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"海堂一美とスカーフェイスのジョー・・・裏世界でもトップランクに位置づけされる悪党どもが、
『エデン』と融合したとは! いかに里美様といえど、こいつらを敵に回すのは危険すぎる"
尖った顎にソフトモヒカン、マイナス記号を思わせるサングラスの奥から見詰める鋭い眼光。
身体のあらゆる箇所が鋭利な刃物で構成されたような、三つ揃いの白スーツの男。
太い首に安定感ある肉厚な身体。ヤクザ丸出しの紫ジャケットに包んだ体躯の上に、赤黒い
ケロイド状の疵でいっぱいに埋められた顔面を乗せた男。
日本でもっとも恐れられているといっても過言ではない、ふたりの最凶ヤクザに囲まれなが
ら、相楽魅紀の勝ち気な瞳に脅えの色は微塵も浮かんでいなかった。
敵アジトに侵入し情報を得た現代くノ一は、当初の目的は十分に果たせていた。現在、魅紀
が所属する特殊国家保安部も、その役割とするところは江戸時代の御庭番衆と大きくは変わ らない。即ち情報の収集=スパイ活動。魅紀が海堂一美を追ったのは、敵の内情を探り、主 である五十嵐里美にその結果を報告するためであった。
しかし脱出する寸前、女諜報者の存在は、最凶のヤクザに勘付かれてしまっていた。以前の
海堂であれば、いかに卓越した強さと頭脳を併せ持つ怪物といえ、くノ一の気配を察知できる ほどの能力は持ち合わせていなかっただろう。『エデン』が授けた、全体的な戦闘力のアップ。 研ぎ澄まされた危機感知のレーダーが、侵入者を逃さなかったのだ。
絶体絶命の、窮地。
近付く者さえいない、地下のスナック。魅紀が脱出するには、海堂とジョー、ふたりの凶魔と
闘い、その隙を突く以外にない。五十嵐里美を圧倒した"最凶の右手"と、西条エリを血祭りに あげたスカーフェイス。『エデン』を擁す怪物二匹を敵に回し、現代忍者とはいえ普通の人間に 過ぎない魅紀が無事に済むとは到底思われなかった。
だが・・・強気な性格をハッキリ表したショートヘアの美女の顔に、気後れする様子はまるで見
受けられない。
迷彩柄のパンツに黒のタンクトップという軍人らしいファッション。くせ毛のショートヘアは一見
男性らしく映ることもあるが、猫顔系統の整った容貌は美人と呼ぶのに相応しい。成熟のピー クを迎えた肉付きのいい肢体。無自覚に色香を振り撒く女戦士に、根っからの悪党である極道 者たちが飢えた視線を注いでこようとも、魅紀は仄かな自信すら漂わせて悠然と構えている。
「相楽魅紀、か。殺す前に聞いておこう、貴様の飼い主は五十嵐里美だな?」
「下衆に答える必要は、ない」
「このアマッッ!! 調子づいてんじゃねえぞッッ!! 今すぐハラワタ引き摺りだしてくれるぜ
ェェッ!!」
「慌てるな、ジョー。では、もうひとつ聞こう。この圧倒的戦力差を前にして、余裕があるのはな
ぜだ?」
心底興味深そうな海堂の質問に、魅紀は挑発するような薄ら笑いを浮かべた。
「生きてここを出られると思っているのか? まさか本気で我らを相手に貴様ごときが勝てると
思っているわけでもあるまい」
「大層な自信家だな、海堂一美。言ったはずだ、オレが貴様らを止めると」
「ホウ。五十嵐里美が手も足も出なかったオレを相手に、勝てると?」
「里美様の実力はもちろんオレよりも上だ。だが、里美様にはできなくても、オレにはできること
がある」
両手の指に挟んだ無数の手裏剣。
胸前でクロスして両腕をあげた魅紀の手に、鋼鉄の花が一斉に咲き開く。
「戦闘の腕は里美様がはるかに上でも・・・"殺し"に懸けてはオレの分野だ」
左右に迫った二匹の凶魔に、幾条もの銀光が流星となって乱れ飛ぶ。
常人には真っ直ぐ投げることさえ難しい手裏剣。魅紀が元・御庭番衆のなかにおいても、並
ぶ者はほとんどいないほど得意としているのが、この飛び道具の腕前だった。正確無比に急 所を狙った数十本の刃が、散弾のシャワーと化して佇む極道者に飛来する。
里美と対峙した海堂の実力は魅紀も目撃している。その強さが本物であることは疑う余地も
ないだろう。
だが里美と海堂の決定的な差、「倒そう」とする里美と「殺そう」とする海堂の違いを、魅紀は
冷静に見抜いていた。
もちろん里美が、ファントムガールとなった闘いの末、敵を死に追いやったことは何度もあ
る。しかしそれは全力で闘った末の結果であり、当初からの狙いが敵の抹殺にあったわけで はない。少なくとも殺意というドス黒い意志を抱いて、闘いを繰り広げたことはなかった。
一方の海堂は違う。相手をいかにして苦しめ、いかにして殺すか。意志のベクトルを全て
「死」に向けた闘いぶりは、それまで里美たち白銀の守護天使が倒してきた敵と比べても異質 であった。わかりやすく言えば、エグイ。感覚的に言うならば、禍々しさのレベルが違う。里美と 海堂の激突は、傍目から見た魅紀には竹刀と真剣の闘いに映った。
「殺す」ことを目的とした闘い方。
非情に徹しきれぬ五十嵐家の令嬢には、それができぬことを魅紀はよく理解していた。里
美、いや、ファントムガールとなる5人の少女は全員、相手を戦闘不能にすることを目的とした 闘いぶりと言えた。「死」を目指していないがために、時として敵にトドメを刺せずに討ち洩ら す。守護天使たちだけではない。負のエネルギーに満ちたはずのミュータントにあっても、かつ ての敵のなかには、同様の傾向が見受けられたように思う。幾度の敗戦を喫しながらも、ファ ントムガールたちがここまで命を永らえてこられたのは、そういう一面もあったからかもしれな い。
目の前の凶魔どもは違う。奴らの勝利は、対戦者の死あってこそ。息の根を止めるまで、満
足することは有り得ない。
「殺し合い」をしなければ、海堂一美と城誠、ふたりと同じ土俵には立てないのだ。それは人
類の希望を背負った白銀の守護少女たちには不可能なこと。
「殺す」ことを前提とした闘い、それは・・・里美ではなく、相楽魅紀のフィールドであった。
一本の鉄の棒を尖らせて作られた棒状手裏剣。十字手裏剣のような車輪型の手裏剣と比べ
深く突き刺すことが可能なため、難易度はより高いが殺傷能力も高い。身体の各箇所に点在 する急所に一斉に投げつけると同時、魅紀は網が広がるようにあえてバラけて無数の棒状手 裏剣を放っていた。
広範囲に散らばる、刃弾の雨。
飛び避けようにも不可能な、鋼鉄のシャワー。白スーツの凶魔と紫ジャケットの凶獣、両サイ
ドからにじり寄る魔手に、魅紀は容赦も遠慮もない攻撃で迎え討った。
現代くノ一は、この一撃で勝負を決めるつもりであった。
あわよくば急所に手裏剣を打ち込んで絶命させる。それは望み過ぎにしても、散弾と化した
無数の飛刃はいくつか必ずヒットするはずだ。かすりさえすれば、古来より受け継がれたトリカ ブト製の猛毒が、殺人に飢えた凶者どもを蝕んでいく。
『エデン』寄生者という怪物は、常人なら一分以内に死に至らすという秘毒も耐え抜いてしまう
かもしれない。だが、いくらなんでも無傷というわけにはいかないだろう。眼のかすみ、麻痺、嘔 吐・・・なんでもいい。変調を来たしたところを一気にトドメを刺す。
"この悪魔どもを里美様と闘わせるわけにはいかない。この場でオレが・・・殺す"
咄嗟のことに反応できていないのか、恐怖で身が硬直しているのか。
唸り飛ぶ手裏剣の嵐の前に、海堂一美もジョーも悠然と立ち尽くしたまま動かない。
カカカカカンンンンッッ・・・
軽やかな響きを残して、一直線に殺到した銀光が弾き返されたのは、一瞬のことであった。
スカーフェイスの足元に落ちていく数本の棒状手裏剣。
ニヤリと唇を吊り上げたジョーの手に握られたのは、愛用の匕首。ジャケット内部に隠された
ドスが、己の肉体に刺さると見られた手裏剣のみを、見事に叩き落していた。
殺意に赤く燃える眼をスカーフェイスが向ける。現代くノ一へ。真正面にいるはずのミリタリー
ルックの美女は・・・いない。
上空。スナックの天井に届きそうな高所。
右手を振りかぶった海堂一美と、小刀を手にした相楽魅紀。宙を翔ける凶魔と女戦士が、互
いに必殺の意志を込めて激突する。
仕留めるつもりで放った手裏剣の連弾、しかし現代忍者は回避される可能性も想定済みで
あった。逃げるとすれば、上しかない。そして海堂とジョー、どちらに仕掛けるべきかといえば、 当然それは指令権を持つ方。
予想通り飛び上がったサングラスの凶魔に、忍び流の小刀を構えた魅紀は一気に襲い掛か
っていた。
手裏剣との二段構え。絶対不可避な波状攻撃。飛刃の嵐を飛び避けた海堂が、魅紀の狙い
を読んでいたように既に迎撃態勢を整えていたのはさすがだが、いくら"最凶の右手"といえ忍 刀の殺傷力に対抗できるものか――
イケる。悪くても、相討ち。
日本最凶の冷酷ヤクザをその手で屠る確信をし、くノ一美女が刀の切っ先を心臓目指して突
き立てる。
対するは、コンマ一秒の差もないタイミングで発射される、拳を固めた"最凶の右手"。
ガキンンンッッ!!
鈴の音にも似た硬質な響きが耳朶を打つ。
相楽魅紀の吊り気味の瞳に映るのは、信じられない光景であった。
世界で最も硬いと言われる日本刀、それもこの国を裏から支える特殊部隊が所持する忍刀
が、素手の拳によって粉砕される―――"最凶の右手"が狙ったものは魅紀の肉体ではなく、 武器である忍刀そのものであったのだ。
44口径のマグナム弾はおろか、名刀に類するものだとライフルの弾丸すら数発を両断してし
まうという日本刀。真正面での威力においてはまさに世界最強を冠しても恥じない鋼の芸術品 も、横からの打撃に弱いのは理解できる。銃弾並みの痛烈な打撃にポキリとへし折れてしまう ことも、あるいは有り得るかもしれない。
だが、違う。海堂一美は横からの打撃で忍刀を折ったのではない。真正面から砕いた。突い
てくる切っ先に真っ向から拳をぶつけて粉砕したのだ。
"バケモノかッッ?!! 海堂一美ッッ!!!"
ならば"最凶の右手"は・・・ライフル弾以上の威力を秘めるというのか?!!
驚愕に一瞬白くなる魅紀の脳裏。しかし、想定外の出来事に動きを止めてしまうほど、現代
忍者最強の部隊に所属する女戦士はヤワな鍛えられ方をしていなかった。
半ば自失していつつ、ほどよく筋肉と脂肪のバランスが取れた肢体は、条件反射的に次なる
攻撃を放つ。
跳ね上がる右の膝。鼻先にまで迫った鋭利なヤクザの股間へ。浮遊した状態とは思えぬボ
ディバランスの良さで、急所を潰す勢いで放たれる膝蹴り。
「甘いな、女」
耳元で囁く凶魔の死刑宣告を、女忍者は遥か遠い世界で聞こえた気がした。
膝から伝わるヒットの衝撃。潰せる。凶魔の睾丸を―――
ピンポン球を打ち砕く感触より先に魅紀に訪れたのは、"最凶の右手"が己の右胸を貫通し、
背中より突き抜けていく感覚であった。
「あ」
ズボリッッ・・・
深紅に染まった右腕が、ポカリと開いた魅紀の乳房の穴から引き抜かれる。己の肉片を猛
禽類のごとき掌が掴んでいるのを、女戦士はひどく冷静な瞳で見詰めた。
撃ち落された鳥のように、肉感的な肢体がドサリとスナックの床に落ちる。
「ギャハハハハ!! 残念だったなあッ、ナントカ特殊部隊の女兵士さんよォッ?!」
待ち構えるジョーの蹴りは、サッカーボールをシュートするのと同じであった。
鳩尾に突き刺さるトーキック。
蛇革の靴がまるまる魅紀の体内に埋まる。胃袋の破裂する感触。反吐と胃液と黒い血を吐
き散らして、ほとんど物体と化したショートヘアの美女が滑るように転がり飛ぶ。
「オレらを敵に回して、生きて帰れるわけねえだろうがァッ!! ゲハハハハ!」
「薄汚いネズミめ。せいぜい切り刻んで楽しませてもらうぞ」
殺意と憎悪と愉悦と。吐き気を催す濃密な負の感情と、嘲り笑う声とが仰向けに横臥する女
戦士の頭上から降り注ぐ。ヌラヌラと濡れ光る黒のタンクトップと、血飛沫のこびりついた整っ た容貌。猫型動物を思わす勝ち気な瞳は灰色に曇り、肉付きのいい豊満なボディはビクビクと 痙攣を続ける。さすがのくノ一も、胸に穴を開けられて闘う力など残されているわけがなかっ た。
"さ・・・里美・・・さ・・・ま・・・・・・"
「じゃあ一美さん、オレの相棒でまずはこいつの手足を切り落しますかい? ダルマ姿の女兵
士・・・グフフ、たまんねえぜ。それとも腹を真っ二つにして内臓抉り出すか・・・?」
「バラすのはいつでもできる。それよりせっかくの上玉だ、肉の味を楽しむ前に、女としての味
を食らうのも悪くあるまい」
"オ・・・レは・・・・・・ここ・・・まで・・・・・・の・・・よう・・・で・・・す"
瀕死の女戦士を前にして、凶悪ヤクザふたりは着ている全てを脱ぎ出した。
ダイヤのように研ぎ澄まされた海堂の洗練された筋肉美と、顔同様に無数の疵を縦横に走
らせたジョーの身体が露わになる。
男たちの怒張は、裂けんばかりの勢いで天にそそり立っていた。他者の死を食らう殺人鬼た
ちは、性に関しても貪欲な猛獣であった。女の精力を根こそぎ奪う性交の様は、まさしく生肉に 群がるケダモノ。生命を食い散らすことに快楽を覚える悪魔どもが、その生命を作り出す営み に尋常ならぬ執着を持つのは、ある意味必然なのかもしれない。彼らにあてがわれた娼婦の 何割が、地獄のような姦通の果て、正気を保てずに闇に葬られてきたことか・・・裏社会では当 然のように語られてきた伝説が、今、この暗いスナックの一室で実証されようとしている。
死に逝くのみとしか思えぬ美しき戦士を前に、凶魔と凶獣が欲情を発現させたのは、自然の
成り行きとでも言おうか。
絶倫ぶりを示して天を向く男性器。そのサイズ・形とも常人の範疇は遠く及ばない。海堂のそ
れは太さこそ並であるものの、長さが異様のレベルに達していた。平手をふたつ継ぎ足したほ どの長さ。一直線に伸びた男根の先に、やけに発達した亀頭が流線を描いて取り付けられて いる。グロテスクなまでのその姿は、さながら赤紫の大蛇のようであった。
一方のジョーのイチモツは、グロさでは海堂の上をいっていた。凶魔が蛇ならこちらは500ml
のペットボトル。長さは30cmほどで海堂には劣るが、そのぶん太さが尋常ではない。杭のごと き男根は、ビッシリと生白いイボで埋め尽くされている。それ自体が別の生物のごとく、カウパ ー腺を迸った怒張はヒクヒクと蠢いている。
"さと・・・み・・・さま・・・オレは・・・間も・・・なく・・・・・・ムシケラの・・よう・・・に・・・・・・無様・・・
に・・・・・・殺さ・・・れ・・・ます・・・・・・"
背後から魅紀の両乳房を鷲掴みにしたジョーが、脱力し切った肢体を強引に抱え起こす。ボ
リュームある双丘の頂点にあてられた人差し指の腹。凶暴な容姿に不釣合いなソフトさで、ス リスリと女戦士の乳首を撫で回す。変化は迅速に現れた。血に濡れた黒のTシャツに、尖った 影がふたつ浮き上がってくる。
囚われたくノ一の前面に回った海堂が右手を迷彩パンツにかけるや、丈夫な生地がビリビリ
と切り裂かれ、魅紀の股間部が露わとなる。黒のショーツに食い込む、女性器の溝線。"最凶 の右手"が貫通するかのごとき勢いで、女性の大事な秘裂に手首まで突き込まれる。
「ひぐッッ?!! うぇああ・・・」
凛々しき現代忍者の口から洩れる声に、「女」が潜んでいたのはこの時が初めてだったか。
最凶ヤクザたちの愛撫は、激しいなかにソフトさが織り交ぜられていた。変形するほど丸い
果実を握り潰しつつ、ジョーの指は屹立した頂点を丁寧かつ執拗に弄ぶ。硬直の度合いを楽 しむように。柔肉を潰される痛みのなか、痺れるように広がる官能の波。乳首の先から流し込 まれる疼きは、豊満な胸全体を包み、下半身にまでじんわりと伝播していく。
一方で、局所に挿入された"最凶の右手"の責めは苛烈を極めていた。襞肉を削いでしまう
のかと思われるほど、膣内を暴れ抉る右手。裂かれるような激痛で女体を引き攣らせつつ、聖 なる洞窟内に点在する過敏な箇所を探っては徹底して責める。痛覚に囚われ、無防備となっ た意識の隙を突いて注ぎ込まれる悦楽の波動。通常感じる以上に、女戦士の肉体は反応して しまっていた。
蝋のように蒼白となった美貌。激痛と脱力に埋め尽くされた感覚に、寒気が混ざり始めてい
る。刻一刻と己の死が近付いているのを、魅紀は自覚していた。それなのに・・・肉体は壊れ始 めているというのに、悪魔どもに弄ばれ意志とは無関係に快楽を感じてしまっている。
死を遥かに超越した、屈辱。
御庭番衆の末裔たるエリート女戦士に、今、惨めすぎる処刑の時が迫る。
"さとみ・・・さま・・・・・・す・・・い・・・ませ・・・ん・・・・・・"
現代くノ一の脳裏を横切ったのは、いつか向けられた、次期頭領たる美少女の笑顔。
魅紀が生まれて初めて目にした、溶け込むような温かな笑顔。修行と戦闘に明け暮れた
日々に、「優しさ」という言葉の意味を教えてくれたのは、己の主でもある18歳の女子高生だっ た。
ゴブッッ・・・!!
ヒクヒクと痙攣を続けるショートヘアの美女の口から、黒色に近い血塊がこぼれでる。
激しく、そして執拗な愛撫で快楽の電流を浴び続ける魅紀の身体は、もはや震えを止めるこ
とができなくなっていた。暴力と陵辱で破壊された女戦士の肉体。己の身が朽ち果てる寸前で あることを誰よりも理解しているのは、相楽魅紀自身であった。
死ぬ。私は死ぬ。もう間もなく。無様に。
忍びとして生まれたときから、いつかこんな最期は予想していた。人の道に外れた行為に手
を染めたこともある自分に、安らかな死などはないだろう。あるのは悲惨な死。とうの昔に覚悟 を決めた自分に、死への躊躇いなどなかったはずなのに。
あなたの笑顔に・・・もう一度会いたかった。
ゴキンッッ!!
海堂の右手が魅紀の丸い肩を掴むや、一息で粉砕していた。
ガクンと垂れるくノ一の左腕。つんざく絶叫をものともせず、白スーツの凶魔は残る右肩を掴
み、強引に骨を外す。
使い物にならなくなった両腕がだらりと下がる。
背後のジョーが叫び続ける魅紀の両太腿に手を回して担ぎあげる。M字開脚の状態。そのま
ま待ち受ける海堂の蛇根に狙いを定めて振り落す。
50cm近い怒張に子宮奥まで一気に貫かれる音は、重い打撃が肉を打つ響きにも似ていた。
ペニスに串刺しにされたくノ一。
混沌とする意識のなか、槍で貫かれたような錯覚に悶絶する魅紀。しかし、魔外道たちの本
当の嗜虐はこれからが本番であった。
ヒクヒクと痙攣する肉付きのいい肢体が、海堂に貫かれたまま地面と水平に浮く。
魅紀の身体を異常に長い蛇肉棒のみで支えているのだ。いかなる深さまで突き入れられて
いるのか。いかに凶魔の剛直の硬いことか。両腕が重力に引かれるようにダランと垂れる。
気の弱い女性ならば、この時点で発狂死を遂げていたやもしれない。だが、鍛え抜かれた美
女くノ一は、この程度では涅槃の途に着くことはできなかった。
下腹部全体に埋まった圧迫に、内臓でも吐こうとするように悶える美女の口が開く。白目を剥
いた吊り気味の瞳。真っ赤な舌がヒクヒクと蠢く。
杭のごときジョーの男根は間髪入れずに魅紀の口腔を塞いでいた。ショートヘアを鷲掴みに
された美女に避ける方法などあるわけがない。ズボオオッッという音は、もちをつく杵に似てい た。あまりの太さに唇の端がビリと破れる。
顎の外れてしまった哀れな女戦士の口を、凶獣がゆっくりと犯していく。上と下、ふたつの口
を貫かれ、地と水平に浮いたままサンドイッチ状態で串刺し陵辱される魅紀。後ろから突かれ れば巨杭根を咽喉奥まで呑み込み、前から突かれれば蛇根に子宮奥を圧迫される。グライン ドが起こるたびに、女戦士の内部が抉られていく。色香漂う肉付きのいい肢体は、邪辱の迸り を双方向から浴びせられる、無惨な女体の肉橋へと変わり果てていた。
「おぶッ・・・えぐッ・・・ぶぷッッ・・・」
「いい締まり具合だ。よく鍛えられているな、女兵士」
「こんな仕事じゃ、どうせろくにセックスもしてねえんだろォッ?! 最期に女の悦びをたっぷり
知って死んで逝けや、メスイヌよォ! ギャハハハハハ!!」
口と秘裂、ふたつの穴に挿し込まれた凶根が、乱暴な勢いで突き刺しを加速する。獲物の女
肉が冷たくなるのに多くの時間はないことを、悪魔たちはよく理解していた。
瀕死の肉人形が串刺しの苦痛と快感に断末魔のダンスを踊るのも構わず、兇悪な肉棒は一
心にクライマックスに向かっていく。グチュグチュと鳴る激しいリズム。悶える女体橋がその震 えを小刻みにしていく。
凶魔と凶獣、達したのはほぼ同時であった。
魅紀の口と股間から噴き出す、白濁の間欠泉。溢れる大量のスペルマは、小柄の部類に入
る女戦士には受け入れ切れぬ量であった。
ゴポオオッッ・・・グププ・・・ぐちゅ・・・クチャアッ・・・
わずか数分前、死を賭して最凶ヤクザに挑んだ女戦士の、無惨な末路。
秘所と口腔とを汚辱され、貫かれたまま大地と水平に浮く敗北のくノ一。その腕は破壊され、
胸は貫かれ、美貌は鼻と口から溢れたザーメンで汚れ、股間は白濁液と愛液で濡れ光る。血 と劣情の飛沫で汚れきったその美体は、海堂一美とスカーフェイスのジョーに歯向かった者が いかなる運命を辿るのか、格好のモデルとなって変わり果てた姿を晒している。
無様な肉人形相手に、二匹の獣はさらに無尽の肉欲を吐き出した。
続けて、ともに五回づつ。果てない大量のザーメンが魅紀の肉内に発射される。胃から食
道、そして子宮から膣内に至る全てに饐えた汚液を満たしたころ、ようやく女戦士を貫いてい た二本の凶魔羅が引き抜かれる。
「フン。トドメだ」
解放された魅紀の勝ち気な瞳は、白く反転したままだった。受け身など取れそうもない格好で
前のめりに倒れていく女戦士。その崩れ落ちるショートヘアを、地に倒れる寸前で"最凶の右 手"が無造作に掴む。
ブンという風切り音とともに、失神状態の女忍者の肢体が天高く投げられていた。ギュルギュ
ルと回転する血と精液に塗れたミリタリールック。スナックの天井に当たって跳ね返った肢体 が、何の抵抗も示さず待ち構えるスカーフェイスの頭上に落ちてくる。
ブッパアアアアアアッッンンンッッ・・・!!!
凶獣の拳が魅紀の腹部にめり込んだ瞬間、注ぎ込まれた数リットルのザーメンは一気に逆
流していた。
破裂音とともに噴き出す、汚辱の飛沫。貯蔵されていた胃と膣内の白濁液が、一瞬にして顔
面と股間に噴射の花を咲かせる。
「ゴボオオッッ――ッッ!!!・・・・・・お゛お゛ッッ・・・え゛え゛ッッ・・・・・・」
汚濁の飛沫を降らせた後・・・しばしの空白を経て、ドロリとした精子の残滓と吐血の混合物
が、魅紀の唇を割ってこぼれる。
勝ち誇るように高々と右腕をあげるジョーの拳の先に、腹部からくの字に折れ曲がった敗北
忍者の肉塊が掲げられていた。
ピクリとも動かぬくノ一の瞳には、もはやなにも映ってはいない。ただ、半開きの口とだらしな
く開いた股間から、ボトボトと粘った雫を垂れ流すのみ・・・
「ケケ、歯応えのねえ・・・さあて、どうします、一美さん? このままでも死んでいくだけです
が・・・それじゃあ面白くねえ」
「そうだな。ファントムガールどもへの見せしめとして、内臓でも掻き出してやるか」
果敢に挑んできた女戦士を屠り、凶人たちの声には愉しげな調子が含まれていた。ちょうど
それはご馳走を平らげたあとの様子に似ていたかもしれない。
海堂もジョーも、殺人を生業としてきたプロの男たちであった。狙った獲物は百発百中、死に
至らしめる。人間ひとりがどこまでのことをやれば死ぬのか、経験として誰よりも理解している 男たちだ。
だからわかる。この女戦士が・・・相楽魅紀と名乗った五十嵐里美の配下が、もはや助からな
い命であることを。
右胸に穴の開いた状態でここまでの嗜虐を受けて、体力など残っているわけがなかった。多
量の失血は致死量に届いていると見えた。現代忍者がいかに鍛えられているといえ、ここから の生還など不能。放っておいても死に至るのは確実。
その確信が・・・勝者の奢りが、大きな油断を生んでいた。
死に逝く人間を誰よりも多く見てきたが故、死角のないと思われた最凶の悪魔どもが、つい
に見せたわずかな隙――
"さ・・・とみ・・・・・・さま!"
汚物に穢れた口のなか、歯の裏に仕込まれたカプセルを天高く掲げられたくノ一が飲み込
む。死人も同然と見ている女戦士のわずかな動きに、海堂もジョーも気付くわけがなかった。
情報収集を第一の任務としている特殊国家保安部隊。万一彼らが囚われたときは、情報の
在り処を探るため、壮絶な拷問が科せられることは、容易に想像できることであった。いや、寧 ろ確実な事態と言ってもいい。
口を割らないように、忍びに自死の手段が与えられていることは、当然の備えと考える方が
妥当であろう。重要な情報を洩らすくらいなら、速やかな死を――。最悪の事態に陥る前に自 ら死を選ぶ訓練は、現代忍者にも古えより連綿と伝わっているのだ。
魅紀が飲み込んだカプセル、それは己を死に追いやる猛毒。
だが、現代忍者が使う最期の手段は、単に楽に命を絶つためだけの道具ではない。
「あん?!」
腹部に埋まった拳から伝わる、ビクリ!!という反応。
それが断末魔の震えではなく、「躍動」であることを察した殺人鬼の嗅覚もまた、特筆すべき
ものではあった。
ババババッッッ!!!
壊れたはずの女戦士の肢体が動く。外れた両腕が。風を切り裂き左右に開く。
手に握った3本づつの十字手裏剣。飛燕の速度で一斉に真下の凶獣に放たれる。
魅紀の蘇生をいち早く感知した殺人快楽者は、反射的にくノ一の肢体を投げ捨てていた。一
瞬の攻防。自由を得る魅紀。迫る飛刃をかわすジョー。避け切れぬ2本の手裏剣が盾にした 凶獣の左腕に刺さる。舌打ち。舞うミリタリールック。3mの距離を置いた場所に、限界を迎え たはずの女戦士が足からキレイに着地する。
「てッッ・・・てめえッッ!! なぜッッ?!!」
「うおおおおおおッッ―――ッッッ!!!!」
吼えた。死に逝くはずのくノ一が。致命傷を受け、もはや助からぬはずの女戦士が、有り得
ない力強さで裂帛の気合を叫ぶ。
"里美・・・さまッ! オレはもう・・・終わり・・・です! せめてッ・・・せめて最期の使命をッッ!!
"
現代忍者が使う自死の猛毒。それは副作用として、肉体の限界値を遥かに越えた身体能力
を授ける麻薬であった。
人間の持つ能力のほとんどが、実は眠ったままであるというのは有名な話である。本来筋肉
が100の力を持っていたとしても、脳がそのうちの30%ほどしか扱えないのだ。残り70%を一気 に解放することができる禁断の麻薬・・・しかしその激しすぎる効力に、人間の神経は耐え切る ことができない。使用者に待つものは死。存在する価値がないと思われた麻薬を、現代忍者た ちは己の自決手段として取り入れたのだ。
どうせ死ぬならば、最期の抵抗を試みたい。
無様に犬死を遂げるよりは、華々しく散りたいとどれほど思ったことか。過去永年に渡って闇
に葬られてきた忍びたちの無念の声が、単なる死より一時的でも超人となることを望んだのは 当然の流れであった。
死と引き換えに得られる、超人的な身体能力。
使用した以上、もはや相楽魅紀の死は免れない。だが己の死が確実となった時点で、魅紀
にはこうするしか最良の方法はなかった。そして最期の手段であるだけに、確実なチャンスが 訪れるまで、女戦士は待ち続けた。
"オレは・・・死ぬ・・・・・・ならば・・・できることは、ひとつッ!"
棒状手裏剣を両手にし、弾丸となった魅紀の肉体が一直線にジョーに殺到する。凄まじい、
速度。瀕死の肉体とは思えぬ、いや、五体満足であったときよりも遥かに上回った超スピード。
「クソメスがアッッッ!!! 死ねやァァッッ!!」
愛用のドスを右手にしたスカーフェイスは、一気に銀光を真上から下へ迸らせた。魅紀の攻
撃は速い、しかし直線的なだけに正直すぎた。回避不能と思える速度で、振り下ろす凶刃の下 にショートヘアの女戦士が突っ込んでいく。
ザクンッッッ!!!
二の腕から斬り落とされた魅紀の右腕が、血の糸を引いて宙空に舞い踊る。
凶暴と殺意が固まったような容貌でいながら、スカーフェイスは冷静な判断ができる殺人鬼で
あった。どういう理屈か知らないが、死に掛けの女戦士が蘇ったことは認めよう。しかし肩の骨 ごと砕かれた左の腕は、驚異的な筋力で強引に動かしたとしても、高が知れている。棒状手裏 剣のような小さな刃物で、オレの肉体を突き刺すことなどできるものか。
つまり、右腕の攻撃さえ気をつければ、相楽魅紀にオレを殺せる手段は皆無。
己の死を確信し、玉砕戦法で突撃してきた女戦士よ――
残念だったなァ、右腕を失ったてめえには、このオレ様を道連れになんてできやしねえぜェ。
"これで・・・いいッッ!!"
ニヤリと笑った疵面が見たのは、希望の光を未だ失わぬ凛としたくノ一の瞳であった。
全ては、御庭番の血を受け継ぐ、特殊国家保安部隊員の思惑通り。
スカーフェイス、右腕はくれてやる。お前の隙が得られるのなら。
刺し違えることが不可能なことはとうにわかっている。オレにできる最期の使命、それはこの
場を切り抜け、里美様に全てを伝えること。
伊賀忍者の末裔として使命を果たすため・・・オレは毒を飲み、右腕を捨ててここから逃げ
る!
鮮やかなハイキックが、疵面の顎に吸い込まれていた。
グラリと揺れるTレックスのごとき肉厚の身体。右腕を捨てて得た隙と、命を捨てて得た身体
能力とが噛み合った、相楽魅紀最初で最後の渾身の一撃。
時間にすれば数秒、ジョーの意識が吹き飛ぶ。わずか数秒、しかしそれは、魅紀がこの場か
ら脱出するには十分な時間であった。
崩れ落ちるジョーの向こう側に見える、スナックの扉。
急げ、命の灯が尽きる前に。
扉を抜けて、いざ、里美様が待つ元へ―――。
崩れるスカーフェイスの身体を飛び越え、扉へと跳ねるくノ一の肢体。
その前に現れたのは、全身を研ぎ澄まされた殺気で纏った、サングラスの凶魔であった。
「バカが」
ドシュウウウウッッッ!!!
"最凶の右手"が、女戦士の心臓を一気に刺し貫く。
背中から突き抜けた白スーツの右腕は、哀れな女忍びの鮮血で深紅に染まって濡れ光っ
た。
光を失った魅紀の瞳から、血か涙か、一筋の雫が頬を伝って流れていった。
相楽魅紀が栄が丘の一角で姿を消したという情報を里美が聞いたのは、2時間以上も前の
ことであった。
西条エリが襲われたとの報を受け、急いで駆けつけた病院のなか。一命を取り留めたエリの
状況にホッとする間もなく、同じ特殊国家保安部隊員によってその不穏な情報は知らされた。 魅紀がひとりで海堂一美を追うと言ったとき、ある種の胸騒ぎを覚えた里美が送ったもうひとり の諜報員。その彼から魅紀を見失った旨を聞き、里美のなかのざわめきはますます大きくなっ ている。
「海堂一美に城誠・・・日本でも最凶と恐れられるはぐれヤクザたち。こいつらが今度の敵なの
は間違いないわ。ほぼ同時間に私たちファントムガールを狙った彼らが、行動を共にしている のは確実・・・」
単独潜入を試みた魅紀が、仮に海堂とジョーに捕まれば・・・
したくもない想像が頭をよぎるたびに胸が締め付けられる。実際に手を合わせて知った海堂
の恐ろしさ・・・ジョーによって無惨に変わり果てたエリの姿・・・途轍もない脅威が魅紀の身に迫 っていることを知り、居ても立ってもいられなくなった里美は、煩雑とした夜の繁華街を凛とした 女戦士の姿を求め探し回る。
『おい、なんだよ、コレ・・・』
『気味悪りいなあ、本物かよ?』
雑多な会話が飛び交うなか、趣の異なる調子の声を、美少女くノ一の耳は聞き分けていた。
通行人の波のなかを、風のようにすり抜ける。酔っ払いのほとんどは、通り過ぎたセーラー服
を、認知することすらできなかった。
「ちょっと・・・マジこれ、ヤバイんじゃない?」
いくつかの視線があらぬ方向に釘付けとなった場所で、里美の足は止まる。
喧騒にも乱交にも慣れたこの街で、少々の異常な光景は大きな騒ぎになることはない。明ら
かに異様な「モノ」に数人の者が気付いても、まだウネリは大きくなっていなかった。ただ気付 いた者たちが、それが「本物」であるかどうかをじっくり吟味している段階。繁華街の騒乱のな かで、その周囲だけが切り取られたように異様な空気を放っている。
温度差のある空間の雰囲気を、美少女戦士は敏感に嗅ぎ分けていた。
なにか、ある。直感的な呟きが、視線の先が見詰める「モノ」へと、切れ長の瞳を誘導する。
飲み屋街に繋がると思われる、地下への入り口。
その横に鉄の棒で打ち付けられているのは、人間の、それも女性のものと思われる右腕だ
った。
「――ッッ!!」
素早く動いたセーラー服の美少女が、腕を掴むや地下への階段を駆け下りる。
生の人間の腕が晒されているなど、誰がにわかに信じよう。通行人たちが不気味に思いつつ
も本物かどうか判断できなかったのは当然だ。しかし、里美にはわかる。これが本物の腕だ と。そして腕の持ち主が誰であるかも。
腕に打ち付けられていたのは、鉄の棒などではなかった。
棒状の手裏剣。相楽魅紀が愛用していた、得意の武器。
「海堂ッッ・・・海堂ッッ・・・お、お前はァッ・・・」
階段を一気に駆け下りる里美。グラグラと視界が揺れる。数件の飲み屋が並ぶ薄暗い地
下。どの店も営業している様子はない。一番奥の店、スナックと思しき扉に、燃えたぎる美少女 くノ一の視線が止まる。
迷彩パンツに包まれた右足が、根元から切られて釘付けにされていた。
絶叫とともに、扉をぶち破った令嬢戦士が薄暗い店内に突入する。学校では慈愛に満ちた
笑顔を絶やさぬ生徒会長の、憤怒の表情。残酷な悪魔たちを命に賭けても断罪する覚悟で、 激情に身を焦がす守護天使の前に、白スーツも紫のジャケットも見当たらない。
「海堂ォォッッ!! ジョーッッ!! 出てきなさいッッ、私はここよッ!! 殺すなら私を殺せッ
ッ!! 私はここよォッーッッ!!」
店内を揺るがす絶叫。魂の叫び。
だが応える声はなく、虚しく美少女の叫びは闇に溶けていく。
ゴトン
何かが落ちる音が、血走った里美の視線を振り向かせる。
スナックのカウンターだった場所に、あるものが落ちていた。
ボロボロの迷彩パンツの切れ端を纏った、左足。キレイに切断された断面が、ピンクの内肉
を覗かせる。
その奥。キープしたボトルを並べる酒棚。
ウイスキーやジンの角瓶と一緒に並べてあったのは、両脚と右腕を切り取られ、左腕だけに
なった相楽魅紀の肢体であった。
「みッ・・・魅紀ィィィッッ―――ッッッ?!!!」
闇を切り裂くような、哀しき絶叫。
痛切な叫びが、もう何も聞こえることはないショートヘアの女戦士を震動させる。
ズッ・・・
首からズレ落ちた魅紀の頭が、冷たい床にゴトンッと音をたてて転がった。
「いやああああああッッーーーーッッッ!!!! 魅紀ィィッッ――ッッ!!! イヤアアアアッッ
〜〜〜ッッッ!!!!」
駆け寄った少女は血で汚れるのも構わず、魅紀の首を抱き締めた。もう二度と瞳を開けるこ
とない現代くノ一を。凶魔の手に散った、哀れな女戦士を。
叫び続けて破れた咽喉から、鮮血が噴き出す。それでも里美は、叫ぶことをやめなかった。
噴き出した血が、己のために戦死した美女に降りかかっても、叫ぶことをやめなかった。
「海堂ォォォッッーーッッ!!! 私はあなたが憎いッッ!! 憎いッッ!!! 必ずあなたを
地獄へ落してみせるッッ!!! たとえこの身が滅びようともッッ!!」
正義のヒロインには、似つかわしくない台詞を里美は吐き続けた。
血を吐き散らしながら、美少女戦士はいつまでも、叫び続けることを、やめようとはしなかっ
た。
相楽魅紀、享年25歳―――。
己の使命を最期まで全うしようとした女戦士は、その無念を次期頭領である美少女に託し、
最凶の悪魔たち、第一の被害者となってこの地に――果てた。
夜も深まった、五十嵐家の屋敷。
広い邸宅の一室、剥き出しのコンクリートに囲まれた部屋。薄暗くなんの装飾もない部屋に
いるのは、常に憂いを帯びた美貌に凄みすら漂わせた青セーラーの少女と、印象的な丸い瞳 を曇らせた白いセーラー服の少女のふたりだけであった。
部屋の中央に置かれた細長い台には白の布がかけられ、その空間の主人公であることを示
すように天井からの淡い灯りをひっそりと照り返している。凹凸のある膨らみが、布の下には 人間の肢体が横たわっていることを教えてくる。どこからともなく流れてくる香の匂いが、室内 を埋め尽くしていた。
恐るべき二匹の悪魔に挑み、無惨にも凶刃に散った女戦士・相楽魅紀の遺体は、五十嵐家
のなかで霊安室と位置づけられる場所に引き取られていた。
裏世界で暗躍する現代忍者たちの亡骸を、一般人と同様の手配で葬送することはできない。
忍びの末裔が現代においても活躍していること自体知られてはならないし、死者の肉体は敵 の実力・武器など多くの情報をもたらすからだ。いつか訪れるであろう日に備えてつくられた霊 安室であったが・・・
現実に、この部屋を使わねばならない日が来るとは。
生涯、「開かずの間」であればいい、と願っていた部屋に脚を踏み入れ、五十嵐里美の心の
内には形容し難い赤黒い感情が渦巻いていた。
白い布の前で立ちすくんだまま、身動きひとつ、言葉ひとつない里美の後方で、西条ユリはた
だ黙って青いセーラー服の背中を見詰めるしかなかった。
くるみのような愛らしい瞳は心なしか潤み、柳眉は困惑したように八の
字を描いている。片手を口に当てたまま、掛ける言葉が見つからなくて、スレンダーな少女は
入り口付近で固まっていた。
"里美さん・・・・・・私は・・・なんと言ってあげたら・・・"
姉のエリが一命を取り留めたという一報に安堵したのも束の間、悲報はすぐに里美自身の
口から伝えられた。
里美を襲った白スーツのヤクザ者・海堂一美を尾行した相楽魅紀は、薄暗い地下の一室で
変わり果てた姿で発見された。首と四肢とを切断されて。
魅紀の肉体に残された傷跡から、敵のひとりが想気流の道場を襲った疵面の男であること
はほどなくして判明した。城誠。通称スカーフェイスのジョー。ファントムガール・ユリアの正体で あるユリの命を狙いに来た暗殺者は、まるで身代わりとするかのように潜入した女忍者を惨殺 したのだ。見るに耐えない残酷な方法で。
おさげ髪の美少女の脳裏に、つい先程まで病院で見守っていた姉の包帯姿がダブって映
る。ユリと間違えられ、スカーフェイスのジョーと闘うことになった双子の姉エリは、全身をボロ 雑巾のように切り裂かれ、顔面を潰され、まだ未発達な乳房を噛み千切られていた。その惨状 は血を分けたユリには到底正視できない、酷いものであった。
ファントムガールに新たに向けられた刺客、海堂一美と城誠。
瀕死に陥ったエリと犠牲となってしまった魅紀の肉体が語る。今回の敵は、あまりに恐ろし
く、残酷で、強大である、と。
『エデン』と融合していないとはいえ、常人に比べ遥かに高い戦闘力を持つエリや魅紀を、ま
るで相手にしない実力。
本気で命を奪いに来ているとわかる容赦のない攻撃と、死体を切断することにさえ躊躇しな
い残酷性。
確実に致命傷を与えていく一方で、殺傷行為自体を愉しんでいると窺える嬲りの跡・・・
圧倒的戦闘力を持った、殺人快楽主義者。
それが新たな敵、海堂一美とスカーフェイスのジョーの正体。
人間のタイプとして最も『エデン』を寄生させてはならない凶獣二匹が、5人の守護天使の敵
として立ちはだかったのだ。
過去、人類の幸福を脅かす幾多の脅威を振り払ってきた銀色の女神たちであったが、最凶
最悪の敵を迎えることになったのは、間違いないであろう。
しかも修学旅行という時期、守護少女たちが分散したこの時に二匹の凶獣が現れたのは、も
ちろん偶然などではない。
狙っていた。この絶好の好機を。確実にファントムガールを皆殺しにする、最大のチャンス
を。海堂とジョー、二匹の魔獣の背後に女神抹殺を誓う青銅の魔人が手を引いていることは確 実と言ってよかった。魔人メフェレス=久慈仁紀なら、5人の少女戦士たちのことをイヤという ほど知り抜いている。
来る。絶対に。
結果的にファントムガールをひとりも始末できていない現状、暗殺者たちは今度こそ少女戦
士の息の根を止めようと再度襲ってくる。それもごく近日。天使たちが分散している、今のうち に。
早ければ・・・今夜、すぐにでも。
だからこそユリは、重傷の姉を病室に残して、ひとり五十嵐の屋敷を訪れていた。もうこれ以
上、家族や一般の人々を巻き添えにするわけにはいかない。地元に残った里美とふたりで、 迎撃の態勢を整えねばならない。いつまでも悲しみにふける余裕はなかった。
しかし。とはいえ。
自分とは違い、永遠にかけがえのない仲間を失ってしまった里美に、哀しみを振り切り戦闘
の準備を促すことなど、ユリには出来なかった。ファントムガールのために危険に飛び込み、 使命を果たすために命を落とした相楽魅紀。生まれたときから同じ宿命を背負い、忍びとして の絆を共有してきた里美の想いは、想像の及ばぬ深さであるに違いなかった。恐らく、ユリが エリを失うのと同じくらいの。運命を共にする者を失う哀しみは、あまりに深く、重い。
忍びと柔術。宗家の家に生まれたが故、己の道と使命を義務付けられたという点では、西条
ユリは誰よりも五十嵐里美に近い。
だからこそ、自分と同じ宿命を背負った仲間がどれだけ尊いのか、どれだけ支えになるかが
身に沁みて理解できる。その仲間を失った里美の辛さが、手に取るようによくわかる。
そして、だからこそ、今の里美に掛ける言葉など、見つかるわけがなかった。
“里美さんは・・・とても闘える心境などじゃない・・・・・・いざとなったら・・・私がひとりで・・・”
「ユリちゃん」
不意に沈黙を破ったのは、青いセーラー服の美少女の声であった。
「さ、里美さん・・・私・・・あの・・・・・・」
「あなたは今回の闘いから外れて」
背中越しに掛けられた言葉は、ユリへの慈しみが潜む一方、鋭かった。
「?!・・・え・・・?・・・」
「今度の敵は・・・今までとは違うわ。人を殺めることになんの感情も持たない、いいえ、むしろ
快感すら得ている本物の悪魔たちよ。闘えば・・・命の保証はない」
「で・・・でも」
「本気を出せないあなたが、勝てる相手ではないわ」
ロリータフェイスの少女が、薄紅色の唇を閉じる。
姉エリの“許可”がなければ、本気で闘えないトラウマを抱えた天才柔術少女。エリが負傷し
未だ意識を戻さない今、ユリがその実力を解放することは不可能であった。神掛かり的な技の 冴えを見せる天才武道家といえど、相手を無意識に庇っていては倒すことなどできない。まし てその相手は、ユリを抹殺する気に満ちているというのに。
「そ、それは・・・わかっています・・・けれど、里美さんひとりで」
「これは命令よ、ユリ」
冷たさすら覚える口調で、里美は言い放った。
「ファントムガールのリーダーとして命令するわ。あなたは闘ってはならない。お姉さんと一緒
に、用意した病院に身を隠していなさい」
「そ・・・そんな・・・里美さんひとりで闘うなんて、無茶です!」
内気で、気心を知れた者にすら物怖じしてしまうユリが、たまらず声を荒げていた。
「私が・・・頼りないことはわかっています。足手まといになるって・・・ことも・・・・・・。でも、あんな
恐ろしい人たち相手に、里美さんひとりで闘わせるなんて、できません!」
「・・・ありがとう、ユリちゃん。でも」
「魅紀さんのように、もうこれ以上犠牲者は出したくない・・・ですか?」
二学年年下の少女に心の内を見透かされ、本心を隠すことに長けたはずのくノ一少女は、
動揺を表に見せた。
「里美さんが・・・私たちや、忍者の仲間の方々を・・・犠牲にしたくないと思っていることは、知っ
ているつもり・・・です。・・・いざとなったら・・・自分が先に死のうとしていること、も」
俯いたまま、紡ぎ出されるユリの言葉を、里美は振り返ることなく背中で聞き続けた。
「里美さんは・・・間違っています」
「・・・ッッ?!」
「リーダーならば、私たちを犠牲にしても、里美さんは生き残るべきです」
アニメ声とも形容される愛らしい声の中心に埋まったものは、紛れもなく確固とした信念。
いつか伊賀の里で知り合った少女忍者と同じ内容の台詞に、憂いを纏った美少女は思わず
振り返って、白い少女を見詰める。
「魅紀さんを失った哀しみは・・・私なんかにはきっとわからないと、思います。辛くて・・・苦しく
て・・・そんな里美さんを、助けてあげられなくて、ごめんなさい。でも・・・だからといって、犠牲を 出したくないという里美さんの考えは・・・甘いです」
「・・・私が甘いなんてことは・・・わかっているわ」
「・・・いいえ、わかってないです」
ピシャリと言い放つユリの姿は、普段からは想像できないものであった。
「あの恐ろしい敵・・・海堂一美と城誠、ふたりを倒すのに、犠牲を出さずに済むわけがありま
せん」
なにげに語る15歳の内気な少女の言葉の奥に、凄まじい決意が秘められていることを里美
は聞き取っていた。
「あのふたりを本当に倒そうとするのなら・・・犠牲者が出ることは覚悟するべきです。彼らと闘
って、都合よく私たちだけが無傷で済むなんて・・・私には到底思えません」
「わ、私だって・・・そんな都合よくはッ・・・」
「犠牲なしで勝てるほど・・・彼らは弱くありません。里美さんひとりが命を張って止められるよう
な・・・甘い相手ではないと思います」
ギュッと桜色の唇を噛み締めたまま、長髪の美少女は切れ長の瞳を俯けた。
どうして、こう・・・
どうして里美の周りにいる少女たちは皆、こんなにも不器用な生き方しかできないんだろう?
里美もわかっていた。たとえ己が命を投げ出しても、凶獣二匹を道連れにすることは難しいこ
とを。
自分の命と引き換えにできるような、楽な相手ではないことを。
それでも里美がひとりで闘おうとしたのは、ユリに、他の仲間たちに、死んでほしくないという
切なる想いがゆえ。
それは・・・そう、それは単なる里美のわがままだ。
本気であのふたりを倒そうとするならば、里美ひとりで闘うことがベストであるわけはない。
たとえ「死」が待ち受けていようとも、尊き仲間たちを闘いの場に狩り出すべき。
使命と情の狭間で揺れる里美の想い。それらを全て理解していながら、ユリは死地に赴く決
心を固めていた。里美の言葉を素直に受け入れ身を隠せば、命は救われるというのに。いつ ものように従順に里美に従っていれば、死ぬことはないのに。
“敢えて私に逆らってまで・・・あなたはその15の命を散らそうというの?”
「全力を出せないあなたでは・・・殺されるわよ?」
「それでも・・・里美さんひとりで闘うよりは・・・勝機は増すと、思います」
目蓋の裏にこみ上げる熱い雫をこらえる里美の前で、おさげ髪の天才柔術少女は迷いのな
い丸い瞳で応えた。
勝利への希望もなく、死への恐怖もなく、ただ決意のみが秘められた漆黒の瞳。
“情けないわね、五十嵐里美・・・ユリちゃんの方がずっと、使命のために闘おうとしている・・・”
東京にいる残り3名の守護少女たちに連絡を取ったところで、今夜中の帰還は不可能であっ
た。10時を回ったこの時間、新幹線は動いていないし、女子高生に車を運転できるわけがな い。敵の動向が不確定な現在、防衛省に協力を要請するのも難しいものがある。
もし、今夜中に襲撃を受けたならば、道はふたつにひとつしかない。里美ひとりで闘うか。里
美とユリのふたりで闘うか。事態に備え、リーダーの少女は決断を下さねばならない。
重い唇を開こうとする美麗な令嬢の脳裏に、チラと第六の『エデン』の存在が横切る。
・・・吼介。
もしあなたに、最後の『エデン』を渡すことができたなら・・・
パチパチパチパチ
不意に場違いな拍手の音が入り口の扉から流れたのは、その時であった。
くノ一と柔術家、ふたりの美少女の視線が一斉に扉に注がれる。
「フフフ、大したものね、西条ユリ。顔も身体も子供のくせに、考えだけは立派に戦士だわ」
薔薇のエッセンスを振り撒いたような妖艶な響きのオトナの声は、里美もユリも聞き覚えのあ
るものであった。
開いた扉の向こうで、大袈裟なまでに両手を叩いているのは、毒々しいまでに鮮やかな真っ
赤なスーツに身を包んだ美女。
ハーフを思わせる彫りの深い容貌は、有無を言わさぬ美しさであり、腰までに届く長い黒髪と
相まって、宗教画のヴィーナスをすら思わせる。スラリと伸びた細長い四肢と、出るところが出 た女体らしいボディ。マニキュアもハイヒールもバーミリオンレッドで統一したファッションは、バ リバリのキャリアウーマンを連想させる一方で、媚薬のような芳香を醸し出していた。完璧な美 貌とスタイルで造形された外見に、棘の鋭さとエロスの香りを内包させて完成を迎えた絶世の 美女・・・惜しむらくは艶やかさが必要以上に前面に押し出されていることと、二重の瞳があら ゆるものを睥睨する光に彩られていることが、彼女を形容するのに「魔性」の冠をつけさせる。
「シ・・・シヴァ!」
「片倉響子・・・なぜあなたがここにッ?!」
ファントムガールの本拠地である五十嵐邸に、唐突に現れた魔性の悪女。
幾度も守護天使たちを苦しめてきた敵幹部の登場に、青と白、ふたりのセーラー服戦士が緊
張を高めたのは当然のことであった。
キメラ・ミュータントを生んだ天才生物学者であり、蜘蛛の化身シヴァの正体であり、かつては
魔人メフェレスの参謀格として猛威を振るった妖女・片倉響子。
一味を抜け出したと噂される悪の華は、深紅のルージュを吊り上げて、ゾクリとするほど妖艶
に微笑んでみせた。
「なぜって、このひとが入れてくれたからよ」
深紅の妖女の奥で、深々とお辞儀をするスーツ姿の老紳士に里美は気付いた。
「どういうつもりなの、安藤?」
「こちらの方が、是非にとお嬢様との面会を希望されたものですから」
「彼女が久慈と袂を分けたというのは、あくまで噂よ。私たちの敵であることに変わりはないは
ず」
「ですが、この五十嵐家は侵入者は塵ひとつ拒もうとも、正面から堂々と訪ねられた方を返す
ほど野暮ではございません」
白髪混じりの頭を垂れたまま飄々と言ってのける老執事の言葉に、長髪の美麗少女は押し
黙る。御庭番の伝統を受け継ぐ五十嵐家の堅牢ぶりと矜持については、この教育係から幼少 より毎日のように教え込まれたことだった。
「さすが、人類の守護天使たちのお守り役だけあって、物分かりがいいわ。あなたたちが私と
会うメリットを、執事さんはよく理解しているようね」
「・・・なにが目的なの? 片倉響子」
幽玄の風すら纏った美少女と、妖艶の芳香を振り撒く魔性の美女。
超絶、といった形容詞すら誇張ではない美貌を持つふたりが、コンクリートの一室で真正面
から向かい合う。
里美にとっては、かつての闘いで足を舐めさせられた屈辱の相手。響子=シヴァ自身に、そ
して彼女の生み出したキメラ・ミュータントたちに銀色の女神はおびただしい血を流し、苦痛を 味わってきた。人類を守るファントムガールにとっては、ある意味でメフェレス以上の要注意人 物。
その目的、本心がいまだハッキリとしない相手を前に、自然聖少女たちの間に緊張感が高ま
っていく。
「警告をしに来たのよ。あなたたちファントムガールの今回の敵・・・海堂一美とスカーフェイス
のジョー。これまでの相手と、同じと思わないことね」
「そんなことは、わかっているわ」
「ファントムガールは勝てない。最凶ヤクザの手にかかり、衆人の前で惨殺されることでしょう
ね」
挑発的ともいえる台詞を、深紅の悪女は澱みなく続けた。
「そこの女忍者のように」
玲瓏と応じていた美少女の切れ長の瞳が、カッと大きく見開かれる。
陶磁器のように白い里美の頬に、一瞬にして昇る血の色。
だが、踏み出しかけた青セーラーの少女の足は、片倉響子との間に突風のごとく割り込んだ
白い肢体に留められた。
「ッッ・・ユリちゃんッ!!」
「・・・やる気なら・・・私が相手になります」
戦士らしからぬ華奢な肢体を盾にするように、里美の前に飛び込んできたユリは背中でリー
ダーたる少女を庇う。
対峙する敵は恐るべき悪女。対する己は、全力を解放できぬ危うい状態・・・危険を承知しつ
つ、躊躇なくユリが戦闘態勢に入ったのは、冷静さを失った里美では知略に富んだ悪の華に 勝てないことを悟っていたためか。
里美の怒りを背負うがごとく、柔術少女が佇む深紅の妖女に飛び掛らんとする。
ドンンンッッッ!!!
「・・・えッ・・・?!!」
頭頂から爪先までを、一気に貫く重い衝撃に、スレンダーな白い肢体がビクリと動く。
崩れ落ちるモデル体型の少女。暗黒に飲まれてゆく意識のなかで、ユリは肩越しに自分を襲
った相手の正体を見る。
「さ、とみ・・・さん・・・・・・」
柔術少女の透き通ったうなじに落とした手刀とは反対の腕で、五十嵐里美は昏倒する西条
ユリの身体を優しく抱き包んだ。
「ごめんなさい、でも・・・あなたを闘わせはしないと言ったはずよ」
たとえ、わがままだと罵られても構わない。
本気で闘うことを封じられた武道少女を、守ると決めた里美の心は結局揺らぐことはなかっ
た。使命を果たす人間としては、ユリを捨て石にしてでも利用するのが正解かもしれない。だ が・・・リーダー失格であったとしても、死ぬとわかっていて少女を戦闘に向かわせることは里美 にはできなかった。
不用意に里美に背を見せたユリの隙。天才武道家を眠らせるチャンスが到来したことで、怒
りにたぎったくノ一戦士の心は瞬時に冷静さを取り戻すことができていた。ゆっくりと愛くるしい までの少女を床に降ろした切れ長の瞳には、すでに激情の業火は鎮まり消えている。
「片倉響子・・・こうしてユリちゃんを止めることができたのは、あなたのおかげと感謝しなけれ
ばいけないかもね。ただ」
凛とした双眸に浮かぶ覚悟の光は、あまりに強いものだった。
「今度、魅紀を侮辱するような言葉を口にしたら、あなたを二度と喋れない身体にする。必ず」
「・・・話を本題に移しましょう」
ゴクリと飲み込む咽喉の動きを最小限に抑えた深紅の悪華は、何気ない様子を装って会話
を再開した。
「海堂一美にせよ、ジョーにせよ、裏世界に名を轟かせるほどの男たちよ。しかもその性質は
冷酷非道。身体的な強さといい、暗黒に染まりきった負のエネルギーといい、ミュータントとして これほど適した者たちはいないでしょうね。最強にして、最凶の怪物たちよ」
秋の名月のごとく冴え切った美貌を凍えさせ、里美は無言で話の続きを促す。2人の美女と
慇懃な執事以外、世界は時を止めたかのようだった。
「私と、手を組みなさい」
片倉響子の申し出は、あまりに唐突であり意外なものであった。
「戦力が分散した今、あなたとそこの武道家のお嬢さんではヤツらに対抗できないでしょう。彼
らと闘うのなら、この私と手を組むしかないわ」
「・・・メフェレスの参謀格だった人の言葉を、私が素直に聞くとでも?」
「フフ、面白いわね、五十嵐里美。その程度の警戒は当然、といったところかしら?」
薔薇を思わす唇を、妖女は吊り上げてみせた。
「ただ、現状のケースで、私があなたを騙すメリットがないことをお忘れなく。放っておいてもファ
ントムガール・・・少なくともサトミとユリアはこの地で死ぬのよ? 黙っていれば海堂たちに殺さ れる人間を、わざわざ騙す必要はないわ」
「それを言うのなら、私たちを助けるメリットこそないはずよ」
「あるわ」
鋭く言い放つ響子の声に、くノ一の耳を持ってしても感情のブレは聞き取れなかった。
「海堂とジョー、破壊衝動と殺人欲に満ちたヤツらを野放しにすれば、人類は程なくして滅亡を
迎えてしまう。あの凶獣どもだけは、なにがあっても滅ぼさねばならないわ」
「・・・世界征服を唱えていた人とは思えない発言ね」
「あら、私はそんなもの目指したことは一度もないわ。メフェレスが口にするのを、隣りで聞いて
いただけよ。もっともあのボウヤも、本気で考えてはいないでしょうけど」
「世界征服を考えていない?」
「それはそうよ、征服してどうするというの? あのボウヤは、世界が己の意のままであること
を証明したいだけよ。自分こそがナンバー1であり、支配者であり、王。他の者は、自分に跪く 奴隷。メフェレスにとっては、自分が選ばれた人間、飛び抜けた人間であることを証明できさえ すればいいのよ」
「そんな・・・そんなくだらないことのために・・・多くの人を犠牲に?!」
「そう、実にくだらない男ね。けど、金も力も、全てを手中にしていたことが、身勝手なボンボン
のくだらない欲望を加速させていったのよ」
ギリッと強く下唇を噛む白い歯に、朱色の血が滲み出す。
命を張った、ミュータントたちとの死闘の数々。その根本が、ひとりの男の高慢なプライドを満
たすためだけにあったとは。
そんなことのために、多くの人々が、四方堂亜梨沙が、相楽魅紀が、死ななくてはならないと
は。
憎悪と呼ぶのにも近い感情が、里美の心の内で沸き起こる。
「では・・・なぜ、あなたはメフェレスの側にいたの? あなたは、一体なにが狙いなの?」
「私は生物学者として、『エデン』という宇宙生物の謎を解明したいだけよ」
「それならば、私たちと闘う必要はなかったはずだわ」
「研究には、実験が必要なのよ? 『エデン』が生む2種類の巨大生物、ファントムガールとミュ
ータント。この両者の激突は、様々なデータを私に授けてくれたわ。メフェレスが提供してくれた 環境は、研究成果をあげるのに最高のものだったのよ」
魔人と悪華の、実にドライな結びつき。
響子の言葉を否定しかけた里美は、脳裏をかすめるこれまでの出来事に口をつぐむ。ファン
トムガール・ナナとサトミを圧倒し、敗北に貶めた初対戦時。地下室で瀕死の重傷を負った桜 宮桃子に、『エデン』を与えたという謎の女の正体。虜囚と化し、拷問地獄に堕ちた里美を工藤 吼介に引き渡したとされる人間の存在。いずれの場合も、殺そうとすればいつでもできたはず なのに、片倉響子は守護少女たちを苦しめることはあってもトドメを刺すことはなかった。い や、むしろファントムガールたちを助けたのでは? という見方すらできるかもしれぬ。
容赦なく過酷な責めを負わす一方で、命を取ることまでしない・・・延命措置すらする、片倉響
子のファントムガールに対するスタンス。
以前から奇妙な違和感を覚えていたが、響子自身が言うことを信じてみれば、案外と納得が
いくのではないか?
片倉響子にとって、ファントムガールは実験に使う、重要なモルモット。
その生体は大事にしつつ、過酷な実験を課せずにはおられない。無闇に殺すつもりはない
が、実験の結果死ぬことになっても特に構うことはない。
そう考えれば、これまでの響子の、一見矛盾した行動も全て腑に落ちる。驚異的な身体能力
を示す藤木七菜江に特別な関心を寄せるのも、理解できる。
不愉快な話、ではある。
しかし、響子のスタンスが言葉通りのものだとすれば、あながち共同戦線を張るのは不可能
ではないのではないか。
「少なくとも間違いなく言えるのは、海堂たちにこの世界を破壊されるのはまっぴら御免というこ
とよ。そしてその点で、私とあなたたちとは一致している。ヤツらを倒すにはあなたたちファント ムガールと私とが手を組むのがベストなはず」
「あなたには無数の『エデン』があるはずよ。私たちと組まなくても、新たなキメラ・ミュータントで
も作ればいい」
「残念ながら『エデン』のほとんどは久慈の手にあるの。もう私の手元には残っていないわ。た
とえあったとしても、最凶ヤクザに対抗できる媒体なんて、そう易々とはいないでしょうけど」
長い髪を掻き揚げる妖艶な美女の言葉に促され、里美の脳裏に再び逆三角形の筋肉獣が
姿を現す。言外に響子は、里美たちが手にする最後の『エデン』、通称『第六エデン』を工藤吼 介に薦めるよう求めているのだろう。
だが吼介が明確に『エデン』を拒否したことで、その問題は決着がついているはずだった。
そして御庭番次期頭領の立場として、ひとりの男を想う女として、里美が吼介に『エデン』を渡
さないことは、固く心に決めたことであった。
「もしあの凶魔ふたりに対抗できる人間がいるのなら、あなたが持っている最後の『エデン』を
すぐにでも寄生させるべきでしょうね。私ならそうするわ」
「・・・心配しなくても結構よ。『第六エデン』の使い方なら、すでに私の心の中で決まっている」
響子の背後に佇む執事の視線が、監視者のごとく鋭く光る。
里美が句を繋げようとしたとき、予想だにしない事態は起こった。
「ッ?!」
ゴト・・・という音に反応し、くノ一少女は背後を振り返っていた。
灰色の壁。白い衣に包まれた亡骸。変わらない光景がそこには広がっている。ただひとつを
除いては。
唯一切り離されなかった相楽魅紀の左腕が、白布からはみ出てダラリとぶら下がっている。
死後硬直でも起こしたのだろうか。姿勢を整えようとして踏み出した里美は、その時ようやく、
取り乱していた己が重大なメッセージを見逃していたことに気付いた。
“・・・・・・私は危うく、魅紀の必死の想いを踏み躙るところだった”
死闘の爪痕を残し、無数の切り傷が刻まれた無惨な女戦士の腕。
同じ伊賀の血統を引く者でなければ、気付けるはずもなかった。幾条もの傷に隠された、忍
び文字の存在など。
「敵」「ハ」「ト」「ウ」「キ」「ヨ」「ウ」「ヘ」
「敵は東京へ」―ー―
“魅紀、あなたは最期まで・・・そんな姿になってまで、使命を果たそうというのね”
御庭番衆の血を継ぎ、特殊国家保安部員として五十嵐里美に仕える女戦士・相楽魅紀。
敵アジトに潜入した現代くノ一は、二匹の凶魔にさしたる手傷も負わすことなく非業の最期を
迎えた。圧倒的な暴力の前に、主である里美の盾となることさえできずに、無力な女戦士は壮 絶に散った。
犬死に見えよう。無様な死に様に見えよう。
しかし、情報収集が本来の役目である魅紀は、最期の瞬間まで己の使命を果たすために全
力を尽くしていた。闘えば死ぬことはわかっていた。道連れすら不可能であることも悟ってい た。だが・・・たとえ死すとも里美さまに伝えてみせる。
己の死を自覚していた魅紀は、秘めたメッセージをその身に刻んだのだ。
相楽魅紀は死んだ。しかし彼女はその死を無駄にはしなかった。
“魅紀・・・”
立ち止まりたかった。
でき得れば、一日中でも泣き崩れていたかった。哀しみに暮れていたかった。
だが、魅紀のバトンを受け取った麗しき令嬢戦士は前を向かねばならぬ。迫り来る脅威に立
ち向かわねばならぬ。
こみ上げる想いに強引に蓋をし、瞬時に敵の狙いを察知した里美は携帯電話を取り出して
いた。
迂闊だった。今夜にでも敵は、手薄なファントムガールの本拠地、つまりは里美とユリとの命
を奪いに来るものと思い込んでいた。巨大生物=ミュータントが出現するのはこの地元の界隈 がほとんど。いつしか聡明な里美の意識にも、敵が現れるのはこの地方という感覚が潜在的 に刷り込まれていたのだ。
手薄というのならば、東京にいった少女戦士たちも同じ。
集団行動での修学旅行。藤木七菜江と霧澤夕子の動きは、久慈陣営には手に取るように知
られている。単独で動いている桜宮桃子はともかく、ふたりを襲うのは至極簡単な作業だ。
「く・・・」
最悪の事態を予感させる鐘の音が、里美の胸の内でドクドクと響き渡る。
ショートカットのアスリート少女と、ツインテールのサイボーグ少女。ふたりへの電話は繋がる
ことがなかった。
「安藤、すぐに用意をして」
目の前にいる片倉響子の存在など忘れたように、玲瓏な美少女は鋭く指示を放った。海堂
一美とスカーフェイスのジョー、悪魔二匹が魅紀を亡き者にした後すぐに東京へ向かったのな らば・・・重く深い暗雲は、いまや美麗な令嬢を押し潰さんばかりに膨らんでいた。
叫びたい。
この幾重にも積み重なった哀しみと不安が吹き飛ぶまで、声を嗄らして泣き喚きたい。
わかっている。できない、そんなことは。少女・五十嵐里美にできることが、守護天使・五十嵐
里美にはできない。
ファントムガールになったあの日から、絡みつくどんな想いも断ち切って、美しき少女は目前
に迫った闘いに飛び込んでいくしかなかった―――
“ファントムガール・サトミ! あなたが今すべきことは、泣くことでも、恐れることでもない・・・た
だひとつ、あの悪魔たちを倒すことよ!”
「私たちも行きましょう。東京へ――」
「ふ〜。気ッ持ちいい〜〜ッ!」
垢抜けた少女の声が、湯煙で曇った大浴場に反響する。飛び込んだ湯船からお湯がザザザ
と溢れていく。夜の10時という時間帯にしては意外なほど、ホテルの広い浴室に人影は少なか った。霞みのような湯気の奥で、揺らめく影。貸切り気分を満喫するように、藤木七菜江は薬 草の香り漂う白色のお湯に肩まで浸る。七菜江が現在居候している五十嵐家のお屋敷のお風 呂も、檜作りの和風の浴槽がたまらなく心身を癒してくれるが、こと広さに関してはさすがにホ テルの大浴場には劣る。適度な温もりに包まれながら、立ち昇る湯気が揺らめく光景と、流れ る水が紡ぐ旋律のこだまに、七菜江は贅沢な時間を味わっていた。
待ちに待った修学旅行の初日は、多くの思い出を少女に刻んで、あっという間に夜を迎えて
いた。
生まれて初めて降り立った首都・東京の地。七菜江をまず驚かせたのは、予め覚悟していた
人の多さではなく、駅の広さであった。視界の奥にまで連なるプラットフォームの多さに、元々 が田舎出身の元気少女は軽い眩暈を起こしたほどだ。
東京駅からは貸切バスで移動する旅は、ここで四つのルートに分かれる。一学年で千五百
名を越えるマンモス校・聖愛学院の修学旅行では、全員がひとつのルートで行動するのは宿 泊地や交通手段などの問題から難しい。霧澤夕子ら、理数科が東京タワーからレインボーブリ ッジへと南下するコースを辿ったのに対し、七菜江が通ったのは皇居から新宿副都心、都庁 見物へ向かうという、通称「おカタいコース」であった。生徒たちの間で一番のハズレとされるコ ースも、見るモノ全てに感動する純粋女子高生のはしゃぎようを抑えることはできなかった。
「え! あれが二重橋?! スゴイ、スゴイ、あたしも渡ってみたいな!」
「ね、ね、もしかしてあそこに見えてるの、日本武道館? うわー、誰かコンサートとかやってな
いかな?!」
「あれ? バス動かないと思ったらまた渋滞なの? スゴイなあ、車がいっぱいだぁ!」
「なにコレ?! スゴーイ! 高いビルばっかり! 首攣りそうだよ、あはは」
「うわー! 都庁高い! カッコイイ! え、これから登るの? やったあ、じゃあ知事さんにも
会えるかな?」
池袋に取った宿舎に一行が着いて尚、猫顔美少女のチャーミングな笑顔が絶えることはな
かった。七菜江の周りにいたクラスメイトたちの疲れぶりは、元気満々な本人とは好対照であ ったが、子供のように瞳を輝かせる少女のおかげで、「ハズレ」とされるコースの光景が実に魅 力的に映ったのは否定できないところであった。
"考えてみたら・・・こんだけ笑い続けたのって、久しぶりかも・・・"
友人3人とトランプに興じながら、ふと七菜江は思う。銀色の守護天使として闘いの運命を受
け入れたあの日以来、アスリート少女の胸には常にどこか緊張の影が挿していた。いつ敵が 襲ってくるかもしれない。いつ巨大生物が現れるかもしれない。ある時は傷つき、ある時は瀕 死に陥りながら、少女戦士は死線を潜り抜けてきた。一日中、無邪気に笑い続けた日なんて、 いつ以来のことだろう・・・。
旅先で気分が高揚するのは人間誰しも当然のことだ。ただ、青き守護天使の正体である藤
木七菜江にとっては、死闘の舞台となっている街を抜け出ること自体に、特別な感情があっ た。初めて見る首都の景色に包まれて、少女戦士は束の間の休息を心底から感じ取っていた のだ。巨大生物による被害の傷跡もない。敵の存在を身近に感じることもない。幾多の死闘を 繰り広げた街から離れることで、七菜江は戦士の心をひととき忘れ、知らず知らず「普通の女 子高生」に戻っていた。
七菜江の心が純粋に修学旅行を楽しめるのは、敵であるメフェレスらが、明らかに以前の勢
いを失っているのも大きな要因であった。首領である久慈仁紀は表舞台に姿を現さなくなって 久しい。一説には、あの天才生物学者にして、七菜江の天敵とも言うべきシヴァ=片倉響子は 一味を離脱したとも聞く。五十嵐里美や西条ユリを残して東京に来られるのも、敵襲の恐れが 薄いがためだ。
午後一番で里美から受けた定期連絡では、街にはなんの変化もない、とのことだった。聖愛
学院の理事長を祖父に持ち、実質上の支配権を得ている久慈からすれば、七菜江と霧澤夕 子が首都の地を訪れていることは造作なくわかるはず。この好機を逃さぬ可能性も考えられた のだが・・・やはり今の久慈には闘うだけの態勢が整っていないようだ。
「はい。またナナの負けー」
「ああッ?! な、なんでよ、どうしてババがわかっちゃうの?!」
「ババ引こうとするとニヤけるんだもん、ナナ。あんた全部顔に出るから楽勝なのよ」
「うにゅにゅ、どうりで・・・」
「てことで罰ゲームはナナに決定〜! さあさあ、約束どおり、吼介先輩との仲がどこまでいっ
たか、聞かせてもらおうかしらァ〜♪」
「そ、そんな約束、していましたっけ?」
「ああ〜〜ッ!! この単純娘、誤魔化すつもりだァ! よーし、みんな、やっちまえ!」
「な、なによ、このあたしと枕投げで勝負しようっての?! やらいでか!」
こうして級友たちとの1vs3の死闘を制した七菜江は、汗を流しに本日二度目の入浴にひとり
やってきたのであった。
"今頃、里美さんたち、どうしてるかな・・・あたしと桃子がこっち来たから、今夜はあの広いお屋
敷に安藤さんとふたりっきりなんだっけ"
授業を終えた桜宮桃子がすでに東京に来ていることは、届いたメールが教えてくれた。七菜
江としてはこっそり一緒のホテルに招き入れるつもりだったのだが、さすがにそれはマズイと頑 なに拒否した桃子は、かつてこの地に住んでいた時利用したことのある、渋谷のカプセルホテ ルに一泊することになっていた。夕子を含めた3人で合流するのは、一日中自由時間となって いる、明日になってからだ。
"・・・寂しがってるかな、里美さん・・・でも、元々はあのお屋敷にずっとふたりっきりで住んでた
んだよね・・・"
幼い頃より里美をサポートしてきたのは、執事の安藤ただひとりだけと知ったとき、七菜江は
少なからず驚きを覚えたものだ。日本有数の名家という家柄を考えても、屋敷の広さを考えて も、教育係やお手伝いさんの何人かはいてもおかしくない。それが安藤とふたりだけ、マンツー マンで過ごしてきたとは。傍からは華々しい生活としか見えてなかっただけに、家に帰ってから の里美が、令嬢としての在り方とくノ一としての実力をつける孤独な修行にほとんどの時間を 費やして生きてきた事実は、意外を通り越して衝撃があった。
安藤に言わせると、政府と密かな繋がりを持ち、現代でも御庭番衆のころと変わらぬ使命を
受け継ぐ五十嵐家の内部には、易々と一般の人間を入れるわけにはいかないということだっ た。納得できる、説明だった。しかし、父親も母親も多忙で滅多に帰ってこないお屋敷のなか で、老執事とふたりだけで過ごしてきた里美の姿を想像すると、令嬢という言葉がやけに切なく 響いて聞こえる。
居候としてひとつ屋根の下に住むようになった七菜江や桃子を、一学年違いとは思えぬ優し
い瞳で里美が見詰めることがあるのは、そうした半生の影響なのかもしれなかった。里美にと って七菜江は、ユリは、夕子は、桃子は、かけがえのない存在であることは疑う余地もない。
七菜江自身、感じている。先程までトランプに興じていたクラスメイトたち。彼女たちが親友で
あることは間違いない。だが、同じ銀色の守護女神としての運命を受け入れた5人の少女たち は、「親友」と呼ぶには少し違う、「親友」という言葉で表現してはならない存在のような気がす る。死を賭した闘いを通じ、深い部分で繋がった者たち。その想いは、恐らく5人全員が感じて いるに違いなかった。
まして里美は、使命を果たすことを義務付けられて生まれた少女だ。
聖愛学院の生徒会長にしてアイドル的存在の里美には、もちろん「親友」「友人」と呼ぶべき
者たちは無数にいる。慕う者、憧れる者を含めれば、彼女を囲う人々は数え切れぬだろう。何 も知らぬ者から見れば、さぞ恵まれた環境に違いない。
しかし、同じ境遇となった七菜江にはわかる。里美が本当に気を許せる相手は、この世界に
ごくわずかしかいないと。
使命を果たすために生まれた少女は、使命を共にする者としか、本当に繋がることはできな
いであろう。
ファントムガールの仲間たちと出会うまで、里美はどれほどの孤独の中で生きてきたのだろう
か。
恐らく・・・七菜江たち以外で里美が気を許せたのは、せいぜいが同じ御庭番衆の血を引く忍
び仲間たちくらいのものだったに違いない。
「吼介先輩に・・・里美さんのこと、頼んでおけばよかったかなァ?」
白濁のお湯に呟きながら、七菜江は己の台詞に我ながら呆れ返る。恋の、それも最強のラ
イバルに好きなひとを会わせようなんて、どうかしてる。正気の沙汰ではない。そんなことわか っているのに・・・快く旅行に送り出してくれた里美が寂しさを忘れてくれるのならば、自分の恋 が終わってしまってもいいと、本気で少し考えている自分に七菜江は気付く。
脱衣所から流れてくるケータイの受信音を、ショートカットの守護少女が聞き分けたのはその
時であった。
里美からの定期連絡が入る可能性を考え、携帯電話を部屋から持ってきたのが功を奏した
らしい。『エデン』との融合でパワー、スピードなどの運動能力や傷の回復力などが飛躍的に上 昇したのは顕著な変化だが、実は視力や聴覚など、五感の能力も大幅とは言わぬまでもいく らかのアップを果たしていた。音の反響する浴場にいながら、扉一枚隔てた向こうで鳴る呼び 出し音が、紛れもなく己のケータイのものであることを七菜江は聞き取っていた。しかもその呼 び出し音は、特殊回線専用のもの。つまりそれは、藤木七菜江にではなく、ファントムガール・ ナナの正体である少女に向けた電話――
里美さんからだ。
確認するまでもなく、相手が誰かはわかっていた。つい今しがた、想いを馳せていた、敬愛す
る生徒会長。頼れる守護天使のリーダー。そして、最強の恋のライバル。だが、今の七菜江に 複雑な想いはまるでない。たった半日聞いていないだけなのに、里美の声が聞ける喜びに胸 が躍る。白い湯船のなかから、勢いよくはちきれんばかりの豊満なボディは立ち上がった。
里美がもたらそうとしている情報が、どれほどの凶報であるかなど、ひまわりのような元気少
女が想像できるわけもなかった。
そして実際には、その凶報を受け取ることさえ、悪意に包囲されたアスリート少女には叶わな
かった。
バキッッ
不意に、ケータイの呼び出し音が止む。
いや、正しくは、「止めさせられた」。
"ケータイを・・・壊された?!"
沸き立つ疑問より速く、奇跡的なボディを持つ少女は、滑るタイルの上を駆け出していた。脱
衣所へと一気に雪崩れ込む。
濡れ光る、メロンのような胸の双丘と張り出したヒップ。隠しもしない、たわわな果実が描く女
体のSラインに投げつけられたのは、ふたつに折られた少女の携帯電話であった。
「ッッ?!! ・・・なッ、なんであんたがここにッ?!!」
「あらァ〜〜♪ こんなとこで会うとは奇遇だねェ〜〜、子猫ちゃん。修学旅行でゆっくり温泉タ
イムなんてェ〜〜、い〜〜い身分じゃなァ〜〜い!」
黒のインナーにファー付きの豹柄のジャンパー。同じ豹柄のホットパンツに黒のストッキン
グ、やはり豹柄のハーフブーツ。
こよなく豹柄を愛するファッションと、毒々しいまでの派手な化粧は、相変わらずのままであっ
た。金色のルージュと同じ色の長い髪、そしてマスカラとアイライナーで強調された丸い瞳を、 七菜江は忘れるわけがない。
「『闇豹』・・・神崎ちゆり!!」
「でも、ちり、驚いちゃったァ〜〜。こォ〜んなにたくさんの『人質』とノコノコ一緒にいるなんてェ
〜〜! あはははは♪」
湯に濡れた少女戦士の丸い拳が、歯軋りの音とともに固く握り締められた。
「・・・・・・ナナ、遅いね」
宿舎の一室では、浴場に出掛けたきりいつまでも戻ってこない七菜江を心配する、親友たち
の声があがっていた。
床の上では、少女が残していったトランプのジョーカーが、不気味な笑顔を浮かべていた。
両目と口、まるで3つの三日月を組み合わせたような笑顔で。
さらに待つこと30分、あまりに帰りが遅い七菜江を心配した友人たちが大浴場の脱衣所で
見たものは、破壊された携帯電話のみであった。
愛らしいショートカットの少女の姿は、宿全体を探しても見つけることはできなかった。
JR山手線池袋駅から電車に飛び乗って約15分、自ら発光しているのかと錯覚するほど鮮や
かな金髪の女は窓の外、滑り込んでくるプラットホームに視線を移す。
ひどく目立つ、女であった。
髪と同じゴールドのルージュと毒々しいまでのメイク、そして視線を奪う豹柄のファッション。
首都・東京で異彩を放つ輩は掃いて捨てるほどいるが、パステルカラーのキャンバスにこぼし た墨汁のごとく、女の存在感は6割方埋まった車内でも際立っていた。塗り重なった派手な化 粧のせいで気付きにくいが、よくよく見れば女といってもまだ女子高生と思しきコギャル。肌の 艶などは明らかに十代であるのに、纏った雰囲気や仕草は夜の女のそれだ。体躯としては華 奢な部類に入るであろうが、巨大な漆黒の皮袋を肩に背負った姿は異様ですらある。
都会のジャングルで嗅覚を研ぎ澄まされた人々にはわかる。
この種のタイプの人間には、関わってはならないと。
残業帰りのサラリーマンたちの心を、佇まいだけで更に消耗させた女豹が電車を降りた瞬
間、山手線の車内を包み込んだのは、誰からともなく洩れた安堵の溜め息だった。
時計の針が11時を回る頃、「闇豹」神崎ちゆりが降り立ったのはJR山手線原宿駅の構内で
あった。
ひと昔前には流行発信基地の代表格であった原宿の名も、最近は他の地名に押され気味で
あるが、とはいえ若者文化の中枢を担う重要区域の一端であることに変わりは無い。真夜中と 呼んでも差し支えない時間帯であるにも関わらず、通りには垢抜けた若者たちで溢れている。 地元では若者の街の異名を取る谷宿の歌姫にとって、この地の水は実に馴染み深いものに 違いなかった。
夜とは思えぬ活気に満ちたその区域は、表参道、青山と続く、首都においても最大のファッ
ションゾーン。地方に住む者でも、名前だけは聞いたことがあるという地名が連なっている。少 し頑張れば徒歩でも回れる狭い地域にキラ星のごとく有名テナントが集まっているだけに、 人々を寄せ付ける求心力が高いのも当然と言えた。通り行く女性たちの装いにどこか優雅さを 感じるのも、決して気のせいとは断定できまい。
漂う妖気は誤魔化せぬとはいえ、ブランド品で身を固めたちゆりにとっては、この東京の地
のなかで最も肌に合う場所がこの原宿界隈なのかもしれない。
まるでサンタクロースのように肩で背負った巨大な黒い皮袋だけは「らしくない」が、ド派手な
コギャルが表参道へと続く左側の雑踏に消えるのは時間の問題・・・誰もがそう思うことだろう。
予想は、見事に裏切られることになる。
「闇豹」が向かったのは、右側。青山方面の喧騒が嘘のように静まり返った、漆黒の森が広
がる広大な土地。
明治神宮。
初詣となれば日本一の参拝客が訪れるその名を、知らぬ日本人はほとんどいないだろう。明
治天皇が祀られたその宮には、毎年300万人もの人々が正月に足を運ぶ。関東、いや日本を 代表する神社のひとつと言える明治神宮であるが、その場所があるのは夜も喧騒に包まれる ファッショナブルな区域とはわずか通り一本隔てただけだ。最先端の流行と文化が創造される 熱風地帯に、寂として広がる静なる森。あまりに見事なコントラストは、訪れる者にワンダーラ ンドにでも踏み入ったかのような錯覚を引き起こす。多様な人間の情熱と欲望が湧き立つ混沌 の街で、憩いと癒しを授ける森林地帯は、まさにすっぽりと切り抜かれた異空間と呼ぶに相応 しかった。
神社には凡そ似つかわしくない豹柄のコギャルは、躊躇することなく森が造る漆黒の闇に足
を進めていった。生い茂ったこの森、所謂「神宮の森」が、計画的に造られた人工的なもので あるとは今となってはとても見えない。うっそうと茂る樹々と、その間に広がる白砂の道。都会 の中心とは思えぬ自然が目の前に展開されている。闇に包まれた静寂のなか、砂を踏むヒー ルの音だけが響く。深夜と呼んでも差し支えない時間帯、派手な豹女が他に人影のない参拝 路を進むのは、不気味な光景だと言えた。
南北に長い「神宮の森」は山手線の一区間分、原宿駅から代々木駅にまで相当するほど伸
びている。
そのほぼ真ん中、本殿に向かう途中の開けた空間で、神崎ちゆりの足は止まった。
「いるんでしょォ〜。でてきなよォ」
間延びした声に対応したのは、言葉ではなく圧倒的な気配であった。
グオオオ・・・ゴゴゴ・・・ゴゴ・・・
闇が凝縮する音を、本来この世には存在するはずのない音を、ちゆりは確かに聞き取った。
「・・・意外だったな」
久慈仁紀。魔人メフェレス。
いつの間に、いたのか。濃密な暗黒から吐き出されるようにして、痩身の悪鬼は神前の庭に
姿を現していた。
引き締まった肉体を包む、漆黒のシャツと漆黒のスラックス。
少し離れた表の通りを歩けば、注目を集めるであろう端整な甘いマスクは、しかし近距離で
覗いて見れば凶気に彩られていることがわかる。
野獣の眼。血を欲する眼。
うっかり1m以内に入れば臓物を抉り抜かれてしまうのではないか? そんな悪寒があなが
ち外れていないと思えるほど、ヤサ男の相は憎悪と悪意に染まっている。
久慈仁紀と神崎ちゆり。悪鬼と「闇豹」。魔人メフェレスと豹女マヴェル。
この国の存続を今もっとも脅かす逆賊2名が、神聖なる明治神宮の地を我が物顔で踏みし
めているのは、現在の危機的状況を象徴する構図であった。
「よもやお前ひとりでカタが付くとは」
「ちょっとォ〜〜、あんまりちりを舐めないでよねェ〜」
肩に担いでいた巨大な皮袋を、無造作に「闇豹」が投げ捨てる。細身の肢体からは想像でき
ぬ、物凄い力。
数m離れた久慈の足元に、漆黒の皮袋はドサリと落ちた。
「我らの計画を邪魔する可能性があるならば・・・こいつぐらいだと思ったのだが」
「人質さえあれば、ちょろいもんよォ〜♪ てんで手応えなかったわァ〜〜」
「フン。無様なメスブタがッ・・・」
サッカーボールを蹴るかのように、久慈は足元の皮袋を思い切り蹴り抜く。
なにかが潰れる音を残して宙を飛ぶ漆黒の袋。勢いで袋の口から中身の物体が飛び出し、
重力に引かれてドシャリと砂利に落ちる。
切り裂かれた青のセーラー服を纏った物体は、肉感的な少女の形をしていた。
腫れあがり、青黒く変色した守護天使・藤木七菜江。
制服から覗く生肌のほとんどを痣で覆い尽くしたショートカットの少女戦士は、豊かな曲線を
描くグラマラスなボディを二度バウンドさせて、仰向けに転がった。
数十発に及ぶ殴打と、戯れのように刻まれた刃の痕。
「闇豹」の手による壮絶なリンチを、ピクリとも動かぬ超少女の惨状は語っていた。
「こいつの並外れた戦闘能力は要注意だと考え、真っ先に始末しに来たが・・・こうもあっさり潰
せるとはな。くだらん」
黒の革靴でチャーミングという響きが似合う少女の顔を、久慈が踏み躙る。苦しげな呻きとと
もに砂利の擦れる音が、深夜の森林に流れていく。
洗練されたファッションで夜の原宿を闊歩する者たちはいくらでもいるが、よもやすぐ隣りの
明治神宮で、人類の希望である守護少女がボロボロの姿で悪の足元に平伏しているなどと は、考えてもいないだろう。
「これでひとりめェ〜、ファントムガール・ナナは終わったねェ〜。さァて、どうするぅ〜? こいつ
利用して機械女とウサギちゃんを誘き出すのォ〜?」
「・・・最初はそのつもりだったが」
どこに隠していたのか?
天に向かって差し上げられた久慈の右手には、禍々しい銀光を放つ日本刀が握られてい
る。
鈍い光が語りかけてくる。欲しい、と。
藤木七菜江の血と首が、欲しいと。
「ちょッ・・・なによォ〜、いきなり殺っちまうつもりィ〜〜?」
「ファントムガールは殺す。このオレの手で、全員根絶やしにしてくれる」
「作戦が狂っちゃうじゃな〜い。クソ女神さまたちを全滅させるためにまずナナを捕獲するって
のは、あんたが言い出したことでしょォ〜〜?」
「作戦はやめだ。こいつは・・・ファントムガール・ナナは今この場で処刑する」
たじろぐ「闇豹」の丸い瞳が、急に方向転換をした魔人の顔を映す。
凶相。血走った眼光。
本来端整なマスクは狂気に彩られ、殺意と憎悪を霞のごとく噴き出している。
そこにいるのは傲岸不遜な闇の王ではなく、血に飢えて狂騒する殺人鬼と呼ぶのに近かっ
た。
無駄だ。
ひと目見て、闇の世界を生き抜いてきた豹女は悟る。今の久慈になにを言っても無駄なこと
を。
仇とする守護少女のひとりを目の前にして、暴走する魔人を誰も止めることなどできぬ。
高々と上げた日本刀を、痩身の悪鬼は一気に七菜江の首に振り落とす。
迸る銀光。闇を切り裂く刀身が、稲妻と化す。
神速で降ろされた凶刃は、アスリート少女の細首を一撃で断絶し、可憐さの残る猫顔の頭部
を血風とともに宙空に舞い踊らせる。
―――はずであった。
「なにィッッ?!」
足元で踏み潰していたはずの豊満な肢体は、なかった。
日本刀が叩いたのは、白砂の大地。
カキーンという甲高い衝撃音が、瞬間自失する久慈の耳を突き刺す。
「残念でしたー!!」
死に体であったはずの藤木七菜江の肢体は、振り落とした久慈の右腕に絡まっていた。
まるで天に伸びる瑞々しい大樹。
久慈の手首を両手で掴み、頭を下にした逆さ体勢のまま、腕に絡まり伸びきった七菜江の脚
は、漆黒の魔人の首と胴とに掛かっている。
格闘技用語で説明すれば、下からの体勢の逆十字固め。
殺意にたぎっていた魔人の脳裏を、腕の筋肉と神経が引き伸ばされていく激痛が、津波とな
って覆いつくしていく。
「グオオッッ?!! きッ、貴様ァァ〜〜ッッ!!!」
「あんたになんか、そう簡単に殺されませんよーだ!」
全身の筋力を使って腕一本を引き伸ばす逆十字は、比較的簡単に決まりやすい関節技だ。
腕一本の筋力と背筋や太腿を含めた全身の筋力、どちらが強いかはあまりに明白である。
久慈の細身の肉体が、見た目を裏切る巨大な筋力を内包していようとも、だ。七菜江に極めら れた右肘はギシギシと音をあげ始め、握られた必殺の日本刀がその手から今にも落ちそうに グラつく。
右腕ごと、久慈はムッチリとした美少女の肉体を地面に叩きつけた。
頭から白砂利に落とされる七菜江。だが、衝撃で右腕を激痛から解放しようとした久慈の目
論見は、見事に失敗に終わる。
右腕に絡まったアスリート少女は、一瞬たりとも力を抜きはしなかった。
七菜江の背筋と脚とが生む引き伸ばす力、つまり上へのベクトルの力が、叩きつける久慈の
下へのベクトルを随分と和らげていたのだ。ほとんどダメージを受けずに済んだショートカット の少女は、一気に腕を破壊すべく全身に力を込める。
吊り気味の少女の瞳に映ったものは、真っ直ぐに飛んでくる二本の指であった。
目潰し。眼球を、抉り刺すつもり?!!
絡まっていた瑞々しいボディが、弾かれたように魔人の腕を離れて飛んでいく。
目標を失った久慈の左手の人差し指と中指は、砂利道に根元までズボリと突き刺さった。
「久しぶりじゃん、久慈仁紀! やっぱりちゆりの背後にいたのはあんただったのね!」
「藤木七菜江ッ、貴様ァァ〜〜ッ・・・“死んだフリ”とはやってくれるではないかッ!」
「ふふん、みんなあたしのことバカだ、単純だって言ってくれるけど・・・たまにはできるトコも見
せとかないとね! 「闇豹」にやられたフリしとけば、きっと黒幕に会えると思ったよ」
ギリギリという歯軋りが、魔人と「闇豹」、双方から聞こえてくる。
神崎ちゆりの攻撃から殺意が欠けていることを見抜いた七菜江は、敢えて一方的に攻撃を
受け続けたのだ。必ずこの後「闇豹」が、自分を捕虜として誰かの元に連れて行くことを確信し て。
もちろんそこには、宿を共にしているクラスメイトを危険に晒したくないという願いと、手を抜い
たちゆりの攻撃なら、致命傷を負うことはないという自信が隠されている。
「子猫ちゃんのくせにちりを騙すとはァッ〜〜ッッ・・・覚悟はできてんだろうなァッ、クソブタがア
アアッッーーッ!!」
「それはこっちの台詞だって! よくもやりたい放題痛めつけてくれたじゃん。さすがに痛かった
ァ〜! 今度はあたしがお返しする番だからね!」
「黒幕に会えるだと・・・?! クズの分際で、ひとりで我らを倒せるとでも言うつもりではないだ
ろうなアアッッ、藤木七菜江ェェェッッ〜〜〜ッッッ?!!」
久慈の怒号は、地獄から届いたように怨嗟の響きに満ちていた。
七菜江の言葉が本当ならば、少女戦士自らがこの場を望んだことになる。
それはつまり、黒幕=久慈と、神崎ちゆり、ふたりを相手にして勝てるという、明確な自信が
あってこそ。
守護天使抹殺を狙う久慈にとっては、これ以上ない屈辱の所作。
「そうだよ。あたしひとりで、あんたたちふたりを倒してみせる」
「・・・この・・・思いあがりの・・・ウジ虫がァッ・・・・・・ぶち殺してくれるわアアアッッ―ーーッッ、フ
ァントムガール・ナナァッッ!!!」
「決着をつけよう、メフェレス、マヴェル」
吊り気味の瞳に決意の光を滲ませた可憐な少女の肢体が、白い光に包まれる。
逆立つショートカット。渦を巻き天に昇る、聖なる光の奔流。
それは銀と青の守護天使がこの地に降臨する前触れであった。
「この闘いは、あたしが・・・ファントムガール・ナナが終わらせてみせる!」
5
月さえも見えぬ厚い雲に覆われた闇夜に、眩い聖光が閃く。
清閑とした森林の海。漆黒の「神宮の森」の波間にその姿を現した銀と青色の女神に、生ま
れて初めて「本物」を見る首都の人々は、言葉を失って立ち尽くした。
輝く銀色のボディ。シンメトリーを描いた青の模様。同じ色のショートカットの髪。
人間とは到底思えぬ巨大なその存在は、しかし確かに人そのものと言ってよい容姿で東京
の地に降臨していた。
通称青いファントムガールと呼ばれる、謎の守護天使。
5人の存在が確認されているファントムガールであるが、これまでに首都・東京に出現したこ
とはただの一度もなかった。伊豆に黄色のファントムガールが現れたのが関東地方での唯一 の目撃情報だったのだが、ついに東京に、それも明治神宮の敷地に現れるとは。巨大生物襲 撃のニュースを畏れながら聞きつつも、どこか他人事のように感じていた首都の住人にとっ て、50mほどの巨大な銀色の女神を直視する衝撃は、あまりに深いものであった。
さらに驚くべきは、間近で見る、「本物」のファントムガールの美しさ。
直立した姿勢から漂う凛とした気配が手伝ってか、闇にも輝く銀の肢体は神々しくすらあっ
た。新聞や雑誌に踊る「女神」「天使」といった飾りの言葉が、決して大袈裟ではないことを思い 知る。森の樹々より身体半分ほど飛び抜けている巨大さだというのに、見ている者にまるで恐 怖を抱かせない。むしろ流れてくるのは、純粋で、気高くて、どこまでも澄み切った心の波長。 静かな闘志と人々を守るんだという強い意志が、無言のままに、しかしハッキリと伝わってく る。
サラサラと流れるようなショートカットの下には、少女と呼んで差し支えない愛らしい顔。吊り
気味の瞳は可憐さに溢れ、キュッと締まった小さめの唇と鼻とが天使の名に恥じないチャーミ ングさを強調している。ややふっくらとした頬は人懐っこさを滲ませ、アイドルとしても十分やっ ていけそうなほど魅力的だ。とても宇宙生物や侵略者と死闘を繰り広げてきたとは思えない、 紛れもない美少女であった。
しかも童顔の部類に入るマスクとは対照的に、銀と青のボディラインは成熟し切っていた。
張り出したバストとヒップはボリュームと瑞々しさに溢れ、異性同性問わず視線を釘付けにす
るほど存在を主張している。豊満な量もさることながら、特筆すべきはその形の良さ。極甘の 果汁に満ちた取れたての高級メロンが、胸とお尻に付いている幻想すら呼び起こすと言おう か。引き締まった腰のくびれと相まって、真正面から見ても、真横から見ても、Sの英文字が浮 かび上がってくるプロポーションは、もはや芸術の域に入っているといっても過言ではない。ボ ディラインの見事さは、それだけでもう女神の称号に相応しいものであった。
惹きつけられる可愛らしいマスクと、抜群にして完璧なスタイル。
光を操る聖なる女神が、これほどまでに魅力的なことを知り、人々はしばし逃げることも忘れ
て見惚れていた。
だが、ファントムガールの出現=危機が迫っていること、を原宿駅周辺の若者たちが思い出
すのに、時間は長く必要なかった。
厚い暗雲から吐き出された漆黒の稲妻が二条、間を置かずに「神宮の森」に直撃する。
「メッ・・・メフェレスだァッ!!」
「マ、マヴェルッ・・・」
これまた初めて東京の地に降り立った巨大生物=ミュータントは、ニュースでしか事態を把
握していない市井の人々にも諸悪の根源と捉えられている、最大の脅威の対象二体であっ た。
魔人メフェレスと魔豹マヴェル。
紛れもない。テレビの画像や雑誌の写真で見た人類破滅の使者・巨大な悪魔二匹が東京
の、明治神宮の地に立っている。
この世界に、これほど禍々しい存在があっただろうか?
西洋の鎧を彷彿とさせる青銅色の肉体。関節部にはパーツを繋ぐ黄色のチューブが走り、
肩と膝、そして頭頂には鋭利な角が尖っている。顔面に光るは黄金のマスク。それぞれが三日 月のように曲がったふたつの眼と口が、不気味な笑顔を形成している。悪魔。その呼び名が比 喩とは思えぬほど、魔人メフェレスの姿はおぞましい。
一方のマヴェルも、まさに豹女そのもの。銀髪と同じ色の繊細な毛が四肢の先と胸、腰を覆
い、さながら豹柄ボディスーツの女体が、銀毛のビキニを着たようであった。一見昆虫の複眼 にも似た巨大な青い瞳は、色といい形といいカットされたサファイアを思わせ、顔全体の半分 ほどまで占めている。鋭利な青い爪はすでに長く伸びており、女神の肉を裂く瞬間を待ちわび ているかのようだ。
都会に憩いを授ける森林を踏み躙り、青と銀色に輝く女神と対峙する青銅の魔人と銀毛の
魔豹。人であってヒトではないその姿に、原宿の街そのものが息を潜めたかのようだった。初 めて目の当たりにする人々の肌が総毛立つ。ヘビを前にしたカエルのように、ファッショナブル な街全体が破壊を司る悪魔の前に硬直した。
数瞬。
恐怖のために止まった時は、再び恐怖によって動き始めた。
誰かが胃の中身を全て吐き出す。それが突破口。堰を切ったようにあちこちの通りから嘔吐
する声があがり、錯乱した絶叫が夜の空気を切り裂く。つい先程まで同じように巨大なファント ムガール・ナナの姿に見惚れていた若者たちが、動物のごとく咆哮し、我先にと逃亡を図る。 表参道方面へ。巨大生物とは、逆の方向へ―ー
首都・東京が迎える、初めての巨大生物襲来。
日本という国単位で見ても重大な意味を持つその危機は、悪の総首領と目される魔人メフェ
レスとその参謀格とされる魔豹マヴェルとによってもたらされた。
「あはははは♪ 逃げてる、逃げてる〜〜! オシャレなおニイサン、おネエサンが慌てて逃げ
るのってェ〜〜、ブザマでカッコ悪くてチョー笑えるゥゥ〜〜!!」
パニックに陥る街に、ケタケタと笑い転げる銀豹の声が降り注ぐ。初めてミュータントに襲撃
される東京の地は、免疫がない分、その取り乱し方もより激しい。まして人口密度の高さに街 の整備が追いついていないため、多くの若者で溢れた狭い通りは、より混迷を深めている。マ ヴェルがなにも手を出さなくても、逃げ惑う人波からは転倒する女性の悲鳴や踏み潰された者 の呻きがこだまし、半狂乱となった阿鼻叫喚の光景が展開されている。
勝手に自滅し、自分たちの手で死んでいく人間たちが、マヴェルにはあまりに惨めに見えた。
そして、そんな惨めで愚かな人間たちが、「闇豹」には可笑しくってたまらない。
「んじゃあァ〜〜、トーキョー人に挨拶でもしよっかなァ〜〜♪」
パカリと豹女は真っ赤な口腔を開いて見せた。
血のごとき鮮やかな深紅。そこから発射される、マヴェル必殺の超音波を未だ首都の地は体
験したことがない。
「カッッ―ーーッッ!!!」
夜の空間が、ブレる。
全てを、空気中の成分すらを分子レベルから破壊する超音波が、魔豹の口から一直線に発
射される。
歪曲する大気が、超音波のミサイルの軌道を知らせる。真っ直ぐに原宿の街へ。泣き叫ぶ
人々の群れへ。透明な龍が、生贄を求めて突き進む。
大地が破裂したかのような衝撃音が、首都の一画を揺るがした。
直撃―――
街のひとつ、ふたつは一撃で消滅可能な超音波弾は、猛速度で割って入ったファントムガー
ル・ナナが盾となって、銀の肢体で受け止めていた。
「あーっはっはっはっ!! おバカな女ァァッ〜〜ッ!! 手間が省けてチョーラッキーィィ〜〜
♪」
あるいは、という想いは「闇豹」にもあった。しかし、まさか本当に人間を守るために犠牲にな
るとは。
嬉しい誤算に牙の生え揃った唇を歪めるマヴェル。視線の先で、白い煙を立ち昇らせるナナ
がぐらぐらと揺れる。
倒れなかった。
前のめりに崩れるかと思われた瞬間、力強く脚を踏み出した青い戦士は、ふたつの拳をあ
げて誰の目にも明らかなファイティングポーズを取る。
「なッ・・・なんだとォ〜〜ッ?!!」
「・・・相変わらずの・・・卑怯モンね、マヴェル・・・あんたの敵はあたし、このファントムガール・
ナナよッ! 2vs1でも構わない、正々堂々かかってこいッッ!!」
「てッ、てめえェェ〜〜ッッ!! マヴェルの『歌』がなぜ効かねえッッ?!! いくらてめえが頑
丈でも、無傷で済むわけがッッ・・・」
「無傷ってわけじゃない、でも・・・『ソリッド・ヴェール』が有効だってことはよくわかったよ!」
本来なら致命傷たり得るマヴェルの音波砲。破壊のミサイルがナナに直撃したのは間違いな
かった。東京初の巨大な聖戦は、悪側の瞬殺で幕を閉じていたとしてもなんら不思議ではなか ったのだ。
だが、現実には、ナナは生きていた。輝く白銀の皮膚に残る摩擦跡がダメージを教えるもの
の、生死への影響はほとんど皆無の状態で。
有り得ないはずの奇跡を起こしたキーワード、それがソリッド・ヴェール。そして、一方で残酷
な悪女は、青き守護天使の体表が、いつも以上に眩く光り輝いていることに気付いていた。
ソリッド・ヴェール・・・来るべき闘いに備え、ナナが開発した新たな技のひとつ。決して複雑で
はないが、その防御技の習得は、アスリート少女・藤木七菜江の血の滲む努力あってこそ成し 得たものだ。
ファントムガールの誰もが操る防御技、フォース・シールド。光の盾は物理攻撃からも、負の
エナジーに満ちた闇の攻撃からも戦天使たちの身体を守ってくれる。守護天使たちのリーダー である五十嵐里美が、まず初めに全員にこの技の習得からコーチするのは、それだけ戦闘に おいて防御が重要であるからだ。だが、幾多の死闘を潜り抜けてきた七菜江は、過去の経験 からフォース・シールドに代わる新たな防御技の必要性をずっと感じ続けていた。
ぶっちゃけて言ってしまえば、ファントムガール・ナナはフォース・シールドの扱いが苦手であ
った。
不器用という面に関しては、飛び抜けたナンバー1の自負がある七菜江は、盾という道具の
使い方もやっぱり上手とは言い難かった。飛んでくるつぶてを避けるのにも、盾を使うより素手 で払った方がラクなくらいだ。また、接近戦を得意とする肉体派のファイターであることも自認し ているナナにとって、シールドの存在はむしろ邪魔になることも多い。フォース・シールドはそれ を張っている間、動きを制限されてしまうからだ。
敵の懐に飛び込んで闘うナナからすれば、肉体の防御力自体を飛躍的に高める、そんな技
が望ましい。
これまでもナナは超人的な耐久力で、己の身を犠牲にしながら闘ってきた。肉を切らせて骨
を断つ闘い。タフな身体をより頑強にすることこそ、ファントムガール・ナナの闘いに最もマッチ した防御技と言える。
全身を聖なる銀の光で包んだ防御技、ソリッド・ヴェール。衝撃を吸収し、暗黒エネルギーを
無効化する特殊スーツを着込んだようなナナだからこそ、マヴェル必殺の超音波砲を耐え切っ たのだ。
名前こそ「膜」だが、実際には内側から溢れ出した聖なるエナジーを体表に纏わせたソリッ
ド・ヴェールは、一定時間持続しての発現が可能だ。よって耐久力を飛躍的にあげたまま攻撃 もできるし、全身を包むので死角も一切ない。フォース・シールドと比べればその優位性は明ら かであるが、桁外れの格闘センスを持つナナならではのオリジナル技であった。
琉球唐手より伝わる三戦(サンチン)立ち。
工藤吼介より習った空手の基本。初歩の初歩。わずか数ヶ月の稽古で、何十年修行しても
容易に辿り着けぬ立ち姿勢の深遠の一端を、この恐るべきアスリート少女は掴み取ってしまっ たのだ。
多くの空手道場で基礎としてまず習う立ち方、それが三戦立ちである。肩幅ほど開いた足は
ハの字に内向け、片方を半歩前に出す。軽く握った両拳は、下から上へ、胸の前で内側から 回して肩の高さで固定。その時支点にする肘は脇を締め、最後は拳と肘とがほぼ真っ直ぐに なるように。ちょうど「=」を縦にしたような形を、二本の腕で象るようにして立つ。背筋は真っ直 ぐ。膝は軽く曲げる。言葉で表していくなら、そんな調子になろうか。
形だけを模倣するなら、さして難しいとは思えない立ち方。事実、パッと見の形だけなら小学
生にでも可能な立ち方だろう。しかし、その真髄を得るのは、あまりに深く、あまりに険しい。
完成された三戦立ちは、究極のバランスを成している。よってあらゆる揺さぶりに動じない。
崩れない。倒れない。
完成された三戦立ちは、肉体の芯から搾り出した力を発散する。よって我が肉を鋼鉄と化
す。全ての攻撃を弾き返す。
完成された三戦立ちは、内なる気功と呼応する。よって痛みを無効とする。疲労を消去し、無
限の力をその身に授ける。
柔軟にして剛堅。巌のごとく頑強で、柳のごとく粘り強い。あらゆる攻撃を受け切り、受け流し
てしまう究極の防御姿勢。それが三戦立ちなのだ。極意を得たものは、一日中鈍器で殴られ、 刃物で刺されようと致命傷を負うことはないとすら言われている。
七菜江の三戦立ちは完成を迎えたわけではない。いかに超人的運動センスの持ち主といえ
ど、達人が数十年を費やしても辿り着けぬ境地に至るのは、さすがに困難であった。
しかし、天性のアスリート少女は「内側から力を搾り出す感覚」と「体内の気功を導き出す感
覚」をおぼろげながら掴んでしまったのだ。
感覚を掴めば・・・思念の力で光の能力を発動させるファントムガールなら、聖なる光の技とし
て具現化することは十分可能なはずだった。
ぶっつけ本番の賭け。一般市民に向けられたマヴェルの超音波砲を阻止すべく立ち塞がっ
た青き守護天使の肉体は、差し迫る危機に自衛本能が働きでもしたのか、見事初めて実行す る新技を成功に導いていた。
“イケる! ソリッド・ヴェールがこんなにうまくいくんだったら・・・メフェレスとマヴェル、ふたり相
手でも十分勝てる! 命を賭けたこんな闘いを終わらせることが、きっとできる!”
森林の波間に立つ3体の巨大生物。銀色に発光する青き美少女と対峙するのは、青銅の魔
人と銀毛の魔豹。
明治神宮を舞台に開戦するファントムガール・ナナvsメフェレス&マヴェルの闘い。
逃げ走る人々も、この闘いが持つ意味の大きさは自然に理解できていた。首都では初めて
の闘いも、正邪ふたつの陣営からすれば、最終決戦に近い闘い。もしナナが一気に二匹を倒 すことができれば、即ちそれは人類の勝利を意味していた。逆に悪の首領自ら登場しているだ けに、守護天使にとっては窮地とも考えられる。逃げるしか、そして見守るしかない人類にとっ ては、なんとかしてナナの勝利を願わずにはいられない。
2vs1。単純に考えれば、ファントムガール・ナナの不利は否めない戦況。
だが、当の超少女自身は、この二人との決戦にある一定の勝算を感じ取っていた。
もちろんメフェレスにしろマヴェルにしろ、一筋縄でいかない敵であることは熟知している。無
傷では済むまい。あるいは敗れて死を迎えることになる可能性も十分ある。
しかし、ナナひとりでこの最終ボス二体を倒すことも・・・決して有り得なくは無いというのが、
少女戦士自身の実感であった。
“修学旅行に来る前から、もしかしてこいつらが襲ってくるかもって覚悟はしてた・・・いつでも闘
えるように、準備はとっくにしてきたもん! あとはあたし自身を信じて闘うだけだよ!”
ナナとメフェレス、そしてマヴェルとはそれぞれ以前に拳を交えた過去がある。
メフェレスとの激突は初めて藤木七菜江がファントムガールに変身したとき。青銅の刀に貫
かれはしたが、類稀な運動能力を発揮したナナは、メフェレスを撃退することに成功している。 ダメージはナナの方が深かったが、動き自体は寧ろ少女戦士の方が上回っていたような印象 すらある初戦。その後青銅の魔人が敗北を繰り返したのに対し、青き天使は戦闘能力を格段 にアップさせている。
マヴェルとの闘いにおいても、ボロボロになったのはナナだが、内容的には魔豹を圧倒して
いたと言える。タコの怪獣クトル、黒魔術の使い手マリーを従えても劣勢に陥ったマヴェルは、 五十嵐里美の人質という虚言を用いて、なんとかナナを血の海に沈めたのだ。1vs1ならどう か? 人質がなければどうか? 純粋な戦闘力ではナナに敵わぬことを、「闇豹」自らもよく理 解していることだろう。
青き守護天使にとっては、メフェレスとマヴェルは決して敵わない相手ではない。むしろ、どち
らかといえば相性のいい敵かもしれぬ。
「メフェレス・・・初めて闘ったときから、いつか絶対にお前は倒さなきゃいけないと思ってた」
青いグローブをつけた指が、そっと下腹部に光るクリスタルのやや上に触れる。脳裏に蘇
る、青銅の刀に貫かれた、かつての痛み。全ての元凶はこの男だと、全身の細胞が囁いてく る。数多くの人々が亡くなり、傷ついた。この男の戯れで。身勝手なプライドのせいで。メフェレ スが、久慈仁紀が『エデン』を己の野心に利用さえしなければ、街が壊れることも犠牲者が生 まれることもなかった。
里美も、ユリも、夕子も、桃子も・・・誰もあんなにも、辛く苦しい目に遭うことはなかった。
「今日で全てを終わらせるわ。あたしの・・・新しい必殺技で」
若者たちが逃げ惑う原宿の街をバックに、青と銀の天使は静かに、しかし力強く宣言した。
対峙する二体。サファイアの瞳の下で、噛み締められた魔豹の牙がギリギリと音をあげる。
一方の青銅の魔人は・・・
ドクンッッ!!
異常なまでの心臓の音は、不穏な影が迫るのを聖天使の細胞が察した故か。
「うッ?! な、なんの・・・つもりよッ?!!」
「クズが・・・いつまでも、調子づきおってェェェ〜〜〜ッッ!!」
魔人メフェレスの黄金のマスク。
三日月に歪んだ笑顔は、般若のごとき怒りの形相に変わっていた。
「死ねえええッッーーーッッ!!! ファントムガール・ナナッッ!! 最初のエモノは貴様だァァ
ァーーッッ!!!」
その瞬間、内部で抑えつけていた魔人の暗黒のエネルギーは、一気に暴発した。
ボボボボボンンンッッッ!!!
周囲の森林が一瞬にして枯れる。青銅鎧から洩れ出た瘴気が、あらゆる生命を死滅させ
る。
「こッ・・・こんなァッ?!! な、なんてエネルギーなのッッ!!」
幾多の死闘を通じてナナは強くなった。光の女神としての闘い方を覚えた。新しい技も身につ
けた。戦士と称されるのに相応しいだけの成長を遂げることができた。
だが、それ以上にメフェレスが、闇のエナジーをこれほどまで大幅に増幅させていたなんて!
「殲滅魔弾ッッ!!」
漆黒の球体が魔人の手から放たれる。暗黒エネルギーの凝縮体。聖なる守護天使と対極に
位置する破滅の魔球。ナナは知っている、このメフェレス最大の技を。ファントムガール・サク ラを一撃にして戦闘不能に貶めた恐るべき技。サクラが己の全てのサイコエネルギーを駆使し て放った光線“レインボー”ですら、メフェレスの悪意と憎悪を詰め込んだ暗黒弾には打ち破ら れてしまったのだ。
逃げることはできない。背後には、いまだ避難できていない無実の人々。
「スラム・ショットッッ!!」
わずかな時間でナナが放ったのは、威力では最強ランクに位置付けされる光の白球。
ハンドボールで活躍する藤木七菜江の汗と涙と情熱がこもった聖なる砲弾。最大の闇を滅ぼ
すには、最高の光しかない。唸りをあげる光球が、迫る魔弾を撃墜すべく青い右腕から放たれ る。
光と闇、白と黒の弾丸が、正面から激突する。
爆風。轟音と衝撃波が、「神宮の森」を震撼させる。ビリビリと大地が揺れ、余波を受けたビ
ルのガラスが木っ端微塵に粉砕される。
次の瞬間、ナナの青い瞳に映ったものは、砕け散るスラム・ショットの光弾と、己の胸に飛ん
でくる暗黒渦巻く凝縮球体―ー
「うああああああああッッッーーーッッッ!!!!」
その瞬間、黒い炎と化した暗黒の衝撃波が、ナナの全身を包んだ。
破滅の闇に灼かれ、銀色の皮膚を爛れ溶かした聖少女の痛切な絶叫が、明治神宮の森に
響き渡った。
「死ねッッ!! 散れッッ!! 燃え尽きるがいいッ、ファントムガール・ナナッッ!! 暗黒の
炎に臓腑まで焼かれて消滅するがいいわッ!!」
S字ラインを描く青き天使の魅惑の肢体が、黒い炎に包まれる。
全身を突っ張らせたナナの悲鳴が闇夜を覆う雲に轟く。天に向かって叫ばれる、切なる苦
悶。立ち昇る明確な殺意の火柱は、光の女神の肉体すら昇華してしまいそうだった。
グッと少女戦士のふたつの拳が固く握られたのは、そのとき。
「ソリッド・ヴェール!!」
拳を作った二本の腕が胸前で旋回して交差する。
拳が肩の高さまで、いうなれば両腕のガッツポーズにも似た体勢=三戦立ちの型を完成させ
た瞬間、ナナの全身が眩い銀色の光を内側から発する。
爆風が炎を吹き飛ばすがごとく。
ナナを覆った聖なる銀光は、魔弾の衝撃波を一瞬にして消し飛ばしていた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・!!」
「それが貴様の新たな技か。相変わらずしぶといムシケラめッ!! これまでの屈辱の数々、
五体切り刻んで晴らしてくれるッッ!!」
ズブズブとメフェレスの右掌から青銅の剣が生えてくる。
光の鎧で暗黒瘴気を吹き消したナナは確かに見事だった。もしソリッド・ヴェールが完成を迎
えていなければ、魔炎に焼け溶かされるダメージは今よりずっと深刻なものになっていたのは 間違いない。
だが、柳生殺人剣の遣い手である久慈=メフェレスの恐ろしさは、これからが本番であるの
も事実。
そしてなにより、以前より遥かに増大した闇のエネルギーが、銀と青の天使に少なからぬ衝
撃を与えていた。
“な、なんで?・・・暗黒エネルギーがこんなに大きくなってるなんて・・・あたしだって、ずっと強く
なってるはずなのに!”
咄嗟に出したスラム・ショットがナナの全力を込めたものでないのは確かだ。メフェレスの暗
黒弾に正面から敗れたからといって、それが即ちナナの敗北を意味するとは思わない。
しかし、メフェレスもまた、殲滅魔弾を全力で放ったわけではないこともわかっている。
仮にナナが己の持てる力全てを賭けてスラム・ショットを放ったとしても、果たして今のメフェ
レスに勝てるのか、どうか?
部活に捧げた青春、藤木七菜江の人生の一部と言っても過言でないスラム・ショットが完全
なる敗北を遂げたとき・・・壮大なショックに打ちのめされた少女が嬲り殺しの運命を辿るの は、ナナ自身が一番よく悟っている。
「くッ・・・こ、来いッメフェレス!! お前がどれだけ強くなろうと、あたしがゼッタイ倒してみせ
る!!」
己を鼓舞するように守護天使が叫ぶ。纏った銀色のヴェールが、その発光を強める。
猛る少女戦士とは対照的に、黄金の般若面は無言で構えた青銅の刀を引いた。
なんのつもりよ?! クエスチョンマークをショートカットの上に浮かべた瞬間、魔人は動い
た。
横薙ぎの、一閃。
ブオンッッッ!!という空気を切り裂く音にわずかに遅れて、剣の軌道に合わせた黒光のカ
ッターが飛燕の速度で防御姿勢を固めた天使に発射される。
「うぅッ?!!」
迫るカッターは己のくびれた胴へ。だが、ナナは逃げられない。
背後には、逃げ惑う原宿の若者たちが。
自分と同世代の少女の姿も発見していた純粋な青き天使は、被害者が出るとわかっていて
その場を逃げることなどできない――
ザキンッッッ!!
黒い半円のカッターが、構えて棒立ちになったナナの腹部を切りつける。
硬質な音色は錯覚などではなかった。光のヴェールと闇のカッターが衝突した結果。
生身で受けていれば腹筋が裂かれたのは確実であることを、痛撃の強さでナナは悟る。
「ブザマなクズ女がァッッ!! 生きる価値などないムシどもを庇って、刻まれるがよいわッ
ッ!!」
縦に。横に。斜めに。魔人が青銅の剣を矢継ぎ早に振るう。演舞のような、美しくさえあるフォ
ームで。
その都度生まれる、三日月のような、暗黒のカッター。
凶刃の軌道が作り出した斬撃の闇光線。実際の青銅剣にも遜色ない威力の斬撃の嵐が、
踏みとどまるしかない聖天使の輝く肢体に襲い掛かる。
ザキンッッ!! ザキンッッ!! ザキンッッ!! ザキンッッ!!
締まった太腿に。細い首筋に。柔らかな乳房に。肩口から脇腹へと袈裟切りに。
「あッ!! くゥッ!! あァッ・・・!!」
何十発と叩き込まれる半円の斬撃。銀色の少女の口から、たまらず洩れ出る呻き。
ソリッド・ヴェールがあるからこそ耐えられているナナ。本来ならば耐えながら反撃できること
がソリッド・ヴェール最大の魅力であった。しかし、人々の盾代わりとなることを選んだ少女に、 反撃に移ることは許されない。耐えられることが今は単にリンチを長引かせ、苦痛を増やす結 果をもたらしていた。
「どうしたァッ、なにもできまい?! 無価値な者どもを守って反撃もできず、ただ耐えるだけと
はなんたる愚鈍ッ!! マヌケな貴様には相応しい死に様よ」
「ひッ・・・卑怯者ォ〜〜・・・」
三戦立ちの構えのまま、一方的に切りつけられるナナの猫顔がヒクヒクと引き攣る。
高い防御力を誇るソリッド・ヴェールだが、ダメージをゼロにはできない。光の盾であるフォー
ス・シールドと比べた折の短所のひとつがそこにあった。積み重なる斬撃のダメージは着実に ナナを蝕んでいる。
さらに持続して光のエネルギーを放射し続けることは、わずかづつではあるが体力の低下に
も繋がっていた。元々体力の使い方に弱点のひとつがあるナナが、限られた瞬間にしかソリッ ド・ヴェールを発動しないのもそこに原因がある。
狂ったようなメフェレスの斬撃嵐を耐え切っているようでいて、その実ファントムガール・ナナ
は着実に消耗させられているのだ。今のナナは、ランニングさせられながらカッターナイフで全 身を切り刻まれ続けているのと同じ。
少年たちの切迫した絶叫や、少女たちの泣き叫ぶ金切り声はいまだ途切れることなく背後の
街並みから響いてくる。自分たちが狙われていることを知り、パニックの度合いを増した原宿 の街ではより一層混迷が深まっていた。初めての巨大生物襲来に、慣れていない人々の脱出 は遅々として進んでいない。青い守護天使が盾代わりとなってくれていることに気付き、声援を 送る者や涙を流して座り込んでしまった者すらいる。
背後に守る人々がいる以上、ナナはこの苦境をただひたすら耐え続けるしかない。
“メフェレス・・・こいつの恐ろしさは、怒るほど冷静になることだった・・・あんなに憎悪で闇のエ
ネルギーを増幅させながら、あたしを確実に倒せる方法を見抜いてる・・・”
接近戦に強いナナを仕留める、見本のような闘い方。
ナナが使える遠距離用の技、それも強力な威力を持つものといえば、必殺技でもあるスラ
ム・ショットとソニック・シェイキングしかない。しかし、殲滅魔弾を持つメフェレスにスラム・ショッ トが通用する確証はなく、ソニック・シェイキングはある理由でどうしてもこの場で使いたくはな い。
メフェレスの言う通り、純粋な青き天使ができるのはこの嗜虐をただ耐えるだけなのだ。
「ふぐッ!! ぐぶッッ!! あぐッ・・・あがァッッ!!」
「グワハハハハ! 血を吐き出すようになったか! 耐えてもムダだ、そんなクズ人間どもを守
ってなんの意味がある? オレに勝ちたければ見捨てることだな」
「ム、ムダなんかじゃ・・・ない・・・」
「クズめッ! ふざけたことをぬかしおってッ、その状況から反撃できるとでも言うつもりか
ッ!!」
「確かにあたしはマヌケかもしれない・・・でも・・・ここを耐え切ってみんなを逃がせたら・・・たと
え死んでもお前には勝ったと胸を張れる!」」
「ッッ!! このッ・・・蛆虫がァァァッッ〜〜〜ッッッ!!!」
黄金の般若面から呪詛の言葉が洩れ出る。立ち昇る暗黒の怒気が、黒雲の闇空をさらに漆
黒に焦がす。
誰の目でもハッキリと視認できるほど、メフェレスの負のエネルギー、魔人の力の根源である
闇が濃度と密度を増していく。
目の前の守護天使に対する怒り、憎しみ。いや、ファントムガールという存在そのものへの復
讐の炎が、この悪鬼に更なる暗黒パワーを授けているというのか。
「犬死して勝っただとッッ?! 戯言も大概にするがいいッッ!!」
「守りたい人たちを守れたならそれでいい! あたしひとり生き残りたいから闘ってるんじゃな
いッ、みんなを助けたいから闘ってるんだッ!! ひとを見下したあんたにはわかんないでしょ ッ?!」
「王と生まれしこのメフェレスが、足元を這いずる賤民どもの性根など知ったことかッ! 貴様
らとオレとでは存在する次元が違うのだ!」
「弱いからよッッ!!」
メフェレスを纏う漆黒の瘴気が、その一言で一気に硬直する。
「あんたは弱いからわかんないのよッ!! ひとを守る、強さが。どんだけ頭が良くたって、ど
んだけ剣の腕が立ったって、心が弱いから負けるんだよッッ!!」
冗舌であった魔人が、ナナの言葉の前に静まり返る。
数秒。張り詰めた糸のごとき静寂。
やがて青銅の甲冑鎧がブルブルと震えだす。メフェレスの脳裏に駆け巡った過去の屈辱。敗
北の記憶。五十嵐里美の救出に来た工藤吼介に敗れ、妹を想う西条エリに敗れ、人々のため に闘ったファントムガール・サクラに敗れた。今思い返せばそう、ナナの言う通り“誰か”のため に闘った者たちに、魔人は苦汁を舐めさせられてきたのだ。
純粋天使の叫びが図らずも指摘した悪鬼の欠点は、久慈自身では恐らく生涯気付くことはで
きなかったであろう。
眼から鱗。思いも寄らなかった、敗北の要因。
しかし、青銅の魔人を震わせていたものは、決して新たな発見による感動などではなかっ
た。
「群れねば生きられぬ貴様ら蟻がァッ〜、獅子たるこのオレと同列に語るんじゃあッ・・・ないッ
ッッ!!!」
選ばれし人間である己が、下賤の者どもに膝を屈した壮絶なる恥辱。
「弱い」「負け」・・・それらは今のメフェレスにとって、気が狂わんばかりに憎悪する、侮蔑のワ
ードであったのだ。
「殺してくれるわッ、ファントムガール・ナナッッ!! 二度とそのへらず口が聞けぬよう、屍とな
れィッ!!」
青銅の鎧が足を踏み出す。生い茂った樹林を踏み潰し、地響きを立てて青と銀の少女戦士
の元へ殺到する。
憤怒が魔人を駆り立てていた。暗黒カッターでの嬲り殺しなどつまらぬ。この手で切り刻む感
覚を楽しみながら五臓をぶちまける。生意気な守護天使をより残酷に殺すため、悪の王は刀 が届く位置にまでその身を走らせる。
“やった!”
ナナの胸に湧きあがるのは、偽らざる感情であった。
その場を動けないのなら、敵に近付いてもらうしかない。見え透いた、と思われた挑発が、冷
静冷酷なメフェレス相手に通じたのは予想外の僥倖であった。距離が縮まれば闘える。もはや サンドバックのように耐え続ける必要はない――
パンと張った銀色の太腿に、弾ける力を溜め込んだその時だった。
「子猫ちゃ〜〜ん♪ マヴェルのことォ、忘れてなァ〜〜い?」
膨大な闇エネルギーを放射する魔人の存在感に隠れ、魔豹への警戒は無防備といっていい
ほど薄くなっていた。
背後に回っていた銀毛の女豹が青と銀の聖天使を後ろから抱きすくめる。圧迫。締め上げて
くる力。このままアスリート天使の動きを封じるつもりか。
腕力の勝負ならナナは自信があった。スポーツ万能少女と、怠惰な生活を送る「闇豹」。純粋
な肉体の力で負けるなんて、体勢の不利があろうとも考えられない。
マヴェルの右手が握ったものは、ナナの左の乳房。左手が挿し入れられたのは、敏感な股
間部分。
銀毛に覆われたふたつの手がピンク色に妖しく光る。
「うァッ、ふぇううァッッ?!!」
瑞々しく張り詰めたボディがビクリと反応した瞬間、ソリッド・ヴェールの発光が反射的に弱ま
る。
「食らえィッッ! 愚かな小娘がッッ!!」
目前に迫った魔人が、大上段に構えた青銅の妖刀を袈裟状に一閃する。
ブッシュウウウウッッ―――ッ!!!
ナナの左乳房の下から右脇腹にかけて、腹筋に描かれた斜めの朱線がパクリと割れ、女神
の聖なる鮮血が凄まじい勢いで噴き出す。青銅の鎧に霧がかる返り血。ビチャビチャと、「神 宮の森」に天使の聖血が降り注ぐ。
憤怒に彩られたメフェレスの二撃目が、間髪入れずに襲い掛かる。再び光の膜を強化する
ナナ。しかし、銀色の光が強く輝く間もなく、魔豹の右手は少女の豊満なバストを優しく揉みし だき、左手はクレヴァスの狭間にある肉襞を丹念に擦りあげる。
「うくあァッ?! ふぅぅ・・・ウアッ?! ア・ア・ア・ああッ・・・」
「あはははは! ソリッド・ヴェールとやらもォ〜、こっちの方には全然効果ないみたァ〜〜い!
マヴェルはこっちの方が得意なのよねェ〜〜。残念でしたァ〜、ナナちゃァ〜〜ん♪♪」
「んんッッ! んあッ! マ、マヴェル・・・は、離し・・・んくぅッ! しゅ、集中・・・できな・・・」
下から上へ。斜めに跳ね上がってくる悪鬼の凶刃。
ピンクの官能光線に劣情の疼きを引き起こされながら、かろうじてソリッド・ヴェールを張り続
ける聖少女の右の美巨乳が、半ばほどまで青銅剣にグシャリと斬り潰される。
「あぐううぅッッ!!!」
ゴブウウッッッ!!
おおよそ人間が発したとは思われぬ濁音とともに、血の塊が銀に濡れ光る唇からこぼれで
る。
自覚できる肋骨と肺の損傷。それにも増して、柔らかさと弾力性に富んだ若き乙女の美乳房
を裁断される激痛にナナの意識が途絶えかける。点滅する青き瞳。そのやや吊り気味の瞳が 微妙に歪んでいるのは、ウブな少女戦士が苦痛とともに疼くような昂ぶりを感じている、なによ りの証明だった。血に濡れた唇がヒクヒクと開閉する。深刻なダメージを受けながら、ナナは紛 れもなく痛みとは別の感覚に襲われていた。
“アア・ア・・・む、胸がァ・・・つ、潰れ・・・ひくうッ?! だ、だめ・・・擦ら・・・ないで・・・あくッ、あ
あッ・・・ビ、ビクビクしちゃう・・・集中・・・集中できない・・・こんな・・・こんな形でソリッド・ヴェー ルが破られるなんてェ・・・”
卓越したマヴェルの性戯を示すように、ピンクの怪光が明るさを増す。男も女も、幾多の人間
を官能の虜に貶めてきた悪女だからこそ可能な煽情の波動。じっくりねっとり、丹念に積み上 げた愛撫と同等の効果を浴びせるだけで瞬時に引き起こす官能光線は、もはや兵器と呼ぶに 相応しい破壊力を持っている。左乳房と股間の秘園、敏感な部分2箇所を同時に責められ、ジ クジクと流し込まれる愉悦の波動にナナは立っているのがやっとであった。反撃のチャンスが ようやく訪れたはずなのに、快楽にうち震える肢体は思うように動きはしない。内に燃える昂ぶ りで身体が熱い。津波のように下腹部に押し寄せる電撃に、足から崩れ落ちてしまいそうにな る。綻びかけた蕾のような段階のウブな女子高生にとって、悪女の色責めは拷問のようなシロ モノであった。
必死に作り出した光の膜で、なんとか致命傷を免れる。それが今のファントムガール・ナナに
できる精一杯の抵抗だった。
「あんたの化け物じみたタフさにはホント、ビビるけどさァ〜〜、こっちの方はてんで弱いのが
運の尽きだねェ〜〜、子猫ちゃァ〜〜ん。ほ〜ら、こんなに乳首がぷっくり勃ってきちゃったァ ♪ 下のお口も涎ダラダラぁ〜!」
「ひぐぅッ!! んくッ、くうぅッ! こ、こんな・・・こんなやり方・・・でェ〜・・・」
「ブザマなメスめがァッッ!!! 痴態を晒すがいいッ!!」
はっきりと浮かび上がった胸の双房の頂点、小豆のような突起をグリグリと豹の指がこね回
す。時に羽毛のようになぞり、時に千切れんばかりに摘み。桃色の刺激は痺れるようにナナの 美乳を包み、火照りとともに広がりながら子宮の快感スイッチをズキズキと押し続ける。
秘園のクレヴァス奥深くに侵入した指は吸い付きながら無数の敏感ポイントを探り、触れるだ
けで腰が浮く快楽のツボを煙がでるほどの勢いで摩擦する。ビクビクと無秩序に震える快楽の 痙攣は、いまや奇跡的なプロポーションの全身に現れていた。脳髄を直撃する桃色の稲妻 に、猫顔美少女はもはや正気を保つのがやっとだ。
ピンクの官能光線でほとんど戦闘不能状態に陥っているナナに、狂気を宿した黄金の般若
面は、青銅の魔剣での攻撃を呵責なく加えていく。
鳩尾を抉る。血と胃液の混ざった粘液が、大量に静かな森林に吐き出される。
股間を突き上げる。泣き叫ぶというのに近い守護天使の悶絶が、都会の夜にこだまする。
顔を横殴りに斬る。飛び散る血潮と凄惨な破壊音。正視できない残酷な仕打ちの後には、己
の吐血で顔中を真紅に染めた悲哀の天使が、ヒクヒクと半失神状態で途切れることない愛撫 に身を任せていた。
見るに耐えない残酷な嗜虐の連続。
快楽に溺れる狭間をぬって紡ぎ出されるソリッド・ヴェールが、かろうじて聖天使の生命を繋
いでいた。とはいえ、真剣での攻撃を木刀でのそれに変えたくらいのもの。木刀で胸を潰され、 鳩尾を抉られ、股間を突かれて、顔を殴られる・・・タフネスが売りのファントムガール・ナナとい えど、その衰弱ぶりは隠しようがない。
「まだ光の膜を張れるか。ならば脳ごと蕩けさせてくれるッ!!」
刀を持っていない方、メフェレスの左手がピンク色に輝く。
泣きそうな表情を浮かべた銀のマスクが、一瞬恐怖に歪む。待ち受ける運命の過酷さを、少
女戦士は悟っていたのか。必死にガードしようとする緩慢なナナの右腕の動きを嘲笑うように、 ピンク色の掌は一気に聖天使の右胸を鷲掴んでいた。
「ひゃふうッッ?!! ひぎゅああああッッーーーッッ!!!」
弩流のごとき官能刺激に、絶叫したのは一瞬。
ビクンッッ!! ビクビクビクビクッッ!! ビクビクッ!! ビクンッビクンッ!!
棒立ちになったまま、電気仕掛けのごとく激しく痙攣する銀と青の巨大美少女。
言葉はなかった。ただゴボゴボと滝のように涎が溢れ、青く発光する瞳が点滅を繰り返す。
“ひぶえッ!! んきゅうッッ!! ひぬッ、ひんひゃふッッ!! おかひッ、おかひくなッ・・・は
ひゅうッ?!! んんええアアアッッ・・・くるっひゃううゥゥ〜〜〜ッッッ!!!”
「ウワハハハハ!! ブザマなッッ!!」
青銅剣を握った右の腕、その肘から先がゆっくりと回転していく。関節に当たる部分のチュー
ブがゴムのように捩れていく。ゴム動力の紙飛行機を飛ばす前、プロペラを何度も何度も回し てゴムを幾重にも捻らせた、そんな光景が見る者の脳裏をよぎる。
本来、日本刀を回転して使う意味はない。回転を加えることで得られる破壊力の増加。触れ
るだけで腕一本落せる最強の武器に、更なる殺傷力など必要ないからだ。
しかし、刀の攻撃を耐え切る相手がいればどうか?
桁外れのタフネスを誇る、ファントムガール・ナナが相手であるならば。
ギュルルルルルルッッッ!!!
ドリルと化した青銅剣の突きが、痙攣する守護天使の胸の中央、青く輝く水晶体に発射され
る。
刹那。快感の電撃に踊らされ、膨らんだ内圧に失神寸前の少女戦士は、それでもソリッド・ヴ
ェールを反無意識的に発動してみせた。
ガキーンンッッ!!! ギャリギャリギャリギャリギャリッッ!!!
「いぎゅあああああああああああッッッーーーーッッッ!!!!」
ファントムガールの生命の象徴、エナジー・クリスタルを刺突した悪鬼の刀が、削るようにそ
のままギュルギュルと回転する。
天裂く悶絶の悲鳴とともに重なったのは、聖天使の敗北を教えるような音であった。
バリーンッッ・・・魔剣の破壊力に粉砕された、ソリッド・ヴェールの破れる音。
プッシュウウウウッッ・・・絶頂の極みを迎えた証として、ナナの股間から激しく噴き出す聖水
の音。
ゴブッ・・・ゴブゴブゴブ・・・血と涎と泡の混ざった粘着質な液体が、とめどなく銀女神の唇から
溢れる音。
そして、悲痛な絶叫が途切れるころ。
瞳から青い光を失った、グラマラスな少女戦士の肢体が、ゆっくりと前のめりに倒れていっ
た・・・。
地響きと、薙ぎ倒される森林の音。
日本有数の神社の森で、悪鬼二匹の足元にうつ伏せで転がった銀と青の女神は、ピクリとも
動くことなくその血と愛液にまみれた姿を東京原宿の人々に晒していた。
「ま、負けた、のか?」
「青いファントムガール・・・死んじゃったのッ?!!」
壮絶な光景を目の当たりにし、避難すべき人々の足は立ち止まっていた。
きらびやかな街の狭間に流れる、絶望の呟き。正と邪、巨大なる聖戦を初めて直接見守るこ
とになった原宿の住人たちの前で、残酷な情景が展開されている。
うつ伏せに倒れた銀と青の愛らしい聖天使。土と己の流した血とで薄黒く汚れた張り詰めた
ボディは、指一本動きはしない。
頭部付近からじっとりと流れ、明治神宮の敷地に吸い込まれていく深紅の血潮。窪みの位置
もハッキリとわかる股間からは、ドピュドピュといまだ勢い衰えることなく愛潮が垂れ流れてい る。
力尽きた無惨な姿を、青銅の魔人と銀毛の魔豹が囲んで睥睨する。人類の守護天使と悪の
枢軸二体。予想されたなかでもっとも残酷な光景が、今現実として突きつけられている。無力 な人々にできることは、逃げることと祈ることだけというのに・・・願いを託した青き女神は、巨 悪に歯向かった者の運命を象徴するかのように魔人の足元に平伏している。
「どうした? 先程までの生意気な口を開いてみろ!」
見るからに重々しい甲冑の足が、ショートカットの後頭部を潰れんばかりに踏みつける。揺れ
る大地。衝撃で跳ねる乙女の肢体。半ばまで明治神宮の地に埋まったナナの顔面からドクドク と鮮血が溢れ、鮮やかな紺青の髪を濁った色彩に汚していく。
ゲラゲラと笑う魔豹がグラマラスな守護天使の肉体を蹴り転がす。
仰向けになったナナのチャーミングな造形のマスクはほとんど隙間のないほど黒く塗り潰され
ていた。踏みつけのショックで覚醒した聖少女の瞳が弱々しく光を灯す。苦しみと哀しみの刻ま れた表情は、敗北者のそれであった。
「・・・あ・・・アァ・・・・・・ぐぶッ・・・」
「あはははは! 新しい技を簡単に破られて負けた気分はどうでちゅかァ〜〜!」
「フン、あの錐揉み突きを食らってまだ壊れないとはな。さていかにして殺してくれようか」
回転する青銅剣の直撃を受けても、ファントムガール生命の源エナジー・クリスタルは破壊を
免れていた。
同じ『エデン』を宿す者の変身体であってもミュータントにはなく、光の女神のみが有する青い
水晶体。生命ネネルギー、ひいてはファントムガールの命そのものといっていいクリスタルは、 破壊されれば死を意味するが、その分その強度は計り知れないものがあった。
ただでさえ殺傷力の高い刀を、回転して突くという荒技。ナナが絶命せずに済んだのは寸前
に発動したソリッド・ヴェールの功績もあろうが、やはりエナジー・クリスタル自体の強固さが大 きい。もし藤木七菜江の生身で久慈仁紀の回転突きを食らっていれば、当然のように乙女の 命は途絶えていたろう。
しかし、生命の象徴を攻撃される苦痛は、魂自体を削り取られるのも同然。通常なら有り得
ない悶絶地獄が少女の身を襲うことになる。
戦慄のドリル突きをエナジー・クリスタルに撃ち込まれたナナ。その心身に刻まれた苦痛は、
肛門から咽喉元までドリルに貫かれ、体内でギュルギュルと回転されるようなもの。
不屈の闘志と強い肉体の持ち主であるアスリート少女が、この一撃で戦闘不能に陥るのも無
理はなかった。
「マヴェル、起こせ」
下品な笑みをこびりつかせた魔豹が、羽交い絞めにした青き女神を無理矢理に引き摺りあ
げる。ハツラツとした健康美と白桃のごとき瑞々しさ、オトナの階段を昇りかけた色香を併せ持 った豊満な肢体が、上半身だけを起こされる。投げ出された下半身と、力なく垂れ下がった 腕。激痛に意識を食い破られたナナが、これから下されようとする処刑劇を甘受するしかない のは明らかだ。
「クズが・・・ふざけた口を利いた罪、償う覚悟はできていような」
「・・・・・・殺すなら・・・早く・・・・・・殺せ・・・・・・」
「貴様が死んでもムシケラどもを逃がせば勝ちだと言ったな? ではこの人間どもを殺せば、
オレ様の勝ちと言うわけだ」
空気の凍りつく音が、ファッションの最先端をいく街並みを支配する。
そうだ、女神の敗北を嘆いている余裕などない。わかっていたではないか。
次に殺されるのは、ここにいる我々人間だと。
解き放たれたように、一斉に悲鳴と絶叫が夜の原宿に湧き上がる。
「動くな。動いた者から殺す」
静かな、それでいて凄みに満ちた魔人の一言。
多種多様な意識を持っているはずのひとの群れが、一生物のごとく全ての活動をピタリと止
める。
男も女も、若者も老輩も、本能が教える。恫喝などではない、悪鬼の言葉は本物だと。
メフェレスが口にする「ムシ」という単語、比喩でもなんでもなく、心底から魔人が人間のことを
ムシ同然と見ているのは、この場にいれば簡単に理解できる。なんの感情もなく青銅の悪魔は ひとを殺す。あっさりと。蚊を潰すごとく。
逃げることはできない。ただ、運命を受け入れるしかない。
嗚咽。慟哭。膝折れる者が地に倒れこむ音。
この場に居合わせた不運を恨みながら、逃げ遅れた数百、数千の魂が絶望に沈む。
「ま・・・待って・・・お前が殺したいのはあたし・・・あたしでしょ・・・このひとたちは関係ない、あた
しを殺して!」
死に体のはずの守護天使が必死に叫ぶ。殺人に躊躇をしないメフェレスではあるが、それ自
体に快楽を得ているわけでもないのも確かだ。無実の人々を殺す、その目的とするのが、ナナ を精神的に嬲ることにあるのは明白だった。
「くだらぬことを言い始めたのは貴様ではないか。このオレを『弱い』と断じた貴様の言葉が真
実かどうか、確かめようというだけのことだ」
「・・・・・・や、やめて・・・お願い・・・やめて・・・・・・ください・・・」
「随分と勝手なことをほざくわ! 支配者たるオレを愚弄しながら、その程度で許しを請うつもり
かァッ?! こいつらゴミを助けたくばどうすればいいか、その少ない脳みそで考えるがいい ッ!」
ギリギリと歯噛みの音が森林の上空に響く。
守護天使としての純粋な少女の想いを、逆用する卑劣な魔人。侮辱を受けたメフェレスは、
圧倒的優位な立場を利用してその腹いせをしようというのだ。
一般人を人質として取られた折の対応は、七菜江もすでに五十嵐里美からレクチャー済みで
あった。しかし、己の命に代えても人々を守ろうとした現況は、事情が異なる。ファントムガール に使命が与えられているというのならば、今のナナが最優先すべき使命はこの場の人々を守 ることであった。少なくとも純粋少女にはそれ以外の答えは見つからない。たとえ死んでも原宿 の人々を助けたいというナナの言葉は真実だった。
そして、陵辱と痛撃で消耗し切った今の青き天使が、人々を守るためにできることはひとつだ
った。
「お、お願い・・・します・・・・・・あたしはどうなっても・・・いいです・・・・・・このひとたちを・・・助け
て・・・ください・・・・・・」
「・・・ククク・・・クハハハハ! いい台詞だァ! よーし、そのまま指一本動かすんじゃないぞ
ッ!」
魔人の黄金マスクは般若から三日月の笑いへと戻っていた。弱者を嘲笑い、虐げる悦びに
歪んだ不快な表情へと。
なんという、痛快。
憎んでも憎んでも憎み足りぬ正義の女神。舐めきった態度を取った小娘を、懇願させ、踏み
躙ることのなんと心地いいことか。
ひとの上位に存在する己のプライドを傷つけたファントムガールども。切り刻み、煉獄の苦痛
のなかで死を与えることは決定事項だ。しかし、その前にこうして屈服させ、心を引き裂いてや ることもまた、筆舌に尽くし難い快感がある。
同年代の少年少女、昔からの住人、店舗で働く従業員たち・・・原宿に集った人々を守るた
め、自らを犠牲にすることを決めたファントムガール・ナナ。
抵抗を放棄した健気な守護天使に、容赦ない悪魔の暴虐が加えられる。
腹部を踏み抜く。果実のようなバストを蹴り潰す。可憐さ溢れるマスクを蹴り飛ばす。
地に坐したままの聖少女は格好のターゲットになった。ゴミでも始末するように、幾ダースも
のキックが座り込んだ銀色の肢体に抉り込まれる。生身の人間なら、撲殺は免れない強さと勢 いで。
「グブッ!! あぐうッッ!! がはァッ!!・・・おぼええッッ?!!」
「い〜い! いいねェ〜、その苦しそうな顔と血反吐ォ〜〜♪ じゃあ〜、マヴェルからも歌の
プレゼントよォ〜」
「いぎいいィィッッ?!! うあああッッ―ーーッッ、頭ッッ・・・頭が割れちゃうぅゥゥッッーーーッ
ッ!!!」
耳元で囁かれる、マヴェル破壊の超音波。
ミサイルとなって吐き出される一直線の音波砲ほどの破壊力はないが、聞く者の血流を遮断
し、脳と頭蓋骨に震動を与える歌姫のラブソングは、悶痛の渦にナナを叩き込んだ。万力で頭 部を締め付けられる激痛。それもひとつやふたつではない、二桁はあろうかという無数の万力 に締められるような。いっそ首でも刎ねてくれれば、どれだけ楽に死ねることか。
大きく横に広げたメフェレスの両手が、漆黒の靄に包まれる。今更語るまでもない、光の女
神を滅ぼす暗黒のエナジー。危機が迫っていようとも、魔豹の拷問歌に息も絶え絶えのナナは 気付くことすらできない。
バチイイイッッッ!!!
青いショートカットを挟み込むように、魔滅の破壊光がナナの頭部に叩き込まれる。
「うぎゃああああああッッッーーーーッッッ!!!! ゴボオオオッッ!!! ゲボオオッ
ッ!!!」
小さな唇を割って出たドス黒いゲル状物質は、血塊か、注ぎ込まれた瘴気の塊か。
脳を握り潰されたのか、鼓膜から溶岩を流し込まれたのか。壮絶な苦痛に己が何者である
かも忘れかけた聖なる少女は、痛切な叫びを枯らすと同時に愛らしい顔をガクリと垂らす。
“ア・・・アアァ・・・死、死ぬ・・・死んじゃ・・・う・・・・・・け、けど・・・・・・みんなが・・・助かるな
ら・・・・・・あ、あたしは・・・・・・”
魔豹の拘束が外れると同時に、張りと柔らかさを併せ持った銀色の上半身が前のめりに傾
く。「神宮の森」で座り込んだまま、異形の怪物を前にして頭を垂れる女神。ガクガクと震えるし かない人々が目にする光景は、まさに人の世の神が悪魔に敗北したことを想起させた。
「ククク・・・どうした? もうオシマイか? この程度でくたばるようでは、カスどもを助けるなどと
てもとても・・・」
「・・・ぐぶッ・・・や、やめて・・・・・・ください・・・・・・お、お願い・・・・・・」
「フン、ならば土下座でもして頼むのがスジではないのか?」
3つの三日月で構成された不快な笑みのマスクが、その黄金の輝きを増したかのようだっ
た。
見下す魔人の足元で、青と銀の魅惑的なボディがのろのろと動き出す。四つん這いの体勢
になったナナの肢体は、垂れるショートカットで顔を隠したまま、しばしブルブルと小刻みに震え 続ける。
「どうしたァッ、土下座はできんのか?! そういうことならあいつらを一人残らず・・・」
「ま、待って! い、今、やります・・・」
メフェレスの足元で、ファントムガール・ナナが正座をする。両手をつく。
青銅の悪鬼に平伏した守護天使が、土下座を完成し地に額を擦りつける。
「無言のままか? 懇願の台詞はどうしたァッ?! 誠意が足りぬわ、誠意がッ!!」
白砂利の参拝路に顔がつくほど頭を下げている少女戦士の後頭部を、容赦なく魔人の足が
踏みつける。ギュリギュリと足を捻るたび、青のショートカットが掻き乱れていく。
「あ、あたしはどうなっても・・・いいです・・・・・・皆さんを・・・助けて・・・ください・・・」
なんということだ。こんな無惨な光景を見ることになるなんて。
原宿から表参道に至る直線の通りに連なった、逃げ遅れた人々。立ち止まり傍観することを
強制された彼らの視界には、一様に悪に土下座する巨大な聖なる少女の姿が映っている。正 義の敗北。絶望的な事態。抵抗も許されず蹂躙を甘受する青いファントムガールの死は、この ままでは確実にやってくる。しかし、守護天使は自分たち人間を守るために苦痛を受け入れて いるのだ。死を迎えようとしているのだ。ファントムガールが犠牲になることで、もしかしたら自 分たちは助かるかもしれない。卑怯、卑劣・・・そんな謗りを受けるのは十分理解している、そ れでも・・・愛らしい女神を応援しつつ、どこかでその死を願う汚い己れが消えてくれない。醜い 己れを自覚しながら見ねばならない処刑ショー。良心を持った人間にとって、これほど残酷な 仕打ちはなかった。
私たちのためにごめんなさい、ファントムガール。でも、でも・・・
絶望と希望、こんな気持ちで可憐な少女が苦しむ姿を見詰めねばならないなんて。
99.9%確定した死の運命のなか、かすかな望みが守護天使の犠牲と引き換えに繋がって
いる。その事実に、通りにひしめきあった人の群れは、声を失って立ちすくむしかなかった。
「フハハハ、まあ悪くない答えだ。いいか、ファントムガール・ナナ? 貴様の答え次第でこの何
百というカスどもの命は吹き飛ぶぞ。足りない脳みそでよ〜く考えて動くことだ。さて、次は四つ ん這いになってもらおうか」
主従関係を結んだように、Sラインを描いた見事なプロポーションが、指示通りに肢体を動か
す。メフェレスの眼前で四つん這いになったナナ。ショートカットを垂らしたまま顔を上げないで いることが、聖少女にできるせめてもの抵抗のようであった。
その抵抗も青い髪を鷲掴んだマヴェルによって、容易く破られる。グイとキュートな猫顔を上
向かされるナナ。八の字に寄った眉根と固く噛み締められた口元とが、真正直な天使の悔しさ を露わにしていた。
「なァに〜、その顔。相変わらず生意気ィィ〜〜。でもそんな表情、いつまでできるだろうねェェ
〜〜?」
ピンク色に発光する、ふたつの手。
魔豹の手を目の前で見せ付けられた瞬間、これから起こる責め苦を悟ったナナの容貌がヒ
クリと引き攣る。
「あんたの感じるとこはゼ〜〜ンブ把握済みィィ〜!! 天使様のAVショー、トーキョー人に拝
ませてやりなァ〜!」
百戦錬磨の淫手が、張りと光沢のある銀色の肢体を撫で回す。四つん這い状態のナナは無
防備といってよかった。胸、臍、腋の下、股間・・・マヴェルのソフトな愛撫が全身に染み渡って いく。皮膚という皮膚に埋まった敏感なセンサーが桃色光線で掘り起こされ、芽吹いたごとくヒ クヒクと反応している。艶のある表面を豹女の指が這うたびに起こる淫靡な摩擦音。先程オル ガスムに達したばかりというのに、水蜜肉の細胞を火照らすモゾモゾした疼きは、全身から湧 き上がってきていた。
光る掌が通った跡には、ピンク色の薄膜がぼんやりと仄光っている。
いまやファントムガール・ナナの圧倒的な美桃肉は、その全身を魔性の媚淫光に包まれてし
まっていた。
「うくゥッッ・・・はふッ・・・んああッ・・・」
首から下、指先から足の裏まであらゆる箇所を愛撫されるウブな純粋天使。
衆人環視のなか、銀と青の女神が洩らすのは明らかな喘ぎであった。耐えなくてはならない。
だが理性を遥かに凌駕する魔悦がナナの脳裏を蕩けさす。怒涛となって押し寄せる快楽に、 ナナは自分が何者かすら忘れかけた。
四つん這いになっても形ひとつ崩れない胸の双房を、強く光ったふたつの手が鷲掴む。
引き攣るような嬌声。抜群の運動神経を誇るグラマラスな肢体が突っ張る。
メロンのようなバストを揉みしだきながら、人差し指の腹でマヴェルは先端の突起を弄り続け
た。執拗に。魔性の艶技で。守るべき人々の見詰めるなか、巨大な少女戦士は己の興奮を教 えるように、痛々しいほど乳首を尖り立たせる。
「あらァ〜〜、正義の女神様がこんなにイヤらしく乳首たたせちゃっていいのォ〜? 気持ちい
いならいいって言っちゃいなァ〜〜」
誰が、言うもんか。恍惚のなかにも怒りを散らした表情を、魔豹に向けるナナ。
その瞬間、マヴェルの長く伸びた青い毒爪が、天使の胸の先端からズブズブと突き入れられ
る。
「ぐあああアアアアッッッーーーーッッッ!!!!」
「おいおい、まだわかってねえのかァ〜〜? てめえの態度ひとつで原宿の人口が減るって
の。それともあいつらの首ィ〜、ひとつづつ目の前で千切って欲しいィ〜?」
「やッ、やめてェッ・・・わッ、わかりました・・・ちゃ、ちゃんと言うこと・・・聞きますッ!」
「よォ〜〜し、いいコよォ、子猫ちゃ〜〜ん♪ ご褒美をあげようじゃなァ〜い」
水蜜桃のバストに深く侵入した毒爪の先から、ピンクの魔光がナナの体内に注ぎ込まれる。
「うべえはあああァァァッッーーーーッッッ!!! ひゃふううゥゥッッ!! ひゃめッ、ひゃめへ
ええッッーーーッッ!!!」
「あはははは♪ オッケェ〜〜、やめたげる」
ズボリと右手の爪だけを引き抜く魔豹。しかしその手は、休むことなく銀色の皮膚を這いなが
ら下腹部へと向かっていく。
「ふああッッ?!! ひゃめッ、ひゃめッ・・・そんなァァッッ〜〜ッッ、そこはやめへェェッッーー
ーッッ!!!」
「あんたらの下腹部のクリスタルはァ〜〜、子宮と合体した『エデン』と繋がってるんだったねェ
〜? 女の象徴である子宮と、ファントムガールの身体そのものの根源である『エデン』・・・ここ に性的な快感を直接打ち込んだらァ、女神様はどんな嬌態を見せてくれるのォ〜〜?」
ゲラゲラと笑う『闇豹』の五本の爪が伸びる。ピンクの魔光が行き渡っていく。
下腹部のクリスタルへの性的攻撃。それは苦痛にも近い悦楽の拷問。
幾多の命の身代わりとなった健気な天使に、迫る地獄を避けることはできなかった。
ブスブスブスブスブス
クリスタルの周囲に埋まる五本の爪。
下腹部の肉ごと包み込まれた性卵の水晶体に、魔悦の淫光が容赦なく放射される。
「ふぎゃあああああああアアアアアアッッッッーーーーッッッッ!!!! んあああッッーーッ
ッ!!! んぎゅああああああアアアッッッーーーッッッッ!!!!」
轟く女神の絶叫は、狂死の運命すら思わせた。
絶頂のその先を、さらに突き破るかのような昇天。
ブッシュウウウウウッッッーーーッッッ!!! 股間から噴き出した聖水が、森の樹林にスコ
ールの雨を降らす。
快感と呼ぶには凄まじすぎる衝撃に貫かれ、純情な少女の意識は霧のように吹き散らされて
いた。
数瞬後、意識が戻ってくるたびに途方もない官能の激流が何度も何度もナナを極みに連れ
去る。繰り返される絶頂、失神、覚醒。イキっぱなし状態に陥った聖天使の全身が、汗と涎で 濡れ光る。腰を振り、Sラインのボディをビクンビクンと踊らせ続ける哀れな少女。半開きにな った唇から可愛らしい小さな舌が、ダラリと垂れ下がる。
明治神宮を舞台に、森の真ん中で展開されるファントムガール・ナナ、淫らな痴態ショー。
ハツラツとした健康美を誇る乙女の充満ボディが、救うべき人類の目の前で官能に屈して乱
れ狂う。
「クハハハハ! 惨め! ファントムガール・ナナ、なんと惨めな生物なことか!」
青いショートカットを鷲掴んだメフェレスが、いまだ痙攣をやめぬ巨大美少女の顔を上げさせ
る。
混濁する意識のなか、ナナの瞳は突き出された鼻先の“モノ”をはっきりと映し出していた。
青銅の鎧の間から、太く長く伸びた漆黒の棍棒。
人間の性器の面影を色濃く残した魔人のイチモツが、悦楽地獄のさなかにあるナナの眼前
に差し出されている。
「どうすればいいか、わかるなあ?」
ファントムガールが涙を流せないことに、藤木七菜江は感謝した。
胸の内、溢れ出した大量の涙を誰にもみられずに済む少女の銀色の猫顔は、悲哀と無念と
屈辱に彩られた、明らかな泣き顔に歪んでいた。
“・・・くや・・・し・・・い・・・・・・悔しい・・・・・・悔しいよ・・・”
「どうした、ファントムガール・ナナ? 別に殴りかかってきてもいいのだぞ。ムシケラどもが数
百匹、消えてなくなるだけの話だ」
“あたしが・・・汚れれば・・・みんなは助かる・・・・・・あたしひとり・・・メチャメチャにされれば・・・
罪のないこの人たちは死なずに・・・済む・・・”
グイと漆黒の肉棒が柔らかな唇に押し付けられる。
最後まで口を開こうとはしないナナの抵抗を嘲笑うように、魔人の魔羅は強引に少女の口腔
に突き入れられた。
「あがッッ?!! おぼおオッッ・・・ゴボボ・・・」
「このメフェレスが弱いだとッ?! 人間どもを助ければ貴様の勝ちだとッ?! 生意気な口を
もう一度開いてみろッ、どうしたナナッ?! 陰茎を旨そうに咥えたその醜い姿、よーく見てもら うがいいッ!!」
銀色の女神の顔のうちで、七菜江の涙はとめどなく流れ続けた。
魔人の剛直は咽喉奥にまで達し、気管から歯茎までを埋め尽くした。窒息と圧迫の苦しみに
こみ上げる嘔吐感。ゆっくりとグラインドする肉棒が、女神の口腔内を穢していく。グボグボと 奇妙な音が、銀色の咽喉奥から響いてくる。
血と涎で濡れていたナナの口内に、魔人のカウパー腺が混ざっていく。
挿入された巨大な異物のせいで、小さなナナの舌は剛直が出し入れされるたびにグニャグニ
ャと翻弄された。
生温かい適度な粘液と刺激によって、劣情の昂ぶりは間もなく射出の時を迎えた。
ビクビクッ、ビクンッ
メフェレスの腰の震動と合わせるように、膝立ち状態の聖少女の肢体が小刻みに揺れる。
大量に発射された白濁のザーメンがナナの口腔を満たす。生臭いニオイが鼻孔の奥を鋭く
突く。粘つく感覚と嫌悪感に思わず胃の中身とともに全てを吐き出しそうになる。
「飲み込め。一滴でもこぼせば、人間どもを殺す」
口内射精のショックに引き裂かれた聖天使の心を、悪鬼はさらに虐げた。
ゴクリという嚥下の音。
許せまじ魔人の白濁汚液を胃の腑に流し込んだナナは、壮絶な苦痛に耐え忍んできたタフ
ネスぶりが嘘のように、ガクリと弱々しくしゃがみこんだ。
「まだだ、ファントムガール・ナナ。貴様らはこの程度では楽にさせん」
再びの強制フェラチオが少女の咽喉を貫く。
マヴェルの魔悦煉獄と精神を弄ぶメフェレスの嗜虐。
何百人という人々の命と引き換えに身を差し出した青き守護天使は、もはや抵抗の素振りす
ら見せることなくぐったりとしたまま悪の暴虐を受け入れる。
二度目の放射寸前、青銅の魔人は怒張した漆黒ペニスをグボリと引き抜いた。
バチイッ!! バシッ!!
水鉄砲のごとく発射されたスペルマはつい先程放出があったとは思えぬ量と勢いで、アイド
ル並みの可憐さを振り撒く美少女の顔面を汚す。
ほとんど銀色の素顔が見えぬほど粘つく白濁液を浴びた守護天使は、しゃがみこんだ姿勢
のままピクリとも動かない。ただボトボトと、顔から精子を垂れ落すのみ。
高らかな悪の哄笑が、脱力した光の女神を包む。
勝負は、あった――。もうあたしは、こいつらの思い通りに心も身体も蹂躙されるしかない・・・
迫り来る処刑の時を覚悟し、ナナの肢体から抗う力の全てが抜け落ちていった。
「ククッ・・・クハハハ! よく目に焼き付けろ、人間ども! 我がペニスをしゃぶり、淫靡に腰を
振る守護天使の姿を。これがこのメフェレスとファントムガール、本当の力の差だァッ!」
魔人の吐き捨てたツバがビチャリと顔を叩いても、白砂の地面に尻をついて座り込んだ少女
戦士はピクリとも反応することはなかった。
見下す悪魔と平伏す天使。生きることを諦めたかのように、白濁の汚物にまみれたファント
ムガール・ナナは、卑劣な敵の侮蔑の言葉をただ黙って浴び続けている。
気高き戦女神の姿は、もはや巨大な少女のどこにも見受けられなかった。今のナナはレイプ
された女子高生そのもの。純粋な少女の心は絶望と無念の想いで塗り潰されている。
複雑な心境で残酷すぎる展開を眺めていた人々の目にも、首都で初めて開戦された正邪の
聖戦の結末は明らかであった。
「どうしたァ〜〜ナナちゃ〜〜ん♪ この程度で終わっちゃったァ〜〜? 気持ち良すぎてアタ
マおかしくなっちゃったァ〜〜?」
「さんざん好き勝手ほざいた挙句がそのザマかッ! まるで相手にならんわ。王であるこのメフ
ェレスには所詮敵わぬことが身に沁みて理解できただろう?!」
頭上からここぞとばかりに浴びせられる嘲り。挑発的な言葉の数々にも一切反応しないでい
ることが、少女戦士がいかに深く打ちのめされているかを如実に示していた。助けるべき人類 の前で雌獣のごとき喘ぎ、異常なまでの昂ぶりを露わにして潮を吹き、怨敵のザーメンで汚辱 された。17歳の少女の心は死にも勝る敗北感で押し潰されている。悔しさを遥かに凌駕する惨 めさに、ナナはもはや歯向かう気力すら吹き消されていた。
“・・・もう・・・いい・・・・・・あたしが死ねば・・・全ては終わる・・・・・・みんなは・・・助かる・・・あた
しが・・・死ねばいい・・・・・・あたしさえ・・・メチャメチャになれば・・・・・・”
背後から羽交い絞めに捕らえたマヴェルが強引に青き天使の肢体を起こす。ナナの張り詰
めたボディにはもう一片の力も残っていないようだった。ガクリとうなだれたチャーミングなマス クから、吐血と精液の混ざった粘液がドロドロと流れて豊満な胸へ落ちていく。
「フンッ・・・どうやらようやく立場が理解できたようだな」
死を懇願する台詞すらナナは言えなかった。拷問でも、処刑でも、好きにすればいい。あたし
はお前たちに、負けたのだから・・・卑劣なやり方の前に、手も足もだせずに屈服したのだか ら・・・
「さて、どう殺して欲しい? 銀色の肌を剥いてくれようか・・・四肢を一本づつ切り落としてくれる
か・・・」
魔豹の手がショートカットを掴んで引き起こす。弱々しく灯る青い瞳に、妖気漂う青銅の刀身
が映る。充満していく、暗黒の力。若さ弾ける瑞々しいボディの、どこに魔剣を突き刺すつもり なのか。胸か、腹部か、股間のクレヴァスか。ひと思いに心臓を貫くのか、首を刎ねるのか。迫 る壮絶な苦痛を覚悟し、ナナはただ、地獄に堕ちる瞬間を悲壮な想いで待ち受ける。
三日月に笑う黄金のマスクが、ゆっくりと黒靄に包まれた青銅剣を頭上に掲げる。
「貴様に勝つには、人間どもを殺さねばならなかったっけなァ〜?」
笑いを含んだ声、そこに潜んだ確かな悪意――
駆け抜ける途轍もない悪寒に、脱力し切った守護天使の瞳がカッと見開く。
空を切り裂く、暗黒のカッター。
ナナの手前で振り返ったメフェレスは、飛来する闇の斬撃を硬直した人々が佇む原宿の街
へと放っていた。
唸り飛ぶ漆黒の三日月。息を飲む、人の群れ。引き攣る悲鳴は一瞬―――
ズバンッッッ!!! と、鋭い切断音がファッションの代名詞である街に響く。
「なッッ!!」
青き守護天使の瞳に映る、宙を舞う人間の首と胴体。
10・・・20・・・100・・・表参道へ向かう通りを一直線に進む暗黒カッターが、次々と血飛沫と肉
片を原宿の夜空に吹き上げる。断末魔の悲鳴を斬撃の音が覆っていく。
街路樹が倒れ、亀裂の入った建造物が崩れる。煌びやかな光に包まれたテナントが潰れ
る。最先端のファッションが血に染まる。倒れるコンクリートの山が粉塵を巻き上げる。
原宿の一区画が、暗黒のカッターによって切り取られたようだった。
絶叫が。死に逝く人々の無念の絶叫が、悪夢の夜に轟き渡る。
その範囲に飲み込まれたあらゆる生物は切断され、無機物は破壊された。
じっとりと血の海が、広がっていく。文字通り海のような大量の血が。賑やかだった街の歩道
にも車道にも、深紅の液体が沁み渡る。瓦礫の間を毒々しいまでの赤が占領していく。
悲鳴も泣き声も、全ての音が途絶えていた。
正邪の聖戦を見守る数百のギャラリーは、一瞬のうちにこの世界から影もなく消滅していた。
ナナに向けられた無数の救いを乞う視線はどこにもない。
ただ、逃げ遅れた少女のスニーカーだけが、血塗れの歩道に落ちている。
「ッッ!!・・・・・・なッ・・・・・・なッ・・・・・・!!」
「これでどうやらこのメフェレスの勝ちのようだなァ、ファントムガール・ナナ?」
羽交い絞めにされた銀と青の肢体がガクガクと震える。わななく唇がガチガチと歯を鳴らす。
目前で何が起こったのか理解できず、疑うことを知らぬ純粋天使の肉体は壊れたように震え
続けた。
「クズどもを守るため、貴様もよく頑張ったがちょっと努力不足だったなァ。惜しかった」
「アッハッハッハッハッ! 相変わらずおマヌケな女ァ〜〜♪ なんでマヴェルたちがあんたと
の約束なんて守らなきゃなんないのよォ〜〜! お口で奉仕までしちゃってバッカじゃないのォ 〜〜? このバァ〜カ! キャハハハハハ!」
「どうした? なんだ、その顔は? 弱者が強者に全てを奪われるのは当然のこと。弱い貴様
の願いなど叶うわけがなかろうッ、このクズが!! 他人のために闘うだと? 貴様は何もでき んではないかッ! 己の無力さを思い知れッ、ムシケラめがッ!!」
ナナの瞳に映るのは、少女のスニーカーだけだった。
持ち主の少女の姿を、ナナは闘いのさなかに見ていた。明らかな未成年。恐らくは、七菜江
と同じ女子高生。大きめのリュックを背負った少女は、原宿の街並みから少し浮いていた。田 舎臭さが残る、とでもいうか。初めての、原宿だったのかもしれない。七菜江は勝手に思う。あ たしと同じ、初めての東京。本当はどうか、確かめることはもうできないけど・・・
「なにやってるんだアアアアアッッッ――――ッッッ、お前はアアアアッッッ――ッッッ!!!!」
身も心もボロボロにされたはずの巨大少女が、爆発するような光に包まれる。
その瞬間、明治神宮の敷地は真昼の明るさに覆われた。力が。死を覚悟したはずの守護天
使に、マグマのような力が入道雲のごとく湧き上がる。
魔豹に拘束されていることも忘れ、不敵に笑う黄金のマスクに殴りかかるナナ。羽交い絞め
する両腕に、マヴェルが力を込める。突き上げる怒りに猛進するアスリート少女のパワーの前 では、悪女の戒めなどまるで無意味であった。躍動する戦乙女の腕力に、ズルズルと身体ごと 引き摺られていく豹女。
「てめえェッッ!! ふざけんじゃねえぞォォッッ!!」
マヴェルの超音波弾がショートカットの後頭部を叩く。
ブシュッッ!! 短く吐き出された超音波砲は量こそ少なかったものの、至近距離から後頭
部に浴びればたまったものではない。目、耳、鼻から鮮血を噴き出した守護天使の肢体が、木 の葉のように宙を吹き飛び、森林を薙ぎ倒して滑っていく。ブロックで後頭部を打ち砕かれたよ うな衝撃に、ナナの意識は朦朧としているはずだった。しかしすぐさま銀色の肉体は起き上が り、ファイティングポーズを取って二匹の悪魔に対峙する。
「なぜだアアアアアアッッッ――――ッッッ!!!!」
咆哮する。青い天使が。
切ないまでの絶叫に、ビリビリと神社の森が鳴動する。
「殺すならッ、あたしを殺せェェェッッ――ッッ!!! なんで罪のない人たちを殺すのッ?!!
憎いならあたしだけ殺せばいいじゃないッッ!! 力を持たない人たちを殺して、何が楽しい んだァァァッッ――ッッ?!!」
「楽しいさ。貴様が苦しむのを見られればな。貴様がもっとも望まぬことだから、カスどもを皆殺
しにした。それだけのことだ」
「ッッ!!! そんなッ・・・そんなッくっだらない理由でェェェッッ――ッッ!!!」
ファントムガールは涙を流せないことが、藤木七菜江は辛かった。
こんなに悔しいのに、こんなに哀しいのに。
涙ひとつ、流すことができないなんて―――
「うわああああああッッッ―――ッッッ!!!」
白砂利の大地を青いブーツが蹴る。銀の稲妻と化して、柔らかさと弾力性を伴った肉体が悪
魔二体に突撃する。 一直線に飛び掛るアスリート天使のダッシュ。閃光。瞬く間すらない、光 速の動き。つい先程まで死に体であったとは思えぬ、常識外の超スピード。
「愚者がッ!」
魔豹には捉えられぬ超少女の神速を、殺人剣の達人は見極めていた。
大上段に振り上げる魔剣。真っ直ぐ飛び込んでくる青い天使に、脳天から両断する青銅の刃
が完璧なタイミングで落とされる。
ガキーンンンン・・・
澄んだ音色は、魔人の凶刃を受け切った聖少女の左腕から奏でられた。
切り口から鮮血がこぼれる。しかし、抜群の切れ味を誇る魔剣は、細い少女の腕一本、落す
ことはできなかった。
「なッ、なんッ?!!」
グシャリッッ!!
驚愕の叫びが三日月の口から洩れるより速く、青い拳が黄金のマスクに吸い込まれる。
小さな身体のどこにこれほどのパワーが隠されているのか。重々しい西洋鎧の悪魔がただ
のストレートパンチ一発で、宙に浮き後方へと昏倒する。
右拳に伝わる感触の余韻を確かめるより先に、ナナの左足は背後に向かって跳ね上がって
いた。
空手でいうところの後ろ蹴り。十本の毒爪を広げて踊りかかってきた魔豹のどてっ腹に、女
神の青いヒールが足首まで一気に埋まる。
くの字に折れ曲がった悪女は、吐瀉物を撒き散らしながら森の上空を大地と並行に吹っ飛ん
でいた。
「許せないッッ!! 許せないッッ!! お前たちだけはゼッタイに許せないッッ!!」
そして、誰も助けることができなかった、無力な自分が許せない。
憎き敵が目の前にいなければ、七菜江はその場で泣き崩れてしまっていただろう。ひとりで
は立てなくなるまで泣き続け、涙が枯れるまで嗚咽し続けたに違いない。
守護天使としての運命を受け入れてから約4ヶ月、衆人の前で陵辱されたことも、凄惨な拷
問を受けたことも、悪に屈して許しを請うたこともある。人類を守る者として、忘れ去りたい屈辱 的な記憶の数々。しかし今日ほど己の無力さを恥じ、惨めで仕方ない日はなかった。
メフェレスの言う通り、あたしはバカだ。カスだ。どうしようもないクズだ。
勝敗をつけるなら、間違いなく人々を助けられなかったあたしの負けだ。完全な敗北だ。
今更何をしても意味がないことはわかってる。でも、でも!
この抑えられない怒りは、こいつらを葬らなきゃ納まりそうにない。
「調子に乗るなァァァッ〜〜ッ、死に掛けの小娘がァァッッ!!!」
立ち上がった青銅の魔人の右手に、濃厚な闇が凝縮されていく。
三日月の笑顔を浮かべていた黄金のマスクは、再び般若のそれへと変貌していた。青銅の
鎧に溢れる、暗黒の闘気。腐敗した瘴気が、魔人の足元の樹林をシュウシュウと枯れさせてい く。数百mの距離を置いても伝わる、圧倒的な闇のパワー。だが今のナナは、巨大な暗黒エネ ルギーを前にしてまるでひるむことはなかった。
「殲滅魔弾ッッ!!」
「スラム・ショットッッ!!」
凝縮した闇の塊を投げつけてくる瞬間、守護天使の右手にもありったけの光のパワーを掻き
集めた白球が渦を巻いて現れる。全身全霊を込めて放たれる、魂の一撃。
真正面から再びぶつかり合う、暗黒の魔弾と聖なる光球。
メフェレスの闇のエネルギーとナナの光のエネルギー、真っ向から比べあう激突は、しかし今
回は互角に終わる。
「ぬうッッ?!!」
「メフェレスッッ!! もうお前には負けないッッ!! 前からあんたは卑怯だったけど、あたし
を苦しめるためだけにみんなを殺すなんてことはしなかった! 今のお前はもう人間じゃない ッ、本当の悪魔よ! あたしの命と引き換えても、お前だけはゼッタイに倒すッ!!」
先程までは大幅なレベルアップを果たした闇のパワーで、メフェレスはナナを圧倒していた。
技術的には相当な強さを得たはずのアスリート少女を、遥か凌駕する暗黒のエネルギー。暴 風のごとき破壊のエナジーの前に、ナナはみるみる苦境に陥って行った。必殺のスラム・ショッ トすら、暗黒の魔弾の前に苦杯を喫する有様だった。
だが、今のナナはメフェレスに匹敵するだけの光のエネルギーをその手に入れていた。
そして、内に湧き上がる力を自覚するのと同時、青銅の魔人があれほどのパワーアップを果
たした理由を正確に見抜くことに成功していた。
「お前は失敗したッ! ホントならあたしを好きなように殺せたはずだった。いつでもあたしを殺
せていた! とっとと殺せば良かったのに! でもくだらない考えでたくさんの人たちを犠牲にし たからッ・・・あたしに闘う力を与えたのよッ!」
怒り。
痛撃を食らい、純真な心を引き裂かれた超少女を衝き動かすその感情。
一度は地を這った守護天使の肉体が嘘のように巨大なエネルギーで満たされているのは、
炎のごとき感情と決して無縁でないことをナナは悟る。以前から同じような経験は何度もしてき た。思い返せば、不屈の闘志で窮地を脱するとき、そこには常に怒りが秘められていたように 思う。だが、かつてない血の滲むような激情に身を駆られることで、ナナは怒りがどれほど己 の戦闘能力を高めるのか、今ハッキリとわかったのだ。
普通その感情は、戦闘においてマイナスとされる。冷静な判断ができなくなるだけではない、
怒りは気負いを呼び、気負いは堅さを生む。格闘技において、大切なことは力を「込める」こと ではない。力を「抜く」ことだ。力を込めるのは誰にでも比較的容易くできる。しかし、緊張する 場面において力を抜くことのなんと難しいことか。格闘技の修行とは、ある意味力をいつでも 「抜ける」ようにするための訓練と言い換えてもよい。
力を「込める」のは、そこに留まろうとする力にもなる。よって力を込めれば込めるほど、打撃
の速度は遅くなる。逆に力が抜けているほど打撃の速度はあがる。スピードがあがれば威力 も当然増す。余計な力が抜ければ体力のロスも防げる。脱力こそが格闘技の裏に隠されたテ ーマなのだ。
力を「抜く」妨げとなる怒りの感情は、格闘において極力避けたいもの。怒りで戦闘力が増す
などという考えは少年漫画のなかだけで、実戦では寧ろ逆、というのが格闘界での定説であっ た。事実、七菜江自身も西条ユリとの組み手のなかで、興奮すればするほど感情とは裏腹に かえって手玉に取られやすくなることを身をもって痛感している。怒れば怒るほど弱くなる。こ れが武の道においては正解なのだ。
類稀な運動神経、そして天性のパワーとスピードで真正面から闘う七菜江も、ユリや五十嵐
里美と稽古をつけるうちに、力を抜くことの重要性は理解し始めていた。だからこそ、怒りが戦 闘力を高めるという考えから、無意識のうちに目を背けようとしていた。
しかし・・・違うのだ。
そう、違うのだ。普通の戦闘と、『エデン』を寄生させた者の闘いは。
願望、信念、正邪の資質・・・融合した者の精神により授ける能力を大きく変える『エデン』。プ
ラスの方向、マイナスの方向に関係なく、感情が強まれば強まるほど与えられる力は巨大にな る。想いが深く強いほど、光あるいは闇のエネルギーはより強力なものとなるのだ。
相手をどうしても倒したいという、怒り。
熱望とも言うべきその強い意志は、食欲よりも性欲よりも、どんな欲望よりも遥かに濃厚なも
の。凄まじい力を『エデン』寄生者の肉体に生み出すのは寧ろ当然ではないか。
深刻なダメージを負った肉体を回復させ、さらにはソリッド・ヴェールを使わずとも青銅の魔
剣を腕で防いでしまうほどの力をナナに与えたところで、なんの不思議があるだろう。
そして、魔人メフェレスが異常に闇のエナジーを高めたのもなんのことはない、ナナの怒りと
同じ原理。
以前のメフェレスは己が支配者であることを証明できれば良かった。邪魔者であるファントム
ガールは目の上のたんこぶ、目障りな障害物に過ぎなかった。
しかし、敗北を味わい辛酸を舐めた青銅の魔人は、今やファントムガールを根絶やしにする
ことこそが全て。
銀色の守護天使を処刑する。ひとり残らず血の海に沈め地獄に落す。憎悪に凝り固まったメ
フェレスのベクトルは、ファントムガールの殲滅、ただその一事に向かっているのだ。
ファントムガールをどうしても抹殺したいと願う男に・・・『エデン』はその力を与えた。それが精
神に感応する宇宙生物、最大の特性。ナナは知っている。かつて藤木七菜江を憎んだ女が、 ファントムガール・ナナに対してのみ、凄まじい強さを誇ったことを。七菜江を憎悪する柴崎香 が変身した蜂の怪物クインビーの前に、ナナは絶命寸前まで苦しめられた。その時と一緒。守 護天使に復讐を誓う今のメフェレスは、ファントムガールキラーとでも呼ぶべき存在に生まれ変 わったのだ。
己の全てをファントムガール抹殺に捧げたメフェレス。
だからこそ短期間であれほどのパワーアップを遂げた。度重なる敗北の屈辱が、闇の王を
自認した男を復讐鬼へと化したのだ。
「ほざきおって、カスがッ・・・! 貴様などいつでも殺せるわッ!」
黄金の般若マスクが激昂した調子を含ませて吐き捨てる。
しかし魔人の内心は、駆け引きの出来ぬ愚鈍者と位置づけている純粋少女の言葉が、正し
いことを認めずにはいられなかった。虐げるのを楽しむあまり、ナナを復活させてしまったのは 明らかなミスだ。人質代わりの人間たちを皆殺しにしたことで、逆に女神を闘いやすくさせてし まうとは・・・苛立つ。愚かな己が苛立つ。侮ってはいけないと、これまでの闘いで身に染みてい るはずなのに・・・まだメフェレスのどこかで銀色の女神たちを見くびっている部分があるという のか。
「ええいッッ、構うかッ!! 貴様が満足に闘えぬのはわかっている。やるぞッ、マヴェルッ!」
青銅剣を構えた魔人が一気に殺到する。
合図を受けた銀毛の魔豹が背後から佇むファントムガール・ナナに飛び掛っていく。前方か
らメフェレス、後方からマヴェルの挟み撃ち。心が通い合ってるなどとは到底思えぬのに、悪党 どもは絶妙のタイミングで同時に攻撃を仕掛ける。
銀と青の女神が硬直していたのは数瞬であった。
膝から崩れ、その場に沈むナナ。やはりまだダメージは深く残っていたのか? そうではなか
った。少女戦士は自ら片膝立ちの態勢になったのだ。高々と突き上げられた右の拳。強く握ら れた青い拳に、身体中から光のエナジーが収斂していく。
「ゲエッ?! ま、まさかアレをッ〜〜ッ??」
サファイアの瞳を大きく見開いた魔豹が、思わず足に急ブレーキを掛ける。
ファントムガール・ナナの超必殺技、ソニック・シェイキング。
光の波動と超震動を組み合わせた、全方位型の殲滅技。もしこの場で発動されれば、至近
距離にあるマヴェルもメフェレスも一溜りもない。ただの一発で全ては終わってしまうのだ。
「騒ぐな『闇豹』ッ!! そいつにソニック・シェイキングは打てんッ! 畏れず飛び掛れッ!」
マヴェルとは対照的に、青銅の魔人は殺到の加速をあげる。
「周囲四方を破壊するあの技は、人間どもがいる場所では使えぬ。そしてムシケラどもが死滅
しても・・・そのバカな女に文化遺産を壊すことなどできぬわッ!」
東京の地で藤木七菜江を襲撃する計画を企てたときから、悪鬼は見抜いていた。首都の地
でソニック・シェイキングが発動されることはない、と。
光のエネルギーを噴き上がる火柱と化して、同心円状に聖なる力と超震動を叩き込む荒技、
ソニック・シェイキング。ミュータントが数百単位で囲もうと一度に殲滅可能な恐るべき技である が、その効果を限定できないという、人類の守護者としては致命的な欠点があった。一千万人 が暮らす東京で無闇に放とうものなら、何人の犠牲者、幾棟の廃墟を生み出すことやら。人々 が近くにいる際に、ソニック・シェイキングが使えないのは決定事項と言ってもよかった。
それだけではない。東京にはこの国を代表する施設がいくつも点在している。
例えば、ここならば、明治神宮。
明治天皇が祀られ、日本一初詣での人々が訪れるこの神社を、戦士として致命的なまでに
甘いナナが壊せるはずがない。
壊せるはずがなかった。
今が、犠牲になる人間が存在しない状況であっても。
「所詮、仕草だけであろうがッ! 貴様にその拳は打てんッ、その隙に切り刻んでくれるわ
ッ!!」
超震動が生まれないことを確信した魔人が、一気に座り込む青い天使の傍らに飛び込む。
刃の届く位置。絶好の、処刑チャンス。
だが、天使の瞳に灯った青い光は、迷いのない鋭さで黄金のマスクを貫いた。
まさか・・・打つのか?!!
打てるというのか、甘ちゃんの貴様が?! このメフェレスを倒すためなら、東京の地を破壊
することも躊躇わないというのか?!!
ナナの右拳が、振り下ろされる。
渾身の力を込めた右のパンチが、森の大地に叩き込まれる。
「ッッ?!!」
予想外の光景に、青銅剣を振ろうとしていた魔人の動きが止まる。咄嗟に防御姿勢を取って
硬直する。
背後に迫っていたマヴェルもまた、脅えた少女のような姿で体勢を凍えさせた。防御などまる
で無意味。この距離でソニック・シェイキングを食らうことは、絶対の死を意味する―――
恐怖に固まった悪魔二匹が見たものは、眩い光の柱ではなく、宙に浮かぶグラマラスな銀色
の肢体であった。
空中で旋回する、水蜜のごとき極上ボディ。
大地に拳を叩きつけた反動で宙に舞ったファントムガール・ナナは、前後に迫っていた悪党
二匹に、錐揉みのように回転しながら空中蹴りを打ち込んでいた。
弾かれたように、森林の海を切り倒しながら吹っ飛んでいく巨大生物。
ソニック・シェイキングを放つ代わりに、ナナはトリッキーな動きで悪の挟み撃ちを迎撃してい
た。
「ぶぷッッ・・・おごォッ・・・マ、マヴェルの顔を蹴るなんてッ・・・て、てめえェェッ〜〜ッ!!」
「ごふッ・・・こ、このメスめがァァッ〜〜ッ!! ふざけたマネをッッ・・・」
守護天使の前後で巻き起こる憤怒の叫び。顔面を押さえながら立ち上がった青銅の魔人と
銀毛の魔豹からは、憎しみのオーラが水蒸気のごとく昇っている。顔を足蹴にされるのはただ でさえ屈辱的だというのに、フェイクに、それも思わず恐怖するほど、見事に偽りのソニック・シ ェイキングに引っ掛かってしまうとは・・・始末できたはずの青い天使に反撃を食らい、焦りと怨 嗟が二匹の悪魔に絡みつく。
対するファントムガール・ナナは、美神に造られた見事なボディラインを強調するかのように、
神聖なる森の中央に仁王立つ。血と泥と白濁液に汚れた張り詰めた肢体は、しかし敗者のそ れには見えなかった。守護天使。戦女神の称号に恥じぬ、凛々しき雄姿。悪の枢軸二体に囲 まれながら、乙女の瑞々しい肉体からは脅えの陰すら見えない。
が、しかし―――
ゴブウッッッ!!!
胃の腑自体を吐き出したかと思えるような真っ黒な血塊が、聖少女の唇からこぼれ出る。
グラリと揺れる、銀色の肢体。瞳の青光が一瞬、消える。足を踏ん張り、辛うじてナナは倒れ
ることを避けた。
「クッ、クク・・・クハハハハ! それはそうだ! 無事なわけがない!」
ビチャビチャと「神宮の森」に降りかかる吐血の雨音をBGMに、黄金の般若面が高らかに笑
う。
「今の貴様はネジも歯車も破損しているのに、無理矢理に高圧電流を流して動いている壊れた
オモチャ同然。確かに光のパワーは増したようだが、肉体に負ったダメージは隠しようもない わ!」
口元を拭う芸術的な女神のボディは、ハァハァと慌しく肩を上下させていた。
怒りに衝き動かされているナナであるが、暴虐の前に先程まで地を這っていたのは事実。破
滅の黒光も魔悦の淫光もさんざんに浴び続けた。エナジー・クリスタルは青銅剣に突かれ、執 拗な色責めに昇天と蘇生を繰り返し、ついには仇敵の魔羅で口を犯されたナナは、心身ともに 崩壊寸前まで追い詰められたのだ。比喩でも大袈裟でもなく、今のナナは命を削って闘ってい るようなものであった。
「先程で貴様がソニック・シェイキングをやはり使えぬことはよくわかった! もはや貴様に勝ち
目は皆無! 命尽きるまで嬲り殺してくれるわ」
「ソニック・シェイキングがなくても・・・お前たちには・・・勝てる・・・」
「バカがッ! 無謀もここまでくると救いがたいッ」
「あたしには・・・新しい必殺技が・・・ある・・・」
ゆっくりと青き守護天使は呼吸を整える。
メフェレスの言う通り、ナナにはソニック・シェイキングを使うことはできなかった。馴染みはな
くても、この由緒正しき神社がいかに大切な場所で、日本人にとって重要なものであるか、理 解しているつもりだ。人類の脅威を取り払うためとはいえ、己の手で祖先が築き上げた財産を 壊すことなどできない。といってスラム・ショットは殲滅魔弾を放つ魔人には必殺足りえなかっ た。この窮地を逆転するだけの技は、もはやただひとつ――
「新しい技だと? フンッ、ソリッド・ヴェールとやらはすでに破れたことを忘れたのか」
「ソリッド・ヴェールは・・・オマケみたいなもんよ・・・・・・お前たちを倒すため、ずっと修行して使
えるようになった新必殺技・・・」
できるなら、この技は使いたくなかった。
いざという切り札として、密かに練習し続けてきたこの技。躊躇ったが故、数百人もの犠牲を
生んでしまったことを思うと胸が張り裂けそうになる。始めから、やればよかった。痛恨の想い が、今、この場での発動を推し進める。使うしかない。やるしかない。あたしの命なんて惜しま ないで、この悪魔たちを倒すんだ!
「お前ら悪魔は・・・ゼッタイにあたしが倒してやる!・・・この・・・新必殺技“BD7”でッ!!」
夜の森林に響き渡る決意の叫び。
銀と青の守護天使と対峙する般若面の魔人は、探るようにゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「新必殺技・・・ビーディー・・・セブンだと・・・?」
ナナの背後で身構えるマヴェルの肩が、肉眼で確認できるほど大きく上下する。今にも飛び
掛りそうな体勢でありながら、銀毛の豹女は明らかに戸惑っていた。ショートカットの少女戦士 が愚かなまでに駆け引きができない性格であることはわかっている。そして、その秘める戦闘 能力の高さも。状況は優位にあるといえ、ナナの言葉は決して軽視ならざるものであった。
「そうよ・・・“BD7”で、この闘いに決着をつける。お前たちを・・・倒して」
「笑わせるわ。そんな都合いいものがあれば、始めから使っているだろうに」
「この技は危険すぎるから使えなかった。お前たちを倒す前に、自滅しちゃったら意味ないか
ら・・・でももう・・・あたしに失うものは、なにもないッ!」
ドン・・・ドン・・・ドン・・・
張りのある超少女の肉体が、小さくジャンプを繰り返しリズムを取る。地響きと軽い揺れが明
治神宮の敷地を覆う。弾けるような天使のステップは、サイズこそ桁外れに巨大だが、打撃系 格闘技の選手がウォーミングアップで行なう動きに酷似していた。
タイミングを計っているのか?
緊張をほぐしているのか?
ナナがなにをしようとしているのか、警戒を高めるメフェレスの耳に、新たな必殺技の布石と
もいうべき異常を知らせる音色がはっきりと届いてくる。
ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・
「鼓動を・・・早めたか・・・?・・・」
小刻みなジャンプに合わせるように、心臓が早鐘のごとく鳴り始めたのが距離を置いても伝
わってくる。跳躍を繰り返すことで全身の血流を早めようというナナの狙いが、百戦錬磨の魔 人には瞬時に読み取れた。
嫌な予感が、する。
知っている。いつか味わったことがある、この感覚は。おぼろげな記憶に隠れたこの経験
は、紛れもなくメフェレスが忌み嫌う苦味を含んでいる。
発動させてはならない。BD7とやらを。
だが必殺技の準備に入ったナナに、魔人メフェレスも背後のマヴェルも飛び掛っていくことが
できない。隙がない、のだ。必殺技の態勢に入ったからといって、決してナナは無防備になった わけではない。驚異的な耐久力を誇る青い女神につい先程手痛い目に遭ったばかりの悪魔た ちは、不用意な突撃に二の足を踏まざるを得ない。
ある。やはり、ある。
この状態。敵が着々と強大な力の準備を進めるのを、眺めるしかない状態。這い昇る悪寒を
どこかで理解しつつ、相手のMAXパワーを待ち受けるこの感覚・・・オレは間違いなく経験した ことがある。
刻一刻と鼓動と体温を上昇させていくナナを前にしながら、尊大な魔人の胸に灰色のざわめ
きが広がっていく。
マズイ、のか?
止まらない。不愉快なこの胸騒ぎが。小癪な小娘を、今すぐ始末しろと訴えかけてくる。全力
をもって、今のうちに血祭りにあげろと。
さもなければ・・・負けるとでも言うように。
「半死人のこんな雑魚にッ・・・舐めるなッ!!」
内なる声を吹き払うように、メフェレスが身体ごと捻って青銅剣を振り上げる。
空気を切り裂く音は、魔剣が振り落とされた数瞬後でした。闇王の真空斬り。刀の軌道に合
わせるように出現した暗黒の三日月カッターが、風を巻いて発射される。斬撃そのものの黒光 が、小刻みに跳ぶナナに向かって一直線に疾走する。
「うおおおおおおッッ―――ッッ!!!」
青き超少女の、咆哮。
軽やかな跳躍から一転、大地に踏ん張って着地したナナは、全身の力を一気に開放した。
突風。閃光。聖なる白き光が爆発する。轟音とともに中腰姿勢のナナの身体から、昇竜のご
とき光の奔流が渦を巻いて立ち昇る。鳴動する大地。森林に伝播する葉擦れの音。自ら眩い 銀光を発散する女神を中心に、明治神宮は昼のような明るさとビリビリと震える空気に支配さ れた。
太陽のごとき少女よ、ファントムガール・ナナよ。お前は本物の太陽となったのか?!
この純粋な少女戦士が凄まじい運動能力の持ち主であることは知っている。驚異的な耐久
力を誇ることも。潜在する能力の高さには薄々気付いてはいたが、よもやこれほどの光のエネ ルギーを秘めていたとは!
真っ向から吸い込まれていった漆黒のカッターが、たぎるナナに触れた瞬間、粉砕される。
魔剣の斬撃は先程ソリッド・ヴェールの前にも防がれている。しかし、同じように映る現象も、
その内容には違いがあることをメフェレスは見抜いていた。ソリッド・ヴェールは三戦立ちという 技が基本。つまりは空手道に伝わる「技術」とそれを修練した「自信」とが強固な防御力を授け ていた。今回は、違う。膨大な光の源は、技術でもなんでもない、単にナナが全力で己の肉体 中から掻き集めただけ。単純、しかしだからこそ圧倒的な光のエネルギーで、闇の攻撃を跳ね 返したのだ。
「こッ・・・のォッ・・・バケモノがァァッ―――ッッ!!! あれだけ痛めつけてもまだッ
ッ・・・!!」
「慌てるなッ、『闇豹』ッ!! いくら巨大なエネルギーとはいえ所詮一時のもの! こんなもの
はすぐに終わるわッ!!」
瀕死に陥ったはずの少女戦士が見せる、壮大なパワー。新たな必殺技を危惧するマヴェル
が、底知れぬナナの能力に焦りを見せたのも当然と言えた。
この娘はなにをするつもりなのか、と。これだけの力がまだあるのなら、一体どれほど恐ろし
い必殺技を携えているのだ、と。
伝統ある柳生の剣を受け継ぐ魔人メフェレスは違う。狂的な破壊衝動しか背後にないマヴェ
ルとは違い、闘いに関連するひと通りの知識は持ち合わせている。だからこそ、一見凄まじい ナナの爆発的エネルギーにも臆することなく、そのカラクリを見破っていた。
「小刻みなジャンプで早めた血流を、力を込めることで一気に全身に送る。バカげた光のパワ
ーも、全身から搾り出して掻き集めたが故に過ぎん。ククク、なんという無謀なバカだ! 一瞬 の力の高揚のために、残るエナジーのほとんどを使い果たそうとは!」
繰り返し行なわれたリズミカルなジャンプ。格闘家のウォーミングアップのような動きは、まさ
しく肉体を温めるための行為だった。
身体を動かすことで血が巡る。血流が早くなる。そうして潤滑になった血を、中腰という力を
込めやすい態勢で踏ん張ることで、一気に全身に注ぎ込む。
血は酸素と栄養を含む。血液が巡るということは、全身が活性化されるということ。また、血
が送られることで筋肉は膨張し、通常以上の強度と瞬発力を生む。さらに鼓動の高まりは交感 神経を刺激し、研ぎ澄まされた感覚と緊張を呼び起こす。
ナナの一連の動きは、パワー・スピード・耐久力・・・戦闘に関する全ての数値を引き上げるも
のであったのだ。
それだけではない。戦闘態勢に入った肉体に呼応して、精神の具現化した力ともいうべき聖
なる光も極限にまで高められていく。
そうすることで今のナナは、体内に残存するほぼ全ての力を結集することに成功したのだ。
が、しかし―――
「“BD7”などと大層な名前をつけるからなにかと思えば・・・単なる力の集中開放とはな! くだ
らんッ」
吐き捨てるメフェレスに、無言でナナは応える。
「全力でぶつかればこのメフェレスに勝てると思ったか?! こんなものが必殺技とは片腹痛
いわ!」
「・・・・・・“BD7”なら・・・お前に勝てる」
「笑わせるな! 貴様がしているのは、たかがパンプアップに過ぎんッッ!!」
パンプアップ。運動することで筋肉に血液を送り、膨張させること。
試しに腕立て伏せでもしてみれば、二の腕がやる前に比べて太く固くなり、仄かに温まってい
ることがすぐにわかるだろう。それがわかりやすいパンプアップの例。確かにメフェレスの指摘 通り、やっている動作は派手でもナナがしていることは要はパンプアップに違いなかった。
己の持つ力を瞬間的に、極限まで高める。それはいかにも必殺技らしい発想。しかしメフェレ
スからすれば、決して驚くべき内容ではない技。ナナが言う新必殺技がその程度のものであれ ば、もはや恐れることはない・・・
勝利の予感に、高らかに魔人が哄笑しようとした、まさにその時。
―――あった。
以前にもあった。同じようなことが。これから闘おうとする相手が、パンプアップによって『変
身』したことが。先程までの不快な胸騒ぎが、一段と激しく蠢く。傲慢な悪鬼の脳裏を駆ける、 鮮烈なショック。強引に、記憶の底に沈めたはずのあの出来事が、メフェレスの意志とは無関 係に浮かび上がってくる・・・
メフェレスは、いや、久慈仁紀は知っている。
時間を掛けて必殺技の態勢に入る者のことを。全力を出すためにパンプアップする者のこと
を。どちらも同じ人間だった。久慈が忘れられない、忘れてはいけない人物。忘れたいのに許 されない人物。幾多かの不覚はあれど、本当の意味で久慈に敗北の味を教えた、唯一の人物 ―――
久慈を地に這わせた男・・・格闘獣、工藤吼介。
「貴様ァァァッッ――ッッ、『あの男』のマネをしていたかァッッッ!!!」
黄金の般若面から迸る、呪詛の叫び。
突っ込んでいた。余裕を漂わせることが美徳と信じているような魔人が、遮二無二なまでに
一直線に。具現化した悪夢を振り払うように、妖剣を振りかざして襲い掛かる。
守護天使の右拳が、高々と天に向かって突きあげられる。
濃密な光が結集した少女の拳。バチバチと稲光りのごとく白光が爆ぜる。やる気だ。間違い
ない、新たな必殺技を。だがその技の態勢は、メフェレスが既に知っている技と変わることがな い。
この期に及んで・・・ソニック・シェイキングだと??―――
「新必殺技を考え始めたときから、やるならソニック・シェイキングを直接敵に当てるしかないっ
て思ってた」
極大の破邪の光と、衝撃波を伝える打撃とを組み合わせたものがソニック・シェイキング。本
来は大地に放ち、周囲四方を一斉に殲滅させる究極技だが、それをひとりの敵にぶつければ どうなるか? 言語を絶する破壊力が生まれるのは想像に難くない。超がつく必殺の技を生み 出すのに、その点に発想が向かうのはナナでなくとも当然といえた。
事実、難攻不落の防御力を誇るウミガメのミュータント「ウミヌシ」に対し、ナナは直接叩き込
むソニック・シェイキングを繰り出している。ただ大地と生身の生物とでは、動きの有無から細 胞の組成まで、あらゆる面で差異がある。「ウミヌシ」に使ったのも、未完成なものでしかなかっ た。
「直接当てるソニック・シェイキングを使うためには特訓が必要だった。でも威力が強烈すぎる
から、ひとを相手に練習するなんてできなかった」
ソニック・シェイキング習得時、練習の場にした五十嵐家の中庭は七菜江が陥没させた穴で
いっぱいになった。大地を抉る強力な打撃を、人間に繰り返し叩き込めばどうなってしまうの か・・・超人的耐久力と回復力をもたらす『エデン』を宿した少女たちに囲まれながらも、七菜江 はついに誰にも特訓の協力を要請しなかった。
「だからあたしは・・・自分の身体を技の実験台にした!」
白光を纏った右拳が、振り下ろされる。
目指すは森林の大地ではなく、己の左胸。心臓へ―――
肉の食い込む轟音とともに、ナナの右拳は自身の豊かな左乳房に突き込まれた。
「特訓の結果、偶然生まれた新必殺技・・・これがッッ――ッッ!!」
ドクンッッッ!!!
ドクンッッッ!!!・・・・・・ドクンッッッ!!!・・・・・・
「“ビート・ドライブ・レベル7ッッ”!!!」
ドクンッ!! ドクンッッ!! ドクンッッ!! ドッドドッドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!
膨大な光のエネルギーが。地すら震わす衝撃波が。
ナナの心臓を激しく揺さぶる。血液ポンプの機能を有り得ない速度に高める。極限にまで早
まっていた血流の潤滑を、マッハの域にまで押し上げかかる。血管との摩擦で血流が沸騰しそ うなほどに。
世界のあらゆる興奮剤が、まるで児戯。最強・超絶・究極のドーピングがいまここに。全力で
高められたナナの戦闘能力は、心臓破裂の危険と引き換えに、一気に数十倍の高みにまで 達していた。生まれる高熱で銀と青の肢体が灼熱の色に染まる。充満する聖光が蒸気のごとく 立ち昇る。早打つ鼓動が暴風となって耳朶に響く。
胸の中央に輝く水晶体が、ヴィーン、ヴィーンと鳴り始める。
苛烈な攻撃にさらされてもこれまで鳴ることのなかった生命の象徴が、今になって初めて枯
渇を知らせる警戒音を発する。いかに“BD7”が危険で、激しく体力を消耗する技か。己の攻 撃でエナジー・クリスタルが点滅を開始するなんて、無論ナナにも初めての経験だ。
「ヌオオッッ―――ッ?!!」
青銅の魔剣を大上段に構えたメフェレスが、赤銅に変色したナナの懐へ構わず踏み込む。
殺す。殺るしかない。狙うは頭頂、天蓋から股下までを真っ二つに――神速の斬剣が闇を裂
いて振り落とされる。
青銅の刃が、青いショートカットに、触れる。
ドドドドドドドンンンンンンンッッッ!!!!
一秒で、ではない。
一瞬で放たれた7発の右ストレートパンチが、甲冑鎧の胸部から腹部を打ち砕く。
「ゴパアアッッッ?!!」
必殺剣を振り落としたはずの魔人は、粘った血糊を吐き出しながら派手に吹き飛ばされてい
た。
青銅の鎧に刻印された、7つの陥没跡。もし甲冑がなく肉体で打撃を食らっていたら、勝負は
この時点で決まっていたかもしれない。
パワーもスピードも、段違い。
その強さ、数倍。いや、数十倍。元々抜群の運動能力を誇ったアスリート天使は、神の領域
に手を掛けようというのか。剣の達人メフェレスをして、もはやその動きを見切ることができな い。
弾丸となって明治神宮の上空を飛ぶ魔人を、紅の閃光となった超少女が追撃する。
その速度は、もはや肉眼で視認できる範囲を遥かに越えてしまっている。
神速に対抗しうるは神速。
ダメージを感じさせぬメフェレス横薙ぎの一閃が、無防備に飛び込んできたナナの首元へ吸
い込まれていく。
ブオンンンッッ!!
手応えなし。消えた?! 残像かッ!!
赤銅に燃える少女戦士が、宙を舞う魔人の背後に現れる。
「捉えたッッ!!」
猛る黄金の般若面。上をいったつもりのナナの、さらに上をいく快感。一瞬の世界に生きる
剣客の目を舐めるな。誰もが見えぬ電光石火の女神の動きを、殺意に凝り固まった悪鬼のみ が感じ得た。空振りに終わったはずの刀身が、そのまま勢いをつけて背中に回る。
闇夜に響く、澄んだ音色――
再び首に飛んできた青銅の凶刃を、ナナは左腕一本で受け切っていた。
「うおおおおおおおッッ――――ッッッ!!!!」
ドドドドドドドゴゴゴゴゴゴゴンンンンンンンッッッ!!!!
幾重にも積み重なった打撃の爆音は、落雷にも似た調べ。
右ストレート。左フック。右ローキック。左ミドル。右のハイ。散弾のごとき無数の打撃が魔人
の背中に一斉に叩き込まれたことを、眩い閃光の中に映る残像が教える。
ブシュッッ!!・・・
般若の口から噴き出す、深紅の血霧。
カウンターとなった猛撃を背中に浴び、漆黒の靄に包まれた魔人が膝から大地に崩れ落ち
ていく。
「舐めるなァァァッッ、クズがァッッ!!!」
倒れなかった。並のミュータントならばとっくに殲滅確実な猛打を受けて尚、復讐の魔人は逆
襲してきた。
瞬く間もなく回転する。振り返りざま、美少女戦士への一撃。完全に虚を突いたはずの斬撃
は、身を沈めたナナには届かなかった。
奸計を凌駕する、たぎる天使の運動神経。
魔人の攻撃は、確かにナナの不意を突いていた。だが、それでいながら、爆発的パワーとス
ピードを得た守護天使は凶刃をその運動能力のみで避けたのだ。
ガクンと魔人が膝から崩れる。
内側に叩き込まれたナナのローキックがその原因であると悟るには、時間がもう数瞬必要で
あった。
「食らえッ・・・」
決意に輝く青い瞳は、メフェレスの懐の内にいた。
バカな。こいつ、このオレを凌駕するなどと。クズ。有り得ぬ。単細胞な能無しのはずなのに。
負けるのか。殺す。ファントムガールは全滅。なんて強さ。クズのくせに。なんだその瞳は。さっ さと殺しておけば。クソが。一緒か。有り得ぬ。バカなバカなバカな。ファントムガール殺す。一 緒なのか。オレは王だ。こいつ『あの男』と。有り得ぬ有り得ぬ! 『あの男』と、『あの男』と一 緒なのかッ?!!
グシャリッッッ!!!
青い拳が般若面の顎を砕く。
ナナ渾身のアッパーブローは、天に舞う昇竜のごとき光の渦を生み出し、魔人の肉体を神宮
の空に打ち上げる。 砕け散る、青銅の鎧。咽喉、鳩尾、股間に穿かれた拳跡が、アッパーと 同時に放たれたブローの威力を物語る。
地響きとともに、「神宮の森」に落下した闇の王は、ドロリとした吐血を黄金マスクの隙間から
垂れ流すや、横臥したままピクリとも動かなくなった。
「こ・・・いつ・・・本当にバケモノかァ・・・??・・・」
距離を置いて佇んだまま、一部始終を見ていたマヴェルの口から呟きが洩れる。
いや、正確に言えば見てなどいなかった。見ることができなかった。
ナナの動きもメフェレスの動きも、魔豹のサファイアの瞳には捉えることなどできなかった。白
と黒の光が交錯するのがわかる程度。BD7を発動したナナに渡り合えたのは、メフェレスもま た尋常ならざる能力を持つからこそだ。
しかし、そんな闇の王すら赤銅のナナには手も足もでなかった。
無理だ。敵うわけがない。神崎ちゆりは己の力量をよくわきまえていた。単純な肉弾戦でナ
ナに勝つ可能性は皆無。まともにぶつかるのは自殺行為のようなものだ。
闘うのなら、今この状態。
遠く離れた場所から、超音波のミサイルを浴びせてくれる。
思い切り空気を吸い込んだ魔豹が、パカリと深紅の口腔を開ける。
ドゴンンンッッッ!!!
飛び込んできたナナの拳が、マヴェルの顔面に食い込む。
ゴブリと溢れる鮮血。鼻と牙とを潰されながら、魔豹はなにが起きたかすらしばらく理解でき
なかった。まさに閃光。距離などまるで無意味。マヴェルが技を発動させる刹那に、ナナは長 躯しての一撃を完成させたのだ。
「ブッ・・・ぶぷッッ・・・てッ、てめえェェ〜〜ッッ!!!」
グラリと揺れる豹女が踏ん張る。顔を傷つけた許すまじき敵を見詰める。
だが、サファイアの視線の先に、ショートカットの天使の姿はなかった。
ドドドドドドドドドドドッッッ!!!!
周囲に土埃が舞う。震動が起こる。倒れる森林が、マヴェルの周りを何者か巨大な存在が囲
んでいることを示す。
見えない。いるはずの、ナナの姿が見えない。ただ白光がバチバチと魔豹の周りで爆ぜてい
る。
聞こえてくるのは大地を蹴る音と、濁流のような鼓動。
超速度で周囲を飛び回るファントムガール・ナナの姿を、マヴェルは残像ですら認めることが
できない。
「ちょッ、ちょっと待ってェェ――ッッ!! 許してェッ、マヴェルに勝てるわけ、ないじゃなァ〜〜
い!!」
突然銀毛の豹女は、その場で土下座をした。狂気に満ちた怒声が一転、甘ったるい声に変
わっている。あからさますぎる変貌と擬態。いかに純粋とはいえ、さすがのナナも騙されそうに ないあざとさ。だが、裏世界を生き延びてきた『闇豹』は臆面もなく、芝居と懇願を続ける。
「悪いのは全部メフェレスよォ〜〜、わかるでしょォ〜?? お願いだから、命だけは取らない
でェェ〜〜!」
「罪のない原宿のひとたちも・・・そうやって祈っていたのよ!!」
「あなたに勝てないのはよくわかったわァ〜〜。お願い、許してェェ〜〜! 嘘と思うなら、この
眼を見てよォ〜〜!」
土下座したまま顔を上げたマヴェルが、哀しげに歪んだ表情を閃光と化した女神に見せる。
思わずその眼を覗き込んでしまったのは、純粋少女の避け得ぬ運命か。
ビカッと発した猛烈な光が、ナナの視神経を針で刺されたかのような激痛で貫く。
「うぐうッッ?!」
地を蹴る連続音が途絶えると同時、よろめく天使がマヴェルの眼前に出現する。両目を手で
覆った少女。点滅する胸の水晶体。シュウシュウと蒸気が異常な量で立ち昇り、熱した銅のご とき赤色は薄くなってきている。ただ、ドクンッ! ドクンッ! という鼓動のみが、異様に大きく 響き続ける。
「ようやく・・・無敵のスター状態もタ〜イムオーバーってやつゥゥ〜〜?」
足の銀毛についた土を払いながら、演技を終えた『闇豹』が立ち上がる。言葉通り、ナナの
“ビート・ドライブ・レベル7”は終わりを告げようとしているのが明らかだった。これまでの戦闘 で積み重なったダメージは、ナナとマヴェルとでは比べ物にならない。それでも嗅覚の鋭い悪 の狂女は、あくまで慎重に徹した。
「バイバァ〜〜イ、子猫ちゃん♪ あんたと正面から遣り合うのはバカらしいわァ〜〜。顔の仕
返しはいずれじっくりさせてもらうからねェェ〜〜・・・ゲラゲラゲラ♪」
視界を取り戻したナナの前に、銀毛の魔豹はすでに姿を消していた。
“あたし・・・・・・勝った・・・・・・の?・・・・・・・・・”
銀色の肢体を覆っていた灼熱の色が消えていく。ナナのグラマラスなボディは、元の銀と青
色を取り戻す。
シュウウウウウウッッ〜〜ッッ・・・
沸騰していた血液と細胞とを知らしめるように、少女戦士の全身から猛然と蒸気が立ち昇
る。焼けた鉄を水中に投げ入れたかのようだった。雲を生み出す勢いで、蒸気が明治神宮の 空に昇っていく。
ヴィーン、ヴィーン、と鳴り続けるエナジー・クリスタル。小刻みに震える青い指が、そっと生命
の象徴に触れようとする。
「はぐうううッッ?!! ふきゅッ・・・ハヒュウッッ――ッッ!!」
突然、左胸を掻き毟ったナナは、大地を転がり悶絶した。
ビクビクと全身が痙攣する。窒息の苦しみに舌を出しながら泡を吹く。あらゆる細胞・血管・
神経を引き裂かれていく激痛に、踊り狂いながら悶えのたうつ。呼吸器官や血管などの循環器 系は極限にまで磨耗し、人智を度外視した動きは筋肉と神経を破壊した。『エデン』の力がな ければ、廃人は免れない苦痛。己の心臓に、ソニック・シェイキングを撃ち込む荒技なのだ。わ ずかな時間とはいえ神の領域に届く力を得た代償は、やはり大きい。
“ビート・ドライブ・レベル7”・・・ナナの言葉通り、自滅寸前のこの技は、成功しても尚、肉体
負担の大きすぎる超絶技であった。
「はひゅうううッッ―――ッッ!! ハヒュウウウッッ――ッッ!! ぐう・・・んんんぐぐぐゥゥ・・・
はあああッッ!!!・・あああッ〜〜ッッ・・・」
仰向けに転がり反り返るナナの胸が大きく波打つ。呼吸がほとんど満足にできない。全身が
バラバラになる寸前だ。ヴィーン、ヴィーンと弱々しく鳴るクリスタルの響きを聞きながら、あま りの苦しみにナナは変身解除することさえできなかった。
「無様な・・・クズが」
地獄の底から這い登ってくるような、呪詛の声。
深夜の「神宮の森」。闇夜に浮かぶ、青銅の甲冑姿と黄金のマスク。
魔人メフェレス。
まだ悪鬼は負けていなかった。猛撃の嵐を受け、尚その足で立ち上がっていた。恐るべしは
復讐と殺意の念。命と引き換えに引き出したようなナナの必殺技を耐え凌げたのは、膨大な闇 のパワーが防御力を高めていたからに他ならない。その力もまた、凄まじい。神と紛うような攻 撃を受け切ったのは、まさに真の悪魔がゆえか。
「認めよう、“BD7”とやらの破壊力。だが力を受ける代償がその有様では、あまりに無様」
立つ。立ち上がる、ファントムガール・ナナも。
メフェレスに触発されるように、限界間近のナナも二本の足で立ち上がる。鳴り続けるエナジ
ー・クリスタル。呼吸を求めて痙攣する肢体は、血と泥とで汚れきっている。互いに肉体は崩壊 しかけているのに、どうしても相手を倒したい執念だけが、光の少女と闇の悪鬼を支えている。
ナナの右手が高々と天に向かって突き上げられる。
まさか・・・やるのか?
もう一度やろうというのか、“BD7”を――!!
“ソニック・シェイキングができるのは・・・よくて2回が限度・・・だから“BD7”も2回までしか・・・
でも・・・・・・こんな身体でやったら・・・”
確実に、死ぬ。
自分の身体は自分が一番よくわかる。あの衝撃に、二度も心臓が耐えられるとは思えない。
たとえ耐えられたとしても、技の反動からくる後遺症で、恐らく今度こそ肉体は完全に崩壊す
る。
死か。あるいは、よくて植物人間か。
希望の欠片などない。でも、“BD7”を再度使えば、悪鬼メフェレスを闇に葬れることだけはま
た確実――。
「構う・・・もんか・・・!! あたしの・・・命は・・・・・・こいつにッ!!」
死を覚悟した一撃を放つべく、青き守護天使の肢体が再びリズミカルな跳躍を始めんとした
瞬間であった。
「待て」
ゾクリと戦慄するような冷たい響き。
重く低い声は、しかし青銅の魔人から放たれたものではなかった。
「ファントムガールは・・・オレたちの獲物だ。あとは任せてもらうぞ」
いつの間に、現れたのか。
ナナの両サイド、右側と左側の森に出現した、二匹のミュータント。
研ぎ澄まされた闇を纏わせた、菱形の頭部を持つ巨大生物が右側に。
Tレックスを彷彿とさせる、恐竜のような怪物が左側に。
瞬時にナナは悟った。新たな二匹の敵が持つ、凄まじい闇の力を。ファントムガールへの怨
念を糧に圧倒的パワーを手に入れたメフェレスに、すでに匹敵するほどの――。
二匹が立つ周囲の森が、恐ろしいまでの速度で瘴気に溶かされていくのが見える。
「ファントムガール・ナナ・・・か。守護天使第一の犠牲者として、悪くはない」
虚勢でもなく脅しでもなく、あくまで宣告の声。
サングラスを思わす一文字のひとつ目が、菱形の顔のなかで濃紺の光を放っている。
“こ、こいつら・・・・・・新たな・・・敵・・・・・・”
激しく肩で息をする青き女神が、せわしなく左右に視線を飛ばす。わかる。容易にわかる。こ
の二体のミュータントは、ナナの命を奪いに来たことが。かつて経験したことのない、恐るべき 強さを秘めた敵であることが。台詞を聞くまでもない、禍々しい外見を見るだけで本気の殺意 に塗り固められていることがわかる。
右側、マイナス記号に似たひとつ目のミュータントは明らかな人型であった。全身黒のボディ
に、肩・胸・腰と白のプロテクターを装着したかのような姿。膝から下にも付けられた白のプロ テクターは、ブーツのようにも映る。よく見れば、皮膚の表面は漆黒の縄で編まれたかのような 形状だ。プロテクターの無数の棘と相まって、細長い全身をシャープ、かつ筋肉質な印象に仕 上げている。一番の特徴ともいえる縦に長い菱形の頭部には、濃紺のひとつ目以外に口も鼻 もないが、そこだけがやけに非人間的であるために、無性におぞましく見える。
菱形の頭部を持った、漆黒の藁人形。
思わずナナが連想してしまった不気味な外見に加え、距離を置いても届いてくる、凍てつくナ
イフのごとき闘気。その存在は凶魔と呼ぶのに相応しかった。
対する左側は、二本足歩行の茶褐色の恐竜といったところか。右が凶魔ならば、こちらは凶
獣。ナナの脳裏に真っ先によぎったものは、何十年も前から日本の特撮怪獣映画の代表とし て君臨してきたアレ。あの怪獣王。筋肉を膨張させたTレックスとも言うべきその姿は、まさに 褐色版ゴジラといってよかった。だが尻尾を持たないこのミュータントは、二本の腕の先が槍の ように尖っている点が、怪獣王とは大きく異なっていた。マンモスの牙を取り付けたような腕。 そしてもうひとつ、このミュータントの最大の特徴は、顔に無数の疵痕が走り、ケロイド状に爛 れていることであった。
ナナは知っている。そのような、顔に無数の疵を持つ男を。
そして、気付いている。工藤吼介と一緒にいるとき、襲われかかったあの男・・・紫ジャケット
に身を包んだあの疵面のヤクザこそ、ミュータントの正体であることを。
「お前は・・・ハアッ・・・ハアッ・・・あのときのッ・・・・・・」
「ほほォッ〜〜、気付きやがったか? 今日はてめえを守るナイトはいないぜェッ〜〜」
やはりあの時、疵面は七菜江を襲撃しようとして近付いてきたのだ。
あの吼介が警戒を露わにするほどのヤクザが、ミュータントとなって消耗したナナの前に現
れるとは・・・しかももう一体の敵、漆黒の凶魔も疵面の凶獣に決して劣らぬ危険度であること は疑いようがなかった。
勝てるのか? いや、逃げられるのか、この状況で?
点滅する胸の水晶体が、守護天使の憔悴を知らせるように鳴り続ける。
「貴様ら・・・なぜここにいるッ?!」
苛立ちを隠しもしない声の主は、二体の仲間であるはずのメフェレスであった。
「ゲドゥー、ギャンジョー、貴様らの担当は地元に残ったサトミとユリアの始末のはずだ。東京に
来た連中はこのメフェレスの獲物だろうが」
「貴様に依頼されたのは、あくまでファントムガールども全員の抹殺。どこから殺ろうが、オレた
ちの自由にさせてもらう」
ゲドゥーと呼ばれたひとつ目の凶魔が、冷静を通り越えて冷酷なまでの声で応える。
「作戦は変更した。まずはこいつら、東京で孤立した守護天使を一匹づつ葬っていく。より確実
に標的を仕留める選択をするのが暗殺の基本だ」
「チッ・・・勝手なマネを」
「しかしどうやらその様子では、こちらに加勢に来たのは正解だったようだな」
表情などまるでない菱形の頭部が、心なしか笑ったように見える。
ゲドゥーの正体=海堂一美と疵面の凶獣ギャンジョーの正体=城誠は、夕刻アジトに潜入し
た女戦士を惨殺した後すぐに、東京行きの新幹線へと飛び乗っていた。
敢えて死体を分断して晒しておいたのは、五十嵐里美への脅迫と挑発のみが目的ではな
い。己が狙われていると自覚する里美は、必ず自分や西条ユリの身辺を警戒するはずだ。
その裏をかき、遠く離れた東京の地で、一人目のファントムガールを抹殺する。
気持ちが落ち着いてくれば、聡明な里美ならばすぐに東京に向かったメンバーの危機も悟る
に違いない。ファントムガールのリーダーが相楽魅紀の死で動揺する間に、襲撃者たちは行動 する必要があった。上京中の聖少女たちが迫る危険に勘付かぬうちに、一気に事を成し遂げ る。迎撃態勢の整っていない今は、決定的なチャンスであった。
青いファントムガールが出現したことを聞きつけた極道ふたりは、迷うことなく明治神宮を目
指したのだ。
「フンッッ・・・貴様らこそこうしてノコノコ現れたところを見ると、サトミの処刑に失敗したようだ
が?」
凍えるようなゲドゥーの闇に触発されたのか、ナナを前に激昂していたメフェレスの声音は冷
静さを取り戻している。
「“最凶の右手”も噂ほどには大したことがないようだ」
「そう焦るな。確かにファントムガールは餌食にできなかったが、代わりにボディガードを一匹
始末してやった」
「え?!」
荒々しく呼吸しながら様子を見守っていたナナの吊り気味の瞳が、一瞬大きく開く。
「相楽魅紀とかいうサトミの犬をバラしてきた。今頃切り落とした手足でも掻き集めている頃だ
ろう」
相楽魅紀―――
直接面識はなくとも、七菜江にもその名前には聞き覚えがあった。里美から伊賀忍者の末裔
のひとりとして、また影からファントムガールを支援するひとりとして、名だけ紹介されていたか らだ。
夕子から教えてもらったその女性は、とても魅力的で勇敢で、里美への忠誠が身から溢れた
ひとだった。
そしてなにより、魅紀のことを話す里美の優しくて嬉しそうな表情が、その見知らぬ女戦士が
次期御庭番頭領にとって家族のように大切な一人なんだと教えてくれた・・・
ドオオオオオオオオオオンンンンンッッッ!!!
白光の奔流が渦を巻いて青い女神の肢体から天を衝く。
再び起こった聖エネルギーの爆発。ドクンドクンと響き渡る異様な鼓動が、ナナの全身にたぎ
った血液を凄まじい速度で送り込んでいることを教える。
神宮の敷地に踏ん張り、搾りカスのような力を体内中から掻き集めるファントムガール・ナ
ナ。
その態勢が新必殺技“BD7”への布石であることは、もはや確認するまでもない。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ・・・魅紀さんを・・・ふひゅッ・・・ハアッ、ハアッ・・・殺しただって?・・・」
先程まで焦りを隠しきれなかった純粋天使の瞳に、躊躇の影は一切霧散している。
この状態で“BD7”を発動させればどうなってしまうのか? よくわかっている。
佇まいのみで背筋を凍らせる悪魔三体を相手に闘えばどうなるのか? よくわかっている。
確実な肉体の崩壊はすぐ側まで来ている。数多くの愛する者たちとは、もう二度と笑顔は交
わせまい。しかし、それでも・・・戦士として生きることを決意した17歳の少女は、残る生命の灯 を残虐なる悪魔どもに捧げるべきだとわかっている。
「嘘をッ・・・つくなアァァッッ―――ッッ!!!」
「・・・なるほど。面白い小娘だ。あの身体で未だこれだけの力を残すとは」
“BD7”は今最も使用してはならない技であった。最悪の場合、胸にソニック・シェイキングを
叩き込んだ時点で心臓が破裂してしまうかもしれない。成功しても、ナナの全ての筋肉は断裂 し、血管は擦り切れるだろう。発動の瞬間、藤木七菜江の未来に広がる輝かしい道の全ては 閉ざされることになる。
だが“BD7”であれば、我が身を生贄に捧げる引き換えに、悪の枢軸を滅ぼすこともできる。
三体全てとはいえないまでも、ひとりくらいは確実に葬れるはずだ。
ならば、迷うことはない。
犬死か、道連れか? 残酷な運命しか目の出ないダイスを、青き守護天使は戸惑いなくその
手にする。
「ゲドゥー、貴様に任せよう。この女とは遊び飽きたわ」
スッと青銅の魔人が一歩下がって、譲るようなジェスチャーを見せる。いつの間にか三日月
の笑いに戻った、黄金のマスク。
対照的に漂う闇の濃度を増した菱形面の凶獣が、ナナの右側の森で、ズイと一歩を前に踏
み出す。
天に向かって一直線に突き上げられる、眩しく輝く青色の拳。
守護天使が構えるソニック・シェイキングの・・・“BD7”の態勢。
最後の闘いを挑むべく、ファントムガール・ナナの右手が、己の心臓に向かって振り下ろされ
る――。
「ッッ?!!・・・・・・あッ・・・!!!」
乙女の肉を貫く音と、象牙のごとき白い槍が銀色の皮膚を突き破って飛び出る光景は同時
に起きた。
灼熱の激痛と噴き出す鮮血が腹部の中央で起こったのは、その次の瞬間。
ゴブリッッ・・・ドス黒い血塊がナナの口からこぼれる。ビクビクと震える聖少女は、信じられな
い表情を浮かべたまま、ゆっくりと青い瞳を己の背後に向ける。
「ギャハハハハハ! ヨソ見はいけねえなァッ、ファントムガール・ナナァッ〜〜ッ!!」
ショートカットの耳元で、生臭い息を吐きかけるのは、疵面の凶獣ギャンジョー。
右腕の先に取り付いた長く鋭い槍は、ナナの背中から腹部までを一気に刺し貫いていた。
「あッ・・・?!!・・・あぐッ・・・!!!」
「暗殺者ってのは、背後から近付くのが得意でないとなァッ! プロの技はガキには厳しすぎた
かァ、おいッ?」
ズボリという音とともに、根元まで埋まった槍の腕が一息に引き抜かれる。
ブッシュウウウウウウッッッ・・・!!
青い女神の腹部と背中とで、深紅の血潮の爆発が勢いよく巻き起こる。
血塗られたグラマラスな肢体が動く。振り返る。背後の敵を倒すため。反射的なその反応
は、腹部を貫かれたとは思えぬ驚くべき動きであった。
だが、凶刃を待ち構えたギャンジョーの前では、獲物が肉食獣の牙に飛び掛っていくも同
然。
もう一方、左腕の槍が、振り返った瞬間のナナの右胸を、深々と突き刺す。
「ふぐうううッッ!!!・・・ぐぶッ・・・ガハッ・・・がああッ、ゴブウウウッッ!!!」
聖少女の吐き出した大量の血が、褐色の凶獣にビチャビチャと降りかかる。
「ぎひ、ギヒヒ・・・い〜い刺し心地だァ。最高の締まり具合と弾力・・・女忍者も極上だったが、フ
ァントムガールともなるとレベルが違う・・・っと!」
ヴィーン、ヴィーンと鳴り響く水晶体を極太の足で蹴りつけるや、強引に槍を引き抜かれた血
染めの女神が、大の字になって背後に吹っ飛んでいく。
瞳の青色を点滅させる少女戦士を待ち受けるのは、濃紺のひとつ目を不気味に光らせた凶
魔ゲドゥー。
縄で編んだような漆黒の右手が、ムクムクと巨大化していく。
「小娘の必殺技など・・・実に笑止」
“最凶の右手”が拳を作る。振りかぶる。
腹部と胸とを刺し抜かれ、無様に宙を飛ぶしかないナナに、恐るべき凶撃を避ける方法など
なかった。
ドゴオオオオオオオッッッ!!!! メキョメキョメキョッッ!!!
背中に拳が埋まった瞬間、守護天使の肢体はくの字に逆に反り折れ、背骨のあげる絶叫が
残酷な夜にこだました。
「ひぐうううううううッッ―――ッッッ!!!! がはああッッ!! うがあああああッッッ―――ッ
ッ!!!」
「フン、意外と頑丈だな。これで背骨が砕けんとは」
ビクビクビクビク・・・
反り上がった姿勢のまま、全身を突っ張らせて女神が痙攣する。胸の水晶体が点滅を早め
る。
ゲドゥーが拳を引き剥がして尚、ファントムガール・ナナの肢体は爪先立ちしたまま悶絶に震
え続けた。
「背を走る主神経をやられたのだ。痺れるだろう、全身が。もはや動くことすら容易であるまい」
まるで処刑の瞬間を待ちわびるように、くの字に反れ曲がり、両手足を広げて痙攣し続ける
血染めの守護天使。
鈍重そうな外見からは予想できない素早い身のこなしで、褐色の凶獣が音もなくナナの背後
に現れる。
光る二本の腕の槍。クワガタの鋏のごとく広がった白い凶刃が狙うは、くびれた女神の銀色
の胴。無防備な脇腹へと、背後から象牙の腕が殺到する。
ブオンッッ!!・・・という風切り音を残して、ギャンジョーの腕槍はなにもない空間を切り裂い
ていた。
グラマラスな肢体が崩れ落ちている。糸の切れた操り人形のように。いや、違う。自ら沈ん
だ。激痛に悶えていた少女戦士は、追撃を察知し瞬時に身をかわしたのだ。
足が跳ね上がる。よく鍛えられた、艶光る青い模様の足が。
サッカーでいうところのオーバーヘッドキック。
身体を沈ませつつ、後方に縦回転。バック宙の要領で回転した肢体から放たれた左足が、
虚を突かれた凶獣の疵だらけの顔面に叩き込まれる。
ジャストミート。これ以上はない、会心の一撃。衝撃も切れ味も抜群の感覚が、ナナの左足に
疾走する。
「ぎいィッッ?!!」
「ああッ〜〜ッ?! やるじゃあねえかァッ、小娘がよォッ!!」
細く締まった青い足首に、獣の牙が食い込んでいる。
噛んでいた、ナナの足首を。ダメージの欠片も見せることなく、恐竜を思わせる牙は小癪な少
女戦士のアキレス腱に噛み付いていた。ブチブチと嫌な音が、ギャンジョーの顎のなかで響く。 絶叫する青い天使の肢体が、逆さま状態で振り上げられる。
ズドオオオオオオッッッ!!!
再度大きく広げられた二本の残酷な槍は、今度は逃げられることなく、アスリート天使の鍛え
られた左の太腿を左右から串刺しにしていた。
「うぎゃああああああああッッッ――――ッッッ!!!! あ、足がアアッッ――ッッ!!! あ
たしのッ・・・あたしの足がァァアアッッ〜〜〜ッッッ!!!!」
筋肉で引き締まった太腿を、極太の杭槍2本で貫かれる苦痛の、いかに壮絶なことか。
ズボリと槍を引き抜かれ、投げ捨てられたSラインのボディが、絶叫とともに転げ回る。鮮血
を噴く足を押さえて、神宮の森を悶え跳ねる。胸から、腹から、背から・・・破れ抉れた銀の皮 膚から、ドクドクとドス黒い血潮がこぼれ落ちていく。あまりに長い戦闘の責め苦で、究極のラ インを誇る天使の肢体は、もはや泥をかぶったように黒ずんでいる。
ヴィーン・・・・・・ヴィーン・・・・・・
聖少女に残された命がわずかであることを教えるように、明らかに遅くなったエナジー・クリス
タルの警戒音が血塗られた明治神宮の敷地に流れていく。
「トドメだ。光線技というものを試させてもらおう」
痛みにのたうつ体力すら、ナナから消え失せていった。太腿を押さえたまま転がる瀕死の守
護少女に、漆黒の凶魔が歩み寄る。菱形面のひとつ目が血染めのグラマラスボディを冷たく見 下ろす。
“最凶の右手”が地を這うファントムガール・ナナに向けられる。
乙女の肢体を執拗に貫かれ、意識のほとんどを苦痛に食い尽くされた聖少女に、最凶悪魔
の一撃を避ける術などなかった。
「光線というものは、名前を付けると威力が倍増するそうだな」
思念と密接に繋がる光線技は、具体的に名前を付けることでよりイメージが強化される。
強さを得るのに躊躇しない凶魔の膨らんだ右手に、闇よりも濃い負のエネルギーが集まって
いく。
「ファントム破壊光線ッ!!」
渦巻く漆黒の弩流が一直線に、横臥するナナの豊満な胸に放射される。
桁外れの暗黒エナジー。それだけでもゲドゥーの光線は兇悪に過ぎるのに、名前自体にファ
ントムガール抹殺の念が込められれば・・・
まさしく、守護天使にとって最悪最凶の光線。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ――――ッッッ!!!!」
ズババババババッッ!! ブシュブシュブシュッッ!! ドシュッッ!! バシュンッッ!!
反り返る、美しきSラインの究極ボディ。
闇光線が空気を焼く音に続いたのは、注がれる暗黒エナジーのあまりの巨大さに、銀色の
肢体が内側から突き破られ爆ぜる音であった。
壮絶過ぎる苦痛に奇妙に折れ曲がる哀れな少女戦士。その肉感的なボディのあちこちで銀
の皮膚が破れ、火花のように暗黒瘴気が噴き上がる。
バシュンッッ!! ブチイッッ!! ブシュッッ!! ズババアッッ!!
腕が、胸が、腹が、足が、背中が、顔が・・・
破れていく。細かな肉片が千切れ飛ぶ。闇のエネルギーがナナの内部で爆発し、孤独に奮
闘してきた純粋天使の肉体を文字通り破壊していく。生まれながらの、最凶の悪魔ゲドゥー。 その巨大すぎる負のエネルギーの前に、悲壮な少女戦士は悶絶の悲鳴を叫ぶことしかできな かった。
“・・・死・・・ヌ・・・・・・あ・・・たし・・・・・・バラ・・・バラ・・・・・・”
ブシュウウウウッッ――ッッ!!!
瞳の光が消えると同時に、ナナの全身を抉った凶刃の傷穴から、一斉に鮮血が噴き出す。
紅に濡れ光る無惨な女神の肢体が、なんの力も示さずに神宮の大地に沈む。
ピクリとも動かなくなったファントムガール・ナナの胸の狭間で、光を失った青い水晶体がた
だ静かに闇のなかに潜んでいる。
「ギャハハハハハ! 壊れた! ファントムガールが一匹、壊れやがったぜェッ!!」
明治神宮の夜空に、悪魔の哄笑が突き抜ける。
漆黒の凶魔と褐色の凶獣、女神の返り血を満身に浴びた二匹の悪魔の足元に、人類を守る
はずの巨大少女は、ボロ雑巾という表現すら生易しいほどの無惨な姿で転がっていた。
「メフェレスよ。貴様の話ではこのファントムガール・ナナの戦闘力が、もっとも侮れんということ
だったな」
「その通りだ」
背後を振り返ったひとつ目の視線の先で、距離を置いたままの青銅の魔人が、三日月に歪
んだ笑いを浮かべて言う。
「弱い。守護天使などと呼ばれていても、この程度のものか、ファントムガール。いかに運動神
経に恵まれていようが、所詮は女子高生の小娘どもだ。オレたちの敵ではないようだな」
「ク・・・ククク・・・」
「なにがおかしい?」
肩を揺らして笑う黄金マスクに、サングラスに似たひとつ目が疑念の光を灯す。
「ゲドゥー、貴様もどうやらファントムガールをまだ理解しておらんようだ。こいつらは侮れん。間
違いなく、なあ」
三日月の笑いになにを見たのか――
菱形面の凶魔が正面に顔を戻す。飛燕の速度で。屠ったばかりの天使へと。
いなかった。
死の大地に眠るはずの聖少女の姿は、そこには見当たらなかった。
代わりにいたのは、ガクガクと震えながら立ち上がる、不屈の戦士。
瞳と水晶体に仄かな光を灯した守護天使が、今にも崩れ落ちそうになる肢体を必死に支えて
戦闘態勢を取ろうとしている。
「あぐッッ・・・グブウッッ!!・・・ハアッッ、ハアッッ、ハアッッ・・・ふぐッッ・・・ううッッ・・・」
「このアマッッ・・・!! あれでもまだくたばってねえのかッッ?!!」
血の糸が全身から垂れ落ちて神宮の森に吸い込まれていく。グラグラと揺れる光の女神の
肉体は、少しの拍子でバラバラに砕けてしまいそうだった。
それでも、それでも確かにファントムガール・ナナは己の足で立っていた。
叫ぶギャンジョーの声にも、驚きを通り越した響きが隠し切れない。
「・・・なるほど。確かにファントムガールへの意識は変える必要があるようだ」
「・・・ゴボオッッ!! ゴブウウッッ!! ひゅうッ、ひゅうッ・・・・・・ゲボオオッッ?!! ぐぶう
ッ、ぐふッ・・・ハアーッ、ハアーッ!!」
意味なく殺された原宿の人々のため。
使命に従い壮絶に散った相楽魅紀のため。
そして、この恐るべき悪魔たちの魔手が、愛する仲間たちに届かぬように。
ナナは立った。立ち上がった。
己の肉体が、間もなく崩壊するとわかっていても・・・
「愚かな女だ。黙って寝ていればいいものを」
「ゴフウウッッ!!・・・ハアッッ、ハアッッ、ハアッッ!!」
ドオオオオオオンンンンンッッッ!!!
ナナの右手に渦巻く、眩い光の白球。
どこにそんな力がまだ残っていたのか。とうに死に絶えていても不思議ではない青い天使が
作り出したのは、高密度の聖なる光の結集体。絶望的状況に心を踏み躙られ、凄惨な苦痛に 肉体を蝕まれていった少女戦士が、最期の望みを賭けて小太陽に全てを託す。
“あたし・・・は・・・・・・もう・・・・・・ダメ・・・・・・せめて・・・ひとり・・・でも・・・・・・”
「スラム・・・・・・ショットッ!!!」
投げつける。
少女・藤木七菜江の青春がこもった命の一撃を。最強ランクを誇る、ファントムガール・ナナ
魂の必殺技を。
聖なる光の弾丸が闇を蹴散らし、佇む漆黒の凶魔へと殺到する。
パアアアアアァァァッッ・・・・・・ンンンッッッ!!!
「どうやら、この程度が限界のようだな」
ナナ必殺のスラム・ショットは、跡形もなく破裂音とともに消滅していた。
受け止めた“最凶の右手”に握り潰されて。
「ッッ・・・そ・・・ん・・・な・・・」
ドズウウウウッッッ!!!
ハンドボール部の七菜江が膨大な時間と汗とを費やした努力の結晶=スラム・ショット。
アスリート少女の人生の一部とも言える必殺技が、容易く片手で止められた瞬間、自失する
女神の両腕が背後の疵面獣に刺し貫かれる。
下から上へ、杭のごとき腕槍で二の腕を貫かれ、ナナの肢体はちょうどギャンジョーに羽交
い絞めにされたようになった。実力差を知ったショックか。腕を貫かれる激痛か。ガクリと猫顔 が垂れ落ち、青いショートカットが力無く揺れる。
まるで十字架に磔にされたイエスのごとく、闘う力を失ったナナは残酷な凶獣の腕のなかに
拘束された。
「ファントムガール・ナナ。小娘にしては大した耐久力だ。素晴らしい。素晴らしいぞ」
ひとつ目になんの感情も浮かべない漆黒の凶魔が、“最凶の右手”を振りかぶる。
残酷な破壊を享受する以外、もはや敗北の少女戦士に残された道はなかった。
「素晴らしい、オモチャだ」
くびれた脇腹に、拳を作った“最凶の右手”が手首まで突き刺さる。
ベキベキと響く、ナナの肋骨が砕ける悲鳴。脇腹の内部で拳を回され、あまりの圧迫感と苦
痛に聖少女の口から獣のごとき絶叫が迸る。
引き抜かれた右拳は、今度は奇跡的な形とボリュームを誇る胸の乳房へと突き込まれた。
ヘドロのような粘ついた血塊が、信じられない勢いで女神の唇を割って出る。
女性のシンボルを潰される衝撃と苦しみに、多感な少女の苦鳴に泣き声らしき呻きが混ざ
る。
ヴィッ・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・ヴィッ・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・
「ゲハハハハハ!! どうしたァッ、ナナァ〜〜ッッ!! 随分痙攣が小さくなっちまったじゃね
えか! 胸の水晶体ももう鳴ってんのかどうか、わかんねえなあ?!」
「終わりだ、ナナ」
濃厚な闇を纏った巨大な右手が、ナナの目前で限界まで引かれる。
破壊の限りを尽くされた無惨な天使に、暴虐の一撃を、避けられるはずもなかった。
グシャアアアアアアッッッ!!!!
苦痛に歪んだ少女の顔面に“最凶の右手”が叩き込まれた瞬間、肉の潰れる音ともに鮮血
の花火が爆発した。
食い込んだ拳をナナの顔から抜く。粘着した血の橋が拳と顔の間に架かる。ギャンジョーが
戒めの腕槍を引き抜く。
ピクリとも動かないナナの肢体がゆっくりと前に傾き、そのままの姿勢で神宮の森に沈んでい
く。
敗北天使の倒れる地響きが、夜の東京を震わせる。
血と泥で赤黒く染まり、穴だらけにされた無惨な少女戦士を、疵面の凶獣が乱暴に蹴り転が
す。
ヴィ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
顔も、胸も、腹部も、足も・・・力無く四肢を投げ出すナナの全ては破壊されてしまっていた。
ただ胸の消え入りそうな水晶体が、かろうじて破壊されずに残っている。
「これが、オレたちの標的の末路だ」
“最凶の右手”がエナジー・クリスタルを鷲掴み、強引に引き上げる。
生命の象徴である水晶体ひとつに全体重を預ける形で、仰向け状態のナナの全身が宙に浮
いた。
「へげええええッッッ?!!! ひゅぎゅうわああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
声すら枯らしたはずの守護少女が、最期の絶叫を迸らせる。
乳房の肉を突き破ってクリスタルを鷲掴む凶魔の右手。弱点を引き抜かんとする壮絶な仕打
ちに、今のナナが耐えられるわけもない。
聖少女がぶらさがる。胸のクリスタルに吊るされて。ガクーンと四肢も首も垂らし、銀の体表
から光を無くし、あらゆる力を失って。
ボトボトと、鮮血が、肉片が、敗北の証がナナの全身から降り落ちる。東京の人々が拠り所と
する、明治神宮の敷地へと。降りしきる、血雨。目を覆うばかりの残酷な地獄絵図が、首都の 夜に展開されている。
「ファントムガール・ナナ。まずは・・・ひとり目」
もはや垂れ落ちる血もないことを確認するや、ゲドゥーの右手は消え入りそうな水晶体から
離れた。
受け身を取ることもなく、惨敗天使の血染めの肢体が大地に落ちる。その顔に刻まれたの
は、苦悶と嘆き。
ガラスの砕け散る音がしたかと思うと、ピクリとも動かぬナナの全身は光の粒子と化して、夜
の闇に霧散した。
「残るは、4人だ」
ゲラゲラとこだまするギャンジョーの笑いとともに、神宮の森を席巻した3匹の悪魔もまた、そ
の姿を闇に溶かしていった。
あとには、ただ女神が残した濃い血臭のみが明治神宮の境内に漂うばかりであった。
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