第十三話


 第十三話 東京鎮魂歌 〜赤銅の闘鬼〜



 序
 
 周囲360度を、水の世界が囲んでいた。
 品川水族館名物・トンネル水槽。時折通り過ぎるエイやウミガメが巨大な影を落としていく。
距離にして10mほどの通路にひとたび入れば、まるで海中散歩をしているかのような錯覚に囚
われ、優雅な楽園気分を誰もが味わうことができる。
 だが、今この瞬間、トンネル内は血生臭さと張り詰めた緊迫感に支配されていた。
 生と死の交わる交差点があるならば、現世では紛れもなくこの場所がそうだろう。
 
「威勢よく現れた割には、随分と消極的だな。現代の御庭番当主は」

 揶揄する調子をあからさまにした久慈仁紀の声に、ギリと歯を鳴らしたのは、五十嵐玄道本
人ではなく後ろで控える坂本勇樹一尉であった。
 挑発なのはわかっている。『エデン』の奪取を目指すこの闘いは、御庭番陣営にとっては勝
利しなければ意味がない。敢えて仕掛ける必要がない悪の総帥は、余裕を覗かせカウンター
の機会を待っているのだ。
 
「我が安い仕掛けに乗るとでも思うたか?」

 忍刀を構えたまま姿勢を崩さぬ玄道の声に揺らぎはなかった。
 
「フン。事実を言ったまでよ」

「久慈よ、うぬを消せば全ての奸計は露となる。追い詰められているのは果たしてどちらか
の?」
 
 チラリと視線を、坂本は周囲の水槽に巡らせた。
 鶏の卵大の白い球形が、フワフワと浮遊している。無数の『エデン』。心なしか、激しく蠢動し
ているように見えるのは、殺気の余波を受けて反応しているからなのか。魚たちが異常な速度
で暴れ泳いでいるのは、ふたりの超人が対峙していることと、決して無関係ではないはずだっ
た。
 表面上は2対1の構図であっても、坂本は己が戦力として計算されていないことを悟ってい
る。右腕を失ったからではなかった。久慈と玄道、このふたりと比してあまりに戦闘能力が掛け
離れすぎているからだった。隙を見て『エデン』のひとつでも奪えれば、とも考えたが余計な動
きは当主玄道の足手まといになるばかりだ。勝負の行く末を見守る以外、坂本に出来ることは
なかった。
 
「追い詰められてるのはどちらか、だと? クク・・・御庭番の現当主は年を食いすぎてボケが
始まっているらしい」

「まるで勝利を確信しているような口ぶりよな」

「確信だと? 違うな、もう勝っているのだよ。貴様が仕掛けてきた攻撃を二度に渡って、この
オレが完璧に抑え込んだのをもう忘れた・・・」

 ガキイィィッッ・・・・・・ンンンッッ!!!
 
 突如眼の前に現れた五十嵐玄道の斬撃を、久慈は愛剣で受け止めていた。
 数mは離れていた距離を、いつの間に埋めたのか? 坂本が目を瞠った時には、すでに両
者の身体は離れて再び元の場所で対峙している。
 
「これだ、これ! 褒めてやるぞ、五十嵐玄道。意識の死角を突いての超速ダッシュ、というと
ころか。並の人間には貴様が消えたか、瞬間移動でもしたように見えるんだろうな。だが柳生
殺人剣のエリートであるオレには効かんわ!」

「・・・『エデン』に感謝することよな、久慈」

「舐めるなッ!! 元々のオレの能力の高さ故だッ! 貴様の最も得意とする奥義はすでに破
った。貴様ごとき老いぼれが新世界の神に敵うものかッ!!」

「初めて老いというものを恨んだわ。もう20年・・・いや、10年若ければな」

 苦い感情が胸に広がるのを、玄道は思わず口に洩らしていた。
 久慈の言葉の通りであった。意識には死角がある。どれだけ集中していようとも、ふっと注意
が逸れてしまう瞬間が必ずあるのだ。その不可避の隙を突くのが玄道の秘儀。気付けば懐に
飛び込んでいる秘術に、あの海堂一美の心胆すら寒からしめたものだ。
 だが、こと気の察知という面においては、久慈は海堂を上回っている。皮肉にも直接刃を交
わしたことで、玄道は魔人の実力を認めざるを得なくなった。
 もしかしたら、侍の血統である久慈は忍びの五十嵐家にとっては天敵であったのかもしれな
い。
 あとわずか。ほんのわずか、スピードが衰えていなければ仕留めることはできたかもしれぬ。
しかし現実には、最大秘儀を破られた玄道では、久慈を始末するのは至難といえた。
 
『・・・勇樹よ』

 リストバンド内に仕込まれた送受信機で、背後に控える若者に玄道は電気信号を送った。
 小型の金属機器は現代忍びならではの、特殊伝達手段として用いられている。複雑な電気
パターンで送る暗号は、同じ元御庭番衆の忍びにしか解読は不能であった。
 
『はい、玄道さま』

『爆破の準備を進めさせよ。“エデン”もろとも、我らこの地に散るとする』

 指示を送る玄道にも、受ける坂本にも躊躇いの色は微塵もなかった。
 この作戦に従事したときから、覚悟はすでに決めている。ファントムガール・サトミを囮にして
まで決行した『エデン』奪取作戦に、収穫なしでの退却は許されなかった。『エデン』を奪うのが
ベスト、だが不可能ならば災いの根源を絶つ。大量の『エデン』が悪党どもの手に渡れば、世
界の秩序は根底から崩れるのだ。なんとしても避けねばならない、最悪の事態だけは。『エデ
ン』の全てを消滅させ、あわよくば久慈の命も道連れにする。そのためならば、老体を含めた
御庭番衆の命数十など軽いものだ。
 
 坂本が水族館の外に配備された爆破部隊に信号を送る。万一に備え部隊は5つにわけ、『エ
デン』の所在が明らかになってからは、可能な限り照準がトンネル水槽に合わせてあるはずだ
った。
 
『・・・すまんな、勇樹』

『いえ・・・これで心置きなく魅紀のもとへ逝けます』

 ふと、若き隊員の口元に緩やかな笑みが広がったその時であった。
 
「・・・蛆虫ども、さては何か仕掛けたか?」

 わずかな変調に気付いた久慈が怪訝な声をあげる。

「傲岸な態度も今のうちぞ、久慈よ。うぬには我らとともに九泉へ旅立ってもらおう」

「・・・クク・・・ふははッ、フワアッハッハァッ!!」

 黒の衣装に身を包んだ魔人の哄笑が響くのと、冷たい汗がふたりの忍びの全身から噴き出
すのとは同時であった。
 気付けなかった。
 久慈の放つ濃厚な殺意と闇に、注意を分散できなかった。取り巻く状況の変化にまるで気付
いていなかった。
 
「うぬら・・・」

 トンネル水槽のふたつの出入り口。
 数十人の男たちが、銃火器を構えて立ち塞がっている。銃口は全て玄道と坂本に向けられ
ていた。一般人が避難した首都において、御庭番の末裔に敵意を見せるのは久慈の配下以
外に考えられない。だが、明確な殺意を剥き出しにした包囲網のなかに、玄道も坂本も見知っ
た顔がいくつかある。
 
「ハアッハッハッハァッ〜〜ッッ!! まさか自分たちの仲間に、権力や暴力に餓えた者がひと
りもいないと思っていたのかッ?! このメフェレスの勝利が確実となった今、新たな支配者に
尻尾を振るのは、賢明な者ならば当然の選択というもの!」

 頭領であるはずの玄道に冷たい銃口を突きつけるのは、御庭番衆及び防衛省から悪に魂を
売った裏切り者たちであった。
 警察、官僚、マスコミ・・・戦地と化した東京で次々とメフェレスに鞍替えした卑劣漢たちが、忠
誠を誓うのと交換に『エデン』の授受を求めてこの地に呼び寄せられていたのだ。新時代の闇
王の配下となることを望んで。
 一般人と違い、情報を数多く仕入れている彼らは悟っている。もはや人類に希望はないこと
を。
 守護天使と崇められたファントムガールは次々と処刑され、首都の地に散っていった。残る
女神はすでに敗北を喫し、辛くも生き永らえたに過ぎないサトミとナナのみ。希望の光は絶た
れたも同然だった。
 もう、この世界は終わりだ。人類の守護者であるファントムガールの全滅は、時間の問題でし
かない。
 ならば新たな時代を生き残るために、次代の王に服従を示すのは賢い人間の当然の選択で
あった。
 
「ハッハッハッハッ!! 殺せ、そいつらを! 手柄をあげた者から順番に『エデン』を与えてや
ろう!」

 高笑いする久慈が声を張り上げた、その瞬間であった。
 轟音とともに、品川水族館は爆破の炎に包まれた。
 
 
 
 1
 
 昨日からの雨はやんでいたが、首都東京の空は厚い雲に覆われたままだった。
 低気圧の影響で風が強く吹いている。高い影を落とすコンクリートの谷間を過ぎ行く風は、秋
の気配を濃厚に忍ばせていた。日陰で当たれば、きっと肌寒さを覚えるだろう。だが、巨大生
物の襲撃を受けたこの街に、往来を過ぎる人影はただひとつとして見つけることはできなかっ
た。
 暗い首都を、寒気を帯びた風が吹き抜ける。
 悪魔の爪で心臓を毟り取られたかのように、沈黙する東京の街。絶望と終末の時が迫る灰
色の大都会は、凍りついたように静寂に沈んでいた。
 
 チン・・・
 
 最上階についたことを知らせるエレベーターのチャイムが、やけに大きくフロアに響く。
 両開きの扉の奥から、質素な外観のエレベーターとは不釣合いな、派手派手しい極彩色に
包んだ女が降りてくる。カツン、となるヒールはゴールド。チューブトップにジャケット、インナー・
アウターともに豹柄であわせたファッションは、この女の性質を端的に表していそうだった。際
どい角度で食い込んだダメージホットパンツから、生々しいまでに白い太腿がその光沢を主張
している。
 
 神崎ちゆり。通称『闇豹』。
 シブヤ109での監視・・・惨死したファントムガール・サクラ回収の阻止を任ぜられた狂女は、
結局ただの一度として交戦することもなく、この新たなアジトへの帰還を要請された。サクラの
亡骸を見上げながら、時折うたた寝を繰り返す、気楽な任務。二、三度、暗闇から特殊部隊の
ものと思われる視線は感じていたが、敢えて『闇豹』は無視を決め込んでいた。偵察を任務と
する諜報員の戦闘力など、熟睡の妨げにもなるまい。また彼らとて、己が優先すべき事項はよ
く理解しているはずだ。見るだけなら、好きなだけ見てればいい。退屈さを感じながら、『闇豹』
は109に磔にされた光なき桃色の女神を、何時間も眺め続けて朝を迎えた。
 
「はァ〜あ。しっかし、落ち着かないアジトだよねェ〜・・・」

 大きな欠伸をしながらフロアを鳴らして歩を進める『闇豹』。全面ガラス張りの四方の壁から、
朝の淡い光が広大なフロアに差し込んでいる。昨日一日で衝撃的な事件が次々と起こったの
が嘘のように、眼下に見下ろす東京の街並みは静まり返っている。表面上に見える街の破壊
以上に、日本の首都は崩落寸前にまで陥っているはずだった。
 
「落ち着かないのも仕方あるまい。ここは数時間前までは奴ら・・・政府側の持ち物だったんだ
からな」

 飛んで来た声に不意を突かれ、ビクリとちゆりは丸い肩を跳ね上げた。反射的に声の主を振
り返る。
 ・・・悪趣味ねェ〜・・・
 己のセンスを省みず心の内で毒づくちゆりに、玉座を意識したらしき豪奢なソファーに腰を掛
けた久慈仁紀は薄い唇を吊り上げて答えた。
 痩身を漆黒のシャツとスラックスで包んだいつものスタイル。だが、銀のシーツにくるまれた
玉座に座るその姿は、闇の王と呼ぶに似つかわしい風格が漂っている。
 新たに忠誠を誓ったものたちに運ばせたのだろう、急造の壇上に玉座は設置されていた。神
殿の祭壇に飾られた神々と己とを同一視しようというのか、この魔人は。その新しい配下とな
る者たちは、都合6人が左右に分かれて壇の足元に平伏している。地に額をつけたままの顔
は確認できないが、現政府を裏切った高級官僚の面々であることは容易に想像がついた。
 見下ろされる形で久慈と対峙しているというのに、ちゆりの胸には苛立ちの感情は起こらな
かった。代わりにゴクリと、白い咽喉を上下させる。
 
「久しぶりじゃなァい、メフェレス・・・なによォ、その土下座してるブタどもはァ〜?」

「久しぶり? フン、昨夜会ったばかりではないか、『闇豹』。こいつらがこのオレに恭順を示し
たために、今この場所が我がアジトとなっているのだ。戦力の差が明らかとなってきた今、現
政府は内側から崩れ始めているようだな、ククク・・・」

「・・・たった一日なのに、随分長く会ってなかったと感じるなんてねェ〜・・・」

 まさかこれほどの貫禄を有するほどになるとは・・・出かかる台詞をちゆりは飲み込んだ。
 闇の王。真の意味でその称号を久慈が手にする瞬間は、刻々と近づいている。
 世界征服。子供じみた言葉。現実的に考えたことなどちゆりは一度もなかったし、久慈にした
ところでどうしても成就したいと願っている節もなかった。ただ無能な人間どもを踏み締めなが
ら生きていければいい。支配欲と蹂躙への渇望を巡らせ狂騒していただけだ。
 だが、『エデン』を大量に掌中に収めた奇跡によって、夢想は実現に向けて動き始めた。まず
は日本という国家が平伏す時が、もう目前にまで迫ってきている。
 
 ファントムガール・サクラを渋谷にて抹殺した。
 続いてサイボーグ戦士のアリスを、四肢をバラバラにして処刑した。御庭番衆の手の者であ
る相楽魅紀や五十嵐蓮城を死に追いやり、立ち塞がったユリアも日本武道館の地で粉砕し
た。
 政府側の決死の襲撃で、アジトのひとつであった品川水族館は爆破されたが・・・首領である
久慈の命は、今眼の前にあるようにピンピンとしている。『エデン』の殲滅を狙った御庭番衆頭
領・五十嵐玄道の目論見は、ほぼ目的を果たすことなく失敗に終わっていた。
 残るファントムガールはたったの二匹。それも・・・今回の戦闘でサトミもナナも幾度も敗北を
繰り返し、ただひたすらに命を永らえているに過ぎぬのが現実。
 誰が考えても、勝敗はほぼ決している。
 残るは末筆を締めるのみ。人類がすがるただ一本の糸・・・最後の守護天使ふたりのファント
ムガールを処刑した時、全ての希望は絶たれ、世界は久慈のものとなるだろう。
 
「あそこに・・・絶頂にイキまくった挙句果てた、無様なサクラの屍が磔にされている・・・」

 すっと長い指を伸ばした久慈が、ひとつの方向を指し示す。渋谷方面。高い建造物に邪魔さ
れて視認こそできないが、確実に示す先には哀れな桃色の天使が惨死した姿を晒していた。
 
「あちらには四肢を切断されたアリスのスクラップが・・・そしてそこには、無惨に肉体を破壊さ
れたユリアの亡骸が転がっている」

 次々と指で示す久慈。その冷たい表情が、ゆっくりと残忍な笑みをつくった。
 
「この東京の地には・・・オレの邪魔をしてきた憎きファントムガールの死体があちこちに転がっ
ている・・・ふ・・・ふはッ・・・『闇豹』よ、真の勝者は一体誰だ?!」

「・・・勝者は・・・あんたよォ、メフェレスゥ・・・あとは、仕上げに入るだけ」

「そうだッ!・・・ファントムガールの象徴、そして人類最後の頼みであるサトミ・・・ヤツをこの地
で処刑して、我が覇道は完成を迎えるッ!」

 猛る久慈の雄叫びが、魔人たちの新たなアジトである333mの鉄塔を揺るがした。
 東京タワー。
 港区芝公園に建設された、東京のシンボルタワー。繊細にして優美、紅白に彩られた華やか
な姿は、富士山と並ぶ日本を代表する情景と呼んでも過言ではないかもしれない。恐らくは日
本人のほとんどが、容易にその美観を脳裏に思い描くことができるであろう。
 
 戒厳下の東京。巨大生物の襲撃に混乱する中枢機関。相次ぐ守護天使の敗北に、漂う不安
と絶望の空気。
 そのなかで一部の官僚の裏切りとともに、東京タワーは新たな支配者となるであろう、闇の
王に引き渡された。魔人メフェレスへの捧げ物として。
 作戦基地として決して向いているとは思えぬこの場を根拠地としたのも、権勢の中心が侵略
者に移りつつあることを、世界中に知らせる意図が大きかった。そしてなにより、今や過剰に
身を潜める必要がないほどに、悪の勢力は現政府の力を覆い尽くそうとしている。
 
「随分と・・・ご機嫌だな、久慈?」

 低い声音が響いた瞬間、東京タワーの中央付近、大展望台のフロアは凍りついたように張り
つめた。
 土下座をしたまま固まっていた6人の裏切り者たちがビクンと肩を揺らす。ガタガタと震え始
める身体は、本能で「恐怖」の接近を悟っていた。
 革靴を鳴らして近づいてくる、ふたつの影。
 三つ揃いの白スーツにサングラス、全身から鋭利と殺意を振り撒く長身と、ケロイド状に爛れ
歪んだ疵面がおぞましくさえある、肉厚の身体を紫スーツで包んだ男。
 卑劣を絵に描いたような元官僚たちの心胆を、登場のみで凍えさせる男たち。レベルが違
う、まるで。己の背筋に走る寒さを自覚しつつ、『闇豹』は改めて今は仲間である兇悪ヤクザた
ちの脅威を感じていた。
 
「海堂に・・・スカーフェイスのジョーか。もう戦闘のダメージは抜けたのか?」

 薄笑いを端整なマスクに張りつけたまま、久慈が問う。この男だけは最凶コンビを前にしてわ
ずかな揺らぎも見せてはいなかった。今の魔人も海堂たちと同じ、別ステージの存在なのだ。
 
「・・・昨夜から、十分に時間は経っているからな」

 歯を剥き出し、怒鳴りかけたジョーを海堂が制止する。距離を置いた場所で歩みを止めた二
匹の凶者。叩きつけるような殺気の暴風が、離れた位置でも届いてくる。
 濃密な闇が、展望台の広いフロアを埋め尽くしていくようだった。なんという、空間。世界中の
邪気が集中しているかのように、ドス黒い澱のごとく瘴気が東京タワーの中央に積もっていく。
 久慈仁紀。『闇豹』。海堂一美。スカーフェイスのジョー。
 尋常ならざる悪意が一堂に会した場は、『エデン』を譲り受け、それなりの能力を手にした6人
の卑劣漢にとってさえ、恐怖を禁じえない空間となった。
 
「お前こそ、品川水族館で爆破に巻き込まれたと聞いたが? どういうカラクリで生き延びた、
久慈?」

「なに、単純なことだ。特殊部隊の連中を何人か、寝返らせたつもりだったんだが・・・どうやら
全員を手なずけることは、さすがに出来なかったらしい。あの程度の爆発ならば、『エデン』持
ちを殺傷するには至らんわ」

「保管していた『エデン』はどうなった?」

「多くを失った。忌々しきは五十嵐家の当主だ。しかし、消滅させる前に、その多くは媒体と融
合させた。本来ならば、もっとじっくり吟味して媒体を選びたかったのだが・・・やむを得まい」

「その媒体が・・・そいつらか?」

 床に平伏したままの6人の男たちを、海堂が顎で指し示す。
 
「我が下僕となった暁に、貴様らに顔見せしておいてもよかろうと思ってな。東京タワー奪取に
尽力したこいつら6人を、褒美代わりに特別に招いてやった」

「・・・ふん・・・見るからに醜い連中だな」

「数限られた『エデン』持ちの配下だ、無闇に殺してくれるなよ、海堂。完成を迎えつつあるとは
いえ、まだ我が覇道は道半ばだ。あの爆発ならば恐らく・・・五十嵐家の当主も生き永らえてい
よう」

「・・・ベラベラとよく喋りやがるぜェ・・・ボンボンの餓鬼はよォ・・・」

 唾を吐き捨てた疵面の男が、忌々しげに言い放つ。
 紫スーツの両肩が盛り上がっていた。あからさまな、苛立ち。今、スカーフェイスのジョーに無
闇に声を掛けようものなら、即座にハラワタを引きずり出されてしまいそうだ。
 
「フン、そう突っかかるな、スカーフェイス。世界征服などに貴様が興味を覚えないのはわかる
がな」

「そういうことじゃねェッ!! 今オレ様の血は・・・たぎって仕方ねェッ!! 殺したくて殺したく
てたまらねェんだよォッ!! この疼きは血を見なきゃ収まらねえぜッ!!」

「ちょッ・・・落ち着きなさいよォ〜、ジョー・・・機械女に続いて小鳥ちゃん・・・ユリアをメッタ刺し
にして殺したっていうのに、まだ物足りないのォ〜?」

 疵面のこめかみにビッシリと青筋が浮かんだのは、その瞬間であった。
 
「・・・あァ? 殺すぞ、『闇豹』?」

 撒き散らしていた殺気が一斉に己へと吹き付けるのをちゆりは悟った。
 禁句だったか。気付いたときには謝罪の言葉がケバいコギャルの口を突いていた。ヤラれ
る。わずかでもタイミングを逃せば、次の瞬間にはスカーフェイスは躊躇なく殺しにくる。怒れる
殺人鬼を相手に生き延びられる自信など、悪女として震撼された『闇豹』にもなかった。
 
「ご、ごめんなさい・・・許して、ください・・・」

「誰がユリアを殺しただって? あァ?・・・あれは・・・アイツの食い残しだろうがァッ〜ッ!!」

「やめろ、ジョー。『闇豹』に当たったところで、屈辱が晴れるわけでもあるまい」

 一歩を踏み出そうとしたスカーフェイスの腕を、海堂の右手が掴んでいた。
 
「恨みを雪ぎたいのなら、あの赤鬼を始末することだ。あるいは・・・工藤吼介に『エデン』を与え
た五十嵐里美や、ヤツが大事にする藤木七菜江を蹂躙するか」

「・・・わかってますぜ、海堂さん。あいつら3人はブチ殺す。肉がミンチになるくらいによォ・・・切
り裂き、潰し、抉ってくれるわッ!!」

 激昂する疵面獣を尻目に、玉座に深く腰掛けた久慈がほくそ笑む。
 そう、恐らくはその3人。いずれも久慈にとって因縁浅からぬ3人が、日本征服に最後の障害
となるはずだった。
 裏切り者の片倉響子は・・・あの女狐は利口だ。敗北濃厚な死地に自ら立つとは思えない。
ほぼ大勢の決した現状、なんらかのサポートをすることはあっても自身戦闘に参加すること
は、まず考えにくいだろう。
 まして女生物学者が望む『エデン』は、政府の人間によってほとんどが消滅してしまった。響
子の真の目標をいまだ久慈は知らなかったが、今となってはどうでもいい話。危険を冒してま
で、久慈を襲うメリットが今の響子にはないはずだった。『エデン』の大量喪失は手痛いのに違
いなかったが、唯一その点においては良い方向に働いたと思われた。
 
 そして・・・突如現れた赤銅の闘鬼。『エデン』と融合した格闘獣・工藤吼介の変身体。
 脅威でいえば、紛れもない脅威はこの赤鬼の存在のみだ。事実、初戦において、赤銅の鬼
はギャンジョーを圧倒した。残る3匹の障害物のなかで、飛び抜けて厄介で注意すべき敵がこ
の格闘鬼であることに、疑いの余地はない。
 
 だが。
 果たして、赤鬼は二度と現れることがあるのか? 工藤吼介が再び巨大化を選択することが
あるのか?
 闘鬼は事実上、ファントムガール・ユリアを葬ったのだ。互いに無意識下での闘いとはいえ、
その現実は過酷に迫る。
 助けるべく天使を敗退に追い込んだ男が、再び戦場に立てるかどうか。
 そして、戦場に立ったとして、暴走する闘志の塊は正常に敵を認識できるかどうか。
 
「ファントムガール・サトミとナナ・・・この二匹を処刑したとき、全ての決着はつく・・・」

 つぶやいた久慈が、サッと両手を振る。合図に呼応するように、大展望台の片隅に一団の黒
い塊が湧き上がる。
 塊の正体は黒スーツに身を包んだ人間たちであった。それまで気配を押し殺していた黒い軍
団は、整列しながら左右に広がっていく。
 
「な、なによォ〜? この連中はァ〜?」

「ククク・・・言っただろう? 品川水族館の爆破時、『エデン』をその場にいた媒体に寄生させ
た、と。奴らが我が従順なる兵隊ども・・・94名の『エデン』の兵士だ!」

 久慈の言葉を合図に、94人の『エデン』を寄生させた悪魔の兵士たちが、一斉に散らばって
いく。
 首都東京を制圧する、魔人メフェレスの手先たち。ひとたび巨大化すれば自衛隊の一個師
団でも手に負えない悪魔どもの脅威が、東京全土に広がっていくのだ。
 
「ここにいるオレたち4人に、94名の兵士ども・・・合計98人に対して、ファントムガールはわずか
ふたり、か」

「ククク・・・だが、あくまで愚かな守護天使を、衆人環視のもとで公開処刑してこそ、全ての服
従はこのオレに集まるというもの」

 ふわり、と黒衣の痩身が宙を舞ったかと思うや、壇上を蹴った久慈の身体はフロアに着地し
ていた。
 
「さて・・・仕上げの時だ。忌々しき銀色の女神を、ついに葬る瞬間がやってきた」

 鼓動が高鳴る。細胞が踊り暴れる。長きに渡る闘いに終止符を打つその日が・・・憎き守護
天使を殲滅させる決戦の時が、もう間もなく始まるのだ。
 眼を血走らせた久慈の裂帛の叫びが、紅白の鉄塔にこだました。
 
「本日正午! ここ、東京タワーにて! ファントムガール・サトミとファントムガール・ナナ、二
匹の公開処刑を行なう! 奴ら二匹の死をもって、ファントムガール抹殺計画は完結を迎える
のだ!」



 時計の針が10時を刺すのを見計らい、男は重く澱んだ室内の空気を掻き乱すように声をあ
げた。
 
「・・・時間じゃ。里美を、この場に引き立てよ」

 数人の気配が扉の向こうで動くのがわかる。厚さ250mmの壁を通してでもある程度の動き
を感知できるのは、御庭番衆を統べる現当主としての力量を遺憾なく示していると言えた。気
配の察知、という点においては、年輪を重ねた肉体といえどもいまだに特殊部隊に所属するど
の後輩と比べても、後塵を拝するつもりも、記憶もない。
 防衛省の地下深く、政府に仕える現代忍びたちが根城にしている一室に、五十嵐玄道の姿
はあった。
 
 やけに縦に長い部屋であった。突き当たりの奥に、一段高くなった壇上と木製の椅子。調度
品と呼べるものはその程度で、あとはコンクリートが剥き出しになった壁が四方を囲んでいる。
一見した印象は中世ヨーロッパの堅牢な監獄に近い。
 牢屋との明確な違いはひとの多さにあった。
 奥の椅子に坐した玄道に続く花道を形成するように、ずらりと並んだ二列の人並み。スーツ
に身を固めた男たちが5人づつ、直立不動で玄道の左右に連なっている。一様に強張った顔
は、修羅場を潜り抜けてきた苛烈さを匂わせたものから、いかにも政治世界の泥沼を渡ってき
たものまで・・・忍びあがりの上級士官から表世界の権力者まで、現政府の防衛関連のトップ
が一同に会しているのが瞭然としてわかる。
 
 靖国神社から防衛省にかけての一帯・・・現日本政府が有する防衛力の中枢であり本拠地で
ある区域は、ゲドゥー、ギャンジョーという最凶の脅威を迎えながら、結果的な被害は最小範囲
と呼べるものに収まっていた。しかしそれは、決して単純に喜ぶべき事態とは言い難い。
 二大凶獣が防衛省の破壊に拘らなかった理由は明らかだ。なぜなら、する必要がないから
――。
 靖国神社の眼と鼻の先、日本武道館の傍らには、擦り切れたボロ布のごとく変わり果てたフ
ァントムガール・ユリアの亡骸が仰向けで転がっている。己の流した膨大な血と泥とにまみれ、
破壊の痕を生々しく残した少女戦士の無惨な遺体・・・巨大生物に対してほとんど無力である
事実を晒してきた防衛省と、幾多の強敵を退けてきた人類最後の希望である守護天使、どち
らを打ち砕かれるのが人々の絶望を煽るかは天秤にかけるまでもない。侵略者の示威行為と
してはすでに十分過ぎるほどの成果があがっていた。
 
 必要がないから、防衛省最後の砦は破壊を免れた。だが同時にそれは、巨大な侵略者たち
に興味すら持たれない対象と成り下がった事実も示している。
 破壊されなかったのではない。放置されたのだ。
 防衛省の軍事力などは、邪魔にも妨害にもならないと確信しているからこそ――。
 「飽きられたオモチャ」のように無視をされた本部基地にて、人類最大の窮地を回避する術を
探らねばならない現実。色濃く広がる敗北の苦味を、玄道はただただ胸の内に抑え込んでい
た。
 
「・・・玄道様。テロリスト久慈仁紀による声明が、各民放映像からも流れ始めました。これでテ
レビ・ラジオ・インターネット、全てのメディアが久慈の勢力下に置かれたと考えられます」

「捨て置け。現時点でヤツの元へ寝返った官僚、大臣、議員どもは確認がとれているだけで3
割弱。内通者を含めばその割合は跳ね上がる。権力の中枢に近い者ほど、戦況の優劣は瞭
然に把握しよう・・・なびくマスコミに対処する余裕など、今の我らにはない」

 玄道から見て右列の一番手前、当主の声にコクリと頷く若き隊員は、レンジャー服の袖から
覗くはずの右腕がなかった。
 品川水族館で爆発に巻き込まれた坂本勇樹一尉。彼もまた、玄道と同様に爆破現場から奇
跡的に一命を永らえたひとりであった。
 
 爆破部隊を5つに分けていたのが、玄道ら御庭番衆としては一矢を報いることに繋がった。
血の結束を誇っていたはずの伊賀忍びの末裔たちに裏切られたのは、悔恨余りある事態では
あったが、それでも爆破部隊の5分の3は機能したのだ。結果として品川水族館は半壊し、大
量の『エデン』が炎のなかに消えていった。今後の魔人メフェレスの脅威を考えれば、その手
元から半数以上の『エデン』を消滅させたのは、唯一の成果と言えるだろう。
 だが今回の作戦・・・防衛省と品川水族館にて敵を分断し、『エデン』を奪取するという目論み
は完全に失敗に終わったのは明らかであった。玄道らができたことは、最低限の仕事・・・その
水準の半分も達成できなかったのは任務に当たった当事者がもっとも心得ている。
 
 成果は『エデン』の大量破壊。
 それと引き換えに失ったものは・・・あまりにも大きい。大きすぎた。
 
「我らがこうして生き延びた以上、久慈にあの程度の爆発では深手を負わせることすら叶わぬ
のは想定内じゃが・・・先程の報告に間違いはないのだな? 勇樹よ」

「はい。鎮火後の品川水族館で確認された遺骸は、特殊国家保安部隊員の犠牲者を除き、12
体。着弾点にほど近い周辺では、損傷が激しいため確認が取れていないものもありますが・・・
大きく前後することはありません」

「我らを囲んだ裏切り者どもは、消えた、ということか」

「少なくとも生死の確認が取れていないのは確かです」

「後を絶たぬ造反者たちは、奴ら水族館より逃げ延びた連中の差し金と考えるのが妥当よの」

 人は強き者に流れるもの――。
 久慈を新たな覇王として迎える流れは、このまま加速していくことだろう。侵略者・反逆者の
類いは勢力が弱いうちはテロリストと位置づけされるが、国を転覆させてしまえば正義と変わ
る。今、この国を引っ繰り返そうとしている魔人を食い止めるには、圧倒的な力に力を持って対
抗するしかなかった。
 
 その対抗する力が・・・あるのか? 我らに?
 
「玄道様・・・なぜ、『第六エデン』と融合されなかったのですか?」

 唇を噛んだ坂本一尉が、搾り出すような声をあげた。
 言ってはならない、と若き隊員は己に言い聞かせていたつもりだった。それでも言葉は洩れ
出ていた。
 
「しなかったのではない。できなかったのだ。この老体に寄生することを『エデン』は了承しなか
った」

「このような事態になるとわかっていたなら・・・不肖坂本が『第六エデン』を強奪すべきだったと
悔やんでいます」

 精悍な青年の瞳からポロポロと光る雫がこぼれ落ちる。
 
「相楽隊員は・・・魅紀は、この国とこの自然とを心より愛しておりました。無念です、玄道様。
力不足とわかっていても、このようなことになるのなら『第六エデン』を奪えばよかった。彼奴ら
をひとりでもこの命と道連れにしたかった。もう我々は・・・ダメなのでしょうか? この国は、終
わりなのでしょうか?」

「泣くな、勇樹」

 叱咤する玄道の声は、静かなものであった。
 
「現実を見詰め、出来うる最大限を尽くす。我らにできるのはただその一事よ。最期まで・・・死
の間際まで、我らはただ為すべきを為すまで」

 語る言葉は玄道自身に投げかけるものでもあった。
 重大な危機に直面したことは、一度や二度ではない。だからこそ、御庭番現当主には今回の
危機を回避することが、いかに困難であるかがわかっている。恐らく誰よりも挫けそうなのは、
玄道自身のはずだった。
 そしてそれ以上に・・・
 これから現当主として「為さねばならぬ」職務が、鉄のごとき心を折りそうなほど、忍びの総帥
に重く圧し掛かっていた。
 
「里美様を・・・お連れしました」

 扉の向こうから声が届く。玄道もよく知る、御庭番衆古くからの配下の声。雷が打つように、
ピシャリと現代忍者の総帥は言い放った。

「言い直せッ・・・私情を混同するでないわッ!」

「・・・はッ!・・・・・・罪人・五十嵐里美を・・・連行しました」

 重々しい響きをたてて、厚い鋼鉄製の扉がゆっくりと開いていく。
 ゴロゴロとふたりの男に押し出された台車が入室してくる。守護天使と崇められ、人類最後の
希望とされる麗しき少女は、荷台の上に正座した姿勢で乗せられていた。
 孤独で、無情とも思える闘いを続けてきた戦女神に対する仕打ちとは思えぬ、酷い扱い。
 後ろ手に麻縄で緊縛されたセーラー服姿の女子高生は、その上から更に鋼鉄の鎖でがんじ
がらめに縛り付けられていた。極悪人への捕縛と見紛う、頑丈かつ乱暴な拘束。形のいいバ
ストや太腿の肉がくっきりと浮かぶほどのキツさで食い込んだ鎖は、首枷に繋がりわずかに身
を揺らすだけでも窒息を強める。鬱血する柔肌、壊死しかかる肉細胞、軋む骨格、潰されてい
く気道・・・放置されているだけでも幾種類もの苦痛が里美を襲っているはずだった。
 のみならず、瞳周辺を覆うのは、ラバー樹脂でできたアイマスク。極太のゴム帯が、グルグル
と何重にもストレートヘアの頭部に巻きつけられている。
 眼窩の形すら見分けられそうにビッチリと美少女の顔に吸着するそれが、視界を奪うのみで
なくギリギリと美少女の頭蓋を間断なく締め上げているのは確実であった。両耳すらも塞いで
いるため、里美は視覚も聴覚も失った状態でこの責め苦を味わい続けているのだ。
 口腔には赤いギャグボール。ダラダラと口元を濡らし、尖った顎先から糸を引いて落ちていく
透明な雫を、留めることすら叶わない。嗅覚以外のほとんどの感覚を奪われ、ただ苦痛と恥辱
のみが押し寄せる暗闇に里美は沈められていた。
 
 男たちがセーラー服の肩を掴むや、粗大ゴミのように里美は投げ捨てられていた。正座した
まま、コンクリートの床に落ちたくノ一少女の全身から、軋む鎖が音をたてる。引き攣るように
反りあがるスレンダーな令嬢戦士。
 玄道と、左右に控える20の眼光が一斉に虜縛の少女を射抜く。
 法廷にて断罪を待つ被告人・・・それが、今の里美の正しき立場であった。
 
「マスクと口枷を解け」

 里美の両サイドに挟み立つふたりの男が、乱暴にラバー樹脂のアイマスクとギャグボールと
を外す。涎にまみれたボールを捨てるや、男たちは手にした棒――中国武術の棍を思わす―
―で里美のうなじを押し付けた。不意に戻る光は刺すような痛みを暗闇に慣れた瞳に与え、呻
くくノ一少女は成すすべなく腰から折り曲がる。ガッという鈍い音色がコンクリの床に響き、里美
は額を擦り付けて平伏させられた。骨が軋み肉が締め付けられる苦痛に、美麗な少女の眉根
は深く寄り、パクパクと紫に変色した唇が開閉する。
 距離を置いた高台の椅子から睥睨する現御庭番当主と、緊縛され地に伏せる次期当主。
 実の父と娘、それもこの国を影から守護すべきふたりが向き合う光景として、これほど残酷
な構図が他にあるのだろうか。
 
「本来ならば使命を破った重罪人は三日三晩、“闇落とし”の懲罰を受けてもらうところだが…
うぬにはまだファントムガールとして闘ってもらわねばならぬ。今回、うぬの肉体が復調する猶
予を与えたのは特例だと心得よ」
 
「ぐッ・・・ぁッ・・・はぁッ・・・はぁッ・・・」

「うぬの犯した重罪・・・忘れてはおるまいな? 里美」

 全身を小刻みに揺らしながら荒い息を吐くセーラー服の背中に、冷徹な声が次々に降りかか
る。
 
「本来は我らの最後の希望として丁重に扱うべきうぬを・・・このような仕打ちに処さねばならぬ
理由は、解しておろうなッ、里美!」

「・・・ッ・・・ァッ・・・わかって・・・・・・います・・・」

「工藤吼介に『エデン』を与えぬという使命を、うぬは己の意志と手で破った。その結果、新たな
脅威である赤鬼は生まれ・・・ファントムガール・ユリアが犠牲となった!」

 グッと唇を噛む里美を、二本の棍がさらに床に押し付ける。細首に食い込む棒がギリギリと
音をたて、少女の顎から滴る汗と涎がじわりとコンクリートに広がっていく。
 
「里美よ・・・世界を危機に貶めたうぬの罪は・・・あまりに重い! なにか申し開くことがあるな
ら言え!」

「・・・・・・なにも・・・ありません・・・・・・ァッ・・・くゥッ・・・」

 緊縛の痛みと圧迫がさせるのか、荒々しく呼吸する里美の痙攣が止まることはなかった。秀
麗な面貌を濡らす大量の汗には、心なしか瞳からこぼれた雫も混ざって見える。
 
「うぬへの正式な処分は、評議会の沙汰が下るまで待つがいい。だが事態は急を要する。脅
威に立ち向かえるのがうぬしかおらぬ以上、ファントムガールとして闘ってもらわねばならぬ」

 玄道が軽く首を振るや、男たちが抑えていた棍を里美の首元から外す。荒々しくセーラー服
の青襟を掴むや、乱暴な動作で数時間前まで忠誠の対象であった少女の上半身を起こす。
 
「里美。事態が逼迫した今、うぬにはなんとしても彼奴らの侵攻を阻止する責任がある。・・・少
なくとも、評議会は唯一それのみを、うぬの命の救済条件としている。ファントムガールとしてう
ぬが闘いに勝利すること以外、赤鬼を生み出し壊滅的状況を作り出した罪を赦さぬ構えだ」

 正座する格好となった里美の焦点が、離れて相対する玄道の像を結び出す。かすんでいた
実父の姿を、このとき里美はようやく確認することができた。
 左眼に巻かれた幾重もの包帯。
 品川水族館の爆発から命こそ拾った玄道であったが、飛び散るガラスの破片を受けて左の
眼球を失っていた。
 
「・・・ッ・・・玄道さまッ・・・」

「言うな、里美。うぬが心を砕くべきは他にある。すでに数多くの同朋を失ったこの闘い・・・なに
を犠牲にしようとも、テロリストどもを殲滅する以外、我らに未来はない」

 強く唇を噛む美少女が、視線を床に落とす。
 自分の取った行動が正しかった・・・などとは思っていない。
 ユリアを始め多くの者が犠牲になった責任を、誰よりも痛感しているのは里美であった。恐ら
く、あのとき取った行動は間違いだった。罰を受けるのは当然だった。
 それでも、里美は工藤吼介を救わずにはいられなかった。
 
「うぬがファントムガールとして闘いに出撃することを拒むなら・・・その時点で極刑を言い渡せ
との、評議会からの通達ぞ」

「・・・言われずとも・・・私、は・・・・・・闘います・・・・・・」

「差し当たって、うぬの御庭番衆次期頭領としての資格は、一時的に凍結された。期間は無期
限。メフェレス、ゲドゥー、ギャンジョーの3名を葬ることが解除の条件となる」

「・・・畏まりました」

「・・・アレを里美に」

 玄道の指示に動いた男たちが、里美の前に赤い包み紙を置く。
 紙の中央に包まれた、小さな透明のカプセル。
 その正体が何かは、説明を受けるまでもなく次期頭領の資格を剥奪された少女は知り抜い
ていた。
 
「肉体の潜在能力を100%引き出すことが可能な劇薬・・・超人的能力を得る代償として命を奪
うがため、御庭番衆のなかでも重要ポストを占める幹部生には与えられないものだが・・・次期
頭領の資格を失ったうぬには授けることができる」

 相楽魅紀が最期の闘いにて服用した、猛毒。
 捕虜として囚われるならば死を。そして、犬死にを迎えるのならば戦闘での散華を。現代忍
びが覚悟を決めた折に服用する、禁断の最終手段。
 その劇薬が今、敢えて渡された理由を里美はよく理解していた。
 
「各メディアを通じて、魔人メフェレスの声明が全世界に流されておる」

 静かに口を開いた玄道が、感情を押し殺した声で里美に告げる。
 
「本日の正午、東京タワーにてファントムガール・サトミとナナの2名を待つ。現れなければ、覇
道の一歩として首都東京を地上より消し去る、とのことだ」

「・・・わかりました」

「理解はしておろうが・・・ファントムガール・ナナは戦力として期待はできぬぞ」

「私ひとりで・・・決着をつけます」

 傍らに立った男たちが、里美を拘束する鎖や麻縄を凄まじい速さで解き放つ。
 まだ痺れる腕をゆっくりと伸ばした守護少女は、赤紙に包まれたカプセルをその手に握り締
めた。
 
「・・・この命に代えて、必ず」

 全てを悟った里美が、ふらつく身体で審判の部屋をでていくまで、玄道はその背中を見送っ
た。
 
「これで・・・満足か?」

 左右に居並んだ男たちに御庭番衆現当主の言葉が掛けられる。鋭く光る右眼の視界に、動
くものはなにも映らなかった。
 
「あとは無力な我らにできることをするのみ・・・我は我のすべきことを為す」

 高台の椅子から五十嵐玄道が立ち上がったのを合図に、最終決戦に向けての最後の会議
は終了した。
 正午まで、残るは1時間38分――。
 
 
 
 緊急のアジトとして選んだ地は、廃墟と化した原宿の一画であった。
 魔人メフェレスの襲撃により、刈り取られたように拓けた大地。表参道へと続く、ゆるやかに
勾配を昇った坂の途上には、コンクリートの塊がゴロゴロと転がっている。二日前までブランド
名がごった返した洒脱な通りは、見る影もなく原野に還っていた。
 片倉響子がこの場を臨時の休息所としたのは、逃走を念頭に置いたが故だった。
 あちこちに瓦礫の山が積もった開けた地は、身を隠す物影に事欠かないとはいえ、建造物に
入ることに比べれば追っ手に見つかる危険は格段に増す。それでも閉鎖された空間に身を置
くことを響子は嫌った。忍びの血を継ぐ集団を敵に回した今、完全に身を潜めるのは恐らく不
可能。どう発見されないか?ではなく、発見されてからどう逃げるか?を女教師は優先させた
のだ。
 
 白のTシャツにブラックのホットパンツ。同じく黒のレザージャケットに身を包んだ少女が、眼
の前に立っている。
 昨夜、あれほどのリンチを受けた肉体は、ほとんど痕も目立たぬ程度に回復していた。『エデ
ン』の成せる能力・・・それも祖先に『エデン』寄生者を持つ、真の“超人類”ならではの真髄を、
少女は身体で証明してみせていた。完全なる『エデン』の戦士・シュラにもっとも近いのは、工
藤吼介を除いてはこの少女であることに疑いはない。
 
 藤木七菜江には、全てを話した。
 『エデン』の真の姿から、工藤吼介の正体、そして七菜江自身が何者なのかも。
 憎悪しているはずの響子の口から伝えられる真実を、驚くほど冷静にショートカットの女子高
生は聞いていた。ずっと瞳を響子に注がせたまま。
 ただ、最後に告げられた言葉に、七菜江は静かに顔を伏せた。
 
「ファントムガール・ユリアは、死んだわ」

 武道天使が死に至った経緯を、響子は敢えて説明しなかった。
 
「残るファントムガールは、あなたと里美のふたりのみ。そしてメフェレスは、その二名に本日
正午、東京タワーでの決闘を表明してきた」

「・・・・・・・・・ガオウは?」

「え?!」

 初めて口を開いた少女の言葉は、響子の予想になかったものだった。
 
「・・・シュラ・ガオウとなった先輩は・・・闘いの場に現れたんでしょ?」

「・・・ええ」

「誰と、闘ったの?」

 開きかけた口を響子はつぐんだ。
 沈黙が支配する。無言をこれほどの重圧として感じたことなど、響子の経験にはなかった。
 
「全員と、よ」

 少しだけ嘘で濁らした答え。
 だが、隠しようもない真実を、七菜江は敏感に悟った。
 
「ユリちゃんを・・・倒したのは、誰?」

「ユリアの命を絶ったのはゲドゥーとギャンジョーよ。嘘じゃない。これは本当のこと」

「・・・先輩はどこ?」

 すっと女教師の長い指がひとつの方向を示すのと同時に、ショートカットの少女は駆け出して
いた。
 100mは走った。響子に騙されたのでは?と一瞬、疑った。
 瓦礫を前に佇む、逆三角形の広い背中が荒れた大地の中央に見えた。
 
「・・・吼介先輩・・・」

 軽く息を整えながら、七菜江は見慣れたはずの背中に声を掛けた。
 手を伸ばせば、温かく頼もしいその肉体に触れられるのに。それ以上の一歩が踏み込め
ず、ただ七菜江は言葉を投げた。
 
「全部・・・片倉響子から聞きました。『エデン』の正体も、『エデン』の血を継ぐ存在のことも、そ
して・・・里美さんが、先輩を助けるために『第六エデン』を渡したことも」

 背を向けたまま、男は微動だにしなかった。
 
「結局、あたしたちは里美さんに助けられたんですね」

 ボロボロと大粒の涙が、柔らかな白い頬を流れ落ちる。
 
「里美さんの元を去った、あたしたちなのに。あたしたちのせいで、里美さんは使命を破ること
になったのに」

「・・・もう、里美のそばに、オレたちが立つことはないだろう」

 発せられた工藤吼介の声は、やけに低く重かった。
 
「オレは、『エデン』の力で・・・ユリを殺してしまった」

「ッッ・・・そんなことッ・・・違うよ、ユリちゃんを倒したのはあいつらだって、片倉響子も言って
る!」

「わかってるんだ! オレなんだッ! ユリアを殺したのは・・・本当はオレなんだッ!」

 崩れるように、突如逆三角形の肉体が膝折れた。
 地面に四つに這った吼介は、ゲエゲエと吐いた。ビシャビシャと吐瀉物が大地を叩く。爪がア
スファルトに食い込み、豆腐のように毟っていく。
 
「オレがユリアを殺したんだッ! あいつを殴った感触が・・・まだ拳に残ってる。オレがガオウ
なんて化け物にならなきゃ、ユリは死なずに済んだッ!」

「やめてッ! そんなこと、言わないでッ!」

「わかってたんだ・・・知ってたんだよ、『エデン』を寄生させたら意識を保てなくなるってこと
は・・・なにが覚悟だッ! こうなることはわかってたんだッ! 危険を承知で、里美を倒してま
で『エデン』を奪おうとしたんじゃねえかッ! なのにッ・・・!!」

「もういいッ! お願いだから、もう自分を責めないでッ!」

「・・・覚悟なんて・・・全然できてなかった・・・ユリを・・・もう一度生きて会おうって約束してたユリ
を、オレは・・・・・・こんなオレに・・・なにができるって言うんだ・・・・・・」

 ボトボトと、何かがアスファルトを叩く音が、吼介の背中の向こうで響く。
 筋肉で覆われた広い背中が、少女のように丸まっていた。
 
「オレが・・・・・・生まれてこなきゃ・・・よかったんだ・・・・・・」

 いつか芽生えていた、そんな意識。
 里美の姉弟と偽られ、五十嵐の家にとって邪魔な存在であると、教えられた時であったか。
 里美の側で、愛する女を生涯守り抜くことを、否定された時であったか。
 どうやって生きていけばいいかわからず、たぎる暴力への渇望を抑えられぬ時であったか。
 人類をその手で窮地に追いやった事実を悟る男は、己の存在が消え去ることを痛切に願う
ことでしか、自我を保てないでいた。
 
「この身体が・・・なくなれば・・・・・・もう、闘いなんて・・・・・・」

 膝立ちになった男が、じっと己の両手を見詰める。
 爪が剥がれ、皮膚が裂けた指先は血で黒く汚れていた。この拳がなければ・・・鍛え上げた
鋼鉄のごとき拳を、憎悪をこめた眼光が射抜く。
 
 ドッ・・・
 
 衝撃が、吼介の肉体を揺らしたのはその時であった。
 
「あたしじゃッ・・・ダメかなァッ?!」

 涙で顔をグシャグシャにした七菜江が、吼介の胸に抱きついていた。
 
「先輩の生きる理由ッッ・・・あたしじゃダメかなァッ?! 里美さんとは比べ物にならないダメダ
メなあたしだけどッ・・・あたしのために、生きてッ! あたしをずっと、守って!」

 抱きついたまま、少女は真っ直ぐに男の顔を見上げた。
 涙で濡れた七菜江の顔を、これほどまで愛おしく思ったことはなかった。
 
「この拳もッ・・・この身体もッ! ぜんぶ、ぜ〜〜んぶ、あたしのために使って! あたしを守る
ために、ぜんぶ必要なものなんだよッ?! あたしを守るために、きっと吼介は生まれてきた
んだよッ!!」

「・・・な・・・なえ・・・」

 上空から落ちてくる透明な雫が、ボタボタと七菜江の猫顔に当たっては弾かれる。
 
「吼介が『エデン』を持ったことを否定したら・・・きっと、里美さんが・・・辛いよ?・・・・・・全て
を・・・あたしたちとの関わりさえ捨てて・・・吼介に、託したんだもん・・・・・・」

 少女を抱き締め返す男は、豊かな胸の合間に顔を埋めて泣いた。
 鬼と呼ばれる男が、慟哭した。子供のように、七菜江の胸のなかで泣きじゃくった。
 格闘獣と恐れられる男を、母のように優しく撫でながら、七菜江もまた溢れる涙を留めること
ができなかった。
 
 正午まで、残り1時間12分――。
 
 

 2
 
 灰色の空が覆う天に向かって、鮮やかな紅白の塔が伸びている。
 高層ビルが乱立する首都にあって、333mの高さは現在では特筆すべきものではない。鉄骨
で組み立てられた姿は無骨ですらあり、洗練された東京スカイツリーの外観と比べれば古めか
しさは否めなかった。それでもこの鉄塔は日本人の多くに、東京という地を象徴する心象風景
としてインプットされているだろう。
 東京都港区芝公園。西の端にそびえたつ、東京タワー。
 今や全世界の人類の眼が、この鉄塔に釘付けにされていた。あらゆるチャンネルのテレビ映
像と、ネットでの公開配信。政府による情報規制が機能しなくなった今、正午から始まるとされ
る最終決戦の模様は、そのまま垂れ流されることだろう。背後には、圧倒的優位に立つ魔人メ
フェレスの思惑が蠢いているのは明らかだった。現時点では深閑としている公園内の敷地は、
間もなく人類の最後の希望を賭けた闘いの場へと変わるだろう。
 
 そこで繰り広げられるのは、守護天使の残酷な処刑ショーか。
 あるいは奇跡を現実へと変える、勝利の大逆転劇なのか。
 
 正午まで残るは18分。
 表面上はなんの変化もなく、ただ曇天の薄暗い光景に紅白の鉄塔が映えるばかりであった。
 
 ザッ・・・
 
 風が鳴った。青いプリーツスカートの裾が舞い、茶色がやや混ざった黒髪のストレートが揺れ
る。
 芝公園の中央に立つ、制服姿の女子高生。
 湖面に一筋の月光が挿したような、玲瓏たる美少女であった。決戦を目前に控えた戦場で、
憂いを帯びた白磁の美貌は不釣合いなまでに落ち着いていた。
 ただじっと。五十嵐里美は東京タワーを見詰めていた。どこまでも深く澄み切った瞳で。
 つい一時間ほど前まで拷問を受けていたとは思えぬほど、その肉体からはダメージを感じら
れなかった。回復までの時間を逆算したうえで、“闇落とし”の仕打ちが課せられていたのだろ
う。
 
「・・・里美・・・さま」

 レンジャー服に身を包んだ隻腕の若者が、傍らから声を掛ける。
 公園の敷地には、里美のほかにはこの坂本一尉の姿しかなかった。周辺には当然、元御庭
番衆で構成された特殊国家保安部隊員が身を潜めている。戦闘が始まれば彼らにできること
はないが、それまでの保護と戦闘終了後のサポートは重要な任務であった。
 この国を守るという「使命」を果たすため、現在出来る精一杯を尽くす。足手まといになるとわ
かっているからこそ、サポートまでが彼らに出来る限界だった。影から日本を守り続けてきた
精鋭たちは最終決戦を間近に迎えて、ただ己の無力を恨みながら里美に全てを託すしかなか
った。
 
「ファントムガール・ナナ・・・藤木七菜江の姿は付近では確認できていません」

「恐らく・・・彼女はここには来ないでしょう」

 要注意人物の枠を越え、危険人物の扱いを受ける工藤吼介と行動をともにし、自らも里美に
拳を向けた藤木七菜江の立場は、政府のなかでもかなり危ういものとなっている。犯した罪の
重さでいえば、むしろ里美以上と言えるかもしれない。御庭番衆の前に姿を現すには、それな
りの覚悟がなければならなかった。
 なによりも今の七菜江は、吼介のもとを離れられないはずだった。
 赤鬼と化し、闘争本能のままにユリアにすら手を出してしまった吼介が、まともでいられると
は里美には思えなかった。もっとも恐れていた事態を、起こしてしまったのだから。崩壊寸前の
吼介を守ることができるのは、今は七菜江だけだ。
 そう、私ではなく、ナナちゃんだけ―――。
 
「おひとりで、闘う覚悟ですか?」

「そのために、全ての準備をしてきたわ」

 歯の裏に隠された透明カプセルを、そっと舌先で確認する。
 伊賀忍びの末裔に受け継がれた秘薬。己の生命と引き換えに、自己の身体能力を100%引
き出す毒薬は、本来は捕虜となるのを避けるための自害用のものだった。
 だが死に至るまでの数分間、奇跡的なまでの力をこの薬は肉体に授ける。
 最期の最期、ひとりでも多くの敵を道連れにする。カプセルが渡された意味を里美は正しく理
解していた。次々に仲間が斃れ、希望が途絶えつつある今、最後のファントムガールにできる
ことは限られている。
 
「死ぬ・・・おつもりですか?」

「勝つ、つもりよ」

「敵はあまりにも強大です」

「私の命を捨てることで勝てるのなら・・・喜んでそうするわ」

「あなたが・・・魅紀と同じ薬を使おうとしていることには・・・正直複雑な想いです」

 初めて里美の表情に、わずかな翳りが挿した。
 
「相楽魅紀さんが、あなたのフィアンセだったことは聞いています」

「魅紀は己の使命を果たして立派に散りました。オレの誇りです。でも、命を賭けて守ったあな
たが、『第六エデン』をあの男に渡したことを思うと・・・オレは魅紀に掛ける言葉が思いつかな
い」

「・・・ごめんなさい」

 くるりと坂本に向き直った里美は、長い髪を垂らして深く頭を下げた。
 次期頭領となる立場であった頃ならば有り得ない、いや、許されない行為であった。
 
「本音を言えば、今でもあなたの行為には・・・腹が立っています」

「許してくれなんて、言いません。全ては私のせいです。私のエゴのせいで、こんなにも多くの方
を傷つけ、死に追いやってしまった・・・」

「魅紀があなたのせいで死んだなんて思わない。むしろあなたの役に少しでも立つことができ
たなら、彼女は喜んで死を受け入れたでしょう。でも、悔しいんだ。魅紀は御庭番の血を継ぐ者
として使命を果たしたのに、あなたは使命より愛する男の命を選んだ。あなたのしたことは、
我々を裏切ったも同然としか思えない」

「わかっています。私は御庭番衆として失格です。恨まれるのは・・・当然だと思っています」

「でもオレは、どうしてもあなたを憎むこともできなければ、嫌うこともできないんだ」

 ゆっくりと頭をあげた里美の瞳に坂本の端整な顔が映る。
 若者の頬を一筋の涙が伝っていた。
 
「だってあなたは・・・それでも自分の身体を犠牲にして、この世界を守ろうとしているから・・・」

「・・・坂本・・・さん・・・・・・」
 
「生きて・・・必ず生きて、還ってきてくださいッ!!・・・里美さまッ!!」

「・・・ありがとう」

 それ以上、紡ぎかけた言葉を唇を噛んで留めるや、風を巻いて里美は振り返った。
 曇り空に映える東京タワーがやけに大きく見えた。足早に歩を進める。もう振り向かなかっ
た。
 涙は流さない。泣いている暇などなかった。
 
「私は・・・必ず勝って、生きて還るッ・・・必ずッ!」

 吹き付ける強い風のなかを、少女戦士は決戦の地に向けて進んでいった。
 
 
 
 左の手首に巻いたカルティエの腕時計に視線を飛ばす。正午まで、残るは18分。東京の中
心地をぐるりと一周する山手線で見れば、東京タワーの最寄り駅である浜松町とこの原宿とは
ほぼ反対に位置している。真っ直ぐ一直線に向かったところで、正午までに間に合うかどうか
――。片倉響子の胸には焦りが生じ始めていた。
 
 遠く見詰める先では、廃墟のなかで小柄な少女と筋肉に包まれた男がひとつに寄り添ってい
る。もうずっと、一時間近くも若いふたりはそのままの姿勢でいた。藤木七菜江と工藤吼介。最
強の冠を欲しいままにしていたはずの高校生の姿は、見る影もなかった。まるで母親に甘える
ように、工藤吼介は七菜江の膝枕に顔を埋めて抱きついていた。その頭を少女は優しく撫で
続けている。
 
 もう、闘えないわね――。
 
 格闘獣と恐れられた男が見せる弱々しい姿に、女教師は冷静な判断を下していた。
 危惧はしていた。戦争用の兵器として開発されたであろう『エデン』。本来『エデン』が生み出
すべき存在は、戦闘マシンとでも呼ぶべき種族のはずだった。響子がシュラと名付けたその種
族に、唯一成り得たのが工藤吼介。予想通り、祖先より脈々と『エデン』の血を受け継いだ吼
介の資質は他の人間とは比べ物にならなかった。ファントムガールやミュータントになる者たち
など、所詮シュラから見れば半端な存在でしかない。
 だが戦闘能力の高さが、そのまま精神力の強さに繋がるかといえば、答えはノーだ。
 吼介の闘争本能は常人を遥か逸脱している。シュラと成り得たのも納得であった。しかしそ
の精神力は普通の高校生と大きく変わるものではない。武道によりある程度は鍛えられている
とはいえ、人間のそれと変わりないのだ。
 
 顔見知りの少女の死に、己が関わっていると知って、平気でいられるものかどうか――。
 そして同様の悲劇を今後も生む可能性があると知って、再び戦地に立てるものかどうか―
―。
 
 響子にとっても最悪の結末であった。今後に関してはともかく、現状迫る脅威にガオウという
最強の手駒が使えなくなるとは・・・世界が魔人メフェレスの手に堕ちれば、全ては終わりなの
だ。
 メフェレスに世界を支配させてはならない。あの男はただ“世界を支配した”という実感に酔い
しれたいだけだ。海堂とジョーにいたっては殺しの快楽のみをひたすらに求めてるに過ぎな
い。響子が描く新たな超人類の世界は、奴らを排除しなければ始まらないのだ。
 
 託せる者は、もはやファントムガール・ナナしかいない。
 
 名指しで呼び出す限り、メフェレスに策略と勝算があるのは明らかだ。東京タワーに向かうの
は罠に飛び込むようなもの。誰もがわかりきったこととして、理解している。
 それでもサトミひとりで闘うよりも、ナナの参戦が奇跡の可能性を増すのは間違いなかった。
 99.9%敗北が待つ闘い・・・だからこそ、残りの0.1%を賭けてみたくなる。それがファントムガ
ール・ナナだった。いや、賭けてみなければ終末を迎えるだけなのだ。今、響子にできることは
全てを七菜江に託すことのみであった。
 
 廃墟の片隅には、現地で調達した真っ赤なホンダVTR250が二気筒のエンジンを震わせてい
る。巨大生物襲撃後の首都には自家用車もバイクも選び放題乗り捨てられていたが、扱いや
すさと小回りの効く点で響子はこのロードバイクを選択していた。七菜江ひとりを運ぶにはこの
サイズで十分事足りるであろう。
 だがもう、時間がない。最終決戦に間に合わせるには、吼介と引き離してでも七菜江を連れ
ていかなければならなかった。ギリギリまで待ってみたものの、もはや限界は過ぎかけている。
 
「そろそろ・・・」

 静かに呟き、一歩を進んだ深紅のハイヒールはピタリとその歩みを止めていた。
 
「動くな。赤鬼を生んだ元凶・片倉響子よ・・・うぬの重罪、見逃されることはない」

 背後。背中に張り付いた声の主は、響子の防衛の支配圏を易々と突破しその生命を掌中に
していた。忍刀の冷たい感触が、首筋に付けられている。
 鮮血の珠が、ツ・・・と流れ落ちていく。女教師は己の身にすでに自由はないことを悟った。
 
「我は、我がすべきことを為すのみ。うぬら重罪者どもに・・・裁きを」

 御庭番衆現当主・五十嵐玄道。
 ただひとり廃墟に姿を現した男の独眼となった右眼は、異様に鋭い光を灰色の空の下で放っ
た。
 
 
 
 行かなくてはならない、のはわかっていた。
 名指しで呼び出されたから、というのもある。しかしそれ以上に、悪鬼の巣窟に乗り込む五十
嵐里美をひとりにするわけにはいかなかった。情勢は明らかな不利。それでも・・・ひとりよりも
ふたりの方がいいに決まっている。奇跡とも思える逆転の可能性がわずかでも増える限り、七
菜江は行かねばならなかった。もう二度と傍らに立つことはないかもしれないと思った里美の
隣で、闘うべきであった。
 
 里美さんを、助けたい。
 もう一度あなたと、一緒に闘いたいよ。
 
 それでも・・・わかっていても、今この場から去ることが、どうしても七菜江にはできなかった。
 膝に顔を埋める工藤吼介の頭をそっと撫でる。最強と呼ばれる男のこんな姿を見るのは、七
菜江にとっても初めてのことであった。まるで子供だった。七菜江が知る吼介ではなかった。な
のに・・・ますます愛しさが募るこのひとをひとりにして、戦場に向かう気にはなれなかった。
 
「罪人・藤木七菜江よ・・・」

 低い男の声に、ショートカットの少女は顔だけをあげていた。緊張が、その表情を強張らせ
る。御庭番の追手が現れたことは、瞬時に理解していた。初めて聞くはずの声音なのに、どこ
か記憶に引っ掛かる。背中に噴き出す冷たい汗。声の主が強者であることだけは、直感が教
えてくれていた。
 
「残念なことではあるが・・・我らのもとを離れ、その男と行動をともにするうぬを、なんらの沙汰
なしと許容することはできぬ」

 瓦礫の山がふたつの影を吐き出す。ひとりは片倉響子。もうひとり、女教師の首元に短刀を
突きつけた隻眼の男が声の主であろう。
 
「・・・安藤・・・さん?・・・」

「仮の姿では、随分と世話になったな、藤木七菜江・・・願わくば、うぬの前にはこの姿で現れた
くはなかった」

 追撃者の正体を知った七菜江の吊り気味の瞳が、大きく見開かれる。
 黒づくめのレンジャースーツに身を包んだ初老の紳士は、少女がよく知る執事に間違いなか
った。だが・・・その事実を確認しなければならないほど、噴き出す気配はまるで異質なものに
変わっている。言うなれば、オレンジ色が血の色に変わったように。春の陽射しが厳冬の息吹
に豹変したように。
 
「五十嵐玄道・・・それが我が本当の名。御庭番衆の現当主であり、不肖里美は我が娘にあた
る」

 続けざまの衝撃が、硬直する少女の胸を射抜く。
 五十嵐家に居候する七菜江の身辺の世話をしてくれていた執事が・・・現代忍者の頂点に立
つ人物だったというのか。
 それも里美の肉親・・・本当の父だと。
 
「安藤さんが・・・里美さんのお父さん?・・・ウソ、なんでそんな・・・」

「全ては里美を影から支えるため。そして、異能の血を継ぐその男を警戒するため」

「吼介を?!・・・・・・じゃあ・・・じゃあ、ふたりが姉弟だっていうのは・・・」

「里美をその危険な男から引き離すには、必要な嘘だったのだ。もっとも結果的には効果はな
かったのかもしれぬがな・・・里美は使命を破り、そやつに『エデン』を渡してしまったのだから」

 景色が歪む。地についた足がふわふわと浮かぶような感覚。
 今が非常事態であることを、心の隅でどこか七菜江は感謝した。度重なるショックの連続に、
心が麻痺してくれている。もし平常時に安藤・・・いや、五十嵐玄道の告白を聞いていたなら
ば、あたしはこの場で立っていられたのだろうか?
 
「ひどい・・・よ・・・・・・そんなの、ひどすぎる・・・」

「この国を守るためには仕方のないことだった。使命を遂行するために最善を尽くすのが我ら
の・・・」

「使命、使命ってッ! なんで好き同士だったふたりが離れなきゃいけないのッ?! 吼介が一
体、なにしたっていうのよッ!! ただ、『エデン』の血を継いで生まれたってだけなのに
ッ!!」

「ならば誰がこの国を、世界を守るというのかッ?! 藤木七菜江よ、ファントムガール・ナナと
して身を挺して巨大生物の脅威に立ち向かったうぬなら理解できようッ?! 誰かが傷つかね
ば、守れぬものがあるッ!! その犠牲となるために・・・うぬらファントムガールや我らは存在
しているのだッ!!」

 叫びかけた少女の口が閉じられる。白い歯が下唇をギリと噛む。
 
「使命を果たすためには、感情よりも秩序と指令が優先されるッ! 里美は・・・与えられた役
割を放棄し、己が感情に走ってその男を救った。それは御庭番衆として、許されざる大罪なの
だ。藤木七菜江、うぬもファントムガールとして我らに関与する以上・・・里美に拳を向け、そや
つと行動を共にする罪を看過するわけにはいかぬ」

「・・・あたしを・・・処罰するためにきたの?・・・」

「うぬへの正式な裁断はまだ下されておらぬ」

「・・・吼介が『エデン』の血を引くって理由で警戒されるなら・・・あたしだって、一緒だよ。あたし
も、あなたたちが嫌う・・・異能な存在の子孫だよ?」

「赤鬼の暴れぶりを見なかったのか? そやつはメフェレスらにも劣らぬ人類の脅威だ。消さ
ねばならぬ。工藤吼介を抹殺することこそ、今、我がなすべきことよ。なにをしたか、だと? そ
の悪鬼がユリアを葬った事実を知らぬとは言わさぬぞッ、七菜江ッ?!」

 ピンクの唇が歪む。またも言葉は紡がれず、ただ息を呑む音が響くのみ。
 膝のうえで顔を伏せる男を抱き包み、少女はショートカットの髪をふるふると横に振り続け
た。
 
「藤木七菜江ッ、ダメよ! この男は・・・あなたにすら容赦はしないッ!」

 沈黙を貫いていた響子が、たまりかねたように叫ぶ。御庭番衆現当主の実力を数分前にイ
ヤというほど思い知らされた女教師の声色には、必死さが張り付いていた。
 
「やだッ・・・・・・絶対ヤダッ!! 吼介はあたしが守るッ!! 里美さんが守った吼介を、今度
はあたしが守ってみせるッ!!」

「邪魔するというのならば・・・うぬもろとも処断せねばなるまいな、藤木七菜江・・・」

 響子の首元に突きつけられていた忍刀の切っ先が、すっと男を庇い続ける少女に差し向けら
れる。
 冷たく光る玄道のひとつ眼に、冷徹以外の感情は一切浮かんでいなかった。
 
「逃げなさいッ、七菜江ッ!!」

「逃げないッ!! あたしが逃げたら誰が・・・吼介を守るっていうのッ?! もう吼介にはあた
ししかいないもんッ! たとえ安藤さんに殺されたって・・・あたしはこのひとを守り続ける
ッ!!」

「うぬの罪も、許されたわけではないぞ、藤木七菜江・・・これ以上、罪を重ねるというならば、
やむを得まいな・・・」

 カチャ・・・
 銀光を跳ね返す刃が、凍えるような音色を洩らす。
 突風が吹きつけ、世界が揺れたのは次の瞬間だった。
 
「逆だろ、七菜江」

 ゴオオオオッ!!!
 
 分厚い肉の塊が、現代忍びの総帥に襲い掛かる。マグマの如く沸騰する巨大隕石が、殺到
する勢いで。
 パシッ!! 唸る風の轟音を嘲笑うかのような、軽く、そして乾いた音がした。木の葉のよう
に黒づくめの身体が舞っていた。10mの距離を飛んで、爪先からふわりと着地する。
 先程まで少女の膝に伏していた格闘獣の、加速をつけての順突き。
 工藤吼介の砲撃のような一打を、五十嵐玄道は両掌で受けつつ自ら飛翔していた。打撃の
威力が巧みな体捌きによって消去される。だが・・・吼介の拳頭と玄道の掌から昇る白煙が、
剛打の威力を証明している。
 
「・・・あ・・・」

 少女の眼の前に、逆三角形の広い背中が立っていた。
 愛着のある、温かく、そして頼りがいのある背中。
 七菜江の膝に雫の沁みを広げていた弱々しき姿が幻であったかのように、格闘の覇王は廃
墟の中央に再臨していた。
 
「・・・吼介ッ・・・!!」

「守るのはオレの役目だ。いけ。早く里美の元へ・・・行ってくれ。このひとの狙いは、オレひとり
のはずだ」

「愛する者を守るために、目覚めたか・・・できれば沈んでいる間に仕留めたかったのだがな」

 呟く玄道の口の端から、一筋の鮮血が垂れ落ちる。
 衝撃を受け切ったつもりで・・・できなかった。掌越しに顔面に伝わった拳の威力が、グラグラ
と脳を揺さぶっている。覚醒した格闘獣と正面からやりあいたくなかったのは、偽らざる本音だ
った。
 
「で、でもッ・・・!!」

「早く行けッ! 使命に縛られたこのひとは、オレの次にはお前を狙わなくちゃいけなくなる。そ
うなる前に・・・里美を助けてやってくれ! 本心ではこのひとも、お前に行って欲しいんだッ!」

 二気筒のエンジンがけたたましく鳴り響く。滑り入ってくる真紅のホンダVTR250。隙を逃さず
行動に移していた片倉響子が、バイクの上に跨っている。
 
「乗りなさいッ、藤木七菜江! 今ならまだ東京タワーの決戦に間に合うわ!」

 躊躇いは数瞬だった。本当に自分がすべきことは、七菜江自身がよくわかっていた。最愛の
男が自らの足で立ち上がった今、少女戦士は本来立つべき戦場に向かうべきであった。
 跳躍したアスリート少女が、二輪の鉄騎に飛び乗る。瞬間、エンジン音と排気を残してモータ
ーバイクは東京タワー目指して疾駆していた。
 
「吼介・・・生きて逢おうね・・・絶対ッ・・・」

 流れる風のなかで、七菜江の呟きは轟音のなかに消えていった。
 
「・・・我が心情を読み切ったつもりか?・・・業深き赤鬼よ」

 対峙するふたりのみになった廃墟に、五十嵐玄道の低い声音が漂う。
 
「あなたが・・・本当は七菜江を処罰したくないのは、わかった。その気になったら、いつでも簡
単に倒せたはずだ。あいつは・・・あなたと闘うことなんて、できないから」

「藤木七菜江を罰するのは、全てが終わってからでも問題はない・・・里美同様、いまだ審判が
決定しているわけではないのでな」

「・・・あいつに里美を助けて欲しい。それが本心だろ? オレを襲えば結果的に七菜江がこの
場を離れられるってのは、計算済みだったみたいだな。・・・ホントの感情や希望を押し殺さなく
ちゃいけないのは・・・辛いと思う」

「知ったふうな口を聞くな、闘鬼よ。うぬさえいなければ、という想いは偽りなく我が胸に渦巻い
ておること、忘れるでないぞ。西条ユリを屠り、里美や藤木七菜江を苦境に陥らせる要因をつく
ったうぬを、我は断じて許さぬ」

「・・・わかってるさ、そんなことは。・・・七菜江に向けたのとは違い、オレへの殺気がフェイクじ
ゃないってことは」

 腹筋に突き刺さった忍刀を、ズブリと吼介は己の手で引き抜く。ビュッと噴き出す鮮血がアス
ファルトにボタボタと落ちていく。
 打撃を受けると同時に放たれた玄道の刃は、筋肉獣の腹部を確実に抉っていた。拳が届く
のがあと一瞬遅れていれば致命傷になっていただろう。
 
「うぬの処置もまだ裁定が下されたわけではない。だが構わぬ。我はうぬを始末する。それこ
そが本来の使命を全うする道ぞ」

「あなたたちにとっちゃ、オレという存在を消したいのは当然だよな」

 引き抜いた刀を廃墟の彼方に投げ捨てる。カラカラと鋼の弾む音色が届く。
 赤く染まっていく下半身。焼けるように疼く腹部を押さえながら、己に言い聞かせるように吼介
は言った。
 
「だが、里美からもらい、七菜江を守るために灯らせるこの命・・・もうオレの意志だけで簡単に
散らせることはできない」



 午前11時57分。正午まで残り3分――。
 透き通るような秋空に、紅白の鉄塔が映えている。間近で見上げる東京タワーは、無機質な
なかに威厳を備えてそびえていた。鉄骨の間を吹き抜ける猛烈な風が不気味な唸り声をあ
げ、青いプリーツスカートの裾を激しくはためかせて過ぎていく。
 
 五十嵐里美の周囲には、いまや味方と呼べる存在は誰ひとりとしていなかった。
 幾度か訪れたことのある、首都の象徴・東京タワー。
 その眼下に佇むセーラー服の美少女の前に立つのは、シャツとスラックスを漆黒で統一し
た、若き野望の主だった。
 両者の距離、約10m。縮めるつもりも、必要もなかった。雌雄を決するのはこの姿での闘い
ではないことは、互いが暗黙のうちに了承している。
 
「やはり、逃げなかったな・・・わかっていたことだが」

 低く呟く久慈仁紀の言葉に、凛と鳴る少女の声が応える。
 
「あなたたちが闘いの場に自ら現れてくれるのは・・・むしろ好都合だわ」

 絶対的不利な立場にあることなど無視したような台詞を、里美は平然と口にした。
 
「・・・随分と、強気だな」

「あなたたちを倒さなければ、この闘いは終わらない。地下に潜伏されるよりよほど・・・有難
い」

「ヒャッハッハッ! 五十嵐里美ィィッ〜ッ! 強がりも度が過ぎるんじゃねえかァッ?!」

 左後方より届くダミ声は、振り返らずともスカーフェイスのジョーのものだと即座に知れた。
 
「てめえひとりじゃオレらに勝てねえってのは、イヤってほど思い知ってるはずだぜェェッ?! 
巨乳のお嬢ちゃんと・・・飼ってる鬼野郎はどこだッ?! アァッ?!」

「・・・私ひとりで、あなたたち全員を倒せば済むことよ」

「あの時・・・藤木七菜江と工藤吼介のふたりと袂を分かったのは、芝居などではなかったよう
だな」

 右後方から響く、低く重い声音。
 トライアングルを形成して里美を包囲する最後のひとりは、“最凶の右手”を持つ海堂一美で
あった。
 
「しかし・・・互いを傷つけあってまで工藤に『エデン』を渡すことを拒んだお前が・・・なぜ、最後
にはヤツに『第六エデン』を授けた? オレにはわからんな」

「・・・わからないでしょうね、あなたには。わかって欲しいとも、思わないわ」

「お前たちの事情になど、まるで興味はないが・・・3対3にも備えていたオレたち3人を、お前
ひとりが相手する覚悟はできているんだろうな?」

「助けはもう、入らんぞ」

 再び正面の久慈から、低い呟きが洩れる。
 
「ファントムガール・サクラも・・・アリスも・・・ユリアも・・・すでに死んだ。我らのこの手で葬った
のだ。ナナと、そして赤鬼が姿を消した今、貴様を救出する者はひとりとして存在しない。この
闘いの意味を・・・理解していような、里美?・・・」

「たとえ、私が死に果てようとも・・・希望の灯りが消え入るわけじゃない」

 里美の言葉は宣戦布告であったか、それとも・・・遺言であったか。
 切れ長の瞳が光を放った。そう見えた。揺るぎない決意が陽炎のごとく昇る。女子高生が戦
女神へと変わる間際。戻れない領域へ、人類の希望を背負った少女が踏み入る。
 
「・・・トランスフォーム」

 長い髪の少女が眩い光の粒子と化す。秋風に溶けるように散ったかと思うと、光は渦となっ
て天空高く舞い上がっていった。
 
「正午ジャスト・・・自ら変身したか、里美。いや、ファントムガール・サトミ」

 日本を象徴する紅白の鉄塔の隣に、白銀の女神が降臨する。
 陽光を跳ね返す銀の肢体に、幾何学的な紫の紋様。金色がかったストレートの茶髪が風に
ゆれ、青く輝く胸中央と下腹部のクリスタルが、神秘の色を添えている。333mの東京タワーと
比べれば六分の一程度の身長しかない守護天使であったが、玲瓏たる美貌と均整の取れた
女性らしいスタイル、そして仄放つ清冽な闘志が、その存在感を首都の象徴と並び立たせるほ
どに大きく見せている。
 立ち昇る闘気の炎が見えるのならば、その色は紫であるに違いなかった。
 決意の赤と冷徹の青。激情と合理的思考とが絶妙にブレンドされた、理想的な戦闘態勢。
 
 怒り。悲しみ。覚悟。憎しみ。高揚。恐怖。・・・愛と感謝。
 あらゆる感情を呑みこんで、ファントムガール・サトミが決戦の大地に立つ。
 
「・・・貴様ひとりが身を張り、残る連中に希望を託そうとでも言うのか、サトミ。しかし――」

 久慈の言葉が消え入るのを合図に、3つの漆黒の稲妻が空を切り裂き、首都を震撼させて
芝公園の地を貫く。
 激しく揺れる大地と大気が割れるかごとき轟音。震える東京タワーの揺れが収まるころ、銀
色の女神を囲む3体の巨大生物は出現していた。
 三日月に笑う黄金のマスクを張り付かせた青銅の魔人・メフェレス。
 黒縄の肉体に白き鎧を纏ったひとつ眼の凶魔・ゲドゥー。
 変幻自在の槍腕を両手に持つ疵面の凶獣・ギャンジョー。
 
「この東京タワーの地が、ファントムガール・サトミの処刑場となることは確定したようだな」

 魔人の冷酷な宣言が響く。全世界に配信されているネット中継にも、その無情な響きは届い
たはずであった。
 ひとりでも勝つことは難しい強敵を相手に1対3。
 人類最後の希望といっていいサトミを、全人類が見守るなかで公開処刑する。メフェレスの描
いたファントムガール抹殺計画は、その最終段階に差し迫っていた。魔人の思惑通りに全ての
ことが運んでいるのは、標的とされたサトミ自身がよく悟っていた。もしかしたら、こうして罠と知
りつつ飛び込んでいったのは、単にメフェレスを悦ばせる結果に終わるだけかもしれない。
 だが――。それでも――。
 
「奇跡は、望む者にしか起こせないものよ。たとえどんな苦境にあっても」

 地に這いずろうと。四肢を砕かれようと。
 肉片のひとつになろうとも、私は泥臭く、勝利を望み続ける。
 その先に、きっと希望はあるから――。
 
「フンッ・・・奇跡に頼る時点で、貴様の勝利は皆無だと気付かないのか、ファントムガール? 
ならば・・・希望を持つことすら途絶えさせてくれるわ・・・」

 3匹の悪魔に囲まれた麗しき守護天使。その切れ長の瞳に見せ付けるように、メフェレスの
右手の指先が「パチン」と鳴らされる。
 直後に起こる悪夢のごとき光景に、サトミの銀色の美貌は凍りついたように硬直した。
 
 ドドドドドドドオオオオオッッッ!!!!
 
「フフッ・・・フハハハハッッ!!! 我が新たな下僕どもだッ! サトミよッ、貴様がここから生
きて逃げられることはないと・・・観念するがいいッ!! ファントムガール・サトミの死はもはや
絶対だッ!!」

 ざっと見渡して、30体。
 大地を揺るがし、新たに出現するミュータントの数々。一見して兇悪とわかる巨大生物が首
都の地を踏み締めていく。東京タワーを遠巻きに囲んだ二重三重の包囲網は1分と経たぬう
ちに完成していた。
 
「あッ・・・ああァッ・・・!!」

「クハハッ! 安心しろ、ヤツらは貴様が逃げるのを防ぐに過ぎん。能力的に少々劣る連中と
はいえ、30人を相手にさすがの現代くノ一も突破などできまいッ?! 逃亡を許されぬなか
で、貴様は我ら3名と雌雄を決するのだ!」

 暗闇のなかで遥か彼方に輝いていた、一点の光。
 そのかすかな光源が闇に呑み込まれていくのを、サトミは絶望のなかで自覚した。
 悪魔33匹に対して、ただひとり立ち向かう守護天使。
 ファントムガール・サトミに、生き残る術は、ない。
 
「そもそもが我ら3名に対して、まともに闘えるとも・・・」

 放言を続ける魔人メフェレスの口が閉じる。
 その眼前に、一息に跳躍した銀と紫の女神が舞っていた。
 
「生も死も・・・望まないッ!! ただ私はッ・・・闘うのみッ!!」

 衝撃は、確実に少女を貫いていた。死神の鎌は見えている。運命を悟ったかもしれない。だ
が、一瞬でサトミは全てを受け入れていた。
 重ねたふたつの掌が、メフェレスの黄金のマスクに真っ直ぐに突きつけられる。
 眩い巨大な光弾が、轟音を残して放たれたとき、孤独な戦女神の最終決戦は幕を開けた。
 
「ハンドスラッシュ・ダブルインパクトッ!・・・」

 右手で放った光弾が左手を通過する際、エナジーの補給を受けて極大化する・・・掌を重ね
ることで生み出された新たな光線技が、魔人メフェレスの黄金のマスクに吸い込まれていく。爆
発する光弾。眩い光が視界を埋めるなか、サトミの脳裏を様々な思いが駆け巡っていく。
 
 周囲を見ては、いけない。
 東京タワーを中心に、ぐるりと囲んだ30匹のミュータントの輪。
 見れば・・・絶望せざるを得ない。以前、工藤吼介に指摘された言葉が蘇る。お前はすぐに先
を読む、それが長所であり短所だ、と。先のことを考えたら、待つのは死以外に有り得なかっ
た。
 先を考えてはダメだ。全力で・・・眼の前の3匹の悪魔を葬る。それに集中する。3体全員とは
言わない。ひとりでも多く、地獄に堕とす。あとは・・・ナナちゃんに託そう。あのコなら・・・きっ
と、なんとかしてくれるわ。
 
 私はただ・・・闘おう。ひたすらに。肉の一片と成り果てようとも。
 
 死は、忘れ去るほどの過去に、とっくに覚悟を決めている。
 ファントムガールとなる前から。生まれた頃より、死と隣り合わせの宿命を背負っていた。『エ
デン』を寄生させてから、色をつけたようにその宿命が鮮やかになった。それだけのことだ。こ
の国を、世界を守って死ぬことは、生まれたときから織り込み済みだった。
 
 桃子を、夕子を、ユリを・・・死なせてしまった。
 死ぬのは、私が先になるはずだったのに。
 
 せめて・・・ナナちゃん、あなただけは、生き残って。
 私のもとから去ったあなたと・・・鬼と化した吼介。
 あなたたちふたりに託して・・・先に私が逝くとしても・・・
 
 それって、ワガママじゃ、ないよね? きっと。
 
「奇襲か。しかしそれすら、我には届かぬわ」

 立ち込める白煙と光の残滓。その奥から、冷たい魔人の声が届く。
 女神が放った巨大な光弾は、メフェレスの青銅の剣によって顔面に触れる寸前で受け切られ
ていた。
 ギュウウウンンッ・・・剣が散り散りになっていく光の粒子を、その刀身に吸い取っていく。聖な
る存在を破滅に追いやる、魔剣。粒子だけでなく、光の女神の命すら吸い取ることができるの
は、容易に想像がついた。その脅威がサトミの脳裏に刻印される。
 
 ドッ! 硬い物質を蹴る音色が、すかさず秋の空に響く。
 
 空中で回転したサトミのソバットが、魔人の胸板に吸い込まれていた。吹き飛ぶメフェレス
が、数歩後退して踏ん張る。反動を利して軽やかに宙を舞う銀色の守護天使は、再び3体の悪
魔がトライアングルを描く中央に着地した。
 
 動かない。ゲドゥーも、ギャンジョーも。ファースト・コンタクトを終えたメフェレスも。
 ただフツフツと殺意を募らせている。漂う暗黒の瘴気が、天を覆うばかりに立ち昇っていく。
息苦しさを覚え、美しき女神は無意識のうちに肩で呼吸をしていた。
 全員がサトミを殺したがっているのは、明白だった。ファントムガールのリーダーという、極上
の獲物。事実上の決着戦ともいうべき相手。3体ともがその手でサトミの命を奪いたいと、チャ
ンスを狙って牙を研いでいる。一斉に3体で襲い掛かってくる・・・そんな事態ばかりを想像して
いた少女にとっては、意外といっていい展開であった。
 
「・・・来ないの?」

 麗しき戦女神の問いに、応えるものはいない。
 戦力のバランスが圧倒的に傾いたがゆえの、事態であった。もはや守護天使抹殺は時間の
問題に過ぎない・・・その驕りが、3匹の悪魔をどこか悠然と構えさせていた。最終的にサトミを
始末するのは自分だという自負が、他2体の動向を窺わせ、動きを慎重にさせている。
 
 サトミにとっては、紛れもない好機であった。
 
 メフェレスらも油断はしていないだろう。ファントムガールという存在がいかに厄介か、骨身に
沁みている。しかし、命を捨てる覚悟かといえば、心のどこかで余裕を持った勝利を望んでい
るはずだ。
 差はある。確実に。サトミと比べれば、覚悟の量が違う。
 それでも3対1となれば、嬲り殺しは避けられぬかもしれないが・・・敵が『待ち』の態勢にある
今、サシの勝負に持ち込んで一気に決着をつけることは十分に可能だ。
 
「ならば・・・こちらから行くわ」

 カリッ・・・
 サトミの右奥歯でかすかな音色が響く。仕込んでいたカプセルを嚥下する咽喉の動き。
 ブウウウ・・・ンン・・・錯覚ではないとわかる程度に、銀色の肢体が輝きを増す。胸と下腹部
のクリスタルがその青色を濃くしたように見える。
 
「フンッ・・・五十嵐家に伝わる秘薬・・・といったところか?」

「――万能丸。私には、出し惜しみをしている余裕はないッ・・・」

 メフェレスの問いに、ほんの少し嘘を混ぜて麗しき孤高の女神は応えた。
 死と引き換えに超人的身体能力をもたらす劇毒・・・は飲めない。まだ。反対の奥歯に隠した
カプセルを使うのは、最期の瞬間だけだ。
 万能丸。伊賀忍び伝来の究極回復薬。毒の代わりにサトミが服用したものは、高濃度のエネ
ルギーを授け、細胞活性力を高める秘薬であった。本来ならば瀕死に陥った折に、復活する
ための切り札。だが・・・
 
「私の命脈は、いつ絶たれたとしてもおかしくない。だったら・・・勝負よ。始めから――」

 サトミの周辺の景色が、陽炎のごとく歪む。銀と紫の肢体から、蒸気が立ち昇っていた。瞬く
間に長髪の守護天使を白い靄が包んでいき、視界を遮る濃い霧が広がっていく。
 
「・・・これはッ・・・?!」

「秘術・葉霞み――今の私に出来得る全てを・・・出し尽くす」

「体内の水分を霧に変えているのか。忍びの貴様にとって、もっとも好都合な状況を作り出す
つもりだな」

 魔人が語る間にも、猛然と立ち込める霧が周辺を白い世界で覆っていく。
 葉霞み。メフェレスの指摘通り、汗を主体とする水分を蒸発させ濃霧を生み出すこの術は、
激しく体力を消耗する。敵にダメージは直接与えられないものの、万能丸の支援なしでは使用
が躊躇われる大技であった。
 しかし、視界はおろか、聴覚・嗅覚すらも封じる特殊な霧のステージは、気配の察知に優れ
たくノ一戦士に圧倒的なアドバンテージを授ける。
 
 そう。パワー、スピード、光線技の威力・・・サトミが3匹の悪魔に勝っている点はない。人間体
を含めた数度の激突で思い知らされていた。五十嵐里美=ファントムガール・サトミが、正面
から闘って勝てる相手ではない。ないのだ。恐らくは相討ちが精一杯。サクラも、アリスも、ユリ
アも・・・みんなゲドゥーやギャンジョーの実力を知らしめるように儚く散っていった。
 
 だがしかし。
 サトミにも、確実に敵を上回っている能力はある。
 青山霊園での死闘で確証できた。身を隠す技術と、その逆の索敵能力・・・幼少より鍛えられ
た忍びの力は、強大な戦闘力を誇る怪物たちにも十二分に通用する――
 秘術・葉霞みにより、視界の限られたステージに戦場を移せば、敵は本来の実力を発揮でき
まい。逆にサトミにとっては水を得た魚も同じだ。
 この時点において・・・対多数のハンデは、一時的にサトミの背中から降ろされていた。閉ざさ
れた視界のなか、自由に標的を選び攻撃ができるのは、忍び少女のみに与えられた特権―

 
「・・・サトミ、貴様ッ・・・」

 怨嗟に満ちたメフェレスの声に、返ってくる言葉はない。すでにくノ一戦姫の気配は、白霧の
向こうに消えている。
 守護天使にとっては、限られたわずかなチャンス。濃霧が戦場を覆う間に、ひとりでも多くの
悪魔を屠りたい。まともにぶつかっては劣勢は免れぬサトミには、忍びならではの闘いに活路
を見出すしかないのだ。
 
 メフェレスか。ゲドゥーか。ギャンジョーか。
 ファントムガール・サトミは、誰に照準を定めるのか・・・?
 
 あわよくば一瞬で殲滅できる好機。
 標的を誰に決めるかで、戦況の大勢は左右される。その認識は、正邪ともに共通していた。
勝負を賭けに出たサトミと、それを阻止したい闇側の連合軍。牛乳をぶちまけたような白い世
界のなかで、3体の悪魔に緊張が高まっていく。
 
「・・・・・・オレなら狙うのは・・・」

 三日月に笑うメフェレスの黄金のマスクから、言葉が洩れ出た瞬間だった。
 
 ガキィィッ・・・ンンンッ!!
 
 光り輝く棍棒と象牙を思わす槍腕とが、火花を散らして交錯する。
 ファントム・クラブを右手に握った守護天使と、迎撃した疵面獣ギャンジョー。
 ヤクザ必携のアイテム=ドスが変形した槍の腕で、容易く聖なる棍棒を跳ね返したスカーフェ
イスが、霧のなかでニヤリと唇を吊り上げる。
 
「やはり、な。柳生の殺人剣を極め、殺気に敏感なオレにはさすがの忍びの末裔も迂闊に近づ
けまい。このメフェレスをターゲットから外したことは褒めてやろう。しかし――」

「暗殺稼業のオレ様の嗅覚を・・・舐めんじゃねえッ、小娘ェッ!! ギャハハハ!」

 見えてはいないはずの銀色の女神に向かって、兇悪な槍腕を振り上げた巨獣が真っ直ぐに
突っ込んでいく。
 研鑽を重ねたサトミには及ばぬにしても。人殺しを繰り返してきた殺人鬼は、実戦の場で気
配を察する能力を養っていた。重厚な見掛けを裏切る繊細な感覚を、ギャンジョーは備えてい
るのだ。
 3体の暴魔を比べてみたとき、疵面獣にもっとも隙が多いと、誰もが認めるところだろう。
 ましてギャンジョーは昨夜の激闘・・・ファントムガール・ユリアと赤鬼ガオウとによって、一番
深いダメージを負っている。最強レベルの敵3体から敢えてひとりを選ばねばならぬ状況下に
おいて、凶獣を標的にしたのは無理からぬ判断といえた。
 
「だが、甘い。そいつの懐に飛び込んだのは・・・失敗だったな、サトミ」

 他人事のように、戦況を分析するメフェレスの低い声が響く。
 
「大体の居場所がわかりゃあッ、こっちのモンよッ! おらおらァッ!!」

 正確な位置はわからずとも、そこに女神がいるのはわかる。
 射程圏内に入った美麗の天使を目掛け、両腕の兇器が乱れ飛ぶ。突く。突く。闇雲なラッシ
ュ。肉塊をミンチに変える槍の乱舞が、スレンダーな肢体に襲い掛かる。
 
「くッ!」

 ファントム・クラブの初撃を弾かれた時点で、サトミの両脚はバックに跳躍していた。
 ギャンジョーの超速の刺突を、一日前の闘いで守護天使は変形したフォース・シールドで防ぐ
ことに成功していた。しかしそれは、狙ってくる箇所を予測できたからだ。濃霧で視界を奪った
今、皮肉なことに無造作に放ってくる凶槍の軌道を読むことはできなくなっていた。しかも無数
の乱れ打ち。脚を止めてしまえば・・・圧倒的パワーとスピードの乱打で、サトミの肢体は数秒と
経たずにハチの巣にされてしまうだろう。
 
 逃げるしか、ない。距離を置くしか。
 だが、飛び退がるくノ一戦士を正確に巨獣が追尾する。雪崩れかかる刺突の嵐。胸に迫る
極太の杭を、光の棍棒が弾く。パワーの差でバランスを崩すしなやかな肢体。更なる凶撃が撃
ち込まれ、その脇腹をかする。槍の先端が形のいい乳房の表皮を裂く。太腿の表面を削り、
肩の肉をわずかに抉り取る。
 
「くぅッ! はァッ! ぐッ・・・あくッ!・・・」

 全身に走る、鋭い痛みと灼熱。深くはなくとも、カッターナイフで無数に表皮を切り刻まれれ
ば、積み重なる痛みは耐えがたいものとなる。血の飛沫が銀色の肢体を汚し、洩れ出る喘ぎ
がサトミの口から止まらなくなる。
 
「ヒャッハッハアアッッ〜〜ッッ!! グサリッといくのも時間の問題だなァッ?!」

「うゥッ・・・ハンド・スラッシュ!」

 突き出した右掌から放たれる白い光。防戦一方のサトミに、辛うじて出来る反撃。
 光の手裏剣は猛進してくる凶獣の疵面に、カウンターとなって直撃する。濃霧のなかで起こる
火花と爆発。顔の幅より太い首が思わず仰け反る。瞬間、空白となる槍腕のラッシュ。
 だが、それまでだった。

「そこに・・・いたかァッ!!」

 光線の軌道が、霧に隠れた守護天使の居場所を、より正確に明かしていた。
 右腕が霞む。唸る風。
 ギャンジョー必殺の超速の突きが、サトミの肉体の中心目掛け、真っ直ぐに発射される。
 
 ガラスの砕けるような、大音声。
 
 激突の衝撃波が、やや距離を置いた東京タワーをグラグラと揺らす。サトミが咄嗟に張った
フォース・シールド。聖なる光の防御壁は、ギャンジョーの凶撃を受けきれず、砕け散ってい
た。
 
「・・・あ・・・・・・ァぐ・・・」

 かすかな呻きを洩らす美麗女神の口の端から、すっと流れる一筋の朱線。
 サトミの左側腹部に、マンモスの牙のごとき槍腕が埋まっていた。
 吹き飛ぶくノ一戦士。ズボッ、と締まった腹筋から兇器が抜ける。突きの一撃の勢いだけでな
く、サトミ自らが追撃を避けるために跳んだようだった。軌道の読めない槍撃を防ぐには、広い
範囲でシールドを張るしかなく、また広く張ったシールドではギャンジョーの攻撃を受け切ること
はできない。
 威力を削ぐことはできても、被弾は避けられない。それが結果。
 この現実がサトミとギャンジョー、両者の実力差だというのか。
 
「・・・もらったぜェェッ〜〜ッ・・・サトミィッッ!!」

 踏み込む凶獣。跳び下がった守護天使を追う。切っ先を血で汚した右腕を、再び構える。
 腹部を抉られ、悶絶するはずの憂いの美少女から、冷徹なまでの声が届いたのは、そのと
きであった。
 
「もらったのは・・・私の方よ」

 ドゴオオオオオッッ!!!
 
 大地が噴き上げる白光の弾。ギャンジョーの顔より大きい光弾が、地面から一直線に天へと
昇り、突っ込む凶獣の無防備な顎を跳ね上げる。
 グシャリッッ!! 歪む疵面の口から、飛び散る血潮と牙の欠片。垂直に浮き上がる、Tレッ
クスを思わせる巨大な体躯。
 さっきか。先程、ハンド・スラッシュを浴びて動きが止まったとき。あの時に、仕掛けやがって
いたとはッ――
 
「ファントム・バレット!」

 新体操のボールを操るように。
 五輪強化選手にまで登り詰めた、五十嵐里美の妙技。生み出した光弾を地に這わせ、タイミ
ングを図って不意を打つ。白霧で視界を奪っているからこその戦術だった。いくらファントム・バ
レットが自在に動かせる光弾とはいえ、霧のなかに隠せなければ成功するはずもない。
 
「ゲボオッッ?!!・・・てッ・・・めえッ・・・だがこんなゴムボールじゃッ・・・このオレ様に通用す
るわけがッ」

「わかっているわ。ナナちゃんのスラム・ショットのように、ファントム・バレットの威力は決して大
きくない。けれどその代わりに・・・“連打”ができるッ・・・」

 ドゴオオオッッ!!
 疵面を憤怒に歪ませたギャンジョーの後頭部に、天から舞い戻ってきた光弾が叩き込まれ
る。
 獲物に喰らいつく猛禽のごとく。
 幾度も幾度も襲いかかる光の球。めり込んでは離れ、距離を置いては再び殺到し・・・意志を
持ったようにギャンジョーの周囲を飛び回る弾丸が、頑強な肉体に打撃を積み重ねていく。顔
面に、ボディに、背中に・・・たったひとつの光弾によるブローのラッシュが、嵐となって茶褐色
の巨体を包む。
 
 ドドッッ!! ドドドドドドッッ!!!
 
「オレ様にはッ・・・通用しねえと言ってるだろうがァァァッッ〜〜〜ッッ!!!」

 サトミが右腕を高々と差し上げるのと同時に、再び上昇して天へと消える光のバレット。
 吼えるギャンジョー。吐血が口周りはおろか、全身を紅の点描で汚している。だが、それで
も。ダメージはあったとしても、致命傷足り得ないことはサトミ自身が悟っていた。疵面獣のタフ
ネスは、これまでの巨大生物とは一線を画している。
 
「わかっていると・・・言ったわ」

 右腕を振り下ろす守護天使。遥か天空で轟く唸り。急降下する光弾が、加速の巨大なエネル
ギーを伴って降ってくる。
 鮮血にまみれたギャンジョーが天を見上げる。いくら頑強な肉体を誇るとはいえ、勢いを増し
たファントム・バレットは無視できない攻撃であった。ギリと歯軋りを鳴らした凶獣の意識が、霧
の彼方に隠れた上空へと向けられる。
 
 刹那の瞬間。しかし、確かに大きな隙が、凶獣の巨躯に生まれていた。
 ゆらりと、守護天使のしなやかな肢体が動く。
 右手に輝くファントム・クラブ。幾多の巨大生物を滅ぼしてきた光の棍棒を、渾身の力で振り
上げる。
 
 パシッ
 
「残念だったな。ファントムガール」

 聖なるクラブを掴む、“最凶の右手”。
 乾いた音色とともに、ゲドゥーの低く重い声がサトミの耳朶を打っていた。
 
「・・・バカがッ・・・」

 状況の全てを察したメフェレスの呟きが、霧に閉ざされた遥か奥から届いてくる。
 嘲りにも似た魔人の声が聞こえたか、否か。
 濃紺のひとつ眼を冷たく光らせたゲドゥーは、構わず言葉を続けた。
 
「せっかく秘術とやらで視界を防ぎ、オレたちを分断しても・・・こう大暴れを続ければ大体の居
場所は見当がつくというものだ」

「・・・そうね。3体のなかでもっとも気配を察知するのが苦手な・・・あなたでもね」

「・・・なんだと?」

「ギャンジョーの異常なまでに膨大な殺気ならば・・・『葉霞み』の霧中にあってさえ、あなたにで
も感知することはできるでしょう。けれど・・・ゲドゥー、あなたに唯一弱点があるとすれば、それ
は気配の察知が他のふたりより劣ることよ」

 振り返るサトミの切れ長の瞳が、凶魔のひとつ眼と交錯する。
 その瞬間、ゲドゥーは、己がくノ一少女の戦術に嵌ったことを悟った。
 
「もしこのメフェレスなら、この状況下において狙うのはゲドゥー、貴様だ。初めにギャンジョーを
襲ったのが貴様を誘う工作だと・・・気付かなかったか。自惚れたな」

 共同戦線を張る仲間に対するとは思えぬ、突き放した口調で魔人は遠く、呟いた。
 
「最初からあなたを狙っても、必ずギャンジョーが援護に入る。それよりも、救援に来たあなた
を迎撃する方が・・・仕留めやすいと思っていたわ。あなたには、私の攻撃が見えていないから
――」

「・・・サトミ・・・お前はッ・・・」

 “最凶の右手”が力を込める。ガラス細工のように、光の棍棒が砕け散った瞬間だった。
 天空より空間を切り裂いて直降下したファントム・バレット・・・渦巻く光弾が、ゲドゥーの頭上
に直撃した。
 
 ドゴオオオオッッ・・・!!!
 
 迅雷が落ちたかのように・・・閃光と轟音がひとつ眼凶魔の肉体に炸裂する。
 
「・・・ゴブッ・・・!!」
 
 菱形の頭部、その口周辺から鮮血が飛び散る。
 効いた。確実に守護天使の操る光弾はヒットした。誰よりもサトミ自身が、偽りない手応えを
感じている。
 
 尖った顎先から、深紅の雫をボトボトと落として立ち尽くすゲドゥー。
 恐るべき凶魔は、脳震盪を起こしていた。
 意識はある。だがその濃紺の眼に映る世界は、天地が逆転していた。四肢の力が抜けてい
くのを感じながら、ゲドゥーは懸命にバランスを取って、立っているのがやっとだった。
 
「ファントム・リングッ!!」

 高く掲げた戦女神の右手に、輝く光輪が現れる。
 ファントム・バレットの威力が決して強大ではないことは、サトミ自身がよく悟っている。濃厚な
闇の瘴気を防御膜の如く纏ったゲドゥーにトドメを刺すには、恐らく、殺傷力の高いファントム・
リングか・・・必殺光線ディサピアード・シャワーぐらいしかないだろう。
 跳躍して距離を置く。振り返りざま、上半身を捻って光のリングを振りかぶる。
 
 敵に驕りがあるうちの・・・わずかなチャンスだった。
 勝負を賭けるのは、今だった。秘薬・万能丸と奥義・葉霞みを駆使して掴んだ、千載一遇の
好機――奇跡の勝利に向けて、スレンダーな銀と紫の女神が正義の光輪を投げ放つ。
 
「ナメんじゃねえェェッ〜〜ッ!!! 小娘がよォッ!!!」

 白霧のなか、膨大な熱エネルギーを伴った茶褐色の巨体が、佇むゲドゥーの前に立ち塞が
る。
 怒れるギャンジョー。憎悪と殺意を暗黒エネルギーに変換した疵面獣は、漆黒の闇を全身か
ら湯気のごとく立ち昇らせて、飛来するファントム・リングを硬質な槍腕で弾き飛ばした。
 
 キイイィッ・・・ィィッンンン・・・!!
 
 澄んだ音色を残し、彼方へと軌道を変えて飛んでいく光の輪。
 
「サトミィィッ・・・この状況でゲドゥーさんを狙うとはたいしたタマだ、てめえ。おかげで・・・眼が醒
めたぜェェッ・・・」

 凶獣の台詞を耳にするまでもなく、“本気”になったのは、噴き上がる闇と血走った眼を見れ
ばわかった。
 だが。
 悠然と構えを取るサトミから、確かに漂う自信。
 更なる憤怒と・・・不審の念がギャンジョーの心に巣食う。こいつは・・・こいつはまだ、何かを
隠しているというのか?!
 
「まさか、この程度でゲドゥーさんを仕留められると思ってたら・・・大間違いだぜェ?」

「・・・わかっているわ。ゲドゥーは動けないんじゃない、動かないだけ、よ。今はダメージの回復
に努めているに過ぎない」

 突き出すサトミの右手から、白い光の帯が一直線にゲドゥー目掛けて発射される。
 立ち塞がるギャンジョーが尖った腕で帯を叩き落す。その瞬間、光の帯・・・ファントム・リボン
は褐色の疵面獣の巨体に絡みつくように巻きついていった。
 
「ッッ?!」

「ゲドゥーを狙ったのにはふたつの意味があるわ。ひとつは、索敵能力に劣る点を突き、あわ
よくば倒すため。でも、もっと大きな意味がある」

「はァッ?! サトミィッ、こんなもんでオレ様を縛れねェってことを忘れたかッ、アアッ?!」

 昨夜の闘いでファントム・リボンを力づくで引き裂いたギャンジョーの咆哮を、秀麗たる美貌
の聖少女は、涼風のごとく受け流した。
 幽玄の美を備えたその眉目が描く気配は、紛れもない“殺気”。
 殺人鬼ギャンジョーだからわかる。サトミが放つ、純正の殺意を。
 
 間違いない。こいつは。
 こいつは・・・こいつの計略には・・・まだ、続きがある!
 
「てめえェッ・・・!! なに狙ってッ・・・」

「あなたたち3体は、決して強固に結ばれているわけではない。1対3という絶望的状況にあっ
ても・・・あなたたちに連携はなく、その綻びに逆転のわずかな可能性は見えていたわ。特にギ
ャンジョー、あなたと・・メフェレスとの間には、仲間意識の欠片すら、感じられない」

 光の帯に巻きつかれた疵面獣が、三白眼を青銅の魔人がいるはずの方向に飛ばす。
 霧の彼方で、遠く距離を置いたメフェレスが、動く気配は微塵もなかった。
 
「ゲドゥーとあなたは互いをサポートする。メフェレスとゲドゥーとでも・・・共闘が可能なことは私
自身、身をもって知っているわ。けれども・・・ゲドゥーがいなければ、あなたとメフェレスは空中
分解する。危機が迫ろうと、助けることなく、ね」

 ヒュルルルルル・・・
 
 風切る唸りが、白い霧の奥から迫ってくる。
 そうか。そうだったか。
 ゲドゥーを狙ったのは、あくまで「あわよくば」―――真の目的は、ひとつ眼凶魔の動きを一時
的にでも封じること。
 最初から・・・二段構えの作戦だったのか。
 
「サトミィィッッ〜〜ッッ!!! てめえッッ!!! オレ様を殺す気だったかァァッッ!!!」

「キャプチャー・エンドッッ!!」

 聖なる光の奔流が、リボンを伝って凶獣の巨体へと流されていく。
 茶褐色の肉体に食い込んだ帯が、激しく輝いた刹那。
 ギャンジョーの剛力が、全身に螺旋状に絡まったファントム・リボンをブチブチと内側から引き
千切る。注がれる白光を、遥か凌ぐ闇のエネルギーが霧散させていく。
 無惨に破られる、ファントムガールの必殺技。昨夜の死闘のリピート映像。
 
 だが。
 
 一度跳ね飛ばされたはずの光のリングが、白霧を切り裂き舞い戻る光景は、昨夜にはなか
ったものだった。
 
「ッッッ!!!」

 リボンの拘束を破るのに精一杯のギャンジョーに、虚を突いて襲い掛かる光輪を、防ぐ余裕
はなかった。
 光の帯を、散り散りに千切り飛ばした瞬間。
 疵面獣の首に、霧中より出現したファントム・リングの鋭い刃は食い込んでいた。
 
 ドシュウウウウッッ―――ッッッ!!!!
 
 噴き出る鮮血が、白く閉ざされた世界に、鮮やかな深紅の華を咲かせた。
 
「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・」

 視界に広がる、紅の色。瞳に焼き付けながら、麗しき天使は立ち尽くした。
 
“・・・きまった・・・の?!・・・”

 紛れもないギャンジョーの出血。光輪が直撃したことを確信しつつも・・・肩で息をする守護天
使は、薄れゆく濃霧の奥に、じっと青い瞳を注ぐ。
 手応えは、あった。
 練りに練った戦術。孤立無援の戦乙女が一糸を報いるには、これしかないと思われた作戦
だった。先のことは考えない。まず、3体の悪魔のうち、一匹を葬る。秘薬と持ち技の多くを惜
しみなく駆使して、ついに必殺の光輪を炸裂させたのだ。
 
 乳白色の世界が薄くなっていく。秘儀『葉霞み』の効果が、弱まってきていた。クリアになる視
界のなかで、動きを止めた疵面獣の全貌が明らかになっていく――。
 
「ッッ・・・・・・!!」

 ギャンジョーの咽喉に突き刺さった、ファントム・リング。
 夥しい鮮血が、凶獣の胸を、腹部を、足元を、濡らしている。
 サトミの狙い通りだった。くノ一戦士の戦略は成功していた。必殺の光輪は、目論みどおり、
疵面獣の首に炸裂した。流れる大量の血潮が、ギャンジョーの防御が間に合わなかったことを
示している。
 
 だが。
 
「・・・サ・・・トミィィッッ〜〜ッッ・・・ッ!!!」

 薄れる霧の奥で、戦女神の青い瞳が見たものは、ギラついた凶獣の眼光であった。
 
「やって・・・くれるじゃねえかッッ・・・痛かったぜェッ・・・・・・」

「そ・・・んな・・・・・・ま・・・まさか・・・ッッ・・・」

 うわごとのように呟くサトミの眼の前で、ギャンジョーが顎に力を込める。
 パキィッ・・・ンン・・・と、陶器の割れるような音色が響き、ファントム・リングは粉々になって砕
け散った。
 
「ッッ!!・・・・・・あ・・・あァッ・・・ッッ?!」

「こんなオモチャでッ・・・このオレ様を殺れると思ったかァァッッ!!!」

 ファントムガールの作戦通り、光輪は凶獣に直撃した。
 だが、ギャンジョーの強固な肉体は、ファントム・リングの殺傷力を凌いでいた。肉は切らせて
も・・・その命脈には、決定的な影響を与えなかったのだ。
 
“き・・・効かなかった・・・?!!・・・ファントム・リングが・・・通用しなかった・・・”

 無意識のうちに、守護天使の紫のブーツは数歩、後ずさっていた。
 
 動揺していた。
 
 早鐘を打つ鼓動を抑えようとする努力も実らず、気持ちばかりが焦った。ハァハァと、荒い吐
息が己から洩れていることすら気付かずにいた。
 
 嘘よ。
 
 思えば思うほど、心が騒ぐ。冷たく暗い何かが、背中に張り付いてくる。
 敵の強さは認識している。おおよその事態は予測の範疇に収まっているはずだった。クラブ
を破壊されても、リボンを引き千切られても・・・驚愕はしても動転はしなかった。
 サトミの操る聖武具のなかで、もっとも高い威力を誇る、ファントム・リング。
 壊されたのなら、防がれたのなら、驚きはしない。
 
 しかし。
 
 直撃していながら、傷つけるのが精一杯だなんて・・・
 
“・・・倒せない・・・?!・・・私の力では・・・こいつらを倒すことはできないというの・・・ッ?!”

「この鬱陶しい霧、晴らさせてもらうぜェ・・・」

 パカリと凶獣が口を開くのが見える。生え揃った牙の向こうで、膨大な闇エネルギーを凝縮し
た黒球が渦巻いている。
 天を向いたギャンジョーの口腔から、陽光を切り裂く漆黒の波動砲は発射された。
 
「“弩轟”オオオォォッッ―――ッッッ!!!!」

 初秋の空が揺れ、首都の地が衝撃で震えた。
 巻き起こる突風に、たまらず身構えるサトミ。銀色の肢体を烈風が過ぎ行く。
 
「・・・あ・・・アア・・・」

 ギャンジョー渾身の暗黒波動、その猛威が天空に消え去ったとき・・・くノ一戦士が生み出した
『葉霞み』の濃霧は、“弩轟”の衝撃波に吹き飛ばされ、文字通りに霧散していた。
 
「丸見えだぜェッ、守護天使さまよォッ〜〜ッ・・・」

「・・・くッ・・・うあァ・・・そんな・・・」

「残念ながら、てめえの逃げ隠れる場所は、もうねえ」

「・・・・・・まだッ・・・まだよッ!!」

 奮い立たせるがごとき叫びは、己自身に向けられていた。
 負けてはならない。絶望など、している暇はない。
 
 非道な悪魔どもから世界を守るのは、私しかいないのだ。
 可憐な命を散らせて逝った仲間たちに報いるのは、私しかいないのだ。
 使命を果たせなかった私が罪を償うには、勝つしかないのだ。
 
 私の命ひとつで世界が救われるのなら、喜んで差し出そう。
 でも。
 勝つしかない。せめて3体の悪魔を葬らねば未来に光が射さないのならば、一切れの肉片と
なっても私は闘い続ける。
 
“・・・私に残されたのは・・・ディサピアード・シャワーしかない・・・・・・4秒・・・なんとか4秒の猶
予を・・・得ることができれば・・・”

 ファントムガール・サトミの必殺光線ディサピアード・シャワー。
 聖なる光の奔流を、散弾銃のごとく浴びせ続ける必殺の一撃ならば・・・頑強な肉体の鎧も崩
すことができよう。雨粒が月日を重ねて巌を磨り減らすように。しかし、強大な光線を放つに
は、エナジーの装填が4秒必要なのだ。
 いずれ劣らぬ3体の強敵に対し、4秒。本来ならば、望めるはずのない時間。
 だが、今のサトミはその4秒に賭けるしかなかった。
 
「わずかにでも、希望があれば・・・いいえッ、たとえ希望が見えなくても・・・私は、闘うわッ!」

「フン・・・その気丈な振る舞い・・・いつまで保っていられるやら」

 ゾクリ・・・
 
 戦慄が、背中を駆け抜ける。
 後方から届く低い声音に、背後を振り返る戦女神。金色混じりのストレートの茶髪が振り乱れ
る。
 見開かれた青い瞳に映ったのは、幽鬼のごとく佇む、ひとつ眼の鋭利な凶魔であった。
 
「なッ・・・ゲ、ゲドゥーッ?!」

「脳震盪を起こしたのは事実だが・・・すでにダメージは回復した。あれだけの大立ち回りをす
れば、霧のなかでもお前の背後を察するのは容易いことだ」

 必殺のリングを破られたショックが、鋭敏な忍び少女の感知能力すら鈍らせていた。
 濃霧のなか、後方に回ったゲドゥーの動きを、サトミは認識できていなかった。ギャンジョーの
耐久力も、ゲドゥーの回復の速さも、全てが守護天使の予測を上回っている。作戦的には暴魔
どもを出し抜いたサトミではあったが、今窮地に陥っているのは美麗な女神の方であった。
 
 必殺のファントム・リングは、ギャンジョーを仕留められなかった。
 ファントム・バレットがゲドゥーに与えたダメージも、深いものではなかった。
 そして、なにより。
 
“・・・・・・挟まれて、しまった・・・”
 
 前方にギャンジョー。後方にゲドゥー。
 もっとも避けたかった、挟撃の態勢にサトミは嵌ってしまっていた。
 
「・・・くゥ・・・うッ・・・」

「・・・処刑開始だ、ファントムガール・サトミ」

 ゲドゥーの菱形の顔から低い呟きが洩れる。“最凶の右手”が真っ直ぐ突き出される。
 その瞬間に、銀と紫の女神はダッシュしていた。横に。二体の暴魔に挟まれたポジショニング
を脱するため、忍びの俊足を飛ばす。芝公園が震動で揺れる。
 
「うッッ?!!」

「逃げられねェ、と言ったぜェッ!!」

 サトミのダッシュにあわせ、ゲドゥーとギャンジョーもまた付いてきていた。
 身体の柔軟性や細やかな動きに関しては、守護天使に分があるかもしれない。だが、単純な
スピードにおいては、凶魔と凶獣はくノ一戦士にまるで遅れをとっていなかった。ピタリと並走す
るゲドゥーとギャンジョー、その右手と口腔に、負のエナジーを具現化した漆黒の闇が凝縮して
いく。
 
「フォース・シールドッ!!」

 脚を止めるサトミの周囲に、白光の防御膜が張られる。ドーム状の光に包み隠される、しな
やかな肢体。だが、それだけでは最凶を誇る悪魔どもの攻撃を防ぎ得ないことは、サトミ自身
がよく悟っていた。
 
 ギュオオオオオッッ!!
 
 大きく両腕を左右に広げる守護天使。その紫の掌に防御膜が収束していく。幾重にも重なり
分厚くなっていく。
 聖なる光で形成されたバリアのヴェールは、今、集中してサトミの手のなかで文字通りの盾と
なった。
 
「モード・パイルアップッ!!」

「ファントム破壊光線ッッッ!!!」

 戦女神の両手に光の盾が完成するのと、二条の破滅の闇光線が発射されるのとは同時で
あった。
 空間を焦がし、左右から迫る漆黒の弩流を、極厚の聖光の盾が迎え撃つ―――。
 
 ガシャアアアアッッッンンンンッッ!!!
 
 破壊光線がフォース・シールドに着弾した瞬間、左右の手にした聖なる防御盾は、ガラスのご
とく粉々に砕けて弾け散った。
 
「うああああああァァァッッ――――ッッッ!!!!」

 漆黒の余波が両サイドから美天使の肢体を包み込む。業火に焼かれる苦痛がサトミを襲っ
た。ブスブスと爛れて、白煙を昇らせる銀色の肌。光のエナジーを闇に侵食される苦しみに、ス
レンダーな美少女が反り返って悶絶する。
 
“防御がッ・・・!! そんなッ、この程度のシールドでは・・・防げないというのッ?!!”

 ギャンジョーの超速の刺突は受けとめることができた。だが光のエネルギーを二箇所に分散
させたら・・・サトミの力ではもう暴魔どもの攻撃を耐え切れない、というのか。
 ならば・・・ゲドゥーとギャンジョーの二体を同時に敵に回して闘う限り、サトミの防御は一切通
用しないということになる。
 
“き、効かない・・・防げない・・・わ、私の力では・・・・・・こいつらに・・・・・・”

「死ねやッッ、サトミィィッ!!!」

 ヘドロのごとき澱みが孤独な女神の心に積み重なっていく。埋め尽くしていく。
 サトミの意識が空白に占められた、わずか数瞬。胸元を鮮血に濡らした復讐の疵面獣は、
麗天使の傍らに迫っていた。
 
 ボッッ!!
 
 巨大な牙のごとく。尖った槍腕の先が、右フックとして令嬢戦士の美貌に放たれる。
 青い瞳に映る、鋭利な切っ先。美少女の顔面が串刺しになる、そう思われた刹那であった。
 
 捻っていた。上半身を。
 生への執着か。死線を潜り抜けてきた経験か。半ば無意識のうちにギャンジョーの凶撃を避
けたサトミの頬を、槍腕がかすりながら過ぎていく。削れた皮膚から赤い飛沫が散る。
 すかさず追撃の態勢に、疵面獣は入っていた。残る左腕。アッパーとして、サトミの顎から脳
天までを、貫く勢いで大地から発射する。
 
 今度は明らかに見えていた。
 守護天使の意識が捉える。第二撃に移ろうとする、ギャンジョーの肩口を。放たれた超速の
突きをかわすのは至難だが、スピードに乗る前、予備動作から見抜けば通常の打撃と大差は
ない。左アッパーの動きをサトミは読んでいた。
 
 ギャンジョーの左の二の腕。力瘤にあたる部位に脚を掛ける。
 突き上げる勢いを利して、流麗なくノ一戦士の肢体は高々と上空に舞っていた。ゴオオ
ッ!!と唸るアッパーの空振り音が、そのまま守護天使の打ち上げ音へと変わる。
 
「ッッ?!! なんだとォッ?!」

「くッッ!! 私には・・・絶望している暇なんてないッッ!!」

 秋空をバックに鮮やかに浮かび上がる銀と紫の肢体。
 女神の両腕が突き出される。左右の手、親指と人差し指とで作られる三角形。白い光の粒子
がその内部に密集していく。
 ファントムガール・サトミの必殺技、ディサピアード・シャワーの発射態勢。
 天高く打ち上げられながら、射出までに必要な4秒という時間を捻出する・・・一縷の望みを託
してカウントを始めようとした、その時であった。

「無駄だ、サトミ」

 宙空に跳んだ戦女神の、さらに上から凶魔の声は聞こえた。
 ゲドゥー。両手を組み、大きく振り上げたひとつ眼の悪魔は、守護天使に1秒たりとも攻撃の
準備を許しはしなかった。
 ハンマーと化した両拳がサトミの背中に振り落とされる。背骨の軋む衝撃音が、首都の空を
震わす。
 
 ドゴオオオオオッッッ・・・ンンンンッッ!!!
 
 爆撃のような轟音は、天から叩き落された守護天使が、大地に激突する音色であった。
 
「ゴブウウッッ!!!」

 陥没する芝公園の地面。バウンドする紫色の女神。四肢をバラバラに投げ出した美麗少女
の口から、赤黒い血塊が吐き出される。
 亀裂の入った大地のうえで、二度跳ねたサトミの肢体がうつ伏せに横たわる。
 背骨を痛撃され、全身を地上に叩きつけられた守護天使の青い瞳からは、光が消え失せて
いた。ピクリとも動かぬ巨大な美少女が、長い髪を扇のように広げて横臥している。
 
 その背中、痛打したばかりの腰部分に、重力に引かれたひとつ眼の凶魔が、両脚を揃えて
落下する。
 白い巨大な杭が、銀と紫に輝く蝶を、釘刺したかのようであった。
 
「あぐうううゥゥッッ―――ッッッ!!!」

 女神の背骨と肉を潰す凄惨な音色と、引き攣るような絶叫。
 サトミの身体の下で、蜘蛛の巣のごとく亀裂が広がる。紅の混ざった唾液を撒き散らし、Uの
字に反り返る令嬢戦士の背中。一度途絶えたサトミの意識は、強引に悪夢のような現実に引
き戻されていた。
 反り上がった守護天使の細首に、腰を踏みつけたままのゲドゥーが右腕を回す。
 凶魔の腕に力がこもる。窒息の苦しみと背骨折り。ギリギリと己の頚骨と背骨が悲鳴をあげ
るのを聞きながら、瞳に光を戻したサトミは酸素を求めて苦しみもがく。
 
「くふッ・・・ぐゥッ・・・あッッ・・・ア゛ア゛ア゛ッ・・・」

「この状況でオレたちに手傷を負わせるとはな。見事だ、サトミ。ファントムガールのリーダーと
して、恥入ることのない闘いぶりだ」

 首に食い込む凶魔の右腕を、指をかけて離そうとする美麗天使。だが無慈悲なまでのパワ
ーの差に、ますます背は弓なりに軋み、頚動脈は締め付けられていく。
 点滅する瞳の青色。かすれる視界のなか、サトミの眼前に立ったのは、怨嗟に疵面を歪ませ
た茶褐色の巨獣であった。
 
「・・・こふッ・・・はぁぐッ・・・ゴボッ・・・ギャ・・・ンジョー・・・・・・」

「覚悟は・・・できてんだろうなァッ・・・サトミィィッッ〜〜ッッ・・・」

「お前はよく闘った。だが、それでもオレたちには遠く及ばんことを知って・・・散るといい」

 ゲドゥーに踏みつけられ捕獲された戦女神に、見せ付けるように両腕を突き出すギャンジョ
ー。
 ボコボコと両手の兇器が変形していく。疵面獣が誇る戦慄の異能力。トドメを刺すならば、短
刀を具現化した槍の腕が最適であるはずなのに、嬲り殺しを宣言するかのように武器を変え
ていく。
 苦痛に呻くことしかできないサトミの前で、ギャンジョーの右腕は鋼鉄製のハンマーに、左腕
は棘付きの巨大鉄球へと変形を完了した。
 
「ああッッ・・・?!! ・・・はあッ・・・うアァッ・・・」

「ミンチにしてやるぜェェ・・・最後の守護天使さまよォ・・・」

 ドボオオオオオオッッッ!!!!
 
 鉄球のボディブローが、動けぬサトミの鳩尾に食い込んだ。
 
「ごぼおおおおおッッッ!!!」

 銀の唇を割って噴き出た大量の鮮血が、ビチャビチャと凶獣の全身に降りかかる。
 表皮を破って突き刺さった鋭利な棘が、鉄球とともに引き抜かれる。糸を引く真紅の血糊。内
臓が受けた深刻なダメージに、美麗天使のスレンダーな肢体がヒクヒクと痙攣する。
 だが、蹂躙の殴打はこの程度では済まなかった。
 
「おらァッ!! 次は顔面だッッ!!」

 横殴りに振られる鋼鉄ハンマーが、首を絞められ固定された令嬢の美貌に襲い掛かる。
 サトミに回避の手段はなかった。
 鮮血の飛沫がぐしゃりッッ!!という壮絶な響きとともに飛び散る。巨大なハンマーが幽玄の
美麗を湛えた令嬢戦士の顔面を打ち抜く。
 ボトボトッ、と大地に振る真紅の雨。
 だらりと弛緩したサトミの両腕が、力なく垂れ落ちる。
 
「ヒャッハッハッハァッ――ッッ!! いいザマだぜェッ、サトミィィッ〜〜ッ!!! この程度で
オネンネかァッッ、おいッ!!」

 脳を激しく揺らされた守護天使の瞳からは、再び光が途絶えていた。
 カクンと垂れた美麗のマスクを、割れた頭部から流れた鮮血が真紅に染め抜いている。ハン
マーで顔を打ち抜かれるという衝撃に、心までも砕かれてしまったかのように沈黙する戦女
神。
 意識を刈り取られたサトミは、もはや無言で更なる嗜虐を受け入れるしかなかった。
 
「おらッ、どうしたッ、天使さま?! カワイイ顔を潰してやろうかァッ?!!」

 棘付き鉄球のストレートパンチが、重い響きを伴って血染めの美貌に叩き込まれる。
 ドゴンッッ!! 衝撃に波打つ女性らしいボディライン。ベットリと付着した血糊が、引かれる
鉄球と顔とに橋を架けても、女神の意識は戻らない。
 
「ヒャハハハアァッ〜〜ッ!! どうしたどうしたッ?! いつまでも寝てんならッ・・・生搾りのジ
ュースにしちまうぜェェッ〜〜ッ・・・果肉たっぷりのなァ」

 巨大ハンマーと棘付き鉄球とが左右に大きく開く。バンザイをするような肉厚な凶獣の前に、
気絶したままの美天使はあまりに脆く、華奢に映った。
 拘束を解いたゲドゥーが、二本の腕で両手首を掴んで吊り上げる。ぶらぶらと垂れ下がる、
麗しき銀と紫の獲物。額から流れる血が顎先からポトポトと公園の敷地に落ちていく。
 ピンと真っ直ぐに伸びた、しなやかな肢体。
 脱力し切ったファントムガール・サトミの胴体に、両腕の兇器が同時に振り下ろされる。
 くびれた腰――脇腹に狙いを定めたふたつの重厚な鉄塊が、女性らしいフォルムを持つ守
護天使を挟み潰した。
 
 ドボオオオオオッッッ!!!! ベキベギイッッ!!! ボギッゴギンッッ、グシャアアッ
ッ!!!
 
「はあァぐゥッッ?!! ごぼおッッ!!! ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアッッッ―――ッッ!!!!」

 強制的に意識を戻された天使が、絶叫を迸らせる。ドピュッ、と血塊が弧を描いて吐き出され
る。
 腹部が潰れ、肋骨が折れる凄惨な破壊の調べに、聖少女の悶絶の悲鳴が重なる。東京タワ
ーをバックにした首都の光景が、地獄絵図にと一変していた。巨大生物の脅威から人類を守り
続けてきた美しき守護天使が、両脇をいびつに歪ませて痙攣している。
 
「お目覚めはどうだッ、女神さまァッ?! アバラが4本はイっちまったなァ?!」

「ハアッッ、ハアッッ、ぐうゥッッ〜〜ッッ!!・・・はふゥッ!! ふああッッ!!・・・」

「ギャンジョー、オレも愉しませてもらうぞ。・・・頑丈な肉体を悔やむといい、サトミ」

 ボコボコと疵面獣の右手がハンマーから巨大ペンチへと変わっていく。ビクンッ、ビクンッと震
えるサトミを両サイドから抱えるように挟み支える、凶魔と凶獣。
 美麗天使の右腕をゲドゥーの左腕が、咽喉首を巨大ペンチが掴んだとき、新たなリンチ処刑
のフォーメーションは完成した。
 
「グッッ?!! うぐゥッ!! かふッ・・・ふゥッ・・・!!」

「小娘の分際で、極道者に歯向かったらどうなるか・・・身をもって知れ、サトミ」

 巨大な二体に挟まれ、女子高生戦士の肢体が宙に浮く。咽喉に食い込むペンチの刃に、ジ
タバタともがく脚が空を蹴る。
 ゲドゥーの“最凶の右手”とギャンジョーの棘付き鉄球・・・拘束に使用されない、残る自由な
腕の攻撃を、サトミは脱出も回避も不能なまま、受け続けるしかなかった。
 
「ヒャッハッハッハァッ〜〜ッッ!!! 潰れろやッ、サトミィッッ!!」

 ドズウウウッッッ!!!
 
 棘付き鉄球の剛打が、キレイな稜線を描くバストに撃ち込まれる。
 
「うあああアアァッ―――ッッ?!! アアア゛ア゛ッッ!!! ・・・アアッ・・・」

「脆いくせに壊れにくい・・・不便なものだな、ファントムガールの肉体とは」

 ズボオオオオッッッ!!!
 
 “最凶の右手”の突き上げるブローが、鳩尾に手首まで埋没する。
 
「んんんぐうううッッッ〜〜〜ッッ!!! ごぶゥッッ!!! ハアッッ!! ハアッッ!! ハ
ッ・・・」

 胸に、腹部に、交互に鉄球と右拳が撃ち込まれる。殴打のたびにくの字に折れ曲がり、浮き
上がる華奢な肢体。新体操と忍びの修行とで鍛えられた乙女の肉体に、抉りこまれ、凸凹に
陥没させていく。
 永遠とも思える、破壊劇であった。
 
“ッッ・・・ひぐッッ・・・潰れッ・・・るッ・・・・・・逃げら・・・れ・・・ない・・・・・・”

 ドボオオッ!! グサッッ!! ズボオオッッ!! グシャアッッ!! ボギィッ!!・・・
 
「んあうッッ!! はァぐッッ!! げほおっ!! あがァッ・・・ぐふッ・・・・・・んァッ・・・・・・」

 鉄球の鋭利な棘によって、ブスブスと無数に開いた穴から鮮血が滲む。
 もはや、サトミの銀色に輝く体面は、こびりついた血で赤黒く汚れていた。
 殴られるたび、抉られるたび、轟いていた悲鳴が、消え入るように小さくなっていき、やがて
途絶える。
 苦痛にもがいていた長い脚は、今や紫ブーツの爪先までダラリと垂らし、ぶらぶらと宙に浮い
たまま揺れていた。
 
「堕ちろ」

 “最凶の右手”が動かなくなった聖少女の、右乳房を握り潰す。
 同時にギャンジョーの鉄球のストレートブローが、左乳房に叩き込まれる。すでに幾度も棘を
打ち込まれ、ズタズタに表面が裂けた女性らしい膨らみに新たな穴が開く。
 
 張りのある乙女の柔肉をゲドゥーの右手が揉む。先端を指先でクリクリと転がす。
 戯れだった。ファントムガールのリーダーが、もはやなんの抵抗もできない玩具と成り果てた
事実を知らしめるための。
 瞳の青色を明滅させていた守護天使が、ビクンと仰け反る。美貌を天に向ける。
 敗北にも匹敵する惨めな姿をサトミが晒した瞬間、光を滅する闇エネルギーは、二体の悪魔
から一斉に胸へと流し込まれた。
 
「きゃあああああああアアアッッッ―――ッッッ!!!!」

 可憐な鈴の音が奏でる、絶叫。
 宙空に吊り下げられたままの戦女神が、二度、大きく肢体を震わせる。スレンダーな全身が
突っ張る。
 内部から滲み出た漆黒が、銀と紫の肉体を包む。膨大な量の暗黒エナジーの津波に、サトミ
の光は木の葉のごとく飲み込まれていた。
 
 ・・・ゴブッ・・・ゴボゴボ・・・ゴボ・・・
 
 赤黒い血の泡が、半開きとなった唇から次々に溢れ出る。
 爪先から手指のひとつひとつに至るまで・・・ピンと反り上がった姿勢のまま、瞳から再び光を
失った美麗天使は硬直していた。
 ヴィーン・・・ヴィーン・・・と胸中央のクリスタルが点滅を開始する。
 哀しげに流れる水晶体の警告音だけが、ピクリとも動かぬサトミの生存を、唯一示すものだ
った。
 
「・・・他愛ないものだ」

 二体の暴魔が少女戦士の拘束を解く。その手が、ペンチが、華奢な肉体を放す。
 
 どっしゃああッ・・・
 
 両膝から、垂直に地面に落下する、血染めの守護天使。
 ゆっくりと、前のめりに傾いていくサトミの肢体が、地響きをあげながら芝公園の大地に沈ん
でいく。
 
 ビグンッ・・・ヒクヒクッ・・・ビグンッ・・・
 
 開いたままの口から朱色の泡を垂れ流しながら、力無くうつ伏せに横たわった紫色のファント
ムガールは、警告音を響かせて小刻みに痙攣し続けた。
 
“・・・・・・桃・・・・・・子・・・・・・”

 悪魔どもの哄笑が背中に降り注ぐ。
 
 攻撃も防御も通用しない。圧倒的な力の差の前に、成す術もなく敗北した。
 冷酷な現実に押し潰され、地に叩き伏せられた無様な己。
 全力を出し尽くしたうえで、完膚なきまで粉砕された事実を、誰よりもサトミ自身が悟ってい
た。強い。ゲドゥーもギャンジョーも、自分より遥かに強い。何度闘おうと、挑もうと、恐らくこの
二体には勝てない。
 
“・・・・・・夕子・・・・・・ユリ・・・・・・ごめ・・・ん・・・・・・ね・・・”

 うっすらと、ファントムガール・サトミの身体が薄みがかっていく。
 クリスタルの点滅を見るまでもなく、限界が近いことは明らかだった。変身解除。体力の枯渇
を迎え、肉体自身が戦闘態勢を解いて、人間体に戻ろうと願っている。
 
“・・・・・・私・・・は・・・・・・あまりに・・・・・・無力・・・だった・・・・・・”

 強くなど、なかった。
 大切な仲間を、守れなかった。
 愛する男を、失った。
 生きる意味の全てであったはずの使命さえ、果たせなかった。
 そして今・・・人々を守るはずの闘いで、惨めに地を舐め、這いつくばっている。
 
 なにも、ない。
 
 私には、なにも、ない。
 
 私は、なにも守れず、なにもできずに、のうのうと死のうとしている。
 
「・・・・・・・・・よ・・・」

「ほう・・・まだ言葉を発することができるか。遺言があれば聞いてやるぞ」

「・・・・・・・・・や・・・・・・よ・・・」

「・・・なんだと?」

「・・・・・・いや・・・よ・・・この・・・まま・・・逃げられないッ・・・逃げないッッ!!」

 奇跡の光景が、凶魔と凶獣の眼前で繰り広げられた。
 跳ね上がる。
 大地に転がっていた守護天使の肢体が、瀕死であることなど嘘のように飛び起きる。
 爆発。消えゆく命の炎の、爆発。
 残された力を掻き集め、振り絞る。忍び少女の気力が、精神が、奇跡を起こしていた。崩壊
したはずの肉体で、サトミは再び立ち上がる。強い想いだけが、今の彼女を衝き動かす。
 
「変身解除などッ・・・しないッ!! 私には、戻ることなどできないッッ!! 私にはッ・・・なにも
ないのッ!! お前たちを倒すしかないッ!!」

 迸る、乙女の咆哮。
 
 変身解除をして生き永らえたところで、なんの意味があるのか。
 もう・・・退けないのだ。
 人類を守る最終ライン。その瀬戸際に、今のサトミは立っている。
 
 敗退して、逃げ帰る・・・サトミには、そんな選択肢は残されていない。
 次期頭領の資格を失った里美が、御庭番衆としての使命を果たせる、ラストチャンス。
 
 そして。
 たとえ、変身解除して退却したとしても。
 
 もう、迎えてくれる、仲間たちはいないのだ。
 
「サクラッ!! アリスッ!! ユリアッッ!! 儚く散っていったあのコたちの、魂に報いるた
めにッッ!! 私はッ・・・闘うッッ!!」

 闇エネルギーによって、飲み込まれたはずの光が蘇る。輝く銀光がサトミの周囲を覆う。
 明滅する胸のエナジー・クリスタルが、瞬間青い光を強くする。それは決して、錯覚などでは
ない光景だった。
 
 だが―――。
 
「やはりお前は・・・極上の品だ。あの状態から立ち上がるとはな」

 白プロテクターに包まれた凶魔が、戦女神の懐に踏み込んでいた。
 刹那―――。滾るサトミが決死の思いで立ち上がるのを嘲笑うかのように、コンマ数秒の間
で易々とゲドゥーは美麗天使を射程圏内に捉えていた。
 
「ッッッ!!!」

「しかし・・・気魄などというものは、圧倒的力の前には無力であることを悟れ」

 右腕が唸る。“最凶”を冠した凶魔の腕が。
 反応する聖少女の肉体。両手が迫る豪腕を防ぎにかかり、締まった脚が後方に跳躍しようと
力を込める。
 だが、衰弱した少女の身体では、膨大なパワーとスピードを誇る右腕を、避けることなどでき
なかった。
 
「あぐゥッッ?!!」

 黒い瘴気に包まれた右手が、胸中央の水晶体を掴むのを、サトミの瞳は見詰めた。
 
「お前の全てが・・・オレたちには通用しない」

 低く重い処刑宣告の声を、急速に四肢から力が抜けていくのを感じながら、麗しき戦女神は
聞く。
 
「ファントム破壊光線・・・クリスタルクラッシュッ!!」

 ドドドドドドオオオオッッッ!!!!
 
「うああああああ゛あ゛あ゛アアアアアァァッッッ――――ッッッ!!!!」

 瀑布となった暗黒エナジーが点滅する水晶体に撃ち込まれる轟音に、絶望に彩られた美麗
天使の叫びが重なった。
 
 
 
 3
 
 ボトッ・・・
 
 ボタボタッ・・・ボトッ・・・
 
 秋の風が吹きぬける。東京タワーが見下ろす、芝公園の敷地。昼下がりの陽光が、肌色の
大地を照らし出す。
 雨と呼ぶには巨大な雫が。赤い雫が降っていた。
 守護天使と崇められ、人々の希望と期待を一身に背負って闘い続けてきた、銀色の女神。
 鮮血に染まったファントムガール・サトミの肢体は、ピクリとも動くことなく静寂に包まれた青い
空に浮かんでいた。
 ただ、その胸中央に点滅するクリスタルの警告音だけが、人影の絶えた首都に響き渡る。
 
「・・・・・・ァ・・・ア゛ッ・・・・・・」
 
 泡の混ざった紅の唾液が、開いたままの美少女の唇から、呻きとともに途絶えることなく溢れ
続けていた。
 白いプロテクターに身を包んだひとつ眼の凶魔が、美天使のスレンダーな身体を右腕ひとつ
で持ち上げている。ぶらぶらと揺れる、紫色のブーツ。ゲドゥーが誇る“最凶の右手”は、サトミ
の命の象徴である水晶体を握り掴んでいる。
 
 誰の眼にも明らかにわかる、守護天使の敗北であった。
 
 秘術を尽くした。戦術は敵の上をいった。必殺技を喰らわせ、不屈の精神力で幾度も立ち上
がった。
 
 それでもサトミの力は、通じなかった。完膚なきまでに叩き潰された。
 ゲドゥーに脳震盪を起こさせ、ギャンジョーに深手を負わせた。それが勲章に思えるほど
に・・・実力差は大きく、状況は絶望的だった。
 生きている。ただそれだけだった。今のサトミは。
 抹殺の意志を込めた破壊光線をエナジー・クリスタルに直接叩き込まれた時点で、ファントム
ガール・サトミの闘いは、事実上終結を迎えていた。
 
“・・・勝・・・て・・・・・・ない・・・・・・”

 わかっていた。わかりきったことだった。
 全身を焦がす苦痛に混濁した意識のなかで、抑え込んでいた感情が侵食していく。冷酷な現
実が、絶望すら乗り越えたはずの少女の心を腐らせていく。
 
“・・・私には・・・・・・勝て・・・・・・ない・・・・・・も・・・う・・・なにも・・・・・・”

 ゲドゥーの右手が、か細く点灯する水晶体を離す。
 地響きをあげて、仰向けにバウンドするスレンダーな肢体。力を示すことのない四肢が、大き
く投げ出される。
 
 ぐしゃりッ・・・
 
 二匹の暴魔の脚が、銀色の女神の美貌と盛り上がった胸とを踏みつける。
 人類を守り続けてきた美麗の乙女が、凶魔と凶獣に足の裏で踏み躙られ、ただヒクヒクと痙
攣し続けている。
 ファントムガール・サトミは負けた。
 そして、正義は敗北した。
 
「ギャハハハハアッ―ッ!! 終わったなァッ、サトミィッッ!! いよいよ女神さまの最期のよ
うだぜェッ?!」

 美麗なマスクを踏みつけるギャンジョーが、グリグリと足裏を捻り込む。
 ピュピュッと飛び散る、真紅の飛沫。それでもサトミの投げ出された手指は、力無く折れ曲が
ったまま動かない。
 
「お前の手で始末をつけるか? メフェレス」

 弾力ある乳房を踏み潰しながら、抑揚のない声をひとつ眼凶魔が背後に飛ばす。
 腕組みをしながら一部始終を眺めていた青銅の魔人は、三日月に笑う黄金のマスクとは裏
腹の落ち着いた口調で返答した。
 
「・・・いや、お前たちの好きにすればいい」

「サトミには執着しているとばかり、思っていたが?」

「フン・・・すでに死に逝く女だ。処刑の様を愉しませてもらうさ」

 事実上の決着がついたことで、宿敵であったはずの聖少女への関心は薄れてしまったの
か。
 全てを己の意のままにと欲する魔人にしては「らしくない」行動ではあった。他のファントムガ
ールたちはともかく・・・サトミだけはメフェレス自身が手を下すとばかり思っていた。
 意外な魔人の行動、ではある。だがゲドゥーからすれば、極上の獲物を譲られてみすみす遠
慮するつもりはなかった。メフェレスの“事情”はどうであれ、差し出されたご馳走に手をつけな
いほど奥ゆかしくは無い。
 
「そうだな、ひとつだけ注文をつけるか」

「なんだ?」

「新たに我が配下に収まったヤツら・・・兵隊どもに戦闘の練習をさせてやれ。『エデン』を得た
ばかりで、巨大化も初めてならば、光線も撃ったことがない連中だ。上質なサンドバッグが手に
入ったことだし、な」

 魔人の意図を読み取ったゲドゥーが、しばしの沈黙の後、行動で答えを返す。
 無言のままサトミの腋に腕を回し、脱力した守護天使を力づくで立ち上がらせる。倣ったギャ
ンジョーが反対の腕を同様にして絡め取り、スレンダーな銀色の少女は巨大なミュータント二
体に挟まれる形となった。
 連行される凶悪犯、にも似た光景であった。拘束されているのは、正義の側だが。
 両腕を支えられたサトミの脚が宙に浮く。ぶらぶらと揺れる紫のブーツ。ストレートの髪を垂
れ流した光の女神は、意識も定かでないままに次なる嗜虐を待っている。
 
「メフェレスの言葉は聞こえていたな? ありったけの力で・・・撃ってみるといい」

 ひとつ眼凶魔の声が向けられたのは、芝公園周辺を囲む、30体のミュータントたちであっ
た。
 現政府からの裏切り者である彼らからすれば、ファントムガールは昨日までは希望と敬愛の
対象であった。だが、テロリストに魂を売り、『エデン』によりその悪意を増長させた鬼畜どもに
は、守護天使の姿はもはや格好の的としか映っていない。
 凶魔と凶獣とに捕獲され、吊り下げられた美麗なる少女戦士。
 ぞわぞわと蠢く30体の巨大生物が、思い思いのポーズで光線の照準を動けぬサトミにあわ
せる。
 
「小僧の指示に従うのはイラつくがよォッ・・・女神さまをリンチするってのは嫌いじゃねえ
ぜ?! ヒャハハハ!!」

「射撃の訓練だ。・・・やれ」

 360度包囲したミュータントの輪から、ゲドゥーの合図で一斉に暗黒の光線が中心の聖少女
目掛けて照射される。
 
 バババッッ!!! バシャア――ッッ!!! ドドドドッッ!!!
 
「あ゛あ゛ッッ?!!・・・ああああアアアアアッッ――――ッッ!!!」

 30の漆黒が銀と紫の肢体に着弾した瞬間、ビクンッと反り返ったサトミの口から絶叫が迸っ
た。
 ひとつひとつの光線の威力は、ゲドゥーやギャンジョーとは比べ物にならない。だが前から後
ろから、30もの光線を一瞬の間断なく浴びせられ、令嬢戦士の意識は全身を焼かれる苦痛に
埋め尽くされる。
 
「あくうッッ?!! うぐッッ!! きゃあアッッ・・・アアアアアッッ〜〜〜〜ッッ!!!」

「どうしたどうしたッ?! この程度で苦しむとは、随分弱ってきてるようだなァッ、サトミィ
ッ?!」

 標的を外れた光線が直撃するのを平然と受け流し、ギャンジョーが疵面を歪ませる。
 ただでさえ頑強な表皮を持つのに加え、同じ闇属性の攻撃が凶魔や凶獣に与えるダメージ
は微々たるものであった。誤爆を受けてなお、余裕に満ちたゲドゥーやギャンジョーの姿は、新
たなミュータントたちの遠慮をなくしていく。同士討ちを苦にすることなく、30体の容赦ない暗黒
光が永遠に浴びせ続けられる。
 
 バシュンッ!! ドゴオッ・・・バチッ!! ドオオッ・・・
 
「ヒャハハッ!! 野郎ども、うまくなってきたじゃねえかッ! 着弾点で火花があがり、皮膚が
焦げるようになってきやがった! ほれ、じゃあ今度は・・・女神さまの身体の柔らかさでも楽し
みな」

 黒煙が昇り始めたサトミの肢体を、ギャンジョーが包囲網に向かって投げつける。抵抗を示
すことない美しき女神が、銀色の塊となって宙を舞い、大地に落ちる。
 灰色のビルを無数に押し潰し、バウンドする聖少女の身体は、あちこちが黒く焦げていた。
仰向けに転がった肢体はピクリとも動かない。
 近くにいた10体ほどの巨大生物が餌に群がるように取り囲む。崩れたコンクリートの瓦礫に
横たわるサトミを、餓えた魔獣どもが覆い隠す。
 
 拳が殴り、脚が蹴りつける殴打音が、首都の空に流れていく。
 やがて混ざる、噛み付きの音色。鋭い牙が、銀色の肌に食い込む壮絶な響きは、サトミの首
筋からふくらはぎに至るまで・・・あらゆる部位から洩れ聞こえた。
 
「そのまま食い千切られちまうか?! サトミィッ〜! 守護天使さまが怪獣に喰われるっての
も悪くねえなァ?!」

「・・・ギャンジョー、そろそろいいだろう。オレたちにも遊ばせてもらわないとな」

 ゲドゥーからの指示を受け、悠然とした足取りで疵面獣が、10体のミュータントに囲まれた敗
北の女神のもとへ近づいていく。
 両手首に両脚のふくらはぎ、左右の乳房に首筋、太腿、脇腹に股間・・・10個の口に噛み付
かれたファントムガール・サトミの肢体は、ハイエナに提供された死肉のごとく大の字で天を向
いたまま横たわっていた。張りのある乙女の肉に食いついた鋭利な牙が、ギリギリと残酷な調
べを全身から奏でている。
 
「・・・あ゛ッッ・・・くあァッ・・・・・・あう゛ァッ・・・・・・」

「てめえら程度の力じゃ、光の女神さまの表皮を食い破るまではできねえか・・・おら、どけや。
こいつには人間どもの希望を打ち砕く死に方をしてもらわねえとなァ〜・・・」

 ささっと潮が引くように、牙を離し、退き下がっていく10体の怪物たち。
 ぐったりと横臥する美少女の金色混ざりの茶髪を、ギャンジョーの右手のペンチが掴む。片
腕一本で持ち上げる。
 長いストレートに吊り下げられた、紫の模様も鮮やかな守護天使。完璧と評されるスタイルの
美肢体からは、四肢が地球に引かれて力無く垂れている。
 ヴィーン・・・ヴィーン・・・点滅するクリスタルの警告音が、全ての終わりを告げるカウントダウ
ンのようであった。ファントムガールに残された選択肢は、ただ処刑を待つのみ。誰もがそう思
っていた。
 
 ザクンッッ・・・
 
 不意に浮き上がったサトミの右手が手刀を形つくり、疵面獣の胸板に朱線を描いても、なに
が起きたかすぐに理解できなかったのは無理からぬ話であった。
 
「・・・アァ?」

「・・・・・・ま・・・だ・・・よ・・・・・・」

 白光を纏った右手が、再び茶褐色の肉体を斬りつける。
 X字に描かれた傷口から鮮血が噴き出したとき、ようやくギャンジョーは女神の反撃を思い知
った。
 
「・・・この・・・身が・・・・・・果てる・・・までは・・・私は・・・まだ・・・・・・」

「てめえ・・・その身体で、まだ光のエネルギーを扱えるとはな・・・」

 三度目の手刀は、虚しく空を切っていた。
 反撃した。強固な凶獣の肉を切り裂いた。それ自体は確かに、百戦錬磨の殺人鬼を驚愕さ
せた。サトミの闘志はギャンジョーの心を寒からしめた。
 だが、現実のダメージは、凶獣を倒すにはあまりに不足していた。
 死力を振り絞っての反撃ですら・・・圧倒的な力の差の前には、あまりに無力だった。
 
 ガブウウウッッ!!!
 
 大きく開いた凶獣の口が、サトミの左胸に喰らいつく。
 無数の牙に突き破られた柔らかな乳房から鮮血が迸る。過敏な箇所への峻烈な攻撃に、くノ
一戦士は乙女の悲鳴を洩らしていた。
 
「きゃううゥッッ?!! きゃああああああッッ――――ッッッ!!!!」

「ならば果てるといいぜェッ・・・肉片が擦り切れるまで天使さまを貪り尽くしてやらァッ〜ッ!!」

 疵面獣が首を振る。乳房を咥えられたしなやかな獲物は、その力だけで大きく弧を描いて宙
に投げ出されていた。
 千切れそうな胸の痛みに全身を強張らせたサトミ。無防備に空を舞う守護天使を待ち受け
る、白い凶魔の“最凶の右手”―――。
 
 大地も空間も揺れる轟音とともに、弩砲のごときアッパーブローが、銀と紫の女神の鳩尾を
突き上げる。貫く衝撃。美神の指先から爪先、流れる髪までが細かくブレる。
 
 ごぼおおおッッッ・・・・・・
 
 桜の花弁にも似た麗しき唇を割って、真紅の塊が吐き出される。
 
 ぐぼりッ・・・と腹部に埋まった右拳が引き抜かれる。血の糸を撒き散らしながら、両脚から落
ちていく美麗の守護天使。
 着地をしたのは、まだどこかに残っていた体力と抵抗の意志とが成した、奇跡だったか。
 己の二本の脚で、サトミは立っていた。瞳の青色を点滅させながら。両手をだらりと下げ、胸
の水晶体を鳴らしながらも、孤独な女神は倒れなかった。
 
 だが、それまでだった。
 
「・・・私・・・・・・は・・・・・・闘う・・・・・・の・・・」

 途切れそうな囁きが、秋の風に消えていく。
 無意識のうちに、使命を背負って生きてきた少女は呟いていた。身体中の細胞が苦痛に疼
き、灼熱が全身に張り付いている。ふとした瞬間に、肉体がバラバラに崩れてしまいそうだっ
た。自分が生きているのか、立っているのかさえ、よくわかっていなかった。
 想いがただ、口を突いて洩れ出る。
 恐るべき凶魔と凶獣に左右を挟まれ、絶望的状況下にあることすら気付かぬまま、サトミの
心は言葉となって紡がれた。
 
「・・・私、には・・・・・・なにも・・・ない・・・・・・闘う・・・の・・・・・・闘うしか・・・ない・・・の・・・・・・」

「いや、サトミ。もうお前は闘えない」

 右手を伸ばしたゲドゥーが、無抵抗の女神の右乳房を握り掴む。
 掌にたっぷりと圧し掛かるボリュームと、食い込む指を弾く張り。質と量を兼ね備えた、見事
なフォルムの美乳を揉み回す。全体を上下に揺らし、乱暴に、時に優しく揉みほぐす。包んだ
掌で、膨らみの頂点をくすぐるように細かく摩擦する。
 
 ヒクンッ!
 サトミの丸い肩が動く。小刻みに揺れる長い腕。ひとつ眼凶魔の性戯に、乙女のカラダは反
応していた。だが、愛撫の手を阻止しようにも、聖少女の肉体はもはや満足に動かない。仇敵
の嬲りを甘受する以外、今のサトミに術はなかった。
 
「・・・・・・くッ・・・」

「無意識のうちにも我慢するか・・・だが、カラダは正直なようだな」

 右乳房に張り付いた掌を、ゲドゥーがゆっくりと剥がす。
 紫の模様に、くっきりと浮き出た小指大の突起。
 凶魔の熟練の愛撫の前に、令嬢戦士は惨めなまでに性の昂ぶりを証明してしまっていた。固
く尖った乳首が、誰の眼にもそれとわかるほど、屹立して存在を主張している。
 
「てめえを殺すのはいつでもできる。だがよォ・・・女神さまを“壊す”にはそれだけじゃ足りねェ
だろ?・・・」

 先程噛み付いた左の胸に、再び疵面を近づけるギャンジョー。
 しかし、今度は女子高生の肉に食いつくのが狙いではなかった。茶色く長い、爬虫類の舌を
ベロリと出す。ビチャビチャと形のいい乳房を、先端を中心に舐めあげる。唾液で房球が濡れ
ていくたび、ヒクヒクと立ち尽くした美神の腰が痙攣する。
 見る間に左バストの頂点も、右と同様に尖り立っていく。
 巨大なる暴力にひとり立ち向かい、奮戦していた孤独な守護天使は、今やふたつの乳首を
固く尖らせ、愛撫に身を震わせるしかないモルモットに堕ちようとしていた。
 
「・・・・・・んッ・・・ふゥっ・・・・・・ぁ゛・・・」

「ヒャハハハハ! どうしたァ、サトミィィ〜〜・・・切なそうな喘ぎが洩れてるぜェ〜・・・」

「お前もサクラと同じく・・・イキながら、息絶える途を歩ませてやろう」

 ピンク色の光を纏ったゲドゥーの右手が、ピンと立った突起を二本指で摘む。催淫の光線が
先端に染み出しながら、前後左右に激しく揺らす。
 動けなくなったサトミの両サイドを挟みながら・・・二匹の暴魔は執拗に女子高生の敏感な双
房を責め続けた。
 
「あふっ・・・・・・んくぅッ!・・・ア・・・あァ゛ッ・・・・・・」

 ギャンジョーの左腕がグニョグニョと変形し、鉄球だったものが巨大な吸盤へとなっていく。ゲ
ドゥーに倣うように、ピンク色の・・・官能を催す法悦の魔光に包まれる吸盤。
 舌を離すと同時に、蠢く吸盤はサトミの左胸全体にぶちゅりと吸い付き、張りのある柔肉を激
しくバキュームする。先端の突起を中心に、吸い上げられ、長く伸びる美少女の乳房。吸引の
刺激と同時に、魔悦の淫光が沁みこんでいく。痺れるような甘い疼きが、乳首の先から房球全
体に広がる。
 
 一方で“最嬌の右手”と化したゲドゥーの指先は、ヒクヒクと反応する右の突起を休むことなく
弄んでいた。引っ張り、折り曲げ、こね回し・・・くりくりと先端を回すたび、淫らなピンク色がパン
パンに張った乳房に注がれていく。じっとりと浸透していく官能の電流は、いまやサトミの下腹
部まで直撃し、女芯を熱くたぎらせていた。ゲドゥーの指が摩擦を強めるたび、動けないはず
の美少女が、ビクンッビクンッと他愛なく仰け反る。
 
「くふぅッ!・・・んんッ?!・・・・・・あ゛ッ・・・きゃふぅッ・・・やッ、やめェ・・・」

「半ば意識もなければ、素直にもなるというものだ」

「おらァッ、このまま抵抗できないまま・・・犯され、汚れててめェは死ぬんだよォッ!!」

 ペンチであったギャンジョーの右手がまたも変形する。長く伸びていくそれは、麻縄のロー
プ。一定間隔で作られた結び目が、固い瘤となってアクセントをつけている・・・
 使用目的も明白なそれを、開いたサトミの股間に通す。通した先はゲドゥーの空いた左手が
持った。
 息を合わせて、美女神がまたいだ麻縄をグイと引き上げる、凶魔と凶獣。
 
 荒い縄が守護天使の股間・・・クレヴァスに食い込み、ざらざらした感覚を浴びせながら吊り
上げる。
 
「ひィぐうぅッ・・・?!!・・・ふああああッッッ――――ッッッッ!!!」

「ギャーッハッハッハッ!! お嬢様には刺激が強すぎたかァッ?! だが楽しいのはこっから
だぜェッ!!」

 ずりずりと麻縄が前後に動く。目一杯前に引かれていき、限界までいくと後ろへ・・・。ロープ
が過ぎるたび、瘤目が秘裂を抉り、官能の刺激が脳天を衝く。摩擦でサトミの股間が焼き切れ
るかと思うほど、息の合った動きでゲドゥーとギャンジョーは麻縄の擦過を繰り返す。
 
「はくァァッ?!! きゃアアァッ・・・きゃあああッッ――――ッッッ!!! やめッッ・・・ひゃめ
てェェッ・・・!!! んんくううゥゥッッ〜〜〜〜ッッッ!!!」

 力の抜けたはずの両手が、たまらず股間のクレヴァスを抑える。仰け反った美貌から絶叫が
迸る。
 両乳房への愛撫はそのまま、よがる守護天使の痴態に哄笑を浴びせながら、二匹の暴魔は
瘤縄の摩擦を激しくしていく。
 
「んくううッッ!!! くふううッッ!!! ダッ・・・ダメェェッ!! こ、こんなッ・・・こんなァッ〜〜
ッッ!!!」

 往復するロープが濡れ光っていく。ボトボトと、愛蜜のこぼれる音色がサトミの真下から響い
ていく。
 エナジー・クリスタルが警告を放つほどに衰弱したサトミの防御力では、魔悦のピンク光をま
ともに浴びるしかなかった。乳房への愛撫責めだけで昇天しそうな美乙女は、雪崩れ込む官
能にただ弄ばれるのみ。
 
 ヴィヴィッ・・・ヴィヴィヴィッ――ッ・・・
 
 下腹部のクリスタル・・・子宮を具現化した水晶体が、不気味に軋む音色がこだましても、サト
ミに出来ることは腰をヒクつかせ、痙攣することしかない―――
 
“・・・狂・・・う・・・・・・も・・・う・・・・・・私・・・は・・・・・・”

 ―――サトミさんッッッ!!!

 声が聞こえた。聞こえたような、気がした。
 
 来るはずのない、声が。
 もう・・・会うことはないはずの、声が。
 
 いよいよ・・・かな。幻聴がするなんて。
 だってあのコが、ここに来るはずが・・・・・・
 
「サトミさんッッッ!!!」

 光が、爆発した。遥か、彼方で。青い、光が。
 点滅していたサトミの瞳が、強くその輝きを取り戻す。
 
「サトミさんッッッ!!! 今ッッ、助けにいきますッッッ!!!」

 ぼやけていた視界で、今、はっきりとひとつの像が結びつく。
 幻聴でも、幻覚でもなかった。
 遠い、街並みの向こう―――でも確かに、銀と青色の守護天使は首都の地に降臨していた。
 
「・・・・・・ナ・・・ナ・・・ちゃん・・・」

 ファントムガール・ナナ。かすれる声で、サトミが天使の名を呼ぶ。
 包囲する30体のミュータント。その壁の一角に向けて、ショートカットの青い天使が、サトミと
一直線に結ぶ線上を突っ込んでいった―――。
 
 ドオオオオオオッ―――ッッッ!!!
 
 巨大生物の群れに飛び込んでいく、銀と青色の弾丸。グラマラスな守護天使が肉の壁に激
突した瞬間、衝撃が大地と秋空を揺るがす。
 二匹、三匹・・・宙を舞う、50mを越える巨獣たち。
 純粋なパワーのみで、ファントムガール・ナナは救出への道を遮るミュータントの群れを吹き
飛ばしていた。もとよりの身体能力の高さに加え、敬愛する先輩を穢されることへの怒り。その
力はとても急造のミュータントに太刀打ちできるものではない。
 
「どけええッッ!! 邪魔するんならッ・・・みんなまとめてぶっ飛ばすんだからッ!!」

「ファントムガール・ナナ・・・やはり来たか」

「ハッ、ちょいと手遅れだったようだなァッ、小娘ェッ?! てめえとは後で遊んでやるッ!! 
そこで大人しく・・・サトミが壊れていくのを眺めてろやァッ!!」

 一瞥をくれたのみで、再び乳房に吸い付く吸盤と、秘裂に食い込む麻縄とに力をこめるギャ
ンジョー。
 ナナの強さは、理解している。その身体能力・攻撃力の高さは、確かに女子高生の枠を飛び
越えているだろう。ファントムガールという存在が追い詰められるたびに奇跡的な力を発揮す
るのも、アリスやユリアを葬った経験上、よく骨身に沁みている。
 それでも・・・実力は劣るとはいえ、30体ものミュータントを相手に突破できるわけがなかっ
た。
 冷静な判断力を持つゲドゥーにしても、その見解は一致していた。一対一なら今のナナに対
抗できる者は、30体のミュータントにはいない。だが、ひとりの女子高生が30人の男に囲ま
れ、どう闘えるというのか。結果は火を見るより明らかだ。
 
 ドボオッッ!!
 
 合計四体・・・巨大生物を吹き飛ばしたところで、ナナの突進が食い止められる。巨岩のよう
に頑強な肉体を持つ怪物と組み合った青い天使の鳩尾に、異なるミュータントのボディブロー
が突き刺さる。
 呻く少女戦士に殺到する巨獣たち。ショートカットの後頭部に、拳が叩き込まれる。蹴り上げ
る爪先が、顔面を襲う。
 
「ぐぅッ?! ・・・うあ゛ッッ!! ・・・んぶぅッ?!・・・」

 一斉に四方から群がるミュータント。二桁以上の手足が張り詰めた乙女の肉体に打ち込ま
れ、ドスドスと鈍い打撃音が響く。前後左右から途切れることなく襲い掛かる、殴打の嵐。
 猛進ともいえる突撃でひるませたのも束の間、巨獣8体に囲まれたファントムガール・ナナを
暴力の渦が飲み込んでいく。リンチだった。多勢に挑んだ独りが、当然のごとく陥る帰結。鳩尾
を突き上げられ、顔面を強打され、背後から打ちつけられる・・・16本の腕が繰り広げる狂打
に、木の葉のごとく踊る少女の肢体。
 
「ナ・・・ナ・・・・・・ナナ・・・ちゃんッ・・・逃げ・・・てッ・・・逃げてェッ!!・・・」

 湧き上がる甘美な疼きに、サトミは声を出すのが精一杯だった。
 官能の津波がふたつの胸と下腹部から押し寄せてくる・・・じんわりと広がるアツさと刺激に、
女芯が蕩けかけている。頬が赤らみ、内股が閉じられるのを自覚しながらも、サトミは必死に
叫んでいた。
 
 嘘じゃない―――
 幻覚でもない―――
 ともに闘ってきた仲間が、愛すべき少女がそこにいる。道を違えたはずのファントムガール・
ナナが、私を助けるために闘っている。
 
 だが・・・無理だ。
 いくらナナでも、『エデン』の血を受け継ぎ、人並み外れた戦闘力を秘めた少女でも、取り巻く
状況はあまりに苛烈すぎる。まともにぶつかっても・・・死を招くだけだ。
 
“私は・・・もう・・・ダメ・・・せめて・・・・・・あなたに希望を繋ぐ・・・捨て石にならせて・・・”

「ナ・・・ナちゃん・・・・・・私のことは・・・もう・・・・・・」

「あたしがッッ、助けますッッ!!!」

 光が爆発する。青い少女のなかで高まる聖なる光。絶叫と同時にナナの肢体は、独楽のごと
く回転していた。
 旋回する守護天使の四肢から放たれる、回し蹴りとフック、裏拳の連打。小型のハリケーン
が包囲する8体のミュータントを一瞬にして弾き飛ばす。少女の武が、多勢の暴を上回る。
 
「里美さんのことがッッッ!!! 好きだからッッッ!!!」

 全身を震わせる、少女の絶叫。
 ヒクヒクと痙攣していたサトミの右手が、瞬間強く、握られる。愛撫に霞みがかる意識のなか
に、ナナの言葉がハッキリと刻まれる。
 
「あたしが誰でもッッ!! 里美さんがどんなひとでもッッ!! 難しいことはわかんないッ、た
だ好きだからッ、あたしは里美さんを助けるのッッ!!」

「・・・ナナ・・・」

「罠でもなんでも構わないッッ!! あたしは里美さんを助けるッッ!! 好きだから、大好きだ
から、あたしは里美さんを助けるのッッ!!」

 里美さんにとってきっとあたしは――本当は邪魔な存在なのだろう。
 御庭番衆の使命を考えれば・・・あたしと吼介は、いない方がよかった。
 そしてその吼介を。愛するひとを里美さんから奪ったのは、あたしだ。
 
 あたしが、里美さんから全てを奪った。
 あたしがいなければ、きっと里美さんはもっと幸せになれた。
 
 わかっている。全てはわかっている。
 だけど。
 
「里美さんにいくら嫌われてもいい。あたしが好きだって事実があれば・・・他になにもいらない
ッ!! 使命も運命も乗り越えて、あたしは里美さんを助けるッッ!!」

「そうか。だがいくら喚こうが、貴様は何も出来ん」

 たぎるナナに冷水を浴びせるがごとく、低い声が呟く。
 同時に飛来する、漆黒の三日月。闇のエネルギーを乗せた衝撃波が、彼方より振るった青
銅の剣より放たれていた。
 
「メフェレスッッ?!」

「貴様が現れるのは想定済みだ。すでに策は完成している」

 ソリッド・ヴェール・・・光の防護幕を纏った両腕をクロスさせ、漆黒の剣撃を受け止める守護
天使。爆発と衝撃で肉感的な乙女の肢体が、後方に吹き飛ぶ。
 
 待ち構えていたのか、この時を。
 
 サトミへの陵辱を冷ややかに眺めていた魔人が、もたれていた高層ビルから身を起こす。ま
るで、ナナの参戦を見越していたかのように。抜き身となった青銅の剣が、不気味な唸りをあ
げている。
 
「絶望を知るのは愚民どもだけではない・・・貴様はその場で、己の無力を噛み締めるがいい。
ゲドゥー、ギャンジョー。乱入者はオレが始末してやる。気にすることなく、サトミの処刑を続け
ろ」

「メフェレスッッ!! お前はッ・・・お前たちはッ・・・ゼッタイに許さないッッ!! どんな卑怯な
手を使ってこようと、あたしはゼッタイ負けないッッ!!」

「気持ちがいいな、弱者の遠吠えは・・・出番だ、新宿方面隊10名よ」

 十条の漆黒の稲妻が轟音とともに大地を焼く。身構える青い天使の周囲で。砕けたアスファ
ルトの破片が宙を舞う。
 巨大生物・・・新たな10体のミュータントの咆哮が、首都の空に響き渡る。ビリビリと空震に
揺れる東京タワー。突如出現した怪物たちは、一瞬にしてファントムガール・ナナを取り囲んで
いた。発動した罠が、獲物を檻に閉じ込めるかのように。
 
「・・・くッ・・・ううゥッ!!」

「これで合計40体。予想される救出部隊にあわせ、伏兵を配備するのは当然のことだ」

 サトミを中心に包囲した30体は、あくまでメフェレスの駒の一部に過ぎない。
 内にサトミを閉じ込め、同時に外からの襲撃に備えたこの30体を中心に・・・東西南北に各1
0体の兵を忍ばせる。さらに万一の事態を考慮し、残る20騎以上を遊軍と救助斑とに分けて
おく。
 ファントムガール殲滅計画を完成させるため、全戦力をメフェレスは東京タワー周辺に集中さ
せていた。
 ナナはもちろん、たとえあの赤銅の鬼が出現しようと―――処刑執行を邪魔されない、強固
な陣を初めから構築していたのだ。何が起きようと、あらゆる幸運が守護天使のもとに舞い降
りようと、逆転不能な必殺の罠。それだけのものを青銅の魔人は張り巡らせていた。
 
 正面には、30体の包囲網から進み出た8体のミュータント。そして、周囲を囲むは、新たに
現れた10体。
 40匹全てを一度に相手にするわけではない。とはいえ、18体。それだけの巨大生物を敵に
して、ナナはひとりで闘わねばならない。
 
 勝敗など、語る必要すらない状況。
 
 逃げてッ!
 再び叫びかける、くノ一戦士の唇。だがその瞳に映ったものは、頭上高く掲げられた青い天
使の掌で、渦を巻く眩い光の白球だった。
 
「スラムッッ・・・ショットォッッ!!」

 ボンンンッッッ!!!
 
 空間の裂かれる音がした。破壊力ではファントムガールのあらゆる技のなかでもトップクラス
を誇る、魔滅の光弾。一度に数体を貫くことも可能な砲撃が、尾を引いて正面の怪物の群れ
に飛んでいく。
 
 最低でも一匹。あわよくば4、5匹。
 旧来のミュータントより戦闘力の劣る群れを相手に、アスリート少女の胸に皮算用が働いた
のも無理はない。
 しかし―――
 
 スラム・ショットの弾道に進み出る、一体のミュータント。
 世界最大級の二枚貝・シャコ貝とのキメラである巨大生物が、その厚く固い貝殻のガードを
閉じると、直撃した白光の砲弾は破裂したかのように飛び散り、霧散した。
 
「なッッ?!!」

「こいつらひとりひとりは弱いが・・・それぞれに長所はある。そいつは攻撃はからきしだが、防
御力は異常に高くてな。複数を相手にする脅威・・・理解できたか?」

 冷笑を含んだ魔人の台詞が終わるより早く、餓えた魔獣の群れは動いていた。
 全身全霊を傾けた必殺技の直後。ましてそれが容易く破られた少女戦士は、完全にその動
きを止めてしまっていた。エナジー消耗の反動と、少なからぬショック。数秒の間、自失した猫
顔の天使に、四方からミュータントが殺到する。
 
“ッッ!!・・・・・・間に合わないっ・・・!!”

 肉体を硬質化させる、ソリッド・ヴェールの光が増幅する。己の身に襲い掛かる痛みと衝撃を
覚悟したナナが、唯一取れる対抗策。致命傷だけは避けるべく、耐久力アップに全ての意識を
集中させる。
 
「まったく・・・困ったコね」

 ザクンッ!! ザクザクザクッ!!
 
 艶を帯びた女のアルトと、切断される肉の音色が起こったのは、同時―――
 
 空中で細切れになったミュータントの肉片が、バラバラと大量の血潮とともに降り注ぐ。ジャン
プして頭上から青い守護天使を襲撃せんとした、二体の巨大生物。ナナにその攻撃が届く前
に、40体のうち、ふたつの邪獣は肉の塊と化していた。
 
「作戦もなにもあったもんじゃないわ・・・すぐに、突っ込んでしまうんだから」

「・・・ッ・・・シヴァッ!!」

 鮮血と肉塊の雨の向こうに、新たな声の主は立っていた。
 腰まで長く伸びた金色の髪が、秋風に揺れてなびいている。
 全身水色の身体。六本の腕。緩やかなカーブを描いた鋭い爪。明らかにわかる、怪物の姿
だと。地上のものとは思えぬ端整な美形であることが、ますます見る者に不気味な寒気を覚え
させる。魔女という言葉はきっと、この女のために存在すると思えるほどに、新たな巨大生物
は美しく、おぞましかった。
 
 蜘蛛とのキメラ・ミュータント、シヴァ。
 かつて人類の眼の前でファントムガール・ナナを蹂躙した妖女が・・・そのナナの傍らに立って
いる。
 天才生物学者・片倉響子が自身の肉体を捧げることで誕生したミュータントが、本来敵であ
るはずのファントムガールの側につく。奇跡のような光景が真実であることは、地に落ちた二
体の屍が実証していた。
 
 ナナとシヴァ。仇敵であるはずのふたりが、共闘を組む日が来ようとは。
 だが、夢のような光景が不自然に思えぬほどに、ふたりを包む状況はシリアスだった。世界
が終わろうとしている。侵略者の手によって、破壊と闇の時代が訪れようとしている。圧倒的脅
威の前に、守護天使と魔女は手を結ぶべくして結んだ―――
 
「もっとも、作戦を立てる余裕などないけど。サトミを救うためには、ただやるしかないってところ
かしら」

「・・・あんたの力なんか、借りないッ!・・・って言いたいとこだけど、遠慮なく助けてもらうわ。今
のあたしは、少しでも力が欲しいッ―――」

「素直なのはいいことだわ。でも、私は私のために闘うだけよ。勘違いはしないことね」

「あんたも勘違いしないでね。全てが終わったら、ゼッタイぶっ飛ばしてやるんだから。た
だ・・・」

「ただ?」

「助けてくれて・・・・・・ありがと」

 ドオオオオオオオオッッッ!!!
 
 銀と青のグラマラスな肢体が、太陽のごとく激しい輝きを放つ。
 白く発光する身体。ナナの体内で増幅していく、聖なる光のエネルギー。両脚を広げて踏ん
張る少女戦士の足元で、グラグラと大地が地鳴りを伴って揺れ動く。
 急激に高まる光の密度に、天使と妖女を包囲したミュータントの輪が大きく広がる。今、迂闊
にナナに近づけば死が待つことを、悪魔どもも悟っていた。何かを、やるつもりだ。強力な、何
かの技を。
 
 圧倒的戦力差を覆し、サトミをこの手に救うためには、青き天使は全力を振り絞るしかなかっ
た。
 
 戦少女が右腕を高々と天空に突き上げる。その拳に眩い聖光が凝縮していく。
 
 この体勢からナナが放てる、超の字がつく必殺技はふたつ―――
 
 大地に拳を撃ち込めば、即ち“ソニック・シェイキング”・・・同心円状に広がる光のエナジーを
帯びた超震動が、群がる無数のミュータントを一気に殲滅に持ち込み。
 己の心臓に叩き込めば、“BD7”・・・即ち“ビート・ドライブ・レベル7”。武神さながらに飛躍的
に上昇した身体能力で、並み居る敵を薙ぎ払い葬り去る。
 
 敵は多すぎた。どこまで通じるか、何体倒せるかはわからない。それでも着実に敵軍を磨耗
する大技を放つべく、ナナがその右拳を振り下ろさんとする。
 
 新たな漆黒の稲妻が轟いたのは、その時であった。
 
「ちょっと待ってもらおうじゃなァ〜〜い?!」

 蒼い結晶でできたふたつの大きな眼が、稲妻が立ち昇らせた黒煙の奥で光っていた。
 豹柄の体表に、四肢の先と頭部とを銀毛で覆った姿・・・禍々しい青色の爪。
 毒気のある女豹そのままの容姿を認めるまでもなく、間延びした鼻にかかった声を聞くだけ
で、乱入者の正体は知れた。
 
「そう簡単にはいかせないよォ〜〜・・・子猫ちゃん♪」

 ボッ!!・・・ボボッ!!・・・ドドドッ!!
 
 “闇豹”神崎ちゆりの成れの果て、マヴェル。
 悪女が芝公園の地に降り立つと同時に、遊撃部隊として授けられた新たな10体のミュータン
トが、ナナの進撃を立ち塞ぐべく前方に出現した―――。
 
「ッッ・・・マヴェルッ・・・!!」

 今にも振り下ろされようとしていたナナの右腕が、天高く掲げられたままピクリと止まる。
 ある程度の予想はしていた。伏兵を配しておくのは、悪の首領たるメフェレスの常套手段だ。
10体もの配下が同時に登場するとは計算外であったが、守護天使の進撃を食い止めるべく
“闇豹”を投入してくるのは決して不思議なことではない。
 
 だが、超必殺技の体勢に入ったナナを前に・・・今更、女豹になにができるというのか?――
 残忍で狡猾。“闇豹”マヴェルが一筋縄でいかない敵であるのは間違いない。しかし、純粋な
戦闘能力でメフェレスやゲドゥーらに劣る女豹に、ソニック・シェイキングや“BD7”を受け切る
力があるとはとても思えなかった。事実、“BD7”を初めて発動させた明治神宮での闘いで、ナ
ナはマヴェルを圧倒している。
 
「・・・お前なんかに・・・あたしの邪魔はさせないッ・・・」

「はァ? なに言ってんのォ〜、バカ子猫ッ?! あんたはここで死ぬって気付いてないのォ
〜?」

「・・・何体手下連れてきたって・・・あたしは全部お前たちを倒してッ・・・」

「調子こいてんじゃねェーよッッ、カスがァッ!! テメエの力じゃサトミは救えねえッ!! 忌々
しい生徒会長さまが処刑されるサマを、そこで眺めてるがいいさッ!! アハハハハ♪」

 牙の生え揃った魔豹の口が開く。真っ赤な口腔から、哄笑が迸る。
 ケラケラと肩を揺らすマヴェルが指差した先には、凶魔と凶獣とにふたつの胸を弄ばれ、股
間に直接ピンク色の官能光線を照射される、紫のカラーリングの女神がいた。
 
「あふっ・・・んくぅッ・・・ふァ゛ッ・・・・・・あ゛あ゛ッ!!・・・」

「ッッ!!・・・サトミさんッッ!!」

「“BD7”だっけかァッ?! やれるものならやってみなよォ〜ッ!! テメエの命と引き換え
に、反則みたいな力を引き出す自爆技ッ・・・けどあの3人に届くまで、あんたのカラダがもつの
かねェ〜?!」

 ヒクヒクと腰を動かし、天を仰ぐサトミ。柳眉を寄らせ、吐息を洩らす美女神は、50体もの巨
大生物に遮られた、遥か視線の先にあった。
 辿り着かねばならなかった。幾重もの、魔獣の包囲を突破して。
 視界が届く範囲に、大好きなファントムガールのリーダーはいる。だが、ナナとサトミの間に
は、絶望してしまいそうなほど厚い肉の壁がそびえている。殺意と嗜虐心に満ちた、50の悪魔
が待ち構えている。
 
「アーッハッハッハッ!! 子猫ちゃ〜ん♪ あんた強いよォ〜。このマヴェルより、ずっと、ず
っとねェ〜。でもあの3人には勝てないッ! 明治神宮での闘い、忘れたわけじゃないよねェ
〜?!」

「・・・ぐッ・・・」

「“BD7”使ってもォッ、あんたはメフェレスを仕留めきれなかったッ!! この状況でどう足掻
こうがァ〜・・・サトミを救える確率はァ、ゼロ%ってことだよォ〜〜ッ!!」

 狂人じみた哄笑の前に、青いファントムガールは拳をあげたまま、動けないでいた。
 
 当たっている。
 
 できるならば、不愉快に笑い転げる目前の豹女を、今すぐにでも叩きのめしたい。
 “BD7”を発動させれば、それは簡単なことだった。だがダメだ。マヴェルの挑発的な指摘の
通り、ここで超必殺技を炸裂させても、サトミを救う前にナナ自身の肉体が崩壊する。たとえ5
0体のミュータントを突破したとしても、ボロボロになった身体では、3体の悪魔の枢軸に嬲り殺
されるだけだ。
 
 制限時間のある“BD7”は、ここぞの場面でしか使えない。
 
 少なくとも、最凶格の3体と直接当たるまでは、発動すべきではない。格下相手に使うことに
なれば、その時点で即ち、守護天使の敗北と死は決まったようなものだ。
 
「・・・あたしにはまだッ・・・コレがあるッ!!・・・」

「ソニック・シェイキングぅ〜? だろうねえ〜、あんたが最初からそいつを使う気でいるのはお
見通しだよォ〜。だからこそ、忠告しに来たのさァ〜」

「忠告ッ・・・?!」

「そいつを使ったらァ〜〜・・・お隣りのお姐さんも消滅しちゃうってこと、忘れたわけじゃないよ
ねェ〜?」

 見開かれる青い天使の瞳が、傍らに立つ6本腕の妖女を直視する。
 
 迂闊。なんという、迂闊。
 
 同心円状に広がり、等しく魔を殲滅する、光の波動と超震動。それがソニック・シェイキング。
 今は手を組んでいるとはいえ・・・蜘蛛とのキメラ・ミュータントであるシヴァもまた、その脅威
から逃れる術はないのだ。
 仇敵との共闘が、こんな事態を招くとは。超必殺の衝撃波動を放てば、無数の敵と同時に唯
一の味方まで消してしまう。しかし、シヴァがいなければ、そもそもこの場にナナが立つことすら
無かったはずだ。
 天敵とも言える蜘蛛妖女を倒すのは、ナナにとっては宿願のようなものだった。今、そのシヴ
ァにソニック・シェイキングを食らわすのは容易いことなのに・・・なぜに運命はこれほどに皮肉
なのか。あからさまな苦悩をアイドル顔に刻んだ守護天使は、光を纏った右拳をどうしても振り
下ろすことができなかった。
 
「打ちなさい、ファントムガール・ナナ」

 かすかな笑みすら湛えて、水色の妖女は言い放った。
 
「私に構わず、ソニック・シェイキングを放ちなさい」

「・・・でもッ!」

「あなたのへっぽこな技で、このシヴァがやられるとでも思って?」

「シヴァ〜・・・あんたにゃ悪いけどォ〜、マヴェルはこっちにつかせてもらうよォ〜」

 あくまで悠然と構える蜘蛛女に、かつての仲間である“闇豹”が言葉を掛ける。
 
「誰がどう見ても、決着はほとんどついてる・・・マヴェルも無駄に死にたくないからねェ〜」

「あなたの判断に、私が口を挟むことはないわ」

「それとォ、サトミが死ぬのだけは、この眼で見ておかないとねェ〜・・・欲しいものはなんでも揃
い、周囲にチヤホヤされるお嬢様・・・あの女が惨めに切り刻まれるのを、どれだけ楽しみにし
ていたか・・・」

「だまれッ!!」

 咆哮するナナ。
 その掲げた右拳が、更に強く発光する。
 
「お前なんかにッ・・・サトミさんのなにがわかるって言うのッ?!」

「・・・はァ〜?」

「サトミさんがどんな想いをしてきたかッ・・・辛いのは、あなたひとりじゃないんだよッ!!」

「・・・小娘ェ・・・ちょっと眼をかけてやれば、調子に乗ってくれるじゃなァ〜い・・・」

 マヴェルとともに出現した10体の親衛隊が、ざわりと蠢く。
 超必殺技の発動を警戒し、身を硬直させていたミュータントの群れ。だが“BD7”もソニック・
シェイキングも「ない」と知り、その凶相に余裕を漂わせ始める。
 普通に闘えば、2vs50。
 ひとりひとりの実力を考えたところで、その戦力差は埋めようがない――。
 
「打てと言ってるでしょ、ナナ。私に気遣って、サトミを見殺しにするつもり?」

「ソニック・シェイキングが効かないなんて、ウソだよ・・・打てば、あなたを確実に傷つける」

「反吐がでそうな甘さは変わらないわね。サトミから何を習ってきたの? 今のあなたが全力で
すべきことはなに?」

「わかってるよ・・・そんなこと、わかってる。だから、あなたをちょっとだけ・・・傷つける!」

 ブウウウ・・・ンンン・・・
 
 白い光に包まれた右拳が、細かな震動を開始する。
 周囲から襲い掛かろうと構えていた怪物軍団が、一斉に身を引く。やるのか?! ソニック・
シェイキング――。
その暴威の間近に立てば、死滅は避けられない。たとえ威力をセーブしたものであっても。

「はあああッ!!」

 青い天使が疾走する。動揺するミュータントの隙をついて。
 多勢であることが、決死の心を鈍らせた。光る拳を振りかぶるナナの前から、怪物たちが身
を避ける。モーゼの十戒のごとく。真っ二つに割れるミュータントの海を、青い稲妻が突き進ん
でいく。
 
「バキュロス!!」

 配下のひとりを呼び寄せるマヴェル。女豹の眼前に、四足歩行の緑の巨獣が姿を現す。
 マヴェルよりふた回りは大きいミュータントは、ブニョブニョとしたゲル状の表皮に全身を包ま
れていた。カバにも似た立ち姿。だがカバの顔があるべき場所には、丸い巨大な口が黒々とし
た空洞を覗かせているだけだ。
 
「ブモオオオオッッ!!」

 漆黒の口が吸引を始める。風も、塵も、あらゆるものがミュータントに飲み込まれていく。
 バキューム砲の照準は、一直線に駆ける青き天使に定められた。
 
「うわあああッ?!」

 吸引が生む旋風の渦がナナを捕らえた瞬間、グラマラスな少女の肢体は意志とは無関係に
空中を舞っていた。
 宙を飛ぶ、守護天使。巨大な掃除機に、吸い込まれるように。その肉体が、丸い口に呑まれ
ようとする。
 
「させるッ・・・かァッ!!」

 銀と青の肢体が巨大な漆黒に飲み込まれる寸前、ナナの右脚は吸引巨獣を蹴り上げてい
た。
 バキュームの勢いを利用した一撃。本来なら顎とも呼ぶべき箇所を蹴られ、異形の怪物バキ
ュロスが吹き飛んでいく。その巨体で操縦者マヴェルを巻き込みながら――。
 
「ソニック・・・シェイキングッッ!!!」

 ドオオオッッ・・・オオオオオオッッッ!!!
 
 着地と同時に大地に振り落とされる、聖少女の右拳。
 従来の半分以下に抑えられた超震動が、噴き上がる光の柱とともに、同心円状に広がって
いく。
 ナナの放った必殺技が、ふたり対50体の、本格開戦の合図となった―――。
 
 
 
「どうやら、終わりのときは近いようだな」

 三日月のような眼と口。不気味な笑いを刻んだ黄金のマスクから、愉快げな声が洩れ出る。
漂う余裕を隠しもせずに。
 東京タワーを背後にして佇む魔人・メフェレス。青銅の剣を右手にしながらも、2vs50の戦争
を眺める悪の王は、構えすら取らずに立ち尽くしていた。
 戦火が己のところまで飛んでくることはない。そう、確信しているかのように。
 
「どこまでも甘い小娘と裏切り者シヴァに、それだけの大軍を突破する力など無いわ。たとえこ
こまで辿り着いたとして・・・力尽きた身体を縊り殺すのは造作もないこと。みすみす始末されに
現れたようなものよ」

 魔人の視線の先には、8体のミュータントから光線の集中砲火を浴び、悶えのたうつファント
ムガール・ナナの姿があった。
 大地に転がる屍体は6つ。それがこの約10分ほどの闘いで、ナナとシヴァとが屠った敵の全
てだった。
 威力を抑えたソニック・シェイキングで、大多数にある程度のダメージは与えた。開戦直後は
実力差のままに、ミュータントの群れを圧倒する場面もあった。わずか数分で6体を倒し、この
調子ならば全滅までにさほどの時間も要らないのではないかとさえ思われた瞬間もあった。
 
 だが、形勢が傾くのに、長い時間はかからなかった。
 徐々に、確実に、守護天使と蜘蛛妖女の責め込まれるシーンが増えていく。敵を倒せなくな
り、防戦一方となっていく。
 ファントムガール・ナナが正面の敵に打撃を繰り出す間に背後から2体の敵に襲われ、シヴ
ァが妖糸を踊らせる間に周囲から光線を撃ち込まれる・・・攻勢に転じる機会もない、戦力差を
そのまま反映した闘いがずっと続いている。
 当然といえば当然すぎる光景が、首都決戦の地に展開されていた。
 
「見えるか、サトミ? 貴様のおかげで、仕留めるべき獲物が向こうから飛び込んできたわ。余
計な手間が省けたというものだ」

「・・・んぅ゛ッ・・・・・・あふ・・・・・・ッくうぅぅ゛ッ!!」

 振り返るメフェレスが、悲痛な呻きを洩らす囚われの女神に正対する。
 凶魔ゲドゥーと凶獣ギャンジョー、圧倒的な強さを見せ付けた二体に左右から抱えられ、ファ
ントムガール・サトミは崩れ落ちそうな身体を無理矢理に立たせられていた。
 形のいいバストと下腹部のクリスタルには、ピンク色の淫悦光線が間断なく浴びせ続けられ
ている。
 股間から一滴の雫が、長い糸を垂らして落ちていく・・・足元に作った水溜りへと。
 ヒクヒクと完璧なプロポーションが痙攣している要因が、もはや体力の枯渇以外にもあること
は、誰の眼にも明らかであった。
 
「もしや・・・あの赤鬼が救ってくれるのではないか? そんな甘い考えはあるまいな?」

 青銅の魔人が右腕をすっと突き出す。
 発射される桃色の官能光線。サトミの全身を、靄のように広がり包み込む。
 効果は顕著だった。無数の手に撫でられ、数多の舌に舐めあげられる感覚が、疼きと寒気
をともなって美女神の子宮を直撃する。耐久力の落ちたサトミには、『エデン』の能力で増幅さ
れた愛撫の津波は鋭すぎた。
 
「ッん゛ん゛ッ・・・ん゛くぅッ・・・・・・ん゛ん゛ん゛ッッ―――ッッ!!!」

「無駄だ。たとえあの化け物でも・・・この地から貴様を助けることはできん。なにしろ、我が兵
隊はまだ半分が残っているのだからな」

 メフェレスが新たに支配下に置いたミュータントは、総計で94名。
 半数近い残りの兵が、赤銅の鬼・ガオウの出現に備えて待機させてあった。工藤吼介が再
度の変身に踏み切るとは思えないが・・・確信しつつ尚、魔人は油断なく万一の事態に備えて
いた。
 サトミを・・・ファントムガールを、この東京タワーの地にて抹殺する。絶対に。
 メフェレスの殺意は強固だった。絶望のうえに絶望を重ねていく所業。崩壊寸前のサトミの心
が、薄皮が剥がれるように一枚また一枚と脆くなっていく・・・官能の刺激がガードを容易く突き
破って、令嬢戦士の女芯に直接響く。
 
“ナ・・・ナちゃん・・・・・・だめ・・・・・・ここは・・・私は・・・もう・・・・・・”

「人類と貴様の仲間どもが抵抗する気を失うように・・・ヤツらの眼の前でお前は死ぬのだ、サ
トミ。嬲り尽くされた挙句、な。貴様の公開処刑をもって、我が新しき時代は始まるというもの
だ」

 背後に回ったギャンジョーの両腕がともに半透明の吸盤へと変わる。ピンク色の魔淫光を伴
って。
 
「ヒャッハッハッ!! 息絶えるまで・・・たっぷり愉しませてもらうぜェッ、女神様よォッ!」

 背中から抱き締めるように。形のいいふたつの乳房に、吸盤が吸い付く。桃色の光に包ま
れ、尖り立った先端がヒクヒクと小刻みに揺れる。
 胸の柔肉を吸い出しながら、ギャンジョーの凶腕がスレンダーな女神を持ち上げていく。サト
ミの全体重が、柔らかさと張りとを伴った、丸い双房に預けられた。
 
「・・・ぐっ・・・んくぅッ・・・・・・」

「ファントムガール・サクラ同様に、イカされ続けて果てるといい。お前に残ったわずかな生命、
搾り尽くしてやろう」

 ゲドゥーの濃紺のひとつ眼が、サトミの鼻先で冷酷な光を放つ。右手が見せ付けるようにゆっ
くりと上がり、ピンクの魔光を纏って『最凶の右手』から『最嬌の右手』へと変貌を遂げる。
 宙に浮き上がった紫のブーツ。ぶらぶらと揺れる爪先から、内股を伝い落ちた透明な蜜が、
ポタポタと垂れていく・・・。
 闘い敗れ、愛撫を受け続ける令嬢戦士に、反撃を繰り出す余力は残っていなかった。
 
「くふッ!!・・・んん゛ッ・・・あ、ああッ・・・・・・」

「剥き出しになった子宮、か。サクラには耐え切れぬ刺激だったようだ。実に心地いい悲鳴をあ
げて、死んでいったぞ」

 淫悦魔光に包まれた右手が、女神の下腹部で輝く、水晶体を握り掴む。
 ビクンッッ!!と跳ね動くサトミの細腰。
 子宮にダイレクトで注がれる官能に意識が白くなる。青い瞳が光を失う。
 だが、次の瞬間、怒涛のごとく押し寄せる悦楽の電撃に、蘇生した脳裏は一気に桃色で埋め
尽くされた。
 
 ババババババッッッ!!! バババババッッ!!!
 
「ッッッあああアアッッ?!!・・・あああァァアアあァッッ〜〜〜ッッ!!!!」

「さすがはファントムガールのリーダー。他にふたつとない、極上の嬌声・・・オレにとって最高
の馳走だ」

 ヴィヴィヴィヴィッッ!!! ヴィヴィヴィッッ――――ッッ!!!
 
 軋む下腹部のクリスタルが、悲鳴のような音色を奏でる。激しい愛撫に痙攣する子宮が、崩
壊寸前であることを報せる警告の調べ――。
 宙に浮いたまま、ガクガクと全身を震わせ、悶絶のダンスを踊る美女神の肢体。黄金混じり
のストレートの茶髪が、バサバサと広がり乱れ舞う。
 ピンクの淫光を撃ち込まれ、絶叫を迸らせてよがり狂う麗天使の姿は、惨殺されたファントム
ガール・サクラの最期と重なった。
 
「どうした、サトミ? 肉体が朽ちるまで、抵抗し続けるんじゃなかったのか?」

「ひゃううぅッッ〜〜〜ッッ!!! くふッッ・・・う゛う゛ッ・・・ア゛ア゛ア゛ッッ・・・」

「ヒャッハッハッハァッ〜〜ッ!!! 乳首がコチコチだなァッ、おいッ! お嬢様も所詮はイヤ
らしい雌犬ってかァ?! おらッ、鳴けッ、サトミッ!! 世界中に女神さまの喘ぎ声を聞かせ
てやれやッ!」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!・・・アア゛ァッ!!・・・んくゥッ・・・ごぼおッ・・・こふゥッ・・・」

 糸が切れたように、宙をもがいていた四肢と首とが、ガクンと垂れる。
 
 ビクビクビクッッ!!! ビクビクビクッ・・・ビクンビクンッ!!・・・
 
 スレンダーな美麗天使の頭頂から爪先までが、痙攣し続けた。苦悶と快楽で歪み寄った切れ
長の瞳。半開きの唇から大量の泡が溢れ落ちていく・・・
 
「サトミさんッッ?!! サトミさんッッッ!!!」

 悲痛なまでの青い守護天使の叫び。だが、幾重ものミュータントの壁に遮られ、ナナからサト
ミに届くものは、ただ声のみであった。間断なく襲い来る巨獣群の猛攻の前に、ナナの脚は一
歩たりとも愛する先輩に近づけない。
 
“・・・・・・ナ・・・ナ・・・・・・だ・・・め・・・・・・私は・・・死・・・・・・”

 法悦の炎に女芯を溶かされながら、サトミの記憶の片隅に、かすかな声が蘇る。
 “必ず、生きて還れ”と、声は言った。
 憎しみと敬愛の混ざった、哀しい声だった。凛々しき青年の声だった。その青年から愛する
女性を奪ったのは、私なのだと里美は思っていた。
 万に一つも勝ち目はないと覚悟した戦場で、それでもここまで「生」を諦めずに闘ってこれた
のは、きっとその声のおかげであった。
 だが―――。
 
“・・・・・・ごめん・・・なさい・・・・・・生きて還る・・・ことは・・・・・・できない・・・みたい・・・”

 子宮クリスタルへのピンク光の照射は止んでいた。それでも生命の危機を教えるふたつの水
晶体は、警報を鳴らし続けている。
 官能責めの中断は、むろん意図的なものだった。ファントムガールの象徴、サトミをより残酷
に葬るため。麗しき令嬢戦士の嬌声と悲鳴を毟り取るため、敢えてサトミは生かされている。
 
「サクラより随分と生命力が強いようだ。現代のくノ一というだけはあるな」

「フンッ・・・そのぶん、これまでの恨みを・・・存分に雪いでくれるわッ・・・」

 依然、両胸を吸盤に吸われたまま、空中に浮いたサトミの肢体にメフェレスが歩み寄る。
 ピチャリ・・・泡と愛蜜とが作った水溜まりに、魔人の脚が踏み入る。右手に握られたのは、青
銅の魔剣。
 
 ブウウ・・・ンンン・・・
 
 ピンクの悦楽光が、剣先まで覆っていく。昼光のなかでなお、艶やかな桃色だった。
 ゲドゥーの右手が下腹部のクリスタルから離れた瞬間、代わるように魔剣の切っ先が子宮と
同体の水晶体を突き刺した。
 
「ッッッかふうッッッ?!!!」

「フハハハハッッ!! サトミッッ、性の中枢を破壊される気分はどうだァッ!!! 我に逆らい
続けた貴様にはッッ・・・発狂死こそがよく似合うッッ!!」

 ドドドドドドドドッッッッ!!!!
 
 浴びせるだけで、女芯を蕩かせる媚光線。
 理性を吹き飛ばす魔悦のピンク光が、束となって鋭い剣先からサトミの下腹部に撃ち込まれ
る。弩流となって注がれる。
 
 パンッッッ!!!
 
 脳髄の奥が白く爆発した。
 その瞬間、全身を突っ走らせた美女神は壊れたように引き攣る悲鳴を叫んでいた。
 
「ん゛ん゛ん゛ああアアァァア゛ア゛ッッ〜〜〜〜ッッッ!!!! アッ?!! ア゛ッッ!! ア゛ッ
ッ!!」

「ハーッハッハッハッ!!! 悶えよッ!! 苦しめッッ、サトミッッ!!! 気持ちよかろう
ッ?!! 狂ってしまいそうだろうッッ?!!」

「アグゥッ!!! くふゥ――――ッッ!!!! アアああぁぁっっ〜〜〜〜ッッッ!!!!」

 執拗に吸盤で尖った乳首を吸われ続け、子宮と一体化したクリスタルを剣先で突かれる。
 いかにサトミが守護者としての気位に満ち、令嬢としての気品を備えていても、抗いようのな
い刺激であった。甲高い絶叫に紛れもなく含まれた、昂ぶり。胸中央と下腹部、ふたつの水晶
体が女神の高揚を示すように激しく点滅する。
 
“ッッこッ、んなァッ・・・し、子宮ゥッ、がッッ?!!・・・こッ、壊れッ・・・!!・・・も、桃子ォッ・・・
こんなッッ・・・こんな地獄でッッ?!!・・・”

 思考すらままならないサトミの脳裏に、渋谷109に磔にされた、エスパー少女の無惨な亡骸
が通り過ぎる。
 忍びの修行を経て手に入れた超人的な体力が、美女神の命を繋ぎとめていた。並みの女子
高生ならば、ファントムガール・サクラ同様、すでに息絶えていたことだろう。
 だが、その生命力の強さは、サトミにとって幸であったか不幸であったか――。
 
「ファントムガール・サトミという最高級の食材・・・じっくり味合わせてもらうぞ」

 下腹部のクリスタルから離れたゲドゥーの右手は、ピンクの光を纏っていなかった。
 破壊神が宿ったが如き、“最凶の右手”。
 白き凶魔の最大にして最強の武器が、無防備な令嬢戦士の生命の象徴――胸のエナジー・
クリスタルを無造作に握り掴む。
 
「ッッッあ゛ッ?!!」

「こいつが頑丈に出来ていることはよく知っている。このオレの右手ですら、容易に砕けないほ
どにな」

 ミシッ・・・ピキッッ・・・・・・グググッ・・・・・・
 
 凄まじい握力が、点滅する水晶体を圧迫する。
 崩壊の危機を報せるように鳴り響くエナジー・クリスタル。魂そのものを潰されるような激痛
に、女神の美貌がガクガクと揺れ、金色の混ざったストレートが乱れ舞う。
 
「んくふゥッッ!!! ふぇあああ゛ア゛ア゛ッッ!!! んんァアああああッッ!!!・・・」

「だが、壊せぬなら・・・こうしてみたらどうだ?」

 ギュリイイイイイッッッ!!! ギュギュギュギュウウウッッ!!!
 
 凶魔の右手が胸のクリスタルを握ったまま、右へ左へと捻り回す。
 
「ふはあああッッッ?!!―――・・・きゃああああアアアッッッ―――ッッ!!!!」

 切れ長の瞳が見開かれる。開いた口からゴボゴボと、とめどなく白い泡が溢れ出す。
 四肢を大の字に突っ張らせて、ファントムガール・サトミは叫び続けた。ふたつのクリスタルが
壊れたように警告音を奏で、痛哭の悲鳴と重なり合う。もはやサトミは見るに耐えぬ楽器のよう
であった。
 開いた股間からボタボタと、巨大な雫が落ちていく。
 淫悦に貫かれ、魂を磨り潰されて・・・快楽と苦痛の煉獄のなかで、サトミは悶絶に踊りながら
体液と悲鳴とを洩らし続けた。ビクビクと痙攣し、涎と泡と愛蜜とを垂れ流す美しき肢体―――
今、人類の望みを託した守護天使の処刑執行が、確実に開始されている。
 
「ひィああッッ?!! くはあアァッ!!! やめえェェッッ!!! やめェッッ・・・!! えああ
ァァッ?!!」

「ギャハハハハハッッ!!! どうした、このまま死ぬかァッ、サトミィッ?! それとも気持ち良
すぎて昇天寸前かァッ、おいッ?!」

「スカーフェイスよ、この女に手傷を負わされた恨み、晴らすといい。最初は貴様に貫かせてや
ろう」

 傲岸な魔人の言葉に、凶獣が舌打ちを鳴らす。
 だが、美女神を嬲る極上の愉悦を前に、些細な怒りは消え失せた。形のいい乳房を吸引し
ていた右腕を離す。一瞬愛撫から解放されたサトミの右胸は、すぐにゲドゥーの空いた手によ
って鷲掴まれ、コチコチの先端を指先で摘まれる。クリクリとこねられる。
 小指大の突起は、サトミの股間にもクッキリと浮き上がっていた。メフェレスの指が摘み、激
しい震動を送り込む。3体の悪魔に囲まれた令嬢戦士は、死と背中合わせの激痛に突っ張っ
た肢体を、思うがままに嬲られていた。ふたつの乳首とクリトリス、そして子宮・・・瀕死の肉体
に桃色の電撃が続々と注ぎ込まれていく。サトミの過敏な箇所が、余すところなく責め抜かれ
る。
 
“ひゃめェッ!! もうひゃッッ・・・死ッ、死ッ・・・むねェェッッ・・・あ、アソコがァッッ・・・!!”

「んじゃあッ・・・頂くぜェッ、ファントムガール・サトミィィッッ・・・」

 半開きの口から泡混じりの涎を垂らし、視線を虚空に彷徨わせる紫の女神に、凶獣が右手
を突きつける。
 ゴワゴワと形を変えるギャンジョーの腕は、巨大な張り型・・・男性器を模ったディルドゥへと変
化した。
 
「・・・あ゛あ゛ッッ?!!・・・・・・や、やめ・・・・・・」

「ギャハハハハハハアアッッ〜〜〜ッッ!!!!」

 ズボオオオオオオオッッッ!!!!
 
 真下から突き上げた巨大ペニスの右腕が、開かれたサトミの股間を貫く。秘裂を抉って突き
入り、肢体ごと令嬢戦士の膣壷を打ち上げる。
 
「ッッッきゃふッッ―――?!!!」

 唾液と愛液の飛沫が、サトミの上下の口から飛び散った。
 全身をビクリッ!と震わせた直後、麗しき美貌がガクリと垂れる。下腹部を異物に占領され
た圧迫感に、美女神の意識が遠のく。
 吐き気すら催す鈍痛。だが、凶器そのものであるギャンジョーの右腕の脅威は、ここからが
本番だった。
 
「ヒャアッハッハッ!! 女神さまのアソコはあったけえなァ〜ッ!! 抉ってやるぜェェッ、サト
ミィッ?! お嬢様の強姦ショー、とくと見せてやらァッッ!!」

 ゴォォリリィィッ・・・ゴブウォォオオッ・・・・・・
 
「くあああっッッ?!! あふあ゛ァッ!! んくゥゥッ〜〜〜ッッッ!!!」

 巨大ディルドゥが膣壁を掻き分け、愛蜜に濡れそぼった襞を擦りあげた瞬間、更なる苦痛と
湧き上がる快感にサトミの脳裏は覚醒した。
 狂ったように叫んだ。頭を振った。
 下腹部から桃色の電撃を次々に流し込まれ、屹立したふたつの乳首がビリビリと痺れてい
る。秘所の過敏なポイントが、回転ペニスによって全て刺激されていた。絶叫する口からダラダ
ラと大量の涎が溢れていく。
 
“だめェェッッ!!! お、お腹ッッ!! 奇妙に膨らんでェッッ?!! おッ、おかしくふゥッ〜
〜ッ!! くふゥゥッ、お、おかしくなりゅううゥゥッ〜〜ッ!!”

「はふゥゥッッ!!! くはああァァッ!!! アア゛ア゛ッッ〜〜ッッ・・・!!」

「さて、ここから一息に全力で官能光線を浴びせたら・・・どうなるかな?」

「ッッんなああァァッ?!! や、やめへええェェェッ〜〜〜ッ!!! へああァァアッッ―――ッ
ッ!!!」

 乳首とクリトリス、そして子宮。
 性感の集積地ともいえる箇所に一斉に極太のピンク光が浴びせられるのと、蜜壷いっぱい
に埋まったペニス腕がMAXで回転するのとは同時であった。
 
「んんんん゛ん゛ん゛ッッッ――――ッッッ!!!! きひィッッ、イイィィッッ―――ッッ
ッ!!!!」
 
 ギギギッッ!!! ギイイイイッッッ!!!
 
 快楽の絶叫が迸るのを、歯を食い縛って止めようとする銀と紫の女神。歯軋りの凄惨な音色
が響く。
 根性。意地。そんな類いの精神力で、耐え切れる刺激ではなかった。サトミの脳裏が桃色に
染まる。許容外の愉悦に意識が爆ぜる。心身の限界を遥かに越える淫悦地獄に、それでも美
麗の女神は決死の形相で喘ぎを抑えようとする。
 
“だめえェッッ!!! ひゃめえェッッ!!! イってはァッ・・・イってはらめェェッ!! 私がァ
ァッ、私がイっひゃらァッ・・・”

「フハハハハハ! ムダだッ、サトミッ!! これでどうだァッッ!!」

 押し寄せる快楽の津波に、懸命の抵抗を続けるサトミ。健気で哀れな女神に、魔人の宣告が
下される。
 切っ先から桃色の魔光を撃ち込むように。メフェレスは子宮クリスタルに突き刺した青銅の剣
をギュルギュルと回転させて捻じ込んだ。
 内と外、二箇所から同時に淫虐のドリルで抉られた瞬間、サトミの女芯は決壊した。
 
「きゅううゥわあああぁぁあアアアァァッッッ――――ッッッ!!!! ふぇああアアああぁぁぁッッ
〜〜〜ッッッ!!!!」
 
 ッぶっしゅうううううっっッ〜〜〜ッッ・・・!!!
 
 牝獣の叫びを轟かせて、銀と紫の守護天使が大きく痙攣する。
 股間から噴き出す大量の体液・・・半透明のスコールが芝公園に降り注ぐ。豪雨というより滝
であった。バチャバチャと大地を叩き、足元の池を広げていく。
 絶頂を迎え、盛大に潮を吹く女神の姿は、死を晒す以上に無惨と言えた。
 途絶えることなく秘裂から分泌汁が垂れ流れ、半開きの口からは泡混じりの唾液が溢れ続
ける・・・瞳の光を失い、昇天したファントムガール・サトミの痴態は、ネットを通じて全世界に流
された。
 
 ヴィ・・・・・・ン・・・・・・ヴィ・・・・・・ン・・・・・・
 
 かすかに灯るクリスタルの光と、か細い音色のみが、紫の女神の生存を辛うじて知らせてい
た。
 
「見ろ。これが貴様らの守護天使・・・ファントムガールの末路だ」

 メフェレスの右手が女神の髪を鷲掴み、高々と差し上げる。
 涎と血と愛蜜と潮・・・体液をボトボトとこぼしながら、薄黒く汚れた肢体がぶらぶらと揺れる。
ほどよく引き締まった銀色の太腿は、その内側をヌラヌラと濡れ光らせていた。月に形容され
る幽玄の美少女は、いまや屠殺された死肉のごとき扱いで吊られ、晒されていた。
 
「うああッッ・・・ああああッッ―――ッッ!!!」

 ミュータントの壁が幾重にも囲んだ中央で、ファントムガール・ナナの絶叫が轟く。その右手
が眩い光に包まれている。天高く掲げたその拳を、青い天使は己の心臓に打ち込もうとしてい
た。
 
「・・・フンッ・・・まだ生きていたのか。無駄な足掻きを」

「メフェレスッッ!! それ以上、サトミさんにッ・・・触れるなァァッッ!!」
 
 目に見える範囲にサトミはいるのに。届かない。
 悪魔どもの思惑通りに、ファントムガールのリーダーは処刑されようとしていた。恥辱の果て
に、五十嵐里美は殺されようとしていた。させてはならない。助けなくちゃ。だが、泣き叫びたい
くらい、多勢に囲まれた少女は無力だった。犯され、嬲られるサトミを見せ付けられるのみだっ
た。
 
 やるしかなかった。“BD7”を。
 闘神のごとき力を解禁すれば、50体の敵を突破できる。サトミの元まで辿り着ける。
 恐らくその後は・・・力を失った状態で、あの恐るべき3体と対峙せねばならないだろう。無事
では済むまい。けれど、サトミが処刑されるのを見ているわけにはいかない。勝算はゼロと悟
りつつも、ナナに他の選択肢はなかった。
 
「死なせないッッッ!!! サトミさんはッッ・・・命に代えても助けてみせるッッ!!」

 青い天使の覚悟を察し、ミュータントの包囲が緩む。押し包んでいた壁の輪が、闘気にひる
んでバッと広がる。
 その隙を突いて、水色の影がナナの傍らに駆け寄った。
 
「ダメよッッ!! ファントムガール・ナナッ!!」

「シヴァッ?! 邪魔しないでッ!!」

 握った掌から、白煙と焦げた臭いが立ち昇るのも構わず。蜘蛛の化身である妖女はナナの
振り上げた拳を掴んでいた。
 
「手を離してッ!! 今やらなきゃ、サトミさんが死ぬッ!!」

「今“BD7”をやったら、ふたりとも死ぬわッ!!」

 せめぎあうショートカットの天使と6本腕の妖美女。距離を置いた地点から眺めるメフェレスの
黄金のマスクが、三日月の笑みを輝かせる。
 
 判断で言うならば、裏切り者シヴァの主張が正しい。
 
 一度はメフェレス自身が体験したナナの秘奥義・・・超絶とも言うべき身体能力を手にする“B
D7”ならば、遮るミュータントの群れを壊滅させ得るだろう。だが、それまでだ。
 限られた“超人状態”の時間内では、ここに辿り着くまでが精一杯。
 体力を消耗したナナを始末するのは容易いことだろう。シヴァの台詞は真実を突いていた。
つまり・・・“BD7”を発動しようがしまいが、サトミの処刑はもはや阻止することはできない。
 
「無力なカスども・・・そこで喚きながら、サトミの最期を見届けるがよいわ」

 足元に広がる水溜り・・・サトミ自身が垂れ流した体液の池に、痙攣する肢体を投げ捨てる。
 飛沫を跳ねて、銀色の女神がうつ伏せに落下する。ヒクヒクと緩慢に揺れる両手が、半ば意
識のないまま、耐え切れぬように股間と下腹部のクリスタルを押さえる。
 その仕草は、もっともダメージを受けた場所がどこか、雄弁に語っているかのようだった。
 
「サトミを救えるのはあなたしかいないわ、ナナ。“BD7”を使うのは、あそこに辿り着いてから
よ」

「でもッ!!」

「私の役目は、あなたをサトミの前まで送ること」

 右腕を折られているシヴァは、己が戦力として満足な働きができないことを十分に悟ってい
た。小人物を媒体とした雑魚ミュータントならともかく、メフェレスやゲドゥーといった強者には通
用しまい。加えてナナが放ったソニック・シェイキングのダメージも確実に骨身を蝕んでいる。
今はただ、無数の妖糸を周囲に張り巡らせ、致命傷を避けているのがやっとの状態であった。
 
 ふと、脳裏に浮かんだ策があった。
 
 かつてのシヴァならば、絶対に発想するはずのない、作戦。
 自嘲とほろ苦さに、思わず唇が吊り上がりそうになる。こんなやり方を思いつくなんて、私は
弱くなったのか、強くなったのか――。ただ間違いなく言えるのは、この策ならば突破不能と思
われるミュータントの包囲を破り、ナナをサトミの元まで送り届けられる。無謀としか思えぬサト
ミ救出作戦に、一筋の光を射すことができる。
 
「なに、企んでるのか知らないけどォ〜・・・あんたたちがサトミを助けるのは、ゼッタイに無理だ
よォ〜〜」

 やや距離を置いた場所から高みの見物を決め込んでいたマヴェルの声は、あくまで余裕に
満ちていた。
 その傍らに鎮座する、四足歩行の巨大ミュータント・バキュロス。カバのごとき体躯に掃除機
の吸引口を掛け合わせたような怪物は、ペットのように魔豹の足元に控えている。
 先程は青い守護天使を丸ごと吸い込もうとした巨獣が、マヴェルのお気に入りであることは
間違いなかった。しかし、その強烈なバキュームをもってしても、シヴァの戦術を妨害できるま
でには至らないだろう。
 
「天才と讃えられた貴様も堕ちたものだな、シヴァよ。このメフェレスから離れたのが、致命的
だった。もう間もなく、首都の象徴・東京タワーのもとで全ては終わる」

 片腕的な存在であった妖女に冷ややかな視線を送っていた魔人が、背後を振り返る。
 両手を巨大ペンチに変形させたギャンジョーが、銀色の女神を体液の池から引き上げてい
た。盛り上がった胸の稜線と、美しいラインを描いたくびれが淫靡に濡れ光っている。絶え絶え
に鳴り続けるふたつの水晶体。金色の混ざった茶髪を垂らし、カクンとうな垂れた端整なマスク
は、瞳の光を失ってなお幽玄の美を誇っている。
 
 背後から両膝を支えられ、持ち上げられたサトミの肢体は、図らずもM字開脚の姿勢となっ
た。
 理想的な膨らみのバストが、かすかに上下している。エナジー・クリスタルの点滅が示すよう
に、まだ美麗天使の生命は途絶えてはいなかった。だが、大きく広げられた股間の中央から、
潮の残滓をボトボトと落とす美少女の姿は、完全なる敗北者のそれであった。
 
「まだ生きているのが不思議なほどだ」

 聞く者の魂が凍えるほどの冷徹な声で。
 呟いたひとつ眼の凶魔が、捕獲された麗女神の前に立つ。相手が手強ければ手強いほど、
その肉体を死滅させるときのゲドゥーの快感は増大する。ファントムガールのリーダーは、ゲド
ゥーの期待を裏切らぬ逸品であった。
 口に含んだ極上の味を、呑み込むのを惜しんで咀嚼する・・・今のゲドゥーを支配するのは、
至極当然の欲求であった。
 絶命寸前のサトミを前にし、ゆっくりと伸ばした右手を開いた股間に向ける。
 
「忍びとして鍛えた耐久力ゆえか? 希望を託された者としての意地か? ・・・それとも、単に
生きることへの執着か?」

 人差し指と中指。揃えたふたつの指が、ピタリと剥き出しの秘裂に当てられる。
 クリトリスも、陰唇も、アナルも。さんざんに責めたてられ、ハッキリと浮き上がった恥部の器
官を、ズリズリと二本指が摩擦する。お尻の菊座から先端の萌芽まで。過剰なまでに濡れ切っ
たクレヴァスを、執拗に往復し続ける凶魔の指。
 
「・・・ッぁくゥッ?!・・・・・・ァア゛ッ!!・・・・・・」

 ビクンッッ!! ビクッ!! ピクンッ!!
 
 消えていた瞳の青色が点滅する。牝そのものの吐息を洩らし、女性らしい凹凸に富んだフォ
ルムが耐え切れぬように引き攣る。
 一旦絶頂に達したサトミの女芯は、ほぼノーガードで愛撫を受け入れた。意識も定かでない
状態のまま、官能の刺激に細胞が悦ぶ。快楽に女肉が踊る。喘ぎが無意識に漏れでていく。
 しゅるしゅると注がれ続ける桃色の痺れを、サトミは浴びるしかなかった。腰をくねらせ、肩を
揺らしても、一片も逃れることなく浸透していく疼き。
 
「ァアああ゛ッ・・・!! あふゥッ!!・・・くふゥッ!!・・・うう゛ッ・・・!!」

「永久に嬲られ続けるというのはキツイだろう? 特に瀕死の身体ではな。簡単にイクことを許
されず、ただ快楽を積み重ねられていく・・・イキたくてもイケないのはまさに地獄」

 全身を突っ張らせ、咽喉も背中も反り上がらせる麗女神。
 一定のリズムで、しかし片時も休まず愛撫の摩擦は送り込まれた。
 単調で持続的な快感が、サトミの脳裏に“永遠”を思わせる。それでいて、一度の往復で股間
から湧き上がる刺激は複雑だった。アナルからはくすぐったい痺れが広がり、クリトリスからは
鋭い電撃が子宮を衝く。くちゅりと鳴る膣口からは、抑え切れぬ火照りがじわりと下腹部を覆っ
ていく・・・
 薄紙が重なるように、積みあがっていくサトミの内圧。昂ぶりがレッドゾーンに突入しようと、
爆発を許されずにじっくりゆっくり愛撫は続いた。劣情の炎が身体中を駆け巡る。疼きと火照り
で、子宮が蕩けてしまいそうだった。
 
「いぎいィィッッ!!・・・んはァあッ?!! きひィイイッッ・・・!!!」

「悶えろ。救われることのない官能のなかで、お前の肉は崩れていくのだ、サトミ」

「あアアァぁッッ・・・アアア゛ア゛ッッ〜〜〜ッ!!!・・・きひィッ!! んぎいいいィィッッ〜〜〜ッ
ッ!!!」

 仰け反る美貌がガクガクと揺れる。食い縛った歯の隙間から、ゴボゴボと白い泡がこぼれて
いく。
 じわじわと融解していったサトミの女芯が限界を迎えた瞬間、なにかに貫かれたように銀と紫
の肢体は跳ねた。
 プシュッ!! 空気の洩れ出るような音が、一瞬響く。
 
 ジョボオッッ・・・ジョボボボボォォ・・・ボタタタッ・・・・・・
 
 黄金の聖水が、開脚した股間の中央から噴き出す。
 ファントムガール・サトミは失禁していた。
 弛緩する全身。抗うことのできない、無力な令嬢戦士。
 両膝を抱えられたまま放尿する美女神の姿は、死以上の衝撃を伴って全世界にネット中継
で流された。
 
 ・・・・・・ごぶッ・・・・・・
 
 前のめりに倒れる、サトミの上半身。流れるストレートの髪が隠す奥で、俯く美貌の開きっぱ
なしの口から、涎と泡とが洪水となって落ちていく。
 あらゆる体液が、サトミの体内から搾り尽くされたようであった。
 悪魔どもの目的が人類に絶望を与えることならば、その目的は十分に果たされたと思われ
た。守護天使と崇められた巨大な銀色の少女は、闘いに敗れ陵辱に散った。救いようのない
残酷な光景が、東京のシンボルを背後に展開されている。
 
 それでも息のあるくノ一少女を、あくまで凶魔と凶獣は壊しにかかった。
 白プロテクターに包まれた凶魔が、仰向けに転がる。その股間には、兇悪なまでに長いペニ
スが、天に向かってそそり立っている。
 肉剣の長さは、サトミの蜜壷から臍の位置までを、貫いてしまいそうなものだった。
 ゲラゲラと笑うギャンジョーが、躊躇うことなく両膝を抱えた令嬢戦士の肢体を、怒張の先端
へと降ろしていく。暴魔どもの狙いは明らかだった。だが、悲劇的な事態が迫ろうとも、精根果
てたサトミに回避の手段はない。
 
 泥と体液で汚れた銀色の肢体。開脚した股間の中央でパクリと開いた秘穴に、赤黒い亀頭
が埋められる。
 
 ぬぷりっ・・・
 
「―――ッッんァぅッ?!!」
 
 艶かしい挿入の音に反応したように、髪を振り上げ蘇生する幽玄の美少女。
 その瞬間、ギャンジョーの剛力はペンチで掴んだサトミの肢体を、一気に肉剣の根元まで押
し込んだ。
 
 ズボオオオッッ!!! ・・・グググ・・・メリメリッミチィッ!!
 
「んんンあああアアアァァッああアアァッッ――――ッッァァッ!!!! んあァうゥッ!!! あ
がアァゥアゥゥッッ〜〜〜〜ッッ!!!!」

 ヴィッ!! ヴィッ!! ヴィッ!! ヴィィィッ―――ッ・・・・・・
 
 鳴り響く下腹部のクリスタルが、泣き声のようにか細くなっていく。
 狂ったように暴れ踊ったしなやかな両腕が、ブルブルと数秒痙攣した後、地に落ちる。
 ゲドゥーの長剣ペニスに串刺しにされたサトミの腰が波打つ。結合部分から半透明の泡立っ
た液体が、ドロドロと漏れ流れていく。
 凶魔が下から突き上げるたび、尖り立った乳首が、ピクピクと反応した。苦悶か喘ぎか、美
貌を歪ませたサトミの口からは、もはや悲鳴すら途絶えていた。月のごとく麗しき巨大な女神
は、肉人形同然に犯されている。
 
 もう、死なせてやって欲しい。
 人類の希望を背負ってひとり闘う少女を、許してやって欲しい。ラクにしてあげて欲しい。
 ある者は顔色を無くし、ある者は涙で頬を濡らしながら、ネット映像の前で一様に願う。そん
な想いを踏み躙るように、更なる蹂躙が銀と紫の少女を襲う。
 
 だらりと舌を垂らしたサトミの顔を、ギャンジョーのペンチの手が鷲掴む。
 今度は正真正銘、凶獣自身のイチモツが股間にそそり立っていた。ゲドゥーのものより短い
が、太さでは遥かに凌ぐグロテスクな肉棒。
 ゴツゴツとイボのついた極太の巨根を、一気に口腔に突っ込む。顎が外れそうなほど大きく
開き、唇の端がビッと裂ける。窒息の苦しみに呻くのも構わず、剛直を咽喉奥にまで差し込ん
でいく。
 
「おぼオォッッ?!! おおオ゛オ゛ッッ・・・ごぼおォッ・・・」

「ヒャハハハハァァッ〜〜〜ッ!!! まだ喘ぐ元気は残ってるみてえだなァッ?! さすがに
守護天使さまのリーダーは頑丈だぜェッ!! サトミィィッ、事切れるまでテメエは犯し尽くして
やるぜェッ!! 少しでも長く愉しませてくれよォ?!」

 腰をグラインドさせ、極太ペニスが出し入れされるたびに、ゴブゴブとサトミの咽喉が鳴る。
 口腔と秘所とを埋めた兇悪な肉棒が、もはや痙攣するだけの麗女神を思うがままに貫く。巨
大生物の脅威から何度も人類を救ってきた守護天使が、上下の口を凶魔と凶獣の性器に塞
がれ突かれている。
 銀色に輝く肢体に紫の模様が描かれた神々しき少女は、いまやふたつの肉壷を備えた敗北
のオブジェであった。
 
“・・・・・・私・・・・・・は・・・・・・負けた・・・・・・完全・・・に・・・・・・”

 ぶっしゅううううッッ!!!
 
 咽喉奥と膣内を埋めたふたつの肉棒が同時に律動する。ビクビクッ!!と二体の魔羅が蠢
いた瞬間、サトミの内部に白濁は放出された。
 秘裂に埋まった剛直の隙間から、ザーメンが噴射する。逆流した陵辱者の精汁が鼻から噴
き出す。
 大量の白濁液を体内に注がれていくサトミ。口と鼻、そして秘所・・・3つの穴から牡獣の精液
を溢れさす姿は、守護天使の終末を如実に物語っていた。
 
 メフェレスの目論んだファントムガール抹殺計画。その目的が、人類を絶望の底に堕とすも
のならば。
 魔人の目標は達成したと言ってよかった。リーダーであるサトミ自らが、守護天使の敗北を
全世界に知らしめる結果となった。公開陵辱されたサトミの姿は、死んでいったサクラやアリ
ス、ユリア以上にある意味で衝撃を与えたはずであった。
 あとは・・・処刑を待つのみ。
 それで全ては終わる。人類最後の希望、ファントムガールの闘いは終結を迎える。
 
“・・・・・・・・・最期の・・・・・・ときね・・・・・・”

 己の死が避けられぬことを、サトミは理解した。
 
 仲間への想い。
 御庭番の末裔として生を受け、使命を帯びた者としての責任。
 生還を願う者たちの声。
 
 そのどれが欠けても、サトミの生命はとっくに果てていたはずだった。
 理屈では勝算など、皆無の闘い。それでもただただ全力を尽くした。生も死も望まず、勝利だ
けを目指して――。
 もはや、その願いは叶わぬことを知った。
 
 安易に死を選ばぬ闘いをしてきた。それが人々の期待に応えることだと知っていたから。ファ
ントムガール・サトミの命は、自分だけのものではないとわかっていたから。
 だが。
 冷酷な現実に跳ね返され、己の無力を悟らされた今、往くべき道はただひとつ―――。
 
 死ぬべきときが、死なねばならぬときが来た。
 生命を引き換えに差し出さねば、サトミはもう、何もできない。
 
 左の奥歯・・・万能丸を仕込んだ方とは反対の歯列に舌先を伸ばす。
 カプセルが触れる。肉体の崩壊と引き換えに、極限の身体能力を授かる猛毒。忍び仲間で
ある相楽魅紀が、死の間際に服用した秘薬。
 
 サクラやユリアのように・・・光のエネルギーを失っての死とは違う。
 肉体を蝕む猛毒での死は、恐らく復活は不可能だろう。ファントムガール・サトミとしてではな
く、五十嵐里美としての最期が待っている。未来永劫の別れが、力の解放の先にある。
 
 そうして得た身体能力の限界。それですら、三体の悪魔に通じるかといえば、答えはノーだ。
 ひとり・・・あわよくばふたりを道連れにするのが精一杯だろう。ことによれば、誰も斃せぬ確
率も十分に高い。
 それでも構わなかった。
 すでに多くのものを失ったサトミは、人類の希望を、仲間たちの復活を、後輩であるショートカ
ットの少女に託す―――。
 
“・・・・・・頼むわね・・・・・・ナナ・・・ちゃん・・・・・・・・・”

「続けていくぞ、ギャンジョー。サトミが絶命するまで、犯し尽くす」

 冷たく言い放ったゲドゥーが、再度突き上げを開始しようとする、その時であった。
 
 ギュオオオオオオオオオッッ!!!
 
 旋風が、巻き起こる。
 陵辱ショーを阻害するかのごとく吹き付けた突風は、鮮血と悲鳴とを伴っていた。いや、渦巻
く白銀の正体は風ではなかった。
 
 触れるもの全てを切り裂く妖糸で造られた、トンネル。
 
「ッッ・・・シヴァッ?!!」
 
 斬糸の束が螺旋を描き、離れた蜘蛛女とサトミの元までを繋ぐ。いわば両者を直結する、パ
イプライン。緊張を高めるメフェレスの視界に、満足げに唇を吊り上がらせるシヴァの笑みが
映る。
 
 己の防御に張り巡らせていた妖糸を、“道”のために使ったのかッ?!!
 
「貴様ッ・・・サトミのために、自らの身を犠牲にする気かッ?!」

「フフッ・・・私の役目は果たしたわよ。ファントムガール・ナナ」

 トンネルの出口から飛び出した青い疾風が、咄嗟に構える青銅の魔人をガードごと蹴りつけ
る。
 地面と水平に吹き飛ぶメフェレスの脚が、ギャリギャリと大地を抉りながら踏み止まる。交差
した両腕からは、黒い煙が立ち昇っていた。
 
「サトミさんッッッ!!!」

 轟く可憐な少女の叫び。
 烈しさを増す3対の視線を一身に浴びながら、ミュータントの包囲網を潜り抜けたファントムガ
ール・ナナは、捕らえられたサトミのもと―――東京タワーの足元の戦地に立つ。
 ショートカットの少女の決意が、右手に輝く青い光に集約されていた―――。
 
「・・・ナ・・・・・・ナ・・・・・・」

 消えかけていたファントムガール・サトミの瞳に、わずかな光が蘇る。
 いる。孤独であったはずの決戦の地に、もうひとりの守護天使・・・青いファントムガールが立
っている。
 
 愛すべき、後輩。
 人類の未来と、最愛のひととを託した、少女。
 結果的に、里美に課せられた使命を破らせることとなった、異能の存在。
 
「・・・に・・・げ・・・て・・・・・・おね・・・がい・・・・・・」

 心からの嘆願を、白濁に穢された美麗女神は呟いた。
 来ては、ダメだ。この場所に、近づいては。
 この地には、悪魔たちの必殺の執念が渦巻いている。正義抹殺の意志が、幾重にも折り重
なっている。
 
 来ては、ダメだ。私を助けに来ては。
 東京タワーの足元に敷かれた、暗黒の陣。飛び込めば、いかに潜在能力の高いナナといえ
ど、死は免れまい。
 
 死ぬのは、私だけでいい。
 私の死を踏み越えて・・・あなたは、未来に希望を繋がなければ。
 
「・・・逃げないよ」

「・・・ッ・・・ダ・・・メ・・・あなた、は・・・人類・・・の・・・未来を・・・」

「無理だよ、サトミさん。逃げるなんて、できないよ」

 光る右手を高々と掲げながら、ショートカットの天使は静かに言葉を放った。
 
「自分でもめちゃめちゃだって、思うけど・・・人類とか、未来とか、大きすぎてわかんないよ」

「・・・ッ・・・」

「あたしは、ただ、大好きなひとを守りたい。あたしが死んでも、大好きなサトミさんを守りたい」

 ・・・そう、か・・・
 
 いつも・・・そうだったわね。
 
 考えすぎる私は、いつも先のことまで考えて。
 真っ直ぐなあなたは、いつも今一番、大切なことだけを考えて。
 
 時に大事なものを見失う私を、結局、あなたが教えてくれる。
 
「・・・あり・・・がとう・・・」

 薄く、しかし優しく、ファントムガール・サトミは笑った。
 汚辱の白濁をこびりつかせた幽玄の美貌に、春風のような微笑が浮かぶ。
 残酷な処刑場にはあまりに不釣合いな、可憐な一輪の華のように。
 
 そうだ。
 私は大切なことを、見落とすところだった。
 
「順番が少々逆になりそうだが・・・ファントムガールの根絶が早まったようだな」

 埋まっていた極大ペニスをサトミの膣壷から引き抜き、白い凶魔がゆっくりと立ち上がる。
 ヒクヒクと痙攣する紫模様の女神が、無造作に大地に投げ捨てられる。新たな獲物に向かっ
て正対する、ゲドゥーとギャンジョー。サトミの処理は後回しとばかりに、必殺技発動の体勢に
入ったファントムガール・ナナに意識を集中させていく。
 
 一触即発。ナナvs3体の悪魔。
 うつ伏せに横たわる瀕死の女神が、紫の指先で土の地面を掻き毟る。
 
 失っていない。
 私は失ってなんか、いなかった。
 
 私には・・・私を大切に想ってくれる、たくさんの仲間がいる。
 そして、私には・・・あなたがいる。ナナちゃん、あなたが。
 
 それがわかったから。
 孤独なんかじゃないって、わかったから。
 
 私は・・・もう、死ぬのなんて、怖くないの。
 
「・・・だ・・・から・・・あなた・・・だけ、は・・・・・・死なせ・・・ない・・・」

 ナナちゃん・・・あなたが、私のために命を捨てるというのならば。
 
 私は、あなたのために、この命を捨てよう。
 
「やる気か・・・“BD7”を・・・あるいは、ソニック・シェイキングか?・・・」

 三日月の笑みを刻んだ黄金のマスクから、張り詰めた魔人の声が流れ出る。
 圧倒的優位に立つメフェレスといえど、事態の緊迫はよく悟っていた。
 いずれの超必殺技を放つにせよ、最終的にファントムガール・ナナは確実に始末できる。大
量のエネルギーを消費した後の小娘など、思うがままに蹂躙できることだろう。だが、それまで
にこちらの被害も甚大となることは避けられない。
 仮にナナが、メフェレスひとりを標的に絞り、道連れ覚悟で迫ってきたら・・・
 
 意味がない。新世界の覇王となるべき自分が死んでは、ファントムガールを全滅させても意
味がない。
 
「小僧よォ・・・まさか、てめえ、オレらに盾になれとは言うめえよなァッ?!」

 青銅の魔人の心を見透かしたように、スカーフェイスが濁声を荒げる。
 
「断っておくが、てめえとの契約は、ファントムガールを全滅させることだァッ・・・若造のお守り
は契約にはねえぜェッ・・・」

「ふざけた口を利く暇があるのか?・・・勝負は一撃、それも一瞬だ・・・貴様こそ、窮鼠に噛ま
れぬよう、気をつけることだな」

 ギリッ、と牙を噛み鳴らしたギャンジョーが、漆黒のエネルギーを巨躯に充満させていく。
 雇用主であるメフェレスへの苛立ちは当然あった。不遜極まりない若造を、許されるならば始
末したいくらいだ。
 だが、今はそんなことに集中を途切れさせる余裕はなかった。サトミの攻撃を完全といってい
いほど弾き返したギャンジョーにしても、ナナの超必殺技には警戒せざるを得ない。それほど
の脅威が、“BD7”にせよ、ソニック・シェイキングにせよ、あった。
 
 一歩間違えれば、死ぬ。
 それがわかっているからこそ、3体の悪魔に緊迫が満ちていく。緊張が高まっていく。
 青きファントムガールが放てる技は、一度が限度だろう。すでに消耗の激しいナナに大技を
発動できるのは、一度が限界だ。その一撃で・・・全てが決まる。
 
 チラリとナナは、背後に視線を送る。妖糸が造ったトンネルの向こう、44体ものミュータント
の群れが、一斉に水色の蜘蛛女に襲い掛かっていた。
 身を守るため周囲に張り巡らせていた斬糸を、シヴァは全て守護天使を仲間の元へと送る
ために使ったのだ。狡猾なミュータントどもが、このチャンスを逃そうとするはずはない。
 
 ありったけの感謝の言葉を、宿敵の蜘蛛妖女にナナは贈りたかった。
 すぐにでも駆け出して、救出したい。恩に報いたい。だが、それはできない。
 
“あのひとの気持ちに応えるには・・・あたしはやるしかないッ!! サトミさんを助けてみせる
ッ!!”

 前を向け、ファントムガール・ナナ。前をッ!!
 
 シヴァを信じろ。そして・・・己を信じろ。
 
 鋭い視線を前方に移す。メフェレス。ゲドゥー。ギャンジョー。いずれ劣らぬ化け物たちが、暗
黒の瘴気を立ち昇らせ、冷酷な眼光で射抜いてくる。常人ならば、それだけで心臓が破裂しそ
うな威圧。
 
 高く掲げた右手の光が、その青き輝きを強める。濃縮されていく、正義の光。
 
 “BD7”――。
 掻き集めた聖なるエネルギーを、ナナは足元の大地ではなく、己の心臓に叩き込むつもりで
あった。
 ソニック・シェイキングならば、3体全員にダメージを等しく与えられる。だが、殲滅するまでに
至るかどうか? 相手は並のミュータントではない、極大の闇エナジーを纏った巨悪なのだ。
 確実性を求めるならば、そして臨機応変な対応が可能なのは、究極の身体能力を発揮する
“BD7”・・・“ビート・ドライブ・レベル7”。
 サトミの救出という最優先事項を考えても、選択すべきは赤銅のオーバードライブ状態だっ
た。肉体への負担が、苛烈なものとなることがわかっていても。
 
 ギュンッッ!!!
 
 右手を握る。青き光が唸りをあげる。
 
 いけ。打て。心臓へッ・・・!!
 
 右腕が動く。凝縮された光が震える。
 拳が己の心臓へと、振り落とされッ――る寸前。
 
 …奇跡のような光景が、ナナの視界で展開された。
 
「ッッ・・・サトミさんッッ?!!」

 立っていた。瀕死のはずの、紫のファントムガールが。
 猛毒・・・ではない。反対の歯列、右の奥歯のさらに奥、隠してあった最後の万能丸。伊賀忍
びに伝わる体力回復の秘薬で、わずかばかりのエネルギーを補給したサトミが、二本の脚で
大地を踏み締めている。
 
「ぬぅッ?!!」

「バッ・・・カなッ!!」
 
「・・・ファントム・・・リングッ!!」

 振りかぶる右腕。紫のグローブを着けたしなやかな指先に、輝く光輪が現れる。
 
 完全に、虚を突かれていた。
 守護天使たちの身体に見合わぬしぶとさは、暴魔どももすでに骨身に沁みている。だが、ナ
ナという脅威が眼前に迫った今、3体の意識が陵辱と蹂躙に沈んだ美女神から離れたのは、
無理からぬことだった。
 
「ッッ?! きッ・・・さまァッ!!」

 叫ぶメフェレスの黄金のマスクは、三日月に笑ったまま硬直した。
 悪の枢軸に動揺が走る。前にナナ、背後にサトミ。嬲り尽くした麗天使が再び立ち上がったこ
とで、不覚にも三匹の悪魔は、正義に挟撃される形となった。振り返る顔が、前へ後ろへと激
しく動く。
 
「だが・・・そいつは、オレたちには効かんッ!!」

 “最凶の右手”を構えた、ゲドゥーの叫びが響く。
 数あるサトミの攻撃のなかでも、トップクラスの殺傷力を誇るファントム・リング。しかし、光の
円斬はゲドゥーには右手ひとつで砕かれ、ギャンジョーには急所に直撃してすら耐え切られて
いる。凶魔と凶獣相手には、ファントム・リングはすでに“必殺”足り得ていない技なのだ。
 
 疵面獣がニヤリと笑う。迫る白光のリングに対して、ズイッと臆することなく進み出る。
 万能丸による蘇生といえど、壊され、嬲られ続けたサトミに、動ける力はわずかにしかなかっ
た。その貴重なエネルギーを振り絞っての一撃は、ギャンジョーにとっては恐れることない微力
なもの――。
 
「・・・・・・ファントム・・・バレットッ!!」

 賭けだった。
 
 サトミにとって、残る全てを掻き集めての、賭け。集められるだけのエネルギーを集めて、こ
の一撃に賭ける。
 試したことはない。実戦はもちろん、稽古ですらも。
 だが、理論的には、可能。左右の掌を重ねて放った光弾があれほど巨大になるのなら、理屈
としては、きっとできるはずだった。
 
 左手で光球を生み出す。ファントム・バレット。自在に操縦できる、光の砲弾。
 すでに凶獣に投げつけていたリングを目掛け、光球を放って追撃する。猛速度でファントム・
リングに追いついた砲弾が、後ろから衝突する。
 
 ドオオオオオッッッ!!!
 
 重なる光輪と光弾。重複する、聖なるエネルギー。
 ファントム・バレットが激突した瞬間、光のリングはギャンジョーの全長を越えるほどに巨大化
した。
 
「ウオオッ?!! ッッオオオオォォッ〜〜ッッ!!!」

「・・・ッッ決まってッッ!!!」

 両手を重ねて放ったハンド・スラッシュは巨大な光弾となった。
 ならば光の技と技とを複合させることは、きっと可能なはずだった。ファントム・リングとファン
トム・バレットを掛け合わせる。土壇場にきての閃きが、サトミにかつてない威力の光の円斬を
授けていた。
 
「“弩轟”オオォォッッ!!!」

「させんぞッッ!!」

 ギャンジョーの咆哮と、駆け寄るゲドゥーの叫びが重なる。
 疵面獣の口腔から発射される一閃。そして、振りかぶった“最凶の右手”から放たれる、猛爆
のごとき豪打。
 
 直撃の寸前、巨大なファントム・リングは凶魔と凶獣の渾身の一撃を受けて、爆発とともに砕
け散った。
 
 轟音。衝撃でビリビリと震撼する大地と空気。
 粉砕された光輪の余波を受けて、ゲドゥーとギャンジョーの表皮が裂ける。血風が舞う。
 爆音と絶叫と怒号とで、世界が大音声に包まれる。グラグラと震える東京タワー。
 
 届かないのか。閃きによる偶然と、死力を振り絞る意志とが掛け合わされて生まれた奇跡的
な一撃すら、最強にして最凶の敵には通じないのか。
 ゲドゥーとギャンジョーを、道連れにすることすらできないのか。
 
「サァトミ゛ィ゛ィッッ〜〜〜ッッ!!! でめ゛えェェェッッ〜〜ッッ!!!」

「たぎらせやがるッッ!!! だが・・・これでオワリだッ・・・!!」

「・・・ナナッ・・・今よッ!!」

 交錯する叫び。怨嗟と、興奮と、号令と。
 
 読んでいた。極大のファントム・リングすら通用しないことは、サトミにはわかっていた。だから
こそ、この期に及んで尚、猛毒を飲まなかった。
 来る。これから、来る。本当のチャンスは、これからッ!!
 
 死力を尽くしあった激突の刹那。双方、動くに動けぬ、数瞬の空白。
 サトミが放った言葉に、凶魔と凶獣の脳裏が白で覆い尽くされる。数え切れぬ命を奪ってき
た殺人魔たちが、背筋に覚える戦慄の寒気。
 
「・・・はいッ!!!」
 
 動く。一気に。ファントムガール・ナナ。
 輝く右拳を、心臓へ。
 今、“BD7”を発動すれば、史上最強最凶のミュータント、ゲドゥーとギャンジョーを斃せる。討
ち取れる。
 奇跡が。不屈の守護天使の手による奇跡が、起ころうとしていた――。
 
「バキュロスッッ!!!」

 想定外の指令が響いたのは、その時であった。
 
 『闇豹』マヴェル。距離を置いた場所から傍観を決め込んでいたかのような狂女が、黄金の
ルージュを吊り上げている。
 傍らにうずくまる、カバのごとき四つ足の巨体。顔があるべき場所に、真っ黒な吸引孔を開け
た怪物・バキュロス。
 万一に備え、待機していたのか。先程、空間全体を引き込むような強烈なバキュームによっ
て、肉体を吸い込まれかけた記憶がナナに蘇る。ムダだよ。もう、あたしには、効かない。“BD
7”を発動してしまえば、吸引の力など簡単に振り切れる。『闇豹』は絶大な自信を持ってるよう
だけど、そのカバの怪物はあたしを引き止めることはできない――。
 
 瞬間よぎる不安を、頭から追い出すナナ。
 その瞳の隅に映る四つ足の怪物が、青い天使の右拳が落とされるより早く、動いた。
 
 ブフォオホホォォッ!!!
 
 吐いた。
 吸ったのではなく、吐いた。
 巨大な漆黒の口から飛び出す“物体”を、反射的にナナの瞳が見る。
 
「サッッ・・・サクラァァッッ!!!」

 バキュロスの口から吐き出された“物体”の正体は、唾液と胃液に濡れ光った、ファントムガ
ール・サクラの亡骸だった。
 
 切り札。それが『闇豹』マヴェルの、本当の切り札。
 
 粘液の糸を引いて、銀とピンクに彩られた少女の死体が宙を舞う。ドシャリッと重力に引かれ
てバウンドするや、息絶えた肉体がザザーッと芝公園の大地を滑っていく。
 
 マヴェルの狙いや、戦況の現状など、全てはナナの頭から消えていた。
 絶命したサクラの肉体だけは守らねば、復活ができなくなる・・・そんな考えすら、脳裏にはな
かった。
 
 いま、一番大事だと思うことに、愚直なまでに突き進む。
 それがファントムガール・ナナという少女だった。
 時にサトミが羨ましく思うほどの・・・少女の。
 
「サクラッッ・・・!!! モモォッッ、桃子ッッ!!」

 守護天使としての名だけでなく、親友としての名前をも叫びながら。
 駆け出していた。右拳に凝縮した光をも忘れて。薄れていく青き光を気にすることなく、ファン
トムガール・ナナは、大地に転がる桃色天使の亡骸に抱きついた。
 
 大切な仲間の。大好きな親友の身体を、抱き締めたかった。死して晒されたサクラの遺体
を、この腕で抱き締めてあげたかった。
 それだけだった。大好きな桜宮桃子の亡骸だから、冷たくなったその身体を、温もりで包み
たかった。感情が、本能が、命ずるままに従っただけだった。
 
 だがそれは、決戦の地に立つ戦士としては、あまりに手痛い行動となった。
 
「逃したなッ・・・逆襲の、最後のチャンスを」

 死神が、地獄の底より囁きかけるような声だった。
 空白の時間は過ぎていた。再び時の流れを取り戻す、ゲドゥーとギャンジョー。
 ナナが与えた隙は、凶魔と凶獣が態勢を整えるには、十分すぎるものだった。ゲドゥーが“最
凶の右手”を差し伸ばし、ギャンジョーが口腔を開いて、構えを取る。
 
「うゥッッ?!!」

「ファントム破壊光線ッッッ!!!」
 
 全身の血流が凍り付いていくのを感じながら、振り返った青い守護天使の瞳に、目前にまで
迫った二条の漆黒の光線が映った。
 もはや回避も防御も不可能な闇エネルギーの弩流を、ファントムガール・ナナは朋友の身体
を守るかのように胸と腹部とで受け止めた。
 
「うわああああぁぁァァ゛ア゛ア゛ッッ――――ッッ!!!!」

 ドゴオオォォッッッ・・・ォォオオンンンッッ!!!

 直撃した瞬間、グラマラスな少女戦士の肢体は、黒い爆発の炎に包まれたかのようだった。
 凶魔と凶獣の抹殺光線を浴び、ナナの果実のごときふたつの乳房と、引き締まった腹筋と
は、焼きゴテを押し付けられたように赤黒く炭化していた。爛れた皮膚からぶしゅぶしゅと鮮血
が噴き出す。銀と青色の全身から、黒い煙がシュウシュウと立ち昇る。
 胸中央のエナジー・クリスタルが、弱々しく点滅する。巨大すぎる暗黒エネルギーの奔流は、
聖なる少女に宿る光のほとんどを、消し飛ばしてしまっていた。
 消え入りそうな点滅音が、青い天使の命が、残りわずかであることを知らせている。
 
「・・・ッア゛ッ・・・あア゛ア゛ッ・・・がふッ・・・!!」

「ヒャハァッ・・・ギャッハッハッハアッ――ッ!!! 殺すッ!! 殺すコロスころすッッ!! ナ
ナァッ、てめえはここで死ねやァッ!!」
 
 ごぶっ・・・
 
 何かを言おうとして開いたナナの口からは、台詞の代わりに大量の血塊がこぼれおちた。
 瞳の青色が消えていく。糸が切れた人形のように、崩れていくショートカットの聖天使。
 
「・・・・・・こ・・・ん・・・なッ・・・・・・」
 
 どしゃああぁっっ・・・
 
 両膝から崩れたナナの肢体が、大地に座り込んだまま、動かなくなる。
 50体ものミュータントと闘い続けた少女戦士に、女神抹殺の暗黒光線を二発も耐える力は、
残されていなかった。
 体力は枯渇し、気力を振り絞ろうにも、混濁した意識は繋ぎとめるのが精一杯だった。
 ゆっくりと、右手があがる。もはや光の消え失せた、右拳。最後まで抵抗を示すように、ヒクヒ
クと痙攣しながら握られていく。
 事実上、戦闘不能となったファントムガール・ナナに、凶魔と凶獣の追撃の破壊光線が、さら
に胸の水晶体に浴びせられた。
 
 ババババッッ!!! ババババッッ――ッッ!!!
 
「ああああアアァァあ゛あ゛あ゛ァッ―――ッッ!!!! ウアア゛ア゛ッッ〜〜〜ッッ!!!」

 ぶしゃああッッ!! グボオァッッ!! ぶしゅうッッ!!
 
 絶叫し、跳ね動く守護天使の頭部。叫ぶ口から吐血の飛沫が、ナナが仰け反るたびに幾度
も噴き出す。
 両手で空間を掻き毟り、悶絶のダンスを踊る青き超少女。
 命を削られる地獄の苦痛に、ナナの咽喉は裂け、胃腑は破れて鮮血を逆流させた。パタリと
右腕が、力をなくして落ちる。蹂躙の光線が止んだとき、もはや胸のクリスタルはかすかな光を
灯すのみだった。
 
“・・・・・・死・・・・・・ぬ・・・・・・”

 膝を折り曲げ、座り込んだナナの唇から、紅の糸がボトボトと溢れ落ちていく。
 暗黒光線に焼かれる苦痛に、守護天使の表情は叫んだまま、硬直していた。銀と青の肢体
はあちこちが黒く煤け、煙を昇らせ続けている。暴魔たちの目論見どおりに、ファントムガー
ル・ナナの肉体は破壊されてしまっていた。
 消え入りそうな意識のなかで、ナナにできることは、ただ死を待つことのみだった。
 
「トドメだ」

 大地を蹴る音が、ふたつ続く。
 右手を手刀の形にしたゲドゥーと、象牙のごとき槍腕を光らせたギャンジョー。
 瀕死のナナを貫くべく、凶器を構えたふたりの暗殺鬼が、座り込む聖少女に殺到する。
 
 ドシュウウウッッッ!!! ブスウウウッッッ!!!
 
「ッッッ・・・なッッ!!!」

 ナナの瞳が大きく見開かれる。そこに映った光景が、信じられぬかのように。
 
「アッ・・・アアッ・・・さ、サトミさんッッッ!!!」

 絶叫する、青き守護天使。その眼の前で。
 
 ゲドゥーの右手とギャンジョーの槍腕に貫かれたファントムガール・サトミが、後輩の少女を庇
うかのように両腕を広げて立っていた。
 腹部を突き刺し、背中から抜け出た右手と槍の切っ先から、鮮血が噴き出す。
 飛び散る血潮が、見上げるナナの猫顔を紅に染め上げていった。
 
「・・・まさか、まだ・・・動けたとはな」

 重く、低いゲドゥーの呟きが、秋の風に流されていく。
 濃紺のひとつ眼に映るのは、両手を広げて立ち塞がった銀と紫の女神と、その背後で座り込
んだ青いショートカットの少女。
 数秒が、永遠に感じられた。ゲドゥーのみでなく、傍らのギャンジョーも口を開かなかった。
 
 右腕から伝わる感触は、本物だった。紛れもなく、ファントムガールのリーダー・・・サトミの腹
部を“最凶の右手”とギャンジョーの槍腕は貫通していた。
 手応え以上に、ナナの表情が語っている。
 サトミにとって、致命的な一撃になったはずだ、と。

「・・・・・・ナナ・・・ちゃん・・・・・・」

 青き守護天使に背中を向けたまま、サトミは穏やかな声で言った。
 とても腹部を貫かれているとは思えない、不自然なまでに静かな声。
 ポトポトと赤い雫の垂れるなかで、その調べは美しく、また厳かだった。少なくとも、ファントム
ガール・ナナにはそう聞こえた。
 
「また・・・あなたと、こうして一緒になれて・・・・・・よかった」

 涙は出ないはずなのに、ナナにはサトミがぼやけて見えた。
 憧れ、追い続けた先輩の背中は、いつもと変わらず頼もしかった。鮮血すらもが、凛々しさを
引き立てていた。
 
「あた・・・あたしもッ・・・!!・・・よかった・・・戻ってこられて・・・よかったですッ!!」

 叫ぶナナの声は、震えていた。
 しっかりしろ――。もうひとりの自分が、頭のなかで励ましている。『エデン』を寄生させた人間
のタフさはナナ自身が一番よくわかっているはずだった。サトミが貫かれるシーンだって、これ
までにも何度も見てきた。お腹を刺されたくらいで、サトミさんは死なない。そんなことはわかっ
ている。わかっているはずなのに・・・。
 
 違うんだ。
 
 違うの、今回は、違う。
 
 はっきりとした証拠はなくても、いつもと違うことはわかる。敵の攻撃がどうこう、という問題じ
ゃない。ただ、サトミさんが死を覚悟しているのだけはよくわかる。
 
 サトミさんはもう・・・きっと、助からない。
 
「ヤだ」

 ナナの猫顔が、くしゃくしゃに崩れた。
 泣いている表情だと、誰もがわかる顔だった。その声を、サトミは背中で受け続ける。
 
「ヤだ、死んじゃヤだ」

「・・・ごめんね」

「サトミさんッッッ!!! 死んじゃヤだッッ!! あたしッ、サトミさんにだけは生きて欲しいの
ッ!! サトミさんにだけは死んで欲しくないのッ!!」

「ダメよ、ナナちゃん。そんなこと、言っちゃあ」

 背中越しの声は、いつもよく聞く声と変わらなかった。
 
「これが私の・・・使命・・・ううん、選んだ道なの」

「誰かの犠牲のためにサトミさんが死ぬなんてッッ・・・ヤだよッッ!! ワガママって言われた
って、あたしはサトミさんを死なせたくないッッ!!」

「犠牲じゃないわ、ナナちゃん」

 すっ・・・と左右に広げていた両腕が、前方に伸ばされる。
 
「少なくとも・・・あなたのために死ねるのが、私は嬉しいの」

 わずかにサトミが微笑んだように、ナナは思った。
 
「あなたに逢えて、よかった。あなたが生まれてきてくれて、よかった」

「ヤだ・・・ヤだ、ヤだ、ヤだ!!」

「これからも・・・吼介を、愛してあげてね」

 ブウウゥゥ・・・ンンン
 
 前に突き出したサトミの両腕が、白い光を放ち始める。
 
「秘薬の・・・効果か。まだ隠し持っていたとは」

 伊賀の忍び里に伝わる、強壮回復薬・万能丸が、この闘いの初めに使われたのをゲドゥー
はよく覚えていた。
 恐らくは、残る全ての万能丸を使い果たして、サトミは強引に瀕死の身体を動かしたのだろ
う。
 だが、すでに蹂躙と陵辱の限りを尽くして破壊したサトミの身体が多少復活しようとも、もはや
暴魔どもの脅威には成り得なかった。美麗女神の最期の足掻きを、邪魔することもなくゲドゥ
ーとギャンジョーは冷たい眼光で見詰める。
 サトミの両手が三角形・・・必殺光線ディサピアード・シャワーの態勢を形作ろうとも、慌てる素
振りすら見せなかった。
 
「ハンッ! 往生際の悪いヤツだぜェッ!!」

「無駄だ、サトミ。光のエネルギーを放出し続けるその技は・・・今のお前には使えまい」

 ファントムガールの戦闘データを熟知する暗殺鬼たちは、憐みすら含んだ口調で吐き捨て
た。
 聖なる光の粒子を浴びせ続けるディサピアード・シャワーは、準備期間の4秒が必要なだけ
でなく、技の性質上、大量の光エネルギーが不可欠だった。
 一瞬のみ、放出すればいいのではない。聖なるエネルギーを生み続けねばならないのだ。
 秘薬で一時的に回復した程度では・・・とても足りるまい。濃密な闇のガードで守られた最凶
の悪魔どもには、まず通じまい。
 親指と人差し指とで形成された三角形に白光が集束されていくのを、ゲドゥーもギャンジョー
も余裕に満ちた表情で眺めていた。もはやサトミにできるのは、無様な悪足掻きのみ・・・その
確信が、二体の暴魔の動きを止めた。
 
「・・・待っていたのよ。この時を」

 “1”
 
 両腕を突き出したサトミの、静かな声。
 ゾクリと悪寒が背筋を駆け登るのを、凶魔も凶獣も自覚した。常に死の隣りで飼い慣らされ
た本能が、叫んでいる。危うい、と。ハッと眼を醒ましたかのように、目前の美少女を見る。
 月のごとき幽玄の美貌には、凄味とも呼ぶべき翳が挿していた。
 
「貴様」

「私は・・・あなたたちには、勝てなかった。ならば、できることはひとつしかない」

 “2”
 
 両手が作った三角形のなかに、集められた光が眩さを増していく。強い輝きを放ち始める。
 
 必殺光線を放てるまでの、4秒という時間。確保するには、様々な要素が必要だった。
 ひとつには、ファントムガール・サトミがもう闘えないと、油断させねばならなかった。
 ひとつには、標的の動きを封じ込まねばならなかった。
 
「全てを。この一瞬に賭けていたのか」
 
 “3”
 
 サトミの狙いに気付いた暴魔どもが、慌てて右手と槍腕を引き抜こうとしたとき、すでにカウン
トダウンは残り1秒を切っていた。
 女神を背中まで貫いた凶撃は、容易には抜けなかった。サトミの腹筋が右手と槍腕とを締め
付ける。
 
 避けられない。
 胸元に突きつけられた光の砲口を見詰めながら、ゲドゥーとギャンジョーは悟っていた。もう、
逃げることは不可能だ。
 だが、サトミにもはや、我らの闇のガードを崩すだけのエネルギーがあるはずは・・・
 
「・・・あなたたちを、道連れにできる・・・この一瞬を待っていたの」

 ―――あとは、お願いね。ナナちゃん―――
 
 “4=死”
 
 ファントムガール・サトミの突き出した両手の先で、白光が迸る。充満した聖なる光が、トライ
アングルの形で強く輝く。
 
 サトミの口腔のなかで、蠢いた舌先は、左の奥歯に仕込まれたカプセルに触れた。
 死と引き換えに、最期の力を引き出す、猛毒。
 
“使うのは、今しかない”

 使えば死ぬ。二度と、生き返れない。
 この命を差し出すには、ここしかなかった。残る生命の全てを吐き出し、破邪の光線を放出
する。ゲドゥーとギャンジョー、二体の悪魔を道連れに逝く。
 
 奥歯の間に猛毒のカプセルを転がす。挟む。
 
「サトミさんッッッ!!!」

 青い天使の絶叫が響く。
 
 ゆるやかに、春の陽だまりのごとき優しい微笑みを、サトミは浮かべた。
 
 その瞬間、ゲドゥーの本能は、己の死を悟った。
 
「ディサピアード・・・シャワー!!!」

 サトミの指のなかで作った光の三角形が、膨張した。
 必殺技の発射と同時に、奥歯が動く。カプセルを噛み潰さんと―――。
 
 ドシュウウウウッッッ!!!!
 
 世界が、深紅に染まった。
 
「ッッッ・・・・・・ゴブッッ!!!」

「残念だったな、サトミ」

 その場にいる、全ての者が、何が起こったのか理解できなかった。
 ただひとり。突如サトミの背後に立った、メフェレスという例外を除いて。
 
「口のなかに仕込んだ秘薬か・・・何度も使いすぎたな」

「・・・かふッ!!・・・あ゛ッ・・・ア゛ア゛ッ・・・!!」

「オレも・・・待っていたのだよ。貴様の手札が、すべて尽きるのを、な」

 鮮血の塊を吐き出すサトミの口腔には、魔人の左手が突っ込まれていた。
 見開いた守護天使の切れ長の瞳が、己の左胸から抜き出た、青銅の剣先を見詰める。
 メフェレスの右手が握った魔剣は、背中からファントムガール・サトミを貫いていた。
 
「・・・サ・・・トミ・・・・・・さん・・・?!・・・」

 己の呆けた呟きを、ファントムガール・ナナは遥か意識の彼方で聞いた。
 座り込んだまま、青い守護天使は動けなかった。眼の前の惨劇が、悪夢だとしか思えなかっ
た。
 霞む視界に、三日月に笑う、黄金のマスクが映り込んだ。
 
「フハハハハッ!!! ハァーッハッハッ!!!」

 哄笑するメフェレスが、ギュルリと捻りながら、青銅の魔剣を引き抜く。
 背中と左胸から、鮮血が噴き出す。ビクンッッ!と跳ねたサトミの肢体が、奇妙にくねりなが
ら仰け反る。
 サトミの両手に集束していた白光が、バラバラと霧散して空中に消えていく。
 弛緩した女神の肉体からは、凶魔の右手と凶獣の槍腕とは容易く抜けた。真っ赤に染まった
サトミの胸を、ギャンジョーの太い脚が蹴る。血塗れた女神が、よろよろと力なく後退していく。
 
「やめッッ・・・やめてエエエェェッッ―――ッッ!!!」

 まるで、世界を守ろうとするかのように。
 東京タワーの前にまで吹き飛んだサトミは、再び両手を広げた。その瞳には、ほとんど光は
灯っていなかった。胸のクリスタルが、かすかな音色を立てている。
 
 絶叫するナナの視界に映るサトミの顔は、美しかった。
 凛々しかった。最期までサトミの表情は、闘うもののそれだった。
 
 正面に回った黄金マスクの魔人が、ヒクヒクと痙攣する女神に、剣先を向ける。
 追随するように、ゲドゥーが右手を伸ばす。ギャンジョーが口を開ける。三体の悪魔が、破滅
の光線の照準を、瀕死の美麗天使に合わせる。
 あらゆる反撃の手段を失ったファントムガール・サトミに、もはや死を避ける方法はなかっ
た。
 
「ファントムッ破壊光線ッッ!!!」

 三条の漆黒の光線が、一直線にサトミの胸中央へと放たれた。
 光を滅ぼす闇の光線が、立ちすくむ美女神のエナジー・クリスタルを直撃した。
 
「はァう゛ッッ!!!」

 四肢を広げたサトミの肢体が、大きく仰け反った。
 口から噴き出した鮮血が、天空を染める。
 
 ヴィッ―――ッッ・・・・・・・・・
 
 鳴り続けていたクリスタルの警告音が、バリバリと浴びせられる破壊光線の音色に掻き消さ
れていく。
 
「フハハハハハッッ!!! くらえッッ、サトミッッ!!!」

 ババババババババッッッ!!!!
 
 メフェレスの絶叫とともに、胸の水晶体を焼き続ける闇光線が、その照射を激しくさせる。漆
黒が美麗天使の胸中央から広がっていく。
 
「うああああああァァァッッ――――ッッッ!!!!」

 かつてない苦痛に、サトミは絶叫した。
 広げていた両手は、己の肢体を抱き締めていた。悶絶する身体を抑えるように。ガクガクと
銀色の脚が震え、くの字に、あるいは海老反りにと、スレンダーな肢体を前後に折り曲げなが
ら叫び続ける。
 
 命の象徴を闇に穿たれるのは、魂を釘で打ち抜かれるような激痛だった。
 凄まじい痛みと苦しみのなかで命を削られながら、サトミは悶え踊り、喚き叫ぶことしかできな
かった。水晶体のなかで、光が滅んでいく。バラバラになりそうな苦痛の洪水に、サトミの意識
の全ては囚われた。容赦なく浴びせられる暗黒光線は、止むことがなかった。三体の悪魔に
蹂躙されながら、集中砲火を浴びるエナジー・クリスタルから光が途絶えていく・・・
 
 しなやかな両腕が、だらりと垂れ落ちた。
 カクン、と幽玄の美貌が垂れる。金色の混ざった茶色の髪が、風に揺られて頬に、額にかか
る。
 突っ立ったまま、ファントムガール・サトミは、悪魔の光線を浴び続けた。
 その切れ長の瞳からは、青い光は完全に消えていた。
 
「ようやく・・・決着の時がきたな」

 メフェレスの合図で、破壊光線の照射は一斉に止んだ。
 真っ黒な煙を、胸中央のクリスタルから立ち昇らせるファントムガール・サトミは、もはやピク
リとも動くことはなかった。
 ただ、両腕を垂らし、美貌を垂らし、東京タワーの前に立っていた。血と泥と火傷に覆われた
銀色の皮膚は、その輝きを失っている。
 エナジー・クリスタルの警告音は、もう鳴ってはいなかった。
 メフェレスの言葉とは異なり、すでに決着はついていた。
 
「トドメだ、ファントムガール・サトミ」

 三体の悪魔は、再び暗黒の光線を、佇む守護天使へと発射した。
 孤独に闘い続け、蹂躙され続けたサトミに、処刑の一撃を耐える力など残されているわけも
なかった。
 
 バシュンッッッ!!!
 
 漆黒の照射が撃ち込まれた瞬間、エナジー・クリスタルのなかで、なにかが弾け飛んだ。
 
「あッッッ!!!!」

 ビクンッッッ!!!
 
 大きく背を反らせた美女神の口から、わずかに洩れた断末魔の叫び。
 それがファントムガール・サトミの、最期の言葉となった。
 
 胸のクリスタルも、下腹部のクリスタルも、瞳も。
 全てから光を失った美しき銀と紫の天使は、天を見上げた姿勢で硬直していた。
 その胸から、腹部から・・・貫かれた孔から鮮血がドクドクと流れ、股間からは膣壷に放出さ
れた白濁の残滓がこぼれ出ていく。
 ツツ・・・と銀色の内股を、失禁の滴りが伝い落ちる。
 
 柳眉を苦悶に歪めたまま、美女神の表情は固まっていた。
 ファントムガール・サトミは絶命していた。
 紫の模様が浮かんだ麗しき銀色の肢体は、立ち尽くした姿勢でただの肉塊と化した。
 
「・・・ハッ・・・フハッ・・・ウワハハハハッッ!! 勝った!! このメフェレスの勝ちだッ、サトミ
ッ!! ファントムガール・サトミは・・・死んだッッ!! オレが処刑したのだッッ!!」

 狂ったように笑う魔人の声が、首都の秋空に溶けていく。
 勝ち誇るメフェレスの叫びを、地に座り込んだナナは白い脳裏で聞いていた。
 息絶えたサトミは、嘲笑を浴びるのみだった。
 
 ゆっくりと、青銅の魔剣を握ったメフェレスが、サトミの亡骸へと歩いていく。その光景を視界
の隅に納めながら、意識を虚無に包まれたナナは、もはや立ち上がることすらできなかった。
 
 ブスッッ・・・
 
 青銅の剣が、サトミの鳩尾に突き刺さる。
 絶命した美麗天使を串刺しにして、メフェレスは高々と頭上に突き上げた。勝利の御旗を掲
げるように。
 四肢も頭も、ぐったりと垂らした女神の死体が、血染めの姿を青き空に浮かび上がらせた。
 
「見ろ、下等なる人間どもッ!! これが貴様らの希望、ファントムガールの姿だッ!! 愚か
にも我らに歯向かってきたファントムガール・サトミは、ここに抹殺したッッ!! サトミの処刑
完了を宣言するッッ!!」

 悪魔どもの哄笑が、串刺しにされたサトミの亡骸を包む。
 開いたままの唇から、一筋の深紅の糸が落ちていく。
 三日月の笑いを浮かべた黄金のマスクが、無惨に散った女神の死体を投げ捨てる。大地に
弾んだスレンダーな肉塊が、四肢を大きく投げ出して仰向けに転がる。
 
「あは♪・・・死んだァッ・・・サトミが死んだわァ〜〜!! ムカつくクソ女がァッ・・・ついに死んじ
ゃったァッ〜〜!!」

 ケラケラと笑う『闇豹』が、憎悪する少女の死を確認するや、その屍に飛び乗る。横臥する銀
色の肉体に跨り、その乳房へ、腹部へ、鋭い青い爪を振り落とす。
 ザクザクと肉を刻む、残酷な音色が芝公園に流れていく。
 マヴェルが爪を振るたびに、組み敷かれたサトミの亡骸が揺れる。長い髪が動く。散華した
守護天使への冒涜が続く。
 
「そのくらいにしておけ、『闇豹』」

 ただひとり、笑い声をあげないゲドゥーが豹女の凶行を中断させた。
 ちらりと濃紺のひとつ眼が、佇む紅白の鉄塔に視線を送る。凶魔がマヴェルの嗜虐を止めた
のは、死者への憐れみからではなかった。守護天使処刑の儀式を、進行させたいがため―
―。
 
「・・・いいだろう」

 肯くメフェレスが、横たわる女神の屍へと近づいていく。
 四体の悪魔が、息絶えたサトミの肢体を取り囲む。メフェレスが右腕、ゲドゥーが左腕、ギャ
ンジョーが左脚、マヴェルが右脚・・・それぞれが紫のブーツやグローブを嵌めた四肢を掴み、
一斉に女神の亡骸を持ち上げる。
 
「クハハハハッッ!! 見えるかッ?! この肉の塊が、ファントムガール・サトミだぞッ?!!
 なんというザマだッ!!」

 空中に浮かんだサトミの手足を、四体の悪魔が引っ張る。
 大の字になった屍の両肩が、股関節が、ミシミシと不気味な音色を奏でる。美少女の形をし
た銀色の肉塊は、今にもブツブツと引き裂かれそうだった。
 
「サトミよ・・・貴様だけは、ただ殺すだけでは済まさん」

 苦悶の表情で硬直した死者の美貌に、なおメフェレスは怨嗟の台詞を投げかけた。
 魔人の眼光が、東京タワーの先端、333mの鉄塔の頂点を見据える。
 次の瞬間、サトミの四肢を捉えた四体の悪魔は、美麗天使の亡骸を仰向けで引き伸ばした
まま、大きく跳躍していた。
 東京タワーの真上へと―――。
 
「ファントムガール・サトミッッ!!! 貴様はッッ・・・人類敗北の象徴となれッッ!!!」

 ブスウウッッッ!!! ・・・・・・ビリビリビリイイィィッッ―――ッッッ!!!!
 
 サトミの背中に鉄塔の先端が突き刺さる。と、見えた瞬間。
 
 ミュータントの全体重が、落下の加速を伴って両腕両脚に掛かる。四体の悪魔が一斉に、大
の字のサトミを引き落とす。
 腹部を貫かれた守護女神の亡骸は、肉を裂かれながら、東京タワーの半ばまで引き降ろさ
れた。
 
 ごぶッッ・・・
 
 ドス黒い、大量の血塊がサトミの口から溢れ出る。
 だらりと細い四肢が垂れる。首が仰け反る。長い髪が流れる。
 
 ファントムガール・サトミの屍は、首都の象徴、東京タワーに貫かれた。
 巨大な女神は、人類絶望の象徴となるべく、串刺し処刑に晒された。
 
「我らの勝利だッッ!! ファントムガールは・・・人類の守護天使は・・・ここに滅んだッ
ッ!!!」

 魔人メフェレスの咆哮が、吹きすさぶ烈風のなかで轟いた。
 冷たい秋の風に、垂れ下がった殉死者の四肢は、力無く揺れ動くのみだった。
 
 

 
第十三話・続き
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