっていた。
目の前で愛する男と魔性の美女が激突寸前である一方、彼方の地でかけがえのない親友
は、敵の総大将と単独で死闘を始めている・・・一見、両天秤。究極の選択を強いられるような 状態。だが実際には、ズバ抜けた身体能力を持つ少女が、どちらに救援の手を伸ばすべきか は明白であった。
七菜江のジレンマに追い打ちを掛けるように、響子が続けて言う。
「これは忠告として言っておくわ。あなたが後悔しないようにね」
知性を漂わせた漆黒の瞳には、策略家らしい計算高さではなく、寧ろ真剣な光が宿ってい
た。
「あのろくに闘いもできない桃子では、メフェレスには勝てない。罠に嵌められ、いいように弄
ばれた挙句惨殺されるのがオチよ。悪いことは言わない。すぐに救出にいきなさい。仲間を失 いたくなければね」
闘いには不向きと思われる優しき少女と、憎しみを露わにする悪鬼。その闘いがいかに危険
であるかは七菜江にも十分すぎるほどわかっていた。
しかも今のメフェレスこと久慈は、なりふり構わず光の少女戦士たちを抹殺にかかっている。
すでに桃子の盾代わりとなって、霧澤夕子が瀕死に追い込まれたばかりだ。優しきエスパーが 元恋人に対してだけは本気になれるといっても、戦闘での不安は尽きない。
対して工藤吼介は「エデン」を持ちはしないものの、圧倒的戦力を誇る男。響子の恐ろしさを
身に染みて知る七菜江といえど、正直吼介が負けるとは・・・思えなかった。まして先程の会話 から、妖女が吼介の命までを狙っているわけではないのは確実である。桃子と吼介、どちらに 救いの手を伸ばすべきかは、七菜江にもよく理解できていた。
だが・・・それでも、できない。
"一般人"の吼介をおいてこの場を去るなど、純粋なる少女戦士にはどうしてもできなかっ
た。
「七菜江」
背後から男が呼びかけてくる。戦闘前であることを考えると、それは不釣合いなまでに低く、
落ち着いた声であった。
「まさか、このオレがお前に守られるときがくるなんてな」
小さな少女の背中を見ながら、どこか嬉しいような響きを含めて、最強の男は言葉を紡い
だ。
「だがな、片倉センセに不覚を取るようなオレじゃねえよ。盾になるのはお前の役目じゃな
い、オレだ」
「わかってます、先輩があのムカツク女より強いことぐらい」
両手を広げ、背中で吼介をかばいながら、ショートカットの少女は闘いの最前線から離れよう
とはしなかった。
「先輩が負けるなんて想像できないです・・・いくらあの女がバケモノでも。けど、それは"この
まま闘ったら"って話。あの女が蜘蛛の怪物に変身できると知ってて、ここを離れることはでき ないんです!」
「あいつは、んなことしねえよ。自分がここで正体バラすのがいかに危険なことか、ちゃんとわ
かってるさ」
「それもわかってます、変身なんてするはずないって。でも、でも、その可能性がゼロでない
限り、あたしは先輩を闘わせるわけにはいかないんです!」
肩越しに、やや吊り上がった瞳で、七菜江は愛する男を振り返った。
「『エデン』と融合した敵とは、『エデン』の寄生者が闘わなきゃいけないんです!」
己に課せられた使命を、はっきりと宣言する少女戦士にできた間隙。
片倉響子から視線を外したその瞬間、狡猾な妖女は攻撃を繰り出していた。
わずかに動く右手の人差し指。常人には不可視の極細の糸が螺旋を描いて絡まり、束なっ
た妖糸が透明な槍を形成する。
夏の光を乱反射した糸の槍は、空間をドリルと化して切り裂き、一直線に後ろを振り返った
隙だらけの猫顔美少女へと殺到していく。
「なッ!!」
少女の名を叫びかけた男の前で、藤木七菜江は残像が起こるほどの超速度で肢体を沈ま
せていた。
読んでいたのか、智謀に富んだ悪華の攻撃を!
ドシュリュリュリュ・・・ッ!!
斬糸でできた透明な龍が少女の頭上を過ぎ、空気とともに切断したショートヘアの切れ端を
舞わせる。空振り。悪女に伝わる手ごたえの無さ。
沈んだと思われた健康的な肢体が浮き上がってくる。回転しながら。左手、手刀の形。沈む
速度が神速ならば、浮き上がる速さもまた神の領域に達していた。胴ごと回転しながらのチョッ プが、ターゲットを失い伸びきった斬糸の槍に叩き込まれる。
ザクン! という軽やかな音を残してアスファルトに落ちたのは、七菜江の手ではなく、束ね
た極細糸の塊だった。
「あんたの卑怯ぶりは、とっくにお見通しなんだから!」
「触れるだけで鋼鉄を裁断する特殊合成糸、以前も素手で切ったけど・・・今ではまとめてぶ
った切ってしまうなんてね! 面白い、大した成長だわ」
仕留め損なった悔しさではなく、少女戦士の技術の高さと成長ぶりに片倉響子は素直な感嘆
を表した。ランと輝く悪女の瞳は、子供のごとき無邪気さに溢れているようにも見える。
「忠告を無視するならそれでも構わないわ。久しぶりにあなたと遊ぶのも、楽しいかもしれな
い。それとも工藤くんとふたりでかかってくるつもりかしら?」
「先輩を闘わせたりなんかしないって、何度も言わせないでよ! モモはあたしが助けにいく。
ここでとっととあんたを倒してからね!」
見得を切ったアスリート少女は、真っ直ぐに赤いスーツの女教師を睨んだ。そこに立ちすくむ
のは、運動神経抜群の女子高生ではない。未来を守るための、戦士。守護天使の名に恥じぬ 凛々しき少女が、そこにはいた。
「七菜江、お前・・・」
「先輩・・・もう全部、知ってるんだよね?」
今度は背後を振り返ることなく、少女戦士は呟いた。
「全部話せるようになって・・・隠し事がなくなって、嬉しいです・・・ホントは"普通の人間じゃな
い"って知られるの、ちょっと恐かったんだけど。でも、こうしてあたしの全てを見せれて、ファン トムガール・ナナの正体を教えることができて、良かったと思ってます。たとえこれで嫌われた って、これがホントのあたしだから・・・」
天性の運動能力を誇る少女の肩は、やけに小さく吼介には見えた。
「血みどろで闘ってる女なんて、嫌になっちゃうでしょ? 大勢のひとたちの前でボコボコにさ
れたり、恥ずかしい姿見られちゃったり・・・挙句の果てに、人間じゃなくなっちゃたり。あたし女 のコとして最低ですよね。でも、それでも、後悔なんかしてません。自分で選んだ道だもん」
「・・・七菜江・・・」
「先輩がナナの正体を知ってて、普通に接してくれたの、嬉しかったです。あたし、こんなんだ
けど・・・闘い続けなきゃいけないけど・・・できたら、これからも今まで通りでいてくれると嬉し い、な」
ゾワリ・・・
研ぎ澄まされた感覚だけが読み取れる悪意が、七菜江の周囲で湧き上がる。
じっくりと、誰に気付かれることなく張り巡らされていた蜘蛛の巣。光の反射がなければまず
存在に気付くことない特殊繊維の糸を、人知れず周囲に張り巡らせて己の領域を完成させる のは、片倉響子の十八番とも言える技であった。ビュッという擦過音がするや、前から、後ろか ら、右から、左から、上から、下から・・・四方八方、あらゆる方角から放たれた魔糸が、同時の タイミングで中央の守護天使に襲い掛かる。
呼気、一閃――。
吼えた少女は独楽のように健康的な肢体を高速で回転させていた。次の瞬間、七菜江の足
元にパラパラと切断された妖糸が落ちていく。
「ふ、フフフ・・・あなたを仕留めるには、もはや拳銃ですら不可能と思ってしまいそう。拳法の
達人は一瞬で4発の打撃を繰り出せると聞いたことがあるけど・・・都合12本。12の方向から一 斉に放った糸を、全て打ち落としてしまうなんてね」
「ヘヘン、工藤吼介の一番弟子を舐めないでよね」
ニッとピンクの唇を綻ばせる七菜江。
その小麦色の額に透明な雫が数滴浮かぶ。息こそあがっていないものの、よく見れば少女
戦士の丸い肩は微妙に上下していた。超速度の体術を見せるアスリート少女だが、人間の範 疇を越えた動きは、肉体に過度の負担を与える。爆発的な運動は、その引き換えに大幅な体 力を格闘天使から奪っていた。
「そのバケモノじみた動き、いつまでできるか見物ね」
ズザザザーという何かが高速で地を這いずる音が七菜江の耳に届いてくる。同時にダラリと
垂らした女教師の両腕と赤いスーツの間から、キラキラと反射する糸が洪水のごとくアスファル トに流れていくのが、守護少女の視界に映る。
「くッ!」
「12本は切り落とした。ならば、100本ではどうかしら?」
グラマラスな女子高生を中心に、無数の極細の魔糸が二重三重に包囲網を完成させてい
た。まるで湖面に描かれた波紋。花崗岩をプリンのようにさっくりと切断する特殊合成糸に囲ま れ、超人的運動神経を持つ少女に逃げ場はない。もしこの無数の妖糸が一斉に殺到してきた らどうなるか・・・細切れとなる己の姿が七菜江の脳裏によぎって消える。
「愚かな小娘。工藤くんの代わりに闘うなんてバカなことを考えるから、命を落とすことになる
のよ。さすがの運動自慢も、この量の糸を避け切ることも打ち落とすこともできないでしょう?」
「・・・勝利宣言は、あたしの心臓が止まってからにしてよ」
「フフ、くすぐるわね、その強気な態度。もっとも身体は正直みたいだけど」
猫顔少女の尖った顎から、ボトボトと大量の冷たい汗が垂れ落ちる。
異常なほど大きく響く鼓動を、七菜江は見事なボリュームを誇る胸の内で聞いていた。足元
を円周状に囲んだ魔糸の渦。片倉響子が指一本動かせば、誇張ではなく100本以上の斬糸が 七菜江に踊りかかってくるだろう。
「死ぬのは恐いかしら? 藤木七菜江」
「・・・恐いよ。でも、後悔なんかしない」
やや吊り気味の瞳を真っ直ぐ見開いたまま、少女はニコリと微笑んでみせた。真摯で、緊迫
感溢れて、それでいて愛くるしい表情で。
「ナナになったあの日から、死ぬときは誰かのためにって思ってた。その誰かが吼介先輩な
んだから、あたしは良かったって心の底から思える」
表情を変えないまま、妖艶な女教師が10本の指を一斉に閉じる。
寄せる津波の飛沫のように、無数の煌く妖糸が、はち切れんばかりの肉感的な肢体に怒涛
となって飛び掛る。
ブオオオッッ!!
轟風が佇む七菜江の耳朶を叩いたのは、そのときであった。
斬糸に貫かれ、血まみれの肉塊と化すはずであった少女戦士の周囲に、勢いを失った妖糸
の束がハラハラと舞い落ちていく。100本以上、怒涛と化して七菜江を襲った鋭利な合成糸は、 突如巻き起こった乱気流に飲み込まれ、その全てが守護少女を襲うだけの力を失って墜落し ていったのだ。
そんな、バカな。
どれほどの突風が起こったというのか。巨大台風並みの嵐。獲物を仕留めんと飛び掛った無
数の妖糸を全て吹き散らすなど、穏やかな夏の風にできるわけがない。ならばこの豪風は、自 然のものではなく意図的に作られたものということになる。
有り得ない。
台風並みの気流を作り出すなど、人間にできるわけがない。普通ならば。だが、片倉響子は
知っている。その奇跡を呼び起こす、恐るべき男が実存することを。そして、その男は、今この 場にいることを。
「ったく、おめーはひとりで思い込んで、勝手に話を進めんなっての」
いつの間に、そこに移動していたのか。
中段への正拳逆突きを打ったフォームで固まった工藤吼介が、硬直した超少女のすぐ背後
にいた。そのまま、芸術的なS字の曲線を描いた小さな背中に向かって、筋肉の鎧をまとった 男は語りかける。
「オレはな、お前が何者であろうと態度変える気はねえし、お前が血みどろになっても嫌いに
なんかならねえし、オレの代わりに闘ってもらう気もねえし、ましてやオレのために死んでもらう つもりはねえ」
膨張した筋肉に覆われた両腕で、吼介は背後から少女をそっと抱きしめた。
「たとえお前が闘う宿命を背負ったとしても、戦士としての生き方を選んだとしても、お前が藤
木七菜江であることに変わりはねえ。だから死ぬな。オレのためにというなら、絶対に死ぬんじ ゃねえ」
少女の肩を抱える腕に、ぎゅっと力が込められる。
「オレはお前たちの仲間になることはできない。敵になる可能性がある以上、『エデン』とかい
う宇宙生物を受け入れることはできない。人類の救世主となったお前たちは、本当はオレなん かとは違う場所に立っているのだろう。けどな、お前がファントムガール・ナナであっても、藤木 七菜江である以上、オレはお前を守っていきたい。これからも、今まで通りに――」
言葉の端々に隠された想いが、少女の胸に伝わってくる。今は表立って言えない気持ち。ど
こか引き摺る感情が、口に出すのを躊躇わせる気持ち。だが、七菜江には構わなかった。男 の心のどこかに長い髪の令嬢が住み着いていたとしても、今、アスリート少女に伝わる吼介の 気持ちが本物であることに、間違いはないのだから。
肩にかかったゴツゴツした掌に、七菜江は己の手を重ねた。言葉がうまくでてこない。胸に渦
巻くありったけの感謝を伝えるには、こうするしか思い浮かばなかった。
「だから、オレたちの関係が変わることはない。お前への気持ちが変わることもない。七菜江
が人類の守護者として、闘う宿命を背負っていても」
「青春ごっこは、それまでにしてもらおうかしら?」
若いふたりの気持ちを切り裂くように、女教師の冷たい響きが割って入る。その白い額に
は、紛れもない汗が一筋滴っている。
「あなたこそ本当のバケモノのようね、工藤くん」
「そりゃどうも」
「まさか私の糸を、正拳の風圧で吹き飛ばしてしまうなんて。ろうそくの炎を消すなんて逸話は
知ってたけど、素振りで暴風を生み出せる人間がいるとは思わなかったわ」
「いかに切れ味抜群でも、糸は糸。風の前には羽毛のようにそよぎもするさ」
超人技を見せつけた最強の男が、涼しげに言ってのける。一本ではなく、3桁に上る数の妖
糸を吹き飛ばしているのだ。乱気流を生み出す突きがいかなる威力を誇るのか、想像するだ けでさすがの沈着なる女教師も薄ら寒くなる。
「その力、ますます諦め難くなったわ」
「やめとけよ。今更あんたに勝ち目はないぜ」
「そうかしら?」
響子の台詞が終わるかという間際、他者には脇目もふらず避難地域に早駆ける人の群れか
ら、ひとりの中年女性がなにかに引っ張られるようにふらふらと寄ってくる。
つんのめった女性は王にかしずく忠臣のごとく、赤いヒールの足先に四つん這いになった。
疾走による汗と冷たい汗が混ざって浮かんだその顔には、なにが起こったかわからない、明ら かな動揺が刻まれている。
「試してみる? あなたたちがここまで飛び掛ってくるのと、私が糸を操るの、どちらが早い
か・・・」
警報を聞いて避難するだけだった中年女性は、己がもうひとつの危険な争いに巻き込まれた
ことを瞬時に理解していた。彼女の首には、ハッキリと食い込んだ斬糸の跡が浮かんでいる。 運の悪さを恨むしかない小太りの女性は汗まみれの顔を蒼白にし、四つん這いになったまま 地面の一点を凝視して硬直する。
一般人に正体を知られれば身の破滅に繋がることを十二分に悟っている響子は、本来なら
ばこのような暴挙には出ないであろう。避難中という緊急事態、誰もが己が生き残ることで精 一杯という異常事態だからこそ敢行できる戦術であった。
「そんな見も知らないおばちゃんを人質にとって、効果があると思うのかい?」
「少なくとも、カワイイお嬢ちゃんにはあるようよ」
顔色ひとつ変えない吼介の前に立つ少女は、ショートカットを垂らして俯いたまま、黙り込んで
しまっていた。
「あなたとは違って、正義の味方さんは一般人の命を見捨てることができないのよ。損な役回
りよね、藤木七菜江?」
一点の曇りすらない七菜江の純粋な性格を、妖艶な女教師は知り尽くしていた。罪もない人
間を死なせていいわけがない。それも自分が原因で。目の前で他者が危険に晒されたなら、 身代わりになってでもそのひとを助けようとする少女。藤木七菜江は迷うことなく己を犠牲にで きる少女であることを、冷酷な妖女はよく知っている。
勝利の予感に女教師は、深紅のルージュを吊り上げる。
だが、ゾクリとするほど完成された美貌に刻まれた微笑は、次の瞬間霧のように掻き消えて
いた。
「ガッカリさせるわね、工藤くん」
「なにがだ?」
「窮地に追い込まれ苦し紛れに笑うのは、2流のやることよ」
浅黒く焼けた格闘獣の頬に、ゆるやかな微笑みが浮かんでいる。
「おっと、苦し紛れじゃないぜ。こりゃあ自然にでた笑いだ」
「この状況で? この私を挑発しているつもりかしら?」
「いや、そういう訳じゃない。ただ・・・あまりに予想通りだったもんで」
ボンッッッ!!
アスファルトを弾く軽快な音が響く。
意識を格闘獣に向けていた妖女に向かって、一直線に弾丸と化した超少女がダッシュする。
従順な下僕となるはずだった真っ直ぐな少女の反抗は、人質を手中にした時点で、響子の頭 にはまるで予想されていなかった。さしもの天才学者も虚を突かれて、瞬間パニック状態に陥 る。
「七菜江を手っ取り速く倒そうとするなら、人質を取って、てのは誰もが考えつくだろうな。あい
にくその対処法についてはとっくにレクチャー済みでね」
美貌の女教師は風を感じた。
まさに弾丸。10mほどあった距離を、「エデン」の少女は一気に縮めていた。殺到する威圧
感。己に向かって真っ直ぐに飛んでくるマグマの塊に、響子は身体の内にある芯がすくむのを 自覚する。
もし純粋なスピード勝負なら、七菜江の怒りの拳が悪女を砕くより早く、犠牲となった中年女
性の首が飛んだであろう。だが次の瞬間、響子にもジ・エンドは訪れる。見も知らないおばちゃ んと引き換えに破滅するのは響子の方になるのだ。そんなバカげた話を、神を自称する天才 学者が許すわけがない。
いや、そこまで論理的に考えるまでもなく、我が身に迫る危険に対し、動物が本能的にとる行
動は「身を守る」こと。
顎に迫る少女の拳を、片倉響子は糸の存在など忘れて必死に両手でブロックする。
バッチイイイインンンンンンンン!!
並みの人間なら、両手の粉砕骨折は免れなかったろう。
赤いスーツの美女が、立ち姿のまま地面を滑って飛んでいく。その距離8m。擦ったヒールが
アスファルトに火花を散らす。
ビリビリと震える両手の痺れを味わいながら、女教師は凛と佇む少女戦士を見詰めた。
「人質を取られたときは・・・もう腹を括るしか、ない。一番いけないのは、迷ってしまうこと。一
気に、素早く、一直線に敵を倒す・・・だったよね、吼介先輩」
「よくできました♪ 人間てのはたいしたもんでな、己の身にかかる危険を無視できないもん
なのさ。ひとつ間違えば犠牲者を生んでしまう、そんな重圧を乗り越え、かつ敵のカウンターも 恐れず飛び込む、勇気を持つ者だけに可能な戦法だがな」
ヨロヨロと長い髪の悪女があとずさる。両の掌に痛みと痺れはあれど、肉体的なダメージは
ほとんどない。しかし、逆転を賭けた作戦が失敗に終わった今、このまま闘い続けることが得 策だとは、冷静な頭脳を持つ天才学者には思えなかった。
「どうやら、今日はここまでのようね」
「なに都合よく逃げようとしてんのよ」
「あなたにイキがってる余裕はあるのかしら? 藤木七菜江、お友達の救出を忘れたわけで
はないでしょうね」
グッとアスリート少女は白い歯を噛み締める。
もちろん忘れるはずなどなかった。今、七菜江がせねばならないことは赤い美女との決着を
つけることではない。一刻も早く、死闘を繰り広げているであろう、桜宮桃子の助っ人に向かう こと。女教師自らこの場を去るというのならば、むしろそれは好都合であると言えた。
「工藤くんとは、また日を改めて話させてもらいましょう」
「まだ言ってんの?! 先輩はお前なんかに協力なんて――」
「早く行きなさい、七菜江。桜宮桃子、あの生まれながらのエスパーも、簡単に死なせてしまう
のは惜しいわ」
「え?!」
敵であるはずの片倉響子の台詞に、瞬間七菜江の頭は混乱した。
「メフェレスが始末してなければいいけど・・・もう手遅れかもね」
言葉の意味を七菜江が問い質すより早く、うっとりするようなプロポーションを包んだ赤いス
ーツは、避難する人々の群れのなかに消えていった。
「こ、吼介先輩! あたし、あのッ・・・!」
「オレのことはいい。早くいってやれ」
振り返る守護少女と格闘獣の視線が絡む。それだけで幾千の言葉を越えた感情が、お互い
の間を行き来した。
「うん!」
力強く頷き駆け出した健康的な少女の背中を、男は哀しげな眼でいつまでも見送るしかなか
った。
20分後―――
桃色の天使と青銅の悪鬼が闘う戦地に、グラマラスなショートカットの少女の姿はあった。
「も、モモ・・・」
そこに繰り広げられたパノラマは、天使の公開処刑という名の地獄絵図であった。
七菜江が東区で展開されているファントムガール・サクラと魔人メフェレスとの死闘に駆けつ
けたとき、勝負はすでに決していた。桃色の天使の胸に光る青い水晶体は、弱々しく点滅を繰 り返し、緑の光の輪によって捕らわれた肢体は大の字で空中に掲げられている。ぐったりと脱 力した全身は闘う力などとうに無くしていることを物語り、噴き出した血が銀色の皮膚を鮮やか な深紅に染め上げている。
青銅の悪魔と、初めてみる座ったままのミイラのミュータント。
二匹の猛攻の前に、心優しき美貌のエスパー戦士は、さんざん苦しむ姿を満天下に晒した
挙句、無惨に散らんとしていた。
「ひ、ヒドイ・・・くッ!・・・今、いま助けてあげるから!」
全身を埋め尽くした緑の光輪は、サクラの柔らかな肉を圧搾し、皮膚を切り刻み、さらに光の
エネルギーすらも奪ってしまっているようだった。恐らくは新手のミイラ型ミュータントの技。憎 悪に狂うメフェレスと、その悪鬼がサクラ抹殺のために引き連れてきた新たな敵・・・二匹を相 手にアイドル顔負けの美少女戦士がいかなる仕打ちを受けたのか、七菜江にはその酷さが容 易に想像できる。
悪魔どもが施した所業の極め付きは、サーモンピンクの内肉を晒し、ドロドロと闇に溶かされ
ている腹部にあった。吐き気すら催すその惨状が、サクラ=桜宮桃子に襲い掛かっている苦 痛の壮絶さを七菜江に教える。超能力がなければ普通の女子高生に過ぎない桃子にとって、 その苦しみは想像を絶しているだろう。あまりの激痛に、もはや桃子の意識は混濁し、苦悶に 飲み込まれて弾け飛んでいるはずだった。
「ダッッ・・・・・・メッッ・・・・・・!!」
突然の出来事だった。
煉獄の苦痛に意識を奪われ、喋ることなど到底できないと思われた桃色の天使が、ハッキリ
と意味ある言葉を口にする。
「来ちゃ・・・ダッ・・・メェッ・・・・・・あたし・・・はッ・・・・・・もうッ・・・・・・」
あたしに、言ってるんだ―――!!
聞き間違いでも、偶然でもない。確かに瀕死のエスパー少女が放った台詞は、彼女を救いに
来たショートカットの親友に向けられていた。
聖なるエナジーを限界まで奪い取られ、決して耐久力の高くない肉体を弄ばれるように蹂躙
されて尚、戦士としてはあまりに甘い美少女は、駆けつけた友の身を案じているのだ。この場 に来ないように・・・たとえ我が身を滅ばされようとも・・・
「食らえいッッ!!」
三日月に笑う悪魔の絶叫と同時に、闇を結集させた暗黒弾が、サクラの右胸を直撃する。
凄まじい破裂音が響き、涙に歪む視界の奥で、七菜江は銀と桃色の皮膚が弾け飛び、美し
き守護天使の血塊と肉片がボトボトと大地に降り注ぐのを見た。
「モモォォッッッ〜〜〜ッッッ!!!」
悲痛な少女の叫びを掻き消す悪魔の哄笑が、ファントムガール・サクラが消え去った処刑の
空に、いつまでも地獄の鐘のごとくこだましていった。
ギシ・・・ギシッ・・・ギギ・・・
天井から吊り下ろされた、錆びた鎖が軋む。
振り子のようにわずかに前後に揺れる鎖。その先に繋がっているのは、白く、そして若い肉
体であった。
透き通るような肌に浮かぶ青い痣、赤く腫れた火傷の跡、毟り破られたような服・・・陰惨さ極
まる状態が、あまりに哀れに映る普通の女子高生。いや、飛び抜けた容姿を持つイマドキ系の 美少女が、鎖で螺旋に締め付けられて天井からぶら下がっている。
ファントムガール・サクラの正体、桜宮桃子。
咲き誇る華のように美しさと明るさを振り撒く優しき美戦士は、苦闘の果てに散り、仇敵の手
に落ちていた。今はただ、屠殺場の死肉のように、ボロボロの身体を吊り下げるしかない。
ガクリと力尽きた頭を、傍らの中年男が茶髪を掴んでグイと引き上げる。
愛らしく、そして美しい少女だった。可憐と美麗、両方を兼ね備えた端整なルックスは、度重な
る拷問の末、汗でグッショリと濡れ光っている。二重瞼の下の魅惑的な瞳は虚空をさまよい、 扇情的な赤い唇は半開きになったまま・・・本来は清純である少女なのに、変わり果てた姿か らは淫靡な妖しさが漂ってくる。元々桃子が持つアイドルらしい華やかさに、今は女の艶らしき ものまでが加わっていた。好色な変態教師でなくとも、男ならば湧き出る涎を抑えることは不可 能であっただろう。
闘い敗れた桜宮桃子を待っていたのは、凄惨な拷問の数々であった。
ファントムガール・サクラに変身した折に負わされた四肢の脱臼は、意識を取り戻した時には
強制的にはめ直されていた。久慈の優しさなどではない。脱臼の痛みで、拷問の苦痛が紛れ ることがないようにだ。
世界制覇を唱える久慈にとって、ファントムガールの存在は邪魔者以外にない。負のエネル
ギーを増幅させたミュータントを倒せるのは、相反する光のエネルギーを持つ守護天使のみ。 魔人メフェレスにとっては核兵器ですら脅威ではない。唯一の天敵を、人類の前で盛大に処刑 する・・・効率よく人類を降服させるためには、まずファントムガールを葬ることが肝要と考える からこそ、久慈はこれまでこだわってきた。
多くの人類が見守るなか、半ば公開処刑のようにサクラを倒した今、本来ならば憎き少女戦
士を生かしておく必要はなかった。おおよそのファントムガール陣営の実態は把握できており、 わざわざ瀕死の美少女を拷問する意味などない。だが今の久慈には、桃子を苦しめ抜く必要 が、それも完全に叩き潰し、哀願の叫びを搾り取る必要があったのだ。
「苦しいか、桃子?! 瀕死の身体に電流を流されるのは堪えるだろう?」
両手に持った電極で、久慈はいきなり虜囚の両胸を挟む。
鎖の間で浮き上がったキレイな形のバストは、強制的に流される電撃に内部からバチバチと
弾けた。
「きゃうううッッ――ッッッ?!! へべハァッッ!!・・・ふぶうううッッ〜〜ッッッ!!!」
宙吊りの肢体がビクンビクンと撥ね上がる。だが、美少女がいくら激しく暴れても、鎖がカチ
ャカチャと鳴るだけで、責めから逃れることは1mmたりとてできない。
「貴様を殺すことなどいつでもできる。生身の姿でも、サクラの姿でも、な。だが蛆虫一匹始
末したところで、このオレの屈辱は晴れなどしない。ただ殺すだけでは」
円形の電極をグリグリと押し付ける悪鬼の眉が引き攣る。
すでに1時間以上、敗北の天使を嬲り続けているというのに、久慈の内に溜まったヘドロは一
向に減りはしなかった。桃子を責め続けながら、名家に生まれて以来、望むもののほとんどを 手に入れてきた御曹司は、まるで別の存在を思い返していたのだ。
魂がすくむほどの恐怖と、プライドが砕け散るほどの敗北をもたらした男、工藤吼介。
脳裏を大きく占拠するのは、格闘専用に鍛え上げられた鋼の肉体と、轟音を伴って迫る巨大
な拳。あの日、肉体を破壊されるとともに、柳生新陰流暗殺剣を継承する男のなかで、なにか が砕かれていた。膨れ上がった憎悪と、その裏に隠れる恐怖。野心に燃える悪鬼が再び進む ためには、あの悪夢を振り払わねばならない・・・消えることない感情を紛らすように、久慈は 目の前にぶら下がる聖天使をメチャメチャに虐げる。
「泣き叫べッ、クズ虫がッッ!! 許しを請い、忠誠を誓い、身も心もひれ伏せ! 貴様を豚
のように殺して初めて、オレは復活することができるのだ!!」
敗北で受けた屈辱、恐怖・・・
傷を癒すために必要なのは、徹底的な蹂躙の末の勝利。
己が闇に選ばれた覇王であることを証明するために、完膚なきまで敗れ去った事実がなに
かの間違いであったと証明するために、久慈は光の戦士を徹底的な勝利のうえでグチャグチ ャに葬るしかないと信じているのだ。
桃子はいわば、魔人メフェレス真の復活のための、生贄として選ばれたのであった。
「なかなかに頑張るな。しかしボロボロのその身体で、いつまで我慢できるものか。素直に屈
すれば、少しはラクに殺してやるぞ?」
電極が柔らかな胸から離れる。汗でヌラヌラと濡れ光った美少女は、口を閉ざしたまま鋭い
視線でかつての恋人を睨む。
容赦ない電流刑の追撃が、今度は動けない少女の脇腹を挟み込んだ。
「はくううううううッッッ―――ッッッ?!!!」
ボロボロの美少女が、さらなる苦しみに悶え叫ぶ。
白とピンクのTシャツは、右胸と腹部がバーナーででも焼かれたように溶け破れている。ベー
ジュのブラで隠されたBカップのお椀も、お臍周りの白い肌も、当然のように火傷で赤く爛れて いた。サクラにトドメを刺したメフェレスの暗黒弾の影響は、生身の肉体にも強く残ってしまって いたのだ。半袖から覗く腕にも、デニムのミニから生えた足にも、真珠の輝きを自然発光する 美貌にも、あちこちに細かい傷を刻んだ敗北の美天使が鎖で吊り下げられた姿は、無惨という 言葉以外に言い表しようがなかった。
「さすがは地域でもナンバー1の呼び声高い美少女・桜宮桃子くんです。鎖で吊るされた姿は
なんとも美しい。食い込む鎖の間で浮き上がったこぶりな乳房がまたなんとも倒錯的で・・・」
電撃を流される激痛に絶叫する桃子の右胸を、傍らに立つ田所教諭が優しく揉む。美少女
が反抗できないのをいいことに、変態中年は時間をかけてマシュマロのような感触を楽しんで いる。
「くううッッ?!! ・・・・・・さッ、触らないでェェッッ・・・!!」
「無駄無駄、ムダです。反抗しようと懇願しようと全てはムダ。今のあなたをどうするのも我々
次第。君はもはや美しき肉奴隷に過ぎないのですよ。手垢のついていないそのカラダ、じっくり と味わってさしあげます」
痛みを主とする久慈の攻めと、快楽を主とする田所の責め・・・繰り返される2種類の拷問に、
エスパー少女は限界を迎えつつあった。
『エデン』を宿した超戦士とはいえ、もともとの桃子の身体能力はごく平均的な少女のもの
だ。飛躍的に耐久力も体力も高まってはいるが、他の守護少女たちと比べれば明らかに劣 る。女性らしい柔らかなラインを保ったままの桃子の肢体に、久慈は覚醒してからずっと容赦 ない仕打ちを浴びせていた。殴り、蹴り、木刀で突き・・・そして今は、持ち込んだ機械による電 流刑を続けている。
その機械はカイロプラクティックなどにある低周波マッサージ器を改良したものだった。デスク
トップ型パソコン並の大きさの機器から2本のコードが伸び、その先は掌大の円形の電極に繋 がっている。二つの電極で挟まれたものには、火花が飛び散るほどの高圧電流が流れるとい うシロモノであった。
久慈が特製で作らせたこの拷問電極器の注目すべきは、狙った部位のみに電流を流せると
ころにあった。心臓に負荷を与えずとも拷問可能になったことで、今までならショック死させてし まうレベルの強力な電撃を使うことができるようになったのだ。また部分的に痛みを与えること で、より神経を過敏にさせ、痛覚をハッキリと認識させる効果も持っていた。
二の腕や太腿、ふくらはぎなど・・・四肢を順番に焼かれ、ついに責めは身体の中央にまで移
ってきていた。終わることない苦痛に桃子の全身にはビッショリと汗が噴き出している。可憐な 鈴のような悲鳴が、特設されたこの拷問場に響き続けていた。
一方で、美少女をこよなく愛する変態教師は、極上の獲物を前にして沸騰する喜びを抑え切
れなかった。ハイエナのように隙を見ては、電流地獄に悶える桃子の若い肢体を貪る。すりす りと摩擦し、優しく揉みあげ・・・拷問というより完全な趣味による愛撫であったが、衰弱しきった 桃子には、痛み一辺倒の責め以上に効いた。
"いた・・・い・・・苦しい・・・よォ・・・・・・も・・・もォ・・・ダ、ダメ・・・・・・あくうッッ?! ひゃッ、ひ
ゃめェ・・・離し・・・胸から・・・手を離してェェ・・・"
「どうだ、桃子? 苦しいか? 泣き叫んで、オレに助けを請うがいい!」
三日月に笑う久慈に、綺麗を体現した美少女はフルフルと首を横に振る。
その途端、ふたつの電極は両肩に押し当てられ、桃子の肩から首にかけて高圧電流がスパ
ークする。
「アアアッッ?!! アアアァァッッ―――ッッッ!!!」
「愚かな女め! 貴様が助かる可能性は万に一つもない。もはや醜態を晒し、惨めな死を迎
える以外ないのだ! とっととオレに服従しろ。そうすればラクに殺してやろう」
電極が肩から離れる。ガクリと前のめりに倒れかけた桃子の身体をまきついた鎖が支える。
荒い息を吐き出す赤い唇から透明な涎が落ちていく。
「自慢の超能力も、ボロボロのその身体では発動できまい。助けを待っても無駄だ。奴らがこ
こを見つけられるはずはないし、たとえ見つけたとしても我ら相手に何ができる? 貴様の処 刑を止めることなどできん」
「ハァッ・・・ハァッ・・・うッ・・・ううッ・・・」
「もうお前はオシマイだ、桃子! 貴様は今日、この場で、苦しみ抜いた末に死ぬのだ!」
「うああああああッッッ〜〜〜ッッッ!!!」
背中と腹部に当てられた電極が、腹腔に収まった内臓に強烈な電流を流し込む。内部で弾
ける激痛に失神しようにも許されない桃子。爛れた腹部がバチバチと音をあげ、腹の底から爆 破されるような痛撃に、愛らしい声を枯らして叫ぶ。
"アアアッッ?!! で、電気がッ!! 電気がァァッ〜〜ッッ!! お腹のなかでバチバチと
ォォッ!! あ、あたし破裂しちゃううぅぅッッ―――ッッッ!!!"
「はぎゅうううッッ―――ッッッ!!! お、お腹がァァァッッ〜〜ッッ!! お腹が破れちゃうぅ
ぅぅッッッ――――ッッッ!!!! わああああああッッッ〜〜〜ッッ!!!」
「ワハハハハ、いい声だ! 苦しいか?! 苦しいかッ、桃子ッ!!」
「くッ、苦しいィィィ〜〜〜〜〜ッッッ!!!! も、もうッ・・・もおォォッ――ッッ!!」
緊縛の美少女アイドルがガチャガチャと鎖を鳴らす。浮き出る汗と滲む涙が、チャーミングこ
のうえない容姿をビチャビチャに濡らす。食い縛る白い歯の間からは、ゴボゴボと泡が音を立 て始めている。執拗に焼かれる腹部からうっすらと煙が昇る。
「オレに許しを請え! 屈服しろ! そうすれば今すぐに首を刎ねてやる」
グリグリと電極を、少女の白いお腹でこね回す。流れる高圧電流が微妙に角度を変え、細い
ウエストに詰まった内臓を万遍なく内側から破壊していく。
「きゃうううううッッッ――――ッッッ!!!! や、やめェェェッッ・・・もうッ、やめへェェェッ
ッ・・・!!」
戦闘でのダメージと拷問によって、桃子の体力も精神力も、いや生命力自体が枯渇寸前まで
奪われていた。鎖などなくとも、超能力どころか指一本満足に動かせないであろう。自力でこの 窮地を脱出するなど、どう都合よく考えても可能性はゼロだった。
となれば桃子が生き伸びるためには、仲間たちの救出を待つしかない。しかし、いくら五十嵐
家が政府のバックアップを受け、久慈が保有する私有地を把握できていても、この地域一帯、 無数にある敷地のなかから、拷問の行われている場所を特定するのは困難極まりなかった。 しかも先走った人間が変身前の侵略者を襲う愚がないよう、ミュータントの正体は防衛庁の幹 部でも知らされていない。また特殊訓練を受けたレンジャー部隊であっても、「エデン」の持ち 主と接触するのは自殺行為というもの。敵の手に落ちた守護天使を救出に向かえるのは、同 じ聖なる少女たちだけというのが現状なのだ。
仮に拷問場所を見つけられたとしても、そこには久慈を初めとした悪の中枢たちが待ってい
る。百戦錬磨の悪魔どもを出し抜いて桃子を救出するのは、現実問題として不可能に近い。久 慈が桃子を生かしているのは、苦しめいたぶるためであるが、守護天使の抹殺が最優先事項 であることを忘れたわけではない。いざ何かがあったら、躊躇なく虜囚を葬る心構えはしっかり とできているのだ。もし守護少女たちがこの場に向かってくるのがわかったら、その瞬間に桃 子をバラバラに切り刻むつもりであった。
つまり、桃子を救うためには、久慈たちに気付かれることなくこの拷問場所を見つけ、接近
し、複数の敵全員を出し抜かなければならないのだ。それがいかに困難であるかは・・・いや、 事実上不可能であるかは桃子自身にもよくわかっている。
救出を待とうにも、あまりに厳しい現実。
しかも、桃子が連れられてきたこの場所は、実は久慈の所有地のひとつなどではなかった。
"ダメェ・・・ダメェェェ〜〜・・・あ、あたし・・・もォ・・・耐え・・・らんな・・・"
雪肌を焼く電磁の嵐と、執拗な中年男の愛撫。"普通の少女"が耐える限界はとうの昔に越
えていた。桃子の内部でなにかが決壊しようとしたその時、アイドル天使を本当の地獄に堕と す事態はやってきた。
「スペシャルゲストの登場ォ〜♪ 桃子センセイが悪に負けて跪くトコをォ〜、おこちゃまたち
にた〜っぷり見せてあげないとねェ〜」
縄で縛られた2人のこどもを連れてきた神崎ちゆりが、ケタケタと笑いながらレクレーション室
に入ってくる。
「守るべき子供たちの前で死んでくなんて、ウサギちゃんカワイそう〜〜♪ でもォ、墓場が大
好きなバイト先でよかったじゃなァ〜〜い!」
エスパー少女拷問の地に選ばれたのは、桃子が地獄に落ちたあの「たけのこ園」の一室で
あった。
防音設備がきちんと整っているレクレーション室では、どんな悲鳴を叫ぼうが外部にまで洩れ
ることはまずない。またサクラvsメフェレス&ジュバクとの闘いによって、付近の住民は退避し ている。久慈家の所有地を探す守護少女たちも、まさかバイト先などに桃子が拘束されている など想像もするまい。
そしてなによりも、将来を夢見て甘美な想いを馳せた場所だからこそ、哀れな女子高生戦士
を絶望の果てに処刑するには最適と、怨念に狂った悪鬼は考えたのだ。
「ククク・・・お前たちファントムガールは、身も心も踏み潰さねば気が晴れんのだ。桃子、貴
様には最も酷い最期を用意してやる。守るべきこどもたちの前で、正義の敗北を叫びながら死 んでいけ。ゴミのように踏み潰される、惨めな姿を見せつけてな」
ブルブルと震える怯えきった幼児の瞳が2対、美しく優しい桃子先生が鎖で吊るされたショッ
キングなシーンに見入る。障害を抱えた幼い子供にも、痣と火傷で覆われた肉体はハッキリと 緊急事態を告げる。繊細で多感な心がガラガラと崩れていくのが、外部から見てもわかる。
なんて、なんてヒドいことをッッ!!!―――
記憶障害を持つリョウタと自閉症のアイコ。まだ小学校にあがる前の彼らは、同じ年頃の少
年少女にも増してナイーブな心の持ち主だ。その子供たちに信頼する先生の無惨な姿を見せ ればどうなってしまうのか――
しかもこのうえ、目的のためなら手段を選ばぬ堕ちた悪魔は、桃子を屈服させたうえで、惨殺
するつもりなのだ。正義が悪に許しを請いながら殺されていく・・・そんなものを幼き子らに見せ るわけにはいかない!
"あたしはもォ・・・助からないかもしんない・・・・・・でもォ・・・リョウタくんとアイちゃんに、あたし
が悪に屈する姿を見せるわけには・・・ゼッタイいかない!"
哀願の言葉を叫びかけた朱鷺色の唇を、白い歯がギュッと強く噛み締める。
桃子の瞳に、炎が燃え上がっていた。
真実を見詰めるような深い黒を湛えた魅惑の瞳が、真っ直ぐに悪鬼を射抜く。卑劣な男への
怒りが、屈しかけた美戦士に再び闘志を与えていた。
「ぎッッ・・・うううッッ――ッッ・・・ぐ・・・ま、負けないッッ・・・!!」
「はあ? なんだと?!」
「ゆッ、許さないんッ・・・だからァァッ―ッッ!! お前たちだけはァッ・・・ゼッタイにィィッッ―
――ッッ!!!」
「クク、これは大したもんだ。先程まで喚いていたくせに、まだ歯向かえるとはな。それでこ
そ、嬲り甲斐があるというものだ」
屈しかけた心に、再び闘志を燃やすエスパー天使。だが久慈の狙いは無限の闘争心を桃子
から引き出すことにあった。
"普通の女子高生"を処刑したところで、なんのカタルシスが得られるものか。「正義の戦士」
を地に這わせてこそ、尊大なエクスタシーは生まれる。守るべき子供たちの目の前で、微塵に 粉砕して絶望に叩き落す。そうしてこそ、久慈の屈辱は晴れるはずであった。
絶対に負けたくない、負けるわけにはいかない・・・そう思っている光の女神を屈服させ、惨殺
することで、真の勝利を手に入れられるのだ。
「フフ、まだそんな眼ができるとはな。だが果たしていつまで我慢できるかな? どうせ貴様は
ここで死ぬのだ。意地を張らずに素直に服従するのが利口だぞ」
グイグイと電極を押し付けてくる悪鬼。小さな肢体が小刻みに震え、Tシャツが汗で透けてい
く。苦痛は明らかなのに、グッと赤い唇を噛み締めた美少女は、洩れようとする悲鳴を懸命に 堪えて押し留めている。
"ご、ごめんね、里美さん・・・あたし、たぶんここまでだよ・・・最期まで戦士にはなれなかった
ね・・・でもォ・・・せめて、この子たちだけは・・・・・・"
鎖で吊るされた無様な姿勢のまま、桃子は食い入るように見詰めるふたりの子供たちに、ま
るで拷問する久慈の姿などないように優しい瞳を向けた。
「大丈夫、だよ・・・リョウタくん、アイちゃん・・・桃子先生は、ゼンッゼン平気なんだからね・・・
心配しなくても、いいんだよ・・・」
電流放射で内臓を焼かれながら、囚われの天使はニコリと微笑んでみせた。
それはまるで、春風舞う散歩道での会釈のごとく。
「こいつ・・・」
子供たちの背後で拘束したままの神崎ちゆりが、マスカラの濃い瞳に翳を宿して細める。
崩壊寸前の肉体に電流刑は限りなく辛いはずなのに。壮絶な苦痛に悶え狂ってしまいそうな
のに。
それでも悪をせせら笑うかのようなこの女の精神力はなんなのか!
「そのへらず口、どこまで叩けるものか?!」
充血した眼を吊りあがらせた久慈が、桃子の背後からその右胸を電極で挟み込む。服が破
れたそこは、メフェレストドメの一撃を食らった箇所。火傷も痛々しい女性の急所に、高圧電流 が集中して流される。
「きゃああああああッッッ―――ッッッ?!!!」
「乳房が弾ける感覚はどうだッ、桃子ッ?! さあ、教え子の前で泣き叫んでみせろッ!」
超能力を除けば普通と変わらない女子高生。5人の守護天使のうちで、もっとも耐久力も戦
士としての素養も劣る少女。
苛烈な拷問を耐え切る心も体も持たないはずのエスパー少女は、それでも泣きそうになる子
供たちに、変わらぬ笑顔を見せ続けた。
「だッ、大丈夫ッ・・・だってばァ・・・こ、こんなのッ!・・・なんともないんだッ・・・からァッ・・・ほ
ら・・・平気、でしょォッ・・・!!」
ボトボトと滴る汗が、卵型の輪郭をつたって顎から落ちる。
平気、なはずはない。異常にビクビクと跳ねる肢体も、思わず放った絶叫も、数ヶ月前やって
きた可愛らしい先生が、凄まじい苦しみに耐えていることを教えてくれる。幼く、そして障害を背 負った子供たちにも、いや、だからこそ桃子の苦しみは悟られていた。それでも心やすらぐ笑 顔が・・・陽だまりのような優しい笑顔が、恐怖のなかで子供たちに確かな安心を与えている。
「くッ、忌々しいメスめッ・・・これでも笑っていられるかッ!」
右胸から離れた電極が、今度は美神に造られた顔を挟む。
見せつけるように・・・茶髪の上から両耳に押し当てられた円形の電極が、背後から桃子の
美貌を真っ直ぐに固定する。柔らかな微笑を崩すことない美少女。震えながら見詰めるふたり の幼児。残酷なショーの予感に、子供たちを抱えて離さない闇豹のルージュが歪む。
バチッ!! バチバチバチッッ!! バリバリィィッッ!!
可憐と美麗を兼ね備えた美貌に、電磁の嵐が放射される。
ビクッ! ビクビクビクッ!! ビクンビクンッッ!!
緊縛の白い肢体が、許容を越す電撃に痙攣する。桃子の小さな身体が焼かれる衝撃に突っ
張る。
悲鳴をあげることすらできず、悶絶のダンスを踊り続ける無惨な美戦士。ゴボゴボと吐き出さ
れる白泡が、フローリングの床を汚していく。
脳内で爆発する電撃と火花の嵐に、愛らしい少女が耐え切れるわけがなかった。顔に直接
流される高圧電流、その衝撃と苦痛は胸や四肢に流されるものとは比べ物にならない。熱した 火箸を耳から耳に通される煉獄。口腔内が破裂し、眼球の裏で火花が踊る・・・悪夢のような 錯覚のなか、華麗なエスパー天使の意識は苦しみのなか、暗黒の底に飲み込まれていく。
桃子への顔面電撃拷問は失神して尚数分に渡って続けられ、苦悶のダンスは意識を失った
あとでも止まることはなかった。吐き出す泡が枯れかけたとき、ようやく高笑いを響かせる悪魔 は電極を美少女の両耳から離す。
支えるもののなくなったアイドル少女の頭は、ゆっくりと前に倒れていった。汗か涙か鼻水か
涎か・・・透明な雫がポタポタと桃子の足元に垂れ落ちる。
「ハハハハハ、いいザマだ! くだらん意地を張るからこうなるのだ。ちゆりよ、メスブタの苦
痛に歪む顔、しっかり堪能したか?」
氷のように固まったふたりの幼児と同じく、闇豹の異名を持つコギャルの表情もまた硬直して
いた。裏世界に精通し、おおよその残酷な見物には慣れている悪女らしからぬ反応であった。 引き攣ったようなその顔が、桃子が見せた表情の凄惨さを物語っている。神崎ちゆりが圧倒さ れるほどの苦悶の表情・・・エスパー少女がいかなる形相を刻んでいたか、窺い知れる。
「・・・そうねェ〜・・・すごいもの見ちゃったあ〜・・・」
「美少女と名高い桜宮桃子の苦悶の形相・・・整っているだけに、さぞ迫力があったことだろう
な」
恐らく桃子は・・・壮絶な苦痛に美貌を鬼のように歪ませ、あらゆる液体を垂らしながら発狂
寸前の表情を子供たちに見せつけたことだろう。守りたいと願っている者に、泣き叫ぶ醜態を 晒す屈辱、無念。無惨に引き裂かれたエスパー少女の感情を思うと、自然久慈の顔に残酷な 笑みが浮かんでくる。
「自分で見てみたらァ〜。そいつ、今でも同じ顔してるよォ〜」
促されるままに、前方に回った久慈は虜囚のストレートを鷲掴んで顔を起こす。
気絶し、濡れ光る桃子の顔には、聖母マリアのごとき微笑みが刻まれたままであった。
「ぬうッッ!! このブタがァッ!!」
握った拳で脱力した美戦士の頬を、悪の王は殴りつけていた。それは癇癪を起こした子供
が、オモチャを放り投げる行為に似ていた。深いダメージを負って虚無に飲み込まれた少女の 口から、深紅の飛沫が噴射される。
顔に高圧電流を流される、残酷度極まる仕打ちを受けて尚、桃子の笑顔は一点も曇ることな
く子供たちに向けられ続けていたのだ。ただ、子供たちを安心させたい一心で。「エデン」によ り耐久力が上がっているとはいえ、電撃拷問の苦痛は到底16歳の少女に耐えられるものでは ない。発狂してもなんらおかしくない苛烈な責めなのだ。それを桃子は、耐えるどころかついに 失神するまで表情ひとつ崩さなかったのだ。
根性などという言葉ではとても追いつかぬ、その凄まじき精神力。
桜宮桃子が戦士と呼ぶにはあまりに甘すぎる精神構造の持ち主であることは、敵味方を問
わず誰もが感じていることであった。肉体的にもそこらの女子高生よりやや上かどうかという少 女は、他の聖少女たち以上に苦痛を感じているはずなのだ。どう考えても、桃子が拷問を耐え 切れるとは思えない。
だが、どうやらその認識は誤りであったことを、久慈は自覚し始めていた。
幼少より過酷な訓練をこなしてきた、あの五十嵐里美であれど、顔面への電撃を受けて耐え
抜くなどという神業ができただろうか。それをこのか弱きエスパー少女は、子供たちを安心させ たい想いだけで耐えてみせたのだ。
確かに反吐がでるほど甘い少女だが、その精神力は決して弱くはない。いや、それどころか
思念の強さが求められる超能力を操る戦士は、ルックスからは思いも寄らぬ飛び抜けた精神 力の持ち主であったのだ。
「・・・そうか・・・どうあってもこのオレに歯向かうつもりか・・・」
「まさかウサギちゃんがここまで耐えるなんてねェ〜。ちり、お〜どろいちゃったァ〜♪」
「黙れ、闇豹!」
わざとらしくはしゃぐ派手なコギャルを、黒の衣装に身を包んだ男が一喝する。プレイボーイ
と評判のヤサ男の眼は、完全に血走っていた。
「桃子を、いや、ファントムガール・サクラを本当の地獄に堕とすのは、これからだ」
荒々しく茶髪を引きずり起こしながら、復讐鬼と化した悪魔は狂気に歪んだ眼光で、瞳を閉じ
たままの敗北の美天使を睨みつけた。
全身の細胞が沸騰するような感覚に、覚醒した桃子の意識は捉えられた。
熱い。身体のあちこちがムズムズと疼く。
気のせいなどではない、内側から湧きあがる火照りを確かに少女は感じ取っていた。皮膚に
食い込む鎖の痛み。失神するまではギシギシと締め付けるその痛みが苦しみとしか感じられな かったのに、今ではなぜかむず痒い奇妙な感覚も併せ持って脳髄に迫ってくる。
「ようやくお目覚めか、雌ブタが」
吐き捨てるような憎悪の言葉が、囚われの天使の耳朶を打つ。
電流拷問の末に意識を失った桃子の肢体は、気絶前となんら変わることない姿で鎖に縛ら
れ、天井から吊るされたままであった。憎しみの視線と下卑た笑みを向ける3人の敵も、幼き ふたりの捕虜もそのまま。相変わらずの絶望的状況が続いている。
いや、今まで以上の過酷な現実が迫っていることに、だんだんと明瞭になっていく美少女の
意識は理解し始めていた。
「まさか、桃子くんがあそこまで痛みに耐えるとは思いも寄りませんでした。おかげで楽しいこ
とになりそうですがね」
ねっとりと絡みつく中年男の声がすぐ傍らから聞こえてくる。露骨に表れた喜悦の響きに、カ
リスマ美少女の奥底から不快と不安がこみ上げる。
他者を虐げることが当たり前と考え、実際にそのように生きてきた久慈仁紀と、若い乙女を
貪ることに悦びを見出す田所。己の身がどうなってしまうのか・・・電流拷問などでは終わらな い、尚続く嗜虐への予感が、桃子の心に暗い影を落とす。
美貌に挿した一瞬の翳りを変態教師は見抜いたのか。
少女に食い込んだ鎖を無理矢理、指をこじ入れて握った田所教諭は、荒々しく引っ張る。
柔肌を抉る鎖と圧迫される内臓。ギシギシと軋む骨の音を聞きながら、桃子はたまらず呻い
ていた。
「う・・・あァ・・・」
ピンクに輝く厚めの唇から洩れた己の声に、思わず桃子は動揺した。
なんて、声。
いや、声というより自然に洩れたそれは吐息に近い。しかも、ある種の感情のこもった。耳の
中で転がるようなくぐもった声は、香りでいえば甘く、色でいえばピンクであった。吐息のかかっ た弾力ある上唇が、ヒリヒリと熱い。まるで火を吐いたような熱さ。
"な、なに・・・どうしちゃったの、あたしのカラダ・・・・・・ま、まるでェ・・・"
「フン、だいぶクスリが効いてきたようだな。低脳なメスめ」
真正面に立った漆黒に身を包んだ男が、汚いモノを見る視線で見詰める。久慈の足元には
空になった注射器が5本、まるで桃子の肉体に起きた悲劇を見せつけるように転がっている。
「あ、あたひに・・・にゃにを・・・ひたのォ・・・・・・」
呂律が、回らない。
愕然とするショックが背筋を這い上がる。だが官能の霞で桃色に塗りつぶされた脳髄に寒気
は届かず、湧きあがる欲情の前に熱く蕩けていってしまう。
「マムシ、海蛇、シベリア人参、マカ、ムイラプアマ・・・世界中のありとあらゆる場所から掻き
集めた、強壮強精剤のスペシャルエキス。現実的な効果のほどは眉唾なものもあるが、計30 種類以上の精力エキスだ。瀕死のカラダも随分と元気になってくるだろう?」
薄い唇を歪ませる久慈に、白桃のごとき少女の頬は一気に紅に染まる。
だが、細胞のひとつひとつが沸騰しそうな火照りはいまや全身に広がり、美少女は己が強制
的に発情させられていることを自覚しないわけにはいかなかった。雪のような白い肌は、名前 のごとく桜色に染まっている。ドクドクという己の鼓動が、やけに大きく桃子の鼓膜に響いてく る。
「なかには寝たきりのジジイがおっ勃てたまま、三日三晩納まらなくなったなんてツワモノの成
分も入っている。貴様の若く、そして小さな肉体には効果絶大だろうな。ちなみにそのジジイ は、クスリの反動で翌日には衰弱死しちまったそうだが」
「ヒ、ヒトキ・・・あなひゃって・・・ひとはァァ・・・」
「ククク、それだけではないぞ。自分の足元をよく見てみろ」
促されるまま、桃子は整った美貌を真下に向ける。鎖によって宙に浮いた足の先、己の影が
映る床に、なにか線香の束のようなものが立てられているのを見る。
先に火のついた茶色の線香らしきものからは、白い煙がもうもうと立ち昇っていた。拘束の少
女戦士の肢体を、無臭性の煙はもう30分以上包んでいる。
「どうやらなにも気付かないうちに、たっぷりと吸ってしまったようですねえ。この『ヘブンズ・ブ
レス』の煙を」
芯から燃え上がってくる痺れるような熱さが桃子の全身に広がっていく。可憐と美麗を兼ね備
えたその美貌にクサい吐息をかけながら、えびす顔の中年男は言った。
「苦労したんですよ、こいつを手に入れるのは。噂を耳にして以来、世界中を駆け巡ってよう
やく香港で見つけることができました。このお香から出る煙は男性フェロモンとまるで同じ成分 と言われてましてねえ。1分も吸えば、異性が視界に入った瞬間、もうメロメロだそうですよ。自 然、昂ぶらずにはおられませんよねえ?」
笑いを張り付かせた脂ぎった顔を、漆黒の瞳がキッと睨む。だが、端整なゆえゾクリとするほ
どの光を放つ桃子の視線には、紛れもない官能の霞みがかかっていることを、田所は見極め ていた。
「女性は男に愛されるのが一番です。疼くでしょう、桃子くん?」
「だ、誰がァァ・・・お、おまえたひなんかにィィ・・・」
「『エデン』がなければショック死しかねない強壮剤を打たれ、雌としての本能を刺激されて
は、欲情はもはや煮えたぎっているだろう? ヤリたくて仕方あるまい。貴様のカラダはいまや 肉欲の虜だ」
表情を凍らせたまま、痩身の男は鎖の間で浮き上がった、美少女のバストを鷲掴む。
「はぐうッッ?!! きゃうううううううッッッ〜〜〜ッッッ!!!」
「弱き蛆虫のくせに、どこまでも歯向かうクズ女めッ! 電流が物足りないなら、盛りのついた
メスブタとして始末するまでだ。闇豹、この女の痴態、しっかりとガキどもに見せつけてやれ」
少し離れた場所で幼児ふたりを抑えたちゆりが、金のルージュを歪ませる。性の知識などあ
るわけもない子供たちは、再開された桃子先生への仕打ちを、恐怖のなかに不可思議の光を 浮かべた瞳で見詰めている。
「ククク、正義が悪に敗れるのと、悪に腰を振るのと・・・どちらがガキどもにはショックだろうな
あ?」
「ヒ、ヒトキ・・・ゆ、ゆるしぇない・・・こ、このォ・・・ひゃッ・・・ひゃくまァァ・・・」
「バカめ。この程度で感じてしまっている痴女になにができるッ?!」
乱暴に握っていただけの久慈の右手が、桃子の左乳房を優しく撫で上げる。羽毛でくすぐる
ような繊細なタッチで。
ジュンとくる官能の津波が胸全体を包み込み、桃子の下腹部に電撃を突き刺す。ビクンッと
反り上がった美少女の肢体は、痺れる感覚に捕らわれて突っ張った姿勢のままピクピクと硬 直する。
「どうしたッ桃子ォ?! 随分純情な反応するじゃないか。先程までの生意気ぶりはどこへい
った? それとも男に嬲られるのは気持ちよくて仕方ないかァッ?!」
「久慈くんもひとが悪いですねえ。スペシャルエキスと『ヘブンズ・ブレス』、この複合責めに感
じないなど、どんな不感症でも有り得ません。まして桃子くんはほとんど男性との経験がない様 子。どうやら以前我々に処女を散らされた以外、男を知らないようですから、怒涛のような快感 に溺れるのも無理ありません」
「ひゃッ・・・ひゃぶッッ・・・ふぇああッッ・・・うぐぐ・・・」
触れるか触れないかの優しいタッチで、悪鬼の細い指先がなだらかに盛り上がったアイドル
少女の胸を這い回る。それだけでもう、桃子はたまらなかった。火照りがもはや業火に変わ り、下腹部の内側で沸騰している。絶え間なく乳房を這う官能の刺激は、凶悪なまでに鋭く子 宮に突き刺さる。
"あああッッ・・・あ、熱いィィ・・・カラダが熱いよォォ・・・トロトロに・・・溶けちゃいそう・・・・・・こ
んな、こんなのってェェ・・・"
見た目が華やかな藤村女学園の生徒にあって、その頂点に君臨する桃子はその実、異性を
ほとんど知らない少女であった。思春期での数々の嫌な思い出のせいか、エスパー少女はい つしか男性に対して一歩引くようになっていた。性交渉などとんでもない、桃子は異性に触られ ることすら嫌悪を感じるほどなのだ。
だがそれゆえ、ウブな少女の肉体は、性的な刺激にまるで免疫がなかった。好事に長けた
淫獣たちの技は、真っ白な肢体に面白いように嵌っていく。さらに精力をクスリで極限にまで高 められ、フェロモンにより動物の本能から昂ぶりを喚起されては、いくら超能力少女が鋼鉄の 精神の持ち主であってもひとたまりもない。
"だ、ダメ・・・ダメ、耐えなきゃ・・・子供たちの前で・・・恥ずかしい姿、見せらんないよォォ・・・"
「うぐうッ・・・ひゃぶッッ・・・こ、こんなァァ・・・こんなものォォ・・・」
「カラダは正直だというのに、まだ抵抗する意志はあるようだな。だがそれでいい。ガキどもに
無惨な姿は見せられぬと気力を振り絞る貴様を堕としてこそ、オレの怒りと屈辱も晴れる。せ いぜい無様に足掻くことだ」
久慈の右手が下着を露わにした右胸の頂上へと移動する。
破れたTシャツから剥き出しになったベージュのブラを、別の生物のようにうね動く手が這い
回る。周囲から頂点に向かい、刺激を集中させるかのような愛撫。ツンと尖った小さな蕾を陵 辱鬼はギュッと摘む。
「ひぐうッッ?!!」
子宮を直撃する桃色の稲妻に、桃子の肢体は壊れそうなほど硬直する。
「喘げ、呻け! 貴様は守るべき者の前で、色情ブタと化して死んでいくのだ」
クリクリと固くなった乳首を久慈の指がこね回す。折り曲げる。押し潰す。
胸の蕾を弄られるたびに、少女の小さな肢体がビクビクと跳ねる。官能のさざ波などでは済
まぬ、強大な怒涛。ピンク色に染まった細胞がぐつぐつと沸騰し、女の蜜が全身から滲み出て くるのを桃子は自覚した。
さらに色に狂う変態教師が若い柔肌にしゃぶりつく。容赦なく雪肌を這う指。感度のいい場所
を探り当てては執拗に責める、粘着質な愛撫。ふたつの乳房を、股間の秘部を、丸みを帯び た臀部を、強く、弱く、休むことなく責め続ける無数の指。灼熱に燃える愛蜜が内なる壷から溢 れ出し、少女の脳を白く白く塗り潰していく。
"ひゃぶッ・・・ぶひぇあッ・・・ダメ・・・ダメェェ・・・あたしもうダメェェ・・・もう・・・・・・イッちゃ
う・・・・・・"
快楽の波動に全身を包まれ、桃子の意識が飲み込まれかけたその瞬間だった。
嵐のように美少女を貪っていた愛撫は、突然消え去っていた。
「も・・・桃子センセ・・・・・・?」
「せ、先生・・・だ、だいじょうぶ?・・・苦しいの・・・?」
真っ直ぐに見詰める子供たちの視線が、たぎった桃子の肢体に冷水を浴びせる。
見ている、無垢な天使たちが。
いや、見ているのではない。見させられているのだ。冷酷な悪魔たちの手によって。
「心配しなくてもだいじょうぶよォ〜。ウサギちゃんはねェ〜、苦しくなんかないの♪ むしろ気
持ちよくって悦んでるんだからァ〜!」
金髪のコギャルがケラケラと笑いながら、両脇に抱えたふたりの幼児に語りかける。
恐らく今の桃子を処刑するも、昇天させるのも、容易い作業であるだろう。しかし、久慈が求
めるものは、そんな生易しいものではなかった。もっと醜く、惨めな聖少女の姿。己の受けた苦 汁を忘れるために、久慈は憎き虜囚を心身ともに地獄に堕とさねば気が済まないのだ。
「気持ち、いいの?」
「そうよ〜。気持ちよくって、嬉しい嬉しいって叫んじゃってるのォ♪ ほら、桃子センセイに聞
いてみたらァ〜?」
快楽の余韻が残るカラダをヒクヒクと震わせながら、桃子は視点をふたりの幼子たちに合わ
せる。心配と、不安の混ざった顔。子供たちを安心させるために、笑わなきゃ。笑ってみせなき ゃ。
「だ、大丈夫・・・だよォ・・・先生は、平気だから・・・ね・・・必ず、リョウタくんもアイちゃんも助
けてあげ・・・ぎゅはあああッッ――ッッッ?!!」
止んでいた陵辱が突然再開される。
千切り取られそうな勢いでバストを潰され、桃子は雌獣のような叫びをあげていた。いったん
鎮まりかけた内圧が、またグングンと高まっていく。雪肌を摩擦されるたび、擦り込まれたピン クの熱が徐々に降り積もっていく。
「せ、先生?! が、がんばってェェ〜!」
たまらない刺激に美貌を歪ませるエスパー少女。快楽に溺れまいと必死で抵抗する形相は、
苦悶に耐える表情にも通じた。事情を知らぬ幼児の声援が、桃子の耳にも届く。
「へばあッッ!! ひゅあああッッ〜〜ッッ!! み、見ないでェェ〜! お願い、見ないでェェ
ェ〜〜ッッ!!!」
倒錯しそうな快感の渦のなかで、無垢な視線を避けようと必死で懇願する桃子。
しかし、男たちにいいように肉体を弄ばれる美少女のショッキングな映像は、子供たちの目を
釘付けにして離さない。
"ダメェェ・・・耐え切れないィィ・・・あたし・・・子供たちの前でイッて・・・"
桃子の脳裏に、愛液に沈む己の惨めな姿が思い浮かぶ。
だがついに膨れ上がった欲情が爆発する寸前、またもや淫獣どもの愛撫は中断された。
「あはアァッ!! ふぇああッッ!! ふぐうッ・・・なッ、なんでェェッッ・・・?!」
朱鷺色の厚めの唇から滝のような涎がトロトロと溢れる。魅惑的に輝く大きな瞳は光を失い、
呆けたように虚空をさ迷う。
鎖によって縛られた両脚の内側を、生温い粘液が垂れていくのを桃子は感じていた。爆発寸
前まで高揚し、欲情が高まっては中断されを繰り返すうち・・・美しき少女の肢体は、達する直 前もっとも興奮するクライマックスの状態に置かれたのだ。
"熱いィ・・・カラダが・・・ドクドクいってるぅぅ・・・蕩け・・・蕩けちゃい・・・そう・・・も、もう・・・イカ
せ・・・イカせてェェ・・・・・・"
「イキそうでイケない・・・色情を強引に高められた貴様に、この処遇は実に苦しいだろう」
「だいぶ壊れてきたようですねえ。そろそろ仕上げと参りましょうか」
下卑た笑いを張り付かせる、二匹のケダモノたち。
クスリと性戯によって肉欲の塊と化した少女戦士。容易く悦楽地獄に堕とせるはずの哀れな
天使を、悪魔どもは子供たちを利用することで、昇天間際の極限状態のまま、無理矢理にタイ トロープを渡らせたのだ。いっそ素直に快楽に堕ちれば楽になれるのに、卑劣な策略の前に 我慢せざるを得なかった桃子は、悲劇的な事態を迎えていた。
黒い男がブラ越しに尖り立った少女の乳首を口に含む。
唾液がしっとりと敏感な蕾を包む。生温かい感覚に、半失神状態に陥っていた美天使が雌犬
のような悲鳴をあげる。
「うきゃああああああッッッ――――ッッッ!!!! ひぶううッッ、ひゃめてェェェ〜〜ッ
ッ!!! くるっひゃううぅぅッッッ〜〜〜ッッッ!!!!」
「クハハハハ! どうやら感度がバカのように研ぎ澄まされたようだな! だがまだイカせは
せんぞ。押し寄せる官能の波のなか、発狂して果てるか、桃子!」
「最高の感度と美貌を持つ肉奴隷の完成です。私のコレクションのなかでも、群を抜いて素
晴らしい逸品といえましょう。実に美しく、惨めですね、桃子くん」
ヒクヒクヒクヒク・・・・・・
鎖で吊り下げられた虜の美少女は、蕩けた表情のまま痙攣し続ける。
欲情が沸点に達しながらもオルガスムスは与えられず、細胞をピンク色に燃やしたまま震え
るしかない美しきエスパー天使。涎を垂れ流し、灰色の瞳で床を見続ける無惨な少女に、変態 教師は用意していたビデオカメラ片手に近付いていく。
「いい表情ですよ、桃子くん。よがり狂うにせよ、久慈くんに首を刎ねられるにせよ、君で楽し
めるのは今日が最後です。せめてビデオでしっかり記録させてもらいますよ」
快楽に喘ぐ苦悶の表情、鎖で拘束された丸みを帯びた肢体、屹立した胸の頂点、ビリビリに
破れたTシャツから覗く下着姿、股間から垂れ流れる透明な液体・・・美少女の端整な容姿とは 対照的な惨めな姿が、舐め取るようにレンズに収められていく。それでも今の桃子には、なん の反撃も抵抗もできはしない。
やがてハゲた中年男は美少女を捕えた鎖を解き始める。
巻きつく鎖から解放された瞬間、小さな少女の肢体は、ドシャリと床に落ちた。
3種類の哄笑と子供たちの叫ぶ声が、うつ伏せのまま痙攣する白く柔らかな乙女の肉体に降
り注ぐ。一向に納まることない桃色の波動に全身を包まれ、愛らしいルックスを天から授かっ た美少女はただビクビクと震えるのみ。
「さて・・・トドメの時間といこうか」
薄ら笑いを浮かべた久慈が、ゆっくりと地に伏せる敗北の美天使に歩み寄る。
"・・・いま・・・しか・・・な・・・い・・・・・・"
トロンとした表情、濁った瞳、絶え間なく溢れる涎、疾走する快感に身悶える肢体・・・どう見て
も快楽に溺れたとしか見えぬ桃子の心に、秘められた反逆の意志がまだあったとは誰が気付 けただろうか。
"・・・子供たち・・・は・・・たすけ・・て・・・みせる・・・・・・たとえ・・・あたし・・・の・・・命・・・
と・・・・・・引き換え・・・でも・・・・・・"
暴力と陵辱で身体は指一本満足に動かせない。
救助の期待もできない状況で、処刑を逃れる可能性はほぼゼロ。
死は免れない、絶望的状況。それでも桃子は、全てを諦めてはいなかった。集中できる環境
さえ・・・超能力発動のチャンスさえあれば。無論、今の桃子の体力では、たいした「力」を発揮 することなどできない。闘うどころか、石ひとつ動かすのも難しいだろう。
だが、己の命を捨てれば。残された体力全てを振り絞り、死と引き換えに超能力を発動させれ
ば、罪もない子供たちをこの場から逃がすことぐらいはできるかもしれない。
"あたし・・・には・・・これ・・・が・・・・・・精一杯・・・・・・ダメな・・・ファントム・・・ガールで
も・・・・・・せめて・・・子供たち・・・は・・・・・・"
惨めに転がる少女の肢体。その内側で、死を覚悟した最後の超能力が高まっていく。狙いは
闇豹に抱えられたふたりの幼児。テレポーテーションで、飛ばす。できる限り、遠くへ。命の限 り、遠くへ。
"い・・・けェェ・・・・・・"
桃子のなかで、なにかが爆発しようとした、その時―――
「ふぇあああッッ?!!」
うつ伏せに転がったエスパー少女の身体がビクリと跳ね上がる。
見えない鎖に巻きつかれる感覚―――以前確かに味わった、いや、忘れることなどできない
束縛の感覚が桃子を襲うや否や、発動しかけた超能力は抑えつけられたように中断してい た。
即身仏の姿をしたミュータント・ジュバクの拘束―――
メフェレスが用意した対サクラ用の怪物。桃子の超能力を封じる、恐るべき敵がすぐ近くにい
るのだ。たぶん、壁の向こう。隣室にジュバクの人間体は待機し、いざという桃子の反撃に備 えていたのだ。
ブチブチと引き裂かれていく音を、少女戦士は心の内で聞いていた。
命を捨てる覚悟で臨んだ最後の抵抗すら通じなかった今、美少女に見える希望の灯りはな
かった。生粋の超能力者である桃子の「チカラ」を、なぜか封じ込んでしまう謎の男、ジュバク。 この男がいる限り、桃子にはもはや、一縷のチャンスも残されていない。万全の状態でも打破 するのに厄介なジュバクの封印を、疲弊し切った今の状態で打ち破るのは不可能・・・
"・・・・・・お・・・わり・・・・・・だァ・・・・・・"
「フハハハハ! 桃子よ、溜まりに溜まった愛液を存分に噴き出させてやるぞ!」
伏せ倒れた桃子のふたつのお椀を鷲掴むや、久慈は脱力状態の美天使を強引に立ち上が
らせる。背後から回った男の掌が、小ぶりだが形の良いバストに深く食い込む。
体力を奪われ、希望を失った聖少女は全体重を陵辱の掌に預けるしかなかった。柔らかな
乳房がつきたてのお餅のようにメチャメチャにこね回される。極限にまで昂ぶった肢体に、容 赦なく擦り込まれる愛撫。たぎった細胞は今にも蕩け、痺れる感覚が頭頂から爪先立った足ま でを包み込む。
「あふぇああァッッ!! くふばあアッッ!! ひゃめッ、ひゃめべえェェッッ〜〜ッッ!! イク
ぅぅッッ〜〜ッッ!! イッびゃうぅぅ〜〜〜ッッッ!!!」
「よく見ろ、ガキども! お前たちの桃子先生が、悪に堕とされる瞬間を!」
「いいイイィィィッッ―――ッッッ!! ぎひいいィィ〜〜ッッ!! み、見ないでェェッッ〜〜ッ
ッ!!! ひゃめでェェェッッ―――ッッッ!!!」
人差し指と中指で摘んだ乳首を、コリコリとこねる。掌全体で柔らかなお椀を撫で回す。
雌獣に堕ちた少女戦士に、それだけの痴虐を耐える力はなかった。
ぷっしゅううぅぅぅぅッッ〜〜〜ッッッ・・・・・・
白い稲妻に脳髄から子宮までを貫かれた瞬間、桃子の股間から聖なる噴水が激しく噴き出
す。
小さな身体の水分を、全て噴き出してしまうのではないかという凄まじい放出。ブシュブシュと
潮を吹き続ける間、天を仰いで痙攣する桃子の瞳がグルリと白目を剥く。
クレヴァスからの放射が終わると同時にガクンと垂れた美貌から、涙と涎と汗がボトボトとス
コールのように落ちていく。
「ハッハッハッハッ! 胸を揉まれただけで果ててしまうとはな! ガキどもにはしたない姿を
晒した気分はどうだ?!」
「せ、センセイ・・・・・・」
虚ろな表情のまま、あらゆる体液を垂れ流す昇天の美少女を田所のカメラが接写する。Tシ
ャツもデニムのミニスカも濡れそぼり、きめ細かい肌はベタベタと濡れ光る・・・ミス藤村と讃え られる美少女は、背徳的な美しさを放ったまま無惨な姿を晒して動かない。
それでも尚、薄笑いを貼り付けた悪鬼は、マシュマロのような少女の隆起を揉みしだき続け
ている。
「ククク、まだだ桃子。貴様は発狂死するまで犯し尽くしてくれる。気持ちいいか? 気持ちい
いといってみろ!」
醜く笑った変態教師の構えたビデオカメラが、ビチョビチョに濡れた美少女のマスクをアップ
で映し撮る。虚空を見詰める大きな瞳には涙が溢れ、半開きになったままの朱鷺色の唇から は、透明な涎がトロトロとこぼれ続ける。
達したはずの桃子の芯には、すぐに新たな炎が燃え始めていた。悪魔的な強壮エキスと本
能をくすぐる媚香によって、少女の性欲は完全に狂わされていた。一瞬の達成感も虚しく、新 たに湧きあがる嵐のような疼きに、細胞が桃色に燃え上がっていく。
「ひぶあッ・・・んぶッ・・・んああああッッ・・・ひゃ、ひゃめでェェッッ・・・もうゆるじでェェェッッ〜
〜ッッ・・・揉まないッ・・・でェェ〜〜・・・」
「あはは♪ どうやらあんたたちの大好きな桃子センセイもオシマイみた〜い。悪党に懇願し
始めちゃったァ〜〜」
ニヤリと唇を吊りあがらせた久慈が、緩慢に白い手足を揺らす少女を放り投げる。投げ捨て
られた桃子の肢体が、己の噴いた潮の海にバチャリと沈む。
仰向けに蹴り転がした陵辱少女の両腕を久慈が、両足首を田所が踏みつける。抵抗する力
などとっくに失った桃子の小さな身体は、大の字で床に縫い付けられた。
「おいガキども。命が欲しければ、この女の乳房と股間を舐めろ」
悪魔の命令に、蕩けきった桃子の脳が慄然とする。
「うぅッ・・・あ・・・悪魔ァ!・・やめ・・・やめさせてェェッッ!!」
ブンブンとかぶりを振る美少女に、久慈は心底愉快そうな表情を見せるだけだった。中年男
が嬉々として泣きそうな桃子の顔を撮影する。
オルガスムスを迎える痴態を見せつけるだけでは飽き足らず、漆黒の悪魔は子供たち自身
に桃子を絶頂に導かせるつもりなのだ。それは正義の守護天使にとってもっとも屈辱的であ り、子供たちにトラウマとして深く傷を残す所業であった。教え子たちを守るため、命すら賭け ようとした桃子にとっては、いくつもの意味でどんな拷問より過酷な処罰――
「早く行ったらあ〜。ホントに死ぬよ〜、あんたら。大丈夫、桃子センセイは喜ぶだけさあ。や
さ〜しく、ていね〜いに舐めてあげなよォ〜♪」
闇豹に突き飛ばされた子供たちが、よろよろと踏み敷かれた桃子の身体にぶつかって重な
り倒れる。性の知識のない幼児たちは、命令の意図がわからずただおろおろとするばかり。
「さあ、やれ。メスブタを泣き喚かせるのだ」
愛刀を取り出した久慈が、Tシャツの左胸とデニムの股間部分に白刃を走らせる。
腕は確かな柳生剣の達人に切り裂かれた衣服からは、桃のような乳房と薄い茂みに覆われ
た秘所とがまろびでる。
悪党たちの真意を知らぬふたりの幼児は、それゆえ抵抗も薄かった。不気味に光る日本刀
を目の当たりにし、圧倒的な悪意を浴びた子供たちに、命令に背く選択肢は有り得なかった。
おずおずと大の字に寝る美しい少女に覆いかぶさった子供たちは、白い稜線の頂点にある
小さな突起と、股間の茂みの奥にある赤いクレヴァスとに舌を伸ばす。
「ひィううううぅぅッッ〜〜〜ッッッ!!!」
滑らかな幼児の舌の感触に、桃子は獣のような甲高い絶叫を放っていた。
「ワッハッハッハッハッ! よし、いいぞ! 乳首を舐めまわしてやるんだ。ママのおっぱいの
ように、吸って噛んで口の中で転がしてやるんだ。股間は全体を舐めるんだ。ケツの穴からそ の上の突起までをな。舌を奥に挿し入れろ。溢れる蜜を全て吸い取ってやれ」
ピチャピチャ、ジュバアッ!ぶちゅ、クチュクチュ、ズバアッ!ちゅぼッ、ペロペロペロ・・・
純粋な子供たちは言いなり通りに桃子の肢体を舐め犯す。生温かく柔らかな幼児の舌は、ま
るで蛭が吸い付いているような艶かしい刺激であった。絶妙な弾力と無垢ゆえの繊細なタッチ は、オトナがする以上の快感を肉奴隷と化した桃子に引き起こす。
「ふぎゃふううぅぅッッ〜〜〜ッッッ!!! ひゃめべええェェェ〜〜ッッッ!!! くっるっびゃ
ううぅぅッッ―――ッッッ!!! おかひくなふううぅぅッッ―――ッッッ!!!」
狂ったように絶叫する桃子。だが、踏みつけられた身体はもはや痙攣が精一杯で、幼児によ
る責めから逃れることは、1mmたりとてできない。
尖り立った乳首を、愛蜜溢れる秘園を、無知ゆえに容赦ない幼き舌は、びちゃびちゃと一心
不乱に責め続ける。
「もうらめええェェ〜〜〜ッッッ!!! あらひらめへええェェェ〜〜〜ッッッ!!! イフうぅッ
ッ、イフうぅッッ、こわれひゃふううぅぅッッ―――ッッッ!!!!」
ブッシュウウウウウウッッッ―――ッッッ!!!・・・・・・
一度目と変わりない大量の液が、絶頂とともに美少女の股間から噴射される。
教え子でもある子供たちに、イカされてしまった無惨な少女・・・ヒクヒクと桃色に染まった肢体
を震わせていた桃子は、やがてコトリと蕩けきった美貌を横に傾ける。なにも映していない見開 いた瞳から、大粒の雫がスウっと流れ落ちる。
「ワハハハハハ! 桜宮桃子は終わった! 正義の守護天使を、このオレ様が破壊したの
だ! オレこそが覇者となるに相応しい男なのだ!」
尊大な哄笑が、潮にまみれた少女に降り注ぐ。
悦楽地獄に堕ちた桃子には、もはやなにも聞こえてはいなかった。
ファントムガール・サクラこと桜宮桃子が失踪してから12時間後のこと――
五十嵐家のパソコンに動画付きのメールが届いたのは、ちょうど桃子捜索に手間取った守
護天使たちが、いったん作戦室に集合したときだった。差出人は「たけのこ園」。桃子のバイト 先からのメールに、予感めいたものを感じたメンバーは無題のファイルをすぐに開ける。
パソコンのスクリーンが映し出したものは、陵辱の限りを尽くされる、桜宮桃子そのひとの姿
であった。
汗と涙と涎、そして信じられない量の愛液・・・聖少女たちのなかでももっとも可憐な容姿を誇
る少女は、ボロボロの衣服に身を包んだままあらゆる体液で濡れ光っていた。胸を揉まれるた び、股間を摩擦されるたびに、犬のように甲高く咆哮するミス藤村。茶髪や雪肌にこびりついた 白い飛沫が、精液であることはすぐに見当がついた。
騎乗位でハゲた中年男に貫かれる桃子。助けを請う少女が泡を噴いて失神するまで、何度
も何度も同じ姿勢で昇天を繰り返される。
茶髪を掴まれた桃子は、久慈のモノを膝立ちの状態で咥えさせられる。尽きることない劣情
を、好色のヤサ男は美少女の口腔に放射し続ける。嚥下を拒む桃子の口腔に白濁液は満 ち、やがて逆流したザーメンは美少女の高い鼻と厚めの唇の端から洩れ出てくる。
肉奴隷という呼び名通りに、オモチャのように桃子は犯され続けていた。
哀願し、絶叫し、雌獣のように嬌声をあげながら・・・それでも久慈への服従の言葉だけは最
後まで言わなかった少女は、己のあらゆる体液と淫獣たちの精子の海に沈んで死んだように 動かなくなった。
里美たちが「たけのこ園」に急行したとき、そこには当然のように、すでに悪魔たちの姿はな
かった。
いたのは縄で縛られた、人質であったらしきふたりの幼児。そして。
汚物のようにドロドロに濡れ汚れた瀕死の桜宮桃子は、園内の生ゴミ置き場のゴミ山のなか
に、乳房と秘部とを剥き出しにした状態で捨てられていた。
口と鼻、茂みの奥の谷間からは、陵辱の残滓が白い糸を引いて、土の地面に落ちていった。
5
「どこへ行くつもりなの?」
まだ強さを残した陽射しが木々の緑に跳ね返る、五十嵐邸の庭園。
敷き詰められた白石の先には、西洋建築を象徴するような鋼鉄製の門扉があった。正門よ
りやや小さい造りのそれは、五十嵐家の裏門。白い小道は、瀟洒なお屋敷から門の外にまで 曲がりくねりながら続いている。芝生のキャンバスに描かれた、白と緑のコントラスト。夏の陽 光に浮かび上がった絵画のなかに、藤木七菜江は立っていた。
優しく、だが毅然とした声の呼び掛けに、ショートカットを揺らして少女は振り返る。
深く、憂いを帯びた漆黒の瞳が、本来は元気が売りの少女を待っていた。
「里美さん・・・」
「ナナちゃんは、本当にわかりやすいコよね」
静寂が、タイプの違うふたりの美少女に訪れる。間をすり抜ける爽やかな風が、少し茶色の
はいった長い髪と、黒のショートを優しく撫でていく。
俯き加減のアスリート少女は、桜のような唇を噛み締めたまま動かなかった。全てを見透か
すような切れ長の瞳の前で、言葉がでてこない。際限ない慈愛と、強い意志を秘めた瞳。同姓 から見ても酔うほどの美しさと凛々しさを兼ね備えた令嬢に見詰められ、七菜江は己が圧倒的 な雰囲気に飲まれていくのを自覚した。
「あ、あの・・・その・・・」
「まずはその、握った拳をほどいたら?」
無意識の内に気負っていた事実を指摘され、七菜江は慌てて肩の力を抜く。
「ダメよ、ナナちゃん」
五十嵐里美の台詞は、ズバリと七菜江の懐を抉った。
「ひとりでは、行かせないわ。久慈仁紀と、いいえ、魔人メフェレスと決着をつけるのは私がし
なければいけないこと。ナナちゃんひとりを闘いにいかせは、しない」
「で、でもッ! モモがあんなことになったのは、あたしに責任があるからッ・・・」
顔をあげた少女の吊り気味の瞳は、怒りと哀しみに揺れていた。
「あたしがもっと早く、助けに向かっていたら・・・あんな・・・あんな酷い目にモモが遭うことはな
かった! あたしのせいでモモは・・・」
「それは違うわ。あの時ナナちゃんがどれだけ早く現場に急行したとしても、恐らく結果は変
わらなかったと思う。敵は桃子を倒すために、はじめから周到な罠を用意していた。サクラに変 身する前から、すでに勝負は決まっていたのよ」
ファントムガール・サクラが公開処刑同然に敗れ、汚辱され切った桜宮桃子が発見されてか
ら2日が過ぎていた。
容姿に敏感な女子高生たちが一様に憧れるカリスマ的美少女は、穴という穴に異臭漂う白
濁液を詰められ、あらゆる己の体液で薄汚れた、見るも無惨な姿で救出された。死という最悪 のケースも十分に予想されたなか、肉体的なダメージは見た目の凄惨さほど酷くなかったのは 不幸中の幸いだったが、目を閉じたままの桃子はいまだに意識を取り戻してはいなかった。
いや、眠ったままの今のほうが、ことによると幸せなのかもしれない。
もし意識と同時に地獄のような陵辱の記憶が蘇れば・・・桃子が以前と同じ桃子でいられる保
証はなかった。精神的ショックがいかなる影響を及ぼしているのか、残酷な予感に襲われ、想 像することさえためらわれる。
「子供たちを人質に取られ、複数の敵が待つなかに誘い出されれば、力無きひとたちを助け
るために生きているような優しい桃子に反撃などできるわけがない。加えてジュバクと名乗るミ イラのミュータント・・・桃子と同等の力を持つエスパーがいるなんて思えないのだけれど、奴が サクラのチカラを封じ込めていたのは疑いようがないわ」
「ッントに・・・卑怯なヤツらッ!」
噛み締める唇から血が滲む。今にも駆け出しそうな七菜江の腕を、水仙のような少女はそっ
と押さえた。
「そうよ。卑怯なヤツら。でも私たちがしている闘いはそういうものだって、もうナナちゃんも気
付いているでしょ?」
静寂に沈む湖底のような。どこまでも深い切れ長の瞳が、ある意志を込めて勝ち気な瞳を射
抜く。アスリート少女は、もう気圧されはしなかった。
静かな、だが力強い里美の宣言が、蝉の声の合間に響く。
「ヤツらを、倒しに行くわ」
ショートカットがコクリと縦に揺れる。
「久慈はどんな手段を使ってでも私たちを抹殺しようとしている。ならばこちらも、全力で立ち
向かわなければならない。アジトに乗り込み、殲滅するほどの気持ちで」
「もう我慢できないよ。モモの仇は、あたしが取る」
ふたりの美少女は、世界でもっとも信頼するパートナーを互いに見詰めた。
魔人の正体を悟っても、積極的に聖少女たちが闘いを仕掛けることはこれまでになかった。
巨大な戦闘は被害も大きい。また、平和に時が進むのならば、守護天使にとってはなによりの ことだ。後手に回る不利は否めないが、それを差し引いてでも守備に重きを置いたのはそのた めだった。
だが、もっとも闘いを嫌う優しいエスパー少女への無慈悲な仕打ちが、少女戦士たちの制御
心を完全に取り払っていた。許せない。許せなかった。単純といわれる七菜江だけではない、 冷静な判断力を誇るはずの里美ですら、燃え上がった炎を抑える術を知らなかった。
恐らく桃子は、ふたりの子供たちを守りたい一心で、己の身を悪魔どもに捧げたのだろう。
その結果、衆人環視のなか悲痛な絶叫をあげ、守るべき者の前で恥辱にまみれた姿を晒す
ことになっても。我が身をボロ雑巾のように汚されながら、ただ守るべき者のために、サクラは 散ったのだ。
今、乗り込むことで勝利の確証はないことを里美は知っていた。それでも桃子のことを思え
ば、向かわずにはいられなかった。
誰よりも屈辱を晴らしたいのは桃子自身であることを七菜江はわかっていた。それでも握っ
た拳は思い切り振り下ろさねば、渦巻く怒りは納まりそうになかった。
「覚悟はできてる? ナナちゃん」
「もちろんです。何人が相手でも、この手で必ず・・・」
「サクラにも勝利の可能性はゼロではなかった。あのとき、『デス』を繰り出すのを躊躇わなけ
れば、魔人メフェレスは今頃地獄の底だったかもしれないわ。桃子の優しさが最期まで彼女の ネックになってしまった・・・」
「・・・里美さん」
しばしの沈黙のあと、七菜江は心の底につっかかっていた想いを口にする。
「モモはもう・・・闘えないのかな・・・?」
「それは、わからないわ。でも、私たちが強制的にあのコを闘わせるわけにはいかない。決
めるのはあくまであのコ自身よ。もし・・・桃子が私たちと離れることを決めたのなら、笑顔で送 り出さなきゃ、って思ってる」
「もし、もしも、モモが私たちと一緒に闘いたいって言ってきたら、一緒に連れて行きます
か?・・・」
心に受けた深い傷は自分の手でなければ癒せないことを、本当に闘わねばならないのは誰
であるかを、己自身苦い経験を持つ里美にも当然わかっていた。
しかし、一瞬月のような美貌を曇らせたくノ一戦士は、フルフルと首を横に振る。
「残念だけれど、この闘いには桃子を連れて行くことはできないわ」
「それはやっぱりケガが・・・」
「ううん。それよりもあのジュバクがいる限り、サクラはまともに闘うことはできない。私が見る
限りサクラにとっては天敵のような相手よ。メフェレスが本気でサクラを抹殺するために用意し た、恐ろしい刺客だわ。どういう風回しだったのかわからないけれど・・・桃子が殺されていなか ったのは、奇跡のような話よ」
穏やかではあるが迷いのない生徒会長の言葉に、ある程度予測していつつも太陽のような
少女は眉を曇らせて押し黙る。
悪魔の仕打ちを受けて尚、優しきエスパー少女が戦士であることを選ぶのか、里美にも七菜
江にもわからなかった。超能力という神から与えられた異能さえなければ、桃子は普通に渋谷 を歩く女子高生となんら変わりない少女なのだ。獣どもに嬲られ、魂ごと穢されて、それでもま た立ち上がることを期待するのはあまりに酷な話かもしれない。しかし、もし桃子が守護天使 の道を全うしようというのなら、敗北を喫した敵には、自らの手でケジメをつけるのが理想的と いえた。事実、七菜江もユリも夕子も、そして里美自身も、苦杯を舐めた仇敵には己の手でリ ベンジを果たしている。
だが・・・今回ばかりはそうもいかないことを、分析に疎い天然少女も薄々覚悟していた。
本当ならば、桃子自身の手で恥辱に貶めた宿敵を倒して欲しい。そう願いつつも、桃子=サ
クラがあのジュバクに勝てるとは到底思えなかった。何度闘っても、人質などいなくても、サクラ はミイラの怪物に勝てない・・・戦士としてのカンが鋭く七菜江の胸に突き刺さってくる。
桃子抹殺を前提としていたはずの久慈が、なぜ瀕死の少女を生かしたまま放置したのかは
謎だが、命があっただけ幸運と思わねばならないのかもしれぬ。それほど今回の敵ジュバク は、超能力戦士にとっては分の悪い相手に思えた。
「・・・ユリちゃん?」
突然屋敷から飛び出してきた華奢な少女が、一直線にこちらに向かってくる。全速力で駆け
てくる武道少女のただならぬ様子に、会話を中断した里美は西条ユリが駆けつけるのを待っ た。
「どうしたの?」
「さ、里美さん・・・大変です・・・」
呼吸法の上手い天才柔術少女が、ハアハアと荒い息を吐きながら言葉を搾り出す。起こった
事態の切迫さが自然里美にも七菜江にも伝わってくる。
「何か、あったのね?」
鋭さを増した視線で愛らしい年下の少女を見詰めながら、くノ一戦士は静かな声で訊いた。
「あの・・・桃子さんが・・・」
「桃子が?!」
「いなく・・・なりました」
巨大生物が出現し被害がでた後の街は、約数週間から数ヶ月の間、封鎖されるのが通例で
あった。
当初は半年以上あった封鎖期間も、ミュータント出現の恒常化と早期の復旧作業が可能に
なったことに伴って、徐々に短縮されていった。それでも再度の襲来と安全の確保に備えて、 ある程度の期間、一定区域は立ち入り禁止になる。
つい2日前に魔人メフェレスが現れ、惨劇の場となった「たけのこ園」を含めた東区の一角
に、いないはずの人影があった。
己の小さな身体を抱きしめ、ズルズルと両脚を引き摺るようにして、ひとりの少女が無人のア
スファルトを歩いている。
女子大生やOLに人気の高い茶髪のストレートが、欠点ひとつない美貌の上に乗っている。
モデル雑誌から飛び出てきたような美少女は、傍目からの外傷は見受けられないが、苦悶に も近いような疲弊が色濃い。白い頬を流れる汗は、照りつける夏の陽射しのせいだけとは思え なかった。白の半袖シャツに、赤いネクタイ。バーバリーちっくなクリーム色のフレアミニは藤村 女学園の制服である。封鎖された無人の街に、フラつき歩く美貌の女子高生は、明らかな異 彩を放っていた。
少女の右手には女子高生必須アイテムの携帯電話が握られていた。防衛庁のトップレベル
しか使用できない特別回線にも繋がるその携帯の液晶には、時間と場所を示す言葉、それに 『決着』の文字が躍っている。約束の場所に向かって、少女は今、万全ではない肢体を必死に 動かしているところであった。
「わかってないな」
突然降りかかった声に、カリスマモデルにもひけを取らぬ美少女はビクリと身を固くする。
「里美も七菜江もあんたのこと、わかってそうで理解してないのよね。桜宮桃子は必ずここに
やってくるって、思っていたわ」
曲がり角の先から聞こえてくる声と気配。反射的に桃子は、瞬時に「チカラ」を発動できるよう
集中力を高めていく。スニーカーの音を響かせながら、ゆっくりと声の主はその姿を現した。
「ゆ、夕子ォッ?!」
「どんな酷い目に遭っても、桜宮桃子は苦しみから逃げたりはしない。見た目からは想像もつ
かないほどの、優しくて強い少女よ。そうでしょ、桃子」
赤いツインテールが八月の陽光に鮮やかに浮かぶ。時にクールと称される理系少女は、落
ち着いた光を湛えた垂れがちな瞳で親友を見詰めた。
「け、ケガはもういいのォ?! 大丈夫なの?」
「・・・ったく、そんなことより自分の心配したら? 今のあんたの方がよっぽど重傷でしょうに」
淡いグリーンのシャツに隠された腹部をそっと霧澤夕子は触る。巻かれたままの包帯の感触
が、綿の生地越しに細い指に伝わってきた。
「闘うつもりね? あいつと。その身体で」
桜の花弁に似た唇を、ギュッと桃子は閉じた。コクリと頷く。その表情には、完膚なきまでに
敗れ去り、焼け付く情欲に喘ぎ喚いた、無惨な性奴隷の影は無い。
「あいつは・・・ヒトキだけは、あたしが倒す。どんだけむちゃくちゃにやられたって、ゼッタイに
負けたりなんか、しないよ」
「最初に確認しておくわ。手助けした方がいい? 手は出さない方がいい?」
「夕子は・・・黙ってみててくれればいいよ」
躊躇無く、アイドル少女は言い切った。
「メフェレスは正々堂々と闘うようなヤツじゃないわ。『闇豹』もいれば、タコオヤジも、あのジ
ュバクもいる。それでもひとりでいいって言うのね?」
「うん」
「勝てるの?」
「・・・わかんない。ダメかもしんない。でも、勝てるから闘うわけじゃないよ。許せないから闘う
の。恐いけど・・・死んじゃうかもしんないけど・・・あいつだけは許せないから、あたし、どうなっ ても闘うよ」
毅然として言い放つ美貌の少女は、紛れもなく戦士であった。
溜め息をひとつ、深く吐いたクールな少女は、茶髪の少女に歩み寄る。
「できれば、嘘でもいいから『勝つ』って言って、私を安心させて欲しかったんだけどね」
「あ・・・ごっめん・・・」
「いいわ。あなたのそういう正直なところ、嫌いじゃないから。でも」
赤髪の少女は、自分よりわずかに背の低い桃子の身体を、ギュッと抱きしめた。
「本当に死んだりなんかしたら、許さないから。あんたみたいなカワイイ子、死んでいいわけ
がない」
「・・・アリガト」
そっとエスパー少女の腕も、夕子の身体を抱き返す。互いに心のどこかに開いていた穴が、
なんだか塞がっていくような気がした。
「思い切り闘ってきて。メフェレスには私も借りがあるけど、桃子に任せるわ」
「うん。大丈夫、あたし頭よくないけど、勝算がゼロで闘うほどバカじゃないからさァ。純粋に
超能力のパワーだったら、あのミイラの化け物よりあたしの方が上だと思うし、ヒトキにももう遠 慮はしないから。この前は怒りのエネルギーが足りなかったんだと思う。怒っているはずなの に、憎いはずなのにどこかで遠慮してるから負けたんだと思う。何度も同じ失敗繰り返すけど、 あれだけのことされたんだもん。もう情けはかけないよ」
開きかけた夕子の唇から、台詞は出てこなかった。何かを言わんとする友の手を優しくほど
き、くるりとエスパー天使は振り返る。
「じゃあ・・・行ってくるね」
走り去る美天使の背中を、サイボーグ少女は静かに見送るしかなかった。
「どういうことか、説明してもらおうか?」
『たけのこ園』の一室、レクレーションルームに鋭い男の声が流れる。
背中を向けた闇豹・神崎ちゆりはマニキュアの手入れをしながらふぁと大きなアクビをつい
て、詰問する久慈仁紀に答えた。
「なによ〜、ウザイなぁ〜〜」
「オレはあの女を殺せ、と命じたはずだ。トドメは私に任せろ、というから首を刎ねる楽しみを
諦めたというのに・・・なぜ生かしておいた?」
「ウサギちゃんなんていつでも殺れるでしょォ〜。惨めな姿を里美とかに見せ付けてやったほ
うが、ずっとオモシロいじゃな〜〜い」
血走った眼で今にも愛刀を取り出しそうな久慈に対し、裏世界を牛耳る女帝は茶化すように
のんびりと振舞う。少し離れた位置から小太りの中年教師が、そ知らぬ顔をしながらチラチラと ふたりの様子を覗き見している。
「バカが。ファントムガールどもを地獄に送ってこそ、このオレの屈辱は晴れるのだ! ヤツ
らを葬るチャンスをみすみす逃すとは・・・『闇豹』、まさか貴様、あのエスパーに情が湧いたの ではないだろうな?!」
「あはははは! そんなわけないでしょォ〜〜。カリカリしないでも、すぐにウサギちゃんは殺
せるじゃな〜い。わざわざあっちからやって来てくれるんだからさァ。今度こそあんたの手で始 末してやったらァ〜?」
「・・・『闇豹』・・・貴様、またあの時と同じ目に遭いたいのか?」
マスカラの濃い大きな眼が、わずかに細まる。
濃密に漂い出した緊迫の空気に、知らず中年教師の足は数歩後退していた。
「く、久慈くん。そろそろ桃子くんが現れる頃です。我々も約束の場所に向かわないと・・・」
「・・・フン。まあいい。話の続きは死にぞこないのメスブタを処理してからだ。田所センセ、あ
んたは闇豹と一緒に五十嵐里美の邸宅に向かってくれ。なに、本気で闘うわけじゃない。邪魔 が入らないよう足止めしてくれれば十分だ。今度こそ確実に、ファントムガール・サクラを抹殺 せねばな」
「そ、それは構いませんが・・・しかし、彼女ら全員の足止めをするのは難しいですぞ。時間を
稼ぐにしても、それほど長くは・・・」
「なに、構わんさ」
背中に隠し持った日本刀を瞬時に右手に移した柳生剣の後継者は、神速のスピードで剣を
振る。
失った自信を取り戻しつつある男の一撃は、フローリングの床をパクリと切り裂いた。
「オレとジュバクがいれば、サクラ抹殺に10分もいらん。民衆が見守るなかで、今度こそ正
真正銘、処刑してくれるわ。いくぞ、ジュバク」
レクレーション室の隣室で、黒い澱みのごとき空気がゾワリと蠢いた。
惨劇の記憶新しい情景が、再び東区の一角に展開されていた。
遠目にも可憐な銀と桃色の美天使と、青銅の鎧を纏った三日月に笑う悪鬼。そして大地に坐
して動かない、濃緑のケープに身を包んだ骸骨。
立ち入り禁止区域に現れた3体の巨大生物。つい2日前に繰り広げられた正邪の死闘が、
再度始まろうとしている。いや、死闘と呼ぶにはあまりに掛け離れた、一方的なリンチ処刑。も はや死滅したかと思われたピンクの守護天使・ファントムガール・サクラは、不屈の闘志を伴っ て絶望に沈む人々の前に再降臨していた。
「生きていたんだ、ピンクのファントムガール・・・」
「でもダメだ、あのファントムガールではあいつらに勝てないぞ。殺されるだけだ」
「ううん、今度こそ勝ってくれるわ。きっとそうよ!」
口々に湧きあがる想いをまくしたてながら、観衆と化した住民らが巨大な聖戦を見守る。彼ら
にできることは、ただ祈るだけ、願うだけであった。そのほとんどの者が、9割の不安と1割の 希望を胸に秘めて。
「どこまでもバカなメスだ。拾った命、大事にすればいいものを・・・このオレと決着をつけよう
などとはな」
桃子から突然送られたメールの内容を思い返し、青銅の魔人は不快に苛立ちつつも、嗜虐
の予感に駆られて笑う。飛んで火に入る・・・とはまさにこのこと。仕留め損ねた獲物が、まさか 自分から来てくれるとは。ライオンに向かってくるウサギを見る思いで、尊大な悪鬼は銀色の 女性らしいフォルムを凝視する。
「貴様とオレでは元からの実力が段違いだ。加えてジュバクの存在。そして回復しきっていな
い肉体。貴様の勝利など、一厘の可能性すらないわ。それとも・・・クク、快楽のショックに耐え かねて、あえて殺されにきたのか?」
己の肉棒で貫くたび、陸上の鯉のごとく悶え踊る桃子の乱れぶりと、娼婦のように高く低く喘
ぎ泣く嬌声を思い出して、黄金のマスクが淫靡に歪む。
喜悦に笑いかけたメフェレスの仮面は、正面の美天使を見た瞬間凍りついた。
凄まじい、形相。
可憐と美麗を併せ持った美貌が、無言のまま三日月に笑う悪鬼を睨みつけている。正確に
はその表情は無表情。だが、内に秘めた圧倒的な青い炎が、稀代の悪党を凌駕する。般若よ りも、魔女よりも、遥かに心臓を震え上がらせる、完璧なる超美貌。美しく愛らしいが故に、サ クラの凍える美貌に秘めた怒りは、誰よりも圧倒的であった。
蘇る。電気拷問の果て、最後まで屈せずに浮かび続けた笑顔が。
己より遥かに弱く、甘ったれた精神を持つはずの少女が見せる迫力・・・得体の知れない迫
力に、魔人は無自覚のうちに気圧されていた。
「性奴隷の分際でッッ・・・舐めるなァッ!!」
青銅の右手から同色の魔剣が生える。一気に。
瞬時に妖刀を手にした剣の達人は、無防備に佇む桃色の天使に向かって、大上段から真っ
二つにせんと襲い掛かる。
ドドドドドドンンンンッッッ・・・!!!
「・・・・・・"ブラスター"・・・」
爆発自体を思い浮かべ、敵を直接爆破する超能力技、ブラスター。
無数の火花に包まれた青銅の鎧が、爆発の勢いで後方へ吹き飛ぶ。白煙に混じって宙を飛
ぶのは、メフェレスが吐き出した赤い鮮血。
「ぐはアッッ!!・・・なッ、なんだ、とォォッッ!!」
巨大な魔人が地に落ちる。震動が封鎖区域一帯を揺らす。
爆発のイメージを直接思い浮かべるブラスターは、絶対不可避ではあるがサクラの技のなか
でも威力は小さい。前回の対決で体験済みのメフェレス自身、その効果のほどはよく理解して いる、はずだった。
「ぐうッ、ぐ・・・な、なぜだ・・・いまだ万全でないはずの身体で、なぜ遥かに威力があがってい
るのだ・・・」
肉体以上に負った精神的ダメージで、緩慢に立ち上がる魔人に大きな隙ができる。
サクラの銀色の腕が真横に伸びる。大きく広がった両手の先から放たれた黄色の光は、美
天使の胸の前で絡まりあい、収束し、螺旋を描きながら長く伸びていく。
サイコエネルギーを発動するサクラの脳裏に描かれたもの、それは鋭く尖った槍のごときネ
ジであった。
「"ストリーム"!!」
ギュルギュルと回転する光のドリルが、轟音を伴って発射される。
空気を切り裂き、陽光を跳ね飛ばし、旋回しながら突き進む光のスクリュードライバー。巻き
込む渦で景色が歪む。旋風が荒れ踊る。
魔人の鎧に風穴を開ける、と思われた瞬間、裂帛の気合を振り絞った魔剣の使い手は、巨
大なネジを下から浮き上がった神速の剣戟で弾き飛ばしていた。
「グオオオオッッーーッッ!! 舐めるなァッ、蛆虫がァァッッ!!」
両手に残る痺れが悪鬼の背中に戦慄と憤怒を駆け登らせる。十分すぎる手応えが、目前の
敵の実力を雄弁に物語っていた。この女、本気だ。全力でオレを倒しにきている!
「・・・許さない・・・」
銀と桃色の女神が、ポツリと呟く。静かに。だが鮮明に。
「なん・・・だとオッッ?!」
「何度も何度も容赦しないって決めて・・・でもどこかで甘さが消えなくて・・・あたしはあなたに
いいようにやられてた・・・けど、もうためらったりしない! この怒りをぶつけて、あたしはあな たをゼッタイに倒す!」
前回の闘いは、確かに手も足も出ない完敗だった。同じ状況でサクラが何度立ち向かおう
と、運命の女神がどれだけ追い風を吹き付けてくれようと、100回闘っても美少女戦士は勝利 を収めることなどできなかったであろう。
だがそれをもって、今回も同結果になると考えていいものかどうか?
根本的に、サクラが敗れたのは人質を取られていたという要素が大きい。そして決して万全
でない体調とはいえ、エスパー能力を駆使する少女戦士にとって、重要なのは体力よりも精神 力――
"怒りのパワーを・・・これまでの怒りをチカラに変えるんだ! 怒りが足りないから、甘さが出
ちゃうから、これまでみんなにメイワクかけてきた・・・もっと怒りをチカラにすれば、きっとこいつ らにも勝つことができるッ!"
親友である夕子を傷つけられ。罠にかけられリンチを受け。反撃できないのをいいことに多く
の人々の前でボロボロにされ。挙句の果てに、子供たちの前で痴態をさらされて。
もう、あたしは十二分にめちゃくちゃにされてきた。怒ってもいい。怒りをぶつけてもいいはず
だ。死ぬほど痛めつけられ、オモチャのように嬲られて、ゴミとして捨てられたこの怒り・・・この 怒りを晴らすため、あたしはヒトキを葬ってみせる!
"怒れ! 怒れ! 怒れ! 今までよりも強く、激しく! 怒りのパワーを燃やすんだ!"
「ぅぁあああアアアアッッ―――ッッッ!!!」
鈴のごときエスパー天使の声が、咆哮となって入道雲沸き立つ空に轟く。
少女のあどけなさを残した丸みある肢体が銀色に輝く。皮膚の反射ではない、内側からの発
光。元からの性質が近いとされる超能力と聖なる光。エスパー戦士のサイコエネルギーの昂ぶ りに呼応して、正義の光がサクラの体内で沸騰している。
だが。
攻勢に出ようと美天使が一歩前に踏み出た、その時であった。
ギャランッッ!! という異世界の共鳴を思わす奇音がこだまするや、サクラの周囲を緑色
の光輪が幾重にも囲む。
間一髪、であった。光輪が美戦士の肢体を締め付けるより速く、桃色の少女はあらん限りの
筋力を振り絞り、横跳びに脱出する。
「ジュ、ジュバク!」
ウオオオオオオオオ・・・・・・
言葉もない、動きもない、ただ真っ暗な眼窩から不気味な風を噴き出す即身仏のミュータン
ト。真空の眼が光の天使を見詰めて語る。
オマエハ、ワガテノウチダ・・・と。
"そうだ・・・こいつを、こいつをなんとかしないとォ! あのヘンな輪はいきなり現れる・・・まる
で超能力みたいに。でもどうしてェ?! エスパーがそんなにいるわけないのに・・・"
「調子に乗りやがって、死に掛けのメスブタがァッッ!!」
桃色天使の大きな瞳の隅に、右手を突き出した青銅の悪魔の姿が映る。
聖なる光の対を成す光線、負に満ち満ちた暗黒光線。体勢を崩したサクラに向かって、一直
線に漆黒のビームが伸びていく。
風切る光線の速度に、守護天使が防御姿勢を取る余裕は、ない。
「フォース・シールド!」
直撃の寸前、光の防御膜がエスパー少女の周りを円筒で包むように現れる。
これぞ、超能力戦士ならではのシールド。単なる盾ではなく、広範囲からの攻撃を防ぎ得る、
進化したサクラ流フォース・シールド。
爆発。轟音。衝突する光と闇。しかし、念の力では群を抜くサクラの聖なる盾は、必殺技とま
ではいえない暗黒光線程度では突き破ることはできない。光の薄膜に弾かれて、闇のビーム は霧散していた。
「バカめッ! かかったな!」
ギャランンンッッッ・・・!!
一瞬。動きの止まった桃色天使の周囲に、再度緑の光輪が無数に浮かぶ。
暗黒光線を防ぐのに精一杯なサクラに、緊縛の光輪を二度も避けきるのは無理な話であっ
た。
腕に、足に、胸に、腰に・・・柔らかな少女戦士の皮膚に、縮んだ緑の輪が容赦なく食い込み
締め付ける。銀と桃色の天使は、つま先から頭頂までをビッシリと光輪に埋め尽くされて、一直 線に伸びた姿で身動きを封じられる。
バシュバシュバシュバシュ!!
「くああァッッ?!! うッ、うくぅぅッ〜〜ッッ!! し、しまっ・・・たァッ〜〜・・・」
ギリギリ・・・メキィッ・・・ミシミシ・・・
己の肉が、骨が、切り裂かれ、圧迫される苦痛に悲鳴をあげるのを、サクラは体内で聞い
た。
ジュバクの技は十分に警戒していたが、それでも2vs1の闘いで、それも不意に出現する攻
撃を避け続けるのは困難であった。猛る美少女を嘲笑うように、悪鬼とその配下の不気味なミ イラは、いとも容易くサクラの肢体をその手中に収めていた。
"これぐらいのことで・・・負けるもんかァ〜〜ッッ・・・!!"
深く食い込んだ緑の光輪が悦ぶように不気味に光る。ただ締め付けるだけではない、サクラ
の超能力を封じ込めるような、悪意のこもった呪縛のリング。エスパー少女にとってはもっとも 厄介な敵の攻撃、だがサクラは最悪の事態に陥った際の対処法を、この場に来る前に考え付 いていた。
「くううううぅぅッッッ〜〜〜ッッ!!! 負けないッ! 負けるもんかァッッ!!!」
緊縛のリングに締め付けられた美少女の小さな肢体が、核爆発を起こすように痛いほどの
光で発光する。
ジュバクが何者なのか。なぜ超能力を持つサクラを封縛できるのか。それは定かではない。
しかし、念じる力により発動させるサイコエネルギーを封じるのは、物質的な緊縛ではない。
同じような精神の力、念のパワー。サクラを抑えつけたい、その強い気持ちが緑の光輪の形に なって、美天使を封じ込めているのだ。
ならば、それを打ち破るには、もっと強い思念力しかない。
相手を上回る精神の力、それさえあれば必ずジュバクの光輪は破ることができる。そして念
の力を競わせたのなら、エスパーである桜宮桃子に勝てる人物など、そうこの世にいるわけは なかった。
"怒りのパワーを! これまでの悔しさを! 爆発させるんだァ〜!"
超能力vs呪縛の念。
チカラとチカラ、精神力での真っ向勝負。
ガッシャアアアンンンンッッ――ッッ・・・・・・
美しきエスパー天使と邪悪なる即身仏との思念の対決は、銀と桃色の守護者に軍配があが
る。
輝く銀の肌に無数に食い込んだ緑の光輪は、聖少女の放つ光の爆発とともに破砕音を響か
せて砕け散った。
「はぁッ! はぁッ! な、なんッ・・・でェェッッ?!!」
深い衝撃の叫びを荒い呼吸とともに吐き出したのは、思念対決に勝利したはずのファントム
ガール・サクラの方であった。
強い。なぜこんなに強いのか。
精神力の闘いであるならば、超能力者である桃子に勝てる人間など、そう簡単にいるわけが
ない。念と念の対決は桃子にとっては己のフィールド。前回のように心も身体も限界まで消耗さ せられているのならともかく、かなり回復が進んだ今、ジュバクの光輪など容易く撃破できて当 然なのだ。
それが、現実には全サイコエネルギーを集中し、大量の体力と精神力を犠牲にしなければ、
ジュバクのリングから脱出できなかった。両者の間にある差はごくわずか。それではメフェレス というあまりに強大な敵がもうひとりいるこの闘いの結末は、自ずと見えてきてしまう・・・
"な、なんでこんなに強いチカラを持ってるのォ?! そ、それとも・・・あたしの怒りのパワー
が、まだぜんぜん足りないってことなの・・・?"
「くくく、ジュバクの輪から抜け出すとはやるじゃないか。だがリングは無数に作ることができ
る。いつまでサイコエネルギーがもつかな?!」
もの言わぬミイラの怪物に代わり、叫ぶ青銅の悪鬼が一気に桃色の聖天使へと突進してい
く。
波状攻撃。突きの姿勢のまま、神速で突っ込んでくる悪魔に対して、防御するだけで精一杯
のサクラ。
光の防御壁を厚めに張れただけでも、エスパー戦士は大したものだと言えるかもしれない。
「うわあああああァァ〜〜〜ああッッッ!!」
少女らしい甘い叫びを引き伸ばして、フォース・シールドごとサクラの小柄な肢体が魔人の突
きの威力に吹き飛んでいく。
集合住宅の一角に突っ込んだ銀色の肢体は、庶民の夢を派手に瓦礫に変えながら、屋根や
柱やガラスの破片にまみれて転がった。
「ハッハッハッハッハッ! 死ねィッ!!」
青銅の両掌から放たれた漆黒の光線が、うつ伏せに倒れる美天使に発射される。
爆発とともに、黒煙と火花が天に昇った。
瓦解した住宅地が、あっという間に炎に包まれる。抉れる大地。燃え盛る瓦礫の山。だがそ
こに、美しき少女戦士の姿はなかった。
「なにッ?!」
気配を察知した魔剣の使い手が、光速で背後を振り返る。
咄嗟のテレポーテーションを見事に成功させ、右腕を真っ直ぐに前に突き出したサクラの姿
がそこにはあった。
"いッ・・・けェェェッ・・・!!"
もう、躊躇なんか、しない。
わかっている。敵の強さも。己が陥った現状の厳しさも。逆転勝利のチャンスはわずかにし
か訪れないことも。
そのわずかな好機。二度とないかもしれぬ仇敵の隙に、放つべき技は最大最強の必殺技以
外に有り得など、しない。
"ヒトキ・・・あなたを殺しても、あたしはゼッタイ後悔なんか、しないィィ!!"
「"デス"―――ッッ!!!」
ほっそりとしたサクラの右腕が、光を帯びて輝く。
だが、その煌く色は聖なる白ではなく、まるで闇側の戦士が操るような漆黒。
濃い墨汁が見えない腕の毛穴から染み出すように、少女戦士の突き出した肘から先を業火
が回る勢いで不気味に塗り潰していく。
見惚れた。
見惚れてしまった、諸悪の魔人が。まるで知識にない初見の技に。そして、珠玉のごとき美
貌と陰鬱たる暗黒が織り成す、あまりにアンバランスな背徳の美に。時に悪魔を描いた絵画 が、ひとの心を捉えるような、闇側の美しさ。守護天使の新たな技の脅威を知らぬ魔人は、数 瞬、愚かなまでに甘いはずだった美少女が見せる暗黒面に心奪われていた。
その数瞬、心にポッカリと開いた隙が、防御への対応を確実に遅らせた――
"ヒトキ・・・サヨナラ"
濃墨に染まりきった右腕。大きく開かれた少女の掌。
まるで銃火器を構えるように、サクラの左手が己の右肘を掴む。発射準備完了。ファントムガ
ール・サクラ最大の必殺技「デス」・・・死を冠した技が今、闇の覇王メフェレスに向かって―― ―
バシュバシュバシュバシュッッッ!!!
己の右腕にビッシリと食い込む緑の光輪を、エスパー天使は見た。
墨汁がスポンジに吸収されるように、みるみるうちに掻き消える。発動寸前だったサイコエネ
ルギーを急激に吸い取られる脱力感に、桃色天使の肢体がグラリと揺らぐ。
バシュバシュバシュバシュバシュッッッ!!!!
柔肉を無数の刃が突き破る無慈悲な音が、夏の空に響き渡った。
ファントムガール・サクラ、その小さな身体いっぱいに食い込んだ緑の光輪。
勝利のチャンスを阻止され、聖なるエナジーを奪われ倒れかけたサクラの身体は、更なる膨
大な数のリングによって全身を絞め上げられていた。
「ワハハハハハ! なにをするつもりだったか知らんが、惜しかったなあ、蛆虫よ!」
「くッ・・・うくッ・・・うぐぐ・・・ハアッ、ハアッ、ハアッ・・・」
「やれ、ジュバク。このメスを始末するぞ」
全身に食い込んだ緑の光輪が発光する。銀色の皮膚が破れるのも構わず、ギュルギュルと
高速で回転する。
「くあああッッ?!! んんんッッ――ッッ!! んくうぅゥゥッッ〜〜〜ッッ!!!」
「ハッーッハッハッハッ! 全身を切り刻まれる痛みはどうだァッ?! カッターナイフでズタズ
タに切り裂かれているようだろう? だがジュバクの光輪の真の恐ろしさはこんなものではな い。知っているな?!」
回転する数え切れない量のリングが光の強さを増す。
まるでミキサーで果汁を搾り取られていくかのように・・・サクラの体内に残された光のエネル
ギーが強引に搾り出され、光の渦となって上空に放出されていく。
「きゃうううううううぅぅッッ――――ッッッ!!! ち、力がアアぁぁッッ〜〜〜ッッ!!! 抜け
るぅぅッッ――ッッ、取られていくぅぅッッ―――ッッッ!!!」
「ギャハハハハハ! もっとだ、ジュバク! お前の力で、この女のエネルギーを全て奪い取
ってしまえッ!! もっとリングの回転を高めろッッ!!」
「ふぎゃふううぅぅぅッッ―――ッッッ!!! ひゅばああアアッッ〜〜ッッ!! ひぎゅるばあ
ああアアぁぁッッ〜〜〜ッッッ!!!!」
ギュルルルルルルルッッッ―――ッッッ!!!・・・
凄まじい速度で光輪が回転し、それに合わせるように猛烈な勢いで放出される光の渦が、竜
巻と化して夏空に吸い込まれていく。
雑誌モデルの表紙を飾るような、美麗にして可憐な美少女戦士・・・端整な美貌を誇る銀と桃
色の天使が、狂ったようにガクガクと震えながらこの世のものとは思えぬ絶叫を放つ。
「よし、ゆるめろ、ジュバク」
時間にして5分、さんざんサクラを惨めに喚かせた後、闇の王は光輪の回転を止めさせる。
破れた皮膚から噴き出した血が霧となって全身を朱に染め上げ、瞳と胸の青色が緩慢に点滅
している。光輪に拘束されたままヒクヒクと痙攣する、哀れな美天使。文字通り血祭りにあげら れた肢体・・・押し寄せる苦痛に歪んだ表情・・・誰の目にも、愛らしき守護天使が無惨な敗北 に向かっているのは明らかであった。
「ククク・・・この姿になってからまだ15分ほど。残りの時間をたっぷりと使って、嬲り殺してくれ
るとするか」
右手の人差し指を一本、突き立てる青銅の悪魔。金属製の筒を極厚のゴムで繋いだような
指は土木用の重機を想像させる。頑強な素材に反し、細く長い指。蜂の針のごとく鋭く尖った 黄色の爪を、三日月に笑う口からペロリと出した真っ赤な舌で舐めると、メフェレスは凶器にし か見えない指をサクラのお臍(へそ)にズブリと突き刺した。
「ひぐうッッ?!!」
腹部に稲妻のように走る激痛に、白濁しかけた美天使の意識が一気に覚醒する。
「温かいなぁ〜、貴様の内臓は。臍の奥は薄皮一枚で内部と隔てられているだけだ。痙攣す
る臓器も、鼓動の早鳴りもよく伝わってくるぞ」
「ひッッ・・・ひぐッッ・・・フッ・・・グウゥッ・・・」
点滅する青い瞳が大きく見開かれる。壮絶な痛みに突っ張った肢体が、小刻みに震える。
ジュバクの光輪に直立不動の姿勢で捕らえられ、身動きひとつできぬエスパー戦士を、捕獲
した蝶の羽を千切るような手軽さでメフェレスは破壊していく。
「フハハ、根元まで指が臍に埋まってしまったな。おや、血が噴き出てきたぞ。貴様の内臓
は、もうグチャグチャかもしれんなあ」
「ゴブッッ!! グブゥッッ!!」
完全にサクラの体内に埋まった指を、魔人はグリグリとゆっくり大きく掻き回す。ツツーと溢れ
出る真っ黒な血は、蛇口をひねったように勢いを増すばかり。青銅の指が動くたびに、美天使 の口から苦悶の叫びと血塊が吐き出される。
ヴィーン・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・
「し、死んでしまう・・・ピンクのファントムガールが死んでしまう・・・」
「やはりあの弱いファントムガールが、メフェレスに勝てるわけがなかったんだ」
遠く固唾を飲んで聖戦を見守る人々から、絶望の台詞が次々と流れ始める。
人類の希望が銀色の女神たちの手に託されていることを知る彼らは、聖少女たちの勝利を
期待するしかなかった。だが、目の前に展開されるのは、現実を思い知らせるような地獄絵 図。
臍の穴をさんざん抉り刺した青銅の悪魔は、今度はピンクに光る手で美少女の肢体を撫で
回し始めた。緩慢にして艶のあるその動き・・・美少女のなだらかにして張りのある曲線を、柔 らかく、時に強く擦りあげるその動きは、明らかな愛撫であった。地上50mで繰り広げられる、 悪魔による天使の陵辱。世紀末の悪夢としか思えぬ事態が、何千という環視のなかで進行し ていく。
「あのときの強壮剤、いまだ女芯の奥に残っているだろう? 再びオレに弄くられ、嬉しくてた
まらんのではないか?」
「ふううッッ〜〜〜ッッ!! ンンッッ・・・ン・ン・ンン〜〜ッッ!!」
「ハハハ、いくらかぶりを振ってもムダだ。身体は正直だぞ。見ろ、下のお口はこんなにも喜
んでおるわ」
尻を、胸を、陰部を、めちゃめちゃに嬲られ、皮膚全体をピンクに紅潮させたサクラの股間に
メフェレスが指を伸ばす。クチュクチュという卑猥な響きが洩れたかと思うや、糸引く粘液を纏 わりつかせた魔人の指が、蕩けたサクラの瞳の前に突き出される。
「淫乱女め、敗れた敵にイカされ、昂ぶるとは、正義の守護天使も惨めなものだなあ! サク
ラ、貴様はこのままイキ続けて絶命するがいい。蛆虫にはお似合いな死に様だ!」
ピンクの靄がその濃度を強め、メフェレスの両手が陽炎のように揺れる。
魔人が操るのは光を滅する闇の技だけではない。久慈仁紀がその年齢からは想像もできな
いほど繰り返してきた性交渉で会得した夜の技、女体を昂ぶらせる性戯がある。ピンクに輝く 淫王の怪光を浴びれば、数時間にも渡って舐め責め抜かれたような快感が瞬時に湧き上がっ てくる・・・柔らかに触れられるだけで堪えきれない快楽の渦が巻き起こるというのに、悦楽の 魔手は封印された美天使を容赦なく責め続ける。
「ひゃふううッッ〜〜ッッ!!・・・しゃ、しゃわらないッ・・・でェェッッ〜〜ッ・・・や、やめッッ・・・
やめェ・・・ろォォッッ〜〜ッッ!!・・・」
「フハハ! 気持ちいいか、サクラ? 愛撫され、たまらず吐き出す喘ぎを何千、何万という
人間に聞かれる気分はどうだ? そうらァァ〜〜ッ!!」
「きゃふううッッ―――ッッ?!! へばああアアぁぁあアアああッッ〜〜〜ッッ!!!」
サクラの小ぶりだが形のいいふたつの美乳を、青銅の手が握り潰す。
クリームのように甘い桃色天使の声が、押し寄せる快楽と激痛の怒涛に揺られ、3オクター
ブの高低を行き来して奏でられる。
「ひぶアッッ?!! へぐバァッッ!! きゅひゅはあアアッ・アッ・・・はな、離し・・・」
「ボリュームこそ乏しいが、吸い付くようなこの肌の感触・・・素晴らしい乳房だ。尖りきった乳
首が熱を帯びているぞ。クク・・・乳房責めだけで果ててしまいそうだ」
「ひぎゅアアッッ!! ぎひいいいいィィィッッ〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
銀色の表皮に瞬く間に浮き上がった胸の突起を人差し指と中指で挟まれ、光輪で拘束され
た巨大美少女がなだらかなバストを無茶苦茶に揉みしだかれる・・・
天につんざく劣情の悲鳴と相まって、凄惨で、官能的で、絶望的な天使のレイプシーンが観
衆の心を押し潰していく。
"ダ、だめェェェ〜〜〜ッッ!!! こんなのォ・・・こんなの耐えられないィ!! 負けちゃうぅ
〜〜ッ、あたし、またミジメに負けちゃうぅッッ!!"
「ワハハハハ! この前と同じだな! よがり狂って醜態を晒すんだ!」
メフェレスの左手が、サクラの胸から引き剥がされる。
瞬間、わずかな悦楽の緩和。安堵しかけたサクラの下腹部の水晶体に、ピンクに光ったまま
の魔人の掌が吸い付く。
「ンンんんぎゃああああああああああああッッ――――ッッッ!!!!」
子宮に官能のドリルが突き刺さったかのような衝撃。
全身の細胞が沸騰し、あらゆる性感帯が蠢き踊る感覚。濁流のごとき快楽の放射を女芯に
受けて、美天使が吐血の破片を撒き散らしながら絶叫する。
「この下腹部のクリスタルが貴様らの弱点であり、官能の中枢部位であることはすでに把握
済みだ! たまらんだろう、サクラ! このまま発狂死してしまえッッ!!」
「ひぬうううぅぅッッ――ッッ!!! ひんひゃうううぅぅゥゥッッ―――ッッ!!!!」
見開いた大きな瞳が、点滅していた胸のエナジークリスタルがピンク色に染まってゆく・・・
サクラの全身を快楽の嵐が包み込み、子宮の奥で爆発する官能の炎が、美少女の肉体を
燃やし尽くしてしまう・・・かに見えた。
地域一帯を照らし出すような、眩い光が爆発する。
突然起こった光の氾濫に、メフェレスは黄金のマスクを抑えて仰け反る。なんだ?! なにが
起こった?! 突き刺すような眼の痛みが薄れ、ようやく戻った視界のなかに浮かぶひとつの 影――
愛らしい桃色の天使が立っている。
エネルギーを奪い取られ、陵辱の波に溺死寸前であったはずのファントムガール・サクラ。
女性らしい柔らかな曲線を描いた肢体が、光輪の戒めから脱出して仁王立ちしている。
「な・・・再びジュバクの緊縛から逃れただとォ〜〜ッッ?!!」
吼える青銅の悪鬼。無言のままの即身仏の怪物。
彼方から見守る人々の間にどよめきが巻き起こる。誰もが覚悟していた。守護天使の死を。
征服者の支配を。だが、絶体絶命、いよいよ最期かと思われた瞬間、彼らが目の当たりにした のは奇跡であった。
ただ祈るしかない民衆の心に湧きあがる、ひとつの想い。幼いころよりどこかで、誰かに聞か
されてきた信念の言葉。
そうか、正義は勝つ、のだった・・・
「負け・・・ない・・・・・・あたし・・・は・・・あなたに・・・は・・・・・・」
大きく魅惑的な瞳の奥に灯る、怒りの炎。挫けない心。
憎き仇敵に嬲られる屈辱を、身も心もいたぶられる悔しさを爆発させ、サクラは公開レイプシ
ョーから脱出したのだ。
「これまでの・・・全ての怒り・・・まとめて・・・返すよ・・・・・・」
罠に嵌められリンチされた怒り。
子供たちの前で辱めを受けた怒り。
そして・・・信じた愛を裏切られた怒り。
"怒りのパワーを・・・・・・もっと・・・怒りのパワーを!!"
重ねた両手を突き出すサクラ。
全ての力を振り絞り、怒りによって高められたサイコエネルギーが、今、虹色に輝き出す。
「怒り、だと? 正義は必ず勝つ、だと? どいつもこいつもおめでたい奴らだ!」
必殺技の態勢に入った銀とピンクの少女戦士に真正面から相対する青銅の魔人。一途に、
純粋に怒りをぶつけてくる美貌の天使に、三日月の笑いを見せる。
「甘ったるいメスブタも、愚民どもも思い知るがいい! 闘いに勝利するのは、常に力あるも
の。勝つための裏付けは力しかない! 想いなどで勝てるわけがあるものか!」
光輪を発動せんとするジュバクを制し、メフェレスの右手が黒い闇に塗り潰されていく。
しぶといエスパー戦士が全エネルギーを結集させるというのなら、こちらも全ての力を凝縮さ
せよう。
諦めを知らず向かってくる美天使を心ごと粉砕するため、闇の王は真っ向からの力勝負を選
択したのだ。
「来い、サクラぁ! 貴様の怒りなど、オレの力の前には無力だと知れ!」
"怒れ! 怒れ! 負けない、あなただけは、ゼッタイ倒すんだぁ!!"
「"レインボーッッ"!!!」
「殲滅魔弾ッッ!!!」
光の天使の七色光線と闇の悪鬼の漆黒弾丸。
凝縮した全てのサイコエネルギーと闇の力が正面からぶつかりあう。
サクラとメフェレス、ふたりの間の中央で、轟音と爆発が巻き起こる。
天と地が割れるような、衝撃。
瞬間、時間が止まったような永遠。だが、そのすぐあと、七色の光線は漆黒の魔弾に弾き飛
ばされて霧散していた。
「ああアッッ?!!」
暗黒弾の余韻が棒立ちの聖少女に直撃する。
ガラスが砕けるような悲鳴を轟かせ、桃色天使の肢体は木の葉のように宙を舞っていた。
「ワーッハッハッハッ! これが現実だアアアッッ――ッッ!!!」
地面を揺るがせて、黒い炎をあげるサクラの肉体が大地に落ちる。
家屋を押し潰し、半分ほど地表に埋まった大の字の美天使は、ブスブスと黒煙を全身から立
ち昇らせてピクリとも動かなかった。
弱々しく点滅する胸の水晶体が、少女の生存を辛うじて示している。
「トドメだ。そのクリスタル、抉り取ってやろう」
魔人が青銅の剣を右手に握る。仰向けで転がる美貌戦士は、爛れた銀の皮膚から焼け焦
げた悪臭を漂わせるだけで、迫り来る死に無抵抗のまま肢体を伸ばすだけ。
"・・・も・・・う・・・・・・カラダ・・・・・・動かな・・・い・・・・・・"
「今度こそ死ね。ファントムガール・サクラ」
最大の急所、胸中央のエナジークリスタルに向かって、青銅の剣が振り下ろされる。
「させないわ。サクラにトドメなど」
止まっていた。正義の天使を抹殺する凶撃は。
三日月に笑うマスクが、背後から己の右腕を掴んだ手の主を、神速で振り返る。
赤髪のツインテール。端整なマスク。黄金に輝く鎧。
「ファントムガール・アリスッッ!! 貴様アアッッ〜〜ッッ!!」
「卑怯とは、言わせないわよ。魔人メフェレス」
サイボーグの身体を持つ守護天使・ファントムガール・アリス。
サクラの窮地を救った新たな光の戦士は、深い知性を秘めた瞳で猛る悪鬼を見詰めた。
「2vs1でサクラを嬲った分くらいは、決闘を邪魔させてもらうわ」
切り離した右肘の先から、発電する電撃剣が、その刀身を現した――。
長い睫毛越しに見る景色が、ぼやけて映る。
染み入るような八月の青空が、桃子にはやけに沈んで見えた。重く、熱い風景。そうか、景色
がヘンに見えるのは、あたしの身体がおかしくなってるからだ・・・全ての細胞が飛び出しそうに ズキズキと疼くのを堪えながら、半ばしか覚醒していない意識で少女は想う。
あたし・・・どうなっちゃったんだろ?・・・・・・
とりあえず、生きていることはわかった。日に焼けてジリジリと焦げるアスファルトの上に、仰
向けに転がっているのがわかった。全身に鉛を埋め込まれたような身体はピクリとも動かせな い。ただ、痛い。熱い。苦しい。そして襲ってくる、強烈な倦怠感。生と死、覚醒と失神、その微 妙な狭間に今の自分がいることを、エスパー少女は悟る。
蘇ってくる。屈辱の記憶。
魔人メフェレスと、濃緑のケープを纏った即身仏の怪物ジュバク。
怒りを全開にし、雪辱を期して挑んだ闘いに、綺麗という言葉を具現化したような美少女戦士
は、またもや完膚なきまでに敗れ去った。多くの人々の目の前で辱められ、真っ向勝負で完全 なる力負けを喫した美貌戦士は、変身も解けて元のモデルかアイドルのような姿に戻ってしま っていた。激しいエネルギー消耗のため、巨大化した身体すら維持できなくなった正義の戦天 使。闘いの途中から記憶を失っている美少女は、己がなぜ生き永らえているのかもわからぬ まま、混濁した意識の海を漂う。
「ア・・・アリス!!」
かすむ視界に飛び込んだオレンジ色の女神の姿が、ぼんやりとした桃子の意識を急激に覚
醒させた。
ドラマなどならガバッと上半身を起こすような場面。だが哀しいかな、変身解除後特有の激し
い睡魔に襲われている身体は、二重の瞼をパチリと開けるだけで限界だった。
闘っている。黄金の鎧を纏った、赤髪のファントムガールが。
ファントムガール・アリス。クールな理系少女がその正体であるサイボーグ戦士は、本来なら
ば桃子が立っているべき戦闘の地に代わりに立ち、青銅の魔人と剣を交えている。
"そうか・・・あたし、夕子に助けられたんだ・・・"
一体どれくらいの時間、桃子が眠っていたのかは定かではない。しかし、『エデン』を保有す
る人間がトランスフォームできる時間はせいぜい60分が限界であることを考えれば、いまだメ フェレスが消えていないことから、ほんの数十分程度の睡眠であったことがわかる。
『エデン』の寄生者は巨大化した時間とダメージに比例して、その変身解除後に強制的に眠り
につく。闘い敗れたエスパー天使が眠りに落ちたのは当然のことといえた。今回桃子がサクラ として闘った時間は短いが、その分ダメージは深い。たった2、30分では必要な睡眠量に達して いないのは明らかだった。アスファルトに倒れたままの美少女の身体が、いまだに思うように 動かないのも無理はなかった。
「闘わ・・・なく・・・ちゃ・・・・・・あたし・・・がァ・・・・・・」
懸命に手足を動かそうとするエスパー少女。だが己のものであるはずの各パーツは、導線の
切れた機械のようにまるで言うことを聞いてくれない。全身が重りになったような激しい疲労。 再び襲い来る睡魔。半濁した世界に飲まれかかる意識と、自分のものではなくなったような肉 体を必死で働かせようとするも、横臥する美戦士はモゾモゾと身震いさせるしかできない。
"動け・・・動いて・・・あたしのカラダぁ・・・変身・・・しないとォ・・・!!"
白い手足が緩慢に揺れる。ようやくゴロリとうつ伏せに転がった制服姿は、全神経と筋力を
用いて丸い曲線を帯びた肢体を立ち上がらせようとする。押し掛かる倦怠感に潰されそうにな りながら、なんとか膝立ちになる美少女。グラグラと揺れる小さな身体を、壁に手をついて必死 に支える。
「来ないで、サクラ!」
右腕に電磁ソードを生やした装甲の女神が鋭い声をあげる。嵐のごとき魔人の猛攻に耐え
ながら、アリスは視界の隅で親友が意識を取り戻したのを確認していた。神々しい黄金の鎧に は亀裂が入り、オレンジと銀の体表には無数の傷が刻まれている。病み上がりの少女が殺人 剣の達人に劣勢を強いられているのは明らかだった。
夕子ォ、これはあたしがやんなきゃいけない闘いなんだよ――サイボーグ少女の台詞に異を
唱えかけた桃子の口を、さらなるアリスの言葉が封じる。
「今あなたが闘っても勝てない。あのジュバクがいる限り・・・。あいつはあなたを殺すためだ
けに生まれたようなミュータントなのよ」
大地に坐したまま、まるで攻撃の意志を見せない濃緑の即身仏を鎧の女神は見る。メフェレ
スとの闘いが始まって以来、動く素振りさえないジュバク。その様子を見るまでもなく、とっくに 天才少女は気付いていた。ジュバクは対サクラ専用の敵であることを。七菜江に恨みを抱くク インビーが、ナナ相手にだけ凄まじい強さを発揮したのと同じだ。ジュバクは恐らく桃子=サク ラ個人に恨みを持つ敵。サクラに対してだけ、あの光輪を放つことができるのだ。
「サクラではジュバクには勝てない。それはチョキがグーに勝つことは永遠にない、相性の悪
さ。だから」
言うなりアリスは武器である電磁ソードを肘から切り離す。
機械の右肘の断面に現れたのは、バズーカを思わせる砲口。魔獣の口に似た暗い内部で、
拳大の灼熱の塊が唸りをあげて渦巻いている。
キュイイイイイイイ・・・ンンンン・・・
「ヒート・キャノン!」
アリス最強の烈火の弾丸が、胡坐をかいて微動だにしないミュータントに発射される。
かするだけで、鋼鉄を蒸発させる超高温の砲弾。動くことを忘れたようなジュバクに向かっ
て、絶対致死の炎が音速を超えて直進する。
勝負あったと思われた瞬間、ミイラのミュータントは霞みのように消え失せていた。
「ヤツを倒すにはトランスフォームを解除した今しかない。行って、桃子! ジュバクがどこに
逃げたか、あなたなら見当が・・・」
生身を貫く刃の音が、真夏の空に染み渡る。
「このメフェレスを前にして余所見とは。天才どころかとんだ"うつけ"だな、アリス」
三日月に笑う黄金のマスクを、ツインテールの天使は鼻先で眺めた。
ブシュウウウウウッッ・・・!! 深紅の血潮が噴き出す音が、己の腹部と、背中とで響く。青
銅の魔剣で貫かれた箇所は、くしくも先日霧澤夕子の姿で刺されたときと同じ場所。超回復力 で塞ぎかけた穴を再度開けられる鋭痛に、表情を変えない美貌のマスクがかすかに震える。 狙い通りの手応えが右腕から伝わり、少女の肉を抉る快感に魔人は酔った。
「クク、思うようにはさせんぞ。なにを企もうが、貴様もサクラもこの場で滅殺してくれる」
「・・・いや、私の思い通りよ」
マスクの隙間から吐血が洩れる。恐らくマスクのなかでは逆流した血が満ちているというの
に、アリスの口調は力強い。
異変を感じた悪鬼が剣を抜こうとした瞬間、電撃が凶悪な鎧全体を包んだ。
「あんたのふざけた性格なら、必ず私の古傷を狙うと思ったわ」
「ぬうッ?! き、貴様ァァ・・・」
「早くいって、桃子! 私がこいつを繋ぎとめている間に・・・ジュバクの本体を倒すのよ!」
サイボーグ少女の放つ高圧電流が、刀で繋がった悪魔の運動神経を麻痺させる。手負いの
クール少女ができる精一杯は、肉を切らせる代わりに足止めするくらいのものであった。電撃 を放ち続ける間は・・・命が尽きる寸前までは・・・魔人の動きを封じることができる。そのわず かな時間で、桃子がジュバクの正体を倒せれば。
「ア、アリスッッ?!! そ、そんなァッ・・・」
「はや・・・く・・・行ってよ・・・結構・・・・・・痛いんだから・・・」
バチバチと火花を散らせる天使と悪魔。凄惨で悲痛な図に押し潰されそうな桃子の足を、装
甲天使の叱咤が動かす。ヨロヨロと前につんのめる白樺のような足。疲労と倦怠とショックとで その場で失神してもおかしくはないというのに、つい数十分前に惨敗を喫した美貌の戦士は真 っ直ぐ目的地に向かって進み続ける。
わかった。
わかってしまった。急に。厚い雲の切れ間から太陽の光が射し込むように。
夕子が・・・ファントムガール・アリスが手負いの身体で闘ったのは、ただ時間を稼ぐためであ
ることを。
今の己が悪の総大将ともいうべき男に勝てないことを、合理的な分析が得意な理系少女は
理解していた。魔人メフェレスを葬る役目は、あくまでエスパー戦士のもの。サクラが覚醒する のを信じて、ただサイボーグ少女は時を待ったのだ。自らの身体を張って。刃に貫かれるの も、厭わぬ覚悟で。
悲壮なまでの決意をアリスにさせたのは、ただ宿敵を倒したいサクラの気持ちを尊重したか
ら、のみではない。この現状、里美らが足止めを食い、ふたりしか守護天使のいないこの状況 で、勝利の可能性がもっとも高まる選択をした結果でもあった。ジュバクさえ倒せば。サクラの 天敵さえいなくなれば。卑劣な悪の総帥を撃退するチャンスはある。
心優しきエスパー戦士、サクラならば。
誰よりも脆く、誰よりも闘いに不向きで、誰よりも本当の強さを知る少女、桜宮桃子ならば。
「バカぁ・・・・・・夕子の・・・バカぁ・・・・・・あんな・・・無茶・・・・・・」
フラフラとよろめき歩く少女。その足が「たけのこ園」へと向かう。陵辱の舞台と化した世界で
一番寄りたくない部屋「レクレーション室」。その隣接する部屋に向かって。つまずき、転び、壁 に幾度も当たりながら。
子供たちの目の前で、恥辱の煉獄に突き落とされたあの日、緊縛の呪念が確かに隣室から
漂ってくるのをエスパー少女は感知していた。間違いなく、ジュバクの正体はあの部屋にいる。 倒さねばならぬ天敵の正体は。
夕子のバカぁ・・・あんな酷い目にあってまで・・・あたしに・・・託すなんて・・・
「もう・・・ゼッタイ・・・・・・勝たなきゃいけない・・・・・・じゃん・・・」
変身が解けたジュバクの正体を、倒す。そして、魔人メフェレスも。
闘いに迷う選択肢は、桃子の手から滑り落ちていた。身を犠牲にした天才少女の強引な手
法によって。夕子のために、闘うしかない。友を死なせたいために、やるしかない。一本道しか 残されていないエスパー少女は、躊躇うことなくレクレーション室の隣室に入った。
「ジュバク・・・・・・倒しに・・・きたよ・・・」
超能力少女を拘束し、強大な束縛のパワーで自由を奪う、謎のミュータント。
その正体は、随分前から桃子には見当がついていた。
異常なまでの執着心で桃子を縛る精神性。眼鏡を思わせる落ち窪んだ眼窩。サクラ以外に
は興味を示さない偏執。欲望のマグマから沸き立つような熱いパトスを、天恵の美少女はつい 最近受け取った経験があった。通常では考えられない、高密度な特別の想い。時にそれは 「愛」という名で呼ばれる。
「藤本くん・・・あなたが、ジュバク・・・・・・だね」
白いシーツをかぶせただけの簡素なベッドのうえに、眼鏡をかけたニキビ面の少年が眠って
いる。
一方的な愛を桃子にかぶせてきた少年。
霧澤夕子が久慈に刺されたあの日、騒動の発端となったストーカーの顔を、天使のような美
少女は忘れてなどいなかった。
この色白でひ弱そうな少年こそが、強大なエネルギーでサクラを封じていた敵の正体――。
『エデン』の保持者がその精神によって、変身後の能力に大きな影響を与えるのは、すでに
何度も実例を見てきた。異常とも言える愛、桃子を独占したい、捻じ曲がった願望。人並み外 れた強い想いが、ストーカー少年に緊縛の異能を授けたのだ。
「あたしはもう・・・・・・遠慮しない・・・あなたを・・・倒すよ・・・・・・」
己への愛を幾度も叫んだ男に向かって、両脚を引き摺るように美少女は歩み寄る。
変身した姿では敵わないから、変身後を襲う。眠り続ける相手に攻撃を狙う。正義と呼ばれ
る者として、どこか相応しくない闘いであることは自覚している。だが、戸惑いの靄はもう優しき 少女の胸にはない。背中合わせの死とともにある、自分と仲間。綺麗ごとを言い続けられる時 代は、少女のなかで過ぎ去っていた。
眠り続ける少年に両手を突き出した瞬間、桃子は気付いた。
「えッ・・・・・・?!!」
不可解な疑問の塊が、泡となって弾け飛んだ。
なぜ、ジュバクの力が、超能力者である自分に肉薄するのか?
思念の強さでは飛び抜けているエスパー少女に、なぜ対抗できるのか? ストーカーの執着
愛が、異常なまでの熱さを帯びているのは十分わかっている。固執した想いが、脅威的な邪念 を作り出したことも理解している。それでも桃子は、サクラを封じる光輪の圧倒的なまでのエネ ルギーに納得できなかった。
今、事実とともに、謎の全ては明らかにされた。
死んでいた。
ストーカー少年・藤本は、心臓に短刀を突き立てられたまま、とうの昔に冷たくなっていた。
崩れ落ちるように小さな女子高生は死者の胸に重なる。薄く、冷たい少年の胸板。さんざん
苦しめられた天敵の亡骸を、桃子は愛しい者のように抱きしめていた。
殺されたんだね―――あの男に。悪魔のようなあの男に。
桃子への熱狂的な想い。それだけを利用されて、『エデン』を寄生させられた少年は、その瞬
間に殺された。純粋な邪念だけの存在、ジュバクを生み出すために。
実体を持たない、怨念のみで形成された怪物ジュバク――だからこそ、エスパーの思念に拮
抗する脅威のミュータントが誕生したのだ。
「許せ・・・ない・・・・・・許せない・・・・・・許せない・・・・・・」
漆黒の瞳からこぼれた大粒の涙が、少年の胸を濡らしていく。人類の未来を左右する正邪
の闘い。なぜこんな闘いが必要なのか、守護天使のひとりに選ばれた少女はいまだに理由が わからない。ただわかっているのは、どうしても倒さねばならない悪魔がいることと、哀れな犠 牲者がここにもひとり、いることだけ。
「わあッッ・・・わあああああッッッ〜〜〜〜ッッッ!!!!」
「たけのこ園」全体を揺るがす可憐な絶叫が轟いた。
色白の胸を濡らす美少女の涙が、死した少年の遺念を浄化していく。
呪念の怪物ジュバクが、人々の前に現れることは、もう二度とない―――
「うわああああああッッ――――ッッッ!!!!」
眩い光の粒子が渦となって結集していく。魔人メフェレスの前に現れる、桃色の天使ファント
ムガール・サクラ。圧倒的な力で倒したばかりの超能力戦士が、いま再び休息も不十分なま ま、死闘の戦地に帰ってくる。
「バカがッ! みすみす殺されに現れるとは!」
弾かれたように装甲天使と魔人の身体が分かれる。魔剣を構え、美しき獲物を見詰める黄
金のマスクと、ガクリと両膝から崩れるアリス。下半身を朱に染めたオレンジの戦士は、その 姿を維持するだけでも限界であった。
ボトボトと流れ出る鮮血を押さえながら、ツインテールの女神は震える声で言う。
「けっこう・・・早かったじゃ・・・ない・・・」
苦痛のなかに役割を果たした満足感が潜む。
やるべきことはした。あとは愛らしいこの少女戦士に、可能性を秘めた戦士ファントムガー
ル・サクラに任せるしかない。
「ありがとアリス・・・で、ごめん・・・あたし、あたしもう・・・・・・」
短期間で二度目のトランスフォームを果たした桃色の肩が、大きく上下する。疲弊し切ってい
るサクラの声は、泣いているように聞こえた。
「メフェレス・・・許せない・・・あなただけはゼッタイ・・・・・・ゼッタイ許せない!」
「その様子ではジュバクの正体を見てきたようだな。相性最悪の敵がいなくなって気が大きく
なったか。だが棺桶に片足突っ込んだ貴様ごときが、このメフェレスに敵うと思うか!」
サクラ抹殺用の秘密兵器を失っても、青銅の悪鬼に動揺は見られない。絶対の自信を尊大
にひけらかし、メフェレスは今度こそ目障りな守護少女を処刑できる喜びに胸踊らせる。
ただでさえ痛め尽くしたボロボロの肢体・・・それが無茶としか言えない続けざまの変身をした
のだ。怒りに大きな瞳を燃やす美天使に、満足に闘う力など残されていまい。
まして先程、メフェレスの闇のパワーはサクラのサイコエネルギーを真っ向から打ち破ってい
る。ダメージをより深めたエスパー戦士に遅れを取る確率など、万に一つもないのだ。
「いくら猛ろうが、貴様など敵ではないわ! ワハハハハ!」
差し出した右手から、暗黒の光線が発射される。
ブルブルと痙攣する桃色の腕が必死に防御を取ろうとする。だが聖なる防御壁フォース・シ
ールドを思い浮かべたサクラの前に、光の技は発動されはしなかった。
「ああッッ?!!」
胸の中央で光る水晶体に、闇の光線が直撃する。
高圧電流を流されたように全身を突っ張らせた美天使の肢体が、次の瞬間体表を覆う見え
ない毛穴から、一斉に血の霧を噴き出す。ブシュッという破裂音。瑞々しい果実を握り潰したよ うな。尋常でない光景は、小柄な女神が崩壊寸前まで追い詰められていることを教えた。
「へぐうッ・・・うぶッ・・・ああ・・・アア・ア・・・・・・あ゛あ゛ッ〜〜・・・」
「フハハハハ! 戯れ程度の光線を浴びただけでその始末か。どうやら次の一撃で葬れそう
だな」
勝利の確信に満ちた高笑いを、サクラは苦痛のなかで聞いた。
点滅するエナジークリスタルの音が、遥か遠くで聞こえる。消え入りそうな、瀕死の調べ。か
つてない怒りに焦がされているというのに、意志とは別に力は湧いてこなかった。立っているの がやっと、いや、たまたま立っているだけでいつ倒れてもおかしくないズタボロの身体。大して 力を込めていない暗黒光線すら、深刻なダメージとなってしまう聖少女に、着実な死が迫ってき ている。
"くや・・・しい・・・・・・こんな・・・こんなに勝ちたいと・・・思ってるのにィ・・・・・・これだけ怒って
も・・・・・・ヒトキには・・・勝てないなんてェ・・・・・・"
優しさが邪魔をし、桃子はこれまで戦士になりきれなかった。
それが今回、心底から怒りを燃やし、遠慮を開放しているというのに、エスパー少女の苦闘
は変わらなかった。卑劣な魔人の前に、何度も何度も敗れ続けてきた。全力で闘いを挑んでい るというのに・・・
"やっぱり・・・あたしは・・・・・・戦士になんか・・・なれないんだ・・・・・・"
絶望が優しき心を包み、死が侵略しかけた、その時だった。
「サクラ、思い出して! 光の力は、何が呼び起こすのかを!」
腹部を押さえ、うずくまったままの鎧の女神、アリス。
一刻も早くトランスを解除しなければ危ういクール少女が、己の危険も省みずに親愛なる者
へ叫ぶ。
「光のパワーを強めるものは、私たちの心・・・揺るぎない強い想いこそが力を高める! あ
んたは・・・そいつが憎いから闘ってるのッ?! 怒りがあんたの原動力ッ?! 違うでしょ ッ!!」
衝撃が、美天使の丸い背中を突き抜ける。
『エデン』が融合した者に与える力。それは光であれ闇であれ、その者の精神に大きく左右さ
れる。ジュバクの例を出すまでもなく。熱く、強い想いがあってこそ、光あるいは闇のパワーは 上昇するのだ。
サトミの鋭い技の切れは、強い使命感と幼少からのたゆまぬ努力があってこそ。
ナナのスラムショットが最強の威力を誇るのは、流した汗が嘘をついてないから。
ユリアの武術を支えているのは、長い年月を経た鍛錬の結晶と武道家の誇り。
アリスを立ち上がらせるものは、己に課せられた運命に立ち向かう強固な意志。
では、サクラは・・・サクラの闘いを支えるものは―――
「カワイイあなたに怒りは似合わない! サクラが闘う理由を、思い返して!」
半濁した意識のなかで、唐突にひとりの女性が思い浮かぶ。
おばあちゃん・・・・・・
幼い桃子の最大の理解者。かすかなお香の匂いが漂う、和服の胸のなかが蘇る。
桃ちゃん、あなたは・・・誰かを幸せにするために生きるのよ―――
「フハハハハ! なにを喚こうがムダだ! 死ねッ、サクラッ!!」
漆黒の光線が一直線に胸の水晶体に迫る。佇んだままの、銀と桃色の少女。
バチンンンッッッ・・・!!
分厚く張られた光の盾に衝突し、闇のレーザーは弾けて消えた。
「なッッ・・・なんだとッッ?!!」
「アリス・・・ありがと・・・・・・ありがと・・・おばあちゃん・・・」
わずかに頬を緩ませ、霧となって消えていく装甲天使に、佇む美天使がそっと呟く。
エナジークリスタルが、いまにも消えそうになって点滅を繰り返す。攻撃は、あと一回が限
度。自らの血で全身桃色に染まった美しく、可憐で、端整な美少女。苦汁を飲み続け、死の淵 まで追い詰められたはずの桃色戦士は、それまでの怒りが嘘のような清らかな表情を浮かべ ている。
「貴様ァ・・・サクラ、まだムダなあがきをするのか・・・」
美天使の右腕を漆黒の光が纏う。先の闘いでサクラが発動しかけた技。危険な香りを感じつ
つ、背徳の美しさと、少女が秘めた決意に魅せられて、悪逆の魔人は動くことができない。
ゆっくりとあがった漆黒の右腕は、青銅の鎧に向けて突き出された。
「メフェレス・・・あたし・・・は・・・・・・あなたを・・・倒すよ・・・みんなのために。・・・・・・藤本くん
と・・・夕子のために」
「・・・クク・・・ククク・・・愚かな。今の貴様に、オレを倒せる技など放てるものか」
サクラの必殺光線"レインボー"を破った魔人は、傲岸な態度を崩そうとはしなかった。全て
のサイコパワーを放出した技でさえ通じなかったというのに、瀕死のその身体でなにができ る? 黒く光るエスパー戦士の右腕を見遣りながら、三日月に笑う黄金のマスクは愉快げに揺 れる。
メフェレスは知らない。サクラの秘められた必殺技のことを。
そしてその技が、決して大量のエネルギーを必要とはしないことを。
ただ必要なのは、心優しきエスパーの、覚悟と勇気。
「"デス"ッッ―――ッッ!!!」
ドンンンンンッッッ!!!
サクラの右腕を形作った漆黒の光が、そのままの形で弾丸となって放たれる。
右腕の形をした黒いミサイルが、一直線に飛来する。青銅の鎧へ。その心臓を目掛けて。
「ぐおおおッッ?!!」
迎撃する魔剣が斜め上から暗黒の光弾を叩き伏せる。ムダだった。すり抜けた漆黒の右腕
が、魔人の左胸へ、その心臓部分に吸い込まれる。
「へぐううッッ!!!」
デス・・・それは念動力で敵の心臓を直接握り潰す、サクラ最大にして暗黒の必殺技。
超能力者ならではの究極の技は、膨大なエネルギーを必要とせず、避けるに難く、まさしく最
強、文字通りの必殺技といえた。あまりの禍々しさに、使用する本人が発動を躊躇いさえしな ければ。
サクラが使うのにもっとも相応しくなく、唯一サクラが使える究極の必殺技・デス。
恐らく今のサクラが遠慮なく打ち込める、ただひとりの敵に、ついに禁断の技は炸裂した。
「ぐおおおおおッッ―――ッッッ!!! オオオオオッッ〜〜ッッ!!!」
左胸に突き刺さった暗黒の腕。心臓を潰される地獄の圧迫に、残虐なる魔人が咆哮する。
死の実感。恐怖。脳裏を巡る様々な思い。
慄き喚く己の悲痛な叫びを耳にしながら、青銅の魔人は爆発するように暗黒の粒子となって
夏の空に掻き消えた。
限界の訪れた桃色の天使が、光の渦に消えたのは、それからわずか数瞬のことであった。
「身体は大丈夫かい、桜宮さん? 先日のメフェレス襲撃の際に、ケガをしたって聞いたんだ
けど・・・」
動揺も明らかな「たけのこ園」の正職員、木原の心配そうな声に、ピンクのエプロンをつけた
桃子はニコリと微笑んでみせた。
「もう平気です♪ だいぶ休ませてもらったし・・・たいしたケガでもなかったから」
メイクもろくにしていないのに、真珠のように輝く美少女の笑顔が、木原の顔を火照らせる。
舞い上がってしまった男は、子供たちに抱きつかれるたびに桃子が顔を歪めるのに気付きは しなかった。
「あ・・・」
部屋の隅から注がれる2対の視線に、思わず桃子は硬直した。
記憶障害を持つ少年リョウタと自閉症の少女アイコ。
無垢で純粋な瞳が、責めるようにじっと可憐で美麗な女子高生を見詰めている。
「ん・・・え、と・・・・・・」
掛けるべき言葉が見つからず、思わず桃子は下を向く。なんと、言えばいいのだろう。守りき
れず、正義が敗れる様を晒してしまった幼児たちに。挙句、先生を恥辱するという残酷な過去 を背負わせてしまったふたりに、どんな顔で話せばいいのか。
魅惑的な大きな瞳に、水の結晶が泉となって膨らんでいく。
「センセ・・・」
二組の小さな手が、己を抱きしめるのを桃子は感じた。
「モモコ・・・センセ・・・・・・」
顔をあげた桃子の前に、泣きかけの子供たちの顔があった。
胸に駆け寄ってきたふたりの幼児を、桃子は強く、強く抱き締め返した。
「大丈夫だよォ・・・先生・・・大丈夫なんだからね・・・」
溢れる涙を止めることさえできないままに、美の女神に愛されたイマドキの美少女は、眩しす
ぎる笑顔を振り撒いた。
美しい、笑顔であった。
どこをどう逃げてきたのか、わからない。
迫る追っ手の気配を感じて、変身解除した久慈仁紀は痙攣する肉体で逃げ続けた。暗く、汚
い場所を通って。いつ強制的な眠りについてもいいよう、人目を避けねばならなかった。
苦痛と恐怖でヒイヒイと鳴る己の咽喉。そのざわめきが耳にこびりついて離れない。幾度眠
り、目が覚めては怯え、腐臭と汚泥にまみれて逃げ続けてきたことか。自分がどこにいるのか もわからないまま、気がつけば暗黒の覇王は、反吐とアルコール臭で充満した路地裏に這い つくばっていた。
サクラに残った良心ゆえか、疲弊し切った身体にエネルギーは残っていなかったのか。
真相はわからない。ただサクラ必殺の"デス"は、あと一歩まで追い詰めていながら暗黒王を
仕留め切れてはいなかった。防衛庁の特殊部隊が変身の解けた久慈を慌てて捜索したが、恥 もプライドも捨てて逃げ延びた魔人を、捕えることはできなかった。
「お・・・おのれェェ・・・・・・おのれッ・・・・・・」
ガリガリと耳障りな音がゴミで埋め尽くされた路地に響く。
地に這った漆黒の男は、屈辱に身を焦がしながらアスファルトの大地を掻き毟る。
またしても、負けた。それもサクラに。蜜のように甘く、蛆虫のごとく無力な女に、真正面から
の闘いで。
片倉響子が去り、神崎ちゆりが裏切り、世界征服を声高に叫んだ男の手からさまざまなもの
がこぼれていく。柳生殺人剣の後継者としてのプライドも。名門久慈家に生まれたエリートの誇 りも。そして、愚民どもを踏みつけ、常に勝利するのが当たり前だった宿命も。
「な、なぜ・・・なぜオレが・・・勝つために生まれてきた、このオレが・・・蛆虫どもに負けねばな
らんのだ・・・・・支配者となるべきこのオレがッ・・・!!」
ボト・・・ボト・・・
アスファルトに落ちる雫の音。
うつ伏せに倒れる男の顔付近、黒い染みがじっくりと広がっていく。
「あはははは♪ いいザマねェ〜、メフェレスぅ〜〜!」
突如巻き起こる哄笑の嵐。
豹柄のチューブトップに身を包んだコギャルが、大きなサングラスの奥で破顔しながら、暗い
路地の入り口に立っている。
「闇・・・豹・・・・・・オレを・・・笑いに来たのか・・・」
「そうよォ〜。いっつも偉そうなボンボンがぁ〜、惨めに這いつくばる姿をねェ〜〜♪」
白のブーツを鳴らしながら、神崎ちゆりは痩身の魔人の傍に立って見下ろす。
「で、どうすんのォ〜〜? このまま這いつくばってる? それともォ〜、あいつら、皆殺しにし
ちゃう〜〜?」
アスファルトに食い込む指に、力がこもる。
バリバリと音をたてて、掻き毟る指から生爪が血の糸を引いて剥がれていく。
「もう・・・失うものは・・・ない・・・・・・」
敗北した。醜態を晒した。見捨てられた。屈辱にまみれた。
この世に生まれ落ちて初めて味わう屈辱が、復讐の悪鬼を紅蓮の炎で包む。
もはや、なりふり構っていられない。
世界征服など、どうでもいい。
あの憎き銀色の守護天使ども、奴らをどんな手段を使っても抹殺する。それだけが、憤怒に
焼かれる久慈の願望の全て―――
「殺してやるああああああッッッ―――ーッッ!!!! メスブタどもがアアァァッッ〜〜〜ッ
ッ、ひとり残らず血の海に沈めてくれるわあああああッッッ――――ッッッ!!!!」
狂ったような絶叫が、暗い路地裏を震撼させた。
《ファントムガール第十話 了》
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